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平成14年(行ケ)第524号 特許取消決定取消請求事件
平成15年12月9日 口頭弁論終結
            判    決
     原   告       ロレアル
     訴訟代理人弁理士    志 賀 正 武
  同  船 山   武
  同  高 橋 詔 男
  同  渡 邊   隆
  同  実 広 信 哉
     被   告       特許庁長官 今井康夫
     指定代理人       谷 口 浩 行
  同  一 色 由美子
  同  涌 井 幸 一
          主    文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
   3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)特許庁が平成10年異議第70056号事件について平成14年5月29
日にした決定を取り消す。
  (2)訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,発明の名称を「ケラチン繊維の酸化染色組成物および該染色組成物
を用いた染色方法」とする特許第2629144号の特許(1994年5月9日フ
ランス国においてした出願に基づく優先権を主張して,平成7年5月8日特許出願
(以下「本件出願」という。),平成9年4月18日設定登録,以下「本件特許」
という。請求項の数は20である。)の特許権者である。
  本件特許に対して特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを平成10年異
議第70056号事件として審理し,その結果,平成14年5月29日に「特許第
2629144号の請求項1ないし20に係る特許を取り消す。」との決定をし,
平成14年6月14日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
 「【請求項1】使用時に組成物(A)と組成物(B)を混合して得られる,ケ
ラチン繊維を酸化染色する染色組成物であって,
一方の組成物(A)は,染色に適した媒体中に,
- 式(I)
(上式において,
- R1は,水素原子もしくはC2-C6のモノ-またはポリヒドロキシアルキ
ル基を示し,
- R2は,C2-C6のモノ-またはポリヒドロキシアルキル基,β-アミノ
エチル基もしくは以下の式(Ⅱ)で表される基
を示す)で表される少なくとも一つの酸化染料前駆物質,もしくは該酸化染料
前駆物質の化粧品に許容される少なくとも一つの塩類と,
- メタアミノフェノール,2-メチル-5-アミノフェノール,メタジフェ
ノール,2-メチル-1,3-ジヒドロキシベンゼンおよびこれらの化合物の化粧
品に許容される塩類からなる群から選択された少なくとも一つのカップラーとを含
有し,もう一方の組成物(B)は,染色に適した媒体中に少なくとも一つの酸化剤
を含有し,
該組成物(A)を該組成物(B)と0.5~5の範囲の重量比で混合して得ら
れた染色組成物のpHが7未満とされたことを特徴とする染色組成物。
【請求項2】式(I)で表される化合物およびカップラーの塩類が,ヒドロク
ロリド,ヒドロブロミド,スルファートおよび酒石酸塩からなる群から選択される
ことを特徴とする請求項1記載の染色組成物。
【請求項3】R1に定義されるC2-C6のモノ-またはポリヒドロキシアルキ
ル基が,β-ヒドロキシエチル基またはβ,γ-ジヒドロキシプロピル基であること
を特徴とする請求項1または2に記載の染色組成物。
【請求項4】式(I)で表される化合物が,N,N-ビス(β-ヒドロキシエ
チル)アミノ-パラ-フェニレンジアミン,1-アミノ-4-(N-β-ヒドロキ
シエチル-N-β-アミノエチル)アミノベンゼン,N,N'-ビス(β-ヒドロキ
シエチル)-N,N'-ビス(4'-アミノフェニル)-1,3-ジアミノ-2-プロ
パノールおよび化粧品に許容される上記化合物の塩類からなる群から選択されるこ
とを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項5】酸化剤が,過酸化水素,過酸化尿素,アルカリ金属ブロマート
類,およびペルボラートおよびペルスルファート等の過塩類からなる群から選択さ
れることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項6】pHが3~7の値を有することを特徴とする請求項1ないし4の
いずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項7】組成物(A)のpHが,3~11の間とされたことを特徴とする
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項8】組成物(B)のpHが,7未満の値とされたことを特徴とする請
求項1ないし7のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項9】式(I)で表される酸化染料前駆物質が,得られた染色組成物の
全重量に対して好ましくは0.01~4重量%の間とされる割合で存在することを
