弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
             1 原告らの請求をいずれも棄却する。
             2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,金77万9300円及びこれに対する平成14年10月5日か
ら支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金77万9300円及びこれに対する平成14年10月5日か
ら支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,金70万4300円及びこれに対する平成14年10月5日か
ら支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告の設置に係る大学の入学試験に合格して被告へ入学金等を納付し
た原告らが,同大学への入学を辞退したとして,被告に対し,不当利得返還請求権
に基づき,それぞれ学納金に相当する額の金員及びこれに対する訴状送達日の
翌日である平成14年10月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
ア 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い,学校教育を行うことを目的とし
て設立された学校法人であり,関西外国語大学(以下「被告大学」という。)を
設置している。
イ 原告A,原告B及び原告Cは,いずれも,次表のとおり,被告大学の入学試
験(以下「本件各入学試験」という。)を受験してこれに合格し,被告に対して学
納金を納付したが,被告大学への入学を辞退した者である(甲1の1,乙3の1
ないし3,4の1ないし5,5,顕著な事実,弁論
の全趣旨)。
原告B原告A原告C
入学試験年度平成13年度平成13年度平成5年度
入学試験の方式センター試
験利用方式
公募制推薦
方式
公募制推薦
方式
入学試験日H13.2/上旬H12.11/13
又は同/14
H4.11/22
合格発表日H13.2/15H12.11/21H4.12/1
学納金合計\779,300\779,300\704,300
内訳入学金\250,000\250,000\2
50,000
授業料(初
年度1学期)
\360,000\360,000\2
85,000
教育充実費
(1年次)
\160,000\160,000\1
60,000
学友会入会

\3,000\3,000\3,00
学友会会費
(1年次)
\4,000\4,000\4,00
学生保険加
入料(4年)
\2,300\2,300\2,30
納入期限入学金H13.2/26H12.12/6H4
.12/16
入学金以外H13.3/16H13.1/26
納入日入学金H13.2/23H12.12/6H4
.12/16
入学金以外H13.3/16H13.1/26
入学辞退日H13.3/26H13.3/29H5.4/1
(2)被告大学学則について
本件各入学試験当時,被告大学学則第32条には,「既納の納付金はいかな
る事情があってもこれを返さない。」と規定されていた。
(3)入試ガイド,入学試験要項及び入学手続要領について
ア 平成5年度入学試験について
被告大学の入試ガイド並びに被告大学が原告Cに対して交付した入学試験
要項及び入学手続要領には,それぞれ以下のとおり(入学試験要項について
は太字で)記載されていた。
(ア)入試ガイド25頁(乙3の1)
公募制推薦入学の場合,入学手続きのうえは必ず入学されるものとして
取り扱いますので,一度受理した入学手続書類および学費その他の納入金
は一切返還しません。十分ご承知おき下さい。
(イ)入学試験要項4頁(乙3の2)
一旦納入した学費・諸会費および手続書類は,いかなる場合も一切返戻
しません。(公募制推薦入学試験による入学手続者の学費返還制度はあり
ません)
(ウ)入学手続要領2頁(乙3の3)
入学手続後入学辞退を申し出られても,納入した学費,諸会費及び入学
手続書類等は,いかなる理由があっても返還しませんので,留意の上入学
