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平成24年9月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(行ケ)第10301号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年9月5日
判決
原告ケーシーアイライセンシン
グインコーポレイテッド
同訴訟代理人弁理士小野尚純
飯田隆
奥貫佐知子
被告特許庁長官
同指定代理人関谷一夫
村田尚英
石川好文
守屋友宏
主文
1特許庁が不服2009-24970号事件につい
て平成23年5月11日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記
2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成
り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとお
り)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)原告は,平成12年4月7日,発明の名称を「創傷部治療装置」とする特
許を出願した(特願2000-610537。パリ条約による優先権主張日:平成
11年(1999年)4月9日(アメリカ合衆国)。請求項の数12)。
原告は,平成20年8月29日付けの最後の拒絶理由通知に対し,平成21年2
月25日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をした(甲3)。
特許庁は,同年7月16日付けで本件補正の却下決定(以下「本件補正却下決
定」という。)をするとともに(甲4),拒絶査定をしたため(甲5),原告は,
同年11月30日,これに対する不服の審判を請求した。
(2)特許庁は,これを不服2009-24970号事件として審理し,平成2
3年5月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その
審決謄本は,同月24日,原告に送達された。
2本件補正前後の特許請求の範囲の記載
本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおり
である(なお,文中の「/」は改行箇所を示す。)。
(1)本件補正前の請求項1の記載(ただし,平成20年4月22日付け手続補
正書(甲2)による補正後のものである。以下,本件補正前の特許請求の範囲に属
する発明を「本願発明」という。)
哺乳類の創傷部の治癒を促進するための治療装置であって,創傷部上又はその内
部に導入されるようになっている液透過性の多孔性パッドと,多孔性パッドを創傷
部に固定すると共に創傷部と多孔性パッドのまわりを気密シールする非透過性滅菌
布カバーと,排出チューブを介して多孔性パッドに接続され,負圧により創傷部か
ら吸引された体液を収集するための真空キャニスターと,ホースを介してキャニス
ターに接続されており,創傷部に加えられる負圧を発生する吸引ポンプと,キャニ
スターとポンプとの間に挟まれた少なくとも一個のフィルターとを備えたものに於
いて,/前記多孔性パッドは,少なくとも1つの部分的外側表面部と内側本体部を
有する多孔体からなり,前記外側表面部が100μm未満の微孔径からなる第1孔
群を有して創傷部表面に生体親和性良好な状態で接触するよう形成され,前記内側
本体部は真空吸引に好都合な孔径寸法のより大きい第2孔群を有し,且つ,前記パ
ッドは外側表面部が創傷部に隣接した状態で前記滅菌布カバーにより固定されるこ
とを特徴とする治療装置
(2)本件補正後の請求項1の記載(下線部分は本件補正による補正箇所である。
以下,本件補正後の特許請求の範囲に属する発明を「本件補正発明」といい,本件
補正後の明細書(甲1,3)を,図面を含めて「本件補正明細書」という。)
哺乳類の創傷部の治癒を促進するための治療装置であって,創傷部上又はその内
部に導入されるようになっている液透過性の多孔性パッドと,多孔性パッドを創傷
部に固定すると共に創傷部と多孔性パッドのまわりを気密シールする非透過性滅菌
布カバーと,排出チューブを介して多孔性パッドに接続され,負圧により創傷部か
ら吸引された体液を収集するための真空キャニスターと,ホースを介してキャニス
ターに接続されており,創傷部に加えられる負圧を発生する吸引ポンプと,キャニ
スターとポンプとの間に挟まれた少なくとも一個のフィルターとを備えたものに於
いて,/前記多孔性パッドは,少なくとも1つの部分的外側表面部と内側本体部を
有する多孔体からなり,前記外側表面部は体液を透過させるに充分な大きさである
が100μm未満の微孔径からなる第1孔群を有して創傷部表面に生体親和性良好
な状態で接触するよう形成され,前記内側本体部は真空吸引に好都合な孔径寸法の
より大きい第2孔群を有し,且つ,前記パッドは外側表面部が創傷部に隣接した状
態で保持されるように前記滅菌布カバーにより固定されていることを特徴とする治
療装置
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本件補正発明は,後記ア及びイの引用例1
及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもので
あるから,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであって,本件
補正却下決定は適法であり,本願発明も,上記各引用例に記載された発明に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規
定により,特許を受けることができない,というものである。
ア引用例1:特表平10-504484号公報(甲6)
イ引用例2:特開平7-16256号公報(甲7)
(2)本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」とい
う。)並びに本件補正発明と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりであ
る。
ア引用発明1:哺乳動物の創傷部の治癒を促進するための治療装置であって,
創傷部に設けられる液透過性の多孔性パッドと,多孔性パッドを創傷部に固定する
とともに創傷部を覆い,かつ,創傷部の周囲に気密-タイトシールを形成する包帯
と,排液チューブを介して多孔性パッドに接続され,負圧により創傷部から吸引さ
れた液体を収容するキャニスターと,ホースを介してキャニスターに接続されてお
り,創傷部に負圧を形成する吸引ポンプと,キャニスターとポンプとの間に少なく
とも1個のフィルターが介在するものにおいて,多孔性パッドは,発泡体からなり,
傷腔表面に接触するよう創傷部の周縁に近い大きさに切断され,吸引が行われた時
に良好な透過性を確保でき,かつ,パッドは傷腔の凹部内にきっちりと詰め込まれ
て前記包帯により固定されている治療装置
イ一致点:哺乳類の創傷部の治癒を促進するための治療装置であって,創傷部
上又はその内部に導入されるようになっている液透過性の多孔性パッドと,多孔性
パッドを創傷部に固定するとともに創傷部と多孔性パッドのまわりを気密シールす
る非透過性滅菌布カバーと,排出チューブを介して多孔性パッドに接続され,負圧
により創傷部から吸引された体液を収集するための真空キャニスターと,ホースを
介してキャニスターに接続されており,創傷部に加えられる負圧を発生する吸引ポ
ンプと,キャニスターとポンプとの間に挟まれた少なくとも一個のフィルターとを
備えたものにおいて,多孔性パッドは,外側表面部と内側本体部を有する多孔体か
らなり,外側表面部は体液を透過させるに充分な大きさである孔群を有して創傷部
表面に接触するよう形成され,内側本体部は真空吸引に好都合な孔径寸法の孔群を
有し,かつ,パッドは外側表面部が創傷部に隣接した状態で保持されるように滅菌
布カバーにより固定されている治療装置
ウ相違点:本件補正発明の多孔性パッドが,外側表面部は体液を透過させるに
充分な大きさであるが100μm未満の微孔径からなる第1孔群を有して創傷部表
面に生体親和性良好な状態で接触するよう形成され,内側本体部は真空吸引に好都
合な孔径寸法のより大きい第2孔群を有しているのに対し,引用発明1の多孔性パ
ッドでは,外側表面部の有する孔群の孔径の具体的な数値が明らかでなく,また,
外側表面部の有する孔群の孔径と内側本体部が有する孔群の孔径とに特段の差違も
なく,さらに,多孔性パッドの外側表面部が創傷部表面に生体親和性良好な状態で
接触しているのか否かも明らかでない点
(3)また,本件審決が認定した引用例2に記載された発明(以下「引用発明
2」という。)は,次のとおりである。
皮膚相容性の多層創傷ドレッシングであって,ポリウレタンフォームからなる中
間吸収層の下に皮膚と接触する分子濾過膜を設け,当該分子濾過膜は,最大孔径が
0.001ないし0.5μmの多孔性の分子濾過膜であって,創傷からの液体滲出
物を,中間吸収層に迅速に除去するとともに,その表面が滑らかで孔径が小さいた
め,組織細胞が中に入り込むのを妨ぐことができ,ドレッシングを剥離する際の外
傷はほとんどなくなる,創傷ドレッシング
4取消事由
独立特許要件に係る判断の誤り
(1)引用発明2の認定の誤り
(2)引用発明2の適用の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
(1)引用発明2の認定の誤りについて
ア引用例2【0018】には,「分子濾過膜は創傷部位を覆って皮膚に「接
触」させる」と記載されているが,これは,同【0035】の記載と矛盾しており,
誤訳であるというべきである。引用例2に対応する欧州特許(甲8)の当該部分
(【0020】)では,「…isattachedtothebodyoverawoundsite.」とさ
れており,正しくは,「覆うように取り付け」と認定すべきである。
また,実施態様において創傷接触層が任意的付加事項であることと,分子濾過膜
が創傷と接触するか否かとは別個の問題であり,引用例2には,上記誤訳部分を除
き,分子濾過膜を創傷に直接的に接触させることを示す記載は存在しない。
イ引用例2【0047】【0016】【0017】の各記載からすると,引用
例2に記載された発明における分子濾過膜は,創傷部位における高分子量創傷治癒
用化合物の濃度を増大させて治癒効果を促進するために,創傷部からの滲出液の一
部(水分及び低分子量分子)のみを透過させ,滲出液中のサイトカイン等の創傷治
癒因子は透過させないものである。そのため,引用例2に記載された発明の孔径は
最大で0.5μmであり,浸出液の一部のみを透過させるものであるのに対して,
本件補正発明における孔径は,「外側表面部は体液を透過させるに充分な大きさで
あるが,100μm未満」であり,略1μmよりも大きいものである。本件補正発