特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項10】メタアミノフェノールおよび/または2-メチル-5-アミノ
フェノールおよび/またはメタ-ジフェノールおよび/または2-メチル-1,3-
ジヒドロキシベンゼンおよび/またはこれらの塩類が,染色組成物の全重量に対し
て0.005~5重量%の間の割合で存在することを特徴とする請求項1ないし9
のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項11】組成物(A)が,式(I)で表される染料前駆物質に加えて他
のパラ型またはオルト型の酸化染料前駆物質および/または請求項1に記載したカ
ップラーと異なる他のカップラーおよび/または直接染料を含有することを特徴と
する請求項1ないし10のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項12】染色に適切な媒体が,水もしくは,水とC1-C4の低級アルカ
ノール類,グリセロール類,グリコール類,グリコールエーテル類,芳香族アルコ
ール類およびこれらの混合物からなる群から選択された溶媒との混合物からなるこ
とを特徴とする請求項1ないし11のいずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項13】陰イオン性,陽イオン性,非イオン性,両性または双性界面活
性剤もしくはこれらの混合物,増粘剤,酸化防止剤および/または化粧品に許容さ
れる他のアジュバントをさらに含有することを特徴とする請求項1ないし12のい
ずれか1項に記載の染色組成物。
【請求項14】使用する際に組成物(A)と組成物(B)とを混合し,得られ
た染色組成物を,ケラチン繊維に適用してケラチン繊維を酸化染色する染色方法で
あって,一方の組成物(A)は,染色に適した媒体中に,
-式(I)
(上式において,
-R1は,水素原子もしくはC2-C6のモノ-またはポリヒドロキシアルキル
基を示し,
-R2は,C2-C6のモノ-またはポリヒドロキシアルキル基,β-アミノエ
チル基もしくは以下の式(Ⅱ)で表される基
を示す)で表される少なくとも一つの酸化染料前駆物質,もしくは該酸化染料
前駆物質の化粧品に許容される少なくとも一つの塩類と,
-メタアミノフェノール,2-メチル-5-アミノフェノール,メタジフェノ
ール,2-メチル-1,3-ジヒドロキシベンゼンおよびこれらの化合物の化粧品に
許容される塩類からなる群から選択された少なくとも一つのカップラーとを含有
し,もう一方の組成物(B)は,染色に適した媒体中に少なくとも一つの酸化剤を
含有し,
前記組成物(A)および前記組成物(B)のpHは,該組成物(A)を該組成
物(B)と0.5~5の範囲の重量比で混合した後に,得られた染色組成物のpH
が7未満となるようにされたことを特徴とする染色方法。
【請求項15】式(I)で表される化合物が,N,N-ビス(β-ヒドロキシ
エチル)アミノ-パラ-フェニレンジアミン,1-アミノ-4-(N-β-ヒドロ
キシエチル-N-β-アミノエチル)アミノベンゼン,N,N'-ビス(β-ヒドロ
キシエチル)-N,N'-ビス(4'-アミノフェニル)-1,3-ジアミノ-2-プ
ロパノールおよび化粧品に許容される上記化合物の塩からなる群から選択されるこ
とを特徴とする請求項14記載の染色方法。
【請求項16】酸化剤が,過酸化水素,過酸化尿素,アルカリ金属ブロマート
類,およびペルボラートおよびペルスルファート等の過塩類からなる群から選択さ
れることを特徴とする請求項14または15に記載の染色方法。
【請求項17】前記繊維に適用される染色組成物のpHが,3~7の間とされ
ることを特徴とする請求項14ないし16のいずれか1項に記載の染色方法。
【請求項18】前記染色組成物を前記繊維に適用して10分未満の待ち時間を
とることを特徴とする請求項14ないし17のいずれか1項に記載の染色方法。
【請求項19】前記染色組成物を前記繊維に適用して3~5分の待ち時間をと
ることを特徴とする請求項14ないし18のいずれか1項に記載の染色方法。
【請求項20】少なくとも二つの区分を備え,第一の区分が請求項1ないし1
3のいずれか1項に記載の組成物(A)を含有し,かつ第二の区分が請求項1ない
し13のいずれか1項に記載の組成物(B)を含有することを特徴とする染色用キ
ットまたは多区分ユニット。」
(以下,上記請求項1記載の発明を,「本件発明1」といい,上記請求項1な
いし20に係る発明をまとめて「本件発明」という。)
3 決定の理由
 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開平4-23
5909号(甲第4号証。以下,決定と同様に「刊行物1」という。)に記載され
た発明であるから,特許法29条1項3号の規定に該当する,とするものである。
 決定は,上記結論を導くに当たり,本件発明1について,次のとおり認定判
断した。
「刊行物1の第2頁請求項4には酸化染料前駆体としてN,N-ジ-(β-ヒ
ドロキシエチル)パラフェニレンジアミンが記載されており,これは本件請求項1
の式(I)においてR1およびR2がいずれもモノ-ヒドロキシアルキル基である化
合物に該当するものである。
 また,刊行物1の発明は,カップラーとして少なくとも一つの2,4-ジ
アミノ-1,3-ジメトキシベンゼンまたはその塩(以後必須カップラーというこ
