弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主       文
被告人A1を無期懲役に処する。
被告人A1に対し,未決勾留日数中750日をその刑に算入する。
被告人B1及び同C1はいずれも無罪。
理       由
【被告人A1関係】
(犯罪事実)
被告人A1は,
第1 D1を被保険者とする生命保険金を取得する目的で,E1と共謀の上,
1 交通事故を装ってD1を殺害しようと企て,E1において,平成12年9
月22日午後4時15分ころ,普通乗用自動車を運転して,札幌市a区h条
i丁目j番付近道路上を札幌市内方面から小樽方面に向かい時速約60キロ
メートルで走行中,自車助手席に同乗していたD1に対し,殺意をもって,
自車を時速約80キロメートルに加速しながら,自車前部を対面進行してき
たF1運転の大型貨物自動車前部に衝突させ,その衝撃をD1の身体に加え
るなどしてD1を殺害しようとしたが,D1に加療約4週間を要する右第7
肋骨骨折,右肘外側靭帯損傷等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂
げなかった
2 D1を殺害しようと企て,E1において,同年11月29日午前9時18
分ころ,同区k条l丁目m番n号G1方において,D1に対し,殺意をもっ
て,所携のペティナイフ(刃体の長さ約14.5センチメートル)で,その
腹部及び左胸部を数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所において,
D1を左胸部刺切創に起因する心臓刺切創による失血により死亡させて殺害
した
第2 前記第1の1記載の犯行の際,さらに,F1運転の大型貨物自動車が,E
1運転の普通乗用自動車との衝突を避けようとして,F1運転車両と同一方
向に走行していたH1運転の普通乗用自動車に衝突した多重衝突事故が発生
したが,この多重衝突事故に関し,前記F1運転車両及びH1運転車両の修
理費等に充てるため,E1とI1株式会社との間で締結されている自動車総
合保険契約を利用して,対物損害賠償保険金等支払名下に金員を詐取しよう
と企て,同年9月23日ころ,同区o条p丁目q番r号J1方から,東京都
豊島区s丁目t番u号「I1株式会社K1センター」に電話をかけ,同セン
ターオペレーターL1を介するなどして,札幌市v区w条x丁目y番z号I
1株式会社M1サービスセンター所長N1に対し,真実は前記多重衝突はE
1の故意に基づく事故であるのに,同事故が過失による事故である旨虚偽の
申告をした上,前記自動車総合保険契約に基づく対物賠償保険金等の支払を
請求し,同人らをしてその旨誤信させて,前記対物賠償保険金等の支払手続
を取らせ,よって,別紙振込入金一覧表(省略)記載のとおり,同年10月
16日から同年11月14日までの間,8回にわたり,同市a区h条i丁目
j番k号O1銀行P1支店に開設された前記H1名義の普通預金口座ほか6
口座に合計299万5388円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交
付させた
第3 同年9月27日,E1がb町l国道南西側出入口付近において,普通乗用
自動車(車台番号Q1)を運転中,同所に設置されたR1事務所管理の防護
柵に故意に衝突して同防護柵端末支柱用索端金具を損壊した件に関し,その
修理費用に充てるため,S1株式会社全車両一括付帯保険特約条件付自動車
総合保険契約が締結されている普通貨物自動車(車台番号T1)が交通事故
を起こした旨虚偽の申告をし,前記S1株式会社から対物損害賠償保険金名
下に金員を詐取しようと企て,同月29日ころ,札幌市a区m番地有限会社
U1事務所内において,S1株式会社代理店V1のW1に対し,被告人が,
前記b町南西側出入口付近において,前記普通貨物自動車を運転中,過失に
より前記防護柵端末支柱用索端金具を損壊した旨虚偽の申告をした上,前記
自動車総合保険契約に基づく対物賠償保険金の支払を請求し,同年10月2
日,前記W1をして同市n区o条p丁目q番地S1株式会社サービスセンタ
ーあてに自動車事故受付票をファクシミリにて送信させ,同センター所長X
1らをして前記普通貨物自動車を運転中の過失事故であると誤信させて,対
物賠償保険金の支払手続を取らせ,よって,同年11月27日,b町r丁目
s番地Y1銀行Z1支店に開設された株式会社A2名義の当座預金口座に1
5万4572円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた
第4 前記第1の2記載の犯行に関し,B2株式会社の代表取締役であるE1が
D1を殺害した場合,D1を被保険者とし,同社を受取人とする生命保険金
が支払われないことから,E1がD1殺害に及ぶ以前に同社の代表取締役を
解任され,自らが代表取締役に就任していたことを装って前記生命保険金を
詐取しようと企て,同年12月18日,札幌市t区u条v丁目w番地C2法
務局において,同局登記官に対し,事情を知らない司法書士D2を介して,
真実は臨時株主総会及び取締役会を開催した事実はないのに,同年10月1
0日,同社臨時株主総会及び同社取締役会を開催して,その議決により,E
1を解任して自らが代表取締役に就任した旨内容虚偽の同総会議事録及び同
取締役会議事録を株式会社変更登記申請書類とともに一括して提出し,同社
代表取締役であるE1を解任し,自らが代表取締役に就任した旨の内容虚偽
の登記申請を行い,事情を知らない同局登記官らをして,そのころ,同局備
え付けの権利,義務に関する公正証書の原本である電子情報処理組織登記フ
ァイルにその旨不実の記載をさせた上,即時同局にこれを備え付けさせて公
正証書の原本としてその用に供し,同年12月27日,同市a区x番地の同
社事務所において,E2相互会社F2支社営業部営業部長G2らに対し,同
年11月29日当時自己がB2株式会社の代表取締役に就任していた旨記載
された履歴事項全部証明書等を提出するなどして,前記生命保険金の請求が
正当な権限に基づくものであるように装って同保険金の支払を請求し,その
旨同人らを誤信させ,同保険金支払名下に金員を詐取しようとしたが,警察
官に逮捕されたため,その目的を遂げなかったものである。
(事実認定の補足説明)
第1 第1の各犯行(殺人未遂及び殺人)について
弁護人は,第1の各犯行について,被告人A1は,E1にD1殺害を指示
したことはなく,E1との間にD1殺害の共謀は存在しないとした上で,第
1の1の交通事故は,E1の過失によって生じた事故にすぎないし,第1の
2の犯行は,E1が被告人A1とは無関係に行ったものであると主張し,被
告人A1もこれに沿う弁解をする。
そこで,判示のとおり認定した理由を補足して説明する(なお,以下の説
示においては,公判調書中の供述部分が証拠となる場合も,公判廷での供述
が証拠となる場合も区別せず,単に「○○の公判廷での供述」あるいは「○
○の公判供述」などと表記することとする。)。
1 関係証拠上明白な事実
以下の事実は,被告人A1も公判廷で認めているか,関係証拠上明白な事
実である。
(1) 被告人A1とE1との関係等
 被告人A1は,トラック運転手等として稼働していたが,平成4年こ
ろ,以前から親交のあった資産家のH2が,貨物自動車運送事業等を営む
有限会社U1に融資をするに際し,同女から依頼を受けて同社の事実上の
役員に就任し,その後同年9月,同社の代表取締役に就任してその経営の
任に当たることとなった。被告人A1は,平成11年11月,U1社が行
う砂利採取事業の端境期をなくす目的で有限会社I2を設立したほか,平
成12年2月ころには,G1,D1夫妻から依頼を受けて同人らが経営す
るB2株式会社に約3000万円の融資をする見返りに,同社の経営権を
取得して事業の拡大を図るなどし,本件犯行時,U1社,B2社及びI2
社の実質的な経営者の立場にあった。
被告人A1は,昭和62年ころ,トラック運転手仲間としてE1と知り
合ったが,そのトラック運転能力に一目置いていたことから,その後E1
が失業して落ち込んでいた際に,同人がトラックを購入する際の保証人と
なったり,自らがU1社の代表取締役に就任した後は,E1にトラックを
持ち込ませて働かせたりするようになり,平成8年ころには,同人をU1
社の営業第2課長として正式な社員とした。
E1は,失業中に被告人A1からトラック運転手としての仕事を紹介し
てもらったことや,U1社にトラックを持ち込んで働いていた際にも,売
上が思うように伸びなかったため,経費等を同社から立て替えてもらうな
どしたことから,被告人A1に対し強い恩義を感じていたが,さらに,平
成五,六年ころ,トラックの台数を増やして仕事を拡大したいと考え,被
告人A1にU1社名義で手形を振り出してもらい,トラックを購入するな
どして営業拡大を図ったものの,結局は赤字を増大させただけで,U1社
に約2700万円もの多額の負債を負わせたことなどに責任を感じてい
た。他方,被告人A1は,E1のトラック運転手としての能力を信用する
だけではなく,長年の付き合いの中でE1に対し厚い信頼を寄せ,同人
を,I2社の取締役に就任させたほか,B2社の経営権を取得した後の平
成12年2月には,その代表取締役に就任させるなどした。
(2)U1社等の概要及び経営状況
ア U1社は,貨物自動車運送事業や砂利採取販売等を目的とする会社で
あるが,平成4年9月,当時の代表者がH2からの融資金を返済できな
かったため,被告人A1がこれに替わって代表取締役に就任したもの
の,その後も経営状況は好転せず,本件犯行当時に至るまで,H2から
の資金援助を受けて経営を維持している状態であった。本件犯行当時に
おいては,同女から毎月1000ないし1200万円程度の資金援助を
受けなければ,月末の手形決済資金等の資金繰りができず,直ちに経営
が立ちゆかなくなる状態で,被告人A1が経営の任に当たることとなっ
た平成4年以降,H2から合計4億5000万円程度の資金援助を受け
ていた。
イ B2社は,建築及び土木の工事請負・設計施工・管理等を目的とする
会社で,G1・D1夫妻がその経営に当たっていたが,被告人A1が,
平成12年2月ころ,H2から資金提供を受けてD1夫妻に約3000
万円を貸し付ける見返りにB2社の経営権を譲り受け,そのころ,E1
を同社の代表取締役に据えるとともに,D1夫妻を取締役に降格した
が,実質的な経営は被告人A1が行っていた。
本件犯行当時における経営状態は,収入から通常経費を引くと若干黒
字にはなるものの,多額の利払いが収益を圧迫して赤字状態となってい
た。被告人A1,H2及びU1社による資金援助額は合計で約4000
万円程度あり,被告人C1からの貸付金,税金,社会保険料の未納額等
を併せると,負債額は約1億円にのぼっていた。
ウ I2社は,被告人A1が,平成11年11月,U1社が行う砂利採取
事業の端境期を無くすために設立した会社で,形の上ではU1社とは別
会社となっていたものの,従業員も双方の会社で稼働するなど実質的に
は同一の会社であった。
エ 前記のとおり,U1社は,本件犯行当時,毎月1000万円から12
00万円程度の資金援助をH2から受けなければ,手形決済資金等の資
金繰りもできず,直ちに経営が立ちゆかなくなる状態にあったが,同社
が倒産した場合には,同社から資金援助を受けていたB2社及びI2社
も倒産状態に陥るのは必至であった。被告人A1は,U1社等の実質的
な経営者として,毎月月末には,H2に1000万円を超える資金援助
を求めに行っていたもので,U1社等の経営状況については当然認識し
ていた。
(3)H2の資金援助継続の可能性等
被告人A1は,H2から,平成5年ころ以降,先の見えないものに援助
をすることはできないと言われていたが,平成11年11月ころ,H2
が,J2公園に隣接する土地を売却して約1億7000万円を得た際に
は,「このお金は出したくない。これよりは売るとかする物はない。今ま
でも駄目だと言ってきているけど,もう駄目だから。」などと資金援助に
限界があることを告げられた。被告人A1は,平成12年8月,H2に資
金援助を求めた際にも,先の見えないものに援助をすることはできないと
か,これ以上赤字が続けば会社を畳むことも考えると言われたことから,
遅くとも本件犯行当時においては,H2の資金が底をつきかけており,資
金援助に限界が見えてきていることを認識していた。
(4)E1のD1に対する感情
E1は,平成12年2月にB2社の代表取締役に就任して以降,D1に
よる負債隠し,数千万円にも及ぶ手形や小切手の濫発,売上金の横領が発
覚したことから,被告人A1から指示を受けて,D1に対する調査を行っ
たが,D1が金の使途先等真実を話さなかったために調査は難航した。そ
の結果,E1は,被告人A1から叱責を受けることになり,D1に対して
不快の念を募らせていた。
(5)被告人A1のD1に対する感情
被告人A1は,D1が,B2社の代表者印を無断で持ち出して手形や小
切手を濫発してヤミ金融から借金を重ねたこと,同社の売上金を流用した
こと,被告人A1やE1から金の使途等について追及されたにもかかわら
ず,真実を話さなかったことなどから,D1に対して強い悪感情を抱いて
いた。
(6)生命保険契約の締結
被告人A1は,平成11年12月ころからU1社,B2社及びI2社の
役員を被保険者とし,会社を受取人とする生命保険を締結していたが,D
1についても,平成12年8月8日,E2との間で,保険契約者をB2社
代表取締役E1,被保険者をD1,受取人をB2社,死亡時の生命保険金
を1億5000万円とする生命保険契約の申込みをさせ,同年9月1日,
責任開始日を8月9日とする生命保険契約を締結した。
(7)被告人A1がE1を叱責していた状況等
被告人A1は,E1に対し,平成12年6月ころから,E1がU1社に
約2700万円の債務を負っているのに,これを返済するどころか,E1
が営んでいた運送事業に関し,毎月多額の赤字を出していること,D1に
よる手形・小切手濫発や売上金の横領に関する調査がうまくいっていない
こと,E1に仕事上のミスが多いことなどを理由に,他の従業員の前で厳
しく叱責するようになったほか,同年9月ころには,E1の営む運送事業
が赤字続きであるなどとして,E1を謹慎処分にした。E1は,被告人A
1から,このように連日にわたり責められたため,同年9月ころには,精
神的にかなり追いつめられた状態に陥っていた。
(8)第1の1の犯行態様等
ア E1は,平成12年9月22日,被告人A1の指示で,D1ととも
に,K2研究所の身体障害者用トイレの改修工事に関する入札資料を取
りに行ったが,これを終えてB2社に戻る際,同日午後4時15分こ
ろ,D1を助手席に乗せて自己の使用する普通乗用自動車(L2)を運
転し,札幌市a区y条z丁目h番付近道路を走行中,自車を対向車線に
進出させて,対面進行して来たF1運転の大型貨物自動車前部に自車前
部を衝突させ,D1に対し,加療約4週間を要する右第7肋骨骨折,右
肘外側靭帯損傷等の傷害を負わせた。
イ E1は,F1運転車両に衝突する直前,信号待ちで停車していた際,
タバコの灰を車のセンターコンソールの灰皿に入れようとして,タバコ
に火がついた状態のまま助手席の床上に落としたため,これを拾おうと
していたが,前方の信号が青色に変わったため,D1から,タバコを気
にしないでしっかり運転するよう注意された。しかし,E1は,車を発
進させた後,F1運転車両の前方約56.3メートルの地点から対向車
線に進出し始め,その後徐々にF1運転車両の方に近づいて,F1運転
車両に右斜め前方から衝突した。そのため,E1運転車両は,D1が乗
っていた助手席部分だけでなく,E1が乗っていた運転席部分もかなり
損壊した。
ウ 本件事故が発生した道路は,片側二車線の広い直線道路で,当時,天
候は晴れており,空はまだ明るく,前方に障害物はないなど,前方の見
通しに全く問題がなかった上,アスファルトで舗装された比較的平坦な
道であり,事故当時路面は乾燥状態で,スリップするような状況ではな
かった。
なお,E1は,他の運転手に運転技術を指導するなど優れた運転技術
を有しており,本件に至るまで事故を起こしたことはほとんどなく,運
転免許証はいわゆるゴールド免許であった。
(9)その後E1が大阪に潜伏するまでの状況等
ア E1は,第1の1の犯行後,怪我のため入院していたが,被告人A1
から,「寝てる暇はない。」などと言われたことから,同月24日,未
だ事故による傷が癒えていないのに,退院して職務に復帰した。
E1は,同月27日,b町の覆道出入口付近において,普通乗用自動
車を運転中,同所に設置された防護柵に衝突して防護柵端末支柱用索端
金具を損壊して自らも負傷し,同日午前9時40分ころ,M2病院に搬
送された。担当医師は,E1の受傷程度等について,約2週間の加療を
必要とする両股関節捻挫,左手関節捻挫等と診断し,頭部の障害を疑っ
てE1を入院させる措置を取ったが,同日午後2時ころ,被告人A1
が,従業員のN2と被告人C1を伴って同病院を訪れ,看護婦に対し,
「会社の上司だがE1を退院させてくれ。必要であれば札幌の病院に行
かせるから。」などと言い,E1に対しても「交通事故起こしたんだ
