弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成15年10月21日判決言渡 平成10年(ワ)第10379号 損害賠償等
請求事件
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
  2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 1 被告らは,各自原告らそれぞれに対し1000万円及びこれに対する平成1
0年5月21日から支払済みまでの年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告日本たばこ産業株式会社は,たばこの自動販売機によるたばこの販売を
行っている製造たばこの小売販売業者に対し,製造たばこの卸売販売をしてはなら
ない。
 3 被告日本たばこ産業株式会社は,電波媒体,新聞,雑誌,屋外広告,車内広
告その他すべてのたばこの宣伝をしてはならない。
 4 被告日本たばこ産業株式会社は,スポーツ,囲碁・将棋,コンサートの催し
物でたばこ商品名又はたばこ会社名を冠にしてはならない。
 5 被告日本たばこ産業株式会社は,テレビ・ラジオ等電波媒体での,たばこの
マナー広告に名を借りたたばこの宣伝をしてはならない。
 6 被告日本たばこ産業株式会社は,製造たばこを製造・販売する時には,その
外箱に,12ポイントの大きさの字体を使って,各たばこの外箱の上部3分の1の
部分に,次の有害表示のうち1つを3か月ごとに交代して表示せよ。
1 紙巻きたばこには発がん性がある
2 喫煙によってあなたが死ぬことがある
3 たばこは心臓発作または心臓疾患を引き起こす
4 妊娠中の喫煙はあなたの赤ちゃんに有害である
5 紙巻きたばこには強い依存性がある
6 今禁煙すればあなたの健康に対する重大な危険性は大幅に減少する
7 たばこの煙はあなたの子どもに有害である
8 あなたの喫煙は周囲の人々の健康を損なう
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
   本件は,原告らが,若年時より長期間にわたって喫煙を継続したため,肺が
ん,喉頭がん,肺気腫に罹患したとして,被告らがたばこと健康に関する正確な情
報を提供するなどの有効な喫煙規制対策をとらずにたばこを販売し,又は販売させ
たことなどが違法であるとして,被告日本たばこ産業株式会社(以下「被告日本た
ばこ」という。)に対して民法709条に基づき,同被告の歴代の代表取締役であ
る被告g,同h及び同i(以下この3名を「被告gら」ということがある。)に対
しては商法266条の3に基づき,被告国に対しては国家賠償法1条に基づき,原
告の損害を連帯して賠償するよう求め(請求1項),さらに被告日本たばこに対
し,原告らの人格権が侵害されていることを理由に,侵害行為の差止めとして,販
売制限,広告の禁止,
有害表示の掲載等を求めた(請求2ないし6項)事案である。
 2 前提事実(当事者)
  (1) 原告ら(亡cを含む。)は,若年時から約30年ないし50年間にわたっ
て喫煙を続けてきた者らである。原告aは1981年(当時54歳)に肺がん,原
告bは1995年(当時61歳)に肺気腫,亡cは1998年(当時53歳)に肺
がん,原告dは1986年(当時54歳)に喉頭がん,原告eは1990年(当時
55歳)に肺気腫,原告fは1990年(当時64歳)に肺膿腫瘍(扁平上皮が
ん)の診断を受けた。(甲A2,3,B2,10,C2,D2,6,7,E2,F
2,7,8)
  (2) 被告日本たばこは,たばこ事業法第1条の目的を達成するため,製造たば
この製造,販売及び輸入に関する事業を経営することを目的とする株式会社であ
り,1985年4月,日本専売公社の事業を引き継いで設立された(以下,特に区
別の必要のない時は日本専売公社についても「被告日本たばこ」という。)。
