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平成25年9月13日判決言渡
平成23年第955号損害賠償(国家賠償)請求事件
口頭弁論終結日平成25年6月14日
判決
主文
1被告は,原告に対し,1319万5366円及びこれに対する平成21年4
月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを10分し,その6を被告の負担とし,その余を原告の負担
とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,2126万6072円及びこれに対する平成21年4
月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告市内において農業を営む原告が,原告所有地に井戸を設置した
上で農家用住宅を建築しようとしたところ,被告の職員による違憲・違法な対
応が原因で住宅の建築が遅れ,かつ,井戸の設置に代わり水道を敷設せざるを
得なくなったとして,国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,原
告が被告に対し,住宅建築遅延期間分の賃料相当損害金及び水道敷設費用等の
損害合計2126万6072円及びこれに対する損害の発生が確定・現実化し
た平成21年4月20日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求めた事案である。
1前提事実(証拠を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。)
⑴当事者等
ア原告は,被告市内において農家として農業経営に従事する者である。
イ被告は,地方公共団体であり,農業委員会を置いている(以下,被告の
置く農業委員会を「被告農業委員会」という。)。
⑵土地の購入
ア原告は,平成6年7月26日,別紙物件目録記載1の土地(同土地は,
平成20年1月18日付けで4筆に分筆されているが,以下,分筆の前後
を通じて「本件土地」という。)につき売買予約を原因とする所有権移転請
求権仮登記を受けた(甲2の1から4まで)。
イ本件土地は,被告策定の農業振興地域整備計画における農用地区域(農
業振興地域の整備に関する法律8条2項1号)内にあった。
⑶農家台帳への登録及び農地法3条許可
ア原告は,本件土地につき所有権移転請求権仮登記を受ける前後から,被
告農業委員会を訪れ,本件土地に関する農地法3条の許可等について相談
するようになった。
イ原告は,平成10年7月3日付けで,被告農業委員会の職員であったA
(以下「A」という。)に対し,本件土地に住宅を建てないことを約束する
旨の念書(甲7。以下「本件念書」という。)を提出した。
ウ原告は,平成10年7月27日,農家台帳に登録された。
エ原告は,同日,本件土地の所有権移転につき農地法3条の許可を受け,
同年8月25日売買を原因として所有権移転登記を受けた(甲2の1)。
⑷農業用倉庫の建築
ア原告は,平成11年頃,Aに対し,本件土地に農家用住宅を建築するこ
とについて相談したところ,Aは,農業用倉庫であれば農地法4条1項の
転用許可等を要せずに建築できる可能性があると説明した(弁論の全趣旨)。
イ原告は,その後,本件土地上に農業用倉庫(以下「本件倉庫」という。)
を建築し,平成14年6月4日付けで検査済証の交付を受けた(甲13)。
⑸農家用住宅の建築
ア原告は,平成15年頃,本件倉庫を住宅に変更することを意図し,住宅
に必要な水を井戸によってまかなうべく,被告環境保全課を訪れて井戸設
置の相談をした。
イ被告環境保全課の職員のB(以下「B」という。)は,平成15年10月
頃,原告に対し,被告においては平成12年4月からC市地下水保全条例
(甲23。以下「本件条例」という。)が施行されており,井戸の設置は原
則として禁止されていること等を説明した。
ウ原告は,遅くとも平成18年12月27日までに,本件土地に水道を敷
設する工事を完了させた(甲36)。
エ本件土地は,平成20年1月18日付けで分筆され(甲2の1から4ま
で),同年12月24日付けで,分筆後の一部の土地(別紙物件目録記載2
及び3)につき農用地区域の指定除外がされた(甲18)。
オその後,本件倉庫は農家用住宅に用途変更され,原告は,平成21年4
月20日付け検査済証(⑴建築物の名称・D邸用途変更,⑵主要用途・一
戸建ての住宅,⑶工事種別・増築)の交付を受けた(甲21。以下,用途
変更後の建物を「本件住宅」という。)。
⑹本件訴えの提起
ア原告は,平成23年12月7日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
イ被告は,平成24年3月22日付けの準備書面で,原告の損害賠償請求
権につき民法724条前段の消滅時効を援用した(顕著な事実)。
2関係法令
⑴農地法(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下同じ。)の定

ア農地について所有権を移転する場合には,当事者が農業委員会の許可(一
定の場合には都道府県知事の許可)を受けなければならない(農地法3条
1項本文)。
イ上記アの許可は,所有権を取得しようとする者又はその世帯員がその取
得後において耕作又は養畜の事業に供すべき農地及び採草放牧地のすべて
について耕作又は養畜の事業を行うと認められない場合には,することが
できない(同条2項2号)。
ウ上記アの許可を受けないでした行為は,その効力を生じない(同条4項)。
エ農地を農地以外のものにする者は,都道府県知事の許可を受けなければ
ならない(同法4条1項本文)。
オ農用地区域(農業振興地域の整備に関する法律第8条第2項第1号に規
定する農用地区域をいう。)内にある農地を農地以外のものにしようとする
場合には,上記イの許可をすることはできない(同法4条2項1号イ)。
なお,この規定が設けられたのは,平成10年法律第56号(平成10
年11月1日施行)による改正後であり,それ以前は,転用の許否に関す