ぞ。帰るぞ。」などと言って,E1を強引に退院させた。
イ 同日夜,札幌市a区所在のU1社事務所において,被告人A1,同B
1,同C1及びE1の間で,E1が,海難事故を偽装して失踪するとい
う計画が持ち上がり,これに基づき,被告人A1は,同C1に指示し
て,失踪期間中に必要な資金を用意させたり,被告人B1に指示して,
E1に持たせる連絡用のプリペイド式携帯電話等の準備をさせたほか,
当面,E1を当時O2と同棲していた同区所在のP2マンションにかく
まうことを考え,O2に実家に帰るよう指示した。被告人B1とE1
は,同月29日午前3時ころ,c町の海岸で,E1が釣りをしている最
中,波にさらわれたとの海難事故を偽装し,U1社の事務所に戻った
が,その後,予想していたよりも早く,被告人B1とE1がc町に放置
してきた車が発見され,偽装事故に関する行方不明者の捜索が始まった
ことから,被告人A1,同B1,同C1及びE1は,P2マンション
で,O2を交えて善後策を話し合った結果,被告人A1が,E1に対
し,しばらくの間,本州方面に潜伏するように指示し,O2,被告人B
1,同C1は当初これに反対したものの,結局,被告人A1に押し切ら
れ,被告人B1と同C1もこれに協力することとなった。
その後,被告人A1は,E1に対し,外部に連絡する際は,被告人B
1又は同C1の携帯電話に連絡するように指示をした上で,被告人B1
に命じて,E1を車で大阪のd地区まで連れて行かせた。被告人B1
は,同所の宿泊施設に潜伏することになったE1に対し,現金とプリペ
イド式携帯電話を渡し,外部には連絡しないように注意した。
(10)E1が大阪に潜伏している間の状況等
ア 被告人A1は,E1を大阪に逃がした後,海難事故を装ったc町の現
場で海上保安庁の職員に対し,「死亡認定は取れるのですか。」などと
質問したほか,同年10月中旬ころには,E1の妻,被告人C1ととも
にU1社の顧問弁護士の事務所に赴き,弁護士に対し,「奥さんもこれ
から大変だろうから,失踪宣言を早くできる方法はないでしょうか。」
「自分個人のお金でE1に掛けている保険があり,E1に2700万円
の金を貸しているから,その金を返してもらいたい。」などと認定死亡
や失踪宣告に関する相談をした。
イ 被告人A1は,同年11月中旬ころ,被告人C1らから,E1の潜伏
資金が少なくなってきたことや,同人が北海道に戻りたいと願っている
ことを聞いたことから,潜伏資金を届けるとともに,同人に北海道に戻
りたいとの思いを断ち切らせようと考え,被告人B1と同C1に,E1
に潜伏資金を届けるとともに,その際E1が北海道に戻りたいと言った
場合には,U1社に対する2700万円の債務を返済するよう伝えるよ
うに指示をした。被告人B1及び同C1は,同月11日,大阪でE1と
会い,被告人A1からの指示で,E1が被告人A1を信用できないと言
っていることなどでE1を追及した上,被告人A1からの伝言を伝える
と,E1は北海道には帰らないと言った。
ウ 被告人A1は,同月21日ころ,被告人C1から,「D1から,『E
1の失踪の件にB1とC1が関与しているのではないかと警察が疑って
いる。』と言われた。」などと聞いた。
(11)E1が札幌に戻ってからD1殺害に至るまでの経緯等
ア 被告人A1は,同月24日ころ,同B1及び同C1に対し,E1に北
海道まで戻るよう連絡することを指示し,同女らはこれに従い,E1に
連絡を取り,E1にJRで同月26日早朝に函館駅まで戻って来ること
及び被告人A1が函館駅まで迎えに行くことを伝えた。被告人A1は,
同月26日朝,函館駅までE1を迎えに行き,当時I2社の事務所とし
て使用していた札幌市a区所在のQ2マンションまで連れて帰り,その
日は同所に宿泊させた。
イ E1は,翌27日,Q2マンションにN2が来る予定となっていたた
め,被告人A1の指示を受けた被告人B1及び同C1によってQ2マン
ションからP2マンションに移った後,徒歩で札幌市a区内のホームセ
ンターに行き,調理用ハサミと軍手等を購入し,一旦P2マンションに
戻った。その後,E1は,D1宅に向かい,付近から同女方の様子をう
かがったが,同女がG1と共に帰宅したため,被告人C1に戻る場所を
確認してから,その指示に従いQ2マンションに戻った。
被告人A1は,被告人B1及び同C1に指示して,酒を飲む準備をさ
せた上,同日午後9時ないし10時ころからQ2マンションで,E1を
交えた4人で酒を飲み始めたが,E1から,「これ買ってきた。」など
と,調理用ハサミを見せられた際,「このようなものを買ってきてどう
するのか。」などとE1を馬鹿にするような発言をした。その後,被告
人A1は,同B1及び同C1とともに,E1をP2マンションに移し,
その日は同人を同所に泊まらせた。
ウ E1は,翌28日午後3時ころ,被告人B1及び同C1とともに,同
C1が運転する車で北海道i市所在のT2店に赴き,同店でD1を殺害
した際に使用したペティナイフのほか,防寒用のマフラーと長靴を購入
した後,同女らに依頼してD1宅付近まで車で送ってもらった。
被告人A1は,同日夜,P2マンションにおいて,被告人B1,同C
1及びE1のほか,O2を交えた5人で酒を飲むなどした際,事故によ
る傷が癒えていないE1が痛そうな素振りを示したため,同人をO2が
勤務していた医院から持ってきた鎮痛剤であるかのように申し欺いて,
被告人B1に対し,E1に覚せい剤を注射するように指示した。E1
は,被告人B1から覚せい剤を注射してもらった後,体の痛みはとれた
ものの,被告人A1が外出してから,O2や被告人C1に言い寄るなど
したため,これを嫌悪したO2,被告人B1及び同C1は,その場を逃
げ出してファミリーレストランまで避難し,同所に呼び出した被告人A
1に事情を説明してE1の様子を確認させた後,大丈夫だとの被告人A
1の連絡を受けて,翌29日午前1時過ぎころ,再びP2マンションに
戻った。
被告人A1は,O2らがP2マンションに戻った際,E1を怒鳴りつ
けていたが,さらに,E1が,被告人A1からの追及に対し,大阪に潜
伏中,E1の妻の勤務している病院や取引先の社長等に電話していたこ
とや,ホタテの運送料の一部を着服していたことを認めたため,被告人
C1が,「電話しないと約束したのに。」などと,被告人B1が,「み
んな寝ないで走っていたのに。」などとそれぞれE1を責めたほか,被
告人A1が,「大阪に帰れ。j地区に帰れ。警察に行け。だけど,B1
やC1の名前を出したら,お前の娘も承知しないぞ。」「C1の元ダン
ナはヤクザだ。O2の元ダンナもヤクザみたいなもんだ。」と大声で怒
鳴りつけたことがあった。また,被告人A1は,E1を追及する際,被
告人B1及び同C1に対し,「E1のおっかあ連れてこい。」と指示
し,同女らがこれに従おうとするや,「いや待て。」と止めることを何
度も繰り返したりした。その後,被告人A1は,E1に対し,当日E1
がT2店で購入したペティナイフを同人に突きつけた上,「俺を刺
せ。」「B1でもいい。」などと迫ったりしたが,最終的にE1が,被
告人A1に対し,「わかりました。」「勘弁して下さい。」「明日まで
待って下さい。」などと答えたことから,その場でのやり取りが終了し
た。
エ 被告人A1は,29日早朝,被告人B1に指示して,再びE1に対し
覚せい剤を注射させた。被告人B1及び同C1は,同日,自宅の引っ越
しであったため,被告人A1及びE1を置いて自宅に戻った。
その後,被告人A1は,同日午前8時ころ,E1に「そろそろ行く
ぞ。」などと言って,自らの運転する車にE1を乗せ,国道沿いでE1
を降ろし,交通費等の趣旨で5000円を渡して同人と別れた。E1
は,そこからタクシーに乗ってD1宅付近まで行った後,徒歩で同女宅
に向かい,玄関から中に入って2階に上がり,判示第1の2のとおり,
同女の腹部等をペティナイフで突き刺すなどして殺害したが,犯行後,
同女方を出たところを通行人に追跡され,逃げ切れないと観念して,ペ
ティナイフで腹部や左頸部を突き刺して自殺を図ったものの,これを遂
げることはできなかった。
(12)犯行後の状況等
被告人A1は,同年12月ころ,O2や被告人C1らに命じて,P2マ
ンションとQ2マンションの掃除をさせ,同所からE1の指紋が検出され
ないように工作した。また,被告人A1は,B2社の代表取締役が,E1
がD1を殺害する以前に,既にE1から同被告人に替わっていた旨の内容
虚偽の臨時株主総会議事録等の書類を作成した上,その旨不実の登記申請
を行ったほか,D1が死亡したことに基づき,同女の生命保険金の請求を
保険会社に行った。
2 E1供述の概要
本件各犯行と被告人A1とを結びつける主たる証拠は,E1の捜査段階及
び公判廷における供述であるが,E1供述の概要は,次のとおりである。
「A1は,平成12年5月ころ,『(D1を)ぶっ殺してやる。』と言っ
た上,平成7年ころA1が自分に預けた小刀を念頭に『預けてあるものある
べや。』と言ったこともあったが,冗談めかした言い方で,本気だとは思わ
なかった。同じころ,A1は,D1夫妻について『あいつらには保険を掛け
なければならない。何かあったとき大変だ。』と言っていた。A1は,同年
6月ころから,それまではB2社の経営に関しては風見鶏で良いと言ってい
たのに,態度を豹変させ,B2社の多額の負債等について経営責任があると
言うようになり,同年8月ころには,『B2社の借金はお前のせいだ。B2
社に何かあったら全部お前に行く。』などと厳しく責任追及をするようにな
ったほか,強い口調でしつこく『コミュニケーションを取れ。D1とのドラ
イブ何考えてるんだ。D1とのドライブは長いよな。ただのドライブじゃな
いよな。よく考えれ。』などと言われた。また,そのころ,H2の資金が乏
しくなってきたことから,『底をつくぞ。お前何考えてるんだ。』などと責
められるとともに,D1を1億円の生命保険に加入させたことを聞いた。コ
ミュニケーションを取れと言われた際,既に決算期が過ぎていたことから,
D1が濫発した手形や小切手の調査をしっかりしろという趣旨ではないし,
A1は,かねがねD1と仲良くするなとも言っていたから,仕事面で交流す
るようにとの趣旨でもないと考え,その意味を図りかねて悩んだ。同年9月
ころ,U1社で働き始めたばかりの若い者が1人辞めたことがあったが,そ
のころ,A1から,『何で俺があてがったやつを使わないんだ。暴走族上が
りの人間を用意してやったのに。』『D1のおかげで俺は困っているという
言い方をすれ。覚せい剤を使ってD1を狙わせろ。』などと言われた。A1
の目がこれまでと違って真剣であったことから,A1は,D1を本気で殺害
しようとしているのだと理解したが,覚せい剤には二度と手を染めたくなか
ったので,『勘弁して下さい。』と断った。その後,A1から,9月22日
までの間に,『車のドライブって長いよな。』『事故って起こるよな。』
『ドーンとやればすぐだ。』などと言われたが,それ以前に,若い者に覚せ
い剤を使って,D1を狙わせろとの話が出ていたことから,A1が,ハッキ
リとは言わないものの,交通事故を装ってD1を殺害するように指示してい
るものと理解した。また,A1が,U1社の経営が苦しいと言っていたこ
と,D1には生命保険を掛けると頻繁に言っていたことなどから,D1殺害
の目的は生命保険金にあると理解した。A1は,D1を殺害する時期につい
て,『22日にH2がイタリアに発つんだ。』『とにかく時間がないん
だ。』と繰り返し言っており,H2からもイタリア旅行の話を聞いていたこ
とから,A1は,H2がイタリア旅行に行っている間にD1を殺害するよう
指示しているのだと理解した。A1に強い恩義を感じていたし,A1を守る
のは自分しかいないという気持ちから,A1の指示を断ることができなかっ
たが,どうやってD1を殺そうかと考える一方で,何もしないで済む方法は
ないかとも考えていた。」「9月22日,A1から,入札関係の資料を取り
に役所に行くよう指示を受けていたことから,D1をL2車に乗せて役所に
向かった。D1を殺害しないで,まとまった金を手に入れる方法として,宝
くじを持っていたことから,これが当たっていないか確認したが,当たりが
なかったため,他にD1を殺害しないで済む方法も思いつかなかった上,こ
の日を逃すとH2が帰国する29日までにD1と行動を共にする口実がなか
ったことから,この日にD1を殺害するしかないと考えた。(事故の)相手
方に被害を及ぼさないようにするため,車両を欄干等にぶつけることを考え
たが,適当な場所が見つからなかったことから,走行中の自動車に衝突する
ことにした。そして,運転操作を誤ったように見せかけるためにタバコを助
手席側に落とした上,意図的にハンドルを切って加速しながら対向車線に進
入して本件事故を発生させた。」「この事故で怪我をして入院したが,A1
からすぐに退院するように言われたため,24日に退院し,25日には出勤
した。しかし,26日ころ,A1からk地区の方で車ごと海に落ちるよう指
示され,A1の目的は自分に掛けられた保険金を取得することにあるのだろ
うと考えたが,D1殺害に失敗していたので,A1の指示に従うしかないと
考え,翌27日b町の海岸線沿いの道路で海に転落しようとしたものの,ガ
ードロープ(の支柱)に衝突してしまい失敗した。」「(b町の病院から)
札幌に戻ると,A1から,海難事故を偽装して失踪するように言われ,A1
の目的はやはり保険金にあるのだろうと考えた。B1とC1の協力を受けて
c町で釣りの最中に波にさらわれたように偽装した後,B1に大阪に連れて
行ってもらい,ホテルに潜伏した。27日に起こした事故のころの記憶は曖
昧な部分が多い。」「(大阪に潜伏後,しばらく経って)B1とC1に北海
道に戻りたいという気持ちを伝えたところ,11月中旬ころ,B1とC1が
大阪に来て,A1が,北海道に帰りたいなら,U1社に対する借金を返済す
るように言っていると言われ,借金返済の当てもなかったので,北海道に帰
ることをあきらめたが,同月24日,B1とC1から,A1が函館まで汽車
で戻るように言っていると聞かされ,帰るなと言ったり,帰れと言ったりす
るA1の真意を測りかねた。」「26日,函館に着いた後,迎えに来たA1
の車に乗ったが,車中で,A1から『大阪のホテルの周りにヤクザがいたの
に気がつかなかったか。会社に莫大な赤字を背負わせて,A1に迷惑をかけ
たとんでもないやつだということで,ヤクザが勝手に動き回り,危険な状態
だから呼び戻した。D1をやれ。D1をやって自分は生き延びる方法を考え
ろ。やるかやられるかだ。常務をやるしかない。』『直接手を下さない方法
を考えれ。ガスを引いてやれ。社長の俺にそこまで言わせるな。』などと再
びD1殺害を指示された。A1の恩義に報いるために,D1を殺害しなけれ
ばならないという気持ちと,やはり人殺しはできないという気持ちの葛藤が
あり,このときはD1を殺害しようと決意するには至らなかった。」「(2
6日はQ2マンションに泊まり)27日R2店に買い物に行ったが,D1殺
害を実行するための道具という意味と,D1殺害の準備を行っていることを
A1に示すという2つの意味で,調理用ハサミと寒さを防いで指紋を残さな
いようにするための軍手を購入した。同日夜,Q2マンションで,A1,B
1及びC1と4人で酒を飲んだ際,A1に『今日は(D1殺害を)できなか
った』と報告して,購入したハサミを見せると,A1は,『こんなもんで人
をやれないべや。』と言い,自分,B1及びC1に対し,『E1が行きたい
と言う場所に連れて行ってやってくれ。言うな,聞くな,手足になってや
れ。行き先だけ言え。買い物をする品物のことは具体的に言うな。』などと
指示した。A1からハサミで人なんて殺せないと言われたことから,より強
力な凶器を購入しようと考え,28日B1とC1に頼んでT2店まで連れて
行ってもらい,ペティナイフ等を買った。ペティナイフを買った後,B1と
C1にD1宅近くにあるS2店付近まで送ってもらったが,軍手でペティナ
イフを握ると滑ることから,滑り止めのためにS2店でセロハンテープを購
入して公衆トイレでペティナイフの柄にテープを巻き付けた。この日は,D
1を殺さなければならないという方向に気持ちを持って行き,D1宅の様子
をうかがっていたが,気がつくとG1が帰宅しているのが分かったため,D
1以外の人間を傷つけたくないと考え,D1殺害を実行せずに帰った。」
「同日夜,A1,B1,C1及びO2とP2マンションで酒を飲んだが,A
1に,『今日は無理だった。』と報告し,座るときにポケットに入れていた
ペティナイフが邪魔だったので,取り出してA1に見せると,A1は『ほう
っ。』と言い,右脇腹を押さえながら,『腹だけ刺しても死なない。肝臓を
刺さなきゃ駄目だ。確実にやれ。』と言ってきた。A1は,交通事故の影響
で足を引きずっている自分を見て,『そんな足じゃ何もできないべや。鎮痛
剤を打たなきゃだめだ。』としつこく言い,B1に命じてこれを注射させた
後,外から電話があったらしく外出した。その後,A1は部屋に戻ってくる
と,U2社に集金に行った件,V2社の運賃の着服の件,大阪から電話した
件等について自分を責めてきて,テレクラで知り合った女とU2社に行った
こと,ホタテの運賃を一部着服していたこと,大阪から自分の妻やV2社の
