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主         文
1 甲事件原告・乙事件被告らの請求をいずれも棄却する。
2 甲事件原告・乙事件被告ら及び乙事件被告A4は,乙事件原告に対
し,連帯して金30万円及びこれに対する平成10年7月9日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
3 乙事件原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,甲事件原告・乙事件被告らと甲事件被告らとの間に生
じたものを甲事件原告・乙事件被告らの負担とし,乙事件原告と甲事件原告・乙事
件被告らとの間に生じたものは,これを10分し,その1を甲事件原告・乙事件被
告らの負担とし,その余を乙事件原告の負担とする。
5 この判決は,乙事件原告勝訴部分に限り,仮に執行することができ
る。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 甲事件
(1) 原告らが,それぞれ,被告社会福祉法人恵泉会に対し雇用契約上の権利を
有する地位にあることを確認する。
(2) 被告社会福祉法人恵泉会は,
ア 原告A1に対し,金3129万2750円及び内金2328万5240
円に対する平成12年7月1日から,内金394万5125円に対する平成13年
1月1日から,内金406万2385円に対する同年7月1日から各支払済みまで
年5分の割合による金員,
イ 原告A2に対し,金2436万0636円及び内金1794万5551
円に対する平成12年7月1日から,内金315万8100円に対する平成13年
1月1日から,内金325万6985円に対する同年7月1日から各支払済みまで
年5分の割合による金員,
ウ 原告A3に対し,金2788万1999円及び内金2067万2119
円に対する平成12年7月1日から,内金354万5450円に対する平成13年
1月1日から,内金366万4430円に対する同年7月1日から各支払済みまで
年5分の割合による金員
を各支払え。
(3) 被告社会福祉法人恵泉会は,平成13年7月1日から本判決確定の日まで
毎月21日限り,原告A1に対し,1か月金48万8730円,同A2に対し,1
か月金39万7920円,同A3に対し,1か月金44万2790円及び上記各金
員に対する各毎月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告社会福祉法人恵泉会及び被告B1は,原告らに対し,連帯して,各金
300万円及びこれに対する平成9年9月13日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
(5) 被告B2は,原告らに対し,各金150万円及びこれに対する平成9年9
月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 被告B3,同B4,同B5は,原告らに対し,連帯して,各金37万50
00円及びこれに対する平成9年9月13日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
2 乙事件
被告らは,原告に対し,連帯して,金300万円及びこれに対する平成10
年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
甲事件は,甲事件原告・乙事件被告A1(以下「原告A1」という。),同
A2(以下「原告A2」という。),同A3(以下「原告A3」という。なお,原
告A1,同A2,同A3の3名を併せて「甲事件原告ら」という。)が,甲事件被
告社会福祉法人恵泉会(以下「被告恵泉会」という。)の甲事件原告らに対する懲
戒免職処分が違法・無効であるとして,被告恵泉会に対し,甲事件原告らが被告恵
泉会の被用者の地位にあることの確認及び同地位に基づく賃金の支払を,被告恵泉
会,当時理事長であった甲事件被告B1(以下「被告B1」という。)並びに常務
理事であった亡Cの訴訟承継人である甲事件被告B2(以下「被告B2」とい
う。),同B3(以下「被告B3」という。),同B4(以下「被告B4」とい
う。),同B5(以下「被告B5」という。なお,被告恵泉会,同B1,同B2,
同B3,同B4,同B5の6名を併せて「甲事件被告ら」という。)に対し,同懲
戒免職処分が不法行為であるとしてそれぞれ損害賠償を請求する事案である。
乙事件は,乙事件原告B6(以下「原告B6」という。)が,甲事件原告ら
及び乙事件被告A4(以下「被告A4」という。)に対し,同人らが原告B6の名
誉を毀損したとして,不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
1 争いのない事実等(証拠を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 被告恵泉会は,昭和48年6月6日に設立された公益法人であり,現
在,宮城県登米郡に,知的障害者のための援護施設(若草園,若生園,若葉園)及
び老人福祉施設(光風園,松風園,萩風園,迫風園,南風園)を設置する社会福祉
法人である。
イ 原告A1は,昭和49年2月1日,被告恵泉会との間で労働契約を締結
し,同契約に従って,被告恵泉会に勤務し,平成2年12月1日,被告恵泉会事務
局長(被告恵泉会本部事務局を,以下「被告事務局」という。),平成6年5月1
日,迫風園施設長を歴任し,平成8年4月1日には,光風園施設長に就任した。
ウ 原告A2は,昭和55年4月1日,被告恵泉会との間で労働契約を締結
し,同契約に従って,被告恵泉会に勤務し,平成6年5月1日,被告事務局総務課
長兼事務局長心得,平成7年4月1日,光風園次長,平成8年4月1日,萩風園総
務課長を歴任し,同9年4月1日,南風園総務課長に就任した。
エ 原告A3は,昭和49年2月1日,被告恵泉会との間で労働契約を締結
し,同日から,同契約に従って,被告恵泉会に勤務し,平成8年4月1日,光風園
次長に就任した。
オ 被告B1は,被告恵泉会が設立された昭和48年6月6日当初から被告
恵泉会の理事に就任し,昭和53年4月1日から平成10年11月5日までの間,
理事長の職を務めた。
カ 亡Cは,昭和48年6月6日,被告恵泉会との間で労働契約を締結し,
昭和54年に被告恵泉会をいったん退職したが,昭和57年11月6日からは被告
恵泉会の理事に就任し,平成6年7月25日から平成10年11月5日までの間は
常務理事を務めた。
同人は,平成12年9月18日に死亡し,被告B2(妻),被告B4
(二女),被告B5(三女),被告B3(四女)がそれぞれ相続し,亡Cの訴訟上
の地位を承継した。上記4名と並んで亡Cの相続人であったD(長男)は,平成1
1年10月22日死亡したが,その代襲相続人E及び同Fは,仙台家庭裁判所登米
支部に相続放棄の申述をし,平成14年3月29日に受理された。
キ 原告B6は,平成元年より若生園施設長,萩風園施設長,南風園施設長
などを歴任し,平成8年4月1日,再度,萩風園の施設長の職に就任した。
ク 被告A4は,平成8年4月1日から,光風園総務係長の職にあった。
ケ 被告事務局は,被告恵泉会の各施設の運営を総括し,理事長の命によっ
て,各種企画の立案,実施,理事会への議案の作成などを行う被告恵泉会の中枢的
機関である。
コ 被告恵泉会の理事会(以下「被告理事会」という。)は,定款上,同被
告の業務を決定する最高機関と規定されている。
(2) 懲戒免職処分
ア 被告恵泉会の就業規則(甲12の1)
被告恵泉会の就業規則には,次の規定がある。
第57条 職員が,次の各号の一に該当するときは,懲戒処分をするこ
とができる。
(1) 職務上の義務に違反し又は職務を怠ったとき
(2) 恵泉会及び恵泉会職員の名誉及び信用を傷つけたとき
(3) 故意又は重大な過失により恵泉会に損害を与えたとき
(4) その他関係法令又はこの規則に違反したとき
(5) 前各号に準ずる不都合な行為のあったとき
第58条 前条の懲戒処分は,次の4種とする。
(1) 戒告 始末書をとり将来を戒める。
(2) 減給 1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え,総額が1賃金
支払期における賃金の総額の10分の1を超えない範囲
(3) 停職 1年以内の期間,出勤を停止し,その間の給与を支給しな
い。
(4) 免職 予告期間を設けることなく,即時解雇する。この場合,行
政官庁の認定を受けたときは,予告手当(平均賃金30日分)を支給しない。
イ 懲戒処分
被告恵泉会は,平成9年9月12日,甲事件原告らに対し,同日招集さ
れた平成9年度第5回理事会において,同原告らについてそれぞれ被告恵泉会就業
規則第57条1号,2号に該当する事由があったとして,同規則58条4号の処分
をし(以下「本件懲戒免職処分」という。),翌13日,同月12日付け書面をも
ってその旨通告した。
ウ 平成9年度第5回理事会で示された本件懲戒免職処分の理由(甲50の
11)
(ア) 原告A1に対する処分理由
① 人事案件の撤回を求める署名活動などに実質的に関わり,恵泉会及
び特定の役職員の名誉を著しく害したこと。
② 上記の行動は,管理職として組織の維持,規律を図るべき義務に違
反していること。
③ 常務理事制の導入にあたって職員を先導して阻止行動に走り,職務
上の義務に違反したこと。
④ 取引業者等との関係において,業者,地域社会から疑惑・悪評をか
い,法人の名誉を失墜させたこと。
(イ) 原告A2に対する処分理由
① 人事案件の撤回を求める署名活動などに関わり,恵泉会及び特定の
役職員の名誉を著しく害したこと。
② 上記の行動は,管理職として組織の維持,規律を図るべき義務に違
反していること。
③ 常務理事制の導入にあたって,数名の職員と共にその阻止行動を行
い,職務上の義務に違反したこと。
④ 取引業者等との関係において,業者,地域社会から疑惑・悪評をか
い,法人の名誉を失墜させたこと。
(ウ) 原告A3に対する処分理由
① 物事を的確に分別もせずに,人事案件の撤回を求める署名活動を積
極的にリードし,恵泉会及び特定職員の名誉を著しく害したこと。
② 上記の行動は,管理職として組織の維持,規律を図るべき義務に違
反したこと。
エ 甲事件原告らに書面によって告知された本件懲戒免職処分の理由
(ア) 原告A1に対する処分理由
① 人事案件の撤回等を求める署名活動などに陰に陽に関わりをもっ
て,恵泉会及び特定の恵泉会役職員の名誉などを著しく害したこと。
② ①の活動は,管理職として組織の維持,規律を図るべき義務に違反
していること。
③ 平成6年当時,被告事務局長の役職にあったころ,理事長によって
被告事務局の体制固めのために常務理事制の導入が行われようとした際,職員を扇
動して,それを阻止する行動をとり,職務上の義務に違反したこと。
④ 被告事務局長の役職にあったころ,業者との業務委託事務等の執行
に少なからず影響を及ぼし,故意又は過失によって業者,地域社会から,疑惑,悪
評を買い,法人の信用と名誉を失墜させたこと。
(イ) 原告A2に対する処分理由
① 自己が処分対象の人事案件の撤回を求める同意書に強力に職員の署
名を要請し,同時に,自己を正当化するために上司等を痛烈にひぼう中傷した文書
を作成し,被告恵泉会及び特定の職員の名誉などを著しく害したこと。
② ①の活動は,管理職として,組織の維持,規律を図るべき義務に違
反していること。
③ 平成6年,被告事務局総務課長当時,理事長によって被告事務局の
体制固めのために常務理事制の導入が行われようとした際,無分別に原告A1等と
それを阻止しようとする行動をとり,職務上の義務に違反したこと。
④ 被告事務局総務課長の職にあったころ,無分別に原告A1に同調,
業務委託事務などの執行に少なからず関わり,業者,地域社会から疑惑,悪評をか
い,法人の信用と名誉を失墜させたこと。
(ウ) 原告A3に対する処分理由
平成9年3月ころ,少なからず問題のある職員をかばうため,物事を
的確に分別せずに,理事会に提案される人事案件を阻止するために,嘆願の署名活
動を中心的立場で行った。その活動の中で,嘆願書の意図をすり替えたり,被告恵
泉会の最高責任者の退任を求める意図をほのめかすなど,職員を扇動し多数の力で
行動し,管理職としての組織の維持,規律を図るべき義務に違反したこと
2 争点
(1) 本件懲戒免職処分の効力
ア 懲戒事由の有無及び懲戒免職の相当性
イ 手続的瑕疵の有無
(2) 未払賃金の額及び損害額
(3) 原告B6に対する名誉毀損の成否及び損害額
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件懲戒免職処分の効力)について
ア 懲戒事由の有無及び懲戒免職の相当性
(ア) 甲事件被告らの主張
a 原告A1に対する1(2)エの処分理由①について
(a) 「人事案件」とは,平成9年3月18日開催の被告理事会に提
案することが予定されていた原告A1及び同A2の懲戒処分(停職処分)である。
(b) 「署名活動など」とは,甲事件原告らと被告A4が,上記人事
案件を撤回させることを共謀し,原告A3と被告A4において,別紙2(添付省
略)の嘆願書(以下「本件嘆願書」という。)及び別紙3(添付省略)の嘆願趣意
書(以下「本件嘆願趣意書」という。なお,本件嘆願書と本件嘆願趣意書を併せて
「本件嘆願書等」という。)を作成し,平成9年3月21日から22日にかけて,
被告恵泉会職員から,本件嘆願書の提案者としての署名28人分及び嘆願に同意す
る旨の署名113人分を集めた上,恵泉会の理事,監事11名に対しこれを配布し
たことをいう。
