弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決中,上告人らの敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人齋藤尚雄ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除
く。)について
1本件は,東京証券取引所に上場されていた被上告人Y1の株式(以下「Y1
株」という。)を取引所市場において取得した者等である上告人らが,A社等の少
数特定者が所有するY1株の数の割合が東京証券取引所の定める上場廃止事由に該
当するという事実があったにもかかわらず,被上告人Y1が有価証券報告書及び半
期報告書(以下「有価証券報告書等」という。)に虚偽の記載をして上記事実を隠
蔽し,また,A社がY1株の大量保有報告書に過少な数を記載するなどして上記事
実の隠蔽に協力したことにより,損害を被ったと主張して,被上告人Y1,A社を
吸収合併した被上告人Y2並びに被上告人Y1及びA社の代表取締役であったY3
に対し,不法行為等に基づく損害賠償を求める事案である。上記の不法行為により
上告人らに生じた損害の額が争点となっている。
2原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)Y1株は,昭和24年に東京証券取引所に上場され,昭和40年8月から
平成16年12月16日まで継続して市場第一部に上場されていた。
(2)東京証券取引所においては,遅くとも昭和57年10月1日には以下の上
場廃止事由が定められ,これは平成16年まで継続されていた(株券上場廃止基準
2条1項,昭和57年10月1日改正付則3項,5項)。
ア少数特定者持株数(所有株式数の多い順に10名の株主が所有する株式及び
役員が所有する株式等の総数をいう。)が上場株式数の80%を超えている場合に
おいて,1年以内に80%以下とならないとき(以下「少数特定者持株数基準」と
いう。)
イ上場会社が財務諸表等又は中間財務諸表等に虚偽記載を行い,かつ,その影
響が重大であると東京証券取引所が認めた場合(以下「財務諸表等虚偽記載基準」
という。)
ウ公益又は投資者保護のため,東京証券取引所が当該銘柄の上場廃止を適当と
認めた場合(以下「公益等保護基準」という。)
(3)被上告人Y1は,関東財務局長等に対して提出した昭和32年3月期から
平成16年3月期までの有価証券報告書等において,A社が所有するY1株の数に
つき,A社名義で所有する株式(以下「A社名義株」という。)の数のみを記載
し,他人名義で所有する株式(以下「他人名義株」という。)の数を記載せず,ま
た,A社名義株と他人名義株を合わせればA社が被上告人Y1の発行済株式総数の
過半数を有する会社であったにもかかわらず,その旨の記載もしなかった(以下,
被上告人Y1の有価証券報告書等における上記の内容の虚偽記載を「本件虚偽記
載」という。)。
(4)他方,A社は,平成2年の証券取引法の改正により提出が義務付けられた
大量保有報告書及びその変更報告書において,その所有するY1株の数を過少に記
載し,後記(7)の公表までの間,正確な数を記載した大量保有報告書及びその変更
報告書を提出しなかった。
また,A社は,平成7年以降,その所有するY1株の一部を他人名義株も含めて
売却した。
(5)被上告人Y1の代表取締役であった被上告人Y3(昭和40年11月就任,
平成16年4月14日退任)は,上記の在任期間中,本件虚偽記載の事実を認識し
ながら,その訂正を指示等することなく,これを継続することを容認し,また,A
社の代表取締役(昭和32年10月就任,平成16年10月13日辞任)として
も,A社が所有する他人名義株の存在や本件虚偽記載を認識しながらこれを公表し
なかっただけでなく,上記(4)の本件虚偽記載の隠蔽に積極的に関与した。
(6)被上告人Y1の少数特定者持株数は,少数特定者持株数基準が施行された
昭和57年10月1日以降,平成16年3月末まで継続して上場株式数の80%を
超えていた。しかし,本件虚偽記載のある有価証券報告書等の記載の上では,少数
特定者持株数は,常に上場株式の80%以下にとどまるものとされていた。
