弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件各上告を棄却する。
被告人両名に対し当審における未決勾留日数中各九〇〇日を各本刑に算入
する。
理由
被告人Aaの上告趣意について
所論のうち、憲法三八条違反をいう点は、記録によれば、被告人の自白が捜査官の
不当な偽計と誘導により得られた任意性のない内容虚偽のものと疑わせるものは見出
しがたいとした原判決の判断は正当であり、さらに、捜査官が強制等により被告人に
対し自白を余儀なくさせたとする証跡も記録上発見することができず、また、所論自
白の信用性、真実性に疑いを容れる余地はないものであり、原判決は自白を唯一の証
拠として被告人を有罪としたものでもないことは原判決の掲げる証拠と判示説明に徴
し明らかであるから、所論は前提を欠き、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本
件とは事案を異にして適切でなく、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張
であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
被告人Abの上告趣意について
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあ
たらない。なお、記録によれば、被告人の自白調書の任意性、信用性に疑いを抱かせ
るものは発見できないとした原判決の判断は相当である。
被告人Aaの弁護人石井錦樹の上告趣意について
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあ
たらない。なお、記録に徴しても、被告人の自白は任意性のない不自然な供述を内容
とするものということはできない。
被告人両名の弁護人柴田五郎ほか五名の上告趣意について
所論のうち、憲法三一条、三三条、三四条違反をいう点は、記録によれば、被告人
両名の自白は違法に別件逮捕勾留中及び別件起訴勾留中に収集されたものでないこと
が明らかであるから、所論はその前提を欠き、憲法三八条一項、二項、三項違反をい
う点は、記録によつても、所論自白が捜査機関の強制、強要、誘導等により得られた
ものであるとの証跡を発見できず、また、原判決は所論自白を唯一の証拠として被告
人の有罪認定をしたものでないことが原判文上及び記録上明らかであるから、所論は
その前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれ
も上告適法の理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ、職権により記録を精査すると、本件強盗殺人の事実は被告
人両名の犯行であることが関係証拠により十分に証明されているとした原判決の認定
判断は正当なものとして是認でき、また、被告人両名の有罪認定に供された被告人の
自白の収集過程にも違法のかどはないとした原判断も正当なものとして首肯すること
ができる。その理由は、以下に述べるとおりである。
まず、その理由の核心をなす事項についてみると、
(一)被告人両名は、本件犯行がおこなわれたと原判決が認定している昭和四二
年八月二八日午後九時ごろに接着した時間帯に、犯行場所である茨城県北相馬郡ab
ac番地所在被害者Ac方に接着した場所である被害者方前路上、同町所在の利根川
にかかるad橋に昇る石段並びに被害者方に至る経路であるae線af駅、aj線a
h駅にそれぞれ現在していた姿を後記の六人の者に目撃されているところ、これらの
者の証言するところは、被告人両名の犯行自体を目撃したものではないけれども、い
ずれも信用することのできる内容をもつものであり、自白を離れて本件有罪事実認定
の情況証拠となしうるものであり、同時に、被告人両名の捜査段階の自白の真実性を
担保するに足りる補強証拠としての意義をもつものであること
(二)被告人両名の主張するアリバイを立証する裏付け証拠は存しないのみなら
ず、(一)に掲げた六人の証言によつて、被告人両名のアリバイは成立しないもので
あること
(三)被告人両名の自白は、任意になされたものであり、かつ真実性があり、そ
れらが相互に自白を補強するに足りるものであることを挙げることができる。
以上の諸点に関し原判決が説示するところを、所論の指摘する点を配慮しつつ逐一
吟味してみると、その推論の過程は採証法則に背馳しない合理的なものであつて首肯
しうるものであるということができる。その主要な事項についての当裁判所の判断は、
次のとおりである。
一Ad鑑定と犯行時刻
所論は、要するに、(1)原判決は、医師Ad作成の鑑定書に依拠し本件犯行時
刻は昭和四二年八月二八日午後九時ごろと認定しているが、右鑑定書中の死後経過時
間についての判定は信頼性が低いものであるのに、解剖を実施した同月三〇日午後五
時一分を基準として死後約四五時間内外とする判断を十分な吟味を尽さないまま証拠
に供しているところ、(2)被害者の死体現象からして右の時を基準として観察す
ると、法医学上その死後経過時間は三六時間を超えないものであるから、犯行は当日
の深夜おこなわれたものというべきであり、(3)犯行時刻に関する原判決の認定
は誤りであり、ひいて、原判決のアリバイ否定論に決定的な影響を及ぼすことになる、
というのである。
よつて検討するのに、本件記録中、被害者の死後経過時間を判別する客観的資料は、
Ad鑑定のみであるが、右鑑定は、被害者の直腸内温度が鑑定時二七度であつたこと、
死体が腐敗膨大して巨人様観を呈していること、死後硬直が中等度に存しその緩解は
容易であつたこと、角膜は中等度に溷濁し右眼の瞳孔透見が至難であることなどを根
拠として、死後経過時間を算出している。原判決は、右鑑定に依拠し、犯行時刻は八
月二八日午後九時ごろであつて、犯行が夜中におこなわれたことを裏付ける具体的資
料はない、と説示しているが、右鑑定は法医学上、経験則実験則にてらして是認しう
るものであり、これを不合理なものとする資料は記録上存しない。
ところで、記録によれば、被害者は、生存が確認されている最後の時である同日午
後七時すぎごろから、死体となつて最初に発見された同月三〇日午前七時五分ごろま
での間に、他殺により死亡したものであることは動かし難い事実である。そして後述
