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平成一一年(ワ)第六八〇七号 実用新案権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結日 平成一二年一二月六日)
            判      決
   原告     株式会社マミーアート
右代表者代表取締役     【A】
   原告     【B】
   原告     【A】
   原告     【C】
原告ら訴訟代理人弁護士   安 原 正 之
同             佐 藤 治 隆
同           小 林 郁 夫
右補佐人弁理士     福 田 武 通
同             福 田 賢 三
同           福 田 伸 一
被告     ラッキー工業株式会社
右代表者代表取締役     【D】
右訴訟代理人弁護士     本 渡 諒 一
同             伊 藤 孝 江
同           趙   星 哲
同           木 島 喜 一
右補佐人弁理士       清 水 久 義
      主      文
一 被告は、別紙物件目録記載のバッグを製造販売してはならない。
二 被告は、原告【B】、同【A】及び同【C】に対し、金六四七万八
四八八円及びこれに対する平成一一年四月一六日から支払済みまで年五分の割合に
よる金員を支払え。
三 被告は、原告株式会社マミーアートに対し、金五〇六三万五一五二
円及び内金八九七万二三五二円に対する平成一一年四月一六日から、内金四一六六
万二八〇〇円に対する平成一二年八月一〇日から、各支払済みまで年五分の割合に
よる金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余は
被告の負担とする。
六 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
            事実及び理由
第一 請求
一 主文第一項に同じ
二 被告は、原告【B】、同【A】及び同【C】に対し、金一五七〇万一八八〇
円及びこれに対する平成一一年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金
員を支払え。
三 被告は、原告株式会社マミーアート(以下「原告会社」という。)に対し金
一億五六九三万七六三〇円及び内金二〇九三万七六九〇円に対する平成一一年四月
一六日から、内金一億三六〇〇万円に対する平成一二年八月一〇日から、各支払済
みまで年五分の割合による金員を支払え。
(なお、原告主張に係る損害額の合計は、一億五六九三万七六九〇円であ
る。)
第二 事案の概要
 原告らは、被告によるウエストバッグの製造、販売行為が原告らの有する実
用新案権を侵害すると主張して、右行為の差止め、損害賠償を求めた。
一 前提となる事実(特に断らない限り、争いがない。)
1 当事者
 原告会社及び被告は、業としてバッグ類等を製造販売している。
2 原告らの実用新案権
 原告【B】、同【A】、同【C】は、次の実用新案権(以下「本件実用新
案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を共有していたが、平成一〇年
一〇月五日、これを原告会社に移転登録し、以後、原告会社が、本件実用新案権を
有している。
(一) 登録番号   第二五六二九三〇号
(二) 考案の名称  ウエストバッグ
(三) 出 願 日  平成三年四月二三日
(四) 登 録 日  平成九年一一月七日
(五) 実用新案登録請求の範囲 別紙実用新案登録公報写しの該当欄記載の
とおり(以下、右公報掲載の明細書を「本件明細書」という。)
3 本件考案の構成要件の分説
 本件考案の構成要件を分説すると以下のとおりとなる。
(一) バッグ本体の両端部に長さの調節が可能なウエストベルトを連結した
ウエストバッグにおいて、
(二) 上記バッグ本体の上面を布地7で上部の芯板収納部8と、下部の物入
れ5に仕切り、物入れの前面に開閉具4で開閉可能な開閉口を設け、
(三) 芯板収納部8中にはバッグ本体の上面6を内側から補強する芯板9を
入れると共に、
