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平成22年8月19日判決言渡
平成22年(行ケ)第10150号審決取消請求事件(商標)
口頭弁論終結日平成22年7月1日
判決
原告株式会社ライスフーズ
同訴訟代理人弁護士伊原友己
同加古尊温
被告特許庁長官
同指定代理人豊田純一
同野口美代子
同田村正明
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2009−19711号事件について平成22年3月30日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,別紙1記載の構成からなる商標(以下「本願商標」という)。
につき出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をし
たが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
,,(「」。)争点は本願商標が別紙2記載の構成からなる商標以下引用商標という
と類似するか否かである。
1特許庁における手続の経緯
,,(),,原告は平成20年7月28日本願商標につき出願した甲3が特許庁は
平成21年3月26日(起案日)付けで拒絶理由通知をした(甲4。原告は,こ)
れに対し,同年5月8日付けで意見書(甲5)を提出したが,特許庁は,同年6月
23日(起案日)付けで拒絶査定をした(甲6。)
原告は,同年9月25日,上記拒絶査定に対する不服審判請求をした。
特許庁は,上記審判請求を不服2009−19711号事件として審理し,平成
22年3月30日「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,その謄本,。
は,同年4月19日,原告に送達された。
2本願商標の内容
本願商標は,別紙1記載のとおりの構成からなる商標である。
3審決の内容
審決は,以下のとおり,本願商標は引用商標と類似するので,商標法4条1項1
1号に該当し,登録を受けることができないとした。
(1)本願商標について
「本願商標は,別掲1に示すとおり,筆書体風に書された円内に,左上から右下にかけて,
『』,『』,,『』大きく京やの文字を書し該文字の下にきょうやの平仮名文字を配しまた京や
の文字中の『京』の左側に『丸に梅鉢』の家紋風の図形(以下『家紋風図形』という)を配。
してなるものである。
しかして,本願商標構成中の『京や』の文字及び『京や』の読み方を特定したものと無理な
く認識される『きょうや』の文字と家紋風図形とは,同一円内に配置されているものであると
しても『京や』及び『きょうや』の文字部分と家紋風図形とは,視覚上分離して観察される,
とみるのが自然である。
,『』『』,,また本願商標構成中の京や及びきょうやの文字と家紋風図形が構成全体として
なんらかの特定の意味合いを看取させる等,これらを常に不可分一体のものとしてのみ観察さ
れなければならないとすべき特段の事情は認められないものである。
,,,,そうとすると簡易迅速を尊ぶ取引の実際にあっては本願商標に接する取引者需要者は
大きく書された『京や』の文字及び『きょうや』の文字を捉え,これをもって取引に資する場
合も決して少なくないというべきである。
してみれば,本願商標は,該文字部分に相応した『キョウヤ』の称呼を生じるものであり,
かつ,特定の観念は生じないものである」。
(2)引用商標について
「他方,引用商標は『饗家』の文字と『きょうや』の文字からなるものである。,
しかして,引用商標構成中の『饗』の文字は『酒食を用意してもてなす』等を意味する語,。
であり『キョウ』とも称される語(漢字源改訂第四版株式会社学習研究社発行)であるか,
ら,当該『饗』と『家』を結合した『饗家』の文字からは『キョウヤ』の称呼を生ずるもの,
である。
そして,引用商標構成中の『きょうや』の平仮名文字は,構成中の『饗家』の文字部分の読
みを特定したものと無理なく認識し得るものである。
してみれば,引用商標は,その構成文字に相応して『キョウヤ』の称呼のみを生ずるもの,
であり,かつ,特定の観念は生じないものである」。
(3)本願商標と引用商標の類否について
「そこで,本願商標と引用商標とを比較すると,共に特定の意味合いを看取させないもので
