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平成19年(行ケ)第10177号審決取消請求事件
平成20年1月17日判決言渡,平成19年12月5日口頭弁論終結
判決
原告イーストマンコダックカンパニー
訴訟代理人弁理士吉田研二,石田純,志賀明夫,青木謙一郎
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人濱田聖司,末政清滋,小池正彦,大場義則
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005−22400号事件について平成18年12月25日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
本件は,特許出願をした原告が,拒絶査定を受けて,不服審判の請求をしたが,
審判請求不成立の審決を受けたので,その審決の取消しを求めた事案である。
特許庁における手続の経緯は,次のとおりである。
原告は,平成6年2月25日に米国においてした特許出願に基づく優先権を主張
して(以下「本件優先日」という。),平成7年2月21日,発明の名称を「写真
画像の選択システム及び方法」とする発明について特許出願をした(以下「本件出
願」といい,その発明を「本願発明」という。)。(甲1)
原告は,平成17年8月17日に拒絶査定を受けたので,同年11月21日,拒
絶査定不服審判の請求をした(不服2005−22400号事件として係属)。こ
れに対し,特許庁は,平成18年12月25日付けで,「本件審判の請求は,成り
立たない。」との審決をし,その謄本は平成19年1月16日に原告に送達された。
なお,原告は,平成16年8月10日付けの手続補正書(甲2)により,本件出
願に係る明細書を補正した(以下「本件補正」といい,本件補正前の明細書を「当
初明細書」という。)。
2発明の要旨
()当初明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載1
「写真画像を選択し,選択された写真画像に関するサービスを選択する方法であっ
て,
a)複数の画像をもつ写真フィルムを走査して画像ファイルを作成し,
b)画像ファイルを加工し,前記画像ファイル内の画像を表示装置に陽画表示し,
c)前記表示装置から画像を選択し,かつ前記選択画像に関し与えられるサービス
を選択し,当該サービスは,前記選択画像から作成される印画の枚数および大きさ,
印画に対する画フレーム,選択画像のフォトCD,画像の拡大および切り取り,選
択された印画に関する通信文および選択された印画を送付する宛先からなる群から
選択されるものであり,
d)前記選択画像の識別情報,前記選択サービスに関する記述および顧客の識別情
報を含む発注情報を記録し,
e)前記発注情報を写真仕上げ業者に配信する
段階からなることを特徴とする,写真画像およびサービスの選択方法。」(以下
「本願当初発明」という。)
()本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載(下線部分が補正箇所であ2
る。)
「写真仕上げ業者に保存された画像に関連する写真画像を選択し,選択された写真
画像に関するサービスを離れた場所から選択する方法であって,
少なくとも1個の高解像度画像に関する画像ファイルを保存し,
前記写真仕上げ業者において,前記高解像度画像についての低解像度の陽画画像
を作成し,低解像度の陽画画像を通信ネットワークを介して前記写真仕上げ業者か
ら離れた場所に位置するパーソナルコンピュータの表示装置に提供し,
前記写真仕上げ業者によって提供されるコンピュータプログラムを用いて,前記
表示装置から画像と選択された画像に対応する高解像度画像に対して提供されるサ
ービスを選択し,
前記選択された画像の識別情報,前記選択されたサービスに関する記述,および
顧客の識別情報を含む発注情報を,前記離れた場所から前記写真仕上げ業者に転送
する段階を含む方法。」(以下「本願補正発明」という。)
3審決の理由の要点
()審決は,次のとおり,本件補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内のも1
のではないため,本件出願は特許法17条の2第2項において準用する同法17条
2項の規定に違反し特許を受けることができないとした。
()審決の判断部分は,次のとおりである。2
「以上(判決注:当初明細書の請求項1,段落【0001】∼【0008】,【0014】
∼【0015】,【0037】,【0041】の記載を指す。)の【従来の技術】,【発明が
解決しようとする課題】,【課題を解決するための手段および作用】,【発明の効果】の記載
からすると,当初細書に記載された発明(以下『当初発明』という。)は,ネガあるいはスラ
イドから画像ファイルを作成することを前提としていると認められる。また,【実施例】とし
て例示されている態様も,ネガあるいはスライドから画像ファイルを作成するもののみであり,
それ以外の方法で画像ファイルを作成する実施例が開示されているとは認められない。また,
当初明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された『複数の画像をもつ写真フィルム』とい
う文言も,『ネガあるいはスライド』に相当するものとして使用されているものと解される。
このように,当初発明はネガあるいはスライドから画像ファイルを作成する工程を有すること
を前提としたものと認められるため,画像ファイルの作成手段についての限定がなされていな
い,すなわち,ネガあるいはスライドをスキャンすること以外の工程により作成された画像フ
ァイルをも包含するものとした本件補正は,当初明細書に記載した事項の範囲とはいえない。
・・・仮に,周知慣用の技術であり,当初発明に適用し得るようなものが存在したとしても,
これらの技術を当初明細書に記載されているものと同視することが許されるのは,明細書又は
図面に記載がなくともこれがあると認識できる程度に自明となっているような場合に限られる
