弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、補助参加によつて生じた分は補助参加人の、
その余は被控訴人の、各負担とする。
       事   実
一 控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加訂正するほか原判決事実摘示の
とおりであるから、ここにこれを引用する。
1(一) 控訴代理人は、次のように付加して陳述した。
(1) 控訴人が昭和四六年六月一八日付で被控訴人に対してなした、労働者災害
補償保険法(以下、労災保険法という。)による障害補償給付支給に関する処分
(以下、本件行政処分という。)は、被控訴人には右膝関節部の機能障害と神経障
害(疼痛)とが残存していることを認めたうえで、労災保険法施行規則(以下、労
災施行規則という。)別表第一障害等級表(以下、障害等級表という。)に定める
重い方の障害等級である第一〇級の一〇(以下、特に付記しない場合でも、障害等
級はすべて同表所定のものを指す。)に該当するとしているけれども、それが、第
一三級以上の身体障害が二個以上ある場合の、いわゆる併合繰上げを定めた労災施
行規則第一四条第三項に違背することはない。
 すなわち、本件行政処分は、昭和四二年一一月一六日付労働省労働基準局長発各
都道府県労働基準局長あての通達(基発第一、〇三六号)によつて示された「重い
外傷又は疾病により器質的又は機能的障害を残す場合には、一般に患部に第一二級
又は第一四級程度の疼痛等神経症状を伴うが、これを別個の障害としてとらえるこ
となく、器質的又は機能的障害と神経症状のうち最も重い障害等級によること。」
という解釈例規(以下、本件行政解釈という。)に従つて行われたものであるとこ
ろ、労働者災害補償保険(以下、労災保険という。)における障害補償制度の目的
は、一般的な労働能力の喪失を公平に填補することにあるから、同一部位に主たる
身体障害とこれより通常派生する付随的身体障害がある場合、その付随的身体障害
は当該主たる身体障害に吸収されるものとして、それに含めて考慮するのが合理的
であるが、本件行政解釈は、この道理を明らかにしたものにほかならない。しか
も、もし、このような、同一部位に主たる身体障害とそれより通常派生する身体障
害とが存する場合にあつても、当然併合繰上げをすべきものとすれば、我が国にお
ける労働能力喪失率の評価が、百分率で行う諸外国の例と異り、一四段階の障害等
級で決定されるところから、労働能力の喪失の度合を過大に評価し、むしろ不公平
な結果を招来することにもなりかねない。
 これを本件の場合についてみるに、被控訴人に残存している右膝関節部の疼痛
は、同局部の器質又は機能障害が原因となつて、それに随伴して発生したものであ
るから、右器質又は機能障害の一症状として包括的に評価さるべき関係にあり、従
つて、本件行政処分が、本件行政解釈に従い、被控訴人の障害等級を重い右膝関節
部の機能障害のそれに該当するものと判定したのは、当然のことであつて、いわゆ
る併合繰上げを定めた労災施行規則第一四条第三項に違背するものではない。
(2) 被控訴人の右膝関節部に残存している神経症状は、被控訴人の主張するよ
うなカウザルギー又はそれに類する神経障害ではなく、その程度も、障害等級表の
第一二級を上廻わる等級に該当することはない。
 すなわち、被控訴人の右神経症状は、右膝関節部に局在する疼痛であるから、医
学的な観点のみからいえば、元来神経障害ないし神経症状の範ちゆうに入るもので
はない。けだし、身体の損傷部位に局在する疼痛は、当該部位の炎症性反応や器質
損傷によつて、その組織内に存在する知覚神経の末端機構が刺激されることにより
発生するものであるのに対し、神経障害は、部位別に脳、脊ずい、末梢神経の障害
に大別されるが、そのうち末梢神経の障害とは、当該神経の切断、圧迫等により生
じる神経症状で、労働能力の喪失を伴うものをいい、筋肉などの麻痺や放散性の激
痛発作をひきおこす神経痛及び自律神経の損傷により生じるカウザルギーなどがこ
れに該当し、被控訴人に残存しているような関節痛などの身体部位に局在する疼痛
とは、明らかに異るからである。もつとも、かような、身体の損傷部位に局在する
疼痛も、一般には神経症状と呼ばれることがあり、障害等級表第一二級の一二及び