また,A社の所有するY1株の数が被上告人Y1の発行済株式総数に占める割合
は,昭和32年3月末以降,常に過半数であったが,本件虚偽記載により,有価証
券報告書等の記載上の上記割合は,常に半数以下にとどまるものとされていた。
(7)被上告人Y1は,平成16年10月13日,関東財務局長に対し,A社等
の所有する他人名義株の存在が判明したとして,公衆縦覧期間中である平成12年
3月期から平成16年3月期までの有価証券報告書等につき,A社等の所有するY
1株の数及び所有割合を訂正し,A社の表示を「その他の関係会社」から「親会
社」に訂正するなどした訂正報告書を提出し,その旨を公表した(以下「本件公
表」という。)。
(8)東京証券取引所は,平成16年10月13日,Y1株を少数特定者持株数
基準に係る猶予期間入り銘柄(その期間は同年4月1日から1年間)としたことを
公表するとともに,Y1株について,財務諸表等虚偽記載基準及び公益等保護基準
に該当するおそれがあるとして,その該当の有無を認定する日まで監理ポストに割
り当てることを決定し,その旨を公表した。
東京証券取引所は,同年11月16日,Y1株について,財務諸表等虚偽記載基
準及び公益等保護基準に該当するとして,同年12月17日に上場廃止とする旨を
決定し,上記決定内容及び同月16日までY1株を整理ポストに割り当てる旨を公
表した。
Y1株は,同月17日,上場廃止となった。
(9)Y1株の東京証券取引所における終値は,本件公表の日(なお,本件公表
前に同日の取引は終了していた。)である平成16年10月13日が1株1081
円,上場廃止決定のあった同年11月16日が1株268円,最終取引日である同
年12月16日が1株485円であった。
その後,平成18年2月に被上告人Y1の会社分割など関係企業の再編が行わ
れ,その際,Y1株は1株919円と評価されて譲渡されるとともに,被上告人
Y1は,会社分割に反対する株主からの株式買取請求にこれと同一の価格で応じ
た。
(10)上告人らは,平成8年3月から平成16年10月13日までの間に取引所
市場においてY1株を取得し,本件公表後上記上場廃止までの間にその保有してい
たY1株を取引所市場において全部売却した機関投資家,又は上記機関投資家から
被上告人らに対する損害賠償請求権の譲渡を受けた者である(以下,同請求権の譲
渡前の事実をいうときは,上記の市場取引を行った者を指して「上告人ら」とい
う。)。
(11)A社は,平成18年2月1日,被上告人Y2に吸収合併された。
3上告人らは,本件虚偽記載により上告人らに生じた損害の額について,要旨
次のとおり主張している。
(1)主位的主張
本件虚偽記載がなければ上告人らがY1株を取得することはなかったにもかかわ
らず,上告人らは,本件虚偽記載によりY1株を取得させられ,かつ,本件公表後
にこれを売却することを余儀なくされたから,取得価額と処分価額との差額が損害
額である。
(2)予備的主張1
本件虚偽記載がなければY1株はすぐにでも上場廃止となり得る株式としての価
額(想定価額)で市場に流通していたはずであるから,取得価額と想定価額との差
額に相当する額が損害額となる。
(3)予備的主張2
本件虚偽記載がされた結果,Y1株の市場価額が本件公表後に急落し,上告人ら
は急落した株価でこれを売却することを余儀なくされたから,本件公表の日の終値
と処分価額との差額が損害額となる。
4原審は,前記事実関係の下において,被上告人らの不法行為責任を肯定した
上で,本件虚偽記載により上告人らに生じた損害の額について次のとおり判断し
て,上告人らの請求を一部認容し,その余の請求を棄却した。
(1)主位的主張について
上告人らは,上場株式として流通するY1株を通常の方法で取得したのであり,
上告人らの取得行為自体に瑕疵はない。また,本件虚偽記載が株主の構成に関する
ものであって,会社の収支や資産価値に直接関わるものではなかったこと,本件公
表までは,本件虚偽記載の影響を受けることなく,取得したY1株を処分すること
が可能であったことからすると,Y1株の取得自体を損害とみることはできず,主
位的主張は理由がない。
(2)予備的主張1について
上告人らの主張する取得価額と想定価額との差額相当額の損害は,上告人らが
