弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告理由第一点について。
 論旨の引用する原判示前段は、「本件各手形は上告人が自ら作成して振り出した
ものでないし、Dに上告人名義で振出す権限を与えたものでない」というのであり、
所論原判示後段は、「上告人はEに対しDに本件各手形の振出についての代理権を
与えた旨を表示し、EもDが右代理権を有するものと信じていた」というのである。
前者は現実に手形振出の代理権をDに与えなかつたことを判示したものであり、後
者はDに手形振出の代理権を与えた旨をEに対し表示したこと(これだけでは現実
にDに代理権を与えたかどうかとは直接の関係がない)を判示したものである。そ
れ故、前後両者の判示の間には所論のような矛盾や理由のくいちがいはない。論旨
は採ることをえない。
 同第二点について。
 論旨は、Dが本件手形を作成したのは、上告人の意思に反するから民法一〇九条
の適用がないと主張する。しかし、同条は、ある者(甲)が第三者(乙)に対して
他人(丙)に代理権を与えた旨を表示したときは、甲は丙がその表示された代理権
の範囲内で乙との間になした行為につき、乙に対し本人としての責任を負うべきこ
とを定めた規定であつて、丙の行為が甲の意思に反することは、同条適用の妨げと
はならない。いな却つて甲の意思に反しても同人に責任を負わせて、相手方乙を保
護して取引の安全を図ろうとするのが同条の趣旨である。論旨はとるをえない。
 次に論旨は、原判決はDが他に上告人のための何等かの代理権を授与されていた
かどうかを判示していない違法があると主張する。しかし、これは民法一一〇条の
表見代理とを混同した誤解に出ずるものである。なるほど一一〇条の表見代理は、
代理権の範囲を越えて行動する場合に生ずるものであるから、基本として他の何等
かの代理権が授与されていることを必要とするのであるが、一〇九条の表見代理は、
代理権授与を第三者に表示したが現実に与えなかつた場合に生ずる(代理権を与え
れば通常の代理となる)ものであるから、他に代理権が授与されていたかどうかを
判示する必要はない。いな代理権の授与がなかつた場合においてのみ一〇九条の表
見代理は生ずるわけである。さればこの点についての論旨も採ることをえない。
 さらに論旨は、本件手形は偽造にかかるものであるから、民法一〇九条の適用が
ないと主張する。しかし、原判決は、本件手形は訴外Dが上告人から上告人名義の
手形振出その他金融に関する一切の代理権を与えられたものと信じ、上告人名義の
記名印、認印を使用して作成したものであると認定した。そしてこの趣旨は、本件
手形はDが偽造したものであるとの上告人の主張を排斥して、同人が無権代理行為
として振り出したものであると認定した趣旨であることは明らかである。それ故、
論旨は、結局原判決の認定に副わない事実を前提として、原判決の違法を主張する
に帰し、適法な上告理由に当らない。
 同第三点について。
 原判決のかかげる証拠によつて、所論の原判示事実の認定は、当審においても是
認することができるのであつて、原判決には所論の違法はない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    真   野       毅
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫

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