  (3) 被告gは1985年4月から1988年6月まで,被告hは1988年6
月から1994年6月まで,被告iは1994年6月から,それぞれ,被告日本た
ばこの代表取締役であった者である。
  (4) 被告国は,公衆衛生の向上及び増進を図るため厚生労働大臣(旧厚生大
臣)をしてその任に当たらせており,財務大臣(旧大蔵大臣)をして被告日本たば
こ(旧日本専売公社)のたばこ事業を監督させている。
 3 本件の争点
   本件の争点は,次のように整理できる。
  (1) たばこの有害性
  (2) たばこの依存性
  (3) 被告日本たばこの違法行為の有無
  (4) 被告gらの商法266条の3の責任の有無
  (5) 被告国の違法行為の有無
  (6) 原告らの損害(疾病)の存否及び加害行為と損害との因果関係
  (7) 損害賠償請求権についての消滅時効
  (8) 差止請求の可否
   上記争点(1),(2)は,原告らが被告らの違法行為あるいは差止請求の前提と
して主張するものである。上記争点(3)ないし(7)は,損害賠償請求についての法律
要件に関する主張である。
 4 争点(1)(たばこの有害性)に関する当事者の主張
 (原告らの主張)
  (1) たばこ煙中の有害物質
   ア たばこ煙中には,4000種類以上の化学物質が含まれており,そのう
ち,発がん性が確認されているものだけでも200種類を超える。含まれる量と毒
性の強さからみてニコチン,タール,一酸化炭素が三大有害物質とされるが,他に
も粒子相成分中にはヒ素が含まれているし,気相成分中にはシアン化水素(青酸ガ
ス),ダイオキシンが含まれている。
     急性影響として中枢神経系の興奮と抑制が生じる他,心拍数・血圧の上
昇,末梢血管の収縮が生じ,慢性影響として肺がん,喉頭がん他各種のがん,虚血
性心疾患,肺気腫等に罹患する危険性が増大する。
   イ ニコチンについて
     ニコチンは,40ミリグラムが致死量であるが,紙巻きたばこ1本あた
りから0.1から2.0ミリグラムのニコチンが検出されている。ニコチンは,心
拍数増加,血圧上昇,心仕事量増加,末梢血管収縮などの急性生体影響をもたら
す。ニコチンは,成長を阻害する作用もあり,喫煙妊婦から生まれた子どもの体重
は,非喫煙妊婦から生まれた子どもに比べて200グラム軽く,低体重児の頻度も
喫煙妊婦が2倍高い。
   ウ 一酸化炭素について
     一酸化炭素は,紙巻きたばこ一本につき,2から20ミリグラム検出さ
れている。一酸化炭素は,血液中のヘモグロビンに酸素ガスの200から300倍
もの強さで結合して,一酸化炭素ヘモグロビンを形成し,酸素を運搬できないよう
にしてしまうため,体細胞の窒息をもたらす。また,一酸化炭素ヘモグロビンは,
血管内壁に作用して血管内壁を傷つけ,コレステロールの沈着を促し,動脈硬化の
原因となり,さらにニコチンの作用による血流悪化と相まって,心臓機能障害や脳
出血を引き起こす危険性がある。
   エ 繊毛細胞傷害物質について
     たばこ煙に含まれているシアン化水素,ホルムアルデヒド,アセトアル
デヒド,アクロレイン,アンモニアなどの物質には繊毛の異物運搬機能を阻害する
作用があることが報告されており,たばこ煙をわずか2,3服吸っただけで,異物
運搬機能を50パーセントも阻害する。これによって,気道のクリアランス機能が
障害され,発がん性物質の肺内貯留,沈着を促進し,間接的に発がん性を増強する
可能性がある。
   オ 発がん性物質及び発がん促進物質
     たばこ煙中には,最も発がん性の強い物質の一つとされているベンツピ
レンをはじめとして極めて多くの種類の発がん性物質が含まれている。また,それ
自身は発がん性はないものの,発がん性物質の発がん作用を促進する発がん促進物
質も多く含まれている。それらの相乗効果により,たばこ煙はより強い発がん性を
持つ。
     調査によれば,非喫煙者と喫煙者の死亡比は,喫煙者が肺がんでは4.