するように、被告人両名の措信するに足りる自白によると、同人らの犯行は同日午後
九時ころおこなわれたことが窺知されるところであり、さらに、右時刻ころ被害者方
前を通過した後記Aeは、「被害者方から鶏をしめ殺すような声を聞いた」というの
であり、被害者方斜め向いの住人Afは、「ユニバシアード大会のおこなわれた日
(本件当日)の夜九時ころAc方でガラスのような金属性のものの割れる音を聞いた。
影が動いた。」というのであつて、これら関係者の供述を合わせてみると、Ad鑑定
の結論は右犯行時刻にほぼ符合するといえる。以上、原判決がAd鑑定を採用し他の
証拠と総合判断したうえ、本件犯行時刻を認定したことは是認しうるところであり、
所論は採用し難い。
二情況証拠の証拠価値
所論は、要するに、原判決は、Ae、Ah、Ai、Aj、Ak、Alの各証言にも
とづき、これらを被告人両名が犯行日時に接着した日時に犯行場所からさほど隔つて
いない場所にあらわれていたことを示す情況証拠として有罪の認定に供しているが、
Ae証言はその内容からして全く信用できないものであり、その余の各証言は本件の
日とは別異の日の出来事を述べるものであるから、これに依拠した原判決は事実誤認
の誤りを犯している、と非難するのである。
しかし、原判決が、右各証言の内容を仔細に吟味し、これらはいずれも本件発生当
日の八月二八日夜の出来事に関するものを供述したものであり、その証言内容はいず
れも措信ずるに足るものである、とした原判断は首肯することができ、これを不合理
なものとすべき資料は記録上見出し難い。すなわち、
(1)Ai、Aj、Ahの各証言
右三名は、八月二八日af駅で下車したあと帰宅する途次、午後七時二〇分ごろ被
害者方に程近いai所在ad橋たもとの石段を昇るときに被告人両名を目撃した、と
いうのであるが、その目撃状況についての証言内容の要旨は、(イ)Ahは、「石段を
昇る途中、階段を降りてきた二人の男と触れたようで馬鹿野郎といつた人がいたが、
暗かつたけれどもそれは被告人Aaに間違いなかつた。」というのであり、(ロ)Ai
は、「同日午後六時四七分ah駅発ae行列車に乗つた際、Abが来たのを覚えてい
るが、ae線af駅で降りてAjとともにad橋の石段を昇つていたとき、うしろか
ら登つてきた男がいて、Ajが『あれ、力あるな』というと、男は振り向いて『何』
といつた。当時Ahという女が一緒であつたしAbもうしろにいた。振り向いた男の
顔を前から知つていたが、一週間位後にAbからそのときの男はAaであるというこ
とを聞いた。」というのであり、(ハ)Ajは、「Aiとともにaf駅で列車から降り
歩いていたが、途中、AhもAbも一緒であつた。ad橋の石段を昇りきつたところ
で、男が下から駈けてきたので『脚力あるな』と言うと男は振り向いて『何だ』「と
いつた。Ahに聞くと、Amの弟だといわれた。」というのである。
そして、以上三名は、右のような底体験をしたのはaj線の事故の日の翌日である
八月二八日のことである、と日時を特定するのである。すなわち、本件の前日の二七
日一九時一四分にaj線ah・ak駅間で貨物列車の脱線事故が発生し、そのため、
翌二八日午後零時少し過ぎころに復旧開通するまでの間同線の電車が不通であつたこ
とは、関係証拠により動かすことのできない事実であるが、右の三名は、叙上の体験
事実が右事故の翌日のことである、という結びつきによりその日時を記憶している、
というのである。三名のうち、Ahはabに居住し、他の二名は同町am等にそれぞ
れ居住していて、いずれも東京都内に勤め先を有し、日頃ad橋を渡つてaf駅から
国鉄ae線、aj線を利用して通勤していた者であるところ、本件発生当日は、脱線
事故の翌日であるため、混雑したae線や車等を利用するなどして別の通勤方法をと
り出勤した後、勤めを終えて、開通したaj線の電車に乗り、次いでah駅午後六時
四七分発のae行に乗車し、同日午後七時五分ころaf駅着で下車し、帰宅する途中
であつたのである。このような経過で、右の三名は、自らの通勤に大きな影響を与え
た特異な事故を機縁にして強い印象をもつて記憶した事実を述べるものであつて、時
日の特定に関する右各証言の信用性をたやすく否定しさることはできないものであり、
これを肯定した原判示は相当である。
この点に関し、所論は、一審におけるAi証言中「右の体験をした日が脱線事故の
翌日であつたかどうか分らない。」「九月一日である。」旨の部分があり、一審におけ
るAj証言中「今は日時が経過したので忘れたこともあり、右の事実が脱線事故の次
の日であつたかどうか分らない。」旨の部分があることを論拠として、原判決の犯罪
事実の日時の特定を攻撃する。しかし、Aiは、「自分の検察官調書は内容は間違い
ないとして署名したものである。旨、Ajは、「前の検察官の調べのとき事故の次の
日の出来事であるといつたのであれば、目撃した日はその日であると思う。」旨それ
ぞれ証言するのである。そしてAiの検察官調書によると、「事故の翌日出勤に手間
がかかつて遅刻した日の勤め帰りにad橋のところの出来事を見た。」旨、Ajの検
察官調書によると、「事故の日の翌日の勤め帰りにAaとad橋石段で会つた。」旨の
記載があり、また、Ahは、原審において重ねて証人として尋問を受けた際にも、
「一審で証言した既述の如き内容について、間違つたことをいつたと思うことはな
い。」ときつぱり証言するところである。したがつて、Ai、Ajの一審における証
言に若干の乱れがあるとしても、両人の捜査時より原審を通じての大筋において一貫
した供述及びAhの一貫した供述を措信し、右の事実に関する目撃日時を特定した原
判決の判断は肯認することができる。
また、所論は、右のAi、Ajの両名に対し、検察官は、被告人両名の自白にもと
づいて右の出会いの日時を八月二八日のこととして誘導し押しつけ、記憶のあいまい
なままに供述調書を録取した、というのであるが、記録に徴し所論に沿う誘導等の事
実を疑うに足る証跡はない。
さらに、所論は、被告人Abの九月一日の別の恐喝事件との関連から、Ai、Aj
の証言する体験はそれと同じ日の出来事として割り出せる、として原判決の認定を不
当であるというのであるが、所論恐喝事件が九月一日の出来事であることは明らかで
あるけれども、その日が右両名の体験事実のあつた日と同一の日であることについて