とあり)の一つを含有するものであり(請求項1),このことはこの必須カップラ
ー以外のカップラーをも併用する場合があることを意味しており,段落【002
3】および段落【0035】では必須カップラー以外のカップラーを含有してもよ
いと記載され,また,刊行物1の請求項9にはこの必須カップラー以外のカップラ
ーとしてメタジフェノールやメタアミノフェノールが含有されることおよび同第3
頁請求項10にはそのようなカップラーとして2-メチル-5-アミノフェノール
も記載されている。
 そして,本件請求項1に係る発明は「……………なる群から選択された少
なくとも一つのカップラーとを含有し…………」と言うものであるから,それ以外
のカップラーを併用する場合を排除してはいないといえる。
 そうであるとすると,本件請求項1に記載された特定の酸化染料前駆物質
とカップラーの組み合わせについては,刊行物1に記載されていたといえる。 そ
して,酸化染料前駆体とカップラーを含有する成分(A)と酸化剤を含有する成分
(B)に分けておき,使用時に混合してケラチン繊維に適用することは刊行物1の
段落【0031】に記載され,また,酸化剤は染色に適した媒体中に含有させるこ
とは当然且つ自明のことであり,そのことは刊行物1の請求項13の記載からもわ
かることである。また,刊行物1の実施例においても酸化剤は染色媒体中に含有さ
せ,予め作った(A)と(B)はその場で混合している。
 また,刊行物1の段落【0032】で成分(A)と成分(B)がそれぞれ
90%~10%の範囲で混合されることが記載され(実施例では等量混合),この
ことは本件請求項1の「(A)を(B)と0.5~5の範囲の重量比で混合するこ
と」と重複する範囲を有するものである。
 さらに組成物のpHの範囲が両者の発明で一致している。
 以上のとおりであるから,本件請求項1に係る発明の技術的事項は実質的
にすべて刊行物1に記載されたものであるということができる。
 したがって,本件請求項1に係る発明は刊行物1に記載された発明であ
る。」
第3 原告主張の決定取消事由の要点
 決定は,刊行物1に記載された発明(以下「引用発明」という。)の認定を
誤り,その結果,本件発明1が刊行物1に記載された発明であると誤って判断した
ものであり,この誤りが,本件発明のいずれについても,結論に影響を及ぼすこと
は明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 本件発明1は,特定の化合物から成る酸化染料前駆物質と特定の化合物から
成るカップラーとを新たに組み合わせて酸化染色組成物としたことをその技術思想
の根幹としている。すなわち,本件発明1は,【請求項1】に記載されている式
(I)で表される酸化染料前駆物質(以下「(a)成分」という。)と,メタアミノフ
ェノール,2-メチル-5-アミノフェノール,メタジフェノール,2-メチル-
1,3-ジヒドロキシベンゼン及びこれらの化合物の塩からなる群から選択されるカ
ップラー(以下「(b)成分」という)を組み合わせて使用するとの構成により,短い
待ち時間で,選択性が低く,良好な保護力を与え,グレーの髪の黄ばみを矯正する
だけでなく,汗,シャンプー,化学的処置あるいは光等の環境要因の作用に対して
耐性が持続する,自然なグレーの色調を得ることを可能とする,との効果を奏する
ものである。
これに対し,引用発明は,本件発明1とは何の関係もない2,4-ジアミノ
-1,3-ジメトキシベンゼンを必須のカップラーとして,各種の酸化染料前駆体
(本件発明の酸化染料前駆物質に相当する。)と組み合わせて使用する,という発
明である。刊行物1の特許請求の範囲からは,任意の酸化染料前駆体(以下「①成
分」という。)と,2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベンゼン(カップラ
ー,以下「②成分」という。)との組合せしか把握することができない。
 刊行物1の【請求項2】ないし【請求項6】及び段落【0014】ないし
【0019】にかけては,①成分である任意の酸化染料前駆体の例が記載されてい
る。しかし,それらは,一般的な化学式,並びに,様々な化合物名が羅列されてい
るだけであって,それぞれの化合物が2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベン
ゼンと組み合わされる以外に,どのような特定のカップラーと組み合わされるべき
かについて,何らの記載も示唆もない。刊行物1の【請求項9】ないし【請求項1
0】及び段落【0023】ないし【0024】にかけては,2,4-ジアミノ-
1,3-ジメトキシベンゼンと併用してもよいカップラーの例が記載されている。
しかし,これもまた,様々な化合物名が羅列されているだけであって,それぞれの
化合物がどのような特定の酸化染料前駆体と組み合わされるべきかについては,何
らの記載も示唆もない。
2 刊行物1の【請求項4】に酸化染料前駆体として記載されているN,N-ジ
-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミンが本件発明1の(a)成分に該当
するものであることは,事実である。しかし,これは,刊行物1の【請求項4】な
いし【請求項6】において,任意の酸化染料前駆体として使用することが可能なも
