弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成29年1月30日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成26年(ワ)第168号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成28年9月5日
判決
主文
1被告らは,原告Aに対し,連帯して1512万2640円並びにこれに対す
る被告会社については平成24年5月15日から,被告D及び被告Eについて
は平成26年5月28日から,被告Fについては同月29日から各支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,連帯して1554万5320円並びにこれに対す
る被告会社については平成24年5月15日から,被告D及び被告Eについて
は平成26年5月28日から,被告Fについては同月29日から各支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
3被告らは,原告Cに対し,連帯して1554万5320円並びにこれに対す
る被告会社については平成24年5月15日から,被告D及び被告Eについて
は平成26年5月28日から,被告Fについては同月29日から各支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告らの
負担とする。
6この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
被告らは,原告Aに対し,連帯して4598万2861円並びにこれに対
する被告会社については平成24年5月15日から,被告D及び被告Eにつ
いては平成26年5月28日から,被告Fについては同月29日から各支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
被告らは,原告Bに対し,連帯して2495万7600円並びにこれに対
する被告会社については平成24年5月15日から,被告D及び被告Eにつ
いては平成26年5月28日から,被告Fについては同月29日から各支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
被告らは,原告Cに対し,連帯して2495万7600円並びにこれに対
する被告会社については平成24年5月15日から,被告D及び被告Eにつ
いては平成26年5月28日から,被告Fについては同月29日から各支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行宣言
2請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2事案の概要
1本件は,被告会社の従業員であったG(平成24年5月15日死亡。以下「亡
G」という。)の相続人である原告らが,被告会社が労働者の労働時間を適正
に把握し,適正に管理する義務を怠り,亡Gを長時間労働等の過重な業務に従
事させたため,亡Gが致死性不整脈により死亡したなどと主張して,被告会社
に対し,不法行為による損害賠償として,亡G死亡時に被告会社の代表取締役
であった被告D,被告E及び被告F(以下「被告代表者ら」という。)に対し,
会社法429条1項に基づく損害賠償として,原告Aは4598万2861円
及びこれに対する遅延損害金,原告B及び原告Cはそれぞれ2495万760
0円及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
2請求原因
当事者等
ア被告会社は,飲食店の経営等を業とする株式会社であり,三重県内でフ
ァーストフード店ミスタードーナツ(以下「ミスタードーナツ」という。)
等の店舗を経営している。
被告代表者らは,亡Gの死亡した平成24年5月15日当時,いずれも
被告会社の代表取締役であった。
イ原告Aは,亡Gの配偶者であり,原告B及び原告Cは,亡Gの子である。
原告らは亡Gの相続人であり,法定相続分は,原告Aが2分の1,原告B
及び原告Cは,それぞれ4分の1である。
亡Gの地位・業務内容等
ア地位
亡G(昭和37年4月7日生)は,昭和61年3月26日,被告会社に
雇用され,平成24年5月15日に死亡するまで,被告会社のミスタード
ーナツにおいて,ドーナツの製造,販売及び店舗管理等の業務に従事した。
亡Gは,平成22年4月26日から,被告会社の店舗サービス事業部営
業部MD課改善係課長代理(以下「課長代理」という。)兼ミスタードー
ナツ津サティショップ(現イオン津店。以下「イオン津店」という。)店
長を務め,平成23年7月26日から,ミスタードーナツ津サンバレー店
(以下「サンバレー店」という。)店長も兼務した。
イ業務内容
亡Gの具体的な業務内容は,次のとおりであった。
ドーナツの製造
午前6時に出勤後,午前9時の開店までの間に,最低20品目10ト
レーを準備し,売行きにより追加製造する。毎月10日間(5日間が2
回),セール期間がある。
店舗管理
アルバイトの勤務シフト作成,目標設定,部下の指導教育,売上管理
及び原材料発注の業務をする。
課長代理としての業務
三重県内にある9店舗の運営支援,店長のフォロー及び店長不在時の
代理等の業務をする。
ウ労働条件
所定労働時間
a1日8時間,1週間40時間
b所定始業時刻午前6時,所定終業時刻午後3時
(所定休憩時間1時間)
所定休日
週休2日制(日曜日及び1週1日の輪番制の休日)
亡Gの死亡
亡Gは,平成24年5月15日午前5時30分頃,自宅から出勤するに当
たり,自動車を運転していたが,同日午前7時頃,歩道の縁石に乗り上げた
同車両の運転席内で心肺停止となっているところを発見された。
同日午前8時14分,三重大学医学部附属病院において,亡Gが致死性不
整脈により死亡したことが確認された。
亡Gの死亡が業務によるものであること
ア長時間労働
亡Gの死亡(発症)前1か月間から11か月間(平成23年6月20日
から平成24年5月14日まで)の総労働時間数は,別紙1「労働時間」
の「総労働時間数」欄記載のとおりであり,時間外労働時間数は,同「時
間外労働時間数」欄記載のとおりであった。これは,亡Gが被告会社から
支給され,時間管理に使われていたGPS機能付き携帯電話機(以下「G
PS」という。)の記録に基づき計算したものである。このとおり,亡G
は,死亡前2か月間から6か月間以上にわたって,毎月120時間を超え
る時間外労働に従事し,恒常的な長時間労働になっていた。
イ業務の過重性
亡Gは,①帰宅が午後10時頃になったり,店舗の体制等によっては,
急に出勤する必要があり,休日になるかどうかも前日までは分からないな
ど,不規則な勤務状況であったこと,②亡Gの死亡前1か月間から11か
月間の拘束時間数は,別紙1「労働時間」の「拘束時間数」欄記載のとお
りであり,拘束時間のうちの実労働時間数の占める割合が高いこと,③業
務内容としても立ち仕事が多く,店長を務めるイオン津店及びサンバレー
店の状況を把握するために2店舗を移動する必要もあり,精神的にも肉体
的にも負担となっていたことから,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重
な業務に就労していたといえる。
ウ亡Gの既往症
亡Gには心筋梗塞,1型糖尿病及び虚血性心筋症の既往症があり,心筋
梗塞により,冠動脈バイパス術を受けたこともあった。
しかしながら,亡GのEF(左室駆出率。心臓のポンプ機能のこと。)
値及びLVDd(左室拡張末期径)値は,良好な数値ないし基準値を若干
上回る程度であり,平成23年5月2日受診の健康診断でも特別な異常は
認められていなかったから,既往症の自然経過によって心臓疾患を発症さ
せる寸前まで進行していたことはなかった。平成24年4月18日にEF
値28%という数値が生じたのも,長時間労働による精神的・身体的負荷
が原因であり,既往症の増悪ともいえない。
エ小括
以上のとおり,亡Gは,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に
就労したことで,致死性不整脈を発症して死亡したものであり,業務と死
亡との間に因果関係がある。
被告会社の安全配慮義務違反-被告会社に対する請求
ア安全配慮義務の発生
被告会社は,亡Gの雇用主であるから,亡Gに対し,労働契約関係に基
づく付随的義務として,亡Gの生命,身体及び健康等を危険から保護する
よう配慮すべき義務を負っていた(労働契約法5条)。
具体的には,労働基準法及び労働安全衛生法の規定に照らして,使用者
は,雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業
務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康
を損なうことがないように注意する義務を負う。その前提として,使用者
には,労働者の労働時間を適正に把握する義務もある(厚生労働省労働基
準局長「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基
準」参照)。
イ安全配慮義務違反
被告会社は,次のとおり,安全配慮義務を怠ったことで,亡Gを長期間
の過重業務に就労させ,致死性不整脈により死亡させたから,亡G及び原
告らに対し,不法行為による損害賠償責任を負う。
労働時間を把握する義務違反
被告会社は,亡Gの勤務時間や勤務スケジュールを本人の裁量判断に
任せており,亡Gの労働時間を把握していなかった。
長時間労働等による過重負担を放置したことによる義務違反
