弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,20万円及びこれに対する本判決確定の日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを7分し,その1を被告の,その余を原告の各負担
とする。
4この判決の主文第1項のうち,20万円の支払を命じる部分につい
ては,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告は,原告に対し,150万円及びこれに対する本判決確定の日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事実関係
1事案の概要
本件は,被告が弁護士として負うべき守秘義務等に違反し,原告が被告に相
談したことを,被告において,原告が当時紛争処理の依頼をしていた別の弁護
士に話したため,これにより原告が精神的苦痛を被ったとして,原告が被告に
対し,慰謝料の支払を求めるものである。
2基本的事実(当事者間に争いのない事実,括弧内に記載の書証,弁論の全趣
旨により認められる事実)
(1)原告は,平成元年当時原告が勤務していたA博物館において受けたセクハ
ラ問題について,平成13年10月ころからB弁護士(C弁護士会所属)に,
平成14年初めからはさらにD弁護士(C弁護士会所属)に相談し,両弁護
士に対し,その問題の処理を委任していた。
(2)被告は,E弁護士会に所属し,a県b市に事務所を有する弁護士であり,
インターネット上で,「ポルノ・買春問題研究会」(以下「APP研」とい
う。)を共同主催していた。APP研のホームページの送信フォームには,
「あなたの声を届けて下さい被害の情報についてのメールをお寄せくださ
る場合は,こちらから連絡をしてよいかどうか(連絡していい場合には連絡
先をお知らせください),こちらから連絡する場合に女性スタッフがいいか
男性スタッフがいいかをお書きください。寄せられた情報に関しては,守秘
義務を固く守ります。」と記載されていた。(甲第1号証,乙第3号証)
(3)原告は,被告とまったく面識がなかったが,平成14年8月ころ,APP
研のホームページの送信フォームを用いて,被告に対し,電子メール(乙第
1号証のメール,以下「本件メール」という。)を送信した。本件メールは,
「F先生先生がa県でご活躍の弁護士さんであることは,書籍等でも拝見
した事がありますし,WWAFのスタッフであるGさんから伺い,一度相談
してみてはどうかとアドバイスを受けたがありました。こういうホームペー
ジで相談すべき問題ではないと思いますが,もし,お時間がありましたら,
一読ください。」という文章で始まり,原告が受けたセクハラの内容・経過,
B弁護士,D弁護士に委任して相手方と交渉した経過,原告が算定した慰謝
料額につき,B弁護士から高額に過ぎるとして呆れられ,これでは相手方と
話合いができないと言われたこと,原告の受けたセクハラ被害やB弁護士の
発言に対する原告の心情などが記載され,「今更,相手ののめる言い分で,
相手の払える妥当な金額で和解するしかないのでしょうか。」「今,どうし
たらいいのか,他にだれも引き受けてくれないような件にであったら,司法
で解決するのは無理だという事でしょうか。大変悩んでいます。今日,その
B,D先生との話しあいの日です。結論は出ていません。」という記載もさ
れていた。
(4)原告は,同年9月11日,B弁護士,D弁護士から,原告が集会などでB
弁護士,D弁護士の実名をあげて話しをしていることを弁護士仲間から聞い
て知っていると言われ,そのことについて叱責された。(甲第8号証の1,
2)
(5)被告は,同年10月ころ,原告から電話を受け,原告が被告にメールを送
信したことをD弁護士に話したかと質問され,これに対する答えとして,D
弁護士に電話をし,原告が実在の人かを尋ねた,原告から依頼を受けたわけ
ではないので,被告の上記発言は守秘義務違反にならないという趣旨のこと
を述べた。
(6)原告は,同年12月,E弁護士会H支部に電話をし,同支部の幹事長であ
ったI弁護士に対し,被告に守秘義務違反があったことを告げた。同弁護士
から連絡を受けた被告は,同月3日,原告に電話をして,守秘義務に違反し
たことを謝罪した。
(7)原告は,同月12日付内容証明郵便で,被告に対し,原告が被告に本件メ
ールを送信したことを,被告がD弁護士に話したことにより,原告は精神的
苦痛を受けたとして,慰謝料500万円の請求をした。これに対し,被告は,
同月27日付内容証明郵便で,原告に対して,被告に守秘義務違反はなく,
慰謝料を支払う意思はないことを回答した。(甲第2号証,第3号証)
(8)原告は,平成15年4月,E弁護士会に対し,被告を対象弁護士として懲
戒の申立てをしたが,同弁護士会綱紀委員会は,平成16年9月8日,被告
につき懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とするとの議決をし,
同弁護士会は,同月24日,被告を懲戒しない旨の決定をした。原告の異議
申出に対し,日本弁護士連合会綱紀委員会第2部会は,平成17年8月31
日,原告の異議申出を棄却することを相当と認めるとの議決をし,日本弁護
士連合会は,同年9月1日,原告の異議申出を棄却する旨の決定をした。