は、被告人両名の供述があるのみであり、所論の掲げるAn証言等をもつてその確か
な裏付けとはなし難く、他に原判決の認定を不当とする事情は記録上存しない。
ところで、記録によると、Ahは被告人Aaとは小、中学校の同級生であり、Ai
は被告人Abとは中学校の同級生で知り合つていたもの、Ajは、被告人Abとは同
じ中学校で学年こそ違うけれども知り合いであつたものであり、被告人Aaとも顔見
知りであつたものであるところ、本件当時とほぼ同じ条件下でおこなわれた原審検証
の結果によると、ad橋石段では自分のよく知つた者であれば、身体の格好、身長等
からもその者が識別できないことはない状態であつたことが窺われるのであり、右三
名による被告人両名についての同一性の識別に過誤があつたとすることはできない。
もつとも「被告人Aaが石段のところで発した文句の相手方となつた男、その男の進
行方向、同被告人の発言内容、その契機となる事情について三名の証言内容には部分
的に一致しないところがある。しかし、右の三名はいずれも、本件とは利害関係をも
たない地域住民であり、たまたま、右の出来事の現場を歩いていたため、至近距離か
らこれを目撃したものであり、右の程度の部分的くい違いは、かえつて自己の体験を
卒直に供述していることが窺知できるのであつて、相互にその供述内容を比照してみ
ても、遭遇した事実の核心についての認識には共通のものがあるのであり、とくに、
Ahの体験とAi、Ajのそれとは日を異にした別異の機会の経験を述べるものと推
断するのは相当でなく、この点に関する原判示に証拠評価の誤りがある、ということ
はできない。
(2)Ak、Alの各証言
Ak証人は、「列車事故の翌日、anの勤め先からの帰途、ah駅に来て、午後六
時四七分発のae行列車に乗り込んだが、乗る前にae線ホームで被告人Ab、同A
aの両名を見かけた。二人に『今晩は』と声をかけると、Aaは何もいわなかつたが、
Abが『おお』といつた「この日が八月二八日であることはaj線事故の翌日である
ということで記憶している。同月一三日のことではない。」旨供述しでいる。その日
時の記憶の正確性について特に疑いをさしはさむべきものはないとの原判示につき、
これを否定すべき資料はなく、原判断は首肯しうる。
次に、Al証人は、国鉄職員でaf駅改札口勤務中「八月二八日午後七時五分着の
列車が出たあと、駅の外のべンチに腰をかけていたAbを見た。見間違いはない。A
bを見た日はaj線事故の翌日で休みの前日であつた。」というのである。同証人の
出務表によると、八月二八日は公休日である同月二九日の前日であることが明らかで
あり、同人は事故の発生及びそれによる列車運行の乱れという職務上の関心事との関
連で被告人Abを見たこととその日時を記憶し具体的に証言するのであつて、所論が
同証人が被告人Abを見たのは同月二五日であるとして掲げる証言と対比検討しても、
右Al証言を措信するに足るとした原判断は正当である。
(3)Ae証言
同証人は、被害者方近くに住み、クリーニング業を営む者であるが、「八月二八日
午後七時三〇分ごろ商品を届けに出かけ、被害者方前を通行する際、同所に被告人A
a、Abの両名が現在したのを目撃し、そのあと午後九時少し前ころ商用等を終えて
帰宅する途中、被害者方から一〇〇米以上離れた同町同字地内のag酒店前付近に至
つた際、被害者方前に二人の男が立つているのを目撃した。」旨供述している。この
証言は、犯行それ自体にかかる目撃ではないけれども、原判決認定の犯行時刻・場所
に密着した時刻・場所における挙動不審の者を目撃したものであるだけに、もしその
信用性が肯認されるとすると、被告人両名の「同日午後七時二〇分すぎごろ、二人で
Aaと顔見知りである被害者方に翌日の競輪資金を借りに行つた、一旦断わられて立
ち去つたのち、同日午後九時ころ再度被害者方を訪れ本件に及んだ。」趣旨の自白と
ぴつたり符合し、右自白を補強する有力な証拠となりうるものである。原審もこの点
に思いを致し、同証言の正確性、信用性を慎重に検討したあとが窺知されるのであり、
往路に被告人両名を見たとする同証人の認識まで疑うとする主張を排斥し、帰路に関
する同証人の供述部分の全面的採用はしばらく措き、同証人が往路に被害者方前で見
かけた二人の者が被告人両名であるとの供述は十分信用できるとした原判決の認定は、
合理的なものとして是認しうる。
そこで、Ae証言の重要性にかんがみ、さらに掘り下げてこれを吟味する。
(イ)一審におけるAe証言の大要は、「Aaは同人が中学生であつたころから
知つている、Abは昭和四二年四月ごろから知つているが、八月二八日の夜Ag方へ
品物を届けたあと、午後七時三〇分ごろafへ配達にいくため、被害者方前をヤマハ
五〇CCのバイクに乗つてライトをつけ時速三〇キロメートル位で道の中央と左側の
中間付近を走つて通つたそのとき、AaとAbの二人を見かけた。二メートルの距離
に接近したときAaが振り向いて単車のライトを見たので、私はAaの顔を見たので
あるが、もう一人はAbで道路の方を向いていたのでわかつた。近くで見て二人の顔
ははつきりわかつた、間違いないと思う。afのAp方と近くのAq方に品物を届け
たあと、Aq方で『俺は用心棒』というテレビ番組を見た。行きと同じ道を通つて帰
つた。被害者方まで一〇〇米以上の距離はあるag酒店の前まで来たとき、現場に二
人の男がいるのを見た。一人は背の高い人で他の一人は背の低い人であつたが、被害
者方の反対側にあるAr方のブロツク塀から背の高さを判断した。誰であるかはわか
らなかつた。被害者方前の道路の反対側にいた背の低い一人が道路を横断した。不吉
な予感がしたので車を止め、五、六分煙草を吸つて被害者方近くまで来てそこを通過
する寸前、家の中から鶏をしめ殺すような声を聞いた。店へ帰つた時刻は九時少し前
であつた。」というのである。そしてAeの検察官調書にも、骨子は右と同趣旨の供
述が録取されている。
(ロ)Aeは原審において二度にわたつて証言しており、その内容は、大筋にお
いて一審証言、検察官調書の内容と変りはないが、その供述中若干の乱れがあり、と
くに帰路のag酒店前付近から見かけた人影が何人なりや等に関する証言部分には、
原判示のように明確を欠くものが存することは否めない。しかし、原判決は、右の部
分があるからといつて直ちに、同証人の、往路に被告人両名を見かけた旨の終始一貫
した供述部分の信用性まで否定しさるわけにはいかない、と判示している。
