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平成一〇年(ワ)第四四〇六号特許権移転登録手続請求事件
判決
原告   日本レーザ電子株式会社
右代表者代表取締役      【A】
右訴訟代理人弁護士      奥   村   哲   司
右補佐人弁理士        【B】
被告      【C】
右訴訟代理人弁護士      明   賀   英   樹
同              黒   田   一   弘
 主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
 事実及び理由については、別紙「事実及び理由」記載のとおりであり、それによ
れば、原告の請求は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。
 (平成一一年六月二二日口頭弁論終結)
    大阪地方裁判所第二一民事部
  
      裁判長裁判官小   松   一   雄
   裁判官高   松   宏   之
   裁判官安   永   武   央
(別紙 事実及び理由)
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙目録1記載の特許権について、平成4年5月22日契
約を原因とする移転登録手続をせよ(以下、別紙目録1の特許権を「本件特許
権」、この特許権に係る発明を「本件発明」という。)。
第2 事案の概要
1 基礎となる事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨より明らかに認め
られる。なお、書証番号は甲1などと略称し、枝番のすべてを示すときは枝番の記
載を省略する。)
(1) 当事者
ア 原告は、電子計測機器、精密機器の製造、販売及び輸出入等を主な業務とする
株式会社である。
イ 被告は、従前から、電子顕微鏡の検体用薄膜に関する研究に従事していた者で
あり、別紙目録2記載の特許権に係る発明の発明者である(甲5、15。以下、この
特許権を「旧特許権」、この特許権に係る発明を「旧発明」という。)。
(2) 技術顧問委嘱契約の締結
 原告と被告は、平成4年5月22日付けで、技術顧問委嘱契約(以下「本件技術
顧問契約」という。)を締結した。この契約には、次の条項があった。
第2条(目的)
 乙(原告)は、甲(被告)の発明したグロー放電によるプラズマ重合膜レプリカ
法によるレプリカ膜作成装置…を製造するにあたり、技術顧問として以下の項目を
委託し、甲(被告)はこれを受諾する。
第6条(工業所有権)
 本契約を履行する過程での発明、考案、工業所有権は乙(原告)に帰属するもの
とする。
(3) 原告製品の開発
 本件技術顧問契約の締結後、原告では、被告の技術指導の下に、旧発明の実施品
である「プラズマ製膜装置」(甲24の1)、旧発明及び本件発明の実施品である
「プラズマ製膜装置NL型」(甲24の2)、本件発明の実施品である「オスミウ
ム・プラズマコーター」(甲24の3)の開発が順次行われ、原告ではそれらの製品
を製造、販売した。
(4) 被告による本件特許権の取得
 被告は、平成5年5月24日に本件発明の特許出願を行い、平成9年9月19日
に登録を得、現在、本件特許権を保有している。
2 原告の請求
 本件は、原告が被告に対し、本件発明は、被告が本件技術顧問契約を履行する過
程で得られたものであるから、本件特許権は同契約6条によって原告に帰属すべき
ものであるとして、本件特許権の移転登録手続を求めた事案である。
 3 争点
 本件発明は、被告が本件技術顧問契約を履行する過程で得られたものか。
第3 争点に関する当事者の主張
【原告の主張】
1 旧発明と本件発明とでは、真空化された反応容器中に生成されたプラズマによ
るグロー放電を利用して導入された薄膜原料ガスを陽イオン化し、陰極上の負グロ
ー層領域に配置された試料表面に非結晶薄膜を作製するという点で技術的特徴を共
通にしており、ただ、作製される薄膜の種類が相違することから、導入される薄膜
原料ガスの種類及びこれに伴う放電条件が相違するにすぎない。したがって、本件
発明は、旧発明を応用したもので、その延長線上にある関連技術である。
2 原告では、平成4年5月22日に被告との間で本件技術顧問契約を締結した
後、オスミウム・プラズマコーターの開発にとりかかり、設計、製作、実験及び評
