弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人らに対し,別紙控訴人別損害額表記載の各控訴人の損害額欄記
載の各金員及び同各金員に対する平成14年12月10日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要
1人事院は,平成14年8月8日,国家公務員の俸給月額を平均2.0パーセント引
き下げ,同年12月に支給される期末手当の額について,同年4月1日から改定日前
日までの給与の減額改定相当分を減じた額とする旨の勧告(以下「本件人事院勧告」
という)をした。政府は,本件人事院勧告どおりの給与改定を行う旨の閣議決定を。
行い,一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」という)等を改正するた。
めの一般職の給与に関する法律等の一部を改正する法律案(以下「給与法改正法案」
という)を国会に提出し,衆参両議院の審議を経て,同法律(平成14年11月2。
2日法律第106号,以下「改正給与法」という)が成立した。改正給与法附則5。
項は,平成14年12月に支給される期末手当の額について,改正給与法により算定
された額から,同年4月1日から同年11月末日までの俸給等の額から改正給与法に
よる俸給等の額を控除した額を減ずるものとするものである(以下,同項による措置
を「本件特例措置」という。。)
2本件は,非現業の国家公務員である控訴人らが,本件特例措置が違法無効であると
して,本件特例措置によって減額された期末手当相当額を損害として,国家賠償法1
条1項に基づき,被控訴人に対して,賠償を求めた事案である。
,,。3原判決は控訴人らの請求を棄却したので控訴人らはこれを不服として控訴した
4前提となる事実は,原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の「1
争いのない事実等」に記載のとおりであるからこれを引用する。ただし,次のとおり
付加訂正する。
(1)原判決3頁5行目の「地方事務局との間で」を「地方事務局も含め,職員団体
との間で」に改める。
(2)同4頁11行目の「総務省は」の次に「,同日」を加える。
(3)同5頁23行目の「甲6の1」を「甲6の11」に改める。
(4)同10頁10行目の「2.3パーセント」を「2.03パーセント」に,同頁
15行目の「0.2月分」を「0.25月分」に改める。
(5)同14頁17行目の次に改行して,次のとおり加える。
「5)人事院勧告と公務員給与改定の推移(
昭和35年以降の人事院勧告における改定率及び改定時期並びに給与改
定の実施内容は,別紙給与改定の推移記載のとおりである。本件人事院勧
告が,初めて月例給を引き下げる内容となったものである。また,給与改
定の実施時期は,昭和47年以降,毎年4月と勧告され,これにほぼ沿っ
た給与法の改正が行われた」。
5本件の争点
(1)本件特例措置が,不利益不遡及の原則の法理に反し,あるいはこれを脱法する
ものであって控訴人ら主張の各国家機関の行為が国家賠償法上違法といえるか争,(
点1。)
(2)本件特例措置が,憲法28条によって保障される控訴人らの団体交渉権を侵害
するものであって,控訴人ら主張の各国家機関の行為が国家賠償法上違法といえる
か(争点2。)
(3)本件特例措置が,結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和40年条約
第7号。以下「ILO87号条約」という)並びに団結権及び団体交渉権につい。
(。「」ての原則の適用に関する条約昭和29年条約第20号以下ILO98号条約
という)によって保障される控訴人らの団体交渉権を侵害するものであって,控。
訴人ら主張の各国家機関の行為が国家賠償法上違法といえるか(争点3。)
(4)本件特例措置と立法裁量に係る国家賠償法上の違法性の判断基準(争点4。)
6控訴人らの主張の要旨
(1)主張の骨子
控訴人らが,国家賠償法1条1項の規定により,賠償の責に任ずべきであると
する公務員の職務行為は,次のとおりであり,その違法事由は,本件特例措置につ
き,①不利益不遡及原則の脱法行為である点,②憲法28条が保障する控訴人らの
団体交渉権を侵害する点,③ILO87号条約及び同98号条約が保障する控訴人
らの団体交渉権を侵害する点の3点である。
ア人事院総裁が,国会及び内閣に対し,本件特例措置を講ずる内容を含む本件人
事院勧告を行ったこと。
イ内閣の代表者である内閣総理大臣が,閣議を主宰して,本件特例措置を含む給
与法改正法案を決定し,同法案を国会に提出し,また,改正給与法により本件特
例措置を執行して期末手当の減額措置を行ったこと。
ウ中央人事行政機関としての内閣総理大臣,総務大臣及び総務省人事・恩給局長
が,本件特例措置を行うための給与法改正法案を作成したこと。
