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平成九年(ワ)第二〇三四八号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 平成一一年六月三〇日
判       決
 原告       サルバニーニ イタリア ソシエタ ペル 
アチオーニ
  右代表者代表取締役【A】
  右訴訟代理人弁護士寺 本 振 透
  同高 崎 玄太朗
  右補佐人弁理士【B】
  同【C】
  被       告株式会社アマダ
  右代表者代表取締役【D】
  右訴訟代理人弁護士高 村 一 木
  同野 上 邦五郎
  同杉 本 進 介
  同冨 永 博 之
  右補佐人弁理士【E】
  同【F】
主       文
 一 原告の請求をいずれも棄却する。
 二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一被告は、別紙物件目録記載の物件を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、若し
くは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
二被告は、その所有する別紙物件目録記載の物件を廃棄せよ。
三被告は、原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月八日か
ら支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一争いのない事実等
1 原告は、設備、機械及びオートメーションソフトウェアの設計、製造及び販売
並びにその受託を目的とするイタリア法人である。
 被告は、金切帯鋸盤、プレス機械、その他金属工作機械器具の製造、販売、修
理、賃貸などを目的とする株式会社である。
2原告は、イタリア国法人サルバニーニ ソシエタ ペル アチオーニ(以下
「サルバニーニ社」という。)から次の特許権(以下「本件特許権」といい、その
特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明」という。)を譲り受け、平成九年
七月二八日、その移転登録を受けて本件特許権を取得した(甲一、甲三の一の1な
いし3、甲三の二の1ないし5、甲三の三、甲四、弁論の全趣旨)。
登録番号特許第一六三八六二一号
発明の名称   板材を縁曲げするための装置
出願日昭和五七年一〇月八日
公告日平成三年一月一八日
登録日平成四年一月三一日
特許請求の範囲別紙特許公報(以下「本件公報」という。)該当欄記載のとおり
3本件発明の構成要件(以下「構成要件イ」などという。)は、次のとおり分説
することができる。
イ 板材を縁曲げするための装置であって、
ロ それぞれ一つの支持体に固定されていて板材を締め付けるための二つの保持ラ
ムを有しているフレームと、
ハ 板材平面に対してほぼ平行な方向と、該板材平面に対して垂直な方向との二つ
の方向で運動可能に支承された少なくとも一つの曲げ工具とからなっており、
ニ 前記二つの保持ラムのうち少なくとも一方の保持ラムが、該保持ラムの支持体
によって板材平面に対して垂直な方向で調節可能であり、
ホ さらに前記曲げ工具が両方の運動方向のためのそれぞれ一つの駆動装置を有し
ていてかつ対向工具としての保持ラムと協働する形式のものにおいて、
ヘ 曲げ工具の、板材平面に対してほぼ平行な方向で作用する駆動装置が、対向工
具として使用される保持ラムの支持体に支持されていることを特徴とする
板材を縁曲げするための装置
4 被告は、業として別紙物件目録記載の板材を縁曲げするための装置(以下「イ
号物件」という。)を生産し、使用し、譲渡し、譲渡の申出を行っている(但し、
後記のとおり、別紙物件目録記載1の構造の説明の一部に争いがある。)。
5 イ号物件は、本件発明の構成要件イ、ハ、ホを充足する(弁論の全趣旨)。
二 本件は、原告が、イ号物件の生産等が本件特許権を侵害すると主張して、被告
に対し、イ号物件の生産等の差止め及び廃棄を求めるとともに、不法行為による損
害賠償を求める事案である。
第三争点及びこれに関する当事者の主張
