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平成18年(行ケ)第10420号審決取消請求事件
平成19年5月10日判決言渡,平成19年4月19日口頭弁論終結
判決
原告エコラボインク
訴訟代理人弁理士池内寛幸,林孝
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人渋谷善弘,田良島潔,山本章裕,田中敬規
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
「特許庁が不服2003−19708号事件について平成18年6月9日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2事案の概要
本件は,原告が,特許の拒絶査定不服審判請求について,審判請求不成立の審決
を受けたため,同審決の取消しを求めている事案である。
1特許庁等における手続の経緯
(1)本件出願(甲1,2)
出願人:エコラボインク(原告)
特許出願日:平成7年12月12日(優先権主張1995年3月21日米国)
発明の名称:「自動最適化洗剤制御装置」
出願番号:特願平8−521656号(国際出願番号PCT/US95/159
61号)
(2)本件手続
拒絶査定日:平成15年8月12日
審判請求日:平成15年10月8日(不服2003−19708号)
手続補正日:平成18年4月17日(甲3)
審決:平成18年6月9日(不成立)
審決謄本送達:平成18年6月22日
2本願発明の要旨(甲3)
平成18年4月17日付の手続補正による補正後のもの。
「【請求項1】
洗浄装置における少なくとも1つの可変添加剤濃度レベルを制御するための装置
であって,
クロック信号(22)を供給するためのタイマー手段(20)と,
ユーザー入力装置(8)から入力される特定の添加剤濃度設定値(14),ユー
ザー時間設定値(16),および処理手段(10)に指示を与えるためのユーザー
制御パラメータ(18)を含むユーザー設定入力を確認し,さらにシステムパラメ
ータを確認するための確認手段(10)と,
前記タイマー手段(20)および前記確認手段(10)に結合され,前記クロッ
ク信号,前記ユーザー設定入力,および前記システムパラメータに基づいてフレキ
シブルな濃度設定値を計算する前記処理手段(10)と,
前記処理手段(10)に結合され,計算された前記フレキシブルな濃度設定値を
前記処理手段から受け取り,前記添加剤濃度が前記計算されたフレキシブルな濃度
設定値に達するまで前記添加剤を供給するために調節手段(6)を自動的に制御す
る制御信号を生成するための制御手段(10)と,
前記制御手段に結合され,前記制御手段からの前記制御信号に基づいて前記添加
剤濃度レベルを調節するための調節手段(6)とを備えたことを特徴とする装置。
【請求項2】
前記処理手段は,前記洗浄装置の固有の操作履歴に基づいて前記フレキシブルな
濃度設定値を計算するように構成された請求項1記載の装置。
【請求項3】
前記処理手段は,前記ユーザ設定入力および前記クロック信号に基き,前記フレ
キシブルな濃度設定値の連続的な更新を時間の関数として,前記フレキシブルな濃
度設定値を計算する請求項1記載の装置。
【請求項4】
前記処理手段は,対応する初期設定値と関連した少なくとも1つの前記ユーザ時
間設定値に基き,前記フレキシブルな濃度設定値の連続的な更新を処理工程の関数
として,前記フレキシブルな濃度設定値を計算する請求項1記載の装置。
【請求項5】
前記処理手段は,前記ユーザ設定入力,前記クロック信号,および前記制御パラ
メータに基き,前記フレキシブルな濃度設定値の連続的な更新を測定値入力(2
8)の関数として,前記フレキシブルな濃度設定値を計算する請求項1記載の装
置。
【請求項6】
前記制御パラメータは少なくとも1つの経過時間であり,前記処理手段はさら
に,前記制御パラメータ,前記経過時間,および前記クロック信号に基き,前記フ
レキシブルな濃度設定値の連続的な更新を所定の時点からの経過時間の関数とし
て,前記フレキシブルな濃度設定値を計算する請求項1記載の装置。」
3審決の理由の要旨
審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件特許出願の請求項に係る
発明の構成が明確であるとはいえず,その発明の詳細な説明の項には,請求項に係
る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていると認めることが
できないから,特許法36条4項及び6項の要件を満たしていないというものであ
る。
「3.当審の判断
(1)請求項1の記載について
(1−1)平成18年4月17日付の手続補正により補正された請求項1の記載内容は次の
とおりである。
(上記2の【請求項1】の記載のとおりにつき省略)
(1−2)請求項1の,「システムパラメータを確認するための確認手段(10)」および
「前記システムパラメータに基づいてフレキシブルな濃度設定値を計算する」という記載によ
れば,「システムパラメータ」なるものが,確認可能であり,フレキシブルな濃度設定値の計
算に寄与し得るものであることが窺えるが,「システムパラメータ」自体は,どのようにして
導き出すことができ,また,その構成内容が如何なるものであるのか全く不明であるといわざ
るを得ない。
また,請求項2∼6の記載を見ても,システムパラメータに関しては何ら定義されていな
い。
そこで,明細書の記載を参酌するに,「システムパラメータ」に関しては,4頁19行に
「システムパラメータの同定に基づき」という記載があり,同頁21∼25行に「システムパ
ラメータを確認するための手段,システムパラメータに基づき設定値を決定するための処理能
力,その設定値に基づきレギュレータを制御するための信号を発生させる制御装置,及び添加
