弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     昭和三八年四月三〇日執行の柳川市議会議員一般選挙における選挙の効
力又は当選の効力に関する申立人A及びBの各審査申立について、被告が昭和三九
年三月二日なした各裁決中「昭和三八年四月三〇日執行の柳川市議会議員一般選挙
における当選の効力に関する審査申立人からの異議の申出に対し同年五月二九日柳
川市選挙管理委員会がした決定を取り消す。
     Cの当選を無効とする。」とした部分を取り消す。
     訴訟費用は被告の負担とする。
         事    実
 原告代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、
 一、 原告は昭和三八年四月三〇日執行の柳川市議会議員一般選挙において立候
補し、右選挙の選挙会で有効得票数五六六票ありとして、最下位の当選人と定めら
れた者である。
 二、 右選挙の当選の効力に関して選挙人A及び同Bはそれぞれ柳川市選挙管理
委員会に異議の申出をなし、同委員会は昭和三八年五月二九日いずれも棄却の決定
をなしたので同人らはこれを不服として、被告委員会に対しそれぞれ本件選挙の無
効又は最下位当選人の当選無効の裁決を求めるため審査の申立をしたところ、被告
委員会においては昭和三九年三月二日選挙の効力に関する審査の申立は棄却し、当
選の効力に関する審査申立について主文第一項掲記の各裁決をなし、同年三月七日
その旨を告示した。
 三、 被告委員会は本件選挙の選挙録による最下位当選人たる原告の得票総数五
六六、次点Dの得票総数五六三、〇六〇、Eの得票総数五五五、〇四四とあるの
を、原告五六六票、D五六五、〇五九票、E五六七、〇六三票と認定した結果、前
記主文のごとき裁決をなすに至つたものである。
 四、 而して右Eの得票数の増加を認めた理由は、『当委員会において調査した
ところ「F」と記載された投票五票「F」と記載された投票五票「F」と記載され
た投票一票、及び「F」と記載された投票一票が無効投票とされたもののなかにあ
つた。これらの投票については市委員会はG又はE両候補のいずれを記載したか確
認し難いものとして無効と決定している。しかし「F」、「F」又は「F」と記載
された投票はその字形から、むしろ「E」又は「E」と記載しようとして誤つて記
載したものと解するのが相当である。次に「F」と記載された投票についてはGが
「G」と発音され、Eが「E」と発音されるところから、両者のいずれを記載した
か確認し難く無効であると解する。他に無効投票とされたもののうちEの有効票と
認められるものが一票ある。』というにある。
 五、 (1) しかしながら候補者中に「G」と「E」とがあるのに「F」、
「F」、「F」と記載された投票をその字形からという理由だけですべてEの有効
票と認めることは失当である。すなわち候補者中に、GとEとがある場合「F」ま
たは単に「F」と記載された投票は外形的にはEの「文」とGの「一」の結合で、
両候補者の氏名を混淆した記載であつて各候補者名から見ていずれも一字違いで正
しい記載文字が三字であり、その表現する文字から客観的に観察すれば、何れの候
補者を投票する意思を以て記載されたものか確定し難く、特段の事由なき限り、原
則的には公職選挙法第六八条第七号に該当する無効投票と解することが公平且つ妥
当の措置であると信ずる。本件の選挙会も柳川市選挙管理委員会もこの見解をとつ
たもので適正であると思料される。
 (2) 被告委員会の裁決理由中に「F」と記載された投票については、Gが
「G」と発音され、Eが「E」と発音されるところから、両者のいずれを記載した
か確認し難く、無効であると解する旨説示しているが、これは発音面から投票者の
意思推測を試みたもので、その観察の方法としては正当であるが、その結論におい
ては失当である。すなわち「E」と発音すべき場合に誤つて「F」と呼ぶことは語
音のいちじるしい相違に徴して絶無であると認められるのに反し、「G」と発音す
べき場合に、その積りで「F」と訛つて呼ぶことは「ぶ」の尾音が「う」であり
「ん」がこれと同列の類似音であるため、俗世間極めて有り勝ちのことと認められ
る。従つて「F」なる投票記載は「E」を指すものとは到底考えられず、選挙人の
意思を尊重すべき立前から「G」すなわち「G」を投票する意思を以てなされたも
のと推定さるべきである。
 (3) 被告の原裁決では「F」、「F」又は「F」と記載された投票は、その
字形からむしろ「E」又は「E」と記載しようとして誤つて記載したものと解する
のが相当であると断じているが「F」または「F」と自筆しうる者が一と三とを読
みえない筈がなく、かつその読語音が著しく相違しているので「ゾウ」と読む字を
書くために一の字を誤記する等はあり得ないことである。しかしてこれらの投票は
「G」と「E」両候補者のいずれを記載したかを確認し難いというのが公平妥当な
見方であるといえようが、選挙人の意思を尊重してなるべく有効投票としての認定