一イ号物件の構造及びイ号物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか
1原告の主張
(一)イ号物件の構造について
イ号物件の構造は、別紙物件目録記載のとおりである。
(二)構成要件ロについて
(1)イ号物件は、下側クランプビーム104に支持され、固定されている下側押さ
え金型102bと上側クランプビーム113に支持され、固定されている上側押さ
え金型102aとを有する。イ号物件では、下側押さえ金型102bと上側押さえ
金型102aとで板材103を押圧保持するから、下側押さえ金型102bと上側
押さえ金型102aは、本件発明の「板材を締め付けるための二つの保持ラム」に
当たる。また、これらは、それぞれ下側クランプビーム104及び上側クランプビ
ーム113に支持され、固定されているから、下側クランプビーム104及び上側
クランプビーム113は、本件発明の保持ラムが固定されている「一つの支持体」
に当たる。
 したがって、イ号物件には、「それぞれ一つの支持体に固定されていて板材を締
め付けるための二つの保持ラム」が存在する。
(2)本件発明の「フレーム」とは、板材を挟み込むための上下の構造体をつなぎ、
上下の構造体の位置を規定することによって、上下の構造体が板材を押圧保持でき
るようにする部材を意味するものであり、それ以上に地面等に固定されて動かない
部材である必要はない。
イ号物件は、ブーメラン107eが上側クランプビーム113と下側クランプビ
ーム104とをつないでいることにより、上側クランプビーム113を下側クラン
プビーム104に確実に押しつけて板材103を押圧保持することができるように
なっているから、ブーメラン107eは本件発明の「フレーム」に当たる。
そして、下側クランプビーム104及び上側クランプビーム113は、ブーメラ
ン107eに連結されている。
 したがって、イ号物件は、「それぞれ一つの支持体に固定されていて板材を締め
付けるための二つの保持ラム」を「フレーム」に相当するブーメラン107eが有
しているということができるから、構成要件ロを充足する。
(三)構成要件ニについて
右(二)のとおり、イ号物件の上側押さえ金型102aは本件発明の「保持ラム」
に当たり、上側クランプビーム113はその「支持体」に当たるところ、イ号物件
は、上側クランプビーム113がピン104cを中心として回動することにより上
側押さえ金型102aがピン104cを中心として円運動し、板材を押圧するもの
である。そして、上側押さえ金型102aが板材103を押さえるに当たり、垂直
方向の力の成分により板材を押圧するから、円運動の垂直方向において位置が調節
可能となっているということができる。したがって、イ号物件は、「一方の保持ラ
ムが、該保持ラムの支持体によって板材平面に対して垂直な方向で調節可能」であ
るということができる。
なお、後記2(三)のとおり、被告は、本件発明は、板材を曲げるとき、「曲げ工
具の駆動装置」からの力が「保持ラム」、「対向工具としての保持ラムの支持体」
及び「曲げ工具」だけにかかり、それ以外の部材にかからないことに特徴があると
ころ、イ号物件では、板材を下から上に曲げるとき、上側クランプビーム113に
力が加われば、連結されている別の部材(下側クランプビーム104)にも力がか
かることになると主張するが、本件発明において、「それ以外の部材に力がかから
ない」とは、保持ラムを傾斜させるような力がかからないという意味である。イ号
物件では、上側クランプビーム113を下側クランプビーム104の立ち上がり部
104bにピン104cでピン止めしているが、上側押さえ金型(保持ラム)と、
C字状ベンドビーム(曲げ工具)と、上側クランプビーム(保持ラムの支持体)と
の間で力の短絡が形成されるのであり、ピン104cを介して上側クランプビーム
113に下側クランプビーム104が連結されていることが右の力の短絡を妨げ、
保持ラムを傾斜させる力をかけるものではないから、イ号物件は本件発明の右の特
徴を有する。
したがって、イ号物件は、構成要件ニを充足する。
(四)構成要件ヘについて
(1)イ号物件のC字状ベンドビーム偏心駆動装置111は、本件発明の「曲げ工具
の、板材平面に対してほぼ平行な方向で作用する駆動装置」に当たる。
イ号物件において、板材103を下側に曲げるときは、下側押さえ金型102b
