弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人は無罪。
理由
第1公訴事実の要旨
1本件公訴事実(平成21年11月26日起訴,同年12月4日訴因変更請
求・同月28日許可)の要旨は,以下のとおりである。
被告人は,Aに成り済まし,同人が所有する大阪府守口市【以下略】所在の
土地(地積1485平方メートル,以下「本件土地」という。)を売却して,
不動産業者から手付金等名下に金員を詐取しようと企て,B’ことB及びCと
共謀のうえ,平成19年4月ころ,大阪市【以下略】所在の株式会社D等にお
いて,情を知らないEらを介し,株式会社Fの実質的経営者であるGに対し,
真実は,前記A本人が本件土地の売却を希望している事実はないのに,これあ
るように装い,本件土地を売却することになった旨うそを言い,さらに,同月
25日,前記株式会社Dにおいて,被告人が前記Aに成り済まし,前記Gに対
し,偽造に係る前記A作成名義の登記申請書の末尾余白部分に,大阪法務局守
口出張所作成名義の登記済印の印影が偽造してある登記済権利証書(偽造有印
私文書である登記申請書と偽造有印公文書である登記済印の印影とが一体とな
ったもの,以下「本件権利証」という。)を真正に成立したもののように装っ
て提出して行使するなどし,同人をして,被告人が前記A本人であり,同人が
本件土地の売却を希望している旨誤信させ,よって,同日,同所において,前
記Gから,手付金及び中間金名下に現金3000万円及び額面各2000万円
の小切手2通の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させたものである。
2当裁判所は,関係証拠によれば,BとCが共謀して公訴事実記載の本件犯行
を行った事実,及び,被告人がBとCからの依頼を受け,平成19年4月25
日の株式会社Dでの本件土地の売買取引(以下「本件取引」という。)で,A
に成り済ました事実は認められるものの,本件当時,被告人が,①A本人が本
件土地の売却を希望している事実がないこと,及び,②本件権利証が真正に成
立したものではないこと,をそれぞれ認識していたという点については,合理
的な疑いをいれる余地なくこれらを認定することはできず,したがって,被告
人には,公訴事実記載の詐欺並びに偽造有印私文書行使及び同公文書行使の各
故意が認められないとの結論に達した。以下,その理由の要点について説明す
る。
第2前提事実
1Bの供述調書及び証言等の関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)Bによる地面師詐欺の計画
Bは,他人の土地の権利証等を偽造するとともに,適当な人物をその土地
所有者に成り済まさせて取引の場に出席させ,相手方に出席しているのが土
地所有者本人であると誤信させて,売買代金等名下に金員をだまし取るとい
う,いわゆる地面師詐欺を行うことを企て,平成19年2月から3月ころ,
地面師詐欺の舞台とするのに適当な土地として本件土地を探し出し,このこ
ろ,その所有者が高齢の男性であるAであることを知った。
(2)BのCに対する本人役の紹介依頼等
Bは,以前,同様の地面師詐欺を行った際に,知人であるCに,地面師詐欺
を行うことやその手口を明かした上で,礼金を払って本人役を紹介してもらっ
たことがあり,気心が知れていたことから,今回もCに本件土地の所有者であ
るAに成り済ますのに適当な人物を紹介してもらおうと考え,平成19年3月
ころ,Cに対し,本人役として80歳くらいのおじいちゃんを紹介してほし
い,うまくいけばお礼もする,などと頼んだ(この際,Bが具体的な報酬額を
言ったか否かについては,後述のとおり,Cが被告人に事前に報酬について言
ったか否かという争点と関連して,争いがある。)。Cは,Bが地面師詐欺の
本人役を探していることを認識しつつ,この依頼を引き受けた。
(3)Cの被告人に対する依頼等
Cは,Bからの依頼を受け,このころ,かねてから親交があった被告人に
対し,Aというおじいちゃんが守口にある土地を売ることになったが,病気
で取引に出席できないため,代わりに取引に行ってほしい,などと頼み,被