W2社長などに電話したことを話したが,このやりとりの際,A1がB1と
C1に対し,『今すぐ行って女房と子供連れて来い。』と指示したことがあ
った。その後,A1は,自分が購入したペティナイフを持ち出し,『俺を刺
せ。B1でも良い。やるからにはどんくさいことだけはしてくれるなよ。や
らないなら帰れ。帰ったらどうなるかわからん。動くぞ。やらないとお前が
やられる。』などと怒鳴り,最後には,B1とC1に対し,『女房と子供連
れて来い。』と指示したが,A1がD1殺害を決断するように迫っているも
のと理解した。自分の妻や娘が連れてこられれば,A1から強姦されてしま
うのではないかと危惧し,それを避けるためには,D1を殺害するしかない
と決意し,A1に『勘弁して下さい。本当にやりますから。明日やりますか
ら。』と,間違いなくD1を殺害するから,妻と娘には危害を加えないよう
に頼むと,その後A1は怒鳴ることがなくなった。翌朝,自分から頼んだの
か,A1から指示してきたのかは記憶にないが,A1がB1に指示して自分
に再度注射をさせた。その後,A1が『E1行くぞ。』と言ってきたので,
ペティナイフをフリースのポケットに入れた上,A1が運転する車で外出
し,国道沿いのどこかで降ろされたが,その間に,A1から5000円札1
枚を渡され,『終わったら連絡をよこせ。』と言われた。A1の車を降りた
後,タクシーを拾い,途中からは徒歩でD1宅に向かい,玄関から中に入っ
て2階に上がり,D1の胸部及び腹部を持っていたペティナイフで数回突き
刺して殺害した。」
3 E1供述の信用性
E1は,公判廷において,被告人A1に対して憎しみを抱いていることを
自認している上,証人として公判廷で供述した段階では,自己の殺人等被告
事件の第1審あるいは控訴審が係属中であったことから,被告人A1に対す
る恨みを晴らしたり,被告人A1に責任を転嫁して,自らの刑責を軽減した
りするために,虚偽供述を行うおそれがあったことは否定できない。しか
し,こうした事情を十分に考慮した上で,E1供述の信用性を慎重に検討し
たとしても,以下に説示するとおり,被告人A1から指示されて本件各犯行
に及んだとのE1供述には,高度の信用性が認められる。
(1)E1の供述態度,供述内容の具体性等
E1は,公判廷において,「嘘は,作り話は,私はしません。殺せと言
われた場面をはっきり思い出せないと正直に言っているのも,確信がない
供述や,勘違いの供述をしてはまずいと思っているからです」旨供述して
いるが,同人は,その供述どおり,自己の記憶がある部分とそうでない部
分を明確に区別して供述している。取り分け,E1の供述中,9月22日
の自動車事故が,D1殺害を図った故意のものであるとの部分について
は,同人にとって,自らの刑事責任を更に重くする,著しく不利益な供述
であるのに,この点についても包み隠さず,率直に供述するなど,その供
述態度は真摯である。
また,E1供述は,捜査段階と公判段階とにおいて,その供述内容がお
おむね一致している上,公判廷における弁護人からの執拗な反対尋問に対
しても,被告人A1から指示を受けて本件各犯行に及んだとの供述の根幹
部分については,全く揺らいでいない。さらに,E1供述は,その内容
も,被告人A1から言われた言葉の内容,それをどのように理解したの
か,そのように理解した理由,指示を受けた際の心理状態及び逡巡しなが
らも犯行を決意するに至った心理経過等について,具体的かつ詳細で,ま
さに経験した者だけが語ることのできる迫真性を有している。
(2)E1供述は信用できる関係証拠により裏付けられていること
ア 第1の1の犯行前,被告人A1がE1の責任を厳しく追及していたこ

E1の供述中,同人が,平成12年9月ころ,被告人A1から厳しく
責められ,その過程でD1殺害に追い込まれていったとの部分は,当時
U1社等に勤め,その場面を目撃したX2やY2のほか,被告人B1及
び同C1がいずれも,当時,E1が,U1社の赤字の件やB2社の資金
繰りの件で被告人A1から厳しく責め立てられ,精神的に相当疲労した
状態にあったことを供述しており,これらの供述によってその信用性が
裏付けられている。また,被告人C1の公判供述によれば,同被告人
は,E1から,「被告人A1に若い者をうまく使うよう言われ,飲みに
連れて行って言おうとしたけれども言えなかった。」などと聞いたこと
が認められ,被告人A1が,E1の責任を追及する過程で,若い者をう
まく使うよう指示したことについても,このように裏付けられている。
イ 第1の1の犯行がD1殺害を図った故意の自動車事故であること
E1の供述中,9月22日の自動車事故がD1殺害を図った故意の事
故であるとの部分については,前記のとおり,E1にとって,自己の刑
事責任をさらに重くする著しく不利益な供述で,この点について,同人
が殊更虚偽の供述をするとはおよそ考えられないが,さらに,前記認定
の,見通しの良い直線の道路上において,自分の方から相手方車両にぶ
つかっていったかのような事故態様とよく整合し,運転操作を誤ったよ
うに見せかけるためにタバコを助手席側に落とす工作をしたとの点につ
いても,D1の警察官調書によって,その信用性が裏付けられている。
なお,弁護人は,事故後のE1車両は,運転席側の方が助手席側よ
り,衝突による被害が大きく,運転席側の方が衝撃が大きかったと考え
られるなどとして,9月22日の事故が故意による事故であるとのE1
供述は信用できないと主張するが,高速度で走行する自動車の助手席側
のみを,同様に高速度で移動するトラックに的確に衝突させることは,
プロの運転手であるE1の高度な運転技術をもってしても困難というべ
きであるから,結果として運転席側の破損が助手席側より大きかったこ
とが,E1が故意に発生させた事故であることと相容れないとはいえな
いから,弁護人の主張は採用の限りではない。
ウ 被告人A1は当初から自分がE1を函館まで迎えに行く意向を示して
い たこと
被告人B1及び同C1は,公判廷において,被告人A1は,E1を大
阪から北海道に戻す際,E1の所持金の有無を問題としないで,当初か
ら汽車を使って函館駅まで戻って来るように指示した上,自らE1を迎
えに函館駅まで行くと言っており,被告人B1らにE1を迎えに行くよ
う頼んだことはない旨供述しているところ,被告人B1らが,この点に
関して敢えて虚偽供述に及ばなければならない理由は見いだし難いほ
か,両名の供述が相互に符合していることに照らせば,両名の供述は十
分信用できる。
被告人B1らの前記供述によれば,被告人A1は,当初から,E1に
対し,敢えて函館駅に戻るように指示した上,自らE1を迎えに函館駅
まで行く意向を示していたことが認められるが,これによれば,被告人
A1がE1と2人だけで話すことができる状況を作ろうとしていたこと
を推認することができ,函館から札幌に戻る車内で被告人A1からD1
殺害を指示されたとのE1供述を裏付けるものである。
エ E1がペティナイフを購入した経緯等
前記認定のとおり,E1は,11月27日にハサミを購入し,その
夜,被告人A1に購入したハサミを見せた際,同被告人から馬鹿にされ
るようなことを言われ,翌28日にはペティナイフを購入し,これを使
用してD1殺害に及んだものであるが,E1が購入したハサミを敢えて
被告人A1に見せたことは,「被告人A1からD1殺害の指示があっ
た」とのE1供述を合理的に裏付けているといえる上,その翌日,より
強力な凶器であるペティナイフを購入して犯行に及んだことは,「購入
したハサミをA1に見せたところ,A1から『こんなもんで人をやれな
いべや。』と言われた」旨のE1供述を裏付けているというべきであ
る。
オ 被告人A1がP2マンションでE1を責めたこと
O2,被告人B1及び同C1が,11月29日午前1時過ぎ,ファミ
リーレストランからP2マンションに戻った後の状況として,O2は,
公判廷で,おおむね「A1は,E1に大阪潜伏中に外部に連絡していた
ことや,ホタテの売上げをピンハネしていたことを大声で怒鳴って責め
た上,『大阪に帰れ。警察に行け。C1やB1の名前出したら,C1の
ダンナもヤクザだし,O2の元ダンナもヤクザみたいなもんだから承知
しないぞ。お前の家族に何があるかわからないぞ。』と怒鳴り,B1に
『奥さんに来てもらう。』と言ったりした。きっかけは覚えていない
が,A1は,包丁を持ち出した上で,E1に対して,『俺を刺せ。』と
言ったことがあった。E1は,下を向きながら『勘弁して下さい。』と
か『明日まで待って下さい。』と言うだけであった。」と供述する。ま
た,被告人B1及び同C1は,公判廷で,おおむね「A1はE1に,大
阪失踪中に外部に連絡していたこと,U2社に集金に行ったこと及びホ
タテの売上げのピンハネをしていたことなどを大声で怒鳴って責めてお
り,その際に,『E1のおっかあ連れて来い。』などと自分たちに指示
した。そこで,実際に出て行こうとすると,『いや待て。』と止めるこ
とを数回繰り返し,更に『もうやめるべ。西警行けや。おっかあの所へ
行け。大阪戻るか。いずれにしても,B1やC1の名前は出すな。出し
たらお前の娘も承知しないぞ。』『C1の元ダンナもO2の元ダンナも
ヤクザだ。』などと大声で責めていた。A1から責められ,E1は,い
つもと違って下を向いてうつむいて黙ったままで,時々『勘弁して下さ
い。』と言うだけであった。O2に頼まれて車を移動させて部屋に戻っ
た後,A1が台所から包丁を持ち出し,E1に対し,『E1これで俺を
刺せ。』『B1でもいい。』などと迫ると,E1は,『できません。』
と言うだけであった。」と供述する。O2,被告人B1及び同C1の各
公判供述は,その内容がおおむね符合して,互いにその信用性を補強し
合っているから,十分信用することができる。
これらの供述によると,被告人A1が,E1を怒鳴り,大阪に潜伏中
にE1がその妻らに連絡を取ったことや,運送賃の一部を着服したこと
で厳しく責め立てていたこと,その過程で,E1の妻を連れて来るよう
に被告人B1らに指示したり,E1が失踪事件に関し,被告人B1及び
同C1が関与していることを警察に告げた場合には,E1の家族に危害
を加える旨脅したりする場面があったこと,その後E1に対し,ペティ
ナイフを持ち出して,同ナイフで被告人A1,同B1を刺すように迫っ
たこと,この間,E1は,下を向いたまま,「勘弁してください。」と
か「明日まで待ってください。」などと答えていたことが認められる。
したがって,E1の供述中,29日未明,被告人A1から厳しく責め
立てられ,家族に危害を加えるなどと脅されて,次第に追いつめられて
いった状況に関する部分は,おおむね,O2らの公判供述によって裏付
けられているといえる。
弁護人は,O2は,28日から29日にかけてのやりとりに不穏な雰
囲気を感じなかったと供述しているとして,P2マンションでの一連の
やり取りは,その後のD1殺害を予測するようなものではなかったと主
張する。しかし,O2は,当時被告人A1及びE1らと同じ居室内にい
た者として,本件への関与を疑われかねない立場にあったというべき
で,その場の雰囲気を実際よりも過小に供述している危険性があること
を指摘しなければならないが,現に,O2供述による,その場における
具体的なやりとりを取ってみても,やくざの話やE1の家族への危害の
話が出たり,被告人A1が,ナイフを持ち出して「俺を刺せ。」「B1
でもいい。」などと迫るなどしていたのであって,こうしたことからし
ても,その場の雰囲気が到底平穏なものであったとはいえないから,弁
護人の主張は採用できない。
(3)E1にはD1殺害の固有の動機がないこと
確かに,前記認定のとおり,E1が,D1に対し不快感を募らせていた
ことは認められるが,他方,E1は,大切にしていた自分の車を失い,自
己の生命すら失いかねない危険を冒してまで第1の1の犯行に及んでいる
上,さらに,そのわずか2か月後には,D1の胸部及び腹部を数回突き刺
すという残虐な方法で殺害して第1の2の犯行に及んだものであって,こ
うしたE1の行動に照らすと,そこにはD1殺害に対する強固な意思が認
められるところ,関係証拠によれば,E1には,こうした強固な殺害意思
を形成するほど,同女を憎んでいたとか,D1を殺害することによって,
それに見合う利益を得るとかといった固有の動機はなかったと認められ
る。
(4)E1の一連の行動は被告人A1からの指示によると考えるのが合理的で
あること
前記認定のとおり,E1は,9月22日の事故で入院を必要とするほど
の傷を負いながら,傷が完全には癒えないまま,わずか3日で退院し,同
月27日には,多量のカロリーメイトを積んだ状態でb町まで車を運転
し,車をガードレールに衝突させる事故を起こして,傷を悪化させたにも
かかわらず,即日退院した上,そのわずか2日後には,海難事故を偽装し
て,大阪に潜伏し,その後,北海道に戻ることを希望し,一旦はこれを断
念したものの,その後間もない11月26日には札幌に戻り,翌日,調理
用ハサミ,軍手等を購入し,更にその翌日にはペティナイフ等を購入し,
札幌に戻ってわずか3日後にD1殺害に及んでいるのであって,これら一
連のE1の行動は,E1の精神不安定を原因とする特異行動とか,自殺念
慮に基づく行動としては到底説明がつかない。加えて,前記認定のとお
り,事故による傷が癒えていないのに,2度にわたり病院から退院したの
はいずれも被告人A1の意向であること,大阪に潜伏した後,一旦は北海
道に戻ることを断念しながら,その後間もなく北海道に戻ったのも,いず
れも被告人A1の意向ないし指示によるものであることを併せ勘案する
と,E1のこうした一連の特異行動は,被告人A1による指示に基づくと
考えるのが,合理的というべきである。
弁護人は,前記E1の各行為は,それぞれ別個に考えれば理解可能であ
ると主張するが,前述各行為の時間的な連続性,行為の類似性などに照ら
せば,E1の一連の行動と把握するのが自然かつ合理的であるから,弁護
人の主張は採用できない。
(5)弁護人が指摘するE1供述の問題点について
弁護人は,E1は,思い込みの激しい性格であるから,これによる供述
への影響を考慮する必要があるほか,E1には,記憶の曖昧な点が多数存
在するし,その供述は,捜査機関からの働きかけや,被告人B1及び同C
1の捜査段階における供述に影響されているおそれが否定できないとし
て,その信用性を争う。
確かに,E1が思い込みの激しい性格であることはうかがわれるもの
の,前記説示のとおり,E1は,被告人A1に関わる部分については,記
憶のある部分と,そうでない部分とをできる限り区別し,かつ,勘違いを
している可能性も考慮しながら,真摯に供述しているのであって,その性
格等から,直ちに供述の信用性が損なわれるものではない。また,第1の
1の犯行に係る被告人A1の指示内容については,E1の記憶が比較的鮮
明である上,他の信用できる関係証拠によって裏付けられていること,函
館から札幌まで戻る車中での被告人A1の指示内容やその際の心情等につ
いても,供述内容が具体的で,迫真性に富んでいること,11月27日夜
のやり取りを除いては,捜査段階の比較的初期段階から供述が一貫してお
り,捜査機関からの働きかけや被告人B1及び同C1の供述による影響は
考え難いことなどの事情に照らせば,E1供述中,これらの部分について
は,信用性が高いというべきである。さらに,E1は,11月27日の被
告人A1とのやりとりについても,被告人A1の発言として,「言うな,
聞くな,手足になってやれ。」「行きたい場所だけ言え。買い物の目的は
言うな。」などと,特徴的な言葉で具体的に供述しているほか,前記説示
のとおり,被告人A1から,「(ハサミのことを指して)こんなもんで人
をやれないべや。」と言われたとの部分は,その後のE1自身の行動等に
裏付けられているといえるから,十分信用に値するというべきである。
もっとも,E1が,11月29日未明,被告人A1が,「女房と子供連
れて来い。」と被告人B1らに指示したため,そうなれば,妻や娘が強姦
されると思い,それを回避するために,D1殺害を決意したと供述してい
る部分については,O2,被告人B1及び同C1の各公判供述によれば,
その際の被告人A1の発言の趣旨は,E1に大阪に戻って失踪を継続する
か,自宅に戻るか,警察署に出頭して失踪を終了させるかのいずれかの選
択を迫る中で,E1が警察署に出頭した上で,被告人B1及び同C1の関
与を口にした場合には,E1の家族に危害を加えるという趣旨のものであ
ったと認めるのが相当であるから,E1の思い込みによるものであること
が否定できない。しかし,11月26日に北海道に戻って以来,被告人A
1がE1にD1殺害を強く迫っていたことなど,それまでの被告人A1の
E1に対する言動等に照らすと,被告人A1がE1を責め立てたのは,同
人にD1殺害を迫るためであったと認められるところ,他方,E1は,当
時身体的にも相当疲労していたと考えられることに加え,前記認定のとお
り,潜伏中の電話や運賃の着服を口実に,被告人A1に厳しく責められた
挙げ句に,ペティナイフを示されて,被告人A1あるいは同B1を刺すよ
う迫られるなどして,精神的にも相当追いつめられていたのであって,こ
のようなE1の疲弊した心身の状態に照らせば,E1が,その際の状況を