が「対向工具として使用される保持ラム」に当たるから、下側クランプビーム10
4が「対向工具として使用される保持ラムの支持体」に当たるところ、C字状ベン
ドビーム偏心駆動装置111は、下側クランプビーム104に支持されている。
したがって、イ号物件は、板材103を下側に曲げるときに、「曲げ工具の、板
材平面に対してほぼ平行な方向で作用する駆動装置が対向用具として使用される保
持ラムの支持体に支持されている」ことになる。
(2)イ号物件において、板材103を上側に曲げるときは、上側押さえ金型102
aが「対向工具として使用される保持ラム」に当たるから、上側クランプビーム1
13が「対向工具として使用される保持ラムの支持体」に当たる。また、上側クラ
ンプビーム113は、その後方において、下側クランプビーム104とピン104
cによって接続されており、その結果、C字状ベンドビーム偏心駆動装置111を
支持している下側クランプビーム104の立ち上がり部104bが右側に押される
力を受けたとき、上側クランプビーム113もその力を受け止めて支持するように
なっている。
したがって、イ号物件は、板材103を上側に曲げるときに、「曲げ工具の、板
材平面に対してほぼ平行な方向で作用する駆動装置が対向用具として使用される保
持ラムの支持体に支持されている」ことになる。
(3) 本件発明において「曲げ工具の駆動装置」が「対向工具としての保持ラムの支
持体」に支持されていることによる作用効果は、対向工具としての保持ラムの支持
体又はその延長部が「曲げ工具の駆動装置」からの力で変形し、「曲げ工具の駆動
装置」を支持している部分が外側へ曲げられて変位することにより、板材を押圧保
持する保持ラムが外側に曲げられないようになっていることである。イ号物件で
は、板材を下に押し曲げるとき、下側クランプビーム104及びその立ち上がり部
104bは、外側に変形しており、その結果、下側押さえ金型102bが外側に押
し曲げられる量が緩和されているから、本件発明の右作用効果を奏しているという
ことができる。
(4)よって、イ号物件は、「曲げ工具の、板材平面に対してほぼ平行な方向で作用
する駆動装置が、対向工具として使用される保持ラムの支持体に支持されている」
から構成要件ヘを充足する。
2被告の主張
(一)イ号物件の構造について
(1)別紙物件目録記載1の構造の説明について
ア構造の説明の頭書部分は、ブーメラン107eを上側押さえ金型偏心装置から
除いている点は否認し、その余は認める。
 右部分は、「本装置100は板材103を縁曲げするための装置であって、以下
の下側クランプビーム104、上側クランプビーム113、ブーメラン107eを
含む上側押さえ金型偏心装置107、C字状ベンドビーム109、C字状ベンドビ
ーム横方向偏心駆動装置111、及びC字状ベンドビーム縦方向偏心駆動装置11
2を有する。」とすべきである。
イ構造の説明の(一)ないし(三)及び(五)ないし(七)は認める。
ウ構造の説明の(四)のうち、「上側押さえ金型偏心駆動装置107は上側クラ
ンプビーム113に設けられたクランク軸107a、その駆動用モータ107b、
ブラケット107c及びピン107dとによって構成されており、」との部分は否
認し、その余は認める。
 右部分は、「上側押さえ金型偏心駆動装置107は上側クランプビーム113に
設けられたクランク軸107a、その駆動用モータ107b、ブラケット107
c、ピン107d及びブーメラン107eとによって構成されており、」とすべき
である。
(2)別紙物件目録記載2の図面の説明及び同目録記載3の図面の番号の説明は、い
ずれも認める。
(二)構成要件ロについて
本件発明の「フレーム」は、それ自体動かない「本体を構成する枠組」であり、
上下の保持ラムが支持体に固定された状態で取り付けられ、それによって上下の保
持ラムが支えられるようになっているものである。
イ号物件のブーメラン107eは、クランク軸の駆動用モータを駆動することに
より、その下端104dを中心に回動するものであり、その回動により、上側クラ
ンプビーム113及びそれに取り付けられている上側押さえ金型102aを右端の
ピン104cを中心にして回動させて、上側押さえ金型102aと下側押さえ金型
102bとの間に板材103を挟むものであるから、本件発明でいえば保持ラムの