剤の注入を制御するレギュレータを備えている。」と記載されているのみであって,これら明
細書中の記載及び図面を見ても,「システムパラメータ」が如何なるものなのか,その内容は
不明である。
したがって,本願請求項に係る発明の構成が明確であるとはいえない。
なお,この点に付き請求人は,平成18年4月17日付意見書の1頁33∼39行(2.補
正の説明及びその根拠(1))において,「明細書の6頁25行∼7頁1行には,制御パラメ
ータ18が,「濃度設定値」を割り出すために,「特定の操作履歴情報,時間関数を基にマイ
クロプロセッサ10により判断される濃度設定値の継続的更新,マイクロプロセッサ10への
測定入力28,他のユーザー設定に基づく経過時間,または処理工程の設定値の継続的更新な
ど」を利用するようにマイクロプロセッサ10に指示するものであることが記載されていま
す。それらの情報は,当業者には,添加剤濃度の制御に用いられるパラメータと知られてお
り,システムパラメータがそのようなパラメータを意味することも明白です。」と主張してい
る。
しかしながら,「濃度設定値」を割り出すために利用される上記のものが,添加剤濃度の制
御に用いられるパラメータとして当業者に知られているとする証拠は示されておらず,また,
明細書中には,上記のとおり記載されているのみであり,それらのものがシステムパラメータ
を意味するものとする記載,あるいは,それを示唆する記載はないので,上記請求人の主張は
採用できない。
(1−3)請求項1の「前記システムパラメータに基づいてフレキシブルな濃度設定値を計
算」および「前記処理手段(10)に結合され,計算された前記フレキシブルな濃度設定値を
前記処理手段から受け取り,前記添加剤濃度が前記計算されたフレキシブルな濃度設定値に達
するまで前記添加剤を供給する」という記載によれば,添加剤の濃度がシステムパラメータに
基づいて計算されるものであることが窺えるが,システムパラメータを用いたフレキシブルな
濃度設定値計算手段の構成は不明である。
そして,請求項2∼6には,フレキシブルな濃度設定値に関して,「洗浄装置の固有の操作
履歴に基づいて」(請求項2),「ユーザ設定入力およびクロック信号に基き,フレキシブル
な濃度設定値の連続的な更新を時間の関数として」(請求項3),「対応する初期設定値と関
連した少なくとも1つのユーザ時間設定値に基き,フレキシブルな濃度設定値の連続的な更新
を処理工程の関数として」(請求項4),「ユーザ設定入力,クロック信号,および制御パラ
メータに基き,フレキシブルな濃度設定値の連続的な更新を測定値入力(28)の関数とし
て」(請求項5),「制御パラメータ,経過時間,およびクロック信号に基き,フレキシブル
な濃度設定値の連続的な更新を所定の時点からの経過時間の関数として」,それぞれ計算する
ものと記載されているが,システムパラメータを用いたフレキシブルな濃度設定値計算手段の
構成は不明である。
そこで,明細書の記載を参酌するに,4頁26∼28行に「本発明の一つの目的は,多くの
様々な要因に基づいてユーザーが異なった設定値を選択できることにより,ユーザーにフレキ
シビリティを提供することである。」と記載され,6頁3∼6行に,「同様に,設定値の決定
においてフレキシビリティを持たせることにより,洗浄装置は,マイクロプロセッサにより継
続的にまたは一日のうちのある一定時間により計算する場合でもその他の方法により計算する
場合でも最も効果的にプログラムすることができる。」と記載されているものの,濃度設定値
のどこにどのようなフレキシビリティが与えられるものであるのか,またその値をどのように
フレキシビリティを持たせて決定するのかは何ら具体的に記載されておらず,システムパラメ
ータを用いた濃度設定値計算手段の構成は不明であるといわざるを得ない。
したがって,この点においても本願請求項に係る発明の構成が明確であるとはいえない。
なお,請求人は,上記意見書の3頁22∼36行(3.拒絶理由について(1)の第5∼8
段落)において,「「システムパラメータ」は,補正(1)の根拠の記載において述べたとお
り,「特定の操作履歴情報,時間関数を基にマイクロプロセッサ10により判断される濃度設
定値の継続的更新,マイクロプロセッサ10への測定入力28,他のユーザー設定に基づく経
過時間,または処理工程の設定値の継続的更新」(明細書の6頁25∼28行(注:「7頁1
行」の誤記と認められる。)参照),などとして例示されたようなパラメータに該当するもの
であり,しかも,上述のとおり,フレキシブルな濃度設定値を割り出すために用いられるの
で,「システムパラメータ」が具体的にどのようなものであるかは明確である,と思料いたし
ます。
また,上記の説明から,「フレキシブルな濃度設定値」の意味も明確である,と思料致しま
す。
さらに,「システムパラメータに基づいて,・・・計算」の内容は,図3および明細書の1
1頁19行∼13頁末尾までの記載が一例を示したものです。具体的な計算内容は,実際の用
途に応じて異なるものであり,本願発明が,フレキシブルな濃度設定値に基づいて制御を行う
こと自体に特徴がある以上,請求項の記載において特定することを要するものではないものと
思料致します。
以上のとおり,本願請求項に係る「装置」の構成は明確であると思料致します。」と主張し
ているが,明細書の6頁25行∼7頁1行に例示された「要素」は,請求人が上記意見書の1
頁33∼37行で述べているとおり,「制御パラメータ18」が,「濃度設定値」を割り出す
ために(それらの要素を)利用するようにマイクロプロセッサ10に指示するものであって,
明細書の上記箇所の記載を見ても「システムパラメータ」については,上記「要素」との関係
が特定されていない以上,その内容が不明であり,また,図3および明細書の11頁19行∼
13頁末尾には,添加剤の濃度を制御する装置の動作は記載されているものの,システムパラ
メータを用いてフレキシブルな設定値をどのように演算するかは記載されておらず,フレキシ
