弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取り消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。被控訴人は、「本件控訴を棄却
する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、当審において、請求の
趣旨第一項を、「控訴人が被控訴人に対し昭和三四年五月四日にした亡Aの昭和三
三年度所得税額を金六〇七万一八九〇円とする旨の更正を、熊本国税局長の昭和三
五年二月九日の審査決定変更により減額された金四六三万八〇九〇円の限度におい
て取り消す。」と訂正した。
 当事者双方の主張並びに証拠関係は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるか
ら、これを引用する。
 第一、 控訴人の主張
 一 熊本国税局長の昭和三五年二月九日の審査決定変更について
 亡Aが株式会社鶴屋百貨店(以下、鶴屋という)に売却した熊本市a町b番地の
土地およびその地上建物(以下、本件不動産という)は、もと亡B(Aの夫で、被
控訴人の養父)の所有であつたが、右Bは本件不動産をその妻Aに遺贈した。Bの
相続人にはAのほか被控訴人およびその妻C両名があつたので、右遺贈は被控訴人
およびC両名の遺留分を侵害することとなり、右両名は遺留分減殺請求をして、本
件不動産に対し遺留分相当の権利を有していた。本件不動産の売買代金三〇五五万
二〇〇〇円のうち被控訴人およびC両名に属する分は六六一万〇二二〇円であり、
Aに属する分は二三九四万一七八〇円である。よつて熊本国税局長は昭和三五年二
月九日、右二三九四万一七八〇円をAの本件不動産譲渡による総収入金額として、
所得金額一〇八二万七九二〇円、所得税額四六三万八〇九〇円に減額する旨の審査
決定変更の処分をした。
 なお、Aの相続人は被控訴人(Aの養子)およびD(Aの実子)の二名である
が、被控訴人が自ら相続人代表者に指定したので、被控訴人に対し本件課税をした
ものである。被控訴人は、昭和三四年三月一六日控訴人に対し提出した確定申告書
では売買代金三〇五五万二〇〇〇円をAの昭和三三年度の総収入金額とし、同人の
同年度譲渡所得額一三四七万九八四一円、所得税額六〇六万六八九〇円として申告
したものである。
 二 譲渡所得の本質について
 資産の譲渡に伴なう所得に対する課税は、主として純資産増加説に立脚し、資産
の客観的な値上りを所得と観念し、課税を行なうことにしている。もつとも、厳格
な純資産増加説に従えば、納税者の資産の値上りは毎年これを査定して課税すべき
こととなるが、これは把握することが困難であるので、かような所得(資産の値上
り)は、納税者がその資産を現金等に換金する等譲渡したときに、課税することと
しているのである。すなわち、課税の対象としている資産の譲渡所得は、資産を売
却し代金を受領することによつて初めて実在化するものではなく、譲渡所得の基因
であるものは資産の値上りといら形で既に発生しているのであり、この考え方を前
提として、その資産が売買であれ贈与であれ譲渡された時点を課税適期として、資
産の値上りを計算し課税することにしているのである。資産の譲渡に伴なう課税の
根拠をこのように理解すべきことは、資産の贈与や低廉譲渡の場合について、その
贈与者や譲渡人が対価を受領することがないにもかかわらず、同様に同人等が資産
の譲渡に伴なう納税義務を負担しなければならないと規定されていること(所得税
法(昭和二二年法律第二七号をいう。以下同じ。)第五条の二第一項、第二項)お
よび譲渡所得について譲渡を契機として一時に課税することは税負担の一時的な過
重をきたすので、譲渡代金から一五万円の特別控除を行なつた上で、その残額の一
〇分の五に相当する金額をもつて課税標準としていること(同法第九条第一項)等
に照らして明らかであろう。
 三 譲渡所得の帰属年度について
 譲渡所得をどの年度に帰属させるかについては、譲渡とはいかなる時点を捉えて
いうものであるかについて明瞭にする必要があるところ、会計理論としては発生主
義と現金主義とがあり税法理論としては権利確定主義と現実収入主義とがあるので