価を原告が行い、被告はこの開発に当たって技術顧問として関与した。本件発明
は、旧発明の応用であり、オスミウム・プラズマコーターを開発する過程で生まれ
たものであるから、本件技術顧問契約6条の適用がある。
【被告の主張】
1 本件発明において、プラズマ装置を使っている点は旧発明と同様である。しか
し、旧発明が直流グロー放電装置を使って、有機単量体ガスの軽い分子を陽イオン
化して重合膜を作るのに対し、本件発明は、有機金属化合物ガスから金属原子だけ
を陽イオン化して抽出し、負グロー相領域に送り込んで、原子レベルで高純度の非
結晶、多結晶金属薄膜を作るものであり、基本的に生成機構が異なっている。した
がって、両者は理論的に全く異なるものである。
2 本件発明は、平成4年4月初めころに、被告が、従前旧発明の実施品を製造、
販売していた訴外ウシオ電機株式会社(以下「ウシオ電機」という。)から同実施
品の貸与を受けて実験を行い、同月23日ころに実験に成功したことにより完成し
たものである。したがって、本件発明は、本件技術顧問契約とは関係がない。
第4 争点に対する当裁判所の判断
1 基本的な事実経過
 後掲各証拠、甲20、28、乙13ないし15、原告代表者本人及び被告本人の各供述並
びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 旧発明とその実施品の製造・販売
 被告は、昭和51年から同61年までの間、財団法人東京都臨床医学総合研究所
に勤務し、研究生活を送っていたが、その間に旧発明を完成した。
 旧発明は、発明者を被告、名称を「電子顕微鏡の検体用レプリカ薄膜の作製装
置」として、昭和53年12月19日に同研究所から出願され、同63年8月10
日に登録された(甲5、15)。
 旧発明については、ウシオ電機が実施許諾を受けて実施品(以下「ウシオ電機製
品」という。)を製造、販売し、そのために被告は昭和61年から同社との間で技
術顧問契約を締結した。しかし、ウシオ電機は平成4年3月末にこの実施品の製
造、販売を中止し、それに伴い被告も同社の技術顧問を辞した。
(2) 本件技術顧問契約の締結
 被告は、財団法人東京都臨床医学総合研究所を辞した昭和61年から、東京慈恵
会医科大学に非常勤講師として勤務していたが、平成3年12月ころ、同大学に助
教授として勤務していた【D】から原告代表者を紹介された。
 当時、原告は、大学や研究機関での研究成果を基礎として、開発即商品になるよ
うな製品を中心に新製品の開発を進めるという開発手法を採用しており、優れた発
明をした研究者を技術顧問として迎えることにより、その指導を受けて新製品開発
を行い、その対価として販売協力費を支払うというやり方で新製品の開発を行って
いた。
 原告は、ウシオ電機が旧発明の実施品の製造、販売を中止することとなったのを
機に、旧発明の実施品の製品化に注目し、財団法人東京都臨床医学総合研究所から
旧特許権の実施許諾を得るとともに(甲16)、平成4年5月22日、被告との間
で、本件技術顧問契約を締結した(甲2)。
 本件技術顧問契約は、原告が被告の発明した旧発明の実施品を製品化するに当た
って、実際の発明者ならではの技術的ノウハウについて指導を受けることを主たる
目的としているものであった。
 この契約を締結した当時、被告が本件発明を行った旨の話は原告になされなかっ
た。
(3) 原告製品の開発
 本件技術顧問契約の締結後、原告では、被告の指導の下、まず、旧発明の実施品
であるTEM(透過電子顕微鏡)用の「プラズマ製膜装置」(甲24の1。大型機と
も呼ばれる。)の開発を行った。具体的には、被告において、平成4年7月ころに
本体の原図を作製し、同年8月ころに新型の凍結用カッターの設計図を作製して、
原告に交付した。この製品は、同年10月ころに製造図面が出来上がり、同年12
月から翌平成5年1月にかけて製造が行われ、最終的には同年3月28日に長崎大
学歯学部に納品された(甲11)。
 原告は、この製品開発のために、平成4年6月18日から8月3日までの間、被
告からウシオ電機製品の貸出しを受けた。この機械は、被告が東京慈恵会医科大学
において、ウシオ電機から、同年4月15日付けで貸出しを受けていたものであっ
た(乙1の2)。
 続いて、被告は、筑波の物質工学工業技術研究所の【E】教授からの発注に係る
「プラズマ製膜装置NL型」(甲24の2。中型機とも呼ばれる。)の設計を行っ