Y1株を取得した時点では余りに不明瞭なものであって損害が生じたとはいえない
上,その主張に係る想定価額を認めることもできないから,予備的主張1は理由が
ない。
(3)予備的主張2について
本件公表によりY1株の市場価額が急落するという事態は,本件虚偽記載が判明
することによって生ずべき減価が現実化したものということができる。
しかし,本件公表後いつの時点でY1株を売却するかは当該株主が諸般の事情を
考慮して決断すべき事柄であること,虚偽記載の公表直後はいわゆるろうばい売り
が集中し,その市場価額が客観的株価より過大に下落する傾向が見られること,本
件虚偽記載は被上告人Y1の財務状況や企業価値そのものに関するものではなかっ
たことなどに照らすと,本件公表後のY1株の売却行為及びそれによる損失の発生
が,全て本件虚偽記載から通常生じ得る結果であるとまではいえない。本件虚偽記
載により上告人らに生じた損害の額は,本件公表後のY1株の市場価額の推移やそ
の後の関係企業の再編の際におけるY1株の評価額等を総合勘案し,民訴法248
条を適用して,本件公表の日の終値の15%相当額と認定するのが相当である。
5しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)前記事実関係によれば,Y1株に関しては,昭和32年3月期以降本件虚
偽記載が継続され,上場廃止事由として少数特定者持株数基準が定められた昭和5
7年10月1日以降継続して同基準に該当しており,現に,東京証券取引所は,本
件公表後,同基準に係る猶予期間の経過を待つことなく,財務諸表等虚偽記載基準
及び公益等保護基準に該当するとして本件公表後1か月余にして上場廃止を決定し
たというのであるから,仮に,被上告人Y1が上告人らによるY1株の取得より前
に継続してきた本件虚偽記載をやめ,あるいは本件虚偽記載を訂正していた場合に
は,その後速やかにY1株につき上場廃止の措置が執られていた蓋然性が高く,少
数特定者持株数基準に該当する事実の解消に向けた行動が取られたとしても,A社
等の持株数に照らして上場廃止を回避するまでに至った可能性は極めて乏しかった
とみるべきである。そうであれば,機関投資家であり,Y1株を取引所市場で取得
した上告人らにおいては,本件虚偽記載がなければ,取引所市場の内外を問わず,
Y1株を取得することはできず,あるいはその取得を避けたことは確実であって,
これを取得するという結果自体が生じなかったとみることが相当である。その限り
において,上告人らの主位的主張は理由がある。
(2)このように,有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引
所市場において取得した投資者が,当該虚偽記載がなければこれを取得することは
なかったとみるべき場合において,当該虚偽記載の公表後に上記株式を取引所市場
において処分したときは,当該虚偽記載により上記投資者に生じた損害の額,すな
わち当該虚偽記載と相当因果関係のある損害の額は,その取得価額と処分価額との
差額を基礎とし,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しな
い市場価額の下落分を上記差額から控除して,これを算定すべきものと解される。
すなわち,上記投資者が上記株式を取得してからこれを処分するまでの間に上記
株式の市場価額が種々の要因によって変動することは通例であるところ,機関投資
家である上記投資者は,当該虚偽記載がなければ上記株式を取得することはなかっ
たとしても,取得した株式の市場価額が経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当
該虚偽記載とは無関係な要因に基づき変動することは当然想定した上で,これを投
資の対象として取得し,かつ,上記要因に関しては開示された情報に基づきこれを
処分するか保有し続けるかを自ら判断することができる状態にあったということが
できる。このことからすると,上記投資者が自らの判断でその保有を継続していた
間に生ずる上記要因に基づく市場価額の変動のリスクは,上記投資者が自ら負うべ
きであり,上記要因で市場価額が下落したことにより損失を被ったとしても,その