(甲第4号証,第5号証)
(9)原告とB弁護士,D弁護士との委任関係は,平成15年12月,両弁護士
が辞任したことにより終了した。
3争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告がD弁護士に対し,原告から本件メールの送信を受けたことを話した
ことは違法か。
(原告の主張)
アAPP研のホームページの送信フォームには,寄せられた情報に関して
は守秘義務を固く守りますという記載がされているのであり,被告は,A
PP研の主催者として,原告から本件メールが送信されたことにつき,守
秘義務を負う。
イ被告は弁護士であり,本件メールには,「今更,相手ののめる言い分で,
相手の払える妥当な金額で和解するしかないのでしょうか。」「今,どう
したらいいのか,他にだれも引き受けてくれないような件にであったら,
司法で解決するのは無理だという事でしょうか。」という記載があって,
これは法律相談にあたるから,被告は,原告から本件メールの送信を受け
たことにつき,弁護士としての守秘義務を負う。
(被告の主張)
アAPP研のホームページの送信フォームは,「あなたの声を届けて下さ
い」と呼びかけ,送信フォームに,「寄せられた情報に関しては,守秘義
務を固く守ります」と記載しているが,それは,ポルノグラフィ被害に関
する情報についてのものであって,APP研に寄せられた情報一般につい
てのものではないから,本件メールについて,被告が守秘義務を負うこと
はない。被告は,平成14年12月3日,原告に対し,被告が守秘義務に
違反したことを謝罪したが,これは,APP研に寄せられた情報一般につ
いて被告が守秘義務を負うと誤解していたためである。
イ被告は,原告から何らかの依頼を受けたものではないから,原告に対す
る関係で守秘義務を負うことはない。
(2)原告の被った損害
(原告の主張)
被告が守秘義務に違反して,原告から本件メールの送信を受けたことをD
弁護士に話したことにより,①原告とB弁護士,D弁護士との関係が悪化し,
原告は両弁護士から十分な弁護活動を受けることができなくなり,②原告の
弁護士一般に対する不信感が生じ,③B弁護士,D弁護士に辞任されたこと
から,他の弁護士に依頼しようとしても,そのことが分かると,他の弁護士
になかなか受任してもらうことができず,これらにより原告は多大の精神的
苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては,150万
円が相当である。
第3当裁判所の判断
1被告が,原告から本件メールの送信を受けたことにより,原告に対する関係
で,本件メールの送信を受けたことを守秘すべき義務があるかということにつ
いて検討する。
(1)本件メールは,前記のとおり,弁護士である被告に対し,被告が弁護士で
あることを前提として,ホームページで相談すべき問題ではないと思うが一
読してほしいという前置きのもとに,原告が受けたセクハラの内容・経過,
B弁護士,D弁護士に委任して相手方と交渉した経過,原告が算定した慰謝
料額につき,B弁護士から高額に過ぎるとして呆れられ,これでは相手方と
話合いができないと言われたこと,原告の受けたセクハラ被害やB弁護士の
発言に対する原告の心情などが記載されているものである。そして,乙第1
号証によると,本件メールのうちで,被告に対する法律相談にあたる可能性
のある記載しては,「今更,相手ののめる言い分で,相手の払える妥当な金
額で和解するしかないのでしょうか。」「今,どうしたらいいのか,他にだ
れも引き受けてくれないような件にであったら,司法で解決するのは無理だ
という事でしょうか。」がある程度であって,全体としては,原告の受けた
セクハラ問題,B弁護士,D弁護士の対応について,原告の心情を吐露する
内容のものであることが認められる。
(2)弁護士法23条は,弁護士はその職務上知り得た秘密を保持する義務を負
うと規定し,弁護士倫理第20条にも同旨の規定がある。
原告と被告との間に,本件メールのみによって委任関係が発生すると考え
ることはできない。しかし,上記の規定から明らかなとおり,弁護士が守秘
すべき秘密とは,委任関係を有する依頼者の秘密に限定されるものではなく,
弁護士が職務上知り得た秘密が広くその対象になると解されるのであるから,
原告と被告との間に委任関係がないことは,被告が原告に対する関係で守秘
義務を負うと解することの妨げとなるものではない。
上記の規定にいう「職務上知り得た」とは,弁護士でなければ知ることが
できなかったであろうが,弁護士であるが故に知り得たという意味であると
解される。本件メールは,被告がa県で活躍している弁護士であることを理
由として,原告がセクハラを受けたことや受任弁護士の対応に関する原告の
心情を伝えたうえ,不満足な内容の和解で解決するほかないのか,司法の場
で解決することはできないのかと述べるものであって,被告が弁護士でなけ
れば,原告が自分のセクハラ被害をメールで伝えることもなく,受任弁護士
の対応に不満を述べるはずもないと考えられることからすると,原告がセク
ハラ被害を受けたことだけでなく,原告がセクハラ被害を受けたことにつき
受任弁護士に相談していること,そのことに対する不満,不安を被告に述べ
たということも,被告がその職務上知り得たことがらにあたると解される。