ブルに設定値を計算する手段の構成は不明であるといわざるを得ない。
(2)明細書の記載について
(2−1)「外部パラメータ」,「ユーザー設定のパラメータ」,「システムパラメータ」
あるいは「制御パラメータ」という用語に関して,また「濃度設定値」の計算に関して,明細
書での記載内容は下記のとおりである。
・「本発明は,処理工程において添加剤の自動注入を制御する方法及び装置に関するもので
あり,特に,外部パラメータの測定,ユーザー設定のパラメータの入力,またはパラメータの
測定及び入力を組み合わせ,それらを比較することにより,添加剤の注入を制御する方法及び
装置に関するものである。」(1頁5∼8行)
・「それは,添加剤濃度の設定値がすべてのサイクルにおいて単一のあらかじめ設定された
値からなり,その設定値を手操作でリセットしない限り,添加剤の効能に影響を及ぼす可能性
のあるあらゆる外部パラメータまたは内部パラメータに関係なく,工程に対して同じ濃度の添
加剤が供給されてしまう点である。それゆえ,許容範囲の結果を確実に得るために最悪の場合
の状態を想定して設定値が選択される。この事が,添加剤濫用の原因となっていた。」(2頁
1∼7行)
・「そこで,温度,相対湿度,または溶液の導電率のような外部測定値に基づき,特定の工
程において注入される添加剤の量を制御する性能を向上させる必要性がある。
また,ユーザー入力パラメータに基づき,特定の工程への添加剤の注入を制御する性能を向
上させる必要性がある。
また,ユーザー入力パラメータと外部測定値の比較に基づき,特定の工程への添加剤の注入
を制御する性能を向上させる必要性がある。
同様に,制御装置は,添加剤設定値を時間の関数とする場合,経過時間または現在時刻のい
ずれにするか決定する必要がある。」(4頁5∼13行)
・「本発明は,システムパラメータの同定に基づき,添加剤の注入を制御するための方法を
提供することにより,上述した問題を解消する。
本発明の原理による装置は,クロック信号を供給するタイマー,システムパラメータを確認
するための手段,システムパラメータに基づき設定値を決定するための処理能力,その設定値
に基づきレギュレータを制御するための信号を発生させる制御装置,及び添加剤の注入を制御
するレギュレータを備えている。」(4頁19∼25行)
・「洗浄装置用の,時間又はその他の要因により洗剤濃度設定値を制御するための装置を提
供する」(5頁22∼23行)
・「図1は,様々な添加剤濃度設定装置において使用される本発明の一実施形態の構成図を
示している。前記装置は,適切な添加剤濃度設定値を決定するため,マイクロプロセッサ10
を備えている。前記マイクロプロセッサ10は,ユーザー入力装置8により,ユーザーからの
いろいろなタイプの入力を受け取る。……
特定の添加剤濃度設定値14が,ユーザー入力装置8からマイクロプロセッサ10に入力さ
れ得る。そして,ユーザー時間設定値16が,ユーザー入力装置8からマイクロプロセッサ1
0に入力される。……更に,制御パラメータ18を,ユーザー入力装置8からマイクロプロセ
ッサ10に入力することが可能である。前記制御パラメータ18は,濃度設定値を割り出すた
めに,以下のうち幾つか,またはすべてを利用するようにマイクロプロセッサ10に指示す
る。その要素は,特定の操作履歴情報,時間関数を基にマイクロプロセッサ10により判断さ
れる濃度設定値の継続的更新,マイクロプロセッサ10への測定入力28,他のユーザー設定
に基づく経過時間,または処理工程の設定値の継続的更新などがある。
……マイクロプロセッサ10は,タイミング信号22をユーザー時間設定値16と比較し,
工程を開始するためのユーザ設定時間の経過判定に使用し,または,制御パラメータ18を介
して指示があれば,ソレノイドバルブ6を制御するための制御パラメータ値として使用す
る。」(6頁12行∼7頁6行)
・「マイクロプロセッサ10が,制御パラメータ入力18を介してその他の比較値又は継続
比較値を使用するように指示された場合,マイクロプロセッサ10は,その指示情報又は設定
値を確定するために,センサー24からマイクロプロセッサへ入力された他のアナログ入力値
28を使用する。」(7頁13∼16行)
・「図2は,本発明の原理を適用した制御装置が,制御パラメータ,入力データ,タイミン
グ要因に基づいて,どのようにして装置への添加剤注入を自動的に調節するかを示すフローチ
ャートである。」(8頁28行∼9頁1行)
(2−2)「外部パラメータ」,「ユーザー設定のパラメータ」,「システムパラメータ」
あるいは「制御パラメータ」という用語に関して,明細書での記載は上記のとおりであって,
それぞれが何を意味するのか不明であり,また,各種パラメータを用いて,例えば,濃度設定
値をどのように導き出すのか,またそれをどのように活用するのか等,具体的な制御手法につ
いて十分な記載があるとはいえない。
したがって,発明の詳細な説明の項には,請求項に係る発明を,当業者が容易に実施できる
程度に明確かつ十分に記載されていると認めることができない。
なお,請求人は,上記意見書の「3.拒絶理由について(2)拒絶理由2について」にお
いて,「外部パラメータ」とは,測定値入力(28)を意味し,「ユーザー設定のパラメー
タ」とは,ユーザー入力装置(8)から入力されるパラメータ,すなわち特定の添加剤濃度設
定値(14),ユーザー時間設定値(16),およびユーザー制御パラメータ(18)を意味
することは明白である。そして,制御パラメータ18は,濃度設定値を割り出すために,「特
定の操作履歴情報,時間関数を基にマイクロプロセッサ10により判断される濃度設定値の継
続的更新,マイクロプロセッサ10への測定入力28,他のユーザー設定に基づく経過時間,
または処理工程の設定値の継続的更新など」を利用するようにマイクロプロセッサ10に指示
する。また,マイクロプロセッサ10は,タイミング信号22をユーザー時間設定値16と比
