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平成12年(行ケ)第321号 審決取消請求事件(平成13年2月5日口頭弁論
終結)
          判         決
   原      告   株式会社ういろう
代表者代表取締役   A
訴訟代理人弁護士藤  井  冨  弘
同山  本  卓  也
同          鈴  木  雄  一
       被      告   株式会社青柳ういろう
       代表者代表取締役   B
訴訟代理人弁理士   岡  田  英  彦
同          池  田  敏  行
同          岩  田  哲  幸
同中  村  敦  子
          主         文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   特許庁が平成10年審判第35317号事件について平成12年7月17日
にした審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
  被告は、「青柳ういろう」の文字を横書きしてなり、指定商品を商標法施行
令別表による第30類「ういろう」とする別添審決謄本別掲1記載の商標(登録第
2651208号、平成3年4月23日登録出願、平成6年4月28日設定登録、
以下「本件商標」という。)の商標権者である。原告は、平成10年7月14日、
本件商標登録の無効審判の請求をし、特許庁は、同請求を平成10年審判第353
17号事件として審理した結果、平成12年7月17日、「本件審判の請求は、成
り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月14日、原告に送達された。
2 審決の理由
  審決は、別添審決謄本記載のとおり、①商標法4条1項11号違反をいう請
求人(注、原告)の主張について、本件商標中「ういろう」の文字部分は、少なく
とも本件商標の登録時においては、指定商品の「ういろう」そのものを表示する語
として認識されており、自他商品の識別機能を果たす文字とはいえず、それによっ
て称呼及び観念は生じないから、本件商標の登録は同号の規定に違反してされたも
のでないとし、②同法4条1項10号違反をいう請求人の主張について、同号は本
件商標と、「ういらう」及び「お菓子の」の文字を縦書きし、背景に「八棟造りの
建物」及び「二人の旅人」の絵を書してなり、大正10年法(注、大正10年農商
務省令第36号の趣旨と解される。)商品類別第43類「菓子の類」を指定商品と
する別添審決謄本別掲2記載の商標(以下「引用商標」という。)との同一または
類似を要件とするところ、両商標は同一でも類似するものでもないから、本件商標
の登録は同号の規定に違反してされたものではないとし、③同法4条1項15号違
反をいう請求人の主張について、本件商標より「ういらう(ういろう)」の称呼及
び観念が生じないことは上記のとおりであり、引用商標が菓子「ういろう」につい
て自他商品を識別する請求人に係る商標として取引者、需要者の間に周知、著名で
あったと認めることはできず、本件商標をその指定商品に使用した場合に、これに
接する取引者、需要者は、その構成中の「ういろう」の文字部分に注目し、当該商
品が原告の商品であるかのようにその商品の出所について混同を生ずるおそれはほ
とんどないから、本件商標は、同号の規定に違反してされたものではないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
1 審決は、「ういろう」が普通名詞であり、それによって称呼及び観念は生じ
ないとの誤った認定(取消事由)に基づいて、本件商標について、引用商標との類
似性及び商品の出所の混同のおそれがないとの誤った判断に至ったものであるか
ら、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(普通名詞であるとの認定の誤り)
(1) 審決は、本件商標中の「ういろう」の文字部分が指定商品である菓子の一
種である「ういろう」そのものを表示したものであるというが、誤りである。この
文字は、元来、原告代表者の生家である小田原の外郎(ういろう)家の製品を意味
するものであり、外郎家の姓に由来し、外郎家の製品であることを示す商標であ
る。
(2) 菓子の「ういろう」には、米粉を原料とした蒸し菓子だけでなく、山口の
「外郎」のようにわらびの粉(せん)と小豆あんを主原料とした蒸し菓子も含ま
れ、材料の全く異なるものが含まれている。また、「ういろう」は、菓子だけでな
く、原告の著名な薬である「透頂香」(とうちんこう)の名称でもある。このよう