手続をして下さい。
イ 平成13年度入学試験について
被告大学の入試ガイド並びに被告大学が原告A及び原告Bに対して交付し
た入学試験要項及び入学手続要領には,それぞれ以下のとおり(入試ガイド
及び入学試験要項については太字で)記載されていた。
(ア)入試ガイド29頁(乙4の1)
大学,短大とも,一次手続時に入学金,二次手続時に授業料等を二段階
で納入することになっています。ただし,特別入試(指定校,特技)と一般入
試・特別入試後期日程は一括納入とし,学費返還制度はありません。(入学
手続後は納入金は一切返還いたしません)
(イ)入学試験要項5頁及び17頁(乙4の2及び3)
1.入学手続きの詳細は,合格発表の際通知します。2.期限までに入学
手続き(1次及び2次)を完了しない者は,入学することができません。3.一
旦納入した学費・諸会費および手続書類は,いかなる場合も一切返戻しま
せん。
(ウ)入学手続要領(乙4の4及び5)
入学手続きは1次手続きと2次手続きに分かれています。1次手続きは入
学金,2次手続きは授業料他を納入し,それぞれ下記の要領で必要な書類
を期日までに送付してください。入学手続後入学辞退を申し出られても,納
入した学費等及び入学手続書類は,いかなる理由があっても返還しません
ので,留意の上入学手続をしてください。
(4)本件不返還特約の成立
原告らは,それぞれ,前記(3)アないしイの記載を認識して,前記(1)イの表のとお
り被告に対して学納金を納付し,これによって,各原告と被告との間で,原告らが
納入した学納金はいかなる理由があっても返還しないとの合意(以下「本件不返
還特約」という。)が成立した。
3 争点
(1)本件不返還特約が公序良俗に違反し無効となるか。
(2)本件不返還特約が原告らに適用されるか。
(3)被告が本件不返還特約を根拠に原告らに学納金を返還しないことが信義則に
反するか。
(4)本件不返還特約が被告大学の学則及び学校教育法の趣旨に違反し無効とな
るか。
4 争点に対する原告らの主張
(1)公序良俗違反(争点(1))について
本件不返還特約は,受験生が入学願書を提出する申込に対して被告大学が
合格発表をする承諾によって成立する準委任契約たる在学契約上の教育役務
の提供に対する前払費用ないし前払報酬として支払われた学納金を理由の如
何を問わず返還しないとするものであるところ,以下のとおり,暴利行為ないし不
公正な消費者契約条項に該当するものであるから,公序良俗に反し全部ないし
一部無効である。
ア 本件不返還特約は,被告大学の入学試験に合格しても第一志望の大学の
入学試験に合格したため被告大学へ入学しない者がいることを予測した上,
かかる受験生が浪人による経済的精神的負担を極力避けたいと思う心理に
つけ込んで,このような受験生からも学納金を徴収して被告大学の経営資金
とする意図に基づくものであるところ,受験生は,かかる心理状況の下で,入
学手続要領に不動文字で記載された本件不返還特約にやむを得ず従ってい
るにすぎない。また,入学辞退者が在学契約に基づく教育役務の提供を受け
ることがない一方,かかる入学辞退によって被告大学が実際に被る損害の額
は入学辞退者への各種通知の郵送費及び人件費等のわずかな額に限られる
から,本件不返還特約によって受験生へ返還されない学納金の額は,経済的
対価性が全く認められない。さすれば,本件不返還特約は,暴利行為に該当
するものというべきである。
イ 入学を辞退した者は,在学契約に基づく教育役務の提供を受けることがない
にもかかわらず,本件不返還特約によって納入した高額の学納金の返還を受
けることができないし,経済的に余裕のない受験生は本件不返還特約によっ
て大学選択の自由ひいては学問の自由が侵害されている。他方,受験生は経
済的に許容される限り後に合格したより志望順位の高い大学に入学すること
に鑑みれば,本件不返還特約によって被告大学が定員を確保できることには
ならず,被告大学において長年の経験に基づいてどの程度合格させればどの
程度入学するかを事前に予測し,入学辞退者が出る都度補欠合格を出せば,
定員割れによる損害を回避することは可能であって,被告大学は,現に定員
を大幅に上回る学生数を確保しているものである。加えて,被告大学が国から