(c) 「特定の恵泉会役職員」とは,当時若草園施設長であり,平成
9年5月29日死亡したG(以下「亡G」という。)及び同じく萩風園施設長であ
った原告B6である。
 甲事件原告ら及び被告A4は,上記(b)のとおり,不特定多数の
被告恵泉会役職員に対し,虚偽の事実を摘示した本件嘆願趣意書を閲覧させ,よっ
て,亡G及び原告B6の名誉を侵害した。
(d) 上記署名活動に基づき,同月23日,上記人事案件が撤回され
たが,上記撤回の経緯は登米郡東和町及びその近隣の住民が認識するところとな
り,被告恵泉会で内乱があった,管理職を含む多くの職員が理事長に反旗を翻し
た,住民の税金によって運営している施設であるのに仕事もしないで何をしている
のかなどと評される事態となり,もって,被告恵泉会の名誉・信用は大きく失墜し
た。
(e) なお,原告A1に対する1(2)エの処分理由①は,名誉毀損罪と
して,刑法上の犯罪行為に該当する。
b 原告A2に対する1(2)エの処分理由①について
(a) 甲事件原告ら及び被告A4は,平成9年3月18日開催の被告
理事会に提案することが予定されていた,原告A1及び同A2の懲戒処分(停職処
分)につき,被告理事会がこれを否決するように働きかけることを共謀し,別紙4
(添付省略)のA2に係る同意書(以下「本件同意書」という。)を作成し,同月
21日から22日にかけて,多数の被告恵泉会職員にこれを閲覧し,その署名,捺
印を得た上で,同月22日,これを被告恵泉会の理事と監事全員(ただし,理事
長,常務理事,施設長兼務理事を除く)に配布した。
(b) 「特定の役職員」とは,原告B6である。
c 原告A1及び同A2に対する1(2)エの処分理由②について
 1(2)エの処分理由①の活動がなされた当時,原告A1は,被告恵泉
会の光風園施設長の職にあり,原告A2は,被告恵泉会の萩風園の総務課長であっ
たから,いずれも,被告恵泉会に対し,管理職として,組織の維持,規律を図るべ
き義務を負っていたにも関わらず,同活動を行い,よって,恵泉会職員を二分し,
恵泉会職員の中に修復し難い不和,反目,疑心暗鬼を生じさせ,あるいは上下の組
織秩序を蹂躙し,もって,同義務に違反した。
d 原告A1及び同A2に対する1(2)エの処分理由③について
(a) 被告B1は,被告事務局の事務局長職を廃止し,理事から常務
理事を選任して同事務局を監督させることとし,平成6年4月上旬ころ,原告A1
に対し,この意向を話し,そのための体制づくりと規定の整備を命じるとともに,
亡Cに対し,常務理事への就任を要請した。亡Cは,いったんは辞退したものの,
同年4月8日,同要請を了承した。
(b) 原告A1は,その数日後,亡C宅を訪問し,同人に対し,常務
理事就任を断念するように迫り,同日夜,同人を登米町の「h」に呼び出し,被告
事務局職員などとともに,同様の行為を行い,同年5月1日ころ,被告事務局から
迫風園施設長に転出するに際し,原告A2を含む事務局職員に対し,常務理事制の
導入をできる限り遅らせるように指示した。
(c) 原告A2は,上記(b)の原告A1の指示に基づき,同年5月初
旬ころ,宮城県(以下「県」という。)から,常務理事制導入について,被告恵泉
会の財政面からの検討が必要であると指導された旨述べるなどして,常務理事制導
入に伴う被告恵泉会の定款変更の事務処理を故意に遅らせた。
 被告B1は,同年6月18日ころ,原告A2に対し,理事長とし
て,常務理事制導入のための定款変更の事務処理を早急に行うよう,厳重に注意,
指示した。
 被告B1は,同月28日,常務理事制導入に関する定款の改正が
理事会で承認されるに当たって,理事長が常務理事を必置の機関とするよう主張し
たにもかかわらず,原告A2ほか被告事務局は,これに反対し,任意的機関とする
改正をした。
(d) 当時被告事務局長の職にあった原告A1の(b)の行為は,恵泉
会組織規則8条1号に規定する「上司の命を受け,事務局の事務を掌理し,所属職
員を指揮監督する」という事務局長の職務に反するものである。
(e) 被告事務局総務課長兼事務局長心得の職にあった原告A2の
(c)の行為は,(a)あるいは(c)の理事長の命に反するから,恵泉会組織規則8条
2号に規定する「上司の命を受け,課の事務を掌理し,所属職員を指揮監督する」
という課長の職務に反する行為である。
e 原告A1及び同A2に対する1(2)エの処分理由④について
(a) 原告A1及び同A2が影響を及ぼした業者との業務委託事務等
とは,次の7項目である。
① 被告恵泉会が,平成6年度,株式会社i(以下「i」とい
う。)から,その米川工場の建物を賃料年額520万円で,同工場の敷地を駐車場
として賃料年額180万円で賃借したこと
② 被告恵泉会が,平成6年度,iに対し,同社の余剰社員が被告
恵泉会入所者に対し技術指導をした対価として,およそ730万円を支払ったこと
③ 被告恵泉会が,平成4年度から,iに対し,過大な自家水道料
を支払ったこと
④被告恵泉会が,平成4年度から,物品の購入について,優先的
にiをその購入先に選んだこと
⑤ 被告恵泉会が,従来株式会社j(以下「j」という。)に対し
委託していた洗濯業務を,平成4年度からはiに対して委託し,これに伴い,従来
jが負担していた電気料を被告恵泉会が負担することとしたこと
⑥被告恵泉会が,その経営する老人ホームで使用するおむつ及び
寝具類のリースについて,従来の契約先であったcに対しては取引を断念させた上,
伝票上,iを経由させる形で,契約を締結し,同社にマージンを稼がせたこと
⑦ 被告恵泉会の施設を利用する知的障害のある子を持つ親の会で
ある恵の会が,iに対し,平成3年度から平成5年度にかけて,325万円を助成
金として支出したこと
(b) (a)①及び②について
 被告恵泉会が,iに対して支払った工場賃借料,技術指導料及び
工場駐車料金の額及びその年度毎の推移は,別表のとおりである。これによれば,
被告恵泉会は,原告A1が被告事務局長を,原告A2が被告事務局総務課長を努め
ていた平成5年度から上記各取引を開始し,翌平成6年度には,工場の賃料520
万円(前年度の1・5倍)のほか,技術指導料,工場駐車料金の名目で900万円
余を,iに対し支払っている。しかし,亡Cが常務理事として契約の交渉に携わり
始めてからは,同社に対する支出は激減し,平成10年には,工場の賃借は不要と
して中止するに至ったものであり,上記賃料の推移に照らせば,平成6年度の支出
は不当な支出である。
(c) (a)③について
 ③にかかる水道料は,被告恵泉会が,iが掘削した井戸の水の供
給を受けていることの対価であると説明されている。しかし,その掘削にかかった
費用は300万円程度であったと考えられるところ,被告恵泉会は,平成4年度か
ら9年度にかけ560万円を支出したこと,被告恵泉会は,iの米川工場が消費し
た水道料まで支払ったこと,従前井戸の掘削費用を負担したcに対しては,自家水道
料の支払をしたことがないことに照らせば,③の水道料の支払は,iの便宜を図っ
た不当な支出である。
(d) (a)④について
 原告A1及び同A2は,平成4年ころ,当時の萩風園総務係長H
に対し,物品購入について,iを相手先としてほしい旨依頼し,平成5年ころ,平
成6年開園予定の南風園の特殊浴槽とベッドの購入に関し,被告事務局に所属した
Iに対し,各業者の見積額の額の多寡に関わらず,iを購入先とするよう指示する
など,iに便宜を図った。
(e) (a)⑤及び⑥について
 原告A1及び同A2は,従来jに対し委託していた洗濯業務及び
寝具類のリース契約を,iに委託することを計画し,まず,平成3年10月ころ,
jに対し,被告恵泉会が上記各業務を直営で行うことにした旨告げて,同社との取
引を解約した後,平成4年3月ころ,寝具類のリースについて,iが受注できるよ
う,k株式会社(以下「k」という。)及びiに対して根回しをした上で,同2社
に対してのみ見積書を徴求し,最終的に,iとの間で寝具類のリース契約を締結し
た。なお,寝具類の実質的な納入業者はkであり,iは,同契約によって,労せず
して,7パーセントのマージンを得た。
(f) (a)⑦について
 (a)⑦の325万円の助成金の支出は,原告A1が,恵の会の参
与としての立場を利用して,園生の社会復帰のために建設される米川工場の備品購
入のためとして,恵の会に強く要請し,財源の乏しい同会から民間会社に対し寄付
をさせるという形で実現したものである。
(g) 原告A1及び同A2は,(a)ないし(f)のとおり,長期間・多
数回にわたり背任的行為を行ってきたものであり,平成9年6月以後,県北ジャー
ナルが,これを新聞紙上に掲載して報道したことから,税金で運営されている被告
恵泉会の幹部職員が,特定の民間会社のために便宜を図っていた事実として,宮城
県登米郡東和町を中心とした地域住民の知るところとなって,原告A1及び同A2
を使用する被告恵泉会自身の名誉を著しく失墜させた。
f 原告A3に対する1(2)エの処分理由について
(a) 原告A3は,平成9年3月ころ,原告A1及び同A2に対する
懲戒処分(停職処分)を阻止するために,本件嘆願書等を作成し,前記a(b)記載
の署名活動を行った。原告A3は,その際,人事案件の阻止という目的を秘匿し
て,被告恵泉会の民主化を求めるという体質改善をその目的としたり,B1理事長
の退任を求める意図である旨申し向けたりするなどして職員を扇動した。
(b) 原告A3は,当時,被告恵泉会の光風園次長の職にあったか
ら,被告恵泉会に対し,管理職として,組織の維持,規律を図るべき義務を負って
いたにもかかわらず,(a)の活動を行い,よって,被告恵泉会職員を二分し,被告
恵泉会職員の中に修復し難い不和,反目,疑心暗鬼を生じさせ,あるいは上下の組
織秩序を蹂躙し,もって,上記義務に違反した。
(イ) 甲事件原告らの主張
a 原告A1及び同A2に対する1(2)エの処分理由①について
(a) 署名を集め,被告恵泉会の理事,監事に配布したのは原告A3
及び同A2であり,原告A1は,本件嘆願書に係る署名活動に関与していないし,
本件同意書の作成にも署名活動にも一切関与していないから,1(2)エの処分理由①
をもって原告A1の処分事由とすることはできない。
(b) 原告A2は,平成7年4月1日,被告事務局長心得から光風園
次長へ,平成8年4月1日,萩風園総務課長へそれぞれ降格され,さらに,平成9
年1月ころ,原告B6又は亡Cから,平成9年度には平職員へ降格する旨告知され
ていた。
 また,平成8年5月28日には,原告B6から,亡Cが退職届を
提出するよう言っていたことを伝えられており,さらに,同年11月15日ころに
は,被告B1から,8項目の事項を指摘した上,原告A2に対し,退職勧告がなさ
れた。
 原告A2は,同A3及び被告A4が本件嘆願書の署名活動を行う
ことを聞きつけ,上記8項目の事項についても,それが事実無根であることを同じ
職場の同僚に証明してもらおうと考え,原告A3及び被告A4と相談の上,本件同
意書の基となる資料を同人らに渡し,同人らは,これを同意書として作成し,8項
目の事項に根拠がないことを証明してもらう趣旨で,萩風園の職員に対してのみ署
名を依頼した。
 以上のとおり,本件同意書は,原告A2が自らの人事案件の撤回
を求める内容のものではないから,1(2)エの処分理由①の根拠にはならない。
(c) また,本件の一連の経緯に照らせば,本件嘆願書等や本件同意
書などが被告恵泉会の運営に重大な支障を与えたとは到底考えられない。
(d) 仮に,懲戒事由に該当するとしても,原告A2に対する理由を
示さない一連の降格人事の実態を併せ考慮すれば,原告A2に対する懲戒免職処分
は懲戒権の濫用として無効である。
b 原告A1及び同A2に対する1(2)エの処分理由②について
 原告A1及び同A2は,1(2)エの処分理由①の活動に全く関与して
いない。したがって,同人らには,管理職としての義務違反を指摘されるような事
実は存在せず,同人らによって,被告恵泉会職員間の上下の組織秩序が蹂躙される
ことなどあり得ない。
c 原告A1及び同A2に対する1(2)エの処分理由③について
(a) 原告A1及び同A2は,被告恵泉会の現在の財政上の理由か
ら,施設長兼務の常務理事ならよいが,独自の常務理事では,その報酬について資
金面の手当てを考える必要があると考えていたにすぎず,常務理事制の導入自体に
は反対したことはないし,職員を扇動してこれを阻止した事実もない。
 また,必要的機関ではなく任意的機関としても,被告恵泉会の常
務理事制導入自体には何ら支障はないのであるから,これをもって,原告A2の懲
戒事由とすることはできない。
(b) また,常務理事制導入が遅れたのはわずか1か月程度であり,
この1か月の遅れを原告A2独りの責任として同人を懲戒免職に処することはでき
ないし,更にこれを原告A1からの指示に基づくなどとして,同人を懲戒免職に処
することは,懲戒権の濫用として無効である。
d 原告A1及び同A2に対する1(2)エの処分理由④について
 原告A1及び同A2には,甲事件被告らが指摘するような業者との
癒着あるいは被告恵泉会に不当な損害を与えた事実は一切ない。前記(ア)e(a)の
甲事件被告らの主張に対する反論は次のとおりである。
(a) (ア)e(a)①の事実について
iは,平成5年ころから,米川工場の受注が激減し,従前どおり
の社員を抱えたままでは工場運営が困難となったため,被告恵泉会と協議した結
果,同社は人員整理を行い,同工場は被告恵泉会がiから借り受け,従前の目的ど
おり運営することとなった。
 平成6年度の米川工場の建物の賃料を年520万円としたのは,
その当時の登米郡の相場である坪5000円を念頭に,坪3500円と評価して,
算出した額である。これが前年度の工場賃借料360万円の1・5倍となっている