エ国会議員が,本件特例措置を含む給与法改正法案を可決したこと。
(2)本件特例措置が不利益不遡及の原則を脱法するとの主張
本件特例措置は,平成14年12月に支給される期末手当について,改正前の
給与法による俸給等の額から改正給与法による俸給等の額を控除した額を減額する
方法で調整しているものであるから,不利益不遡及の原則を脱法するものであり,
違法・無効である。その理由は,以下のとおりである。
ア不利益不遡及の原則は,事後に締結された労働協約又は事後に定められた就業
規則を遡及的に適用することにより,既に発生した具体的権利としての賃金請求
権等を処分し,又は変更することが許されないというものであり,判例(最一小
判平成元年9月7日裁判集民事157巻433頁,最三小判平成8年3月26日
民集50巻4号1008頁等)により確立した法理である。その法的根拠は,事
後的な労働協約又は就業規則による不利益変更が,賃金により生存している労働
者の生活を侵害するもので,権利の濫用として違法・無効というところにある。
イ不利益不遡及の原則は,権利濫用の法理が,公法,私法に通ずる一般法理であ
ることから,国家公務員の給与にも適用される。この場合において,国家公務員
労働者の給与等は,民間労働者と異なり,法律及び人事院規則により定められて
,,。いるからこれらの法律及び人事院規則が民間企業における就業規則に当たる
また,行政法の分野においても,事後に制定された法令を遡及的に適用して国
民に不利益を及ぼすことは,法治主義の原理に反し許されないという行政法令不
遡及の原則の法理があるから,事後法によって国家公務員の給与を減額すること
は許されない。
ウなお,国家公務員法(以下「国公法」という)28条に規定する情勢適応の。
原則は,国家公務員の労働基本権の制約の代償措置として,その原則にのっとり
国家公務員の勤務条件の向上を図るべきものであり,実質的に不利益不遡及の原
則に違反し,既に適法に支払われた給与の一部を期末手当において調整すること
までを容認するものではない。
(3)本件特例措置が憲法28条の保障する控訴人らの団体交渉権を侵害するとの主

人事院が本件特例措置を勧告することは,本件特例措置が,前記のとおり脱法
行為であることから,人事院勧告の趣旨・目的に照らし,許容される限度を逸脱
して著しく合理性を欠き,人事院の責務に反し,公務員の労働基本権の代償措置
としての人事院の本来の機能を発揮しない場合に該当するから,公務員の労働基
本権が容認されるべきであるのに,控訴人ら一般職国家公務員の同意を得ること
(少なくとも控訴人らが所属する労働組合が構成員となっている国公労連と団体
交渉をしてその同意を得る努力をすること)をしないで,又はその留保なしで,
本件特例措置に係る各行為をすることは,憲法28条により控訴人らに保障され
た団体交渉権を侵害するもので,違憲・違法である。その理由は,以下のとおり
である。
ア憲法28条は,公務員を含む全ての勤労者に対し,団結権,団体交渉権及び争
議権の労働基本権を保障している。しかし,公務員労働者の労働基本権は,公務
員の地位の特殊性と職務の公共性を理由に制約され,争議行為の全面一律禁止や
労働協約締結権を認めない団体交渉権の制約も,その代償措置として設置された
人事院がその本来の機能を発揮している限り,合憲とされる(最大判昭和48年
4月25日判決刑集27巻4号547頁。)
,,イ労働基本権制約の代償措置として設置された人事院において公務員労働者が
争議行為を背景に団体交渉によりその経済的及び社会的地位の向上のために労働
基本権を行使する場合と同等の機能を発揮しない場合には,公務員の労働基本権
は制約され得ないことになる。この場合においては,国家公務員と誠実に団体交
渉が行われなければならない。
ウしたがって,本件特例措置については,国家公務員の同意を得ること(少なく
とも国家公務員の所属する労働組合と団体交渉をしてその同意を得る努力をする
こと)が必要であるから,その措置が執られないでされた本件特例措置に係る各
国家機関の行為は,違憲・違法である。
(4)本件特例措置がILO87号条約及び同98号条約の保障する控訴人らの団体
交渉権を侵害するとの主張
本件特例措置により,前記のとおり,不利益不遡求の原則を免れる措置を施す
ことは,ILO87号条約及び同98号条約により控訴人らに保障された団体交
渉権を侵害するもので,違法である。その理由は,以下のとおりである。
アILO87号条約は,軍隊及び警察を除く全ての労働者に団結権を保障し,軍
隊,警察及び国家の名において権限を行使する公務員を除く全ての労働者に団体
交渉権を保障し,軍隊,警察,国家の名において権限を行使する公務員「不可,
欠業務」に従事する労働者及び窮迫した国家的危機下で雇用された労働者を除く
全ての労働者にストライキ権を保障している。また,ILO98号条約は,軍隊