べきである。本件補正について言えば,前記・・・のとおり,当初発明はネガあるいはスライ
ドから画像ファイルを作成する工程を含むことを前提とした発明であり,明細書又は図面に記
載がなくともこれがあると認識できる程度に自明となっていないので,本願の出願時において
ディジタルカメラから画像ファイルを作成することが技術常識であったか否か,また,同技術
常識が当初発明に適用可能であるか否かにかかわらず,上記主張にも理由がない。」
第3原告の主張
審決は,当初明細書には,ネガ又はスライドをスキャンすること以外の画像ファ
イル作成工程の記載がないと誤認し(取消事由1),また,周知技術を勘案すれば
ネガ又はスライドをスキャンすること以外の画像ファイル作成工程についての記載
があると同視し得ることを看過し(取消事由2),その結果,本件補正が当初明細
書に記載した事項の範囲内のものではないとの誤った結論を導いたものであり,違
法であるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(スキャン以外の画像ファイル作成工程の記載がないとの誤認)
()審決は,「当初発明はネガあるいはスライドから画像ファイルを作成する工1
程を有することを前提としたものと認められるため,画像ファイルの作成手段につ
いての限定がなされていない,すなわち,ネガあるいはスライドをスキャンするこ
と以外の工程により作成された画像ファイルをも包含するものとした本件補正は,
当初明細書に記載した事項の範囲とはいえない。」と判断したが,誤りである。
()確かに,本願当初発明に示されるように,当初明細書には,ネガ又はスライ2
ドから画像ファイルを作成する工程を前提とする発明についての記載があるが,そ
の他に,上記工程を前提としなくてもよい,スキャン以外の画像ファイル作成工程
に係る発明が開示されている。
アすなわち,当初明細書の「遠隔地において,パーソナルコンピュータ52は,
電話回線54を通じてモデム48と通信する。適切な識別子(identification)を
用いることによって,パーソナルコンピュータ52の所有者は,記憶ブロック46
にある走査蓄積画像にアクセスすることができる。次に,これらの画像はデータ転
送手段48を通じてパーソナルコンピュータ52に転送され,そこで画像は表示装
置56に順次表示される。パーソナルコンピュータ52の操作者は,当分野の通常
の技術を有するプログラマーによって作成された適切なプログラムを実行させるこ
とができる。プログラムによって,ネガのストリップ12の番号に対応する所望の
各画像の番号および印画の大きさを,操作者が選択しうる。このプログラムは,画
像とともに転送することができる。」(段落【0030】),「あるいは,印画作
成をディジタルで実行することもできる。コンピュータ50は走査された高解像度
の画像ファイルを累積し,それによって所望の印画またはフォトCDを作成す
る。」(段落【0032】),「パーソナルコンピュータへの画像転送を行う本発
明の「パーソナルコンピュータ」実施例においては,消費者は,モデムなどのデー
タ転送手段により,またはディスクの運搬により,自分の低解像度画像をパーソナ
ルコンピュータに取り込み(download,ダウンロード),写真業者が発注情報を
受け取って作成する製品の選択をすることができる。」(段落【0039】)との
記載によれば,低解像度画像をパーソナルコンピュータに取り込み,これを用いて
製品を選択することを特徴とする技術事項に関する記載がある。このような通信ネ
ットワークを利用した作業は,コンピュータ50(実施例の図2参照)が高解像度
画像を記憶していることを前提として,記憶ブロック46に記憶されている低解像
度画像をパーソナルコンピュータ52に転送し,パーソナルコンピュータ52が必
要な入力を受け付け,情報をコンピュータ50に転送することによって行われる。
したがって,当初明細書には,低解像度画像をパーソナルコンピュータに取り込
み,これを用いて製品を選択することを特徴とすることについての記載があり,低
解像度の画像ファイルをデータ転送の対象とし,高解像度の画像ファイルから印画
を行うという発明が開示されているものである。
イまた,当初明細書の「低解像度画像のパレット化および圧縮は,送信される
べきデータを最小にするために行われる。画像送信の時間と費用が最小となるなら,
いかなる手段も望ましいものとして用いることが理解できよう。」(段落【002
9】)との記載を参照すれば,当初明細書には,画像送信時間や費用の抑制という
課題が開示もしくは示唆されているということができる。
ウ当初明細書の「本実施例では,元のネガと印画が,インデックス印刷ととも
に顧客に返される」(段落【0018】),「イデックス印刷は顧客に返却する前
にネガを走査して作成し,作成したディジタル画像を可搬型ハードドライブその他
の記憶装置に蓄積し,後の検索またはサービス発注の際に用いる」(段落【002
0】),「この実施例において,原ネガおよび印画はインデックス印刷とともに顧
客に返却される」(段落【0036】)との記載によれば,ネガは,顧客に返却さ
れるものである。
エ当初明細書の,例えば,「発注しうるサービスには,インデックス印刷上に
表示されたディジタルのネガから,フォトCDの作成要求を行うことを含みうる。
また,同様にインデックス印刷上に表示された選択済ディジタル画像ファイルから,
ディジタル画像の引き伸ばしを行うこともできる。選択済ディジタル画像ファイル
から作成するディジタルの焼き増しは,直接顧客あて,あるいは顧客の指定する任
意の宛先に送付しうる。ディジタルの挨拶カード(greetingcard)あるいはビジ
ネスカードを,選択されたディジタルのネガから作成するようにしてもよい。他の
商品またはサービス,例えば用意されたひな形(template)への画像の挿入,アル
バムページの印刷,コラージュ(collage,画面へのはめ込み)などの提供も可能
であり,さらに,若干の(nominal)料金によって,顧客はディジタルのネガの期
