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令和2年7月29日判決言渡
令和2年(行ケ)第10006号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年6月17日
判決
原告株式会社ソロイスト
同訴訟代理人弁理士磯野富彦
鉾田慶亮
被告特許庁長官
同指定代理人渡邉あおい
半田正人
小出浩子
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2019-1138号事件について令和元年12月6日にした審決
を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が出願した商標について拒絶査定を受けたことから,不服審判
請求をしたところ,請求は成り立たない旨の審決がされたので,原告がその取消し
を求める事案である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに括弧内に掲記の証拠及び弁論の
全趣旨により認められる事実)
(1)原告は,平成29年9月21日に,指定商品を第9類「サングラス,電子
出版物」,第14類「ネックレス及びその他の身飾品(「カフスボタン」を除く。),
宝玉及びその模造品,キーホルダー」,第18類「かばん類,袋物,傘,皮革」及
び第25類「被服(「和服」を除く。),ガーター,靴下止め,ズボンつり,バン
ド,ベルト,靴類(「靴合わせくぎ・靴くぎ・靴の引き手・靴びょう・靴保護金具」
を除く。)」として,「TAKAHIROMIYASHITATheSolois
t.」の文字を標準文字で表して成る商標(以下「本願商標」という。)について,
商標登録出願(商願2017-126259号)をしたところ(甲1),平成30
年11月15日付けで拒絶査定を受けたので(甲2),平成31年1月29日に不
服審判請求をした(甲3。不服2019-1138号)。
(2)特許庁は,上記(1)の不服審判請求について,令和元年12月6日,「本件
審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,本
件審決の謄本は,同月23日に原告に送達された。
3本件審決の理由の要点
(1)本願商標の構成のうち「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分
(以下「前半部分」ということがある。)は全て欧文字の大文字で一連に書してなり,
後半の「TheSoloist.」の文字部分(以下「後半部分」ということがある。)
は,親しまれた英語の定冠詞「The」,「独奏者」の意味を有する英単語「Sol
oist」及びピリオド「.」から成ると容易に理解されるから,本願商標は,「T
AKAHIROMIYASHITA」の文字部分と「TheSoloist.」の文
字部分を組み合わせた結合商標であると理解される。
そして,前半部分は,無理なく一連にローマ字読みすることができ,「タカヒロミ
ヤシタ」の称呼が自然に生じる。
(2)我が国では,パスポートやクレジットカードなどに本人の氏名がローマ字
表記されるなど,氏名をローマ字表記することは少なくないこと,氏名をローマ字
表記する場合に,名,氏の順で記載することが一般的であり,パスポートやクレジ
ットカードのように,全ての文字を欧文字の大文字で記載することも少なくないこ
と,「ミヤシタ」を読みとする姓氏(「宮下」)及び「タカヒロ」を読みとする名前(「孝
大,孝弘,貴弘,隆宏」等)は,日本人にとってありふれた氏名であることが認め
られる。
(3)以上によると,本願商標は,その構成のうち「TAKAHIROMIYAS
HITA」の文字部分が,「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」を読みとする人の氏名
をローマ字表記したものと客観的に把握されるものであるから,人の「氏名」を含
む商標であるといえる。
(4)ハローページによると,「ミヤシタタカヒロ」を読みとすると考えられる
「宮下孝洋」,「宮下隆寛」,「宮下貴博」,「宮下孝弘」,「宮下高広」,「宮下高弘」及
び「宮下貴浩」といった氏名の者が掲載されていると認められ,これらの氏名の者
は,いずれも本願商標の登録出願時から現在まで現存している者であると推認でき
