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平成25年9月27日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成23年(ワ)第10370号商標権移転登録抹消登録請求事件
口頭弁論終結日平成25年8月2日
判決
東京都台東区<以下略>
原告株式会社アプロンアパレル
訴訟代理人弁護士大塚幸太郎
東京都台東区<以下略>
被告株式会社タップ
訴訟代理人弁護士根本伯
主文
1被告は,原告に対し,別紙商標権目録記載1ないし4の各商標権
について,別紙移転登録目録記載1ないし4の各移転登録の抹消登
録手続をせよ。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,原告代表者A(以下「A」という。)の兄であり,平成1
9年当時原告の代表者の地位にあった訴外B(以下「B」という。)が,別
紙商標権目録記載1ないし4の各商標権(以下,同目録記載の番号に従って
「本件商標権1」などといい,これらを併せて「本件各商標権」という。ま
た,上記各商標権に係る商標を,それぞれの番号に従って「本件商標1」な
どといい,これらを併せて「本件各商標」という。)について,原告の代表
者として,原告から被告に対し特定承継(譲渡)を原因とする別紙移転登録
目録記載1ないし4の各移転登録(いずれも平成19年5月24日受付け,
同年6月6日登録。以下「本件各移転登録」という。)をしたのは,会社法
362条4項1号に定める重要な財産の処分ないし同法356条1項2号又
は3号の利益相反取引に当たるところ,これは原告の取締役会の決議ないし
承認を経ずに行われた無効な譲渡であり,Bの個人会社である被告は明らか
にこれを認識していたから,原告は譲渡の無効を被告に対抗できると主張し
て,被告に対し,本件各商標権についての本件各移転登録の抹消登録手続を
求めた事案である。
1前提事実(証拠等を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者ら
ア原告は,昭和27年4月3日に設立された,被服布帛の製造・販売等を
業とする株式会社であり,被告は,旧商号を「ギャラリータップ」とし,
昭和60年3月2日に設立された美術品の販売及びリース,衣料用繊維
製品の加工及び販売等を業とする株式会社である。
被告においては,平成16年2月26日以来,Bの妻であるC(以下
「C」という。)が代表取締役に,Bが取締役にそれぞれ就任しており,
C及びBのほかの会社役員は,CとBの子であるD(取締役),E(監査
役)である。
イ原告は,昭和24年ころ,A及びBの母親である亡F(以下「亡F」
という。)が始めた縫製の内職に起源を有する。亡Fは,割烹着や白衣
等の製造,卸,販売業に事業を拡大し,昭和27年には事業を法人化す
ることとし,埼玉県加須市に本店を置く原告(旧商号:日産被服株式会
社)を設立した。その代表者には,亡Fの夫である亡G(以下「亡G」
という。)が就任したが,亡Gは病気がちであったため,実質的には亡
Fが原告を取り仕切っていた。
原告は,白衣等の製造,卸,販売を主たる事業とし,設立当初において
は,亡Fらの家族経営であり,亡F,亡Gのほかは,子供たちなどの親
族が中心で,近所の主婦にも手伝ってもらうという形態であったが,徐
々に外部の従業員を増やしていった。
亡G・亡F夫婦の長男であるBと二男であるAとは,亡G・亡Fのもと
で原告の従業員或いは役員として,原告の仕事に従事した。
Bは,昭和40年前後には,原告の資金管理を任され,既に原告の実質
的な経営者となっていたところ,昭和57年に亡Gが死亡したのを契機
に,原告の代表取締役社長となった。なお,この際,Aも取締役に就任
した。
その後,平成9年には,亡Fも死亡した。
ウ昭和30年代ころから,原告の業容拡大に伴って原告の関連会社が次
々と設立されるようになり,まず,昭和39年には,株式会社アプロン
ワールド(旧商号:日産被服販売株式会社。以下「アプロンワールド」
という。)が設立された。同社は,主として,原告製品の販売(東京都
内のホテル,病院などが主たる販売先)を行っている。次に,昭和48
年9月には,株式会社アプロン東京(以下「アプロン東京」という。)
が設立され,同社は,主として,原告製品の小売,卸,福祉関連商品の
販売を行っている。また,昭和51年10月には,株式会社サンアロー
(以下「サンアロー」という。)が設立された。同社は,アプロンワー
ルドにあった卸売部門を独立させたもので,主として,原告製品の全国
の代理店への卸販売を行っている。
原告は,アプロンワールド,アプロン東京,サンアロー(以下,この