較し,工程を開始するためのユーザー設定時間の経過判定に使用し,または,制御パラメータ
18を介して指示があれば,ソレノイドバルブ6を制御するための制御パラメータ値として使
用する。さらに,「マイクロプロセッサ10が,制御パラメータ入力18を介してその他の比
較値又は継続比較値を使用するように指示された場合,マイクロプロセッサ10は,その指示
情報又は設定値を確定するために,センサー24からマイクロプロセッサへ入力された他のア
ナログ入力値28を使用する。」と記載されている旨主張するが,パラメータという用語の明
細書での記載は上記(2−1)のとおりであって,「外部パラメータ」,「ユーザー設定のパ
ラメータ」,「システムパラメータ」および「制御パラメータ」が添加剤の注入制御に用いら
れるものであることは記載されているものの,それらの用語に関して,それぞれの定義が記載
されておらず,明らかであるとはいえない。
さらに,請求人は,「制御パラメータ」に基づいてマイクロプロセッサがどのような処理を
行うかは明白である旨,および,「制御パラメータ」は,マイクロプロセッサ10に入力され
る「制御パラメータ」以外のデータ,すなわち,特定の添加剤濃度設定値(14),ユーザー
時間設定値(16),および測定値入力(28)を用いてフレキシブルな濃度設定値を計算す
るための指示を,マイクロプロセッサ10に与える機能を持ったものであることは明白である
旨主張している。
しかしながら,特定の添加剤濃度設定値(14),ユーザー時間設定値(16),および測
定値入力(28)以外に何がユーザーによって入力されるのかは明細書中に記載されておら
ず,「制御パラメータ」が何なのかは不明であるといわざるを得ない。
また,請求人は意見書の3.(2)の第5段落で「システムパラメータ」は,「特定の操作
履歴情報,時間関数を基にマイクロプロセッサ10により判断される濃度設定値の継続的更
新,マイクロプロセッサ10への測定入力28,他のユーザー設定に基づく経過時間,または
処理工程の設定値の継続的更新」などとして例示されたようなパラメータに該当するものであ
り,しかも,フレキシブルな濃度設定値を割り出すために用いられるので,「システムパラメ
ータ」が具体的にどのようなものであるかは明確である旨主張する。
しかしながら,請求人は上記のとおり上記意見書の「3.拒絶理由について(2)拒絶理由
2について」において,「測定値入力28」は「外部パラメータ」である旨主張しており,こ
の主張によれば,システムパラメータと外部パラメータが重複するものと解されるため,この
点からも,明細書中で別のものとして記載されたシステムパラメータと外部パラメータの定義
が不明であるといわざるを得ないものである。
さらに,請求人は上記意見書の3.(2)の第9,10段落において,「特定の操作履歴情
報」は,システムパラメータの一例であり,他のシステムパラメータがどのようなものであ
り,フレキシブルな濃度設定値の計算にどのように反映されるかは明白である旨,および,洗
浄装置の運転の履歴を考慮してフレキシブルな濃度設定値を計算するように動作するマイクロ
プロセッサ10の動作は,システムパラメータとして「特定の操作履歴情報」が与えられるこ
とにより可能となる旨主張するが,明細書中に,「特定の操作履歴情報」が,システムパラメ
ータの一例である旨の記載はなく,他のシステムパラメータが不明であることも上記のとおり
であるから,請求人の上記主張は採用できない。
4.むすび
したがって,本願は,特許法36条4項および6項に規定する要件を満たしていない。」
第3当事者の主張の要点
1原告主張の審決取消事由
(1)取消事由1(システムパラメータの記載についての判断の誤り)
ア審決は,請求項1に記載の「システムパラメータ」の構成内容がいかなるも
のか,明細書の記載を参酌しても不明である,と判断した(審決書3頁9∼11
行,同3頁20∼21行)。しかし,「システムパラメータ」の構成内容は,甲2
(本願明細書)の記載を参酌すれば明確であり,審決の判断は誤りである。
イ甲2の4頁19∼20行には,「本発明は,システムパラメータの同定に基
づき,添加剤の注入を制御するための方法を提供することにより,上述した問題を
解消する。」と記載されている。この記載によれば,「システムパラメータ」を
「添加剤の注入を制御する」ために用いることにより「上述した問題を解消する」
ことが理解できる。甲2には,「上述した問題」の解消に関する記載に先立ち,具
体的な問題についての記載があり,これらの具体的な問題が「上述した問題」の例
示であることは明白である。
ウ甲2の1頁19∼22行には,「上述した問題」を総括して,「あらかじめ
設定された濃度レベル(設定値)に洗剤及びすすぎ剤の濃度レベルを制御するが,こ
れらの装置は洗剤注入率を変えるための補正を行わないので,しばしばこれら設定
値を越えてしまう」と記載されている。この記載によれば,「しばしばこれら設定
値を越えてしまう」という問題の原因は,「洗剤注入率を変えるための補正を行わ
ない」ことである。
通常の制御の概念に基づけば,上記総括記載中,「濃度レベルを制御するが,こ
れらの装置は洗剤注入率を変えるための補正を行わない」とは,濃度設定値と一致
させるために洗剤の注入量を調整する操作は行うが,濃度設定値に対して「洗剤注
入率を変えるための補正を行わない」ことを意味する。
以上の結論として,「添加剤の注入を制御する」ことにより「上述した問題を解
消する。」とは,「洗剤注入率を変えるための補正」を行うことにより,「設定値
を越えてしまう」という問題を解消すると理解できる。
エ「上述した問題」の例示である甲2の1頁26行∼2頁5行,2頁8∼14
行,3頁5∼15行,4頁1∼7行の記載には,上記総括記載を受けて,「上述し
た問題」及びその原因が具体的に例示されている。それらの記載を参酌すれば,
「洗剤注入率を変えるための補正」とは「各種パラメータ」,すなわち,「添加剤