補助金の交付を受けて国民の教育を受ける権利及び学問の自由の保障を充
足させる公益的存在価値を有すること,本件不返還特約が民法上の準委任
契約における報酬後払いの原則と大きく乖離し特定商取引法との均衡も欠く
こと,及び,本件不返還特約が入学辞退者の個別的事情を考慮しないで一律
に学納金の不返還を許容する過度に広範なものであること,などをも考えあわ
せると,本件不返還特約は,不公正な消費者契約条項に該当するものという
べきである。
ウ 上記のとおり,暴利行為ないし不公正な消費者契約条項に該当する本件不
返還特約は,公序良俗に違反するものとして全部無効というべきであるが,仮
にそうでないにしても,学納金を返還することによって被告大学が実際に被る
損害の額ないし社会的に相当な額を超える部分については,本件不返還特約
は,公序良俗に反し一部無効とされるべきである。
(2)解釈上の適用制限(争点(2))について
被告大学が定員割れによる損害を填補するために入学手続要領等において
本件不返還特約を定めているとしても,かかる本件不返還特約は,合格者の入
学辞退によって現に填補を要する経済的損害が被告大学に発生して初めてそ
の合理性が肯定されるものであるところ,被告大学は,原告らの入学辞退にもか
かわらず,現に定員を大幅に上回る学生を確保しており,かかる損害の発生自
体が認められないから,本件不返還特約は,解釈上原告らには適用されないも
のである。
(3)信義則違反(争点(3))について
上記(2)のとおり,被告大学は,原告らの入学辞退によって経済的損害を被っ
ておらず,上記(1)のとおり,本件不返還特約によって原告らは著しい不利益を被
ることとなるから,被告が本件不返還特約を援用して学納金の返還を拒むことは
信義則に反する。
(4)学則違反(争点(4))について
被告大学学則27条には「入学を許可された者は指定期日までに入学金を納
めなければならない」と規定され,被告大学の学則には入学を許可された者が
指定期日までに授業料を納付しなければならない旨規定する条項は存在しない
ところ,本件不返還特約は,かかる被告大学学則に反するものであり,被告大学
学則が学校教育法上の認可事項であることからすれば,本件不返還特約は,学
校教育法の趣旨にも反するものである。
5 争点に対する被告の主張
(1)公序良俗違反(争点(1))について
ア 学納金は,被告大学が教育役務を提供することの対価であるのみならず,
合格者がその納付等の所定の手続を行う申込みに対して被告大学が自動的
に入学許可を行う承諾によって成立する在学契約に基づき,特殊部分社会た
る被告大学へ加入してその学生としての身分ないし地位を取得するための対
価でもあるところ,合格者は学納金の納付によって被告大学の学生としての
身分ないし地位を取得する目的を達成しているから,そもそも被告大学は,納
付された学納金を返還する義務を負わず,学納金を納付した合格者が入学を
辞退したとしても,それは権利を放棄したものにすぎないのであって,本件不
返還特約は,学納金の上記性質から当然であることを注意的に確認したもの
にすぎない。
イ 被告大学は,その定員に基づいて事業計画を立てているが,かかる事業計
画の大部分は被告大学の学生が納付する授業料等に依存しており,入学生
の数が定員を割り込めば,かかる事業計画そのものに重大な支障を来すこと
となる。また,被告大学は,入学生が円滑に教育役務の提供を受けることがで
きるように,合格者から納付された学納金をもって直ちに事業計画を立て,か
かる事業計画に基づき,被告大学の人的物的体制を整備している。被告大学
は,不当な意図に基づいて本件不返還特約を定めたものではなく,その定員
を確保し上記各問題を回避するという正当な目的から本件不返還特約を定め
ているものである。
そして,本件不返還特約が,原告らの自由な意思に基づく選択の結果であ
ることからすれば,現に被告大学への入学者の数が定員を超過していたり,
被告大学が国から助成を受けていたりしても本件不返還特約は,公序良俗に
反するものではない。
ウ 被告大学は4年の在学期間を前提に立てた事業計画に基づいて入学者に
教育役務の提供を行い,これに対して入学者は本来なら入学金及び4年間の