告人は,最終的にこれを引き受けた(この時点で,Cが被告人に対し,報酬
が支払われることやその金額について言ったか否かについては,後述のとお
り争いがある。)。
(4)被告人に対するBの説明等
平成19年3月下旬ころ,Cは,本人役を引き受ける人物として,被告人
をBに引き合わせた。この際,Bは,本名のBを名乗り,被告人に対し,土
地取引の際にA本人として出席し,領収証や契約書に簡単なサインをしてほ
しい旨依頼するとともに,Aの氏名等を記載したメモを渡して,覚えておく
よう指示し,被告人はこれを了解した。ところで,Bは,通常,本人役を依
頼する人物に対しては,その土地取引が地面師詐欺であることを事前に打ち
明けていたが,被告人に関しては,あらかじめCから,被告人にはAは病気
で寝ていると説明してある,被告人に仕事の内容をあまりいろいろ言わない
でほしい,などと言われており,必要な説明は事情が分かっているCがする
だろうと考えたことから,被告人に対し,上記以上の説明はせず,被告人が
Aの氏名等を覚えているかどうか確認するため,その後何度か被告人に会っ
た際にも,本件取引が詐欺であることや報酬について,あえて何も言わなか
った。
他方,被告人も,BやCに対し,本件取引に関するA本人の意向やその病
状を確認したり,Aとの面会やその委任状の提示を求めたりしなかった。
(5)取引までの準備等
その後,Cは,Bの依頼により,被告人を連れて身分証明書用の写真を撮
りに行き,でき上がった写真をBに渡した。Bは,これを使って,被告人の
写真が貼付されたA名義の住民基本台帳カード(以下「本件住基カード」と
いう。)を偽造した。そして,Bは,本件取引当日,被告人の付添役を務め
るCを交えて事前に喫茶店で打ち合わせをした際,被告人に本件住基カード
を手渡し,被告人は,特に何も言うことなくこれを受け取った。
また,この際,CとBは,被告人に対し,本件取引の場ではBはAの知り
合いの「B’」と名乗ると言ったが,被告人は,これについて,特に疑問を
口にすることもなく,Bの要請に応じ,その場で,本件土地の売買契約書及
び領収証にA名義の署名をした。
(6)本件取引の状況
平成19年4月25日,関係者が株式会社D事務所に集まり,本件土地の
売買代金の手付金及び中間金の授受と,所有権移転の仮登記申請手続に必要
な書類の授受を行った。
この場で,Bは,Aの根付(不動産取引における「所有者本人と専属契約
を結んでいる者」という意味)のB’と名乗り,あらかじめ用意し自分で持
参した本件権利証等を相手方に交付した。
他方,被告人は,打ち合わせどおり,A本人としてふるまい,本人確認の際
には,携帯していた本件住基カードを相手方に示し,また,司法書士の求めに
応じて,登記原因証明情報と委任状にA名義の署名をした。
そして,Gは,その場で,現金3000万円と額面2000万円の保証小
切手2枚を被告人の前に差し出した。被告人の横に座っていたCは,これを
いったん預かり,取引終了後直ちにBに渡した。
(7)取引後の状況
Bは,前記の現金と小切手の合計7000万円のうち現金500万円をCに
渡すこととし,本件取引後,大阪城公園近くの路上で,被告人と一緒に自動車
の後部座席に座っていたCに対し,「分けといてあげてや。」などと声をかけ
ながら,紙袋に入れた500万円をCに手渡した。この際,Cは,その紙袋の
中から100万円の束を取り出し,被告人からの借金の返済金であると言って
被告人に渡し,被告人はこれを受け取った(残りの400万円の行方について
は,後述のとおり争いがある。)。
2被告人が受け取った報酬の有無及び額
(1)検察官は,被告人に詐欺等の故意があったことを示す間接事実の一つとし
て,被告人は,本件取引後,BからCを介して400万円もの高額の報酬を
受け取ったと主張する。この主張は,主としてC証言に依拠するものである
ところ,被告人は,前記認定のとおり,Cから借金の返済として100万円
を受け取った事実については認めるものの,これ以外の現金は受け取ってお
らず,そもそも事前に報酬の約束はなかった旨主張するので,以下,C証言
の信用性について検討したうえで,被告人が報酬を受け取った事実の有無等