るところ,これらの氏名の者は原告と他人であると認められ,原告は,上記他人の
承諾を得ているものとは認められない。
(5)したがって,本願商標は,その構成のうちに「他人の氏名」を含む商標で,
かつ,その他人の承諾を得ているものではないから,商標法4条1項8号に該当す
る。
4原告の主張する審決取消事由
次のとおり,本願商標は,他人を想起,連想させるものとはいえないから,商標
法4条1項8号にいう「他人の氏名」を含む商標には該当せず,また,仮に,他人
を想起,連想させるものであるとしても,「宮下孝洋」等は同号の「他人」には該
当しないと解すべきである。
(1)他人の氏名を含むと客観的に把握され,他人を想起,連想させる商標では
ないこと
ア商標法4条1項8号の趣旨は,商標を保護することにより,商標の使用
をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要
者の利益を保護することを目的(同法1条)とする法の枠組みにおいて,とりわけ,
人の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護すること,すなわち,人(法人等
の団体を含む。)が自らの承諾なしにその氏名,名称,著名な略称等を商標に使わ
れることがないとの利益を保護することにあるところ,問題となる商標に他人の氏
名等が存在すると客観的に把握できず,他人を想起,連想できないのであれば,他
人の人格的利益が毀損されるおそれはないから,他人の氏名等を「含む」商標に該
当するかどうかを判断するに当たっては,単に物理的に「含む」状態をもって足り
るとするのではなく,その部分が他人の氏名等として客観的に把握され,他人を想
起,連想させるものであることを要すると解すべきである。しかるに,本願商標は,
「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.」の文字を,標準
文字で,同大,等間隔に書して外観上まとまりよく一体的に表して成る構成であっ
て,一体不可分の態様として把握されるものであり,他人の氏名等として客観的に
把握されかつ他人を想起,連想させる態様で表示された「氏名」等を含むものでは
ない。
イまた,本願商標の前半部分を他から分離して認識するとしても,前半部
分について「氏名」をローマ字表記したものとして客観的に把握することはできな
い。すなわち,日本人の氏名をローマ字で表記する場合,氏と名の区切りが明らか
なように,例えば,氏と名の2段表記,氏と名との間に空白を入れた表示,氏と名
との間にコンマを入れた表示,氏と名の頭文字を大文字で記載し2文字目以下を小
文字で記載した表示などとすることが広く一般的にされているところ,本願商標の
前半部分は,欧文字の大文字を空白を入れることなく整然と一列に並べるもので,
それ自体がまとまりよく一連で表されており,「TAKAHIRO」の部分と「M
IYASHITA」の部分とに分けて理解,認識され得るような特段の外観を呈す
るものでもなく,一体不可分の態様で把握されるから,これに接する取引者,需要
者をして,直ちに「ミヤシタタカヒロ」を読みとする「氏名」をローマ字表記し
たものとして客観的に把握させるものではない。したがって,本願商標は,当該氏
名の他人を想起,連想させるものとはいえず,同号の「氏名を含む商標」に該当し
ない。
ウ本件審決が誤りであることは,次の点からも根拠付けられる。
(ア)近時における他の審決例(甲7)においては,「MASASHIYA
MAGUTI」から成る欧文字の大文字を,同書,同大,等間隔で,外観上まとま
りよく一連かつ一体不可分の態様で書して成る商標について,その構成全体をもっ
て一体不可分のものとして把握し,このような商標の構成態様のみを理由として,
ローマ字で表す「氏名」を普通に表示したものとはいえない旨を認定し,商標法4
条1項8号の適用を否定している。なお,当該商標のうち前半の「MASASHI」
の部分をローマ字読みした「マサシ」を読みとする名前及び後半の「YAMAGU
TI」の部分をローマ字読みした「ヤマグチ」を読みとする姓氏は,いずれも我が
国においてありふれたものである(甲8~10)。
(イ)本件審決ではパスポートとクレジットカードが例示されているが,パ
スポートでは「姓」を上段に「名」を下段に分けて2段表記し(甲5),クレジッ
トカードでは氏と名との間に空白を入れて表記するのが通例である(甲6)。本件