3社を「アプロンワールド等」という。)を含めて「アプロングルー
プ」と称している。〔甲5,44の1〕
エ原告は,昭和59年ころから,防塵衣(塵芥が付着しにくい,精密機
械工場や半導体製造工場での作業用制服)の製造を手がけるようになり,
主として,Aがその責任者となった。昭和61年1月,原告の防塵衣の
製造販売部門を独立させて,株式会社ガードナー(以下「ガードナー」
という。)が設立された。
オCは,平成16年1月26日にサンアローの取締役に,同年2月25
日にアプロンワールド及びアプロン東京の監査役にそれぞれ就任してい
る。〔甲2,3,4〕
(2)本件各商標権の商標登録に至る経緯
原告は,平成9年3月12日までに,本件各商標権につき,商標登録を経
て,その権利者となったが,その経緯は以下のとおりである。
ア原告は,昭和40年ころからAの考案にかかる「up-RON」という
標章(読み方は「アプロン」)を,その製造する商品のネームに付するな
どして使用していた。この標章は英語の「APRON」(日本語でいうエ
プロン)の「AP」の部分を「up」に変え,間にハイフンを挟んだ造語
である。
イその後,原告は,昭和50年代前半ころから,この「up-RON」を
更に発展させた標章として,本件商標1と同一の標章を,原告が製造する
白衣等の商品のネーム,梱包物,カタログ等に付するなどして使用してい
た。上記標章もAが考案した造語であって,原告は,同標章につき昭和5
5年11月12日に商標登録の出願を行い,昭和59年11月27日に本
件商標1として商標登録がされた。〔甲7,8〕
ウ同様に,原告は,昭和55年ころから,本件商標2と同一の標章を,原
告が製造する白衣等の商品のネームや梱包物,カタログに付するなどして
使用している。上記標章についても,原告が,平成6年9月8日に商標登
録の出願を行い,平成9年3月12日に本件商標2として商標登録がされ
た。〔甲9,10〕
エ原告は,本件商標3と同一の標章を,平成5年ころから,原告が製造す
る医療従事者向けの予防衣等のネーム,梱包物,カタログ等に付するなど
して使用していた。上記標章についても原告が,平成5年6月11日に商
標登録の出願を行い,平成8年4月30日に本件商標3として登録がされ
た。〔甲11,12〕
オ原告は,本件商標4と同一の標章を,平成5年ころから,原告が製造す
る医療従事者向けの白衣,エプロン等の商品のネーム,梱包物,カタログ
等に付するなどして使用していた。上記標章についても原告が,平成5年
6月11日に商標登録の出願を行い,平成8年10月31日に本件商標4
として商標登録がされた。〔甲13,14〕
カ原告は,本件各商標の商標権者として,原告が製造する白衣等のネーム,
梱包物,カタログ,ポスター等に本件各商標を使用していた。
特に,本件商標1(アプロン/AP-RON),本件商標2(アプロン
白衣)の各商標については,原告が,昭和62年に自社の商号を変更する
に際して「アプロン」という言葉を商号の一部に取り入れるなど,アプロ
ングループにおいては,縫製品メーカーとして培ってきた信用と分かち難
いものとなっている。
(3)本件各商標権の移転登録
本件各商標権については,別紙移転登録目録記載1ないし4のとおり,
いずれも特定承継による本件の移転を原因として,平成19年5月24日
受付けで原告から被告に移転登録がされ,同年6月6日にその旨登録され
た。
原告から被告への本件各商標権の譲渡は,無償でなされ,これにつき原
告の取締役会決議ないし承認は経ていない。
(4)被告による他の商標登録
被告は,本件各商標権についての移転登録の受付けがされた日と同日の
平成19年5月24日に,以下の内容の商標権について,商標登録の出願
をし,その商標登録を得た(以下「被告商標」という。甲18)。
登録番号第5102943号
出願日平成19年5月24日
登録日平成20年1月11日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第10類衣料用手袋
第25類白衣,その他の被服,靴類
(5)本件訴訟の提起とその後の経緯
原告は,平成23年3月30日に本件訴えを提起した。
原告は,平成23年5月20日付けで,特許庁に対し,被告商標は,本
件商標1と類似の商標であり,本件商標権1についてされた別紙移転登録
目録記載1の移転登録は無効であることを前提として,商標法4条1項1
1号違反を理由とする無効審判請求をしたが,同審判手続は,同年11月
18日,本件訴訟の判決の確定を待つことを理由として,中止された。
〔甲37,39〕
2争点
(1)会社法362条4項1号の適用の可否
