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平成17年4月19日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)第15892号 特許権侵害差止等請求事件 
口頭弁論終結日 平成17年2月10日
判決
原告   A
同訴訟代理人弁護士   高  崎   良   一
同片   岡   清   三
同繁       礼   子
   被       告   株式会社自然環境綜合研究所
同訴訟代理人弁護士   永  島   孝   明
同伊   藤   晴   國
同          明   石   幸 二 郎
同補佐人弁理士中   尾   俊   輔
同           伊   藤   高   英
同           畑   中   芳   実
同           大   倉   奈 緒 子
同           玉   利   房   枝
同           鈴   木   健   之
同           磯   田   志   郎
被       告 株式会社ヒロセキヤステイング
被       告 芳香園製薬株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士 佐 々 木   敏   雄
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告株式会社自然環境綜合研究所は,別紙商品目録記載1ないし5の商品
を,被告株式会社ヒロセキヤステイングは,同目録記載4の商品を,被告芳香園製
薬株式会社は,同目録記載5の商品を,それぞれ製造し,輸入し,譲渡し,貸し渡
し,譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。
2 被告らは,前項の各商品を廃棄せよ。
第2 事案の概要
1 争いのない事実等
(1) 当事者
  被告株式会社自然環境綜合研究所(以下「被告自然環境綜合研究所」とい
う。)は,鉱石の採掘,販売及び加工品の製造販売業を営む会社である。
  被告株式会社ヒロセキヤステイング(以下「被告ヒロセキヤステイング」
という。)は,貴金属装身具の製造販売業を営む会社である。
  被告芳香園製薬株式会社(以下「被告芳香園製薬」という。)は,医薬部
外品の製造,輸出入及び販売業を営む会社である。
  (2) 特許権
  Bは,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲記載の特
許発明を「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書(別紙特許公報参照)
を「本件明細書」という。)を有している。
    特許番号  第2602178号
    発明の名称  樹脂
    出 願 日  平成6年11月21日
    出願番号  特願平6-312719
    公 開 日  平成8年6月4日
    公開番号  特開平8-143703
    登 録 日平成9年1月29日
    特許請求の範囲
「遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪石を配合したことを特徴とする樹
脂。」
(3) 専用実施権
 Bと原告は,平成16年5月12日,本件特許権について,専用実施権設
定契約を締結した(甲19)。
 本件特許権には,次の専用実施権が設定登録されている(甲2。以下「本
件専用実施権」という。)。
専用実施権者  原告
登録年月日  平成16年5月28日
範    囲  地域  日本国内全域
        期間  本特許存続期間中
        内容  発明に基づく製造及び販売
(4) 被告らの行為
  被告自然環境綜合研究所は,遅くとも平成14年7月1日ころから,別紙
商品目録記載1ないし3の商品(以下,同目録の番号に従って,それぞれを「被告
製品1」などといい,被告製品1ないし5を併せて「被告製品」という。)を製
造・販売し,被告製品5を販売している。
  被告ヒロセキヤステイングは,遅くとも平成14年7月1日ころから,被
告製品4(1)①ないし③,(2)①ないし③,(3)①ないし③を製造・販売している(甲
16)。
  被告芳香園製薬は,遅くとも平成14年7月1日ころから,被告製品5を
製造・販売している。