る明確な基準は法律上設けられていなかった。
⑵農業振興地域の整備に関する法律(平成11年法律第120号による改正
前のもの。以下「農振法」という。)の定め
ア都道府県知事の指定した一の農業振興地域の区域の全部又は一部がその
区域内にある市町村は,政令で定めるところにより,その区域内にある農
業振興地域について農業振興地域整備計画を定めなければならず(農振法
8条1項),同計画においては,農用地等として利用すべき土地の区域(農
用地区域)を定めなければならない(同条2項1号)。
イ都道府県又は市町村は,農業振興地域整備基本方針の変更等により必要
が生じたときは,遅滞なく,農業振興地域整備計画を変更しなければなら
ない(同法13条1項)。
⑶本件条例(甲23)及び同条例施行規則(甲24。以下「本件規則」とい
う。)の定め
ア本件条例は,C市民憲章(昭和44年C市告示第49号)において「き
れいな水とすがすがしい空気,それは私たちのいのちです。」と定めた理念
に基づき,及び地下水が市民共有の貴重な資源であり,かつ,公水である
との認識に立ち,化学物質による地下水の汚染を防止し,及び浄化するこ
とにより地下水の水質を保全すること,並びに地下水をかん養し,水量を
保全することにより,市民の健康と生活環境を守ることを目的とする(本
件条例1条)。
イ土地を所有し又は占有する者は,その土地に井戸を設置することができ
ない。ただし,規則で定める理由により市長の許可を受けたときは,この
限りでない。(同条例39条1項)
ここにいう「規則で定める理由」とは,「水道水その他の水を用いること
が困難なこと」又は「その他井戸を設置することについて市長が特に必要
と認めるとき」をいう(本件規則19条)。
ウ市長は,本件条例39条1項ただし書の許可をしようとするときは,こ
の条例の目的を実現するために必要と認める条件を付すことができる(本
件条例39条3項)。
エ本件条例39条1項ただし書の規定による許可を受けようとする者は,
①氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名,②井
戸の設置場所,③地下水の使用目的及び④1日当たりの最大揚水予定量及
び年間揚水予定日数を記載した井戸設置許可申請書を市長に提出しなけれ
ばならない(本件規則20条)。
3主たる争点
⑴平成10年7月頃におけるAの説明の違法性の有無
⑵平成11年頃におけるAの説明の違法性の有無
⑶本件土地に井戸設置は認められない旨の説明をしたBの対応の違法性の有

ア本件条例の合憲性
イ本件条例に基づく説明の違法性の有無
⑷原告に生じた損害
⑸消滅時効の成否
4主たる争点に関する当事者の主張
⑴争点⑴(平成10年7月頃におけるAの説明の違法性の有無)について
(原告の主張)
ア原告の相談内容
原告は,平成10年7月27日の農家台帳への登録に先立ち,Aに対し
て,本件土地に農家用住宅を建築するための方法について相談していた。
イ説明義務の内容
上記のような相談を受けた被告農業委員会の職員であるAとしては,
原告に対し,農家用住宅を建築するための手続を説明する義務があった。
すなわち,本件土地は農用地区域に指定されていたため,そのままでは
農地転用許可(農地法4条1項)を受けられず,農家用住宅を建築する
ことはできなかったものの,同指定から除外した上で農地転用許可を受
けることは法的に可能であったのであるから,原告に対し,遅くとも農
家台帳への登録が認められた平成10年7月27日の時点において,農
用地区域からの指定除外及び農地転用のための手続を具体的に説明する
義務があった。
この点,被告は,平成10年7月27日の時点では原告の農地取得か
ら3年が経過しておらず,仮に農用地区域指定から除外しても,E県知
事の審査基準(乙1の1)に照らして農地法4条の転用許可が得られる
見込みはなく,したがって農用地区域指定から除外される可能性もなか
ったと主張する。しかし,原告が実質的に本件土地を取得したのは平成
6年のことであり,平成10年7月の時点では既に3年が経過していた。
また,E県知事の審査基準は,そもそも自己住宅については「原則とし
て取得後3年」との制約を課していないと解されるほか,原告は飽くま
で本件土地の一部の転用を求めていたに過ぎず,例外的に取得後3年以
内の転用が認められるべきであるから,いずれにしても被告の上記主張
に理由はない。
仮に,被告の主張するように,平成10年7月の時点では,農地法4
条の転用許可を受ける見込みがないとしても,農地法3条の許可から3
年が経過すれば問題はないのであるから,同許可から3年が経過すれば
農家住宅の建築が可能であると伝え,そのための手続を具体的に説明す
る義務があった。
ウ現実の説明
にもかかわらず,Aは,上記イのような説明を一切しなかった。それど
ころか,原告に対し,本件土地上に住宅を建てない旨の本件念書を提出さ
せ,農家用住宅の建築を阻害したのであり,こうした対応は国家賠償法上
違法である。
(被告の主張)
ア原告の相談内容
原告は,平成10年7月頃,本件土地の取得に関する農地法3条の許可
について被告農業委員会に相談していた。Aは,相談の過程で,原告が会
社の役員を務めていること及び本件土地上に住宅を建築する希望があるこ
とを把握したが,これらの事情が農地法3条2項2号に該当し,3条許可
を受けられなくなる可能性があると考え,その旨を原告に伝えたところ,
原告は後日会社の役員を辞任し,さらに本件土地上に住宅は建築しないと
発言した上,同趣旨の本件念書も提出した。
よって,Aとしては,原告に農家用住宅を建築する意向はないものと認
識していたのであり,この点で原告の主張はその前提を欠く。
イ説明義務の内容
そもそも,本件土地は,平成10年7月時点において農用地区域内に
あり,そのままでは農地転用許可が受けられず,農家用住宅を建築する
ことはできない状態であった。確かに,本件土地を農用地等以外の用途
に供することが必要かつ適当と認められる事情があれば,農用地区域指
定を除外する農用地利用計画変更の可能性もあったが,平成10年7月
時点においては,原告が本件土地を取得してから3年が経過していなか