のは,前年度の賃借が,工場の2階部分のみを賃借したのに対し,平成6年度は,
1階部分をも賃借したためである。iが,同工場に対し,土地代を含めて1億円を
投資したことに照らしても,520万円は,適正な価格である。さらに,同工場の
賃貸借に当たっては,被告恵泉会内部の所定の手続を経て,平成6年3月の予算理
事会において,正式議題として上程され,理事会全員一致をもって承認可決され,
平成7年5月の決算理事会においても,異議はなかったものであるから,上記建物
賃料支払の事実は,懲戒免職事由とはならない。なお,上記賃料の支出について
は,県の監査においても,問題を生じていない。
 次に,駐車場として借りたのは,工場の敷地ではなく,iの役員
が共有する土地である。この賃料は,駐車台数を月間30台(職員駐車台数20
台,年中行事の駐車台数10台),1か月当たりの1台の駐車料を5000円とし
て算出したものであって,過大な賃料ではない。なお,予算,決算の承認を受けて
いる点についても,建物賃料と同様である。
(b) (ア)e(a)②について
 iは,園生の社会復帰のため,米川工場に社員を派遣して園生の
作業の指導を行ってきたが,(a)のように,人員整理を行うこととなり,その際,
派遣社員をも解雇することとした。しかし,それでは工場の運営ができないことか
ら,被告恵泉会では,最低限の人数である2人の社員と準社員2名を残して米川工
場に出向してもらい,被告恵泉会がこれに対する賃金相当額を支払うこととした。
(ア)e(a)②の技術指導料は,実質的には,上記2名の社員及び準社員2名に対す
る人件費であり,その支出理由・額からして不当な支出ではない。なお,翌年度に
上記支出が継続していないのは,工場への注文がなくなったため,出向の必要もな
くなったからである。上記2名の社員のうち1名は被告恵泉会の職員となり,もう
1名は退職となった。
(c) (ア)e(a)③について
 被告恵泉会では,米川工場の操業・運営に当たり,当初から,自
家水道水を利用することを考え,iが全額を拠出して井戸掘りを行った。そして,
米川工場の使用する水量と恵泉会3施設などが使用する水量を明確にするため水量
計を設置し,使用量に応じて,水道料をiに支払った。その料金は,町水道料金の
3分の1程度であるから不当な支出ではない。なお,予算,決算につき理事会の承
認を得ている事情は(a)と同様である。
(d) (ア)e(a)④について
 原告A1が,被告恵泉会が行う物品の購入について,優先的に,
あるいは公正な競争を排除して,iをその購入先に選んだ事実はない。
(e) (ア)e(a)⑤について
 被告恵泉会では,iの米川工場が操業を開始したことに伴い,被
告恵泉会3施設の園生の作業訓練科目を再編し,jに委託していた洗濯業務を平成
4年度からiに引き受けてもらうこととしたものである。電気料の負担について
は,jが洗濯業務の委託を受けていた際も被告恵泉会が負担していたものであるか
ら問題となるものではない。
(f) (ア)e(a)⑥について
 老人ホーム施設用のおむつ及び寝具類は,従前,jの洗濯委託業
務の一部であったが,その洗濯による排水が多量であったうえ,保健所から,施設
の浄化槽と排水溝との限界を超えている旨指摘を受けたことから,その洗濯業務を
取りやめて,平成3年度はjが問屋であるkから仕入れて被告恵泉会にリースする
方法を採っていたが,平成4年度からは,iがjに代わり,問屋であるkから仕入
れて被告恵泉会にリースする方法を採用したもので,その取引形態はjの場合と同
様であり,不正な事情はない。
(g) (ア)e(a)⑦について
 恵の会は,被告恵泉会3施設の施設長が顧問となり,被告事務局
長が参与となっているが,同会の意思決定は同会が独自に行っており,原告A1あ
るいは同A2が寄付について担当となることはないから,(ア)e(a)⑦の事実は恵
の会の制度上あり得ない。
 なお,助成金の使途については,iの役員が恵の会の役員会・総
会などに折にふれて説明しており,また,資金の拠出先がiである以上,原告A1
が被告恵泉会に対して説明・報告しないのは当然である。
e 原告A3に対する1(2)エの処分理由について
 本件嘆願書等は,当初,原告A1及び同A2に対する降格人事を阻
止する趣旨で作成が検討されたものであったが,平成9年3月20日の理事会で降
格人事案件は撤回されることとなったので,原告A3らは,被告恵泉会の体質改善
を要望する嘆願書として,本件嘆願書等を作成し,署名活動をしたものである。し
たがって,原告A3に対する1(2)エの処分理由は,その署名活動の目的の点で事実
の誤認があるから,原告A3に対する懲戒免職処分は違法・無効である。
 また,本件嘆願書等の作成及びこれに伴う署名活動によって,被告
恵泉会の上下の組織秩序が破壊されたことはないから,上記1(2)エの処分理由に基
づく懲戒免職処分は,無効である。
イ 手続的瑕疵の有無
(ア) 甲事件原告らの主張
a 付帯決議違反による違法無効
(a) 平成9年3月23日開催の被告理事会において,今後報復人事
はしない旨の付帯決議があった。同決議の具体的内容は,平成9年3月18日から
23日にかけて開催された理事会の中で論議された原告A1及び原告A2の降格な
いし停職処分案件の理由として問題とされたそれぞれの事由及び本件嘆願書等の問
題について,今後これらを理由として,関係職員に対し,降格,左遷もしくは懲戒
処分などの不利益処分をしないというものであり,そこには,何らの留保はない。
(b) 同付帯決議は,被告恵泉会の正式な機関決定であり,法人の執
行機関としての被告B1及び亡Cは,当然この決議に拘束される。また,この付帯
決議は,関係職員に対する法人としての意思決定であるから,個別的労働関係を規
制する雇傭契約上の特別付加条件としての効果を有し,関係職員は,雇用契約上こ
の付帯決議に違反して不利益処分を受けない権利ないし利益を有する。したがっ
て,経営者は関係職員が雇傭契約上有するこの権利もしくは利益を一方的に剥奪す
ることは許されないから,同雇傭契約上の特別付加条件に違反した本件懲戒免職処
分は,無効である。
(c) 仮に,特別付加条件に該当しないとしても,甲事件原告らは,
上記付帯決議による反射的利益を受ける立場にあり,個別的労働関係においては,
信義則上このような利益が尊重されるから,本件懲戒免職処分は無効である。
b 理事会決定手続の瑕疵
(a) 被告恵泉会の職員を懲戒免職処分とする決定は,日常の軽易な
業務ではないから,理事会にその決定権限がある(恵泉会定款6条)。本件懲戒免
職処分については,理事会で,甲事件原告らに対する処分を被告B1に一任する決
議がなされた。しかし,理事会の各理事は,懲戒免職を行うかどうかを決定する権
限は理事長にあり,理事会にはないと考えていたから,理事会が有している決定権
限を理事長に委譲する意思はなかった。したがって,同一任決議は懲戒免職処分を
する権限まで委譲したものではなく,本件懲戒免職処分は権限のない者がしたもの
であるから無効である。
(b) また,被告B1が,平成9年9月12日に理事会に提出した議
案1号「恵泉会の不祥事の処理について」における甲事件原告らに対する処分の理
由①と,甲事件原告らに対する告知書における処分の理由①はその内容が異なるか
ら,甲事件原告らに対する本件懲戒免職処分の理由①に相応する理事会決議が存在
せず,本件懲戒免職処分は無効である。
c 弁明の機会の欠如
 懲戒免職処分が有効であるためには,被処分者に対し弁明の機会を
与えることが必要であるが,原告A1に対する1(2)エの処分理由①及び同②は具体
的にいかなる行為を示しているのか不明であるから,同A1は弁明することができ
ない。
 また,原告A2に対する1(2)エの処分理由④についても,同A2の
いかなる行為を問題としているのか不明であり,原告A2は弁明することができな
い。
 したがって,原告A1に対する1(2)エの処分理由①及び同②並びに
原告A2に対する1(2)エの処分理由④については,弁明の機会を与えずに処分した
のと同視できるから,本件懲戒免職処分は,懲戒権の濫用として無効である。
d 二重処罰の禁止
 被告B1は,常務理事制導入の問題が一段落した平成6年7月19
日,原告A2に対し,今後は慎重に行動するようにとの注意を与え,これをもって
常務理事制導入の問題は決着を見た。
 したがって,これを本件懲戒免職処分の理由として持ち出すこと
は,信義則上,二重処罰に準ずるものとして許されず,原告A2に対する1(2)エの
処分理由③を理由とする本件懲戒免職処分は懲戒権の濫用として無効である。
(イ) 甲事件被告らの主張
a 付帯決議違反による違法無効について
(a) 平成9年3月23日に開催された理事会において,甲事件原告
らの主張するような付帯決議がなされた事実はない。
(b) 仮に,甲事件原告らの主張する付帯決議が存在したとしても,
同決議はその客体及び内容が不明であるし,同理事会の経過を併せ考慮すれば,同
決議の拘束力は極めて弱いものといわざるを得ないから,同決議は,個々の職員に
対し権利や利益を発生させるものではないというべきである。
b 理事会決定手続の瑕疵について
(a) 被告恵泉会では,職員の人事権は理事長にあり(恵泉会定款1
2条2項,3項),これには懲戒権が含まれる。従前も,職員への懲戒処分は,被
告理事会への付議及び同理事会の決議なしに行ってきた。
 甲事件原告らに対する懲戒免職処分は,理事会を二度開催し,慎
重に審議をした上で決議されたものであるから,委譲の問題は生じない。
(b) 被告B1が同年9月12日に提出した議案第1号「恵泉会の不
祥事の処理について」の処分理由①の甲事件原告らに対する告知書における処分理
由①への変更は極めて軽微であり,このような軽微な変更は人事権者である理事長
の権限に属する適法なものである。
 仮に,理事長の権限に属さないとしても,手続違反としては極め
て軽微であるから,本件懲戒免職処分を無効ならしめるものではない。
c 弁明の機会の欠如について
 被告恵泉会の規則などに懲戒手続に関する規定は存しない。
 なお,被告恵泉会では,平成9年7月に設置された調査委員会にお
いて,常務理事制の導入阻止や,iとの癒着問題,そして嘆願書の問題などについ
て,理事・監事の調査委員が甲事件原告らから十分に話を聞いており,現実に弁明
の機会は十分に与えている。
d 二重処罰の禁止について
 甲事件原告らの主張する二重処罰の禁止には何の根拠もない。
 また,被告B1の原告A2に対する注意が,常務理事制導入阻止の
問題に決着を与える趣旨ではなかったことは,当時原告A2とともに行動していた
原告A1やJらに同様の注意が与えられていないことからも明らかである。
(2) 争点(2)(未払賃金の額及び損害額)について
ア 甲事件原告らの主張
(ア) 未払賃金の額
a 原告A1は,被告恵泉会に対し,
(a) 平成9年10月から平成13年6月まで通常に勤務していれば
当然に支払われるべき別紙5(添付省略)の同原告欄記載の本俸・諸手当合計金3
129万2750円(ただし,給与改定後の分を含む。)及び内金2328万52
40円に対する支払期日後である平成12年7月1日から,内金394万5125
円に対する支払期日後である平成13年1月1日から,内金406万2385円に
対する支払期日後である平成13年7月1日から各支払済みまで年5分の割合によ
る遅延損害金,
(b) 平成13年7月1日から本判決確定の日まで毎月21日限り1
か月金48万8730円の割合による賃金及びこれに対する各当月22日から支払
済みまで年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
b 原告A2は,被告恵泉会に対し,
(a) 平成9年10月から平成13年6月まで通常に勤務していれば
当然に支払われるべき別紙5の同原告欄記載の本俸・諸手当合計金2436万06
36円(ただし,給与改定後の分を含む。)及び内金1794万5551円に対す
る支払期日後である平成12年7月1日から,内金315万8100円に対する支
払期日後である平成13年1月1日から,内金325万6985円に対する支払期
日後である平成13年7月1日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害
金,
(b) 平成13年7月1日から本判決確定の日まで毎月21日限り1
か月金39万7920円の割合による賃金及びこれに対する各当月22日から支払
済みまで年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
c 原告A3は,被告恵泉会に対し,
(a) 平成9年10月から平成13年6月まで通常に勤務していれば
当然に支払われるべき別紙5の同原告欄記載の本俸・諸手当合計金2788万19
99円(ただし,給与改訂後の分を含む。)及び内金2067万2119円に対す
る支払期日後である平成12年7月1日から,内金354万5450円に対する支
払期日後である平成13年1月1日から,内金366万4430円に対する支払期
日後である平成13年7月1日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
(b) 平成13年7月1日から本判決確定の日まで毎月21日限り1
か月金44万2790円の割合による賃金及びこれに対する各当月22日から支払
済みまで年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
(イ) 損害額
a 甲事件原告らは,本件懲戒免職処分により,社会的名誉を失うとと
もに,多大の精神的苦痛を被った。
 甲事件原告らの同精神的苦痛を慰謝するに足りる額は,それぞれ,
少なくとも金300万円は下らない。