2 本件は,原告が,被告らによる被告製品の製造販売行為が本件専用実施権を
侵害すると主張して,被告らに対し,特許法100条に基づき,被告製品の製造,
販売等の差止め及び廃棄を請求する事案である。
3 争点
(1) 被告自然環境綜合研究所が被告製品4を販売しているか。
(2) 被告製品は,本件発明の技術的範囲に属するか。
(3) 原告の専用実施権は無効か。
  (4) 本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(販売の有無)について
〔原告の主張〕
 被告自然環境綜合研究所は,被告製品4(1)①ないし⑮,(2)①,②及び
④,(3)①ないし③を販売している。
〔被告自然環境綜合研究所の主張〕
 被告自然環境綜合研究所が,被告製品4(1)④ないし⑮,(2)④を販売してい
ることは否認する。
2 争点(2)(充足性)について
〔原告の主張〕
(1) 被告製品1ないし3は,別紙商品説明書記載のとおり,黒鉛珪石(ブラッ
クシリカ)を微粉末にして,シリコーン樹脂に配合したもので,遠赤外線を放射す
る効果がある。
 被告製品4及び5は,別紙商品説明書記載のとおり,黒鉛珪石(ブラック
シリカ)を微粉末にして,ポリエステル樹脂に配合したもので,遠赤外線を放射す
る効果がある。
 したがって,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属する。
(2) 被告らは,被告製品1は,シリコーン樹脂ではなく,シリコーンゴムを配
合したもので,シリコーンゴムは樹脂ではないと主張する。しかし,本件発明にお
いて,「樹脂」は特に限定されていないので,当然に合成樹脂の一種であるシリコ
ーン樹脂を包含する。シリコーン樹脂には,広義のシリコーン樹脂と狭義のシリコ
ーン樹脂があり,広義のシリコーン樹脂は,狭義のシリコーン樹脂,シリコーンゴ
ム,シリコーンオイル等を包含している。
〔被告らの主張〕
(1) 被告製品1は,黒鉛珪石の粉末をシリコーンゴムに配合したものであり,
シリコーンゴムは樹脂ではない。
(2)ア 被告製品4(1)(リング)のうち,④ないし⑮については知らない。①
ないし③については,黒鉛珪石が配合されていることは認めるが,「樹脂」が配置
されていることは知らない。
イ 被告製品4(2)(ネックレス)のうち,③,④については知らない。①,
②については,黒鉛珪石が配合されていることは認めるが,「樹脂」が配置されて
いることは知らない。
ウ 被告製品4(3)(ブレスレット)について,黒鉛珪石が配合されているこ
とは認めるが,「樹脂」が配置されていること及び「樹脂」によってブレスレット
の本体部分が形成されていることは知らない。
エ 被告製品5について,黒鉛珪石が配合されていることは認めるが,「樹
脂」を配合する磁石が配置されていることは知らない。
3 争点(3)(専用実施権の効力)について
〔被告ヒロセキヤステイング及び被告芳香園製薬の主張〕
(1) 本件専用実施権設定の経緯
ア 本件特許に係る樹脂の材料となる黒鉛珪石は,北海道の原野で採掘さ
れ,ブラックシリカ等の名称で流通しているが,訴外株式会社ベンチャー弐壱(以
下「ベンチャー弐壱」という。)は,黒鉛珪石を利用する商品市場を制するには,
その採掘権を得ることが先決であるとして,同社の事業を支えるために広く支援を
求め,平成6年9月ころ,ベンチャー弐壱協力会(以下「協力会」という。)が発
足した。Bも,本件発明を実施するについて必要不可欠な黒鉛珪石の供給を受ける
につき,ベンチャー弐壱がその採掘権を有することに重大な利害関係があったた
め,協力会に参加し,これまで数千万円の協力金を負担していた。
  この黒鉛珪石の採掘権の帰属につき,ベンチャー弐壱は,被告自然環境
綜合研究所との間で札幌地方裁判所において係争中であった。
イ 平成16年4月ころ,Bは,ベンチャー弐壱の代表取締役であるCか
ら,次のような依頼を受けた。被告自然環境綜合研究所は経済的に相当困窮してい
るが,ここからブラックシリカの供給を受けて,ブレスレット,指輪,ペンダン
ト,ネックレス等を製造販売している被告ヒロセキヤステイングとコスミックパワ
ーバンを製造販売している被告芳香園製薬が被告自然環境綜合研究所を支援してい
る。ブラックシリカを使用している被告ヒロセキヤステイング及び被告芳香園製薬
に訴訟を提起して商売をつぶせば,被告自然環境綜合研究所に対する金銭的な支援
