弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
原判決中、上告人に対し、Dの記事に基づく損害賠償である五〇万円及びこれに対
する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて支払を
命じた部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
上告人の被上告人B1に対するその余の上告及び被上告人B2に対する上告を棄却
する。
前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人鈴木裕文、同小長井雅晴の上告理由第一、第二の一、第二の二のうち
Dの記事及びGの文章(1)に関する部分について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯する
に足り、右事実関係の下においては、Dの記事及びGの文章(1)について名誉毀
損による不法行為の成立を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。
原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証
拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違
反をいうものにすぎず、採用することができない。
 同第二の二のうちGの文章(2)に関する部分について
 一 本件は、上告人が執筆した「賄賂の話」と題する出版物中の文章が、被上告
人B1(以下「被上告人B1」という。)の名誉を毀損するものであるとして、被
上告人B1が上告人に対して損害賠償を請求するものであり、原審の確定した事実
関係等は、次のとおりである。
 1 上告人はH大学法学部の刑法学の教授であり、被上告人B1はH電話株式会
社の代表取締役社長であった者である。
 2 被上告人B1は、会社業務と関係のない買物に係る領収書(レシート)と引
換えに現金を受領するなどの方法によって会社資金を着服横領し、かつ、会社の所
有する美術品等を自宅に持ち帰って横領したとして、昭和五五年四月二六日に業務
上横領罪で起訴され、昭和六〇年四月二六日に第一審で一部有罪、一部無罪の判決
の言渡しを受けたが、平成三年三月一二日に言渡しを受けた控訴審判決では、第一
審判決が一部有罪とした会社資金の横領についてはすべて無罪となり、会社所有の
美術品等を自宅に持ち帰った事実の一部のみが有罪とされ、その後、控訴審判決は
確定した。
 3 上告人は、右刑事事件の第一審判決言渡し後である昭和六一年二月二五日に
株式会社J社が発行した「賄賂の話」と題する書籍(G)を執筆し、その中におい
て、右刑事事件を取り上げ、同書の二六頁から二八頁まで及び一一三頁に五箇所に
わたって被上告人B1に関する記述をしたが、そのうち二七頁には、被上告人B1
が、「ネグリジェ、ハンドバッグ、紳士靴、時計のバンド、牛肉、洋酒、冷蔵庫と
手当たり次第、会社業務と全く関係のないレシートを会社に持ち込んで現金化した
り、会社のハイヤーを妻の買物などにも自由に使わせ、一流レストランから社費で
昼食を自宅に運ばせたり、妻との海外旅行の仕度金、家族とのゴルフ代まで会社に
負担させるといったように、公私混同のかぎりをつくした。」との記載(以下「G
の文章(2)」という。)がある。
 4 Gの文章(2)のうち、ネグリジェなど会社業務と全く関係のない買物のレ
シートを会社に持ち込んで現金化したとの記載(以下「甲の部分」という。)に係
る事実は、第一審判決が業務上横領に該当するとして有罪とした事実である。しか
し、控訴審判決は、被上告人B1がこれらのレシートを会社に提出したこと自体は
否定しなかったものの、そのうち「ネグリジェ、紳士靴、時計のバンド、牛肉」に
関しては、会社の業務に関する贈答品として購入されたものでないとは言い切れな
いとし、その他のレシートに関しては、被上告人B1において妻から小封筒に入れ
て交付されていたレシート類をそのまま会社に持ち込んで現金を受け取っていたも
ので不法領得の意思を認め難いとして、いずれも無罪とした。
 5 Gの文章(2)のうち、妻との海外旅行の支度金を会社に負担させたとの記
載(以下「乙の部分」という。)に係る事実は、被上告人B1が妻を同伴して海外
に出張した際、正規の支度金の外に支度金名目で会社から金員を受領したとして業
務上横領として起訴されたが、第一審判決が、その外形的事実の存在と右金員の受
領は会社の内規に違反する交際費資金の不当な流用であることを認めたものの、会
社のためにする出費という側面のあることを否定し難いとの理由から、会社資金を
不法に領得したものと断ずることはできないとして無罪とした事実である。
 なお、上告人は、Gの文章(2)に続いて、第一審判決で有罪とされた事実と無
罪とされた事実について、右判決を要約してやや詳しい説明を加える記述(以下「
Gの文章(3)」という。)をしており、右文章中において、妻との海外旅行の支
度金を会社に負担させた行為は、会社と無関係と断定できないとして無罪になった
と紹介している。
 6 Gの文章(2)のその余の記載(以下「丙の部分」という。)に係る事実(
会社で費用を負担するハイヤーを妻に自由に使用させたり、会社の費用でレストラ
ンから食事を自宅に運ばせたほか、家族と行ったゴルフの費用も会社に負担させる
といった甚だしい公私混同の行為を行ったこと)は、第一審判決の量刑の理由中に
記載された事実である。
 7 上告人は、第一審判決を資料としてGの文章(2)を執筆したものであり、
摘示した事実を真実であると信じていたが、執筆当時、右判決に対して被上告人B
1が控訴をしたことを知っていた。
 二 原審は、右事実関係の下において、Dの記事に基づく損害賠償である五〇万
円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員
に加えて、次のように判示して、Gの文章(2)の記述について上告人の被上告人
B1に対する名誉毀損による不法行為責任を認め、同じく不法行為責任を認めた同
一書籍中の他の記述(Gの文章(1))と併せて、被上告人B1の請求を、三〇万
円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員
の支払を命ずる限度で認容した。
