弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人松井康浩の上告理由第一点所論二の(1)について。
 原判示によれば、相殺禁止の特約がなされたのは上告人がDに対し昭和二八年四
月二八日付証明書(甲第五号証)を発行したときであり、また右特約の内容はDの
上告人に対する罐代金債権を受働債権とする上告人の相殺を禁ずる趣旨で、上告人
の自働債権には限定がないことは明らかである。そして、相殺禁止の特約において
は、自働、受働各債権がいずれも特定していなければならないものではないし、ま
た特約の当時相殺適状にある債権についてのみなしうるものでもないことはもちろ
んであるから、所論は理由がない。
 所論二の(2)、(3)について。
 原判決の判示によれば、DはもしDの上告人に対する罐代金債権が上告人に対す
る既存債務と差引勘定されることになれば被上告人に対する本件債務を弁済するこ
とができなくなることを心配し、この心配を除くため被上告人の要求に従い上告人
に対し必ず現金で支払うとの表現を用いる確約を求めたというのであるから、Dと
しては本件債務の弁済期以前に所論債務のうちにDの上告人に対する罐代金債権と
差引勘定される可能性のあるものがあることを知つてこれを心配したものであるこ
とは明らかである。従つて原判決は所論債務の弁済期について直接明示していない
が、判示諸事情を綜合して判示結論に達したものであり、その判断は首肯しうるの
で、所論は理由がない。
 所論二の(4)について。
 原判決の「被控訴人はこれを承諾して云々」との判示からみて、原判決は上告人
が被上告人、D間の判示事情を諒承の上証明書を発行したと認定判示しているもの
と解され、この事実は挙示の証拠から肯認するに難くないので、所論は採るをえな
い。
 されば、二(5)(6)の要論はすべて理由がなく、原判決には所論の違法はな
い。
 所論三について。
 原判決を通読すれば、原判決の所論解釈をなした根拠は、現金払という文字には
常に相殺禁止の意味があるとするものではなく、現金払の表現を用いた合意がなさ
れた判示事情からみれば、この合意は、通常支払方法としてなされる現金払か手形
払かの約定の意味をこえ、必ず現実に現金をもつて弁済を履行することを約したも
のとし、このような意味からして相殺禁止の特約を内容とするものと解釈したこと
は明らかである。そしてこのような解釈が経験則上許されないものでないことはも
ちろんであるから、所論は理由がない。
 同第二点について。
 民法五〇五条二項の規定は特約当事者間に弁済が円滑に行われている場合にのみ
適用されると解しなければならない理由はなく、また右特約は弁済の円滑に行われ
ることを前提としてなされるのが通常であるともいいえない。さらに本件において
も、現金払の表現を用いた合意を相殺禁止の特約を内容とするものと解するにあた
り、多数の不渡手形の発生または倒産のような場合を除外したと解すべき資料は認
められないばかりでなく、逆に原判決が判示するように、右合意をなした当時のD
の経営状況、信用状態から、D、被上告人がともに差引勘定のおそれめることを心
配し、上告人はその間の事情を諒承して現金払を確約したというのであるから、こ
の合意は不渡手形の発生のような事態を予見してなされたものであることをうかご
うに足る。従つてまた、合意当時の事情が変更したことにより合意は拘束力を持た
なくなつたと解すべき何らの理由も認められない。所論は民法五〇五条二項の規定
について独自の見解を披瀝するものにすぎず、原判決には所論のような法令ないし
経験則の違反は認められない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    高   橋       潔
            裁判官    石   坂   修   一

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