支持体を上下させる支持体の駆動装置の一部に相当するというべきであり、それ自
体動かない「本体を構成する枠組」ということはできない。
また、イ号物件のブーメラン107eは、上側クランプビーム113と下側クラ
ンプビーム104にピン止めされているだけであり、上側クランプビーム113と
下側クランプビーム104がそれぞれブーメラン107eによって支えられている
わけではない。
したがって、イ号物件には、「二つの保持ラムを有しているフレーム」は存在し
ないから、構成要件ロを充足しない。
(三)構成要件ニについて
本件発明は、「二つの保持ラムのうち少なくとも一方の保持ラムが保持ラムの支
持体によって板材平面に対して垂直な方向で調節可能であり」という構成を有する
ところ、右の「板材平面に対して垂直な方向」とは正確に「板材平面に対して垂直
な方向」を意味するものと考えるべきである。
一方、イ号物件は、上側クランプビーム113を下側クランプビーム104の立
ち上がり部104bでピン止めし、ピン104cを中心にして上側クランプビーム
113が回動することにより、保持ラムに相当する上側押さえ金型102aがピン
104cを中心にして回動するものである。したがって、上側押さえ金型102a
は、ピン104cを中心とした円運動をして上下するのであるから、「板材平面に
対して垂直な方向で調節可能」であるということはできない。
また、本件発明は、板材を曲げるとき、「曲げ工具の駆動装置」からの力が「保
持ラム」、「対向工具としての保持ラムの支持体」及び「曲げ工具」だけにかか
り、それ以外の部材にかからないところに特徴があり、「垂直な方向で調節可能」
との構成は、右の特徴を前提とするものであるところ、イ号物件では、板材を下か
ら上に曲げるとき、対向工具としての保持ラムの支持体に相当する上側クランプビ
ーム113とそうでない下側クランプビーム104がピン止めされて連結されてい
るから、上側クランプビーム113に力が加われば、連結されている別の部材(下
側クランプビーム104)にも力がかかることになり、本件発明の右の特徴を有さ
ないことになる。
したがって、イ号物件は、保持ラムが「垂直な方向で調節可能」であるとはいえ
ないから、構成要件ニを充足しない。
(四)構成要件ヘについて
(1)本件発明の「対向工具としての保持ラムの支持体に支持されている」とは、
「曲げ工具の駆動装置」が対向工具としての保持ラムの支持体に直接支持されてい
ることをいい、他のものを介して対向工具としての保持ラムの支持体に力が伝わる
ことまで含むものではない。
 イ号物件において、板材をC字状ベンドビーム109で下から上に曲げるとき、
対向工具としての保持ラムに相当するのは上側押さえ金型102aであり、対向工
具としての保持ラムの支持体に相当するものは上側クランプビーム113であると
ころ、本件発明の「曲げ工具の駆動装置」に相当するC字状ベンドビーム109の
水平駆動装置(横方向偏心駆動装置111)は、下側クランプビーム104の立ち
上がり部104bに支持されており、対向工具としての保持ラムの支持体に相当す
る上側クランプビーム113に支持されているわけではない。
イ号物件において、C字状ベンドビーム109の水平駆動装置(横方向偏心駆動
装置111)が支持されている立ち上がり部104bがピン104cにより上側ク
ランプビーム113にピン止めされていることから、C字状ベンドビーム109の
水平駆動装置からの力が立ち上がり部104b及びピン104cを通じて上側クラ
ンプビーム113に伝えられるとしても、本件発明の「対向工具としての保持ラム
の支持体に支持されている」の意味は、前記のとおりであるから、C字状ベンドビ
ーム109の水平駆動装置が上側クランプビーム113に支持されているとはいう
ことはできない。
(2)イ号物件において、板材をC字状ベンドビーム109で上から下に曲げると
き、下側押さえ金型102bは対向工具としての保持ラムに相当し、下側押さえ金
型102bは下側クランプビーム104に取り付けられ、C字状ベンドビーム10
9の水平駆動装置(横方向偏心駆動装置111)は下側クランプビーム104の立
ち上がり部104bに取り付けられているが、下側クランプビーム104及び立ち
上がり部104bは、本件発明の「対向工具としての保持ラムの支持体」というこ