について判断する。
(2)C証言の概要
報酬の分配等に関するC証言の内容は,要旨,以下のとおりである。
アCは,Bから最初に本人役の紹介を頼まれた際,100万か150万,
お礼をすると言われたので,被告人に対し,本人役を依頼するときに,B
から言われたとおり,100万か150万はもらえると伝えた。
イ本件取引が終わり,Cが自動車の後部座席でBから現金入りの紙袋を
受け取った後,その中から自分の報酬として100万円だけを抜き取
り,隣に座っていた被告人に対し,「これは私もらった分な,借りてた
分渡しとくわな。」と言って100万円を手渡した。被告人は,これを
背広の内ポケットにしまっていた。
その後,被告人が,左手を広げて斜め前方に差し出すようなしぐさをし
たので,紙袋をそこに置けばいいのだと思い,Cは,報酬の分け前として
全額被告人に渡す趣旨で,車の間のところ(自動車内のCと被告人の間)
にこれを置いた。被告人は,一緒にいたのだから,紙袋の存在に気付いて
いたと思う。
Cが100万円を抜き取った後,紙袋にいくら残っていたかは,勘定し
ておらず,はっきりしない。Bが500万円渡したというなら,400万
円あったかもしれない。200万円から300万円はあったような気がす
る。
その後,紙袋がどうなったかは,Cは確認していない。
(3)C証言の信用性
ア事前の報酬約束等
まず,C証言中,被告人に対し,本人役を依頼する時点で,報酬が支払わ
れることやその金額を言ったとするC証言は,次の理由により,信用で
きない。
(ア)B証言との齟齬
Bは,Cに渡す報酬に関し,実際にだまし取るまで手に入る金額がわか
らないため,事前に具体的な金額は決めず,Cには,相手方から受け取る
額の1割程度を渡すと話していた,実際には,取引後,相手から受け取っ
た7000万円の中には額面合計4000万円分の小切手2通が入ってお
り,これが全額割れるかはっきりしないので,上記の報酬を500万円と
決めてこれをCに渡したと証言するところ,同証言の信用性を疑うべき特
段の事情はない。
C証言中,Bから最初に本人役の紹介依頼を受けた時点で具体的な報
酬額を聞いたとする部分は,上記のB証言との間で齟齬がある。
(イ)金額自体が不自然であること
Bが提示した具体的な報酬額が,100万円か150万円というもので
あったとする点は,この時点では,未だ取引の内容さえ確定しておらず,
利得額が不明であったことからすると,不自然かつ不合理であるほか,実
際に支払われた報酬額が,これを大幅に上回る500万円であったことと
も整合しない。
イ取引後の報酬の分配
C証言中,Bから受け取った報酬について,Cがいったん分け前として
もらった後,すぐに被告人に借金の返済として渡した100万円以外は,
被告人に全部報酬として渡したとする部分も,以下の理由により,信用で
きない。
(ア)紙袋の受け渡し方法の不自然性
そもそも,Cは,報酬を得る目的で本件犯行に関与したことがうかが
われるにもかかわらず,Bから渡された紙袋から100万円を抜き取る
際,その紙袋の中にいくら入っているのか,自分がその中から100万
円を取るとしても,被告人がいくらの報酬を受け取ることになるのかに
ついて関心を持たず,紙袋に残っている金額を確認しないまま,これを
被告人に渡すということ自体,極めて不自然で,通常考えられないこと
である。
また,C証言によると,Cは,紙袋から抜き取った100万円を被告
人に手渡す際には,その趣旨を具体的に述べているにもかかわらず,そ
の後の紙袋の受渡しについては,C自身が何も言わなかっただけでな
く,被告人もまた何も言わなかったことになるが,この点もいかにも不
自然である。さらに,Cが,100万円については,被告人がこれを背
広の内ポケットに入れるところまで,具体的かつ明確に述べながら,よ
り多額の現金が入った紙袋がその後どうなったかについて,全く見てい
ないということも,不自然といわざるを得ない。
(イ)報酬の分配割合の不合理性
Cは,自身と被告人の報酬の分配割合を自由に決定できる立場にあっ
たのに,C証言を前提とするならば,自身の取り分は100万円だけに