授業料等を不可分のものとして前納すべきところ,被告大学は,入学者の負
担が過大になることを避けるため,入学金及び1年間の授業料等だけを前納
することを前提に本件不返還特約を締結しているのであり,学納金の前納が
大学において通常行われている手続であることをも勘案すれば,本件不返還
特約は,一部無効ともならない。
(2)学則違反(争点(4))について
被告大学学則27条にいう「入学を許可された者」とは,合格通知により入学資
格を認定された者の意味であるし,被告大学学費納入規定は,学納金の納入方
法については,別に定めるところによる旨規定する被告大学学則25条の2を受
け,第1項及び第2項において,新入学生は入学手続の際に納付金を納入しな
ければならない旨及び既に納めた学費はいかなる事由があっても返還しない旨
それぞれ規定しているところ,本件不返還特約は,被告大学学則に沿うものであ
って,学校教育法の趣旨に反するものでもない。
第3 当裁判所の判断
1 在学契約,学納金及び本件不返還特約の法的性質について
(1)在学契約の法的性質について
大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授
研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする(学校教育
法52条)ものであるところ,大学を設置する学校法人とその設置に係る大学に
入学した学生との関係は,当該学校法人が,学生に対し,講義,演習及び実習
等の狭義の教育活動及び自主的な活動の機会を付与するために大学の施設を
利用させること等によって,上記目的に適った教育を役務として提供し,これに対
し,学生が,当該学校法人に対し,かかる役務の提供に対する対価を支払う有
償双務契約たる在学契約の各当事者の関係にあると解される。かかる在学契約
の法的性質については,学生が当該学校法人に対して,両者間の信頼関係を
前提として上記教育役務提供事務を委託している点を本質とすることに鑑みれ
ば,準委任契約ないし準委任契約類似の無名契約であると解するのが相当であ
る。
そして,かかる在学契約の成立過程については,受験者が入学試験に出願す
ることで在学契約の申込みを行い,これに対して当該学校法人が,その設置す
る大学への入学試験の合格発表を行うことによって,合格者に対し,在学契約
の一身専属的な予約完結権を付与し,合格者が,当該大学へ学納金を納付す
るなどの入学手続を行うことによって,かかる予約完結権が行使される結果,始
期を次年度の4月1日とする在学契約が成立するものと解される。この場合,当
該大学の学則のうち大学と学生との関係について定めた部分及び入学手続要
領に記載された内容は,当該在学契約の内容の一部となるものと解すべきであ
る。
(2)学納金の法的性質について
在学契約は,上記のとおり,準委任契約ないし準委任契約類似の無名契約と
しての法的性質を有する有償双務契約であり,学生が大学を設置する当該学校
法人に対して支払う金銭は,原則として,その名目の如何にかかわらず,当該大
学から提供される教育役務の対価と考えられる。そして,この理は,原告らが被
告大学へ納付した学納金についても妥当するから,原告らが入学手続時に被告
大学へ納付した学納金の法的性質については,準委任契約ないし準委任契約
類似の無名契約たる在学契約に基づく前払費用ないし前払報酬と解するのが相
当である。
もっとも,第2,2(1)イの事実及び証拠(乙3の1,4の1,5)によれば,原告ら
が被告大学に納付した学納金のうち入学金については,入学手続時のみに納
付すべきものとされ,その支払いが入学の必要条件とされていることからしても,
またその名称の持つ意義内容に照らしても,学年毎に被告から提供される教育
役務とは直接の対価関係に立つものではないと理解され,少なくとも,その相当
部分については,入学に伴って必要な大学等の手続及び準備のための諸経費
に要する手数料等並びに被告大学の提供する様々な役務の提供を受けること
ができる学生としての地位を取得するについて一括して納付されるべき金銭の
性格(以下「本来的入学金の性格」という。)を有していると考えられる。