のとして例示された44個もの多数の候補化合物例の一つでしかない。この中か
ら,特にN,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミンを酸化染
料前駆体として選択する必然性は,全く認められない。刊行物1の【請求項9】,
【請求項10】に記載されているメタアミノフェノール,メタジフェノール,及
び,2-メチル-5-アミノフェノールが本件発明1の(b)成分に該当するものであ
ることは,事実である。しかし,【請求項9】,【請求項10】には,30を超え
る化合物が記載されているのである。この中から,特にこれらを選択する必然性
は,全く認められない。44個の化合物群から1個以上の酸化染料前駆体を選択
し,30個の化合物群から1個以上のカップラーを選択して,両者を組み合わせる
パターンを演算してみると,その組合せの数は膨大であり,仮に,1個の酸化染料
前駆物質と2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベンゼン以外の1個のカップラ
ーを組み合わせる場合ですら,44×30=1320の組合せパターンがあること
は容易に理解できるところである。N,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフ
ェニレンジアミン(酸化染料前駆体)と,2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシ
ベンゼンと,これと併用してもよいカップラーとして,特にメタアミノフェノー
ル,メタジフェノール,又は,2-メチル-5-アミノフェノールを選択する必然
性が何ら認められない以上,このように酸化染料前駆体とカップラーの組合せが潜
在的に極めて膨大な数で存在する刊行物1の記載から,そのうちのたった一つない
し三つの可能性にすぎない,N,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレ
ンジアミンとメタアミノフェノール,メタジフェノール又は2-メチル-5-アミ
ノフェノールとの具体的な組合せを把握することは,当業者にとって極めて困難で
ある。
3 刊行物1の実施例3及び実施例6では,カップラーとして,2,4-ジアミ
ノ-1,3-ジメトキシベンゼンとともにメタアミノフェノール(本件発明1の(b)
成分に相当する。)が併用されている例が示されている。しかし,これらの例にお
いて,酸化染料前駆体(酸化染料前駆物質)として使用されているものは,それぞ
れ本件発明1の(a)成分に該当しない2-メチルパラフェニレンジアミン(の二塩酸
塩)又はパラフェニレンジアミンであるから,(a)成分と(b)成分から成る本件発明
1の特定の組合せをこれらの実施例から把握することはできない。
 酸化染料前駆物質とカップラーの一方又は両方をほかの酸化染料前駆物質及
び/又はカップラーと置換すれば染色状態(色の耐性,低選択性等)が異なってし
まうことは当業者にとって明らかであるから,酸化染料前駆物質とカップラーの一
方又は両方を置換して得られる組合せは,当初の組合せとは完全に別個のものとし
て,当業者に認識される。したがって,刊行物1の実施例3又は実施例6の2-メ
チルパラフェニレンジアミン又はパラフェニレンジアミンをN,N’-ジ-(β-
ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミンに置換した組合せが,刊行物1に実質
的に記載してあるに等しいとは認識することができない。
4 日本国特許庁の審査基準(甲第6号証)では,選択発明は,「引用文献にお
いて上位概念で表現された発明に対し,その上位概念に包含されている下位概念で
表現された発明であって,引用文献に開示されていない事項を発明の構成に欠くこ
とができない事項として選択した発明をいう。」と定義されており,「引用文献に
開示されていない事項を発明の構成に欠くことができない事項として選択した」の
部分が選択発明の新規性を意味する。この定義に照らすと,本件発明1は,刊行物
1に記載された多数の酸化染料前駆物質と多数のカップラーの間で潜在的に可能な
膨大な数の組合せ(上位概念)に包含される極めてわずかな組合せである,メタジ
フェノールとN,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミン,及
び,メタアミノフェノールとN,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレ
ンジアミンの各組合わせ(下位概念)に相当するものであり,この組合せは,刊行
物1に開示されていないものであるから,選択発明であり,新規性を備えるもので
あることが明白である。
  発明の新規性の議論においては,その発明の奏する効果を議論する必要はな
い。被告は,特許請求の範囲に幾つかの選択肢が列挙されている公開特許公報が先
行技術文献となる場合,第三者はその公開特許公報から,その選択肢のいずれの組
合せに係る発明をも把握することが可能であり,したがって,その選択肢中の特定
の組合せに係るどのような発明を前記公開特許公報の刊行後に出願しても,その発
明はすべて新規性を失うと主張しているに等しく,このような主張は,既知の2種