あるが、所得税法ではその第一〇条第一項において、資産の最も通常な譲渡方法で
ある有償譲渡の場合について、その所得の計算を収入した現金額(またはその他の
財産額)ではなく、現金(またはその他の財産)を収入すべき権利の価額(債権
額)によるとしていることから明らかなように、所得税法は、譲渡所得を帰属させ
課税を行なうべき年度について、現金等の収入のあつた時期(いわゆる現実収入主
義)ではなく、現金等を収入すべき権利の確定した時期すなわち現金等を収入すべ
き権利の発生した時期(いわゆる権利確定主義)をもつて帰属年度を決する基本と
しているのである。
 四 譲渡所得についていわゆる割賦販売基準を適用しえないことについて
 商品の割賦販売による事業所得については、所得税法上、権利確定主義の例外と
して、割賦販売基準を適用することが認められているが、これは、一定の契約にも
とづく商品の割賦販売については、契約の成立の時に販売商品の所有権や経済的利
益が移転するとは解しえないことにもとづいて、会計上において広く割賦販売基準
が採用されていることと、その事業所得について通常販売の場合とくらべて一時的
には課税の不公平をきたすが、一定の期間内において結局課税の公平を図ることが
できるからである。それで、譲渡契約によつて代金債権が発生し資産が移転してし
まつていて、ただ代金の支払が延払いになつているものについて、特別に取り扱う
べきいわれがないのみならず、会計上においでも割賦販売基準が適用されていない
商品以外の資産の個別的延払契約にもとづく譲渡について割賦販売基準を適用すべ
き理由もなく、また、事業所得ならともかく、譲渡所得については前述のようにそ
の所得の内容の特殊な累積的本質に対して税負担が一時的に発生するので、その過
重になるのを緩和するために課税方式を異にしており、一五万円の特別控除をして
その残額の一〇分の五に課税する方式を採つているため、これについて割賦販売基
準を適用すると、その特殊な課税方式が採られている法意を全く没却することにな
るとともにその課税方式(特に一五万円の控除が繰り返されること)に照らして到
底課税の公平を図ることができないので、資産の譲渡所得について割賦販売基準を
適用する余地は全くないというべきである。
 本件不動産の譲渡については、昭和三三年中に売買契約の効力が発生し代金債権
が確定しているとともに、同年中に所有権移転登記も行なわれ、所有権は完全に移
転してしまつており、割賦販売の場合のように所有権が留保されているのとは全然
法律関係を異にしているから、昭和三三年にその譲渡所得が帰属すべきことは明ら
かである。売買代金の一部が延払いの約束になつているからといつて、商品の割賦
販売についての割賦販売基準を適用し、売買代金の収入にもとづいて帰属年度を決
しようというのは、いわれのないことである。
 課税は所得の実態(担税力)に即応して行なわれなければならないが、所得の実
態とは、現金の収入のみを観念すべきではなく、現金のほか金銭債権等の経済的利
益を取得した場合をも当然に観念すべきである。被控訴人に昭和三三年中に右経済
的利益が発生し確定していることは明らかであるから、本件課税はその所得の実態
に即応して行なわれているものといえよう。そして、納税者が納税資金を欠くとき
は、国税徴収法第一五一条以下、国税通則法第四六条以下の規定により、別途に個
別的に徴収緩和等の措置が考慮される建前がとられている。
 五 本件売買契約における代金支払の約定について
 本件売買契約においては、代金支払方法は、契約成立の日に一〇〇万円、残金は
その後毎月五〇万円ずつ支払うことと約束されているが、この分割弁済の約定は厳
密な意味における期限の約定ではなく、Aと鶴屋との間では、売買代金のうちから
税金相当分は随時支払うことが約束されていたのであり、税金相当額を支払つた残
金について、主としてA側の一時に大金を必要としない事情によつて、一応年金方
式に準じて分割払いとされたものである。現に鶴屋は昭和三四年三月一日被控訴人
の求めに応じ、税金相当分として六六一万円を支払つている。
 売買代金支払の約定が右のとおりであるから、現実に取得する金額以上の高額の
税金を支払わねばならないという不合理を生ずる、との被控訴人の主張は失当であ