第一四級の九に掲げられている「局部の神経症状」のなかには、これらの疼痛も包
含されているけれども、医学的にいえば、神経症状にはあたらず、かつ、これらの
疼痛が障害等級表の第一二級以上の等級に該当することはありえない。
(二) 被控訴人は、次のように付加して陳述した。
 控訴人は、被控訴人の右膝関節部に残存する神経障害は同局部の機能障害から付
随的に派生するものであるとして、本件行政解釈を援用して、重い機能障害に吸収
される、旨主張している。しかしながら、仮りに、局部的に存する神経障害が、そ
れと同一部位にある機能障害に吸収して評価される場合があるとしても、それは、
心因性の疼痛その他疼痛の発生原因について医学的な説明ができず、かつ、その疼
痛の程度が労働能力の喪失を招くおそれの稀薄な場合にかぎられる。従つて、かよ
うな神経障害は、障害等級表第一二級又は第一四級に該当するに過ぎず、そのよう
な軽微な神経障害のみが、それと同一部位の機能障害に吸収されるのである。とこ
ろが、被控訴人の右膝関節部の神経障害は、膝関節部を構成する諸器管(大腿骨、
下腿骨、関節のう等)に損傷的変化があり、かつ、その病的変化の刺激を受けて、
膝関節構成器管の組織体である神経(求心性神経系、遠心性神経系)の絞縮又は圧
迫等によつて生ずるものであるから、医学的な説明が十分可能であり、又右膝関節
部の機能障害との間に、付随性は存在しない。そして、右機能障害は、歩行動作の
迅速性を著しく減退し、正座不能その他日常生活上の不便をもたらしているけれど
も、労災保険が補償すべき労働能力喪失の面からみると、職種の選択によつては、
ある程度まではその減退を避けることができる。しかしながら、被控訴人の場合
は、右膝の疼痛が著しいため、現実には労働能力に大きな制限があり、軽易な労務
以外の労務に服することができないでおり、このことは、被控訴人が昭和四五年八
月一三日に受診した熊本労災病院医師Aの診断の結果(乙第一五号証)によつても
明らかである。それ故、被控訴人の右膝関節部の神経障害は、障害等級第七級の四
に該当するものであり、同局部の機能障害に付随して発生する軽微な疼痛ではな
い。
 そうすると、被控訴人の右膝関節部の神経障害は、当然同局部の機能障害及び器
質損傷(その内容は、従前主張のとおり。)とは別個に存在する独立の障害として
把握されるべきであり、従つて、本件行政処分が、被控訴人の障害等級を認定する
にあたり、右神経障害を右機能障害から派生したものとして取扱い、いわゆる併合
繰上げをしなかつたのは、労災施行規則第一四条第二項、第三項の法意に違背する
ものといわなければならない。
(三) 補助参加人は、次のように付加して陳述した。
 被控訴人に残存している後遺障害は、右膝関節部の運動領域の制限及び膝関節周
囲筋肉の筋力低下等の機能障害並びに右膝関節部の運動痛としての末梢神経障害で
あり、後者は、右膝関節部の末梢神経の圧迫や炎症性反応により末梢神経が刺激さ
れて生じる疼痛である。そして、同一部位における機能障害と疼痛とは、同時に発
生することが多いとしても、常にそうであるとはいえないばかりか、仮りにそうで
あるとしても、控訴人の主張するように、疼痛が機能障害から派生したものである
として、前者を後者に吸収させて評価することは、つまるところ、後遺障害の認定
にあたり、疼痛の有無は何らの意味を持たないという結果をもたらすことになる。
しかも、控訴人の場合にあつては、その労働能力に及ぼす影響は、右膝関節の機能
障害よりも、むしろ同一部位の疼痛によるところが大きいから、右疼痛の原因が神
経自体の損傷に由来するものでないからといつて、右疼痛を当該部位の器質又は機
能障害の一病状として包括的に評価するのが不当であることは、明らかである。
2 新たな立証(省略)
       理   由
一 先きに引用した、原判決挙示の請求原因一、二及び四記載の事実は、いずれも
当事者間に争いがない。
二 進んで、被控訴人に残存している後遺障害の態様及び程度について判断する。
1 右膝関節部の著しい機能障害
 被控訴人の右膝関節部に被控訴人主張のとおりの機能障害、すなわち、右膝の屈
曲が悪く、下り坂や階段の下降が困難で、正座不能、右膝関節の運動範囲は左膝関
節のそれに比して二分の一以下に制限される、という機能障害が存することは、当
事者間に争いがないところ、被控訴人は、右機能障害は障害等級表第八級の七に該