及び警察を除く全ての労働者に団結権を保障し,軍隊,警察及び国家の名におい
て権限を行使する公務員を除く全ての労働者に団体交渉権を保障している。
ILO87号条約3条1項の「計画を策定する権利」には,団体交渉権,スト
ライキ権を含むと解するのが,ILO諸機関(条約勧告適用専門家委員会,結社
の自由委員会)の一致した解釈であり,また,ILO98号条約6条が適用除外
とした「公務員」とは「国家の名において権限を行使する公務員」に限られ,,
一般の公務員は含まれない。
イILO理事会は,平成14年11月,平成15年6月の2度にわたり,日本政
府に対し,国家の名において権限を行使しない労働者に対し,団体交渉権とスト
ライキ権を付与することを勧告している。
また,ILO理事会は,労働基本権が制約される場合には,その制約を受けた
労働者のために,労働者があらゆる段階で参加することができ,いったん下され
た裁定が全面的に速やかに実施される適切,公平,かつ迅速な調停・仲裁制度に
よる代償措置が付与されなければならないとしている。
ウわが国の国家公務員労働者は,ストライキ権が保障されていないばかりか,団
体交渉権も協約締結権もはく奪されており,しかも,人事院制度は,ILOが求
める代償措置に適合しないものである。
その上,人事院が本件特例措置を含む勧告をすることは,前記のとおり,代償
機関としての責務に反する。
エしたがって,本件特例措置については,国家公務員の同意を得ること(少なく
とも国家公務員の所属する労働組合と団体交渉をしてその同意を得る努力をする
こと)が必要であるから,その措置が執られないでされた本件特例措置に係る各
国家機関の行為は,違法である。
(5)立法裁量に係る国家賠償法上の違法性についての主張
ア国家公務員の給与を含む勤務条件は「重要な行政制度に関する事項」として,
政府が決定すべきものであるが,憲法27条2項の趣旨及び議会制民主主義の観
点から,この権限を国会に分属させたものである。したがって,国家公務員の勤
務条件の決定という事項は,一般の立法作用とは異なり,行政作用と質的に同等
であり,国会の立法裁量は限定されるというべきである。
イそして,国家機関の裁量権は,その権限を定めた趣旨,目的,その権限の性質
等に照らし,その行使・不行使が,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠
くと認められるときは,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると解さ
れるが,前記の趣旨により,また,国公法及び給与法の趣旨・目的に照らし,か
つ,期末手当といえども国家公務員にとって重要な生活の糧であり,本件特例措
置によって直接的,個別的な損害が発生すること等から,本件特例措置に関する
立法は,裁量の限度を逸脱して著しく合理性を欠くものである。
ウ本件は,給与法の改正により,個々の一般職の国家公務員労働者に直接影響を
及ぼすものであり,個別の国民の権利に関するものであるから,国民総体に対す
る責任が問われるべき国民の投票権に関する最一小判昭和60年11月21日民
集39巻7号1512頁とは,事案を異にする。
7被控訴人の主張の要旨
(1)不利益不遡及の原則の法理に関する控訴人らの主張に対する反論
本件特例措置は,国公法が定める情勢適応の原則にのっとり,官民の月例給の
年間での均衡を図ることを目的とし,給与法改正法の施行日以後に請求権が確定
する期末手当の額を調整するものであって,既に具体的に発生した請求権の内容
を変更するために法律を遡及適用するものではなく,また既払の給与を減額する
ものでもないから,不利益不遡及の原則の法理に反しない。そもそも国公法は,
情勢適応の原則の下,人事院による引下げ勧告(同法28条2項)や給与準則に
定める給与額の引下げ(同法67条)を予定しているのである。
控訴人らが引用する判例は,私企業の労働者の勤務条件についての労働協約や
就業規則の効力について判断したものであり,勤務条件法定主義が妥当する国家
公務員に上記判例の示した法理が直ちに当てはまるとはいえない。
(2)憲法28条に関する控訴人らの主張に対する反論
国家公務員の使用者である国は,人事院が国家公務員の勤務条件の切下げ勧告
をする場合であっても,国家公務員で組織する労働組合と団体交渉を行い,又は
国家公務員若しくはその労働組合の同意を得ることや,その同意を得るよう努力
を尽くすべき法的義務はない。その理由は,以下のとおりである。
ア国家公務員は,憲法28条の勤労者に該当するが,その地位の特殊性から,そ
の労働基本権の保障において一定の制約を受ける。すなわち,国家公務員の給与
は,その財源が,国の財政とも関連し,主として税収により賄われ,私企業にお
ける労働者の利潤の分配とは異なるものであり,他の勤務条件と共に,すべて政