審決が挙げたそれらの例は,我が国において氏名をローマ字表記する場合の表記が
姓氏と名前との区切りが明らかとなるような構成態様でされることを根拠付けるも
のでもある。
(ウ)氏名をローマ字表記する際の順序について,本件審決に先立つ令和元
年10月25日,公文書における日本人名のローマ字表記では令和2年1月1日か
ら原則として,「姓」,「名」の順とすることを政府が決定し,その旨広く報道さ
れ(甲11の1・2),一般に周知されていたことに鑑みると,それ以降は,上記
「姓」,「名」の順へと変わる転換期ともいえる状況にあるから,必ずしも名,氏
の順で氏名をローマ字表記することが本件審決時に一般的であったとまではいえな
い。
(2)「宮下孝洋」等が商標法4条1項8号の「他人」に該当しないこと
仮に,本願商標の前半部分から「ミヤシタタカヒロ」を読みとする「氏名」の
人が想起,連想されるとしても,次の点からして,本願商標は,商標法4条1項8
号の「他人」の氏名等を含む商標には該当しないというべきである。
ア商標法4条1項8号の適用に当たっては,同法1条に定める目的に照ら
し,産業発展の寄与や需要者の利益保護の観点から,登録が拒絶される者が受ける
不利益も十分に考慮すべきである。また,人格権保護という同号の趣旨を踏まえて
も,たまたま氏名が同一でも商標や商品とその人との関係が一般世人に認識されな
いような場合に至るまで承諾を要求することは行きすぎである。このような見地か
ら,同号の「他人」については,承諾を得ないことにより人格権の毀損が客観的に
認められるに足りる程度の著名性・希少性等を必要とすると解すべきである。
イ(ア)とりわけ,ファッションの分野においては,デザイナーがその出所を
表示するブランド名として自己の氏名をローマ字表記して用いることがあり,周知,
著名となっているものが数多く存在するところ,産業発展の寄与や需要者の利益の
保護の観点から,このような周知,著名なブランドの使用者には独占排他的権利が
認められてしかるべきである。
(イ)このようなブランドを商標登録するときに,同一のローマ字表記をす
る氏名の他の人物が現存する場合にその全ての人物の承諾を常に要するとすること
は,次の見地から妥当でない。まず,①同程度に周知,著名性を獲得したブラン
ドであるにもかかわらず,同一のローマ字表記をする氏名の他の人物が現存するか
どうかといった,出願人(ブランド使用者)の関与し得ない要素によって,承諾の
要否や承諾が必要な数が異なり,登録可能性に差異が生じることは,公平の見地か
ら妥当でない。また,②商標において氏名を漢字表記する場合や名称を表示する
場合に比べて,氏名をローマ字表記する場合は承諾の対象者の範囲が広い上,承諾
の対象者には,通常,出願人とはそれまで何の関係も無かった個人が該当するとこ
ろ,一般社会において,そのような個人に対する突然の交渉により直ちに承諾を得
ることができるとは考え難いから,その氏名のローマ字表記が相当珍しいものでな
い限り,登録が事実上不可能となり,産業発展の寄与や需要者の利益の保護の見地
から妥当でない。③そもそも上記のようなブランドに係る商標は,それがファッ
ション分野の商品(衣服や装飾品等)に使用されると,当該デザイナーのブランド
表示として客観的に把握されるから,同じ読みの氏名の他の人物を想起,連想させ
るものではなく,当該他の人物の人格的利益が毀損されるおそれはない。
(ウ)したがって,ローマ字表記した氏名の表示を含む商標の出願に対して
商標法4条1項8号の「他人」該当性を判断するに当たっては,指定商品との関係
で当該氏名の周知,著名性を考慮すべきである。
ウしかるに,本件審決が指摘する「宮下孝洋」等は,いずれも現存する人
物であるとしても,単にその氏名がハローページに掲載されているだけで,著名性・
希少性を有する人物であるとまではいえないから,本願商標の前半部分から直ちに
これをそれらの者であると認識すること自体あり得ない。それゆえ,本願商標の登
録によって,それらの者の人格権の毀損が生じることはない。また,原告は,ファ
ッションデザイナーである宮下貴裕が立ち上げたブランドである「TAKAHIR
OMIYASHITATheSoloist.」の表示を,同人のデザインする被
服,サンダル,サングラス,眼鏡,アクセサリーなどの出所表示として使用してい
るところ(甲3),同人はファッションデザイナーとして世界的に有名な人物であ
り(甲12),本願商標は同人のブランドとして世界的に有名である(甲13の1・