るというべきである。
 第二 被控訴人の主張
 一 控訴人の主張一に対して
 その主張事実を認める。したがつて、請求の趣旨を前記のとおり訂正する。
 二 同二および三に対して
 控訴人は、所得税法第五条の二第一項、第二項を挙示して主張しているが、昭和
三七年法律第四四号によつて右第五条の二に新たに第三項が追加され、第一、二項
の適用による課税が保留されることとなつた。その理由は、(一)贈与者または低
廉譲渡人に所得者としての観念がなく、(二)代金の受領がないため租税の支払能
力がとぼしいかまたは全くないこと、によるのであり、税法の運用が原則論のみに
抱泥してなされるときは、到底社会の複雑な経済事情に適合しえないことを示すよ
い例外規定の一つである。
 所得税法においても、法人税法においても、控訴人主張のように権利確定主義を
原則としているけれども、法人税法においては、既に昭和三四年直法一―二四四通
達第四によつて、商品以外の資産の延払条件付譲渡による譲渡益について商品等の
割賦販売基準の準用が認められた。
 右のように、例外にせよ譲渡所得に対する課税の保留措置が講ぜられ、各種資産
の割賦販売基準が取り入れられたということは、譲渡所得に対する課税が権利確定
主義のみを根拠とするものではなく、場合に応じ例外的解釈をなしうることを示す
ものである。所得ないし収益をいずれの年度に帰属せしめるかについては、必ずし
も権利確定主義にのみよることなく、租税支払能力に重点をおいたいわゆる現金回
収基準をも併せて適用されている現状より見て、本件のような特殊な取引について
は現金回収基準によるべきである。
 資産の値上りによる価値増が譲渡を契機として顕現化した場合、原則として直ち
に譲渡所得として課税されるべきであろうが、本件のような例外的場合は月賦金の
履行期毎に所得として課税されるべきである。すなわち、資産の価値増は売買を契
機として顕現化したのであるが、そのすべてについて未だ課税適状を生じておら
ず、課税適状は履行期を基準として生ずると云うべきである。なぜなら、課税適状
とはそれに対して課税しえ、かつ納税者も税を支払いうる状態をいうものというべ
きだからである。
 三 同四に対して
 控訴人は、譲渡所得については一五万円の特別控除をしてその残額の一〇分の五
に課税する方式を採つていることを挙げて譲渡所得に対し割賦販売基準を適用する
余地はないと主張するが、一五万円の控除は零細な所得まで課税する繁雑さをさけ
るのが目的であり、半額課税は貨幣価値の下落に伴なう名目所得を排除しようとす
る法意であり、現金回収基準の適用とは無関係である。所得発生の時期を現金回収
基準に求めるとすれば、代金受領の都度譲渡所得が発生することとなり、一五万円
の控除もまたその年度毎に行なうべきことは当然である。
 控訴人は、権利確定主義の原則を固執し、納税者の負担能力の問題は徴収面で考
慮すべきであると主張して、国税徴収法第一五一条、国税通則法第四六条を引用す
るが、国税徴収法第一五一条の規定は滞納処分による財産換価の猶予に関するもの
であり、国税通則法第四六条の規定は本件の場合には関係がない。すなわち、本件
のような場合は徴収面では救済されないし徴収に関する法律の規定も本件のような
場合の救済を考えてはいないのである。であるから、本件のような場合は徴収面で
なく課税面で救済されなければならない。
 四 同五に対して
被控訴人が鶴屋から受け取つた六六一万円は被控訴人の遺留分に相当する金員であ
り、Aが鶴屋と締結した売買契約とは別個のものである。したがつて、右金額の受
領をとらえて本件売買代金の分割弁済の約定が厳密な意味における期限の約定では
ない。といらのは不当である。
 五 仮りにAが本件売買契約当時意思能力を有していたとしでも、右売買により
控訴人主張のような課税がなされることを知つていたなら、到底本件売買契約を締
結しなかつたはずであるから、本件売買契約におけるAの意思表示には要素の錯誤
があり、したがつて本件売買契約は無効である。
 第三 証拠関係
 被控訴人は、甲第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし七、第四号証の一な
