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裁判例


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       主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
1 平成12年6月25日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員の選挙の東京都
第9区における選挙を無効とする。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
第2 事案の概要
 本件は、平成12年6月25日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員の選挙
(以下「本件小選挙区選挙」という。)の東京都第9区の選挙人である原告が、平
成6年に改正された公職選挙法(以下「公選法」という。)の衆議院議員選挙の仕
組みに関する規定について、主として、①選挙区割りにおいて、憲法が保障する投
票価値の平等を侵害するものであること、②選挙運動において、候補者届出政党に
所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に差別を設けており、憲法14条
1項、15条、21条、43条1項に違反すること、③その他本件小選挙区選挙は
国会の裁量権の範囲を逸脱した立法によるものであること等を主張して提起した本
件小選挙区選挙の東京都第9区の選挙無効訴訟である。
1 判断の基礎となる事実(争いのない事実は末尾に証拠を掲記しない。)
(1) 原告は、平成12年6月25日に行われた本件小選挙区選挙の東京都第9
区の選挙人である。
(2) 本件小選挙区選挙は、平成6年法律第2号、同第10号及び同第104号
(以下これらを一括して「平成6年改正法」という。)による改正後の公選法(以
下「改正公選法」という。)13条1項及び別表第1(以下「本件別表第1」とい
う。)に規定する選挙区及び議員定数に従って実施されたものである。
(3) 平成6年改正法により、衆議院議員の選挙制度は、従来の中選挙区単記投
票制から小選挙区比例代表並立制に改められた。改正公選法は、衆議院議員の定数
を500人とし、そのうち、300人を小選挙区選出議員、200人を比例代表選
出議員とした(4条1項)上、各別にその選挙制度の仕組みを定め、総選挙につい
ては、投票は小選挙区選出議員及び比例代表選出議員ごとに1人1票とし、同時に
選挙を行うものとした(31条、36条)。このうち小選挙区選出議員の選挙(以
下「小選挙区選挙」という。)については、全国に300の選挙区を設け、各選挙
区において1人の議員を選出し(13条1項、本件別表第1)、投票用紙には候補
者1人の氏名を記載させ(46条1項)、有効投票
の最多数を得た者をもって当選人とするものとした(95条1項)。他方、比例代
表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については、全国に11の選
挙区を設け、各選挙区において所定数の議員を選出し(13条2項、別表第2)、
投票用紙には1の衆議院名簿届出政党等の名称又は略称を記載させ(46条2
項)、得票数に応じて各政党等の当選人の数を算出し、あらかじめ届け出た順位に
従って当選人の数に相当する当該政党等の名簿登載者(小選挙区選挙において当選
人となった者を除く。)を当選人とするものとした(95条の2第1項ないし第5
項)。そして、これに伴い、各選挙への立候補の要件、手続、選挙運動の主体、手
段等についても、改正が行われた。(以上の事実につき、乙3ないし5、弁論の全
趣旨)
(4) 本件小選挙区選挙における本件別表第1の選挙区割りは、前記の平成6年
法律第2号と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(同年法律第3
号。以下「区画審設置法」という。)1条に基づき設置された衆議院議員選挙区画
定審議会(以下「本件審議会」という。)が、区画審設置法3条の規定に基づいて
勧告した選挙区割り案をそのまま規定したものである。そして、区画審設置法3条
1項は、区割り案を作成する基準として、選挙区の人口が「その最も多いものを最
も少ないもので除して得た数が2以上にならないようにすることを基本とし、行政
区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない」と
定めており、同条2項は、各都道府県の区域内の選挙区の数(すなわち各都道府県
ごとの小選挙区選出議員の数)について、47都道府県それぞれにまず1議員を一
律に配分し(以下「別枠配分」という。)、残余の253議員を各都道府県の人口
に比例して配分する旨を定めている。
 ところで、本件別表第1について、区割り当時の人口(平成2年国勢調査人口)
を基準として検討すると、人口数が最も多い北海道8区を最も少ない島根3区で除
して得た数は約2・137倍であり、また、本件小選挙区選挙の直近の平成7年国
勢調査人口を基準として検討すると、人口数が最も多い神奈川14区を最も少ない
島根3区で除して得た数は約2・309倍であり、「2」を超えている。また、平
成6年改正法に基づく区割りを平成2年国勢調査の人口により検討すると、最小区
の島根3区と対比して「2」を超える選挙区は
28区に達しており、平成7年国勢調査の人口により検討すると、最小区の島根3
区と対比して「2」を超える選挙区は60区(全体の20パーセント)に達してい
る。
(5) 改正公選法の小選挙区選挙において定められた選挙運動は、①選挙事務所
の設置(131条)、②自動車、船舶及び拡声機の使用(141条)、③文書図画
の頒布(142条)、④文書図画の掲示(143条)、⑤新聞広告(149条)、
⑥政見放送・経歴放送(150条1項、4項、151条1項、2項、151条の
5)、⑦演説会(161条1項、161条の2)などであり、改正公選法86条1
項による候補者届出政党の届出による候補者及びその政党に認められた選挙運動
と、これに所属しない同条2項による本人届出による候補者に認められた選挙運動
の概要は、別表①のとおりである。(以上の事実につき、弁論の全趣旨)
2 争点に関する原告の主張
(1) 本件小選挙区選挙の無効理由その1-投票価値の平等の侵害
 本件別表第1においては、各都道府県の人口の多寡にかかわらず、別枠配分とし
て、47都道府県それぞれに1議員ずつを配分しているが、以下のとおり、かかる
配分方法は、憲法の要請する人口比例配分原則に反し、同原則を通して実現を図ろ
うとする投票価値の平等の要請に反する。
ア 議会制民主主義を採用する日本国憲法の下においては、国権の最高機関である
国会を構成する衆議院及び参議院の各議員を選挙する権利は、国民の国政への参加
の機会を保障する基本的権利であって、憲法は、その重要性にかんがみ、これを国
民固有の権利であると規定した。さらに、憲法14条1項の定める平等の原則の基
本的要求として、成年者による普通選挙を保障するとともに(15条3項)、人
種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって選挙人の資格を
差別してはならないと定めている(44条ただし書)。この選挙権の平等の原則
は、単に選挙人の資格における上記差別を禁止するにとどまらず、選挙権の内容の
平等、換言すれば、議員の選出過程において各選挙人の有する影響力の平等、すな
わち、投票価値の平等をも要求するものである。この投票価値の平等の要請は、国
政選挙で全国すべての選挙区において、選挙人の投票の有する影響力が「実行可能
な限りに平等」であることを要求し、そのためには、現在の民主主義国家が採用し
ている配分方法に従い、各選挙区の人口
に比例して議員を配分することを要請している。
 ところが、区画審設置法3条2項の別枠配分は、人口の多寡にかかわらず各都道
府県に一律に1議員を配分するもので、人口に比例しない配分であり、これは憲法
の保障する投票価値の平等の要請を著しく蹂躙するものであり、かつ、別枠配分に
合理性を見いだすことはできない。よって、別枠配分だけを考えても、本件別表第
1は、憲法の要請する投票価値の平等に反する違憲無効なものというべきである。
イ 仮に、別枠配分自体は憲法の保障する投票価値の平等の要請に反しないとして