 1 Gの文章(2)の記述は、被上告人B1の社会的評価を低下させる事実の摘
示に当たるが、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものと
認められる。
 2 しかし、摘示された事実はいずれも真実であることの証明があったと認める
ことはできない。
 3 また、乙の部分に摘示された事実は、第一審で無罪となった事実であり、丙
の部分に摘示された事実は、第一審判決の量刑の理由の中で述べられたにすぎない
事実であるから、上告人において真実と信ずるについて相当の理由があると認める
ことができないことは明らかである。
 甲の部分に摘示された事実は、第一審で有罪となった事実であるが、上告人は刑
法学者で、第一審判決に対して控訴がされ、これが争われていることを知っていた
のであるから、右事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえない。
 三 しかしながら、原審の右3の判断は是認することができない。その理由は、
次のとおりである。
 1 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する
事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合には、摘示された事実がそ
の重要な部分において真実であることの証明があれば、右行為は違法性がなく、ま
た、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実と信ずるについて相当
の理由があるときは、右行為には故意又は過失がなく、不法行為は成立しない(最
高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻
五号一一一八頁、最高裁昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日第一小法
廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。そして、【要旨】刑事第一審の判決
において罪となるべき事実として示された犯罪事実、量刑の理由として示された量
刑に関する事実その他判決理由中において認定された事実について、行為者が右判
決を資料として右認定事実と同一性のある事実を真実と信じて摘示した場合には、
右判決の認定に疑いを入れるべき特段の事情がない限り、後に控訴審においてこれ
と異なる認定判断がされたとしても、摘示した事実を真実と信ずるについて相当の
理由があるというべきである。けだし、刑事判決の理由中に認定された事実は、刑
事裁判における慎重な手続に基づき、裁判官が証拠によって心証を得た事実である
から、行為者が右事実には確実な資料、根拠があるものと受け止め、摘示した事実
を真実と信じたとしても無理からぬものがあるといえるからである。
 2 これを本件についてみるに、上告人は、刑事第一審判決の言渡後、控訴審に
おいてこれが覆される前に、右判決を資料として、摘示された事実を真実と信じて
Gの文章(2)を執筆したものである。そして、甲の部分に摘示された事実は、第
一審判決が業務上横領に該当するとして有罪とした事実、丙の部分に摘示された事
実は、右判決の量刑の理由の中に記載された事実である。また、乙の部分は、Gの
文章(3)には、妻との海外旅行の支度金を会社に負担させた行為は第一審におい
て無罪とされたことがおおむね正確に記述されているという前後の文脈やその記載
内容を考慮すると、被上告人B1が、刑事裁判では無罪とされたものの公私混同と
非難されるような態様で、妻との海外旅行の支度金を会社に負担させたとの事実を
摘示するものと解するのが相当である。そして、第一審判決が、被上告人B1が妻
を同伴して海外に出張した際、正規の支度金の外に支度金名目で会社から金員を受
領したとの外形的事実の存在とこれが会社の内規に反する交際費資金の不当な流用
であると認定していることからすると、判決の認定した右事実と乙の部分に摘示さ
れた事実との間に同一性があるとみて差し支えはないというべきである。右のとお
り、Gの文章(2)に摘示された事実と刑事判決の認定事実との間には、同一性が
あると解され、前記特段の事情の存在がうかがわれない本件においては、上告人が
摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があるというべきであり、この
ことは、上告人が刑法学者で、第一審判決に対して控訴がされたことを知っていた
としても異なるところはない。なお、摘示した事実が第一審判決にのっとったもの
であることを読者が容易に知ることができるよう記載しておくことが望ましかった
とはいえようが、そのことは右の結論を左右するものではない。
 3 右のとおり、Gの文章(2)については、上告人に故意又は過失が認められ
ないから、名誉毀損による不法行為は成立しないというべきである。右文章につき
不法行為の成立を認めた原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、
この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
 同第二の三、四について
 原審の適法に確定した事実関係の下においては、被上告人らにつき不法行為は成
立しないとした原審の判断は、前記Gの文章(2)に関する判断を考慮しても、な
お、肯認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することがで
きない。
 以上のとおり、原判決のうち、Gの文章(1)及び(2)について併せて損害賠
償請求を認容した部分(Dの記事に基づく損害賠償である五〇万円及びこれに対す
る平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて上告人に
対して支払を命じた部分)は破棄を免れない。そして、右の部分については、Gの
文章(1)の記載による慰謝料の額について更に審理を尽くさせる必要があるから、
これを原審に差し戻すこととし、右破棄部分以外の原判決は正当であるから、その
余の上告を棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田
昌道)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