(四) この芯板収納部8の前面にも開閉具10で開閉可能な開閉口を設けた
ことを特徴とする
(五) ウエストバッグ
4 被告の行為(被告製品の特定については争いがある。各当事者の主張は、
分けて記載する。)
 被告は、業として、ウエストバッグ(以下「被告製品」という。)を製
造、販売している。
(原告らの主張)
 別紙物件目録記載のとおりである。
(被告の認否)
 同目録の「一 ウエストバッグ部1の説明」のうち、4については、「前
壁面7側の中央に紐幅の開口部16を設け、後壁面8側の縁は伸縮可能にゴム紐が
装着された上面5内側面積よりも大きい布カバー17が、上面5内側の前縁部及び
両側縁部に縫着されている。」とすべきであり、5については、一行目「芯板1
8」を「略逆L字形の芯板18」とすべきである。その余については原告らの主張
を認める。
5 構成要件(一)の充足性
 被告製品は、構成要件(一)を充足する。
二 争点
1 被告製品は構成要件(二)を充足するか。
(原告らの主張)
 被告製品は構成要件(二)を充足する。
 被告製品のバッグ本体3の外縁部7は、芯板18が収納されたバッグ本体
3の内側空間部分とポケット部4を仕切っているので、構成要件(二)の「布地7」
に該当する。
 構成要件(二)における「布地7」は、布地であれば良く、バッグ本体と同
質の材料を仕切布として使用することは何ら差し支えないうえ、バッグ本体の形状
及び製造方法についても特段の限定がないのであるから、上部と下部の物入れのサ
イズが異っていること及び上下の物入れを縫着により製造することも任意に選択し
て差し支えない。下部の物入れを上部の物入れに縫着しても、物入れとしてのバッ
グであることに何ら変わるところはない。
 被告製品のウエストバッグ部1は、本件考案のバッグ本体に該当する。そ
して、被告製品の外縁部7はウエストバッグ部1の内部であるバッグ本体3とポケ
ット部4とに仕切っているのであるから、外縁部7は、構成要件(二)における布地
7に該当する。
 また、被告製品におけるポケット部4に設けた開閉用ファスナー21は、
構成要件(二)の前面開閉具4に該当する。被告製品におけるポケット部4は、以下
のとおりの理由から、バッグ本体3の前面に、単に付加されたものとはいえない。
すなわち、①被告製品の取扱説明書では、バッグ本体3とポケット部4とを一体的
に扱っていること、②被告製品の製法を見ると、バッグ本体3及びポケット部4
は、それぞれ数枚の裁断布を縫い合わせて一個のウエストバッグ部1を構成してい
ること、③被告製品においては、バッグ本体3の外縁部7は、一方で、バッグ本体
3の一部を構成しているが、他方で、ポケット部4の側壁を構成しているため、バ
ッグ本体3とポケット部4とを仕切る役割を果たしていることから、明らかであ
る。
(被告の反論)
 被告製品は、構成要件(二)における「布地7」「開閉具4」を有しない。
 構成要件(二)における「布地7」は、バッグ本体の内部を上下に二段に仕
切る仕切布であって、バッグ本体を構成する布地を含まない。布地7が存在しなく
とも、バッグ本体はバッグとしての機能を有する。また、芯板収納部8と下部の物
入れ5は、バッグ本体の内部にあって布地7を境にして、上下室の関係になければ
ならない。
 これに対し、被告製品における外縁部7は、バッグ本体を構成する布地で
あり、バッグ本体を上下に二段に仕切る仕切布ではない。外縁部7が存在しない限
り、バッグ本体も完成しない構造とされている。被告製品は、外縁部7の外側にポ
ケット部4を逢着している。ポケット部4がなくても、バッグとして機能する。ま
た、被告製品では、バッグ本体3とポケット部4とは、上下二段の構造ではなく、
バッグ本体3の前面に、ポケット部4が付着されているのであるから、相互の位置
関係は前後である。
 また、後記のとおり、構成要件(二)における布地7は、芯板9を載置する
ことによりバッグ本体の上面6を内側から補強するものであるのに対し、被告製品
における外縁部7は、単にバッグ本体の前壁面の一部にすぎず、芯板の重量が加わ
らないから、芯板を支持していない。
2 被告製品は構成要件(三)を充足するか。
(原告らの主張)
被告製品は本件考案の構成要件(三)を充足する。すなわち、被告製品のバ
ッグ本体3の上面5を補強する芯板18は本件考案の芯板9に該当する。