ができなくなり,被告自然環境綜合研究所は経済的に行き詰まるので,ベンチャー
弐壱及び協力会のメンバーに有利になる。そのために,本件特許権を利用すること
が最善の策であるので協力して欲しい。
  Bは,ベンチャー弐壱が黒鉛珪石の採掘権に関する被告自然環境綜合研
究所との紛争に負け,ブラックシリカの採掘が被告自然環境綜合研究所に独占され
て,その供給が断たれることになれば,本件特許権の実効性がなくなり,これまで
協力会を通じて投資してきた支援金の回収も不能になるので,Cの要請に応じるこ
とにした。しかし,Bは,本件特許権者として,自分が紛争の矢面に立つことはで
きない状況を説明したところ,Cは,Bに一切迷惑を掛けずに自らの責任で処理す
ると誓約したので,Bは協力することにした。
ウ Cは,上記の目的のため,BからCに対し専用実施権を設定して欲しい
と要請してきたが,専用実施権者としてベンチャー弐壱あるいはCが名を出すには
支障があるとして,代わりに原告を指名してきた。原告は,数年以前からBが経営
する会社に在籍し,平成16年4月ころ,これを辞めて札幌に帰ったものであり,
ブラックシリカに関する何らかの事業をなしているものではなく,Cのダミーとし
て,本件専用実施権の設定を受けた者として,Cに名前を貸すことになったもので
ある。
エ 被告らに対する本件専用実施権を利用した訴訟は,1年あれば決着がつ
くというCの説明であったため,本件専用実施権の設定の期間は1年と定められ
た。Bは,本件専用実施権設定登録には,期間を1年とするよう要求したところ,
Cは,手続上期間を限定することはできないことになっていると説明したので,手
続に疎いBは,その説明を信じ,設定登録には期間の定めのない専用実施権が登録
された。
オ Cは,原告の名をもって,本件訴訟提起及び仮処分の申立てをした他
に,ブラックシリカを使用した商品を製造販売している第三者に対しても,同様の
法的手続をしている。Bは,被告自然環境綜合研究所に対する紛争を有利にしよう
として始めたはずであるのに,思惑に反してブラックシリカを利用している他の第
三者にも波及し,その影響が大きくなることを懸念して,平成16年8月ころ,札
幌に行ってC及び原告と会い,こんな事態は想定していなかったと話したが,訴訟
を止めようと言うBの意見に耳を貸そうとしなかった。
  その後,Bが浜松に原告を呼び寄せ,再度訴訟を止めるように要求した
ところ,原告は上記訴訟手続はすべてCがしているもので,自分は全く事情を知ら
ないという説明であった。被告ヒロセキヤステイングが被告自然環境綜合研究所に
資金援助をしている事実はなく,専用実施権設定登録については,Cの説明に反
し,期間を限定して登録することが可能であることも判明した。
(2) 無効
ア 以上のとおり,本件専用実施権設定契約は,原告において本件発明を実
施することを目的としてなされたものではなく,被告らに対して訴訟を提起するこ
とを目的としてなされたものであるから,信託法11条に反し,無効である。
イ Bは,設定期間を無限定とする設定登録は,約定の期間を限定して登録
することはできないとするCの説明を信じ,その旨錯誤に陥った結果されたもので
あるから,民法95条により無効であると主張して,本件専用実施権設定登録の抹
消手続を請求する訴訟を提起した。
〔原告の主張〕
(1) 本件専用実施権設定の経緯
ア 協力会へ参加したのは,Bが代表者を務める株式会社カネキチ(以下
「カネキチ」という。)である。Bは,協力会へ入会後,本件特許の出願について
は,当時の黒鉛珪石の採掘権者であるベンチャー弐壱と共同ですべきであると考え
ていたが,協力会の会員の意見が割れたため,本件特許出願はB個人の単独にする
こと,及び,本件特許登録後,ベンチャー弐壱及び協力会の会員による本件発明の
実施は認めることをCと合意した。
  協力会の会員の中には,前記合意に基づき,又は,本件特許権など意識
せずに,本件特許権に抵触する可能性がある態様で黒鉛珪石を用いている者もいた
が,Bも特に問題とはしていなかった。しかし,Cは,本件特許出願から丸10年
経とうというのに,Bが全く本件特許権に無関心で利用しておらず,他方,Cは現
行の商品に加え,新たな商品の開発も視野に入れていたことから,本件特許の実施
権を手にすることで,C自身及び協力会会員を守ることができると考え,平成16
年4月ころ,Bに専用実施権の設定を申し出たものである。
イ 原告とCは,いずれも黒鉛珪石を利用した製品の開発に関心があったこ