の効能に影響を及ぼす可能性のあるあらゆる外部パラメータまたは内部パラメー
タ」,「工程における他の物質の基礎レベル及び装置内コンディション」に関する
パラメータ,「装置内に存在する汚染物質」に関するパラメータ,及び「周囲温度
及び相対湿度」に関するパラメータ,等に基づく添加剤濃度の設定値の補正である
と理解できる。
なお,上記「各種パラメータ」に含まれる,温度や湿度は,洗剤濃度を設定値に
制御するための直接の基準ではなく,必須の測定値ではないことに注意すれば,温
度や湿度などのパラメータを洗剤濃度の制御に用いる理由としては,「洗剤濃度設
定値」を補正するため以外には,技術的に合理的な理解はあり得ない。
オ以上の検討により,「システムパラメータの同定に基づき,添加剤の注入を
制御するための方法を提供することにより,上述した問題を解消する。」とは,
「各種パラメータに基づき,添加剤濃度の設定値に対する補正を行うことによ
り,上述した問題を解消する。」ことに相当すると理解できる。したがって,甲
2において,「システムパラメータ」は「各種パラメータ」を意味している。
カシステムパラメータが「各種パラメータ」を示す意味で用いられていること
は,甲2の特許請求の範囲の記載からも理解できる。
すなわち,請求項8には,「前記システムパラメータが,少なくとも一つの,経
過時間である」(甲2の15頁3行)と記載されている。また請求項10の記載
(15頁7∼8行),請求項10を引用する請求項13の記載(15頁15行),
請求項14の記載(15頁16行)を組み合わせれば,システムパラメータの例と
して「温度」および「湿度」が列挙されていることが判る。
キシステムパラメータは,システムの動作に関連する種々のパラメータを意味
する用語として,種々の技術分野で慣用的に使用されている。そのことを立証する
ために,システムパラメータの用語例として,甲4∼甲8(いずれも公開特許公
報)を提出する。
甲4の1頁左下欄10行及び4頁右上欄14∼15行,甲5の6頁右下欄16∼
19行,甲6の2頁左下欄8∼9行及び14∼15行,甲7の5頁右下欄12∼1
3行及び6頁左上欄14∼15行,並びに甲8の11頁段落0063の5∼7行の
記載からは,システムパラメータが,システムの動作に関連する種々のパラメータ
を意味する用語として用いられていることが理解できる。
(2)取消事由2(フレキシブルな濃度設定値計算手段の記載についての判断の誤
り)
ア審決は,請求項1に記載の「システムパラメータを用いたフレキシブルな濃
度設定値計算手段の構成は不明である」と判断した(審決書4頁6∼8行,4頁1
9∼20行,4頁28∼31行,5頁19∼25行)。
しかし,濃度設定値に与えられるフレキシビリティの内容,及び「システムパラ
メータを用いたフレキシブルな濃度設定値計算手段の構成」は,甲2の記載を参酌
すれば明確であり,審決の判断は誤りである。
イ濃度設定値に与えられるフレキシビリティの内容は,甲2の記載を参酌すれ
ば,以下のとおりである。
まず,請求項1に記載の「システムパラメータに基づいてフレキシブルな濃度設
定値を計算する」(甲3(手続補正書)32∼33行)とは,甲2の5頁22行∼
6頁6行の記載を参酌すれば,取消事由1の(2)に述べた,「システムパラメータ
の同定に基づき,添加剤の注入を制御するための方法を提供する」ことに相当する
と理解できる。
なぜならば,甲2の5頁22∼23行の記載における「時間又はその他の要因」
がシステムパラメータに相当することは,上述のとおりである。また,「洗剤濃度
設定値を制御する」とは,取消事由1に示した考察によれば,システムパラメータ
に基づいて「洗剤濃度設定値」を補正することである。
さらに,甲2の6頁3∼6行の記載も併せて参酌すれば,「洗剤濃度設定値」を
補正することが,「設定値の決定においてフレキシビリティを持たせる」ことに相
当すると理解できる。
以上のとおり,濃度設定値に与えられるフレキシビリティとは,甲2の記載を参
酌すれば,システムパラメータに基づき「洗剤濃度設定値」に与えられる「補正」
であると理解できる。
ウ上記イに述べた理解に基づけば,「システムパラメータに基づいてフレキシ
ブルな濃度設定値を計算する」とは,システムパラメータに基づいて濃度設定値の
補正値を計算することと理解できる。
システムパラメータを用いた濃度設定値の補正値を計算する例としては,甲2の
10頁29行∼11頁5行に,システムパラメータとして「流量率」を用いた場合
が記載され,甲2の11頁10∼12行に,システムパラメータとして「水圧又は
温度」を用いた場合が記載されている。
以上の記載例において,実際の数値を用いた計算例は示されていない。しかし,
添加剤の濃度レベルの制御に影響するシステムパラメータの種類が特定されている
ので,そのシステムパラメータが制御に与える影響については,当業者であれば容
易に理解可能である。システムパラメータが制御に与える影響に基づく補正値の具
体的な計算は,技術的な常識の範囲のことであり,当業者であれば容易に実施可能
である。
(3)取消事由3(各種パラメータに関する記載についての判断の誤り)
ア審決は,甲2に記載の「外部パラメータ」,「ユーザー設定のパラメー
タ」,「システムパラメータ」及び「制御パラメータ」に関し,各種パラメータの
用語の定義が不明であり,各種パラメータを用いた具体的な制御手法について十分
な記載があるとはいえない,と判断した(審決書7頁12∼17行,8頁3∼7
行,8頁15∼18行)。
しかし,各種パラメータの用語の定義は,甲2の記載を参酌すれば明確であり,
また,各種パラメータを用いた具体的な制御手法についても十分な記載があり,審
決の判断は誤りである。
イ「外部パラメータ」については,甲2の1頁5∼8行,2頁1∼5行,4頁
5∼7行の記載を参酌すれば,甲2において,温度,相対湿度,及び溶液の導電率
等の外部測定値である測定値入力(28)(甲1の図1参照)として記載されてい