明において,多孔性パッドの外側表面層を構成する第1孔群は,①体液を透過させ
るに充分な大きさであること,②100μm未満の微孔径であることの双方を充足
するものであるから,本件補正発明の多孔性パッドは創傷部からの体液の全ての成
分を透過させるためのものではないとする被告の主張は,上記②のみに着目し,①
の要件を無視するものであって,相当ではない。
ウ以上によれば,本件審決の引用発明2の認定は,誤りである。
(2)引用発明2の適用の誤りについて
ア動機付けについて
(ア)本件補正発明は,通常は,外科医による縫合が施される創傷部に,縫合に
代えて治療処置を施すものであり,多孔性パッドの外側表面部を創傷部に接触させ,
ホースを介して多孔性パッドに負圧を加え,創傷部から体液を積極的に真空吸引し
て真空キャニスターに収集するとともに,創傷部に負圧による修復作用を加えるも
のである。
これに対して,引用例2に記載された発明は,「バンドエイド」等の商品名で一
般に販売されている簡易治療具近似のものであり,創傷部を覆う状態にし,滲出液
(体液)中の過剰な水分及び低分子量分子は分子濾過膜を通過させて中間吸収層に
浸透させ,大きな分子量を持つ創傷治癒因子は分子濾過膜を透過させることなく創
傷部に保持し,創傷部における創傷治癒用化合物の濃度を増大させるものである。
また,引用例2に記載された発明は,上記目的を達成するために,孔径が著しく
小さい(0.001~0.5μm)分子濾過膜を使用するものである。これは,本
件補正発明における「体液を通過させるには充分な大きさである」孔径とは相容れ
ないものである。
しかも,創傷部に存在したバクテリアは,本件補正発明では,多孔性パッドを透
過して真空キャニスターに進入し,膜フィルターで保持されるが,引用例2に記載
された発明では,創傷部に留まるものである。
したがって,本件補正発明と引用例2に記載された発明とでは,治癒様式及び透
過物質がいずれも本質的に相違するものである。
(イ)多孔性パッドの外側表面部は,本件補正発明では,創傷部表面に生体親和
性良好な状態で接触するが,引用例2に記載された発明では,分子濾過膜は創傷部
表面に接触する創傷接触層と中間吸収層との間に介在するものである。
したがって,本件補正発明と引用例2に記載された発明とでは,創傷部に対する
使用形態が本質的に相違するものである。
(ウ)以上によれば,引用発明1に,引用例2に記載された発明を適用する動機
付けを認めることはできない。
イ阻害事由について
本件補正発明における外側表面部と引用例2に記載された発明における分子濾過
膜とは,前記アのとおり,使用目的,使用形態及び機能が全く異質のものである。
しかも,引用例2に記載された発明における分子透過膜の孔径は,著しく小さい
(0.5μm以下)過小孔径で,真空吸引作用が効果的に創傷部に伝えられない傾
向があり,本件補正発明の真空吸引作用を加える様式の治療装置に適用することは
困難であるから,引用発明1に対する適用には阻害事由がある。
ウ小括
以上によれば,本件補正発明は,引用発明1及び2に基づいて,当業者が容易に
発明をすることができたものということはできない。
(3)本件審決は,以上のとおり,引用例2に記載された発明の認定を誤り,本
件補正発明の進歩性を否定し,独立特許要件を充足しないとしたものであって,取
消しを免れない。
〔被告の主張〕
(1)引用発明2の認定の誤りについて
ア引用例2の図1に図示された多層創傷ドレッシングは,創傷部における組織
が分子濾過膜の表面に接触することを前提とした上で,分子濾過膜の孔径が小さい
ため,組織細胞が孔の内部へと成長・侵入することを防ぐものである。同図の多層
創傷ドレッシングが創傷接触層を備えていたとしても,分子濾過膜は,創傷部の組
織と接触し得るものであるから,本件審決が引用発明2の分子濾過膜の認定に当た
り,「皮膚と接触する分子濾過膜」とした点に誤りはない。
引用例2の他の記載(【0034】【0048】【0049】等)からすると,
創傷接触層は任意的付加事項にすぎないものというべきであるから,【0018】
の記載をも参酌すれば,分子濾過膜が皮膚と接触することは明らかである。
イ引用例2【0015】【0017】からすると,仮に,引用発明2の分子濾
過膜が創傷滲出物の全ての成分を透過・流出させるものではないとしても,過剰な
水分等の創傷滲出物を透過・流出させる分子濾過膜である点に変わりはなく,本件
審決が,引用発明2の分子濾過膜について,「創傷からの液体滲出物を,中間吸収
層に迅速に除去する」と認定した点に誤りはない。
また,本件補正発明の孔径は,特に下限を規定するものではない。孔径を「10
0μm未満」としたのは,治療する組織がパッド内に成長しないように十分閉じた
孔とするため(本件補正明細書【0013】【0015】【0030】)であって,
引用発明2のように,「0.001~0.5μm」であってもよいものである。孔
径を1μmとすると,血漿以外の白血球(直径10~30μm)や赤血球(直径約
8μm)等の固体成分は孔を通過することが困難であるから,本件補正発明の多孔
性パッドは,創傷部からの体液の全ての成分を透過させるためのものではない。
したがって,本件補正発明の発明特定事項からしても,技術的な合理性からして
も,本件補正発明の多孔性パッドの外側表面層の孔径が略1μmよりも大きくなけ
ればならないとする根拠は存在しない。
ウ以上によれば,本件審決の引用発明2の認定に誤りはない。
(2)引用発明2の適用の誤りについて