とはできない。なぜならば、イ号物件の下側クランプビーム104は、据え付けの
基礎にボルト等で固定されており、C字状ベンドビーム109の水平駆動装置(横
方向偏心駆動装置111)からの力等によってもほどんど変形せず、水平方向の位
置がほとんど変わらないし、また、下側クランプビーム104に溶接固着されてい
る立ち上がり部104bも、C字状ベンドビーム109の水平駆動装置(横方向偏
心駆動装置111)からの力がかかってもほとんど変形せず、位置もほとんど変わ
らないところ、このような下側クランプビーム104及び立ち上がり部104bに
ついては、原告主張に係る前記1(四)(3)の作用効果を生じないからである。
(3)よって、イ号物件は、「曲げ工具の駆動装置が対向工具としての保持ラムの支
持体に支持されている」ということができないから、構成要件ヘを充足しない。
二原告の損害
1原告の主張
(一)サルバニーニ社は、平成二年一二月二八日、合併によりイタリア国法人サル
ヴァニーニトランスフエリカエスペーアー(以下「トランスフエリカ社」
という。)の一切の権利義務を包括承継し、同日、本件発明に係る特許を受ける権
利を取得した。平成四年五月二五日、右合併を原因としてトランスフエリカ社から
サルバニーニ社に対して本件特許権の移転登録がされた。
(二)被告は、平成六年一〇月から平成九年七月までの間に、イ号物件を一五台製
造販売した。一台当たりの販売価格は八〇〇〇万円であるので、原告は、合計一二
億円の売上げを得た。
本件発明の実施料は、売上げに対する五パーセントが相当である。
したがって、サルバニーニ社は、被告の右行為によって実施料相当額である六〇
〇〇万円の損害を被ったから、被告に対し、六〇〇〇万円の損害賠償請求権を有す
る。
(三)原告とサルバニーニ社は、平成六年三月九日、営業譲渡契約を締結し、同契
約において、サルバニーニ社は、原告に対し、本件特許権に基づくすべての債権を
譲渡した。
(四)サルバニーニ社は、被告に対し、平成九年九月一三日、同日到達した内容証
明郵便により右(三)の債権譲渡を通知した。
(五)よって、原告は、サルバニーニ社から譲り受けた損害賠償請求権に基づき、
被告に対し、損害金六〇〇〇万円及び不法行為の後である平成九年一〇月八日から
支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2被告の主張
原告の主張を争う。
第四 当裁判所の判断
一 争点一(イ号物件の本件発明の技術的範囲への属否)について
1 本件発明について
(一) 証拠(甲二)によると、本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」とい
う。)に次の記載があることが認められる。
(1) 産業上の利用分野
 「本発明は、板材を縁曲げするための装置であって、それぞれ1つの支持体に固
定されていて板材を締付けるための2つの保持ラムを有しているフレームと、板材
平面に対してほぼ平行な方向と、該板材平面に対して垂直な方向との2つの方向で
運動可能に支承された少なくとも1つの曲げ工具とから成っており、前記2つの保
持ラムのうち少なくとも一方の保持ラムが、該保持ラムの支持体によって板材平面
に対して垂直な方向で調節可能であり、さらに前記曲げ工具が両方の運動方向のた
めのそれぞれ1つの駆動装置を有していてかつ対向工具としての保持ラムと協働す
る形式のものに関する。」(本件公報2欄17行ないし3欄6行)
(2) 従来技術
 「前述の形式の公知の装置のばあい、曲げ工具はフレームに支承されていてかつ
駆動装置によって運動可能であり、該駆動装置はやはりフレームに支持されてい
る。このことは、曲げ工程中に工作物(板材)にわたって摩擦接続によって結合さ
れている保持ラムが、とりわけ板材平面に対して平行な方向で作用する曲げ工具の
駆動装置によって曲げ工程中に曲げ負荷を受けることを意味しており、このばあい
駆動装置がフレームに支持されているために保持ラムはフレームから押し離され、
このことによって板材平面に対して垂直な方向で調節される保持ラムがフレームガ
イド部材内で傾くことになる。曲げ縁の長さにわたって一定の曲げ角を保証するた
めに、保持ラムが外側へ曲げられることをできる限り排除しなければならないの