治的,財政的,社会的その他諸般の合理的な配慮により適正に決定されなければ
ならず,しかも,その決定は,民主国家のルールに従い,立法府において行われ
るべきものである。そして,国家公務員の給与は,法律により定められる給与準
則に基づくことを要し,これに基づかずにはいかなる金銭又は有価物も支給する
ことはできないとされている(憲法73条4号,国公法63条1項。)
イ以上のとおり,国家公務員の給与その他の勤務条件は,私企業の場合のように
労使の自由な交渉に基づく合意によって定められるものではなく,国民の代表者
により構成される国会の制定した法律及び予算によって定められるもので,国家
公務員には,私企業の労働者のような労使による勤務条件の共同決定を内容とす
る団体交渉権は保障されていないのであり,また,使用者としての政府にいかな
る範囲の決定権を委任するかは,国会自らが立法をもって定めるべき労働政策の
問題というべきである。
ウなお,控訴人らは,人事院が本件特例措置を勧告したことをもって,国家公務
員の労働基本権制約の代償機関としての人事院の機能を失った旨主張するが,人
事院は,情勢適応の原則に基づき,中立的な立場から勧告を行うことが義務づけ
られているのであり,それに従い,本件人事院勧告がされたのであるから,代償
機関としての役割を放棄したということはできない。人事院は,本件人事院勧告
に当たり,国家公務員の給与を取り巻く厳しい諸情勢を踏まえ,俸給や諸手当の
改定について,控訴人らの所属する国公労連との間で,従来にもましてきめ細か
く意見聴取及び意見交換を行った。
(3)ILO条約に関する控訴人らの主張に対する反論
ILO87号条約及び同98号条約は,国家公務員の団体交渉権を保障したも
のではないから,国家公務員の使用者である国は,人事院が国家公務員の勤務条
件の切下げ等の勧告をする場合であっても,国家公務員で組織する労働組合と団
体交渉を行い,その同意を得ることや,その同意を得るよう努力を尽くすべき法
的義務はない。その理由は,以下のとおりである。
アILO87号条約は,結社の自由及び団結権の保護に関する条約であって,組
合活動の自由について規定するものにすぎない。
また,ILO98号条約は,労働者の団結権及び団体交渉権について定めるも
のであるが,公務員の地位を取り扱うものではない(同条約6条。なお,同条)
の「公務員」とは,法定による勤務条件を享有している者をいい,控訴人らもこ
れに含まれる。
イILO結社の自由委員会は,政労使三者構成の委員会であり,加盟国の条約上
の義務とは無関係に,労働者団体等からの申立てに基づき,各国における労働組
合権の侵害について,審査を行う役割を担うものである。したがって,ILO結
社の自由委員会の行った勧告は,条約の解釈を示したものではなく,法的拘束力
を有しない。また,ILO条約勧告適用専門家委員会は,条約の適用状況等に関
し,ILOとしての最終的な見解を与える権限を有しておらず,加盟国もその見
解に法的に拘束されるものではない。
(4)立法裁量に係る国家賠償法上の違法性の主張に対する反論
国会議員による本件特例措置を含む改正給与法の立法行為が,国家賠償法1条
1項の適用上違法であるとの評価を受ける余地はない。また,立法について固有
,,の権限を有する国会議員の立法行為に国家賠償法1条1項の違法性がない以上
国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣の給与法改正法案の提出な
いし内閣総理大臣,総務大臣及び総務省人事・恩給局長の給与法改正法案の立案
行為並びにその前提となった人事院総裁による本件人事院勧告が,同条項の適用
上,違法性を帯びる余地はない。さらに,人事院総裁が国会及び内閣に対して行
う勧告は,直接国民に向けられた行為ではなく,そもそも当該行為が控訴人ら個
人との関係で職務上の法的義務違背の問題を生ずる余地はない。その理由は,以
下のとおりである。
ア国会議員の立法行為は,立法の内容又は手続が憲法の一義的な文言に違反して
いるにもかかわらず,あえて当該立法を行うといった容易に想定しがたい例外的
な場合でない限り,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けないと解さ
れる。なぜならば,国会議員の立法行為が国家賠償法1条1項の違法に該当する
かどうかは,国会議員の立法過程における行為が個々の国民に対して負う職務上
の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法内容の違憲性の問題と
は区別されるべきであり,かつ,国会議員は,立法に関して,原則として,国民
全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個々の国民の権利に対応した
関係で法的義務を負うものではないからである。