あるから,観念において比較することはできないとしても『キョウヤ』の称呼を共通にする,
ものである。
また,本願商標構成中の『きょうや』の文字と引用商標構成中の『きょうや』の文字とは,
外観上類似するものである。
,,。そして引用商標の指定役務は本願の指定役務と同一又は類似する役務を含むものである
してみれば,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないものであるとしても,本
『』『』,,願商標構成中のきょうやと引用商標構成中のきょうやとは外観において類似しかつ
両商標は『キョウヤ』の称呼を共通にする類似の商標であることから,本願商標をその指定,
役務に使用した場合は,その出所について誤認混同を生ずるおそれがあると認められる」。
(4)請求人(原告)の主張について
「請求人は『本願商標は『きょうや』あるいは『マルニキョウヤ』とか『ウメバチキョ,,,,
ウヤ』という称呼が生じる。他方,引用商標は,漢字の読みのバリエーションにしたがって,
『ヒビキヤ『ヒビキイエ『キョウヤ』等の称呼が生じ得るものであって,唯一絶対の称呼と』』
『』。,,『』してキョウヤの称呼のみが生じるものではないしてみれば両商標は共にキョウヤ
と称呼された場合にのみ,称呼が重複すると言える。したがって,称呼においては,一部近似
する場合が生じる可能性があることは否定しないが,恒常的にそのような状態となって,称呼
が相紛らわしいという状況とは言えない。してみれば,両商標は,称呼において,一部重複す
る可能性があるとはいえ,外観及び観念が,著しく相違する以上,実際の取引に用いられた場
合,両商標が同一の出所を表示するものと誤信される事態はおよそ考えられないから,両商標
は類似しない』旨主張する。。
しかしながら,本願商標は,その構成中の家紋風図形と文字部分とを必ずしも,一体不可分
のものとしてのみ認識しなければならない特段の事情もないものである。
,『』,,『』また引用商標構成中の饗の文字は漢字源改訂第四版1769頁を参照すると響
,『』,,『』の文字とは相違しヒビキと読まれる漢字ではないことから引用商標からはヒビキヤ
又は『ヒビキイエ』の称呼を生ずるものではなく『キョウヤ』の称呼のみを生ずるものであ,
る。
よって,前記・・・のとおり,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないもので
あるとしても,本願商標構成中の『きょうや』と引用商標構成中の『きょうや』とは外観にお
いて類似し,かつ,両商標は『キョウヤ』の称呼を共通にする類似の商標であるから,請求,
人の上記主張は,採用することができない。
,,『『()』(,『』,『』また請求人は本願を引用商標の響家きょうやなお響家の文字は饗家
の誤記である)で拒絶するのは,引用商標自体が,その先行商標である『響屋(登録第44。』
),。』,。52586号の存在にも拘わらず登録されている事とも整合が取れない旨主張する
しかしながら,請求人が掲げる登録第4452586号商標は,別掲2に示すとおり『ひ,
びきやの平仮名文字と響屋の漢字を上下二段に書してなるものでありその構成中のひ』『』,『
びきや』の文字が『響屋』の読み方を特定したものと無理なく認識されるものであることか,
ら『ヒビキヤ』の称呼のみを生ずるものであり『キョウヤ』の称呼のみが生ずる引用商標と,,
は,非類似の商標である判断するのが相当である。
また,前記のとおり,登録第4452586号商標は,その構成中に『ひびきや』の平仮名
文字を有するものであるところ,請求人は,該商標をあたかも『響屋』の漢字のみからなる商
標であるかの如き主張をしているものであるから,請求人のかかる主張は,失当であると言わ
ざるを得ない。
したがって,請求人の前記主張も採用することはできない。
その他の請求人の主張をもってしても,原査定の拒絶の理由を覆すに足りない」。
第3原告主張の要旨
審決は,次のとおり,本願商標と引用商標の類否判断を誤ったものである。
1外観類似について
審決は,商標の構成中のごく一部にすぎない平仮名記載部分のみを取り出し,そ
の部分のみを比較して外観類似であると判断している。これが,商標全体としても
外観類似であるとする趣旨か否かは定かではないが,商標は一体的に,そして離隔
的にも観察すべきものであり,商標構成中のごく一部の共通部分のみをことさらに