正確に認識することができないまま,被告人A1から妻や娘のことが口に
上った際,その真意を忖度しようとして,発言の趣旨を速断して誤解した
としても,あながち不自然とはいえない。したがって,この点に関するE
1の思いこみが,直ちに同人の供述の枢要部分に関する信用性を損なうこ
とにはならないというべきである。
以上のとおり,弁護人の指摘する事情等を考慮しても,被告人A1から
本件各犯行を指示されたとのE1供述の枢要部分は,高い信用性を有する
というべきである。
4 被告人A1の関与を疑わせるその他の事情
(1)被告人A1にはD1を殺害する動機が存在すること
前記認定のとおり,被告人A1の経営するU1社等は,本件犯行当時,
少なくとも翌年3月までの間,H2から毎月1000万円から1200万
円程度の資金援助を受けなければ,経営が成り立たない状況にあるのに,
H2の資金が次第に底をつき始めており,同女からの資金援助の継続が困
難になってきていた。また,被告人A1は,海難事故を偽装してE1を失
踪させたが,その後の海上保安庁職員や弁護士らに対する同被告人の言動
に照らすと,これはE1に掛けていた生命保険金の取得を目的としたもの
であると認められるほか,E1がD1を殺害した後,虚偽の臨時株主総会
議事録等を作成してまで,それ以前からB2社の代表取締役が被告人A1
であったとする登記申請を行って,保険会社にD1の生命保険金の支払を
請求したことを総合すると,被告人A1には,E1あるいはD1を被保険
者とする生命保険金を取得する強固な意思が存在していたと認めるのが相
当である。
こうした事実に加え,被告人A1が,D1によるB2社の手形小切手濫
発や売上金の流用などを契機として,D1に対し強い悪感情を抱いていた
ことなどを勘案すると,被告人A1には,U1社等の倒産を回避するた
め,D1に掛けられていた多額の生命保険金を取得する目的で,D1を殺
害する動機が存していたと認めることができる。
(2)被告人A1が第1の1の犯行を予期していたかのような言動をしている
こと
X2の公判供述によれば,被告人A1は,第1の1の犯行の前,X2と
Y2に対し,「E1の身の上に何があっても動揺するなよ。」と言い,こ
れに対し,X2が「E1さんが死んでもですか。」と聞き返すと,「そう
だ。」と答えたことが認められる。また,被告人B1及び同C1の各公判
供述によれば,9月22日,被告人B1が,被告人A1に対し,E1が自
動車事故を起こしたと電話で伝えた際,被告人A1は,特段驚いた様子を
見せず,「E1は怪我しなかったのか。」とか「誰か乗っていたか。」な
どと,E1の身を案じるどころか,安否を確認することもなかったことが
認められる。
こうした被告人A1の不自然な言動は,被告人A1が,9月22日の事
故を予期していたことを示すというべきであって,これは,被告人A1が
E1にD1殺害を指示していたことを窺わせる一つの事情ということがで
きる。
(3)第1の2の犯行後の被告人A1の言動
X2の公判供述によれば,被告人A1は,第1の2の犯行当日,X2と
Y2がいる傍らで,独り言のように,「E1をいじめ過ぎちゃったか
な。」と言ったことが認められる。また,前記認定のとおり,被告人A1
は,本件殺人事件の約10日後の同年12月上旬ころ,O2や被告人C1
らに指示して,P2マンションやQ2マンションの室内を清掃させ,室内
からE1の指紋が検出されないように工作している。
こうした被告人A1の言動は,同被告人が犯行への関与を疑われるのを
想定し,あらかじめ弁解を弄し,あるいは罪証隠滅行為に及んだものと認
めることができる。
5 被告人A1の弁解の信用性
(1)被告人A1の弁解の概要
被告人A1は,捜査段階及び公判廷で,おおむね,「平成12年9月こ
ろ,E1をU1社の赤字の件や,B2社の資金繰りの件で責めたことはあ
るが,E1だけを特別いじめたことはない。E1が9月ころ特別疲れた様
子であるとも思わなかった。E1にD1殺害を指示したことはない。E1
に『コミュニケーションを取れ』と言ったのは,E1がD1との接触を嫌
がっていたことから,D1とコミュニケーションを取り,よく話し合わな
いと先に進まないとの趣旨であるし,『ドーンとやれ。』というのは,腹
を割って相手にぶつかっていって相手の気持ちを掴めという意味で言った
ものである。また,『早くしろ。』とか『時間がない。』とは,B2社の
経営状態を早く把握するようにとの趣旨である。『暴走族上がりの人間だ
から使い方によっては仕事で使えるはずだ。』と言ったことはあるが,暴
走族を使ってD1を殺害する話をしたことはない。」「E1が9月27日
にb町方面に行ったことは知らなかった。E1に海中に飛び込むように指
示したことはない。E1を失踪させることにしたのは,E1が,二度も事
故を起こし,もう会社にはいられないし,家にも帰りたくないので行方不
明になりたいと言い出したからで,E1を単に失踪させるだけでなく,海
難事故を偽装した目的は,E1の保険金を取得することにあったのではな
く,H2を納得させる方法を考えるようE1に言うと,E1が,B1やC
1と協力して具体的な方法等を決めたものである。自分は,B1とC1が
関わることになったので,資金の心配をしただけである。E1が大阪に潜
伏するようになったのは,E1が決めたことで,自分が指示したものでは
ない。潜伏中,E1に外部への連絡を禁止したのは,外部に電話されると
U2社やホタテのピンハネの調査がやりにくくなるからである。」「11
月26日にE1を呼び戻したのは,U2社の件,ホタテのピンハネの件の
調査が終了したので,これらについてE1本人から確認するためであっ
た。E1は,当初札幌まで戻すつもりだったが,E1の所持金が足りない
ということだったので,函館まで来させることになったものであり,自分
が函館まで迎えに行ったのは,B1に迎えに行くよう頼んだが断られたか
らである。E1を函館から札幌まで連れて来る車の中では大した話はな
く,E1が供述するような会話は一切なかった。」「11月27日夜は,
E1が買ったハサミを見て,『どうするのよこんなもん。』と言ったが,
それは蟹なんてないのに,E1が蟹を食べる際に使うハサミを買ってきた
からであって,『こんなハサミで人なんて殺せない。』などとは言ってい
ない。B1かC1に,E1が買い物に行きたいと言ったら金を渡すように
言ったことはあるが,27日夜や28日午前に,E1の買い物につき合う
ように言ったことはない。E1が28日にB1やC1と買い物に行くこと
は知らなかったし,D1宅に行くことも知らなかった。」「28日夜のP
2マンションで,E1にD1の殺害を指示したことはない。U2社の件,
ホタテのピンハネの件,大阪から外部に電話していた件について話すよう
に責め,それがはっきりしたので,E1に,家に帰るか,警察に行くか,
大阪に戻るかを決断するよう迫っただけである。その過程で,E1にB1
とC1に迷惑を掛けないように言ったが,自分の周りにヤクザ者がいると
か,E1の家族に危害を加えるとか言ったことはない。E1にナイフを示
して,自分を刺せとか,B1を刺せ,とか言ったのは,その前にE1が自
分に向けてナイフを構えたことがあったので,その流れの中のことであ
る。E1に覚せい剤を注射した理由は,事実関係をきちんとしゃべらせる
ためである。」「29日朝,E1に食費や交通費のつもりで5000円を
渡したが,再度,家に帰るか,警察に行くか,大阪に戻るかを決断するよ
うに言い,決断できたら連絡するように言ったのであり,D1殺害を終え
たら電話するように言ったのではない。」などと弁解する。
(2)被告人A1の弁解の信用性
ア 関係証拠との整合性
前記認定のとおり,被告人A1は,平成12年8月ころからE1に対
し,連日のようにB2社の経営状況や,E1の営んでいた運送事業が赤
字続きであることなどについて,その責任を厳しく追及していたのであ
って,その結果,E1は,同年9月ころには,精神的に相当追いつめら
れた状態に陥っていたのに,被告人A1は,これを否定する弁解をして
いる。また,被告人B1及び同C1は,海難事故を偽装するようになっ
た経緯,その目的,E1を函館駅まで戻し,被告人A1がE1を迎えに
行くことになった経緯,11月28日に被告人B1と同C1がE1を買
い物に連れて行った経緯,同日夜のP2マンションにおける被告人A1
の発言内容等について,「海難事故を偽装するようになったのは,A1
がE1に『E1とりあえずいなくなれ。釣りをしていて波にさらわれた
ことにする。』と言い出したからであり,A1の目的がE1の生命保険
金を詐取することにあることは分かっていた。」「11月にE1を北海
道に戻す際,A1は始めからE1に函館まで戻って来るよう伝えるよう
に指示してきた。E1の所持金から考えてどこまで戻れるかという話は
全くなかった。A1は,始めから自分が函館まで迎えに行くと言ってお
り,A1が自分たちに迎えに行くよう頼んできたことはなかった。」
「28日にE1の買い物に同行することになったのは,A1から,27
日夜,『E1が行きたい所があるから連れて行ってやってくれ。』と,
28日会社にいるとき,『E1が買い物あるらしいから,乗せて行って
やってくれ。行きたいと言った所で降ろしてやってくれ。』とそれぞれ
指示があったからである。」「28日夜,A1は,E1に対し,『警察
に行ってもB1とC1の名前は出すな。名前を出したらお前の娘も承知
しないぞ。C1のダンナも元ヤクザだ,O2の元ダンナもヤクザみたい
なもんだ。』と言っていた。」などと供述しているが,両名の供述は,
保険金目的で海難事故を偽装したことに自らが関与していたことを認め
る,自らにとって不利益な事実を承認する内容であるほか,両名がこれ
らの事柄について殊更虚偽の供述をする理由が見いだし難いことや,そ
の供述が相互に符合して信用性を補強し合っていることに照らして,十
分信用することができる。
このように,被告人A1の弁解は,その重要部分が関係証拠と整合性
を有しないというべきである。
イ 弁解内容の不合理性等
被告人A1の弁解は,海難事故を偽装したことについて,二度にわた
る事故で相当重い傷害を負ったE1が自ら言い出したとか,H2の納得
を得るために海難事故を偽装したとかいうもので,それ自体が不自然,
不合理である上,その後U1社の顧問弁護士の事務所に行った目的につ
いても,自分が不用意に認定死亡の話をしたので,E1の妻に対し,弁
護士から修正してもらうためだったなどというもので,やはり不自然と
いわなければならない。また,被告人B1及び同C1をわざわざ大阪ま
で赴かせて,E1に一旦は北海道に戻ることを断念させておきながら,
その後間もなく,E1を北海道に呼び戻すことにした理由が,被告人A
1の弁解のとおりであるならば,それまでの経緯や目的の正当性等に照
らして,その理由を被告人B1や同C1に説明するのが自然であると考
えられるのに,これを伝えていないなど,不合理であるといわなければ
ならない。さらに,被告人A1は,E1に対し,覚せい剤を注射した理
由について,同人に真実を話させるためであったと弁解するが,29日
未明にE1が電話をかけたことや運賃を着服していたことを認めるに至
った後の同日朝にも,再び同人に覚せい剤を注射しているのであって,
この点でも被告人A1の弁解は不合理というべきである。
ウ 弁解の変遷
被告人A1は,捜査段階においては,当初,9月22日の事故後,E
1の見舞いに行ったことや,海難事故を偽装したことに関与したこと,
E1の失踪中,同人と連絡を取ったことさえ完全に否定していたのに,
捜査の進展に伴い,これを認めるに至ったものである。また,前記事故
前に「E1に『ドーンとやれ。』と言ったことはない。」などと弁解し
ていたのに,公判廷では,その趣旨はともかく,言ったこと自体はこれ
を認めるに至ったほか,E1を北海道まで戻した理由についても,捜査
段階では,E1に運賃の着服の疑惑が出てきたので,それを確認するた
めであったとしていたのを,公判では,着服がはっきりしたので,本人
に確認するためであったなどと,その弁解を変遷させている。
このように被告人A1は,弁解の重要部分を変遷させているが,その
理由についても合理的な説明がなされていない。
以上アないしウによると,被告人A1の弁解は到底信用できない。
6 まとめ
以上説示したとおり,被告人A1から本件各犯行を指示されたとのE1供
述が信用できることのほか,被告人A1にD1殺害の動機が存在することな
ど,被告人A1がD1殺害に関与していることを疑わせる事情が存在するこ
と,E1にD1殺害を指示したことはない旨の被告人A1の弁解が信用でき
ないことなどの事情に照らせば,被告人A1がE1に対し,本件各犯行を指
示し,E1がこれに従って各犯行に及んだものと優に認めることができる。
なお,弁護人は,本件各犯行について,被告人A1が,保険契約者である
B2社代表取締役であるE1がD1を殺害すれば,生命保険金が支払われる
可能性がないことを知っていたこと,保険金殺人は,周到な準備のもとに保
険事故であるかのような外形を作ることが必要な犯罪類型であるのに,本件
においては,犯行後の逃走先や逃走用車両の手配を行っておらず,実行犯で
あるE1が逮捕されることが必至の状況で実行されたものであるから,D1
の生命保険金詐取のための犯行とは到底考えられないこと,E1の一連の行
動が被告人A1の指示によるとすれば,9月22日の偽装事故や9月29日
の海難事故の偽装は,保険金を入手できる可能性がある計画的な犯行である
のに,第1の2の犯行は,およそ保険金を入手する可能性がない稚拙な犯行
であること,などの事情を指摘して,本件各犯行が被告人A1の指示による
保険金目的の殺人であるとするのは,不自然である旨主張する。
しかし,前記認定のとおり,被告人A1は,第1の2の犯行後,内容虚偽
の株主総会議事録等を作成し,これに基づき登記手続を行うなどして,B2
社の代表取締役が犯行日以前から,同被告人に変更されていたように装った
上,D1の生命保険金を請求しているのである(被告人A1に,真実D1の
生命保険金を取得する意思があったことは,後記認定のとおりである。)。
また,確かに,第1の2の犯行が,D1に掛けられた生命保険金の取得とい
う目的に照らして,準備の周到性に欠ける面があったことは否定できないも
のの,前記認定のとおり,E1がD1殺害に及んだのは,被告人A1に追い
つめられた結果であって,追いつめられたE1が,D1を殺害することだけ
を考え,逃走先等について思いをめぐらせる余裕がなかったとしても,あな
がち不自然とはいえない上,9月29日の失踪事件も,失踪宣告を得るのに
要する時間を考慮していないばかりでなく,結局予想よりかなり早い段階で
放置した自動車が発見されてしまうなど,相当稚拙な計画であったというべ
きである。
こうした事情を勘案すると,弁護人の指摘する事情は,いずれも本件各犯
行が,被告人A1の指示による保険金目的の殺人であることを否定すること
にはならないし,そのほか弁護人の主張する事情を勘案しても,本件各犯行
が被告人A1の指示によるとの前記認定を左右するものではない。
第2 第2ないし第4の各犯行について
1 第2の犯行について
弁護人は,本件保険金請求について,被告人A1は,保険金の請求を行っ
ていないとした上で,保険金請求の対象となった事故は,E1が過失で起こ
した交通事故であるから,本件においては,欺罔行為は存在せず,仮に故意
による事故であったとしても,被告人A1は,そのことを知らなかったので
あるから,同被告人には詐欺の故意が存在しないと主張する。
確かに,保険金請求書を作成したのは,E1の妻であるが,他方,関係各
証拠によれば,被告人A1は,9月22日の事故後,E1の妻に対し,「保
険の方は全て会社の方で手続を取る。」と話し,保険会社の担当者らと交渉
し,その際には,担当者らに対し,自分が窓口になる旨伝えていること,E
1の妻が保険金請求書を作成したのも,被告人A1の指示によるもので,こ
れを保険会社に提出したのも同被告人であったことが認められる。このよう
な事実によれば,実質的には被告人A1が保険金を請求したと認めるのが相
当である。また,前記認定のとおり,9月22日の事故は,被告人A1がE
1にD1殺害を指示して起こさせた故意の事故であるから,同被告人による
欺罔行為が存在すること,同被告人に詐欺の故意があったことも明らかであ
る。
したがって,弁護人の主張は採用できない。 
 2 第3の犯行について
弁護人は,被告人A1において,保険金請求の対象となった事故を発生さ
せた車両(Z2)が,保険対象車両(A3)とは異なるにもかかわらず,保
険金を請求したことは認めながら,そのことは,保険代理店のW1を通じて
保険会社も了解済みであったから,本件においては欺罔行為が存在しないと
した上で,そもそも前記事故は,E1が過失で起こした交通事故であるし,
被告人A1は,E1の過失による事故と認識していたから,同被告人には詐
欺の故意が存在しないと主張する。
しかし,前記W1は,公判廷において,「A1と会って事故の状況を聞い
た際,同人は,『A3車を運転していて,b町のE3旅館近くのトンネルで
事故った。』と話していた。事故車両がZ2車と聞いたことはなく,運転者