いし三、第五号証、第六号証の一ないし五を提出し、当番証人E、F、Gの各証言
および当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、当審提出の乙号各証の成立を
認めた。
 控訴人は、乙第一二ないし第一六号証を提出し、当審証人H、Iの各証言を援用
し、当審提出の甲号各証の成立(甲第二号証の四は原本の存在も)を認めた。
         理    由
 一 次の事実は当事者間に争いがない。
 被控訴人の被相続人Aは、昭和三三年一一月二七日、鶴屋に対し本件不動産を代
金三〇五五万二〇〇〇円で売り渡し、代金は手附金として即日一〇〇万円、残金は
同年一二月から毎月五〇万ずつ支払を受ける旨約し、即日手附金一〇〇万円を受領
し、かつ本件不動産の所有権移転登記を了した。Aは同年一一月二八日死亡したの
で、被控訴人は、Aの相続人の代表者として、昭和三四年三月一六日、右売買代金
三〇五五万二〇〇〇円をAの昭和三三年度の総収入金額として、同人の同年度譲渡
所得額一三四七万九八四一円、所得税額六〇六万六八九〇円とする確定申告書を控
訴人に対し提出した。しかし、被控訴人は、Aが昭和三三年度中に取得し得べき金
額は一五〇万円だけであるから右申告は誤りであると主張して、昭和三四年四月七
日、Aの昭和三三年度の総収入金額は一五〇万円であることを前提とする所得税確
定申告の更正請求書を控訴人に対し提出したが、控訴人はこれを却下した。
 被控訴人は、右確定申告において、所得税法第一五条の三による老年者控除と同
法第一五条の四による寡婦控除とをしていたが控訴人は、寡婦とは老年者でないも
のをいうのであるから(同法第八条第四項。ただし昭和三六年法律第三五号改正
前)、被控訴人が寡婦控除をしたことは誤りであるとして、昭和三四年五月四日、
Aの昭和三三年度所得税について、前記売買代金全額を基礎として、譲渡所得額一
三四七万九八四一円、所得税更正額六〇七万一八九〇円とする旨の更正(以下、本
件更正という)をした。被控訴人は熊本国税局長に審査請求をしたが、同国税局長
は昭和三四年九月一六日これを棄却した。
 本件不動産はもとB(Aの夫で、被控訴人の養父)の所有であり、右Bは本件不
動産を妻Aに遺贈したが、この遺贈はBの他の相続人たる被控訴人およびその妻C
両名の遺留分を侵害することとなつたので、右両名は遺留分減殺請求の意思表示を
して、本件不動産に対し遺留分相当の権利を有していた。したがつて本件不動産の
売買代金全額がAの収入金額となるものでなく、売買代金三〇五五万二〇〇〇円の
うち六六一万〇二二〇円は遺留分相当の金額として被控訴人およびその妻C両名に
属するものであり、Aに属する分は売買代金から右六六一万〇二二〇円を控除した
二三九四万一七八〇円であつた。以上の事実が判明したので、熊本国税局長は昭和
三五年二月九日右二三九四万一七八〇円をAの本件不動産の譲渡による総収入金額
として、所得金額一〇八二万七九二〇円、所得税額四六三万八〇九〇円と減額する
旨の審査決定変更の処分をした。
 二 行政事件訴訟法第一〇条第二項は、いわゆる原処分中心主義を採用し、原処
分の違法は処分の取消の訴においてのみ主張することができることとし、原処分に
対する審査請求を棄却した裁決の取消の訴においては原処分の違法を主張すること
ができないことと規定している。右法条にいう「審査請求を棄却した裁決」の中に
は、原処分の一部を取り消し、その余の部分について審査請求を棄却する、という
裁決も含まれるものと解される。この場合、一部取消の部分についてはこれに対す
る訴はありえないが、一部棄却の部分については、この部分は原処分を正当として
審査請求の棄却がなされたわけであるから、この部分を争うには、裁決によつて変
更された形における原処分(すなわち、その残存部分)の取消の訴によるべきもの
であると解する。本件において、原処分すなわちAの昭和三三年度所得税額を六〇
七万一八九〇円とする本件更正は、裁決すなわち熊本国税局長の前記審査決定変更
によつて所得税額を四六三万八〇九〇円に減額(一部取消)されたのであるから、
右審査決定変更によつて減額されて残存する形における本件更正が本件取消訴訟の
対象となるものである。