取り出して,その部分のみで商標の外観類似を云々すべきものではない。
両商標を全体として観察した場合には,明らかに非類似である。
,,「」また仮に大書されていて取引者・需要者の目を惹きやすい本願商標の京や
の漢字・平仮名部分と,引用商標の「饗家」の漢字部分のみを抽出し,対比したと
しても,外観が類似しているとは到底いえない。
2観念類似について
審決は,引用商標の「饗家」について「特定の観念は生じない」と判断してい,
るが「饗家」は,その漢字構成からして「客人を饗する家」や「饗宴を行う家」,,
などという意味が直ちに想起されるものであるから,引用商標において「特定の観
念は生じない」との判断は承服し難い。
他方,本願商標は「京」という漢字部分に着目しても「皇居のある土地」とか,,
「」,「」,。みやこ又は京都などを想起させるものであるから観念は明確に異なる
仮に「特定の観念は生じない」としても,同一・類似の観念が生じるものとはい
えないのであるから,いずれにせよ観念は非類似である。
3称呼類似について
本願商標は,丸印の中に「京」と「や」が大きく書かれて,斜めに配されている
ので「マルにキョウヤ」などという称呼,又は「きょうや」の平仮名表記部分が,
非常に小さく書かれていることもあり漢字の京の部分が印象に残り単にキ,「」,「
ョウ,又は丸印と相まって「マルキョウ」という称呼も生じ得るものである。商」
標の称呼についても,商標全体の構成において判断されるべきものである。
そうすると,必ずしも,本願商標と引用商標とが,常に同一の称呼となるともい
えない。
4総合判断
商標の類否判断は,一応の基準であり,外観,観念及び称呼のうち,いずれかに
おいて類似するものと判断されれば,必ず両商標を類似と判断しなければならない
というような硬直的・杓子定規的な基準ではないはずである。
外観,観念及び称呼のいずれかで類似すると判断される場合においても,他が大
きく異なる場合においては,両商標は非類似と判断されるべきものである。
本件においては,称呼が類似し得る点があったとしても,前記のとおり,外観が
著しく異なり(平仮名記載部分のみを微視的に取り上げるべきではない,観念に。)
ついても,同一・類似の観念を連想・想起させるものではないから,両商標は非類
似と判断されてしかるべきである。
本件のような事案で,称呼の類似をことさらに強調し,称呼において共通する場
合があるとのことで商標として類似する旨判断するのであれば,後続事業者の商標
選択の幅を著しく狭くすることとなり,競争上極めて不適切である。
なお,本件では,指定役務が「飲食物の提供」という往々にして営業地域が商標
権者・商標登録出願人の所在地周辺に限定されがちなものであるという点も加味す
ると,引用商標と本願商標とが,実際の事業活動上,看過できないほどの表示の混
乱を惹起せしめる可能性があるとも解されず,一般的・抽象的な出所の混同の発生
は想起しにくいものである。
第4被告の反論
1本願商標と引用商標の類否について
(1)本願商標の構成中の「京や」及び「きょうや」の文字部分が,独立して役務
の出所識別標識として認識されることについて
本願商標は,筆書体風に書された円内に,左上から右下にかけて肉太でひときわ
大きく「京や」の文字を筆書体風に書し,同円内の下部(京や」の文字の下側)「
には「きょうや」の平仮名文字を明朝体で小さく横書きし,また,同円内の右上部
京の文字の右側には家紋風図形を配した構成からなるものであるから京(「」),,「
や」の文字とその読み方を表した「きょうや」の文字と家紋風図形とは,視覚上分
離して観察されるものであり,かつ,肉太でひときわ大きく書された「京や」の文
字部分が,本願商標の構成全体において,視覚上顕著に表された部分としてひとき
わ強く印象付けられるものである。
,「」,「」そして本願商標の指定役務飲食物の提供における業界すなわち飲食店
は,その店名や屋号のみを称して取引されることがあり,それが一般的であるとい
え,また,家紋は「各家がしるしとしている紋章」であることからすれば,家紋,
と文字が記された場合には,その文字部分が,その家紋を使用する家名を表示する
と理解されるものといえる。
これを本願商標についてみると,本願商標は,同一円内に,肉太でひときわ大き
く書された「京や」の文字とその読み方を小さく併記した「きょうや」の文字とと
