弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差戻す。
         理    由
 上告人東京高等検察庁検事長佐藤博の上告趣意について。
 原判決によれば、原審は昭和二三年五月二四日被告人両名に対し銃砲等所持禁止
令違反及び強盗予備の各犯罪事実を認定して、被告人Aを懲役八月及び罰金三千円
に、被告人Bを懲役八月に各処断し、且つ前者に対しては五年間後者に対しては四
年間右懲役刑の執行を猶予する旨言渡したのである。然るに、一件記録第一五三丁
及び第一五四丁にある前科調書によれば被告人Aは昭和二二年八月二八日浦和地方
裁判所において詐欺及び横領罪により懲役一年に、又被告人Bは昭和一八年八月二
四日浦和区裁判所において、窃盗罪により懲役一〇月に処せられそれぞれ該裁判確
定の日から五年間右刑の執行を猶予されていたものの如くである。そして右前科調
書はそれに押捺されてある裁判所の受付日附印によつて明らかであるように、いず
れも原判決言渡後にはじめて原審に提出され記録に編綴されたものであるから、原
審は本件判決を為すに当つてこれを斟酌し得なかつたことは勿論であるが、該調書
の記載が真実に合するものであるとすれば、原判決は結果において刑法第二五条第
一号所定の条件を無視して刑の執行猶予を言渡したものとなることは論旨の主張す
る通りである。
 元来、事実審が刑の執行猶予の言渡をするには、まずその前提として法定要件の
一つである被告人が「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」であることを
判断しなければならぬことはいうまでもない。しかしこの事実の判断は、自由心証
主義の下に経験則に従い合理的に為されれば足るのであるから、必ずしも常に前科
調書によつてこれが調査をしなければならぬというものではない。もとよりかかる
調査方法が最も簡明確実であることは言うまでもないが、前科調書はこれを求めて
も容易に適時に得られないこともあり、又その内容が措信し得られないような場合
も絶無とはいい得ないのである。従つて、当該事案の経緯、被告人の経歴、その他
諸般の事情に照らして、被告人にかかる前科あることの疑惑の生じない場合にあつ
ては、一応前科なきものと推断するを妨げないのである。それ故、唯前科調書によ
る調査を経ないで前科なきことを判断したという一事だけを捉えて審理不尽又は経
験則その他の法令違反ありと速断することはできない。
 しかるに本件において、原審第一回公判調書の記載によると、被告人等は審理の
冒頭にあたつて、いずれも従来氏名を詐称していたことを陳謝し、はじめてその本
名を告白しているのである。殊に被告人Aの如きは昭和二二年八月浦和地方裁判所
において詐欺及び横領罪により懲役一年に処せられ五年間その刑の執行を猶予せら
れている旨自白しているのである。かように被告人が氏名を詐称する場合には往々
前科の暴露をおそれる配慮に出ることがあり又被告人Aは前科を自白している位で
あるから、被告人等については、刑法第二五条第一号所定の前科に関し、多大の疑
惑なきを得ない事情の下にあつたと見なければならぬ。しかるに原審は、前科につ
いて他に右疑問を一掃するに足る事由が見られないにも拘わらず何等その調査を遂
げた形跡もなくただ漫然として被告人等に対して執行猶予の言渡をしている。それ
故前科の有無についての判断に関しては、十分審理を尽さなかつた違法が存すると
いうことができる。さればこの点において結局原判決全部は破棄を免れ得ないので
あつて論旨は結局その理由がある。
 よつて刑訴第四四七条第四四八条ノ二第一項に従い主文の通り判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見である。
 検察官 茂見義勝関与
  昭和二三年一一月一八日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    斎   藤   悠   輔

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