ア動機付けについて
(ア)「創傷部に負圧による修復作用を加える」ことは,本件補正発明の発明特
定事項とはされておらず,本件補正明細書にも記載されていない。引用発明1及び
2は,負圧の有無の点において相違するが,創傷部から液を積極的に排出する点で
同じである。また,引用例2【0002】の組織細胞が中に入り込むのを防ぐとい
う課題は,創傷治療におけるごく一般的な技術課題であって,引用発明1に内在す
るものであるし,引用発明2の解決手段からみても,引用発明1に引用発明2を適
用することは容易に着想できるものというべきである。引用発明2の分子濾過膜も
多孔性であり,当然空気も通過可能であるから,負圧がないからといって引用発明
1への適用が阻害されるものではない。しかも,引用例2【0006】には,従来
例として,孔径を1ないし20μmとすることが記載されている。
本件補正発明と引用発明2の孔径は,いずれも100μm未満である点で一致し
ているし,体液の全部ではないにせよ水分等の成分を透過させるに充分な大きさで
ある点でも一致している。引用発明2の分子濾過膜も,その孔径に応じたバクテリ
アを透過させるものである。
したがって,本件補正発明と引用発明2とでは,治癒様式,透過物質及び創傷部
に対する使用形態がいずれも本質的に相違するものではない。
(イ)本件補正発明では,微孔径の下限数値は特定されていないから,引用発明
2の分子透過膜の孔径が排除されるものではないし,引用発明2の分子濾過膜も,
水分及び低分子量分子を通過させる多孔性であり,空気が通過可能である。
したがって,本件補正発明と引用発明2とでは,真空吸引作用の伝達性が本質的
に相違するものではない。
(ウ)以上によれば,引用発明1に引用発明2を適用する動機付けが認められる。
イ阻害事由について
本件補正発明における外側表面部と引用発明2における分子濾過膜とは,前記ア
のとおり,使用目的,使用形態及び機能が本質的に相違するものではない以上,引
用発明1に引用発明2を適用することに,阻害事由は存在しない。
ウ小括
以上によれば,本件審決の相違点に係る判断に誤りはなく,本件補正発明は,引
用発明1及び2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものというべ
きである。
(3)本件審決の引用発明2の認定,本件補正発明の進歩性及び独立特許要件に
係る判断には,以上のとおり,誤りはない。
第4当裁判所の判断
1本件補正発明について
本件補正発明の特許請求の範囲は,前記第2の2(2)に記載のとおりであるとこ
ろ,本件補正明細書(甲1,3)には,おおむね次の記載がある。
(1)発明の分野
本件補正発明は,創傷部の治療,詳しくは,使い捨て創傷部体液キャニスターと,
創傷の治癒を促進するために創傷部の組織と生体とに適合性がある,創傷部の組織
には付着しない,多孔性のパッドとを備えた,コンパクトな内蔵型の創傷部を閉じ
るための装置に関する発明である(【0002】)。
(2)背景事情
創傷部を閉鎖するには,創傷部が閉じるまで,隣接する上皮及び皮下組織を創傷
部の中心に向けて移動させなければならないが,大きい創傷部又は感染した創傷部
では,創傷部が自然に閉じる能力が低下し,閉鎖は困難であった(【0003】)。
創傷部の閉鎖に関する最も一般的な技術は,縫合糸又はステープルを使用する方
法であるが,このような機械的な閉鎖技術は,創傷部に隣接する皮膚組織に張力を
与えるという点が主な欠点である(【0004】)。
例えば,大きく深く開いた創傷部のように,ステープル又は縫合糸によって容易
に治療できない創傷部もあったので,創傷部に向かう上皮及び皮下組織の移動を促
進するのに十分な面積にわたって創傷部に連続的な負圧を加えることにより,創傷
部の排出のための方法が提案されていたが,実用上の欠点を有していた(【000
5】【0006】)。
そこで,本件補正発明は,パッドを生体に適合性のある材料から製造し,肉芽組
織(コラーゲン,フィブロネクチン及び小食細胞並びに繊維芽細胞及び治療を助け
る新生血管を運ぶヒアルロン酸のマトリックス)がパッド内に移動しないよう,十
分小さい孔径のパッドとすることを目的とし,従来技術を前提として,特許請求の
範囲記載の構成,すなわち,①組織と適合性のある滑らかな表面と,②成長因子が
含浸された表面と,③パッド表面に分子状の移植体を有し,及び/又は,④抗菌性
を有するパッドを使用する構成を採用するものである(【0008】)。
(3)発明の概要
本件補正発明によれば,多孔性パッドは,少なくとも1つの部分的外側表面部と
内側本体部とを有する多孔体によって構成されるものであり,その外側表面部は体
液を透過させるのに充分な大きさであるが,100μm未満の微孔径からなる第1
孔群を有して創傷部表面に生体親和性良好な状態で接触するよう形成され,内側本
体部は真空吸引に好都合な孔径寸法のより大きい第2孔群を有し,かつ,パッドは
外側表面部が創傷部に隣接した状態で保持されるように滅菌布カバーにより固定さ
れていることを特徴とする治療装置が提供されるものである。この多孔性パッドは,
排出チューブが嵌合される細長い孔を有し,また,ポリウレタン発泡体とポリエー
テル発泡体とからなる群から選択された材料から製造されていることが望ましい
(【0015】)。
(4)好ましい実施例の詳細な説明
パッドが吸引される際の透過性を良好にするには,真空チューブに隣接する多孔
性パッドの内側表面又は表面が高度に網目状となっていることが望ましい。しかし,