間延長をすることもできる。」(段落【0019】)との記載によれば,ネガ返却
後に行うサービスについて記載されている。
オそして,当初明細書には,低解像度画像を通信ネットワークを介し転送する
ことにより,画像送信の時間や費用を抑制することができるという効果が開示もし
くは示唆されており,この効果は,画像ファイルの由来とは関係なく奏することが
明らかである。
カそうすると,当初明細書には,①低解像度の画像ファイルをデータ転送の対
象とし,高解像度の画像ファイルから印画を行うという発明,すなわち,本願補正
発明が開示されており,②本願補正発明は,低解像度画像をパーソナルコンピュー
タに取り込み,これを用いて製品を選択することを特徴としており,③画像送信時
間や費用の抑制という課題が開示もしくは示唆されており,④低解像度画像を通信
ネットワークを介し転送することにより,画像送信の時間や費用を抑制することが
できるという作用効果も開示もしくは示唆されており,⑤しかも,本願補正発明に
おいては,高解像度画像,低解像度画像は,記憶保存されていれば利用することが
できるものであるから,これら画像がどのようにして作成されたかということは技
術的な意義を有しておらず,したがって,本願補正発明は,画像ファイルの由来に
よらずに成立する発明であり,かつ,当初明細書に開示されているものである。
()被告は,当初明細書にはネガ又はスライドから画像ファイルを作成する工程3
を有することを前提とした発明が記載されているので,「ネガあるいはスライドか
ら画像ファイルを作成する工程」が技術的意義を有する旨主張する。
しかし,明細書,図面に記載された事項が技術的意義を有するか否かは,特許請
求の範囲に記載された発明の内容によって異なる。本願当初発明は,当初明細書に
記載されたネガ又はスライドから画像ファイルを作成する工程を前提とした発明で
あるが,上記のとおり,当初明細書には,スキャン以外の画像ファイル作成工程に
係る発明も開示されており,補正後発明はそれに該当するのである。
()したがって,ネガ又はスライドをスキャンすること以外の工程により作成さ4
れた画像ファイルをも包含するものとした本件補正が当初明細書に記載した事項の
範囲とはいえないとした審決の認定判断は,誤りである。
2取消事由2(スキャン以外の画像ファイル作成工程の記載があると同視し得
ることの看過)
()審決は,ネガ又はスライドをスキャンすること以外の工程により作成された1
画像ファイルをも包含するものとした本件補正について,「仮に,周知慣用の技術
であり,当初発明に適用し得るようなものが存在したとしても,・・・明細書又は
図面に記載がなくともこれがあると認識できる程度に自明となっていないので,本
願の出願時においてディジタルカメラから画像ファイルを作成することが技術常識
であったか否か,また,同技術常識が当初発明に適用可能であるか否かにかかわら
ず,上記主張にも理由がない。」と判断したが,誤りである。
()当初明細書には,「他のシステム,例えばコダック社のイメージ・マジック2
(ImageMagic:商品名)では,テーマパーク(themepark)において,顧客の用
意した画像と『生』の画像とを組み合わせ,切り取りや組み込みを行い,印画作成
を行う。」(段落【0002】)との記載があるが,ここにいう「イメージ・マジ
ック」は,テーマパークなどにおいて,「生」の画像と他の画像とを組み合わせる
ことで,印画作成を行うシステムであり,「生」の画像を得るのに,ネガ又はスラ
イドを走査することを前提としておらず,「生」の画像と組み合わせ,切り取りや
組み込みを行い,印画を作成するという処理を行うに当たって,「生」の画像がフ
ィルムなどにスキャンによるものとは到底考えることができない。
そうすると,デジタルカメラが周知であった出願当時の技術水準において,段落
【0002】の記載を見れば,「生」の画像がフィルムなどのスキャンによって得
られるものでないことは,当業者に明らかであり,したがって,当初明細書の従来
の技術の記載を参照すれば,当初明細書においては,画像ファイルを得る手段とし
てネガ又はスライドから走査すること以外の手段の存在も前提としていたものと解
することができ,これを参照すれば,当初明細書には,スキャン以外の画像ファイ
ル作成工程の記載があると同視し得るものである。
()被告は,「イメージ・マジック」は,写真仕上げ業者と離れた位置あるパー3
ソナルコンピュータへ通信ネットワークを介して画像転送を行う本件補正発明のよ
うなシステムとは全く別のものであって,新たな発明を作り出すに等しいものであ
る旨主張する。
しかし,原告は,補正後発明が,もともと画像ファイルが存在すればよくその由
来によらない発明であると主張しており,このイメージ・マジックについての記載
も,画像ファイルがフィルムあるいはスライド以外を基に作成可能であることを推
察される記載であるとして挙げているのである。
()なお,審決は,当初明細書における特許請求の範囲請求項1の記載を前提と3
して,本願当初発明を1つのものとして認定しているが,本願当初発明を1つだけ
と認定するのは,発明の開示の代償として特許を与えるという趣旨からしても明ら
かに不当であり,この認定は,その前提において誤りである。
第4被告の主張
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(スキャン以外の画像ファイル作成工程の記載がないとの誤認)
に対して
()原告は,本願補正発明は,画像ファイルの由来によらずに成立する発明であ1
り,かつ,そのことが当初明細書に開示されている旨主張する。
しかし,当初明細書にはネガあるいはスライドから画像ファイルを作成する工程
を有することを前提とした発明が記載されているので,「ネガあるいはスライドか
ら画像ファイルを作成する工程」が技術的意義を有するものであり,当初の特許請
求の範囲に記載された事項のみならず,当初明細書の記載全体に照らして,本願補
正発明は記載されていないものというべきである。
()原告は,当初明細書の段落【0030】,【0032】及び【0039】の2