当すると主張するのに対し、控訴人は、それが同表第一〇級の一〇に該当する旨主
張している。
 そこで、検討を加えるに、障害等級表によれば、第八級の七では「一下肢の三大
関節中の一関節の用を廃したもの」と定められているのに対し、第一〇級の一〇で
は「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」と定められてい
るところ、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、乙第一号証の二、同第六号
証、同第八号証の二、同第一五号証、原審証人Bの証言及び同証言により真正に成
立したものと認められる乙第二号証、原審証人Cの証言及び同証言により真正に成
立したものと認められる乙第九号証、原審証人Dの証言並びに原審における被控訴
本人の供述によれば、被控訴人の右膝関節部の機能障害は、その運動可能領域が生
理的運動領域の二分の一以下に制限されているとはいえ、伸展一七〇度ないし一七
五度、屈曲一〇五度ないし一一〇度の伸縮が可能で、その運動制限はおおむね二分
の一弱の程度にとどまり、右膝関節の完全強直又はこれに近い状態にあるわけでは
なく、社会通念上の観点からしても、「一関節の用を廃した」とまではいえないも
のであることが明らかである。この認定に反する証拠は存在しない。
 そして、障害等級表に定める身体障害のうち、下肢(右又は左)の欠損又は機能
障害で第八級以下に該当するものとしては、右第八級の七及び第一〇級の一〇のほ
か、第一二級の七に「一下肢の三大関節の一関節の機能に障害を残すもの」という
定めが存するのみであるから、被控訴人の右のごとき右膝関節部の機能障害は、被
控訴人主張の等級である第八級の七ではなく、控訴人主張の等級である第一〇級の
一〇又はその下位の右第一二級の七のいずれかに該当することになるが、被控訴人
の右膝関節の運動可能領域が生理的なそれの二分の一以下に制限されていることか
らすれば、その機能には右第一〇級の一〇にいわゆる「著しい障害」があるものと
認めるのが相当である。
2 右膝関節部の神経症状
 前掲第一ないし第三号証、乙第一号証の二、同第八号証の二、同第九号証、同第
一五号証、成立に争いのない乙第一二号証、原審D、同C及び当審証人Eの各証言
によると、被控訴人には、右膝関節部に、右膝を内反又は最大屈曲した場合に強い
疼痛が生じるほか、いわゆる遠歩きによつても疼痛を感じる、という後遺障害を残
していること、右疼痛は、被控訴人の右膝関節部に著明な裂隙狭小化がみられ、か
つ、大腿骨下端及び脛骨上端の骨梁並びに右膝関節周辺の軟部組織に萎縮があると
ころから、知覚神経の末端機構が刺激されて生ずる、いわゆる運動痛(知覚異常)
であること、その反面、被控訴人には、脳、脊ずい及び末梢神経自体について切
断、圧迫等の損傷はなく、従つて又、右疼痛は、それら神経自体の損傷によつて惹
起される、いわゆる神経学的な症状ではないことを認めることができる。
 もつとも、被控訴人は、右疼痛はカウザルギー又はそれに類する疼痛障害にあた
る旨主張し、原審及び当審における被控訴本人の供述のうちには、それと同旨のこ
とをるる強調している部分が見受けられる。しかしながら、成立に争いのない乙第
一七号証の四、原審証人C及び当審証人Eの各証言によると、カウザルギーとは、
四肢その他の自律神経の不完全損傷によつて生じ、血管運動性症状、発汗異常、軟
部組織の栄養状態の異常、骨の変化(ズテツク氏萎縮)等を随伴する強度の疼痛で
あり、これと類似の疼痛で、神経幹の損傷がなくても、末梢自律神経の異常な反応
によつて同様な疼痛が起こることがあるけれども、局部的な、いわゆる炎症性反応
や器質損傷によつて知覚神経の末端機構が刺激されて発生する疼痛(知覚異常)と
は、まつたく性質を異にするものであることが認められるところ、被控訴人の右膝
関節部の疼痛が、右にみたごときカウザルギー又はそれに類する疼痛に該当しない
ことは、前叙認定したところによつてすでに明らかである。
 そして、障害等級表においては、神経障害による後遺障害の系列としては、第一
級の五に「半身不随となつたもの」、第七級の四に「神経系統の機能に著しい障害
を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」、第九級の一四に