ったため,仮に農用地区域指定から除外されたとしても,E県知事の審
査基準(乙1の1)に照らして原告が農地法4条の転用許可を得られる
可能性はなく,結局のところ,農用地等以外の用途に供することが必要
かつ適当と認められるような事情は存在しなかった。
よって,この時点において農用地区域指定除外の可能性はなかったの
であるから,原告に対し,同除外のための手続等を説明すべき義務があ
ったとはいえない。
また,原告は,農地法3条の許可から3年が経過すれば,被告の主張
を前提としても農地法4条の転用許可を得られるようになるとして,3
年が経過すれば農家用住宅の建築が可能となる旨の説明をすべきであっ
たと主張するが,3年の経過だけでは4条許可の要件を満たすことには
ならず,3年後に農家用住宅の建築が可能か否かを正確に見通すことは
不可能であるから,そのような説明をする義務はなかったというべきで
ある。
ウ現実の説明
上記アのとおり,原告は専ら3条許可について相談していたのであるか
ら,原告に対して農用地区域指定からの除外等の手続を説明していないの
は当然である。
⑵争点⑵(平成11年頃におけるAの説明の違法性の有無)
(原告の主張)
ア原告の相談内容
原告は,平成11年,被告農業委員会を訪れ,本件土地に農家用住宅を
建築したい旨の意向を明確に伝えており,このことは被告も認めるところ
である。
イ説明義務の内容
原告が上記アのような相談をしていた以上,Aとしては,上記⑴(原告
の主張)イと同様,原告に対し,農用地区域指定からの除外及び農地転用
のための手続を具体的に説明する義務があり,仮に同時点で農地転用許可
を受けることができないとしても,農地法3条の許可から3年が経過すれ
ば農家住宅の建築が可能であると伝えてそのための手続を具体的に説明す
る義務があったというべきである。
ウ現実の説明
ところが,Aは,そのような説明を一切しておらず,農業用倉庫であれ
ば建築可能である旨説明し,上記義務に違反した違法がある。
(被告の主張)
ア平成11年当時においても,本件土地は農用地区域内にあり,そのまま
では農地転用許可が受けられない状態であった(農地法4条2項1号イ)。
そして,原告が本件土地を取得してから3年が経過していないこともまた
平成10年7月時点と同様であり,仮に本件土地が農用地区域指定の除外
を受けたとしても原告が農地法4条の転用許可を得られる可能性はなかっ
たのであるから,農用地等以外の用途に供することが必要かつ適当と認め
られるような事情は存在しなかった。
よって,平成11年時点においても,本件土地につき農用地区域指定除
外の可能性はなく,原告に対し,同除外のための手続等を説明すべき義務
があったとはいえない。
イ農地法3条の許可から3年が経過すれば農家用住宅の建築が可能となる
旨の説明をすべき義務がなかったことについても,前記⑴(被告の主張)
イと同様である。
⑶争点⑶(本件土地に井戸設置は認められない旨の説明をしたBの対応の違
法性の有無)
(原告の主張)
ア本件条例の合憲性
本件条例が地下水採取を規制する目的は,自己水源を維持するとともに
県営水道からの受水を回避することにあると解されるが,自己水源が不足
する場合は近隣自治体から融通してもらえば足り,こうしたことは実際に
他の自治体でも行われていることであるから,その目的は,少なくとも小
口の個人の地下水採取を禁止する目的として正当性を有しない。仮に目的
が正当性を有するとしても,地下水採取を原則禁止とした上で狭い例外事
由しか設けていない本件条例39条は,目的達成のための手段として必要
以上の制約を課すものであり,財産権(憲法29条2項)を侵害する違憲
なものである。
イ本件条例に基づく説明の違法性の有無
仮に本件条例が違憲でないとしても,原告は,以下のとおり本件規則1
9条に定める例外的許可要件を満たしていたのであるから,井戸の設置が
認められる地位にあった。にもかかわらず,Bは,平成15年頃の原告の
申入れに対し,井戸の設置は認められないとの説明に終始したのであり,
こうした対応は国家賠償法上違法である。
本件土地は水道給水区域の外にあるため,原告が水道水を利用するた
めには,原告自ら水道を敷設しなければならないところ,その費用は約
1000万円であり,本件規則19条1号にいう「水道水その他の水を
用いることが困難なこと」に該当する。
そもそも,原告が本件土地上に井戸を設置しようとしたのは,住宅と
しての利用に供するためであって,水の使用量は1日あたり400リッ
トルにも至らない。そうすると,原告が井戸を設置したとしても,「地下
水をかん養し,水量を保全する」という本件条例の趣旨(1条)には何
ら反しない。
仮に,施行規則19条1号に該当しないとしても,農家用住宅の建築
工事着工が遅れた原因が,前記⑴のとおり被告の違法な対応にあり,適
切な説明がされていれば本件条例施行日(平成12年4月1日)より前
に井戸の設置工事に着手できた可能性が十分にあることを考慮すると,
「その他井戸を設置することについて市長が特に必要と認めるとき」(同
条2号)に該当するというべきである。
(被告の主張)
ア本件条例の合憲性
財産権に対して加えられる規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適
合するものとして是認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必
要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の
程度等を比較衡量して決すべきものである。
被告が原則として井戸の設置を認めず,水道水その他の水を用いること
が困難なこと等の事情がある場合に例外的に許可することとしているのは,
化学物質による地下水の汚染を防止し及び浄化することにより地下水の水
質を保全するとともに,地下水をかん養し,水量を保全し,もって市民の
健康と生活環境を守るためであり,こうした目的が公共の福祉に適合する
ことはいうまでもない。そして,こうした目的達成のために井戸の設置を
原則として禁止することには合理性と必要性が認められるのであるから,
本件条例は憲法29条2項に反しない。