記載を根拠にして,低解像度の画像ファイルをデータ転送の対象とし,高解像度の
画像ファイルから印画を行うという発明,すなわち,本願補正発明が開示されてい
る旨主張する。
しかし,原告が指摘する当初明細書の段落【0030】,【0032】,【00
39】は,段落【0022】から始まる実施例3に関する説明であるところ,段落
【0030】には「走査蓄積画像」とあり,段落【0032】には「走査された高
解像度の画像ファイル」とあるように,ネガ又はスライドをスキャンして得ること
を前提としている。また,段落【0039】のうち原告が指摘する箇所は,「パー
ソナルコンピュータへの画像転送を行う本発明の『パーソナルコンピュータ』実施
例においては」との記載に引き続くものであるから,パーソナルコンピュータへの
画像転送が行われる実施例,すなわち実施例3の一変形例に関する説明である。そ
して,実施例3に関する記載には,ネガ及びスキャナを用いたものは記載されてい
るが,例えばデジタルカメラのように,ネガやスキャナを用いないものに関する記
載を見いだすことはできない。
2取消事由2(スキャン以外の画像ファイル作成工程の記載があると同視し得
ることの看過)に対して
原告は,デジタルカメラが周知であった本件優先日当時の技術水準において,当
初明細書の段落【0002】の記載を見れば,「生」の画像がフィルムなどのスキ
ャンによって得られるものでないことが当業者に明らかであるから,当初明細書の
従来の技術の記載を参照すれば,当初明細書が画像ファイルを得る手段としてネガ
又はスライドから走査すること以外の手段の存在も前提としていたものと解するこ
とができ,これを参照すれば,当初明細書には,スキャン以外の画像ファイル作成
工程の記載があると同視し得る旨主張する。
しかし,当初明細書の「イメージ・マジック」は,テーマパークにおいて印画作
成を行い,そこで完結するシステムであると考えられるから,写真仕上げ業者と離
れた位置あるパーソナルコンピュータへ通信ネットワークを介して画像転送を行う
本件補正発明のようなシステムとは全く別のものであって,新たな発明を作り出す
に等しいものであるから,原告の上記主張は,前提において失当である。
また,原告は,デジタルカメラが周知であった本件優先日当時の技術水準なとと
いうが,「特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第Ⅰ節新規事項」の「3.基本的な
考え方()」にも説明されているように,周知の技術であっても,当初明細書等4
に記載されているのと同然であると当業者が理解し得るような事項でないものにつ
いては,そのような事項を補正として追加することは許されないというべきである。
なぜならば,本願発明の分野において,周知技術に属する事項は無数に存在するも
のであり,当初明細書に記載があると認識できない事項であるにもかかわらず,周
知技術であるとの理由により補正を認めるのであれば,第三者に不当な不利益をも
たらすからである。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(スキャン以外の画像ファイル作成工程の記載がないとの誤認)
について
()本願当初発明は,「画像ファイル」について,「複数の画像をもつ写真ファ1
イルを走査して画像ファイルを作成し」との構成となっていたところ,本願補正発
明においては,「少なくとも1個の高解像度画像に関する画像ファイル」という記
載となっており,画像ファイルの作成手段についての限定がされておらず,ネガあ
るいはスライドをスキャンすること以外の工程により作成された画像ファイルをも
包含するものとなっている。
審決は,「当初発明はネガあるいはスライドから画像ファイルを作成する工程を
有することを前提としたものと認められるため,画像ファイルの作成手段について
の限定がなされていない,すなわち,ネガあるいはスライドをスキャンすること以
外の工程により作成された画像ファイルをも包含するものとした本件補正は,当初
明細書に記載した事項の範囲とはいえない。」(前記第2の3())と判断した。2
これに対し,原告は,当初明細書には,①低解像度の画像ファイルをデータ転送の
対象とし,高解像度の画像ファイルから印画を行うという発明,すなわち,本願補
正発明が開示されており,②本願補正発明は,低解像度画像をパーソナルコンピュ
ータに取り込み,これを用いて製品を選択することを特徴としており,③画像送信
時間や費用の抑制という課題が開示又は示唆されており,④低解像度画像を通信ネ
ットワークを介し転送することにより,画像送信の時間や費用を抑制することがで
きるという作用効果も開示又は示唆されており,⑤しかも,本願補正発明において
は,高解像度画像,低解像度画像は,記憶保存されていれば利用することができる
ものであるから,これら画像がどのようにして作成されたかということは技術的な
意義を有しておらず,したがって,本願補正発明は,画像ファイルの由来によらず
に成立する発明であり,かつ,当初明細書に開示されている旨主張している。
原告の上記主張は,要するに,当初明細書に記載された,ネガ又はスライドから
画像ファイルを作成する工程は,当初明細書に記載された発明を特徴付けるもので
はなく,本願補正発明は,低解像度画像をパーソナルコンピュータに取り込み,こ
れを用いて製品を選択することを特徴とするものであり,その構成も技術課題も作
用効果も,当初明細書に記載されているというものである。
()当初明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。2
ア「【産業上の利用分野】本発明は,フォトフィニッシング(photofinishing,
以下「写真仕上げ」と称する)の分野に関する。より詳細には,印画作成(printi
ng)のための写真画像の選択に関する。」(段落【0001】)
イ【従来の技術】電子的な印画作成処理については,すでに多くのシステムが
提案されている。例えばコダック社のクリエータ・プリント(:商品CreataPrint