2)。それゆえ,本願商標は,出願に係る指定商品(ファッション分野の商品)に
使用すれば,これに接する取引者,需要者をして,同人のブランドを示すものであ
ると把握,認識させるから,「ミヤシタタカヒロ」を読みとする「氏名」の他の
人物の人格的利益が毀損されるおそれはない。したがって,「宮下孝洋」等は,商
標法4条1項8号の「他人」には該当しないというべきである。
5被告の主張
(1)他人の氏名を含む商標であること等
ア本願商標の構成態様
本願商標の構成のうち「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は全
て大文字で一連に書してなり,また,これは,子音と母音を規則的に並べて記載さ
れているのに対し,当該文字に続く「TheSoloist.」の文字部分は,「T
he」及び「Soloist」の文字をそれぞれ語頭の「T」及び「S」のみを大
文字で,その余の文字を小文字で書して成るから,一見して,前半部分はローマ字
でつづられたものであることを,後半部分は英語で表記されたものであることを認
識させるとともに,本願商標は,これらを結合した構成から成るものと認識し得る
ものである。
また,本願商標の前半部分は,「タカヒロミヤシタ」と称呼され,後半部分は,「ザ
ソロイスト」と称呼されるものであるところ,本願商標の構成文字全体から生じる
「タカヒロミヤシタザソロイスト」の称呼は,やや冗長であるとともに,構成音中
の第9音目に「ザ」の濁音が存在することから,本願商標は,「タカヒロミヤシタ」
と「ザソロイスト」との間で,一拍おいて称呼され得るものである。
さらに,本願商標の後半部分は,我が国において親しまれた英語の定冠詞「Th
e」,「独奏者」の意味を有する英単語「Soloist」及びピリオド「.」を組み
合わせ,全体として「独奏者」の意味合いを表す英語であると容易に理解し得るも
のであるのに対し,「TAKAHIROMIYASHITA」の文字は,特定の語義
を有するものとして辞書類に載録された語ではないことから,本願商標が,構成全
体として,特定の意味合いを直ちに理解させると考えるべき特段の事情はない。
そうすると,本願商標は,前半部分と後半部分に分離して認識され得る構成態様
から成るものといえる。
イ本願商標の前半部分について
(ア)本願商標の前半部分は,ローマ字でつづられたものと認識し得ること
から,「タカヒロミヤシタ」と称されるものであるところ,「TAKAHIRO」の
ローマ字つづり及びこれを称した「タカヒロ」は,英語の辞書や国語辞典等に載録
された語ではないため,これが特定の意味合いを表す成語とは認識し得ない。他方
で,例えば,「孝大」,「孝弘」,「隆広」,「貴大」,「貴弘」等で表される日本人男性の
名が,「タカヒロ」と称されることは,日本人の男性の名付けに関する複数の書籍に
おいて掲載されていることから明らかであり(乙2~5),また,上記「孝大」等は,
日本人男性の名を表すものとして一般的に採用されるものといえる。さらに,「タカ
ヒロ」と称される日本人男性の名をローマ字でつづる場合は,総じて「TAKAH
IRO」と記載することは明らかである。したがって,本願商標の前半部分のうち
「TAKAHIRO」は,「タカヒロ」と称される日本人男性の名をローマ字でつづ
ったものと容易に認識し得るものである。
(イ)本願商標の前半部分のうち「MIYASHITA」の文字部分は,ロー
マ字でつづられたものと認識し得るものであり,これを称した「ミヤシタ」は,上
記の「TAKAHIRO」のローマ字つづり及びこれを称する「タカヒロ」と同様
に,英語の辞書や国語辞典等に載録された語ではないため,これが特定の意味合い
を表す成語とは認識し得ない。そして,「MIYASHITA」の文字部分を称した
「ミヤシタ」を漢字で表記する場合,一般的に「宮下」と記載されることが自然で
あると考えられるところ,「宮下」は,日本人の姓の一つとして認識されるものであ
るといえる(乙6)。また,上記(ア)のとおり,本願商標の前半部分のうち「TAKA
HIRO」が,「タカヒロ」と称される日本人男性の名をローマ字でつづったものと
容易に認識し得ることと相まって,本願商標の構成のうち「MIYASHITA」
は,日本人の姓の一つである「宮下」をローマ字でつづったものと認識し得る。
(ウ)我が国において,パスポートやクレジットカードなどに本人の氏名を