イ本件条例に基づく説明の違法性の有無
以下のとおり,本件土地については本件条例に照らし井戸の設置は認め
られなかったのであるから,それを前提としたBの対応に何ら違法な点は
ない。
原告は,本件土地に水道を敷設するには多額の費用を要するとして,
「水道水その他の水の利用が困難」との要件を満たすと主張するが,①
原告自ら給水区域外に住宅を建築しようとする以上,原告が自身の費用
負担で水道を敷設することとなってもやむを得ないこと,②原告の主張
を前提としても,実際に水道敷設に要した費用は約535万円であり,
井戸設置費用とほぼ変わらない負担であることからすれば,「水道水その
他の水の利用が困難」とはいえない。
また,原告は,平成10年7月の時点において適切な説明を受けてい
れば本件条例の施行前に井戸を設置できた可能性があるとして,「その他
井戸を設置することについて市長が特に必要と認めるとき」に該当する
と主張するが,平成10年7月の説明が適切であったことは前記のとお
りであり,原告の主張はその前提を欠く。
⑷争点⑷(原告に生じた損害)について
(原告の主張)
ア農家用住宅の建築遅延による損害
被告から農用地区域指定除外に関する説明を受けていれば,原告はその
ための手続を適切に行うことができた。そして,①被告農業委員会が,平
成10年の農家台帳登録に当たって原告の農業継続性を認めていること
(甲41),②本件土地の利用状況等に変化が生じたわけではないにもかか
わらず,平成14年終わり頃に至って本件土地につき農家用住宅の建築に
向けた具体的な手続が始まったことからすると,平成10年時点において
も,原告が手続を講じていれば除外が認められたものと考えられる。そう
すると,原告は,遅くとも本件倉庫が完成した平成14年6月には農家用
住宅を建築できていたといえ,原告は,被告の違法な対応により,農家用
住宅の建築を約7年遅らされるという損害を被った。
このことにより原告が被った具体的損害は以下のとおりである。
原告が賃借していた家の家賃
農家用住宅の建築が遅延したことにより,原告は居住用物件の賃借期
間の延長を余儀なくされた。平成14年6月以降,本件住宅が完成する
平成21年4月までに原告が支払った家賃は442万円であり,振込手
数料を併せると446万0706円となる。
耕作地までの移動に要した費用
農家用住宅の建築が遅延したことにより,原告は,本件住宅が完成す
る平成21年4月までの間,住所地から耕作地まで車での移動を余儀な
くされた。その期間のガソリン代は83万円を下らない。
イ水道敷設による損害
水道敷設に必要不可欠な費用は1467万0366円,井戸を設置する
場合に要する費用は262万5000円である。原告は,被告の違法な対
応により,本来ならば井戸を設置できるはずであったにもかかわらず水道
を敷設せざるを得なかったので,上記の差額である1204万5366円
の損害を被った。
ウ慰謝料
被告の違法な対応により原告が被った精神的苦痛を金銭に換算すれば,
その額は200万円を下らない。
エ弁護士費用
上記アからウまでの損害額合計の約1割である193万円を下らない。
(被告の主張)
ア農家用住宅の建築遅延による損害
そもそも農用地区域指定からの除外については,被告の政策的判断に委
ねられているものであり,原告が手続を講じていれば当然に除外が認めら
れたとはいえない。
また,原告の主張する賃借物件の家賃及び耕作地までの移動に要する費
用については,損害額の根拠が明らかでないか,裏付けとなる証拠のない
ものである。
イ水道敷設による損害
原告は,水道敷設に要する費用1467万0366円から井戸設置費用
262万5000円を差し引いた1204万5366円をもって損害と主
張しているが,実際に水道敷設に要した費用は約535万円にすぎない。
また,甲33号証の見積書に記載されている金額で井戸設置に要する費用
のすべてがまかなわれるものではなく,井戸設置に要する費用は262万
5000円にとどまらない。
ウ慰謝料・弁護士費用
争う。
⑸争点⑸(消滅時効の成否)について
(被告の主張)
ア農家用住宅の建築遅延による損害
賃借物件の家賃相当額及び耕作地までの移動に要する費用については,
原告の主張を前提としても,平成14年6月から平成20年12月4日ま
での分は3年の消滅時効期間が経過しているので,被告は消滅時効を援用
する。
イ水道敷設による損害
原告の主張を前提としても,原告が平成18年7月5日に本件土地に水
道を敷設していることからすれば,遅くとも同日には原告の主張する水道
敷設の損害が発生しているというべきである。したがって,既に原告が損
害の発生及び加害者を知ってから3年の消滅時効期間が経過しており,被
告は消滅時効を援用する。
ウ慰謝料及び弁護士費用
慰謝料のうち平成20年12月4日以前に発生したもの及び弁護士費用
のうち平成20年12月4日以前に発生した損害に相当するものについて
は,3年の時効期間が経過しており,被告は消滅時効を援用する。
(原告の主張)
ア「損害及び加害者を知った」(民法724条前段)というためには,損害
を現実に認識するとともに,加害行為の違法性を認識している必要がある。
イ原告は,特別の法律知識を有しない一般市民であり,被告職員の対応に
違法性があるとは想像だにしなかった。原告が,被告職員の対応が違法で
ある可能性を知ったのは,平成23年の夏前に原告訴訟代理人に相談した
ときのことである。一般人を基準としても,少なくとも本件住宅が完成し
た平成21年4月以前に,被告職員の対応が違法である可能性があると判
断することは到底不可能であった。
ウよって,消滅時効の起算点は早くても平成21年4月であり,原告は,
平成23年12月7日に本件訴えを提起している以上,消滅時効は完成し
ない。
第3争点に対する判断
1認定事実
前記前提事実(第2の1),証拠(各項括弧内に掲記)及び弁論の全趣旨によ
れば,以下の事実が認められる(なお,前記前提事実についても適宜含めて記
載する。)。
⑴平成10年7月頃の原告の相談状況
ア原告は,本件土地につき所有権移転請求権仮登記を受けた平成6年7月
26日前後から,被告農業委員会を訪れ,本件土地に関する農地法3条の