 構成要件(三)においては、布地7で仕切った上部を芯板収納部8とし、該
芯板収納部8内に芯板9を設けさえすればよく、収納された芯板9の配置構造及び
支持構造について、何ら限定がされていないのであるから、右配置構造及び支持構
造の差異は本件考案の構成要件該当性に何ら影響しない。本件明細書を詳細に検討
しても、本件考案において芯板が布地に支持されると限定される記載は存しない。
 また、被告製品のバッグ本体3内部には芯板18が収納されるから、構成
要件(三)の芯板収納部8を具備する。バッグ本体3内に肩掛けベルト12その他の
小物の収納が可能であるとしても、芯板収納部であることが否定されるものではな
い。
(被告の反論)
 被告製品は、構成要件(三)の「芯板」及びそれを収納するための「芯板収
納部8」を有しない。
 構成要件(三)は、①芯板9を芯板収納部8に挿入し、布地7の上に載置す
る、②芯板9は、芯板収納部8の下面である布地7で支持される、③布地7は、芯
板9及び幼児の体重を支える作用を有する、という構造のものに限定されて解釈さ
れるべきである。
 これに対し、被告製品は、①芯板18をバッグ本体に挿入固着する、②芯
板18は、(a)一対の芯板取り付けベルト11A、Bの係着、(b)ベルト13の先端
のバックル12とベルト24の下端部のバックル26の嵌合、(c)ベルト15の先端
のDリング14とベルト24のひも27との掛け通しにより、バッグ本体の上面5
と後壁面8に結縛され支持される、③右組み合わせが、芯板18と幼児の体重を支
える作用を有する、という構造である。
 したがって、被告製品は、構成要件(三)の「芯板9」を具備しない。
 作用効果の点から見ても、被告製品では、バッグ本体3の内部には、芯板
のみならず、肩掛ベルト12その他の小物が収納されるようになっているので、本
件考案の「芯板収納部」ということはできない。
3 被告製品は構成要件(四)を充足するか。
(原告らの主張)
被告製品は構成要件(四)を充足する。すなわち、被告製品のバッグ本体3
の前面に設けられたアーチ状の開閉用ファスナー10は、構成要件(四)の開閉具1
0に該当する。
 被告製品のウエストバッグ部1のバッグ本体3は、本件考案の「上部の芯
板収容部8」に該当するので、バッグ本体3に設けられている開閉用ファスナー1
0は、構成要件(四)の開閉具10に該当する。
(被告の反論)
 被告製品は、構成要件(四)の「開閉具」を有しない。
 すなわち、構成要件(四)の開閉具10は、バッグ本体3が上下二段に仕切
られ設けられた二条の開閉具のうちの上段の開閉具である。これに対し、被告製品
におけるファスナー21は、バッグ本体3の前面に付着されたポケット部4に設け
られているにすぎないから、バッグ本体3には二条の開閉具は設けられていない。
4 被告製品は構成要件(五)を充足するか。
(原告らの主張)
被告製品はウエストバッグであるから、本件考案の構成要件(五)を充足す
る。
 被告製品のバッグ本体3にはウェストベルト9が連結されているから、肩
掛けベルトが存在しても、被告製品は構成要件(五)のウエストバッグに当たる。
(被告の反論)
 被告製品は、ウエストバッグに主点を置いたものではなく、芯板と共働し
て子供を載せて運ぶ用具という点に主点を置いたものであるから、構成要件(五)を
充足しない。
5 本件考案は、無効事由の存在が明らかであるから、本件請求は権利の濫用
に当たるか。
(被告の主張)
 本件考案には、以下のとおりの明らかな無効事由が存在する。
 本件実用新案登録請求の範囲は、布地による仕切り位置、仕切りの具体的
構成、芯板収納部と物入部の形状、芯板の大きさと形状等において様々な構成を選
択する余地を残している。しかし、そのすべての場合に本件考案の効果、すなわ
ち、幼児を腰掛けさせてもバッグ本体が型崩れせず安定し、幼児の座り心地がよい
という効果が得られるわけではない。したがって、本件考案は未完成であり、本件
実用新案権は無効原因を有する。
 ウエストバッグにおいて幼児を腰掛けさせるための工夫として、芯板を配
設する構成は、本件実用新案登録出願以前から多く採用されていたから、本件考案
の課題は、この芯板をどのように配設固着するかである。ところで、「バッグ本体