た。これについて、被告は、【E】教授から広範な有機材料をすべて処理できるも
のが欲しいと要望されたのを受けて、旧発明と本件発明の双方の実施品としての機
能及び構造(TEM用の高分解プラズマ重合レプリカ膜作成能及びSEM〔走査電
子顕微鏡〕用のオスミウム金属導電被膜作製能)を具備するものとして設計し、平
成4年9月ころに設計図を原告に交付した。この製品は、平成5年6月に仕様につ
いての承認がなされ(甲25)、最終的には同年9月16日に物質工学工業技術研究
所に納品された(甲11)。この設計は、被告が特に原告と相談することなく行った
もので、被告から原告に対して本件発明についての具体的な話がされたのは、この
装置の製作を行うときが初めてであった。
 装置にSEM用のオスミウム金属導電性被膜を作製する機能を持たせることにつ
いては、その原理や構造はすべて被告が考案したものであり、原告の技術者が携わ
ったのは、もっぱら製品開発の部分であった。
(4) 被告による学会での講演
 被告は、本件発明について、平成5年3月29日から4月1日にかけて青山学院
大学で開催された第40回応用物理学関係連合講演会において、東京慈恵会医科大
学の走査電子顕微鏡専任担当者であった【F】と共に、「直流グロー放電によるO
SO4ガスからのOS金属薄膜(SEM試料表面のOS金属導電被膜)」の演題で
講演を行い、遅くとも同年1月11日までに講演予稿を提出した(甲17、乙3、
4)。
 また、被告は、同年5月26日から28日にかけて神戸で開催された日本電子顕
微鏡学会平成5年度総会・第49回学術講演会においても、本件発明について、
「直流グロー放電によるOSO4ガスからのSEM試料表面のOS金属導電被膜」
の演題で講演を行った(乙5)。被告がこの講演を行うに際しては、原告代表者も
同行した。
(5) 本件発明及び原告発明の出願
 被告は、平成5年5月24日、本件発明について特許出願を行い、平成9年9月
19日に登録を得た(甲3、4)。
 他方、原告も、平成5年5月24日、被告を発明者の一人として、別紙目録3記
載の発明について特許出願を行い、平成10年2月20日に登録を得た(乙12。以
下、この特許権を「原告特許権」、この特許権に係る発明を「原告発明」とい
う。)。
 本件発明は、SEMやTEMなどの電子線照射による帯電や熱ダメージを受ける
ことなく、また不純物によるコンタミネーションを起こすことのない、均質で、均
一薄膜の高純度金属被膜を基板上に堆積させる方法を提供することを目的とする方
法の発明であるのに対し、原告発明は、本件発明とほぼ同様の目的を有し、基本的
な薄膜堆積の原理を同じくするプラズマ製膜装置という物の発明であり、両者は基
本的な技術思想を共通にしている。
 原告がこの出願を行うに当たっては、事前に被告に連絡し、出願書類も見せた
が、被告からは原告が出願することについて格別の異論はなかった。他方、被告
は、原告から出願に関する連絡を受けた際、自分も本件発明の出願を行う意図を表
明した。これに対して原告は、本件技術顧問契約の6条を指摘して出願を控えるよ
う求めたが、被告は、本件発明は自分が発明したものであるからなどとして、この
求めを断り、両者は同日にそれぞれの出願を行うこととなった。
(6) オスミウム・プラズマコーターの開発
 本件発明及び原告発明の出願後、原告では、被告の設計及び指導の下、それらの
実施品であるSEM用「オスミウム・プラズマコーター」(甲24の3。小型機とも
呼ばれる。)の開発が行われ、平成6年10月ころから同装置の製造、販売を行っ
た。
 ここでも装置の原理や構造はすべて被告の考案に係るものであり、原告の技術者
が携わったのは、もっぱら製品開発の部分であった。そして、その過程で原告が最
も苦労したのは、真空装置を製造する外注先とうまく連携をとっていくことであっ
た。
(7) 原告から被告への技術顧問料等の支払
 原告は、平成4年5月から平成9年11月までの間に、本件技術顧問契約(3
条)に基づき、月額20万円の技術顧問報酬(合計1340万円)を支払った(た
だし、平成9年10月までは、技術手数料名目で10万円、旅費交通費名目で10
万円とされた。)(甲8、9)。
 また、原告は、被告が技術指導や営業活動等に要した出張費用について、本件技
術顧問契約(5条)に基づき、合計152万5831円を支払った(甲9、10)。