「神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限され
るもの」、第一二級の一二に「局部にがん固な神経症状を残すもの」、第一四級の
九に「局部に神経症状を残すもの」と、それぞれ定められているところ、右第七級
の四及び第九級の一四は、その文理上いずれも「神経系統の機能」の障害を問題と
していることが明らかであるから、脳、脊ずい、末梢神経系統等のいずれかに損傷
が生じ、それによつて麻痺その他の機能障害や疼痛等の身体症状が発現した場合の
ことについて規定したもので、身体各部に生ずる疼痛についても、右神経系統自体
の損傷に起因して発生するものに限られ、右神経系統自体には異常がないが、局部
的に、炎症性反応や器質損傷等によつて知覚神経の末端機構が刺激されて生ずる知
覚異常のごときは包含されないものと解すべきであり、かつ、障害等級表に定めら
れている神経障害以外の系列の後遺障害の等級の序列と対比してみても、かように
解するのが合理的であるといわざるをえない。
 もつとも、右第一二級の一二及び第一四級の九では、「局部の神経症状」を問題
としているところ、当審証人Eの証言によれば、右の、知覚神経の末端機構が刺激
されることによつて生ずる知覚異常(疼痛)は、純粋に医学的な用語例としては、
「神経症状」に該当しないことが認められるけれども、一般には、かような疼痛
(知覚異常)も神経症状の一として認識されているうえ、障害等級表上かような知
覚異常(疼痛)について規定している等級は他に見当らないから、第一二級の一二
及び第一四級の九にいわゆる「神経症状」には、かような知覚異常(疼痛)も含ま
れるものと解するのが相当である(なお、前掲乙第一二号証、成立に争いのない乙
第一七号証の三、四並びに原審証人B及び当審証人Eの各証言によると、労災保険
障害補償給付支給の実務も、叙上と同一の見解に立脚して行われていることが窺わ
れる。)。
 この点に関し、被控訴人は、心因性の疼痛その他疼痛の発生原因について医学的
な説明ができない場合が障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に該当し、医
学的に説明の可能な疼痛は、同表第九級の一三又はそれ以上の等級に該当する旨主
張するかのようであるけれども、そのように解すべきいわれはなく、ひつきよう独
自の見解に由来するというほかはない。
 そこで、叙上説示したところによつて被控訴人の右膝関節部に残存している疼痛
の障害等級を考察すると、これが知覚神経の末端機構が刺激されて発生する知覚異
常(疼痛)であることは、前叙認定のとおりであるから、被控訴人主張の等級であ
る第七級の四ではなく、控訴人主張の第一二級の一二(なお、その疼痛の程度から
して、第一四級の九とはみられない。)に該当するものと認めるのが相当である。
3 右膝関節部の器質損傷
 被控訴人の右膝関節部には、著名な裂隙狭小化があるほか、大腿骨下端及び脛骨
上端の骨梁並びに関節周辺の軟部組織に萎縮があることは、前叙認定したとおりで
あるけれども、他面、前掲甲第一ないし第三号証、乙第一号証の二、同第八号証の
二、同第一二号証、成立に争いのない乙第一〇号証、原審証人D、同C及び当審証
人Eの各証言によると、前叙認定した、障害等級表第一〇級の一〇に該当する右膝
関節部の機能障害は、同局部のかような器質損傷に起因して発現したものであるこ
とが認められるから、労働能力の喪失を招来する後遺障害としてみるかぎり、被控
訴人の右膝関節部にかような器質損傷が存することは、右第一〇級の一〇に該当す
る、同局部の著しい機能障害としてすでに評価されているものというべきであり、
障害等級表上、かような器質損傷自体を後遺障害として掲げている等級は、存在し
ていない。
 この点に関し、被控訴人は、右器質損傷が障害等級表第一二級の八の「長管骨に
奇形を残すもの」に該当する旨主張しているけれども、右等級は、外見上長管骨
(大腿骨、脛骨及び腓骨)に変形が想見される奇形障害の場合をいうもので、奇形
を伴わない、単なる器質損傷の場合をいうものではない、と解するのが相当である
ところ、前掲甲第一ないし第三号証、乙第一号証の二、同第八号証の二、同第一二
号証、同第一五号証、原審証人B及び同Cの各証言によれば、被控訴人の右膝関節