b 被告B1は,被告恵泉会の理事長として,善良なる管理者の注意を
もって誠実に被告恵泉会の職務を行うべき義務があるにもかかわらず,故意又は重
大な過失によって,職員に対する懲戒権は理事長の専権に属するものと思い込み,
かつ,理事・監事並びに幹部職員に対してもそのように誤導又は誘導して信じ込ま
せ,また,本来,甲事件原告らには懲戒免職処分にすべき相当の理由がないことを
十分に知りながら,あえて理事会の決議なくして甲事件原告らを懲戒免職処分に
し,甲事件原告らに対しaの損害を与えた。
 したがって,被告B1は,被告恵泉会とともに,甲事件原告らの被
った損害を賠償すべき義務がある。
c 亡Cは,被告恵泉会の常務理事として,bと同様の義務を負うとこ
ろ,平成12年9月18日に死亡し,妻である被告B2,子である被告B3,被告
B4,被告B5がそれぞれ法定相続分により相続して,亡Cの甲事件原告らに対す
る損害賠償義務を承継した。
イ 甲事件被告らの主張
(ア) 未払賃金の額
a 仮に,甲事件原告らに雇用契約上の地位が認められたとしても,被
告恵泉会が甲事件原告らに支払うべき金額は,別紙6(添付省略)の(B)欄記載のと
おり,総額金5710万9002円にとどまる。
 すなわち,期末手当と勤勉手当は賞与的部分であるから,現実に勤
務実績のない甲事件原告らは受給する権利がない。
 また,本件において,通勤手当が支払われるべきでないことは条理
上明らかである。
 さらに,平成11年4月からは,施設長に対するもの以外は,管理
職手当は廃止されたので,同月以降,原告A3及び同A2は,同手当を受給するこ
とができない。
b 被告恵泉会は,別紙6の(C)欄記載のとおり,既に,総額金5471
万4150円の仮払をしている(平成9年10月から平成13年6月の分)。
(イ) 損害額
 すべて争う。
(3) 争点(3)(原告B6に対する名誉毀損の成否及び損害額)について
ア 原告B6の主張
(ア) 甲事件原告ら及び被告A4は,原告A1と同A2に対する人事案件
の阻止を目的とし,原告B6をひぼう中傷する虚偽の内容を記載した本件嘆願趣意
書及び本件同意書を作成し,不特定多数の職員に見せて署名活動をし,原告の名誉
を著しく毀損した。
 なお,本件嘆願趣意書及び本件同意書において,原告B6の名誉を毀
損した記載は,別紙3及び4の下線の部分である。
(イ) 甲事件原告ら及び被告A4の上記行為による原告B6の精神的苦痛
を慰謝するには金300万円が相当である。
(ウ) なお,本件嘆願趣意書及び本件同意書の作成の究極の目的は,理事
長の追い落としにあったのだから,公益目的や内容の公共性があったとは到底いえ
ない。
イ 乙事件被告らの主張
(ア) 本件嘆願趣意書は,その記載内容に一部不穏当な用語を用いている
部分があるが,その内容は総じて抽象的であり,具体的事実の摘示を欠くものであ
るから,名誉毀損には当たらない。
(イ) 本件嘆願趣意書は,原告A1及び同A2に対する理不尽な降格人事
及び退職勧告など,どのような不測の事態がいつ自分に降りかかるか分からない危
機感の中で,本質的にはあくまで被告恵泉会の民主的運営及び被告恵泉会全体とし
ての人事の公正を願っての意見具申としての性格を持つ。
 したがって,本件嘆願趣意書の基本的趣旨は,社会福祉法人としての
被告恵泉会の健全性を意図したものであり,その真のねらいは被告恵泉会の公共性
及び公益性の回復と更なる実現にある。
(ウ) 本件嘆願趣意書及び本件同意書の記載内容はすべて真実である。
第3 争点に対する判断
1 前示第2の1の争いのない事実等に,証拠(甲1の1ないし3,2,5,6
の1ないし3,7の1ないし3,8の1及び2,12の1及び2,13の1ないし
9,14の1ないし10,16の1ないし12,19,20の13の1及び2,2
0の14ないし17,27の2,43,44,49の1ないし4,50の1ないし
11,51の1及び2,52,60,61,75ないし77,乙1ないし19,2
0の1ないし141,21の1ないし19,25の1ないし13,33,38,4
1,48ないし50,59ないし63,70ないし77,80,81,94,10
9の1ないし37,113,182ないし184,192,193,194の1な
いし5,195,196,197の1ないし5,証人K,同L,同M,原告A1本
人,同A2本人,同A3本人,被告C本人,原告B6本人,被告A4本人)及び弁
論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 原告A1は,昭和49年2月1日,同人の父が当時被告恵泉会の知的障害
者更生施設若草園施設長であった亡Cの妻の弟に当たるという縁から,両親の紹介
により被告恵泉会に職員として採用された。
 同人は,若草園での勤務を経た後,熱心な働きぶりやその決断力,指導力
などが評価されて,昭和56年4月には,被告恵泉会の各施設の運営を総括し,各
種企画の立案,実施,理事会への議案の作成などを行う被告恵泉会の中枢機関であ
る被告事務局の次長に任用され,平成2年12月1日には同事務局長に任用され
た。
(2) 同人が事務局長の職に就いてまもなく,被告恵泉会内部において,同人に
ついて,二日酔いで出勤し,勤務時間中に寝ていることがしばしばある,私用のた
めに職員を使う,宴会の席で女性職員に不快な言動を取る,職員に対して人事を盾
に傲慢な振る舞いをする,新職員の採用に際し金品を受け取っているなど,同人の
管理職としての勤務態度や職員に接する態度について悪い評判が立つようになった
ほか,同人は,iの福祉工場設立の際の借入金の返済のため,被告恵泉会から同社
に対し金が流れる仕組みを作るなどの便宜を図り,その見返りとして飲食などの接
待を受けるなどして同社と癒着している旨のうわさがささやかれるようになった。
(3) 上記福祉工場は,被告恵泉会の入所者の職業訓練と社会復帰の場を提供す
るためにiが設置したものであり,その設立の経緯は大要次のとおりであった。
ア 被告恵泉会では,知的障害者更生のための施設(若草園,若生園,若葉
園)の園生に職業訓練の場を提供してその社会復帰を図るため,昭和63年2月3
日から,被告恵泉会と登米地域の優良企業の事業主(株式会社l,同m,同nなど
7社。各社とも,現在,関係者がiの役員になっている。)との間で,福祉工場の
設置を検討し,当初,公益法人の形態での設立を検討していたが,最終的には株式
会社として設立することになり,上記企業の協力と拠出を得て,平成2年11月1
4日,iの前身である「株式会社o」が設立された。
イ 同社は,平成3年3月に商号を「株式会社i」に変更して業務を開始
し,同年10月には福祉工場が完成し,同年11月には同工場のE業を開始した。
 
ウ 同工場は,以後,上記施設の園生の社会復帰を目的とする職業指導・訓
練の施設として,運営された。
(4) 被告B1は,原告A1について,福祉に情熱を燃やす好青年であるとの印
象を抱いており,同人を信頼していたことから,同人に関する(2)のうわさを耳にし
ても,大して気に留めていなかった。
 しかし,平成6年2月,原告A1と当時被告事務局の総務課長であった原
告A2が,被告B1に対し,iから同社の工場を賃借する案件の決裁を求めたのに
対し,被告B1が,大して必要性も認められず,また,賃借料も高額過ぎることか
ら,もう一度見直すよう指示したところ,原告A1及び同A2が,これに納得せ
ず,執拗に決裁を求めて来たことがあった。被告B1は,そのときの原告A1及び
同A2の態度を見て,あるいは原告A1とiの癒着のうわさは本当であるかも知れ
ないと思うようになった。
 被告B1は,仮にうわさが真実であれば,社会福祉法人として税金で運営
されている被告恵泉会の予算が不透明な形で民間業者に流れることになるが,この
ようなことは到底許されることではなく,同事実が世間に広く知れ渡れば大変なこ
とになること,原告A1の被告恵泉会に対する今までの功績を考えれば,同人はこ
の先も被告恵泉会にとって必要な人材であり,これ以上,被告恵泉会の内部におい
て悪いうわさが立つのは好ましくないことから,このまま同人を事務局長の職に留
めておくわけにはいかないのではないかと考えるようになった。
 そして,できれば,同人を傷つけない形で同人に反省を促しつつ,被告恵
泉会の立て直しを図りたいとの思いから,思案の末,原告A1を施設長職に昇進さ
せて同人の体面を傷つけないようにするとともに,被告恵泉会の事務局長職は廃止
し,代わりに常務理事制を導入して常務理事に被告事務局を監督させることを思い
立った。
(5) 被告B1は,平成6年3月,亡Cに対し,原告A1について,(2)のよう
な疑念があるが,必ずしも事実無根とは言い切れず,同疑念を払拭できないこと,
同人はこれからも被告恵泉会にとっては必要な人材であり,このままにしておくこ
とは,同人にとっても被告恵泉会にとっても好ましいことではないこと,ついて
は,同人に反省を促しつつ,被告恵泉会を立て直す方法として,同人については施
設長職に昇進させるとともに,事務局長職についてはこれを廃止し,代わりに常務
理事制を導入して常務理事に被告事務局の監督に当たらせたいと考えていることを
打ち明け,初代事務局長である亡Cに常務理事に就任してもらいたいと要請した。
 しかし,亡Cは,原告A1とは叔父と甥の関係にあり,できれば同人に恨
まれるようなことはしたくないという気持があったことから,即答はしなかった。
(6) 被告B1は,同年4月8日,自宅に原告A1を呼び出し,同人についてい
ろいろな業者から物をもらっている,業者と癒着しているなどというような悪いう
わさがあるから,一度,被告事務局から外に出た方が良い,今度の人事異動で新し
い施設でもどこでも良いから希望の施設の施設長に出たらどうかと話しを向けた。
 原告A1は,突然の話に驚き,「そういうことはございません。」などと
否定していたが,被告B1との間で,「御中元や御歳暮をもらったら何か返せばい
いんだ。」,「いや,返しています。」などとやりとりを繰り返したのち,最終的
には,それでは,迫風園の方にお願いしますと言って,異動を了解した。
 被告B1は,原告A1が異動を了解したことから,続けて,同人に対し,
同人の異動を機に被告恵泉会に常務理事を置くこと,ついては,亡Cに同職に就任
してもらうつもりであることを説明し,これから亡C宅に向かうから車で送るよう
にと依頼して,同人らは亡C宅に向かった。
 常務理事就任の要請を受けた亡Cは,最初のうちは,もう歳だからなどと
言ってこれを断っていたが,被告B1に重ねて要請されるに及び,被告B1から常
務理事就任の要請を受けるのは既に三度目であったこと,今回は原告A1を伴って
訪れたことから,同人との間でも話がついたものと考えて,最終的には,常務理事
就任を内諾した。
(7) 突然の施設長への転出の話を左遷と考えた原告A1は,亡C宅を出て,被
告B1を自宅まで送り届けた後,被告事務局に戻り,部下で被告事務局総務課長の
原告A2,企画調整課長のN,総務係長のKら被告事務局の幹部らに対し,被告B
1から人事異動の内示があったこと,常務理事制導入の話があったことを報告する
とともに,自分の被告恵泉会に対するこれまでの功績や,自分が事務局長にいなけ
れば被告恵泉会は成り立たないこと,常務理事制は不要であることなどを述べて不
満をあらわにした。
 そして,原告A1は,亡Cが就任を断れば,常務理事制の話は立ち消えに
なると考え,当時若草園施設長のJ,原告A2,N,Kの4名を伴って,亡Cに面
会し,常務理事就任を断るよう要請することとした。
 原告A1は,原告A2,J,N,Kの4名を伴って,同月14日,亡C
を,登米町の料亭に呼び出し,被告恵泉会の設立当時とは法律も改正されたし,被
告恵泉会の職員数も増えた,老齢で全てを取り仕切るのは大変であるなどと話して
常務理事就任を断るよう説得を試みた。しかし,亡Cが一つ一つ反論したことか
ら,原告A1は,亡Cに対し,「あなたでは常務理事は務まらない。」,「90歳
の理事長と80歳の常務理事で何ができる。恵泉会の本部は老人ホームではな
い。」などと語気を強めたり,逆に一同で頭を下げるなどして,執拗に常務理事就
任を思いとどまるよう迫った。
 亡Cは,その場では常務理事就任を引き受けるとも断るとも明言しなかっ
たが,この出来事を受けて,常務理事就任の決意を固めた。
(8) 同年5月1日,原告A1は老人福祉施設である迫風園施設長の辞令を受け
て転任し,同A2は事務局長心得兼総務課長の辞令を受けた。
 被告B1は,早期の常務理事制導入を目指したが,この間,原告A1は,
被告事務局の職員である原告A2,N,Kらに対し,常務理事制の導入を少しでも
遅らせるために,定款変更などの事務手続を積極的には進めないよう指示した。
 原告A2は,同月中旬ころ,被告B1に対し,そのような事実がないにも
かかわらず,常務理事制導入に関し県に相談したところ,財政的な面で問題がある
旨の指摘を受けたなどと虚偽の報告をした。
 このため,常務理事制の導入は,当初の予定より1か月ほど遅れ,同年6
月28日に被告理事会で定款変更が議決され,同年7月13日の県の認可を受け
て,同月25日,亡Cが常務理事に就任した。
(9) 亡Cが常務理事に就任した翌日,iの副社長O(以下「O副社長」とい
う。)が,被告事務局を訪れ,亡Cに対し面談を求めた。
 亡Cが,原告A2とともに,役員室で面会すると,O副社長は,亡Cに対
し,「原告A1は被告恵泉会にとって一番の功労者であるから,同人を外に出して
おくわけにはいかない。同人を迫風園から被告事務局に戻し,同人と原告A2を理
事にしろ。」と要求した。
 O副社長は,「常務さえうんと言えば,すぐ戻れるんだから戻せ。」とい
うような趣旨の発言を繰り返し,原告A2に対し,「なあ,A2。」などと言って
同意を求めたが,原告A2は,黙ったままであった。
