弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
原判決のうち上告人ら敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 第1 事案の概要
 1 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) D(以下「D」という。)は,平成11年2月24日,横断歩道上で自動
車に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。Dは,本
件事故の当時会社員であり,本件事故により逸失利益等の財産的損害及び精神的損
害を被った。
 (2) 被上告人B1は,加害車両の運転者であり,本件事故は,同被上告人の過
失により生じたものである。被上告人有限会社B2は,加害車両の保有者である。
 (3) Dの相続人は,その父母である上告人A1(以下「上告人A1」という。)
及びEであった。Eは,本件事故の後に死亡し,夫である上告人A1及び子である
上告人A2(以下「上告人A2」という。)がその相続人となった。この結果,上
告人A1が4分の3,上告人A2が4分の1の各割合で,Dの被上告人らに対する
損害賠償請求権を取得した。
 (4) 上告人らは,平成13年2月28日,自動車損害賠償責任保険から,本件
事故の損害賠償として,3000万3800円の支払を受けた(以下,これを「本
件自賠責保険金」という。)。
 また,上告人A1は,平成14年4月15日から平成15年4月15日までの間
に労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金として合計279万7033円,平
成11年8月13日から平成15年4月15日までの間に厚生年金保険法に基づく
遺族厚生年金として合計265万4342円の各支給を受けた(以下,これらの年
金を「本件遺族年金」と総称し,これと本件自賠責保険金とを合わせて「本件自賠
責保険金等」という。)。
 2 本件は,上告人らが,被上告人らに対し,民法709条及び自動車損害賠償
保障法3条に基づき,本件事故による損害の賠償を求める訴訟である。
 上告人らは,①
本件事故によるDの損害(逸失利益,慰謝料及び治療費)は1億8042万249
5円であり,その損害賠償請求権を上告人らが前記各割合で取得した,②
上告人A1の固有の損害(弁護士費用,葬儀費用等)は1816万8350円,上
告人A2の固有の損害(弁護士費用)は400万円である,③
本件自賠責保険金は,上告人らが賠償を求め得る損害額から控除されるが(なお,
本件遺族年金は控除されるべきものでない。),まず,上記損害の合計額(弁護士
費用を除く。)に対する本件事故の日からその支払日までの民法所定の年5分の割
合による遅延損害金に充当され,次いで,その残額が損害金の元本の一部に充当さ
れると主張して,上告人A1において,1億4508万0789円及び内金130
0万円(弁護士費用)に対する平成11年2月24日から,内金1億3208万0
789円(上記以外)に対する平成13年3月1日から,各支払済みまで年5分の
割合による遅延損害金,上告人A2において,4619万2455円及び内金40
0万円(弁護士費用)に対する平成11年2月24日から,内金4219万245
5円(上記以外)に対する平成13年3月1日から,各支払済みまで年5分の割合
による遅延損害金の各支払を求めるものである。
 3 原審は,被上告人らに損害賠償責任があることを認めた上で,本件事故によ
る損害につき次のとおり判断して,上告人A1の請求を,6315万2043円及
び内金600万円に対する平成11年2月24日から,内金5715万2043円
に対する平成13年3月1日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払
を求める限度で認容し,上告人A2の請求を,1982万7897円及び内金15
0万円に対する平成11年2月24日から,内金1832万7897円に対する平
成13年3月1日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限
度で認容した。
 (1) Dの被った損害の額は,以下の合計の1億0757万0960円である。
 ア 逸失利益 7936万円(Dが本件事故当時の勤務先において定年まで勤務
すれば得られたであろう給与,賞与,退職一時金及び退職年金並びに定年退職後に
他で稼働して得られたであろう収入)
 イ 慰謝料 2800万円
 ウ 治療費 21万0960円
 (2) 上告人A1の固有の損害は816万8350円(うち弁護士費用は600
万円である。),上告人A2の固有の損害は150万円である。
 (3) 本件自賠責保険金は,本件事故によりDの被った損害の一部をてん補する。
また,本件遺族年金(ただし,返納を要するとされる119万5805円を除いた
部分に限る。)は,Dの被った損害のうち逸失利益の一部をてん補する。
 (4) 不法行為による損害賠償請求権は,上記(3)の損益相殺的な処理を行った後
の真の損害額について成立するのであって,損益相殺的な処理をする前の見掛けの
損害額において損害賠償請求権が成立し,その債務が不法行為の日から遅滞に陥っ
た後,本件自賠責保険金等によって一部弁済されたとみることは当を得ない。した
がって,弁済充当に関する民法の規定を適用又は類推適用する余地はない。
 (5) 以上によれば,Dが被上告人らに対して賠償を請求し得る損害額は,73