治療中の組織がパッドと架橋するのを防止しながら,パッドに吸引空気流が流れる
ようにするためには,創傷部に隣接するパッドの外側表面は滑らかで,かつ,約1
00μmの孔径が必要である。この孔径の上限の範囲は正確には不明であるが,1
00ないし1000μm(1mm)の大きさである。孔径の下限は,空気及び体液
が流れることができるのに十分な大きさである1μm程度に小さくてよい(【00
26】)。
創傷部閉鎖装置を使って創傷部から体液を除く際,創傷部の体液によって真空ポ
ンプが汚染されないようにする必要がある。そのため,創傷部体液がキャニスター
内に留まって真空ポンプ内に流入しないように出口への創傷部体液の流れをブロッ
クするために,フィルタキャリア及びフィルタキャップを利用して出口の上にフィ
ルタが取り付けられている。実施例において,フィルタは,バクテリアバリアとな
る0.2μmの疎水性膜フィルタを用いている(【0040】)。
2引用発明2の認定の誤りについて
(1)引用例2の記載
引用例2(甲7)には,おおむね次の記載がある。
ア特許請求の範囲
【請求項1】0.001ないし0.5μmの最大孔径を有する分子濾過膜を備えた
創傷ドレッシング
イ産業上の利用分野
引用例2に記載された発明は,傷,火傷,潰瘍その他の外傷を負った哺乳類の皮
膚の治療に用いる多層創傷ドレッシングに関する発明である(【0001】)。
ウ従来の技術
創傷ドレッシングが創傷部の被覆・保護に有用であることはよく知られている。
創傷ドレッシングは,創傷部に殺菌性の環境を与え,創傷表面を湿潤状態に保つ一
方で,創傷滲出物を速やかに吸収するのが好ましい。創傷ドレッシングは,創傷の
治癒を極力邪魔しないようにし,かつ引き剥がすのが容易で,その際皮膚に傷を残
すことがないようにしなければならない(【0002】)。
エ発明が解決しようとする課題
従来,皮膚相容性・蒸気透過性・液体水分不透過性の材料により構成された,創
傷滲出物が通過できる少なくとも1つの穿孔を有する内側膜と,中間吸収層と,皮
膚相容性・蒸気透過性・液体水分不透過性の非孔質の外側膜を備えた多層貯留型創
傷ドレッシングが存在した。この創傷ドレッシングは,内側膜の縁部に塗布された
接着剤によって皮膚に固着され,創傷滲出物は,内側膜に設けられた穿孔を通じて
中間吸収層に吸収される。滲出物のうち,蒸気成分は半透過性の外側膜から外部に
放出され,蒸気成分以外の成分は中間吸収層に保持される。しかし,貯留型創傷ド
レッシングは,組織の一部が内側膜の穿孔に入り込み,ドレッシングを引き剥がす
際,組織に大きな傷を残すおそれがある(【0003】【0004】)。
内側微孔質膜,中間吸収層及び空気透過性外側保護テープを備えた創傷ドレッシ
ングもあるが,これは,内側微孔質膜には穿孔はなく,かつ,その内側微孔質膜の
全面が創傷部位に接着されるよう,その片側全面に感圧性の接着剤を塗布しており,
内側微孔質膜は,径が1ないし20μmで,平均孔径が15μmの微孔を有する。
この創傷ドレッシングは,内側微孔質膜の微孔を通して創傷滲出物を吸収し,創傷
をより回復しやすく,かつ,従来の創傷ドレッシングに比べ,剥離時に傷を残さな
いとされている(【0006】)。
オ課題を解決するための手段及び作用
引用例2に記載された発明は,最大孔径が0.001ないし0.5μmの液体透
過性分子濾過膜を備えた創傷ドレッシングであって,従来技術の長所は全て兼ね備
え,さらに,創傷の治癒のためによりよい環境を与えるものである(【0007】
【0008】)。
分子透過膜の水性液に対する透過性は,膜の多孔性,疎水性及び電荷を調整する
ことにより制御することができる。通常,分子濾過膜は,創傷からの滲出量が多く
ても,分子濾過膜を通じて速やかに流出させるよう,水性液に対しては高い透過性
を示す(【0015】)。
この特徴は,水性液を透過させない従来の半透過性膜とは好対照である。引用例
2に記載された発明の創傷ドレッシングでは,創傷治癒因子,結晶タンパク質その
他の創傷滲出液の高分子成分及び白血球や他の細胞は,分子濾過膜を透過できず,
創傷部位に保持される。これに対し,バクテリアは,外側から分子濾過膜を通過す
ることができず,創傷部に感染を引き起こすことはない(【0016】)。
引用例2に記載された発明の多層創傷ドレッシングは,創傷部位における創傷治
癒のための環境を改善するところ,この効果は,創傷部位において,サイトカイン,
グルコサミノグルカン及びタンパク質等の,分子濾過膜を透過できないほどの大き
な分子量を有する創傷治癒因子を保持することによって得られる。TGFβ等の比
較的分子量の小さいホルモンは,グルコサミノグルカンなどの高分子と強固に結び
つくことにより,創傷部位に保持される。創傷滲出物からの過剰な水分及び低分子
量分子は,分子濾過膜を通じて中間吸収層に迅速に除去される(【0017】)。
引用例2に記載された発明の創傷ドレッシングは,分子濾過膜で創傷部位を覆っ
て皮膚に接触させる。また,分子濾過膜の上に,分子濾過膜を通過した創傷滲出物
を吸収する中間吸収層を備える。中間吸収層は,包帯,接着剤等の手段で所定の位
置に保持されるが,中間吸収層の上の外側保護膜によって保持されるのが好ましい。
外側保護膜は,中間吸収層に吸収された滲出物が漏洩して衣服やベッドのシーツ類
を汚すのを防止する。中間吸収層は,内側分子濾過膜と外側半透過性膜とによって
完全に封鎖されるのが好ましく,布,超吸収体,泡又は粒状吸収体など,広範な吸