 亡Cが,そのようなことはできないとして,なおもこれを断ると,O副社
長は,「常務爆破だ,一発でパーだぞ。」などと意味不明のことを述べて帰ってい
った。
 亡Cは,常務理事就任早々,なぜ出入りの業者であるiの副社長がこのよ
うなことに口出ししなければならないのか,非常に疑問を感じた。
(10) 亡Cは,常務理事就任後,理事長である被告B1の命を受けて,iとの
間の福祉工場の賃貸借契約など各種契約関係の調査や,人事の不公正を是正するた
めに,過去の人事関係の調査を開始した。
 調査を進めると,iとの関係では,取引しているおむつや寝具の単価が県
内の他施設より高く設定されていること,使用されていないにもかかわらず,工場
の駐車場の使用料として年間180万円が支払われていること,特に指導など何も
されていないのに,平成6年度予算において,技術指導料という名目で,約730
万円が計上されていること,福祉工場の賃借料についても,平成6年度予算におい
て,合計530万円が計上されていたが,立地条件等を考慮すると異常に高額であ
ったこと,その他同社に委託されていた洗濯業務の委託費も,同社にかかる人件費
や洗剤,燃料の費用などを考慮しても,異常に高額であったこと,原告A1が事務
局長のときに編成された平成6年度予算で,同社に対する支出が突然前年比150
0万円増となっていることなど,癒着のうわさを裏付けるような事実が次々に判明
した。
 また,人事関係についても,原告A1が事務局長を務めていたころの職員
の人事異動や昇給の一部が,不公正な扱いではないかと思われた。
 亡Cは,被告事務局を指揮して上記調査を進め,原告A2に対しても,同
調査をするよう指示したが,原告A2は,事務局長心得兼総務課長の職にありなが
ら,これに従おうとしなかった。
(11) 亡Cが調査を進め,各契約の見直しを検討していた同年9月,O副社長
が,再び被告事務局を訪れ,来年度についても,例年どおりの内容で契約するよう
要請した。
 応対した亡Cが,「そういうわけにはいかない。現在,事実関係を調査中
であり,調査の結果によって改めて考えましょう。」と返事をすると,O副社長
は,「原告A1との間では,iが被告恵泉会のために福祉工場を建設する代わり
に,建設費のうち銀行からの借入分については,被告恵泉会が支払うという話にな
っていた。被告恵泉会から頼まれて工場を建てたのだから,借入金の返済は被告恵
泉会が行うのが当たり前だ。今までどおりやってもらわなければ困る。」などと述
べた。
 驚いた亡Cは,同年10月3日,被告恵泉会の設立20周年記念式典の際
に,原告A1に対し,上記O副社長とのやりとりについて事実関係を確認しようと
したところ,同人は,「今まで大過なくやってきているのに今更いろいろ言うのは
おかしい。なんだかんだ言ってiの社長らに損をさせるわけにはいかない。」など
と述べるにとどまり,肝心の点については明確には答えなかった。
(12) 平成7年度以降,被告恵泉会は,iとの間で,各種契約関係の条件の見
直しを進めたが,その中で,O副社長は相変わらず,亡Cに対し,原告A1との間
では,同社には損をさせないという約束になっていたと何度も繰り返した。
 そこで,亡Cは,平成9年1月27日,光風園を訪ねて,原告A1に対
し,この点を再度問いただしたが,同人は,若草園の前施設長Pと若葉園の前施設
長Qと亡Gがやったことであって,自分は事務処理を担当しただけでやっていない
と答えた。
 これを受けて,亡Cは,O副社長に,もう一度,本当に原告A1が上記の
趣旨の発言をしたのかどうか念を押して確認したところ,それでも,間違いないと
何度も言うことから,これは,本当に癒着があったのではないかと強く疑念を抱く
ようになった。 
(13) 一方,原告A1は,迫風園施設長への転任を降格人事と考え,勤務時間
中,施設内において,部下の職員らに対し,被告B1や亡Cらを指して老害だなど
と公然と執行部の批判を繰り返した。原告A2も,平成7年4月に老人福祉施設で
ある光風園次長に転任になるまでの間,事務局長心得兼総務課長として,亡Cの下
で仕事をしながら,亡Cの指示に従おうとしなかった。
 平成7年10月1日,被告B1は,給与体系の是正のため,全職員を対象
に俸給を1号俸昇級させたが,原告A1は,職員の面前で,「何もないのに全員1
号俸上げるとはなんだ。退職金のためにためておいた金はどうなるんだ。年寄りに
は任せてはいられない。もう沢山だ。」などと執行部を批判した。
 また,平成8年1月,当時光風園次長であった原告A2は,新規採用した
ばかりの看護婦が採用から3日で退職願を出したにもかからず,格別理由も聞かず
にこれを亡Cに報告した。亡Cは,原告A2に対し,まず,本人から理由を聞くよ
う指示したところ,被告事務局の職員の面前で,「それなら,退職の辞令を渡すと
きにあなた(亡C)が聞けばよい。」などと言って,指示に従おうとしなかった。
 さらに,被告恵泉会では,人事異動は,まず各施設の施設長を集めてこれ
を内示し,各施設長の意見も踏まえた上で決定することになっていたところ,同年
3月18日の人事異動の内示の際,原告A1自身は自らの代わりに総務課長を出席
させた。亡Cは,原告A1に対し,「人事異動の内示に施設長が来ないというのは
どういうことか。」と注意したが,原告A1は,「代わりの者をよこしたのだから
いいではないか。」と反論した。
(14) 同年4月1日,原告A1は光風園施設長に,同A2は萩風園総務課長に
それぞれ転任した。
(15) 同年8月9日,各施設の職員の代表者が集まり,その研究の成果を発表
する場である職員研修大会が開かれ,各施設の施設長は大会の顧問を務めることと
なっていたが,原告A1はこれを欠席した。
 亡Cが,職員に事情を聞いたところ,原告A1は大会の前日から東京ドー
ムにプロ野球の観戦に行っており,当日の午前中は年次休暇を取っていて,午後に
帰ってくる予定であることが判明した。
 後日,亡Cは,原告A1に対し,「自分の施設の職員が何か月も前から準
備して来た研究の成果を発表する大会なのに,施設長がそういうことではだめでは
ないか。」とこれを戒めたが,原告A1は,聞く耳を持たない態度であった。
(16) 同年9月,亡Gは,11月の理事改選を控え,原告A1と同A2が,職
員の前で,公然と,理事長(被告B1)と常務理事(亡C)を今度の理事改選のと
きには一泡吹かせてやるなどと話しているのを耳にした。
 また,同年10月,当時,萩風園総務課長であった原告A2は,施設長で
ある原告B6に対し,今度の改選ではあなた(原告B6)の再選はないなどと申し
向けた。
 被告B1と亡Cは,これらの報告を受けるたびに,原告A1及び同A2に
対し,口頭で注意したが,同人らは一向に耳を貸そうとしなかった。
(17) その後も,亡Cのところには,原告A2は,出勤しても,二日酔いで寝
ていたり,どこかに行ってしまったりするなど勤務態度が悪いとか,原告A1は,
被告事務局に何の相談もしないまま,対外的な場でMRSA感染者も施設に引き受
ける旨の話をしたとかの報告があった。
 亡Cや被告B1が,ことあるごとに注意しても,原告A1や同A2は耳を
貸さず,職員の前で,被告B1や亡Cら執行部を指して,老害だとか,老人パワー
のワンマンショーだとか,90歳になる理事長と80歳になる常務理事で何ができ
るなどと批判を繰り返した。
 そして,被告恵泉会の職員の中には,原告A1及び同A2と同調する者が
現れるようになった。
(18) 亡Cは,平成9年1月,関係者からの度重なる事情聴取の結果,原告A
1及び同A2が,iに対し,同社の経営が経済的に立ち行かなくなったときは被告
恵泉会が責任を持つという趣旨の発言を繰り返していたこと,同社との間では合計
約1500万円もの不必要または不相当な契約がなされていたこと,契約関係を操
作して同社にマージンを稼がせるなどしていたことなど,原告A1及び同A2とi
との間には,癒着と評価されるべき事実が存在したと確信を抱くに至り,同人らに
は何らかの処分が必要であると思われる旨,被告B1に報告した。
 被告B1も,原告A1及び同A2が,公然と被告恵泉会の執行部批判を繰
り返していること,両名とも管理職であるにもかかわらずその勤務態度が悪いこ
と,これを注意しても一向に改まる気配がないことに手を焼いていたことを併せ考
慮すると,もはや処分はやむを得ないとして,亡Cに対し,まず,被告恵泉会の規
則や法規,関係当局の指導を調査するよう指示した。
 そして,亡Cと被告B1は,何度かの協議の末,原告A1と同A2につい
ては停職程度の処分は考えなければならないとの結論に達した。
(19) 亡Cは,同年3月,被告事務局に対し,原告A1及び同A2の処分を被
告理事会に諮るため,同人らの処分案を同月18日に開催される予定であった被告
恵泉会平成8年度第9回理事会に上程して付議すべく準備をするよう指示した。
 これを受けて,被告事務局は,原告A1及び同A2の処分について,次の
内容の告知書と処分事由説明書を作成した。
ア 原告A1
(ア) 懲戒処分の区分
a 職員就業規則第58条(3)の停職
b 実施の日付・期間 平成9年4月1日から1年以内の期間
(イ) 処分の事由(職員就業規則第57条(2)(3))
a 特定業者との契約について
b 規則に違反した人事
c 本法人の役員人事に干渉した
(ウ) 処分事由の説明
a 特定業者とある約束をして,かなり金額を上乗せして多数の年間契
約をしている。
(a) 自家水道使用の年間契約
(b) 洗濯業務(委託料)の年間契約
(c) おむつリース料の年間契約
b 執拗に本法人役員人事に干渉している
(a) 元若草園長の退職について
(b) 常務理事就任について妨害行為をしている
c 清掃業者(S社)の専務が当社,会計上に不正支出したとして警察
に訴えたところ,取調べ中,A1名,A2名が出ていたことが判明し,原本の写し
が当法人に来ている。
イ 原告A2
(ア) 懲戒処分の区分
a 職員就業規則第58条(3)の停職
b 実施の日付・期間 平成9年4月1日から1年以内の期間
(イ) 処分の事由(職員就業規則第57条(2)(3))
a 肩書きを詐称した
b 本法人に損害を与えた
c 本法人の役員人事に執拗に介入した
(ウ) 処分事由の説明
a 肩書を詐称した。
b 特定業者(会社)の利益を図った。
c 役員人事に執拗に介入した。
d 光風園,萩風園における過去2か年の勤務は,管理職として職責を
ほとんど果たしていなかった。
 上記処分と並んで,同年4月1日付けで,原告A1を光風園施設長から南
風園総務課長に,原告A2を萩風園総務課長から平職員にそれぞれ降格する人事案
が策定された(以上の処分,処遇案件を,以下「本件人事案件」という。)。
(20) 同月上旬,被告事務局の担当者は,所轄の瀬峰労働基準監督署を訪ね,
上記懲戒処分について相談した。その際,同署の係官から,処分に当たっては,本
人を納得させて,なるべく穏便にこれを行うのが望ましいとの指導を受けた。
 亡Cは,そのころ,光風園を訪れ,原告A1に対し,同人を停職処分にす
る考えがあること及び同年4月の人事異動で同人を施設長職から課長職に,原告A
2を課長職から平職員に降格する予定であることを告げた。その上で,亡Cは,原
告A1に対し,これまでの執行部批判などの言動を素直に認め,理事長である被告
B1に謝罪するとともに,原告A2と手を切るよう説得を試みたが,原告A1は,
これを聞き入れず,降格は受け入れられないなどと反発した。
 亡Cは,原告A2に対しても,総務課の職員を介して出頭を促すなどし
て,同様の説得を試みようとしたが,同人は「理事会の結果を見ていろ。」などと
言って,話し合いを拒んで出頭しなかった。
 同月15日,原告A2の義理の兄に当たるMを自宅に呼んで,原告A2の
iとの癒着などは,被告恵泉会の職員としてあるべき行為ではない旨を伝え,同人
に対する停職などの処分を検討中であることを伝えた。
(21) 自らの人事案件が被告理事会に上程されることを知った原告A1と同A
2は,これを阻止するため,被告理事会の開催に先立ち,理事らに対し,勤務態度
などについて弁明しておく必要があると考えるとともに,光風園次長の原告A3及
び同総務課長の被告A4に対し,このような人事案件がまかり通れば決して他人事
ではないなどと話した。
 この降格人事案件を知った原告A3や被告A4は,これを阻止するため,
その撤回を求める嘆願書に被告恵泉会の職員の署名を集めることを画策し,同月1
6日,迫町の寿司屋に,松風園総務課長R,迫風園次長T,南風園養護課長Lを呼
び出した。そして,同人らに対し,原告A2が,平成7年4月1日に被告事務局長
心得から光風園次長に,平成8年4月1日には光風園次長から,萩風園総務課長に
それぞれ降格されたことを引き合いに出し,今度の理事会で更に原告A1と同A2
が降格されようとしているが,これは理不尽な人事であること,その背景には,当
時若草園の施設長であった亡Gと萩風園及び菊風荘施設長を兼務していた原告B6
が人事に不当に介入している事実があること,このような人事がまかり通れば決し
て他人事ではないこと,理事の大半も味方につく見込みであることなどを告げて,
被告恵泉会の体質改善と民主化のために協力するよう要請し,Rらに,さも,亡G
や原告B6が理事長である被告B1らに告げ口をして人事が左右されようとしてい
ると思い込ませて,その協力を取り付けた。
 原告A1は,理事らに弁明するためには,まず,亡Cらが何を処分理由に
しようとしているのかを知る必要があると考え,理事会が開かれる予定であった同
月18日の早朝,当時,被告事務局の総務課長補佐の職にあったKの自宅に電話を
架けて,同人からこれを聞き出そうとした。そのとき,原告A1は,Kに対し,
「懲戒処分というのは,事務局の方で,それを止めさせなければならない。」,