許可等について相談するようになった(前記前提事実⑶ア)。
イ平成8年4月に被告農業委員会事務局農地係の係長に就任したAは,原
告が会社を経営しており,かつ,本件土地について農地法3条の許可を得
た上で住宅を建築したいとの意向を有している旨の報告を部下から受け,
これらの事情が不許可事由に該当する可能性があると考えた(証人A1,
2頁)。
そこで,Aは,原告と直接面談し,上記の懸念を伝えたところ,原告か
ら,会社の取締役は辞任する予定であり,本件土地上に農家用住宅を建て
ることはしないとの回答を得た(証人A2,3頁)。
ウAは,原告の上記回答を受け,本件土地上に住宅を建てる予定がないの
であれば,その旨の念書を差し入れた方が農業委員会の理解を得やすく,
農地法3条の許可を得られる可能性が高くなると説明したところ,原告は,
平成10年7月3日付けで,本件土地に住宅を建てないことを約束する旨
の本件念書を提出した(甲7,乙2,証人A4頁)。
エ原告は,平成10年7月27日,本件土地の所有権移転につき農地法3
条1項の許可を受けた(前記前提事実⑶エ)。
⑵農家用倉庫建築に至る経緯
ア原告は,平成11年頃,Aに対し,本件土地に農家用住宅を建築するこ
とについて相談したところ,Aは,農業用倉庫であれば農地法4条1項の
転用許可等を要せずに建築できる可能性があると説明した(前記前提事実
⑷ア)。
イ原告は,その後,本件土地上に本件倉庫を建築し,平成14年6月4日
付けで検査済証の交付を受けた(前記前提事実⑷イ)。
⑶水道敷設及び農家用住宅建築に至る経緯
ア原告は,平成15年初めころ,被告農業委員会を訪れ,職員のF(以下
「F」という。)に,本件倉庫を住宅に変更したい旨の相談をしたところ,
Fは,変更が許可される可能性がある旨の説明をした(弁論の全趣旨)。
イそこで,原告は,住宅に必要な水を井戸によってまかなうため,平成1
5年7月頃,C市役所の環境保全課を訪れて井戸設置の相談をした(前記
前提事実⑸ア,証人B1頁)。
ウBは,原告の上記イの相談を受け,原告に対し,本件条例によって井戸
の設置は原則として禁止されている旨の説明をするとともに,原告が井戸
設置を検討している場所及びその経緯等を聴取した(乙3)。
エ被告の環境保全課及び水道局は,上記イの原告の相談を受け,本件土地
への井戸設置を例外的に認める事由があるか否か検討したところ,本件土
地への水道敷設は十分に可能であり,「水道水その他の水を用いることが困
難なこと」に該当する事情は認められない可能性が高いとの結論に至った
(乙3)。
オBは,平成15年11月,上記エの検討結果を踏まえ,原告に対し,井
戸設置の例外的許可事由は存在せず,仮に井戸設置の許可申請をしても許
可される可能性は非常に低い旨の説明をした(乙3,証人B6頁,18頁)。
原告は,Bから上記説明をされたことにより,井戸設置の許可申請をす
ることを断念した(甲42,原告本人18頁)。
カ原告は,遅くとも平成18年12月27日までに,本件土地にかかる水
道敷設工事を完了させた(甲36,弁論の全趣旨)。
キその後,本件倉庫は農家用住宅に用途変更され,原告は,平成21年4
月20日付け検査済証の交付を受けた(前記前提事実⑸オ)。
⑷本件訴えの提起等
ア原告は,上記⑶キの検査済証の交付を受けた後,一連の被告職員の対応
につきG弁護士に相談し,被告職員の対応に違法性があり得る旨の説明を
受けた(原告本人21頁,22頁)。
イG弁護士は,平成21年7月21日付けで,被告農業委員会に対し,本
件住宅の建築が遅延したこと及び本件土地に井戸の設置が認められなかっ
たことを質す内容の質問状を提出した(甲40)。
ウ原告は,平成23年の夏前頃,原告訴訟代理人弁護士に相談した(弁論
の全趣旨)。
エ原告は,平成23年12月7日,本件訴えを提起した(前記前提事実⑹
ア)。
オ被告は,平成24年3月22日付けの準備書面で,原告の損害賠償請求
権につき民法724条前段の消滅時効を援用した(前記前提事実⑹イ)。
⑸事実認定の補足説明
上記⑴の認定に関し,原告は,Aに対しても本件土地に建物を建築する意
向があることを明確に伝えていると主張し,それに沿う供述をしている。
しかし,原告は,Aに対して,特段の反対もすることなく,本件土地に「住
宅を建てない事を約束致します」との記載のある本件念書(甲7)を差し入
れており(原告本人29頁),この事情は上記原告の主張及び供述と整合しな
い。また,原告自身,住宅建築については「詰めて話したことはないと思い
ます」,「ちょろちょろとは出ていますが,ウエートは,さっきのとおり,許
可の話です」,「たまには住宅の話も出ましたね」と供述しており(原告本人
9頁),住宅建築の意向を強く示したと供述しているわけではない。
結局のところ,原告は,当時は農地法3条の許可を得ることを最優先して
おり(原告本人30頁),そのような状況下で,取得後の農地を宅地に転用し
て売却するのではないかと農業委員会から疑われている旨の風聞を得ていた
(原告本人25頁)ため,とにかく早期に同許可を得るべく,Aに対しては
住宅建築の意向を告げなかったか,仮に告げたとしても,それが農地法3条
の許可を得る上での障害になり得る旨の説明を受け(原告は,Aからこうし
た説明を受けたこともないと主張するが,本件念書の差入れを求めたAがそ
の前提となる理由を説明していないというのは不自然であり,採用できな
い。),少なくとも表向きには容易に撤回したものと考えられる。
よって,原告の上記主張及び供述は,採用することができない。
2争点⑴(平成10年7月頃におけるAの説明の違法性の有無)について
⑴前記1⑴及び⑸のとおり,原告は,Aに対して本件土地上に住宅を建築す
る意向がある旨を伝えておらず,仮に伝えていたとしても容易に撤回したも
のと認められるため,Aが原告に対して農用地区域指定からの除外及び農地
転用のための手続を具体的に説明しなかったことに何ら違法性はない。
⑵この点について,原告は,原告が本件念書を提出したのは,本件土地に住
宅を建築するのであれば農地法3条の許可が下りない旨の説明をAから受け
たからであるところ,そもそも広大な土地の一部に住宅を建築する意向があ