類の物質群からそれぞれ一つを選択して組み合わせるタイプの選択発明は成立しな
いことを意味し,誤りである。
第4 被告の反論の骨子
 決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 刊行物1の【請求項1】ないし【請求項4】,【請求項9】,【請求項1
3】の各記載,段落【0023】及び段落【0032】の記載を併せ検討すると,
刊行物1には,「染色に適する媒体中に,
・カップラーとして2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベンゼン又はその
塩の一つ,及び,メタジフェノールまたはメタアミノフェノールから選択するカッ
プラー
・酸化染料前駆体として,N,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニ
レンジアミン
・少なくとも一つの酸化剤
を含有し,カップラーと酸化染料前駆体とを含有する10%から90%の成分
(A)と90%から10%の酸化剤を含有する成分(B)とを混合して得る,ケラ
チン繊維,特に毛髪のようなヒトのケラチン繊維に適用する,pHが7より低い組
成物」との発明が記載されている,ということができる。
2 特許請求の範囲には,特許を受けようとする発明が記載されているものであ
るから(特許法第36条第5項参照),特許請求の範囲に,発明として把握するこ
とができるものが記載されるべきであることは,当然である。そして,特許請求の
範囲の記載形式として,幾つかのものを列挙し,その群の中から一つを選択すると
の記載形式のものについても,列挙されたものがそれぞれ発明を構成するものとし
て記載されているのであるから,組合せの数の多少により,発明が記載されている
とする場合と発明が記載されていないとする場合とに分けることができないことは
明らかである。また,本件発明1の特定の組合せを選択することにより,引用発明
と比べ,格別な効果が奏せられることは,本件出願の願書に添付された明細書(以
下「本件明細書」という。)には何ら示されていない。
3 「香料品科学-理論と実際-」(有限会社フレグランスジャーナル社・平成
2年9月25日第1版発行,甲12号証)によれば,酸化染毛剤には第1剤の主剤
にパラフェニレンジアミンその他の芳香族アミノ化合物が用いられ,第2剤として
修正剤であるカップラーが用いられ,酸化染毛剤は,主剤であるパラフェニレンジ
アミンその他の芳香族アミノ化合物と,第2剤として修正剤であるカップラーを組
み合わせて用いることが,当業者にとって周知技術であることを理解することがで
きる。これにより,主剤のパラフェニレンジアミンその他の芳香族アミノ化合物と
修正剤であるカップラーとの組合せにより,色調を異にする染毛剤が種々得られる
ことを理解することができるのである。刊行物1の実施例3,同6に,酸化染料前
駆体のパラフェニレンジアミンとカップラーとしてのメタアミノフェノールの例が
示されている以上,上記周知技術及び刊行物1の【0043】の「以下の諸例は,
限定的な性格を何らもつことなく本発明を例解するためのものである。」との記載
の下では,刊行物1には,当然,刊行物1の【請求項4】に挙げられている個々の
パラフェニレンジアミン化合物それぞれを酸化染料前駆体とし,カップラーとして
メタアミノフェノールを含むカップラーとを組み合わせて染色組成物とする発明が
実質的に開示されているというべきである。
第5 当裁判所の判断
  決定は,本件発明1は,刊行物1に記載された発明であり,特許法29条1
項3号に該当する,と認定判断した。
1 刊行物1は,原告自身の出願に係る特許明細書の公開特許公報であり,その
【請求項1】には,次の記載がある(甲第4号証)。
「染色に適する媒体中に,
・カップラーとしての少くとも一つの2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシ
ベンゼンまたはその塩の一つ,
・少くとも一つの酸化染料前駆体,
・少くとも一つの酸化剤
を含有するpHが7より低い組成物をケラチン繊維,特に毛髪のようなヒトの
ケラチン繊維に適用することを特徴とする,ケラチン繊維の染色方法」
 刊行物1の【請求項4】には,上記酸化染料前駆体の選択肢の一つとして,
N,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミンが他の多数の物質
とともに記載されている。(同)
 引用発明の必須カップラーである2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベ
ンゼンに加えて用いるべく選択し得るカップラーとして,刊行物1の【請求項9】
には,メタジフェノール,メタアミノフェノールが,【請求項10】には,メタア
ミノフェノール,レゾルシン(メタジフェノールと同じ。),2-メチルレゾルシ
ン(2-メチル-1,3-ジヒドロキシベンゼンと同じ。),2-メチル-5-ア
ミノフェノールが,それぞれほかの多数のカップラーとなり得る物質とともに記載
されている。そして,【請求項9】には,このような多数の「カップラーのうちか
ら選択する,他のカップラーを含有する,請求項1から8のいづれかの1項に記載
の方法」(同)と記載され,【請求項10】には,「カップラーを・・・のうちか
ら選択する,請求項9記載の方法。」(同)と記載されている。 これらの記載か