(3)本件不返還特約の法的性質について
前記の学納金の法的性質に照らせば,学納金のうち入学金の相当な額につ
いては,本来的入学金の性格を有し,これを納付することで被告大学の学生とし
ての地位を取得するという目的が達成され,あるいは手続や準備のための諸経
費に要する手数料等に充当されることになるから,これが被告大学の既に履行
した部分の報酬及び費用等に相当する額を上回るものであったとしても,在学契
約を解除した合格者がこの返還を請求することはできないといわなければならな
い。
これに対して,本来的入学金の性格を持つ部分を除く学納金については,在
学契約が,前記のとおり,準委任契約ないし準委任契約類似の無名契約である
ことからすれば,学生ないし入学手続をした合格者は,いつでも在学契約を将来
に向かって解約することができ,かかる解約がなされた場合には,既に被告へ納
付した学納金のうち被告大学が既に履行した部分の報酬及び費用等に相当す
る額を控除した額の返還を請求することができることとなる。
しかし,契約当事者が上記規律とは異なる合意をした場合には,契約自由の
原則の範囲内においては,これを排除するいわれはない。そして,原告らが納付
した入学金について,本来的入学金の性格を有する部分としからざる部分とを区
別するのは容易でないことからすれば,本件不返還特約は,在学契約が解約さ
れた時点で既に被告へ納付していた学納金については,被告大学の既に履行し
た部分の報酬及び費用等に相当する額又は本来的入学金の性格を有する部分
の額を超過するものであっても,これを返還する必要がない旨定めたものと解さ
れる。
(4)被告は,前記第2,5(1)アのとおり,学納金の全部について,特殊部分社会たる
被告大学へ加入してその学生としての身分ないし地位を取得するための対価で
あり,合格者は学納金の納付によって被告大学の学生としての身分ないし地位
を取得する目的を達成しているとして,本件不返還特約は当然のことを注意的に
定めたものに過ぎないと主張する。しかしながら,被告大学から,在学契約にお
ける学校側債務の本質的な給付である教育役務の提供を全く受けていないにも
かかわらず,入学手続をした合格者が在学契約を解約したときに,何らの合意も
ないのに,既に被告へ納付した学納金のうち本来的入学金の性格を有しない部
分についてまで返還を求めることができないとすることは明らかに合理性を欠く
から,かかる主張は採り得ない。
2 公序良俗違反(争点(1))について
(1)ア 一般に浪人生活による経済的精神的負担を極力回避したいという心理は,
受験生及びその保護者に共通するものといえるところ,かかる心理状況下に
ある受験生及びその保護者にとっては,受験した全大学の合格発表が終了し
た後に,その結果を踏まえて,入学する大学を選択して,その選択した大学に
対してのみ学納金を納付する等の入学手続を採ることができるのであれば,
あるいは,受験した全大学の合格発表が終了する前に学納金を納付する等
の入学手続をしなければならないとしても,入学することを選択した大学以外
の大学から既に納付した学納金が返還されるのであれば,その経済的精神的
負担も軽く済み,これが望ましいことはいうまでもない。
イ しかし,私立大学を設置する学校法人の側にしてみれば,それぞれ遵守しな
ければならない収容定員及び入学定員があり,しかも,私立大学においては,
かかる収容定員及び入学定員に基づいて財務面を含む事業計画が策定され
ているところ,収容定員に対する在籍学生数ないし入学定員に対する入学者
数が一定の割合を上回ったり下回ったりした場合には,補助金が減額された
り打ち切られる可能性が生じる。また,私立大学は,随時入退学が可能な語
学学校等とは異なって,学生を募集できる時期が各年度ごとに1回と限定され
ているため,学生を補充できる時期が限られ,かかる時機を逸して一旦欠員を
生じさせると,途中で学生を補充することはできない(3年次編入の定員も1年
次入学のそれとは別に定められているため,3年次編入を持って学生を補充
することもできない。)ため,一般的な修学年限である4年間は欠員のままとな
ってしまうのである。さらに,私立大学が,その所期するところの学術水準を維