被告会社は,亡GにGPSを持たせており,勤務時間を把握し得たに
もかかわらず,漫然と長期にわたって,1か月120時間を超える時間
外労働を放置した。
⑹被告代表者らの任務懈怠行為-被告代表者らに対する請求
被告代表者らは,被告会社に前記イの不法行為を行わせた任務懈怠行為
があり,これについて悪意又は重大な過失があった。
したがって,被告代表者らは亡G及び原告らに対し,会社法429条1項
による損害賠償責任を負う。
⑺損害
ア亡Gの損害
逸失利益4983万0403円
亡Gの平成23年分の年収は631万4144円であった。したがっ
て,死亡当時50歳であった亡Gの逸失利益は,次のとおり,4983
万0403円(1円未満切捨て)である。
631万4144円(亡Gの年収)×0.7(生活費控除率0.3)
×11.2741(労働能力喪失期間17年に相当するライプニッツ係
数)=4983万0403円
慰謝料3000万円
亡Gの慰謝料としては,3000万円が相当である。
小計7983万0403円
相続
a原告A3991万5201円
原告Aは,前記の2分の1である3991万5201円(1円未
満切捨て)の亡Gの損害賠償請求権を相続した。
b原告B及び原告C各1995万7600円
原告B及び原告Cは,前記の各4分の1である1995万760
0円(1円未満切捨て)の亡Gの損害賠償請求権を相続した。
イ原告ら固有の損害
慰謝料300万円
原告ら固有の慰謝料としては,各300万円が相当である。
葬儀・葬祭関係費396万0760円
原告Aは,葬儀・葬祭関係費として,合計396万0760円を負担
した。
ウ損益相殺
原告Aは,次のとおり,葬祭料及び遺族補償年金を受領した。
葬祭料89万5080円
遺族補償年金399万8020円
a平成25年10月15日319万8416円
b同年12月13日39万9802円
c平成26年2月13日39万9802円
エ小計
前記ア及びイを合算し,原告Aについて前記ウの金額を控除すると,原
告らの損害は,次のとおりとなる。
原告A4198万2861円
(計算式:3991万5201円+300万円+396万0760円-89万5080円-399万
8020円=4198万2861円)
原告B及び原告C各2295万7600円
(計算式:1995万7600円+300万円=2295万7600円)
オ弁護士費用
原告Aにつき400万円,原告B及び原告Cにつき各200万円が相当
である。
カ合計
前記エ及びオを合算すると,原告らの損害は,次のとおりとなる。
原告A4598万2861円
原告B2495万7600円
原告C2495万7600円
まとめ
よって,原告らは,被告会社に対しては不法行為による損害賠償として,
被告代表者らに対しては会社法429条1項による損害賠償として,連帯し
て,
ア原告Aにつき4598万2861円,
イ原告Bにつき2495万7600円,
ウ原告Cにつき2495万7600円,
及びこれらに対する被告会社については不法行為の日である平成24年5月
15日から,被告D,被告Eについては訴状送達の日の翌日である平成26
年5月28日から,被告Fについては訴状送達の日の翌日である同月29日
から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る。
3請求原因に対する認否等-被告ら
請求原因の事実は認める。ただし,被告会社の主たる業務は菓子類・デ
ザート類の製造である。
請求原因について
ア同アの事実は認める。ただし,亡Gは,平成24年4月26日,イオン
津店及びサンバレー店店長の職を解かれており,同日以降,課長代理の職
のみとなっていた。
イ同イの事実のうち,亡Gがイオン津店において,ドーナツの製造及び店
舗管理を行っていたこと,平成24年4月26日以降,課長代理としての
業務を開始したことは認め,その余は否認する。
ウ同ウの事実は否認する。後記4アのとおり,亡Gは管理監督者に当た
るから,被告会社の就業規則上の労働条件は適用されない。
請求原因の事実のうち,亡Gが平成24年5月15日に車両を運転して
いたこと,同日午前8時14分,三重大学医学部附属病院において,致死性
不整脈による亡Gの死亡が確認されたことは認め,その余は不知。
請求原因について
ア同アの事実のうち,別紙1「労働時間」の計算方法は知らず,その余は
否認して争う。
イ同イの事実は否認して争う。
ウ同ウの事実のうち,亡Gには,心筋梗塞及び糖尿病の既往症があったこ
と,心筋梗塞により冠動脈バイパス術を受けたことがあったこと,平成2
3年5月2日受診の健康診断でも特別な異常は認められなかったこと,平
成24年4月18日には亡GのEF値が28%であったことは認め,虚血
性心筋症の既往症があったこと,既往症の自然経過によって心臓疾患を発
症させる寸前まで進行していたことはなかったことは知らず,その余は否
認する。
請求原因について
ア同アの主張は一般論としては認め,本件への適用は争う。
イ同イの事実のうち,被告会社が亡Gの勤務時間や勤務スケジュール
を本人の裁量に委ねていたことは認め,その余は否認する。
同イの事実のうち,被告会社が亡GにGPSを持たせており,勤務
時間を把握し得たことは認め,その余は否認する。
⑹請求原因⑹の主張は争う。
⑺請求原因⑺の事実は不知ないし争う。
4被告らの主張
亡Gの死亡は業務によるものではないこと
ア亡Gの労働時間
GPSの記録には信用性がないこと
原告は,GPSの記録(甲18)に基づいて労働時間を計算している。
しかしながら,GPSによる出社及び退社の記録は,本人が入力して送
信することにより記録されるから,必ずしも実際の業務の開始及び終了
時刻を表すものではない。このことは,①上記記録のうち,パチンコ店
と思料される場所で退社となっていたり,津競艇場と思料される場所に
居た後に退社となっていたりすること(パチンコ店と思慮される「国2
3小野江」と記録されたのが12回,津競艇場と記録されたのが24回
である。),②イオン津店の従業員出入口の定時の開錠時刻は午前5時
30分である(ただし,事前申請をすれば午前5時に出勤することは可
能である。)のに,これより早い出勤時間が記録されていることからも
明らかである。
亡Gが漫然と在店していたこと
イオン津店の所定の店長業務に要する時間は,通常期で平日7時間3
0分,土日9時間,セール期で平日9時間30分,土日10時間である。
したがって,亡Gは,午前6時に業務を開始すれば,通常期の平日は午
後2時30分,土日は午後4時に,セール期の平日は午後4時30分,
土日は午後5時には退店できる。これを踏まえて亡Gの労働時間を算出
すると,実際の時間外労働時間数は,死亡前6か月間において1か月当
たり80時間を超えることは一度もなかった。
亡Gの業務外行為
GPSの記録によると,亡Gの退社時刻は,前記の退店時刻よりも
相当遅い時刻となっているが,亡Gが漫然と在店していたことが窺われ,
実質的な労働が伴っていなかったというほかない。
また,亡Gには,私的にドーナツを受注・製造したり,イオン津店の
金員を横領し,これを隠蔽するために現金出納帳の管理等をするなどの
業務外行為をしていた疑いがあり,このため,業務上の必要がないのに
イオン津店に長時間滞在していたと考えられる。
イ亡Gの業務
実質的な兼務ではなかったこと
亡Gは,平成23年7月26日より,課長代理,イオン津店店長及び
サンバレー店店長を兼務していた。
しかしながら,サンバレー店において,ドーナツの製造及び店舗管理
を行っていたのは,被告会社の従業員であるHであり,亡Gは名目上の
店長にすぎず,実質的な労働も伴っていなかった。
また,亡Gは,平成24年4月25日に店長職を解かれるまで,課長
代理としての業務をほとんど行っていなかった。
したがって,平成23年7月26日から平成24年4月25日までの
間に亡Gが行っていた業務は,イオン津店の店長業務がほとんどであっ
た。
肉体的精神的負担の大きい業務ではなかったこと
亡Gは,イオン津店店長として,ドーナツの製造業務及びデスクワー
クを行っていたが,ドーナツの製造担当者は4,5名おり,分担して行
えるものであるうえ,デスクワークは30分ないし1時間30分程度で
済ますことのできる業務にすぎない。かえって,亡Gは,業務中に喫煙
するため店外に行くなど作業を怠けていることがあり,手際良く作業を
行おうとしなかった。また,亡Gに,不規則な勤務や交替制勤務・深夜
勤務はなく,出張もなかったし,イオン津店に対するクレームはあまり
なく,亡Gがクレーム対応に追われることもなかった。したがって,イ
オン津店の店長業務は,過重な業務ではない。
亡Gが死亡前の約1か月間に行っていた課長代理業務は,店長不在時
の店長業務や,店長の教育・指導,人員配置や原材料調達等に関する店
舗・店長間の調整等であるが,これも特に過重な業務ではない。
ウ亡Gの既往症
致死性不整脈の発症原因
致死性不整脈は,誰にでも起こりうる一般的な死亡原因であるが,そ
の発症原因となる危険因子は,高年齢,性別(男性の方が危険),突然
死の家族歴,生活習慣(喫煙・食事等),高血圧症,糖尿病及び左室肥
大等が挙げられる。特に,糖尿病の合併,EF値の低下及びLVDdの
拡大の3要素が主要な原因であり,これらの危険因子を2つ以上有する
者は,突然死の危険リスクが有意に高い。
また,心筋梗塞の既往症のある糖尿病罹患患者は,冠動脈疾患によっ
て死亡する確率は,心筋梗塞の発症約10年目で約50%に上るとされ
ている。
亡Gの有する危険因子
亡G(死亡時50歳の男性)には,心筋梗塞(平成13年11月発症),
脂質異常症,糖尿病及び高血圧症の基礎疾患があり,かつ,冠動脈バイ
パス術の施術歴及び心機能の低下等の心疾患があったうえ,EF値の低
下(基準値60~80%のところ,平成24年4月18日時点で,28.