とどめ,残りを全て被告人に受け取らせたことになる。しかも,自身の
取り分の100万円も,これを全額被告人に対する借金返済に充ててお
り,C自身は,本件取引において本人役の紹介や被告人の付添役として
重要な役割を果たしたにもかかわらず,手元に現金が全く残らないこと
になる。また,Cは被告人に対し,本件犯行当時100万円を超える借
金を負っていたところ,自身の取り分を増やして被告人に返済すれば,
その分だけ被告人への借金が減るという状況にあったことに照らして
も,自身の取り分を100万円だけにとどめたことは,不自然かつ不合
理である。さらに,C証言によれば,Cは本件犯行の翌日に,被告人か
ら20万円を借りるために,被告人方を訪れたというのであるが,その
ようにCが金銭的に困窮していたのであれば,なおさら,自身の手元に
いくらかの現金を残そうとするのが自然であると思われる。
(ウ)銀行預金口座への入金額との不整合
被告人の本件犯行前後の銀行口座取引についてみると,本件犯行の翌
日である平成19年4月26日付けで,被告人の銀行預金口座に100
万円が入金された事実が認められる。C証言によれば,被告人は本件犯
行当日に500万円を手にしたことになるにもかかわらず,被告人がそ
のうち100万円のみを入金していることは,やや不自然といえる。な
お,本件犯行の約1週間後である同年5月2日には,被告人の2つの銀
行預金口座に,合計77万円が入金されたことが認められるものの,こ
れを踏まえて検討しても同様である。
(エ)Cに偽証の動機があること
Cは,本件犯行について,被告人の共犯者として起訴されており,C
が受け取った報酬額の多寡は,その刑事責任を判断するうえで重要な情
状事実の一つとなるものであるところ,Cが受け取った報酬額は,被告
人が受け取った報酬額と表裏の関係にある。したがって,Cには,自己
の刑事責任を軽減するため,実際には被告人に報酬を渡していないの
に,あたかもこれを渡したかのように述べ,あるいは,被告人に渡した
報酬額を過大に述べるだけの動機があるといえる。
(4)結論
以上述べたとおり,C証言のうち,被告人に本人役を依頼する際に報酬が
もらえると言ったという部分,及び本件取引後,借金返済のための100万
円のほか,紙袋の中の残りの現金をすべて被告人に渡したとする部分は,い
ずれも信用できず,他にこれらの事実を認定するに足りる証拠はない。
第3詐欺罪の故意の有無
1検察官の主張
検察官は,被告人がA本人に成り済まして本件取引に立ち会った時点で,被
告人に詐欺罪の故意があったことを推認させる事情等として,被告人が高額の
報酬を受け取っている点(この点が認定できないことは,前述のとおり。)の
ほか,①所有者に成り済まして土地売買契約を行うことについて正当な理由は
通常あり得ず,被告人も当然これを認識していたと認められるところ,被告人
は,Aに直接本件土地の売却意思の有無を確認することも,BらからAの委任
状を見せてもらうこともしておらず,Aに成り済まして土地売買契約を行うこ
とを正当化する特段の事情を説明できていない以上,Aに本件土地を売却する
意思がないことを知っていたと推認できる,②被告人は,Bから,何ら躊躇す
ることなく偽造された本件住基カードを受け取り,本件取引の際,Aに成り済
ますためにこれを使っていること,③被告人は,本件取引の場で,Bが偽名を
使っていることを認識していたこと,を挙げるので,以下,検討する。
2A本人の意思確認等をしていないこと
一般に,土地所有者に成り済まして取引の場に立ち会ってほしいという依頼
は,それ自体,そのような行為を行う必要性や適法性に疑問を抱かせるもので
あり,他人からそのような依頼を受けた場合,これらの点につき納得のいく説
明を求めるのが通常人の行動といえる。したがって,被告人が,A本人役を引
き受けるに当たり,Cが最初に述べた,Aは病気で取引に出席できないという
以上の事情の説明を求めていないことは,被告人が,Cの説明はうそで,実際
にはCらが地面師詐欺を行うことを認識していたのではないかと疑わせる事情
といえる。
しかし,関係証拠によれば,被告人は,かつてCに入院時の保証人になって
もらったことなどもあって,恩義を感じていたことが認められ,Cに請われる