イ国会議員が,控訴人らの所属する労働組合である国公労連との間で団体交渉が
行われていない段階で,本件特例措置を含む給与法改正案を可決して成立させた
,。,,ことが憲法28条に違反するものでないことは明らかであるまた憲法には
給与法の改正に当たって,労働組合と団体交渉を行うべきことや給与法の改正が
不利益不遡及の原則の法理に適合すべきことを一義的に義務づけた規定は存在せ
ず,本件特例措置を含む本件改正法の立法行為が,憲法の一義的な文言に違反し
ているにもかかわらず,あえて行われたということもできない。
第3当裁判所の判断
1本件請求における公権力の行使に係る違法性について
本件の請求は,本件特例措置が違法又は違憲であり,本件特例措置によって控訴人
らが権利の侵害を受けたことを主張して,国家賠償法1条1項の規定により損害の賠
償を求めるものである。この場合において,本件特例措置に係る公権力の行使に当た
る公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背したかどうかが判断
されることになるが,これを念頭に置きつつも,控訴人らが主張する各国家機関の行
為を前記のとおりとした上で,控訴人らの主張に沿い,本件特例措置につき,控訴人
らが主張する違法があるかどうかについて検討を進めることにする。
2争点1について
(1)本件特例措置は,前記のとおり,改正給与法施行後に支払時期の到来する平成
14年12月期の期末手当の額を調整するものであって,既に発生確定した給与
請求権を処分し,又は変更するものではなく,また,改正給与法を遡及適用する
ものでもない。このことは,控訴人らも自認するところである(控訴人準備書面
(1。))
甲29(aの意見書)中には,本件特例措置が,遡及的減額の手段として,既
支給給与の返納請求,改正後の月例給との相殺等と並ぶ給与の事後的減額のため
の方策の一つにほかならない旨の記載があるが,本件特例措置により平成14年
12月期の期末手当を減額調整することと既支給給与の返納又は改正後の月例給
との相殺とは,法的性格を異にする。また,控訴人らが引用する判例は,いずれ
もすでに発生確定していた権利又は利益に係るもので,すでに発生した具体的権
利としての退職金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分し,
若しくは変更できないとし,又は,定年年齢の引き下げの遡及実施により退職金
請求権の減額を生じさせる労働協約の効力を否定したものであって,本件とは,
事案を異にする。
(2)控訴人らは,本件特例措置について,既に発生した給与請求権を減額するもの
ではなくても,不利益不遡及の原則を脱法するものであると主張するが,当裁判所
は,本件特例措置について,法の趣旨を脱法するものとはいえないと判断する。そ
の理由は以下のとおりである。
ア国家公務員の給与は,法律により定められる給与準則に基づいて行われること
を要するものとされ(国公法63条1項,この給与準則が定められるまでの間)
の暫定法として給与法が定められている。国家公務員の給与の決定が法律に委ね
られているとしても,既に発生確定した部分について,後の立法によってこれを
処分し,又は変更することは,国家公務員が労働の対価としての賃金に相当する
給与によって生活の糧を得ていることに照らしても,また,その財産権に対する
侵害とみる余地もあることから,無前提に許されるものではないというべきであ
る。そして,国家公務員の給与に係る立法が,上記の趣旨を潜脱し,又は免れる
ことを目的とし,合理的な理由もなく定められたものであれば,上記の趣旨を脱
法し,違法とされ得るということができる。
イ上記の観点から本件特例措置をみると,たしかに,本件特例措置は,平成14
年12月期の期末手当の額を定めるものであって,前記のとおり,既に発生した
給与請求権を処分し,又は変更するものではないものの,経済的にみれば,平成
14年4月から同年11月までの給与について改正前の給与法により算定した金
額と改正給与法により算定した金額との差額を返戻させること,あるいは12月
の期末手当と相殺することと同一の結果を招来することになるものであり,給与
を生活の糧とする国家公務員にとって,相応の苦痛を与えるものであるといえる
から,引き続き,本件特例措置につき合理的な理由があるかどうかについて検討
する。
ウ国家公務員の給与は,社会一般の情勢に適応するように,随時これを変更する
ことができるとされ(国公法28条1項,情勢適応の原則,人事院は,毎年,)
少なくとも1回,俸給表が適当であるかどうかについて国会及び内閣に同時に報
告し,あわせて適当な勧告をしなければならないとされている(同条2項。人)
,,事院においては労働基本権の制約の代償措置としての使命を果たす上において
職員に対して社会一般の情勢に適応した適正な給与を確保するとともに,納税者