となどから,平成7年ころに仕事を通じた親しい間柄になった。Cは,原告が新商
品の開発に大変関心があって研究熱心であり,かつ,開発能力も備わっていること
から,協力会の仲間であるBに原告を紹介した。Bは原告の能力を買い,カネキチ
への入社を勧誘し,原告は,平成12年1月から約3年3か月間同社に勤め,平成
15年4月28日にカネキチを辞めて札幌に戻った。そして,原告は,同年11月
ころには,携帯型温浴機器等の構想を練り始めた。
ウ このように,原告は黒鉛珪石の新たな利用方法等を探索していたが,C
も黒鉛珪石を使用した商品開発等のために本件特許の使用権を確実にしたいと考え
ていた。そして,Cは,原告が本件特許の使用権を持って広く商品開発等を行い,
Cは原告の事業の成功のために尽力しようと考えた。そこで,平成16年5月12
日,Bと原告との間で,専用実施権が設定されたものである。
(2) 無効の主張について
ア このように,原告は本件専用実施権に基づいて,黒鉛珪石を利用した商
品開発を図ろうとしているが,被告らのように本件特許を侵害した商品を広く販売
している侵害行為者が複数存在し,これらの侵害行為者に対し,製造販売の差止め
等を請求しなければ,本件専用実施権を設定した意味がない。したがって,本件訴
訟を提起したのであり,その必要性に何ら問題はなく,本件専用実施権は,訴訟信
託のために設定されたものではない。
イ B及び原告との間で合意された覚書(甲31)3項には,「・・・特許
庁申請には特許存続期間内と有るが期間は1年とする。」という記載がある。しか
し,本件専用実施権の設定は,休眠状態の本件特許の有効利用を目的としているの
で,当然原告による長期の利用を想定している。したがって,同項には,引き続き
「ただし,1ヶ月前に甲,乙どちらかより異議がなければ1年間の自動延長とす
る。」と規定しているのである。設定登録の上で,特許存続期間内(約10年)と
したのは,本来長期利用が想定され,自動更新が想定されているにもかかわらず,
登録上1年限りとすると,毎年申請しなくてはならず煩雑であることから,設定登
録上は最大限の設定にしておいただけである。
したがって,被告らの主張は事実に反する。
4 争点(4)(無効理由)について
〔被告らの主張〕
(1) 無効理由1
 本件発明では,「遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪石」と記載されている
が,遠赤外線放射機能は黒鉛珪石に固有の性質である。したがって,遠赤外線放射
機能は黒鉛珪石を特定するものとはいえず,「遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪
石」とは「黒鉛珪石」そのものを意味する。
 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開平5-85863号公報
(乙1。以下「引用例1」という。)には,黒鉛硅石を配合した樹脂が開示されて
いる。引用例1の「黒鉛硅石」が遠赤外線放射機能を有することは明らかであり,
本件発明の「黒鉛珪石」に相当するから,本件発明は,引用例1に記載された発明
である。
 したがって,本件発明は,特許法29条1項3号により特許を受けること
ができない。
(2) 無効理由2
 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開平5-86710号公報
(乙2。以下「引用例2」という。)には,黒鉛硅石を配合した樹脂が開示されて
いる。引用例2の「黒鉛硅石」が遠赤外線放射機能を有することは明らかであり,
本件発明の「黒鉛珪石」に相当するから,本件発明は,引用例2に記載された発明
である。
 したがって,本件発明は,特許法29条1項3号により特許を受けること
ができない。
(3) 無効理由3
 本件特許出願前に頒布された刊行物である登録実用新案第3003078
号公報(乙3。以下「引用例3」という。)には,遠赤外線放射機能を有する黒鉛
珪石を配合した接着塗料(樹脂)が開示されている。接着剤として樹脂を使用する
ことは,周知・慣用技術であり,引用例3の「接着ボンドとしての接着塗料」とし
て「樹脂」を用いることは,引用例3に記載されているに等しい事項である。よっ
て,引用例3の「接着塗料」が本件発明の「樹脂」に相当するから,本件発明は,
引用例3に記載された発明である。
 したがって,本件発明は,特許法29条1項3号により特許を受けること