まま,Cやその知人らに次々に金を貸してやっていたこと,しかも,Cは,借
入れを申し込む際に使途を偽ったり,返済約束を違えたりすることがたびたび
あり,未返済額が相当多額に上っていたにもかかわらず,被告人は,Cに頼ま
れると,すぐその言い分を信じ,新たな貸付けをしてやったり,電話代を負担
してやったりしており,本件当時82歳の高齢の単身者ということも影響して
か,Cからの依頼に対しては,これを鵜呑みにするなどして,やや軽率ともい
える対応をする傾向があったことがうかがわれる。
このような被告人の性格や行動傾向及びCとの人的関係等に照らすと,Cか
らの依頼であったので深く考えずに引き受けてしまったという被告人の弁解
を,一概に不自然として排斥することはできない。
3本件住基カードの行使
被告人は,Bに渡されて本件取引時に携帯し提示した本件住基カードが,自
分の顔写真が貼付されたA名義のものであることは,これを十分に認識し得た
ものと考えられる。
しかし,住基カードは,運転免許証等と異なり,公的機関が発行する身分証
明書としては,未だ一般に広く使用されているとはいえないことを考えると,
被告人が,これについて,本件取引の相手方にA本人であると信じさせるため
の,何らかの証明書という程度の認識しか有していなかったことも考えられな
いではない。
そうすると,被告人が,本件取引の際に,客観的には偽造公文書である本件
住基カードを使ったという事実は,被告人に,A本人が本件土地の売却を希望
している事実がないことについての認識があったことを推認させるものとまで
はいえない。
4Bによる偽名使用
確かに,本件取引までは本名を名乗っていたBが,本件取引の場では
「B’」と名乗ると聞いた被告人が,Bのこのような態度について不審を抱く
のが自然であるとも考えられる。しかし,経済活動において,個人が通称名を
使用する場合もないわけではなく,前記のような性格等を有する被告人が,こ
のことに特に疑問を持たなかったとしても不自然とまではいえない。
5結論
以上によれば,検察官が主張する間接事実を検討しても,被告人に,A本人
が本件土地の売却を希望している事実がないことについての認識があったと認
めるには,合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
したがって,被告人には,公訴事実記載の詐欺罪の故意は認められない。
第4偽造有印私文書行使罪及び同公文書行使罪の各故意の有無
本件取引に立ち会った司法書士であるHの証言等の関係証拠によれば,H
は,本件取引の際,被告人に対し,Bが提出した本件権利証等の内容につい
て,その趣旨を確認しておらず,本件権利証を含む必要書類は,まとめて机の
上に置かれた後,Hがこれらをすぐに手元に置いてその内容の確認作業に入っ
たことが認められる。
そうすると,被告人が本件権利証を手元で確認する機会はなかったうえ,そ
もそも,本件権利証は専門家であるHの目さえ欺くほど精巧に偽造されたもの
であったから,A本人が本件土地の売却を希望している事実がないことを認識
していたとは認められない被告人が,本件権利証を確認したとしても,これが
偽造されていると認識できたとは到底認められない。
以上によれば,被告人に,偽造有印私文書行使罪及び同公文書行使罪の各故
意があったとは認められない。
第5被告人の検察官調書(乙2,以下「本件検察官調書」という。)
1問題点
前記のとおり,被告人の供述以外の証拠からは,被告人に公訴事実記載の詐
欺罪等の各故意が認められないが,被告人は,平成21年11月12日に行わ
れたI検察官による取調べに対しては,詐欺罪等の故意があった旨の自白をし
ているところ,このような自白に任意性が認められるか,任意性が認められる
としても,その自白に信用性が認められるかについて,以下検討する。
2自白の任意性
(1)警察官による取調べ
関係証拠によれば,被告人に対する警察官による取調べの際,被告人が供
述調書の訂正を求めようとしたのに対し,警察官が被告人の目の前でその調
書を破り,これを被告人に投げ付けた事実が認められる(なお,被告人に対
