弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人Aに関する部分を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人福岡清の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法
四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかし、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決は、被告人Aに関す
る部分につき、同法四一一条一号、三号により破棄を免かれない。その理由は次の
とおりである。
 原判決が維持した第一審判決(以下単に第一審判決という。)第三の(一)ない
し(四)の事実は、「被告人A(以下単に被告人という。)は、(一)昭和四六年
七月三一日ころの午後六時三〇分ころ、東京都新宿区ab丁目c番地d荘e号室B
の居室において、同人所有の現金二〇、〇〇〇円を窃取し、(二)同四七年二月二
〇日ころの午後七時ころ、同所同居室において、同人所有の現金三、〇〇〇円を窃
取し、(三)同月二七日ころの午後七時三〇分ころ、同所同居室において同人所有
の現金一、〇〇〇円を窃取し、(四)同年三月二二日ころの午後三時ころ、同所同
荘f号室Cの居室において、同人所有の現金五〇、〇〇〇円を窃取した」というの
である。
 第一審判決第三の(二)、(三)の事実について。
 第一審判決がこれらの事実を認定した証拠は、結局のところ、被告人の捜査段階
における自白(被告人の司法警察員に対する昭和四七年六月二四日付及び検察官に
対する同年七月八日付各供述調書並びに司法警察員作成の同年六月一六日付余罪報
告と題する捜査報告書中の被告人作成の一覧表部分)と被害者である第一審証人B
の証言に尽きるところ、右第一審証人Bの証言はその信用性に重大な疑問があり、
被告人の自白を補強するに足らないというべきである。
 すなわち、第一審証人Bの証言によると、同人は昭和四七年六月一八日戸塚警察
署から呼び出しを受け、警察官から言われるまで右二回の窃盗の被害にあつた事実
に全く気付いておらず、警察官から言われてはじめて思い出した旨供述しているの
である。しかし、被告人の司法警察員に対する昭和四七年六月二四日付供述調書に
よれば、被告人は、右二回の窃盗はいずれもBの三畳の居室の机の上にむき出しで
おかれてあつた現金を窃取した旨供述しているのであるから、もしそれが事実であ
るとすれば、同人がその被害にあつたことに約四カ月間も気付かずにおり、警察官
からいわれてはじめて思い出したということはきわめて不自然であるばかりでなく、
前記Bの証言は、右二回の窃盗被害の事実自体についても明確性を欠き、その信用
性につき多大の疑いがもたれるのである。
 従つて、他に同人の供述を信用すべき特段の事由もないのに、同人の供述は十分
措信することができ被告人の自白を補強するに足りるとした原判決には審理不尽な
いし重大な事実誤認の疑いがあるといわなければならない。
 第一審判決第三の(四)の事実について。
 右事実について第一審判決が証拠として採用した被告人の自白の要旨は、「被告
人は、四年位前からCの家族と親しく交際し、毎日のように部屋に遊びに行き、部
屋の中の状況をよく知つていた。また、被告人が遊びに行つているとき、Cの主人
や奥さんが現金を出し入れするのもよく見ていたので、どこに現金が置いてあるか
もよく知つていた。それはCの部屋の押入れの向つて右側上段の茶箱の下で、ここ
にいつも封筒に現金を入れて置いてあつた。三月二二日の午後三時ごろ、Cの部屋
の出入口の引戸を開けてみると錠がかかつておらずすぐ開き、中をみると誰も居ら
ず留守だつたので、現金を盗むなら今だと思い、部屋の中へ入つた。部屋の中に入
ると、いつも現金が置いてある押入れの右側の引戸が開け放しになつており、その
上段の茶箱が丸見えになつていた。そこでその茶箱を少し持ち上げてみると、いつ
ものとおり普通の茶封筒が置いてあつた。すぐ茶封筒を盗み、ズボンのポケツトに
入れて何くわぬ顔をしてCの部屋から出た。外に出て盗んだ茶封筒の中味を調べて
みると一万円札五枚で現金五万円が入つていた。」というのである。
 しかし、第一審証人Dの証言によると、同人が押入れ上段の茶箱の下に現金を置
くようになつたのは、本件被害の約一カ月前である昭和四七年二月中旬以降のこと
であるが、被告人が来ている時に茶箱の下から現金の出し入れをしたことはなかつ
たことが認められるから、被告人の前記自白中被告人がC宅の現金の置き場所を知