45倍,喉頭がんでは32.5倍,咽頭がんで3.29倍という結果が示されてい
る。これまでの研究によって,喫煙と肺がんには特に密接な関係があること,男性
の扁平上皮がんと小細胞がんはほぼ100パーセント近くが喫煙で説明できるこ
と,喫煙の喉頭がんに対する寄与危険度は100パーセントに近いことなどが明ら
かになっている。
  (2) 受動喫煙の有害性
    たばこ煙には,フィルターを通して吸い込まれる主流煙と,着火点側から
出る副流煙があり,受動喫煙は主に副流煙によると言われている。たばこの副流煙
中には,主流煙に比べ,タール及びニコチンが約3倍,一酸化炭素が約5倍,もっ
とも強力な発がん性物質であるベンツピレンが約4倍も多く含まれている。また,
主流煙は酸性であるが副流煙はアルカリ性であるため,主流煙に比べて粘膜刺激性
が著しく高く,ニコチンはより吸収されやすい状況にある。したがって,たばこ
は,吸っている喫煙者のみならず,周囲の人間にとってより有害である。
 (被告日本たばこらの主張)
  (1) たばこ煙中にニコチン,一酸化炭素が含まれること,たばこタールの中か
ら発がん物質が検出されていることは認め,その余は争う。
  (2) 原告主張のニコチン量は紙巻きたばこ1本から発生するたばこ煙に含まれ
るニコチンの量であり,喫煙によって体内に取り込まれるニコチンの量ではない。
また,体内に吸収されたニコチンは,速やかに血液中で代謝されてコチニンとな
り,解毒され,元のまま残ったニコチンとコチニンは主に尿中に排泄されるのだか
ら,原告らの主張するニコチンによる心拍数増加,血圧上昇,末梢血管の収縮は一
過性のものであるし,そのような症状は日常生活における食事,入浴,軽い運動,
感情の変化等によっても生ずる。また,胎児への影響や出生後の新生児の健康は,
妊婦の体質,生活様式等様々な要因により大きく左右され,影響される。
  (3) 一酸化炭素は,微量ではあるが一般大気中にも存在するし,自動車の排ガ
ス等にも含まれ,石油ストーブ等の燃焼器具を使用している場合はほぼ必ず一般大
気より高い濃度になっているので,一酸化炭素があれば有害というわけではない。
喫煙における程度の一酸化炭素濃度では生体に与える影響は小さいとされており,
喫煙によって一酸化炭素中毒になったという事例もない。
  (4) 原告らがたばこ煙中に含まれると主張する繊毛細胞傷害物質はたばこ煙中
だけに存在するものではなく,繊毛への傷害については大気汚染物質等の影響が考
えられ,たばこ煙が原因であると断定することはできない。
  (5) 生活環境中には,微量ではあるが多くの発がん性物質や発がん促進物質が
存在している。大気中の発がん物質の代表的なものはベンゾピレン,ジニトロピレ
ン等があり,石油や石炭等の化石燃料の消費に伴う排煙,ディーゼル等による排ガ
ス等が主な発生源と言われるが,発生源は様々である。また,発がん物質は食物や
飲料水にもある。また,がんは,各人の生活様式等の外因及び遺伝等の内因が長期
にわたり複雑に絡み合って発生する非特異疾患であり,その原因を単一の因子に求
めることは困難である。
  (6) 副流煙の有害性については争う。
 5 争点(2)(たばこの依存性)についての当事者の主張
 (原告らの主張)
   たばこ依存は,たばこに含まれるニコチンの作用により生じる強い依存で,
アメリカ精神医学界の「精神疾患の診断・統計マニュアル」(以下「DSMーⅣ」
という。)においては,「ニコチン依存」と名付けられて,麻薬や覚せい剤と同様
に,薬物依存の一つとして認められている。WHOの国際疾病障害分類第10改訂
版」(以下「ICDー10」という。)においては,ニコチン依存は精神及び行動
異常として,麻薬と同類に分類される。ニコチン依存は強力であり,一旦禁煙して
も再度喫煙してしまう例は多い。
   ニコチンの依存性は比較的短時間に生じ,喫煙開始年齢が低いほど依存性が
高まる。たばこ依存になると,短期間の禁煙は可能だが,長期的には再喫煙に至る
ことが多くなり,「たばこの害はたいしたことがない,証明されていない」と根拠
なく思いこんでしまうなど,たばこについて正常な判断ができなくなる状態になっ
て,喫煙をやめる自由が奪われる。調査によれば,喫煙者の40.9パーセントが
ニコチン依存症であり,禁煙を試みた経験のある人は59.1パーセントに及ぶ。