収材料が,吸収層それ自体として,あるいは吸収層の中に組み入れられて用いられ
る。吸収材料は,皮膚と相容性でなければならず,また創傷滲出物の存在下で,分
子濾過膜を通って逆進・拡散し,創傷の治癒を妨害する低分子量の断片をつくり出
すような反応や加水分解を起こしたりするものであってはならない。中間吸収層の
吸収量は,通常500ないし1万g/m2
である(【0018】【0019】【0
022】)。
カ実施例
引用例2に記載された発明の多層創傷ドレッシングは,外側保護膜,中間吸収層,
分子濾過膜,創傷接触層,感圧接着剤層及び剥離剤を塗布した保護膜を具備する
(【0035】)。
中間吸収層は,吸収材料の層と,ポリウレタンフォーム層からなり,接着剤層に
より所定の位置に保持される(【0038】)。
分子濾過膜は,中間吸収層の周縁部から延び出ており,その周縁部は,接着剤層
によって外側保護膜に接着される。中間吸収層は,分子濾過膜と外側保護膜とによ
って完全に包囲されるため,中間吸収層に吸収された液体が漏洩することはない
(【0041】)。
引用例2に記載された発明の創傷ドレッシングは,皮膚相容性で吸収性がよく,
ほとんど傷を残さずに剥離できる。また,創傷部位に接触して,親創傷性・生吸収
性のゲル層を与える。分子濾過膜は,体内の創傷治癒因子,あるいは創傷接触層に
含まれる高分子成分の通過を防止しながら,創傷からの液体滲出物を中間吸収層に
迅速に除去する。分子濾過膜は,表面が滑らかで孔径が小さいため,組織細胞が中
に入り込むのを防ぐことができ,ドレッシングを剥離する際の外傷はほとんどなく
なる。さらに,創傷からの液体滲出物は,包囲された中間吸収層の中に衛生的に保
持される(【0047】)。
引用例2に記載された発明の具体的な実施態様としては,分子濾過膜の最大孔径
が0.01ないし0.5μmである創傷ドレッシングのほか,分子濾過膜に吸収層
を重ねて設けてもよいし,分子濾過膜の下に,生体相容性の創傷接触材を含む創傷
接触層を設けてもよい(【0049】)。
(2)本件審決の引用発明2の認定の是非
本件審決における引用発明2の認定のうち,皮膚と接触する分子濾過膜に係る認
定及び分子濾過膜の孔径に係る認定を除くその余の認定については,当事者間に争
いがない。
ア皮膚と接触する分子濾過膜について
(ア)前記(1)のとおり,引用例2に記載された発明は,外傷を負った哺乳類の
皮膚の治療に用いる多層創傷ドレッシングについて,創傷部に殺菌性の環境を与え,
創傷表面を湿潤状態に保つ一方で,創傷滲出物を速やかに吸収することが好ましく,
創傷の治癒を極力邪魔しないようにし,かつ,引き剥がすのが容易で,その際皮膚
に傷を残すことがないようにしなければならないところ,従来技術では,組織の一
部が内側膜の穿孔に入り込み,ドレッシングを引き剥がす際に,組織に大きな傷を
残すおそれがあることを改善することを目的とするものである。そして,内側微孔
質膜の径が1ないし20μmで,平均孔径が15μmの微孔を有し,内側微孔質膜
の微孔を通して創傷滲出物を吸収し,創傷をより回復しやすくして,かつ,剥離時
に傷を残さないようにする従来技術が存在していたところ,従来技術の長所に加え,
創傷の治癒のためによりよい環境を与えるために,最大孔径が0.001ないし0.
5μmの分子濾過膜を有する構成を採用したものである。そして,その効果は,分
子濾過膜が,体内の創傷治癒因子,あるいは創傷接触層に含まれる高分子成分の通
過を防止しながら創傷からの液体滲出物を中間吸収層に迅速に除去し,また,分子
濾過膜は,表面が滑らかで孔径が小さいため,組織細胞が中に入り込むのを防ぐこ
とができ,ドレッシングを剥離する際の外傷はほとんどなくなるというものである。
(イ)引用例2に記載された発明は,前記(ア)の課題を解決することを目的とし
て,「最大孔径が0.001~0.5μmの分子濾過膜を備えた創傷ドレッシン
グ」を提供するものであるから,創傷接触層を必ず設ける必要があるというもので
はない。
確かに,引用例2には,創傷接触層を備えた創傷ドレッシングが開示されている
が,引用例2の特許請求の範囲の記載には創傷接触層が記載されているわけではな
く,引用例2の上記各記載も創傷接触層が任意的付加事項であることと矛盾するも
のではない。むしろ,引用例2の各記載からすると,創傷接触層を付加していない
場合,分子濾過膜が創傷部の組織と接触するものであることは明らかである。
(ウ)この点について,原告は,引用例2【0018】の「分子濾過膜は創傷部
位を覆って皮膚に「接触」させる」との記載は誤訳であり,正しくは「覆うように
取り付け」と認定すべきである,【0018】の記載は【0035】と矛盾するこ
となどから,「皮膚と接触する分子濾過膜」との認定は誤りであると主張する。
しかしながら,引用例2【0035】は,1つの実施例に関する説明にすぎず,
引用例2に記載された発明が,創傷接触層を構成として備えることが必須であるか
否かという点に関して,矛盾する記載であるとまでいうことはできない。
また,原告が指摘する「覆って皮膚に接触させる」との部分について,「覆うよ
うに取り付け」と訳すべきであったとしても,創傷ドレッシングとしての機能を発
揮するためには,覆うように取り付けた分子濾過膜が皮膚に接触し得るものである
から,原告の主張は採用できない。
(エ)したがって,本件審決が,引用発明2の分子濾過膜について,「皮膚と接
触する分子濾過膜」とした点に誤りはない。
イ分子濾過膜の孔径について
分子濾過膜の孔径に係る原告の主張は,引用発明2の認定それ自体について具体