損失は投資者の負担に帰せしめるのが相当である。したがって,経済情勢,市場動
向,当該会社の業績等当該虚偽記載とは無関係な要因に基づく上記株式の市場価額
の下落分は,当該虚偽記載と相当因果関係がないものとして,上記差額から控除さ
れるべきである。
以上の理は,虚偽記載の公表の前後を問わず当てはまるところであるが,虚偽記
載が公表された後の市場価額の変動のうち,いわゆるろうばい売りが集中すること
による過剰な下落は,有価証券報告書等に虚偽の記載がされ,それが判明すること
によって通常生ずることが予想される事態であって,これを当該虚偽記載とは無関
係な要因に基づく市場価額の変動であるということはできず,当該虚偽記載と相当
因果関係のない損害として上記差額から控除することはできないというべきであ
る。
(3)前記事実関係によれば,上告人らは,取引所市場においてY1株を取得し
た機関投資家であり,Y1株の市場価額が虚偽記載とは無関係な要因に基づき変動
することを承知の上でこれを取得し,その後,開示された情報に基づきY1株を処
分するか保有し続けるかを自ら判断することができる状態にあったものということ
ができる。
そして,上告人らがY1株を取得してから本件公表までの間のY1株の市場価額
の下落については,一般的には,虚偽記載が公表されていない間には虚偽記載が市
場価額に影響を与えることは少なく,虚偽記載とは無関係な要因に基づくものであ
ることが多いと考えられるものの,前記事実関係によれば,本件公表前にA社が本
件虚偽記載に係る他人名義株を売却するなどして本件虚偽記載が一部解消されてい
たというのであり,その頃本件虚偽記載に起因してY1株の市場価額が下落してい
た可能性がある。他方,前記事実関係によっても,本件公表後のY1株の市場価額
については,上場廃止までの間に本件虚偽記載と無関係な要因による下落があった
ことはうかがわれない。
そうすると,本件虚偽記載と相当因果関係のある損害の額は,取得価額と処分価
額との差額から,本件公表時までの下落分のうち経済情勢,市場動向,被上告人
Y1の業績等本件虚偽記載とは無関係な要因によるものを控除して,これを算定す
べきである。以上のようにして算定すべき損害の額の立証は極めて困難であること
が予想されるが,そのような場合には民訴法248条により相当な損害額を認定す
べきである。
6以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,上告人らの
敗訴部分は破棄を免れない。そこで,本件虚偽記載と相当因果関係のある損害の額
について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととす
る。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦
夫の補足意見,裁判官寺田逸郎の意見がある。
裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
原判決が主位的主張を採用していない点において破棄を免れないものであるの
で,本来は言及する必要はないのであるが,原判決が予備的主張2に関して判示す
るところは,機関投資家の投資活動に対する評価として見逃し難い点が存すると認
められるので,若干の補足的な意見を述べておく。
原判決は,予備的主張2についての損害を認定するに当たり,上告人らにおい
て,その投下資本の回収が困難となることを回避するためにY1株(以下「本件株
式」という。)を売却したことは不合理であるとはいえないとした上で,本件上場
廃止が想定される事態に至ったことについて,「かかる事態への対処は,その株主
において,その株価の一層の下落可能性を慮って損失の拡大又は利益の減少を防止
するためにこれを早期に売却するか,あるいはその後の株価の反転,上昇を期待し
て保有し続けた上でいつの時点で株式を売却するか等を,自己責任の下に,諸般の
事情を考慮して判断すべきである。」として,上告人らそれぞれの売却価格をもっ
て,各上告人の損害額算定の基礎とすることを認めなかった。
しかし,本件の上告人らは機関投資家であり,その運用指針として東京証券取引
所市場第一部を構成するTOPIXを指標とする運用を行っていたのであるから,本
