弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告の要旨は、
 (一) 昭和三十年六月二十日午前九時の本件競売期日において最高価競買申出
をなしたのは、AであつてBではない。仮にAがBを代理する意思をもつて直接本
人の名を使用して競買申出をなしたものとしても、代理行為たることの表示もな
く、また本人の追認もないのであるから、本人たるBに対して効力を生ずべきいわ
れはない。しかのみならず、当日競売を実施した執行吏Cは、右V名義をもつて競
買申出をなした者がB本人でなくAであつたことを知つていたのであり、少くとも
これを知り得べき状態にあつたのであるから、AがBの名を使用して競買申出をな
すについては、果してAがBを代理する意思をもつてこれをなすのかどうか、その
代理資格、代理権の有無を十分調査するのが当然であるのにかかわらず、この挙に
出でなかつたのは失当である。
 (二) 競落期日は競売期日より七日を過ぐることを得ざるにかかわらず、原審
が昭和三十年六月二十日午前九時の本件競売期日から七日以上過ぎた同年九月十日
本件競落許可決定を言い渡したのは違法である。
 (三) 原審は、当初定めた昭和三十年六月二十四日午前十時の競落期日を変更
して同年九月十日午前十時の競落期日に本件競落許可決定を言い渡したのである
が、右新期日については、何ら公告もなされず、また抗告人に対して通知もなされ
なかつた。これがため抗告人は右競落期日に出頭して競落の許可について異議を申
し立てることができなかつた次第であつて、右言渡手続は違法である。
 (四) 原審は、昭和三十年六月二十日午前九時の本件新競売期日を定めるにあ
たり、最低競売価額金三百三十六万七千円を低減して金三百三万円となし、もつて
本件競売を実施したが、右低減額は相当でなく、到底適正なる最低競売価額という
ことができない。
 (五) 本件競売の目的たる宅地は、実測三千四百十七坪であるにかかわらず、
本件競売及び競落期日の公告にこれを表示するに当り漫然登記簿記載のとおり三千
三百六十七坪と記載するに止め、実測坪数を記載しなかつたのは、ひつ竟適正なる
不動産の表示がなかつたものというのほかなく、これがため最低競売価額も金三百
三十六万七千円(一坪につき金千円の割合)と決定せられ、抗告人は損失を被るに
いたつた。
 (六) 本件競売事件については、抗告人は、昭和三十年三月三日競売手続開始
決定に対する異議の申立をなした。このような場合、競売裁判所はなるべく早く右
異議申立に対する裁判をなすか、または場合により競売手続を停止する措置をとる
べきであるにかかわらず、原裁判所は漫然競売手続を進行し、まだ異議申立に対す
る裁判がないのにかかわらず本件競落許可決定をなしたのは違法である。
 (七) 債権者Bは、昭和二十九年九月二十四日抗告人に対し、金六百二十八万
千九百円を、弁済期同年十月十五日、利息年一割五分、弁済期後の遅延損害金日歩
八銭二厘の定めで貸し渡し、これが担保として同日抗告人から本件競売の目的たる
不動産に対し抵当権の設定を受けたとして、右抵当権実行のため本件競売の申立を
なしたが、抗告人は、Bからかかる金員を借り受けたことなく、また同人に対しか
かる抵当権を設定したこともない。右は抗告人がさきにBの鋼管株式会社に対して
交付した抗告人名義の委任状並びに印鑑証明書を冒用してなしたものである。すな
わち、抗告人は、かねてから同会社と相互に約束手形を交換して金融上の操作をな
していたところ、昭和二十九年九月頃の中間計算において、抗告人は、同会社に対
し金四百数十万円の債務を負担するにいたつたので、その頃同会社代理人Dの申出
により、単に同会社の信用保持上その取引先である株式会社大和銀行福島支店に見