ローマ字でつづるなど,氏名をローマ字でつづることは少なくない。そして,日本
人の氏名をローマ字でつづる場合,英語で氏名を表記するのと同様に,名,氏の順
で記載することが一般的であり,パスポートやクレジットカードのように,全ての
文字をローマ字の大文字でつづることも少なくないといえる。
(エ)上記からすると,前半部分は,「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」と称さ
れる日本人の氏名をローマ字で名,氏の順に一連につづったものと客観的に把握さ
れる。なお,商標法4条1項8号は,「他人の氏名・・・を含む商標」と規定するも
のであり,当該「氏名」の表記方法に特段限定を付すものではなく,また,人格的
利益の保護という同号の趣旨に照らし,自己の氏名であれば,それがローマ字表記
されたものであるとしても,本人を指し示すものとして受け入れられている以上,
その氏名を承諾なしに商標登録されることは,同人の人格的利益が害されることに
なると考えられるから,同号の「氏名」には,ローマ字表記された氏名も含まれる
と解される。
ウ原告の主張に対する反論
(ア)日本人の氏名をローマ字でつづる場合に,名の部分と氏の部分を明瞭
に区別するため,名に該当する部分と氏に該当する部分とに空白を入れて表記する
ことが取引の実情において普通に行われているとはいえ,氏と名の間に空白を入れ
ることなく整然と一列に並べたローマ字の表記であっても,当該表記が日本人の氏
と名を表したものと客観的に把握できる場合には,日本人の氏名をローマ字でつづ
ったものと認識されるものといえる。また,氏と名の間に空白を入れることなく,
名,氏の順に整然と一列に並べた表記が,自身の氏名をローマ字でつづったものと
して実際に使用されている例も散見される(乙33~38)。本願商標の前半部分は,
日本人の氏名を認識させることが困難な程度に表示上格別の工夫を凝らしたもので
はなく,かつ,「タカヒロ」と称される日本人男性の名をローマ字でつづった「TA
KAHIRO」と日本人の姓の「宮下」をローマ字でつづった「MIYASHIT
A」を結合したにすぎないものであるから,一般需要者は,これを,「ミヤシタ(氏)
タカヒロ(名)」と称される日本人の氏名をローマ字でつづられたものと無理なく認
識し得るといえる。
(イ)登録出願に係る商標が商標法4条1項8号に該当するものか否かの判
断は,当該商標ごとに個別具体的に検討,判断されるべきものであり,他の審決例
の存在によって本願商標の同号該当性の判断が拘束される理由はない。
(ウ)原告が指摘する日本人名のローマ字表記に係る政府の決定は,「公文書」
の取扱いを定めたものであり,この決定が,直ちに一般社会における通例と認識で
きるものではなく,実際に,氏名をローマ字でつづる場合に名,氏の順で記載され
ていることは,現在においても確認できる。また,原告とは他人の「宮下貴博」ら
の氏名が,「TakahiroMiyashita」等のローマ字でつづられている
事実がある(乙7~12)。そうすると,政府の上記決定により,本願商標の前半部
分が,日本人の氏名をローマ字でつづったものであると認識しないと判断するべき
特別な事情は存在しない。
(2)「宮下孝洋」等が商標法4条1項8号の「他人」に該当すること
ア「TAKAHIROMIYASHITA」を氏名とする者について
「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」と称される氏名の者であって,原告とは他人の
「宮下貴博」,「宮下敬宏」,「宮下貴浩」,「宮下孝洋」,「宮下貴裕」らの氏名が,「T
akahiroMiyashita」等のローマ字でつづられている事実が存在し
(乙7~12),これらの者は,現存していると推認できる。また,ハローページに
は,原告とは他人の「宮下孝洋」,「宮下隆寛」,「宮下貴博」,「宮下孝弘」,「宮下高
広」,「宮下高弘」,「宮下貴浩」らが掲載されており(乙13~28),これらの者は,
「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」と称される氏名の者であって,自らの氏名をロー
マ字でつづる場合には,「タカヒロ」の名は「TAKAHIRO」等と,「宮下」の
姓は「MIYASHITA」等と記載すると容易に想定できるところ,これらの者
は,いずれも本願商標の登録出願時から現在まで存在している者であると推認でき