する取調べを担当したI検察官がその警察官に確認したところでは,警察官
は,丸めた調書を被告人に投げ付けたのではなく,被告人の前にある机に向
けて投げ付けたと説明したとのことであるが,要するに,被告人のいる方向
へ投げ付けたことに変わりはない。)。このような取調べは,被告人を威迫
するおそれのあるものであり,そのような事実があったことからすれば,被
告人が供述するとおり,警察官が被告人に対し,大声でやくざのような言葉
を使って取調べを行った疑いも否定できない。
そうすると,少なくとも警察官に対してなされた被告人の供述について
は,その任意性に疑いが残るといわざるを得ない。
(2)検察官による取調べ
I検察官は,取調べを開始する際に,黙秘権を告知したうえ,「ここは警
察署ではなくて検察庁でありますから,警察で話したことと同じことを話す
必要はありませんよ。」と説明したと述べており,この点は被告人も記憶が
ないと述べるのみで,これを積極的に否定してはいない。
また,I検察官が取調べを開始した時点では,それまでの警察官調書は被
告人の主観面に関する供述があいまいであり,中途半端な内容であったう
え,被告人は,A本人に成り済まして本件取引をしたことは認めていたもの
の,相手方をだますつもりはなかったというような否認をしていたのであ
り,被告人は前記(1)で述べたような警察官の取調べがなされていたにもか
かわらず,自白していなかったことが認められる。
したがって,警察官による違法な取調べがあったとしても,それが検察官
の取調べにまで影響していたと認めることはできない。
そして,本件検察官調書には,被告人は本件取引に関して報酬を受け取っ
ていないこと等,被告人の内心以外の事実関係については,被告人が主張す
るとおりに記載されていること,被告人自身,I検察官による取調べは特別
きつい物の言い方ではなかったと述べていることにかんがみれば,同検察官
による取調べ自体に,被告人の供述の任意性に疑いをいれるような事情は見
当たらない。
(3)被告人の公判供述
ところで,被告人は,公判で,平成21年11月12日にI検察官による
取調べを受けるために,検察官室に入ったところ,すぐに,同検察官から,
「2年間の間,逃げ回っとったやろう。」などと恫喝されたと述べるが,同
検察官による取調べは,それ以前に2回行われており,3回目の取調べにな
ってから,同検察官がそのように恫喝したとは考えにくい。
また,被告人は,同日の取調べで作成された検察官調書への署名を拒否し
たところ,I検察官から,被告人がCらに金銭を貸し付けていることについ
て,貸金業法違反で立件すると脅されたと述べるが,本件取引に関して報酬
を受け取っていないこと等について,被告人自身の主張を貫き,その旨の検
察官調書が作成され,訂正申立てまでした後に,同検察官から貸金業法違反
で立件すると脅迫されたというのは,唐突で不自然との感を否めない。
さらに,被告人は,I検察官の取調べでは,検察事務官とともに,2人が
かりで厳しく追及されたと供述するが,被告人自身,その状況について,
「机の前にJ刑事がおられて。」と説明しているように,警察官による取調
べと混同していることがうかがわれる。
したがって,被告人の上記各公判供述はいずれも信用できない。
(4)検討
以上によると,本件では警察官による取調べに違法の点がうかがわれ,そ
の際の供述の任意性に疑いがあるものの,その違法性は検察官による取調べ
に影響することなく,検察官取調べに関して被告人が恫喝された等と述べる
点はいずれも信用できないことを考え合わせれば,当裁判所が本件検察官調
書について,その際の被告人の供述に任意性が認められるとして,これを証
拠採用したことに違法はない。
3自白の信用性
次に,被告人の自白は,以下のとおりの理由により,本件当時の被告人自身
の認識を述べる部分については,その信用性を認めることはできない。
前記のとおり,I検察官は,取調べを開始した時点で,被告人の主観面があ
いまいだったので,この点を明確化するために検察官調書を作成しようと考え
て取調べに臨んだことがうかがわれる。そして,実際に,同検察官は,病気の
Aの代わりに取引の場に行ったと述べていた被告人に対し,「何で本人として
