弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
本件抗告をいずれも棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
○ 理由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方が昭和四八年一二月一四日エヌケ
イ物産株式会社に対し確認番号第六四六五号をもつてした建築確認の効力は、本案
判決か確定するまでこれを停止する。」との裁判を求めるというのであり、その理
由は別紙記載のとおりであるが、その要旨は、「原決定別紙物件目録記載の土地
(以下「本件土地」という。)は、宅地造成等規制法(以下「宅造法」という。)
第三条の規定によつて指定された宅地造成工事規制区域(以下「規制区域」とい
う。)内に所在するものであり、その地上に建築主エヌケイ物産株式会社の申請に
係る建築物(以下「本件建築物」という。)が建築される場合には、本件土地につ
き宅造法に規する宅地造成に関する工事が行われるのであるから、造成主エヌケイ
物産株式会社は、同法第八条第一項の規定により事前に神奈川県知事の許可を受け
るべきものであつたところ、相手方は、本件土地が規制区域内に所在することを看
過して、抗告の趣旨記載の建築確認(以下「本件建築確認」という。)をしたもの
であり、相手方は、本件建築物の計画につき、右宅造法に規定する事前許可の手続
は不要であるとして、本件建築物の計画が建築基準法第六条第三項所定の「建築物
の敷地に関する法律」の規定に適合すると確認したものであるから、相手方のした
本件建築確認には明白かつ重大な瑕疵があり、本件建築確認は無効である。そし
て、本件建築物の建築工事に伴う本件土地の道路側の切土(高さが約四メートルに
及ぶもの)は、宅造法第二条第二号、宅地造成等規制法施行令(以下「宅造法施行
令」という。)第三条第一号に規定する「土地の形質の変更」に該当するものであ
り、これに該当しないとした原決定の法解釈は容認することができない。」という
のである。
そこで、当裁判所は、次のとおり判断する。
一 記録によると、相手方は、建築主エヌケイ物産株式会社の申請に係る本件建築
物の計画が建築基準法第六条第三項に規定する各法令の規定に適合するものと認
め、昭和四八年一二月一四日確認番号第六四六五号をもつて本件建築確認をした事
実を認めることができる。
二 また、記録によると、本件土地は、宅造法第三条の規定に基づき建設大臣によ
り宅地造成工事規制区域として指定された区域内に所在する傾斜地であつて、上方
と下方の舗装道路の中間の法地を形成しており、抗告人らは、いずれも右傾斜地の
下方の平担部に居住する者であつて、既に横浜地方裁判所に相手方を被告として、
本件建築確認の無効確認を求める訴えを提起している事実を認めることができる。
三 ところで、建築基準法第六条第一項、第三項の規定によると、建築確認は、建
築物の計画が「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基
づく命令及び条例の規定に適合するしものであることについて行われるのである
が、ここにいう「建築物の敷地に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例」が
具体的に何を指すかは右規定自体からは必ずしも明確ではないから、本件において
は、建築基準法と宅造法及びその付属法令との関係について検討して見なければな
らない。
(一) 宅造法(昭和三六年法律第一九一号)は、宅地造成に伴いかけ崩れ又は土
砂の流出を生ずるおそれが著しい市街地又は市街地となろうとする土地の区域内に
おいて、宅地造成に関する工事等について災害の防止のため必要な規制を行うこと
により、国民の生命及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉に寄与することを目
的として制定され、昭和三七年二月一日から施行されたものであつて、同法第八条
第一項は、「宅地造成工事規制区域内において行なわれる宅地造成に関する工事に
ついては、造成主は、当該工事に着手する前に、建設省令で定めるところにより、
都道府県知事の許可を受けなければならない。」と規定している。
(二) 宅造法の施行に伴い、同法付則第三項の規定により建築基準法第八八条の
一部が改正された結果、同条第一項に規定する工作物として建築基準法施行令第一
三八条第一項第五号に規定する擁壁(高さが二メートルを超える擁壁)のうち、宅
造法第八条第一項の規定により許可を受けなければならない場合の擁壁について
は、建築基準法第八八条第一項中第六条、第七条、第一八条(第一項及び第九項を
除く。)及び第八九条の規定を準用する部分は、適用されないこととなつた(改正
後の建築基準法第八八条第五項)。
(三) また、宅造法施行令第五条は、「切土又は盛土をした部分に生ずるかけ面