部の器質損傷は、レントゲンの読影によつて認められるもので、外見上の変形を伴
う、いわゆる奇形障害ではないことが明らかである。
 従つて、被控訴人の右膝関節部の器質損傷が、同局部の機能障害とは別に、被控
訴人主張の第一二級の八に該当するということはできない。
三 叙上みてきたところによると、被控訴人には、その右膝関節部に、障害等級表
第一〇級の一〇に定める「著しい機能障害」及び同表第一二級の一二に定める「が
ん固な神経症状」(知覚異常)が残存しているものというべきであるから、次に、
この両者の後遺障害がどのような関係に立つものかが問題となる。この点に関し、
控訴人は、右両者は通常随伴する主従の関係にあるから、包括的に評価すべきであ
ると主張するのに対し、被控訴人及び補助参加人は、労災施行規則第一四条第三項
に規定する、いわゆる併合繰上げの方法によるべきである旨主張しているところ、
成立に争いのない乙第一六号証の一、二、同第一七号証の一、二及び原審証人Bの
証言によれば、昭和四二年一一月一六日付労働省労働基準局長発各都道府県労働基
準局長あての通達(基発第一、〇三六号)をもつて、被控訴人主張のとおりの解釈
例規(本件行政解釈)が示され、労災保険関係の実務上もこれをいわゆる公定解釈
として運用されてきていることを認めることができる。控訴人の右主張は、ひつき
よう、この公定解釈に従つたものにほかならない。
 そこで、以下、本件行政解釈の当否について検討する。労災保険による障害補償
給付を支給すべき身体障害の障害等級については労災保険法第一五条第一及び第二
項が、「障害補償給付は、労働省令で定める障害等級に応じ、障害補償年金又は障
害補償一時金とする。」、「障害補償年金又は障害補償一時金の額は、それぞれ、
別表第一又は別表第二に規定する額とする。」と規定して、障害補償給付の内容を
明らかにし、これを受けた労災施行規則第一四条第一ないし第五項によつて、その
具体的な障害等級及び補償給付の額を定めているところ、同一労働者に障害等級表
に掲げる身体障害が二個以上存する場合の等級決定としては、右第二項において
「別表第一に掲げる身体障害が二以上ある場合には、重い方の身体障害の該当する
障害等級による。」としながらも、右第三項において「左の各号に掲げる場合に
は、前二項の規定による障害等級をそれぞれ当該各号に掲げる等級だけ繰上げた障
害等級による。」とし、かつ、その第一号では「第一三級以上に該当する身体障害
が二以上あるとき」は一級繰上げるべきものとしている。被控訴人及び補助参加人
が、被控訴人に残存している右膝関節部の機能障害及び疼痛(知覚異常)につき、
いわゆる併合繰上げを主張しているのは、右労災施行規則第一四条第三項の規定を
根拠とするものにほかならない。
 しかしながら、他面、労災保険における障害補償給付は、労働者が業務上の災害
によつて永久的なものとなるおそれのある身体障害を蒙つた場合において、そのた
めに喪失した当該労働者の一般的な労働能力に対する公平な補償を目的とするもの
であるから、右労災施行規則第一四条第一ないし第五項の規定もかような障害補償
制度の目的に照して合理的に解釈さるべきことは、いうをまたない。従つて、いわ
ゆる併合繰上げによつて障害等級表が定める全体の序列と明らかに矛盾するに至る
場合(例えば、同一部位に障害の系列を異にする二個以上の身体障害があるが、こ
れを単純に繰上げれば、当該部位の欠損又はそのすべての機能喪失についての等級
を上廻わる結果となるとき)や、障害観察のいかんによつては、障害等級表の二個
以上の等級に該当するが、実際には、一個の身体障害しか存在しない場合には、労
災施行規則第一四条第三項をそのまま適用することはできないもの、というべきで
ある。そして、本件行政解釈は、「重い外傷又は疾病により器質的又は機能的障害
を残す場合には、一般に患部に第一二級又は第一四級程度の疼痛等神経症状を伴う
が、これを別個の障害としてとらえることなく、器質的又は機能的障害と神経症状
のうち最も重い障害等級によること。」というのであるから、帰するところ、複数
の観点からの評価が可能であるため、障害等級表上複数の系列の障害等級に該当す
ることになるが、そのすべてを包括して一個の身体障害にあたるものと観念するの
が相当である場合についての取扱いを示したものと解されるところ、当審証人Eの