ア本件各商標権の譲渡は会社法362条4項1号に定める重要な財産の処
分に当たるか
イ会社法362条4項1号に定める取締役会決議を経ていないことについ
て被告は認識していたか
(2)会社法356条1項2号又は3号の適用の可否
ア本件各商標権の譲渡は会社法356条1項2号又は3号に定める利益相
反取引に当たり,会社法365条1項に定める取締役会の承認を必要とす
るか
イアについての被告の悪意
(3)原告の権利行使が権利の濫用に当たるか
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)ア(本件各商標権の譲渡は会社法362条4項1号に定める重要な
財産の処分に当たるか)について
〔原告の主張〕
(1)平成19年3月ころ,原告の取締役を選任するに際し,Aは,妻である
H(以下「H」という。)と長男のI(以下「I」という。),二男のJ
(以下「J」という。)に,原告の取締役就任を依頼し,同人らの承諾を
得たので,同年4月6日,原告の株主総会において,同人らの取締役選任
を諮り,その結果,同人らは取締役に選任された。なお,Hは,長年ガー
ドナーの取締役総務部長として同社の経営に関与し,I,Jも,同様にガ
ードナーにおいてAを支えている。
AがHらを原告の取締役に選任すべきであると考えた理由は,Bは,原
告とアプロンワールド等との取引に被告などの個人会社を介在させて利鞘
を落とすなどという行為をしたこともあり,長引く不況の中で,これ以上,
Bに専断的な経営を続けさせると,原告に取り返しのつかない損害が生じ
てしまうことを危惧したためである。
Bは,Hらの取締役就任に反対したが,原告の臨時株主総会では,A,
H,I,Jのほか,A,B兄弟の姉と妹であるK,L,M,Nの賛成を得
て,Hらが原告の取締役に就任した。
Hらが取締役に選任された後も,AやHらは,あくまでも社外取締役的
な立場で経営に携り,Bを社長から退任させることまでは考えておらず,
原告の経営を適正化することを主眼とした。これは,長年,Bが社長とし
て原告の業務執行を行っていたことから,徹底的な経営陣の交代にはリス
クが大きいこと,また,実際上,原告製品の販路はアプロンワールド等に
限られていたため,Bと決定的に対立してしまうと,かえって原告の業績
に悪影響を及ぼしかねなかったからである。
(2)ところが,Bは,Hらが取締役に就任した後,すぐに,独断で,本件各
商標権を,被告が保有するその他の商標である「AP-RONMAX」に
かかる商標権と共に,原告から被告に譲渡しようと考えて,原告の取締役
会に諮ることなく,原告から被告に譲渡されたものとして,平成19年5
月24日付けで,本件各商標権の被告への移転登録の申請を行い,同年6
月6日,本件各商標権の被告への移転登録がされた。しかも,本件各商標
権の被告への譲渡は全くの無償でされている。
Bは,本件各商標権を被告に移転登録した後も,本件各商標権の被告へ
の本件各移転登録の事実をAやHらの取締役に秘匿していた。そのため,
相当長期間,Aらは,本件各商標権が被告に移転登録されたことを知らな
かった。
(3)原告は,縫製品メーカーとして長年の努力によって技術を培い,信用を
獲得してきたものであって,本件各商標には,原告がそのようにして培っ
た技術・信用に裏打ちされたブランド力が表象されているものである。し
たがって,本件各商標権は,原告にとって極めて重要な財産であるから,
会社法362条4項1号に定める重要な財産であることは明らかであり,
その譲渡には取締役会の決議が必要である。しかしながら,原告から被告
への本件各商標権の譲渡については取締役会の決議がなされていないから,
当該譲渡は無効である。
〔被告の主張〕
(1)原告の主張(1)のうち,第1,第3段落は認め,その余は不知。同(2)の
うち,本件各移転登録の事実,譲渡が無償で行われたことは認め,その余
は否認ないし争う。同(3)は否認する。
(2)原告は,アプロングループからの発注を受けて製品を製造していたにす
ぎず,製品の販売には関わっていないから,原告の業務は,本件各商標権
がグループ内の他の会社に帰属しても,それとは無関係に遂行できるもの
である。したがって,本件各商標権は原告の業務にとって重要な財産とは
いえない。本件各商標はアプロングループ各社が長年の間共用していたも
のであって,実質的にはアプロングループ各社の共有財産としての性質を
有していた。そのため商標の使用について,グループ会社から原告に使用
料などが支払われたことはなかった。
また,そのことから,本件各商標権が原告に資産として計上されること
もなかった。こうした事情からしても,本件各商標権は原告にとって重要
な財産とはいえない。