これに対して所論は、原判決の右判断を論難し、同証人の帰路の際の証言は虚偽の
ものであつて、このことは往路に関する証言部分を含め同証人の証言全体を信用でき
ないものとし、さらに、往路に関する証言部分自体をみてもこれまた信を措けるもの
ではない、というのである。
しかし、原審検証の結果によると、ag酒店付近から見た場合、Ar方ブロツク塀、
同所に佇立する者、その者の男女の区別、身長の高低等については明確には判別し難
いとされているものの、バイクの前照灯を照射して眺めると、被害者方前に人が佇立
していることは認めうるし、また、人が道路の左側から右側に横断することも認めう
るというのであり、当時Aeのバイクに前照灯がとりつけられ点灯されていたことは
同証人の供述により明らかであるから、同人が被害者方前に二人の男を目撃したとし
ても、必ずしもこれを不当視しえないのであつて、これらのことを考えると、同証人
の帰路に関する証言部分を一がいに架空の供述と断定するのは相当ではないのである
が、これを要するに、原判示のように、同証人の帰路に関する証言部分の全面的採用
を見合わせるとしても、これをもつて終始一貫供述する往路に関する証言部分の信憑
性までも喪失せしめるものではない、とした原判示は十分首肯しうる。
また、同証人が、往路に見かけた被害者方前にいた二人の男は被告人両名であつた
と特定し認識することのできた縁由に関する原審における証言部分には変遷のみられ
るところであるが、これを仔細に検討すると、同証人が見かけた二人の者の同一性の
識別、氏名についての記憶を喚起する過程について証言する内容に不自然な点がある
とはいえない。
さらに、(ⅰ)記録によると、同証人が証言するような事実を体験した日が八月二
八日であることについては、同人がAq方で見たというテレビ番組により、また、同
証人方に存するお得意先の入金帳に記載してある同日の配達先と供述内容が一致する
ことにより補強されており、同証人が同人の供述する時間帯に配達をおこないAq方
でテレビ番組を見て帰ることがあることはAqの供述によつても裏付けられているこ
と、(ⅱ)原審におけるAe証言のうち若干のあいまいや変転する部分があることに
ついては、同人に対する尋問が本件発生後四年半ないし五年を経過した日になされた
ものであつて、時の経過とともに証人の記憶が薄れたためであり、このことは、「今
は忘れました。」との趣旨の応答部分が証言中一再ならず現われていることなど供述
の全過程より窺知しうること、(ⅲ)また、往路に関する証言部分を含めて同証人が
現認し記憶していない事実を作為的にゆがめて供述していることを推知せしめるよう
な特徴的な供述状況も窺われないこと、(Ⅳ)もともと、同証人は事件につき直接利
害関係をもたない立場の者であり、証人に立つことを躊躇していたのであるが、証人
として一旦出廷するや、一、二審を通じて都合三度にわたる、言葉を換え角度を異に
しての尋問に対しても、往路における目撃状況を供述して本件当夜見た二人の男には
見覚えがあり、それはAaとAbであつたとする部分は遂に崩れないで終始したこと、
(Ⅴ)また、同証人自身鶏をしめ殺すような声を聞いてノイローゼ気味となつたと自
らいう点も、同証言の信用性を肯認するのに妨げとなる程のものではないと原審が判
断」したことが原判文上窺い知れるが、これは同証人の証言内容自体を吟味した結果、
首肯しうるものであること、以上の諸事由にかんがみ、Ae証言の信憑性を全面的に
否定しないで往路における目撃状況についての証言部分を措信した原判決の判断は、
これを、支持することができる。
三アリバイ成立の有無
所論は、要するに、被告人両名は、本件当夜の犯行時刻ころには犯行現場である被
害者方から遠く離れた東京都内に所在していて明白なアリバイがある、とし、所論に
沿う被告人両名のアリバイ供述を信用しないでこれをしりぞけた原判断は誤りである、
とするものである。所論アリバイ主張の骨子は、次のようなものである。
(1)被告人Aaの供述
同被告人の供述の概要は、「本件の前日の八月二七日はaiの友人Atの家に泊つ
た。二八日の朝af駅に来たところ、列車事故があつたというので、ae廻りのap
電鉄でaqへ行き、そのあと国電のar行に乗つたが、途中でaj線が開通したので
ah駅に行つた。そこでAuに会い同人より身分証明書を借り、af駅で下車して、
自転車を入質して金員を借りた。ad橋たもとに行き知人の車に乗せてもらい、午後
四時五分の上りでas駅に着きas競輪場に行つたところ、同所でAvに出会い借り
ていた五〇〇円を返した。レースは事故の影響で遅れて終つたが、as駅から午後五
時四〇分発のaq行に乗つた。ah駅で右Avと別れて東京へ行き、atでau線に
乗り換え、avで降り、駅前の酒場Awへ一人で行き、酒を飲んだ。午後八時ころ同
店を出てav駅で三〇分程過ごし、aw線の電車に乗り東京都中野区ax所在のay
アパートに住む兄Amの部屋に九時ころ着いた。九時半ころだつたと思うが、兄の勤
める、バーaoへ行つた。バーのママなどがいて、酒を飲んでから一〇時ごろ店を出
てアパートに帰つたところ、Abがきていた。隣りのアパートに盗みに入り、缶詰を
盗んだりしたのち、Abとともに兄の部屋で眠つたのは一二時すぎごろと思う。」と
いうのである。
(2)被告人Abの供述
同被告人の供述の概要は、「八月二七日夜は前述のAmの部屋にAyとともに寝た。
翌二八日は朝からAmがAyに入墨をしてやつているのを午後三時ころまで見ていた。
自分は午後五時ころ近くの銭湯へ行つたあと、午後六時ころまでパチンコ屋で遊び、
一且帰つて洗濯をしたあと、aw線azのbaで『クレージーの黄金作戦』と北島三
郎出演のやくざもの一本のほかもう一本を見た。青春をつつぱしれとかいうラクビー
ものだつたと思う。途中午後八時か八時半ごろたばこを買いに館外へ出たが、雨が降
つていた。映画が終つてAmの部屋に一〇時半か一一時ごろ帰つたが、そのころAa
が酔つて帰つてきた。そのあとAaが隣りのBcアパ―トの女性の部屋に窓づたいに
入り缶詰を盗んできたりしたが、その晩はAmの部屋でAaと二人で寝た。」という
のである。
(3)そこで、被告人Aaのアリバイの成否について検討する。
所論は、同被告人の所論に沿うアリバイ供述は、客観的事実に符合し信用するに足
るものとし、これを支えるものとしてAu、Avらの証言を掲げる。