名)では,操作者が写真店あるいは小規模現像拠点(minilablocation)に行き,
自分のネガティブフィルム(以下,ネガと略称する)を挿入し,印画作成に先立っ
て画像の拡大・切り取り(crop,クロップ),引き伸ばしを行う。他のシステム,
例えばコダック社のイメージ・マジック(ImageMagic:商品名)では,テーマパ
ーク(themepark)において,顧客の用意した画像と『生』の画像とを組み合わせ,
切り取りや組み込みを行い,印画作成を行う。さらに,フォトCD(PhotoCD:
商品名)は,選択された画像をフィルムの最大解像度でフォトCDディスクに記録
する方法を具備している。」(段落【0002】)
ウ「【発明が解決しようとする課題】しかし,消費者は,多数の印画を写真取
り扱い店から受領しあるいは写真仕上げ業者(photofinisher,以下,単に「写真
業者」と呼ぶ)からの郵送を受け,それらの印画の複製を友人や親戚へ送付したい
場合や自分用に作りたい場合に,しばしば問題に直面している。即ち,写真仕上げ
の従来の環境では,選択した画像がどの写真ネガに含まれているのかを識別しにく
いことである。顧客は,選択画像を含む写真ネガを見つけ出すのに手間取ることが
多い。また,ネガを見て,印画を見ると同じように判読することも難しい。顧客は
各ネガを調べて,その中から印画したい画像を選別しなければならない。しかる後,
小規模現像拠点,写真店あるいは写真業者にネガを持参または郵送し,焼き付け枚
数とサイズを指定しなければならない。そして新しい印画ができあがるのを待ち,
それらをドラッグストア,小規模現像拠点あるいは写真業者から入手するという過
程を経る必要がある。この方法には多くの問題がある。・・・結局のところ,追加
焼き増しの取得はかなり手間がかかるため,焼き増しが促進されない。発注に不便
なことが焼き増し注文を増やす障壁となっている。以上より,ネガやスライドから
の印画作成の発注や再発注を容易にする,改良システムと方法が望まれている。さ
らに,発注が容易になることによって,拡大・切り取りなどのサービスの利用が増
大すると考えられる。本発明の目的は,ネガまたはスライドからの印画作成の発注
または再発注を容易にするシステムおよび方法を提供することにある。さらに,本
発明の目的は,写真所有者()が,大きさ,宛先,テキスト,フレーphotographer
ムその他写真印画に関するオプションを選択することを可能とすることである。」
(段落【0003】∼【0007】)
エ「【課題を解決するための手段および作用】本発明は,ネガあるいはスライ
ドからの印画作成の発注や再発注を容易にするためのシステムであり,印画の大き
さ,宛先,テキスト,フレームその他の印画作成に関する,顧客による任意の選択
を可能にする。本発明は,従来不便であった焼き増しの選択と発注の手段を合理化
する。本発明をある面から見ると,コンピュータ制御のスキャナにより,ネガ又は
スライドから画像データを作成する。画像ファイルは,認識のためには十分鮮明で
あり,反面,コンピュータ処理の所要時間を最小にする,低い解像度とする。コン
ピュータはデータを処理し,フィルムのポジティブ画像(ポジ画像)を表示装置上
に表示する。顧客はこれらの画像を用いて,所望する焼き増しを選択し,コンピュ
ータは,その発注情報を記録する。写真業者は顧客の指定通りに焼き増しを作成す
る。本発明の概念は,焼き増しの発注だけでなく,初回の(original)印画発注に
も用いうる。例えば,顧客は,写真仕上げ会社に露出済フィルムを送る。写真仕上
げ会社は,露出済フィルムを現像し,低解像度でフィルムを走査し,走査画像を記
憶する。顧客は,一定期間内に自分のパーソナルコンピュータから電話番号をダイ
アルし,コンピュータに表示された画像を見る。顧客は,各画像の拡大・切り取り
を行い,印画の数量と大きさの注文を出す。他のオプションについても同様である。
本発明の他の実施例は,顧客の画像から,顧客がサービスを追加発注する方法を提
供する。顧客のネガまたはスライドを顧客に返却する前にそれらを走査し,インデ
ックス印刷(indexprint)を作成する。ネガまたはスライドから作成されたディ
ジタル画像は,可搬型ハードドライブ(portableharddrive)または他の記憶装
置に蓄積し,後に検索およびサービス発注の際に用いる。顧客は,インデックス印
刷と押ボタン電話機を用いて,画像と受けたいサービスの選択を行う。あるいは,
インデックス印刷の参照による初回の印画または焼き増しの発注を,コンピュータ
音声発注システムを用いて行うことも可能である。本発明の利益は,従来不便であ
った印画作成や焼き増しの選択および発注が合理化される点にある。」(段落【0
008】∼【0012】)
オ「【発明の効果】本発明は,写真仕上げの分野において有用であり,ネガか
らの印画や焼き増しを発注する場合の不都合を減少させる。本発明の利益は,印画
や焼き増しの選択および発注における従来の不便な手段を解消することにある。ま
た,傷つきやすいネガを顧客が何度も取り扱わなくて済む。本発明の機能により,
顧客がネガからの初回の印画作成を発注する前に画像を吟味でき,それによって所
望しない印画作成の必要がなくなる。また,本発明により,データの記入誤りがな
くなる。さらに,本発明によって顧客は,特に数枚の類似の画像がある場合に,ネ
ガをより容易に識別することができるという利益を得る。」(段落【0041】)
()上記記載によると,本願当初発明は,ネガ又はスライドからの印画作成の発3
注に係る写真仕上げの分野に関するものであり,その技術課題は,従来技術では写
真仕上げの従来の環境では,選択した画像がどの写真ネガに含まれているのかを識
別しにくく,発注が不便であり,その結果,焼き増し注文を増やす障壁となってい
たところ,これを解決して,ネガ又はスライドからの印画作成の発注や再発注を容
易にしたのが本願当初発明に係る方法であり,不便であった焼き増しの選択と発注
の手段を合理化し,印画の大きさ,宛先,テキスト,フレームその他の印画作成に