平成19年4月に原告の役員が改選された後も,原告の経営は従前通り
Bが行うものとし,原告の経営と支配とは分離したままにすることがAの
側からも想定されていた。役員改選の数か月後にAから株式の整理の提案
がなされたときも,原告の業務自体はBがグループの他の会社に承継させ
て継続することが提案内容とされていたのである。Bが業務を継続する以
上,商標権がBの側に帰属することは当然の前提であった。
本件各商標権移転登録の前後の上記のような状況からしても,本件各商
標権がその移転登録にあたり取締役会の決議を経るべき重要な財産であっ
たとはいえない。
(3)Bはアプロングループ全体の実質的な経営者として,アプロングループ
の一社としての原告のグループ内での位置づけを見直し,原告に帰属して
いた本件各商標権を被告に移転登録したものである。これはグループ会社
の経営として適切なものであり,グループ内の一社である原告の利益を損
なうものでもない。
平成22年1月にBが役員から解任されたことに伴い,原告はアプロン
グループから脱退することとなっている。アプロングループの製品を製造
しないこととなれば本件各商標権が原告に帰属する意味はない。すなわち,
本件各商標権は現在の原告にとっても重要な意味をもたない。
2争点(1)イ(会社法362条4項1号に定める取締役会決議を経ていないこ
とについて被告は認識していたか)について
〔原告の主張〕
被告は,Bが取締役,Bの妻であるCが代表取締役を努める会社であり,
Bが完全に支配するBの個人会社であるから,被告が本件各商標権の譲渡に
ついて取締役会の決議を得ていないことを知悉していることは明らかである。
したがって,原告は,本件各商標権の譲渡の無効を被告に対抗し得る。
〔被告の主張〕
否認ないし争う。
3争点(2)(会社法356条1項2号又は3号の適用の可否)について
〔原告の主張〕
本件各商標権の譲渡は,会社法356条1項2号又は3号に定める利益相
反取引に当たるから,Bが原告の代表者として本件各商標権の譲渡を行うた
めには,同法365条1項に定める取締役会の承認が必要である。すなわち,
被告の代表取締役はBの妻であるCであるが,Cは,いわゆる専業主婦であ
って,実質的に被告の業務執行を行っておらず,被告の意思を決定している
者はBただ一人である。また,被告は,実需のある事業は行っておらず,ア
プロンワールド等の本社ビルを所有してそれをアプロンワールド等に賃貸し
ているというだけの,Bの資産管理会社にすぎない。このように,被告は,
いわばBのトンネル会社であって,会社持分についても,実質的にはBが被
告を100パーセント支配しているのであって,Bは被告の事実上の支配者
である。
したがって,原告から被告への本件各商標権の譲渡は,会社法356条1
項2号又は3号に定める利益相反取引であることは明らかであって,原告の
取締役会の承認を得ることを要し,これがなされていない本件各商標権の譲
渡は無効である。
〔被告の主張〕
否認し,争う。
被告はBが実質的に100パーセント支配している会社ではない。したが
って,本件各商標権の譲渡は利益相反取引には当たらない。
4争点(3)(原告の権利行使が権利の濫用に当たるか)について
〔被告の主張〕
(1)被告は,本件各商標権の譲渡が,重要な財産の譲渡ないし利益相反取引
に当たること,原告が譲渡の無効を被告に対抗できることを争うものであ
るが,予備的に,被告は,原告による権利行使が,権利の濫用に当たる旨
を主張する。
(2)本件各商標権については,次のような事情がある。
本件各商標権は,昭和55年の商標登録出願から平成19年の被告への
移転登録まで27年間もの間,原告が,アプロングループ各社に対し使用
を無償で許諾していたものである。また,原告は,アプロングループ各社
が本件各商標に類似の商標を作成して使用することも許諾していた。
アプロングループでは平成15年ころから被告商標である花柄マーク付
きの商標を使用しており,ほとんどの商品にこの商標が付されることとな
っている。本件各商標は,アプロングループのごく一部の商品にネームと
して使用されているにすぎない。原告は,上記のようなアプロングループ
との取引によって利益を挙げており,本件各商標権が被告に移転登録され
たことにより業績に影響が出たことはなかった。
原告は,アプロングループが現在使用している被告商標に対し,本件各
商標権の移転登録が抹消されることを前提として,登録無効審判の申立て
をしている。
原告代表者は,本件各商標権の移転登録が抹消されたときは,自ら本件
各商標を使用して商品を製造するつもりであるとしており,被告商標に対
する登録無効審判の申立てにも照らせば,原告は本件各商標の移転登録が