しかしながら、Auは、「列車事故の翌日ah駅ホームで午前一一時すぎころ被告
人Aaに会い、身分証明書を貸し、af駅まで同人と一緒に行つたが、同所で同人と
別れた。その時は午前中であつた。」旨証言し、右のAvは、「列車事故のあつた日に
as競輪場で同被告人と会つたがレースが遅れて終つた。Aaと一緒にah駅まで電
車に乗つたことはあるが、それがいつのことかわからない。ahで別れたのがいつの
ことかもわからない。」旨証言するのである。右の両証言をもつてしても、同被告人
の二八日の行動に関する同人自身の供述に信憑性を認めるのに役立つものとはなし難
く、また、右両証言の存在が同被告人が同日午後六時四七分ah駅発の列車に乗るた
め同駅ホームにそのころ登場したと原判決が認定するのに支障を来たすものというこ
ともできない。一方、同被告人を取調べた後記Bdら捜査官は、「同被告人は取調中、
二八日の夜の自己の行動については、江東の方の銀行の掃除に行つたあと親方の家に
泊つた、aiの友人のAt方に泊つた、千葉に住む自分の姉Beの家に泊つた、犯行
後兄Amの家に泊つた、犯行後柏の旅館に泊つた等と供述を転々と変えていたもので
あり、また、同被告人がアリバイについての記憶を回復しないうちに、これを混乱さ
せ誤つて同被告人にうその事実を想起させアリバイについての虚偽の供述をさせたよ
うな事実もなかつた。」旨供述するうえ、既に二において説示したとおり、同被告人
のアリバイ主張と相容れないことの明らかな同被告人の行動に関する証言が数多く存
し、これによつて同被告人のアリバイ主張は否定されるものであるから、そのアリバ
イは成立しないとした原判断は、経験則に合致するものとして首肯することができる。
(4)次に、被告人Abのアリバイの成否について考察する。
所論は、被告人のアリバイ主張は客観的事実に符合し信用できるものである、とし、
Am、Ayの各証言がこれを裏付ける、というのである。
ところで、Ayは、「AmのアパートにAbと二晩泊つたことがあり、Amに八月
二七日、二八日の二日がかりで入墨をしてもらつた。二日目の午後四時ころ出来上つ
た入墨が終るまでAmとAbとがアパートにいた。入墨をしたのは土曜と日曜とであ
り、土曜に休暇をとつた。」旨供述するのである。そしてAmは、「八月二七日と二八
日Ayに入墨をしてやつた。入墨は午後三時までかかり、あとでAbとAyと三人で
風呂へ行つた。二八日の晩一〇時すぎにバーaoに弟のAaが来て、話をしたが、同
人は先に帰つた。二九日の午前一時ごろ自分がアパートに戻ると、AbとAaが寝て
いた。右の日が八月二八日であるということは考えぬいた結果と店の帳簿を調べた結
果わかつた。」旨供述するのである。そしてAmの検察官調書には、一二時の閉店近
いころの午後一一時半ころAaが店に一人で来た旨の供述記載がある。この点につき
原判決は、Ay証言中の、入墨をした日、それが終つた時間の供述を含め、同人の証
言は全般的にあいまいなところがあるとし、また、Amの証言も、被告人Abの、A
aは同夜一一時前にayアパートに来た旨のアリバイ供述ともくい違い、さらに、A
aが当夜バーaoに来た時間について、Amの証言と検察官調書の記載内容とは少し
くい違うことなどを理由として、同人の述べるところもまた被告人Abの本件犯行を
否定しさるだけの効果をもちえないとするのであるが、これをしりぞけるべき確たる
資料を欠く本件においては、右説示は首肯しうるところであり、また、前掲の六人の
証言と対比しても合理的な認定として肯認しうるものである。
ひつきょう、被告人両名のアリバイは成立しないとした原判断は相当である。
四自白の任意性
(1)(イ)被告人Aaの自白
所論は、被告人Aaの自白は、捜査官の強制、強要、誘導、偽計、長時間にわたる
連日の取調により得られたもので、任意性を欠き証拠能力を有しない、というのであ
る。任意性を争う所論の要旨は、「取調官Bdの、不当不法な取調をしていない旨の
証言は矛盾に満ちた虚偽のものである。同人は同被告人を逮捕した翌日の同年一〇月
一一日から執拗にアリバイ糺明をして追求し、八月二八日の晩は、兄Am方か他のい
ずれかに泊つたと思うとの同被告人の弁解に対し、兄は泊つていないといつている、
と虚言を用い、あるいはアリバイの裏付捜査をおこなつていないのにかかわらず、こ
れをおこなつたように装つて弁解を否定し、犯行の日に被害者方前で同被告人を見た
者がいるとしてアリバイをくずして自白を要求した。また、母親がやつたことは仕方
がないから素直に話をしなさいといつているぞ、と虚言を弄して自白のきつかけを作
り、嘘発見器にかけたあと、ポリグラフの検査の結果貴公の供述はすべて嘘と出た、
もう駄目だから本当のことを話せ、などといつて自白を要求した。さらに、アリバイ
に関し記憶を回復していない同被告人の記憶を混乱させてアリバイ主張をくずした。
そして一旦した自白から否認に転ずると、拘置所から代用監獄に戻され、長時間連日
の如く取調べられて再び自白させられた。」というのである。
(ロ)被告人Abの自白
所論の要旨は、「捜査官は同被告人に対し、Aaはお前とやつたといつている。い
つまでも否認して謝まらなければ、死刑になるぞといわれたので自白した。同被告人
を取調べた捜査官Bfらの、不当な取調をしたことを否定する証言は嘘を述べたもの
であり、とくに本件について取調べたのは一〇月一七日からであるという点は嘘であ
る。また、犯行を認めた上申書もひな型を示されて書いたものであり、犯行状況等に
ついても誘導等により自白させられたものである。Bfらは真実を話すのが一番であ
るとさとして同被告人から自白を得たというが、アリバイを主張して否認している者
に対し、そのような趣旨のことをいうのは自白の強要にほかならない。そして否認を
すると、拘置所から代用監獄に戻され、長時間連続して夜遅くまで取調べられたため
屈服して自白を余儀なくされた。吉田検事も自白を強要した。」というのである。
(2)(イ)そこで、被告人Aaの取調状況について記録によつて検討すると、
(i)同被告人の取調にあたつた警察官Bd、Bg、Bhらは、証人として尋問を受
け、同被告人に対する所論の強制、誘導、誤導、偽計、長時間にわたる取調をおこな
つたことを否定する旨の証言をしており、その証言内容に事実を歪曲して作為的に供
述したとすべき徴候を見出すことはできないこと、(ii)同被告人が昭和四二年一