 さらに原告は、本件技術顧問契約(4条)に基づき、原告製品の売上金額の5%
を売上協力費として被告に支払い、その額は合計1069万1816円に上った
(甲8、11)。前記のとおり、本件技術顧問契約は、当初は旧発明の実施品の製品
化に関する技術指導等を目的としたものであったが、その後、本件発明の実施品で
あるオスミウム・プラズマコーターの開発についても、同契約と同様の条件で技術
顧問料や売上協力費が支払われることになったものである。
2 争点について
(1) 本件発明の開発経過について、被告は、次のとおり述べている(乙13ないし
15〔陳述書〕、被告本人の供述)。
ア そもそも有機金属ガスからの金属薄膜作製法の開発を検討するきっかけになっ
たのは、①平成元年にウシオ電機が旧発明の実施品を製品化したころ、その購入者
である日本電気基礎研究所の【G】所長から、有機金属化合物ガスを使って金属薄
膜ができるかと質問を受けたこと、②平成3年6月に松下電子工業株式会社京都研
究所にウシオ電気製品を納品したときに、同研究所の【H】研究員から、特定の試
薬について有機金属化合物を使用して金属薄膜を作製するための放電条件について
質問を受けたことである。
  このうち②についてはウシオ電気製品を使って簡単な実験をしたところ、汚い
膜ではあるが一応理論的にはできると思われたので、その旨回答し(乙11)、さら
に研究を進めようとしたが、ウシオ電機が製品製造の中止を検討していたので、な
かなか研究ができなかった。
イ 最終的にウシオ電機は、平成4年3月をもって旧発明の実施品の製造を中止
し、被告もウシオ電機技術顧問を辞したことから、被告は、研究継続のためにウシ
オ電機から東京慈恵会医科大学にウシオ電気製品を貸し出してもらった(乙1の
2)。従来から同大学にあった機械は、初期の試作品で性能が悪く、十分な実験が
できなかったためである。
 ウシオ電機製品は同年4月6日に同大学に届いたが、真空状態のセットや試運転
等に一週間を要し、正式に借用書を出したのは同月15日である。そして、同月1
3日から16日にかけて実験を行い、試行錯誤を繰り返して、オスミウム金属の薄
膜を得ることができた。この過程で困難だったのは、オスミウムガスの真空昇華量
の抑制とそれに伴う過放電であった。そのためオスミウム結晶を凍結冷却して昇華
を抑える必要があった。そうして、何度か失敗する間に一応同月16日に薄膜がで
きたので、共同研究者であった【D】助教授に見せたところ、【D】助教授は成功
を喜んでくれた。
 同月17日には、薄膜を分離できるようにしてTEM電子顕微鏡で検鏡したとこ
ろ、良好であった。
 同月20日から23日にかけて(なお、同月18日と19日は土曜及び日曜であ
る。)は、SEM電子顕微鏡用の試料を作製し、東京慈恵会医科大学の電子顕微鏡
専任担当者であった【F】にSEM電子顕微鏡の操作を依頼して検鏡したところ、
結果は良好であった。また、他の金属についても実験を行った。
ウ この時点で更に検討する必要があったのは、①膜厚を薄くするための諸条件の
調整、②薄膜の酸化の有無を検証するための時間を置いた元素分析、③オスミウム
を使用する際の安全対策であった。これらのうち、①③については同年5月6日に
得た着想によってほぼ解決し、②については同年9月に東京工業大学の【I】教授
に元素測定(ESCA)をしてもらって良好な結果を得た。また、同じ頃に①につ
いて筑波物質研究所の【J】教授に膜厚を測定してもらって、膜厚の調整について
誤差数パーセントまで追い込むことが可能となった。
エ 被告は、学会発表をするなら追試も行って、細部も詰めた上で、充実した内容
のものとしたいと考えたため、すぐには発表はせず、更に研究を重ねることとし
た。もっとも、同年6月18日から8月3日まではウシオ電気製品を原告に貸し出
したので、研究をすることはできなかった。
オ 被告は、同年5月22日に原告と技術顧問契約を締結し、製品の開発や営業活
動を行う一方で、東京慈恵会医科大学で研究を続け、資料が整ったので、学会発表
を行うとともに、本件発明の特許出願をした。
カ 本件技術顧問契約では、旧発明の実施品を作ることになっていたが、それだと
装置が大型になって高額になり、原告の営業上も芳しくなかったので、小型の安い
装置だが性能の良いものとして、「オスミウム・プラズマコーター」を作ることを
考え、開発した。
キ したがって、本件発明の開発は、本件技術顧問契約とは関係なくなされたもの