の上面を内側から補強する芯板」の具体的構成を欠く本件考案は、新規性及び進歩
性を欠く。
 以上のとおり、本件実用新案権は無効事由を有することが明らかであるか
ら、これに基づく本件請求は権利の濫用に当たる。
 なお、本件考案については、本件実用新案登録の請求の範囲の訂正請求が
されているから、現段階では、被告製品が本件考案の技術的範囲に含まれるかを判
断することはできない。
(原告らの反論)
 争う。公知技術は、いずれも本件考案の構成とは相違するから、これによ
り本件考案の新規性及び進歩性が否定されることはない。
6 損害額はいくらか。
(原告らの主張)
(一) 原告会社及び被告は、業としてバッグ類等を製造販売している。原告
会社は、その余の原告らが共有していた本件実用新案権を平成一〇年一〇月五日に
譲り受けた。
(二) 被告は、平成一〇年二月以後、被告製品を販売している。被告製品の
販売単価は四三〇〇円であり、月間販売数量は約四〇〇〇個である。
(三) 原告【B】、同【A】、同【C】の損害(期間平成一〇年二月から平
成一〇年一〇月四日まで)については、当該期間の販売個数は三万六五一六個、販
売額は一億五七〇一万八八〇〇円となり、実施料率は一〇パーセントが相当である
から、実施料相当額の損害は一五七〇万一八八〇円となる。
(三) 原告会社の損害(期間平成一〇年一〇月五日から平成一二年七月末日
まで)については、平成一〇年一二月末日までは実施料相当額で算定し、平成一一
年一月一日以降は原告会社の利益ないし被告の利益を基礎として算定した額を主張
する。
 平成一〇年一〇月五日から同年一二月末日までの間については、販売個
数は一万一四八三個、販売額は四九三七万六九〇〇円となり、実施料相当額の損害
は四九三万七六九〇円となる。
 平成一一年一月一日から平成一二年七月末日までの間については、販売
個数は七万六〇〇〇個であり、原告製品一個当たりの原告の利益は、二〇〇〇円で
ある(なお、被告製品一個当たりの被告の利益もこれを下らない。)から、一億五
二〇〇万円が当該期間の原告会社の損害となる(なお、このうち、平成一一年三月
一日以降販売分についての一億三六〇〇万円については訴訟提起後に請求を拡張し
た。)。
 原告会社の損害額の合計は、一億五六九三万七六九〇円となる。
(被告の反論)
 争う。被告製品の平成一〇年二月から平成一二年七月までの販売個数
は、合計五万〇九三五個である。被告製品一個当たりの販売価格(卸売価格)は、
平均すると小売価格八九〇〇円の約五〇パーセントの四四五〇円である。そこで、
被告製品全体の販売額は、約二億二六六六万〇七五〇円となる。被告製品の原価は
二七八三円となるから、一個当たりの利益額は一六六七円である。
 さらに、損害額の算定に当たっては、本件考案の寄与度が参酌されるべ
きである。すなわち、被告製品は、着脱可能な肩掛けベルト部2、アーチ状開閉フ
ァスナー10、ウレタンスポンジを使用した尻当22、肩掛けバンド23に設けら
れたベルト止め具25等が存在することにより、本件考案にはない機能を有する。
また、イ号は、アーチ状開閉ファスナー10やバッグ本体の形状等のデザインも優
れている。したがって、被告の得た利益の八割は被告製品独自の機能、デザインに
より取得されたものである。
第三 争点に対する判断
一 争点1(構成要件(二)の充足性)について
1 本件明細書の実用新案登録請求の範囲中、本件考案の構成要件(二)に関す
る部分(以下便宜的に「構成要件(二)」と表記する。)とは、「上記バッグ本体の
上面を布地7で上部の芯板収納部8と、下部の物入れ5に仕切り、物入れの前面に
開閉具4で開閉可能な開閉口を設け、」と記載されている。なお、「仕切る」とは
「区画する、間を断つ」という意味であるから、構成要件(二)は、布地7によっ
て、上部の芯板収納部8と下部の物入れ5とに区画されることを指すと解するのが
相当である。
 これに対して、被告製品は、「ウエストバック部1は、バッグ本体3と、
該バッグ本体3に縫着されたポケット部4から構成され」、「バッグ本体3は、上
面5、両側壁面6、前壁面7、後壁面8から成る袋体であり、両側壁面6後端部に
長さの調節が可能なウエストベルト9が連結され、前壁面7上部から両側壁面6下
部にかけて、アーチ状の開閉用ファスナー10が配設され」、「ポケット部4は、