で、相応する強さの構造体を提供しようとする。しかしこのように強い構造体は、
これに関連して費用が高なるにもかかわらず曲げ負荷時の保持ラムのゆがみを阻止
することはできない。」(本件公報3欄8行ないし26行)
(3) 発明が解決しようとする課題
 「本発明の課題は、・・・強い構造体を形成する必要なしに、曲げ工程中に生ぜ
しめられる曲げ力によって保持ラムが不都合に外側へ曲げられることを著しく阻止
することができるような、板材を縁曲げするための装置を提供することである。」
(本件公報3欄28行ないし33行)
(4) 課題を解決するための手段
 「前述の課題を解決するために本発明の構成では、曲げ工具の、板材平面に対し
てほぼ平行な方向で作用する駆動装置が、対向工具として使用される保持ラムの支
持体に支持されているようにした。」(本件公報3欄35行ないし39行)
(5) 発明の効果
 「曲げ工程時には、曲げ縁を規定しかつそれ故に曲げ工具のための対向工具とし
て役立つ方の保持ラムが、板材平面に対してほぼ平行な方向で作用する曲げ工具の
駆動装置によって特に負荷される。そこで、対向工具として役立つ保持ラムのため
の支持体にこのような駆動装置を支持することによって、保持ラムと、板材平面に
対して平行な方向で作用する駆動装置を有する曲げ工具と、保持ラムの支持体との
間である程度の力の短絡が形成されるようにする。このことによって、曲げ負荷時
に生じる力がかかる前記の部材以外の構造部材はこのような力によって負荷されな
い。このことによって、保持ラムはフレームから押し離されないので、例えば板材
平面に対して垂直な方向で調節される保持ラムがフレームガイド内で傾斜しないと
いう利点が得られる。要するに、対向工具として形する保持ラムの支持体に、板材
平面に対してほぼ平向な方向で作用する曲げ工具駆動装置を支持することによっ
て、相応する曲げ応力を受けるばあいに対向工具として役立つ保持ラムと曲げ工具
駆動装置の支持部とが互いに離れる方向で曲げ変形することができる。ところで、
保持ラムの位置はフレームによって固定されているので、前述のような避けられな
い変形はフレームに対して相対的に曲げ工具駆動装置の支持部を外側へ曲げること
になり、このことによって保持ラムによって与えられる曲げ縁の所望の延びが保証
される。このばあい、保持ラムもしくはその支持体とフレームとの結合部は、駆動
装置によって生ぜしめられる力がフレームに伝達されないので著しい負荷を受けな
い。」(本件公報3欄41行ないし4欄27行)
(二)(1)右認定の事実に本件明細書の実施例の記載を合わせ考慮すると、本件発明
は、板材を縁曲げするための装置であって、それぞれ一つの支持体に固定されてい
て板材を締め付けるための二つの保持ラムを有しているフレームと、板材平面に対
してほぼ平行な方向と垂直な方向との二つの方向で運動可能に支承された少なくと
も一つの曲げ工具とからなっており、右二つの保持ラムのうち少なくとも一方の保
持ラムが、当該保持ラムの支持体によって板材平面に対して垂直な方向で調節可能
であり、さらに右曲げ工具が両方の運動方向のためのそれぞれ一つの駆動装置を有
しており、かつ対向工具としての保持ラムと協働する形式の装置に関するものであ
ること、このような形式の従来装置においては、板材平面に対して平行な方向で作
用する曲げ工具の駆動装置がフレームに支持されているため、曲げ工程中に、対向
工具として使用される保持ラムが曲げ工具の駆動装置によって曲げ負荷を受ける
と、板材平面に対して垂直な方向で調節される保持ラムの垂直方向の調節部分(保
持ラムの支持体とフレームとの結合部)に曲げ負荷による板材平面に対して平行な
方向の力(以下「水平方向の力」という。)が作用し、保持ラムがフレームから押
し離され、フレームガイド部材内で傾くという欠点があったこと、本件発明は、右
欠点を排除するため、右形式の板材を縁曲げするための装置において、板材平面に
対してほぼ平行な方向で作用する曲げ工具の駆動装置を、対向工具として使用され
る保持ラムの支持体に支持すること(構成要件ヘ)により、当該保持ラムと、板材
平面に対して平行な方向で作用する駆動装置を有する曲げ工具と、当該保持ラムの
支持体との間である程度の力の短絡を形成するようにし、そのような「力の短絡」
を形成することにより、板材平面に対して垂直な方向で調節される保持ラムの垂直