である。
(2) これに対して、原告代表者は、次のとおり供述する(甲20、28〔陳述書〕、原
告代表者の供述)。
ア 被告は、平成4年5月22日に本件技術顧問契約を締結する際にも、本件発明
のことについて原告に何も言わなかった。それどころか、原告代表者は、プラズマ
製膜装置のパンフレット(甲24の1、平成4年8月付け)を用いて被告と共に同装
置の営業活動を行っていた際、被告に対し、旧発明がTEM電子顕微鏡用の試料の
前処理に係るものであるところ、世上、SEM電子顕微鏡の方が多数使用されてい
ることから、SEM用の試料の導電性薄膜が実現できないかと提案したところ、被
告は、それはやっていないからわからないけれども是非考えておきましょう、早い
機会にそういう実験もしたいと返事をしたにすぎなかった。そして、その後、プラ
ズマ製膜装置NL型を製品化する過程で、被告の方から、SEM用の試料の導電性
薄膜を作製する具体的な方法についての話が出るようになった。したがって、平成
4年4月の時点で被告がいうような実験がなされていたとは考えられない。
イ 平成4年4月に本件発明が完成していたのであれば、特許出願が1年以上も経
過した平成5年5月となっているのは不合理である。
ウ 本件発明は、旧発明の延長線上にある関連技術であって、実際にも、プラズマ
製膜装置、プラズマ製膜装置NL型、オスミウム・プラズマコーターの順に製品開
発が展開する過程で生まれてきた技術であるから、本件技術顧問契約6条の適用が
ある。
(3) そこで検討するに、まず、前記1で認定したとおり、もともと本件技術顧問契
約は、旧発明の実施品を製品化するに当たって、被告が原告に技術指導をすること
を主眼として締結されたものである。そして、旧発明の実施品であるプラズマ製膜
装置は、直流グロー放電によってハイドロカーボンガスを陽イオン化した後に、負
グロー相内に置かれた試料又は基板表面にこのイオン化したガス分子が分子レベル
で均一に堆積して高重合膜を作り、表面の微細構造を高分子重合膜により精密に形
取りするという原理を利用するものである(甲24の1)。これに対して、本件発明
の実施品であるオスミウム・プラズマコーターは、直流グロー放電によってオスミ
ウムを陽イオン化し、負グロー相内に置かれた試料又は基板表面に瞬時に付着堆積
して、非結晶オスミウムの金属超薄被膜を作製するという原理を利用するものであ
る(甲24の3)。このように、両者は、薄膜作製の材料において有機単量体と金属
という相違があるために、薄膜の生成原理が異なり、作製された薄膜も高重合膜と
金属薄膜という性質の相違があるのであって、このような相違を有する本件発明
が、旧発明の実施品の製品化の過程で生み出されていくことは、必ずしも自然なな
りゆきとはいえない。
 また、前記1で認定したとおり、本件発明に係る金属薄膜の堆積法の原理を開発
したのは被告であり、原告側はそれを使った製品化の過程に携わったにすぎない。
また、最初にプラズマ製膜装置NL型に本件発明の機能が付加されるに至ったの
も、被告が発注者である【E】教授と仕様を打ち合わせる中で決めたことによるも
のであり、その設計図も被告が作成したものである(その後のオスミウム・プラズ
マコーターの開発も被告の発案に係るものである。)。そして、被告は(1)のとお
り、その開発の過程について、きっかけ、実験経過、各時点での完成度と残された
課題、課題が克服された過程、協力者の存在等、極めて具体的に述べているのに対
し、原告代表者は、開発過程について具体的に述べるところがない。これらからす
れば、本件発明の技術思想は、原告における製品開発に被告が技術顧問として関与
する過程で開発されていったものというよりは、製品開発の際に、被告から原告に
対し、完成された形で持ち込まれたものと考えるのが相当である。
 さらに、開発時期の点を考えると、前記1で認定したとおり、被告がプラズマ製
膜装置NL型の設計図を原告に交付したのは平成4年9月ころである(発注者の
【E】教授との仕様の打ち合わせ及びそれに基づく設計はそれ以前であると考えら
れる。)が、この時点ではまだ原告のプラズマ製膜装置は製品化されておらず、ま
た、被告がウシオ電機から貸出しを受けた装置は同年6月18日から8月3日まで
の間、プラズマ製膜装置を製作する参考に原告に貸し出されていたのであるから、
被告は、この貸出し(6月18日)までには本件発明をほぼ完成させていたと考え