「体を張ってでもやれ。」,「俺は理事に対して根回しをしている。」,「A3と
A4は俺のために署名活動をする。」などと話した。
(22) 原告A1及び同A2は,自らの勤務態度などについての弁明として,
「過去一年間に渡るC常務理事及び他職員からの本部,並びに自分に関わる出来事
についての経過説明」,「Gに関する事項」,「B6園長に関する事項」,「現在
に至るまでの経緯」と題する4種類のメモ(いずれも甲16の5の添付書面)を作
成し,原告A2は,同日,午前10時の被告理事会の開催に先立ち,理事らが集ま
る合同庁舎の集合場所に赴いて,理事数名に対し,上記メモを配布した。
(23) 被告恵泉会の平成8年度第9回理事会は,被告恵泉会本部において,同
日午前10時から開催された。当初の予定では,原告A1の光風園施設長からの降
格を含む各施設長の任免が議案として掲げられていた。しかしながら,理事・監事
から,理事会の開催に先立ち原告A2が配布した4種類のメモに関する質問が相次
ぎ,議案の実質的な審議に入ることができず,2日後に,再度,理事会を開いて継
続審議することとなった。
 また,同日の夜,甲事件原告ら及び被告A4は,U理事,V理事,W理事
の3名を呼び出して,上記メモに記載した内容を具体的に説明した。
 同月20日の理事会は秘密会の形をとって行われた。亡C及び被告B1
は,出席した理事・監事に本件人事案件について説明を行ったが,理事・監事の態
度ははっきりせず,停職事由についての調査結果を出すよう要求されるなどして,
結局,この日の理事会においては結論が出せず,さらに,3日後に理事会を開くこ
ととなった。
(24) 本件署名活動について
a 原告A3と被告A4は,同月21日までに,被告恵泉会の体質改善及び
民主化を訴える内容の本件嘆願趣意書(別紙3)を作成し,同日の午前中,原告A
3がこれを原告A1に見せると,同人は,その内容に満足して「立派じゃない
か。」などと話すとともに,原告A3と被告A4に対し,同日午後の有給休暇を与
えて,本件嘆願書に同意する趣旨の署名を被告恵泉会職員から急いで集めるよう指
示した。
b 原告A1は,同日の午後,迫風園のTから嘆願書の件で電話を受けた
際,同人に対し,もうすぐ原告A3と被告A4がそちらに行くので,署名活動の方
はよろしくと協力を依頼した。
c 原告A3と被告A4は,RやTらを動員して,同日から翌22日にかけ
て,本件嘆願書の提案者として被告恵泉会職員26名の署名を得るとともに,同職
員116名から本件嘆願書に同意する趣旨の署名を得た。ちなみに,同日現在の被
告恵泉会の正規職員数は262名であった。また,原告A2は,別途,同原告に係
る本件同意書(別紙4)を作成し,原告A3及び被告A4とともに,被告恵泉会職
員13名から本件同意書に同意する趣旨の署名を得た(以下,本件嘆願書と本件同
意書に係る署名活動を「本件署名活動」という。)。
d 原告A3は,被告恵泉会の職員から署名を集める際,その目的を,原告
A1及び同A2に対する降格人事案件を阻止するためと説明し,「このような人事
案を出すような,ボケた理事長には近いうちに退任してもらう。」,「B1理事長
さんには御退任いただいて,相談役,または顧問になっていただく。」などと話し
た。
e 署名を求められた職員の中には,真意からこれに応じた者もいたが,
「時間がない。」,「急を要する。」などと急かされて,十分に内容を確認しない
まま署名に応じた者,「原告A1らが降格されるから助けてくれ。」,「迷惑はか
けないから。」などと情に訴えられて,どうしたら良いか分からないまま,その場
の雰囲気でこれに応じた者,既に署名した者の名に自分の上司の名を見て,あるい
は,上司から直接に署名を求められるなどして,署名せざるを得なかった者,署名
していないのはあなただけだと言われてやむなく署名した者も少なからず存在し
た。また,内容をよく確認せず,特に断る理由もないからなどと深く考えずに署名
した者も多かった。
(25) 同月22日の午後,光風園の会議室に顔を出した原告A1と同A2は,
原告A3らが集めた署名を一つ一つ確認し,同人らに対し,嘆願書と署名のコピー
を各理事に届けるよう指示した。
 これを受けて,原告A3と被告A4は,同日夜,Rらとともに,分担し
て,被告恵泉会の理事・監事合計11名の自宅を回り,本件嘆願書とこれに対する
同意の署名に本件嘆願趣意書を添えてつづったもの及び本件同意書とこれに対する
同意の署名をつづったものを配布した。
(26) 亡Cらは,原告A1及び同A2の停職事由について従前の調査結果をま
とめた資料を準備して,同月23日の理事会に臨むこととしたが,その前日になっ
て,甲事件原告らが上記(24)の活動をしていることを知り,同月18日及び20日
の理事会の様子から,ただでさえ理事らが本件人事案件に対して慎重であるのに,
そのようなものが理事会に提出されれば,会議が紛糾して審議にならないことは間
違いないと思われたこと,同日に決議できなければ,年度替わりである同年4月1
日の人事異動にはもう間に合わないことから,原告A1の施設長からの降格処遇を
撤回し,同人及び原告A2の停職処分を議案として提出することを断念(この撤回
及び提出断念を,以下「撤回等」という。)することもやむなしと考えるに至っ
た。
 そして,同月23日の理事会の席上,被告B1及び亡Cは,被告恵泉会の
体質改善をうたう本件嘆願書に同意する署名数の多さを重く見た理事らから原告A
1を施設長から降格させる議案の撤回を求められ,結局,これを撤回するととも
に,同人及び原告A2の停職処分を正式な議案として提出しないまま,その他の施
設長の任免の案件を議決して理事会を終了した。
 以上の結果,本件人事案件は廃案となり,実現されずに終わった。
(27) 甲事件原告らとこれに同調する職員数名は,同日,光風園に集まって待
機していたが,同日午後,原告A1は,被告理事会の会議の結果をX理事に電話で
確認し(原告A3もV理事に同様の確認をした。),その場の者に,「理事会の結
果,処分は行われないことになった。署名活動に対しても一切不問に付することと
なった。」と報告した。
(28) 被告恵泉会の職員の間では,本件署名活動の結果,本件人事案件が撤回
等されたことから,署名した者は勝ち組,署名しなかった者は負け組などと色分け
がされ,職員相互の間の関係がぎくしゃくするようになった。また,理事長が早期
退陣するといううわさや,署名者は名誉毀損で訴えられるといううわさが流れ,そ
のたびに,多くの職員の間に不安と動揺が走った。
 さらに,現場においても,職員相互の人間関係にきしみが生じたことによ
り,当直の夜勤の際の事務引継ぎが円滑に行われないなど,円滑な介護の実施に具
体的な支障が生じ,入所者からも,最近,職員の雰囲気が非常に悪くなった,笑顔
がない,会話がないなどと心配する声が出るようになった。
(29) 一方,甲事件原告らは,本件人事案件が撤回等された後,特に被告恵泉
会の体質改善を求めるような積極的な活動を行うこともなく,同年5月ころには,
原告A1及び同A2において,一部の理事の自宅を訪問し,「3月には大変お世話
になりました。」などと述べて,お茶と急須の包みを差し出した。
(30) 本件嘆願書等において名指しで批判された亡Gは,同年5月29日に急
死した。
(31) 宮城県登米郡を中心に,同県県北地方に発行部数を持つ旬刊誌県北ジャ
ーナルは,被告恵泉会における上記一連の出来事とその経緯について取材を続け,
同年6月11日から7回にわたって同事実に関する記事を同紙に掲載した。これに
より,被告恵泉会における,本件人事案件をめぐる一連の出来事は,広く県北地方
の住民の知るところとなり,被告恵泉会の経営に対し,地域住民からも不信感を抱
かれることとなった。
(32) 原告A3,被告A4及びLは,被告恵泉会の一部の職員が県北ジャーナ
ルの取材に積極的に協力した結果,真実のゆがめられた記事が掲載されたこと,署
名活動に対して不問に付すとの決議があったにもかかわらず,被告恵泉会内部にお
いて署名者に対する圧力がかけられていることなどを理由として,被告恵泉会の体
質改善を求める要望書(以下「本件要望書」という。)を同年6月17日付けで作
成してU理事に届け,同理事の指示により,更にW,Y,V,X,Zの各理事に配
布した。
 本件署名活動の際に協力したRとTは,本件要望書についても協力を求め
られたが,今度はこれを断り,同じ頃,本件嘆願書の署名を撤回した。
(33) 上記県北ジャーナルの報道後,被告恵泉会の職員の中にも,本件嘆願書
への署名を撤回する者が現れた。
(34) 同年7月1日,被告恵泉会の平成9年度第2回理事会が開催され,同理
事会終了後の懇談会の席上,本件要望書が話題になり,理事らから,本件署名活動
は,本件人事案件の阻止とともに,理事長の退任を念頭においた行為であった,同
行為の結果,職場に分裂ときしみを生じ,現在も組織は二分されたままである,本
件要望書のような文書が出回るのは,3月の前記理事会の審議の際に本件嘆願書等
の問題や事実関係をきちんと検討しないままうやむやにしたからである,真相を究
明し,処分すべきものは処分して正すべきであるとの声が挙がった。
(35) 被告理事会は,同年7月8日,① 本件嘆願書等の件,② 本件要望書
の件,③ 県北ジャーナルの報道に係る事実の真偽について,真相を究明すること
を目的として,被告理事会内に調査委員会を設置した。
 同調査委員会は,同月から同年8月にかけて,計7回にわたって開催さ
れ,甲事件原告らを始めとする複数の関係者から事情聴取を行った。
 この事情聴取において,甲事件原告らは,本件嘆願書等及び本件同意書の
記載に係る事実について,逐一説明を求められたものの,調査委員会の納得を得ら
れるような説明をすることができなかった。また,県北ジャーナルの報道に係るi
との癒着の問題についても,原告A1及び同A2は,質問が核心部分に入ると,記
憶にないとか忘れたとかの答えを繰り返し,疑念を払拭することができなかった。
 その結果,調査委員会は,確実な証拠に乏しく,また,甲事件原告らが記
憶にないという趣旨の弁明を繰り返す状況の下においては,真相究明には限界があ
ったが,甲事件原告らには,iとの癒着については,多分に疑惑が残るものであっ
た,本件人事案件の阻止のための本件署名活動は,組織を崩壊させる行為以外の何
ものでもないと結論付け,被告恵泉会の対外的な信頼と組織の秩序を回復し,法人
を維持するためには甲事件原告らの懲戒処分が相当であり,処分内容は被告B1理
事長に一任すべきとの内容で全委員の意見が一致した。
(36) これを受けて,同年9月7日,被告恵泉会の平成9年度第4回理事会が
開催され,その中で,上記調査委員会の調査結果が報告が行われ,これに引き続
き,各理事が意見を述べた。審議は,午前10時から午後2時まで昼食を挟んで約
4時間に及び,その結果,甲事件原告らについては,懲戒処分相当,処分内容は被
告B1理事長に一任するとの結論が出された。
 そして,同月12日に開催された被告恵泉会の平成9年度第5回理事会に
おいて,午後3時の開会から午後5時15分の閉会まで,被告B1理事長の提案し
た甲事件原告らに対する本件懲戒免職処分が検討され,約2時間の審議の結果,全
理事の一致によって,同処分が決定された。
2 争点(1)(本件懲戒免職処分の効力)について
(1) 1の事実に徴すれば,甲事件原告ら3名による本件嘆願書等及び本件同意
書の作成,平成9年3月21日から同月22日にかけて行われた本件署名活動及び
これらの書面の被告恵泉会の理事・監事に対する配布行為は,後述のとおり,いず
れも,原告A1及び同A2に対する本件人事案件を阻止する目的の下,被告恵泉会
の多数の職員を巻き込む形で行われたものであり,これにより,同職員の間に大き
な禍根を残し,入所者に対するサービスの低下など,被告恵泉会の業務の実施にも
大きな影響をもたらす結果を招いたものであったことが認められる。
 甲事件原告らは,平成9年3月当時,被告恵泉会において前示の各地位に
あり,いずれも被告恵泉会の管理職として,所属職員を指揮監督し,組織の維持,
規律を図るべき義務を負い,いやしくも,職場規律を紊乱し,職場環境の悪化をき
たすような行為があれば,むしろ自らこれを阻止すべき立場にあったというべきで
ある(乙64,弁論の全趣旨)。
 しかるところ,前記の行為は,以下のとおり,目的の正当性及び手段の相
当性を欠き,上記のような甲事件原告らの管理職としての職務上の義務に著しく違
反する行為であったというべきであり,いずれも,被告恵泉会の就業規則第57条
1号に該当する行為であるとともに,同規則第58条4号によって懲戒免職処分に
するのもやむを得ない行為であると認めるのが相当である。
ア 本件人事案件の内容について
 亡Cと被告B1が,原告A1とiとの癒着の問題及び原告A1及び同A
2の度重なる執行部批判とこれを注意しても一向に耳を貸さない同人らの態度か
ら,同人らを停職処分に処するのもやむなしと考えていたことは前示1のとおりで
あり,本件人事案件が被告理事会に提出される直前の平成9年3月15日,Mは,
亡Cから,原告A2を停職処分にすることを検討中である旨を聞かされているこ
と,原告A1及び同A2について,それぞれ同人らを停職処分とする告知書と処分
事由説明書(乙80,81)が,平成9年3月付け(日にちは空欄)で作成されて
いること,後記(2)イ(ア)のとおり,被告恵泉会においては,施設長以外の職員は理
事長が任免し,理事会に付議する必要がないとされているから,原告A2について
は,平職員への降格のみであれば,理事会の議案にはならないはずであるところ,
同人についても本件同意書の署名集めを行い,同月23日の理事会に先立って各理
事に配布していること,その他前示1に認定した事実を総合すれば,本件人事案件
