弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主   文
       本件上告を棄却する。                    
       上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人岸本昌己,同藤井俊信,同西馬克幸,同松田洋通,同前田啓一郎,同
石井孝一,同小倉豊道の上告理由について
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人B1とその夫である被上告人B2は,平成5年9月7日,公文
書の公開等に関する条例(昭和61年兵庫県条例第3号。以下「本件条例」という。
なお,本件条例は平成12年兵庫県条例第6号により廃止された。)5条に基づき
,本件条例の実施機関である上告人に対し,被上告人B1の平成5年5月7日の分
娩に関する診療報酬明細書(以下「本件文書」という。)の公開を請求した(以下
「本件公開請求」という。)。
 (2) 本件条例8条は,「実施機関は,次の各号のいずれかに該当する情報が
記録されている公文書については,公文書の公開を行わないことができる。」とし
た上で,その1号において,「個人の思想,宗教,健康状態,病歴,住所,家族関
係,資格,学歴,職歴,所属団体,所得,資産等に関する情報(事業を営む個人の
当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され得るもののうち
,通常他人に知られたくないと認められるもの」と規定している。
 (3) 上告人は,平成5年9月20日,被上告人らに対し,本件文書に記録さ
れている情報は,個人の健康状態等心身の状況等に関する情報であって,特定の個
人が識別され得るもののうち,通常他人に知られたくないものであり,本件条例8
条1号に該当するとして,これを公開しない旨の決定(以下「本件処分」という。)
をした。
 (4) 本件処分がされた当時,兵庫県には,その機関が保有する個人情報を本
人に開示する制度等を定めた条例はなかった(なお,その後,個人情報の保護に関
する条例(平成8年兵庫県条例第24号。以下「個人情報保護条例」という。)が
制定され,平成9年4月1日に施行された。)。
 2 本件条例は,兵庫県においていわゆる情報公開制度を採用し,広く県民等に
公文書の公開を請求する権利を認めることなどにより,地方自治の本旨に即した県
政の推進と県民生活の向上に寄与することを目的として制定されたものである(本
件条例1条)。一方,後に制定された個人情報保護条例は,同県において,いわゆ
る個人情報保護制度を採用し,個人情報の開示及び訂正を求める権利を認めること
などにより,個人の権利利益を保護することを目的として制定されたものである(
個人情報保護条例1条)。上記の二つの制度は,本来,異なる目的を有するもので
あって,公文書を公開ないし開示する相手方の範囲も異なり,請求を拒否すべき場
合について配慮すべき事情も異なるものである。そして,地方公共団体が公文書の
公開に関する条例を制定するに当たり,どのような請求権を認め,その要件や手続
をどのようなものとするかは,基本的には当該地方公共団体の立法政策にゆだねら
れているところである。したがって,広く県民等に公文書の公開を請求する権利を
認める条例に基づいて公文書の公開を請求する場合には,本来は,請求者は,県民
等の1人として所定の要件の下において請求に係る公文書の公開を受けることがで
きるにとどまり,そこに記録されている情報が自己の個人情報であることを理由に
,公文書の開示を特別に受けることができるものではない。
 しかしながら,情報公開制度も個人情報保護制度も,広く地方公共団体において
採用され,又は近い将来における採用が検討されているものであって,兵庫県にお
いても,昭和61年に本件条例が制定されて情報公開制度が採用され,平成8年に
個人情報保護条例が制定されて個人情報保護制度が採用されたものであるところ,
本件処分がされたのは,本件条例制定後個人情報保護条例制定前の平成5年のこと
であったというのである。このように,情報公開制度が先に採用され,いまだ個人
情報保護制度が採用されていない段階においては,被上告人らが同県の実施機関に
対し公文書の開示を求める方法は,情報公開制度において認められている請求を行
う方法に限られている。また,情報公開制度と個人情報保護制度は,前記のように
異なる目的を有する別個の制度ではあるが,互いに相いれない性質のものではなく
,むしろ,相互に補完し合って公の情報の開示を実現するための制度ということが
できるのである。とりわけ,本件において問題とされる個人に関する情報が情報公
開制度において非公開とすべき情報とされるのは,個人情報保護制度が保護の対象
とする個人の権利利益と同一の権利利益を保護するためであると解されるのであり
,この点において,両者はいわば表裏の関係にあるということができ,本件のよう
な情報公開制度は,限定列挙された非公開情報に該当する場合にのみ例外的に公開
請求を拒否することが許されるものである。これらのことにかんがみれば,個人情
報保護制度が採用されていない状況の下において,情報公開制度に基づいてされた
自己の個人情報の開示請求については,そのような請求を許さない趣旨の規定が置
かれている場合等は格別,当該個人の上記権利利益を害さないことが請求自体にお
いて明らかなときは,個人に関する情報であることを理由に請求を拒否することは
できないと解するのが,条例の合理的な解釈というべきである。もっとも,当該地
方公共団体において個人情報保護制度を採用した場合に個人情報の開示を認めるべ
き要件をどのように定めるかが決定されていない時点において,同制度の下におい
て採用される可能性のある種々の配慮をしないままに情報公開制度に基づいて本人
への個人情報の開示を認めることには,予期しない不都合な事態を生ずるおそれが
ないとはいえないが,他の非公開事由の定めの合理的な解釈適用により解決が図ら
れる問題であると考えられる。
 3 このような観点から,本件処分の適否を検討する。本件処分は,本件文書が
個人の健康状態等心身の状況に関する情報であって本件条例8条1号に該当すると
してされたものであるところ,当該個人というのが公開請求をした被上告人B1で
あることは,本件公開請求それ自体において明らかであったものと考えられる。そ
して,同号が,特定の個人が識別され得る情報のうち,通常他人に知られたくない
と認められるものを公開しないことができると規定しているのは,当該個人の権利
利益を保護するためであることが明らかである。また,本件条例には自己の個人情
報の開示を請求することを許さない趣旨の規定等は存しない。そうすると,当該個
人が自ら公開請求をしている場合には,当該個人及びこれと共同で請求をしている
その配偶者に請求に係る公文書が開示されても,当該個人の権利利益が害されるお
それはなく,当該請求に限っては同号により非公開とすべき理由がないものという
ことができる。これらによれば,【要旨】個人情報保護制度が採用されていない状
況においては,本件公開請求については同号に該当しないものとして許否を決すべ
きであり,同号に該当することを理由に本件文書を公開しないものとすることはで
きないと解さざるを得ない。本件処分が違法であるとした原審の判断は,結論にお
いて正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道 裁判官 濱田
邦夫)

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