バッグ本体3よりも薄型かつ小型の袋部であり、バッグ本体3の前壁面3の外側に
縫着されており、上面から両側面側にかけてコの字状の開閉用ファスナー21が配
設されている」。
 そうすると、①被告製品のバッグ本体3の「外縁部7」は、芯板18が収
納されたバッグ本体3とポケット部4を区画しているのであるから、構成要件(二)
の「布地7」に該当し、②バッグ本体3とポケット部4の位置関係は、バッグ本体
3が相対的に上部にあり、ポケット部4が相対的に下部にあることは明らかである
から、被告製品の「バッグ本体3」、「ポケット部4」は、それぞれ構成要件(二)
の「芯板収納部8」、「物入れ5」に該当し、③さらに、被告製品の「開閉用ファ
スナー21」は、ポケット部4全体から見て相対的に前部の面に設けられているの
であるから、構成要件(二)の「前面開閉具4」に該当すると解することができる。
 したがって、被告製品は、本件考案の構成要件(二)を充足する。
2 これに対し、被告は、以下のとおり主張して、構成要件(二)の充足性を争
う。すなわち、被告製品における、①外縁部7は、バッグ本体を構成する布地であ
り、バッグ本体を上下に仕切る仕切布ではないと解すべきであり、また、芯板を支
持していない、②バッグ本体3とポケット部4との位置関係は、前後であって、上
下ではない、③開閉具21がポケット部4の前面に設けられていないとの点を挙げ
る。
 しかし、被告の主張は、次のとおりの理由により失当である。すなわち、
①については、構成要件(二)は、「布地7」に関して、その構造や製造方法に何ら
限定を加えていないことは明らかであるから、上部の芯板収納部と下部の物入れを
縫着する構造のものも、当然に「布地7」に該当することを何ら妨げるものではな
いし、また、後記のとおり、「布地7」は芯板収納部9を、直接支持することまで
は必要とされていないと解すべきであるので、この点の被告の主張は理由がない。
②については、本件考案において、上部の芯板収納部8と下部の物入れ5との位置
関係が規定されている技術的意味は、本件明細書の「考案の詳細な説明」中の「課
題を解決するための手段」及び「考案の効果」欄の記載によれば、芯板収納部には
芯板が収納され、その芯板によりバッグ本体の上面幼児を腰かけさせて抱くことが
できるようにするため、芯板収納部は物入れに対し相対的に上部になければならな
いというものと認められる。そうすると、このような作用効果を実現できる程度の
相対的な上下関係が芯板収納部と物入れとの間にあれば、構成要件(二)を充足する
ことを妨げない。被告製品においては、このような作用効果が実現されているのみ
ならず、前記のとおり、ポケット部4はバッグ本体3より下方にあることは明らか
であるので、この点の被告の主張も理由がない。③については、本件考案におい
て、開閉具4が物入れの前面にあると規定されている技術的意味は、開閉具が物入
れ5の前方に位置した方が、内部の物を出し入れするのに便利であるという趣旨で
あるから、「前面」とは、右作用効果を実現できる程度の相対的な位置で足りると
解すべきである。被告製品においてこのような作用効果が実現されているのみなら
ず、前記のとおり、ファスナー21はポケット部4全体から見て相対的に前部の面
に設けられていることは明らかであるから、この点の被告の主張も理由がない。
二 争点2(構成要件(三)の充足性)について
1 本件考案の構成要件(三)に関する部分は、「芯板収納部8中にはバッグ本
体の上面6を内側から補強する芯板9を入れると共に、」と記載されている。
 これに対して、被告製品は、「バッグ本体3内部の左右位置に、上面5内
側に基端が縫着されたベルト11Aと後壁面8内側に基端が縫着されたベルト11
Bを面ファスナー11Cで合着された一対の芯板取り付けベルト11が配設され、
バッグ本体3内部の後壁面8中央部に、先端にバックル12を取り付けたベルト1
3と、先端に一対のリング14を取り付けたベルト15がそれぞれ固着され」、
「バッグ本体3内部に芯板18が、上面5と後壁面8に接するように配設され、芯
板18は、その垂下壁側の中央部に開口部19と、その垂下壁側の左右位置に各1
個の開口部20を有し、ベルト13とベルト15が開口部19に挿入され、ベルト
11Bが開口部に挿入され、ベルト11Aと面ファスナー11Cで係着して、芯板