せるだけに使用するという約定の下に抗告人名義の委任状並びに印鑑証明書を同人
に交付した。しかるに同会社は、ほしいままにこれを使用して債権者をBとし、弁
済期、利息等を勝手に定め、本件抵当権設定登記をなしたのであつて、右は毫も抗
告人の関知するところでないので、これが実行としてなされた本件競売手続は許す
べき限りでない。
 以上いずれの理由からしても本件競落はこれを許すべきでないので、ここに原決
定を取り消しさらに相当の裁判をなすことを求める。
 というにあつて、証拠として、E作成名義並びにF作成名義の証明書各一通を提
出した。
 しかしながら、
 (一) 記録編綴の長野地方裁判所松本支部執行吏Cの作成にかかる昭和三十年
六月二十日附競売調書によれば、同執行吏は、同日午前九時本件競売期日を開き、
競買価額申出を催告したところ、Bから金三百三万円をもつて競買申出があつたほ
か、他に競買申出をする者がなかつたので、同人をもつて最高価競買人と定め、そ
の氏名並びに最高価額を呼び上げた後、同日午前十時二十五分競売の終局を告知し
にことが明らかであつて、抗告人は、Bは同日競売の場所に出頭せず、右競買の申
出はAがBの氏名を使用してなしたものであると主張するけれども、抗告人提出の
証拠方法によるも未だ右事実を認めるに足らず、他に右事実を認むべき証拠がな
い。よつて抗告人の抗告理由(一)は理由がない。
 <要旨第一>(二) 競売法第三十二条民事訴訟法第六百六十条第一項によれば、
競落期日は競売期日より七日を過ぐることを得ない旨規定しているが、
これは競売手続の迅速を期するため設けられた規定であつて、固より訓示的なもの
であり、従つてこの制限に従わない競売期日であつても無効ではない。もしこれを
厳格に解釈するならば、競売期日を開いて競売を実施した後競落期日前に競売停止
の仮処分または民事訴訟法第五百四十四条第一項、第五百二十二条第二項に基く競
売手続一時停止の命令等があり、後に右停止の事由が止んだような場合には、新た
に競売期日を指定してさきに実施した競売の結果に基き競落許否の裁判をなすこと
を要するにかかわらず、多くの場合競落期日についての右期間の遵守は不可能とな
るであろう。もつてその訓示規定たることを知るべきである。よつて抗告人の抗告
理由(二)は理由がない。
 (三) 原審が本件競売及び競落期日公告に記載した昭和三十年六月二十四日午
前十時の競落期日を変更して同年九月十日午前十時の競落期日に本件競落許可決定
を言い渡したことは、抗告人所論のとおりであるけれども、<要旨第二>記録によれ
ば、原審は競売期日を開いて競売を実施した後昭和三十年六月二十三日前記競落期
日の変更決定をなし、次回期日は追て指定することとなし、その後同年
九月三日本件競落期日を昭和三十年九月十日午前十時と指定し、同日当事者並びに
利害関係人に対しその旨の通知をなしたことが明らかであつて、仮にかかる通知が
なかつたとしても、利害関係人に対し競落期日の通知をなすことは必ずしも必要で
なく、(競売法第二十七条第二項参照)また競落期日のみの公告をなすこともその
根拠を発見することができないので、公告を要しないものとなすを相当とすべく、
従つて本件競落許可決定の言渡手続には所論のような違法なく、抗告人の抗告理由
(三)は理由がない。
 (四) 競売期日に相当の競買申出のないときは、裁判所は、さらに期日を定め
て競売をなすべく、この場合においては、民事訴訟法第六百四十九条第一項の規定
を害しない限りは、裁判所は、その意見をもつて最低競売価額を相当に低減するこ
とをうることは、競売法第三十一条民事訴訟法第六百七十条第一項の明定するとこ
ろであつて、本件において、競売裁判所が当初の最低競売価額金三百三十六万七千
円を低減して金三百三万円となしたことは、所論のとおりであるけれども、これは