つていたことに関する部分は事実に反するのである。
 また、被告人が当時勤務していたE株式会社のタイムカードによると、被告人は
昭和四七年三月二二日には、午前九時〇分に出社し午後六時一三分に退社している
(三月二二日ないし二五日も、午前九時に出社し午後五時一九分ないし五一分に退
社している。)ことが認められる。もつとも、第一審証人Fの証言によると、E株
式会社のタイムカードは、単に出・退社の時間を記録するものにすぎず、被告人が
勤務時間中外出することもあつたことが認められるから、右タイムカードの記載は、
直ちに被告人が本件犯行時刻ごろ同社にいたことを証明するものとはいえない。し
かし、本件記録によるとE株式会社からC宅まではバスを利用すると約四〇分の時
間を要することがうかがわれるから、被告人が勤務時間中同社を抜け出しC宅で窃
盗をしたとすれば、被告人はC宅に現金がありかつ同人宅が不在であることを予め
知つていたとみなければならないところ、記録上これを裏付ける証拠はなく、又被
告人の自白中にもこれらの点に関する供述は全くないのである(被告人の自白のう
ち、C宅の現金の置き場所を知つていたとする部分が事実に反することは前記のと
おりである。)。そうすると、被告人の前記自白は、この点においてその供述の合
理性に疑問があるといわなければならない。
 結局、第一審判決第三の(四)の事実についての被告人の自白は、重要な点にお
いて事実に反し、かつその供述の合理性に疑問を差しはさむべき点がありその証明
力は十分ではなく、第一審及び原審において取り調べたその他の証拠を総合しても、
右事実を認めるに足りないのにかかわらず、たやすく被告人の刑事責任を認めた原
判決には、審理不尽ないし重大な事実誤認の疑いがある。
 第一審判決第三の(一)の事実について。
 右事実について第一審判決が証拠として採用した被告人の自白の要旨は、「昭和
四七年七月下旬の午後六時半ころ、Bの部屋の前を通ると入口の戸が約一〇センチ
位開いていた。部屋の中をのぞくとBは居なかつたので部屋の中へ入つた。入つて
すぐ左の机の引き出しを開けると中に二つ折りの黒皮の財布があり、その中に五万
円位入つていたので、三万円位は残し二万円だけ抜きとり、財布は元通りしまつて
自分の部屋に帰つた。」というのである。ところが、第一審証人Bの証言によると、
同人の財布は布製二つ折、表が黒地で金糸、銀糸の刺しゆうがあり裏は白地のもの
であつて、被告人が供述する黒皮製二つ折のものとは全く類似性のないものである
ことが認められる。
 従つて、第一審判決第三の(一)の事実についての被告人の自白は、重要な点に
おいて事実に反し、その証明力は十分ではなく、第一審及び原審で取り調べたその
他の証拠を総合しても、右事実を認めるに足りないのにかかわらず、たやすく被告
人の刑事責任を認めた原判決には審理不尽ないし重大な事実誤認の疑いがある。
 結局、原判決は、第一審判決第三の(一)ないし(四)の事実につき、審理不尽
ないし重大な事実誤認の疑いがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであ
り、かつ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
 なお、第一審判決によれば、同判決第三の(一)ないし(四)の窃盗の事実は、
被告人に対して公訴提起のなされた犯罪事実の一部にすぎないが、同判決は、これ
ら四個の窃盗の罪が他の八個の窃盗の罪と刑法四五条前段の併合罪の関係にあると
して、被告人に対し懲役一年二月執行猶予三年の刑を科しているので同判決第三の
(一)ないし(四)の窃盗罪の部分のみを分離することはできないから、原判決中
被告人に関する部分を全部破棄することとする。
 よつて、刑訴法四一一条一号、三号により、原判決中被告人に関する部分を破棄
し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すことと
し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官石井春水 公判出席
  昭和四九年一一月二一日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸       盛   一
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸   上   康   夫

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