31万1590円(上記(1)の損害額から本件自賠責保険金等を控除した額)とな
り,上告人らは,Dの損害賠償請求権を前記各割合で取得した。したがって,これ
に上記(2)の各上告人の固有の損害を加えた金員及びこれに対する遅延損害金の支
払を求める限度で,上告人らの請求は理由がある。
 第2 上告代理人萱場健一郎,同片山律,同高原慎一の上告受理申立て理由第1
について
 論旨は,原審の前記第1の3(4)の判断の違法をいうものである。
 被上告人らの損害賠償債務は,本件事故の日に発生し,かつ,何らの催告を要す
ることなく,遅滞に陥ったものである(最高裁昭和34年(オ)第117号同37
年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照)。本件自賠責保険金
等によっててん補される損害についても,本件事故時から本件自賠責保険金等の支
払日までの間の遅延損害金が既に発生していたのであるから,本件自賠責保険金等
が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないとき
は,遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであることは明らかである(
民法491条1項参照)。
 これに反する原審の上記判断には,法令の解釈適用を誤った違法がある。論旨は
理由がある。
 第3 同第3について
 論旨は,原審の前記第1の3(3)の判断のうち,遺族厚生年金に関する部分の違
法をいうものである。
 不法行為によって被害者が死亡し,その損害賠償請求権を取得した相続人が不法
行為と同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性があ
る限り,公平の見地から,その利益の額を当該相続人が加害者に対して賠償を求め
得る損害の額から控除することによって,損益相殺的な調整を図ることが必要であ
る(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集4
7巻4号3039頁参照)。また,国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金
保険法に基づく障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合に,その相
続人のうちに被害者の死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得した者がいる
ときは,その者が加害者に対して賠償を求め得る被害者の逸失利益(被害者が得べ
かりし障害基礎年金等)に係る損害の額から,支給を受けることが確定した遺族厚
生年金を控除すべきものである(最高裁平成9年(オ)第434号,第435号同
11年10月22日第二小法廷判決・民集53巻7号1211頁参照)。そして,
この理は,不法行為により死亡した者が障害基礎年金等の受給権者でなかった場合
においても,相続人が被害者の死亡を原因として被害者の逸失利益に係る損害賠償
請求権と遺族厚生年金の受給権との双方を取得したときには,同様に妥当するとい
うべきである。そうすると,【要旨】不法行為により死亡した被害者の相続人が,
その死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得したときは,被害者が支給を受
けるべき障害基礎年金等に係る逸失利益だけでなく,給与収入等を含めた逸失利益
全般との関係で,支給を受けることが確定した遺族厚生年金を控除すべきものと解
するのが相当である。
 以上と同旨の原審の上記判断部分は,正当として是認することができる。論旨は
採用することができない。
 第4 職権による検討
 不法行為の被害者の相続人が受給権を取得した遺族厚生年金等を損害賠償の額か
ら控除するに当たっては,現にその支給を受ける受給権者についてのみこれを行う
べきものである(最高裁昭和47年(オ)第645号同50年10月24日第二小
法廷判決・民集29巻9号1379頁参照)。したがって,本件においては,上告
人A1についてのみ本件遺族年金に係る控除をすべきものである。
 ところが,原審は,前記第1の3(5)のとおり,Dの被った損害の額から本件遺
族年金に係る控除をし,控除後のDの損害賠償請求権を上告人らが前記各割合で取
得すると判断することによって,上告人A2が賠償を受けるべき損害の額について
も本件遺族年金に係る控除をした結果となっている。したがって,この点に関する
原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法がある。
 第5 以上によれば,原審の前記判断には,上記第2,第4のとおり,判決に影
響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決のうち上告人ら敗訴部分は破
棄を免れない。そして,以上説示したところに従って,上告人らが賠償を求めるこ
とのできる損害の額について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原
審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 津野 修 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷
 玄 裁判官 滝井繁男)

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