,,,もに家紋風図形が右上部に配置されていることからすればこれに接する取引者
需要者は,正に「京や(きょうや)の文字部分をその家紋を使用する家名を表示」
するものと無理なく理解するといえる。
そうすると,本願商標の指定役務「飲食物の提供」との関係においては,本願商
標構成中の「京や(きょうや)の文字部分を,店名や屋号に相当する部分として」
認識,把握するのが自然であるから,これらの文字部分は役務の出所識別標識とし
,。て強く支配的な印象を与えるものであって本願商標の要部というべきものである
してみれば,簡易迅速を尊ぶ取引の実際にあっては,本願商標に接する取引者,
需要者は,肉太でひときわ大きく書された「京や」の文字及びその読み方を表した
「きょうや」の文字を捉え,これをもって取引に資する場合も決して少なくないも
のというべきである。
したがって,本願商標は,該文字部分に相応した「キョウヤ」の称呼を生じるも
のであり,かつ「京」の文字が「皇居のある土地,みやこ,帝都」等を意味する,,
語であるとしても,独立して取引に資される「京や」の文字及びその読み方として
認識される「きょうや」の文字は,特定の意味合いを有する語として,広辞苑等の
辞書,辞典に掲載されている事実も見当たらないことからすれば,特定の観念は直
ちには生じないものというべきである。
(2)引用商標について
引用商標は「饗家」の漢字と「きょうや」の平仮名文字とを上下二段に書して,
,「」,「。,なるところその構成中の饗の文字は酒食を用意してもてなすことまた
。」,「」,「」その酒席等を意味する語でありキョウとも称される語であるから当該饗
と「家」を結合した「饗家」の文字からは「キョウヤ」の称呼を生ずるものであ,
る。そうすると,引用商標を構成する下段の「きょうや」の平仮名文字は,上段の
「饗家」の文字の読み方を特定したものと無理なく認識し得るものといえる。
したがって,引用商標は,その構成文字に相応して「キョウヤ」の称呼のみを,
生ずるものである。
また「饗」の文字が「酒食を用意してもてなすこと。また,その酒食」等を,,。
意味する語であるとしても,同語に接する需要者等が,常用漢字でもない「饗」の
文字が前記のような意味を有するものと直ちに理解するとはにわかに信じ難く,そ
のような「饗」の文字と「家」の文字とを結合してなる「饗家」の文字が,特定の
意味合いを有する語として広辞苑等の辞書,辞典に掲載されている事実も見当たら
ないことから「饗家」の文字及びその読み方として認識される「きょうや」の文,
字からは,特定の観念は直ちには生じないというべきである。
(3)本願商標と引用商標の類否判断について
ア外観について
本願商標及び引用商標の構成は,視覚的に対比観察した場合,外観において相違
するといえるものであるが,商標の類否を判断するに当たっては,必ずしも全体的
な対比考察によってのみされるわけでなく,出所識別標識として強く人の認識に残
る部分については,その部分を抽出して要部観察により類否の判断を必要とする場
,,「」「」合があるところ前記(1)のとおり本願商標を構成する京や及びきょうや
の文字部分は,役務の出所識別標識として,強く支配的な印象を与えるものである
から,本願商標の要部として認識,把握されるものである。
また,引用商標は,その構成文字である「饗家」及び「きょうや」の文字が共に
出所識別標識として強く印象に残る部分である。
このように,両商標に共通する「きょうや」の平仮名文字は,共に,両商標の称
呼を特定する部分であり,出所識別標識として,重要な役割を果たす部分であるか
ら,その限りにおいて外観において共通するものといえる。
イ称呼について
本願商標は,前記(1)のとおり,その構成中,独立して自他役務の出所識別標識
としての機能を果たす「京や」及び「きょうや」の文字部分より「キョウヤ」の,
自然な称呼を生ずるものというべきである。
他方,引用商標は,前記(2)のとおり,その構成文字に相応して「キョウヤ」の
自然な称呼を生ずるものである。
そうすると,本願商標と引用商標とは「キョウヤ」の称呼を共通にするもので,
ある。
ウ観念について
本願商標と引用商標とは,共に特定の意味合いを直ちには看取させないものであ
るから,観念において比較することはできないものである。
エ「飲食物の提供」の業界における称呼による取引の実情について