抹消されたときは,アプロングループ各社に対し,被告商標の使用の差止
めを請求する意図であることが明らかである。
(3)上記(2)の事情からすれば,アプロングループ各社に対し商標使用を差し
止める意図をもって本件各商標権の移転登録の抹消を請求することは,権
利の濫用である。
〔原告の反論〕
(1)被告の上記主張は,時機に後れた攻撃防御方法に当たり,却下を求める。
(2)権利濫用との主張については否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
1証拠(甲1~54,乙1~7,証人O,証人B,原告代表者〔A〕,被告代
表者〔C〕)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,同認定を覆
すに足りる的確な証拠はない。
(1)原告は,昭和50年代半ばころから,本件商標1及び2を,原告が製造す
る白衣等の商品のネーム,カタログ等に付して使用するとともに,本件商
標3及び4についても,平成5年ころから医療従事者向け予防衣ないし白
衣,エプロン等の商品のネーム,カタログ等に付して使用し,本件各商標
権について,昭和59年ないし平成9年にかけて設定登録を経た。
本件各移転登録がされた平成19年当時においても,原告は,本件各商標
権につき,本件商標1のうちの「AP-RON」の英文字について,製品
のタグとして使用し,また,本件商標2のうち,「アプロン」部分にかか
る字体を用いて,白衣等の商品の包装に付して,販売していた。
平成19年ころにおいて,原告を含めたアプロングループは,サービスユ
ニフォームの分野で,業界第2位のシェアを占めており,その主力ブラン
ドは「アプロン」であるとされ,原告はアプロングループの中心であると
されている。なお,被告商標のうちの「AP-RON」の文字部分につい
ても,本件各移転登録時において,原告は白衣等の商品のタグ,包装に付
して使用していた。〔甲35,36,54〕
(2)平成19年3月において,原告の代表取締役はBであったところ,原告
の取締役であるOが退任することとなり,その後任として,Aは,Aの配
偶者,子息であるH,I,Jを選任することを求め,Bは,Bの子である
P(以下「P」という。)を選任することを求めたが,同年4月6日の原
告の株主総会において,H,I,Jが取締役に選任され,Pは選任されな
かった。また,B及びAは,同日に原告の代表取締役に就任し,同年5月
18日にその旨登記された。
Bは,平成19年4月17日,Aに対し,同日付け「株式会社アプロン
アパレル株主総会における質問書」を送り,同月6日に開催された原告の
臨時株主総会においてAの配偶者や子息が原告の取締役に選任されたこと
について,これらの者が取締役の職務を実際に遂行することになるのか,
どのような形で取締役の職務を遂行するのか,報酬はどうなるのか等につ
いての質問をした。
同年5月18日,AとBは,それぞれの代理人弁護士を交えて話し合い,
Bの側では上記取締役の選任に反対であり,Bに経営を委ねてほしい旨の
申入れをしたが,協議は物別れに終わった。そして,同日,H,I,Jに
ついて,原告の取締役就任の登記がされた。
その直後である平成19年5月21日,BとCは,A,H,I,Jに一
切相談することなく,本件各商標権の被告への移転を決め,その結果,本
件各商標権についての本件各移転登録は,同月24日に受け付けられ,同
年6月6日に登録された。〔甲33,証人B21頁,被告代表者9頁〕
(3)平成20年7月8日,Bと,A及び原告訴訟代理人大塚弁護士らは交渉
を行い,Bは,アプロンアパレルの商標がほしい旨の発言をし,同年9月
2日のAらとの交渉においても同旨の発言をした。〔甲28,30〕
この間,被告は,本件各商標権についての本件各移転登録と同時に原告
から特定承継による本権の移転を受けた商標権(商標登録第417420
3号,出願平成9年2月25日,登録平成10年8月7日,商標「AP-
RONMAX\アプロンマックス」〔標準文字〕)について,商標権登録
の更新手続きを行わず,平成20年8月7日,存続期間の満了をもって失
効させた。〔甲15,16〕
(4)平成22年1月26日に開催された原告の取締役会において,原告の取締
役であるAから,本件各商標権についての被告への譲渡につき,Bに対し,
譲渡の理由や対価の有無等についての質問がなされた後,Bは,原告の代
表取締役から解職され,同じ取締役会において,B及びCを原告の取締役
から解任する提案をするための臨時株主総会の招集が決議され,同年4月
25日に臨時株主総会が開催されてB及びCは原告の取締役を解任された。
なお,上記平成22年1月26日の原告取締役会において,Bは,「アプ