ができない。
(4) 無効理由4
 仮に,本件発明の「樹脂」と引用例3の「接着塗料」とが相違するとして
も,本件特許出願時において接着剤として樹脂を使用することは,周知・慣用技術
であったので,引用例3の「接着塗料」として「樹脂」を使用して黒鉛珪石を樹脂
に配合することは,当業者にとって容易に想到し得ることである。
 したがって,本件発明は,特許法29条2項により特許を受けることがで
きない。
(5) 無効理由5
 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開平3-199125号公報
(乙4。以下「引用例4」という。)には,遠赤外線放射物体用組成物を配合した
樹脂が開示されている。
 引用例4では,「遠赤外線放射物体用組成物」を樹脂に配合しているのに
対し,本件発明では,「遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪石」を樹脂に配合してい
る点において相違するが,引用例3には黒鉛珪石が遠赤外線放射機能(効果)を有
することが開示されているので,引用例4の「遠赤外線放射物体用組成物」とし
て,同じ機能を有する公知の材料である「黒鉛珪石」を採用することは,当業者が
容易に想到し得ることである。
 したがって,本件発明は,特許法29条2項により特許を受けることがで
きない。
(6) 無効理由6
 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開平3-225787号公報
(乙5。以下「引用例5」という。)には,遠赤外線放射材料を配合した樹脂が開
示されている。
 引用例5では,「遠赤外線放射材料」を樹脂に配合しているのに対し,本
件発明では,「遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪石」を樹脂に配合している点にお
いて相違するが,引用例3には黒鉛珪石が遠赤外線放射機能(効果)を有すること
が開示されているので,引用例5の「遠赤外線放射材料」として,同じ機能を有す
る公知の材料である「黒鉛珪石」を採用することは当業者が容易に想到し得ること
である。
 したがって,本件発明は,特許法29条2項により特許を受けることがで
きない。
〔原告の主張〕
(1) 無効理由1について
  本件発明は,引用例1に記載された発明と同一ではない。
(2) 無効理由2について
  本件発明は,引用例2に記載された発明と同一ではない。
(3) 無効理由3について
 被告らは,引用例3において,黒鉛珪石を配合するのは,「接着ボンドと
しての接着塗料」であると主張するが,「接着ボンド」,「接着塗料」という技術
用語は,市販の辞典,書籍等には見当たらず,意味不明である。このような意味不
明の技術用語が,乙第6号証の「接着剤」と同一であることを前提としての被告ら
の主張は失当である。
(4) 無効理由4について
 前記(3)と同様,意味不明な「接着ボンドとしての接着塗料」,「接着塗
料」が,乙第6号証の「接着剤」と同一であることを前提とする被告らの主張は失
当である。
(5) 無効理由5について
 引用例4には,2FeO・SiO2とFe3O4を主成分とする40℃以上
の温度で遠赤外線を放射するという遠赤外線放射物体用組成物を樹脂に配合した遠
赤外線放射物体が記載されているが,本件発明で必須の遠赤外線放射機能を有する
天然黒鉛珪石は,このような炭素を含まず酸化鉄を主成分とする化合物ではなく,
常温で遠赤外線放射機能を有する点で,遠赤外線放射物体用組成物とは相違する。
 引用例3には,遠赤外線を放射するシリカブラック粒子を含む塗料が記載
されているが,この塗料が樹脂からなるとは記載されていない。
 したがって,引用例4の遠赤外線放射物体において,遠赤外線放射物体用
組成物の代わりに引用例3に記載された遠赤外線を放射するシリカブラック粒子を
使用することは,当業者であっても容易に想到するものではない。また,本件発明
は,常温で遠赤外線放射機能を有する天然黒鉛珪石を配合した樹脂に関するもので
あるから,引用例4と引用例3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明で
きたものではない。
(6) 無効理由6について
 引用例5には,Al2O3,SiO2,ZrO2,TiO2又はガラスを含有