も、区画審設置法3条1項の立法趣旨は、投票価値の不均衡が2倍を超えると、1
人1票ではなく実質的に1人2票になることから、それを防止して憲法の保障する
投票価値の平等の要請を実現することを目的とするものである。しかるに、前記1
(4)のとおり、本件別表第1によれば、区割り当時の人口(平成2年国勢調査人
口)を基準とすると、人口数の最も多い北海道8区を最も少ない島根3区で除して
得た数は約2・137倍であり、平成7年国勢調査人口を基準とすると、人口数が
最も多い神奈川14区を最も少ない島根3区で除して得た数は約2・309倍であ
り、「2」を超えている。また、平成6年改正法に基づく区割りを平成2年国勢調
査の人口により検討すると、最小区の島根3区と対比して「2」を超える選挙区は
28区に達しており、平成7年国勢調査の人口により検討すると、最小区の島根3
区と対比して「2」を超える選挙区は60区(全体の20パーセント)にも達して
いる。さらに、平成2年国勢調査による全国の人口1億2361万1167人を小
選挙区選出議員総数300名で除して得た41万2037人を基準人数とし、別表
②のとおり、平成6年改正法により各都道府県に配分された法定議員数、法定議員
数に基準人数を乗じた必要人数を基礎として、過不足議員数を検討すると、1名以
上の過剰代表となっているのが2県(島根県、福井県)、2名以上の「代表の欠
缺」が生じているのが3都府県(東京都、大阪府、神奈川県)であることが分か
る。
 憲法が要請する投票価値の平等は、1対1に限りなく近い平等を要求しているも
のと考えるが、区画審設置法3条1項が定める2倍未満の基準に照らしてみても、
平成6年改正法による配分は、人口比例配分を要請する同条1項に違反することは
明らかである。また、憲法が、投票
価値の平等を保障し、特に複数投票制を禁止していることを忘れてはならないので
あって、複数投票制の禁止は、「1人1票」の原則の具現であり、このことからす
ると、ある選挙区の有権者の1票の価値が、他の選挙区の有権者の1票よりも2倍
以上の価値を持つことは、2票を与えたのと同じ結果になるので、人口比例配分か
らの乖離があっても合憲性が推定されるのは最大格差2倍未満までであり、2倍を
超える場合には違憲と推定すべきである。そして、平成2年国勢調査人口を基準に
しても、選挙区の人口数の最大格差が2倍を超え、かつ、そのような選挙区が28
にも及んでいるのであるから、本件別表第1は、憲法が付与した国会の立法権限の
範囲を著しく逸脱する立法として、違憲と断ぜざるを得ない。
ウ 以上のように、本件別表第1は、区画審設置法3条1項及び投票価値の平等を
要請する憲法の各規定に違反し、これに基づき施行された本件小選挙区選挙もま
た、違法かつ違憲な選挙との評価を免れず、憲法98条1項、99条により無効と
されるべきである。
(2) 本件小選挙区選挙の無効理由その2-候補者届出政党に所属する候補者と
これに所属しない候補者との間の選挙運動における差別
 改正公選法は、①選挙事務所の設置(131条)、②自動車、船舶及び拡声機の
使用(141条)、③文書図画の頒布(142条)、④文書図画の掲示(143
条)、⑤新聞広告(149条)、⑥政見放送・経歴放送(150条1項、4項、1
51条1項、2項、151条の5)、⑦演説会(161条1項、161条の2)を
規定し、小選挙区選挙の候補者のうち、候補者届出政党に所属する候補者とこれに
所属しない候補者との間に、質量とも著しい差別を設けている。かかる差別は、憲
法が要請する被選挙権の平等の原則に反し、ひいては、選挙人が候補者の適性、政
見等に関する情報を得て選挙権を適切に行使することを妨げるものである。
ア 代議制民主主義制度を採る我が憲法の下においては、国会議員を選出するに際
して、選挙権を自由かつ平等に行使できることは、極めて重要な基本的人権であ
る。これと表裏の関係にある被選挙権もまた重要な基本的人権であるところ、当選
を目的として選挙運動を行う権利も被選挙権の内容に含まれるものである以上、選
挙運動を行うに当たり、すべての候補者が平等に取り扱われるべきことも憲法上の
要請である。この選挙運動を行う上で「平
等」であるということは、候補者は、選挙運動に当たり、信条、性別、社会的身分
等によっては差別されないことを意味するのであり、これには特定の政党又は政治
団体に所属するか否かによって差別されないことも当然に含まれる。
イ 衆議院(小選挙区選出)議員の候補者の選挙運動に関する規定を見ると、改正
公選法86条は、同条1項各号所定の要件のいずれかを備えた政党その他の政治団
体(候補者届出政党)が当該団体に所属する者を候補者として届け出る制度を採用
している。これとともに、候補者になろうとする者又はその推薦人も候補者の届出
をすることができるものとし、候補者届出政党は、候補者本人のする選挙運動とは
別に一定の選挙運動を行うことができるほか、候補者本人はすることのできない政
見放送をすることができるものとされている。このように候補者届出政党が、特定
の小選挙区内で、その政党に所属して立候補した具体的な候補者の氏名を選挙人に
示し、その候補者の当選を目的とする選挙運動を行うことは、その候補者が個人と
して行う選挙運動に、政党が個人のために行う選挙運動を上積みすることを意味す
るから、政党に所属する候補者に対し、政党に所属しない候補者と比較して質量と
もより大きな選挙運動の効果を享受させることになる。
ウ また、改正公選法178条の3第2項は、候補者届出政党である名簿届出政党
等が行う比例代表選挙に係る選挙運動が、改正公選法において許される態様におい
て小選挙区選挙に係る選挙運動にわたることを妨げるものではない旨を規定する
(以下「わたる規定」という。)。わたる規定が設けられた理由について、名簿届
出政党等は、比例代表選挙の選挙運動において名簿登載者の紹介をすることができ
るとされ、平成6年改正法により重複立候補制が認められた結果、小選挙区選挙の
候補者でもある名簿登載者(いわゆる重複立候補者)の氏名を表示して紹介するこ
とは結果として小選挙区選挙の選挙運動とならざるを得ないところ、そのような選
挙運動を禁止することは重複立候補を制度的に認めた趣旨に反するのみならず、実
際問題としてそのような規制は不可能と考えられたからであると説明されている。
ここで注意しなければならないことは、「わたることを妨げ」られないのは、候補
者届出政党である名簿届出政党等(既成政党等)であり、名簿登載者数が当該選挙
区定数の10分の2以上であることにより名
簿を届け出ている、いわゆる候補者数要件による名簿届出政党等(改正公選法86
条の2第1項3号)については、その比例代表選挙に係る選挙運動が小選挙区選挙
に係る選挙運動にわたることは許されないとされている点である。したがって、候
補者届出政党である名簿届出政党等のみに、①名簿届出政党等のビラに当該政党等
の政策を掲げ、比例代表選挙における、当該政党等への投票を依頼する旨記載し、
併せて、重複立候補者を含む名簿登載者の氏名、写真を掲載してその紹介を行うこ
と、②名簿届出政党等が開催する政党演説会等において、重複立候補者である名簿
登載者が演説し、比例代表選挙での当該政党等への投票依頼と併せて、小選挙区選
挙での自己への投票を依頼すること、③名簿届出政党等の自動車の車上から、比例
代表選挙での当該政党の投票依頼と併せて、小選挙区選挙での当該政党等の届出候
補者への投票を依頼すること、が許容されることになる。
 以上のように、わたる規定が設けられたことにより、既成政党等に擁立された重
複立候補者は、小選挙区選挙に係る選挙運動のみならず、比例代表選挙に係る選挙
運動においても、小選挙区選挙への投票依頼の選挙運動を行うことが法律上許さ
れ、その結果、非重複立候補者に比べ、小選挙区選挙の選挙運動と比例代表選挙の
選挙運動の双方にわたってより多くの選挙運動を展開することができ、選挙人に対
する投票依頼の機会を多く持つことになるが、非重複立候補者は、選挙人に対する
投票依頼の機会を制限される結果となる。このように既成政党等を優遇する差別的
な取扱いは、自由かつ公正な選挙制度の観点から到底許容することはできないし、
選挙人の側から見ても、選ぶべき候補者に関する情報を均等に受けておらず、選挙
権行使の前提となる候補者に関する判断資料を適正かつ公平に受領できる機会を妨
げられることになる。
エ したがって、上記のような差別を設けた改正公選法の各関係規定は、憲法14
条1項に違反するとともに、国民の選挙権の行使を侵害するものであるから憲法1