   たばこ依存の症状としては,ニコチン依存(精神依存。ニコチンを摂取した
いという強い欲求。)とニコチン離脱(身体依存。ニコチンの摂取を中止した場合
の退薬症状。いわゆる禁断症状。)があり,いずれも強度である。まず,喫煙を始
めると,ニコチン依存によって喫煙という問題行動をやめることができず,一旦や
めても渇望を伴う離脱症状から再び喫煙を行うようになる。また,ニコチンの摂取
を中止又は減量すると,ニコチン離脱により,怒り・欲求不満・不安・集中困難・
自律神経異常・体重増加・視覚異常・睡眠異常などの症状が現れる。
   近年は,『厚生白書』において,「喫煙習慣は個人の自由意思に基づくし好
の1つとされてきたが,一方で,喫煙習慣をニコチンによる依存症の視点から捉え
ることが重要である。」との指摘もなされており,ニコチン依存は,被告らの行為
の違法性及び被告らの作為義務を基礎づける重大な事実である。
 (被告日本たばこらの主張)
   原告の主張の根拠である「ICDー10」あるいは「DSM-Ⅳ」は,障害
の分類や診断基準を示したものであって,物質の障害を引き起こす性質の強さや障
害の程度を直接比較検討したものではない。ニコチン依存性は,たばこが長年し好
品として社会的に受容されていることから明らかなように,臨床的,社会的問題と
なるような依存性はない。
   ニコチンは,身体依存はきわめて弱く,他の依存薬物にあるような明らかな
退薬症状が見られない。麻薬では退薬症状は激烈な苦痛を伴い,アルコールの退薬
症状も相当に強いとされているが,ニコチンの退薬症状は微弱であり,症状として
あげられるのは,不快,抑鬱気分,イライラ,不安,集中困難等の心理的症状が主
体であり,身体的症状は乏しい。これらの症状はストレスの多い現代社会ではごく
普通に見られる状態なのであって,はっきりとニコチンの離脱症状とすることはで
きない。
   また,し好品及び主要依存性薬物の精神依存性の強さを比較した結果を見て
も,ヘロインとコカインが最強,アルコールと覚せい剤が強,ニコチンが中等度,
カフェインが弱とされており,精神依存性は多くの依存性物質より明らかに弱い。
また,ニコチンは耐性がなく,喫煙量が際限なく増加することはない。し好品及び
主要依存薬物の精神毒性を比較した結果によると,コカインと覚せい剤が最強,ヘ
ロインとアルコールが強,ニコチンはなしとされており,精神毒性は全くない。
   そして,常識的に,身の回りに喫煙をやめた人が多数存在するという経験的
な事実からしても,ニコチンが麻薬以上に強度の依存性を有することは到底考えら
れない。
   よって,たばこの依存性は弱く,やめようと思えば喫煙者各人の意思によっ
てやめられるものであり,このことは,喫煙者率の推移をみれば,相当数の喫煙者
が実際に喫煙をやめていることからも裏付けられている。
 6 争点(3)(被告日本たばこの違法行為)についての当事者の主張
 (原告らの主張)
  (1) 被告日本たばこの一般的注意義務
    1962年,ロンドン王立医師協会は「喫煙と健康」と題する報告書の中
で,シガレット喫煙は,近年世界的に見られる肺がんによる死亡数の増加の最も考
えられる原因であると結論を出し,さらに,肺がん,慢性気管支炎,肺気腫,心疾
患などの喫煙による危険を予防するには安全な喫煙習慣への移行と禁煙が必要であ
ると指摘し,1971年に第2次,1977年に第3次,1983年に第4次報告
書において,喫煙が肺がんのみならず心臓病を含む多くの疾病の原因であると発表
した。また,1964年,米国公衆衛生総監諮問委員会は「喫煙と健康」と題する
報告書(「1964年報告書」)を作成し,喫煙が肺がんの原因と評価し,肺がん
以外の各たばこ病についても喫煙との関連性を認めた。日本専売公社は,1964
年報告書の全訳をし
,1964年3月3日にこれを刊行し,喫煙の有害性の認識を持つに至った。その
後,喫煙が肺がん,喉頭がん,肺気腫等のたばこ病の原因となる旨の研究報告が続
々と出され,1980年には米国精神医学会の「精神障害の診断・統計マニュアル第
3版」(以下「DSMーⅢ」という。)においてニコチン依存が公的な診断分類として
取り上げられたことにより,被告日本たばこは,遅くとも1980年には,喫煙の
有害性のみならず,たばこの依存性について認識し,又は容易に認識しうべき状況
にあった。
    このような状況のもとでは,被告日本たばこは,たばこの製造販売業者と