〇月一〇日に窃盗の容疑で逮捕され、八月二八日を含むその前後ころの同被告人の行
動について取調を受けているうち、一〇月一五日から本件についての取調を受けるや、
強盗殺人の犯行自体について厳しい追求を受けた段階でなく、深夜に及ぶ長時間にわ
たる取調を受けた事跡等もないのに、いちはやく同日本件犯行を自白するに至つたも
のであること、(iii)同被告人は本件強盗殺人の事実に対する勾留質問の際にも
裁判官に対し捜査官に対するのと同様自白していること、(IV)同被告人の自白を
録取した一時間三〇分を超える録音テープが存在するが、その内容は、自ら体験しな
い事実ならばとうてい引続いて整然と供述しえないことを具体的に首尾一貫して供述
したものであることなど、自白の任意性を肯認すべき事情の存することを合わせ考え
ると、被告人Aaの自白には任意性を欠くとの所論を採用しなかつた原判決は正当と
して是認できる。
(ロ)次に、被告人Abの取調状況について記録により検討すると、(i)同被
告人の取調にあたつた警察官である右Bf、Bi、Bjらは証人として尋問を受ける
と、同被告人に対し所論の強制、誘導、偽計等による取調をおこなつたことを全く否
定するところであり、その証言内容は後記の事由を合わせてみても合理的であつて、
原判示と同様信用性の高いものとすることができること、(ii)とくに、Bfの証
言によれば、捜査官は、同被告人を本件強盗殺人の事実の発生した八月二八日の翌二
九日に惹起された暴力行為等処罰に関する法律違反の事件で一〇月一六日に逮捕し、
代用監獄である水海道警察署に留置したうえ、同日は逮捕した事実について取調をな
し、翌一七日にその犯行日である八月二九日に接近した前後の日の行動を尋ねたとこ
ろ、程なく自発的に本件強盗殺人の事実について自白をはじめた、というのであり、
他の前掲取調官の証言もこれに符合していること、そして同被告人の取調を担当した
吉田検事も、誘導等による取調をしたことを否定し、同被告入は取調の初日に自白し
た、というのである。ことと次第によつては極刑も予想される重罪事犯について取調
開始後きわめて早い時期に自白をしたことは、その自白が任意になされたことを推認
させる有力な事情であること、(iii)同被告人も自白を録音テープに録取されて
いるが、約二時間にわたるその内容は、体験した者でなければ供述しえないことをよ
どみなく具体的に前後矛盾せず供述していることが窺知されること、したがつて、
「誘導されているうちにすつかり覚えた、わからないところはこう答えろと指図され
た。」とする同被告人のいうところを採らなかつた原判断は相当であるということが
できる。
以上、被告人両名の自白の任意性に疑いのないことを肯認することができるのであ
り、これと同旨の原判断はこれを支持することができる。
五自白の信用性、真実性
所論は、要するに、被告人両名の捜査段階の自白は、客観的事実に反する供述を内
容とし、かつ、同一被告人間、被告人相互の間で矛盾、くい違いがあり、変転極りな
いものであるから、このような信用性のない虚偽の自白を措信して罪証に供した原判
決は誤りである、というのである。
よつて記録により検討すると、本件は孤独な一人住いの老人に対する犯罪であり犯
行現場を目撃した者がいないこと等のため、被告人と犯人との結びつきに関し物証等
の動かし難い客観的証拠を発見し難いから、自白の信用性、真実性を肯認するにあた
つては慎重な判断を要する。原審はこの点に思いを致し、所論につき慎重に検討した
跡が窺い知れるところ、被告人両名の自白が信用性、真実性を有するとした原判決の
判断は、首肯しうるところであり、以下、所論の指摘するところと対比検討しながら
その理由を列挙すると、
(一)犯行現場の状況、犯行態様、殺害状況、殺害後の犯跡隠蔽の状況に関する
被告人両名の自白内容は、検証調書、実況見分調書、鑑定書によつて認められる現場
の客観的状況、死体の状況に一致しており、それらの間に矛盾がない。右の各証拠に
よると、被害者の口の中に木綿パンツが押し込まれ、前頸部に白木綿パンツが巻いて
あり、両足首がワイシヤツ、タオルで結んである状態である。これは被害者が抵抗し
声を挙げ、足を動かしたためこれを制圧すべくとられた犯行態様と推認される。そし
てこの事実からみると、右犯行は、一人のみでは同時になしえるものであるから、少
くとも二人組の兇行と考えられるのであるが、被告人両名は、本件犯罪の重要部分で
ある殺害行為につき、二人で共同して行為を分担しその所為に出たこと、被告人Ab
が被害者の口の中にパンツ様のものを押し込み、被告人Aaがワイシヤツ、タオルで
被害者の足を緊縛し頸部にパンツを巻いて首を押えたことを自白している。したがつ
て、この部分に関する自白は、右の客観的証拠と一致する。
(二)現場採取指紋対照依頼書及び回答書によると、犯行現場である被害者方屋
内、とくに侵入口と思われる勝手口ガラス戸、金品を物色したと思われる机の引き出
し、ロツカーの扉、犯跡隠蔽のため取りはずしたと思われる二枚のガラス戸、逃走口
と思われる便所の窓のさん等から、被告人両名の指紋は一個たりとも検出されていな
い。ロツカーの扉の合わせ部分に被害者の指紋が存したところからみて、犯行後犯人
らが付着した指紋を消去したふしはみられず、また、被告人両名の自白によると、本
件犯行は両名再度被害者方に金借に赴き同人より拒絶されたため殺害に及んだ偶発的
なものというのであり、また、被告人両名が予め指紋が付着しないように準備した旨
の被告人両名の供述も存しない。原判決は、現場において採取された指紋合計四三点
のうち、指紋が何人のものか確定された九点を除いては、すべて対照不可能なものの
みであり、被告人両名以外に本件犯行の犯人がいるのではないかと疑わせるものはな
く、まだ、指紋により犯人を特定することができないからといつて、そのことだけで
直ちに被告人両名の犯行を否定し本件強盗殺人の認定を不能とするわけにはいかない、
としているが、この点に関する原判断は首肯するに足りる。
さらに、犯行現場である屋内及び被告人Aaが飛び下りたという便所の窓下から足
跡痕が発見されたとする資料のない点も、被告人両名の犯行でないということの証左
とできないこと、指紋の場合と同様である。すなわち、被告人両名の自白によると両
名とも履物を脱いで屋内に上つたというのであり、また、検証調書によると、右便所
の窓下には雑草が生えており、付近の土地が乾燥していたことを窺知しうるのである。