5条、43条1項に違反し、ひいては憲法21条(表現の自由、知る権利)にも違
反するものであり、かかる規定のもとに施行された本件小選挙区選挙は、憲法に違
反する無効な選挙である。
(3) その他の本件小選挙区選挙の無効理由
ア 改正公選法は、衆議院議員の総数(定数)500名のうち、300名を小選挙
区選出議員に、残りの200名を比例代表選出議員に定めたが、その経過は、国会
の裁量権の範囲を逸脱している。すなわち、平成6年改正法による改正前の案とし
ては、小選挙区選出議員の数を、250名とする(平成5年7月連立政権の合
意)、274名とする(平成5年11月細川首相と自民党とのトップ会談による修
正案)と変遷したが、その案が平成6年1月の衆議院本会議で否決されるや、自民
党の主張する300名案に落ち着いた。その経過は、政党の党利党略、裏取引によ
り決せられたもので、国会の立法裁量権の範囲を逸脱している。さらに、平成12
年に比例代表選出議員を200名から180名に減らした経過も、国会の裁量権の
範囲を逸脱している。
 このように、国会の裁量権の範囲を逸脱した立法に基づく本件小選挙区選挙は無
効である。
イ 法は、全国を11の比例区に区割りしているが、南関東比例区は3県が相互に
飛び地になっており、国会の裁量権を逸脱している。
ウ 衆議院議員総数480名(平成12年法律第1号による改正後の小選挙区選出
議員と比例代表選出議員の合計議員数)の配分につき、11比例区の合計議員数を
検討すると、南関東ブロックと他のブロックとの間に逆転現象が生じており、人口
比例原則に違反している。
エ 比例代表選挙において政党名を記載する投票方法は、民主主義及び憲法の要求
する直接選挙制に違反している。特に、拘束名簿式は、名簿の作成に国民が関与し
ていないので、国民による選挙とはいえない。
オ 小選挙区で落選した候補者が比例区で当選することを認める重複立候補制は、
国民の意思を無視したもので、国会の裁量権の範囲を逸脱している。
 すなわち、国民が1票を行使するときの意思は、投票用紙に記載した候補者の主
張を検討するとともに、その他の候補者の主張を支持しない、反対する、さらに、
他の候補者を落選させる、国会に入らせないとの意思表示も含まれている。ところ
が、小選挙区で特定候補者を落選させたにもかかわらず、その落選候補者が比例代
表選出議員として当選することのできる重複立候補制は、国民の意思を反映させる
制度とはいえない。
 これを重複立候補制を候補者の側から見ると、改正公選法86条の2第1項1、
2号に該当する政治団体(既成政党等)に属さない候補者は、小選挙区選挙及び比
例代表選挙それぞれ単体での立候補は可能であるが、同条4項は、重複立候補者を
輩出できる団体を同
条1項1、2号の政治団体(既成政党等)に限っているから、重複立候補を禁止さ
れており、立候補段階で差別的な取扱いを受けているものである。
3 争点に関する被告の主張
(1) 選挙制度に関する国会の裁量権
 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて国民の多様な利
害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治
における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即
して多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に具体的に決定されるべきも
のである。憲法は、各選挙人の投票の価値の平等を要求していると解されるもの
の、これをもって国会議員の選挙制度を決定する際の唯一、絶対の基準とするもの
ではなく、国会は、他に斟酌することのできる事項をも考慮して、公正かつ効果的
な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決定することができ
る。すなわち、投票価値の平等は、原則として、国会が正当に考慮することのでき
る他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものであ
る。
 したがって、選挙制度に関する問題は、代表民主制下における選挙制度の在り方
を前提とした国会の裁量権の範囲の問題としてとらえられるべきもので、国会の定
めた選挙制度に関する規定が合憲であるか否かは、国会が選挙に関する事項につい
て有する裁量権の範囲を逸脱しているか否かという観点から判断すべき問題であ
る。そして、事の性質上、その判断に当たっては特に慎重であることを要し、限ら
れた資料に基づき、限られた観点からたやすくその決定の適否を判断すべきでない
ことはいうまでもなく、国会が定めた選挙に関する制度が、国会において通常考慮
し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えら
れない程度に達しているときに初めて、国会の裁量権の合理性の限界を超えている
ものと推定されるのであり、その程度に至らない限りは、当不当の問題が生じるに
すぎない。
(2) 区画審設置法3条2項の合憲性(本件小選挙区選挙の無効理由その1に対
する反論1)
 本件小選挙区選挙における選挙区割りの決定について、各選挙区の選挙人数又は
人口数が最も重要かつ基本的な基準とされるべきことは当然であるが、これ以外に
も、実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素は少なくない。この点に関
しては
、都道府県がその基礎をなすものとして無視できない要素であり、これらの都道府
県を更に細分するに当たっては、従来の選挙の実績、選挙区としてのまとまり具
合、市町村その他の行政区画等々の要素を考慮して具体的な決定がされるが、さら
に、社会の急激な変化や政治における安定の要請をどのように反映させるかも、国
会における高度に政策的な考慮要素である。
 このように、小選挙区選挙における選挙区割りの決定には、極めて多種多様で複
雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、それらの諸要素のそれぞれを
どの程度考慮し、これを具体的決定にどこまで反映させられるかについては、厳密
に一定された客観的基準が存在するわけではないから、その合憲性の判断は、結
局、国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認される
かどうかによって決するほかない。しかも、事の性質上、その判断に当たっては特
に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点からたやすくその
決定の適否を判断すべきでないことはいうまでもなく、したがって、具体的に決定
された選挙区割りの下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考
慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考え
られない程度に達しているときに、初めて国会の裁量権の合理性の限界を超えてい
るものと推定されることになる。
 区画審設置法3条2項は、衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区の改定案の作成
に当たっては、各都道府県の区域内の選挙区の数を定めることとし、選挙区の数を
定めるに当たり、まず、各都道府県に1を配当した(別枠配分)上で、衆議院(小
選挙区選出)議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例
して各都道府県に配当した数を加えるべきものと規定している。この趣旨は、都道
府県は、それが従来我が国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や国民
生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみると、選挙区割りの基礎をなす
ものとして無視することができない要素であることから、まず各都道府県を基礎と
してその区域内の選挙区の数を定めることとし、さらに、過疎地域や人口が相対的
に少ない地域に対する考慮、多極分散型国土形成等の政策課題に対する配慮等に基
づき、各都道府県に1つの議席を分配するというものである。また、区画審設置法
