弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴はいずれもこれを棄却する。
         理    由
 (一) 被告人A関係
 一、 佐藤弁護人の論旨第一点について
 所論は、「原裁判所は弁護人がA被告人のために申請した唯一人の証人Bを採用
せず、その申請を却下したが、被告人のために有利な唯一人の証人申請を却下する
のは刑事被告人の憲法上の保障にも反し、憲法第三七条に違反する。」というので
ある。よつて按ずるに、刑事裁判における事実の取調は、ひとり犯罪事実の存否に
関する点のみに限らず、ひろく刑の量定に影響を及ぼすと認められる一切の事実に
ついてもこれを行わなければならないのは明白であるから、それに必要な範囲にお
いては必ず証拠調をする必要のあることは論をまたないところであるが、その反
面、いやしくも裁判所が、既に法廷にあらわれた証拠により、叙上の事実について
十分にその心証を形成することができると認める以上、さらに進んで検察官又は被
告人側の申請にかかる証拠までを取調べる必要はないというべきである。換言すれ
ば裁判所の行うべき証拠調の限度は、犯罪事実の存否ならびに刑の量定に必要と認
められる範囲に及ぶことを要し、かつそれを以て十分であると解するのを相当とす
る。
 これを本件の場合についてみると、記録を調査すると、原審第一回公判期日にお
いて、被告人Aの弁護人は、情状に関する証人としてBの喚問を申請したが、原裁
判所はこれを却下したこと、ならびに右証人は同被告人側から申請された唯一人の
証人であつたことの認められるのはまことに所論のとおりであるが、同公判期日に
検察官側から提出された各証拠によつて同被告人の刑事責任の存否及びその刑の量
定に必要な諸般の情状は十分にこれを認めることができるから、原裁判所が右と同
一の見解の下に、弁護人申請の証人B喚問の必要なしとして却下したのは違法ては
ない。弁護人は、「刑事裁判において、被告人に有利な唯一人の<要旨>証人の申請
を却下するのは憲法第三七条に違反する。」と主張するけれども、憲法第三七条第
一項及び第三項は右論旨には直接の関係がないばかりでなく、同条第二項
は、裁判所が必要と認めて尋問を許した証人について規定したものであつて、裁判
所は被告人側から申請された証人はすべてこれを取り調へなければならないという
趣旨を定めたものではないことは既に最高裁判所判例(昭和二三年六月二三日大法
廷判決。昭和二五年一二月二六日第三小法廷判決)の存するところであるところ、
その理は、被告人側から申請された証人が唯一人である場合であつてもなんらその
適用を異にするものではないと解するのを相当とするから、原裁判所が、前記のよ
うに、既に検察官提出にかかる証拠だけで十分にその心証を形成することができた
以上、弁護人から申請された唯一人の証人Bの取調をなさずこれを却下しても刑事
被告人の憲法上の権利の保障を侵害するものではなく、また憲法第三七条に違反す
るものでもないといわなければならない。従つて原判決には所論のような瑕疵はな
く、本論旨は理由がない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 下関忠義)

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