の可能性を求めるならば、前記「F」と記載された投票と同一の理由により発音面
からの類似性より見て、むしろ「Gの有効票と認むべきものであろう。
 六、 要するに被告委員会の裁決は前記投票の解釈に誤りがあつて原告の当選を
無効とした違法があるので本訴に及ぶものであると述べ、立証として甲第一号証、
同第二、第三号証の各一、二を提出し、証人G、同Hの各証言並びに検証の結果を
援用し乙第一号証の成立を認めた。
 被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」と
の判決を求め、答弁として、
 一、 原告の請求原因事実中第一ないし第四項の事実は認めるが、その余の事実
は否認する。
 二、 柳川市選挙管理委員会は本件の場合「F」、「F」、「F」なる記載は
G、Eのいずれの候補者名を記載したのか明らかでないとして無効投票と決定し
た。しかしながら投票者の意思をできるだけ尊重して、その意思に従い有効投票に
するようにしなければならぬことは公職選挙法第六七条の規定するところである。
 (1) 「F」なる記載は字数においてGなる文字と一致するもの三字、これと
異なるもの一字であり、Eなる文字に対しても同様である。ただし前者の場合にお
いて異なるのは「武」に対する「文」であり、後者の場合は「三」に対する「一」
である。
 投票者が特定の候補者に対して投票することを決意し、その氏名を記載するに当
つては氏名が漢字である場合は、その文字の象形と発音の二つの面からの候補者氏
名の特定が行われ、この特定に応ずる表現が行われるのであるが、漢字で記載され
た場合は発音の面は記載者の内心に留保されて外部に表現されないから、その者の
意思は表現された象形の面から判断する外はない。ところで「F」という投票があ
る場合「武」を「文」と書き誤るよりも「三」を「一」と書き誤る方が、その字画
からいつてはるかに可能性が強いことは経験則上明らかである。またわが国におい
て名を呼ぶ場合には、その頭字に重点をおいて区別するのが通常である。これを問
題の候補者についていえば「文」又は「武」という頭字に他の名との区別の重点が
あるといえる。
 殊に本件市議会議員選挙においてはI姓の候補者が五名(J、G、K、D、E)
もあり、同時に執行された市長選挙の候補者はL、M、Nの三名で、これまた三名
で、これまた三名ともI姓であつて、選挙人としてはI姓を名乗る八名の候補者の
中から特定の市議会議員一名市長一名を投票するために、これらの者の名に対する
関心が極めて深かつたものと考えられる。このような特殊な事情もあつて、本件選
挙の選挙人のI姓の候補者の名に対する深い関心は名の頭字に集中せしめられてい
たものと考えられる。
 しかしてEの「文」という名の頭字ははつきり記憶しているが、その下の字が何
であるかを忘れた投票者が第四字目は何か数字であつたと思つて「一」を記載する
ことは大いにありうるところである。したがつて「F」なる投票は、これと名の頭
字を同一にするE候補の有効投票と認めるのが相当である。
 (2) 被告が「F」及び「F」と記載された投票をE候補の有効投票と認定し
た理由も前項と全く同一である。
 三、 次に原告は「F」と記載された投票はG候補の有効票と認定すべきもので
あると主張する。
 なるほど原告の主張するように「E」なる発音の場合「F」と呼ぶことはあり得
ないであろうが同様に「G」と発音すべき場合に「F」と呼ぶこともあり得ない。
 この観点から「F」なる発音は「E」「G」のいずれの呼び方でもないのであつ
て「G」の呼び方とすべき旨の原告の主張は失当である。
 四、 これを要するに原告は文字の象形と発音の二つの要素のうち発音の面を強
調し「F」なる記載が「G」すなわち「G」を投票する意思を以てなされたものと
推定すべきであると主張し、この理論を展開して「F」なる記載が「G」の有効投
票であると認めるべきこと、更に「F」又は「F」なる記載はGの誤記と認めるべ
きことを結論づけているが、このように仮名書きの場合の理論を以て漢字書きの場
合までも律しようとする見解は合理的でなく、到底これを認め難いと述べ、
 立証として乙第一号証を提出し、甲第一号証の成立を認め、同第二第三号証の各
一、二の成立は不知と述べた。
         理    由
 原告主張の請求原因事実中第一ないし第四項の事実は当事者間に争いないところ
である。
 よつて本件の主要な争点である「F」と記載された投票五票「F」と記載された
投票五票「F」と記載された投票一票及び「F」と記載された投票一票がG又はE
両候補のうち、いずれを記載した有効票として認めるか、或は右両候補のいずれを
記載したか確認し難いものとして無効票と判定すべきかの点について考察する。
 (一) 証人G、Hの各証言、検証の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、昭和三
八年四月三〇日執行の柳川市議会議員一般選挙においてはI姓の候補者が五名
(G、J、K、D、E)もあり、このうちG、J、Kの三名が当選確定し、Gは得