である国民に対して理解と納得を得るために,官民給与の精確な比較を基に勧告
を行うとの方針で,公務員の給与水準を民間企業従業員の給与水準と均衡させる
こと(民間準拠)を基本としてきた。人事院が民間準拠を基本として勧告を行う
理由は,①国が民間企業と異なり,市場原理による給与決定が困難であること,
②職員も勤労者であり,社会一般の情勢に適応した適正な給与の確保が必要であ
ること,③職員の給与が国民の負担で賄われていることなどから,労使交渉等に
よってその時々の経済・雇用情勢等を反映して決定される民間企業従業員の給与
に公務員給与を合わせていくことがもっとも合理的であり,職員をはじめ広く国
民の理解と納得を得られる方法であると考えられることによる(甲1)。
エ本件人事院勧告は,前記の方針に従い,従来の手法と同様に,職員給与の状況
につき「平成14年国家公務員給与等実態調査」を,民間給与の実態につき「平
成14年職種別民間給与実態調査」をそれぞれ実施し,この場合において,職員
給与は,全数調査により,民間給与は,企業規模100人以上で,かつ,事業所
規模50人以上の全国の民間事業所約3万4000のうちから,層化無作為抽出
法で7886の事業所を抽出する方法により調査し,それぞれ状況を把握し,平
成14年4月時点における給与の状況の比較検討を経て,上記調査の結果から官
民の給与水準を職種別に比較し,その他給与改定,初任給,賃金カット,雇用調
整の実施状況等を検討し,さらに,民間賃金指標の動向,物価・生計費,雇用情
勢,四現業職員の賃金改定の動向,各方面の意見等の公務員給与を取り巻く諸情
勢を勘案して,行われたものである。
本件特例措置を設けることを勧告に盛り込んだ理由としては,官民給与は4月
時点で比較し均衡を図ることとしており,遡及改定を行わない場合であっても4
月からの年間給与で実質的な均衡を図るための調整を行うことが情勢適応の原則
にもかなうものであり,具体的な調整方法としては,この改定の実施後速やかに
調整が行われる必要があること,弾力的な調整を行う場合は月例給より特別給と
,,しての期末手当が適当と考えられることなどから12月期の期末手当において
同年4月からこの改定実施の日の前日までの間の給与について所要の調整措置を
講ずることとするとしている。また,人事院は,自ら不利益不遡及の原則につい
て触れ,この改定については,同原則を踏まえ,同年4月には遡及させないが,
年間の官民の給与を均衡させる観点から12月期の期末手当で所要の調整を行う
こととしていると報告する(甲1)。
,,オ以上のとおり法律により国家公務員の給与が定められる法制度の下において
公務員の業務及びその身分の特殊性から民間労働者と異なった特殊性があるもの
の,そのような特殊性を考慮した上で民間準拠による給与水準の確保の手法は,
正当であるというべきである。国家公務員給与を民間に準拠し,官民の均衡を保
つという方針を採った場合には,公務員の月例給を民間の水準にまで引き下げる
こともやむを得ない措置として否定されず,しかも,現行制度上,毎年4月1日
における官民の給与状況を調査して勧告がされることからすると,調査又は勧告
の時点から給与の改定に至るまでの時間の経過が必至であるために,官民の較差
を年間の給与総額において均衡を保つための措置として,すでに発生している俸
給等に係る措置を含めて相応の調整措置を講じることも避けがたい。この場合に
おいて,調査時点である4月期からの1年間で均衡を採るように措置をするかど
うかは,最終的には立法政策の選択に委ねられるべきである。
そして,本件人事院勧告が,不利益不遡及の原則を踏まえて,改定を同年4月
には遡及させないで年間の官民の給与を均衡させるという目的は,正当であり,
かつ,速やかに調整が行われる必要があること及び弾力的な調整として月例給よ
り特別給を対象とすることとして,勧告後の期末手当を対象として4月からの1
年間で均衡を採るように措置をする方法は相当であり,本件全証拠によっても,
上記の調整措置として,本件特例措置に代わるもので本件特例措置より適切なも
のを見出すことは困難であるから,本件特例措置は,許容された裁量の範囲内に
あり,合理的であるということができる。これまでの国家公務員の給与改定が,
前記認定のとおり,昭和47年以降30年以上にわたり,ほぼ4月改定を実行し
てきたことに照らしても,本件人事院勧告において,上記の選択をしたことには
合理的根拠があると評価される。国家公務員にとっては,本件特例措置により1
2月期の期末手当が減額されることは手痛いことであるが,民間の給与水準との
均衡を考慮した措置として,受容するのもやむを得ないものである。
カそのほか,本件特例措置につき,その目的,内容,さらにはその勧告から立法
措置に至る過程において,法の趣旨を潜脱するような事情を見出すことはできな
い。
