弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主       文
被告人を懲役8年に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
理       由
(犯罪事実)
被告人は,
第1 公安委員会の運転免許を受けないで,かつ,酒気を帯び呼気1リットルに
つき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成
15年6月13日午前零時15分ころ,a市b区c条d丁目e番付近道路
において,普通乗用自動車を運転した
第2 第1記載の日時ころ,普通乗用自動車を運転し,前記場所先の交通整理の
行われている交差点をf区方面からg方面に向かい直進するに当たり,対面
信号機が黄色を表示しているのを同交差点の停止線の手前約170メートル
の地点で認め,間もなく同信号機が赤色を表示することを認識しながら,先
を急ぐ余り,同信号機の表示を意に介することなく,同信号機が赤色の灯火
信号を表示していたとしてもこれを無視して進行しようと考え,同信号機が
既に赤色の灯火信号を表示していたのに,これを殊更に無視し,重大な交通
の危険を生じさせる速度である時速約70キロメートルの速度で自車を運転
して同交差点に進入したことにより,左方道路から青色信号に従って同交差
点内に進入してきたA(当時37歳)運転の自動二輪車右側面部に自車前部
を衝突させ,同人を跳ね飛ばして路上に転倒させ,よって,同人を頭蓋骨骨
折による外傷性ショックにより即死させた
第3 第2記載の日時・場所において,同記載のとおり,前記Aを死亡させる交
通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して同人を救護する等法律
の定める必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時,場所等法律の定
める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった
ものである。
(事実認定の補足説明)
弁護人は,判示第2の事実について,被告人が,対面信号機が赤色灯火を表示
している際に,時速約70キロメートルの速度で判示交差点(以下「本件交差
点」という。)に進入し,青色信号に従って交差道路を進行してきた被害者運転
の自動二輪車に自車を衝突させて,被害者を死亡させたことは認めた上で,被告
人は,犯行当時,対面信号機が赤色灯火を表示していることを確定的には認識し
ておらず,赤色信号を殊更に無視したものではないから,危険運転致死罪は成立
せず,業務上過失致死罪が成立するにとどまる旨主張し,被告人も公判廷でこれ
に沿う弁解をする。
そこで,判示のとおり認定した理由を補足して説明する。
1 証拠上明白な事実
以下の事実は,被告人も公判廷で認めているか,関係証拠上明白である。
(1)被告人が走行していた,本件交差点に至る道路は,直線が続く道路で,前
方に設置された信号機の信号表示の見通しを妨げる障害物は存在しなかっ
た。また,犯行当時,本件交差点付近は曇っていたが,雨は降っていなかっ
た。
被告人は,犯行当時まで,この道路を二,三十回程度走行したことがあっ
た。
(2)本件交差点に設置された信号機は,被告人の対面信号機が青色から黄色に
変わった後3秒間黄色を表示し,その後,被告人の対面信号機と被害者の対
面信号機の双方が12秒間赤色を表示してから,被害者の対面信号機が青色
に変わるというサイクルになっていた。
(3)被告人は,本件交差点に設置された対面信号機が黄色を表示しているのを
確認した後,同信号機の表示を全く確認せず,客観的には対面信号機がすで
に赤色表示に変わっていた本件交差点に時速約70キロメートルの速度で進
入し,自車前部を被害者が運転する自動二輪車の右側面部に衝突させて跳ね
飛ばした上,路面に転倒させ,被害者を死亡させた。
他方,被害者は,本件交差点手前で信号待ちをしていたところ,対面信号
機が青色を表示した後に発進し,交差点進入直後本件事故に遭遇した。
2 被告人が対面信号機が黄色を表示しているのを確認した地点
被告人は,捜査段階から,起訴時の勾留質問,第1回公判期日における罪状
認否ないし弁護人による被告人質問を経て,第2回公判期日における検察官に
よる被告人質問に至るまで,一貫して,本件交差点の停止線の手前約170メ
ートルの地点で対面信号機が黄色を表示しているのを確認したと供述してい
る。
ところで,前記認定のとおり,本件交差点に至る道路は直線が続き,前方に
設置された信号機の信号表示の見通しを妨げる障害物は存在しなかった上,犯
行当時,本件交差点付近は曇りであったという天候状況を併せ勘案すると,本
件交差点の停止線手前約170メートルの地点から,本件交差点に設置された
対面信号機の表示状況を視認することは可能であったと認められる。また,被