は,単に降格人事案だけでなく,これと併せて原告A1及び同A2の停職処分案を
含むものであり,原告A1及び同A2はこれを認識していたことが認められる。
イ 本件嘆願書等及び本件同意書の目的
(ア) 本件嘆願書等について
 甲事件原告らは,本件嘆願書等の作成と署名活動は,被告恵泉会の体
質改善と民主化を目的としていたものであって,本件懲戒免職処分は,その前提と
なる事実に誤認があり無効であると主張する。
 しかしながら,次のaないしg並びに前示1の一連の経緯を併せ考慮
すれば,本件嘆願書等の作成と署名活動の目的は,被告恵泉会の体質改善と民主化
を真の目的とするものではなく,被告恵泉会上層部の体質を批判したり,被告B1
や亡Cの立場を危うくすることにより,本件人事案件の阻止を狙ったものと認めら
れる。
a 原告A1が被告事務局から転出した平成6年5月以降,同人と原告
A2は,老害だなどとして,亡C及び被告B1を再三批判し,同人らが退任するこ
とを望むような発言を繰り返していた。
b 原告A1と同A2は,亡Cに対する反発の中で,「次の理事改選で
は一泡吹かせてやる。」とか,「理事会の結果を見ていろ。」などと,被告理事会
の審議が,被告B1や亡Cの思惑どおりにはいかないことを暗示するような発言を
している。
c 原告A1は,理事会開催当日の平成9年3月18日の早朝,被告事
務局の総務課長補佐のKの自宅に電話を架けて,懲戒処分を阻止するよう申し向け
ている。
d 原告A3は,被告恵泉会の職員から署名を集める際,その目的を,
原告A1及び同A2に対する降格人事案件を阻止するためと説明し,「このような
人事案を出すような,ボケた理事長には近いうちに退任してもらう。」,「B1理
事長さんには御退任いただいて,相談役,または顧問になっていただく。」などと
話している。
e 平成9年3月の理事会で本件人事案件が撤回等された後,原告A1
及び同A2は,一部の理事の自宅を訪問して,本件人事案件の撤回等について謝意
を示している。
f 甲事件原告らは,県北ジャーナルによる報道が始まるまで,何ら被
告恵泉会の体質改善のための具体的な活動を行っていない。
g 原告B6や亡Gに係る本件嘆願趣意書の記載内容について,後記の
とおり,これを真実であると認めるに足りる証拠はない。
(イ) 本件同意書について
 原告A2は,本件同意書は,自己の人事案件の撤回を求める内容のも
のではないから,同人に対する第2の1(2)エの処分理由の根拠にはならないと主張
する。
 しかしながら,本件同意書の内容及び上記1に認定した一連の事実の
経過に照らせば,本件人事案件の対象となっていた原告A2が,本件同意書の作成
と署名活動を思いつき,本件嘆願書等の作成及び署名活動に便乗してこれを実行
し,同人事案件を回避しようとしたものであることは明らかであるから,原告A2
の主張は採用できない。
ウ 原告A1の本件署名活動への関与
 原告A1は,署名を集め,被告恵泉会の理事,監事に配布したのは原告
A3及び同A2であって自らは本件嘆願書に係る署名活動に関与していないと主張
する。
 しかしながら,前示1によれば,次の事実が認められる。
(ア) 本件人事案件は,原告A1自身に係る停職処分等をその内容とする
ものであった。
(イ) 原告A1は,亡Cから本件人事案件を告げられてこれに強く反発し
ていた。
(ウ) 本件嘆願書等の作成と署名活動の中心的役割を果たした原告A3と
被告A4は,本件当時,いずれも原告A1が施設長を務める光風園の直属の部下で
あった。
(エ) 平成9年3月18日,被告事務局のKとの電話での会話の中で,自
らの停職処分を止めるよう要求するとともに,原告A3と被告A4が自分のために
署名活動をする旨述べている。
(オ) 同月21日には,原告A3から完成した本件嘆願書等を見せられ
て,「立派じゃないか。」などと述べている。
(カ) 同日午後に原告A3と被告A4に対し,有給休暇を与え,同人らは
これを受けて署名活動を始めた。
(キ) 同じく同日午後,Tからの電話に対し,署名活動を依頼している。
(ク) 同月23日,自ら電話で理事会の内容を確認している。
 以上の事実を総合すれば,原告A1は,積極的に本件嘆願書等の作成及
び本件署名活動並びにこれらの理事らへの配布行為に関与してこれを遂行したと認
めるのが相当であるから,原告A1の主張は採用できない。
エ 本件嘆願趣意書及び本件同意書の記載内容の真実性
(ア) 本件嘆願趣意書について
 同文書は,原告B6及び亡Gを名指しで,かつ,不穏当な表現方法で
批判したものである。
 そして,次の各事実によれば,同文書の記載内容が真実であるとはに
わかに認め難く,他にこれを真実と認めるに足りる証拠はないのであって,原告A
3及び被告A4は,その前提事実の裏付けを十分にとらないままその記載したもの
といわざるを得ない。
a 原告A3は,本件第8回及び第9回口頭弁論期日における本人尋問
において,同文書の記載内容について供述したが,同文書の起案者であるにもかか
わらず,次の点について,質問を受けながら,得心のいく説明ができなかった。
(a) 「ごく限られた人たちのみの意見で物事が決定される」の意味
(b) 「非民主的な体質」の改善の方向性
(c) 原告B6が,「その立場を利用して職員の手柄は自分のものと
し,逆に不手際は職員のせいにしていること」,「真面目に勤務する職員の勤務評
価を劣悪のものとして理事長等に報告するなど,自分の身を保障してもらう為,一
般職員は虫けらのように扱っていること」の裏付け
(d) 亡Gが,「職員の前で他の職員を誹謗・中傷したり,犯罪者呼
ばわりしていること」,「政治家とのつながりをちらつかせていること」の裏付け
(e) 亡Gが「1年も前から次年度の人事異動を口に出したり,ある
いは,その異動対象者を自宅に呼び寄せ,説得しようとする」ことの裏付け及びこ
れが許されない根拠
(f) 「さらに驚くことに,こうした人事がそのとおり実現されてい
る」の具体的意味及び裏付け
(g) 原告B6及び亡Gが「我々一般職員に圧力をかけ,人事異動で
の制裁をちらつかせている」ことの具体的意味及び裏付け
b 平成9年3月の被告理事会においては,被告恵泉会の体質改善をう
たう本件嘆願書への署名の多さを重視して本件人事案件が撤回等されたのに対し,
調査委員会の調査・報告を経た同年9月の被告理事会においては,甲事件原告らに
対する本件懲戒免職処分に反対する理事が一人もいなかった。
c 本件嘆願書の署名を中心になって集めたRとT自身が後日署名を撤
回している。
d 本件嘆願書の署名に応じた職員の中には,本件嘆願趣意書に記載さ
れた事実が真実か否か分からないまま署名に応じた者もおり,甲事件原告らが懲戒
処分となった後の時点においてもなお,本件嘆願趣意書に書かれた事実は正しかっ
たと認識している者はわずかに9名しかいない(乙20の1ないし141)。
(イ) 本件同意書について
 同文書は,原告B6を名指しで,かつ,辛辣な表現で批判したもので
ある。
 そして,次の点によれば,同文書の指摘する事実は疑わしいものとい
わざるを得ない。
a 原告A2本人尋問の結果によれば,同文書の核心部分である原告B
6が作り話を被告B1に報告していたという点について,断定的な記載となってい
るものの,原告A2は,実際には,原告B6及び被告B1に裏付けをとらないま
ま,原告A2の推測に基づいて記載したものであることが認められ,上記記載は確
実な根拠を欠いている。
b 被告恵泉会が,本件懲戒免職処分の後に実施した職員に対するアン
ケートの結果(乙109の1ないし37)によれば,回答者30名のうち,本件同
意書の中で摘示された被告B1の原告A2に対する指摘について,全く根拠がなく
事実に反すると思っていると回答した者は,わずかに1名しかいない。 
オ 署名取得の態様
 本件署名活動の結果,2日間という短い期間で,被告恵泉会の約半数の
職員の署名が集められたが,その過程においては,上司に署名を求めらたり,署名
していないのはあなただけだと言われてやむなく署名した者,あるいは,急を要す
るなどと急かされて,内容をよく確認しないまま署名した者,また,深く考えず
に,その場の雰囲気で署名した者が少なくなかったことは前示1のとおりである。
 被告恵泉会が,本件懲戒免職処分の後に実施した職員に対するアンケー
トの結果(乙20の1ないし141)によれば,回答者135名のうち,本件嘆願
趣意書の内容が正しかったと認識していると回答した者はわずかに9名であり,そ
の余の126名は,正しくなかった,あるいは,未だに真実が分からないと感じて
いる。
 以上によれば,本件署名活動は,本件嘆願趣意書・本件同意書の記載内
容をよく吟味する間もなく,職場の上下関係などを利用して行われたものであり,
これにより集められた署名は,必ずしもそのすべてが真意に基づいてなされたもの
と認めることはできないから,本件署名活動の態様は,問題のあるものであったと
いうべきである。
カ 本件署名活動が被告恵泉会に与えた影響
 本件署名活動の結果,本件人事案件が撤回等されたことにより,被告恵
泉会の職員は,被告事務局時代から被告恵泉会内部で大きな力を持っていた原告A
1らが再び大きな影響力を持つようになると考え,また,署名をしなかった者はそ
の報復をおそれるようになったことは,推認に難くない。このことは,理事長や常
務理事が当時既に高齢で,いつまでその職にとどまるか分からないことを併せ考え
ればなおさらである。また,署名に応じた者も,本件嘆願趣意書や本件同意書で名
指しで非難された原告B6や亡Gから訴えられるのではないかと不安を抱えること
になった。
 そして,署名した者は勝ち組,署名しなかった者は負け組などと色分け
がされ,職員相互の間の関係がぎくしゃくするようになったこと,また,理事長が
早期退陣するといううわさや,署名者は名誉毀損で訴えられるといううわさが流
れ,そのたびに,多くの職員の間に不安と動揺が走ったことは前示1のとおりであ
り,署名に応じたか否かにかかわらず,本件署名活動が被告恵泉会の職員の間に大
きな影響を残した。
 さらに,職員相互の人間関係にきしみが生じたことにより,当直の夜勤
の際の事務引継ぎが円滑に行われないなど,現場における円滑な介護の実施に具体
的な支障が生じ,入所者からも,職員の雰囲気が非常に悪いことを心配する声が出
るようになったことも前示1のとおりである。
 したがって,本件嘆願書等及び本件同意書が,その後の被告恵泉会の業
務及び被告恵泉会職員相互の関係に与えた影響はむしろ非常に大きかったというべ
きである。
 甲事件原告らは,本件の一連の経緯に照らせば,本件嘆願書等や本件同
意書が被告恵泉会の運営に重大な支障を与えたとも被告恵泉会職員間の上下の組織
秩序が蹂躙されたとも到底考えることはできないと主張するが,以上に照らしてこ
の主張は採用できない。
キ 懲戒事由該当性及び懲戒権濫用の有無
 前示1の認定事実及びアないしカに検討したところを前提に,甲事件原
告らに懲戒事由が認められるか,懲戒事由が認められる場合,本件懲戒免職処分が
処分として相当か,これが相当性を欠き,懲戒権濫用と評価されるべきものか否か
について判断する。
 なお,およそ,人事権者又は懲戒権者に働きかけて自己又は他人に対す
る処分を免れ,あるいは処遇の変更を得ようとすること自体は,一切認められない
わけではなく,例えば,根拠のない事実に基づいて処分,処遇がなされようとして
いるときや,不当に重い処分あるいは不当な処遇がなされようとしているときに,
誤解を解き又は処分や処遇の相当性がないことを訴えて自己を防御する目的で,相
当な手段により人事権者又は懲戒権者に働きかけることはもとより許される行為と
いうべきであるが,その限度を超えて,組織内部の秩序を乱し,組織の円滑な運営
を損なうような手段に訴えてこれを行うことは組織の維持の観点から許されないと
いうべきである。
(ア) まず,懲戒事由の有無について判断する。
a 次の各事実によれば,平成9年3月の時点において,亡Cが原告A
1及び同A2には懲戒事由があると判断したことには相当性があったというべきで
あり,根拠のない事実に基づいて処分がなされようとしているとはいえない。
(a) 本件人事案件の処分事由であるiとの癒着については,亡Cが
常務理事に就任した平成6年7月以降,2年以上の時間をかけて調査を継続し,客
観的な数字やiのO副社長並びに原告A1及び同A2らに対する聞き取りを経て,
確信を抱くに至ったものである。
(b) 亡Cからの事情聴取やのちの調査委員会における事情聴取にお
いても,原告A1及び同A2らからは,かかる疑念を払拭するに足りる弁明が無か
った。
b 本件人事案件により原告A1及び同A2に課されようとしていた懲
戒処分は,1年以内の停職であり,上記疑惑の重大性を考慮すれば,不当に重い処
分がなされようとしていたということもできない。
c 甲事件原告らは,本件嘆願趣意書の作成,本件署名活動,本件嘆願
書等の理事への配布行為にそれぞれ積極的に関与してこれを遂行したが,原告A3
及び被告A4らは,本件署名活動の際,被告恵泉会の理事長の進退にまで言及して
いたことを考えれば,一連の行為は原告A1及び同A2の防御のための限度を逸脱
したものというべきである。
d 本件嘆願趣意書は,その前提事実の裏付けを十分にとらないままに
起案されたものであり,内容の不確かなものであるから,同趣意書に基づいて集め
られた本件嘆願書の署名もその真意に大きな疑問を残すものであった。
e 本件同意書は,その中核をなす部分(原告B6が作り話を被告B1
に報告していたというもの)について,断定的な記載となっているものの,実際に
は,原告B6及び被告B1に裏付けをとらないまま,原告A2の推測に基づいて記
載したものであるから,同文書に同意する趣旨の署名にもやはりdと同様の問題が
ある。
f 本件署名活動の態様は,多くの一般職員を巻き込む形で行われ,そ