がE1であるとも聞いていない。内容虚偽の報告を行って保険金の支払手続
に入っても,損害調査部の方で調べるから必ず発覚してしまい,そうなると
自分は代理店契約が解約されて食べていけなくなるから,保険対象車両では
ないZ2車で事故を起こしたことを聞いていたら,保険金の請求手続に入る
ことはしなかった。」などと供述し,本件保険金請求が虚偽の内容であるこ
とを事前に了解していたことはない旨被告人A1の弁解を明確に否定してい
る。W1供述は,明確で,弁護人の反対尋問にも全く動揺しておらず,その
内容も合理的であるから,その信用性に疑いを差し挟む余地はない。
   W1供述によれば,被告人A1が保険金を請求した際,保険会社は,事故
を発生させた車両と保険対象車両が異なることを知らなかったと認められ
る。また,前記認定のとおり,保険金請求の対象となった事故は,被告人A
1の指示で,E1が故意に起こしたものであるから,本件において,被告人
A1に詐欺罪が成立することは明らかであり,弁護人の主張は採用できな
い。
3 第4の犯行について
弁護人は,本件のような手続で取締役の変更を行うことは,中小企業では
慣例的に行われているものであるから,社会的正当行為として違法性が阻却
されるし,被告人A1は社会的正当行為と認識していたから,違法性の意識
を有していなかった,また,被告人A1が保険金の支払を請求したのは,こ
れまで支払い続けてきた保険料を会計上損金として処理するためであり,保
険料を実際に受領するつもりはなかったから,同被告人には詐欺の故意は存
在しないし,本件においては,欺罔行為自体がないと主張する。
しかし,J1は,公判廷において,おおむね「(D1がE1に殺害された
後)G2部長から,この事例では保険金は支払われないので請求しないよう
にA1に伝えてほしいと言われたので,A1にその旨伝えると,『ああそう
か。分かったよ。』という感じだった。しかし,その後,A1は,弁護士と
打ち合わせをしていると言い,請求しても絶対に出ないと言っても,『うち
は弁護士でやるからいい。請求はするから。』と言ってきた。その後,自分
が,請求者がE1では絶対に出ないことを伝えると,A1は,『契約者がE
1で出ないなら契約者を変えればいいべや。』と言っていた。」などと供述
している。
J1は,被告人A1の愛人で,同被告人から保険契約の獲得等の面で便宜
を受けるなどしていたものであるから,同被告人に有利な供述をするおそれ
こそあるものの,殊更被告人A1に不利益な虚偽供述をする理由はない上,
供述内容も,具体的かつ詳細で,特段不自然,不合理な点もないから,十分
信用することができる。そして,J1の公判供述によれば,本件の取締役変
更登記等がD1の生命保険金を取得する目的でなされたこと,被告人A1に
は,D1の生命保険金を受領する意思があったことが認められる。
以上認定の事実によると,電磁的公正証書原本不実記録,同供用の各犯行
は,被告人A1が保険金詐取という不正の目的で犯したものであると認めら
れるから,社会的正当行為に該当しないことは明らかである。また,被告人
A1に違法性の意識があったことも明白というべきである。さらに,被告人
A1が,B2社の代表取締役が,真実はE1であるにもかかわらず,同被告
人であると偽って保険金請求を行ったものであるから,被告人A1の保険金
請求行為が欺罔行為に該当すること,同被告人に詐欺の故意があったことも
明白である。したがって,弁護人の主張はいずれも採用の限りではない。
(法令の適用)
被告人A1の第1の1の所為は,刑法60条,203条,199条に,第1の
2の所為は,同法60条,199条に,第2及び第3の各所為は,いずれも(第
2の所為は包括して)同法246条1項に,第4の所為中,電磁的公正証書原本
不実記録の点は同法157条1項に,不実記録電磁的公正証書原本供用の点は同
法158条1項,157条1項に,詐欺未遂の点は同法250条,246条1項
にそれぞれ該当するところ,第4の電磁的公正証書原本不実記録と不実記録電磁
的公正証書原本供用と詐欺未遂との間には順次手段結果の関係があるので,同法
54条1項後段,10条により1罪として最も重い詐欺未遂罪の刑で処断するこ
ととし,第1の1の罪について所定刑中有期懲役刑を,第1の2の罪について所
定刑中無期懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,
被告人A1を無期懲役に処すべき場合なので,同法46条2項本文により他の刑
を科さないで,被告人A1を無期懲役に処し,同法21条を適用して,被告人A
1に対し,未決勾留日数中750日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑
事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人A1に負担させないこととす
る。
(量刑の事情)
第1の各犯行は,被告人A1が,経営する会社の資金繰りに窮し,役員である
被害者に掛けられた生命保険金の取得を企図し,共犯者E1に被害者殺害をそそ
のかし,その意図を察したE1が交通事故を装って被害者を殺害しようと企て,
被害者を同乗させて走行中の自動車を,加速させながら対向車線を進行中の大型
貨物自動車に正面衝突させて被害者を殺害しようとしたが,被害者に判示の傷害
を負わせたにとどまった(第1の1の犯行)ことから,再度,被害者を殺害して
生命保険金を取得することを企図し,E1に被害者殺害を指示し,E1が被害者
をペティナイフで数回突き刺すなどして殺害した(第1の2の犯行)というもの
である。
第1の各犯行が,保険金目的の殺人という,凶悪であるばかりでなく,金のた
めには他人の生命さえも一顧だにしない冷酷,非道な犯行であって,厳しい非難
に値することをまず指摘しなければならない。被告人A1は,経営する会社の資
金繰りに窮し,被害者に掛けられた生命保険金を取得して会社の倒産を回避する
ために第1の各犯行に及んだものであって,犯行動機は利欲的,自己中心的で酌
量の余地は全くない。犯行態様も,わずか2か月の間に二度にわたり被害者の殺
害を企てたものであって,執拗で,強固な殺意に基づく悪質なものであるが,第
1の1の犯行においては,容易には故意の事故であることが発覚しないように,
あらかじめハンドル操作を誤って発生させた過失による事故であることを装うな
ど,計画的で巧妙である。また,第1の2の犯行は,あらかじめ犯行に使用する
ペティナイフ等を購入した上,犯行当日も,単独犯行であることを装うため,E
1を被害者宅まで送らないで,途中でタクシーに乗り換えさせるなど巧妙な面が
認められるばかりでなく,抵抗する被害者の胸部及び腹部等身体の枢要部を,十
分な殺傷能力を有するペティナイフで,力一杯数回にわたり突き刺したという残
忍なものである。
 本件により,第1の1の犯行では,被害者に加療約4週間を要する重傷を負わ
せるにとどまったものの,第1の2の犯行では,何物にも代え難い,貴重な生命
を奪ったもので,本件結果が重大であることはいうまでもないが,被害者は,会
社の代表者印を無断使用して手形や小切手を濫発してヤミ金融から多額の借入れ
を行い,会社の売上金を横領するなど,会社役員として不適切な対応があったこ
とは否定できないものの,もとより殺害されなければならないほどの落ち度があ
ったものではない。被害者は,実母や夫,息子と幸福な家庭生活を送っていたに
もかかわらず,本件犯行により,愛するわが子の成長を見届けることなく38年
の生涯を終えたもので,その無念は察するに余りある。愛する娘,妻を失った被
害者の母親,夫の悲嘆,憤りには甚大なものがあり,遺族らは被告人A1の厳重
処罰を希望している。また,第1の2の犯行は,閑静な住宅街において,白昼,
突如被害者が惨殺されたものであって,付近住民に与えた衝撃や不安感にも多大
なものがあったと推察される。
被告人A1は,保険金目的で被害者殺害を企図した首謀者でありながら,自ら
は手を汚すことなく,共犯者であるE1に被害者殺害をそそのかし,ときにはE
1を恫喝するなどして,被害者を殺害せざるを得ない状況に追い込んで,これを
実行させたもので,誠に卑劣で狡猾といわなければならず,その責任は実行犯で
あるE1に比して遙かに重い。
また,被告人A1は,本件犯行後,罪証隠滅を行うなど,犯情芳しくないばか
りでなく,捜査及び公判を通じ,一貫して,自己の刑責を免れるための不自然,
不合理な弁解に終始し,現在に至るまで,被害弁償はおろか,慰謝の措置すら講
じようとしないなど,反省の態度は微塵も見られない。
近時我が国においては,保険金目的の殺人事犯が増加し,社会的にもこの種事
犯に対しては厳しい対応が求められていることも考慮しなければならない。
また,第2の犯行は,第1の1の犯行によって発生した物的損害を填補するた
め,E1が故意に発生させた事故であるのに,過失による事故であるとして保険
金の支払を請求し,保険会社から約300万円を詐取したもの,第3の犯行は,
第1の1の犯行において,被害者の生命保険金を取得することに失敗したため,
E1が運転操作を誤って海中に転落したことを装い,同人の生命保険金を取得す
ることを企図し,被告人A1の意を受けたE1が海中に転落しようとしたもの
の,ガードロープ支柱に激突したために生じたという物損事故に関し,その損害
を填補するため,過失による事故を装っただけではなく,事故車両は保険対象車
両でないのに,保険対象車両が事故を起こしたように保険会社を騙して保険金1
5万円余を詐取したというもの,第4の犯行は,E1が被害者を殺害した後,被
害者の生命保険金を詐取するため,殺害日以前から代表取締役が変更されていた
との虚偽内容を電子情報処理組織登記ファイルに記載させてこれを備え付けさせ
た上,保険会社から生命保険金を詐取しようとしたが,未遂に終わったというも
ので,いずれも犯行動機に酌量の余地がない上,犯行態様も巧妙で悪質である。
各犯行による財産的な被害も多額に及ぶほか,電子情報処理組織登記ファイルに
対する社会的信用が損なわれるなど,その結果も軽視を許されない。しかるに,
被告人A1は,いずれの犯行についても,被害弁償を講じていないばかりか,捜
査及び公判を通じ,一貫して,自己の刑責を免れるための不自然,不合理な弁解
に終始しており,真摯な反省を全く示していない。
以上の諸情状,ことに第1の各犯行の悪質性,犯行動機の利欲性,犯行態様の
巧妙,残忍性,結果の重大性,遺族の処罰感情,被告人A1の果たした役割,反
省の程度等に照らすと,被告人A1の刑事責任は極めて重大であるといわなけれ
ばならない。
したがって,第4の犯行中,詐欺の点については未遂にとどまり財産的損害が
生じていないこと,被告人A1は,これまで罰金前科が1件あるだけで,他に前
科のないことなど,本件に現れた被告人A1に有利な事情をできる限り斟酌した
としても,被告人A1を主文掲記の刑に処するのが相当と判断した。
【被告人B1及び同C1関係】
第1 公訴事実と争点
被告人B1及び同C1に対する公訴事実は,被告人両名が,同A1及びE
1と共謀の上,被告人A1に係る前記第1の2の犯罪事実(D1殺害)を行
った,というものであり,検察官は,被告人B1及び同C1は,いずれも被
告人A1が,D1に掛けられた生命保険金を取得するために,E1にD1を
殺害させようとしていることを知りながら,被告人A1の指示を受け,殺害
道具であるペティナイフの購入,D1宅への送り届けなどに協力したと主張
する。
これに対し,被告人B1及び同C1の弁護人は,両被告人が,E1がD1
殺害に使用したペティナイフを購入する際,E1をT2店まで連れて行った
こと,その後E1をD1宅付近まで送り届けたこと,被告人B1が,E1に
覚せい剤を注射したことは認めるものの,被告人B1及び同C1は,当時,
被告人A1がE1に指示してD1を殺害しようとしていることを知らなかっ
たと主張する。 したがって,本件の主たる争点は,被告人B1及び同C1
が,同A1及びE1が,D1を殺害しようとしていることを認識しながら,
これに協力したか否かということである。
第2 当裁判所の判断
1 犯行前後の状況等
本件犯行前後の状況等については,被告人A1関係の関係各部分で認定し
た諸事実のほか,被告人B1及び同C1に係るものとして,以下の事実は,
関係証拠上明白なものである。
(1)被告人B1及び同C1と被告人A1らとの関係等
被告人B1は,同A1の三女で,平成11年11月ころ,同被告人の勧
めでU1社に入社し,E1の手がけていた運送部門のトラック運転手とし
て稼働していたが,翌12年9月ころからは,I2社でユンボのオペレー
ターとして働くようになった。なお,被告人B1は,形の上ではI2社の
代表取締役であったが,名目上のものにすぎなかった。被告人C1は,平
成七,八年ころ,海の家で働いていた当時,同僚であったO2が被告人A
1と交際していたことから,同被告人と知り合い,平成12年1月末ころ
から,O2の紹介でB2社の経理係として稼働していた。被告人B1及び
同C1は,B2社が事務所をU1社と同じ建物に移転した同年6月ころ知
り合い,同年9月ころ,被告人C1が,同A1から同B1のいわゆる教育
係に任じられたことを契機として互いに好意を抱くようになり,同年11
月初旬からは被告人C1の自宅で,同被告人の2人の子供とともに同居し
ていた。
被告人B1は,被告人A1が,姉ばかり可愛がり,母親に暴力を振る
い,専門学校に行かせてくれなかったなどとして,被告人A1に悪感情を
抱くとともに,被告人A1から高額の生命保険契約に加入させられたこと
や,トラックのボルトが抜けていたことがあったことから,同被告人を恐
れていた。また,被告人C1は,職務の内容が金銭を扱うことから,仕事
をきちんとしないと,被告人A1からどのような言いがかりをつけられか
ねないと恐れていた。被告人両名は,職場の上司等として,E1の経営能
力についてはともかく,その人間性についてはおおむね好感情を抱いてい
た。
(2)被告人C1のD1に対する感情等
被告人C1は,D1が,B2社の経理をでたらめに処理していたこと
や,手形や小切手を濫発したり,売上金を横領していたこと等で経理上困
難な対応を強いられただけでなく,D1が経理を明確にするための調査に
協力しなかったことなどから,同女に少なからず不快感を抱いていた。ま
た,被告人C1は,3回ほどD1に金銭を貸し付け,そのうち2回は約束
どおり返済を受けたが,平成12年4月ころ,D1夫妻に依頼されて,
一,二か月後を返済期限として貸し付けた350万円については,その後
元金200万円の返済を受けたものの,残額150万円は,数回の督促に
もかかわらず,返済期限の延期を重ねた上,返済期限とされた同年11月
20日にも,何の連絡もないまま無視されたことから,その不誠実な態度
に不快感を募らせていた。
(3)被告人C1のB2社に対する貸付け
被告人C1は,平成12年8月末,被告人A1の依頼を受けて,B2社
に対し,手形決済資金として380万円を貸し付けたが,本件犯行時まで
にその返済を受けていなかった。
(4)9月22日の自動車事故前及び直後の状況等
被告人B1及び同C1は,平成12年8月ころから,E1が手がける運
送事業に関して,U1社が赤字を累積させていることや,B2社の経営状
況,荷忘れ等のE1の仕事上のミス等に関し,被告人A1がE1を厳しく
責め立て,このため,E1が精神的に追いつめられた状態に陥っているこ
とを認識していた。また,被告人B1及び同C1は,同年9月22日,E
1が,D1と共に外回りに出かけたことを知っていた。
被告人C1は,同日,被告人B1とともに自動車で買物先に向かう途
中,通行人から携帯電話にE1が交通事故を起こしたとの連絡を受けた
際,「あいつ本当にやっちゃった」(あるいは,「あいつ本当にやりやが
った。」)などと言った。その直後,被告人C1は,同A1にE1が自動
車事故を起こしたことを報告しようとしたが,携帯電話のボタンを押すこ
とができなかったため,同B1が替わってこれを知らせた。これに対し,
被告人A1は,「お前らで現場見に行って来い。」などと言うだけで,特
に驚いた様子でも,E1の安否を確認するわけでもなかった。
被告人B1及び同C1が事故現場に赴いたところ,E1が運転していた
L2車は,運転席側のボンネット部分がめくれ上がるなど,助手席側より
も運転席側の方が損壊がひどい状態であった。被告人B1は,事故の態様
が,直線道路で,対向車両に突っ込んで行くようなものであったことか
ら,E1が故意に起こした事故の可能性があると疑い,被告人C1に「こ
の事故わざとかな。」などと聞いたが,同被告人からは答えがなかった。
その後,被告人C1は,D1を病院に見舞った際,同女から,本件事故
の状況について,「E1がタバコの火を落として反対車線の方に行った」
旨の説明を受けた。
(5)その後E1が失踪するまでの状況等
被告人B1及び同C1は,同月27日夜,E1がb町で防護柵に衝突す
る自損事故を起こした後,入院先から被告人A1らに連れられてU1社の
事務所に戻った際,E1から,当日の事故について,「突っ込む前にブレ
ーキ痕をつけようと思って,一生懸命行ったり来たりした。カロリーメイ
トを自分の服のポケットにいっぱい詰めて山の中に隠れようと思ったん
