弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人鍜治利一上告趣意第一点について。
 記録を精査するに、所論の第一審公判調書は、論旨の指摘する通り挿入削除多く
且つその書入方も乱雑であり、又その挿入削除の認印及び契印の押捺も亦粗略に失
し不鮮明である。殊に所論第四二丁の如きはその契印も極めて影淡く微弱であつて
卒然として見れば恰もこれを欠くかの観がないでもない。よろしく公判調書は、か
かるものではなく、正確明瞭を期すべきである。しかし、仔細に観察すれば、その
挿入削除及び契印は、いずれも刑訴第七一条第二項、第七二条所定の通り適式に為
されていることを認め得る。しかも、その内容を通覧熟読すれば、その形式、連絡
等に鑑み、後日の編綴又は挿入削除があつたとは到底認め得ないのであるから、所
論のごとく該調書を違法であり無効であると断定することはできない。従つて、右
調書の無効を前提とする論旨は理由なきものである。
 同第二点について。
 しかし、憲法第三七条は、刑事被告人が証人審問の機会を求め得る等の所謂国家
に対する受益権の一種を認めたものであつて、必ずしも刑事訴訟手続における証人
尋問につき常に直接審理主義を採用すべきことを明定した規定ではない。それ故、
憲法の該条項を根拠として、刑事被告人が自ら右権利を行使しないにも拘わらず、
裁判所は職権を以て必ず証人を公判において直接尋問しなければならぬということ
を推断し、さらにこれを理由として被告人の請求を待つて証人尋問をなすべき旨を
規定した刑訴応急措置法第一二条を違憲なりとする所論は、その根底において理由
なきものである(昭和二三年(れ)第一六七号事件、同年七月一九日言渡大法廷判
決参照)。されば、右応急措置法の規定が違憲であり無効であることを前提とする
論旨は採用の限りでない。
 同第三点、第四点について。
 刑の執行猶予の言渡をするか否かは、事実裁判所の自由裁量に委ねられていると
ころである(刑法第二五条)。従つて裁判所が各被告事件において犯罪を認定しそ
の情状を斟酌した上、被告人に対して実刑を科し執行猶予の言渡をしなかつたとし
ても、それは法律の認めた自由裁量権の範囲に属するところであり、必ずしも憲法
第一三条により保障せられている個人の尊厳を侵すものと速断することはできない。
蓋し憲法は、生命自由及び幸福追求に対する国民の権利が尊重せられるには「公共
の福祉に反しない限り」という制限を附しているのであり、しかも社会の秩序を乱
しその基礎を脅やかす犯罪に対してはこれを防圧して公共の福祉を保持するため同
法第三一条において法律の定める手続によれば刑罰として犯罪人たる個人の生命及
び自由を剥奪し得ることを認めているからである。そしてこの見解は既に当裁判所
の判例とするところである(昭和二三年(れ)第二〇一号事件、同年三月二四日言
渡大法廷判決参照)。又憲法第三七条第一項に所謂「公平な裁判所の裁判」とは、
偏頗や不公平のおそれのない組織と構成とをもつた裁判所による裁判という意味で
あつて、必ずしも個々の事件につきその内容実質が具体的に公正妥当である裁判を
意味するものではない。従つて具体的事件における裁判が不当に刑の執行猶予の言
渡をしなかつたとしても、これを目して直ちに憲法第三七条第一項に違反するもの
とはいい得ないのである。(昭和二二年(れ)第四八号事件、同二三年五月二六日
言渡大法廷判決参照)。されば仮りに論旨第三点に縷述するような事情があつたと
しても、原審は事実審として本件被告事件を審理した結果、その自由裁量権に基ず
き犯情の全貌を斟酌して被告人に実刑を科したものと認め得るのであるから、原判
決には所論のような違法はない。論旨はいずれも刑訴応急措置法第一三条第二項で
制限した量刑の不当を非難するに帰着し、上告適法の理由とならない。
 よつて刑訴第四四六条に従ひ主文の通り判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見である。
 検察官 下 秀雄関与
  昭和二三年一〇月二一日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    齋   藤   悠   輔

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