18が内側に取り付けられ、芯板18は布カバー17で覆われ」、「ベルト24の
下部バックル26及びひも27をバッグ本体3の開閉口から布カバー17の開口部
16に通し、バックル26とベルト13の先端のバックル12を嵌合させ、ひも2
7をべルト15の先端のDリング14に掛け通すことにより、バッグ本体3と肩掛
けバンド23とが連結されている」(弁論の全趣旨、検甲一の1、2、検乙一、
二)。
 そうすると、被告製品におけるバッグ本体3内部の芯板18は、①二条の
ベルト11A、Bの係着、②ベルト13の先端のバックル12とベルト24の下部
のバックル26の嵌合、③ベルト15の先端のDリング14とベルト24のひも2
7との掛け通しによって、バッグ本体の上面5と後壁面8に結縛、支持されている
のであるから、芯板18は、バッグ本体の上面5を内側から補強しているといえ
る。以上のとおり、被告製品の「芯板18」は、バッグ本体3の上面5を補強する
のであるから、構成要件(三)の「芯板9」に該当する。
 したがって、被告製品は、本件考案の構成要件(三)を充足する。
2 これに対し、被告は、以下のとおり主張して、構成要件(三)の充足性を争
う。すなわち、本件考案は、芯板9が布地7の上に載置されこれにより支持される
ものに限定されるのに対し、被告製品は、そのような構成とは異なるから、構成要
件(三)を充足しないと主張する。しかし、本件明細書の実用新案登録請求の範囲に
は、「芯板収納部8中にはバッグ本体の上面6を内側から補強する芯板9を入れる
と共に、」と記載されていること、「考案の詳細な説明」にも、芯板9が布地7に
より支持される構成に限定すべきと解するような記載はないことから(もとより本
件明細書の「実施例」に限定すべきであるとする根拠もない。)、この点について
の被告の主張は前提を欠き、理由がない。
三 争点3、4(構成要件(四)、(五)の充足性)について
 本件考案の構成要件(四)に関する部分は、「この芯板収納部8の前面にも開
閉具10で開閉可能な開閉口を設けたことを特徴とする」と記載されている。これ
に対して被告製品は、「バッグ本体3は、上面5、両側壁面6、前壁面7、後壁面
8から成る袋体であり、・・・前壁面7上部から両側壁面6下部にかけて、アーチ
状の開閉用ファスナー10が配設されている」。そうすると、前述したとおり、被
告製品のバッグ本体3は、本件考案の「芯板収納部8」に相当するのであるから、
被告製品が構成要件(四)を充足することは明らかである。
 また、被告製品はウエストバッグであり、本件考案の構成要件(五)を充足す
ることも明らかである。被告製品に肩掛けベルトが存在することは、何ら右結論を
左右しない。
四 争点5(権利濫用の有無)について
 被告は ①本件考案は未完成であること、②新規性及び進歩性を欠くことを
理由に、本件考案に無効事由の存在することが明らかであり、本件実用新案権に基
づく本件請求は権利の濫用に当たる旨主張する。
 ①については、確かに、本件考案の構成においては芯板をどのように支持す
るかは実施例以外には具体的に示されていないが、これをもって、考案が未完成で
あるとすることは到底できない。また、②については、以下のとおり、本件考案が
明らかに新規性ないし進歩性を欠くものとは認められない。すなわち、被告が挙げ
る本件実用新案出願時の公知技術(乙二ないし五)は、いずれも芯板を外せない構
造のものか、芯板の存在しない構造のものであるのに対し、本件考案は、芯板を外
して物入れとするという点で相違するのみならず、本件考案がこれらの公知技術に
基づいてきわめて容易に考案することができたと解することはできない。
 したがって、この点に関する被告の主張は理由がない(なお、被告は、本件
実用新案登録の訂正請求がされているので、本件考案の技術的範囲への被告製品の
属否は判断できないと主張するが、訂正請求に対する判断が確定していない以上、
現在の実用新案登録請求の範囲の記載に基づき判断すべきであり、この点について
の被告の主張は失当である。)。
六 争点6(損害額)について
1 被告製品の販売個数、販売価格について
 原告らは、被告製品の平成一〇年二月から平成一二年七月までの販売個数
につき、月間販売数量が約四〇〇〇個である旨主張する。弁論の全趣旨によれば、