らすれば,刊行物1の【請求項9】及び【請求項10】には,
「染色に適する媒体中に,
・カップラーとしての少くとも一つの2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシ
ベンゼンまたはその塩の一つ,
・N,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミンを含む多数
の物質からなる群より選択された少くとも一つの酸化染料前駆体,
・少くとも一つの酸化剤,
・メタジフェノール,メタアミノフェノール,2-メチル-1,3-ジヒドロ
キシベンゼン又は2-メチル-5-アミノフェノールを含む多数の物質からなる群
より選択された他のカップラー
を含有する,pHが7より低い組成物をケラチン繊維に適用することを特徴と
するケラチン繊維の染色方法」
が記載されていることが明らかである。
 そして,上記N,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミ
ンが本件発明1の酸化染料前駆物質に含まれること,及び,上記メタジフェノー
ル,メタアミノフェノール,2-メチル-1,3-ジヒドロキシベンゼン又は2-
メチル-5-アミノフェノールが本件発明1のカップラーであることは明らかであ
る。また,刊行物1の【請求項13】に記載された,カップラーと酸化染料前駆体
とを含有する組成物からなる成分(A)と酸化剤を含有する組成物からなる成分
(B)との混合割合(90%から10%及び10%から90%の割合)は,本件発
明1で特定されたカップラーと酸化染料前駆体とを含有する組成物(A)と酸化剤
を含有する組成物(B)の「0.5~5の範囲の重量比」と重複するものである。
さらに,本件発明1は,請求項1に特定された4種以外のカップラーを含有するも
のも包含する(甲第2号証【0022】,【請求項11】参照)ものであることも
明らかである。
 以上からすれば,刊行物1の【請求項9】及び【請求項10】には,酸化染
料前駆体やほかのカップラーとしてそれぞれ多数の物質が列挙されているとはい
え,その中に,本件発明1に相当する組成物が記載されていることは明らかであ
る。
2 原告は,酸化染料前駆体とカップラーの組合せが潜在的に膨大な数で存在す
る刊行物1の記載から,そのうちのたった一つないし三つの可能性にすぎない,
N,N-ジ-(β-ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミンと,メタアミノフ
ェノール,メタジフェノール又は2-メチル-5-アミノフェノールとの具体的な
組合せを把握することはできない,と主張する。
  確かに,刊行物1の【請求項9】及び【請求項10】並びにこれらの請求項
が引用している【請求項4】及び【請求項5】には,酸化染料前駆体やほかのカッ
プラーとしてそれぞれ多数の物質が列挙されており,その組合せは膨大な数とな
る。しかし,特許請求の範囲に包含される組合せの数がいかに膨大な数であって
も,そのことによって,直ちに,その中の特定の組合せが明細書中に開示されてい
るということが否定されることになるわけではない。極端な例を挙げれば,仮に,
それらのすべての組合せが,明細書の発明の詳細な説明に,具体的な発明として記
載され,開示されている,と理解するのが合理的であるとすれば,請求項に記載さ
れた膨大な数の組合せは,すべて明細書に記載されている発明として扱われるべき
ことになるのは当然である。ただし,刊行物1のような公開特許公報についてみれ
ば,特許請求の範囲に包含される組合せの数が膨大な数となる場合においても,明
細書の発明の詳細な説明には,当該発明の実施例を限定的な数だけ記載しているに
すぎないこともあり,このような明細書については,特許請求の範囲に包含される
組合せのすべてが,明細書の発明の詳細な説明に発明として記載され,開示されて
いると解すべきかどうかが,明確ではない場合も生じ得るところである。
  刊行物1には,酸化染料前駆体とカップラーの具体的な組合せが,その実施
例として記載されている。刊行物1の実施例において,本件発明1に最も近いもの
は,実施例3及び実施例6である。これらの実施例においては,カップラーとし
て,2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベンゼンとともに,本件発明1の(b)成
分に相当するメタアミノフェノールが併用されている。しかし,これらの例におい
て酸化染料前駆体(酸化染料前駆物質)として使用されているものは,いずれも本
件発明1の(a)成分に該当しない,2-メチルパラフェニレンジアミン(の二塩酸
塩)又はパラフェニレンジアミンである(甲第4号証7頁【0045】,【004
7】)。このように,刊行物1には,酸化染料前駆体としてのN,N-ジ-(β-
ヒドロキシエチル)パラフェニレンジアミンと,2,4-ジアミノ-1,3-ジメ
トキシベンゼンと併用し得るカップラーとしての,メタジフェノール,メタアミノ
フェノール,2-メチル-1,3-ジヒドロキシベンゼン又は2-メチル-5-ア
ミノフェノールを選択して組み合わせたもの(本件発明1に相当するもの)は,そ
の請求項に記載されたものの範囲には入るものの,発明の詳細な説明には具体的に
記載されるに至っていない。