だ。」などと,故意の自損事故であることを聞かされた。他方,被告人A
1は,E1の話を途中で遮り,「E1とりあえずいなくなれ。」などとE
1に指示し,海難事故を偽装してE1を失踪させる計画を持ち出した。
被告人B1及び同C1は,被告人A1の意図がE1に掛けられた生命保
険金を取得することにあると認識し,当初はE1失踪計画に反対したもの
の,結局はこれに協力することになった。被告人A1は,同B1に対し,
海難事故の偽装に使用する自動車やプリペイド式携帯電話を準備するよう
指示し,28日夜に偽装工作を行うよう指示した。その際,被告人B1
は,同A1から,「E1が海に浮かんでいることを期待する。」などと,
暗に事故を装ってE1を殺害するようほのめかされたが,被告人C1に相
談したところ,強く反対されたことなどから,E1殺害に着手しようとは
しなかった。
    被告人B1は,c町で海難事故を偽装した後,被告人A1の指示で,E
1を連れて大阪に赴き,同人をd地区のホテルに潜伏させた。
(6)E1が大阪に潜伏している間の状況等
この間,被告人C1は,被告人A1が,E1の妻を連れてU1社の顧問
弁護士の事務所に行った際,弁護士に,E1の生命保険金を入手するため
に,できるだけ早く失踪宣告を得る方法はないかと質問しているのを聞い
て,被告人A1の目的がE1の生命保険金の入手にあるとの認識を深め
た。
被告人C1は,同年11月20日,被告人B1に車を運転してもらっ
て,D1宅に赴き,D1夫妻に貸し付けた350万円の残金150万円の
返済を求めたが,その際,D1から,E1の失踪に関し,警察が,被告人
B1と同C1が関与しているのではないかと疑っていると聞いて衝撃を受
けた。同被告人は,D1宅から出た後,外で待っていた被告人B1にもこ
れを伝え,翌21日ころ,被告人A1にもこれを伝えた。
(7)本件犯行に至るまでの状況等
ア 被告人B1及び同C1は,同月24日ころ,被告人A1の指示で,E
1に函館まで戻って来るように伝えた。被告人A1は,被告人B1及び
同C1に対し,E1が戻ってきたら,ドライアイスを使ってE1を殺害
するという話をした。
イ 被告人B1及び同C1は,同月27日午前10時ころ,被告人A1の
指示で,前日北海道に戻り,Q2マンションに泊まったE1をP2マン
ションに移した上,同日午後8時ころには,外出先から戻った同人を再
びQ2マンションに入れた。他方,被告人C1は,同A1から,E1に
睡眠薬を使うように指示され,被告人B1とともに,ハルシオン1錠強
を砕いて,これを溶かした水溶液を作った。
その後,被告人B1及び同C1は,被告人A1から言われて,同日午
後9時ないし10時ころからQ2マンションで,E1を交えた4人で飲
酒した際,乾杯用のシャンパンに前記ハルシオン入りの水溶液を入れて
E1に飲ませた。被告人A1は,E1が眠った後,被告人B1及び同C
1に対し,E1を外に放置して自然死させるという話をしたが,E1が
目を覚ましたため,これが実行されることはなかった。
ウ 被告人B1及び同C1は,27日夜及び翌28日午前中,被告人A1
から,E1を買い物に連れて行ってやれ,E1が降りたいと言ったとこ
ろで降ろしてやれなどと指示を受けていたことから,28日午後3時こ
ろ,被告人C1が運転する車で,E1をT2店に連れて行って買い物を
させた後,同人に言われるまま,D1宅すぐ近くのコンビニエンススト
ア付近まで走行し,そこでE1を車から降ろした。この間,被告人C1
は,失踪中のE1と一緒にいるところを見られたくないと考え,度々E
1に対し,外から見られないように座席に横になっているように要請し
た。
なお,E1は,T2店において,D1殺害に使用したペティナイフを
購入したが,被告人B1及び同C1には,事前事後を問わず,このこと
を伝えてはいなかった。
ところで,E1は,ペティナイフ購入後,D1宅付近に赴く途中の車
内で,被告人C1に依頼して,車内にあった地図をもらい,これをペテ
ィナイフの鞘替わりに刃の部分に巻きつけたが,29日未明,被告人A
1が,P2マンションでペティナイフを持ち出して,E1に対し,「こ
れで俺を刺せ。」などと迫った際,被告人C1が,昼間自分がE1に渡
した地図が刃の部分に巻きつけられているのを見て,「E1さんそれ私
の地図じゃない。」などと,驚いた声をあげながら,被告人A1からナ
イフを取り上げ,刃先に巻いてあった地図を捨てるということがあっ
た。被告人B1も,同C1の言葉を聞いて,ナイフに巻きつけてあった
のが,被告人C1が車の中でE1に渡した地図であったことを理解し
た。
(8)本件犯行後の状況等
被告人A1は,同日午前10時ころ,被告人B1と同C1の家に行き,
「俺はE1をe地区のS2店で降ろした。俺はE1に余計なことするなっ
て言ったんだ。」などと言った。
 2 被告人B1及び同C1において,被告人A1らがD1殺害を企てているこ
とを認識していたと疑わせる事情の存在
本件においては,被告人A1が,被告人B1及び同C1に対し,自らのD
1殺害の企図を打ち明け,これに協力するように指示をしたことを示す直接
の証拠はない。そこで,以下,これまでに認定した事実のほか,他に被告人
B1及び同C1が,同A1の意図を認識しながら,これに協力したことを疑
わせる事情が存在するか否かを検討する。
(1)被告人B1及び同C1が,本件犯行前に,9月22日の事故の真相(被
告人A1が,D1に掛けられた生命保険金を取得する目的でE1に起こさ
せたものであること)を認識していたか
ア 被告人C1が,9月22日以前に被告人A1がE1にD1殺害を指示
していることを見聞したか
被告人C1の捜査段階における供述中には,9月22日の事故前に,
「A1がE1に『マダムヤンを何とかすれ。マダムヤンを殺せ。事故と
いうのはいつ起きるか分からない。ドーンとやっちゃえばすぐだ。ゴン
とぶつかったら簡単だ。』などと指示しているのを聞いた」「A1が大
声で怒鳴り散らしていたので,その声が事務所にいる者の耳に自然と入
ってきました」旨の部分がある。
しかし,E1は,公判廷において,「A1から交通事故を装ってD1
を殺害するように指示されたのは,U1社やB2社の事務所内である
が,その話をする際は自分とA1の2人のことが多かったように思う。
その話が終わった後に第三者を入れて仕事の話をしたと思う。第三者を
入れた後にもD1殺害の話が出たような記憶はあるが,はっきりとはわ
からない。」などと供述している。検察官は,E1は,公判廷におい
て,被告人B1及び同C1に対する好意的な感情を顕わにし,両名の弁
護人からの質問に対して迎合的で,両名をかばう供述態度であるとし
て,E1の公判供述中,被告人B1及び同C1の刑事責任に係る部分に
ついては,信用性が乏しいと主張する。確かに,E1の公判供述の一部
に,被告人B1及び同C1の弁護人に迎合するかのような部分があるこ
とは否定できないものの,E1は,例えば,9月22日の事故後,被告
人C1が同A1とE1を病院に見舞った際,被告人C1がその場を離れ
たか否か,その後,この事故について,E1がわざと起こした事故であ
ると被告人C1に話したか否かという事項に関しては,弁護人の誘導に
もかかわらず,同被告人に不利益となりうる内容を供述しているのであ
って,こうした事情に照らすと,被告人B1及び同C1の刑事責任に係
るE1の公判供述が一概に信用性に乏しいとはいえない。
ところで,U1社の事務員であるX2やY2は,被告人A1が,E1
をU1社に対する借金やB2社の資金繰りの件で責めるのは聞いたと供
述する一方で,被告人A1がE1にD1殺害を指示する言葉を聞いたと
の供述はしていない。また,被告人A1が,常日ごろ,抽象的な物言い
をし,具体的な,あるいははっきりとした言い方をしないことは,E
1,被告人B1及び同C1が一致して供述しているだけでなく,被告人
A1も自認しているところであって,こうした被告人A1の物言いに照
らすと,被告人C1の面前で,「マダムヤンを殺せ。」などと指示する
とは考え難い上,そもそも他の従業員に聞こえるような声であからさま
に殺人の指示をすることは考え難いことなどに照らせば,被告人C1の
前記自白は,信用することができない。
イ 被告人B1及び同C1が,E1から9月22日の事故は故意に発生さ
せ    たことを聞いたか
(ア) E1は,公判廷で,「事故を起こした翌日か翌々日,C1に対
し,D1のシートベルトを外そうとしたができなかったなどと,9月
22日の事故はわざと起こしたものであることを話した」旨供述して
いる。 
しかし,他方,E1は,これを被告人C1に話した時期や場所,そ
の際の被告人C1の反応等は記憶にない,とも供述しており,その供
述が具体性に乏しく,曖昧であることを指摘しなければならない。ま
た,事故の翌日ないし翌々日は,E1は事故による怪我のため入院中
であったから,E1が被告人C1にこのような告白をする機会があっ
たのか疑問が残るし,その後のことであるとすれば,E1自身,公判
廷において,同月27日にb町で事故を起こしたころからの記憶がは
っきりしないことを自認しているのであるから,その信用性は乏しい
といわなければならない。
したがって,E1の前記供述は,これをそのまま信用することはで
きない。
(イ)被告人B1及び同C1の捜査段階における供述中には,「(b
町で事故を起こしたE1がU1社の事務所に戻った際)E1から,b
町の事故がわざと起こしたものであることを聞いた後,22日の事故
についても,D1のシートベルトをはずそうと思ったが,はずせなか
った,と聞いた。それで,E1がA1の指示でD1を殺すためにわざ
と衝突したことを確信した」旨の部分がある。
しかし,被告人B1及び同C1が,E1本人の口から,22日の事
故が,E1がD1を殺害するためにわざと起こしたものと告白された
のであれば,それがその際初めて知ったことであれ,前から予想して
いたものであったことであれ,問題の重大性に照らせば,被告人A1
やE1の企てに対する感想や,加害者である被告人A1やE1,被害
者であるD1に対する思いなどを抱くのが自然であると考えられるの
に,捜査段階における供述には,この点に関する記載がないなど,具
体性,迫真性に欠けるといわなければならない。
したがって,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述をその
まま信用することはできない。
(2)被告人B1及び同C1が,11月27日夜,被告人A1がE1に対し
て,ハサミのことを指して「こんなもんで人をやれないべや。」と言うの
を聞いたか
ア E1は,捜査段階においては,「11月27日夜,A1に『今日はで
きなかった。』などと話した後,同人にその日買ったハサミを見せた記
憶はないものの,同人が,自分,B1及びC1に対して,『こんなハサ
ミで人なんかやれるわけないべや。』と言った記憶がある。」などと供
述している。
前記説示のとおり,E1の供述中,E1が,11月27日夜,被告人
A1から「こんなハサミで人はやれない。」などと言われたことは十分
信用できる。ところで,E1は,公判廷では,「A1から『こんなもん
で人をやれないべや。』と言われた際,B1とC1がどこにいたのかは
記憶にない。」などと,被告人B1及び同C1が,その場にいたことに
ついては曖昧な供述をするに至っているが,その理由として,当時,被
告人B1と同C1の行動については関心がなかったからであると供述し
ている。E1は,当時,D1を殺害したくないという思いと,被告人A
1の恩義に報いるために殺害しなければならないとの思いの間で深く思
い悩んでいた状態にあったのであるから,被告人B1らの行動に関心を
持つ心理的な余裕がなかったというのも,一面で合理性を有すると考え
られる。このようにE1の供述が変遷している上,前記認定のとおり,
被告人A1は,同月26日にE1を北海道に呼び戻す際,自ら函館まで
迎えに行って,E1と2人だけになる場面を敢えて作った上で,同人に
D1殺害を指示しているのであって,このような被告人A1の行動に照
らすと,同被告人は,E1以外の人間にはD1殺害の意図をできるだけ
知られないように配慮していることが窺われるところ,このような被告
人A1が,それまで自らの意図を打ち明けていなかった被告人B1及び
同C1の面前で,突然,前記のように殺人の意図が明確に分かるような
発言をしたというのは,それまでの被告人A1の行動と整合せず,不自
然というべきである。また,後記のとおり,被告人A1は,その直後,
被告人B1及び同C1に対し,「言うな,聞くな,手足になってや
れ。」などと,両名にはD1殺害の意図を秘匿する趣旨の発言をしてい
ることが認められるが,被告人A1が,「こんなハサミで人はやれな
い。」などと,被告人B1及び同C1に殺人の意図が明確にわかるよう
な発言をした後,「言うな,聞くな,手足になってやれ。」などと,そ
の意図を秘匿する発言をしたというのも不自然というほかない。
したがって,被告人A1が,被告人B1及び同C1の面前で「こんな
ハサミで人なんかやれるわけないべや。」と話したとのE1の捜査段階
の供述は,そのまま信用することができない。
なお,被告人B1及び同C1が,その場にいなくとも,Q2マンショ
ンの居室内にいたのであるから,被告人A1のE1に対する前記発言を
耳にした可能性があることは否定できないものの,他方,被告人A1
は,被告人B1及び同C1には,D1殺害の目的を秘匿する態度に出て
いたのであるから,両名に聞こえるような声で話したことは想定し難い
ばかりでなく,このような一連の会話は,当日の飲酒の途中というより
も,始まる前になされると考えるのが自然であるところ,被告人B1及
び同C1は,当初台所で飲酒の準備を行っていたのであるから,被告人
A1の話を聞かなかったとしても,不自然とはいえない。
イ 被告人B1及び同C1の捜査段階における供述中には,「11月27
日夜,A1がE1に『こったらハサミで人が刺し殺せるわけねーべや。
家の周りに灯油を撒いて火つければいいべや。病院の行き帰りを狙えば
いい。』などと指示しているのを聞いた」旨「A1がE1に『こいつハ
サミでやるつもりだった。そんなもんでできんべや。』『もっとちゃん
としたものを用意しろ。』『やっぱり火をつけれ。』『おばあちゃんが
いないときに刺せば簡単だ。一人のときがある。D1は病院に通ってい
る。病院の行き帰りを狙えばいい。』などと話しているのを聞いた」旨
の部分がある。
しかし,前記説示のとおり,被告人A1のそれまでやその後の言動等
に照らすと,同被告人が,被告人B1及び同C1にはっきりと分かる形
で,E1に対し殺人を指示するとは考え難く,ことに「D1」という名
前をはっきり出すとは到底考え難いから,被告人B1及び同C1の前記
自白は不合理というべきである。また,その際,被告人A1が,「火を
つければいい。」「病院の行き帰りを狙えばいい。」などと話したこと
については,E1が公判廷で明確に否定している上,捜査段階において
も記憶がないと供述しているのであって,その信用性に多大な疑問があ
る。
以上のとおり,被告人B1及び同C1の捜査段階の前記自白は,信用
することができない。
(3)被告人B1及び同C1が,27日夜,被告人A1から「言うな,聞く
な,手足になってやれ。」と指示を受けたか
    E1は,公判廷で,「A1は,27日夜,被告人B1と同C1に対し,
自分の買い物につき合うように指示した際,『言うな,聞くな,手足にな
ってやれ。』と言っていた。」と供述するところ,E1供述は,弁護人ら
の反対尋問にも全く動揺していない上,被告人A1の特徴的な物言いを供
述するもので,具体性,迫真性を有しているばかりでなく,常日ごろ,抽
象的な言い方をするとの被告人A1の言動にも符合するから,十分信用す
ることができる。
(4)被告人B1及び同C1が,28日夜,被告人A1がE1に「腹刺したっ
て人間死なんぞ。」と言うのを聞いたか
E1の捜査段階における供述中には,「(28日夜,A1がP2マンシ
ョンに来た際)A1に『今日はやれなかった。』と言いながらT2店で買
ったナイフを見せると,同人から『腹刺したって人間死なんぞ。そんなに
時間かけてられないぞ。』などと言われたが,その際,B1とC1は,自
分の左側に座っていたから,自分がナイフを持っていることは十分分かっ
たはずである」旨の部分がある。しかし,E1は,公判廷においては,そ
の際,被告人B1及び同C1が,その場にいたかはっきりせず,被告人A
1だけがいた可能性もある旨供述している。当時,E1が,被告人B1及
び同C1の言動に関心を示していなかったことに照らすと,E1の公判供
述を一概に信用できないとはいえない。また,前記説示のとおり,被告人
A1が,被告人B1及び同C1にはっきりと分かる形で,E1に対し殺人
を指示するとは考え難いことに加え,前記認定のとおり,被告人C1が,
ナイフの刃の部分に地図が巻きつけてあるのを認め,これを取り上げたの
は,翌29日の未明に同被告人らがファミリーレストランから帰ってきた
後のことであるところ,仮に28日夜にこのような出来事があれば,その
段階で被告人C1は,地図がナイフの刃に巻きつけられていることを認識
したはずであって,E1の捜査段階における前記供述は関係証拠との整合