 三 よつて進んで、本件更正の当否について判断する。
 まず、被控訴人は、本件売買契約が無効であると主張するのであるが、その主張
にかかる意思能力のないこと、思慮浅薄に乗じてなされ公序良俗違反であることお
よび要素の錯誤があることについては、いずれもこれを認めるに足る証拠がないか
ら、この点の主張はいずれも失当である。
 次に、被控訴人は、Aの昭和三三年度の資産譲渡による総収入金額は一五〇万円
であると主張し、これに対し、控訴人は右総収入金額は二三九四万一七八〇円であ
ると抗争する。問題の要点は本件のように売買代金中昭和三三年中に実際に収入し
または履行期の到来する分は一五〇万円であり、その余は翌年以降数ケ年にわたつ
て分割弁済されるという場合に、所得税法第一〇条第一項の規定における「収入す
べき金額」とは、履行期の如何を問わず売買代金額をいうか、またはその年中に現
実に収入しもしくは履行期の到来する分のみをいうかにある。
 所得税法第九条第一項第八号によれば、資産の譲渡による所得については、その
年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費
を控除した金額の合計金額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金
額が課税標準とされ、同法第一〇条第一項によれば、右の「総収入金額」とはその
収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においでは、当該物
又は権利の価額)の合計金額によるとされている。そして、この点に関する国税庁
長官の基本通達は、「収入金額とは収入すべき金額をいい、収入すべき金額とは収
入する権利の確定した金額をいうものとする。」という(基本通達一―一九四)。
 <要旨>資産の譲渡における所得に対し所得税を課する所以は、資産の値上りによ
る利益を所得と観念し、所得者がその資産につき売買その他の譲渡行為をし
たとき、これを契機として資産の値上りによる所得を把握し、これを課税の対象と
するものであると考える。したがつて、課税の対象たる譲渡所得は、資産を譲渡し
その対価を取得することによつて発生するものでなく、資産の値上りという形で既
に発生しているものであり、このいわば潜在的な所得が譲渡行為によつて顕在化し
たときに、課税の対象たる譲渡所得として把握されるものであると考える。譲渡所
得の本質はこのように理解される。そうすると、譲渡所得の発生には、現実に譲渡
の対価を取得したか否かを問わないものといらことができる。そして、通常の例で
ある資産の有償譲渡についていえは、所得税法の前示規定は、金銭収入だけでなく
権利による収入をも「収入すべき金額」に含んでいることから明らかなように、譲
渡の対価(これは金銭である)を現実に取得したときでなく、譲渡の対価を取得し
うる権利(これは代金債権である)を取得したときをもつて譲渡所得発生の時とし
ているものと解される(この規定は、前述の譲渡所得の本質に立脚しているものと
理解される)。ところで右にいう「譲渡の対価を取得しうる権利の取得」は確定的
でなければならないと考えられる。何故なら、右の権利の取得が確定的でなけれ
ば、譲渡所得があるものとして課税するに適しないからである。したがつて、所得
税法第一〇条第一項の「収入すべき金額」とは「収入する権利の確定した金額」を
いうものと解すべきであり、前示基本通達の見解は正当として是認することができ
る。なお、権利確定の時期については、事案に即し其体的に判定すべきものと解す
る。以上の理由にもとづき、資産の売買の場合における「収入すべき金額」は、履
行期の如何にかかわらず(ただし権利の確定を要する)売買代金額をいうものと解
すべきであり、右権利確定の時期を基準として譲渡所得の帰属年度を決すべきもの
と解する。
 以上の理由によつて本件をみるに、前記のとおり、本件売買契約は昭和三三年一
一月二七日締結され、同日代金の一部が支払われ、かつ、所有権移転登記がなされ
ているから、同日確定的に成立したものというべく、したがつて、本件売買契約に
もとづくAの代金債権は同日確定したものといわねばならない。であるから、本件
不動産の譲渡によるAの譲渡所得は右同日全額が発生したものであり、この譲渡所