1%であった。),左室肥大(基準値40~55㎜のところ,平成24
年3月5日時点で,63㎜であった。)が認められていた。また,亡G
の父は心臓病であった。
加えて,亡Gは,平成23年5月2日の定期健康診断において,「太
りすぎ」と指摘されていたにもかかわらず,特に節制せず,禁止されて
いる喫煙をするなど,自身の病気に無頓着で健康管理を怠っていた。
したがって,亡Gは,致死性不整脈の危険因子を全て有しており,亡
Gの死因となった致死性不整脈は,これらの基礎疾患が最も有力な原因
となって発症したものであるから,恒常的な長時間労働は基礎疾患より
も相対的に有力な原因とはなっておらず,亡Gの死亡と業務に因果関係
はない。
被告会社に安全配慮義務違反はないこと
ア亡Gは管理監督者に当たること
亡Gは,店長としてアルバイト従業員等の雇用について全面的に決定権
限を有し,指導・監督を行い,従業員の勤務スケジュール等を自らの裁量
判断で決定し管理する一方,自身の勤務時間については,被告会社にタイ
ムカード等の時間管理をされることはなかった。したがって,亡Gは,労
働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあり,出退
勤について厳格な規制を受けずに自己の勤務時間について自由裁量を有す
る者であって,管理監督者(労働基準法41条2号)あるいは管理監督者
に準ずる者に該当する。
イ管理監督者に対する安全配慮義務
管理監督者は,自己の裁量により業務遂行や時間配分を調整でき,自ら
の健康保持について自立的な管理が要請されるから,使用者は,管理監督
者に対して労働時間を適正に把握すべき義務を負わない。
したがって,被告会社は,管理監督者である亡Gに対しては,労働安全
衛生法上の定期健康診断の実施と本人の健康状態に関する申告を前提に安
全配慮義務を負うにとどまる。
被告会社は,従業員に対し,年1回健康診断を実施し,また,健康に不
安のある者が産業医に相談できる体制を採用し,従業員に周知していた。
しかし,被告会社は亡Gから体調不良や業務負担の軽減等を申告されたこ
とはない。
したがって,被告会社に安全配慮義務違反はない。
損害について
ア逸失利益
亡Gの素因からすれば,就労可能年数として考慮すべきは10年が限度
である。これに従って計算すると,逸失利益は,次のとおり,3413万
0474円(1円未満切上げ)となる。
631万4144円(亡Gの年収)×0.7×7.722(労働能力喪
失期間10年に相当するライプニッツ係数)=3413万0474円
イ慰謝料
原告らの主張する慰謝料は高額に過ぎ,亡G及び原告らの固有分の慰謝
料を合計しても,2800万円を超えることはない。
ウ葬儀・葬祭関係費
本件と相当因果関係が認められる葬儀・葬祭関係費は,150万円が限
度である。
エ合計
以上の点を考慮すると,仮に,被告らの責任が認められるとしても,本
件と相当因果関係のある損害は,合計6363万0474円である。
過失相殺-抗弁
仮に被告らに責任が認められるとしても,亡Gの素因や亡G自身が危険性
を招いたこと,被告会社において必要な安全配慮がなされていたこと等に鑑
みれば,公平の観点から,過失相殺の規定が類推適用されるべきであり,亡
Gの過失割合は8割を下らない。そうすると,被告らの負担する損害額は,
認められた損害額の2割に止まる。
⑸損益相殺-抗弁
ア原告Aに対しては,平成25年7月29日に遺族補償年金(給付基礎日
額1万4918円)の支給が決定されている。
本件口頭弁論終結時(平成28年9月5日)において,合計999万5
050円の遺族補償年金が支給済みであると見込まれるから,過失相殺後
の原告らの損害にこれを充当すべきである。
イ被告らは,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)附則
64条に基づき,遺族補償年金前払一時金の最高限度額である1491万
8000円(給付基礎日額の1000日分。同法60条1項・2項)から
亡Gの死亡日から支給決定日までの上記金額の法定利息90万1210円
(441日分)を控除した金額1401万6790円を限度として,損害
賠償の履行が猶予される。
本件においては,999万5050円は既に支給済みであるから,14
01万6790円から支給済み分の金額を控除した402万1740円に
つき,支払が猶予される。
ウ原告らは葬祭料89万5080円を受領しているから,過失相殺後の葬
儀・葬祭関係費に充当されるべきである。
5抗弁に対する認否等-原告ら
過失相殺について
被告らの主張の事実は否認する。
労働者の不注意等を過失相殺として考慮しうるとしても,それは,労働者
が故意に使用者の指示に反する行為をとったとか,使用者が通常予見しうる
範囲を超える特異な行動をとったような場合に限られるところ,本件ではそ
のような事情は認められない。
損益相殺について
ア被告らの主張⑸の事実は否認ないし争う。
イ労災保険法附則64条で猶予又は免責の対象となるのは,事業主である
被告会社に限られる。被告代表者らは対象とはならない。
ウ被告会社が猶予を主張することができるのは,前払一時金最高限度額1
491万8000円から保険給付の最初の支払日である平成25年10月
15日までの法定利息(1年154日分)を控除した1392万7791
円である。
エ労災保険法附則64条は,権利阻止規定であるから,猶予される分につ
いては,遺族補償年金の受給権者である原告Aの遺族補償年金を受ける権
利が消滅することを条件として支払を命じるべきである。
第3当裁判所の判断
1認定事実
争いのない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認め
られる。
亡Gの経歴
亡Gは,昭和61年3月26日付けで被告会社に雇用され,平成20年1
0月26日以降,次のとおり,被告会社の役職を務めた。(甲3,5,乙1
8,弁論の全趣旨)。
ア平成20年10月26日から平成22年4月25日まで
イオン津店店長
イ平成22年4月26日から平成23年7月25日まで
課長代理,イオン津店店長
ウ平成23年7月26日から平成24年4月25日まで
課長代理,イオン津店店長,サンバレー店店長
エ平成24年4月26日以降
課長代理
亡Gの業務内容等
アイオン津店の店長業務等
被告会社は,平成24年3月まで,イオン津店に正社員を2名(うち
店長1名)配置していた。同店には,他にパート・アルバイト従業員が
20数名所属していた。(乙5,証人I)
イオン津店の営業時間は,午前9時から午後9時である(乙6)。
被告会社の正社員であるIは,平成21年3月頃から平成22年7月
頃の間,亡Gと共にイオン津店に勤めていた。また,平成24年4月か
らはイオン津店の店長を務めた。
Iが店長を務めていた際の勤務形態等は,次のとおりであり,亡Gが
店長を務めていた際と特段変わるところはなかった。
a店長業務の内容は,ドーナツの製造・販売の統括や従業員の労務管
理,人員や原材料が不足した場合の各店舗間での協力・調整等である。
従業員の労務管理とは,店長及び全従業員の勤務スケジュールの決定,
勤怠・勤務時間・休日の管理,パート従業員及びアルバイト従業員の
募集・採用等である。パート従業員及びアルバイト従業員の募集・採
用に当たっては,募集,採用及び労働条件等の決定を行う権限を有し
ていた。一方,パート従業員及びアルバイト従業員の給与については,
予算が決められており,本部との折衝が必要であった。
また,他店と比べるとイオン津店は,客からのクレーム対応が多か
った。
店長業務の他には,ドーナツ製造について,フライヤー(ドーナツ
を揚げる作業)及びドーナツの材料の発注を担当していた。
b通常,始業時刻は午前7時,終業時刻は午後4時(休憩1時間の8
時間勤務)で,週休2日である。
GPSによる時間管理は,亡Gが課長代理を兼務していたために行
われていたものであり,イオン津店店長のみであれば,各従業員と同
様,自身でパソコンに入力して自主管理していた。
c被告会社の指示により,毎月の前半と後半にそれぞれ平日3日間及
び土日2日間の合計10日間のセールが開催されていた。この間は,
午前5時に出勤し,午後4時ないし7時に退勤となり,実労働時間数
が2ないし5時間増加した。
(以上につき,乙6,11,43,証人I)
亡Gは,平成21年3月頃から平成22年7月頃の間,午前6時(セ
ールの日は午前5時)に出勤し,早いときは午後2時過ぎ,遅いときは
午後7時過ぎに帰宅していた。亡Gは,いつも朝は一番早く出勤してい
たが,人を使うのが苦手な方で,自分一人で仕事をしてしまうところが
あり,時間がかかることもあった。