られる。これに、被告が4月15日付けでわざわざウシオ電機から東京慈恵会医科
大学に旧発明の実施品の貸出しを受けていることを併せ考えれば、この間に被告に
よる本件発明の開発がなされたものと推認するのが合理的である。
 以上の検討を踏まえれば、本件発明の開発経過に関する被告本人の前記供述は、
その具体性とも相俟って、基本的に信用し得るものと考えられる。
 そして、被告本人の供述による本件発明の開発経過からすれば、被告は、本件技
術顧問契約を締結する前に、本件発明の基本的な部分の開発を終えていたものと認
められ、その後に残された課題を解決する過程においても、特段原告の技術者と協
議・連繋したことは窺われず、東京慈恵会医科大学の研究室での研究をベースに、
被告の個人的な知己を頼って元素測定等の試験を行う等して本件発明を完成させた
ものであるから、本件発明は、原告の技術顧問としての立場を離れて、一研究者と
しての立場でなされたものであるというべきであり、したがって、本件技術顧問契
約を履行する過程でなされた発明であるとはいえない。
(4)ア もっとも、本件技術顧問契約を締結する時点で、本件発明に関する話は何ら
被告からなされなかったことは原告指摘のとおりである。
 しかし、平成4年5月の時点では、更に検討を要する点も残されていたこと、原
告と本件技術顧問契約を締結したとはいっても日が浅いこと、本件技術顧問契約の
対象はあくまで旧発明の実施品の開発に関する指導であり、本件発明の内容につい
てあえて言及する必要もないことからすれば、学会に発表していない段階で原告に
口外することは控えた旨の被告の供述は不合理とはいえない。
イ また、原告代表者は、原告代表者が被告に対して、SEM用の試料の導電性薄
膜が実現できないかと持ちかけたところ、被告は、それはまだやっていないけれど
も是非考えておきましょう、早い機会にそういう実験もしたいと返事をしたにすぎ
なかったと供述する。
 原告代表者がこのような話をしたか否かについては争いがあるが、まず、原告代
表者がこの発言をした時期は平成4年夏ころという趣旨であると解されるところ、
先に(3)で述べた開発時期の検討からして、被告が原告代表者のこの発言に触発され
て初めて本件発明の開発にとりかかったとは見難い。また、原告代表者の発言に対
して被告が原告代表者が供述するような返事をして、本件発明のことを話さなかっ
たとしても、先と同様に不合理とはいえない。
ウ さらに、原告代表者は、被告が平成4年4月の時点で本件発明を完成させてい
たならば、それから1年以上も後に特許出願がなされたのは不合理であると述べ
る。
 しかし、被告は、学会発表のために遅くとも平成5年1月初旬には講演予稿を提
出しているところ、オスミウム薄膜の酸化の有無の検証と薄膜の厚さの測定ができ
たのは平成4年9月ころだというのであるから、講演に必要な顕微鏡撮影映像の準
備なども含めれば、学会発表までの間に時間が経過したことはあながち不合理とは
いえない。また、講演予稿に基づいて学会発表をした場合には、新規性喪失の例外
が認められるから(特許法30条1項)、学者である被告が学会発表を優先したこ
とも不合理とはいえない。
エ さらに原告代表者は、本件発明は原告の製品開発が進められる中で登場し、原
告製品に組み込まれていったものであり、オスミウム・プラズマコーターについて
の売上協力費が被告に支払われている点を指摘する。
 しかし、前記のとおり、本件発明の技術思想は、被告によって開発され、原告製
品に導入されていったと見られるのであり、各製品の開発に当たって被告が技術顧
問として関与したとはいえても、本件発明自体の開発が技術顧問としての立場でな
されたと見ることができないことは前記のとおりである。また、被告がオスミウ
ム・プラズマコーターについても売上協力費を受け取っていることは、本件技術顧
問契約が当初に念頭に置いていたことと同じく、製品開発に当たっての技術指導に
対する対価として見れば、合理的なことである。しかも、原告は、オスミウム・プ
ラズマコーターについては原告特許を取得しているのであり、被告も、製品化した
のは原告であるからとして、原告が原告特許権を有することについては肯認してい
るのであって、さらには、被告の特許出願と原告の特許出願とが共に特許されるよ
うに、あえて同日出願とすることまでしたものである。
 したがって、原告代表者のこの指摘は、本件発明が本件技術契約6条の適用を受