持し研究成果を発揮するためには,入学者数のみならず入学者の学力水準
及び多様性を確保することが重要であることも多言を要しないことと思われ
る。(以上の事実は,証拠(乙1,8の1及び2,9)弁論の全趣旨によって認め
られる。)
これらの事情に照らせば,私立大学を設置する学校法人が,早期かつ確実
に一定水準以上の学力を有する多様な学生を確保するとともに,入学者の定
員割れ等による財務上の問題を回避するために,様々な入試方式を採用しつ
つ,合格者が学納金を納付する入学手続期限を定めた上で,既に納付した学
納金を返還しない旨定めることも一概に合理性を欠くものとまではいえず,ど
のような入試方式を採用し,それにあわせてかような入学手続期限をいつに
設定するか等については,各私立大学の事情も無視し得ない以上,各私立大
学を設置する各学校法人にある程度の裁量を認めざるを得ない。
ウ 翻って,受験生の側からしても,どの大学を受験するか,複数の大学を受験
するか否か,複数の大学を受験して合格した場合に,学納金の不返還特約が
存在する大学へ学納金を納付するか否か,はたまた,そもそも大学へ進学す
るか否かについては,受験生が自由に選択することができるのであって,受験
生及びその保護者に大学進学を望み,かつ浪人生活による経済的精神的負
担を極力回避したいという心理が存在するとしても,上記の自由に進路を選択
する権利が奪われているわけではない。
以上のような事情を考慮すれば,本件不返還特約のような既に納付した学
納金の返還を制限する合意については,被告が原告らに優越する状況や地
位をことさらに利用して著しく対価的均衡を失する学納金を納付させるなど,そ
の合理性を否定すべき特段の事情のない限り,公序良俗に反するものとは認
めがたいところである。そして,その合理性を否定すべき特段の事情は,大学
の性格,受験生が受験して合格した入試の方式,大学が定めた学納金の納
入期限,受験生が入学を辞退した時期及び当該合意によって返還されないこ
ととなる学納金の額等諸般の事情を勘案して判断すべきである。
(2)そこで,本件不返還特約の合理性を否定する特段の事情の有無についてみ
る。
ア 被告大学は,外国語学部及び国際言語学部を擁するいわゆる文系私立大
学であるが,被告は,早期にかつ確実に一定水準以上の学力を有する多様な
学生を確保するべく,公募制推薦方式,センター試験利用方式,一般入試及
び特別入試(社会人,帰国生徒,指定校,特技)といった様々な入試方式を採
用し(乙3の1,4の1),これらの入試方式に応じて学納金を納付すべき入学
手続期限を定めた上,入学手続をした合格者の流出を防止するとともに,合
格者が被告大学への入学を辞退した場合の財務上の問題を回避するために
本件不返還特約を定めていると考えられる。しかるところ,被告としても,入学
手続期限を一律に早期に定めたりするわけではなく,受験生の被告大学へ入
学する意思の強さ及び当該入試方式による合格者を確保すべき必要性等に
応じて入試方式及び入学手続期限を定め,平成13年度入試においては,入
学金と入学金以外の学納金の納付期限を2段階とする分納方式を採用するな
ど,受験生及びその保護者の経済的精神的負担にも配慮を示している。
イ 他方,原告らの個別的事情に目を向けるに,原告Cは,前記第2,2(1)イ及
び(3)アのとおり,平成5年度に被告大学を公募制推薦方式で受験したところ,
かかる公募制推薦方式は,実際の入学時期である平成5年4月より相当早い
時期である平成4年11月22日に試験が実施され,その選考方法も学科試験
としての英語1教科の結果と出身高等学校長が発行した調査書及び推薦書を
総合して選考するというものである(甲3の2)。そして,同年度の入試ガイド,
入学試験要項及び入学手続要領には,それぞれ本件不返還特約とともに入
学手続をした以上は必ず被告大学へ入学するものとして扱うことが記載されて
いる。つまり,学生側としては比較的容易な入学試験で入学が認められる利
点を受ける一方で,早期に優秀な学生を一定数確実に得るという大学側の要
請にもこたえることが求められているのである。このことからすれば,かかる公
募制推薦方式については,被告大学の側のみならず受験生の側も,これに合