亡Gは,正月と年1回自分の実家から頼まれた特注品を,夜中に泊ま
り込んで,ドーナツ製造をしていた。
(以上につき,乙6,8,9,11,43,証人I)
イサンバレー店の店長業務
亡Gは,平成23年7月26日から平成24年4月25日まで,サンバ
レー店店長を務めていた。同店の店長業務は,被告会社の従業員であるH
が行っていた。これは,ミスタードーナツの店長となるためにはライセン
スが必要であるところ,Hが取得していなかったため,亡Gを名目上店長
とする必要があったためであった。(甲18,乙1,12,44,証人J)
亡Gは,Hの先輩店長として,同店に立ち寄り,アドバイス等をするこ
とがあった。また,サンバレー店のシフトを作成することもあった。(甲
18,乙11,証人J)
ウ課長代理の業務
課長代理の業務は,各フランチャイズ店の店長の指導教育及び支援であ
る。具体的には,店長の教育指導,店長不在時の代行,店舗間の人員調整
等である。
亡Gは,平成24年5月9日以降,課長代理の業務として,サンバレー
店の店長業務を行った。ただし,サンバレー店の売上規模はイオン津店よ
りも少ないため,業務量も少ない。
(以上につき,甲18,証人J)
エ亡Gの賃金
亡Gは,平成24年1月26日から同年4月25日までの3か月の間,
次のとおり,賃金を受給していた(甲4)。
平成24年1月26日から同年2月25日まで
44万8390円(内訳:基本賃金33万9640円,役割手当6万
円,家族手当1万5000円,通勤手当3万3750円)
平成24年2月26日から同年3月25日まで
45万3390円(内訳:基本賃金33万9640円,役割手当6万
円,家族手当2万円,通勤手当3万3750円)
平成24年3月26日から同年4月25日まで
45万4250円(内訳:基本賃金34万0500円,役割手当6万
円,家族手当2万円,通勤手当3万3750円)
亡Gの労働時間等
ア被告会社は,平成16年5月以降,原則は本社勤務だが,直接各店舗へ
出勤するなど事業所間での移動が多い課長代理等の社員については,GP
Sを用いて労働時間を管理していた。亡Gは,課長代理を務めた平成22
年4月26日以降,GPSによる労働時間管理の対象となった。(乙44,
証人J)
GPSによる労働時間管理は,本人が「出社」・「退社」等の項目を選
択してデータ送信することにより行われている。また,午前8時から午後
6時の間は,30分毎に定期検索が行われ,自動的にデータ送信もされる。
データ送信をした時点に居た場所については,「付近ランドマーク名」と
して記録されるが,その地名には誤差があり,イオン津店に居たとしても,
津社会保険事務所と記録されることもある。(甲17,18,証人J)
GPSにより記録された亡Gの労働時間については,亡Gの上司に当た
るJほか1名が確認していた。Jは,亡Gの労働時間が長すぎるため,亡
Gに労働時間を減らすように注意したことがあったが,出勤時間が早い理
由を聴取したのみで(亡Gの回答は,「朝が得意です」,「ラッシュに巻
き込まれたくないから早く来ている」といったものであった。),退勤時
間が遅い理由を特段聴取することはなかった。(乙12,証人J)
イイオン津店の従業員出入口の定時の開錠時間は,午前5時30分であり,
これより早く入店するには,前日までに指定書面(時間外作業届書)によ
る事前申請が必要であった。亡Gは,平成23年6月から平成24年5月
までの間,別紙2「早朝入店時刻」のうち,「5:00」と記録された日
については事前申請をしていた。(甲30)
ウサンバレー店の従業員出入口の定時の開錠時間は,午前4時30分であ
り,これよりも早く入店することはできなかった(甲31)。
エ四日市労働基準監督署は,亡Gの労働時間につき,GPSによる位置管
理情報の記録(「出社」時刻と「退社」時刻)と,イオン津店の時間外作
業届書等から労働時間を推計した。具体的には,始業時刻については,所
定始業時刻又は時間外作業届書記載の時刻のいずれか早い方を採用して計
算した。(甲11)
推計された労働時間は,別紙3「労働時間集計表」(以下「別紙3」と
いう。)のとおりである(甲19)。
亡Gの既往歴等
ア亡Gは,平成13年11月12日から同月29日まで(計18日間),
精査目的で伊勢赤十字病院(当時山田赤十字病院)に入院した。
同病院における診断の結果,主病名はうっ血性心不全(CHF)であり,
他にも高血圧症(HTN),糖尿病(DM),睡眠時無呼吸症候群(OS
AS),重度の動脈硬化性心疾患(severeASHD)が認められた。家族
歴として,父が経皮的冠動脈形成術(PTCA)を受けており,冠危険因
子(心臓へ酸素を供給する冠動脈に,動脈硬化を起こす要因となるもの)
として,糖尿病(DM),高血圧症(HTN),肥満(obesity),家族歴
(FH),喫煙(smoking)が認められた。その他,平成13年12月19
日付け診断書(甲27)により虚血性心疾患と診断された。
亡Gは,平成14年2月12日,冠動脈バイパス術(CABG)を受け
た。
(以上につき,甲11,27,乙20)
イ亡Gは,平成22年頃までには,高脂血症及び陳旧性心筋梗塞の既往症
を有していた(乙16)。
ウ亡Gは,平成23年5月2日,四日市社会保険病院健康管理センターに
おいて,被告会社の定期健康診断を受診した。同診断の結果は,身体計測
(身長174.4㎝,体重90.7㎏)につき太りすぎであること,胸部X線により
軽度異常があるが心配はないこと,平成14年頃(当時40歳)から治療
中であった高血圧症,糖尿病及び脂質異常症につき,現在の治療を続ける
ようにとのコメントが付されたほか,特別な異常を認めるものではなかっ
た。(甲20)
エ亡Gは,平成24年1月23日,背中の痛みが時々あると訴え,伊勢赤
十字病院を受診した。同病院の医師は,同年3月又は4月に冠動脈造影(心
臓カテーテル検査)を行うこととしたが,亡Gが仕事の都合上,日帰りで
の検査でないと無理であるというので,三重ハートセンターを紹介した。
(甲11,27)
亡Gは,同年4月18日,三重ハートセンターを受診し,検査を受けた。
その検査結果は,次のとおりである。(甲11,29)
3本のバイパス血管のうちRA-HL(橈骨動脈-高位側壁枝),L
ITA-LAD(左内胸動脈-左前下行枝)についてはflow(流れ)も
よく良好な開存が認められた。SVG-4PD(大伏在静脈グラフト-
後下行枝)については開存しているが,静脈グラフト(バイパス術に使
った血管が静脈であること)のため変性が認められ,局所的な50%狭
窄が認められるものの冠動脈形成術を要するまでの部位はなかった。
左室造影では,左室壁運動はびまん性に低下しており,severe
hypokinesis(重度の運動低下)を呈し,EF値28%と著明に低下を
認めた。
オEF値の基準値は50から80%であり,LVDd値の基準値は40か
ら55㎜であるところ,平成13年11月12日から平成24年3月5日
までの間に,伊勢赤十字病院にて計測された亡Gの各数値及び医師の所見
は,次のとおりである(甲27,28)。
平成13年11月12日
EF値36%,LVDd値60㎜
〔左心室はびまん性に運動低下(diffusehypokinesis)。軽度の左心拡
張(milddilatation)を認める〕
平成14年1月8日
EF値60%,LVDd値58㎜
〔左心室の一部は軽度の運動低下(mildhypo)。軽度の左心拡張(mild
dilatation)を認める〕
同年2月25日
EF値66%
同年7月29日
EF値65%,LVDd値55㎜
〔左心室下部は重度の運動低下(severehypokinesis),エコー輝度亢
進,軽度の左心拡張を認める〕
平成15年1月6日
EF値58%,LVDd値55㎜
〔左心室下部はhypo菲薄化があるがViabilityは認める。軽度の左心拡張
を認める〕
同年10月6日
EF値55%,LVDd値55㎜
〔左心室下部はhypo菲薄化があるがViabilityは認める。軽度の左心拡張
を認める〕
平成16年6月14日
EF値54%,LVDd値53㎜
〔左心室下部はhypo菲薄化があるがViabilityは認める。軽度の左心拡張
を認める〕
平成18年10月19日
EF値58%,LVDd値55㎜
〔左心室下部は軽度菲薄化が見られ運動低下(hypokinesis)。軽度の左
心拡張(milddilatation)を認める〕
平成19年9月3日
EF値52%,LVDd値56㎜
〔左心室下部は運動低下(hypo),菲薄化があるがViabilityは認める。
軽度の左心拡張(milddilatation)を認める〕
平成20年4月21日
EF値69%,LVDd値54㎜