したがつて、被害者方屋内及び右窓下に足跡痕を発見できないことは、必ずしも不自
然ではない。
(三)所論は、逃走口について、被告人Aaは、当初勝手口であると供述してお
りながら、のちになつて便所の窓であると自白を変更するに至つているが、同被告人
が真犯人ならばこのことが当初の自白に現われてこないはずはなく、また時間を費し
て便所の窓から脱出することは偽装工作としては不合理である、というのである。犯
人が犯行態様の細部についてまでいちいち正確に記憶していないということもあり、
また、故意に虚偽の供述を交えることもありうるところであり、その自白の一部に移
り変りがあつたとしても、必ずしもそれが不自然であるとはいえず、むしろ、被疑者
が自白すると供述調書は被疑者が自白するとおりに録取されているため、結果として、
その移り変りの跡が見られることは必ずしも自白調書の信用性に影響を及ぼすもので
はないから、本件において逃走口に関して自白の右推移の跡がみられることは異とす
るに足りない。また、Bkの証明によると、同人は「八月二八日の午後七時と八時の
間に、自転車に乗つて被害者方前を通過した際、二人の男を見た。」というのであり、
とくに被告人Abは、「被害者方表に被告人AaとともにいるところをBkが通過し
ていつた。」と自白しているのであるから、同人に見られたのと別異の者で被害者と
面識のない者が便所の窓から侵入したように偽装しようと考えつくのがむしろ自然で
あるともいいうるのである。また、便所の窓から逃走することが本件では偽装工作と
して有効性をもたないものであることは所論指摘のとおりであるが、兇行直後の興奮、
狼狽の心理状態のもとで被告人両名が右のとおり考えついたとしても、あながち不自
然であるとはいえない。以上、被告人両名の自白の信用性、真実性は肯認しうるとこ
ろであり、右自白に事理に反する点があるとの所論は失当である。
(四)所論は、被害者方八畳間と四畳間の仕切りガラス戸二枚がはずれて四畳間
側に倒れているが、被告人両名の自白によれば、これは偽装工作であるとされている
ところ、ガラス戸をはずすときの状況についての自白内容と検証調書の記載内容とは
一致せず、このことは右自白が客観的事実とくい違う証左であり、また、一刻を争う
逃走に際して時間を空費し、音を発してガラス戸をとりはずすことは偽装工作として
は不合理である、というのである。
検証調書、捜査報告書によると、ガラス戸二枚の倒れている状況、割れたガラス
の散乱している状況は原判示のとおりであるが、この点について被告人両名の供述す
るところは当初一致せず、かつ変転していたのであるが、結局は両名ともほぼ合致す
る内容の供述をするに至つたものであるところ、これによれば、ガラス戸をはずすこ
とによつて被告人ら以外の者の犯行と見せかけようとした、というのである。しかし
ながら、ガラス戸をはずす状況についての供述内容が、ガラス戸の倒れている状況、
ガラス戸が割れて落ちている状況及び位置関係などの客観的状況に符合することは、
原判示のとおりである。また、右偽装工作が有効性のないことは所論指摘のとおりで
あるが、それは逃走口工作について前述したところと同様、兇行時の心理状態として
は必ずしも不自然であるとはいえない。してみると、この点に関する被告人両名の自
白の信用性を肯定した原判示は相当である。
(五)所論は、被告人Aaは、金品物色の順序について、机、上のロツカ―、下
のロツカーの順序で物色し、最後に下のロツカーの扉を閉めたと自白しているが、検
証調書によると、下のロツカーに封筒が一枚よりかかつて立つている状況がみられる
から、これは同被告人の右の自白と矛盾している、というのである。しかし、開いた
ままの上のロツカーの状況、その内容物からして下のロツカ―を閉める際に上のロツ
カーから封筒がこぼれ落ちて立つたということも推認しうる余地もあるのであつて、
論旨指摘の一事をもつて同被告人の右の点に関する自白が客観的事実に反する虚偽の
ものであるということはできない。
(六)所論は、捜査官において確定しえない事実である奪取金額、分配金額、分
配場所、金員を捜し出した場所、財布を奪つたことの有無等について被告人両名の自
白は著しく変転するが、これは自白が真実でないことの証跡である、というのである。
しかし、被害者が一人住いの老人である本件においては、死人に口なく、所論指摘の
諸事実について確定することが困難であつたのであるが、原判決は、右事実につき被
告人両名の供述に推移があるとしても、これを通観すると、被告人Aaがロツカーか
ら現金約七〇〇〇円をとり、被告人Abが押し入れの中から約一〇万円をとりそのう
ちから約四万円を被告人Aaに渡したことはほぼ動かし難いところであつて、その旨
の供述は現金強取の事実を認定するための自白としては十分信用できる、というので
ある。
ところで、右の供述の変遷が何に由来するかは慎重に検討することを要する。一般
に、捜査官が被害金額を確認しえない案件においては、迎合供述あるいはでまかせ供
述をすることがある場合、故意に金額等についての供述を変転させ、後に至つて犯行
を否認する足がかりにするという場合等、色々の態様を考えうる。本件では、被告人
Aaは、「奪取金額等について供述するところに、くい違いを残しておけば、裁判で
争うと通用すると考えたからである。」とか、「六万円盗んだと金額を多く述べて嘘を
いつたのは、自分だけ奪つた金額が少ないと信用されないと思つたからである。」な
どと供述するのであるが、これによれば、被告人Aaの供述の変転は、右の一般例の
故意による供述の変転の場合にあたると推認しうる。また、金額についての供述の変
遷といつても、帰するところ一〇万七〇〇〇円の範囲内の僅かな金額のことにすぎな
いのであるから、ひつきょう被告人両名の右部分に関する供述が両被告人を真犯人で
ないとする証左となしえない。
以上のほか所論指摘の部分について原判決は逐一説明しているが、その推断に誤り
があるとすべき点は見出し難い。それゆえ、被告人両名の捜査段階における自白は、
信用できる真実の供述を内容とすることを根拠として相互に補強し合うに足るもので
ある、ということができる。
六別件逮捕勾留、別件起訴勾留中の取調
(一)所論は、被告人Aaはズボン、べルト各一本の窃盗の嫌疑により、同Ab
は暴力行為等処罰に関する法律違反の嫌疑により、それぞれ軽微な別件で逮捕勾留さ