関する,顧客による任意の選択を可能にするというものである。そして,より具体
的には,ネガ又はスライドから印画作成を発注するに当たって,ネガ又はスライド
をスキャンすることによりデジタル化して画像ファイルとし,この画像ファイルを
加工して画像を画面に表示したり,選択画像を遠隔地に伝送したりすることにより,
ネガ又はスライドからの印画作成の発注や再発注を容易にする技術を提供している
ものである。
したがって,当初明細書においては,ネガ又はスライドから画像ファイルを作成
する工程を前提とする発明について記載されており,かつ,同工程は,当初明細書
において,欠点のある従来技術であり,解決すべき課題とされていたものであって,
要するに,当初明細書に記載された発明は,ネガ又はスライドから選択画像を見つ
け出そうとしても,識別しにくく,手間がかかったり,誤発注をしやすいという問
題意識から出発して,上記発明を完成させるに至っているのであるから,ネガ又は
スライドの印画作成は,当初明細書に記載された発明に特徴的なものであったと認
められ,ネガ又はスライドの印画作成とは無関係な技術を対象としていないことが
明らかである。
()原告は,原告は,当初明細書の段落【0030】,【0032】及び【004
39】の記載を根拠にして,低解像度の画像ファイルをデータ転送の対象とし,高
解像度の画像ファイルから印画を行うという発明,すなわち,本願補正発明が開示
されている旨主張するので,当初明細書の実施例について検討する。
ア「【実施例】実施例1.図1において,システム10は,ネガまたはスラ
イドから印画作成を再発注するに適したシステムを示す。本発明のこの実施例によ
れば,小売店の顧客は,写真業者から受け取ったネガまたはスライド,あるいは顧
客の個人ライブラリにあった古いネガまたはスライドの袋から,フィルム・ストリ
ップ12を選択する。・・・図1において,フィルム12は,フィルム取り扱い装
置16のスキャナ20を通過する。光源(図示せず)によりネガを照射し,光はフ
ィルム12を通過してフィルム取り扱い装置16内の画像作成用電子回路(imagin
gelectronics)に達する。スキャナ20は,フィルムの透過度に対応するデータ
を迅速に獲得でき,付設の観察ステーション(viewingstation)24の例えばコ
ンピュータ画面26などに適切に表示するに十分な空間解像度および色解像度をも
つ。選択されたフィルムストリップ12は,図のようにコンピュータ画面26によ
り観察することができる。フィルム取り扱い装置16のスキャナ20からデータを
獲得の後,顧客は,フィルムをスキャナから取り外す前に,焼き増しを所望するか
どうかを決定する。・・・次に,顧客はデータ入力手段28を用いて,印画を所望
する画像を選択する。・・・本実施例では,元のネガと印画が,インデックス印刷
とともに顧客に返される。インデックス印刷には,顧客が注文した画像,発注番号,
顧客ごとに個別の(unique)ID番号,およびその個別ID番号により顧客が行い
うることの記述を含む。・・・」(段落【0014】∼【0018】)
イ「実施例2.本発明の他の実施例では,顧客が自分の画像からサービスの追
加発注を行うことを可能とする。この場合,インデックス印刷は顧客に返却する前
にネガを走査して作成し,作成したディジタル画像を可搬型ハードドライブその他
の記憶装置に蓄積し,後の検索またはサービス発注の際に用いる。顧客は,インデ
ックス印刷と押しボタン電話機を用いて,画像の選択および実行サービスの選択を
行う。」(段落【0020】)
ウ「実施例3.他の実施例においては,顧客は,画像表示の後,希望する印画
の枚数および大きさの発注に先立って画像の拡大または切り取りを行うことができ
る。・・・」(段落【0022】)
エ「次に,図2について説明する。本発明の概念は,焼き増しと同様,初回の
印画作成にも適用でき,例えば,顧客は露出済フィルムを写真仕上げ会社に郵送し
または持ち込み,そこでフィルム38は現像ブロック40によって現像され,ネガ
12が作成される。ネガ12は低解像度のスキャナ20によって走査される。・・
・図2の説明を続ける。画像は,例えば画素あたり24ビット,即ち走査装置の3
色の各チャンネルあたり8ビットで走査される。次に,この情報を,特定の画像に
あるすべての色の中から256色を割り当てるため,適切なパレット化アルゴリズ
ム(palettizationalgorithm)のブロック42に通す。パレット化の過程は画像
ごとに実行され,各画像に対する最適なパレットが作成される。・・・パレット化
した画像で表されるデータは,圧縮機能ブロック44において,例えばレンペル・
ゼブ・Qコーダ(LempelZevQCoder),DPCMあるいはRADPCMなどの無
損失圧縮法(losslesscompressionscheme)を用いて,損失のない形式で圧縮さ
れる。つぎに,圧縮画像データは,モデムなどのデータ転送手段48を経由して顧
客に送信する前に,記憶ブロック46に蓄積する。図2は画像の機能的な流れを示
していることを理解されたい。・・・遠隔地において,パーソナルコンピュータ5
2は,電話回線54を通じてモデム48と通信する。適切な識別子(identificati
on)を用いることによって,パーソナルコンピュータ52の所有者は,記憶ブロッ
ク46にある走査蓄積画像にアクセスすることができる。・・・操作者が選択する
情報には,拡大・切り取り,画像サイズの選択,特定の画像に関する書状および宛
先,画像に付加するテキスト,あらかじめ用意した背景への画像の挿入などの情報
を含み,回線54を通じてモデムなどのデータ転送手段48およびコンピュータ5
0に送信される。コンピュータ50はまた,引き伸ばし機(printenlarger)58
を制御する。パーソナルコンピュータ52からのデータによって拡大および切り取
りを行う特定のフレームが識別され,コンピュータ50に送信される。・・・コン
ピュータ50は走査された高解像度の画像ファイルを累積し,それによって所望の
印画またはフォトCDを作成する。」(段落【0027】∼【0032】)
