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 平成15年10月30日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 
 平成15年10月7日 口頭弁論終結
平成14年(ワ)第12682号 不当利得返還請求事件
判    決
当事者の表示 (省略)
主    文
1 被告は,原告Aに対し,金168万1564円及び内金150万1130円に
対する平成13年11月10日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員
を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金36万6193円及び内金35万8495円に対す
る平成14年2月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払
え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,金168万4100円及び内金150万3357円に
対する平成13年11月10日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員
を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金36万6951円及び内金35万9234円に対す
る平成14年2月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払
え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は,消費者金融会社である被告から金員を借り入れた原告らが,被告との一
連の取引により,利息制限法所定の制限利率に基づく利息(以下「制限利息」とい
う。)を超える約定利息を支払った結果,過払金が生じており,かつ,被告が過払
金の取得について民法704条所定の「悪意の受益者」に当たるとして,過払金及
びこれに対する各過払金発生日から支払済みまで年5%の割合による利息が発生し
ていることを前提とした計算による過払金の返還を求めている事案である。
 被告は,貸金業法の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条の
みなし弁済規定の適用がある旨の主張をする反面でその立証をせず,過払金が発生
していることは認めているものの,被告が民法704条の「悪意の受益者」であ
り,年5%の利息が発生するとの点を争っている。
2 前提事実
(1) 原告A
 被告は,原告Aに対し,別紙1の年月日欄記載の日に,借入金額欄の貸付けを行
い,原告Aは,これに対して弁済額欄記載の返済をした。
(2) 原告B
 被告は,原告Bに対し,別紙2の年月日欄記載の日に,借入金額欄の貸付けを行
い,原告Bは,これに対して弁済額欄記載の返済をした。
3 争点
 被告は民法704条所定の「悪意の受益者」に当たるか
4 争点に関する原告の主張
(1) 原告ら
ア 「悪意の受益者」に関する主要事実について
 一般に,不当利得者が,その利得にかかる法律上の原因の不存在を基礎づける事
実を認識している場合には,当然に「悪意の受益者」となるのであって,法令の存
在を知らなかったり,誤った法解釈に基づいて法律上の原因があるものと誤解して
いたとしても,そのことは結論に影響を及ぼさない(「法の不知は恕さず」)。
 すなわち,「悪意の受益者」か否かは,不当利得者が認識していた法律上の原因
の存否を基礎づける具体的な事実の内容如何によって定まるのであり,法的評価に
ついての認識とは無関係である。
イ 「悪意の受益者」に関する主張立証責任について
(ア) 一般に,法律上の原因なく受益した者は,その利得について法律上の原因が
ないことについて悪意であるのが通常であるから,不当利得者が法律上の原因がな
いことについて善意であることを主張立証しない限り,「悪意の受益者」であるこ
とを免れず,取得した利得に利息を付して返還する義務を負う。
(イ) 貸金業法43条所定のみなし弁済の規定は,利息制限法1条の例外規定であ
り,その全ての要件事実の立証責任は貸金業者が負担することが明らかであるが,
それにもかかわらず,貸金業者の主観についての主張立証責任を借主に負担させる
のは著しく不合理である。
 したがって,法律上の原因があることの認識,すなわち,みなし弁済が成立する
と認識していたことは抗弁事実と捉えられるべきであり,その主張立証責任は貸金
業者たる被告側が負担すべきものである。
ウ 被告が「悪意の受益者」であることについて
 被告は,貸付けをした際には概ね契約書面を発行しているが,これが貸金業法1
7条所定事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)に該るか否かは不明
であり,原告らにこれを立証する手段はない。
 また,被告は,銀行振込による返済を受けたときは受取証書を発行しておらず,
店頭またはATMを利用した返済の際には概ね受取証書を発行しているものの,そ
の書面の記載はおよそ実体とかけ離れており,同法18条所定事項を記載した書面
(以下「18条書面」という。)には該らない。