飲食店の新規開店や店舗の紹介等を行うための宣伝・広告は,新聞・チラシ・雑
誌等の紙媒体のみで行われるものではなく,画像又は音声を用いた宣伝・広告媒体
(テレビ・ラジオ等によるCM)が選択されるものである。
そして,実際に「飲食物の提供」の業界において,その店名等を告知する方法と
して,テレビ・ラジオ等によるCMが利用されている。
このように,今日においては,一般にテレビ・ラジオ等による音声を用いた宣伝
・広告が広く行われていることから,音声を用いた宣伝・広告に対する人の耳から
の記憶(商標の称呼)が,出所の識別に重要な役割を果たしているものといえ,こ
のことは,本願商標及び引用商標の指定役務である「飲食物の提供」においても何
ら変わるところはない(乙6ないし16参照。)
したがって,本願商標と引用商標において共通する「キョウヤ」の称呼(読み方
を特定する「きょうや」の文字)は,両商標に共通する指定役務である「飲食物の
提供」に係る取引において,重要な識別機能を果たすものとして認識されるといえ
る。
オ小括
以上のとおり,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないものである
としても,両商標は,取引者,需要者の注意を惹く「きょうや」の文字部分におい
て,外観を共通にし,かつ「キョウヤ」の称呼を共通にするものであるから,類,
似の商標というべきである。
そして,本願の指定役務「飲食物の提供」と引用商標の指定役務中の「飲食物の
提供」は同一の役務である。
してみれば,本願商標をその指定役務に使用した場合は,その出所について誤認
混同を生ずるおそれがあるといえる。
よって,本願商標は,商標法4条1項11号に該当するというべきであって,審
決の認定判断に誤りはない。
2原告の主張への反論
(1)外観類似について
,「,最高裁昭和38年12月5日判決等において複数の構成部分の一部が取引者
需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと
認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じな
いと認められる場合などには,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分を他人の
商標と比較して商標そのものの類否を判断することができる」と判示されており,
商標の外観における類否判断を行う際にも,両商標の外観全体を比較するのみでは
なく,それらの構成の一部が,役務の出所識別標識として認識し得る場合には,そ
れらの構成の一部を部分抽出した上で,外観における類似性を判断することもあり
得るというべきである。
これを踏まえて本願商標と引用商標とをみるに,前記1(1),(2)のとおり,本願
商標の構成文字中の「京や」の文字と同様に平仮名文字「きょうや」は,独立して
自他役務の出所識別標識としての機能を果たす重要な要部として認識されるものと
判断するのが相当であるといえ,また,引用商標構成中の「きょうや」の文字部分
も,引用商標において,独立して自他役務の識別標識としての機能を果たす重要な
要部として認識されるものと判断するのが相当である。
そうすると,本願商標及び引用商標の構成文字中の「きょうや」の文字部分を要
部として捉えて,これらから生ずる称呼に加え,その外観の類似性について判断す
ることにつき,何らの違法性もない。
(2)観念類似について
前記1(2)のとおり「饗」の文字と「家」の文字とを結合してなる「饗家」の文,
字が,原告が主張する「客人を饗する家」や「饗宴を行う家」といった意味合いを
直ちに看取させるものではないというべきであり,引用商標からは,特定の観念を
生じるものではない。
また,本願商標についても,その構成中の「京」の文字に,原告が主張するとお
りの意味を有していたとしても,本願商標は,その構成文字中に「きょうや」の文
,「」,「」「」字を有しそれが京やの自然な称呼であることからすれば京の文字とや
の文字とをあえて分離観察しなければならない事情はないものというべきである。
そうとすれば「本願商標の『京』という漢字部分に着目しても『皇居のある土,,
地』とか『みやこ,あるいは『京都』などを連想させる」との原告の主張は失当』
であり,前記1のとおり,本願商標及び引用商標は,共に特定の観念を生じさせる