販売個数は、平成一〇年二月から三月まで五九九七個、同年四月から平成一一年三
月まで二三八一五個、同年四月から平成一二年三月まで一五八五六個、同年四月か
ら七月まで五二六七個、合計五〇九三五個の限度で認められるが、全証拠によるも
これを上回る個数を認めることはできない。さらに、弁論の全趣旨によれば、被告
製品一個の販売価格(卸売価格)は、一個当たり四四五〇円と認められる。
2 原告【B】、同【A】、同【C】の損害について
 平成一〇年二月から平成一〇年一〇月四日までの被告製品の販売個数は、
一万八一九八個と認められる(平成一〇年四月から同年一〇月四日までの販売数に
ついては、日割計算した。)。したがって、販売額は、八〇九八万一一〇〇円とな
る。本件考案が解決しようとする課題及び解決手段の具体的な内容(芯板収納部に
も開閉口を設け、芯板を入れることにより、幼児用腰掛けとすることができ、ま
た、芯板を外すことにより、上部も物入れとすることができること)等を総合して
斟酌するならば、その実施料相当額は、右販売額の八パーセントである六四七万八
四八八円が相当である。
 なお、被告は、損害額の算定に当たっては、被告製品独自の機能、デザイ
ンの寄与度を参酌すべきである旨主張するが、被告製品においては、その全体が本
件考案の実施品であって、一部のみが実施部分であるような場合でないことは明ら
かであるから、寄与度を参酌する余地はない。
3 原告会社の損害について
 被告製品の販売個数は、平成一〇年一〇月五日から同年一二月末日までに
ついて五七四二個、平成一一年一月一日から平成一二年七月末日までについて二万
六九九五個(このうち平成一一年三月一日以降販売分は二万三一四六個)と認めら
れる(平成一〇年一〇月五日から同年一二月末日まで、及び平成一一年一月一日か
ら同年三月三一日までの販売数については、日割計算した。)。
 平成一〇年一〇月五日から同年一二月末日までの販売額は、二五五五万一
九〇〇円となる。前記の考慮要素に照らすならば、その実施料相当額は、右販売額
の八パーセントである二〇四万四一五二円が相当である。
 平成一一年一月一日から平成一二年七月末日までの販売分に係る損害につ
いて検討する。証拠(甲五の1ないし5、六)及び弁論の全趣旨によれば、被告製
品と同種のバッグである原告製品については、①小売価格が八五〇〇円、販売価格
(卸売価格)が三八二五円、原価(本体仕入価格、カタログ価格、袋代、外箱代、
運送代の合計)が一七七五円であること、②卸売価格から原価を控除した額は二〇
五〇円であること、③通常、右掲記以外の一般管理費等の経費が、ある程度は存在
すると推認されること、④被告製品については、小売価格が八九〇〇円であり、そ
の利益額が一六六七円であること(その限度で争いはない。)等が認められ、この
諸事情を勘案すると、原告製品一個当たりの利益額は、一八〇〇円と解するのが相
当である(なお、右額を超える被告製品一個当たりの被告の利益額を認めるに足り
る証拠はない。)。したがって、二万六九九五個に一八〇〇円を乗じると四八五九
万一〇〇〇円となる。
 そうすると、原告会社の損害額は、前記二〇四万四一五二円と四八五九万
一〇〇〇円の合計五〇六三万五一五二円であると認めることができる(なお、この
うち、請求が拡張された部分である平成一一年三月一日以降販売分に対応する損害
額は、四一六六万二八〇〇円となり、これに対する遅延損害金の起算日は平成一二
年八月一〇日となる。)。
 なお、寄与度を参酌すべきであるとの被告の主張は、前記のとおり理由が
ない。
4 合計額
 したがって、原告【B】、同【A】、同【C】の損害額は、六四七万八四
八八円となり、原告会社の損害額は、五〇六三万五一五二円となる。
七 結論
 よって、原告らの本件請求は、主文第一項ないし第三項記載の限度で理由が
あるからこれを認容し、その余を棄却する。
  東京地方裁判所民事第二九部
    裁 判 長 裁 判 官      飯  村  敏  明
          裁 判 官      沖  中  康  人
          裁 判 官      石  村     智
別紙 物件目録
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