して,自らが製造販売したたばこから発生するたばこ煙に含まれる危険物質等を調
査し,人体等に害がないように製品を製造し,安全性に疑念が生じた場合には,製
造を中止し,製品を回収するなどして危害を防止し,安全性を確認するまでは販売
を控えるなどの喫煙規制対策をとるべき業務上の注意義務があった。
    また,被告日本たばこは,自らたばこを製造・販売し,購入者に喫煙習慣
を身につけさせたという先行行為に基づく作為義務として,ニコチンの依存性を克
服するに足りる体制の整備,すなわち,たばこの製造販売を中止し,製品を回収し
てニコチン依存に陥った消費者が安全性の不確かな製品を使用できないようにする
か,有害物質を含まない安全なたばこやニコチンレスたばこの製造販売に切り替え
るか,強力な警告表示をし,禁煙を選択した者に対する禁煙支援体制を整えるなど
ニコチンの依存性を凌駕し克服するに足りる措置を講ずべき義務があった。
  (2) その他の実体法上の注意義務
    被告日本たばこの不法行為法上の注意義務(作為義務)は,次の法令によ
っても根拠づけることができる。
    消費者保護基本法4条は,事業者が「その供給する商品及び役務につい
て,危害の防止・適正な計量及び表示の実施等必要な措置を講ずる」責務を有する
ことを定めている。
    また,家庭用品規制法3条は,「家庭用品の製造又は輸入の事業を行う者
は,その製造又は輸入に係る家庭用品に含有される物質の人の健康に与える影響を
はあくし,当該物質により人の健康に係る被害が生ずることのないようにしなけれ
ばならない」と定めている。
    家庭用品規制法は,従来の食品衛生法,薬事法等の規制対象から外れてい
た商品を,保健衛生上の見地から全て規制の対象にするという趣旨で制定されたも
のであるから,たばこも家庭用品であり,被告日本たばこは,上記各法の事業者で
あるから,遅くとも上記家庭用品規制法が施行された1974年の時点では,たば
こに含有される物質の人の健康に与える影響を把握し,対策をとる必要があった。
  (3) 被告日本たばこの義務違反
    被告日本たばこは,以上の義務を負っているにもかかわらず,有害表示や
喫煙規制対策をせず,違法にたばこを製造・販売し続けている。特に次の点を考慮
するべきである。
    被告日本たばこは,日本専売公社時代から喫煙の有害性を認識していたに
もかかわらず,1977年ころの喫煙の影響に関する報告書をマル秘文書として一
般国民から隠蔽した。そして,一般国民に対しては,「たばこと健康Q&A」(乙
第175号証)というたばこの有害性を否定又は曖昧化するようなリーフレットを
作成し,全国のたばこ販売店を通じて配布し,消費者の選択を誤らせる工作をし
た。
    被告日本たばこは,上記のとおりたばこの有害性を知りながら,たばこの
コマーシャルを流し続け,全国に50万台を超えるたばこ自動販売機を設置し,未
成年者の喫煙を助長し続けている。
    また,外国では「喫煙は肺がんの原因になる」「喫煙は心臓病の原因にな
る」などの明白な警告表示を付してたばこを販売しているにもかかわらず,国内で
は「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」とい
う注意表示をしているにすぎない。この注意表示は,何本から吸い過ぎかも不明で
あり,吸い過ぎなければ害がないような誤解を与え,警告になっていないばかりか
注意表示としても欠陥があり,ニコチン依存症を克服するには到底足りない。上記
の諸外国の有害表示と比べればその欠陥は明らかであり,被告日本たばこの注意表
示は他の国には例を見ないほど悪質で欺瞞的で犯罪的である。
 (被告日本たばこらの主張)
  (1) 被告日本たばこは,内外の喫煙と健康を巡る情勢に対し,研究や注意表
示,あるいは広告活動や自動販売機の稼働時間の制限等を行いながら,公衆衛生あ
るいは予防医学の観点からも適時適切に対応してきた。
  (2) また,原告らは,諸外国における注意表示との比較において,被告日本た
ばこが実施している注意表示は不当であると主張するが,いかなる内容の注意表示
を実施するかは,たばこを取り巻く歴史や文化等各国の国情などに応じて判断すべ
き政策判断に属する問題であって,いかなる表示が適切であると断定することはで
きない。