ものではない。
また,商標の類否判断を行うに当たり,対比する商標から共に,別異の意味合い
の観念が生じ,かつ,その観念が著しく相違する場合には,両者を非類似と判断す
ることはあり得るが,本願商標及び引用商標は,共に特定の観念を生じさせるもの
ではないから,観念において非類似との判断をし得るものではなく,あくまでも,
観念においては比較できないというのが相当である。
したがって,原告の上記主張は失当である。
(3)称呼類似について
称呼の同一又は類似性の判断は,類否判断を行う商標の唯一無二の称呼のみをも
って判断するものではない。
本願商標から,原告が主張するような「マルニキョウヤ「キョウ」又は「マル」,
キョウ」の如き称呼が生ずるものとしても,本願商標の構成文字中の「京や」及び
「きょうや」の文字部分から「キョウヤ」の自然な称呼が生じ,かつ,引用商標,
の構成文字中の「饗家」及び「きょうや」の文字部分から「キョウヤ」の自然な称
呼を生ずるものであるから,本願商標と引用商標とは「キョウヤ」の称呼を共通,
にする商標であるといえ,この点に関する原告の主張は失当である。
(4)総合判断
本願商標と引用商標とが,観念においては比較できないものであるとしても,称
呼を共通にし,かつ取引者,需要者の注意を惹く「きょうや」の文字部分の外観を
共通にするものであることは前記1(3)のとおりである。
そして,本願商標及び引用商標の指定役務である「飲食物の提供」の業界におい
て,商標の称呼が,出所の識別に重要な役割を果たしていることは前記1(3)エの
とおりである。
さらに,本願商標が,実際の商取引の実情において,その指定役務の出所識別標
識として使用されたことにより,需要者間において広く知られ,そのことにより,
引用商標との差別化が図られ,両者が取引の実情として棲み分けされているような
主張及び立証もなく,かつ,実際に本願商標が使用されている事実について,被告
は発見することができなかった。
そうすると,上記のような取引の実情もない中で,先願で登録された同一又は類
似の商標が存在するにもかかわらず,後願を登録してしまうことは,いたずらに商
取引における混乱を生じさせるおそれがあり,適切ではない。
また,事業者による商標の選択は自由意思によるものであり,商標法における商
標の不登録事由に該当しない商標を事業者が選択する際には,限りなく広範にわた
る文字,図形及びこれらの結合商標の選択が可能であるところ,本願商標が商標法
4条1項11号に該当するとした判断が,前記事情を踏まえた際に,直ちに,事業
者における商標の選択の幅を著しく狭くするとはいえない。
そして商標権の及ぶ範囲は日本国内の全域に及ぶものであるから原告の飲,,,「『
食物の提供』の役務の営業地域が商標権者等の所在地周辺に限定される」との主張
は,その前提において誤りである。
3結論
以上のとおり,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないとしても,
両商標は,取引者,需要者の注意を惹く「きょうや」の文字部分において外観を共
通にし,かつ「キョウヤ」の称呼を共通にするものであるから,類似の商標とい,
うべきである。
そして,本願の指定役務「飲食物の提供」と引用商標の指定役務中の「飲食物の
提供」は同一の役務である。
してみれば,本願商標をその指定役務に使用した場合には,その出所について誤
認混同を生ずるおそれがあるといえる。
したがって,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとして,登録すること
ができないとした審決に何ら違法性はない。
第5当裁判所の判断
1商標の類否の判断手法について
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場
合に,商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決
,,,すべきであるがそれにはそのような商品又は役務に使用された商標がその外観
観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体
的に考察すべく,しかもその商品又は役務の取引の実情を明らかにし得る限り,そ