性を欠いている。
こうした事情を勘案すると,E1の捜査段階における前記供述は信用で
きない。
(5)被告人B1及び同C1が,29日未明,E1が被告人A1に「明日やり
ますから。」などと言うのを聞いたか
E1は,捜査及び公判を通じて,「29日未明,A1から,家族に危害
を加えると脅されるなどしながら,D1殺害を迫られた際,『分かりまし
た。明日やりますから。』などと答えた」旨供述している。また,被告人
B1及び同C1の捜査段階における供述中にも,これに沿う部分がある。
しかし,前記説示のとおり,O2,被告人B1及び同C1は,いずれ
も,29日未明,被告人A1から責め立てられていた際,E1が,「勘弁
してください。明日まで待ってください。」などと言ったことは認めるも
のの,「明日やりますから。」などという言葉はなかった旨供述してい
る。他方,E1は,当時心身ともに相当疲弊した状態にあったもので,同
人の公判供述は,「被告人A1からD1を殺害するように責め立てられ
た」旨の,その枢要部分の信用性は高いものの,被告人B1及び同C1に
関する部分については,記憶の曖昧な点が多々認められるほか,E1の捜
査段階における供述についても,同供述では,その際,被告人B1及び同
C1は,その場にいたものの,O2は,寝室にいたとされているが,前記
認定のとおり,その場にはO2もいたのであって,E1の捜査段階の供述
には,その際の状況に関し,関係証拠との整合性を欠く部分も存してい
る。そうすると,E1供述は,O2らが供述するとおり,「勘弁してくだ
さい。明日まで待ってください。」などと答えたとの限度では信用できる
ものの,「明日やりますから。」と答えたとの部分は,そのまま採用する
ことができない。
また,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述は,いずれもE1
が被告人A1に対し,「分かりました。やりますから。」などと言うのを
聞き,E1がD1を殺害しようとしていることを理解した,というもので
あるが,被告人B1及び同C1は,被告人A1がD1の殺害を激しく迫
り,E1がこれをやむなく応諾するという緊迫した場面を目撃しているの
であるから,それなりに被告人A1やE1に対する思いや感想を抱くのが
自然であると考えられるのに,被告人B1及び同C1の捜査段階における
供述中には,これに関する記載が全くなく,迫真性に欠けるといわなけれ
ばならない。
以上のとおり,前記した部分に係るE1供述や,被告人B1及び同C1
の捜査段階における供述は,いずれも信用することができない。
3 前記認定の各事実から推認できる事実
(1)被告人C1らが本件犯行に関与する動機の存在
前記認定の事実によれば,被告人C1は,貸金の返済をめぐるやり取り
等からD1に不快感を募らせていたほか,B2社が倒産した場合,その職
を失うとともに,B2社に対する380万円の貸金の返済を受けられなく
なることから,その倒産を避けなければならないとの気持ちを抱いていた
ものと推認することができる。
他方,被告人B1は,被告人A1を恐れるとともに,被告人C1と親密
な関係にあったもので,同被告人から嫌われたくないとの気持ちを抱いて
いたものといえる。
(2)9月22日の事故に対する認識
ア 前記認定のとおり,被告人C1は,9月22日,E1が自動車事故を
起こしたとの連絡を受けた際,「あいつ本当にやっちゃった。」あるい
は「あいつ本当にやりやがった。」などという言葉を発したほか,被告
人B1から「この事故わざとかな。」などと聞かれた際にも,黙ってい
たものであって,これは,あたかも被告人C1が事故を予見していたこ
とを窺わせる事実ともいえる。
ところで,被告人C1は,その発言の趣旨について,公判廷では,
「当時,E1がA1から責め立てられて,ノイローゼのような状態にな
っていたので,事故でも起こすのではないかと心配していたところ,心
配が的中したため,『あいつ本当にやっちゃった。』と言ったものであ
る。」などと弁解している。当時,E1が,被告人A1から責め立てら
れて,精神的に相当追いつめられた状態に陥っていたことは前記認定の
とおりであるところ,被告人C1は,事故の連絡を受け,被告人A1に
電話しようとした際,うまく番号を押せないほど動揺していたこと,E
1の運転していた車両は,D1が乗車していた助手席側よりも,運転席
側の方が損壊の程度が大きかったことなどに照らすと,被告人C1の前
記弁解を一概に排斥することはできない。
そうすると,被告人C1の前記発言等から,直ちに同被告人が事故を
予見していたと推認することは相当でない。
イ しかし,前記認定のとおり,E1は,事故で入院するほどの怪我を負
ったのに3日後には退院して職場に復帰し,そのわずか3日後にはb町
で自損事故を起こしたこと,被告人B1及び同C1は,当日,E1か
ら,この事故は故意に起こした事故で,その後山の中に潜伏するつもり
であったなどと告白されたこと,その直後,被告人A1が,海難事故を
偽装してE1を失踪させることを提案したことから,被告人B1及び同
C1においては,同A1がE1を失踪させる目的が,同人に掛けられた
生命保険金を取得することにあると認識したものであって,これらの事
実を総合すれば,被告人B1及び同C1は,E1の失踪に協力した時点
においては,b町の事故も,被告人A1がE1の生命保険金を取得する
ために,E1に命じて起こさせた事故であることを認識するとともに,
9月22日の事故から偽装海難事故までわずか1週間のうちの出来事で
あることや,22日の事故直後,被告人B1から事故の報告を受けた同
A1が,格別驚いた様子をしていなかったことなどから,22日の事故
についても,被告人A1が,生命保険金を取得する目的で,E1に命じ
て故意に起こさせた事故であるとの可能性に思い至ったと認めることが
できる。さらに,22日の事故では,D1が同乗しており,被告人B1
及び同C1は,D1に1億5000万円の生命保険金が掛けられている
ことを知っていたのである(関係証拠上明白である。)から,22日の
事故は,被告人A1が,E1の生命保険金だけではなく,あわよくばD
1の生命保険金の取得をも目論み,E1に命じて,D1を道連れに発生
させた事故であるとの可能性にも思い至ったと認められる。
もっとも,b町の事故と偽装海難事故後の失踪は,いずれもE1の生
命保険金の取得を目的としたものであるほか,22日の事故では,E1
の運転していた車両が,D1が乗車していた助手席側よりも,運転席側
の方が損壊の程度が大きかったことなどに照らすと,これら一連の出来
事は,E1の生命保険金取得が主たる目的で,D1の生命保険金取得は
副次的なものであるように理解できるから,被告人B1及び同C1が,
同A1が,D1殺害を企図しているとの認識を抱いたとまで推認するこ
とは相当でない。
(3)被告人A1がE1を北海道に呼び戻した目的に関する認識
前記認定のとおり,被告人B1及び同C1は,被告人A1が,11月中
旬ころ,北海道に帰りたいとの願いを抱いていたE1に対し,貸金の返済
を迫るなどして,一旦はこれを断念させながら,同月20日,D1から,
「警察が,E1の失踪にB1とC1が関与しているのではないかと疑って
いる。」と聞き,これを翌日被告人A1に伝えたところ,その後間もない
24日には,被告人A1からE1を函館まで呼び戻すよう指示を受けたの
であって,こうした一連の経過に照らせば,被告人B1及び同C1は,同
A1がE1を函館まで戻すように指示した時点で,E1を大阪に潜伏さ
せ,その生命保険金を取得するという,被告人A1の計画が変更になる可
能性があると認識したと認められる。もっとも,これに加えて,前記(2)
の事情を勘案しても,被告人B1及び同C1が,被告人A1の計画が変更
になる可能性があると認識したことから,直ちに被告人A1がD1殺害を
企てていると認識するに至ったとまでは認めることはできない。
(4)27日ないし29日未明における被告人A1あるいはE1の目的に関す
る認識
ア 被告人B1及び同C1が,11月27日夜及び翌28日午前中,被告
人A1から,「E1を買い物に連れて行ってやれ。E1が降りたいと言
ったところで降ろしてやれ。」あるいは「言うな,聞くな,手足になっ
てやれ。」などと指示を受けていたことから,28日午後3時ころ,被
告人C1が運転する車で,E1をT2店に連れて行って買い物をさせた
後,同人に言われるまま,D1宅すぐ近くのコンビニエンスストア付近
まで走行し,そこでE1を車から降ろしたことは前記認定のとおりであ
る。
前記コンビニエンスストアは,D1宅のすぐ近くであること,被告人
B1は,同月20日に車を運転してD1宅に行き,28日には被告人C
1を道案内するなど,同コンビニエンスストア付近に土地勘を有するこ
と,被告人C1は,同月20日に被告人B1をD1宅まで案内するな
ど,やはり同所付近に土地勘を有することなどに照らせば,被告人B1
及び同C1は,E1を車から降ろした際,そこがD1宅の近くであるこ
とを理解し,E1がD1宅を訪れるために降車したことを認識したと認
められる。また,被告人B1及び同C1は,被告人A1から「E1が降
りたいと言ったところで降ろしてやれ。」などと指示を受けていたので
あるから,E1がD1宅を訪れるのは,被告人A1の指示によるものと
認識したと認めるのが相当である。
イ 前記認定のとおり,被告人C1は,29日未明,被告人A1が持ち出
したペティナイフの刃の部分に,前日E1にあげた地図が巻きつけられ
ているのを認めるや,「それ私の地図。」などと驚いた声をあげなが
ら,危険も顧みず,被告人A1からペティナイフを奪い取るなどしたも
のであって,このような被告人C1の過剰な反応に照らせば,同被告人
は,ペティナイフが何らかの犯罪に使用される可能性のあることを認識
したと認めるのが相当である。加えて,被告人C1は,E1が,地図を
もらった後,D1宅を訪れようとしたことも認識していたのであるか
ら,29日未明,ペティナイフを見た時点において,E1が,ペティナ
イフを持ってD1宅に向かったことに思い至るとともに,失踪中である
E1がペティナイフを持ってD1宅に向かう合理的な理由がない以上,
E1が,D1殺害を企図しているのではないかとの可能性に思い至った
と認めるのが相当である。そして,被告人C1は,9月22日以降の一
連の出来事が被告人A1の主導により行われていることや,同被告人が
ペティナイフを持ち出す前に,E1を責め立てているのを現認している
のであるから,E1が,被告人A1の指示の下に行動していること,被
告人A1の目的がD1に掛けられた生命保険金の取得にあることに思い
至ったと認められる。
しかし,他方,被告人C1が,同A1を思いつきで行動する人間だと
考えていたことや,かつてE1から,被告人A1にB3建設のC3社長
殺害を指示されたものの,できなかったと聞いていたこと,前記認定の
とおり,被告人A1から,E1を北海道に戻す際,ドライアイスで同人
を殺害するとか,その後もE1を睡眠薬で眠らせて戸外に放置し,自然
死させるなどと聞かされたことがあったほか,9月22日以降の連続し
た事故は,いずれも自動車を使用したもので,刃物等の凶器を使用した
ものではないこと,E1は,28日にD1宅付近にまで赴きながら,結
局はD1殺害には及んでいないことなどの事情を総合すると,被告人C
1は,E1がD1殺害を企てているのではないかとの可能性に思い至っ
たとしても,事態を楽観視して,そのおそれはそれほど大きくはないと
考えた可能性も否定することはできない。
ウ 他方,被告人B1は,被告人C1の前記発言を聞いて,ペティナイフ
に巻きつけられているのが同被告人の地図であることを理解したと認め
られる。しかし,そのことから,E1がD1殺害を企図しているのでは
ないかとの可能性に思い至るには,前記説示のとおり,それまでに生起
したいくつかの出来事を有機的に関連づけなければならないところ,被
告人B1が,同C1の発言を聞いても,それに対し何らの反応も示して
いないことや,その直後,被告人A1が,E1に「B1を刺せ。」と言
ったことから,E1に刺されるのではないかとの恐慌状態に陥り,冷静
に考える心理的な余裕のない状況にあったことに照らすと,E1のD1
殺害の意図を認識するまでには至らなかった可能性を否定できないし,
少なくとも,その時点で,E1が29日にD1を殺害しようとしている
ことを認識したと認めるには合理的な疑いが残る。
(5)ア 以上(1)ないし(4)で認定説示したことを総合すると,被告人C1
は,11月29日未明,ペティナイフを見た時点において,その可能性
は大きくはないものの,E1が,被告人A1の指示の下に,D1の生命
保険金を取得する目的で,同女を殺害しようとしているのではないかと
の可能性に思い至ったことが認められる。そして,関係証拠によれば,
その後,同被告人は,被告人A1はおろかE1に対しても,D1殺害を
思いとどまるよう説得等を全く行っていないことが認められるから,同
被告人は,前記時点より早い段階,例えば,E1をT2店に連れて行く
際には,D1殺害の可能性を認識していたのではないかとの疑念が一応
生じる。
    しかし,他方,被告人C1が,29日未明より早い段階で,被告人A1
らのD1殺害の企図を察していなかったことを窺わせる次のような事情
があることを指摘することができ,これらを総合勘案すると,被告人C
1が,29日未明より早い段階で,被告人A1らのD1殺害の企図を察
していたとするにはなお合理的な疑いが残るというべきである。
(ア)被告人C1が,本件に関与する動機の中には,B2社に対する3
80万円の貸金の回収を図るというものがあるが,これらの貸金の回
収について,被告人C1が同A1と話し合ったような形跡は全くな
い。
また,被告人C1は,本件当時,2人の子供と被告人B1ととも
に,それなりに幸福な生活を送っていたと認められるところ,本件犯
行に関与したことが発覚した場合,長期間の身柄拘束のほか,報道等
により,子供たちにも多大な不利益を与えるおそれがあるなどのリス
クが想定されるのに,これらについて,被告人C1が思いをめぐらし
た形跡もない。
(イ)関係証拠によれば,被告人C1は,E1が北海道に戻った後も,
11月27日夜,被告人A1から指示されてQ2マンションでの飲酒
の準備をした際,被告人A1にねだって乾杯用の高級シャンパンを用
意したり,翌28日には,引っ越しの準備を手伝ってくれたX2らを
昼食に誘い,E1をT2店に連れて行った際にも,車中で音楽CDを
聴き,同店で朝食用のパンを購入したりしていることが認められる。
これら27日から28日の被告人C1の行動は,これから殺人とい
う重大犯罪に関与しようとしている者として,余りに深刻さに欠ける
といわなければならない。
(ウ)前記認定のとおり,被告人C1は,本件当時,被告人B1と親密
な関係になっていたのであるから,殺人という重大犯罪に関与し,自
らの人生にも多大な影響を与えかねない局面においては,当然そのこ
との是非等について,同被告人と話し合うのが自然であると考えられ
るのに,両名がこの点について話し合った形跡は全くない。
イ被告人B1については,同被告人が,29日未明の段階において,E
1のD1殺害の意図を認識したとまで認めることはできないし,同日
朝,被告人A1から指示されるまま,E1に覚せい剤を注射した際にお
いても,それがD1殺害に資するものであると認識していたとするには
合理的な疑いが残る。
4 被告人B1及び同C1の捜査段階における自白の信用性
(1)被告人B1及び同C1は,捜査段階において,「A1がE1を北海道に
連れ戻す目的が,生命保険金を取得するために,E1にD1を殺害させる
ためであると思った。」「(11月27日午後8時ころ)E1がD1の家
の方から歩いてきているのを見て,もしかしたらD1を殺して帰ってきた
のかもしれないと思った。」「27日夜,A1がE1を自然死させると言
い出したとき,A1は,保険金をとるために,E1にD1を殺させる方法
と,E1を殺す方法の2つを考えていると思った。」「28日にE1をT
2店に連れて行く際,同人がD1殺害のための凶器を買うつもりであるこ
とが分かっていた。」「(29日未明のA1とE1のやり取りを目撃し
て)A1が,E1にD1を殺害させるために追い込んでいると思った。」
「(A1がE1にペティナイフを示して『これで刺せ』などと言って迫っ
た際)A1が,E1にD1を殺させるために,とどめの意味できつく追い
込んでいると思った。E1が自宅に帰らないと言ったことから,本気でD
1を殺害するつもりだと思った。」「(29日朝)E1に覚せい剤を打っ
たらD1を殺害するために覚せい剤を打ったことになると思った。」「A
1が保険金目的でE1を指示してD1を殺害させようとしていると分かっ
ていたが,A1の言いなりになって犯行に協力した。」「(27日D3社
に行く際)A1が『E1に行かせるから。』などと言ったことから,A1
が,E1に指示して,D3社から戻ってくるD1をどこかで待ち伏せ,殺
害させるのだと分かった。」「(28日朝,A1からE1を買い物に連れ
て行くように指示された際)前日の夜の話から,E1がD1殺しに使う刃
物を買いに行くのだと分かり,事件に巻き込まれたくないと思い,一旦は