,,。キ以上により本件特例措置が法の趣旨を脱法するものということはできない
(3)以上説示したように,本件特例措置は,控訴人らの引用する判例に抵触するも
のではなく,控訴人らの指摘する行政法令不遡及の原則に背馳するものでもなく,
,,,また法の趣旨を脱法するものと認めることもできないから控訴人らの主張は
採用することができない。
3争点2について
(),,,,1控訴人らは本件人事院勧告において国家公務員の給与を切り下げしかも
特に不利益不遡及の原則に反する勧告をしたことによって,人事院が,国家公務
員の労働基本権の制約の代償措置としての機能を果たしていない事態にあるとし
て,この場合において,控訴人ら国家公務員の同意等の留保なしでされた本件特
例措置に係る各行為は,憲法28条により控訴人らに保障された団体交渉権を侵
害する旨主張する。
非現業の国家公務員について,労働の対価である賃金たる給与によって生活の
,,糧を得ていることにかんがみ憲法28条に規定する勤労者に当たるものとして
。,団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利が保障されている他方
公務員の地位の特殊性と職務の公共性から,公務員の労働基本権に対して必要や
むを得ない限度で制限が課されるが,この場合において,労働基本権の制限に代
わる相応の措置が講じられなければならず,その制限に見合う代償措置として,
中央人事行政機関としての人事院が設けられている(最大判昭和48年4月25
日刑集27巻4号547頁参照。そして,人事院の職務について,職員に関す)
る人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務をつかさどること
と定め(国公法3条2項,労働基本権制約の代償の機能については,専門的第)
三者機関として,人事院規則を通じて職員の勤務条件に関する細目的事項等につ
いて決定し(国公法16条,給与法2条,職員に対する不利益処分等職員の不)
服を審査する準司法的機能を果たすこと(国公法86条,90条等)等のほか,
人事行政の改善,勤務条件の決定・改正等に関して内閣等に対して勧告等を行う
権能が付与されている(国公法22条,28条,63条2項。)
本件人事院勧告について,上記の代償機能が果たされているかどうかという観
点からみると,本件人事院勧告が給与の引き下げを勧告したことについては,前
記説示のとおり,民間準拠の方針により,適正な調査に基づき,社会情勢等を考
慮した上で,国家公務員の労働組合の意見も踏まえてされたものであり,人事院
としての責務にもとるところはない。本件人事院勧告において引下げ勧告が情勢
適応の原則によりされたことについては,控訴人らも格別に争わない(控訴人準
備書面(2。また,本件特例措置が不利益不遡及の原則等法の趣旨を脱法す))
るものではないことも,前記のとおりである。そのほか,本件人事院勧告におい
て,国家公務員の労働基本権制約の代償措置としての人事院の機能が失われてい
ることをうかがわせる事情は,本件全証拠によっても,これを認めることはでき
ない。むしろ,人事院のこれまでの勧告の経緯,本件人事院勧告の経緯,その内
容は,前記2において認定説示したとおりであり,加えて原判決の「事実及び理
由」中の「第2事案の概要」1の(2)で認定した人事院と職員団体との会見
の経緯(当裁判所が引用に当たり訂正した後のもの)等を併せ考慮すると,本件
特例措置を含む本件人事院勧告において,国家公務員の労働基本権制約の代償措
置としての人事院としての上記に掲げた責務が果たされているということができ
る。
したがって,本件特例措置を含む本件人事院勧告において人事院が本来の機能
を果たしていなかったことを前提とする控訴人らの主張は,その前提を欠き,失
当である。
(2)なお,国家公務員の給与に関する団体交渉権については,そもそも制約されて
いるとみるのが相当であるから,この点からも,控訴人らの主張は,失当を免れな
い。
国家公務員の給与については,前記のとおり,法律に基づき決定されなければ
,,(),ならないがその趣旨は公務員が国民全体の奉仕者であり憲法15条2項
その給与が国民の負担によって賄われるものであることから,国民の意思に委ね
たことにある。これを憲法の規定からみると,公務員の根本律を定める上記規定
のほか,公務員に関する事務の管理を内閣の事務とした上,法律による規制に委
ねることとし(同法73条4号,国費の支出について,国会の審議・議決に基)
づかなければならないという財政民主主義を定めて,国家公務員の給与の支出に
ついても国会の統制に服するものとしている(同法83条,85条,86条。)
たしかに,給与の法定の趣旨は,前記のとおり,公務員の経済的な権利を保障す
ることにもあるが,国家公務員の給与を国会の統制に服させる上記の趣旨からす