証言によれば、外傷又は疾病による器質又は機能障害が残存する場合には、それに
伴つて障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に定める疼痛(知覚異常)等の
神経症状が発現するのが常態であつて、少くとも医学的には、その全体を一個の病
像として把握すべきものとされていることが認められるところ、かような原因結果
の関係をなす器質又は機能障害と疼痛(知覚異常)等の神経症状についていわゆる
併合繰上げをすることは、障害等級表が定める全体的な障害序列を乱すことにもな
りかねないから、医学的な見地からはもちろん、前叙説示のごとき公平な補償を目
的とした障害補償制度上の観点からしても、原因たる器質又は機能障害とそれに随
伴して生じる疼痛(知覚異常)等の神経症状とは、両者を包括して一個の身体障害
にあたるものと評価するのが相当である。そうであるならば、結局、労働者が外傷
又は疾病によつて器質又は機能障害を残す場合について、通例それより派生する疼
痛(知覚異常)等の、障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に該当する神経
症状を随伴している場合には、障害等級表上複数の観点からの評価が可能ではある
が、これを包括して一個の身体障害としてとらえる結果、いわゆる併合繰上げを定
めた労災施行規則第一四条第三項が適用される場合にあたらず、そのうちの最も重
い障害等級(通常器質又は機能障害のそれがこれにあたることになろう。)をもつ
て評価すべきことになる。従つて、結局これと同旨にいでた本件行政解釈は、正当
として是認することができる。
 もつとも、この点に関し、補助参加人は、右のように解釈した場合、器質又は機
能障害から疼痛(知覚異常)等の神経症状が派生するのが常態だからといつて、常
に両者が随伴するとはかぎらないから、疼痛(知覚異常)等の神経症状があつても
なくても、器質又は機能障害の同一等級をもつて評価されるという不合理な結果を
招来する、と主張している。しかしながら、我国の現行障害補償制度は、僅かに一
四等級の障害序列を定めるにとどまり、しかも、その各障害系列ごとにみれば、そ
れぞれの系列ごとにすべての障害序列を掲げているわけではないから、同一の障害
等級に属する身体障害であつても、その上限にあるものと下限にあるものとでは、
それなりの不公平を甘受せざるをえない結果となつていることからすれば、補助参
加人の右主張するところは、むしろ現行障害補償制度のかような不合理さに由来す
るものというべく、それがために、直ちに前叙説示するところを覆して、本件行政
解釈のような場合にも、労災施行規則第一四条第三項を適用すべきものとするの
は、相当でない。
四 そこで、叙上説示したところに従つて、本件の場合について考察を加えるに、
前叙二1ないし3で認定した事実関係によれば、被控訴人には、労災保険障害補償
給付の対象となる後遺障害としては、障害等級表第一〇級の一〇に該当する「著し
い機能障害」と同表一二級の一二に該当する「がん固な神経症状」とが残存してい
るところ、そのいずれもが、右膝関節部の同一部位に局在する身体障害であるう
え、前者は、同局部に存する著明な裂隙狭小化や大腿骨下端及び脛骨上端の骨梁並
びに関節周辺の軟部組織の萎縮等の器質損傷によつて発現した機能制限であるのに
対し、後者は、かような器質又は機能障害に由来して派生する、いわゆる運動痛
(知覚異常)であることが明らかであるから、本件行政処分が、右両者を包括して
一個の身体障害として評価し、重い前者の障害等級第一〇級の一〇に該当するもの
と判定したのは正当であつて、何ら違法の咎はない。
 従つて、本件行政処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は失当たるを免れな
い。
五 そうすると、これと結論を異にする原判決は不当であるからこれを取消して、
被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六
条、第八九条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤秀 篠原曜彦 森林稔)

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