 以上のとおり,被告は,制限利息を超える約定利息を収受することについて悪意
であり,かつ,みなし弁済が成立すると信じることについて相当の理由もなかった
のであるから,「悪意の受益者」となる。
(2) 被告
ア 「悪意の受益者」に関する主要事実について
 一般に,客観的には利得に法律上の原因が認められない場合であっても,不当利
得者がその利得に法律上の原因があると認識している場合には,「悪意の受益者」
には該らない。
 すなわち,不当利得において,利得に客観的に法律上の原因があると認められる
か否かという問題と,主観的に「悪意の受益者」であるか否かという問題の間には
論理必然の関係はない。
イ 「悪意の受益者」に関する主張立証責任について
 悪意の受益者に対する利息付不当利得返還請求権は,通常の不当利得返還請求権
の成立要件に加えて,特に「悪意」が必要とされるのであるから,これを請求する
原告の側で,「悪意であること」の主張立証責任を負担することは当然である。
ウ 被告が「悪意の受益者」ではないことについて
 被告は,17条書面,18条書面を作成し,原告らに交付しているから,貸金業
法43条のみなし弁済規定の適用を受け得るのであり,現在もかかる認識を有して
いるのであって,「悪意の受益者」には該らない。
 なお,被告が本件においてみなし弁済規定の適用を主張しないのは,現時点にお
いてこれを正確に立証するための証拠を揃えることが困難であるからにすぎない。
エ 認識の主体について
 一般に,ある事実に関する知・不知等の主観的態様が法人に関して問題となる場
合は,当該法人の代表者の認識が問題とされる。
 本件において,被告の機関たる地位にある者は原告らについての個別に取引態様
を認識していたわけではないから,被告が「悪意の受益者」に当たることはない。
第3 争点に対する判断
1「悪意の受益者」に関する主張立証責任について
 一般に,民法704条所定の「悪意の受益者」とは,受益者において利得に法律
上の原因がないことを認識していることをいうものと解されるところ,この点に関
する主張立証責任については,考え方が分かれている。
 そこで,以下,金銭消費貸借契約の借主が貸主に対して制限利息を超える約定利
息を支払ったことを原因として不当利得の返還をし,併せて貸主が704条の「悪
意の受益者」に該るとしてこれに対する利息の支払を求める場合における主張立証
責任の分配について検討することとする。
(1) いわゆる給付利得に関する「法律上の原因のないこと」の主張立証責任
 まず,前提として,いわゆる給付利得に関する不当利得返還請求権それ自体に関
する主張立証責任の分配について考える。
ア 一般に,いわゆる給付利得に関する不当利得返還請求権の要件事実の一つであ
る「法律上の原因がないこと」は,原告において主張立証すべき請求原因事実であ
ると解される(最高裁第二小法廷昭和59年12月21日判決・裁判集民事143
号503頁参照)。
イ ところで,いわゆる給付利得に関する「法律上の原因がないこと」の主張立証
は,およそあらゆる法律上の原因がないことを網羅的に主張立証しなければならな
いものではなく,給付の原因となった法律関係に関する無効,取消又は解除等の原
因となる具体的事実(例えば法律行為の要素に錯誤があることなど)を主張立証す
れば足りるものと解するのが相当である。
 また,その際には,これらの無効事由,取消事由又は解除事由と併存しつつ,無
効,取消又は解除の法律効果の発生を障害する事実(例えば錯誤無効が主張された
場合の重過失など)の不存在まで主張立証しなければならないものではなく,これ
らについては,被告の側でかかる事実の存在を主張立証すべき抗弁となるものと解
するのが相当である。
(2) 金銭消費貸借の借主から貸主に対して制限利息を超える約定利息を支払ったこ
とを原因とする不当利得返還請求における「法律上の原因のないこと」の主張立証
責任
 そこで,金銭消費貸借契約において借主が貸主に対して制限利息を超える約定利
息を支払ったことを原因とする不当利得返還請求権について検討する。
 まず,給付の原因たるべき法律関係は金銭消費貸借契約における約定利息に関す
る合意であることは明らかであるところ,利息制限法1条は,制限利息を超える約
定利息の定めを無効と規定し,貸金業法43条は,みなし弁済規定の要件を充足し
た場合に例外的にこれに基づく支払いを有効な利息の債務の弁済とみなすと規定し
ているから,文理解釈に従えば,制限利息を超える約定利息の収受は,みなし弁済
規定の要件を充足しない限り,法律上の原因がないことが明らかである。
 かかる実体法規の文言や形式は,この点の主張立証責任を考えるに当たって十分
尊重すべきものであり,これに,貸金業者は,貸金業法の規定する各種の規制を理
解してこれを遵守する法律上の義務を負っていること,借主はかかる点に関する知
識に乏しく,証拠書類も保存していないことが一般であること,貸金業法は,貸金
業者に対して一定範囲の取引経過の保管義務を課しており,貸金業者としてもかか
る取引経過等を保管しているのが通常であることなどの実態をも併せ考慮すると,
この点の主張立証責任の分配については,原告の側で,支払われた利息が制限利息
を超えるものであることを主張立証すれば,当該支払にかかる利得及び損失につい
て法律上の原因がないことが認められるのであり,みなし弁済規定の適用を基礎づ
ける事実は,被告が
これを争うために主張立証すべき抗弁となるものと解するのが相当である。