件株式が上場廃止が想定される監理ポストに割り当てられることが明らかになれ
ば,即売却の方針を採る以外選択の余地は原則として存しないのであり,監理ポス
トに割り当てられることが明らかになったにもかかわらず,反転,上昇を期待して
株式を保有し続けることは,機関投資家としての善管注意義務違反が問われかねな
いのである。
なお,本件株式は,虚偽記載の公表後一旦大きく下落し,その後反転しているこ
とが認められるが,被上告人Y1は,上場廃止決定がなされる前後に,ジャスダッ
クへの再上場を目指す旨公表し(その後,上場されていない。),また中間決算短
信で,業績の上方修正を公表する等しているのであって,反転した株価自体が市場
における公正な株価と評価し得るものといえるか否かについても疑問の存するとこ
ろである。
これらの実態等を踏まえた判断がなされる必要があると考える。
裁判官寺田逸郎の意見は,次のとおりである。
私も,原判決中上告人らの敗訴部分を破棄すべきとする結論においては多数意見
と考えを同じくし,また,多数意見が理由とするところに与することができる部分
も少なくない。ただ,実質のある一部において多数意見とは見解を異にするので,
これにつき論じておきたい。
1(1)本件事実関係の下において,本件虚偽記載がなければ上告人らがY1株
を取得することはなかったとみるべきこと,有価証券報告書等に虚偽記載がなけれ
ば投資者が株式を取得することはなかったとみるべき場合において,その投資者が
当該虚偽記載の公表後,当該株式を取引所市場において処分したときは,当該虚偽
記載と相当因果関係がある損害の額は,その取得価額と処分価額との差額を基礎と
して算定すべきこととすることなどの判断においては,多数意見と見解を同じくす
る。
(2)また,虚偽記載公表後の株式の市場価額の変動のうち,いわゆるろうばい
売りが集中することによる過剰な下落による損失については,有価証券報告書等に
虚偽記載がされ,それが判明することによって通常生ずることが予想される事態で
あることから,これを当該虚偽記載と相当因果関係がない損害とみてその分を損害
額から控除することは相当でないとする点においても,多数意見の見解に異論はな
い。
(3)しかし,多数意見が,取得した株式の市場価額が上記(2)以外の経済情勢,
市場動向,当該会社の業績等虚偽記載とは無関係な要因に基づき下落したことによ
って投資者に損失が生じた場合に,投資者はそのような価額の変動を市場参加者と
して想定しておくべきであり,そのリスクは自ら負うべきであるとして,これをす
べて投資者の負担に帰せしめ,それらの要因に基づく株式の市場価額の下落分によ
る損失一般につき相当因果関係を欠くものとして上記(1)の差額から控除されるべ
きであると結論付ける部分には賛成することができない。
多数意見のこのような考え方は,虚偽記載がなければ投資者が株式を取得するこ
とがなく,これに要した資金が供出されることはなかったという前提の下で,資金
が投資されている間のリスクをすべて免れてそのまま投資時の原状で回復されるべ
きこととするストレートな結論をとることへの違和感からくるものであろう。この
違和感には共感できるところがなくはない。継続的株式投資という環境に置かれた
運用資金に係る損害賠償としての性格に鑑みると,究極的には当該株式への投資を
行った後(事実審の口頭弁論終結時まで)の事情を考慮に入れて損害額の算定を行
うことがより実情に即した判断につながると考えられるからである。しかし,その
具体的な内容については慎重に見ていく必要がある。
2(1)上記1(1)の立論のとおり,実際には株式を取得した投資者が当該虚偽記
載がなければこれを取得することはなかったとみて,本件虚偽記載の結果取得価額
に相当する金員を支出して虚偽記載に係る株式を取得したことにより損害を被った
とし,取得価額と処分価額の差を損害額算定の基礎とすると考える場合に,「虚偽
記載がなければ投資者が株式を取得することはなかった」という前提と矛盾なく理
解できる次の範ちゅうの損失については,その額を,上記基礎損害額から相当因果
関係を欠くものとして控除することを是認する余地があろう。
(ア)投資者として,当該株式を保有していた期間中,仮にこれを取得すること
がなかったとしても受けたであろう損失