ることが農地法3条の許可を得るに当たって障害になることはないのである
から,Aの上記説明は誤っているとして,こうした誤った説明を受けて本件
念書を提出するなどした原告の行為を過大に評価すべきではないと主張する。
しかし,農地法3条2項2号は,取得後の農地の「すべて」について耕作
等を行うと認められない場合を不許可事由としており,たとえ取得しようと
する農地が広大で,住宅の敷地に供する意向があるのはその一部だったとし
ても,そのことから当然に農地法3条2項2号に該当しないとはいえないし,
本件土地の場合,その面積は約700㎡であり,一般的な住宅底地面積を無
視できるほどに広大とはいえない(事実,その後に建築された本件住宅の底
地面積は約200㎡であり(甲2の2及び3,弁論の全趣旨),本件土地の4
分の1以上を占める。)から,原告の意向が上記不許可事由に該当すると判断
されるおそれは十分にあったといえる。
そうであれば,Aが,原告が本件土地に住宅を建築する意向を有している
ことが3条許可の不許可事由に該当するおそれがあると判断したことに何ら
不合理な点はなく,しかも,Aとしては,上記の懸念を原告に伝えた上で,
3条許可をより受けやすくするためという趣旨を説明し,原告に対して任意
に念書を差し入れることを求めたにすぎないのであるから,こうしたAの対
応が国家賠償法上違法であるとする原告の主張は理由がない。
3争点⑵(平成11年頃におけるAの説明の違法性の有無)について
⑴原告は,平成11年頃,Aに対し,本件土地に農家用住宅を建築したい旨
の意向を明確に伝えていたとして,Aには,この時点で,原告に対し農用地
区域指定からの除外及び農地転用のための手続を具体的に説明する義務があ
り,仮に同時点で農地転用許可を受けることができないとしても,農地法3
条の許可から3年が経過すれば農家住宅の建築が可能であると伝えてそのた
めの手続を具体的に説明する義務があったと主張する。
⑵そこでまず,この時点で農地転用が可能であることを前提にした説明をす
べきであったか検討すると,この時点では原告が本件土地を取得してから3
年が経過しておらず,E県知事の審査基準(乙1の1)に照らし,仮に農用
地区域指定からの除外をしたとしても農地法4条の転用許可を得る見込みは
なかったのであるから,農用地区域指定からの除外及び農地転用のための手
続を具体的に説明する義務があったとはいえない。
原告は,実質的な農地取得の時期は平成6年であり,平成11年の時点で
は3年が経過していたと主張するが,登記上,本件土地の売買契約が締結さ
れたのは平成10年8月25日のことであるし(前記前提事実⑶エ),農地法
3条1項本文の要求する農業委員会又は都道府県知事の許可は売買契約の効
力発生要件と解される(農地法3条4項)から,原告が本件土地を取得した
のは平成10年8月25日というほかなく,原告の上記主張は採用できない。
また,原告は,自己住宅の敷地として利用するためであれば「原則として
取得後3年」との制約は課されておらず,取得後3年が経過していなくとも
転用許可を得ることは可能であると主張するが,審査基準(乙1の1)は,
「次の項目については,それぞれ必要な要件を満たすものであること」とし
て,「農地法第3条第1項の許可を受けた土地の転用」及び「自己住宅」のそ
れぞれについて転用許可の要件を定めているのであり,自己住宅の敷地とし
て利用しようとする土地が,農地法3条1項の許可を受けた土地に該当する
のであれば,それぞれの要件をともに満たすことが必要となると解されるか
ら,原告の上記主張は採用できない。
さらに,原告は,本件土地の一部の転用を求めていたに過ぎないから例外
的に取得後3年以内の転用が認められるべきであると主張するが,審査基準
は農地の面積の大小によって許可の要否を区別しているわけではないし,住
宅を建築する以上,その底地は相当程度の面積になることが予測されるから,
本件土地の一部のみの転用を求めていたということが農地法4条の転用許可
に当たって特別に扱われなければならない理由はなく,原告の上記主張もま
た採用できない。
⑶次に,Aが,原告に対し,本件土地にかかる農地法3条の許可から3年が経
過すれば農家住宅の建築が可能であると伝えてそのための手続を具体的に説
明する義務があったかについて検討を加える。
ア原告は,平成11年頃,Aに対して本件土地上に住宅を建築したいとの意
向を明確に伝えていた以上,Aには上記のような説明をする義務があったと
主張する。
イしかし,原告は,平成11年当時,「トラクターから機械から一杯ある」(原
告本人12頁)といった状況に対応するため,相談時点において住宅を建築
する方法を相談していたのであって,当該時点での建築が不可能としても将
来において建築できる可能性がないかを明確かつ具体的に相談していたとは
認められない。また,そもそも本件土地に住宅を建築するに当たって最も大
きな障害となっていたのは農振法8条2項1号に基づく農用地区域指定であ
ったところ,農振法及びその関係法令中には,農用地区域内の土地所有者に
対して農用地区域指定からの除外申請権を認める手掛かりとなるような規定
は存在せず,除外は専ら都道府県又は市町村の政策的判断によって行われる
ことが予定されていると解されるから,原告が本件土地を取得してから3年
が経過したとしても,そのことから当然に農用地区域指定からの除外がされ
るわけではなく,将来において原告が本件土地に住宅を建築できるか否かは
極めて不確定であったといえる。さらに,上記のとおり,農用地区域指定か
らの除外について原告に申請権まで認められるという根拠に乏しく,Aが原
告に対して農用地区域指定からの除外に関する手続を説明しなかったからと
いって,原告が法律上認められた権利を行使する機会を奪われるわけではな
い。
以上のような事情に照らすと,Aには,平成11年頃の時点において,原
告に対し,本件土地にかかる農地法3条の許可から3年が経過すれば農家住
宅の建築が可能であると伝えてそのための手続を具体的に説明する義務があ
ったと認めることはできない。
⑷よって,平成11年頃のAの説明が違法であったとする原告の主張には理
由がない。