〔左心室下部は菲薄化し,運動低下(hypo)。軽度の左心拡張(mild
dilatation)を認める〕
平成21年7月6日
EF値65%,LVDd値58㎜
〔左心室下部は菲薄化し,軽度の運動低下(mildhypo)。軽度の左心拡
張(milddilatation)を認める〕
平成23年1月17日
EF値46.7%,LVDd値59㎜
〔左心室下部は菲薄化し運動低下(hypokinesis)。軽度の左心拡張を認
める〕
平成24年3月5日
EF値54.1%,LVDd値63㎜
〔左心室下部は菲薄化し重度の運動低下(severehypokinesis)。軽度
の左心拡張を認める〕
亡Gの死亡等
ア亡Gは,平成24年5月15日午前5時30分頃,自宅から出勤するに
当たり,車両を運転していたが,同日午前7時頃,亡Gの運転する車両が
歩道の縁石に乗り上げており,その運転席内で心肺停止となっているとこ
ろを発見された(甲14,原告A本人)。
同日午前8時14分,三重大学医学部附属病院において,亡Gが致死性
不整脈により死亡したことが確認された(甲13の1ないし3)。
イ三重大学医学部附属病院の医師は,冠動脈疾患の加療歴と亡Gの死因の
関連は不明との所見を示した(乙28の2)。
2請求原因ないしについて
請求原因の事実は当事者間に争いがない。
⑵請求原因の事実は,同ウの事実を除き,当事者間に概ね争いがないか,
前記1アないしウのとおり認められる。請求原因ウの事実については,
被告は,亡Gが管理監督者に当たるから,被告会社の就業規則に定める労働
条件は適用されないと主張するが,後記4で検討する。
請求原因の事実は前記1⑸のとおり認められる。
3請求原因(亡Gの死亡が業務によるものであること)について
認定基準
厚生労働省は,脳・心臓疾患の労災認定基準を定め,平成13年12月1
2日付け基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因す
るものを除く。)の認定基準について」(以下「認定基準」という。甲15)
を発した。
これによれば,脳・心臓疾患(致死性不整脈を含む。)の発症に影響を及
ぼす業務による明らかな過重負荷の要因として,発症前の長期間にわたって,
著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したことが挙げられてお
り,業務の過重性の具体的な評価に当たっては,労働時間,不規則な勤務,
拘束時間の長い勤務,出張の多い業務,交替制勤務・深夜勤務,作業環境,
精神的緊張を伴う業務という負荷要因を十分検討することとされている。
労働時間については,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみ
て,発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり概ね80時間
を超える時間外労働(1週間当たり40時間を超えて労働した時間数)が認
められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できるとされている。
亡Gの労働時間
ア基準となる労働時間
前記1アのとおり,被告会社は,亡Gの労働時間をGPSにより管理
していたところ,Jの供述によれば,亡Gは被告会社において管理監督者
として扱われ,残業代の支給対象となっていなかったこと,そのため,亡
Gが労働時間を過大に申告する利点はなかった(長時間労働が上司に対す
るアピールともならないことはJも認めるところである。)ことが認めら
れる。また,イオン津店において亡Gと共に勤めていたKは,通常は午後
3時,セールの日は午後5時には退勤していたところ,亡GがKよりも先
に帰宅することはなかったと陳述しており(乙11),GPSの記録と概
ね合致する。イオン津店において亡Gと共に勤めていたLは,午後5時3
0分に出勤した際に亡Gと一緒になることはあまりなかったと陳述する
(乙8)が,前記1イのとおり,亡Gは,サンバレー店店長も兼務し,
同店の実質的店長であるHの先輩店長としてサンバレー店に立ち寄るなど
していたこと,店長として本部会議に出席していたこともあること(証人
J)からすると,亡Gが「退社」と送信した時刻に,イオン津店に出勤し
たLと会っていないことはあり得る(実際に,発症前4か月のうち,平成
24年1月16日,19日,26日,2月2日,5日,7日,9日,13
日,14日,発症前3か月のうち,同月22日,28日,3月5日,8日,
12日,13日については,亡Gが「退社」と送信した場所はイオン津店
以外の場所である。甲18)。
したがって,亡Gの労働時間は,基本的にはGPSによる記録に基づい
て推計された四日市労働基準監督署作成の別紙3を修正して認定する。
イ始業時刻について
前記1イのとおり,イオン津店の従業員出入口の定時の開錠時間は
午前5時30分であり,これよりも早く入店することは可能であるが,
その場合には前日までに書面による事前申請が必要であって,これを提
出した場合には午前5時に入店することが可能である。そうすると,亡
Gの同店における始業時刻については,GPSの「出社」時刻と定時の
開錠時間である午前5時30分(書面による事前申請が提出された場合
には午前5時)のいずれか遅い方を採用すべきである。
前記1ウのとおり,サンバレー店の従業員用出入口の定時の開錠時
間は午前4時30分である。証拠(甲18)によれば,亡Gは,平成2
4年4月29日,同月30日,同年5月1日,同月3日,同月9日ない
し13日,サンバレー店に出勤したと認められる。
したがって,上記各日については,GPSの「出社」時刻と定時の開
錠時間のいずれか遅い方を採用すべきである。
平成24年1月15日及び同年4月20日については,別紙3の始業
時刻よりも,原告らは,遅い時間を主張するので,原告らの主張する時
間を採用すべきである。
ウ終業時刻について
別紙3によれば,平成23年11月24日の終業時刻は,午後7時5
0分とされている。しかしながら,GPSの記録によれば,同時刻の記
録は,「国23小野江」とされており,亡Gの帰路の途中であると認め
られる(甲18,弁論の全趣旨)。これは,亡Gが退社の記録を忘れた
ために,帰路の途中で「退社」の記録を送信したものと認められるから,
同日の終業時刻は,イオン津店付近の「津社会保険事務所」と記録され
た午後6時2分と認めるのが相当である。
別紙3によれば,平成23年12月15日の終業時刻は,午後7時3
6分とされている。しかしながら,GPSの記録によれば,同時刻の記
録は,「国23津雲出本郷」とされており,亡Gの帰路の途中であると
認められる(甲18,証人J)。これは,前記と同様,亡Gが退社の
記録を忘れたために,帰路の途中で「退社」の記録を送信したものと認
められるから,同日の終業時刻は,イオン津店付近の「津社会保険事務
所」と記録された午後6時2分と認めるのが相当である。
エ泊まり込みについて
別紙3によれば,亡Gは,平成23年12月31日,午前6時に出勤し,
午後5時37分に退社した後,同日午後7時50分に出社し,翌日である
平成24年1月1日午後1時23分まで就業したとされている。
証拠(乙11,証人I)によれば,イオン津店において,泊まり込みは
可能であること,平成23年以前の元旦では,朝からドーナツを製造して
も間に合わないため,深夜から製造していたことがあったこと,平成24
年の元旦では,売上が落ちていたこともあり,深夜の製造をしないように
被告会社が指示していたこと,亡Gはそれに従わず,深夜から製造してい
たことが認められる。このように亡Gが被告会社の指示に従わずに深夜製
造をしたことに加え,亡Gが就寝を一度もせずにドーナツ製造し続けたと
認めるに足りる証拠はないことからすれば,平成23年12月31日の亡
Gの労働時間は,イオン津店の閉店時刻である午後9時(前記1ア)
からその片付け作業等に要すると認められる1時間後までを就業時間と認
めるのが相当である。また,平成24年1月1日の始業時刻は,事前申請
をした場合の開錠時刻である午前5時からの出勤であったと認めるのが相
当である。
オまとめ
以上の点を修正した亡Gの労働時間集計表は,別紙4「労働時間集計表
(裁判所認定)」(以下「別紙4」という。)のとおりである(なお,別
紙3と異なる認定した部分は網掛けとなっている)。
すなわち,亡Gの時間外労働時間数は,致死性不整脈の発症前1か月間
に59時間57分であり,同2か月間の平均が93時間11分,同3か月
間の平均が104時間10分,同4か月間の平均が112時間35分,同
5か月間の平均が112時間02分,同6か月間の平均が112時間35