ロンという商標は,アプロングループが作って世間に広めたものであって,
製造会社である原告が権利を持っているとか,何らかの請求権を持ってい
るものとは思えない」と述べ,また,対価を支払ったかとの質問に対して
は「支払った覚えはない」と述べ,さらに,被告の社長,株主構成等に対
する質問に対しては,「社長はCであるが,株主構成は答える必要がない,
タップの内容を明らかにする必要はない」などと回答している。〔甲19,
20〕
(5)Bは,本件各商標権について,アプロングループにおいてはアプロンと
いうブランドで全国展開する上で不可欠な権利であるとの認識を示し,ま
た,Bの長男が仮に原告の取締役に就任する等のことがあれば,本件各商
標権の移転はなかったのではないかと述べている。〔証人B,33~34,
36頁〕
(6)Cは,平成19年4月の原告の株主総会で,Bが推すBとCの子である
Pが取締役に選任されなかったことについてのAの対応に大変なショック
を受けたと述べ,また,本件各商標権の譲渡が原告らとの関係に及ぼす影
響等について,そうした実務的なことはみなBに任せていた旨供述してい
る。Cは,本件各商標権の譲渡について,Aの側に伝わっていたかどうか
等についてもよく憶えておらず,Aの側に隠していたこともないと思うな
どとしている。Cは,本件各商標権の価値については,アプロングループ
全体で育て上げたものであるとしている。〔被告代表者,18,24,2
8~29頁〕
(7)被告の株主は,平成18年ないし平成19年当時において,B,Cのほ
かは,いずれもB,Cの子であるE,D,P,Q,Rである。〔甲45,
乙1,2〕
(8)アプロングループについて言及した文書に,被告がアプロングループで
ある旨の記載をするものはない。〔甲5,44の1,2,甲54〕
2争点(1)ア(本件各商標権の譲渡は会社法362条4項1号に定める重要な
財産の処分に当たるか)について
会社法362条4項1号は,重要な財産の処分につき,取締役会決議を要
するとしているところ,ここにいう重要な財産に当たるか否かについては,
当該財産の価値,その会社の総資産に占める割合,当該財産の保有目的,処
分行為の態様及び会社における従来の取扱等の事情を総合的に考慮して判断
すべきである(最高裁平成5年(オ)第595号,同6年1月20日第一小法廷
判決,民集48巻1号1頁参照)。
これを本件についてみると,前記1認定のとおり,本件各商標権は,原告
において昭和50年代半ばころから原告の主力商品である白衣等の商品やカ
タログ等に付されて使用されてきたものであり,特に本件商標1及び2のう
ち,「AP-RON」ないし「アプロン」の部分は,本件各移転登録時にお
いても,実際に原告の商品に付され,使用されていたものであること,平成
19年ころにおいて,原告を含めたアプロングループは,サービスユニフォ
ームの分野で,業界第2位のシェアを占めており,その主力ブランドは「ア
プロン」であるとされていたこと,原告においては,白衣等の売上げが事業
の中心を占めており,それが原告における財産価値や会社の総資産に占める
割合は大きいこと,また,本件各商標権を保有することは,主力ブランドで
ある「アプロン」商標の持つ自他識別力・品質保証機能等のため,特に重要
であること,BとAは,平成19年3月ころから,取締役選任を巡って対立
し,被告が,本件各移転登録の申請と同時に,「AP-RON」の字体を含
む被告商標の登録を申請するに及んだ状況においては,本件各商標権は,原
告がそれまで通りの製品販売を行う上で,重要な位置を占めるに至っていた
こと,加えて,本件各商標権の処分行為の態様についても,被告は単なる資
産管理会社であって,しかも対外的にアプロングループ傘下の会社とみなさ
れていないことから,本件各商標権を保有する具体的必要は何ら認め難いに
もかかわらず,原告から被告への本件各商標権の移転は何らの条件も付すこ
となくしかも無償で行われたこと,以上の事実を総合すると,サービスユニ
フォームの分野でアプロンの商品名で事業を営む原告において,本件各商標
権は極めて重要な財産であると認めるのが相当であり,会社法362条4項
1号にいう「重要な財産」に当たるものというべきである。
この点について被告は,アプロングループにおいて本件各商標権を保持す
る限り,何ら原告の業務遂行に影響を与えるものでもなく,重要な財産の処
分には当たらない旨主張する。
しかし,上記のとおり,本件各商標権を保持する必要性や,被告が被告商
標の登録申請を行っていること,BとAとの対立の状況を踏まえれば,原告
にとって,原告自らが本件各商標権を保有することが重要であって,仮に被
告の主張するとおり被告がアプロングループに属するものとしても,アプロ