する40ないし250℃の温度で遠赤外線を放射する遠赤外放射材料,あるいはF
e,Co,Ni,Cr,Zn,Snからなる遷移金属の酸化物の少なくとも一種以
上を含有した複合酸化物であり,40ないし250℃の温度で遠赤外線を放射する
という遠赤外放射材料と,耐熱性樹脂とで構成された遠赤外線放射複合材が記載さ
れているが,本件発明で必須の遠赤外線放射機能を有する天然黒鉛珪石は炭素を必
須成分とする化合物であり,常温で遠赤外線放射機能を有する点で,この遠赤外放
射材料とは全く相違している。
 引用例3には,遠赤外線を放射するシリカブラック粒子を含む塗料が記載
されているが,この塗料が樹脂からなるとは記載されていない。
 したがって,引用例5の遠赤外線放射複合材において,遠赤外放射材料の
代わりに引用例3に記載された遠赤外線を放射するシリカブラック粒子を使用する
ことは当業者であっても容易に思いつくものではない。また,本件発明は,常温で
遠赤外線放射機能を有する天然黒鉛珪石を配合した樹脂に関するものであるから,
引用例5と引用例3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明できたもの
ではない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(4)(無効理由)について
(1) 本件発明の技術的範囲
ア 「樹脂」について
(ア) 本件明細書には,次のとおり,記載されている(甲1)。
a 「この発明は新規な樹脂に関し,樹脂成形,塗料の材料,接着剤の
材料,その他一般的な樹脂と同様に使用されるものである。」(1欄6ないし8
行)
b 「従来から,多数の合成樹脂および天然樹脂が知られている。これ
らの樹脂は塑性変形を利用した成形品として,日常生活のあらゆる分野で使用され
ている。」(1欄10ないし13行)
c 「この樹脂を使用すれば,常温において,樹脂成形品,塗料,接着
剤,その他樹脂の一般的な使用態様において簡易に遠赤外線の効能を享受すること
ができる。」(4欄10ないし13行)
(イ) 上記(ア)の各記載からすれば,本件発明にいう「樹脂」とは,合成
樹脂および天然樹脂を含む樹脂一般を広く指すものであり,樹脂成形品のみなら
ず,塗料,接着剤,その他樹脂の一般的な使用態様の樹脂を含むものと解される。
イ 「遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪石」について
(ア) 本件明細書には,次のとおり記載されている(甲1)。
a 「前記課題を達成するために,発明者らは,天然物の黒鉛珪石が,
常温で遠赤外線を放射するという事実に鑑みて,この発明を完成した。」(2欄7
ないし9行)
b 「この発明に係る樹脂は上記のように構成されているため,黒鉛珪
石の遠赤外線放射機能によって,樹脂全体から,常温で遠赤外線を放射するもので
ある。」(3欄2ないし4行)
c 「この発明に使用される黒鉛珪石は天然に産し,」(3欄6ないし
7行)
d 「この発明に係る樹脂は,常温で遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪
石を配合したため,黒鉛珪石の遠赤外線放射機能によって樹脂全体から常温で遠赤
外線が放射されるものである。」(4欄6ないし9行)
(イ) 上記(ア)の記載によれば,本件発明は,天然の黒鉛珪石が常温で遠
赤外線を放射するという機能を有することを利用したものであり,本件明細書に
は,他に黒鉛珪石に何らかの処理,加工等を施して遠赤外線放射機能を有するよう
にしたとの記載もない。
  したがって,本件発明における「遠赤外線放射機能」とは,単に天然
の黒鉛珪石が有する属性であると解され,結果として「遠赤外線放射機能を有する
黒鉛珪石」とは,単なる「黒鉛珪石」を意味することになる。
ウ そうすると,本件発明の「遠赤外線放射機能を有する黒鉛珪石を配合し
たことを特徴とする樹脂」とは,種々の用途に用いられる樹脂一般に対して,黒鉛
珪石を配合したものを意味することになる。
(2) 無効理由1について
ア 引用例1には,次のとおりの記載がある(乙1)。
(ア) 「天然黒鉛硅石を熱硬化性樹脂に混合してコンクリートブロック本
体の表面に塗装したコンクリートブロック。」(特許請求の範囲請求項1)
(イ) 「熱硬化性樹脂(特に藻のつきやすいようにPHが6.0~6.5
位に調整製造された不飽和ポリエステル樹脂)100部にナフテン酸コバルト0.