分であることが認められる。
カ被告らは,①パチンコ店と思慮される「国23小野江」が12回,津競
艇場が24回記録されていること,②イオン津店の従業員出入口の定時の
開錠時刻午前5時30分(事前申請をした場合は午前5時)よりも早い出
勤時間が記録されていることから,GPSの記録(甲18)に信用性はな
いと主張する。
しかしながら,平成23年11月17日から平成24年5月14日まで
の間では,パチンコ店と思慮される「国23小野江」が5回,津競艇場が
9回記録されているにすぎず,亡Gが「出社」ないし「退社」を記録する
までの間に記録されたのは,平成23年11月24日のみであって,わず
か1回の記録にすぎない。なお,前記ウのとおり,同日の退社時刻につ
いては,別紙4に考慮済みである。
また,証拠(甲18,30)によれば,亡Gがイオン津店の従業員出入
口の定時の開錠時刻午前5時30分(事前申請をした場合は午前5時)よ
りも早い出勤時間を記録したのは,いずれも事前申請をした日時であって,
その時刻も概ね午前4時30分以降であることが認められる。これは,亡
Gが,出勤可能時間の30分程度前に同店の駐車場に着き,開錠までの間
に出社を記録したものと認められる。実際の労働時間として考慮するのは
相当でないとしても(別紙4のとおり,同日の出社時刻は午前5時として
認定した。),これをもって亡GがGPSの記録を不誠実に行っていたと
は認められない。
したがって,被告らの上記主張は採用できない。
キ被告らは,イオン津店の所定の店長業務に要する時間は概ね定まってい
るから,これを超えて勤務していた亡Gは漫然と在店しており,所定時間
を超える時間については実質的な労働が伴っていなかったと主張する。
亡Gは,平成21年3月から平成22年7月までイオン津店店長のみを
務めていた際,前記1アのとおり,セール期間中は午前5時に出勤し,
午後7時過ぎに退社し,通常の期間は午前6時に出勤し,早くとも午後2
時以降に退社していた。
しかし,前記1イのとおり,亡Gがサンバレー店店長を兼務してから
は,Hの先輩店長として,サンバレー店に立ち寄り,アドバイス等をする
ことがあったなど,上記期間の頃に比べて業務量が増えたと認められる(J
は,このようなアドバイスは課長代理の業務ではないと供述するが,他方
で課長代理の業務のメインは店長の教育だと相反する供述をしており,信
用できない。)。加えて,前記1アのとおり,亡Gは,仕事ぶりは真
面目であるものの,人を使うのが苦手で,自分一人でしてしまうところが
あったため,その分時間がかかることもあった。
したがって,亡Gの勤務時間が増えた原因はこれらの事情にあると認め
られ,亡Gが漫然と在店しており,所定時間を超える時間については実質
的な労働が伴っていなかったと認めるに足りる証拠はないから,被告らの
上記主張は採用できない。
ク被告らは,亡Gが漫然と在店していた理由として,私的なドーナツの製
造・受注や横領行為の隠蔽等を主張する。
しかしながら,イオン津店のパート従業員であるL(乙8),M(乙9)
並びにIの陳述(乙7)及び供述によっても,亡Gが私的にドーナツの製
造・受注をしたのは年に1回程度のことであり,前記エのとおり,労働時
間の認定においても考慮している。また,上記陳述等によれば,レジの釣
銭が合わないことがあったなどの状況があったこと等は認め得るが,亡G
がレジの釣銭を抜き取ったとか,これを隠蔽するために在店していたと認
めるに足りる証拠はない。
したがって,被告らの上記主張は採用できない。
基準の適用
前記1で認定した亡Gの業務内容からすると,業務内容自体が過重な業
務であるとは認められないものの,前記のとおり,亡Gは,致死性不整脈
の発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり平均80時間を
超える時間外労働をしたと認められる。
したがって,亡Gの業務は,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務
と評価できるから,致死性不整脈の発症との関連性は強いと評価できる。
亡Gの既往症
前記1ア及びイのとおり,亡Gには,虚血性心疾患,うっ血性心不全,
高脂血症及び陳旧性心筋梗塞の既往症があり,冠動脈バイパス術の手術歴が
あった。また,亡Gには,冠危険性因子として,糖尿病,高血圧症,肥満,
家族歴及び喫煙が存在した。さらに,亡Gの死亡1か月前である平成24年
4月18日の三重ハートセンターでの左室造影検査によりEF値が28%と
測定された。
しかしながら,同ウのとおり,平成23年5月2日の定期健康診断におい
て,高血圧症,糖尿病及び脂質異常症については治療を継続とされているほ
か特段再検査等の指示がなかった。また,同エのとおり,亡Gの死亡1か月
前である平成24年4月18日の三重ハートセンターでの心臓カテーテル検
査においては,3本のバイパス血管に冠動脈血管を形成するまでの部位は発
見されなかった。そうすると,亡Gの既往症が,自然経過によって致死性不
整脈を発症させるほど進行していたと窺わせるような事情は認められない。
また,基準値を大幅に下回るEF値が測定されている点については,平成
24年4月18日時点において,別紙4のとおり,少なくとも約5か月間,
亡Gは,平均月120時間以上の時間外労働を続けていたのであるから(原
告の主張を加味すると,約10か月ほど平均月120時間以上の時間外労働
を続けていたことになる。別紙1参照),既往症の影響よりも,むしろ長期
かつ長時間の過重労働が強く影響していた可能性も高い。
したがって,亡Gの既往症は,自然経過によって致死性不整脈を発症させ
るほど進行していたとは認められない。
⑸亡Gの死因
三重ハートセンターにおいて亡Gを担当したN医師は,人間は,過労等に
より心身に負荷がかかると,カテコラミンという物質を分泌し,心臓や脳等
に酸素やエネルギー供給の増加を促すので,心臓に対して負荷を強いること
により,不整脈を誘発する可能性が高くなるところ,基礎疾患のある亡Gが,
長時間の時間外労働をすることは心身に対する負荷となり,心臓に影響を与
え,通常の生活では出現しない致死性不整脈を発症した原因の1つである可
能性があるとの見解を述べる(甲32)。
前記及びのとおり,亡Gが極めて長時間の労働に従事していたことか
らすると,前記の既往症が素因として影響を及ぼしてはいるものの,亡G
は,長時間労働により心身に負荷がかかり,致死性不整脈を発症して死亡に
至ったものであり,業務と死亡との間に因果関係を認めるのが相当である。
⑹被告らの主張について
被告らは,亡Gの有していた基礎疾患が最も有力な原因となって死亡に至
ったと主張し,名古屋大学循環器内科O医師は,これに沿う意見書(乙30)
を提出する。
まず,糖尿病,EF値の低下(45%以下),LVDdの拡大(60㎜以
上)のいずれかの条件を満たす患者では,突然死のハザード比が有意に高い
とされている(乙32)が,亡GのEF値及びLVDdの数値がこの条件を
満たすのは,平成14年2月12日の冠動脈バイパス術以降,発症前3か月
前である平成24年3月5日にLVDd値63㎜,発症前1か月前である同
年4月18日にEF値28%を記録するほか,他に認められない(前記1
オ。これらは,亡Gの時間外労働時間が認定基準を優に超える時期のもので
ある。)。
また,前記1オのとおり,亡Gの左心室は冠動脈バイパス術後である平
成14年7月29日以降,軽度の左心室拡張が認められ,左心室下部の壁運
動は低下していたが,亡Gを診察したN医師は,他の心臓壁の運動は良好で,
心臓の機能は全体的に保たれており,平成24年4月18日に冠動脈造影検
査をした結果,亡Gの症状が極めて重篤であり,直ちに何らかの処置を取る
ことが必要であるとの結論に到らなかったと判断しており(甲32),これ
を覆すに足りる証拠はないから,亡Gの基礎疾患が憎悪していたと認めるに
は足りない。
O医師は,亡Gのように,心筋梗塞の既往があり,糖尿病を合併すると,
7年間の経過で45%の患者が心筋梗塞を再発すると見解を述べるが,単な
る可能性の指摘にすぎず,長時間の時間外労働の影響なしに亡Gが致死性不
整脈を発症したと認めるには足りない。
また,O医師は,心筋梗塞の既往症のある糖尿病罹患患者は,冠動脈疾患
によって死亡する確率は,心筋梗塞の発症約10年目で約50%に上るとも
指摘するが,死亡する確率が上がることと亡Gの実際の基礎疾患の自然憎悪
状況は必ずしも関連性を有せず,亡Gの既往症が自然経過によって致死性不
整脈を発症させるほど進行していたとは認められないことは,前記で認定
のとおりである。