に、「ういろう」と呼ばれる商品は多様であって、この語を普通名詞ということは
できない。
(3) 「ういろう」の語は、原告代表者の姓である「外郎」に由来し、原告の人
格権に係るものであるから、一般名詞化を安易に認めるべきではない。原告の「う
いろう」にあやかることは、不正競争防止法2条1項1号に該当する行為である。
元来、「ういろう」の語は、日本語として何ら意味を持たず、外郎家の菓子及び薬
という由来で意味を有するに至ったものである。
(4) 外郎家及び薬の外郎と何ら関係を有しない者が「ういろう」の文字を商標
に使用することは、外郎家及びその家業との混同を生じ、許されない。
(5) このように、「ういろう」の語は、外郎家の製品である「ういろう」とい
う観念を生じ、また、引用商標の図形部分である「八棟造りの建物」及び「二人の
旅人」も、外郎家に関係するものであるから、引用商標からは、「ういろう」の称
呼及び観念が生ずる。
第4 被告の反論
 1 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
 2 取消事由(普通名詞であるとの認定の誤り)について
(1) 本件商標中の「ういろう」は、菓子の一種である「ういろう」の一般名称
である。原告は、「ういろう」の由来についてるる述べるが、たとい「ういろう」
の語にそのような由来があっても、時代とともに「ういろう」が一般名詞となるこ
とが否定されるものではない。
(2) 引用商標に接した者は、「八ッ棟」、「旅人」等の様々なものを想起する
のであって、引用商標から「ういろう」の称呼及び観念が生ずるものではない。
(3) 引用商標中の文字は「ういらう」であって「ういろう」ではないから、こ
の点においても、引用商標は本件商標と類似しない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(普通名詞であるとの認定の誤り)について
(1) 被告が、指定商品を「ういろう」とし「青柳ういろう」の文字を横書きし
てなる本件商標(平成3年4月23日登録出願、平成6年4月28日設定登録)の
商標権者である事実は、当事者間に争いがない。また、商標登録第4071863
号公報(乙第1号証)には、指定商品を「ういろう」とし「ふくういろう」の文字
部分を含む他の商標(平成2年4月20日登録出願、平成9年10月24日設定登
録)が登録された旨記載されている。これらの事実によれば、本件商標の登録時に
おいて、「ういろう」を指定商品とする商標登録が適法であると判断されていたこ
とが認められるところ、商標登録における指定商品が普通名詞であるべきことは、
指定商品の性質上当然のことであるから、特許庁は、本件商標の登録出願当時、既
に「ういろう」が普通名詞であることを前提として商標登録実務を運用していたも
のと認められる。そして、本件商標の登録出願に対する平成4年11月17日付け
拒絶理由通知書(乙第2号証)には、本件商標について、「ありふれた氏である
『青柳』と商品名を表す『ういろう』の文字を書してなるものであるから、これを
その指定商品について使用しても、需要者が何人かの業務に係る商品であるかを認
識することができない。」との拒絶理由が記載されており、ここにいう「商品名」
が「普通名詞」の趣旨であることは明らかであるから、特許庁は、この拒絶理由通
知を発出した際にも、「ういろう」が普通名詞であると解していたものと認められ
る。
(2) 「ういろう」の語について辞典類における記載を見ると、「広辞苑第三
版」(昭和58年12月6日株式会社岩波書店発行、乙第3号証)には「①・・・
陳宗敬が・・・創製した薬。・・・透頂香(とうちんこう)。②菓子の名。・・・
ういろうもち。」と記載され、「大辞泉第一版」(1995年12月20日株式会
社小学館発行、甲第13号証の1~3)には、「①・・・去痰の丸薬。・・・陳宗
敬が・・・創製。・・・②米の粉に黒砂糖などを混ぜて蒸した菓子。・・・ういろ
うもち。」と記載されている。また、食品関係の書籍を見ると、「食品表示マニュ
アル改訂版」(平成元年2月20日中央法規出版株式会社発行、乙第4号証)には
「食衛法では、一般食品については次のように表示するよう指導されている。 ア
 食品及び添加物の名称については・・・社会通念上すでに一般化したものを記載
すること。なお、その主なものは、別表に例示する。」(301頁)と記載され、
別表の大分類「生菓子」、中分類「和生菓子」の小分類の欄に「ういろう」が記載
されている(305頁)。また、「総合食品事典第三版第3刷」(昭和49年8月
10日東京同文書院発行、乙第41号証)には「ういろう 外郎 もち菓子の一種
である.・・・鎌倉時代からの菓子である.その原料配合はつぎのようである.