4争点⑶(本件土地に井戸設置は認められない旨の説明をしたBの対応の違法
性の有無)
⑴争点⑶ア(本件条例の合憲性)について
ア財産権に対する規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するもの
として是認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,
その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較
考量して判断すべきものである(最高裁判所平成14年2月13日大法廷
判決・民集56巻2号331頁参照)。
イ本件条例39条が井戸の設置を原則として禁止する目的は,「地下水をか
ん養し,水量を保全することにより,市民の健康と生活環境を守ること」
(甲23)であるところ,水が人間の生活に欠かすことのできない資源で
あり,C市が市営水道の水源の約75パーセントを地下水に依存している
という現状(乙4,8)に照らせば,このような目的自体が正当性を有し,
公共の福祉に適合するものであることは明らかである(なお,本件条例の
目的には,地下水の水量保全のみならず水質保全も含まれているが,井戸
設置を原則として禁止する39条は,「第4章水量の保全」に置かれてお
り,水量保全のみを目的としているものと解される。また,原告は,本件
条例の目的には県営水道からの受水回避という目的も含まれると主張する
が,被告が本件条例を制定した背景に自己水比率の低下があったことは認
められるものの,それは,水量保全の必要性が認識されるに至った契機と
もいうべき事情であり,本件条例1条の文言からしても,県営水道からの
受水回避が本件条例の直接の目的になっているとはいえない。)。
次に,規制の内容等についてみると,同じく水量保全等を目的とする「工
業用水法」及び「建築物用地下水の採取の規制に関する法律」が,ストレ
ーナーの位置及び揚水機の吐出口の断面積等を規制し(工業用水法1条,
3条,建築物用地下水の採取の規制に関する法律1条,4条),もって取水
量を制限することによって上記目的を達成しようとしていることに照らせ
ば,こうした制限を課すことによって水量保全の目的は達成することがで
きるといえるから,これらの法律と異なり,本件条例が井戸の設置自体を
原則禁止していることに鑑みると,そのような規制は財産権を必要以上に
制限するものとして憲法29条2項に反する疑いが強いといわざるを得な
い。
しかし,本件条例は,井戸の設置を全面的に禁止しているわけではなく,
「規則で定める理由により市長の許可を受けたとき」には井戸の設置が認
められるとしており(本件条例39条1項ただし書),これを受けた本件規
則は,「水道水その他の水を用いることが困難なこと」及び「その他井戸を
設置することについて市長が特に必要と認めるとき」を例外的許可事由と
している。そして,本件規則20条が,井戸設置許可申請書に「地下水の
使用目的」及び「1日当たりの最大揚水予定量及び年間揚水予定日数」を
記載することを要求し,本件条例39条3項が,市長が本件条例の目的を
実現するために必要と認める条件を付した上で井戸設置を許可することも
できるとしていることからすると,本件条例は,取水量を制限した上で井
戸設置を許可することも前提としていると解される。なお,本件規則が「水
道水その他の水を用いることが困難なこと」を例外的許可事由としている
のは,水道水等を利用することが容易である場合には地下水の保全を優先
して井戸の設置を禁じる趣旨にすぎず,取水量を制限すれば水量保全の目
的を達成できる場合においても井戸の設置を禁止する趣旨ではないと解さ
れる。
以上のとおり,本件条例39条は,井戸設置の例外的許可事由を具体的
に定めており,水量保全の目的を達成できる限り取水量を制限した上で井
戸設置を許可することも前提としていると解されるから,その目的に照ら
し,規制手段が必要性又は合理性に欠けるということはできない。
ウよって,本件条例39条が憲法29条2条に反し違憲であるとする原告
の主張には理由がない。
⑵争点⑶イ(本件条例に基づく説明の違法性の有無)について
ア上記⑴のとおり,本件条例は,取水量を制限した上で井戸の設置を認め
ることを前提としているのであるから,原告が個人で井戸を利用しようと
していたことに照らせば,少なくとも取水量を制限すれば井戸の設置が認
められる可能性は高かったといえる。
イそうすると,原告から相談を受けたBとしては,原告に設置予定の井戸
の仕様書を提出させるなどした上で環境保全課に持ち帰り,取水量を制限
した上で井戸の設置を認めることができないかを具体的に検討する義務が
あったというべきであり,そうした検討を何ら行わず,原告に対し,井戸
設置が許可される可能性は非常に低い旨の誤った説明をしたことは,職務
上尽くすべき注意義務に違背しており,国家賠償法上違法であるというほ
かない。
ウなお,Bは,井戸設置が確実に不許可とされる旨説明したわけではなく,
原告において,正式に井戸設置許可の申請をすることは可能だったといえ
るが,Bは,「検討の結果,井戸設置の例外的許可事由は存在せず,仮にD
さんが井戸の設置許可申請をされても,市長による許可処分がされる可能
性は,見通しとして非常に低いという説明をいたしました」(証人B6頁),
「検討の結果,許可の見込みはないので,それよりも,水道の布設につい
てなるべく安価で確実に引ける方法,こういったものの御相談に乗って,
早くうちが建つのであれば,そういう手段をやられたほうがいいというお
答えをした経過があると思います」(同18頁)などと証言しており,許可
の見通しは非常に低いと説明したばかりか,具体的な水道敷設の方法につ
いてまで提案し,勧めている。こうした説明内容に加え,仮に正式な申請
をした場合,第一次的な許否の判断は,既に原告の井戸設置について検討
している環境保全課でされることになる(同28頁)ことも考慮すると,
上記のような説明を受けた原告が,正式な許可申請をしても許可の見込み
はないと判断して申請そのものを断念することは無理のないところであっ