以上のとおり,O医師の意見書によっても,亡Gの基礎疾患が最も有力な
原因となって死亡に至ったとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠
はない。
したがって,被告らの上記主張は採用できない。
4請求原因(被告会社の安全配慮義務違反)について
使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理する
に際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心
身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であ
り,使用者に代わって労働者に対し,業務上の指揮監督を行う権限を有する
者は使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきである(最
高裁平成12年3月24日第2小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
前記1アのとおり,亡Gの労働時間が長期にわたり長時間に及んでいる
にもかかわらず,亡Gの上司であるJは,口頭聴取をしたのみで,具体的な
改善策を講じなかったうえ,退勤時間が遅くなっている理由については特段
の聴取すらしなかったことが認められる。そうすると,被告会社は,亡Gの
労働時間が長期にわたり長時間に及んだ原因を特段分析もしておらず,また,
亡Gの業務を軽減する措置を採っていないといわざるを得ない。かえって,
Jは,後輩への指導は,後輩の指導を業務とする課長代理の業務ではなく単
に亡Gが自主的に行ったものであると供述するなど,被告会社においては,
個々の労働者に負担を掛ける業務態勢となっていたことが窺える。
したがって,被告会社が定期健康診断を実施したり(前記1ウ),口頭
聴取をした(同ア)というだけでは,被告会社が安全配慮義務を尽くした
とはいえず,被告会社には安全配慮義務違反が認められる。
被告らは,亡Gが管理監督者であるか少なくともそれに準ずる立場である
から,前記の安全配慮義務は負わない旨主張するので検討する。
ア管理監督者について,労働基準法の労働時間等に関する規定の適用が除
外される(同法41条2号)のは,管理監督者が経営者と一体的な立場に
あり,同法所定の労働時間の枠を超えて事業活動をすることが要請される
ような重要な職務と権限を付与され,一般の労働者と比し,賃金等の待遇
や勤務態様につき,優遇措置が取られているので,労働時間等に関する規
定を適用しなくても,当該労働者の保護に欠けるところがないという趣旨
によるものと解される。
そこで,亡Gが管理監督者に当たるといえるためには,店長の名称だけ
でなく,①職務内容,権限及び責任に照らし,労務管理を含め,企業全体
の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか,②その勤務態
様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か,③給与(基
本給,役付手当等)等において,管理監督者にふさわしい待遇がされてい
るか否かなどの点から判断すべきであるといえる。
イ前記1アによれば,イオン津店店長は,同店のパート従業員及びア
ルバイト従業員の募集,採用及び労働条件の決定等を含めて,被告会社に
おける労務管理の一端を担っていることは否定できないものの,あくまで
も同店舗内の労務管理にすぎず,経営者と一体的立場にあったとは言い難
い。亡Gが,被告会社全体の事業経営に関する重要事項に関与していたと
認めるに足りる証拠もない。
また,被告会社における店長業務については,セール時期も含めて,概
ね所定の労働時間が定められており,亡Gは,概ね被告会社の定める所定
の労働時間よりも早い時間に出勤し,これよりも遅い時間に退勤していた
のであるから,亡Gに出退勤を含む労働時間について自由裁量があったと
は認められない。
さらに,前記1エのとおり,亡Gは,平成24年1月26日から同年
4月25日の間,基本賃金に加え,役割手当等を受給し,平均月額45万
2010円の賃金を受給していたが,役割手当は月6万にすぎず,別紙4
のとおり,月100時間を超える時間外労働の勤務実態を考慮すると,こ
の程度の給与では労働基準法の労働時間等に関する規程の適用除外となる
管理監督者に相応する待遇を受けていたとはいえない。
ウ以上のとおり,亡Gは,労働条件の決定その他労働管理について経営者
と一体的な立場にあり,労働基準法所定の労働時間の枠を超えて事業活動
をすることが要請されるような重要な職務と権限を付与されていたとはい
えず,同法41条2号所定の管理監督者あるいはそれに準ずる立場に該当
するとは認められないから,被告らの上記主張は採用できない。
5請求原因⑹(被告代表者らの任務懈怠行為)について
会社法429条1項にいう取締役の会社に対する善管注意義務は,会社の使
用者としての立場から遵守されるべき被用者の安全配慮義務の履行に関する任
務懈怠をも包含すると解するのが相当である。
証拠(甲10,証人J)及び弁論の全趣旨によれば,被告会社は,平成25
年2月時点で,正社員78名,パート・アルバイト従業員676名の合計75
4名の従業員を雇用していること,取締役は4名であり,そのうち代表取締役
は,被告代表者ら3名であること,各店舗の運営は,正社員である各店舗の店
長が行っていることが認められる。このような被告会社の規模・陣容,店長の
職務内容に照らせば,正社員である亡Gに対して被告会社が負う安全配慮義務
は,被告会社の代表取締役である被告代表者らの業務執行を通じて実現される
べきものであると認められる。
そして,前記1アによれば,亡Gの上司であるJは亡Gの労働時間を把握
しているから,代表取締役である被告代表者らもJから報告を受けることで亡
Gの労働時間及びその労務の過重性を認識し得たといえる。したがって,被告
代表者らには,被告会社が適宜適切に安全配慮義務を履行できるように業務執
行すべき注意義務を負担しながら,重大な過失によりこれを放置した任務懈怠
があり,その結果,第三者である亡Gの死亡という結果を招いたから,被告代
表者らも会社法429条1項に基づき,亡Gに対し,被告会社と同一の責任を
負担するというのが相当である。
6請求原因⑺(損害)について
亡Gの損害
ア逸失利益
証拠(甲21)によれば,亡Gが死亡した前年(平成23年)分の年収
額は631万4144円であるから,これを基礎収入とする。生活費控除
率は30パーセントが相当であり,67歳までの就労可能年数17年(死
亡当時50歳)に対するライプニッツ係数は11.2741である。これ
らに基づいて計算すると,次のとおり,4983万0403円(1円未満
切捨て。以下も同じ。)となる。
631万4144円×0.7×11.2741=4983万0403円
イ慰謝料
亡Gの死亡当時の年齢,家族構成,死亡直前の稼働状況,その他本件に
顕れた一切の事情を斟酌すれば,亡Gの死亡による精神的苦痛を慰謝する
ための金額としては,2700万円が相当である。
ウ小計7683万0403円
相続
原告Aは,亡Gの妻であり,原告B及び原告Cは,亡Gの子らであるから,
各法定相続分に応じて前記ウの損害賠償請求権を相続した。
原告らが相続した損害賠償請求権の額は,原告Aが3841万5201円
[逸失利益2491万5201円(4983万0403円の2分の1),慰謝料135
0万円(2700万円の2分の1)],原告B及び原告Cが各1920万7600
円[逸失利益各1245万7600円(4983万0403円の4分の1),慰謝料各
675万円(2700万円の4分の1)]である。
原告ら固有の損害
ア慰謝料
本件に顕れた一切の事情を勘案すると,原告らが亡Gの死亡により受け
た精神的苦痛に対する慰謝料は,各100万円が相当である(民法711
条)。
イ葬儀・葬祭関係費
証拠(甲22の1ないし13)によれば,原告Aは亡Gの葬儀・葬祭関係費
として合計396万0760円を支出したことが認められるが,そのうち,
150万円を被告らの安全配慮義務違反と因果関係がある損害と認めるの
が相当である。
過失相殺-抗弁
ア被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共
に原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度等に
照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判