票数七三六、三八六票を以て一二位で当選していること、Gは元職業軍人であり、
終戦後昭和二二年に復員して質屋業を営んでいたもので、従来政治方面には関係な
く本件選挙に始めて立候補して当選した新人であるに反し、Eは昭和一二年四月に
a村の村会議員に当選したのを始め、村会議員二期、b町或は柳川市の町議会議員
及び市議会議員に各一回当選し、世間的には前者にくらべて遙かに知名人であつた
ことが認められる。
 ところで「F」と記載された投票五票は
 「G」とは三字を共通にし「文」と「武」の一字が異なり「E」とも三字を共通
にし「一」と「三」の一字が異なる本件選挙のようにI姓の候補者が五名もある場
合に「I」という姓を以て候補者の異同を区別することはできないから、専ら
「F」なる名の記載により「G」と「E」のいずれの候補者に投票する意思を以て
記載されたものであるかを判定する外はないわけである。
 この点につき原告は専ら発音面から事を論じ「E」と発音すべき場合に誤つて
「F」と呼ぶことは語音のいちじるしい相違に徴して絶無であると認められるのに
反し「G」と発音すべき場合に訛つて「F」と呼ぶことは俗世間極めて有り勝ちの
ことであるから、前記の投票はむしろ「G」を投票する意思を以てなされたものと
推定すべきであると主張し、被告は専ら字形から事を論じ「F」と記載した投票が
ある場合に「武」を「文」と書き誤るよりも「三」を「一」と書き誤る方がその字
画からいつてはるかに可能性が強いから、前記の投票は「E」と投票する意思を以
てなされたものと認むべきであると主張するが、両者とも正鵠を得た見解ではない
と思料する。
 <要旨>けだし、選挙人がある特定の候補者に投票しようとする場合に、一応その
候補者の氏名を発音面で記憶しておいて、投票の際音感に従つてこれを漢字
に記載する場合もあれば、候補者の氏名を漢字で記憶しておいて、投票の際これを
そのまま文字に記載する場合もあることは容易に推測できるところであるから、こ
の場合に発音面と字形のいずれか一方に偏して、これを断定することは困難であ
る。
 殊に検証の結果によると本件選挙において「F」と記載された投票五票は、いず
れも相当に達筆であつてGを発音面で「こがF」と記憶していて、これを「F」な
る文字に現わしたものとも考えられるのであつて、右の記載をことさらに「G」或
は「E」のうちいずれか一方に投票する意思で記載したものと断定するのは正確で
はない。
 なお前記認定したところにより「E」は「G」に比較して遥かに知名人であるこ
とが窺われるから、「G」と比較すると氏名が誤記される恐れはより少ないものと
も考えられるし、「G」を「F」と誤記し、又その逆に「E」を「F」と誤記する
場合もあり得ることで、いずれがその可能性が強いと断定することは困難であるか
ら、本件の場合「F」と記載された投票五票は本件の選挙会及び柳川市選挙管理委
員会が決定したとおり、G又はE両候補のいずれを記載したか確認し難いものとし
て無効とするのが相当である。
 (二) 「F」と記載された投票五票「F」と記載された投票一票についても当
裁判所は前記(一)において認定したのと同様の理由により前記両候補のいずれを
記載したか確認し難いものとして無効と解する。
 (三) 「F」と記載された投票一票については以上(一)に認定したところに
より「G」が「G」と発音され、「E」が「E」と発音されるところから、前記両
候補者のいずれを記載したか確認し難いものとして無効であるとした被告の裁決を
正当と考える。
 ただ被告が「F」と記載された投票を専ら発音面から捉え、これを前記両候補者
のいずれを記載したか確認し難いものとして無効としながら、前記「F」「F」
「F」と記載された投票については、その発音面を深く考慮することなく、主とし
て字形から判断して「E」又は「E」と記載しようとして誤つて記載されたものと
して、これらを「E」の有 効票と解したのは、その思考の過程において首尾一貫
しないものがあると考えられる。
 以上を要約すると、被告が「E」の有効票とした「F」と記載された投票五票
「F」と記載された投票五票「F」と記載された投票一票は、いずれも公職選挙法
第六八条第七号にいわゆる公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いものとし
て無効と解するので被告がEの有効票と認定した五六七、〇六三票より右の一一票
を控除すると五五六、〇六三票となり、最下位当選人である原告の有効票とされた
五六六票を下廻ることは明らかであり、被告のなした主文第一項掲記の裁決は前記
投票の解釈に誤りがあつて、その結果原告の当選を無効とした違法があるから、こ
れを取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり
判決する。
 (裁判長裁判官 岩永金次郎 裁判官 岩崎光次 裁判官 小川宜夫)

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