格して学納金を納付した場合には被告大学へ確実に入学するという拘束力が
強いものとして扱われることを了解していたといえ,さればこそ学納金の納入
期限が実際に入学する平成5年4月より相当早い平成4年12月16日に設定
されていたと解されるのである。
原告Aが被告大学を公募制推薦方式で受験した平成13年度の入試ガイ
ド,入学試験要項及び入学手続要領には上記記載がないが,前記第2,2(1)イ
及び(3)イ並びに証拠(乙4の2)によれば,試験実施時期,選考方法及び学納
金の納入期限等の点で平成13年度の公募制推薦方式と平成5年度のそれと
はほぼ同様であると認められるから,この理は平成13年度の公募制推薦入
試についても当てはまるものと推定できる。
また,原告Bは,前記第2,2(1)イ及び(3)イのとおり,平成13年度に被告大
学をセンター試験利用方式で受験したものであるが,かかるセンター試験利用
方式については,入学金以外の学納金の納付期限が,大多数の私立大学の
合格発表がなされた後であり,かつ国公立大学の前期試験の合格発表がなさ
れる時期よりも後の日である3月16日に設定されており(顕著な事実),経済
的精神的負担を軽減する見地から複数の大学の受験を希望する受験生及び
その保護者の心理に対する相当の配慮がなされているといえる。
ウ そして,前記第2,2(1)イのとおり,原告らはそれぞれ被告大学へ入学する直
前の時期(原告Bは3月26日,原告Aは3月29日,原告Cは4月1日)に,原
告ら自身がより志望順位の高い大学に合格したとの理由で被告大学への入
学を辞退しているもので,もはやこの時点においては被告としては他の学生の
確保が困難であることはいうまでもない(弁論の全趣旨)。
エ もっとも,本件不返還特約の存在によって原告らが被告から返還を受けるこ
とができないこととなる学納金の額は70万円を超え,社会的に見て相当の高
額であるといえる。しかし,原告らも被告へ学納金を納付することによって被告
大学へ入学して教育役務の提供を受けうる学生としての地位を確保した上
で,より志望順位の高い他の大学を受験できる精神的安定を確保しているこ
と,原告らは,入学申込時から本件不返還特約の存在を認識していたものと
推認でき,本件不返還特約を勘案して,前記(1)ウのように自由な選択権を行
使して,被告大学に出願したと考えられることを勘案すると,返還を受けられな
い金額が不当に高額とまではいえない。
(3)上記諸事情,殊に被告大学が入試の時期及び方式等に応じて原告らの経済的
精神的負担にそれ相応の配慮をした制度設計をしていること,被告らの入学辞
退時期が在学契約の始期に直近の時点でなされていること,原告らも被告へ学
納金を納付することによって被告大学へ入学できる道を確保してより志望順位の
高い大学を受験できたものであることを考慮するならば,本件不返還特約が,被
告が原告らに優越する状況及び地位をことさらに利用して著しく対価的均衡を失
する学納金を納付させたとはいえない。
よって,本件不返還特約は,不公正な消費者契約条項に該当するとはいえな
いし,暴利行為にも該当しない。
(4)ア これに対して,証拠(甲2ないし26)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事
実も認められる。
(ア)文部省が,同省管理局長及び同省大学局長名での昭和50年9月1日付
通達において,「私立大学が健全な私学経営を図るため,一定の入学者数
の確保を図る必要上合格者の入学意思を確認するため早期に入学料を徴
収する必要がある場合も多いと考えますが,当該大学の授業を受けない者
から授業料を徴収し,また当該大学の施設設備を利用しない者から施設設
備費等を徴収する結果となることは,容易に国民の納得を得られないところ
であります。」と指摘した上,「ついては,今後少なくとも入学料以外の学生
納付金については,合格発表後,短期間内に納入させるような取扱いは避
けることとし,例えば,入学式の日から逆算しておおむね2週間前の日以降
に徴収することとする等の配慮をすることが適当と考えますので,善処され
るように願います。」という内容を含む「私立大学の入学手続時における学