所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の規定を類推適
用して,被害者の疾患をしんしゃくすることができる(最高裁平成4年6
月25日第1小法廷判決・民集46巻4号400頁参照)。このことは,
労災事故による損害賠償請求の場合においても,基本的に同様であると解
される(最高裁平成20年3月27日第1小法廷判決・裁判集民事227
号585頁)。
イ前記3⑸のとおり,亡Gが致死性不整脈により死亡したことについては,
長時間労働により心身に負荷がかかったことが主たる原因と認められる。
しかしながら,兼務の解消により死亡1か月前の業務時間は軽減されて
いたこと(別紙4の発症前1か月を参照),亡Gが複数の冠危険因子を有
していたこと(前記3),これら冠危険因子は業務と関連性がないこと,
喫煙をやめるように指摘されていたのに亡Gが喫煙を続けていたこと(乙
8,9,11,証人I,原告A本人),運動をするように指摘されていた
のに亡Gが運動もせず肥満を解消することもなかったこと(甲20,27,
29,乙18),亡Gが食事制限もせずに脂っこい食事や甘い飲料を日常
的に摂取していたこと(乙8,9,証人I)からすると,被告会社及び被
告代表者らに亡Gの死亡による損害の全部を賠償させることは,公平を失
するものといわざるを得ない。
したがって,過失相殺の規定を類推適用して,前記及びの損害額か
ら3割を控除すべきである。
ウ亡Gの過失割合3割を前記及びの損害額から控除すると,原告らの
損害賠償請求権の額は,原告Aが2864万0640円(逸失利益174
4万0640円,慰謝料1015万円,葬儀・葬祭関係費105万円),
原告B及び原告Cが各1414万5320円(逸失利益872万0320
円,慰謝料542万5000円)となる。
⑸逸失利益に関する損益相殺-抗弁
ア既払分について
証拠(甲24,25)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,遺族補償
年金として999万5050円(平成25年10月から平成28年8月ま
で)の支給を受けたことが認められるので,原告Aが承継した亡Gの逸失
利益の損害の填補に充てられたと解するのが相当である。
イ支払猶予の抗弁について
労災保険法附則64条1項は,労働者又はその遺族が障害補償年金若
しくは遺族補償年金又は障害年金若しくは遺族年金(以下「年金給付」
という。)を受けるべき場合であって,同一の事由について,当該労働
者を使用している事業主又は使用していた事業主から民法その他の法律
による損害賠償については,事業主は,当該労働者又はその遺族の年金
給付を受ける権利が消滅するまでの間,その損害の発生時から当該年金
給付にかかる前払一時金給付を受けるべき時までの法定利率により計算
される額を合算した場合における当該合算した額が当該前払一時金給付
の最高限度額に相当する額となるべき額の限度で,その損害賠償の履行
をしないことができ,また,前記猶予がされている場合に年金給付又は
前払一時金給付の支給がなされた場合には,前記猶予額の限度で,その
損害賠償の責めを免れることを定める。
よって,本件において,本件口頭弁論終結時にその支給が確定してい
ない遺族補償年金について,損益相殺的な調整を図ることは認められな
いが,遺族補償年金前払一時金の最高限度額に相当する金額よりその損
害の発生時から当該年金給付に係る前払一時金給付を受けるべき時まで
の法定利率により計算される額を差し引いた額(現実に年金給付又は前
払一時金給付の支給が行われたか,又はその支給が確定したことにより
損害賠償の責めを免れたときは,その免れた額を控除した額)について
は,労災保険法附則64条1項1号により,原告Aの遺族補償年金を受
ける権利が消滅するまでの間,被告会社はその損害賠償の履行が猶予さ
れ,その後当該猶予額について遺族補償年金等として現実に支給がなさ
れれば,当該猶予額の限度で被告はその損害賠償の責めを免れることと
なる。
a証拠(甲24)によれば,本件における遺族補償年金前払一時金の
最高限度額は,給付基礎日額1万4918円の1000日分に相当す
る金額(1491万8000円)であると認められる。
b労災保険法附則64条1項1号にいう「損害の発生時」は,亡Gの
死亡時である平成24年5月15日であり,同号にいう「当該年金給
付に係る前払一時金給付を受けるべき時」は,遺族補償給付の支給決
定がされた平成25年7月26日であると認められる(甲24)。
cしたがって,損害賠償の履行猶予が認められる額は,前払一時金の
最高限度額である1491万8000円(前記a)から,損害の発生
時から当該年金給付に係る前払一時金給付を受けるべき時までの法定
利率により計算される額(1491万8000円×438日÷365日×5%=89万
5080円)を差し引いた1402万2920円となる。
d前記アのとおり,本件口頭弁論終結時までに,原告Aが既に支給を
受け,又は支給が確定した遺族補償年金は999万5050円である
から,前記1402万2920円からこれを差し引いた402万78
70円について,被告会社はその履行の猶予を求めることができる。
そして,遺族補償年金によって填補される損害は,逸失利益のみで
あるから,原告Aが相続した逸失利益のうち,402万7870円に
ついては,その損害賠償の履行が猶予されることとなる。
原告らは,労災保険法附則64条により猶予される分については,原
告Aが遺族補償年金を受ける権利が消滅することを条件として支払を命
じるべきであると主張するが,独自の見解であって採用できない。
また,原告らは,被告代表者らは支払猶予の抗弁の対象とならないと
主張するが,上記支払猶予の抗弁は,損害賠償請求権と労災保険の給付
受給権の二重填補の調整規定であること,被告代表者らは被告会社と亡
G及び原告らの有する損害賠償請求権を連帯負担することからすれば,
被告代表者らについても,「事業主」に当たるとして,上記支払猶予の
抗弁を認めるのが相当である。
ウまとめ
以上のことから,現時点において原告Aが相続した逸失利益1744万
0640円のうち,被告らに対してその支払を求めることができる額は,
損益相殺の対象となる999万5050円及び支払猶予の抗弁が認められ
る402万7870円を差し引いた341万7720円である。
⑹葬祭料に関する損益相殺-抗弁
証拠(甲23)によれば,原告Aは,亡Gの死亡を原因として,労災保険
による葬祭料(保険給付一時金)として89万5080円を受給したから,
これを原告Aの葬儀・葬祭関係費に係る損害額(105万円)から控除すべ
きである。同控除後の損害額は,15万4920円となる。
⑺小計
ア原告Aの請求にかかる損害額
亡Gから相続した死亡逸失利益から,損益相殺的な調整がなされた後
の残額341万7720円
亡Gから相続した死亡慰謝料945万円
原告A固有の損害額
a慰謝料70万円
b葬儀,葬祭費用(損益相殺後)15万4920円
小計1372万2640円
イ原告B及び原告Cの請求にかかる各損害額
亡Gから相続した死亡逸失利益872万0320円
亡Gから相続した死亡慰謝料472万5000円
原告B及び原告C固有の損害額70万円
小計1414万5320円
弁護士費用
本件事案の内容,訴訟の経過等一切の事情を考慮に入れると,被告らが負
担すべき弁護士費用は,原告らそれぞれにつき各140万円とするのが相当
である。
合計
以上によれば,被告らの負担する損害賠償請求額は,原告Aについて15
12万2640円,原告B及び原告Cについてそれぞれ1554万5320
円となる。
7まとめ
よって,原告らは,被告会社に対しては不法行為による損害賠償請求として,
被告代表者らに対しては会社法429条1項による損害賠償請求として,連帯
して,
⑴原告Aにつき1512万2640円,
原告Bにつき1554万5320円,
原告Cにつき1554万5320円,
及びこれらに対する被告会社については不法行為の日である平成24年5月1
5日から,被告D,被告Eについては訴状送達の日の翌日である平成26年5
月28日から,被告Fについては訴状送達の日の翌日である同月29日から各
支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある
からこれを認容し,その余の請求は理由がないから,これらをいずれも棄却す
ることとして,主文のとおり判決する。
津地方裁判所民事部
裁判長裁判官岡田治
裁判官瀬戸さやか
裁判官大久保陽久
(45頁欠番)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