3条2項は
、選挙区の数を定めるに当たって、まず、各都道府県に1を配当するという限度に
おいてのみ、選挙人数又は人口数以外の要素を斟酌しているにすぎず、衆議院(小
選挙区選出)議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した残余の数につい
ては、人口に比例して配当するものとしている。この結果、平成2年の国勢調査の
結果を基準とすると、選挙区間の人口の最大較差は1対約2・137に、人口が最
小の選挙区との人口較差が2倍を超える選挙区の数は28という範囲に収まってお
り、国会が正当に考慮することのできる事項を考慮した結果として合理性が是認さ
れる範囲のものとなっている。
 以上のように、区画審設置法3条2項の規定は、その立法趣旨において国会が正
当に考慮することのできる事項に配慮したものであり、かつ、その結果も合理的な
ものとして是認されるから、国会の裁量権の範囲内のものというべきであって、憲
法上の投票価値の平等の要請に反するものではない。
(3) 本件別表第1の合憲性(本件小選挙区選挙の無効理由その1に対する反論
2)
 平成6年改正法による改正前の公選法の衆議院議員定数配分規定による最後の選
挙が施行された平成5年7月18日当時における定数較差は、最大が選挙人数で約
2・82倍であったところ、国会は、抜本的な改正を図るべく、第128回国会に
おいて、平成6年改正法及び区画審設置法を成立させた。これによって設置された
本件審議会は、衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区の改定に関し、必要があると
認めるときは、その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告する権限を有し(区画審
設置法2条)、改定案を作成するに当たっては、各選挙区の人口の均衡を図り、各
選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上
とならないようにすることを基本として行うこととされた(同法3条1項)。そし
て、本件審議会は、人口較差が2倍以上とならないようにすることを基本として、
選挙区の人口が、全人口を選挙区選出議員数で除した人口数の3分の2から3分の
4、その属する各都道府県の全人口を都道府県に配分された議員数で除した人口数
の3分の2から3分の4の範囲に収まるように作業を進めるとの方針に基づき、勧
告案を決定し、本件審議会の勧告案に従って、平成6年改正法が成立した。本件別
表第1における本件小選挙区選挙の人口較差は、前記1(4)のとおりであり
、国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有す
るものと考えられない程度に達しているとまでいうことができないことは明らかで
あり、したがってまた、本件別表第1が区画審設置法及び憲法の要請する選挙権の
平等に反するものではないことも明らかである。
(4) 候補者届出政党に選挙運動を認めた規定の合憲性(本件小選挙区選挙の無
効理由その2に対する反論)
ア 衆議院議員選挙は、従来、中選挙区単記投票制によって行われてきたが、この
選挙制度によっては、同一政党に所属する候補者間での争いが激化し、政策よりも
知名度を高めるための選挙運動が行われ、金がかかる選挙の根元となり、ひいては
政治腐敗の温床になりかねないなどの弊害が指摘されてきた。そこで、平成6年改
正法は、選挙制度を抜本的に改正することとし、小選挙区比例代表並立制を採用
し、政策本位、政党本位の選挙とし、政権交代の可能性を高め、かつ、それが円滑
に行われるようにし、政権が選挙の結果に端的に示される国民の意思によって直接
に選択されるようにするとともに、多様な民意を適正に反映し得るように改めたも
のである。
 憲法は、政党の存在を容認し、憲法21条からも明らかなように、個人が政党を
結成し、政党を通じて選挙運動を行うことを認めている。しかも、経済社会が高度
化・複雑化するとともに、国民の利害が多岐に分化している社会においては、国民
がその意思を国政に反映させ実現させていくために、政治上の意見を共通にする者
が団結する必要が生じ、そこに政党という政治団体が発生することが必然的にな
り、政党が議会制民主主義を支える不可欠の要素となる。そうすると、憲法は、政
党に対し、議会制民主主義を支える担い手として積極的かつ健全な活動を期待して
いるものと解され、このことは選挙運動においても同様であって、憲法は政党の選
挙運動を許容しているものである。
イ 改正公選法86条1項は、小選挙区選挙において、同項1号又は2号に該当す
る政党その他の政治団体がその所属する者を候補者として届け出ることを認めてい
るが、これは、従前の衆議院議員選挙の立候補者はすべて候補者個人が届け出るべ
きこととされていたが、新選挙制度では、候補者個人の届出のほかに推薦人による
届出(同条3項)とともに、政党その他の政治団体による届出をも認めたものであ
り、この立法趣旨は、政策本位、政党本位の選
挙制度の実現を目指すもので、これ自体何ら不合理なものではない。
 また、改正公選法は、13章において、候補者のほかに候補者届出政党も選挙事
務所を設置し、一定の選挙運動を行うことを認めている(130条1項1号、14
1条2項、142条2項、149条1項、150条1項等)。これは、候補者届出
政党にも選挙運動を行うことを認めることによって、各党の政策を国民に訴える機
会を十分に保障することで、政策本位、政党本位の選挙制度の実現という政策目的
を実効あらしめるとの趣旨に基づくものである。議会制民主主義における政党の意
義、とりわけ、国民の意思を集約し、これを具体的な政策に高めるとの機能に照ら
せば、選挙制度における政党の活動を尊重し、政党その他の政治団体がその所属す
る者を候補者として届け出ることや、一定の選挙運動をすることを認めることには
十分な合理性がある。
ウ 原告は、候補者届出政党に選挙運動を認めた改正公選法の各関係規定は、候補
者届出政党に所属しない無所属の候補者を選挙運動の質及び量の面において著しく
差別しており、憲法14条1項、15条に違反している旨主張する。
 しかし、選挙に際し、政党に選挙運動を認めたことの反面として、政党に加入し
ていない個人の政治的活動が相対的に不利益になることがあっても、それは結局政
党に所属しないことによって生ずる事実上の不利益であって、議会制民主主義にお
ける政党の意義や選挙制度を政策本位、政党本位のものとすることが国会の裁量に
属することにかんがみるならば、このような結果は憲法上も容認されると解され
る。また、候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される
以上、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運
動の上で差異を生ずることは避け難いところであるから、その差異が一般的に合理
性を有するとは到底考えられない程度に達している場合に、初めてそのような差異
を設けることが国会の裁量の範囲を逸脱するというべきである。
 自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演説会等についてみ
られる選挙運動上の差異は、候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不
可避的に生ずるということができる程度のものであり、候補者届出政党に所属しな
い候補者も、自ら自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演説
会等を行うことができるの
であって、それ自体が選挙人に政見等を訴えるのに不十分であるとは認められない
ことにかんがみれば、そのような選挙運動上の差異を生ずることをもって、国会の
裁量の範囲を超え、憲法に違反するとは認め難い。
 なお、改正公選法150条1項が小選挙区選挙については候補者届出政党にのみ
政見放送を認め、候補者を含むそれ以外の者には政見放送を認めないものとしたの
は、政策本位、政党本位の選挙を実現するためには、政党がその政策を広く有権者
に伝達するような手段を十分に保障することが必要不可欠であり、広域メディアで
ある政見放送は、政党が行うにふさわしい選挙運動手段であると考えられること、
政党に加え、候補者個人に改正前の制度と同様の形で政見放送を行わせることは、