方向の調整部分に曲げ負荷時に生じる水平方向の力が作用しないようにしたもので
あること、本件発明の装置では、板材平面に対して垂直な方向で調節される保持ラ
ムは、垂直方向の調節部分に曲げ負荷による水平方向の力が作用しないためフレー
ムから押し離されず、右欠点が除かれること、以上のとおり認められる。
 なお、右効果の記載のうち、「要するに、対向工具として形する保持ラムの支持
体に、板材平面に対してほぼ平向な方向で作用する曲げ工具駆動装置を支持するこ
とによって、相応する曲げ応力を受けるばあいに対向工具として役立つ保持ラムと
曲げ工具駆動装置の支持部とが互いに離れる方向で曲げ変形することができる。と
ころで、保持ラムの位置はフレームによって固定されているので、前述のような避
けられない変形はフレームに対して相対的に曲げ工具駆動装置の支持部を外側へ曲
げることになり、このことによって保持ラムによって与えられる曲げ縁の所望の延
びが保証される。」という部分は、本件明細書の実施例の「曲げ工程中に上方の保
持ラム2と湾曲状の延長部13との間で作用する、駆動装置11の力が、保持ラム
の曲げ負荷、並びに湾曲状の延長部13の曲げ負荷を制限し、このばあい支持体5
を介する力の短絡のために曲げ強さの小さい構造部分がたわむ傾向がある。しか
し、生ぜしめられる曲げ力に基づくこのようなたわみは、フレーム1に対する保持
ラム2の相対的な位置に不都合な影響を及ぼさない。これは、保持ラム2の支持体
5がフレーム1のガイド部材6によって固定されていて、かつその結果変形が湾曲
伏の延長部13の変位によってのみ生ぜしめられ、しかしこのことは保持ラムの支
承部に関係しないからである。このことによって、生ぜしめられる変形にもかかわ
らず、重い、曲げ安定性の構造体を望むことなしに、真直ぐな曲げ縁が保証され
る。」という記載(本件公報7欄5行ないし20行)等を併せて考慮すると、板材
に曲げ力を作用させると、「力の短絡」を生じた、保持ラム、板材平面に対して平
行な方向で作用する駆動装置を有する曲げ工具、保持ラムの支持体のうち、弱い構
造部分がたわむことがあるが、それは、板材平面に対して垂直な方向で調節される
保持ラムの垂直方向の調節部分(保持ラムの支持体とフレームとの結合部)には影
響を及ぼさないから、保持ラムが外側に傾くことはないという趣旨であると解され
るから、右認定に沿う記載であるということができる。
(2)右(1)に認定したところによると、本件発明は、板材平面に対して垂直方向に
調節される保持ラムが対向工具として使用されるときに、その垂直方向の調節部分
に曲げ負荷による水平方向の力が作用し、当該保持ラムの垂直方向の調節部分に傾
きを生ずるという従来装置の技術課題を解決するため、板材平面に対してほぼ平行
な方向で作用する曲げ工具の駆動装置を、対向工具として使用される保持ラムの支
持体に支持すること(構成要件ヘ)により、垂直方向に調節される保持ラムの垂直
方向の調節部分に曲げ負荷による水平方向の力が作用しないようにしたものである
と認められる。
2右1を前提として、イ号物件が構成要件ヘを充足するかどうかについて判断す
る。
(一)構成要件ヘは、「曲げ工具の、板材平面に対してほぼ平行な方向で作用する
駆動装置が、対向工具として使用される保持ラムの支持体に支持されていることを
特徴とする」というものであるところ、右1(二)に認定した本件発明の内容に照ら
すと、右の「対向工具として使用される保持ラム」とは、板材平面に対して垂直方
向に調節される保持ラムが対向工具として使用されるときの当該保持ラムを意味す
るものと解され、右の「曲げ工具の、板材平面に対してほぼ平行な方向で作用する
駆動装置が、対向工具として使用される保持ラムの支持体に支持されている」と
は、垂直方向に調節される保持ラムが対向工具として使用されるときの当該保持ラ
ムと、板材平面に対して平行な方向で作用する駆動装置を有する曲げ工具と、右保
持ラムの支持体との間で曲げ負荷時の力の短絡を形成し、これにより右保持ラムの
垂直方向の調整部分に曲げ負荷時に生じる水平方向の力が作用しないように右駆動
装置が右保持ラムの支持体に連結されていることを意味するものと解される。
(二)イ号物件は、別紙物件目録記載1の構造の説明のうちのブーメラン107e
