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平成20年(わ)第103号,第167号強要,脅迫被告事件
判決
本籍略
住居略
職業略
被告人A
生年月日略
主文
被告人を懲役1年8箇月に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,
第1平成19年7月6日午後2時40分ころ,広島県安芸高田市a町ab番地所在
のX病院人工腎透析センターにおいて,同病院臨床工学科科長補佐B及び同臨
床工学技士Cに対し,「あんたらー,ここおったら,わしがのー,若い衆らで
木刀と頭,のー,頭と身体へのー,おい,刺さすぞー。殴りあげて。嫌じゃい
うくらい。」などと語気鋭く申し向け,B及びCの生命,身体等にどのような
危害を加えるかもしれない態度を示して同人らを脅迫した。
第2人工腎透析による延命措置のため,判示第1のX病院人工腎透析センターに
通院していたところ,平成19年6月から同年7月にかけて,同病院職員に対
し,辞職を強く迫るなどの要求を執拗に繰り返していたものであるが,同病院
病院長Dをして同センター看護科長Eを配置転換させようと考え,同年7月3
1日,広島県安芸高田市a町ac番地d所在のY施設1階相談室において,同病院
職員の配置転換の権限を有するDに対し,「E婦長なってから,ぐちゃぐちゃ
のめちゃくちゃになっとるんよ。」,「院長と話して,納得したらの,全部抑
えてあげるけー,わしが言よーるの。」,「Eじゃもうダメよ。」,「代えれ,
バシーッと。」などと申し向けてEの配置転換を要求し,もしこれに応じなけ
れば,同病院職員に対し辞職を迫るなどの前記要求を継続し,同病院の業務遂
行を困難ならしめ,ひいてはDの病院経営ないし管理能力等の名誉等に対して
どのような危害を加えるかもしれない態度を示して脅迫し,Dをしてその旨怖
がらせて,同年8月20日付けでEを同センター看護科長から看護部長室付看
護科長に配置転換する人事異動を決定させ,もってDをして義務のないことを
行わせた。
(証拠の標目)略
(事実認定の補足説明)
弁護人は,判示第2について,被告人につき強要罪は成立しないと主張する。そ
こで,以下,同判示のとおり強要罪の成立を認めたことにつき補足して説明する。
1まず,関係各証拠から以下の事実が容易に認定できる。
(1)被告人は,平成12年1月以降,人工腎透析による延命措置のため,X病
院の人工腎透析センター(以下「本件センター」という。)に通院していたと
ころ,平成19年6月ころから,X病院の臨床工学科科長補佐であったBや同
病院の臨床工学技士であったCに対し,立腹して長時間にわたり問い詰めるこ
とを繰り返すようになった。
(2)平成19年7月6日の午後,本件センターの透析室において,被告人は,
ベッドの上に座った状態で,その前に立ったBやCに対し,「おっ。ワレもの
ー,おっ,こらー,わしに頭下げてのー,のー・・・謝ったか,謝りゃーせん
じゃないか,ずーと,立っとるだけじゃないか,すいません,すいません言う
て。どーいうんならー,わりゃー。」,「ワレ辞めーや。もう。」,「呼んで
こいや,院長ー,わし言うたるけーここで。おー『わたしが悪いんです,責任
とります』のー,なんじゃーかんじゃーすぐ責任とる,とれやー,はよー,ど
がいにとるんなら,われが言うた言葉でー,こらえへんどー,わしはひかんど
ー,あとに。」,「ボケ,ワレ,わりゃーのー若いんじゃけー,どっか行って
勉強してこい言うたろーが。行けーや,はよー。」,「じゃーけん,自ら,の
ー,身を引かんといけんのーよー,お前らー。」,「あんたら2人辞めたんな
らのー,1人ええの,こしらえたほうが,ええじゃんか,まともなのー。」,
「あんたらー,ここおったら,わしがのー,若い衆らで木刀と頭,のー,頭と
身体へのー,おい,刺さすぞー。殴りあげて。嫌じゃいうくらい。」,「えら
そーに,のー,われ,まだ,ここにおりたいんか,お前。」などと約3時間以
上にわたり言い続けた。なお,この場には本件センター看護科長であったEも
立ち会っており,同人は被告人をなだめようとしていたが,被告人はこれをは
ねつけて全く受け入れようとはしなかった。
同月13日,X病院において,被告人は,Eに対し,「なに逃げよるん。」,
「くされ外道がー,考えてみーや。」,「できんのなら,辞めりゃーええの
よ。」,「思うとるだけじゃけー,つまらんよ。実行せにゃー,馬鹿たれが
ー。」,「あんた,どっか行きゃーええのよー。めんどくさーい。」,「わ
しゃー,お前おらんにゃーええんよー。」,「のー,なんとも思うとらんのか,
わりゃー。」,「わしがのー,こうやって,言うた以上はのー,のー,どこの
透析病院いってもダメじゃー。自然に帰ってのー,百姓するしかないんじゃー,