の具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月2
7日判決・民集22巻2号399頁参照。)
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の
構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類
否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標
識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から
出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許され
ない(最高裁昭和38年12月5日判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平
成20年9月8日判決・判例時報2021号92頁,判例タイムズ1280号11
4頁参照。)
2本願商標及び引用商標の類否について
(1)本願商標について
ア証拠(甲3)によれば,本願商標は,別紙1のとおり,筆書体風に書された
円内に左上から右下にかけて大きく京やの文字を書しその文字の下にき,,「」,「
ょうや」の平仮名文字を配し,また「京や」の文字中の「京」の右側に家紋風の,
図形を配してなるものであり,指定役務を第43類「飲食物の提供」とするもので
あることが認められる。
イそして,審決が指摘するとおり「きょうや」の平仮名文字は「京や」の読,,
み方を特定したものと解され,同商標からは「きょうや」との称呼が生じ,他の,
称呼は生じないものと解される。
,,「」,「」,「」これに対し原告は同商標からはマルにキョウヤキョウマルキョウ
などの称呼も生じ得る旨主張するが,これらは抽象的な可能性を指摘するものにす
ぎず,実際にそのような称呼が生じている旨の証拠もなく,上記主張は採用できな
い。
ウ証拠(乙2ないし4)からすれば「京や「きょうや」という言葉は,い,」,
ずれも,広辞苑第6版,大辞泉増補・新装版,大辞林第3版といった辞書に掲載さ
れていないことが認められる。
したがって,本願商標からは,特段の観念は生じないとみるのが自然である。
もっとも,証拠(甲7)からすれば「京」という漢字には「皇居のある土地。,
みやこ。帝都」といった意味があることが認められる。。
したがって,本願商標からは「京」の文字から「皇居のある土地。みやこ。帝,,
都」といった観念が生じる可能性があるともいえる。。
(2)引用商標について
ア証拠(甲1)によれば,引用商標は「饗家」の漢字と「きょうや」の平仮,
,「,名文字とを上下二段に書してなる商標であり指定役務を第43類飲食物の提供
宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取り次ぎ」とするものであるこ
とが認められる。
イそして,審決が指摘するとおり「きょうや」の平仮名文字は「饗家」の読,,
み方を特定したものと認識され,同商標からは「きょうや」との称呼が生じ,他,
の称呼は生じないものと解される。
ウ証拠(乙2ないし4)からすれば「饗家「きょうや」という言葉は,い,」,
ずれも,広辞苑第6版,大辞泉増補・新装版,大辞林第3版といった辞書に掲載さ
れていないことが認められる。
したがって,引用商標からは,特段の観念は生じないとみるのが自然である。
もっとも,証拠(甲7)からすれば「饗」という漢字には「酒食をもてなすこ,
と。また,その酒食」といった意味があることが認められる。。
したがって,引用商標からは「饗」の文字から「酒食をもてなすこと。また,,,
その酒食」といった観念が生じる可能性を否定できないが「饗」の文字がやや難。,
しいことからすれば,このような観念が生じる可能性は高いとはいえない。
(3)本願商標と引用商標の類否について
ア本願商標は,円の中に大きな「京や」の文字,これに比較してはるかに小さ
な「きょうや」の文字,及び家紋風図形が配された,図柄入りの商標であるのに対
,,,,「」,し引用商標では図柄はなく上下二段になっており上段には大きな饗家
下段には小さな「きょうや」の文字が配された商標であって,両商標の外観は大き
く異なるものである。
この点に関し,被告は,両商標のうち「きょうや」の平仮名文字につき,出所識