が上側押さえ金型偏心装置107に含まれるかどうかとの点を除き、その構造が同
目録記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
右争いのない事実と弁論の全趣旨によると、イ号物件のC字状ベンドビーム10
9は本件発明の「曲げ工具」に当たり、C字状ベンドビーム109横方向偏心駆動
装置111は「曲げ工具の、板材平面に対してほぼ平行な方向で作用する駆動装
置」に当たること、イ号物件は、駆動モータ107bの駆動によりブラケット10
7cがクランク軸107aの回りを回動するとブーメラン107eがピン104d
を支点として回動し、この回動によりブーメラン上端とクランク軸107aを介し
て連結されている上側クランプビーム113がピン104cを支点として回動し、
上側押さえ金型102aを板材103の平面に対して斜め上下に駆動させ、下側押
さえ金型102bとで板材103を押圧保持するものであること、下側押さえ金型
102bは下側クランプビーム104に取り付け固定されており、下側クランプビ
ーム104はイ号物件の据え付けの基礎にボルト等で固定されていることから、下
側押さえ金型102bは固定され、垂直方向に調節されるものではないこと、イ号
物件において、板材を上から下に曲げるときは、下側押さえ金型102bが対向工
具として使用され、板材を下から上に曲げるときは、上側押さえ金型102aが対
向工具として使用されること、以上の事実が認められる。
(三)右(二)で述べたところに基づき、まず、イ号物件において、板材を上から下
に曲げるときに構成要件ヘを充足するかどうかを検討するに、このとき対向工具と
して使用されるのは下側押さえ金型102bであるが、下側押さえ金型102bは
下側クランプビーム104に固定され、垂直方向に調節されるものではないから、
構成要件ヘにいう「対向工具として使用される保持ラム」には当たらない。したが
って、イ号物件において、板材を上から下に曲げるときは、構成要件ヘの「対向工
具として使用される保持ラム」が存在しないから、イ号物件は、構成要件ヘを充足
しない。
次に、イ号物件において、板材を下から上に曲げるときに構成要件ヘを充足する
かどうかを検討するに、このとき対向工具として使用されるのは上側押さえ金型1
02aである。上側押さえ金型102aは、右(二)認定のとおり板材平面に対して
斜め上下に動くものであって、その動きの中には、垂直方向の動きが含まれている
から、板材平面に対して垂直方向に調節されるものということができる(これに反
する構成要件ニについての被告の主張は採用できない。)。したがって、上側押さ
え金型102aは、構成要件ヘにいう「対向工具として使用される保持ラム」に当
たるものと認められる。また、上側押さえ金型102aは、上側クランプビーム1
13がピン104cを支点として回動することにより斜め上下に動くものであるか
ら、上側押さえ金型102aを垂直方向に調整する部分に当たるのは、ピン104
cであると認められる。
しかるところ、前記争いのないイ号物件の構造によると、イ号物件において、板
材を下から上に曲げるとき、曲げ負荷による水平方向の力は、上側押さえ金型10
2aから上側クランプビーム113を経てピン104cに作用するものと認めら
れ、これによると、イ号物件は、「対向工具として使用される保持ラム」の垂直方
向の調整部分(ピン104c)に曲げ負荷時に生じる水平方向の力が作用するもの
ということができるから、イ号物件は、「曲げ工具の、板材平面に対してほぼ平行
な方向で作用する駆動装置が、対向工具として使用される保持ラムの支持体に支持
されている」との構成を有するということはできない。
したがって、イ号物件は、板材を下から上に曲げるときも構成要件ヘを充足しな
い。
3以上のとおりであるから、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するとは認め
られない。
二以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも
理由がない。
東京地方裁判所民事第四七部
裁判長裁判官森 義之
裁判官榎戸道也
裁判官杜下弘記

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