 なお,これと反対に,みなし弁済規定の適用がないことの主張立証責任を原告に
負担させると,被告たる貸金業者側がみなし弁済規定の適用があることを主張し,
かつ,17条書面又は18条書面の存在について一部の立証をしさえすれば,借主
である原告が一般に立証手段を持たないことと相俟って「法律上の原因がないこ
と」について真偽不明となり,原告の請求を容れる余地がなくなることとなって,
合理的とは思われない。
(3) 「悪意の受益者」に関する主張立証責任
 次に,金銭消費貸借契約の借主から貸主に対して過払金に利息を付しての返還を
求める場合における「悪意の受益者」であることについての主張立証責任について
検討する。
 前記の金銭消費貸借契約の貸主が制限利息を超える約定利息を収受したことを原
因とする不当利得返還請求権に関する主張立証責任の分配の考え方に,貸金業者が
資金を高利で運用して利益を得ているとの経済活動の実態を併せ考慮すると,この
点についても,原告側で,支払われた利息が制限利息を超えるものであることを被
告が認識していたことを主張立証したときには,当該支払にかかる利得及び損失に
ついて,法律上の原因がないことについての被告の悪意が認められ,被告がこれを
争うためには,例外的に,みなし弁済規定の適用があり,かつその認識があったこ
とを抗弁として主張立証する必要があるものと解するのが相当である。
 なお,これと反対に,みなし弁済規定の適用がないことを認識していたことの主
張立証責任を原告に負担させると,被告たる貸金業者側がみなし弁済規定の適用が
あると認識していたことを主張しさえすれば,借主である原告が一般に立証手段を
持たないことと相俟って「法律上の原因がないことについての悪意」について一律
に真偽不明となり,原告の利息の請求を容れる余地がなくなることとなって,合理
的とは思われない。
(4) みなし弁済の不成立と「悪意の受益者」との関係
 ところで,貸金業者においてみなし弁済が成立すると認識していたにもかかわら
ず,結果としてみなし弁済規定の適用が認められなかった場合に,「悪意の受益
者」となるか否かについては,その主張立証責任の分配の考え方と相俟って考え方
が分かれるところではあるが,制限利息を超える約定利息の定めを一律に無効とす
る利息制限法の趣旨や,貸金業者に登録制度を実施し,業務の適正な運営を確保す
ることで資金需要者等の利益の保護を図ることを目的とし,その目的に沿ってみな
し弁済の要件を詳細に定めている貸金業法の趣旨,貸金業者が資金を高利で運用し
て利益を得ているという経済活動の実態,主観的認識の認定の困難性による法的判
断の不安定化を回避すべき要請,制限利息を超える約定利息の収受に関する不当利
得返還請求権に関する
前記の主張立証責任の分配との統一性等を併せ考慮すると,この点については,法
の不知は恕さずとの法諺に従い,被告がみなし弁済規定の適用を主張したものの立
証ができず,又は主張した事実が貸金業法43条の要件を満たしていないなどの理
由によってみなし弁済の規定の適用が認められなかった場合には,そもそも,例外
的に法律上の原因があることを基礎づける事実があることを認識していたとはいえ
ないというべきであって,この抗弁を認める余地はないものと解するのが相当であ
る。
2 被告が「悪意の受益者」に該るか否か
(1) 以上を本件について見ると,本件各貸金契約の取引が制限利息を超えた約定利
息によってなされていたことは当事者間に争いがないから,制限利息を超える約定
利息の取得について法律上の原因がなかったことについて被告の悪意が認められる
一方,被告は,本件貸金契約に際して,原告らに対して17条書面及び18条書面
を交付していたことを主張するものの,提出された証拠はその一部にとどまってい
るから,みなし弁済の規定の適用があるか否かは真偽不明といわざるを得ない。
 したがって,前記に判示したところにより,被告は「悪意の受益者」であるとい
うべきである。
(2) なお,被告は,法人の「悪意」の認識の有無はその代表者を基準として判断す
べきである旨主張するが,前記に判示したとおり,被告の側で,法律上の原因があ
ること,すなわちみなし弁済規定の適用があることを基礎づける事実の認識があっ
たことの主張立証責任を負うものと解する以上,前記判断を左右しない。
3 結論
 以上を前提として,本件各貸金契約の取引経過について利息制限法にしたがって
過払金を計算すると,別紙のとおり,原告Aについての過払金は150万1130
円,これに対する未払利息は18万0434円となり,原告Bについての過払金は
35万8495円,これに対する未払利息は7698円となる(なお,残元本の額
によって制限利率を変えて計算することの必要性については,最高裁昭和48年9
月18日第三小法廷判決・訟月19巻13号210頁参照)。
 よって,原告らの請求は主文の限度で理由があるからこれらを認容し,その余は
理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条但書に,
仮執行宣言につき同法259条1項にしたがって,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第18部
          裁  判  官  工藤 正

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