あいつはー。」などと長時間にわたり言い続けた。
同月30日,被告人は,Y施設1階において,X病院の事務長に対し,「X
病院の体質かのー,・・・汚れた,のー,上が上じゃけ,下もそうなっとるん
か。」,「肩書きが欲しいばっかりよ,このEは,E科長は。」,「Bお前の
家の前までのー,行ってのー,勤務いうものを教えちゃるよ。ワシも勉強した
けー,言うちゃったのよ。」,「院長が話したいいうんなら,わしも行かして
くれー,わしも行かしてくれーいうんがおるんじゃけー。」,「おどりゃー院
長・・・県警がX病院の院長がみやすいこーに,何か・・・患者のことひいき
するならええがの,・・・おどりゃー見とけよ。」,「わしが日本刀,日本刀
振ってのーぐじゃぐじゃにしちゃったのよ。」,「Bにのー,Bにの気合い入
れちゃらにゃいけんけん言うただけでのー・・・どっかでのー気合いいれにゃ
ーのー,全部ダメになってしまう。」,「おどれわしは騙されんぞ,と。わ
しゃ,井の中の蛙やないんじゃけん広島行きゃーのー,詐欺師ペテン師の
ー,・・・ブローカー,のー,情報屋のー,のー・・・集まったことあるん
じゃけん,そこ行きゃー耳なんぼでも入るわいの,うーん。のー。」などと長
時間にわたり言い続けた。
(3)同月12日から同年8月20日まで,Cは心身症という診断に基づき休職
した。同年7月30日から同年8月21日まで,Bは心身症という診断に基づ
き休職したが,C及びBを含めた臨床工学技士4名で運営している医療機器管
理室が手薄になって機能しなくなるのを避けるため,火曜日と木曜日は出勤し
ていた。
(4)X病院の病院長として,同病院職員の配置転換の権限を有するDは,同病
院職員に対するこのような被告人の言動や,C及びBの休職等の事情を認識し
た上で,同年7月31日の午後2時前ころから約1時間以上にわたり,Y施設
1階相談室において,被告人と1対1で話した。この時被告人は,Dに対し,
「E婦長なってから,ぐちゃぐちゃのめちゃくちゃになっとるんよ。」,「の
お,危機管理がないんか,何がないんか知らんがのお。」,「どうにか言えー
やー。」,「院長と話して,納得したらの,全部抑えてあげるけー,わしが言
よーるの。」,「Eじゃもうダメよ。」,「自分のことしか考えよらんかいの
ー病院のこと考えよらんかいのー。」,「代えれ,バシーッと。」,「5時間
も6時間もで,あっちがおるけー話するんじゃけー,Aさんもうちょっとって
言やー,ええんじゃけん。」,「同じことばっかり言わすけーのー,じゃがの
ー,危機感がないのー。」,「Eのー,遠くへ行かしゃーええんよ。」などと
言って,本件センターの看護科長であったEの配置転換を要求し続けた。なお,
Eは,昭和52年に看護師の資格を取得して,昭和62年10月からX病院で
勤務するようになり,その勤続年数の半分以上につき透析関係の職務に従事し
ており,平成10年5月には透析技術認定士の資格を取得していた。本件当時,
同病院においてこの資格を持つ看護師はEのみだった。
平成19年8月13日,Eについて本件センター看護科長から看護部長室付
看護科長に配置転換することを内容とする稟議書が作成されて,その翌日には
決裁を受け,同月20日付けでこの人事異動が決定された。なお,同日付の人
事異動はこの件に関するものだけである。
2前記認定事実からすれば,平成19年6月以降,X病院の複数の職員に対して
長時間にわたり辞職を強く迫るなどの要求を繰り返していた被告人が,同年7月
31日には,同病院の職員につき配置転換の権限を有するDに対し,Eの配置転
換に応じなければ先のような要求を続けて同病院の業務遂行を困難ならしめ,ひ
いてはX病院の病院長たるDの病院経営ないし管理能力等の名誉等に対して危害
を加えるかもしれない態度を示して脅迫し,Dをしてその旨怖がらせて,本来行
う義務のないEを配置転換する人事異動を決定させたものと強く推認されるので
あって,この推認と合致する証人Dの公判供述部分は十分信用できる(なお,弁
護人は,判示各犯行から約4か月後に被害申告があったことを問題視して証人D
らの供述に信用性がない旨主張しているが,被告人の要求行為を止めてもらうた
めにEの配置転換に応じてから約1か月ほどは被告人の要求行為が特になかった
ものの,同年10月以降,被告人によるBやCに対する要求が再び激しいものと
なり,同月17日にはDにも語気強く迫ったりしたということから被害届を出す
ことにしたというDの公判供述からすれば,特に不自然ではない。)。
3以上に対し,弁護人は,①被告人が行った行為(1(4))は,強要罪における
脅迫とはならない,②被告人の行為が法令行為として違法性を阻却する,③被告
人は,Dに「義務なきことを行わしめた」わけではないなどと主張する。
しかし,①及び②については,前記のとおり,木刀で刺す,殴りあげる,くさ
