弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人村沢義二郎、梨木作次郎、野中幸栄の各上告趣意書(梨木弁護人の分は二
通)は末尾に添えた別紙記載の通りであるが、本件は全然関連のない贓物故買贓物
収受事件と強姦致傷事件との併合であつて、第一事件に触れているのは梨木弁護人
の上告趣意書のみである。
 第一、贓物故買贓物収受事件
 梨木弁護人上告論旨第一ノ二は、被告人の有罪認定のほとんど唯一の証拠は共犯
者Aの供述であるから、それを有力な証拠として有罪を認定することは採証の法則
に違反する、と非難する。しかしAは、本件の関係者であるが、共犯者でなく従つ
て共同被告人にもなつていないのだから、その供述を証拠に採ることはさしつかえ
ない。共同被告人の供述さえも刑訴応急措置法第一〇条第三項の「本人の自白」に
当らないという当法廷の判例があるのであつて、(昭和二二年(れ)第一五一号同
二三年二月二七日言渡判決)、論旨は理由がない。
 第二、強姦致傷事件
 本件について被告人は終始自身が犯人であることを否認し続けたのであつて、同
人が犯人であることは主として被害者Bの供述によつて認定されたのである。そこ
で問題になるのは、Bは十六歳であるが、「字も書けず、数もわからず、自分の年
齢さえ正確に述べることができず、牛と馬の区別さえわからない状態の低能児」で
ある。さような者の供述をほとんど唯一の証拠としそれによつて被告人を犯人と認
定してよいものだろうか、ということであつて、村沢弁護人の全上告論旨、梨木弁
護人の上告論旨第一ノ一、第二および野中弁護人の全上告論旨は、その違法不当に
攻撃を集中している。なるほどこれは有力な論点であつて、低能者の証人能力につ
いての原判決の説明がいさゝか不充分と思われるが、しかし全記録を読み直して見
ると、原審がこの認定に到達した経路がうなづかれるのであつて、その認定に判決
破毀を招くべきほどの違法があるとは考えられない。
 (一) Bが十六歳という年齢よりはるかに下の智力であることは明白だが、精
神錯乱者ではないのであるから、低能なるがゆえにその事実の陳述が信用できぬと
ばかりも言えない。当裁判所に、十一歳の小児の証言につき、「詳細に記憶してい
るその実験事実を順序良く訊問に答えて陳述報告しているのである」から、その供
述を証拠として採用してもさしつかえない、という判例がある。(昭和二二年(れ)
第二〇九号同二三年四月一七日言渡第二小法廷判決)
 (二) Bが甚しい低能者であることは充分に証明されているが、同時にまた、
同人が事実をハツキリ報告する能力がある、という母親Cの証言も採用されている。
すなわちかような低能者というものは、二と三とをたせばいくつになるとか、牛と
馬との区別は、というような抽象的な質問には即答し兼ねても、実物を示せば一つ
二つと数もかぞえるだろうし、こちらが牛でこちらが馬とも言うだろう。そして具
体的に実験した事実については相当な認識力と記憶力があり、低能なだけに本件被
害のような事がらをかえつて臆面もなく卒直端的に述べる、ということも考えられ
る。Bが最初隣人に問われたときには長靴で蹴られたと言い、母親に問われたとき
には傘の柄で突かれたと言い、警察署で調べられるに至つてはじめて無理に関係さ
れたと述べた、という点をとらえて、三弁護人の各上告論旨は、いずれも、被害者
の供述は矛盾して信用しがたいと主張するが、この種の犯罪の被害者がだんだんと
真実をあかすのは考え得ることであつて、供述の食いちがいとは言い得ない。梨木
弁護人上告論旨第二ノ二ノ(三)は「誰人かに予め注ぎ込まれた知識を語つたもの
に相違あるまいと推察する」と言つているが、これは全く「推察」に過ぎない。も
しBが暗誦的にスラスラと述べ立てたのであれば、あるいはかような推察が強めら
れるかも知れないが、記録によれば、Bは事件の経過を一問一答式に述べており、
それが何度繰り返されても大体同じであること、前に引いた判例の十一歳の小児の
証言と同様なのであるから、むしろ自身の体験を語つたものだという認定を強める
のである。なおBの陳述中ズロースと雑布の処分および犯行の継続時間に関する部
分に事実相違または不合理がある、と梨木弁護人の上告論旨第一ノ一は指摘するが
たといこれありとしても、証言の全体による事実の認定をくつがえすに足りない。
 (二) 野中弁護人上告論旨第二点は、たとい被告人がBと関係したにしても、
それは和姦と見るべきであるのを、原審が強姦なりとしたのは事実の誤認である、
と非難する、しかし事実誤認の主張は上告理由になり得ないのみならず、記録にあ
らわれたところから見ても、原審の認定が違法不当とは思われない。右上告論旨中
に証拠(三)には『私がいやだと云ふのに私のズロースを無理に取り』と摘示され
て居るが上告人が之を「無理」に取つたとは同女はどこにも述べて居ない』と述べ
ているが、論旨が引用している記録のその部分(四六三丁裏)に、正しく「無理に」
というBの陳述が載つているのである。
 (三) 梨木弁護人上告論旨第二ノ二ノ(三)は、Bは終始一貫加害者を「Dの
兄ちやん」と指名しているが、被害者の家から程遠からぬ所に今一人の「Dの兄ち
やん」なる者が実在し、そのいずれなるかも疑わしい、「Dの兄ちやん」は具体的
に被告人を指すのではなくしてBにとつては、二、三十歳の男性を指す代名詞なの
であつたと言わねばならない、と主張する。しかし原審はBが、被告人を指してD
の兄ちやんというのは此処に居る此の人、と言つたということを公判調書から証拠
として引用しているのだから、論旨は問題にならない。
 (四) 梨木弁護人の上告論旨第二ノ四は、被告人はその日その時刻に金策のた
め諸方を奔走していた、と主張するが、反対に、当日事件直前に被害者の母Cが自
宅前で向うから来る被告人を見、次いで証人Eが服装符合、年令身長類似の男が被
害者宅前に立つているのを見た、という各証言を原審が採用しているのであるから、
弁護人主張のアリバイは証明されたものと言い得ない。
 (五) 野中弁護人の上告論旨は、原判決の援用した医師Fの診断書および供述
はBの局部の負傷は性行為に因つても出来るものであるというに過ぎない、と主張
するが、たといその診断が多少の留保附であつたにしても、性行為が行われたこと
の有力な一証拠たり得るのであつて、「この負傷は恐らく洋傘の柄によつて悪戯し
たことに因るもの」という推測の裏附けとはなり得ない。
 (六) 村沢弁護人の上告論旨(二)は、被告人の身体および衣服に被害者の血
液が附着した痕跡さえなかつたことを指摘する。もしその発見があつたならば、そ
れのみでも被告人が加害者であつたことの確証たり得るわけだが、この証拠がない
ことが他のすべての証拠をくつがえす反証とはなり得ない。
 これを要するに各弁護人の各上告論旨は、結局事実誤認の主張にほかならぬので
あつて、上告の理由たり得ないものと認める。
 よつて旧刑事訴訟法第四四六条に従い主文のとおり判決する。
 以上は裁判官全員一致の意見によるものである。
 検察官 長谷川瀏関与。
  昭和二四年五月一七日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠

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