行く必要があるのかと,Aさんの代わりに代理人として行きましたというのな
ら話は分かるんですが,何でAさん本人に成り済ます必要があるのかと,そこ
が不合理じゃないかというふうに追及しました。」と述べている。そして,本
件検察官調書には,Cからの依頼に対して,「本人が病気であれば,代理の人
間に取引させればいいのに,私が本人として取引をするのは相手方をだますこ
とになるのではないかと思いました。」,Bの話を聞いて,「Aさんの土地を
勝手に売ろうとしているんだ,私にAさん本人に成り済ますように頼んできて
いるんだ。」という被告人の当時の認識が述べられているが,これらはI検察
官が述べるような追及がなされ,被告人がこれを受け入れて行われた供述とう
かがわれる。
しかし,H証言によれば,土地所有者本人でなく,代理人が土地売買取引の
場に出席する場合には,別途土地所有者本人の売却意思を確認する必要がある
ことが認められるのであって,現実の不動産取引においては,病気になった土
地所有者本人の代わりに代理人が出席したとしても,すぐにその取引を完結さ
せることはできない。I検察官の追及はこの点を十分説明せずになされたもの
と認められる(この点,I検察官も,そのような不動産取引の実情について,
「その当時は頭が回っておりませんでした。」と述べている。)のであって,
このような必ずしも意を尽くしているとはいえない追及を受けて行われた自白
については,その内容が自然で理に適っているか,それとも事実に反して取調
官が主張するとおりの供述をした疑いがあるかについて,慎重に吟味する必要
がある。
そこで検討すると,被告人の自白の内容は,まず,Cの依頼を聞いて,被告
人が本人として取引をするのは相手方をだますことになるのではないかと思っ
たというものであるが,A本人に成り済ます以上,その限りで相手方をだます
ことになるのであるから,この点は公訴事実記載の詐欺罪の故意,すなわち,
A本人が本件土地の売却を希望している事実がないことを,被告人が知ってい
たことの認定の根拠とはなり得ない。そして,被告人は,Bの話を聞いて,本
件土地を勝手に売ろうとしていると思ったと供述しており,その前提として,
Bから契約書に「A」とサインすることや,Aの氏名等が書かれたメモを渡さ
れて,契約の日まで覚えることを求められたことを挙げるが,これらはいずれ
もBらが本件土地を勝手に売ろうとしていると被告人が思ったことの十分な理
由とはなり得ず,その間には論理の飛躍があるといわざるを得ない。
また,被告人は一貫して報酬の約束や交付はなかったと主張しているとこ
ろ,被告人が報酬の約束もないのに,Bらが計画している本件土地の無断売買
について,それを知りながら加担したというのは不自然である。
以上によれば,被告人の自白の内容には,不自然,不合理な点が認められ,
被告人が取調官による必ずしも意を尽くしているとはいえない追及を受け,事
実に反して取調官が主張するとおりの供述をした疑いがあるといわざるを得な
い。
以上によれば,本件検察官調書のうち,被告人が本件当時の認識について述
べる部分については,その信用性を肯定することができない。
第6結語
以上検討したとおり,被告人に,公訴事実記載の詐欺罪並びに偽造有印私文
書行使罪及び同公文書行使罪の各故意があったと認めるに足りる証拠がないか
ら,これらの各罪について犯罪の証明がないことに帰着する。
よって,被告人に対し,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。
(求刑懲役3年)
平成22年7月8日
大阪地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官細井正弘
裁判官福島恵子
裁判官池上弘

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弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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採用担当宛