(イ)虚偽記載の公表後も投資者が漫然と株式を保有し続けた結果生じた損失
多数意見が上記1(3)で挙げる損失のうち,一般的な経済情勢,株式市場の動向
により株価一般に下落が生じた場合に受けたであろう損失は,上記(ア)に当たるこ
とがあり得る。投資者が恒常的に市場で株式投資をしている投資家であることが認
められるのであれば,虚偽記載のある株式への投資をしていなくてもその資金はそ
れ以外の株式を保有することに用いられていたに違いないから,市場における株式
一般の価額下落による損失を被っていたはずであるといえるのであって,そのよう
な証明ができるのであれば,その分については相当因果関係を否定されても不当と
はいえないからである。また,例えば,当該投資者が継続的に鉄道株に限って投資
を続けているなど特定の投資パターンがあると認められる場合には,その対象株に
共通する価額の下落の影響を被ったはずであるといえるから,その下落による損失
分についてもやはり相当因果関係がないものとして損害額から控除することが考え
られる。このような処理は,「虚偽記載がなければあったであろう状態」を「原
状」よりは広くとらえて,資金拠出後に免れるはずがなかった損失を資金拠出がな
かったこととすると免れたことにしてしまう部分をも考慮に入れて判断することに
ほかならず,このようにすることによって損害額の算定の現実的妥当性が高まるよ
うに思われる。
(2)これに対し,会社の業績不振による株式価額の下落など当該株式に特有の
価額下落による損失を相当因果関係なしとして損害額から控除することには無理が
あると思われる。投資者が当該株式を取得することはなかったとの前提をとって株
式取得のために出捐した額を損害額の基本に据えながら,その株式に特有の下落分
をそこから控除するのでは筋が通らないと考えるからである。多数意見は,この下
落分につき相当因果関係を否定するのに,当該株式を取得した以上はその価額が変
動することは当然想定すべきであると説くが,それは会社側の不法行為がなければ
当該株式を取得することはなかったとされる立場の投資者にとっては受け入れ難い
立論であろう。
もとより,多数意見が説くとおり,会社の業績不振による下落額で,当該虚偽記
載と直接関係がないものがあることは否定できない。そこで,会社の価値を持分的
に表している株式は上場資格があろうがなかろうが本質的に同一のもの(ただ,上
場ができなくなるリスクがあることによる減価があり得る。)であって,現に市場
で取引が行われている以上本来上場資格を欠くものでもそれ相応の取引対象なので
あるから,「虚偽記載がなければ投資者が株式を取得することはなかった」という
前提から離れて相当因果関係による損害を求めることとするアプローチが許されな
いわけではなく(現に,本件においても,上告人らは予備的主張としてそのような
構成を試みている。),もし,本件でも,そのように前提を別にとって損害の額を
求めようというのであれば,当該虚偽記載と関係がある下落による損失かそうでな
い下落による損失かによって相当因果関係の有無を判定するとしても不相当ではな
いといえるであろう。しかし,いったん両者を別物と考え,「虚偽記載がなければ
投資者が株式を取得することはなかった」という前提から出発することとした以上
は,このような立論は無理ではないかと考えるのである。言い換えれば,いったん
株式の取得価額と処分価額の差を基礎として損害額を算定するという立論をしなが
ら,その差の間に存する当該株式の価額の下落につき分析し,ひとつひとつ虚偽記
載がもたらしたものかどうかを検討し,関係がないとみられるものは除外していく
というのであれば,もともと何を基礎とするかなどといった検討をとばして,虚偽
記載と個々の株式価額の下落との関係をみて損害の範囲を決めるのと実体において
は等しいのであって,多数意見のような構成は,「虚偽記載がなければ投資者が株
式を取得することはなかった」との立場から株式の取得価額と処分価額との差を基
礎として損害額を算定するとした意味を大きく損なうものであるといえるのではあ
るまいか。
虚偽記載が公表されるまではそれなりの価額で処分することができたところ,そ
の間に価額の下落が生じたとしてもその下落には虚偽記載による影響はないとし,