  しかし,刊行物1の【0043】には,「以下の諸例(判決注・実施例1な
いし6を示す。)は,限定的な性格を何らもつことなく本発明を例解するためのも
のである。」との記載がある。また,刊行物1には,「【0005】【課題を解決
するための手段】本発明者は,使用時に酸化剤と混合した酸化ベースとともにこの
カップラー(判決注・2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベンゼン)を使用す
ることにより,アルカリ性のpHにおいて従来得られているのと同じ染色強度なら
びに,光線,洗浄,発汗および悪天候に対する顕著な安定性を得ることができるの
を見出した。【0006】従って本発明は,2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキ
シベンゼン,酸化ベースとも称する酸化染料前駆体および酸化剤を含有するpHが
酸性である少くとも一つの組成物を,ケラチン繊維特に毛髪のようなヒトのケラチ
ン繊維に適用することを包含するケラチン繊維の染色方法を目的とする。」(甲第
4号証)との記載がある。そして,刊行物1では,このような発明の課題,目的に
ついての記載のほかに,必須カップラーである2,4-ジアミノ-1,3-ジメト
キシベンゼン以外に,「メタジフェノール,メタアミノフェノール・・・のごとき
それ自体知られた他のカップラーも含有してよい。」(同【0023】)との記載
もあり,その上で,カップラーとして,2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベ
ンゼンのほかにメタアミノフェノールその他のカップラーも含む実施例1ないし6
が記載されているものである。このように,引用発明は,必須カップラーである
2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベンゼンを用いて,酸化染料前駆体とほか
のカップラーも用いながら,アルカリ性のpHにおいて従来得られているものと同
じ染色強度及び顕著な安定性を得ることを,その課題,目的としているものであっ
て,必須カップラーである2,4-ジアミノ-1,3-ジメトキシベンゼンを含有
することを必須の要件として,これに【請求項3】,【請求項4】,【請求項9】
及び【請求項10】に記載されている多数の酸化染料前駆体と多数の併用カップラ
ーとを組み合わせた染色組成物の発明であるとみることができる。
  刊行物1は,原告自身の特許出願に係る特許明細書の公開特許公報である。
特許法36条6項1号が,「・・・特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合する
ものでなければならない。一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記
載したものであること。」と規定していることからすれば,原告が故意又は過失に
より,発明の詳細な説明に記載していない発明を,特許請求の範囲に包含され得る
ように明細書を作成したような場合を除いて,刊行物1の特許請求の範囲に記載さ
れている発明は,当業者である原告自身が,その発明の詳細な説明において発明と
して開示しているものであるはずである。
  以上からすれば,刊行物1の【請求項4】を引用している【請求項9】及び
【請求項10】に示されている多数の酸化染料前駆体と多数のカップラー及び6個
の実施例の記載からすれば,少なくとも,その実施例3及び実施例6の酸化染料前
駆体である2-メチルパラフェニレンジアミン(の二塩酸塩)又はパラフェニレン
ジアミンを,その【請求項4】に記載されたN,N-ジ-(β-ヒドロキシエチ
ル)パラフェニレンジアミンと置き換えたものも発明として開示していると,当業
者が理解することができる,と解すべきである。
3 原告は,本件発明1は,刊行物1に記載された多数の酸化染料前駆物質と多
数のカップラーの間で潜在的に可能な膨大な数の組合せ(上位概念)に包含される
極めてわずかな組合せ(下位概念)に相当するものであり,この組合せは,刊行物
1に開示されていないものであるから,選択発明であり,新規性を備えるものであ
ることは明白である,と主張する。
 選択発明は,そもそも特許法において規定されている概念ではない。選択発
明という概念を用いて特許性を論ずるに当たっては,どのような発明を選択発明と
して定義すべきかを明らかにした上で,議論をする必要がある。特許庁の現在の審
査基準(平成12年12月改訂のもの)によれば,「選択発明とは,物の構造に基
づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で,刊行物において上位概念で表現
された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から,その上位概
念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部を発明を特定する
ための事項と仮定したときの発明を選択したものであって,前者の発明により新規
性が否定されない発明をいう。したがって,刊行物に記載された発明とはいえない
ものは選択発明になりうる。」と定義されている。本判決においては,選択発明と
の語をこのように定義されたものとして使用する(原告は,選択発明との語を,上