オ「実施例4.本発明の他の実施例においては,顧客は,処理されたフィルム
の各ロール()の写真プルーフシート(proofsheet,校正刷り)を受け取るこroll
とができる。引き続き図2を参照すると,ネガ12がスキャナ20により走査され,
コンピュータ50により処理された後,プルーフシートがディジタル・インデック
ス画像プリンタ65を通じて作成され,顧客に提供される。・・・この実施例にお
いて,原ネガおよび印画はインデックス印刷とともに顧客に返却される。・・・以
上を要約すると,本発明により,スキャナにより写真ネガあるいはスライドを取り
込んで画像ファイルを作成し,それを用いて印画作成用の写真画像を選択する。・
・・」(段落【0035】∼【0037】)
カ「本発明の範囲を逸脱することなく種々の変更が可能であることは,当業者
に明らかであろう。例として,本発明の『単独の(“stand-alone”)』実施例に
おいて,顧客が自分のネガをスキャナに挿入し,発注情報の捕捉,記録,印画作成
手段への転送を行う方法があろう。・・・パーソナルコンピュータへの画像転送を
行う本発明の『パーソナルコンピュータ』実施例においては,消費者は,モデムな
どのデータ転送手段により,またはディスクの運搬により,自分の低解像度画像を
パーソナルコンピュータに取り込み(download,ダウンロード),写真業者が発注
情報を受け取って作成する製品の選択をすることができる。顧客に対し,インデッ
クス印刷だけでなくディジタルの最終の印画を配送する場合には,スキャナ20は
当然,高解像度スキャナとしうる。」(段落【0039】)
()上記記載によれば,実施例1ないし4及び変更例の説明は,すべて,ネガ又5
はスライドをスキャナで走査して画像ファイルを作成することを前提として記述さ
れており,ネガ又はスライドをスキャンすることによりデジタル化して「画像ファ
イル」とし,その「画像ファイル」を処理する技術が開示されているのみであって,
ネガ又はスライドをスキャンすることで得られる以外の「画像ファイル」について
は,何らの言及も示唆もしていない。
原告主張の段落【0030】,【0032】は,段落実施例3における図2につ
いての説明の一部であり,段落【0027】から始まる同説明の冒頭では,「本発
明の概念は,焼き増しと同様,初回の印画作成にも適用でき,例えば,顧客は露出
済フィルムを写真仕上げ会社に郵送しまたは持ち込み,そこでフィルム38は現像
ブロック40によって現像され,ネガ12が作成される。ネガ12は低解像度のス
キャナ20によって走査される。」との記載があり,その後に,ネガ12の画像が
走査装置で走査され,次に,この情報を適切なパレット化アルゴリズム(palettiz
ationalgorithm)のブロック42に通し,画像に対する最適なパレットが作成さ
れ,回線54を通じてモデムなどのデータ転送手段48およびコンピュータ50に
送信されるなどといった工程の記載があって,フィルム,ネガを前提とする技術が
記載されているものである。そして,段落【0030】には,「パーソナルコンピ
ュータ52の所有者は,記憶ブロック46にある走査蓄積画像にアクセスすること
ができる。」との記載にいう「走査蓄積画像」,段落【0032】の「コンピュー
タ50は走査された高解像度の画像ファイルを累積し」との記載にいう「走査され
た高解像度」が文脈からネガをスキャナによって走査して得た画像であることは明
らかである。
また,原告指摘の段落【0039】の「パーソナルコンピュータへの画像転送を
行う本発明の『パーソナルコンピュータ』実施例においては,消費者は,モデムな
どのデータ転送手段により,またはディスクの運搬により,自分の低解像度画像を
パーソナルコンピュータに取り込み(download,ダウンロード),写真業者が発注
情報を受け取って作成する製品の選択をすることができる。」の記載中の「自分の
低解像度画像」とは,上記文章の直前の「本発明の範囲を逸脱することなく種々の
変更が可能であることは,当業者に明らかであろう。例として,本発明の「単独の
(“stand-alone”)」実施例において,顧客が自分のネガをスキャナに挿入し,
発注情報の捕捉,記録,印画作成手段への転送を行う方法があろう。」との記載に
よれば,顧客が自分のネガをスキャナに挿入し,発注情報の捕捉,記録,印画作成
手段への転送を行う方法によって得た画像を指すものである。
したがって,原告が掲げる当初明細書の段落【0030】,【0032】及び
【0039】の記載から,本願補正発明が開示されているとする原告の主張は,採
用の限りでない。
()原告は,当初明細書の段落【0018】,【0020】及び【0036】に,6
ネガは顧客に返却されるものであることが記載されており,段落【0019】には,
ネガ返却後に行うサービスが記載されているとし,結局,当初明細書に記載されて
いる一連の技術の中から,ネガを返却した後,画像ファイルを保存しておいた場合
に行うサービスに関する部分,すなわち,「低解像度の画像ファイルをデータ転送
の対象とし,高解像度の画像ファイルから印画を行うという発明」を取り出して,
画像ファイルの由来によらない発明であると主張しているものということができる。
ところで,発明は,技術的思想の創作であるが(特許法2条),ここに「技術」
とは,一般に,「①物事を巧みにしとげるわざ。技芸。②自然に人為を加えて人間
の生活に役立てるようにする手段。また,そのために開発された科学を実際に応用
する手段。科学技術。」(大辞林第3版),「①物事をたくみに行うわざ。技巧。
技芸。②()科学を実地に応用して自然の事物を改変・加工し,人間生活technique
に役立てるわざ。」(広辞苑第5版)などとされているとおり,科学を現実に応用
して人間生活に役立てるという目的を達成するための具体的手段であるから,発明
における創作は,所期の目的すなわち技術課題を達成するための手段としての技術
的思想でなければならないものと解すべきである。
本件についてみると,ネガ又はスライドを返却した後の,画像ファイルを保存し