原裁判所がその自由なる意見をもつて低減したのであつて、本件競売手続実施の経
過からみて、その低減の割合が約一割であつてその額が金三十三万七千円であるこ
とを考慮に容れるも、これをもつて不当であるとなすべき理由はない。よつて抗告
人の抗告理由(四)は理由がない。
 (五) 本件競売の目的たる宅地が実測三千四百十七坪であることは、これを認
むべき証拠がないばかりでなく、仮に所論のとおりとしても、その公簿上の坪数と
の相違は五十坪であつて、公簿上の坪数三千坪以上の宅地において、かかる相違
は、これを競売及び競落期日の公告に記載しなかつたからといつて、競売の目的不
動産を特定表示するに何ら欠けるところなく、また、競買申出人が競買申出をなす
につき重大なる影響を及ぼすものともみられないので、本件競売及び競落期日の公
告に公簿上の坪数のみを記載して実測坪数を記載しなかつたからといつて、これを
違法であるとなすことができず、抗告人の抗告理由(五)は理由がない。
 <要旨第三>(六) 不動産の競売手続開始決定に対して異議の申立あるもこれが
ため当然競売手続を停止するものでなく、またかかる異議の申立があつ
た場合、これに対する裁判をなした後でなければ競落許可決定をなすことができな
い旨の規定もないので、原審が所論の異議の申立に対し裁判をなす前に競落許可決
定をなしたからといつて、これを違法であるとなすことはできない。競売手続開始
決定に対する異議の申立は競落許可決定前に限らず、その後でも競売手続が完結し
ない限り申し立てることができるのであるから、競落許可決定前に申し立てた異議
でも、競売手続完結前にこれが裁判をなせばよいのである。また競売手続開始決定
に対する異議の申立があつた場合、競売裁判所は、競売手続を一時停止する旨の命
令を発することを得ることは、民事訴訟法第五百四十四条第一項第五百二十二条第
二項の明定するところであるけれども、原審がかかる命令を発しなかつたからとい
つてこれを違法となすことはできない。従つて抗告人の抗告理由(六)は理由がな
い。
 (七) 本件記録に添附せられた長野地方裁判所松本支部昭和三十年(ヲ)第二
六号執行方法に関する異議事件の記録編綴の甲第一ないし第七号証、並びに債権者
B代理人G審問の結果及び本件競売申立書添附の登記簿謄本を綜合すれば、抗告人
は、Bの鋼管株式会社に対し甲第一ないし第五号証の約束手形五通(この手形金額
合計金六百四十三万六千九百円)を振り出し満期に呈示を受けながらこれが支払を
なさなかつたこと、これら手形は同会社と抗告人が金融の操作をなすため相互に約
束手形を振り出して交換したものであるが、右五通に対応する同会社振出の約束手
形はすべて同会社においてこれが支払をなしたので、同会社は抗告人に対し右五通
の手形金の支払を求めうべきこと、その後同会社は満期後である昭和二十九年九月
二十二日右約束手形五通を債権者Bに裏書譲渡したこと、抗告人は同年九月二十四
日Bに対し右手形に基く金六百二十八万千九百円の債務を負担せることを認め、こ
れを目的として弁済期同年十月十五日利息年一割五分、弁済期後の遅延損害金日歩
八銭二厘と定めて準消費貸借を締結し、かつこれが担保として本件不動産に対し抵
当権を設定した事実を認めうべく、抗告人は、右消費貸借並びに抵当権設定は抗告
人の関知しないものであると主張するけれども、これを認むべき証拠がない。従つ
て抗告人の抗告理由(七)もまた理由がない。このように抗告人の抗告理由はすべ
て理由なく、その他記録を精査するも原決定取消の理由となすに足る瑕疵を発見す
ることができないので、抗告人の抗告を理由なしとし、主文のとおり決定した。
 (裁判長判事 大江保直 判事 草間英一 判事 猪俣幸一)

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