選挙区数の増加に伴う候補者数の増加を考えると、必要な収録時間、放送時間を確
保することが難しいことなどによるものであって、かかる制限は合理的なものとい
うべきである。
エ 以上のように、候補者届出政党に選挙運動を認めた改正公選法の各規定は、国
会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有する
ものとは到底考えられないほど不合理なものとまでいえないことは明らかであるか
ら、これらの規定をもって憲法に違反するということはできない。
(5) その他の本件小選挙区選挙の無効理由の主張に対する反論
ア 原告は、平成6年及び平成12年の公選法改正の経過は、政党の党利党略、裏
取引により決められたものであり、国会の裁量権の範囲を逸脱していたと主張し、
衆参各議院における法律案の議事手続に至る経緯の適否を問題にするが、法律案の
議決に関する衆参各議院の議事運営に関する事項は、各議院に認められた自律権の
範囲内の事項であり、裁判所等の国家機関によってその適否が判断されるべきでは
なく、司法審査の対象とはならないから、原告のこの点に関する主張は、議院の自
律権の範囲内の事項について裁判所の司法審査を求めるものにほかならず、その当
否を検討するまでもなく理由がない。
 すなわち、国会の活動は、本来、政治的なもので、むしろ国会内の自由な活動を
もって支えられているから、その中での問題の収拾も、国会の自主的な政治的努力
によるべきであり、この意味でも、議院内の問題は、裁判所の審査を通して是正す
べきものではなく、むしろ広く国民の政治的批判に待つべき問題である。平成6年
改正法のよ
うに、小選挙区比例代表並立制を導入するにつき、衆議院議員の総定数を何人とす
るか、これを小選挙区選出議員と比例代表選出議員にどのように割り振るかは、そ
の性質上、特定の理念や一定の客観的基準が存在するものではなく、純然たる政治
的判断にゆだねられた事柄であるから、新制度の下における定数配分が、連立与党
と自民党との政治折衝及び妥協の結果により事実上決定されたものであったとして
も、その当否は裁判所による司法審査の対象とはならないのである。
 以上によれば、平成6年改正法の法案の議決手続の過程等に関する原告の主張
は、そもそも裁判所の司法審査権の範囲を超えるものといわざるを得ないから、主
張自体失当というほかない。
イ 原告は、南関東比例区は3県が相互に飛び地になっており、国会の裁量権を逸
脱していると主張する。
 しかし、改正公選法の採用する小選挙区比例代表並立制において、小選挙区選挙
と比例代表選挙は、それぞれの選挙ごとに選挙区、立候補手続が定められ、選挙人
もそれぞれの選挙ごとに投票するものとされているのであって、別個独立の選挙で
ある。したがって、小選挙区選挙の無効を求める訴訟において、比例代表選挙の仕
組みの憲法適合性を問題にすることはできないというべきであるから、原告の上記
主張は失当である。
ウ 原告は、比例代表選挙の選挙区について、小選挙区選出議員と比例代表選出議
員の数を合計し、それぞれのブロック間の人口と議員数を検討すると、南関東ブロ
ックと他のブロックとの間に逆転現象が生じており、人口比例原則に違反している
と主張するが、前記イのとおり、小選挙区選挙の無効を求める訴訟において、比例
代表選挙の仕組みの憲法適合性を問題にすることはできないから、この主張も失当
である。
エ 原告は、比例代表選挙において政党名を記載する投票方法は、民主主義及び憲
法の要求する直接選挙制に違反していると主張するが、前記イのとおり、小選挙区
選挙の無効を求める訴訟において、比例代表選挙の在り方の憲法適合性を問題とす
ることはできないから、この主張も失当である。
オ 原告は、小選挙区で落選した候補者が比例区で当選することを認める重複立候
補制は、国民の意思を無視したもので、国会の裁量権の範囲を逸脱していると主張
する。
 しかし、改正公選法86条の2第4項が重複立候補制を採用した趣旨は、小選挙
区において候補者届出を行うことができる政
党が、小選挙区の候補者として届け出た者のうち「当選させたい者」を同時に比例
代表選挙における名簿登載者とすることにより、その者が小選挙区選挙において落
選しても、比例代表選挙において当選人となる可能性を与えることができることと
し、政党がその裁量によって衆議院議員としてその活動が必要と考える者の当選の
可能性を高めることを認めたものである。政党が国民の利益や意見を集約し、これ
を国民全体の利益という観点から具体的な政策に高めるための機能の維持、向上に
寄与するものである以上、重複立候補制は、平成6年改正法が実現を目指している
政策本位、政党本位の選挙制度の一環をなすものであるから、重複立候補制を採用
したことは、選挙制度に関する国会の立法裁量権の範囲を逸脱するものではない。
また、公選法の採用する小選挙区比例代表並立制において、小選挙区選挙と比例代
表選挙とは、選挙運動期間は同一であるものの、それぞれの選挙ごとに選挙区、立
候補手続等が定められ、選挙人もそれぞれの選挙ごとに投票するものとされている
別個独立の選挙であるから、小選挙区選挙で落選した者が比例代表選挙で当選した
としても、何ら不合理ではない。したがって、原告の上.記主張も理由がない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件別表第1は、区画審設置法3条1項及び投票価値の平等を要請
する憲法の各規定に違反すると解することはできず、候補者届出政党に選挙運動を
認めた改正公選法の各関係規定は、憲法14条1項、15条、21条、43条1項
に違反すると解することもできず、その他の原告が本件小選挙区選挙の無効理由と
する主張はいずれも採用の限りでないから、本件小選挙区選挙の東京都第9区にお
ける選挙が無効であると認めることはできないと判断する。その理由は、以下のと
おりである。
1 衆議院議員選挙制度の合憲性判断の在り方
 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や
意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治にお
ける安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の実情に即して
具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が
存在するわけではない。我が憲法もまた、上記の理由から、国会の両議院の議員の
選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約
の下
で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべき
ものとし(43条、47条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を
原則として国会の広い裁量にゆだねているのである。
 このように、国会は、その裁量により、衆議院議員及び参議院議員それぞれにつ
いて公正かつ効果的な代表を選出するという目標を実現するために適切な選挙制度
の仕組みを決定することができるのであるから、国会が新たな選挙制度の仕組みを
採用した場合には、その具体的に定めたところが、上記の制約や法の下の平等など
の憲法上の要請に反するため、そのような国会の広い裁量権を考慮してもなおその
限界を超えており、これを是認することができない場合に、初めてこれが憲法に違
反することになるものと解すべきである(最高裁判所昭和51年4月14日大法廷
判決・民集30巻3号223頁、最高裁判所昭和58年4月27日大法廷判決・民
集37巻3号345頁、最高裁判所昭和58年11月7日大法廷判決・民集37巻
9号1243頁、最高裁判所昭和60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1
100頁、最高裁判所平成5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁、最
高裁判所平成8年9月11日大法廷判決・民集50巻8号2283頁、最高裁判所
平成10年9月2日大法廷判決・民集52巻6号1373頁及び最高裁判所平成1
1年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁参照)。