告人は,公判廷において,本件交差点の停止線手前約170メートルの地点付
近を走行していた際の速度は時速50ないし60キロメートルで,その後同停
止線手前約80メートルに至った際,速度を時速約70キロメートルに上げて
本件交差点に進入したと供述しているが,このような被告人車両の速度や前記
認定の本件交差点に設置された信号機の現示状況等を総合すれば,被告人車両
が本件交差点の停止線手前約170メートル付近を走行していた際には,本件
交差点の対面信号機は黄色を表示していたと認められる。
以上のような被告人の供述状況や,供述内容が関係証拠と整合性を有するこ
とに照らせば,本件交差点の停止線の手前約170メートルの地点で対面信号
機が黄色を表示しているのを確認した旨の被告人の供述は十分に信用できる
(なお,この点については,弁護人も特段争っていない。)。
3 争点に対する判断
(1)以上認定した事実によると,被告人は,本件交差点の停止線の手前約17
0メートルの地点で,本件交差点の対面信号機が黄色を表示しているのを確
認したのであるから,その後間もなく同信号機が赤色に変わることを認識し
たというべきであって,それにもかかわらず,黄色表示を確認した後,十数
秒もの間,同信号機の表示を全く確認しないまま,自車を走行させて本件交
差点に進入したものである。したがって,被告人は,本件交差点に進入する
際,対面信号機が赤色を表示していることを当然認識しながら,これを意に
介さず,たとえ同信号機が赤色を表示していたとしても,これを無視して進
行しようと考えていたものと優に認めることができる。
このように,被告人は,対面信号機が赤色を表示していることを認識しな
がら,およそ赤信号であるか否かについて意に介することなく,赤信号に従
わずに進行したものであるから,被告人の行為は「赤色信号を殊更に無視す
る」行為に該当するというべきである。
(2)被告人の公判供述の信用性
被告人は,公判廷において,おおむね,「黄色信号を確認したのが本件交
差点の停止線の手前約170メートルの地点であるかどうかは記憶がはっき
りせず,自分の記憶に従えば,本件交差点の1つ手前の交差点付近で対面信
号機が黄色を表示しているのを確認したのではないかと思う。そして,赤信
号に変わる前に本件交差点を通過できると考え,同交差点の停止線手前約8
0メートルの地点で再度対面信号機が黄色を表示していることを確認し,黄
色信号の間に交差点を通過するため時速約70キロメートルまで加速し,そ
れ以降は,スピードメーターだけを見て対面信号機の表示を見ることなく進
行し,被害者の自動二輪車と衝突した。信号が黄色から赤色に変わる前に交
差点を通過できると考えたのであって,もし途中で対面信号機が赤色に変わ
れば交差点の手前で停止するつもりであった。仮に対面信号機が赤色を表示
していることがわかっていたならば,そのまま通過することなく,交差点の
手前で停止していたと思う。」などと弁解する。
しかし,当時の被告人車両の速度や本件交差点の信号現示状況などに照ら
せば,被告人車両が本件交差点の1つ手前の交差点付近や本件交差点の停止
線の手前約80メートル付近を走行していた際には,本件交差点の対面信号
機はすでに赤色を表示していたと認められるのであって,これらの地点で対
面信号機が黄色を表示しているのを確認したとの被告人の弁解は,関係証拠
との整合性を欠いているといわなければならない。また,被告人は,本件交
差点の停止線の手前約170メートルの地点で対面信号機が黄色を表示して
いたのを確認したことについては,前記のとおり,捜査段階から第2回公判
期日における検察官による被告人質問まで一貫して供述していたのにもかか
わらず,第2回公判期日における弁護人による被告人質問の際,突如として
供述を変遷させたものであって,供述の根幹部分を合理的理由なく変遷させ
ている上,供述内容も,本件交差点の相当手前で対面信号機が黄色を表示し
ているのを確認していたにもかかわらず,黄色信号の間に通過できると考え
たとか,もし対面信号機が赤色に変わったら交差点の手前で停止するつもり
だったと供述していながら,黄色信号を確認した後は一切信号表示を確認し
ていないと供述するなど,不自然,不合理である。したがって,被告人の公
判供述は到底信用できない。
(3)弁護人は,被告人は本件交差点が全赤状態になることを知らなかったか
ら,本件交差点の停止線の手前約170メートルの地点で対面信号機が黄色
を表示しているのを確認し,間もなく赤色に変わることを認識しながら本件
交差点に進入することは,自殺行為に等しい不合理な行動であり,被告人が
そのような不合理な行動をとったとはおよそ考えられないと主張する。
確かに,本件交差点に設置された各信号機の現示状況は複雑であり,被告
人がこれを完全に理解していたとは認められないが,被告人は,犯行当時ま
でに,本件交差点を二,三十回は通行していたのであるから,被告人の捜査
段階の自白の信用性を検討するまでもなく,被告人は本件交差点に設置され