れば,団体協約によって立法機関を制約することは相当ではないから,団体協約
権が否定されるものである(国公法108条の5。実質的にみても,民間企業)
においては,その業務は利潤追求を目的とし,その賃金は,企業の利潤を源泉と
するもので企業の経済活動の実績によって影響を受けるものであり,その労働力
の需給関係についても,市場原理が働き,賃金水準は,労働力の需要・供給によ
って変動するという側面がある上,民間における賃金が,使用者と労働者との間
の契約によって定められる法的性格からみても,労働基本権を背景とする労働者
と使用者との間における交渉によって決定することになる。他方,公務員におい
ては,その業務は,国民全体の奉仕者として公共のために供するものであり,も
とより利潤追求を目的とした経済活動でなく,その給与は,上記のような市場原
理が働く余地もなく,使用者である国あるいは国民全体と国家公務員と関係につ
いても,民間の労使関係とは根本的に異なり,国家公務員の給与の決定について
も,自ずから差異があるというべきである。したがって,国は,国家公務員の使
用者として,憲法28条の規定により,国家公務員又は国家公務員で組織する労
働組合との間で,勤務条件について団体交渉を行う義務を負っていると解するこ
とは困難である(最大判昭和52年5月4日刑集31巻3号182頁参照。)
(3)以上によれば,本件特例措置によって労働基本権制約の代償措置としての人事
院の機能が失われたことを前提として,憲法28条が保障する控訴人らの団体交渉
権が侵害されたとの控訴人らの主張は,採用することができない。
4争点3について
(1)控訴人らは,本件特例措置によって人事院が本来の代償機能を果たしていない
事態にあることを前提に,ILO87号条約及び同98号条約が保障する控訴人ら
の団体交渉権を侵害する旨主張する。
しかし,前記3において判断したとおり,本件特例措置を含む本件人事院勧告
において人事院が本来の機能を果たしていなかったことを前提とする控訴人らの主
張は,その前提を欠き,失当である。
(2)そもそも,ILO87号条約は,結社の自由及び団結権の保護について定める
が,団体交渉権について何ら規定するものではない。控訴人らは,同条約3条1項
の「計画を策定する権利」には,団体交渉権及びストライキ権を含むものである旨
主張するが,同条約2条が団体結成の自由に触れるにとどまり,団体交渉について
言及していないこと,また,同条約3条1項が,労働者団体及び使用者団体の権能
として,規約等の作成,代表者の選任,管理及び活動の取り決め等に並び,計画を
策定する権利を有することを定めている規定の体裁からみても,計画を策定する権
,,利が管理活動等組合内の自由に係るものであることは明らかであり上記の主張は
独自の見解であって,採用することができない。ILO結社の自由委員会が,国家
の施政に直接従事しない公務員に団体交渉権を付与すべきであるとの見解を示して
いるが(甲19の1,2,甲20の1,2,上記の趣旨に照らし,採り得ない。)
(3)ILO98号条約は,団結権及び団体交渉権についての原則を定める条約であ
,,「,,,るが同条約6条がこの条約は公務員の地位を取り扱うものではなくまた
。」,その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならないと定めているとおり
,。,同条約は公務員に関する団体交渉権について規律するものではない控訴人らは
同条約6条の「公務員」とは「国家の名において権限を行使する公務員」に限ら,
れ,一般の公務員は含まれない旨主張するが,そのように解すべき根拠はなく,そ
の主張は,採用することはできない。ILO条約勧告適用専門家委員会が国家の運
営に従事しない公務員の賃金決定に参加する資格が著しく制限されていることに留
意し,政府に対して団体協約の方法による交渉制度の促進を要請するが(甲22の
1,2,上記の解釈を左右するものではない。)
(4)以上のとおり,本件特例措置によって,ILO87号条約及び同98号条約に
より保障された控訴人らの団体交渉権が侵害されたとの控訴人らの主張は,採用す
ることはできない。
5まとめ
以上検討したところによれば,本件特例措置には,控訴人ら主張の違法事由は認め
られず,ひいては被控訴人の主張する各国家機関の行為にその違法事由に係る違法が
あったと認めるには至らないから,その余の主張について判断するまでもなく,控訴
人らの本件請求は,理由がなく棄却されるべきである。したがって,控訴人らの請求
を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文
のとおり判決する。
東京高等裁判所第4民事部
裁判長裁判官門口正人
裁判官浅香紀久雄
裁判官西田隆裕

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