ておいた場合に行うサービスに関する部分,すなわち,原告が「低解像度の画像フ
ァイルをデータ転送の対象とし,高解像度の画像ファイルから印画を行うという発
明」と主張するものは,前記のとおり,当初明細書中に,従来技術との関係で技術
課題が設定されているわけではないから,単に,そのサービスに関する部分のみを
取り出しても,そこに出願人による技術的思想の創作である発明が存在すると認め
ることはできない。当初明細書の上記記載からいえることは,ネガを返却した後の,
画像ファイルを保存しておいた場合に行うサービスに関する技術が当業者に開示さ
れているというのみであって,それ以上のものではない。
この点について,原告は,本願補正発明に関して,当初明細書の段落【002
9】を挙げ,画像送信時間や費用の抑制という課題が開示もしくは示唆されており,
また,作用効果も開示もしくは示唆されている旨主張する。
確かに,当初明細書には,「低解像度画像のパレット化および圧縮は,送信され
るべきデータを最小にするために行われる。画像送信の時間と費用が最小となるな
ら,いかなる手段も望ましいものとして用いることが理解できよう。」(段落【0
029】)との記載があるが,上記記載は,段落【0027】から始まる,実施例
3における図2についての説明の一部であるところ,上記のとおり,段落【002
7】の説明を併せみれば,段落【0029】の「低解像度画像のパレット化」とは,
ネガ12の画像が走査装置で走査され,次に,この情報を適切なパレット化アルゴ
リズム(palettizationalgorithm)のブロック42に通し,画像に対する最適な
パレットが作成されたものである。結局,ネガ又はスライドのスキャンによって作
成された低解像度画像のパレット化及び圧縮をすることが,画像送信の時間と費用
を最小とするために行われることを説明しているものであって,それ以上のもので
はない。まして,原告主張の「低解像度の画像ファイルをデータ転送の対象とし,
高解像度の画像ファイルから印画を行うという発明」の技術課題として記載されて
いるものでないことは,明らかである。また,上記発明の作用効果が当初明細書に
記載されていないことも明らかである。
()したがって,ネガ又はスライドをスキャンすること以外の工程により作成さ7
れた画像ファイルをも包含する本件補正が当初明細書に記載した事項の範囲ではな
いとした審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(スキャン以外の画像ファイル作成工程の記載があると同視し得
ることの看過)について
()原告は,デジタルカメラが周知であった出願当時の技術水準において,段落1
【0002】の記載を見れば,「生」の画像がフィルムなどのスキャンによって得
られるものでないことは,当業者に明らかであり,したがって,当初明細書の従来
の技術の記載を参照すれば,当初明細書においては,画像ファイルを得る手段とし
てネガ又はスライドから走査すること以外の手段の存在も前提としていたものと解
することができ,これを参照すれば,当初明細書には,スキャン以外の画像ファイ
ル作成工程の記載があると同視し得る旨主張する。
()当初明細書の【従来の技術】欄には,「電子的な印画作成処理については,2
既に多くのシステムが提案されている。例えばコダック社のクリエータ・プリント
(CreataPrint:商品名)では,操作者が写真店あるいは小規模現像拠点(minil
ablocation)に行き,自分のネガティブフィルム(以下,ネガと略称する)を挿
入し,印画作成に先立って画像の拡大・切り取り(crop,クロップ),引き伸ばし
を行う。他のシステム,例えばコダック社のイメージ・マジック(ImageMagic:
商品名)では,テーマパーク(themepark)において,顧客の用意した画像と
「生」の画像とを組み合わせ,切り取りや組み込みを行い,印画作成を行う。さら
に,フォトCD(PhotoCD:商品名)は,選択された画像をフィルムの最大解像
度でフォトCDディスクに記録する方法を具備している。」(段落【0002】)
との記載があるところ,「イメージ・マジック(ImageMagic:商品名)」は,テ
ーマパーク(themepark)において,顧客の用意した画像と「生」の画像とを組み
合わせ,切取りや組込みを行うというものであり,画像ファイルがフィルムあるい
はスライド以外を基に作成可能であることが示唆されていることは,原告の主張す
るとおりである。
しかし,前記1に判示したとおり,当初明細書には,原告主張の「低解像度の画
像ファイルをデータ転送の対象とし,高解像度の画像ファイルから印画を行うとい
う発明」は開示されていると認められないのであって,当初明細書の段落【000
2】の記載を加えたとしても,本願補正発明のような技術的思想が開示されている
とはいえない。
()原告は,審決が,当初明細書における特許請求の範囲請求項1の記載を前提3
として,本願当初発明を1つのものとして認定していると論難する。
しかし,審決の「【従来の技術】,【発明が解決しようとする課題】,【課題を
解決するための手段および作用】,【発明の効果】の記載からすると,当初細書に
記載された発明(以下『当初発明』という。)は,ネガあるいはスライドから画像
ファイルを作成することを前提としていると認められる。」(前記第2の3())2
との記載によれば,当初明細書における特許請求の範囲請求項1の記載を前提とし
た判断でなく,当初明細書全体の記載に基づいた判断であることが明らかである。
3そうすると,審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも
理由がないから,原告の請求は棄却を免れない。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官塚原朋一
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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