る。さらに,原告とは他人の「宮下孝広」,「宮下貴浩」,「宮下隆裕」,「宮下隆博」
らがインターネット上のウェブサイトにおいて確認でき(乙29~32),これらの
者も,自らの氏名をローマ字でつづる場合には,「タカヒロ」の名は「TAKAHI
RO」等と,「宮下」の姓は「MIYASHITA」等と記載すると容易に想定でき
るものであるところ,これらの者は,現存していると推認できる。
したがって,本願商標は,「他人の氏名」を含む商標であるといえるところ,原告
は,本願商標を登録出願し,商標登録を受けることについて,原告とは他人である
上記の「宮下貴博」,「宮下敬宏」,「宮下貴浩」,「宮下孝洋」,「宮下貴裕」,「宮下隆
寛」,「宮下孝弘」,「宮下高広」,「宮下高弘」,「宮下孝広」,「宮下隆裕」,「宮下隆博」
らの承諾を得ていることを証明する書面を,何ら提出しておらず,原告が上記他人
の承諾を得ている事実は確認できない。
イ原告の主張に対する反論
商標法4条1項8号の趣旨は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使わ
れることがないという人格的利益を保護することにある。また,同号は,その規定
上,雅号,芸名,筆名,略称については,「著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくは
これらの著名な略称」として,著名なものを含む商標のみを不登録とする一方で,
「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称」については,著名又は周知なものであ
ることを要するとはしていない。さらに,同号は,人格的利益の侵害のおそれがあ
ることそれ自体を要件として規定するものでもない。したがって,その趣旨や規定
ぶりからして,同号の「他人の氏名」が,著名性・希少性を有するものに限られる
とは解し難く,同号の適用が,他人の氏名を含む商標の登録により,当該他人の人
格的利益が侵害され,又はそのおそれがあるとすべき具体的事情の証明があったこ
とを要件とするものであるとも解し難い。同号は,他人の氏名を含む商標について
は,そのこと自体によって,人格的利益の侵害のおそれを認め,その他人の承諾を
得た場合でなければ,商標登録を受けることができないとしているものと解される。
そして,「他人の氏名」を含む商標である以上,当該商標がブランドとして一定の周
知性を有するといったことは,考慮する必要がないというべきである。
なお,原告は,本願商標の前半部分は,デザイナーである宮下貴裕の氏名を名,
氏の順にローマ字でつづったものであると主張していると考えられるところ,そう
であるなら,法人である原告は,本願商標を登録出願し,商標登録を受けることに
ついて,宮下貴裕の承諾を得ることも必要と考えられるが,原告は,本願商標を登
録出願し,商標登録を受けることについて,宮下貴裕の承諾を得ていることも証明
していない。
第3当裁判所の判断
1本願商標が人の氏名を含む態様のものであるか否かについて
(1)本願商標は,「TAKAHIROMIYASHITATheSolois
t.」の文字を標準文字で表して成る商標であるところ,このうち「TAKAHIR
OMIYASHITA」の文字部分は,子音と母音の規則的な並び方から,ローマ
字表記であることが容易に理解されるものである。これに対し,それに続く「Th
eSoloist.」の文字部分については,子音と母音の並び方から前半部分とは
異なりローマ字表記ではないことが容易に看取され,また,「T」と「S」のみを大
文字で,その余の文字を小文字で書して成ることから,外国語の記載であると容易
に推測され,そのうち「The」が我が国において親しまれた英語の定冠詞である
こと等からして,英語表記であると容易に理解され得るものである。したがって,
本願商標については,ローマ字表記による「TAKAHIROMIYASHITA」
の文字部分(前半部分)がその余の部分と結合された構成を有していると容易に認
識し得るものであるといえる。
その上で,「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は,無理なく一連
に発語することができ,「タカヒロミヤシタ」という称呼が自然に生じるところ,証
拠(乙2~5)によると「タカヒロ」を読みとする名前(「孝大」,「孝弘」,「隆広」,