2 投票価値の平等の侵害(本件小選挙区選挙の無効理由その1)の成否について
(1) 原告は、区画審設置法3条2項に従って別枠配分として各都道府県それぞ
れにまず定数1を配分したこと、その結果、選挙区間の人口較差が2倍を超えるに
至ったことは、区画審設置法3条1項及び投票価値の平等を要請する憲法の各規定
に違反しており、これに基づき施行された本件小選挙区選挙もまた、違法かつ違憲
な選挙との評価を免れず、憲法98条1項、99条により無効とされるべきである
と主張する。
(2) そこで検討するに、改正公選法13条1項は、衆議院(小選挙区選出)議
員の各選挙区において選出すべき議員の数をすべて1人とし、いわゆる小選挙区制
を採ることを明らかにするとともに、同項及びこれを受けて小選挙区の区割りを具
体的に定めた本件別表第1は、平成6年改正法と同時に成立した区画審設置法によ
り設置された本件審議会の勧告に
係る区割り案どおりに制定されたものであり、区画審設置法附則2条3項で準用さ
れる同法3条1項は、本件審議会が区割り案を作成する基準につき、「各選挙区の
人口の均衡を図り、各選挙区の人口・・・のうち、その最も多いものを最も少ない
もので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地
勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。」と規定し
た上、同条2項は、「各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数
は、一に、・・・衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を
控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする。」と規定
している。したがって、本件審議会は、この基準に従って区割り案を作成したもの
であり、改正公選法の衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区の区割りは、上記2つ
の基準に従って策定されたということができる。前者の基準は、行政区画、地勢、
交通等の事情を総合的に考慮しつつ、人口比例原則を重視して選挙区間の人口較差
が2倍未満となることを基本とするように合理的な区割りを行うべき基準を明示す
るものであるが、後者の基準は、具体的な区割りの前提となる各都道府県の区域内
の小選挙区選出議員の選挙区の数(すなわち各都道府県ごとの小選挙区選出議員の
数)として、まず各都道府県それぞれに議員の定数1を配分した上で(別枠配
分)、残る定数を人口に比例して各都道府県に配分することを定めるものである。
このように、後者の基準は、都道府県間においては人口比例原則に例外を設けて一
定程度の定数配分上の不均衡が必然的に生ずることを予定しているのであるから、
全体として考察すれば、前者の基準は、結局、その枠の中で全国的にできるだけ人
口較差が2倍未満に収まるように区割りを合理的に行うべきことをその目標に掲げ
たものと解される。そうすると、行政区画等を総合的に考慮しつつ、合理的に区割
りを行った結果として人口較差が2倍を超えることとなっても、直ちに区画審設置
法3条1項に違反するものになるとはいえない。
(3) 憲法は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人
の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等を要求していると解され
る。しかしながら、投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の
基準と解することはできないのであって、具体的な選挙制度が投票価値の平等を要
求する関係諸規定を含む憲法に適合するかどうかの判断については、前記1に見た
基準によるべきであり、したがって、投票価値の平等も、国会が正当に考慮するこ
とのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべき憲
法上の理念と解さなければならない。それゆえ、国会が具体的に定めたところがそ
の裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り、それによって投票価値
の平等が形式的に幾分損なわれることになっても、やむを得ないと解すべきであ
る。
 そして、憲法は、国会が衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実
施する制度を採用する場合には、選挙制度の仕組みのうち選挙区割りや議員定数の
配分を決定するについて、議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に
保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることを求めているというべきであ
るが、それ以外にも国会において考慮することができる要素は少なくない。とりわ
け都道府県は、これまで我が国の政治及び行政の実際において相当の役割を果たし
てきたことや、社会制度、国民生活及び国民感情においてかなりの比重を占めてい
ることなどにかんがみれば、選挙区割りをするに際して無視することのできない基
礎的な要素の1つというべきである。また、都道府県を更に細分するに当たって
は、従来の選挙の実績、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、
面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の事情が考慮され
るものと考えられる。さらに、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙
区割りや議員定数の配分にどのように反映させるかという点も、国会が政策的観点
から考慮することができる要素の1つである。
 このように、選挙区割りや議員定数の配分の具体的決定に当たっては、種々の政
策的及び技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映さ
せるかについて一定の客観的基準が存在するものでもないから、選挙区割りや議員
定数の配分を定める規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその
裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。そし
て、具体的に決定された選挙区割りや議員定数の配分の下における選挙人の有する
投票価値に不平等が存在し、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌
してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているとき
は、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えていると推定さ
れ、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを
得ないというべきである。
(4) 区画審設置法3条2項が前記(2)のような基準を定めたのは、人口の多
寡にかかわらず各都道府県にまず定数1を配分することによって、相対的に人口の
少ない県に定数を多めに配分し、人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に
国政に反映させることができるようにすることを目的とするものであると解され
る。しかしながら、同条は、他方において、選挙区間の人口較差が2倍未満になる
ように区割りをすることを基本とすべきことを基準として定めているのであり、投
票価値の平等にも十分な配慮をしていると認められる。前記(3)のとおり、選挙
区割りを決定するに当たっては、議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り
平等に保たれることが、最も重要かつ基本的な基準であるが、国会はそれ以外の諸
般の要素をも考慮することができるのであって、都道府県は選挙区割りをするに際
して無視することができない基礎的な要素の1つであり、人口密度や地理的状況等