記改訂前の特許庁の審査基準における定義を引用して,使用している。)。前記審
査基準によれば,選択発明の進歩性について,このような発明が,「刊行物に記載
されていない有利な効果であって,刊行物において上位概念で示された発明が有す
る効果とは異質な効果,又は同質であるが際だって優れた効果を有し,これらが技
術水準から当業者が予測できたものでないときは,進歩性を有する。」と記載され
ている。
 しかし,刊行物1に記載された発明のうち,本件発明1に当たる上記の引用
発明は,「刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の
選択肢で表現された発明から,その上位概念に包含される下位概念で表現された発
明又は当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択
したもの」に当たるとは認められるものの,「前者の発明により新規性が否定され
ない発明をいう。」あるいは「刊行物に記載された発明とはいえないもの」とはい
うことができないことは上記説示のとおりである。本件発明1は,そもそも上記の
意味における選択発明であるということはできない。
 もっとも,物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野においては,特許
請求の範囲に記載された特定の発明が,刊行物に記載された発明と見得るかどうか
の判断が困難な場合もある。特に,発明が引用発明と比較して顕著な効果を奏する
ものであると認められる場合は,このような進歩性についての判断が,新規性につ
いての判断にも事実上の影響を及ぼし,一見した限りでは当該発明が当該刊行物に
記載された発明であると解し得るような場合であっても,そのような新規性の判断
について再考を必要とすることも生じ得るであろう。そこで,本判決においても,
本件発明1の新規性の判断について再考を必要とするかどうかを確認するために,
念のため,本件発明1について引用発明と比較して顕著な効果があるかどうかにつ
いても検討する。
 本件明細書に,「出願人は,ある種のカップラーおよび酸化剤とある種の酸
化染料前駆物質とを酸性媒体中で組み合わせて使用することにより,上述の課題を
解決することができるとともに,短い待ち時間で自然なグレーの色調(選択性が低
く,良好な保護力を与え,グレーの髪の黄ばみを矯正するだけでなく,汗,シャン
プー,化学的処置あるいは光等の環境要因の作用に対して耐性が持続する)を得る
ことが可能な染料組成物が得られることを最近になって見いだした。」(甲第2号
証【0010】)と記載されていることから,本件発明1が,「短い待ち時間で自
然なグレーの色調(選択性が低く,良好な保護力を与え,グレーの髪の黄ばみを矯
正するだけでなく,汗,シャンプー,化学的処置あるいは光等の環境要因の作用に
対して耐性が持続する)を得ること」を目的とするものであることは認められる。
しかし,その実施例においては,本件発明1に包含される酸化染料前駆体とカップ
ラーとの数種の組合せについて,得られた色調が記載されているだけで,本件発明
に係る特定の組合せを選択することによって上記の目的が達成されること,すなわ
ち所期の効果が奏されることを確認したと認められる記載はそもそも存在しない
(同【0036】【表1】)。
 以上からすれば,本件発明1が引用発明に比べ顕著な効果を奏するものであ
ることを認めるに足りる証拠はなく,本件発明1の新規性についての前記判断を再
考する必要もないことが明らかである。
 決定は,「特許権者は,酸化染料前駆体とカップラーの組合せについて,そ
れぞれに属する化合物群から特定のものを組み合わせたことにより従来のものより
優れるという技術的意義が存在し,そのような組み合わせは刊行物1からは把握さ
れない旨,主張するが,上述の如く,刊行物1の請求項1と請求項2~5,請求項
9~10の記載から,本件請求項1の酸化染料前駆体とカップラーの組み合わせは
見えてくるのであり,また,本件明細書の記載を見ても従来のものに較べて優れて
いるとする比較例も示されていないのであるから,かかる主張は採用できない。」
(決定書10頁15行~22行)と判断している。決定のこの判断は,その結論に
おいて,本判決が上述したところとほぼ同旨と解することができる。決定の判断に
誤りはない,というべきである。
4 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由が
なく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告
の本訴請求を棄却することとし訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立ての
ための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条
2項を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
     裁判長裁判官山  下  和  明
       裁判官  設  樂  隆  一
 
       裁判官 阿  部  正  幸

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