生納付金の取扱いについて(通知)」という文書を文部大臣所轄各学校法人
理事長宛てに送付していた。
(イ)文部科学省は,平成14年5月17日文科高第170号文部科学省高等教
育局長名で,平成15年度大学入学者選抜実施要項について,「私立大学
の入学手続時おける学生納付金の取扱いについては,「私立大学の入学
手続時における学生納付金の取扱いについて(昭和50年9月1日文管振
第251号文部省管理局長・文部省大学局長から文部大臣所轄各学校法人
理事長あて通知)」を参照し,推薦入学等も含め,少なくとも入学料以外の
学生納付金を納入する期限について,合格発表後,短期間内に納入させる
ような取扱いは避ける等の配慮をすること」を通知していた。
(ウ)平成14年度に入って本件不返還特約を含んだ既に納めた学納金を返還
しない旨の私立大学の取扱いが社会的に問題となったところ,文部科学省
は,平成14年5月21日,入学を辞退した合格者に授業料等を返還するよう
に私立大学に対する指導を徹底することを明らかにし,同月28日,私立大
学に対し,入学を辞退した合格者に授業料等を返還しない方針を平成15
年度入試から改めるよう通知し,これを受けて,被告大学を含む一部の私
立大学等が,平成14年度入試について,入学辞退者との間で,授業料等
を返還する旨の和解をするとともに,被告大学を含む多くの私立大学が,平
成15年度入試から入学辞退者に対し授業料等を返還することとなった。
イ しかし,上記ア(ア)の文部省の通知には法的拘束力はない上,かかる通知自
体,各大学の裁量を否定するものとは解されない。
もっとも,これらの事情は,公序良俗の判断基準となる社会通念の判断に
影響するものとはいえるが,法律行為が公序に反することを目的とするもので
あるとして無効になるかどうかは,法律行為がされた時点の公序に照らして判
断すべきである(最判平成15年4月18日参照)ところ,上記ア(イ)及び(ウ)の事
情は,本件不返還特約の効力が問題となる平成5年度及び平成13年度以後
の事情であるから,本件不返還特約が公序良俗に反するかどうかの判断にあ
たって斟酌されるものではなく,また,上記ア(ア)事情を勘案したとしても,前
記(3)の判断は覆されない。
3 解釈上の適用制限(争点(2))について
ある合意の適用が制限されるのは,当該合意が公序良俗に反する等の理由で
法令上その適用を制限される場合か当事者の合理的意思解釈によってその適用
を制限される場合であるところ,本件不返還特約は,前記2及び後記4のとおり,公
序良俗及び信義則に反するものではなく,当事者の合理的意思に鑑みても,合格
者の入学辞退によって現に填補を要する経済的損害が被告大学に発生した場合
にのみ適用されると解することはできないから,本件不返還特約が解釈上原告ら
に適用されないものということはできない。
4 信義則違反(争点(3))について
本件不返還特約は,前記2の事情を考慮すると,被告が原告らに対して本件不
返還特約を援用して学納金の返還を拒んだとしても,信義則に反するとはいえな
い。
5 学則違反(争点(4))について
証拠(乙5,6)によれば,被告大学学費納入規定が,被告大学学則25条の2を
受けて,新入学生は入学手続の際に納付金を納入しなければならない旨及び既に
納めた学費はいかなる事由があっても返還しない旨規定していることが認められる
ところ,かかる被告大学学費納入規定は,「入学を許可された者は指定期日までに
入学金を納めなければならない」と定める被告大学学則27条に反しないこと,ひい
ては,被告大学学則自身がこれを許容していることは明白であるから,被告大学学
費納入規定を受けた本件不返還特約は,被告大学学則及び学校教育法の趣旨に
反するものとはいえない。
6 結語
よって,原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用
の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第24民事部
裁判長裁判官   森 宏司
裁判官   真辺朋子
裁判官   安木 進

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