る。
ウ「ユーザー設定のパラメータ」は,甲2の1頁5∼8行,6頁19∼25行
の記載を参酌すれば,システムパラメータの一種であって,ユーザー入力装置
(8)(甲2の図1参照)から入力されるパラメータであり,特定の添加剤濃度設
定値(14),ユーザー時間設定値(16),及びユーザー制御パラメータ(1
8)を意味する。
エ「システムパラメータ」についての記載は,上述のとおりである。
オ「制御パラメータ」については,甲2の6頁25行∼7頁1行,7頁13∼
16行の記載を参酌すれば,濃度設定値を割り出す,すなわち設定値を補正するた
めに用いられ,システムパラメータの一種であることが判る。また,甲2の6頁2
7行∼7頁1行に列挙された制御パラメータの具体例は,システム稼動の履歴に関
するパラメータであることが理解できる。
システム稼動の履歴に関するパラメータを用いる理由に関して,甲2の3頁5∼
17行,3頁20∼25行の記載からは,システム稼動の履歴に応じて,目標とす
る濃度設定値を補正する必要があることが理解され,「システム稼動の履歴」が,
システムパラメータの一種であることは明白である。
カ「外部パラメータ」,「ユーザー設定のパラメータ」,及び「制御パラメー
タ」は,甲2の記載において,上記取消事由1に述べたとおり,全て「システムパ
ラメータ」に含まれる概念の用語である。
システムパラメータである各種パラメータを用いて,濃度設定値をどのように導
き出すのか,またそれをどのように活用するのかなど,具体的な制御手法につい
て,甲2に十分な記載があることは,上述のとおりである。
キまた,審決は,「システムパラメータと外部パラメータが重複するものと解
されるため,この点からも,明細書中で別のものとして記載されたシステムパラメ
ータと外部パラメータの定義が不明であるといわざるを得ないものである。」(審
決書8頁27∼32行)と判断した。
しかし,甲2の記載によれば,システムパラメータが「外部パラメータ」を含む
概念であることは上述のとおりであり,それにより何ら矛盾を生じないことも明白
である。
2被告の反論
(1)取消事由1に対して
ア原告は,「システムパラメータの同定に基づき,添加剤の注入を制御するた
めの方法を提供することにより,上述した問題を解消する。」は,甲2の記載を参
酌すると,「各種パラメータに基づき,添加剤濃度の設定値の補正を行うことによ
り,設定値を超えてしまうという問題を解消する。」に相当するから,「システム
パラメータ」は,従来の制御装置の問題点として例示された「各種パラメータ」で
ある旨,主張するが,上記相当関係を導くための主要な認定,すなわち,
(ア)従来の制御装置の問題点の総括が「従来の洗浄装置はあらかじめ設定され
た濃度レベル(設定値)に洗剤及びすすぎ剤の濃度レベルを制御するが,これらの
装置は洗剤注入率を変えるための補正を行わないので,しばしばこれら設定値を越
えてしまう。」(1頁19∼22行)ことであるとした点
(イ)本願発明の「洗剤注入率を変えるための補正」を行うとは,原告が指摘す
る本願明細書(甲2)記載の「上述した問題」の例示とされたすべてのパラメータ
に基づき,「添加剤濃度の設定値の補正」を行うことであるとした点
に誤りがあるから,上記原告の主張は失当である。
イまた,原告は,「システムパラメータが『各種パラメータ』を示す意味で用
いられていることは,甲2の特許請求の範囲の記載からも理解できる。」旨主張す
るが,上記主張は,審査段階において削除された出願当初の特許請求の範囲の記載
に基づくものであり,審決時の特許請求の範囲及び明細書等の記載に基づくもので
はない。仮にこの主張が有効としても,甲2の請求項12には,請求項10を引用
して「前記システムパラメータと前記センサー信号と前記クロック信号とに基づい
て設定値を確定する」という記載がある。そうすると,「システムパラメータ」
と,「センサー信号」,すなわち「温度」,「湿度」とは別のパラメータを意味す
ると解さざるを得ないから,原告の上記主張は,理由がない。
ウさらに,原告は,上記主張の補強のために,甲4ないし8に基づき,「シス
テムパラメータが,システムの動作に関連する種々のパラメータを意味する用語と
して用いられていることが理解できる。甲2においても,同様の一般的な意味でシ
ステムパラメータが用いられていることは明白である。」旨主張するが,いずれも
その定義が明確ではなく,単に,システムに関連するパラメータ以上の意味がある
とはいえない。
そうすると,「システムパラメータ」が技術用語であるとしても,その「一般的
な意味」が,甲4ないし8を根拠として,原告が主張するような「各種パラメー
タ」を指すものと主張するものであれば,原告の主張は誤りである。
エ以上のとおりであるから,本願発明の「システムパラメータの同定に基づ
き,添加剤の注入を制御するための方法を提供することにより,上述した問題を解
消する。」は,甲2の記載を参酌しても,「各種パラメータに基づき,添加剤濃度
の設定値の補正を行うことにより,設定値を超えてしまうという問題を解消す
る。」に相当するとはいえないから,「システムパラメータ」は,従来技術の問題
点で例示された「各種パラメータ」であるとする原告の主張は,失当である。
(2)取消事由2に対して
原告は,「システムパラメータに基づいてフレキシブルな濃度設定値を計算す
る」とは,「システムパラメータに基づいて濃度設定値の補正値を計算する」こと
であり,システムパラメータとして「流量率」,又は,「水圧又は温度」を用いた
例も記載しており,具体的な計算例は示されていないが,添加剤の濃度レベルの制
御に影響を与えるシステムパラメータの種類が特定されているので,当業者であれ
ば実施可能である旨主張する。
しかし,原告が根拠とする甲2の記載には,濃度設定値の補正値を計算する点
は,何ら開示されていない。さらに,請求項2に「洗浄装置の固有の操作履歴に基