ける根拠となり得ない。
オ さらに、原告は、本件技術顧問契約締結の時点では、本件発明は完成していな
かったと主張する。
 確かに、先に認定した被告による本件発明の開発経過からすれば、厳密にはその
時点で本件発明が完成していたとはいえない。しかし、本件において問題なのは、
本件発明が、本件技術顧問契約6条にいう「本契約を履行する過程で」生まれたも
のか否かという点であるから、特許法的な意味で発明が完成したのはどの時点かと
いうことは必ずしも重要ではない。また、特許法的な意味で発明が完成したのが本
件技術顧問契約の締結後であるとしても、それだけで直ちに本件発明の開発が本件
技術顧問契約を履行する過程でなされたものといえないことはもちろんであり、本
件発明は、原告の技術顧問としての立場を離れて一研究者として被告が完成させた
ものであると見るべきことは、先に述べたとおりである。
 なお、原告代表者は、本件発明の特許出願後も、被告がオスミウム・プラズマコ
ーターの第1号機を知人の研究者において試用してもらうことを希望していたこと
を指摘するが(甲28)、それは商品としての完成度の問題であって、本件発明の完
成とは別次元の問題である。
カ 以上よりすれば、原告又は原告代表者が指摘する諸点は、本件発明について本
件技術顧問契約6条が適用される根拠となり得るものではない。
3 したがって、本件発明が、本件技術顧問契約6条の適用を受けるとはいえな
い。
(別紙 目録1)
発明の名称 直流グロー放電による金属被膜の堆積法
出願日   平成5年5月24日(特願平5-142497号)
登録日   平成9年9月19日
登録番号  第2697753号
特許請求の範囲
「基板上に金属被膜を堆積するにあたり、内部に陽極板と陰極板を対向させて配置
したガス反応器内において、反応器内を真空にした後、前記金属の化合物をガス状
で反応器内に導入してガス圧を0.01~0.1Torrとし、前記金属化合物か
ら金属成分のみを選択的にイオン化させるグロー放電条件下で、両電極間に直流電
圧を印加して直流グロー放電を行わせることによって、金属成分を陽イオン化せし
め、そして陰極板近傍の負グロー相内において基板上に分子レベルの均一な非結晶
又は結晶金属被膜を堆積させることを特徴とする金属被膜の堆積法。」
(別紙 目録2)
発明の名称 電子顕微鏡の検体用レプリカ薄膜の作製装置
出願日   昭和53年12月19日(特願昭53-155782号)
公告日   昭和62年11月18日(特公昭62-55095号)
登録日昭和63年8月10日
登録番号  第1453066号
発明者   被告
特許権者  財団法人東京都臨床医学総合研究所
特許請求の範囲(第1項)
「基盤上の真空槽内において規定した2つの電極板が規定した間隔で上下に対向し
て平行に設置し、前記基盤および真空槽に対し電気的、熱的にも絶縁されていて、
直流高電圧電源の陰極は、前記電極板の下方に、陽極は他方に接続されて規定の放
電条件によるグロー放電を行わしめるようにし、且つ、これら両電極に漏洩微小放
電防止筒を設け、前記陰極板上に置かれた検体用試料表面に有機単量体重合被膜層
を付着せしめる機構を有し、前記被膜層を電子顕微鏡の検体用レプリカ薄膜とする
作製装置。」
(別紙 目録3)
発明の名称 プラズマ製膜装置
出願日   平成5年5月24日(特願平5-121595号)
登録日平成10年2月20日
登録番号  第2748213号
発明者   原告代表者、【K】、被告
特許権者  原告
特許請求の範囲(第1項)
「気密容器内の一方端部側に配置される陽電極と、気密容器内にて前記陽電極に相
対し、被製膜体を両電極間に発生するグロー放電の負グロー相領域内にて電気的絶
縁状態で支持する陰電極と、前記気密容器内を真空状態にする排気手段と、前記排
気手段により気密容器内を真空状態にしながら単一金属の化合物をガス化した原料
ガスを、気密容器内のガス圧が約0.05Torrになるように導入するガス導入手段
と、陰電極-陽電極間に1kV~3kVの直流電圧を印加してグロー放電を発生させる
高電圧印加手段とを備え、陰電極上の負グロー相領域内に電気的絶縁状態で配置さ
れた被製膜体の表面に対し、グロー放電により陽イオン化した金属分子を堆積させ
て非結晶の導電性金属薄膜を製膜するプラズマ製膜装置。」 

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