的な誤りを指摘するというよりも,本件審決の相違点に係る判断において,引用発
明2が本件補正発明の「外側表面部は体液を透過させるに充分な大きさであるが,
100μm未満」との構成と同様の構成を有することを前提とした上で判断した点
が誤りであると指摘する旨の主張と解される。
したがって,この点に関する原告の主張については,後記3(2)で動機付けにつ
いて判断する際,検討することとする。
3引用発明2の適用の誤りについて
(1)引用発明1について
引用発明1に係る本件審決の認定並びに本件補正発明と引用発明1との一致点及
び相違点に係る本件審決の認定については,当事者間に争いがない。
引用発明1は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであり,引用例1(甲6)に
よると,引用発明1は,創傷部周囲の皮膚に応力を加えることなく創傷部を塞ぐ創
傷部癒合装置に係る発明であり,本件補正発明と同一の技術分野に属するものであ
る。引用発明1は,創傷部に向かって上皮及び皮下組織の移動を促進するに十分な
領域にわたって連続して負荷を加えることにより,創傷部の膿を排出させるという
従来技術を前提として,創傷部の空気を吸引することにより創傷部が負圧となり,
創傷部から流れ出る液のキャニスターへの排出が促進されることなどを目的とする
ものである。
(2)動機付けについて
ア本件補正発明の微孔径の下限について
本件補正発明の特許請求の範囲の記載は,「体液を透過させるに充分な大きさで
あるが100μm未満の微孔径からなる第1孔群を有する外側表面部」と定めるも
のであり,微孔径の上限(100μm未満)について特定するものの,その下限に
ついては特定していないのに対し,引用発明2の分子濾過膜の孔径(0.001~
0.5μm)は100μm未満であり,本件補正発明の微孔径の上限の範囲内であ
ることから,孔径の具体的な数値が不明な引用発明1に引用発明2の分子濾過膜の
孔径を適用することに関する動機付けの有無について判断する前提として,まず,
本件補正発明の微孔径の下限について,以下検討する。
(ア)前記のとおり,本件補正発明は,引用発明1と同様,従来技術である,創
傷部に向かう上皮及び皮下組織の移動を促進するのに十分な面積にわたって創傷部
に連続的な負圧を加えることによる創傷部の排出のための方法を前提とし,創傷部
に加えられる負圧を有する哺乳類の創傷部の治癒を促進するための治療装置である。
(イ)前記1(4)からすると,本件補正発明において,孔径の下限は1μm程度
であって,空気及び体液が流れることができるのに十分な大きさであれば足り,ま
た,創傷部の体液によって真空ポンプが汚染されないようにするため,バクテリア
バリアとなる0.2μmの疎水性膜フィルタを用いるものである。そして,本件補
正発明は,創傷部に負圧を加える治療装置であるから,分子濾過膜の孔径は,創傷
部に向かう上皮及び皮下組織の移動を促進するのに十分な面積にわたって創傷部に
連続的な負圧を加えることができる程度の孔径であること,本件補正明細書におい
ても,フィルタに関する記載を除いて,いずれもμm単位での数値が記載されてい
ること,本件補正発明の孔径の上限は100μm未満とされており,内側本体部の
孔も,真空チューブより高い真空に適合性がある100μmより大きいものである
と記載されていることなどからすると,本件補正発明における孔径の下限は1μm
程度であると解することができる。第1孔群の孔径が1μm程度であるからこそ,
第1孔群を通過してしまう小径のバクテリアを阻止するために,バクテリアバリア
となる0.2μmのフィルタを用いているものと解される。
(ウ)この点について,被告は,本件補正発明の発明特定事項からしても,技術
的な合理性からしても,本件補正発明の多孔性パッドの外側表面層の孔径が略1μ
mよりも大きくなければならないとする根拠は存在しないなどと主張する。
しかしながら,当該主張は,本件補正発明における第1孔群の孔を透過する物質
の異同について指摘するにすぎず,本件補正発明が,従来技術である,創傷部に向
かう上皮及び皮下組織の移動を促進するのに十分な面積にわたって創傷部に連続的
な負圧を加えることによる創傷部の排出のための方法を前提とし,創傷部に加えら
れる負圧を有する哺乳類の創傷部の治癒を促進するための治療装置であることを考
慮しておらず,その技術的意義を正解しないものであるから,その前提において失
当である。
(エ)したがって,本件補正発明の孔径の下限が1μm程度であると解される以
上,本件補正発明の孔径は,引用例2に開示された0.001ないし0.5μmと
いう数値の範囲とは実質的には重ならないものというべきである。
イ動機付けについて
引用発明1は,前記のとおり,創傷部周囲の皮膚に応力を加えることなく創傷部
を塞ぐ創傷部癒合装置に係る発明であり,本件補正発明と同一の技術分野に属する
ものであって,創傷部に向かって上皮及び皮下組織の移動を促進するに十分な領域
にわたって連続して負荷を加えることにより,創傷部の膿を排出させるという従来
技術を前提として,創傷部の空気を吸引することにより創傷部が負圧となり,創傷
部から流れ出る液のキャニスターへの排出が促進されることなどを目的とするもの
である。
これに対し,引用発明2は,外傷を負った哺乳類の皮膚の治療に用いる多層創傷
ドレッシングについて,創傷部に殺菌性の環境を与え,創傷表面を湿潤状態に保つ
一方で,創傷滲出物を速やかに吸収するほか,創傷の治癒を極力邪魔しないように