「貴大」,「貴弘」等)が,証拠(乙6)によると「ミヤシタ」を読みとする姓氏(「宮
下」)が,それぞれ日本人にとってありふれたものであることが認められる。
以上に加え,証拠(甲5,6,乙7,8,10,11,33~38)及び弁論の
全趣旨によると,我が国では,パスポートやクレジットカードなどに本人の氏名が
ローマ字表記されるなど,氏名をローマ字表記することが少なくなく,全ての文字
を欧文字の大文字で記載することも少なくなく,また,その場合,従来,名前,姓
氏の順で記載することが広く行われていたと認められることを考慮すると,本願商
標の構成のうち「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は,「ミヤシ
タ(氏)タカヒロ(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるもので
あり,本願商標は「人の氏名」を含む商標であると認められる。
(2)これに対し,原告は,本願商標は,文字を同大,等間隔に書して外観上まと
まりよく一体的に表して成る構成であり,一体不可分の態様として把握されると主
張するが,そのような外観を踏まえても,前記(1)のとおり,前半部分は,その余の
部分と結合されたものと容易に認識し得るものといえる。
また,原告は,前半部分は,欧文字の大文字を空白を入れることなく整然と一列
に並べるもので,それ自体がまとまりよく一連で表されているから,一体不可分の
態様で把握されると主張するが,そのような外観を踏まえても,前記(1)のとおり,
前半部分は,「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」を読みとする人の氏名として客観
的に把握されるものであるといえる。この点,姓氏と名前を2段に分けて表記した
り,姓氏と名前との間に空白を入れて表記したりする例が存在し,それらがパスポ
ートやクレジットカードの例であること(甲5,6)から直ちに,そのような表記
でなければ人の氏名であると理解されないとはいえず,また,姓氏と名前の頭文字
のみを大文字で記載する例があること(乙7,8,10)から直ちに,そのような
表記でなければ人の氏名であると理解されないとはいえないのであって,これらの
表記の存在は,前記(1)の認定判断を左右するものではない。
さらに,原告は,ローマ字表記の際の姓氏と名前の記載の順序についても主張す
るが,日本国政府が公文書において令和2年1月1日から原則として姓氏,名前の
順とすることを決定するなどしたこと(甲11の1・2)から直ちに,姓氏,名前
の順でなければ氏名をローマ字表記したものと理解されなくなるものでもない。
その他,原告は,他の審決例(甲7)の存在も主張するが,異なる商標について
の同審決例の存在が本願商標についての前記(1)の認定判断を左右するものではな
い。
したがって,原告の上記主張は,いずれも前記(1)の認定判断を左右するものでは
ない。
2商標法4条1項8号該当性について
(1)証拠(乙13~28)によると,①「宮下孝洋」という者が2018年
12月版(掲載情報は同年9月5日現在)及び2016年12月版(掲載情報は同
年9月7日現在)の「ハローページ(新潟県上越版)」に,②「宮下隆寛」という
者が2019年3月版(掲載情報は2018年11月28日現在)及び2017年
3月版(掲載情報は2016年12月1日現在)の「ハローページ(長野県飯田版)」
に,③「宮下貴博」という者が2019年3月版(掲載情報は2018年11月
28日現在)及び2017年3月版(掲載情報は2016年12月1日現在)の「ハ
ローページ(長野県松本版)」に,④「宮下孝弘」という者が2019年3月版(掲
載情報は2018年11月28日現在)及び2017年3月版(掲載情報は201
6年12月1日現在)の「ハローページ(長野県木曽版)」に,⑤「宮下高広」と
いう者が2019年9月版(掲載情報は同年6月3日現在)及び2017年9月版
(掲載情報は同年6月5日現在)の「ハローページ(長野県長野版)」に,⑥「宮
下高弘」という者と「宮下貴浩」という者がそれぞれ2019年9月版(掲載情報
は同年6月3日現在)及び2017年9月版(掲載情報は同年6月5日現在)の「ハ
ローページ(長野県上田版)」に,⑦「宮下孝弘」という者が2019年2月版(掲
載情報は2018年11月1日現在)及び2017年2月版(掲載情報は2016