得の属する年度は昭和三三年度である。したがつて、Aの右譲渡所得が、売買代金
全額(ただし、被控訴人およびCの遺留分相当額を除く)につき、昭和三三年度に
属することを前提とする控訴人の本件更正(ただし、熊本国税局長の審査決定変更
により減額された限度におけるもの)は正当であるといわねばならない。
 以上の判断はいわゆる権利確定主義の原則にもとづくものであるが、被控訴人
は、本件のように売買代金が長期の割賦弁済の方法で支払われる場合には、右原則
を排しいわゆる現実収入主義の立場をとつて昭和三三年度の収入すべき金額は一五
〇万円とすべきであると主張する。そして、その理由は要するに、昭和三三年中に
収入する金額は売買代金のうちの僅少の一部にすぎないのに売買代金全額を基準と
して所得税を課せられては、納税者は到底これを支払うことができず、極めて不合
理、苛酷な結果を生ずる、という点にある。なるほど前記のとおり、本件売買契約
における代金の支払は、契約当日一〇〇万円、翌月以降毎月五〇万円ずつの月賦弁
済とする旨約定されている。しかし、成立に争いない乙第三号証、第七号証、原審
および当審における証人Hの証言および被控訴人本人尋問の結果によれば、本件売
買契約の締結に当り、多額の税金が一度に課せられることが予想され、前記のよう
な月賦弁済では到底税金を支払らことができないので、税金相当分は前記月賦弁済
の約定にかかわらず売主側の求めにより売買代金のうちから随時支払うことが約束
され、かつ、買主たる鶴屋は、納税のため必要だからとの被控訴人の求めに応じ、
昭和三四年三月一日、本件売買代金の内払いとして六六一万〇、二二〇円を被控訴
人に支払つたことが認められる。もつとも、被控訴人は、右六六一万〇二二〇円は
被控訴人の遺留分に相当する金額でありAと鶴屋との本件売買契約とは別個である
と主張し、右金額が被控訴人およびC両名の遺留分相当額であることは前記のよう
に当事者間に争いがなく、被控訴人は原審および当審における本人尋問において右
金額を遺留分相当の金額として受領した旨供述し、前示乙第七号証(右金額の領収
証)にも、「売買代金内払いとして」の記載の下に、「(遺留分減殺相当額)」と
記載されている。しかし、Aと鶴屋との本件売買契約においては、本件不動産に含
まれる被控訴人およびCの遺留分相当部分をも含んで売却されたものであり、しか
も、被控訴人およびCが同人等の遺留分相当部分をも含めて本件不動産を鶴屋に売
却することに同意していたことは、成立に争いない乙第八号証、原審証人J(第
一、二回)、当審証人Eの各証言並びに原審および当審における被控訴人本人尋問
の結果により認められるところである。したがつて、被控訴人が遺留分相当額とし
て六六一万〇二二〇円を受領したということは、前認定(税金相当分は月賦弁済の
約定にかかわらず売買代金のうちから随時支払うことが約束され、かつ実際に支払
われたこと)の妨げとなるものではない。以上のようなわけで、権利確定主義の原
則に対し例外的に現実収入主義の立場を採るべき場合が仮りにありうるとしでも、
本件の場合は、前認定のように、税金相当額は月賦弁済の約定にかかわらず売買代
金のうちから随時支払うとの特約がなされ、かつ右特約は実行されたのであるか
ら、被控訴人が主張するような、現実に取得した金額以上の税金を納付しなければ
ならないという不合理、苛酷な結果を生ずる、という問題は存しないといわねばな
らない。したがつて、本件の場合は権利確定主義の原則に従うことに何らの妨げな
く、例外的な取扱(仮りにそれがありらるとして)を考慮すべき何らの必要性も存
しない。この点の被控訴人の主張は失当である。
 四 以上の理由により、本件更正(審査決定変更により減額されたもの)は正当
であつて、これを取り消すべき何らの違法も存しないから、被控訴人の本訴請求は
失当として排斥すべきである。よつて、これと異なる原判決を取り消すこととし、
民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 池畑祐治 裁判官 佐藤秀 裁判官 石川良雄)

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