れ外道,馬鹿たれなどと長時間にわたり言い続けることで,複数の職員に対し執
拗に辞職を迫っていた被告人が,病院の経営ないし管理に携わる院長のDに「院
長と話して,納得したらの,全部抑えてあげるけー,わしが言よーるの。」,
「代えれ,バシーッと」などと告げてEの配置転換を要求する行為は,強要罪に
おける脅迫に当たることが明白であり,前記告知内容が社会通念からみて何ら問
題ない(もっとも,脅迫文言における加害の内容は違法であることを要しな
い。),あるいは被告人の前記行為が診療契約に基づく私法上の権利行使として
社会通念上許容されるなどという弁護人の主張は到底採用の限りでなく,失当と
いわざるを得ない。また,③については,Eにつき弁護人が主張する事由(医師
が透析室に常駐するよう要求したのになかなか応じなかった,患者に注射した後,
この注射でよかったのかと漏らしたことがある,スタッフの勉強会が開かれな
かった,透析室に常駐していなかったり,留守の間スタッフが子どものことでお
しゃべりしていたりしたことについて,被告人が透析室に常駐しろ,古いスタッ
フは替えろなどと求めても応じなかった等々)を仮に全て前提としたとしても,
DにおいてEの配置転換をなすべき法的義務が生じていたのではないかとみるこ
とはできないのみならず,被告人の前記行為がDの受忍範囲に止まるのではない
かとみる余地も皆無であって,やはり失当といわざるを得ない。
なお,被告人は,公判で強要罪の故意がなかったかのごとき供述をしているが,
前記推認(2)と明らかに相反しており,それ自体信用性に乏しい。のみならず,
捜査段階において録音データを聞かされるまでDに対する前記文言の告知自体を
否認し,その後自らの行為の正当性を訴えつつ,自分の要求によって本来あり得
なかったEの異動が行われたと認める供述をしていたにもかかわらず,公判段階
では,これを否定し,何故捜査段階で先の供述をしていたのかと問われると,よ
く分からないと述べるなどしており,その他証拠上被告人のものであることが明
白であり,弁護人も全く争っていない捜査段階の調書の署名が自分のものではな
いとしたり,録音データから被告人のものであることが明白であり,捜査段階で
自らその内容について説明している発言について,自分は発言していないとした
りしている被告人の供述姿勢からしても,到底採用できるものではない。
4以上より,判示第2のとおり,被告人につき強要罪の成立が優に認められる。
(法令の適用)
1罰条
判示第1の行為刑法222条1項
判示第2の行為刑法223条1項
1刑種の選択
判示第1の罪懲役刑選択
1併合罪加重刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第2の
罪の刑に加重。)
1未決勾留日数の算入刑法21条
1訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の事情)
被告人は,平成19年6月から同年7月にかけて,判示第1の被害者B及び同C
に対する辞職要求を重ねる中で同判示の犯行に及び,さらにはこの要求を止めよう
としたEに対しても強く辞職を迫るなどした挙げ句,判示第2の犯行に及んで同人
の配置転換をなさしめたものである。その態様は,ボケ,ワレ,わりゃー,木刀で
刺す,殴りあげるなどの文言を約3時間にわたり言い続けたり,納得したら全部抑
えてやる,代えろ,バシーッとなどと1時間以上にわたり言って迫ったりするとい
う執拗極まりないもので,相当に悪質といわざるを得ない。被告人は,これらの行
為を行った理由について縷々述べるが,その真偽を問うまでもなく,これらの行為
をいささかなりとも正当化することはできないというべきである。加えて,被告人
は,平成17年に恐喝罪で執行猶予判決(懲役3年・4年間執行猶予)を受けてお
り,その猶予期間中だったのであるから,より一層身を慎まなければならなかった
はずであるにもかかわらず,判示各犯行を敢行しているのであって,その規範意識
の乏しさは看過できない。これらからすれば,被告人の刑事責任は到底軽視できる
ものではない
したがって,被告人は,人工腎透析を受けており,その年齢も高齢の域に差し掛
かっていること,判示第1については反省の弁を述べていること,前回裁判でも情
状証人として出廷した被告人の妻が,今回も情状証人として出廷していること等被
告人のために酌むべき事情を考慮しても,同人に対し,主文の刑を科するのが相当
と判断した。
(検察官穗積隆史,私選弁護人奥苑泰弘各出席)
(求刑懲役2年)
平成21年3月4日
広島地方裁判所刑事第2部
裁判官結城剛行

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