れたのち、その拘禁中に本件強盗殺人の事実について取調を受けて自白し、本件によ
り逮捕勾留されたものであるが、右の別件逮捕勾留は本件の取調にもつぱら利用する
目的でなされた違法のものである、というのであり、また被告人両名の身柄を一旦そ
れぞれ拘置所へ移監しながら、被告人両名が否認をはじめたため再自白を獲得すべく
代用監獄へ逆送移監して、自白をさせたのも違法である、というのである。
よつて、記録を検討すると、原判決が被告人両名につき違法な別件逮捕勾留がおこ
なわれたものと認めることができない、とした点は是認できる。すなわち、
(1)記録によると、被告人Aaは昭和四二年一〇月一〇日所論窃盗の嫌疑で通
常逮捕され、同月一二日に勾留状を執行され、代用監獄たる取手警察署に身柄を拘禁
されて引き続き同年八月二八日前後の行動について取調を受けているうち、同年一〇
月一五日本件強盗殺人の事実を自白するに至つたものである。右窃盗の事実について
は後に至つて公訴の提起はなされなかつたものの、右事実の犯罪の嫌疑と逮捕勾留の
必要性は消滅せず依然として存続していたものである。そのうえ、同被告人には、当
時、のちに起訴され有罪となつた一〇件にも及ぶ窃盗の余罪が存し、これら余罪の取
調を並行しておこない適正な処分を完うするためにも身柄拘束の理由と必要があつた
ものである。右事実はいずれも軽微な事件とはいえないのみならず、本件強盗殺人の
事実を取調べる意図のもとに名を窃盗事件に借りて同事件により逮捕勾留し、本件強
盗殺人の事実の取調にこれを専ら利用する態度に出て取調その他の捜査活動をおこな
つたものと認めることはできないこと、原判決の指摘するとおりである。したがつて
また、同被告人の自白が違法な逮捕勾留のもとで収集された違法なものであるという
ことはできない。ちなみに、一〇月二三日本件強盗殺人の逮捕状により逮捕されるま
でに本件についての供述が録取されたのは同月一五日付、同月一八日付の供述調書の
みであるなどを理由に原判決は同被告人の自白が違法でないとしているが、右判示は
相当として首肯しうる。
(2)記録によると、被告人Abは同年一〇月一六日暴力行為等処罰に関する法
律違反の事実により逮捕され、翌一七日に勾留され、代用監獄たる水海道警察署に身
柄を拘束され取調を受けているうち、いちはやく当日本件犯行を自白していることが
明らかである。したがつて、些細な事件を取り上げ逮捕状をえて本件強盗殺人の事実
を取調べたものではなく、右暴力事犯はその後起訴されなかつたものの、当時軽微な
事件とはいえない八件にも及ぶ恐喝、傷害、暴行等の余罪とともに身柄拘束のまま、
捜査に日時を要する状況にあつたものであり、とるに足りない別件逮捕状に名を借り
て逮捕がおこなわれたものではないことは、原判示のとおりであり、右判断は十分に
首肯しうる。ちなみに、一〇月一五日にはすでに被告人Aaは同Abと共犯で本件強
盗殺人の事実を犯したと自白していて、その証拠資料が存しているから、その容疑で
被告人Abにつき逮捕状の発付を受け、同人の身柄を拘束することも可能な段階に立
ち至つていたのであるから、所論指摘の逮捕勾留が、本件の自白を得るため本件の逮
捕勾留をせん脱する意図でなされた違法な逮捕勾留であるということはできないとし
た原判示は首肯しうる。
なお、被告人Aaについては同年一一月八日、同Abについて同月六日、それぞれ
代用監獄から土浦拘置支所に移監され、勾留中のところ、同年一二月一日再びそれぞ
れ代用監獄に移監されたことが記録上明らかであるが、本件強盗殺人の事実の捜査終
了前の段階において、このように、被告人両名につき拘置所から代用監獄たる警察署
へ身柄を移監したこと自体をとらえて違法ということはできない。
(二)所論は、捜査官は、被告人Aaについては窃盗の、被告人Abについては
暴行、傷害、恐喝等の各事実による起訴後の勾留を利用し本件を取調べたもので違法
である、というのである。
記録によれば、被告人Aaは同年一一月一三日に窃盗九件の事実により求令状起訴
され、被告人Abは同日暴行、傷害、恐喝等計五件の事実により求令状起訴され、い
ずれも右各事実により勾留状が発付され引き続き拘禁されていたところ、本件強盗殺
人の事実で同年一二月二八日に公訴提起がなされるまでの間に、まだ起訴されていな
い同事実につき、被告人Aaについては八通、同Abについては九通、それぞれ自白
調書が捜査官により録取されていることが明らかであるが、起訴後の勾留中であつて
も起訴されていない余罪につき任意に取調をなすことは違法であるとはいえないとこ
ろであり、右の間に得られた右自白調書を罪証に供することは許されるものとしなけ
ればならない。
以上検討してきたとおり、本件については、自白を離れて被告人両名が犯人である
ことを推認することのできる証拠が存し、かつ、真実性の高い詳細な内容をもつ被告
人両名の自白があるのであるが、他面、被害者が孤独な一人住いの老人であり、夜間
同人居宅で短時間におこなわれた犯罪である関係上、被告人両名と犯行とを結びつけ
る物的証拠を発見し難く、そのため、各証拠の証拠価値及び自白の任意性、信用性に
ついて綿密な吟味を必要とする。当裁判所は、この点に留意して、原判決の認定判断
に、所論指摘の疑点が存在するかどうかを吟味するため、あらゆる角度から慎重に全
証拠を検討した。その結果、任意になされた被告人両名の自白は、信用できる真実の
供述を内容とするものであり、相互に補強し合うものである、と断定した。のみなら
ず、数々の証拠は、右自白を補強するに足るものであり、かつ、自白を離れて本件犯
罪事実を立証しうる情況証拠となるものであるとの結論に到達し、他面、被告人両名
が真犯人であることにつき所論のいう合理的な疑いをさしはさむ事実及び証拠を発見
することができなかつた。
それゆえ、被告人両名を本件強盗殺人の犯人であるとした原判決は正当であり、こ
れを是認することができる。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致
の意見で主文のとおり決定する。
昭和五三年七月三日
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官大塚喜一郎
裁判官吉田豊
裁判官本林譲
裁判官栗本一夫

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