あるいは,その間のリスクは投資者が負うべきと考えて因果関係を否定する考え方
も,同様に,会社側の不法行為がなければ当該株式を取得しなかったとの立場にあ
ると認められる投資者にとっては受け入れ難い立論であるように思われる。虚偽記
載が公表されるまでに株式が処分された場合にその処分価額が損害額から控除され
るのは,損害を減ずべき現実の利得があったからにすぎないと考えるべきものであ
ろう。
多数意見に沿った構造を有する規定が金融商品取引法に存する。証券発行市場に
おいて虚偽記載のある有価証券を取得し,その後処分した投資者に対する発行会社
の損害賠償責任を定めた同法18条の規定を受けて賠償額につき定める同法19条
は,①取得価額から処分価額を控除した額を賠償額としつつ,②投資者が受けた損
害額の全部又は一部が虚偽記載によって生ずべき証券価額の下落以外の事情により
生じたことを発行会社が証明した場合においては,その全部又は一部については,
賠償の責めに任じない旨定めているのである。しかし,この規定は,虚偽記載がな
ければ投資者が有価証券を取得しなかった場合の損害賠償責任の追及という場面に
焦点を合わせて置かれたものではなく,むしろ,損害塡補と併せて不実開示の抑止
による証券市場の公正さの確保を目的として発行会社に対して無過失責任を追及す
ることを可能にし,その場合における投資者側の損害賠償額の立証の負担を軽減す
る趣旨でいわば政策的に規定されたもので,取得そのものを損害とすることを出発
点にしつつ,様々な事情に応じてこれを減ずるという方式を採用することによっ
て,多様な場面に対応しつつその目的を図ろうとする,新しい立法ならではの構造
を有しているとみるべきものである。したがって,証券流通市場において虚偽記載
のある有価証券を取得し,その後処分した投資者に対する発行会社の損害賠償責任
については,賠償額についても虚偽記載の公表前後の有価証券価額の差を基準とす
る別のスキームの規定が置かれている(同法21条の2第1項,2項)。そして,
上記の規定は,いずれも損害賠償を請求しようとする者にそれぞれ新たな選択肢を
与えるものであって,これによらず一般の不法行為責任を追及することは妨げられ
ないとされているのである。いずれにせよ,虚偽記載がなければ有価証券を取得す
ることはなかったと認められる投資者が一般の不法行為責任として求める損害賠償
の賠償額について,上記の規定がその立論のあり方を左右するものではないし,同
様のスキームを民法の解釈で実現しようというのであれば,無理があるというほか
ない。
(3)なお,上記(1)(イ)のとおり,投資者が虚偽記載の公表後も株式を長く持ち
続け,いわゆるろうばい売りなど当該虚偽記載の公表による市場価額の変動が収束
したとみられる時期以後も当該株式を処分しなかったときは,「公表があれば取得
しなかった」という前提との一貫性から,もはやその後の価額下落による損失につ
いては当該虚偽記載と相当因果関係がないものとして扱うべきものとしてよいであ
ろう。虚偽記載という事実を知らされたからには,以後は通常どおり投資者として
のリスクを負って株式を保有している状態とみてよく,あるいは,投資者に損害拡
大回避義務があるということで説明することもできるところと考えられる。
ただ,多数意見に示されたとおり,本件公表後のY1株の市場価額については,
いわゆるろうばい売りなど当該虚偽記載の公表による市場価額の変動が収束したと
みられる時期以後上場廃止までに更に株式価額の下落が生じたと認めるべき事情が
ないので,ここでは,これ以上論じない。
3結論として,本件においては,本件虚偽記載と相当因果関係がある損害の額
は,上告人らのY1株の取得価額とその処分価額との差額を基礎とし,上記2(1)
で示した限度での株式価額の下落による損失についてはこの基礎損害額から控除す
べき余地があるものとして更なる立証の機会を与える一方,上記2(2)で示した株
式価額の下落による損失についてはこの基礎損害額からの控除の対象とはしない扱
いをすべきものであると考えるのである。
(裁判長裁判官那須弘平裁判官田原睦夫裁判官岡部喜代子裁判官
大谷剛彦裁判官寺田逸郎)

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