た信号機に一定時間の全赤状態が存在することを知っていたと推認される。
そうすると,被告人が前記地点で対面信号機が黄色を表示しているのを確認
した際,対面信号機は間もなく赤色に変わるであろうが,その後,他の車両
が本件交差点に進入して来るまでの間に本件交差点を通過することはできる
と考えたとしても不自然ではなく,被告人の行為が自殺行為に等しい不合理
な行動であるとの弁護人の主張は採用できない。
そのほか,弁護人は,被告人には赤信号を殊更に無視して進行するほどの
緊急の動機が存在しない,赤信号を無視して進行する動機があるならば本件
交差点に至るまでの全ての赤信号を無視して進行しているはずであるが,そ
のような証拠はない等と主張して,被告人は赤色信号を殊更無視したとは認
められないと主張するが,これらはいずれも前記認定の事実を左右するもの
ではない。
4 結論
以上説示したとおり,被告人は,対面信号機が赤色灯火を表示していたの
に,これを殊更に無視して本件交差点に進入したと認めることができるから,
被告人に危険運転致死罪が成立することは明らかであり,弁護人の主張は採用
の限りではない。           
(量刑の事情)
本件は,被告人が,無免許で酒気帯びの状態で普通乗用自動車を運転し(第1
の犯行),交差点の停止線の相当手前の地点で対面信号機が黄色を表示している
のを認め,間もなく同信号機が赤色を表示することを認識しながら,赤色信号を
殊更に無視して交差点に進入したため,青色信号に従って進行してきた被害者運
転の自動二輪車に自車を衝突させて被害者を死亡させた(第2の犯行)上,その
場から逃走した(第3の犯行)という事案である。
被告人は,無免許であることに加え,飲酒し,当時の勤務先の社長や同僚から
自動車を置いてタクシーで帰宅するよう注意され,自らも飲酒酩酊状態であるこ
とを認識していたのにもかかわらず,タクシー料金惜しさに運転を開始して第1
の犯行に及び,本件交差点に差し掛かった際,交差点の停止線の相当手前で対面
信号機が黄色を表示しているのを確認し,間もなく信号表示が赤色に変わること
を認識していたにもかかわらず,先を急ぐ余り第2の犯行に及んだばかりでな
く,本件事故により,被害者に重大な傷害を負わせたことを十分に認識しなが
ら,現在の生活を壊したくないなどと考えて,被害者を全く気遣うことなくその
まま現場から逃走したというものであって,犯行動機は,いずれも身勝手極まり
なく,酌量の余地は全くない。犯行態様も,無免許かつ酒気帯びの状態で自動車
を運転し,市街地の交差点に,赤信号を殊更に無視し,時速約70キロメートル
の高速度で進入したもので,誠に無謀かつ危険で,悪質というほかない。しか
も,被告人は,その場に被害者を放置したまま現場から逃走したもので,その冷
酷で人命軽視の態度は厳しく非難されなければならない。何物にも代え難い被害
者の生命を奪った本件結果が重大であることはいうまでもないが,何らの落ち度
がないにもかかわらず,被告人の無謀運転により突然その生命を奪われた被害者
の無念は察するに余りがあり,息子を失った両親ら遺族の悲嘆,憤りには甚大な
ものがある。しかるに,被告人は,現在に至るまで,被害弁償の措置も講じてお
らず,任意保険はおろか自賠責保険にすら加入していなかったため,今後も損害
が填補される見込みはほとんどない。被告人の前科関係に照らせば,被告人の道
路交通法規に対する規範意識が乏しいことを指摘しなければならないが,被告人
は,公判廷においても,自己の刑責を軽減するための不合理な弁解に終始してお
り,到底真摯に反省しているとは認められない。
以上の事情に加え,危険運転致死罪が,本件のような無謀運転に対する厳罰化
を求める社会的要請に基づいて新設されたものであって,この種事犯に対しては
厳しい態度で臨む必要があることを併せ勘案すれば,被告人の刑事責任は重大で
ある。
他方,被告人は,道路交通法違反の各事実を認め,遺族に対して謝罪の手紙を
送付し,公判廷でも遺族に対する謝罪の言葉を述べるなど,被告人なりの慰謝の
措置に努めようとしていること,公判請求されるのは今回が初めてであること,
社会復帰後の稼働先が確保されていること,妻と元稼働先の社長の妻が公判廷に
出頭し,社会復帰後の指導監督を誓約していることなど,被告人に有利に斟酌す
べき事情も存在するが,これらの事情をできる限り斟酌したとしても,被告人に
対しては,主文掲記の刑で処断するのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役8年)
平成15年12月18日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官  小  池  勝  雅
裁判官  中  桐  圭  一
裁判官  辻     和  義

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