年11月1日現在)の「ハローページ(小平・西東京・東村山市版)」に,⑧「宮
下貴博」という者が2018年11月版(掲載情報は同年7月26日現在)及び2
016年11月版(掲載情報は同年8月3日現在)の「ハローページ(川崎市川崎・
幸・中原区版)」に,それぞれ掲載されていることが認められ,上記各事実からする
と,上記の者は,いずれも本願商標の登録出願時から本件審決時まで現存している
ものと推認できる。そして,上記の者は,いずれもその氏名の読みを「ミヤシタタ
カヒロ」とすると考えられる。その他,ウェブページ(乙7,8,10,11,2
9~32)からも,氏名の読みを「ミヤシタタカヒロ」とする「宮下貴博」,「宮
下敬宏」,「宮下孝洋」,「宮下孝広」又は「宮下貴浩」という者及び氏名の読み
を「ミヤシタタカヒロ」とすると考えられる「宮下隆裕」又は「宮下隆博」という
者が存することが認められ,これらの者も,本願商標の登録出願時から本件審決時
まで現存しているものと推認できる。
弁論の全趣旨によると,上記の者は,いずれも原告とは他人であると認められる
から,本願商標は,その構成のうちに「他人の氏名」を含む商標であって,かつ,
上記他人の承諾を得ているとは認められない。
したがって,本願商標は,商標法4条1項8号に該当する。
(2)アこれに対し,原告は,商標法4条1項8号の「他人」については,承諾
を得ないことにより人格権の毀損が客観的に認められるに足りる程度の著名性・希
少性等を必要とすると解すべきであると主張する。
しかし,商標法4条1項8号は,自らの承諾なしに,その氏名,名称等を商標に
使われることがないという人格的利益を保護するものである(最高裁平成15年(行
ヒ)第265号同16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁,
最高裁平成16年(行ヒ)第343号同17年7月22日第二小法廷判決・裁判集
民事217号595頁参照)ところ,その規定上,「雅号」,「芸名」,「筆名」
及び「略称」については,「著名な」という限定が付されている一方で,「他人の
氏名」及び「名称」についてはそのような限定が付されていない。同号は,氏名及
び名称については著名でなくとも当然にその主体である他人を指すと認識されるこ
とから,当該他人の氏名や名称の著名性や希少性等を要件とすることなく,当該他
人の人格的利益を保護したものと解される。したがって,原告の上記主張は採用す
ることができない。
イまた,原告は,ファッションの分野においては,周知,著名なブランド
の使用者に独占排他的権利が認められてしかるべきであると主張し,①同程度に
周知,著名性を獲得したブランドであるにもかかわらず,他人の現存の有無といっ
た出願人(ブランド使用者)の関与し得ない要素によって承諾の要否や承諾が必要
な数が異なり,登録可能性に差異が生じる旨,②氏名をローマ字表記する場合は,
承諾の対象者が広く,他人の承諾を得ることが困難であるから,氏名のローマ字表
記が相当珍しいものでない限り,商標登録が事実上不可能となる旨,③上記のよ
うなブランドに係る商標は,それがファッション分野の商品に使用されると,当該
デザイナーのブランド表示として客観的に把握されるから,同じ読みの氏名の他の
者を想起,連想させるものではなく,当該他人の人格的利益が毀損されるおそれは
ない旨を主張する。
しかし,「他人の氏名」を含む商標について原則として商標登録を受けることが
できないとし,「その他人の承諾」を得ている場合をその例外と定める商標法4条
1項8号においては,上記①及び②のようなことが一定程度生じることは,予定さ
れているというほかなく,そのことを直ちに公平でないとか商標法1条の目的に反
するということはできない。また,同号が具体的な人格的利益の侵害又はそのおそ
れを要件として定めるものではないことからすると,上記③のような場合には同号
に該当しないと解することはできない。したがって,原告の上記主張は,前記(1)の
判断を左右するものではない。
3結論
以上によると,本願商標が商標法4条1項8号に該当するとした本件審決の判断
に誤りはなく,原告主張の取消事由は認められない。
第4結論
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
佐野信
裁判官
中島朋宏

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