弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一〇月に処する。
     被告人に対し本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     第一審における未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。
     押収に係る漁船A丸はこれを被告人から没収する。
     本件公訴事実中銃砲火薬類取締法施行規則違反の点について被告人を免
訴する。
         理    由
 被告人B弁護人三根谷実蔵上告趣意第一点について。
 記録を精査するに、被告人Bに対する原判決における判事の署名捺印すべき箇所
に、裁判長判事石橋鞆次郎の署名はあるがその名下に捺印を欠くことは、論旨の指
摘するとおりである。しかし、原判決には、右の外、陪席裁判官判事柳原幸雄の署
名捺印があり、また判決末尾に「判事筒井義彦は出張中の為め署名捺印することが
出来ない」との附記及び前記裁判長判事石橋鞆次郎の署名と同一筆跡の署名とその
名下に同人の捺印の存することも記録上明らかである。右捺印を欠く裁判長判事石
橋鞆次郎の署名は旧刑訴六八条所定の方式に合しないけれど前示附記及びこれにな
された裁判長判事石橋鞆次郎の署名捺印の存することによつて、裁判をなした裁判
官の署名捺印として同法条の要請を充すに足るものと認めることができる。それ故
原判決には所論のような違法ありとなし難く、論旨は理由なきものである。
 同第二点について。
 被告人Bが原審公判において漁船A丸が同被告人の所有でない旨供述しているこ
とは所論のとおりである。しかし、同被告人に対する原判決の証拠説明によれば、
所論判示第二の事実中漁船A丸が被告人の所有であるとの点は、原判決挙示の証拠
就中昭和二一年勅令二七七号、同年勅令三一一号各違反被告事件の第一審公判調書
中同被告人の同旨の供述記載を綜合した結果、認定されたものであることがわかる。
原審は論旨の指摘するとおり、同被告人の原審公判における供述をも右綜合認定の
一資料としているのではあるが、それは唯罪となるべき事実につき判示に符合する
供述部分のみを採用し、所論の如き罪となるべき事実でない点に関する供述はこれ
を採用しなかつたものと認められるのである。また原審公判調書の記載によれば、
被告人は結局F某外二名を右A丸に同船させ朝鮮まで航行した旨供述しているので
ある。されば原判決には所論のような違法はなく、論旨は結局事実審である原審が
その裁量権の範囲で適法になした証拠の取捨判断乃至事実の認定を非難するに帰着
し、上告適法の理由とならない。
 同第三点について。
 原審が漁船A丸を没収したのは、昭和二一年勅令二七七号「関税法の罰則等の特
例に関する件」九条一項の規定によつたものであり、所論の如く刑法一九条に基ず
いて没収したものではないのである。この事は原判文上明白である。そして右勅令
九条一項には「第一条の犯罪に係る物品又は同条の犯罪行為に供した船舶で犯人の
所有し又は占有しているものはこれを没収する」旨規定されてあり、しかも原審は
前説示のとおり漁船A丸が被告人Bの所有に属するものたることを認定しているの
であるから、原判決には所論のような違法はない。論旨は理由なきものである。
 職権により調査するに、原判決は判示第一として、被告人が法定の資格なく又法
令の規定によらないで、昭和二二年一月中及び同年三月中肩書自宅において、ダイ
ナマイト、雷管、導火線等を所持した事実を確定し、これに対し、銃砲火薬類取締
法施行規則二二条、四五条を適用して被告人を処断しているのである。しかし、同
規則四五条は、昭和二二年法律七二号「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令
の規定の効力に関する法律」一条によつて昭和二三年一月一日以降は国法としての
効力を失つたものであることは当裁判所大法廷判決(昭和二五年(れ)第七二三号
同二七年一二月二四日言渡判例集六巻一一号一三四六頁)の判示するとおりである
から、右失効した前記規則四五条を適用処断した原判決は失当である。原判決はこ
の点において破棄を免れない。
 よつて、旧刑訴四四七条により原判決を破棄し、同四四八条に則り更に判決すべ
く、原判決の確定した事実を法律に照らすと、被告人の所為中原判示第二の密輸出
の点は、昭和二一年勅令二七七号一条二項一項、昭和二三年法律一〇七号、所得税
法の一部を改正する法律附則六〇条、刑法六〇条に、同朝鮮人の不法退去を幇助し
た点は、昭和二一年二月一七日附連合国最高司令官の「朝鮮人・中国人・台湾人及
び琉球人の登録に関する覚書」、昭和二一年勅令三一一号四条一項、昭和二七年法
律八一号二項、昭和二七年法律一三七号三条一項、刑法六二条一項にそれぞれあた
るのであるが、右密輸出の所為並びに朝鮮人不法退去幇助の所為は、一個の行為で
数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により最も重い
F某の不法退去を幇助した罪の刑に従い、所定刑中、懲役刑を選択し、刑法六三条、