5部とメチルエチルケトンパーオキサイド1部とを加えて十分混合し,その混合物
に,北海道上ノ国町で算出される黒鉛硅石(通称シリカブラック,組成・・・
略・・・)30部を200メッシュ以下に粉砕して配合し,十分混合した。」(2
欄20ないし29行)
イ 上記アのとおり,引用例1には,天然黒鉛硅石を熱硬化性樹脂に混合し
て得た天然黒鉛硅石配合樹脂が記載されているから,本件発明は,引用例1に記載
された発明と同一である。
ウ 引用例1には,遠赤外線放射機能を有するかどうかについては記載がな
い。しかし,前記(1)イで検討したとおり,遠赤外線放射機能は,単に天然黒鉛珪石
が有する属性であるから,本件発明の構成とはいえない。また,証拠(甲5,7,
8,10,15,乙3,7)によれば,天然の黒鉛珪石は,それ自体遠赤外線機能
を有するものであることが認められ,引用例1に記載された黒鉛硅石も,遠赤外線
放射機能を有するものであることは明らかである。したがって,引用例1にこの点
の記載がなくても,本件発明は,引用例1に記載された発明であるということがで
きる。
エ したがって,本件発明は,特許法29条1項3号の規定に違反し,無効
理由が存在することが明らかである。
(3) 無効理由2について
ア 引用例2には,次のとおりの記載がある(乙2)。
(ア) 「天然黒鉛硅石を熱硬化性樹脂で固化した人工大理石。」(特許請
求の範囲請求項1)
(イ) 「北海道上ノ国町で産出される黒鉛硅石(通称シリカブラック,組
成・・・略・・・)を3㎜以下に粉砕した粉末1,200gを熱硬化性樹脂(レジ
ンコンクリートグレードの不飽和ポリエステル樹脂,促進剤としてナフテン酸コバ
ルト1.0g,過酸化物としてメチルエチルケトンパーオキサイト2.0gを含
む)200gに徐々に加えて十分撹拌した。この混合物を30㎝×30㎝×7㎜の
型枠にキャスティングして固化した後,重量1,300gの黒色系人工大理石1枚
をつくった。」(1欄44行ないし2欄10行)
イ 上記アのとおり,引用例2には,天然黒鉛硅石を熱硬化性樹脂に混合し
て得た天然黒鉛硅石配合樹脂が記載されているから,本件発明は,引用例2に記載
された発明と同一である。
ウ 引用例2には,遠赤外線放射機能を有するかどうかについては記載がな
い。しかし,前記(2)ウと同様,遠赤外線放射機能は,本件発明の構成とはいえず,
また,引用例2に記載された黒鉛硅石も,遠赤外線放射機能を有するものであるこ
とが明らかであるから,引用例2にこの点の記載がなくても,本件発明は,引用例
2に記載された発明であるということができる。
エ したがって,本件発明は,特許法29条1項3号の規定に違反し,無効
理由が存在することが明らかである。
2 結論
  以上のとおり,本件特許は,特許法29条1項3号の規定に違反し,無効理
由が存在することが明らかであるから,原告は,専用実施権に基づき,その権利を
行使することはできない。
  したがって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれも
理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官高   部   眞 規 子
裁判官東 海 林       保
 裁判官瀬戸さやかは,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官高   部   眞 規 子
(別紙)
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