ングループにおいて本件各商標権を保持しているだけではもはや意味がない
ことは明らかというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
3争点(1)イ(会社法362条4項1号に定める取締役会決議を経ていない
ことについて被告は認識していたか)について
次に,本件各商標権の譲渡につき,原告において取締役会決議を経ていな
いことについての被告の認識につき検討する。
前記認定事実によれば,被告は,Bの妻であるCが代表者であり,被告の
役員,株主もみなB,Cとその子らで構成されていること,Cは,アプロン
グループの取締役,監査役にも就任していたこともあること,Cは,被告の
実務をBに任せていたのであって,被告の実質的な経営者はBであると認め
られること,本件各移転登録がなされる数か月前である平成19年3月ころ
から,原告の取締役就任について,BとCの子であるPと,Aの妻子の就任
の問題を巡っては,結局Aの妻子が取締役となり,Pの取締役就任が叶わな
かったことについて,Aの対応にはCもショックを受けたこと,その直後で
ある平成19年5月21日に,BとCはA側に一切相談することなく本件各
商標権の被告への移転を決めたこと,本件各商標権は,アプロングループ全
体で築いてきた価値のあるものであることについてCも認識していたにもか
かわらず,本件各商標権の移転は,対価を全く伴わない無償での譲渡という
著しく不自然な形態のものであったこと,しかも,被告の側で,原告に対し,
これら商標権の移転を受けた後にはこれを原告ないしアプロングループのた
め使う実効性ある計画を示すなど,原告取締役会の了承を得るべく事前の説
明をした事実等が全く認められないこと,このような状況のもとにおいて,
原告の取締役会の構成からすれば,原告取締役会の決議が得られる見込みの
あるものでないことはCにおいても当然予測可能であったといえること,以
上の事実を総合すると,本件各商標権の譲渡について,原告において必要な
取締役会決議を経ていないことについて,被告は悪意であったものと認める
ことができる。
そうすると,原告は,本件各商標権の譲渡につき取締役会決議を経ていな
いことを認識していた被告に対し,本件各商標権の譲渡の無効を主張するこ
とができるというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1378号,同40年
9月22日第三小法廷判決,民集19巻6号1656頁参照)。
4争点(2)(会社法356条1項2号又は3号の適用の可否)について
次に,本件各商標権の被告への譲渡につき,原告の代表取締役であるBに
おいて,利益相反取引に当たるかについて判断する。
取締役と会社との間に成立すべき利益相反取引については,会社は,同取
締役に対して,取締役会の承認を受けなかったことを理由として,その無効
を主張し得るが,取締役が会社を代表して自己のためにした会社以外の第三
者との取引については,その第三者が取締役会の承認を受けていなかったこ
とについて悪意であるときに限り,その無効を主張し得るというべきである
(最高裁昭和42年(オ)第1327号,同43年12月25日大法廷判決,民
集22巻13号3511頁参照)。
これを本件においてみると,前記認定事実によれば,被告の代表者はBで
はなく,その妻であるCではあるものの,Bはその取締役で株主でもあるこ
と,Cは被告の実務はBに任せていたとしていること,被告の役員,株主も
みなBとCの子であること等からすると,被告は,実質的にはBが支配する
会社であるといえ,原告の代表取締役であったBが,原告の代表者として,
自らが実質的に支配する被告に対し本件各商標権を無償で譲渡する行為は,
利益相反取引に該当するものと認めるのが相当である。
そして,被告が本件各商標権の譲渡につき,取締役会の承認を得ていない
ことにつき,被告が悪意であったことは,前記3で説示した理由と同様に,
これを認めることができる。
5争点(3)(原告の権利行使が権利の濫用に当たるか)について
被告は,原告の本訴請求は権利の濫用である旨主張し,これにつき,原告
は時機に後れた攻撃防御方法であり却下を求め,権利濫用であることは争う
と主張している。
そこで検討するに,まず,被告による権利濫用の予備的主張が提出された
のが,本件口頭弁論終結期日当日に法廷で提出された準備書面に記載された
ものであることなどからすると,原告が時機に後れた攻撃防御方法であると
主張することは十分に理由があるとは認められる。
その点はひとまず措くとして,被告が主張するところの,原告が本件各商
標権についての本件各移転登録が抹消された場合に,被告商標の使用の差止