六八条三号により従犯の減軽をした範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、刑法二五
条により本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、刑法二一条に従い第一審
における未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入し、押収にかゝる漁船A丸は、原判
示密輸出の犯罪行為に供した船舶で犯人の所有にかゝるから、昭和二一年勅令二七
七号九条一項により被告人からこれを没収する。
 又原判示第一の銃砲火薬類取締法施行規則違反の点については、前記の如く同規
則四五条の規定は失効したので本件は犯罪後の法令により刑の廃止があつた場合に
あたるから、旧刑訴四五五条、三六三条二号の規定により被告人を免訴すべきであ
る。よつて主文のとおり判決する。
 この裁判は、銃砲火薬類取締法施行規則違反の罪についての、裁判官田中耕太郎、
同斎藤悠輔、同本村善太郎の少数意見及び朝鮮人不法退去幇助(昭和二一年勅令三
一一号違反幇助罪)についての裁判官小谷勝重、同島保、同藤田八郎、同谷村唯一
郎の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎の銃砲火薬類取締法施行規則違反
の点に関する意見は、同施行規則違反の罪については犯罪後の法令により刑の廃止
があつた場合にはあたらないというにあること前記昭和二五年(れ)第七二三号事
件の大法廷判決記載の斎藤裁判官の反対意見及び昭和二四年(れ)第一一二八号同
二九年九月八日大法廷判決記載の田中、本村両裁判官の反対意見のとおりである。
 裁判官河村又介の右の点に関する補足意見は、前記昭和二五年(れ)第七二三号
事件大法廷判決記載のとおりである。
 裁判官小谷勝重、同島保、同藤田八郎、同谷村唯一郎の朝鮮人不法退去幇助(昭
和二一年勅令三一一号違反幇助)の点に関する少数意見は次のとおりである。
 昭和二一年勅令三一一号「聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等
に関する勅令」は、平和条約発効と同時に失効し、その後に右勅令の効力を維持す
ることは、憲法上許されないから、本件については犯罪後の法令により刑が廃止さ
れた場合にあたるとするものであること昭和二七年(あ)第二八六八号同二八年七
月二二日言渡大法廷判決記載の右四裁判官の意見のとおりである。されば被告人が
朝鮮人の不法退去を幇助した所為に対し、前記昭和二一年勅令三一一号、刑法六二
条を適用処断した原判決は、この点においても破棄を免れないが、右勅令三一一号
違反幇助の点は、前記、密輸出の罪と一個の行為で数個の罪名に触れるものとして
起訴されているので、特に主文において免訴の言渡をすべきものではない。
 裁判官栗山茂、同岩松三郎、同河村又介、同小林俊三の右の点に関する補足意見
は、次のとおりである。
 昭和二一年勅令三一一号の平和条約発効後の効力についてはその内容を構成する
指令そのものの内容が合憲であればその指令のかぎりにおいて、わが国法として有
効に存続し得るけれども、その指令の内容が憲法に違反するものは、その指令違反
を処罰するかぎりにおいては、右勅令は平和条約発効後はその効力を存続し得ない
こと、前記昭和二七年(あ)第二八六八号事件の大法廷判決記載の栗山、河村、小
林各裁判官の意見のとおりである。然るに本件に適用される昭和二一年二月一七日
附最高司令官の覚書はわが国在住の朝鮮人が朝鮮へ帰国することを一般的に禁止し
ているのであり、そして現に朝鮮がわが領土から分離され外国となつたものである
ことは勿論であるから、この覚書の内容は一見憲法二二条二項に違反するやの疑な
きを得ない。しかしわが国は平和条約第二条(a)の規定に従い朝鮮の独立を承認
したのであつて、いわゆる朝鮮の独立承認とは、日韓合併によりかつての独立国朝
鮮が喪失したその独立を回復する事実を承認することに外ならないのであるから、
わが国は朝鮮人の国籍についても、それは現に朝鮮に居住する朝鮮人のみならず従
前からわが国内に居住していた者をも含めて日韓合併時において韓国籍を有してい
た者及び合併なかりせば当然韓国籍を得たであろう者のすべてが朝鮮の国籍を取得
することを承認したものといわなければならない。されば平和条約発効後において
はすべての朝鮮人は日本国籍を喪失し外国人たるに帰したのであるから、右覚書は
前示の如き内容にも拘わらず憲法二二条二項に違反するものではない。蓋し右憲法
の条項は外国人に対しわが国における出入国の自由を保障したものでないこと勿論
だからである。それ故、昭和二七年法律八一号二項、同年法律一三七号三条一号に
より平和条約発効前における右覚書違反の所為につき昭和二一年勅令三一一号四条
一項を適用処断し得るものとしたからとてこれを違法視すべきいわれはない。
 裁判官霜山精一、同井上登は退官につき評議に関与しない。
 検察官佐藤藤佐、同安平政吉、同福原忠男関与
  昭和三〇年一〇月一二日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎

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