は、擁壁でおおわれなければならない。」と規定し、同令第六条ないし第一五条に
おいて各種の擁壁の構造、排水施設等について規定しているし、建築基準法施行令
第一四二条も、擁壁の構造、排水施設について規定している。
(四) そこで、建築基準法と宅造法との関係について考えるに、両法律の制定の
目的(各第一条参照)及び規定の内容等を比較検討すると、両法律はそれぞれ規制
の対象を別異にするものであり、等しく擁壁に関する規定であつても、その適用さ
れるべき対象が明瞭に区別されているものということができるのであり、右(二)
の宅造法の施行に伴う建築基準法の一部改正の経緯に照らしても、それは法令の適
用関係及びこれに伴う手続上の重複を避ける趣旨のものであるということができ
る。
したがつて、擁壁の設置(建築基準法第一九条第四項)が宅造法による規制区域内
における場合には、原則として宅造法の規定による許可を受けなければならないの
であつて、建築基準法は適用されないこととなり、規制区域内において宅地造成に
伴う擁壁の設置と建築が同時に行われる場合にも、擁壁については宅造法による許
可を受けなければならないのである。
しかしながら、宅造法第八条第一項に規定する許可は、都道府県知事がこれをする
ものであることから見ても、建築主事は、建築物の敷地につき、それが宅造法及び
付属法令の規定に適合するかどうかを審査する権限を有しないものと解すべきであ
つて、宅地造成と建築が同時に行なれる場合、その宅地造成が宅造法第二条第二号
に該当するものであるときは、当該宅地造成につき宅造法の定める手続に従つて許
可を受けるよう指導し得る限度にとどまるものと解するのが相当である。そして、
この理は、都道府県知事が宅造法に基づく事務を市町村長に委任している場合にお
いても、同様であるべきである(記録によると、神奈川県知事は横須賀市長にこの
事務を委任している事実を認めることができる。)。
換言すれば、宅造法第八条第一項の規定は、建築基準法第六条第三項の規定により
建築主事が建築物の計画につきその適合性を審査すべき「建築物の敷地に関する法
律」に該当しないものと解すべきである。
四 そうすると、本件建築物の建築工事に伴い本件土地に加えられる工事が、抗告
人ら主張のように宅造法第八条第八条第一項に規定する「宅地造成に関する工事」
に該当するものであるとしても、相手方には、その工事の計画が同法の要請を満た
すものであるかどうかについて審査する権限がなく、したがつて、相手方が、同項
の規定による許可を受けていない建築主に対し、そのことのみを理由として建築確
認を拒絶することは許されないものというべきである。
してみれば、相手方が宅造法第八条第一項の許可を不要として本件建築確認をした
としても、これをもつて違法であるということはできず、いわんや右建築確認に重
大かつ明白な瑕疵があるとすることは到底できないから、抗告人らの本件執行停止
の申立ては、「本案について理由がないと見えるとき」に該当するものといわざる
を得ず、却下を免れ得ないものというべきである。
五 よつて、原決定は、理由において異なるけれども、結論において正当であり、
本件抗告はいずれも失当であるから、これを棄却し、抗告費用を抗告人らに負担さ
せることとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 貞家克己 長久保 武 加藤一隆)
(別紙)抗告の理由
一 原審は、抗告人らの申立につき「本案について理由がないとみえるとき」に該
当するものとして、申立を却下した。その理由とするところは、要するに、宅地造
成等規制法に基づき建設大臣が「がけ崩れや土砂の流質等による災害の発生のおそ
れのある地域」として宅地造成規制区域に指定した土地において、路肩傾斜地を四
メートル以上切土して建築目的のために平坦地を形成する場合であつても、建物が
建築される予定になつておりその建物が切土面に接する構造であることが予定され
ている場合には、(建物が予定どおり完成すれば切土面のがけは建物の壁に掩われ
てなくなるから)、宅地造成等規制法の「土地の形質の変更」に該当せず、同法八
条の定める造成工事着手前の許可を必要としない、というもののようである。
二 しかしながら、右のような解釈は、宅地造成等規制法(以下宅造規制法とい
う)の災害防止の趣旨を没却し、同法の根幹を揺るがす誤つた法解釈であり、到底
容認できない。
1 第一に建物建築に関、する規制法である建築基準法は、日本全国至るところに
適用される法律であるか、宅地造成等規制法は、建設大臣が「かけ崩れ等災害の発
生するおそれのある地域」として特別に指定した区域にのみ適用される法律であ
る。がけ崩れの土砂の流出等災害防止のために制定された宅造規制法を、一般に適
用される建築基準法で代置して足れりとする安易な発想は、宅造規制法がかけ崩れ
等災害発生の蓋然性の高い特別な地域にしか適用されないという事実を看過したこ
とに基づくものである。
2 第二に、原決定は、「建物が完成すればがけが生じなくなる」というが、かけ