のほか、人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのよ
うな配慮をし、選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかと
いう点も、国会において考慮することができる要素というべきである。そうする
と、これらの要素を総合的に考慮して同条1項、2項のとおり区割りの基準を定め
たことが投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するということ
はできない。
 そして、本件別表第1の選挙区割りは、区画審設置法3条の基準に従って定めら
れたものであるところ、その結果、選挙区間における人口の最大較差は、改正の直
近の平成2年10月に実施された国勢調査による人口に基づけば1対約2・137
であり、本件選挙の直近の同7年10月に実施された国勢調査による人口に基づけ
ば1対約2・309であったというのである。このように抜本的改正の当初から同
条1項が基本とすべきものとしている2倍未満の人口較差を超えることとなる区割
りが行われたことの当否については議論があり得るところであるが、このような区
割りが直ちに同項の基準に違反するとはいえないし、同条の定める基準自体に憲法
に違反するところがあるとはいえないことは前記のとおりであるから、以上の較差
が示す選挙区間における投票価値の不平等は、一般に合理性を有するとは考えられ
ない程度に達しているとまではいうことができず、本件別表第1が投票価値の平等
の要請に反するとは認められない。
(5) 以上の次第であるから、本件別表第1は、区画審設置法3条1項及び投票
価値の平等を規定する憲法に違反しており、これに基づき施行された本件小選挙区
選挙もまた、違法かつ違憲な選挙との評価を免れず、憲法98条1項、99条によ
り無効とされるべきであるとの原告の主張は、採用することができない。
3 候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間の選挙運動
における差別(本件小選挙区選挙の無効理由その2)の有無について
(1) 原告は、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との
選挙運動の機会が均等でないことは、憲法14条1項及び憲法15条に違反し、さ
らに、憲法21条が保障する国民の知る権利を侵害すると主張する。
(2) 改正公選法86条は、小選挙区選挙における立候補につき、同条1項各号
所定の要件のいずれかを備えた政党その他の政治団体が当該団体に所属する者を候
補者として届け出る制度を採用し、これとともに、候補者になろうとする者又はそ
の推薦人も候補者の届出をすることができるものとしている。そして、候補者の届
出をした政党その他の政治団体(候補者届出政党)は、候補者本人のする選挙運動
とは別に、自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演説会等を
行うことができる(141条2項、142条2項、149条1項、161条1項
等)ほか、候補者本人はすることができない政見放送をすることができるものとさ
れている(150条1項)。改正公選法がこのように所定の要件を備える政党その
他の政治団体を選挙に深くかかわらせることとしたのは、選挙制度を政策本位、政
党本位のものとするためという立法政策が採られた結果と解される。また、改正公
選法178条の3第2項が、候補者届出政党である名簿届出政党等が行う比例代表
選挙に係る選挙運動が、改正公選法において許される態様において小選挙区選挙に
係る選挙運動にわたることを妨げるものではない旨のわたる規定を置いたのも、平
成6年改正法により小選挙区選挙と比例代表選挙の重複立
候補制が認められ、上記名簿届出政党等が重複立候補者の氏名を表示して紹介する
ことは結果として小選挙区選挙の選挙運動になることを考慮したためであり、政策
本位、政党本位の選挙制度の一環として認められたものということができる。
(3) 前記1のとおり、衆議院議員の選挙制度の仕組みの具体的決定は、国会の
広い裁量にゆだねられているところ、憲法は、政党について規定するところがない
が、その存在を当然に予定しているものであり、政党は、議会制民主主義を支える
不可欠の要素であって、国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、国
会が、衆議院議員の選挙制度の仕組みを決定するに当たり、政党のこのような重要
な国政上の役割にかんがみて、選挙制度を政策本位、政党本位のものとすること
は、その裁量の範囲に属することが明らかであるといわなければならない。そし
て、選挙運動をいかなる者にいかなる態様で認めるかは、選挙制度の仕組みの一部
を成すものとして、国会がその裁量により決定することができるものというべきで
ある。
 もっとも、このように選挙制度を政策本位、政党本位のものとすることに伴っ
て、小選挙区選挙においては、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しな
い候補者との間に、選挙運動の上で実質的な差異を生ずる結果となっていることは
否定することができない。そして、被選挙権又は立候補の自由が選挙権の自由な行
使と表裏の関係にある重要な基本的人権であることにかんがみれば、憲法は、各候
補者が選挙運動の上で平等に取り扱われるべきことを要請しているというべきであ
るが、合理的理由に基づくと認められる差異を設けることまで禁止しているもので
はない。すなわち、国会が正当に考慮することのできる政策的目的ないし理由を考
慮して選挙運動に関する規定を定めた結果、選挙運動の上で候補者間に一定の取扱
いの差異が生じたとしても、国会の具体的に決定したところが、その裁量権の行使
として合理性を是認し得ず候補者間の実質的平等を害するというべき場合に、初め
て憲法の要請に反することになると解すべきである。
(4) 改正公選法によれば、小選挙区選挙においては、候補者のほかに候補者届
出政党にも選挙運動を認めることとされ、さらに、候補者届出政党である名簿届出
政党等が行う比例代表選挙に係る選挙運動は、小選挙区選挙に係る選挙運動にわた
ることを妨げるものではないとされ
ているが、政党その他の政治団体にも選挙運動を認めること自体は、選挙制度を政
策本位、政党本位のものとするという国会が正当に考慮し得る政策的目的ないし理
由によるものであると解されるのであって、十分合理性を是認し得るのである。も
っとも、改正公選法86条1項1号、2号が、候補者届出政党になり得る政党等を
国会議員を5人以上有するもの、又は、直近のいずれかの国政選挙における得票率
が2パーセント以上であったものに限定し、このような実績を有しない政党等は候
補者届出政党になることができないものとしている結果、選挙運動の上でも、政党
等の間に一定の取扱い上の差異が生ずることは否めないところである。しかしなが
ら、このような候補者届出政党の要件は、国民の政治的意思を集約するための組織
を有し、継続的に相当な活動を行い、国民の支持を受けていると認められる政党等
が、小選挙区選挙において政策を掲げて争うにふさわしいものであるとの認識の下
に、政策本位、政党本位の選挙制度をより実効あらしめるために設けられたと解さ
れるのであり、そのような立法政策を採ることには相応の合理性が認められ、これ
が国会の裁量権の限界を超えるということはできない。
 そして、候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される
以上、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運
動の上で差異を生ずることは避け難いところであるから、その差異の不当さが一般
的に合理性を有するとは到底考えられない程度の著しいものに達している場合に、
初めてそのような差異を設けることが国会の裁量の範囲を逸脱するというべきであ
る。自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演説会等について
みられる選挙運動上の差異は、候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って
不可避的に生ずるということができる程度のものであり、候補者届出政党に所属し