て,上記事情はBの説明が違法であるとする判断を左右するものではない
というべきである。
5争点⑷(原告に生じた損害)について
⑴水道敷設による損害
ア原告は,Bから誤った説明を受けた結果,井戸の設置を断念し,自らの
費用で水道を敷設したのであるから,仮に,原告がこうした誤った説明を
受けなかったとした場合,原告は井戸設置許可の申請をしていたと考えら
れる。そうすると,前記4⑴イのとおり,本件条例は取水量を制限した上
で井戸設置を許可することも前提としていると解されるから,個人利用者
である原告が井戸の設置そのものを許可されない事態は考えにくく,少な
くとも,取水量について一定の制限を受けた上で井戸設置が許可された蓋
然性が高い。
そうすると,原告が水道敷設費用を支出することはなかったといえるか
ら,Bの誤った説明によって原告が受けた損害は,水道敷設費用と井戸設
置費用との差額に相当するということができる(なお,原告に許可される
取水量が少ない場合,原告は,井戸の設置に加えて水道の敷設も強いられ
る可能性もないではないが,もともと水源の約75%を地下水に依存でき
ていた被告(乙8)が,原告に対し井戸設置を許可するに当たり,個人と
しての利用を賄えないまでに取水量を制限することは考えにくい。)。
イ水道敷設費用
本件土地に水道を敷設するための工事費用は,甲28号証の見積書によ
れば,1368万3600円である。上記見積額の相当性を疑うに足りる
証拠はない。
また,原告は,本件土地に水道を敷設するために2筆の土地(C市a字
bc番d及び同e番f。合計37.5㎡)を分筆して購入しており(甲15
の1及び2,16,44から46まで),その購入費用合計60万円(甲2
9,30),登記手続費用5万2766円(甲31)及び測量等費用28万
4000円(甲32)も,水道敷設に必要な費用というべきである(合計
93万6766円)。
原告は,これらに加えて,上記2筆の土地の前所有者と交渉するために
要した交通費5万円もまた水道敷設に必要な費用であると主張するが,こ
れを認めるべき証拠がなく,上記主張を採用することはできない。
ウ井戸設置費用
原告が井戸を設置したと仮定した場合の費用は,262万5000円(消
費税込み。)である(甲33)。
この点,被告は,甲33号証の見積書に記載されている金額で井戸設置
に要する費用のすべてがまかなわれるものではなく,井戸設置費用は上記
金額にとどまらないと主張するが,これに沿う見積書など,反証となる証
拠は提出されておらず,採用することができない。
エ損害額
そうすると,Bの違法な説明によって原告が被った損害額は,上記イの
水道敷設費用合計額1462万0366円から上記ウの井戸設置費用額2
62万5000円を控除した差額である1199万5366円となる。
なお,原告は,実際の水道敷設工事の一部を自ら行っており(甲46),
水道敷設に要した実費は上記イの金額(1368万3600円)を下回る
ことになるが,原告の負担した上記労力を金銭的に評価すれば,結局のと
ころ,水道敷設工事のために要した費用は上記イの合計金額に一致すると
認められる。
⑵慰謝料
原告は,Bの誤った説明によって精神的苦痛を受けたとして慰謝料を請求
しているが,こうした精神的苦痛は,上記⑴の損害賠償によって慰謝される
べき性質のものであるから,原告の慰謝料請求を認めることはできない。
⑶弁護士費用
Bの不法行為による弁護士費用としては,上記⑴エの損害認容額の約1割
に当たる120万円と認めるのが相当である。
6争点⑸(消滅時効の成否)について
⑴被告は,原告が平成18年7月5日に本件土地に水道を敷設していること
からすれば,遅くとも同日には原告の主張する水道敷設の損害が発生してい
るというべきであるとし,既に原告が損害の発生及び加害者を知ってから3
年の消滅時効期間が経過していると主張する。
⑵原告が水道敷設工事を行った日が平成18年7月5日であることを裏付け
る明確な証拠はないものの,原告は,遅くとも同年12月27日までには同
工事を完了させたものと認められる(前記1⑶カ)。
しかし,不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点として損害の
発生を知ったといえるためには,単に加害行為により損害が発生したことを
知っただけではなく,その加害行為が不法行為を構成することを知ったこと
が必要と解すべきである(最高裁判所昭和42年11月30日第一小法廷判
決・裁判集民事89号279頁参照)ところ,①法律の専門家でない一般市
民にとって,本件条例を所管する被告の職員の説明に違法があると疑うこと
は容易ではないこと,②本件条例は,井戸設置の例外的許可事由として「水
道水その他の水を用いることが困難なこと」及び「その他井戸を設置するこ
とについて市長が特に必要と認めるとき」と定めるにとどまり,原告におい
て,自身がこの許可要件に該当するか否かを判断することは困難であること,
③被告自身,本件訴訟の口頭弁論終結時に至るまで,一貫してBの説明の違
法性を否定していることからすると,原告が,水道敷設工事を完了した時点
において,Bの説明が不法行為を構成すると知ったということはできず,原
告が損害の発生を知ったのは,早くとも,本件住宅完成後にG弁護士に相談
したとき(平成21年4月20日から同年7月21日までの間)であったと
いうべきである。
⑶よって,平成23年12月7日に訴えが提起されている本件において,消
滅時効は完成しておらず,被告の上記主張は採用することができない。
7結論
以上のとおりであって,原告の請求は主文第1項の限度で理由があるからこ
れを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負
担につき民事訴訟法64条,61条を適用して主文のとおり判決する。
なお,仮執行宣言は相当でないのでこれを付さない。
横浜地方裁判所小田原支部民事部
裁判官中嶋功
裁判官金森陽介
裁判長裁判官三木勇次は,転補のため署名押印することができない。
裁判官中嶋功
別紙
物件目録(省略)

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