の結果,その後の被告恵泉会の職員に動揺を与え,ひいては入所者にまで不安を抱
かせるなど,被告恵泉会全体に大きな影響を与えた。
 以上の事実を総合考慮すれば,本件署名活動は,その目的の正当性及
び手段の相当性のいずれをも欠くものというべきであって,甲事件原告らの本件署
名活動とこれに付随する一連の行為は,被告恵泉会の管理職としての義務に著しく
反するものと認められるから,この行為は,被告恵泉会就業規則57条1号の懲戒
事由に該当すると認めるのが相当である。
(イ) 次に,懲戒免職処分としたことの相当性について判断する。
a 原告A1について
(a) 同原告は,本件嘆願趣意書の作成,本件署名活動,本件嘆願書
等の理事への配布行為に積極的に関与してこれを遂行した。
(b) 本件署名活動の目的は,自己に対する不当な人事案件の是正と
いうものではなく,その実は,被告恵泉会上層部の体質を批判したり,被告B1や
亡Cの立場を危うくすることにより降格や懲戒を免れることにあった。
(c) 本件署名活動は,被告恵泉会の職員相互の間に大きなしこりを
残し,現場における円滑な介護の実施に支障を来すなどの影響を与えた。
(d) 本件署名活動が功を奏して,実際に本件人事案件が撤回等され
たことにより,署名に応じなかったり,のちにこれを撤回した職員に,同原告が組
織に残る限りいずれ報復されるのではないかとの恐れを抱かせた。
(e) 県北ジャーナルの報道によってiとの癒着の疑惑及び本件署名
活動の一部始終が広く地域住民の知るところとなって,被告恵泉会の経営に対する
地域住民の信頼を失った。
(f) (e)のiとの癒着の疑惑について,同原告は,亡Cによる調査
の積み重ねに基づく疑惑の指摘に対し,これを払拭するに足りる弁明ができないま
まであった。
 以上の事実を総合考慮すれば,同原告を被告恵泉会から排除しなけ
れば,組織の秩序を維持し,職場の雰囲気を回復することが図ることができず,ま
た,被告恵泉会の経営に対する不信を払拭することができないというべきであっ
て,被告恵泉会が,同原告につき,被告恵泉会就業規則58条4号の懲戒免職処分
にしたのは相当であり,これを懲戒権濫用と評価すべき事由は認められない。
b 原告A2について
(a) 同原告は,原告A3及び被告A4が本件嘆願趣意書を起案して
本件嘆願書に署名を集めようとしているのに便乗して,本件同意書を起案して,同
時に同文書に対する署名集めを実行した。
(b) 同原告は,本件同意書の内容の中核をなす部分について,裏付
けをとらず,確かな根拠のない推測のままにこれを記載した。
(c) 本件署名活動の目的は,自己に対する不当な人事案件の是正と
いうものではなく,その実は,被告恵泉会上層部の体質を批判したり,被告B1や
亡Cの立場を危うくすることにより降格や懲戒を免れることにあった。
(d) 本件署名活動は,被告恵泉会の職員相互の間に大きなしこりを
残し,現場における円滑な介護の実施に支障を来すなどの影響を与えた。
(e) 本件署名活動が功を奏して,実際に本件人事案件が撤回等され
たことにより,署名に応じなかったり,のちにこれを撤回した職員に,同原告が組
織に残る限りいずれ報復されるのではないかとの恐れを抱かせた。
(f) 県北ジャーナルの報道によってiとの癒着の疑惑及び本件署名
活動の一部始終が広く地域住民の知るところとなって,被告恵泉会の経営に対する
地域住民の信頼を失った。
(g) (f)のiとの癒着の疑惑について,同原告は,亡Cによる調査
の積み重ねに基づく疑惑の指摘に対し,これを払拭するに足りる弁明ができないま
まであった。
 以上の事実を総合考慮すれば,同原告を被告恵泉会から排除しなけ
れば,組織の秩序を維持し,職場の雰囲気を回復することが図ることができず,ま
た,被告恵泉会の経営に対する不信を払拭することができないというべきであっ
て,被告恵泉会が,同原告につき,被告恵泉会就業規則58条4号の懲戒免職処分
にしたのは相当であり,これを懲戒権濫用と評価すべき事由は認められない。
c 原告A3について
(a) 同原告は,本件署名活動を自ら企画・立案して直接これを実行
した。
(b) その目的は,不当な人事案件の是正というものではなく,その
実は,被告恵泉会上層部の体質を批判したり,被告B1や亡Cの立場を危うくする
ことにより,原告A1や同A2に降格や懲戒を免れることにあった。
(c) 原告A3は,本件署名活動に先立ち,被告A4とともに本件嘆
願趣意書を起案したが,その表現方法が不穏当なばかりでなく,その前提事実の裏
付けを十分にとらないままに起案した。
(d) 同原告は,本件署名活動の際,単に署名を依頼するだけでな
く,理事長らの退任にまで言及していた。
(e) 同原告による署名取得の態様は,内容をよく吟味する間も与え
ず,また,職場の上下関係を利用するなど相当性を欠くものであった。
(f) 本件署名活動は,被告恵泉会の職員相互の間に大きなしこりを
残し,現場における円滑な介護の実施に支障を来すなどの影響を与えた。
 以上の事実を総合考慮すれば,原告A3自身は,本件人事案件の対
象者ではなかったとしても,被告恵泉会の管理職たる総務課長の立場にありなが
ら,その秩序を乱し,その経営に対する不信を招く直接の原因を作ったというべき
であるから,原告A1及び同A2と同様に,原告A3を被告恵泉会から排除しなけ
れば,組織の秩序を維持し,職場の雰囲気を回復することが図ることができず,ま
た,被告恵泉会の経営に対する不信を払拭することができないというべきであっ
て,被告恵泉会が,同原告につき,被告恵泉会就業規則58条4号の懲戒免職処分
としたのは相当であり,これを懲戒権濫用と評価すべき事由は認められない。
(ウ) 以上より,本件懲戒免職処分はいずれも理由があり,これをもって
懲戒権の濫用ということはできない。
(2) 甲事件原告らは,本件懲戒免職処分に手続の瑕疵があると主張するので,
以下検討する。
ア 付帯決議違反による違法無効について
 甲事件原告らは,平成9年3月23日の理事会において,原告A1及び
同A2に対する本件人事案件の各事由と本件嘆願書等の問題につき,今後報復人事
はしない旨の付帯決議があり,その決議には何ら留保がないから,その後になされ
た本件懲戒免職処分は同決議に違反して無効であると主張する。
 しかしながら,証拠(甲50の5)によれば,同理事会において,この
3日間に議論された内容は不問にするという趣旨の決議があったことは認められる
が,同理事会はその大半が秘密会の形式で執り行われ,その議論された内容自体は
議事録に残されておらず,何を不問にしたのか詳らかでないばかりでなく,仮に,
被告理事会がした上記決議が甲事件原告らの主張するようなものであったとして
も,甲事件原告らに対し,その内容を告知するなどして,約束したことを認めるに
足りる証拠はないから,これによって,被告恵泉会と甲事件原告らとの間の雇用契
約上何らかの効力が発生するものと解すべき根拠はなく,その後の被告理事会の意
思決定を拘束すべき理由とはならない。
 したがって,甲事件原告らの主張は採用できない。
イ 理事会決定手続の瑕疵について
(ア) 証拠(甲12の2)によれば,被告恵泉会の定款には次の定めがあ
ることが認められる。
 第6条 
(1) この定款に別段の定めのあるもののほか,この法人の業務の決
定は,理事をもって組織する理事会によって行う。ただし,日常の軽易な業務は理
事長が専決し,これを理事会に報告する。
 第12条
 (2) この法人の設置経営する施設の長(以下「施設長」という。)
は,理事会の議決を経て,理事長が任免する。
 (3) 施設長以外の職員は,理事長が任免する。
(イ) 被告恵泉会の職員を懲戒免職処分にするか否かについての決定につ
いては,日常の軽易な業務とはいえないので,定款第6条1項本文により理事会に
その決定権限があると解される。そして,定款第12条2,3項の任免とは,通常
の人事の場合を指し,懲戒免職処分を含まないと解するのが相当である。したがっ
て,被告恵泉会の職員を懲戒免職処分にするには,施設長であるか否かにかかわら
ず,理事会で決定することが必要というべきである。
(ウ) 証拠(甲50の10,11)によれば,本件においては,各理事
は,懲戒免職処分を行うか否かについて決定権限が理事長にあって理事会にはない
ことを前提に議論をし,その上で,甲事件原告らの本件懲戒免職処分について理事
長に一任すべく決議していることが認められる。
(エ) しかしながら,前示1(35)(36)の事実に,(ウ)の認定に供した各証
拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
a 各理事は,調査委員会の調査結果を受けて,長時間にわたり実質的
な議論を行っている。
b その議論は,最初から結論ありきというようなものではなく,中立
的な立場から慎重に行われている。
c 同議論の中で,甲事件原告らを懲戒免職処分とすることに反対の意
見を述べる理事がいなかった。
d 最終的には,理事長の方針を受けて,平成9年9月12日の理事会
において,再度,理事の全員一致をもって本件懲戒免職処分を決定した。
 以上の事実を総合すれば,理事長に一任したといっても,単なる白紙
委任ではなく,実質的にみて被告理事会が本件懲戒免職処分を決定したものと評価
できる。
(オ) 甲事件原告らに対する,同日の理事会における処分理由(第2の
1(2)ウ)と現実の告知理由(第2の1(2)エ)では,記載文言が必ずしも同一では
ないけれども,この相違は,表現ないし記載事実の精粗の差異にすぎず,処分理由
の実質的な変更を伴うものとは認められないから,本件懲戒免職処分を無効ならし
める事由となるものではない。
(カ) 以上によれば,本件懲戒免職処分についての理事会決定手続に甲事
件原告らの主張するような瑕疵があったとは認められない。
ウ 弁明の機会の欠如について
 被告恵泉会の役員会は,平成9年7月から8月までの間,7回にわたっ
て調査委員会を開催し,その中で,甲事件原告ら3名から,本件懲戒免職処分の理
由である本件嘆願書等の件や県北ジャーナルで報道されたiとの取引関係などにつ
いて,それぞれ,複数回にわたって事情を聴取をしたことは,前示のとおりであ
る。
 したがって,甲事件原告らは,十分に弁明の機会を与えられていたとい
うべきであるから,甲事件原告らの主張は採用できない。
エ 二重処罰の禁止について
 本件懲戒免職処分は,原告A2に対する第2の1(2)エの処分理由③を検
討するまでもなく有効であるから,同処分理由の違法をいう甲事件原告らの主張は
採用できない。
オ 以上によれば,甲事件原告らに対する本件懲戒免職処分に手続上の瑕疵
は認められない。
(3) よって,甲事件原告らに対する本件懲戒免職処分はいずれも有効というべ
きであるから,その余の点について判断するまでもなく,甲事件原告らの請求は理
由がない。
3 争点(3)(原告B6に対する名誉毀損の成否及び損害額)について
(1) 本件嘆願趣意書及び本件同意書が,原告A1,同A2,同A3及び被告A
4が主体となって作成,配布したものであることは,前示1に認定した一連の事実
により明らかである。
 証拠(甲13の1及び7)及び弁論の全趣旨によれば,両文書の記載内容
のうち原告B6の主張に係る部分が同人をひぼう中傷するものであって,これが,
署名活動及び理事・監事への配布の過程で,被告恵泉会内部の多数の職員と理事及
び監事の目にするところとなったことにより,原告B6の名誉を毀損したことが認
められる。
 なお,乙事件被告らは,両文書の記載が具体的な事実を摘示したものでな
い旨主張するが,これが具体的な事実の記載であることは,その内容から明らかで
あって,上記の主張は採用できない。
 そして,同部分の記載内容を真実であると認めることができないことは,
前示2(1)エのとおりである(なお,これを真実と誤信したことに相当な理由がある
ことの主張立証はない。)。
 したがって,同文書の作成目的や内容の公共性について検討するまでもな
く,原告B6に対する名誉毀損が成立する。
(2) 本件嘆願趣意書及び本件同意書が,甲事件原告ら及び被告A4による署名
活動及び理事・監事への配布行為により,多くの被告恵泉会の職員,理事及び監事
の目に触れることとなったこと,他方で,その記載内容は抽象的なものが多いこ
と,配布の対象が被告恵泉会の内部の人間に限られていること,被告恵泉会内部に
おいても,同文書の作成と署名活動を理由とする本件懲戒免職処分により,多少な
りとも原告B6の名誉が回復されたといえることなど諸般の事情を総合的に考慮す
れば,本件嘆願趣意書及び本件同意書により被った原告B6の精神的苦痛を慰謝す
るためには30万円が相当であると認める。
4 以上の次第であるから,甲事件原告らの請求をいずれも棄却することとし,
原告B6の請求は,甲事件原告ら及び被告A4に対し,連帯して金30万円及びこ
れに対する不法行為の後の日である平成10年7月9日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し,そ
の余を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,
65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主
文のとおり判決する。 
仙台地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官     信   濃   孝   一
 裁判官     岡   崎   克   彦
 裁判官     寺   田   利   彦
別表

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