し,かつ,引き剥がすのが容易で,その際,皮膚に傷を残すことがないようにする
ことを目的とするものであり,そのために,体内の創傷治癒因子あるいは創傷接触
層に含まれる高分子成分の通過を防止しながら,創傷からの液体滲出物を中間吸収
層に迅速に除去し,また,組織細胞が中に入り込むのを防止するものである。
引用発明2は,上記目的,すなわち,体内の創傷治癒因子あるいは創傷接触層に
含まれる高分子成分の通過を防止しながら,創傷からの液体滲出物を中間吸収層に
迅速に除去し,また,組織細胞が中に入り込むのを防止するために,孔径の大きさ
を設定したものであって,本件補正発明や引用発明1のように,創傷部から体液を
積極的に真空吸引して真空キャニスターに収集するとともに,創傷部に負圧による
修復作用をもたらすため,創傷部に連続的な負圧を加えることを前提として孔径の
大きさを設定したものではない。
そうすると,引用発明1には,多孔性パッドの外側表面部の孔群について,同発
明とは目的及び機序が異なる引用発明2の孔径を適用することに関し,そもそも動
機付けが存在しないものというほかない。
さらに,引用例2の各記載(【0003】【0017】【0019】【002
2】【0038】【0041】【0047】)によると,引用発明2の分子濾過膜
の内側は中間吸収層とされており,分子濾過膜を通過した創傷滲出物は漏洩するこ
となく中間吸収層で保持されるから,本件補正発明と引用発明2の孔径の範囲とが
近接しているとしても,このような中間吸収層の配置を前提とした分子濾過膜の構
成のみを取り出して,これを,機序の異なる引用発明1における,負圧により創傷
部から吸引された液体を収容するキャニスターが排液チューブを介して接続された
液透過性の多孔性パッドの外側表面部に配置する必然性を認めることはできない。
この点について,被告は,「創傷部に負圧による修復作用を加える」ことは,本
件補正発明の発明特定事項とはされておらず,本件補正明細書にも記載されていな
い,引用発明1及び2は,負圧の有無の点において相違するが,創傷部から液を積
極的に排出する点で同じである,引用発明2の分子濾過膜も多孔性であり,空気も
通過可能であるから,負圧がないからといって引用発明1への適用が阻害されるも
のではないと主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件補正発明は,創傷部に向かう上皮及び皮下組
織の移動を促進するのに十分な面積にわたって創傷部に連続的な負圧を加えるとい
う従来技術を前提とし,創傷部に加えられる負圧を有する哺乳類の創傷部の治癒を
促進するための治療装置であることからすると,「創傷部に負圧による修復作用を
加える」ことは,本件補正発明の前提というべきである。確かに,引用発明1及び
2は,治療効果を高めるために,創傷部から液を排出する点については共通するも
のであるが,負圧を用いて積極的に液を排出する引用発明1と,自然に分子濾過膜
を濾過した創傷滲出物を中間吸収層で保持することを前提とする引用発明2におけ
る液の排出機序が大きく相違することも,前記のとおりであって,被告の当該主張
はその前提自体が誤りである。
また,被告は,引用例2には,従来例として孔径を1ないし20μmとすること
が記載されている,本件補正発明と引用発明2の孔径は,いずれも100μm未満
である点で一致しており,本件補正発明では微孔径の下限数値は特定されていない
から,引用発明2の分子透過膜の孔径が排除されるものではないとも主張する。
しかしながら,本件補正発明の孔径の下限が1μm程度であると解される以上,
本件補正発明の孔径は,引用例2に開示された0.001ないし0.5μmという
数値の範囲とは実質的には重ならないものというべきであることは,先に述べたと
おりである。そして,引用例2には,被告が指摘するとおり,従来例として孔径を
1ないし20μmとする構成が開示されているが,引用発明2は,そのような公知
技術を一層改善するために,当該孔径を採用する構成を排除して,最大孔径を「0.
001~0.5μm」とする構成を採用したものであるから,本件補正発明の容易
想到性を判断するに当たり,引用発明2において排除された従来技術における構成
をもって,何らかの示唆があるものということはできない。しかも,仮に,孔径を
1ないし20μmとする構成が公知であったとしても,それは,「皮膚相容性の多
層創傷ドレッシング」として公知であったにすぎず,引用発明1のような,創傷部
に負圧を形成することを前提とする,哺乳動物の創傷部の治癒を促進するための治
療装置において,創傷部に負圧を形成することを捨象した上で当該構成を採用する
ことについてまで,示唆するものということはできない。
以上のとおり,被告の主張はいずれも採用できず,引用発明1に引用発明2を適
用する動機付けを認めることはできないから,本件補正発明は,当業者が引用発明
1及び2に基づいて容易に想到し得たものということはできない。
4結論
以上の次第であるから,本件補正発明が独立特許要件に違反するとした本件審決
の判断は誤りである。
よって,原告が主張する取消事由には理由があり,本件審決は取り消されるべき
ものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官土肥章大
裁判官井上泰人
裁判官荒井章光

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