崩れ等災害防止のためには、切土面であるがけにどのような災害防止措置を施す
か、切土そのものを認めるか認めないか、が重要なのであつて、切土のあと、切土
面のがけがが、擁壁で掩われることが予定されているか、建物の壁で掩われること
が予定されているか、は取扱いに差等をもうける理由とはならない。
本件のような傾斜地の中腹の切土面に片側を接する建物の構造は、切土面にかかる
土圧を建物の壁が支える構造であり、要するに建物の壁が擁壁の代用をなすもので
ある。
宅造規制法は宅地造成規制区域内において、二メートル以上の切土をする場合に、
切上面のがけ崩れ、土砂の流出等の防止のため、どのような強度の構造物を必要と
するかを厳しい技術基準のもとに要求しており、事前に許可手続を経ることによつ
て規則の効果を確保せんとするものであつて、そのような規制の必要性は、切土
後、切土面の土圧を擁壁で支える場合と、建物の壁をその代りとする場合とで区別
する合理性がない。そもそも宅地造成規制区域内において二メートル以上の切土を
する場合、切土面の土質によつては擁壁の設置が予定されていなくても切土が許可
されることはあるが、擁壁の設置を必要とする場合は、土圧を弱めるため水抜きの
施設等が義務づけられるので、規制区域内における切土で建物の壁が擁壁の代りを
する構造が許されるかどうかは疑問である。しかし、抗告人らが問題にしているの
は、本件路肩傾斜地における切土工事において施工主は安全を保証するためのチエ
ツク機構である許河手続さえも、経ていないということであり、横須賀市建築主事
は宅造規制法による規制区域内であることを看過し、同法所定の許可手続も経ず
に、建築確認につき敷地に関する法律違反を見逃がした、ということである。
原決定は、「建物が完成すればがけが生じなくなる」という市建築主事の主張をそ
のまゝ鵜呑みにしているが、それは発想が逆であつて、がけ崩れや土砂の流出のお
それのある宅地造成規制区域内において、二メートル以上の切土工事をする場合
は、がけ崩れ等災害の防止のため、切土面をどのような構造物で掩うことが安全で
あるか、ということが、宅造規制法にとつての問題であり、建物建築の結果、切土
面が見えなくなるかどうかなど、問題でない。建築される建物の壁によつて切土面
が見えなくなることが予定されている場合でも、宅地造成規制区域内における路肩
傾斜地を四メートルも切土して平坦地を造成した本件の場合、崖下住民の安全のた
めに、宅造規制法の立場からのチエツクのため事前許可手続がどうしても必要であ
る。
3 第三に、宅造規制法は、許可手続を経ないで工事に着手した造成主に対し、六
月以下の懲役又は五万円以下の罰金という厳しい強制措置が用意されているが、建
築基準法は、建築確認を受けない建築主に対して一〇万円以下の罰金を課するにす
ぎない。この相違は、宅造規制法は規制区域という特別に災害の発生のおそれのあ
る地域においてのみ適用されるものであり、がけ崩れや土砂流出による災害は、し
ばしば規模が大きく多数の住民に生命財産に対する危険をもたらすものだからであ
ろう。仮に路肩傾斜地を四メートルを切土して平坦地を造成し、マンシヨンを建築
する場合であつても、切土面が見えなくなる構造の建物が予定されていれば、宅造
規制法の許可手続を要しないとすれば、宅地造成規制区域内の傾斜地所有者は、切
土面に接して片面地下構造と称して宅造規制法の許可な経ずに建物を建てるための
切土工事を始めるであろうし、切土工事をしてもそのような理由であれば、効果的
な規制は不可能であろう。法解釈を行う裁判所の責任は重大であり、宅地造成規制
区域内において、傾斜地を二メートル以上切土する場合でも建物が切土面に接する
ことが予定されておれば、宅造規制法の許可手続を要しない、という法解釈はは、
従前差控えられてきた宅地造成規制区域内におけるせまい傾斜地における宅地造成
に拍車をかけることになることは明らかである。
三 宅造規制第八条の許可手続は、建物が切土面に接して切土面が見えなくなるこ
とが予定されている場合でも、がけ崩れ等の災害から抗告人らを守るために必要な
手続きであるという、抗告人らの主張は、合理的なものであり、相手方の「「建物
が建てばがけが生じなくなる」から宅造規制法の許可を必要としないとする主張の
不合理なことはすでに述べたとおりであり、抗告人らの本案請求は「理由があると
みえないとき」に該るとした原決定は、誤りである。
抗告人らの主張が全く不合理なものであればとも角、宅造規制法の趣旨に則り、合
理的な主張をしており、本件傾斜地が宅地造成規制区域であること、二メートル以
上の切土をして建物建築のための平坦地を造成したこと、宅造規制法第八条の許可
を受けていないことが明らかな本件において、一応理由があるとみえるのであつ
て、原決定は、「理由があるとみえないとき」の解釈を誤つて本件申立を却下した
ものである。

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