別標識として重要な役割を果たす部分であり,その限りで,両商標は外観において
共通する旨主張する。
しかし,前記1のとおり,結合商標における商標の類否は,基本的には全体とし
て検討すべきであって,一部のみを抽出して類否を判断することは,その部分が取
引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える
ものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が
生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである。
別紙1,2のとおり,本願商標において「京や」の漢字部分は最も大きな構成部
分であって同部分は本願商標の要部の一部であり同様に引用商標において饗,,,「
家」の漢字部分は最も大きな構成部分であり,同部分は引用商標の要部の一部であ
って,これらの部分は,いずれも取引者や需要者に対して出所識別標識としての称
呼,観念が生じないとすることができない部分である。
そうすると,本願商標の「京や」や引用商標の「饗家」の部分を,類否判断にお
ける検討の対象から外すことはできない。
同様に,本願商標における家紋風図形についても,本願商標の特徴的部分ともい
え,同部分を要部から外すことはできない。
イ前記(1)イ,(2)イのとおり,本願商標と引用商標からは,いずれも「きょう
や」との称呼のみが生ずるものと認められ,これらの称呼は完全に一致している。
ウ前記(1)ウ,(2)ウのとおり「京や「饗家「きょうや」という言葉は,,」,」,
いずれも辞書に掲載されていないこと等からすれば,本願商標及び引用商標のいず
れからも,特段の観念は生じないとみるのが自然である。
もっとも「京」という漢字には「皇居のある土地。みやこ。帝都」といった意,。
味があり「饗」という漢字には「酒食をもてなすこと。また,その酒食」といっ,。
,,「」,「。。た意味があるため本願商標からは京の文字から皇居のある土地みやこ
帝都」といった観念が生じる可能性があり,また,引用商標からは「饗」の文字。,
から「酒食をもてなすこと。また,その酒食」といった観念が生じる可能性があ,。
るといえる。ただし,前述のとおり「饗」の文字がやや難しいため,引用商標か,
らは特定の観念が生じない可能性が高い。
エなお,被告は「飲食物の提供」の業界において,その店名等を告知する方,
法として,テレビ,ラジオ等によるコマーシャルが利用されており,音声を用いた
宣伝・広告に対する人の耳からの記憶(商標の称呼)が,出所の識別に重要な役割
を果たしている旨主張し,その根拠として,各種コマーシャルに関する証拠(乙6
ないし16)を挙げる。
,,これらのコマーシャル等の音声情報自体は証拠として提出されていないものの
これらのテレビ,ラジオ等によるコマーシャルにおいて店名等が告知されているも
のがあることが推認できる上,本願商標と引用商標の共通の指定役務である「飲食
物の提供」の分野において,称呼が極めて重要であることは自明であるから,本願
商標と引用商標の類否を判断する上で,外観及び観念の果たす役割を軽視するもの
ではないが,称呼の果たす役割が非常に大きいことは否定できない。
オ以上のとおり,本願商標と引用商標の外観は大きく異なり,両商標からは特
,,,段の観念が生じないか又は互いに異なった観念が生じ得るものであるが他方で
両商標からはいずれも「きょうや」との称呼のみが生じるものであって,両商標か
ら生じる称呼は完全に一致している。
また,引用商標の指定役務は,本願の指定役務と同一又は類似する役務を含むも
のである。
以上の事情を総合的に考慮すると,たとえ外観が大きく異なるとしても,称呼が
,,完全に一致することからすれば本願商標と引用商標は類似するというべきであり
これを「飲食物の提供」に用いた場合に誤認混同が生じるおそれは否定できず,本
願商標につき商標法4条1項11号を適用した審決に誤りはないから,原告の請求
は棄却を免れない。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
塚原朋一
裁判官
東海林保
裁判官
矢口俊哉
別紙1
別紙2

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