づいてフレキシブルな濃度設定値を計算する」,請求項3に「ユーザ設定入力及び
クロック信号に基き,フレキシブルな濃度設定値の連続的な更新を時間の関数とし
て,フレキシブルな濃度設定値を計算する」及び請求項4に「対応する初期設定値
と関連した少なくとも1つのユーザ時間設定値に基き,フレキシブルな濃度設定値
の連続的な更新を処理工程の関数として,フレキシブルな濃度設定値を計算する」
との各記載があるが,その具体的な構成についての記載はなく,甲2には当業者が
実施できる程度に明確かつ十分な記載があるとはいえない。
以上のとおりであるから,原告の「甲2号証にはシステムパラメータを用いたフ
レキシブルな濃度設定値計算手段の構成について十分な記載がある」とする主張
は,理由がない。
(3)取消事由3に対して
原告は,「外部パラメータ」は,温度,相対湿度,及び溶液の導電率等の外部測
定値であり,「ユーザー設定のパラメータ」は,「特定の添加剤濃度設定値」,
「ユーザー時間設定値」,及び「ユーザー制御パラメータ」であり,「制御パラメ
ータ」は,例えば「システム稼働の履歴に関するパラメータ」であり,「システム
パラメータ」は,取消事由1について述べたとおり,上記パラメータがすべて含ま
れる概念の用語であるから,各種パラメータの用語の定義は明確であり,また,各
種パラメータを用いた具体的な制御手法については,取消事由2について述べたと
おり,十分な記載がある旨主張するが,「システムパラメータ」については,上記
1のとおり,「外部パラメータ」,「ユーザー設定のパラメータ」,「制御パラメ
ータ」の全てが含まれる概念の用語とする原告の主張は,理由がない。
また,各種パラメータを用いた具体的な制御手法が当業者が容易に実施できる程
度に記載されているとする原告の主張は,上記(2)のとおり,理由がない。
第4当裁判所の判断
1「システムパラメータ」について
(1)本願明細書(甲1,2)では,「システムパラメータ」について特に定義さ
れていない。そうすると,一般に,パラメータとは,システムの性質(属性)を与
える物理的な量を意味し(茂木晃「電気電子用語大辞典」(平成4年8月25日発
行,オーム社)頁),システムを制御しようとする場合には,その対象とな1061
るシステムのパラメータを同定する作業が必ず必要となるものであるから,本願の
特許請求の範囲においても,「システムパラメータ」は,このような一般的な意味
で用いられていると理解すべきものである。
(2)また,本願明細書(甲2)には次の記載があり,その内容は,上記の理解す
るところと整合する。
ア「本発明は,処理工程において添加剤の自動注入を制御する方法及び装置に関するもの
であり,特に,外部パラメータの測定,ユーザ設定のパラメータの入力,またはパラメータの
測定及び入力を組み合わせ,それらを比較することにより,添加剤の注入を制御する方法及び
装置に関するものである。」(1頁5∼8行)
イ「上述した先行技術における限界を克服するため,及び,本明細書を理解することによ
り明らかになる他の限界を克服するため,本発明は,様々なコンディションの下で,洗浄工程
に対する添加剤の注入を制御するための強力で効率的な装置及び方法を開示する。
本発明は,システムパラメータの同定に基づき,添加剤の注入を制御するための方法を提供
することにより,上述した問題を解消する。
本発明の原理による装置は,クロック信号を供給するタイマー,システムパラメータを確認
するための手段,システムパラメータに基づき設定値を決定するための処理能力,その設定値
に基づきレギュレータを制御するための信号を発生させる制御装置,及び添加剤の注入を制御
するレギュレータを備えている。
本発明の一つの目的は,多くの様々な要因に基づいてユーザーが異なった設定値を選択でき
ることにより,ユーザにフレキシビリティを提供することである。」(4頁15∼28行)
(3)そして,「システムパラメータ」に温度を含めるか,あるいは湿度を含める
かといったことは,制御対象の性質やユーザーのニーズに応じて決めることであ
り,「システムパラメータ」に含まれる個々の量があらかじめ特定されていなけれ
ば,本願発明が把握できないというものでもない。
(4)したがって,請求項1の「システムパラメータ」について,審決がその構成
が明らかでないとした判断は,この点において妥当なものということはできない。
2「フレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」について
(1)原告は,「フレキシブルな濃度設定値を計算する」とは,システムパラメー
タに基づいて濃度設定値の補正値を計算することと理解でき,その内容は明らかで
あると主張する。
(2)そこで,検討すると,「フレキシブルな濃度設定値」について,請求項1に
は,「前記タイマー手段(20)および前記確認手段(10)に結合され,前記ク
ロック信号,前記ユーザー設定入力,および前記システムパラメータに基づいてフ
レキシブルな濃度設定値を計算する前記処理手段(10)」と記載されている。こ
の記載から認識できることは,「フレキシブルな濃度設定値」が,クロック信号,
ユーザー設定入力,及びシステムパラメータに基づいて計算されるということだけ
である。
他の請求項をみても,洗浄装置の操作履歴に基づいて計算されること(請求項
2)や,連続的に更新されること(請求項3∼6)が認識できる程度である。
(3)本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明をみると,「フレキシブル」に関
し,次の記載がある。
ア「本発明は,システムパラメータの同定に基づき,添加剤の注入を制御するための方法
を提供することにより,上述した問題を解消する。
本発明の原理による装置は,クロック信号を供給するタイマー,システムパラメータを確認
するための手段,システムパラメータに基づき設定値を決定するための処理能力,その設定値