〔原料配合率〕砂糖3,750g,小豆生あん2,250g,小麦粉375g,わらび粉,水適
量.」(71頁)と記載されている。
(3) これらの事実を総合すれば、本件商標の登録出願がされた平成3年4月2
3日当時、既に「ういろう」の語が菓子の一種である「ういろう」を意味する普通
名詞となっていたと認められるから、本件商標中「ういろう」の文字部分が、少な
くとも本件商標の登録時においては、指定商品の「ういろう」そのものを表示する
語として認識されていたとする審決の認定は正当というべきである。
(4) 原告は、本件商標中の「ういろう」の文字が外郎家の姓に由来し、外郎家
の製品であることを示す商標であると主張するので、更に検討するに、証拠(甲第
4~7号証の各1~3、甲第8号証の1~6、甲第14号証、甲第31号証)によ
れば、以下の事実が認められる。
  原告代表者の祖先に当たる陳延祐は、元の順宗皇帝の礼部員外郎の役職に
あったが、1368年、元の滅亡に際し我が国に帰化し、陳外郎と称した。その子
大年宗奇は、明国の薬「霊宝丹」を伝え、この薬は、効能顕著として時の天皇から
「透頂香」の名を賜り、後に外郎の薬として「薬のういろう」と呼ばれるようにな
った。宗奇が自ら作り外国信使接待の時に供した菓子は、評判となり、外郎の菓子
として「お菓子のういろう」と呼ばれるようになった。その後、5代目定治は、北
条早雲に招かれて小田原に移り、家伝の菓子を作って客の求めに応じていたとこ
ろ、評判となって旅人に親しまれるようになった。このように、外郎家は、600
年の歴史があり、代々、当主がAを名乗り、小田原等において菓子の「ういろう」
を製造販売して今日に至っており、原告代表者が24代目の当主である。
  以上の事実によれば、本件商標中の「ういろう」の文字が外郎家の姓に由
来し、かつて、外郎家の製造する菓子の「ういろう」であることを示す固有名詞で
あったことが認められる。しかしながら、当初特定の商品出所を表示する固有名詞
であった語が、時代とともに次第にその商品の種類を表示する普通名詞となること
は、決してまれではなく、「ういろう」の語についても、当初は外郎家の製造する
菓子であることを示す固有名詞であったものが、次第に菓子の一種である「ういろ
う」を意味する普通名詞となったと解することができ、原告の主張する「ういろ
う」の由来は、この語が本件商標の登録出願時において既に普通名詞になっていた
とする上記認定を左右するものではない。
(5) 原告は、「ういろう」の語が普通名詞とはいえない理由として、菓子の
「ういろう」には材料の全く異なるものが含まれているほか、菓子だけでなく、原
告の薬「透頂香」の名称でもあることを主張する。しかしながら、一般に、普通名
詞である以上、その概念には一定の幅があり、その範囲内である程度の種類が存在
することが通常であるから、「ういろう」と呼ばれる菓子の材料が一定でないこと
は、「ういろう」の語が普通名詞であることと矛盾するものではない。また、(2)認
定の辞典類の記載及び(4)認定の「ういろう」の語の由来によれば、「ういろう」の
語は、お菓子の「ういろう」のほかに薬の「ういろう」である「透頂香」(とうち
んこう)をも意味すると認められるが、普通名詞が二つ以上の意味を有することは
通常のことであって、このことは、当該名詞が普通名詞であることを否定する理由
とはならない。そればかりでなく、本件商標の指定商品は「ういろう」であるか
ら、本件商標を指定商品に使用すると、取引者及び需要者は、菓子の「ういろう」
の意味であるとして理解し、薬の「ういろう」を意味するものとは理解しないのが
通常であり、「ういろう」の語が「透頂香」をも意味することは、上記認定を左右
するものではない。
(6) 原告は、さらに、人格権を根拠として、「ういろう」の一般名詞化を安易
に認めるべきではないと主張するが、「ういろう」が普通名詞であるかどうかは、
専ら社会的事実として取引者及び需要者がどのような観念等を想起するかによって
決せられるべき事柄であって、人格権とは次元を異にする問題である。また、原告
は、「ういろう」にあやかることが不正競争行為であるなど不正競争に関する主張
もするが、この点も人格権と同様、「ういろう」が普通名詞であるかどうかとは次
元を異にする問題である。
(7) そうすると、本件商標中の「ういろう」の語が指定商品の「ういろう」そ
のものを示す普通名詞である以上、引用商標から「ういろう」の称呼及び観念は生
じないというべきであって、引用商標が称呼又は観念において本件商標と類似する
ということはできない。また、両商標が外観において類似しないことは明白であ
る。したがって、本件商標が引用商標と類似しないとする審決の判断は正当であ
る。
 2 以上によれば、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消す
べき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の
負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決
する。
   東京高等裁判所第13民事部
       裁判長裁判官  篠  原  勝  美
        
          裁判官   石  原  直  樹
 
裁判官    長  沢  幸  男

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