断ったが,A1に押し切られた。」「E1は,ジャンパーと長靴を買いた
いと話していたが,犯行に使う刃物を買うつもりだと分かっていた。」
「E1が『D1さんちのS2店のところの公園で降ろして。』と言うの
で,E1がこれからD1を殺しに行くと思った。事件に巻き込まれて逮捕
されたくないとの気持ちで一杯になった。」「(29日未明のA1とE1
のやり取りを目撃して)A1は,E1に具体的に何かやれとは言わなかっ
たが,それまでの経緯から,D1殺害を実行しなければ,家族に危害を加
えるとして,犯行を迫っていることが明らかだった。」「ペティナイフに
地図が巻かれているのに気づき,これが証拠になって逮捕されると感じ
た。」などと,それぞれ被告人A1の意図を知りながら,E1が凶器であ
るペティナイフを購入した際に,同人をT2店に連れて行ったり,その後
E1をD1宅付近まで連れて行ったりしたことや,被告人B1が,痛み止
めのためにE1に覚せい剤を注射したことを認める供述をしている。
  (2)被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,一見すると,検察官
が指摘するとおり,被告人A1とE1のやりとりを中心とした各人の言
動,被告人B1が同A1とE1の意図を知るに至った経緯等について,具
体的かつ詳細であるとともに,その内容が相互に符合し,前記E1供述と
も整合する点が多い上,任意捜査の段階からD1殺害に協力したことを自
認していることから,その信用性が高いかのようにも見受けられる。しか
し,これを子細に検討すると,以下のとおり,その信用性を疑わせる事情
が存在する。
ア 自白の根幹部分に関係証拠との整合性を欠く部分や,不自然,不合理な
 部分が存すること
被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,同被告人らが,被
告人A1やE1の言動等から,被告人A1らの意図を推測して,被告人
A1及びE1のD1殺害の意図を認識するに至り,自らも犯行に関与す
ることを決意するという過程をたどっているが,被告人B1らが,同A
1及びE1のD1殺害の意図を知る契機となった同被告人らの言動につ
いて,これが客観的な証拠や動かし難い事実によって裏付けられていな
いことを始めに指摘しなければならない。また,前記説示のとおり,9
月22日の事故前に,「A1がE1に『マダムヤンを何とかすれ。マダ
ムヤンを殺せ。事故というのはいつ起きるか分からない。ドーンとやっ
ちゃえばすぐだ。ゴンとぶつかったら簡単だ。』などと指示しているの
を聞いた」「A1が大声で怒鳴り散らしていたので,その声が事務所に
いる者の耳に自然と入ってきました」旨の部分(被告人C1)や,11
月27日夜,「A1がE1に『こったらハサミで人が刺し殺せるわけね
ーべや。家の周りに灯油を撒いて火つければいいべや。病院の行き帰り
を狙えばいい。』などと指示しているのを聞いた」(被告人B1)「A
1がE1に『こいつハサミでやるつもりだった。そんなもんでできんべ
や。』『もっとちゃんとしたものを用意しろ。』『やっぱり火をつけ
れ。』『おばあちゃんがいないときに刺せば簡単だ。一人のときがあ
る。D1は病院に通っている。病院の行き帰りを狙えばいい。』などと
話しているのを聞いた」(被告人C1)旨の部分は,それまでの被告人
A1の言動や物言い等に照らして,不合理であるといわなければならな
い。
そのほか,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白には,以下
のような不合理な点が存在する。
(ア)被告人B1及び同C1の捜査段階における自白を前提とすれば,
被告人A1も,被告人B1及び同C1がD1殺害の意図を知っている
と理解していたことになる。しかし,前記認定のとおり,被告人A1
は,本件犯行後,同B1及びC1に対し,「俺は余計なことするなっ
て言ったんだ。」などと,被告人B1及び同C1がD1殺害の意図を
知らないことを前提にした発言をしているが,被告人A1が,同B1
及び同C1に対し,敢えてこのような話をしなければならない理由を
見いだし難いことに照らすと,この事実は,被告人B1及び同C1の
前記自白と整合を欠くというべきである。
(イ)被告人B1及び同C1の捜査段階における自白には,11月27
日,車中から,E1が歩いているのを認めた際,「P2マンションの
方からではなく,D1の家の方角から歩いてきたから,もしかした
ら,E1はD1を殺して帰ってきたのかもしれないと思った」(被告
人B1)「免許センターの所でE1を見つけ,E1がD1の家の付近
から戻ってくるところだと思った」(被告人C1)などという部分が
あるが,Q2マンションに向かう途中のE1を認めたことから,直ち
にD1の家からの帰りだと判断するのは,余りに飛躍があるといわな
ければならない。
(ウ)被告人B1の自白中には,28日にE1をT2店に連れて行く
際,「E1が長靴とジャンパーが欲しいと言ってきたが,長靴とジャ
ンパーならA1の物を使えばよいから,買い物の目的はD1殺害のた
めのナイフなどであると考えた」旨の部分があるが,長靴やジャンパ
ーは人によってサイズが異なる上(自白の中では,被告人A1とE1
のサイズが同じであるとは供述されていないし,本件証拠上サイズが
同じであることを認めるに足りる証拠はない。),当時E1は,夏用
の短靴と薄手のジャンパーしか持っていなかったのであるから,これ
らを買い求めたいと考えることはごく自然であることなどに照らす
と,前記自白は,不自然といわなければならない。
また,被告人B1の自白には,E1が,T2店で買い物をした後の
車中で,被告人C1に地図をもらおうとした目的について,「地図で
場所を確認する必要がないから,T2店で買った包丁やナイフをくる
むか何かしていると思った。」との部分があるが,購入したばかりの
刃物はケースに包まれているのが通常で,当時,被告人B1は,E1
がペティナイフのケースを捨てたことを知らなかったのであるから,
不自然というほかない。
(エ)被告人C1の自白には,27日D3社に行く際,「A1が『E1
に行かせるから。』などと言ったことから,A1が,E1に指示し
て,D3社から戻ってくるD1をどこかで待ち伏せ,殺害させるのだ
と分かった」旨の部分があるが,本件証拠上,被告人A1が,E1に
対し,自ら又は被告人C1らを介して,D3社に向かうように指示し
たことを窺わせる証拠は全くないから,被告人C1の前記自白は不合
理というべきである。
イ 被告人B1及び同C1の心理状態に関する供述に迫真性がないこと
被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,被告人A1及びE
1のD1殺害の意図を認識しながら,これに協力するに至った心理過程
に関し迫真性に欠けるといわなければならない。
すなわち,被告人B1及び同C1は,ごく普通の社会生活を送ってい
たもので,目的のためには,殺人さえいとわないような冷徹な性格の持
ち主であるとは考え難いところ(なお,被告人B1及び同C1は,被告
人A1がE1を殺害する旨の話を聞きながら,同人に北海道に戻るよう
にとの被告人A1の指示を伝えているが,その方法は,いわば現実離れ
したものであったし,11月27日夜,被告人A1から指示されるま
ま,E1の飲物に睡眠剤を入れたものであるが,その量は同被告人から
指示された量より遙かに少なく,その後E1殺害のための実行行為に及
ぼうとした形跡はない。),このような人間にとって,殺人という重大
犯罪に関与することは,心理的に極めて強い抵抗を感じるとともに,関
与が発覚した場合,自身だけではなく,家族が,社会的,経済的に多大
な不利益を受けることは容易に推測できることに照らせば,関与するこ
とを決意するまでには,種々の利益,不利益を総合的に考慮し,逡巡し
たり,思い悩むのが通常であると考えられる。しかし,被告人B1及び
同C1の捜査段階における自白は,被告人A1の意図を理解し,これに
協力した過程については詳細に供述されているものの,犯行に協力すべ
きか否か逡巡したり思い悩んだりしたことや,それにもかかわらず最終
的には協力することを決意するに至った心理的な過程が全くといってい
いほど供述されておらず,いわば傍観者のような態度で,冷静かつ淡々
と犯行への協力を決意しているのであって,殺人という重大犯罪に協力
する人間の心理経過としては余りに迫真性に欠けるといわなければなら
ない。また,被告人B1及び同C1は,平成12年11月初旬ころから
は親密な関係にあったものであるから,被告人A1らのD1殺害の意図
を認識し,これへの協力を求められていたのであれば,今後の生活にと
って大きな障害となる殺人という犯罪行為に協力すべきか,もし殺人へ
の関与が捜査機関に発覚して逮捕された場合,被告人C1の2人の子供
はどうなるのかなどについて,当然2人の間で会話がなされているはず
であると考えられるのに,被告人B1及び同C1の自白には,これらの
ことに関する会話が全く述べられていない。
例えば,被告人B1及び同C1の捜査段階の自白は,被告人A1か
ら,11月24日にE1を函館まで戻すように指示された時点で,同被
告人がE1を連れ戻す本当の目的が,E1にD1を殺害させるためだと
認識したとされているが,それにもかかわらず,被告人A1の指示を受
けて,E1への連絡を実行するに至った心理的過程は全く示されていな
い。また,被告人A1から,28日午前中にE1を買い物に連れて行く
よう指示された際に,同被告人が,E1にD1殺害に使用するためのナ
イフ等の凶器を購入させようとしているのだと認識したとされている
が,それにもかかわらず,被告人A1の指示に従った理由として,被告
人B1については,「C1が『わかりました。』と答えたから,C1に
捨てられるのは絶対いやだと思って指示に従うことにした。」と一応の
理由らしいものが示されているものの,被告人C1に関しては,「A1
に押し切られた。」と供述するだけで,協力を決意するに至った心理過
程が全く示されていない上,その後,この点について,両被告人が話を
したことを窺わせる供述はまったくなされていない。さらに,被告人B
1及び同C1の捜査段階の自白では,E1から,ペティナイフを購入
後,f地区のS2店で降ろしてくれと言われた時点で,E1が,D1を
殺害しに行くのだと認識したとされているが,その際の心情として,被
告人C1が「E1がこれからD1を殺しに行くのかと思い,……頭の中
は事件に巻き込まれて逮捕されたくないという気持ちで一杯であった」
旨供述していることを除いて,両被告人とも,E1に協力した際の心理
過程を全く供述していない。このほか,被告人B1及び同C1の捜査段
階の自白は,29日未明,被告人A1が,E1をD1殺害に仕向けるた
めに,同人を責め立て,追い込んでいる状況を目撃しながら,その際の
自らの心情等について供述されていないばかりでなく,被告人B1につ
いては,29日朝,被告人A1から,E1に覚せい剤を注射するように
指示された際,E1のD1殺害に協力することになると認識しながら,
注射した理由について,「今更断れなかった。」などと供述するだけ
で,その際の心情や心理的な葛藤については全く触れられていない。
このように,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白には,殺
人に協力する人間の心理経過として余りに迫真性が欠けるといわなけれ
ばならない。
ウ 被告人B1及び同C1の供述経緯には取調官の誘導を疑わせる事情が
あること
被告人B1の捜査段階における供述を通観すると,逮捕前の任意捜査
の段階で,「本件犯行は,A1が,D1に掛けられた生命保険金を取得
する目的で,E1に指示して起こしたもので,11月28日,E1から
『D1さんちのS2店のところで降ろしてくれ。』と言われた際に,E
1がD1を殺害するつもりであると直感した。E1がD1を狙っている
ことを知ったのは,このときが初めてである。」と本件犯行への関与を
認めていたが,逮捕後の警察官による弁解録取の段階で,「D1を殺し
て保険金を受け取ろうとしていたことは知らなかった。」などと,犯行
への関与を否認する供述に至った後,再び「E1をS2店で降ろしたと
きにD1を殺害するつもりであることが分かった」旨逮捕前の供述に戻
った上,その後「A1が,11月24日にE1を北海道に戻した目的の
1つに,E1にD1を殺させることがあることは分かっていた。」「2
8日にE1をT2店に連れて行く際,同人がD1殺害のための凶器を買
うつもりであることが分かっていた。」などと,被告人A1らの意図に
気づいた時点を遡らせる供述に変更している。また,被告人C1の捜査
段階における供述も,逮捕前の任意捜査の段階で,「本件犯行は,A1
が,D1に掛けられた生命保険金を取得する目的で,E1を脅したり,
怒鳴ったりしてE1に殺させたもので,自分もB1も被告人A1の指示
でこれを手伝った。」「11月28日,E1から『f地区のS2店のと
ころで降ろしてくれ。』と言われた際に,D1の家の近くであったこと
から,ふとE1がD1に危害を加える,殺すのではないかと不安がよぎ
った。」などと供述していたが,逮捕後の警察官による弁解録取の段階
では,「E1が本当にD1を殺すとは思わなかった」旨弁解して,その
認識を否認する供述に至った後,さらに「9月22日の事故前から,A
1が,E1に『マダムヤンを何とかしろ。マダムヤンを殺せ。』などと
指示しているのを聞いていたことなどから,9月22日の事故が故意の
ものだと分かった」「A1が,11月24日にE1を北海道に戻した目
的が,E1にD1を殺させるためだと思った。」「11月28日にE1
をT2店に連れて行く際,同人がD1殺害のための刃物を買うつもりで
あると思っていた」旨,被告人A1らの意図に気づいていたことを認め
るに至っている。
ところで,被告人B1及び同C1が,このように供述を変遷させた理
由は,「自分の処罰を免れ,C1をかばうために嘘をついてきたが,…
…本当のことを話す決意をした。」(被告人B1)とか「嘘をついてき
たのは,2人の子供のため少しでも処罰が軽くなるようにしたかったの
と,恋人であるB1のことを話さないと決めていたからである。」(被
告人C1)と抽象的に述べるにとどまり,取り分け両被告人の刑責の存
否を判断する上で重要な,被告人A1らの意図に気づいた時点に関する
供述を,前記のとおり変更するに至った具体的な理由が供述されていな
い。前記説示のとおり,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白
には,その内容がおおむね符合しているのにもかかわらず,不自然不合
理な部分や関係証拠との整合性を欠く部分が存することのほか,被告人
B1及び同C1の自白が,いずれも被告人A1らの意図に気づいた時点
について,11月28日にE1を車から降ろした時点から同月24日に
同人を北海道に戻すように指示された時点に変遷させているという供述
経緯等を併せ勘案すると,被告人B1及び同C1の自白は,捜査官から
の誘導によって得られたとの疑いを払拭することができない。
(3)以上説示したとおり,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白
は,その信用性に重大な疑いを抱かせる事情が存在するから,これをその
まま信用することはできない。
5 まとめ
以上説示したところによれば,被告人B1及び同C1は,11月28日,
E1がD1殺害に使用するペティナイフを購入する際,同人をT2店まで連
れて行き,その後E1をD1宅付近まで連れて行ったこと,被告人B1が,
同日夜及び翌29日朝の2回にわたってE1の身体の痛みを取る目的で同人
に覚せい剤を注射したことが認められるが,被告人B1及び同C1が,いず
れもこれらの行為を行った時点において,被告人A1とE1のD1殺害の意
図を認識していたと認めるにはなお合理的な疑いが残り,他にこれを認める
に足りる的確な証拠もない。
したがって,被告人B1及び同C1について,いずれもD1殺害に関し,
共同正犯あるいは幇助犯が成立することはないというべきである。
第3 結 論
以上の次第で,被告人B1及び同C1に対する本件公訴事実は,いずれも
犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により,両被告人
に対し,いずれも無罪の言渡しをすることとする。
よって,主文のとおり判決する。
(検察官森脇尚史,国選弁護人粟生猛〈主任〉,同薄木宏一《以上被告人A
1》,私選弁護人越前屋民雄〈被告人B1について主任〉,同越後雅裕〈被告人
C1について主任〉《以上被告人B1,同C1》各出席)
(求刑 被告人A1に対し無期懲役,同B1及び同C1に対し各懲役5年)
平成16年3月18日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官  小  池  勝  雅
裁判官  中  桐  圭  一
裁判官  辻     和  義

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