めを求める意図であるとすることが権利の濫用に当たるとする趣旨について
は,十分に了解可能とは言い難いばかりか,上記認定事実に照らせば,本件
各商標権は原告にとって重要な財産であり,本件各商標権の被告への無償譲
渡がされた事実は,原告の経営に重大な影響を与える行為であって,原告の
取締役会の決議ないし承認を経ていないことにつき悪意である被告に対し,
本件各移転登録の抹消登録手続をすることを求めることは正当な権利行使で
あって,十分に理由があるものといえる。前記認定のとおり,Bは,本件各
商標権につき本件各移転登録がなされたことを原告の取締役であるAらに長
く秘し,これが発覚した後も,その経緯について合理的な説明をしなかった
ばかりか,本件各商標権と同時に移転登録を受けた関連商標(登録第417
4203号)を被告において失効させていることなどに照らしても,原告の
請求が権利の濫用に当たるものとは到底認められないというべきである。
6以上によれば,本件各商標権についてなされた本件各移転登録は無効であり,
原告はこれを被告に対抗できるから,原告は,被告に対し,本件各商標権に
つき,本件各移転登録の抹消登録手続を求めることができるというべきであ
る。
7結論
よって,原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし,主
文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
東海林保
裁判官
今井弘晃
裁判官
実本滋
(別紙)
商標権目録
1登録商標登録番号第1730052号
出願日昭和55年11月12日
登録日昭和59年11月27日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第5類失禁用おしめ
第9類事故防護用手袋,防じんマスク,防毒マスク,溶接マス
ク,防火被服
第10類医療用手袋
第16類紙製幼児用おしめ
第17類絶縁手袋
第20類クッション,座布団,まくら,マットレス
第21類家事用手袋
第22類衣服綿,ハンモック,布団袋,布団綿
第24類布製身の回り品,かや,敷布,布団,布団カバー,布
団側,まくらカバー,毛布
第25類白衣,その他の被服
2登録商標登録番号第3267787号
出願日平成6年9月8日
登録日平成9年3月12日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第25類白衣
3登録商標登録番号第3143104号
出願日平成5年6月11日
登録日平成8年4月30日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第25類洋服,コート,セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,
下着,水泳着,水泳帽,エプロン,えり巻き,靴下,
ゲートル,毛皮製ストール,ショール,スカーフ,足
袋,足袋カバー,手袋,布製幼児用おしめ,ネクタイ,
ネッカチーフ,マフラー,耳覆い
4登録商標登録番号第3208918号
出願日平成5年6月11日
登録日平成8年10月31日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第25類白衣,作業服,エプロン
(別紙)
移転登録目録
1登録商標登録番号第1730052号(別紙商標権目録記載1)
移転登録順位番号甲区3番
登録原因特定承継による本権の移転
受付年月日平成19年5月24日
受付番号010624
登録権利者東京都台東区<以下略>
株式会社タップ
登録年月日平成19年6月6日
2登録商標登録番号第3267787号(別紙商標権目録記載2)
移転登録順位番号甲区2番
登録原因特定承継による本権の移転
受付年月日平成19年5月24日
受付番号010624
登録権利者東京都台東区<以下略>
株式会社タップ
登録年月日平成19年6月6日
3登録商標登録番号第3143104号(別紙商標権目録記載3)
移転登録順位番号甲区2番
登録原因特定承継による本権の移転
受付年月日平成19年5月24日
受付番号010625
登録権利者東京都台東区<以下略>
株式会社タップ
登録年月日平成19年6月6日
4登録商標登録番号第3208918号(別紙商標権目録記載4)
移転登録順位番号甲区2番
登録原因特定承継による本権の移転
受付年月日平成19年5月24日
受付番号010625
登録権利者東京都台東区<以下略>
株式会社タップ
登録年月日平成19年6月6日

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