また,秘密とは,世間一般に知られていない事実で,社会通念上,本人が
第三者,特に利害関係のある第三者に知られたくないと考える事実,考える
であろう事実を意味すると解される。本件で,原告が被告に本件メールを送
信したことが秘密にあたるかということが問題となるが,原告がB弁護士,
D弁護士に事件処理を委任しているときに,その同じ内容を,B弁護士,D
弁護士に内緒で他の弁護士に相談していることをB弁護士,D弁護士に知ら
れれば,B弁護士,D弁護士としては,自分たちが原告から信頼されていな
いのではないかと考え,原告との関係が悪化することは容易に予想されると
ころである。したがって,原告が,B弁護士,D弁護士に依頼しているセク
ハラ問題につき,B弁護士らの対応についても記載された本件メールを同じ
弁護士である被告に送信したことは,原告にとって秘密にあたると解するの
が相当である。
(3)したがって,被告は,原告から本件メールの送信を受けたことをD弁護士
ら第三者に守秘すべき義務があるというべきである。
2被告は,弁護士であり,原告から本件メールの送信を受けたことにつき守秘
義務が生じることを認識すべき立場にあるから,これに反して,D弁護士に対
し本件メールの送信を受けたことを話したことは,少なくとも過失によって,
被告が負う守秘義務に違反したものであり,これは,原告に対する不法行為に
あたるというべきである。
他方,被告としては,見ず知らずの原告から,突然に,セクハラ被害を主た
る内容とする長文の本件メールの送信を受けたものであり,被告に対する法律
相談をする趣旨のものであるかも不明確で,面識のあるD弁護士の名前が出て
いたことから,原告が実在する人物かを確認することを主たる目的として,D
弁護士にその趣旨の電話をしたと考えられるのであり,弁護士として軽率であ
ったことは否定できないとしても,その目的,態様において,違法性の程度が
大きいということはできない。
原告が被った精神的苦痛の内容,程度についてみるに,甲第2号証,第8号
証の1,2,乙第4号証によると,被告が本件メールの送信を受けたことをD
弁護士に話した結果,原告は,B弁護士,D弁護士から勝手にB弁護士らの名
前を出すなと叱責され,これが両弁護士との信頼関係悪化のきっかけとなった
と認められるのであって,これは,原告に精神的苦痛を被らせたものであると
いうことができる。他方,原告が弁護士一般に対する不信感を有したというこ
とは,そのとおりであるとしても,そのこと自体は精神的苦痛の内容として大
きなものであるということはできない。また,原告が,他の弁護士に委任する
ことに困難を生じたということについては,甲第12号証,第13号証の1,
2,弁論の全趣旨によると,原告は,B弁護士,D弁護士に被告の懲戒申立手
続を依頼したが,両弁護士はこれを受任しなかったこと,そこで,原告は,自
ら,被告の懲戒申立てをしたこと,B弁護士,D弁護士は,それを知った後,
原告が懲戒の申立てを維持したままで,原告からの依頼を受け続けることはで
きないことなどを理由として,懲戒の申立てを取り下げるよう勧めたこと,原
告はこれに同意しなかったが,B弁護士,D弁護士は,その後も,原告の側に
たって,当初のセクハラ問題を解決しようとしていたこと,しかし,原告とB
弁護士,D弁護士との関係はその後も悪化を続け,結局,前記のとおり,B弁
護士,D弁護士が辞任したこと,その後,原告が新たに弁護士にセクハラ問題
についての依頼をしようとしても,B弁護士,D弁護士が辞任した顛末を話す
と,他の弁護士になかなか受任してもらえなかったこと,以上の事実が認めら
れる。そして,上記の事実によると,B弁護士,D弁護士が辞任したことや,
原告が後任の弁護士に受任してもらうために苦労をしたことの直接の原因は,
本件メールを被告に送信したことを被告がD弁護士に話したことではなく,そ
の後,被告に対して懲戒の申立てをし,それを原因として,上記の懲戒申立て
に否定的なB弁護士,D弁護士と原告との間の信頼関係がさらに悪化したこと
であると考えられるのであって,そのきっかけが,本件メールを被告に送信し
たことを被告がD弁護士に話したことにあるとしても,そのこととの間に相当
因果関係があるとまでいうことはできない。
そして,以上の諸事情を総合勘案すると,被告の不法行為により原告が被っ
た精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては,20万円をもって相当とする。
3よって,原告の被告に対する慰謝料請求は,20万円及びこれに対する本判
決確定の日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限
度で理由があるので,その限度でこれを認容することとし,その余は理由がな
いので棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条を,
仮執行の宣言につき同法259条を各適用して,主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日平成18年9月1日)
大阪地方裁判所第18民事部
裁判官佐賀義史

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