に基づきレギュレータを制御するための信号を発生させる制御装置,及び添加剤の注入を制御
するレギュレータを備えている。
本発明の一つの目的は,多くの様々な要因に基づいてユーザーが異なった設定値を選択でき
ることにより,ユーザーにフレキシビリティを提供することである。本発明のその他の目的
は,時間の関数として添加剤設定値が確定されることである。さらに,本発明のその他の目的
は,特定の工程への添加剤注入を,外部測定値に基づいて行うことである。」(4頁19行∼
5頁2行)
イ「本発明の好ましい実施形態は,洗浄装置用の,時間又はその他の要因により洗剤濃度
設定値を制御するための装置を提供する。本発明は,制御装置にマイクロプロセッサ及びクロ
ックを付け加えることにより,洗剤制御装置のセンサ機能を強化する。本発明の洗剤濃度制御
装置は,一日の異なった時間または異なった作業内容に対し,異なった洗剤濃度設定値をプロ
グラムすることにより,様々な洗剤を扱い,洗浄品からさらに効果的に汚れを除去することが
できる。マイクロプロセッサが,導電率センサー,サーミスタからの入力またはその他の入力
を受けることにより,洗浄品から汚れを除去する装置の効力が増加する。同様に,設定値の決
定においてフレキシビリティを持たせることにより,洗浄装置は,マイクロプロセッサにより
継続的にまたは一日のうちのある一定時間により計算する場合でもその他の方法により計算す
る場合でも最も効果的にプログラムすることができる。」(5頁下から6行∼6頁6行)
(4)「フレキシブル」あるいは「フレキシビリティ」の一般的な意味は,柔軟な
さま,融通のきくさま,柔軟性,融通性(広辞苑第5版)というものであり,クロ
ック信号,ユーザ設定入力,システムパラメータとの用語は,いずれも柔軟性(融
通性)とは直接結びつかない。
さらに,上記(3)の記載は,本願に係る発明がユーザーのニーズに応じた設定値
を選択できるという利便を与えること,並びに「フレキシブルな濃度設定値」が,
クロック信号,ユーザー設定入力,及びシステムパラメータに基づいて計算される
ことを意味する。
「フレキシブル」あるいは「フレキシビリティ」の一般的な意味を踏まえ,これ
らの記載と請求項1をあわせ読めば,「フレキシブルな濃度設定値」とは,クロッ
ク信号,ユーザー設定入力及びシステムパラメータに基づいて計算される,柔軟性
のある(融通性のある)濃度設定値という程度の意味となり,「ユーザーが必要と
する任意の濃度設定値」との違いを読み取ることはできない。
結局,請求項1における「フレキシブルな濃度設定値」との記載は,処理手段に
より処理される「濃度設定値」が備えるべき性質を抽象的に表現したということ以
上の内容をもたない。
(5)ところで,請求項に記載された技術的事項から一の発明が明確に把握できる
ためには,当該発明の技術的課題を解決するために必要な事項が請求項に記載され
ることが必要である。
上記(4)のとおり,「フレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」との記載
では,技術的課題を解決するために必要な事項が特定できないから,本願の請求項
1の記載は,特許を受けようとする発明を明確に規定したものということができ
ず,特許法36条6項2号に違反する。
(6)したがって,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載について,「シ
ステムパラメータを用いたフレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」の構成
が不明であり,請求項1に係る発明の構成が明確であるとはいえないとした審決の
判断は,是認することができる。
(7)なお,原告は,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明の以下の計算例の記
載を摘示し,「フレキシブルな濃度設定値を計算する」とは,「システムパラメー
タに基づいて濃度設定値の補正値を計算する」ことの意味であることが明らかであ
ると主張する。
ア「制御装置12は,最新検知流量率に基づき,必要とされる添加剤供給装置をオンとす
る時間を計算することによって添加剤を供給する。添加剤供給サイクルの後,または場合によ
っては添加剤供給サイクルの間に,添加剤の流量率が測定され,現在の添加剤供給サイクルに
おいて添加剤供給時間が変更されるか,または次回の添加剤供給時間計算に反映される。」
(10頁末行∼11頁5行)
イ「制御装置12がソレノイドバルブ6を作動させる場合には毎回この処理及び比較サイ
クルが行われ,水圧又は温度などの状態が変化した場合に制御装置12の応答機能に変化を与
える。」(11頁10∼12行)
しかしながら,上記記載からは,流量率,水圧,温度等のシステムパラメータの
時間変動を考慮して,添加剤の供給が制御されることが理解できるが,このことを
もって,原告の主張するとおり,「フレキシブルな濃度設定値を計算する」ことを
「システムパラメータに基づいて濃度設定値の補正値を計算する」ことと理解する
と,ここにいう「フレキシブル」の意味は,上記(4)で認定した本願明細書の発明
の詳細な説明に記載された「フレキシビリティ」と整合しないほか,請求項1に
は,「補正値」との文言もそれを示唆する記載もないから,原告の主張は採用でき
ない。
3以上のとおりであるから,審決が本願の特許請求の範囲の記載は特許法36
条6項(2号)に規定する要件を満たしていないとした判断は正当であり,誤りは
ない。
第5結論
以上のとおりであって,その余の判断をするまでもなく,原告の請求は理由がな
いから,これを棄却すべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚原朋一
裁判官
石原直樹
裁判官
杜下弘記

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