ない候補者も、自ら自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演
説会等を行うことができるのであって、それ自体が選挙人に政見等を訴えるのに不
十分であるとは認められないことにかんがみれば、上記のような選挙運動上の差異
を生ずることをもって、国会の裁量の範囲を超え、憲法に違反するとは認め難い。
(5) ところで、改正公選法150条1項が小選挙区選挙については候補者届出
政党にのみ政見放送を認め、候補者を含むそれ以外の者には政見放送を認めないも
のとしたことは、政見放送という手段に限ってみれば、候補者届出政党に所属する
候補者とこれに所属しない候補者との間に単なる程度の違いを超える差異を設ける
結果をもたらしている。弁論の全趣旨によれば、このような差異が設けられた理由
は、小選挙区制の導入により選挙区が狭くなったこと、従前よりも多数の立候補が
予測され、これら多数の候補者に政見放送の機会を均等に提供することが困難にな
ったこと、候補者届出政党は選挙運動の対象区域が広くラジオ放送、テレビジョン
放送の利用が不可欠であることなどにあると認めることができるが、ラジオ放送又
はテレビジョン放送による政見放送の影響の大きさを考慮すると、これらの理由を
もってして、前記のような大きな差異を設けるに十分な合理的理由があるといい得
るかについては、疑問を差し挟む余地があるといわざるを得ない。しかしながら、
上記の理由にも全く根拠がないものではないし、政見放送は選挙運動の一部を成す
にすぎず、その余の選挙運動については候補者届出政党に所属しない候補者も十分
に行うことができるのであって、その政見等を選挙人に訴えるのに不十分とはいえ
ないことに照らせば、政見放送が認められないことの一事をもって、選挙運動に関
する規定における候補者間の差異の不当さが一般的に合理性を有するとは到底考え
られない程度の著しいものに達しているとまでは断定し難いところであって、これ
をもって国会の合理的裁量の限界を超えているということはできない。
(6) 以上の次第であるから、改正公選法の選挙運動に関する規定により候補者
届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との選挙運動の機会が均等で
ないことが憲法14条1項、憲法15条及び憲法43条1項並びに国民の知る権利
を保障した憲法21条に違反するとの原告の主張は、いずれも採用することができ
ない。
4 原告が主張するその他の本件小選挙区選挙の無効理由について
(1) 定数配分規定の改正手続における国会の裁量権逸脱について
 原告は、改正公選法により、小選挙区選出議員の定数は300名に、残りの20
0名は比例代表選出議員と定められ、平成12年の公選法改正により比例代表選出
議員の定数が200名から180名に減らされたが、これは、政党の党利党略、裏
取引により決せられたもので、国会の立法裁量権の範囲を逸脱し
ていると主張する。
 しかし、小選挙区比例代表並立制の下で、衆議院議員の総定数を何人とするか、
これを小選挙区選出議員と比例代表選出議員にどのように割り振るかについては、
その性質上、普遍的な理念や一定の客観的な基準が存在するものではなく、国会に
おける純然たる政治的判断に委ねられた事柄であり、国会内における議事運営を通
じてこれらの事柄の内容が決定され法律として可決成立することは、正にそのよう
な政治的判断権の行使そのものというべきである。したがって、衆議院議員の定数
配分が、政党間の政治折衝や妥協の結果によって決定されたものであったとして
も、その国会における議事運営手続自体の当否は、裁判所の司法審査の対象にはな
じまないものと解するのが相当であるから、原告の上記主張は失当である。
(2) 比例代表選挙の仕組み及び在り方に関する規定の合憲性について
 原告は、改正公選法の規定につき、①11の比例区のうち、南関東比例区は3県
が相互に飛び地になっており、国会の裁量権を逸脱していること、②11の比例区
それぞれについて、小選挙区選出議員と比例区選出議員の合計議員数を対比する
と、南関東ブロックと他のブロックとの間に逆転現象が生じており、人口比例原則
に違反していること、③比例代表選挙において政党名を記載する投票方法は、民主
主義及び憲法の要求する直接選挙制に違反しており、拘束名簿式は、名簿の作成に
国民が関与していないので国民による選挙とはいえないこと、などを主張する。
 しかし、これらの主張は、いずれも比例代表選挙の仕組み及び在り方に関する規
定が憲法に違反することを主張するものと解されるところ、平成6年改正法で採用
された小選挙区比例代表並立制において、小選挙区選挙と比例代表選挙は、それぞ
れの選挙ごとに選挙区、立候補手続が別個に定められ、選挙人もそれぞれの選挙ご
とに投票することとされているものであるから、それぞれ別個独立の選挙というべ
きである。そうすると、本件小選挙区選挙の選挙無効訴訟において、それとは別個
の比例代表選挙の仕組み及び在り方に関する規定が憲法に違反することを本件小選
挙区選挙の無効の理由として主張することはできないと解すべきであるから、原告
の上記主張も失当である。
(3) 重複立候補制の合憲性について
 改正公選法86条の2は、比例代表選挙における立候補につき、同条1項各号所
定の要件のいずれか
を備えた政党その他の政治団体のみが団体の名称と共に順位を付した候補者の名簿
を届け出ることができるものとし、その名簿の届出をした政党その他の政治団体
(衆議院名簿届出政党等)のうち小選挙区選挙において候補者の届出をした政党そ
の他の政治団体(候補者届出政党)は、その届出に係る候補者を同時に比例代表選
挙の名簿登載者とすることができ、両選挙に重複して立候補する者については、そ
の名簿における当選人となるべき順位を同一のものとすることができるという重複
立候補制を採用しているところ、原告は、小選挙区で落選した候補者が比例区で当
選することを認める重複立候補制は、国民の意思を無視したもので、国会の裁量権
の範囲を逸脱している、改正公選法86条の2第1項1、2号に該当する政治団体
(既成政党等)に属さない候補者は、重複立候補を禁止されており、立候補段階で
差別的な取扱いを受けていると主張する。
 重複立候補制を採用し、小選挙区選挙において落選した者であっても比例代表選
挙の名簿順位によっては同選挙において当選人となることができるものとしたこと
については、小選挙区選挙において示された民意に照らせば、議論があり得るとこ
ろと思われるが、前記のとおり、選挙制度の仕組みを具体的に決定することは国会
の広い裁量にゆだねられているところ、同時に行われる2つの選挙に同1の候補者
が重複して立候補することを認めるか否かについても、かかる仕組みの1つとし
て、国会がその裁量により決定することができる事項と解される。そして、重複し
て立候補することを認める制度の下では、1の選挙において当選人とされなかった
者が他の選挙において当選人とされることがあり得ることは、それぞれの選挙人に
よって示される民意が異なる態様となることの1つの論理的帰結であるといわざる
を得ないから、小選挙区で落選した候補者が比例区で当選することを認める重複立
候補制を採用したことが憲法に違反するということはできない。また、改正公選法
86条の2第1項1、2号に該当する政治団体(既成政党等)に属する候補者に重
複立候補を認めたのも、国民の政治的意思を集約するための組織を有し、継続的に
相当な活動を行い、国民の支持を受けていると認められる政党等による政策本位、
政党本位の選挙制度をより実効あらしめるためと解されるのであり、そのような立
法政策を採ることには相応の合理性が認められ
るから、結果的に上記政治団体に属さない候補者は重複立候補をすることができな
いという取扱いを受けたとしても、国会の裁量権の限界を超えると解することはで
きない。
 したがって、重複立候補制の合憲性に対する原告の上記主張は、いずれも採用の
限りでない。
第4 結論
 以上のように、改正公選法の衆議院議員選挙の仕組みに関する規定が憲法に違反
するとの原告の主張はすべて理由がないから、本件小選挙区選挙の東京都第9区の
選挙無効を求める本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第9民事部
裁判長裁判官 雛形要松
裁判官 小林正
裁判官 萩原秀紀

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