    被告日本たばこの注意表示は,いずれもそれが決定されるまでの審議経
過,その内容等に照らすと,それぞれ当時の医学,心理学,文化等の専門的知見を
集結した審議会の答申を踏まえて定められたものであるし,これらの注意表示は,
古くから一般に知られてきた「喫煙は健康を損なうおそれがある」ということを消
費者に対し注意喚起する役割を果たしている。
    また,たばこ事業法39条1項及びこれを受けた同法施行規則36条2項
に注意表示の文言自体及び表示方法が法令で具体的に定められていることから,被
告日本たばことしては,たばこの包装表示について,法令で具体的に規定された内
容及び表示方法により実施しなければならず,法令の規定と異なる内容や表示方法
をとることは許されない。被告日本たばことしても,法令で定められた内容あるい
は表示方法と異なる表示をすることは不可能である。
  (3) 喫煙は古くから社会に受容されてきた反面,喫煙は健康を損なうおそれが
あるということも古くから公知の事実として知られていた。
    特に,1950年代以降は,医学の進歩に合わせて徐々に具体的な論議が
なされるようになり,欧米を中心に喫煙と健康,特に肺がん等に関する医学的な研
究結果が発表された。
    これらの研究結果は新聞等・雑誌によって盛んに報道され,たばこの成分
の分析,身体への影響のメカニズム等の記事も見られるようになり,1950年代
後半になると,咽喉がん,喉頭がん等の肺がん以外のがんや,狭心症,高血圧等が
ん以外の疾病との関連に言及した記事や,禁煙する人が増えたという記事,リスク
の少ない吸い方についての記事も見られるようになって,喫煙の身体へのリスクは
公知の事実となっていた。
    喫煙の身体的リスクが広く周知されている中で,喫煙者は,誰に強制され
ることもなく,各自の自由意思で喫煙をするか,喫煙をやめるか,何本吸うかを自
由な選択で決めてきた。また,ニコチンの依存性は麻薬や覚せい剤等と比べれば格
段に低く,自らの意思で禁煙できないようなものではなかった。
    原告らも,このような状況のもとで,喫煙のリスクを知った上で喫煙を選
択してきたのであるから,喫煙によるリスクが現実化したとしても,原告らの自己
責任である。
    したがって,被告日本たばこによるたばこの製造・販売行為に違法性はな
い。
 7 争点(4)(被告gらの責任)について
 (原告らの主張)
   上記のとおり,被告日本たばこの注意義務違反による製造・販売行為は,明
らかな違法行為である。そして,被告g,被告h,被告iは,被告日本たばこの代
表取締役在任中,WHO等の警告によってたばこの有害性を知り,又は知るべきで
あって,被告日本たばこの違法行為を制止すべき義務があった。しかし,被告gら
の代表取締役は,何らの有効な措置も取らずに漫然と製造販売を継続するにとどま
らず,積極的に拡販政策を取りつづけて,原告らを肺がん等の疾病に罹患させたの
であるから,商法第266条の3により損害賠償責任を負う。
 (被告gらの主張)
   被告gらに対する責任に関し,そもそも原告らは,任務懈怠等に関する具体
的な事実の主張をしていない。また,上記のとおり,被告日本たばこの行為には何
ら違法・過失はないのだから,被告g,被告h,被告iは責任を負わない。
 8 争点(5)(被告国の違法行為)について
 (原告らの主張)
(1) 国の作為義務の根拠
    本件は,単なる一私企業ではなく,国の監督権限が直接及びうる専売公社
による加害行為である。また,国自身も戦時の配給などにより,積極的に喫煙者を
作出する行為に加担している。かかる国の行為によって,本件原告らも喫煙者とさ
れ,喫煙習慣を身につけ,あるいは喫煙習慣を強化されてしまった以上,その先行
行為に基づき,被告国には,原告らの喫煙習慣を取り除く措置を講じる義務,少な
くとも,喫煙を継続するかどうかの正確な判断ができるだけの情報開示をし,禁煙
することを選択した場合には,依存性を克服できるような体制を整えるべき作為義
務が生じていた。
    国,すなわち行政庁の権限の行使には,一般的に裁量権が認められている
ものの,①国民の生命,健康に対する重大な具体的危険が切迫しており,②行政庁
が右危険を知っているか又は容易に知りうる状態にあり,③規制権限を行使しなけ
れば結果発生を防止し得ないことが予想され,④国民が規制権限の行使を要請し,
期待しうる事情にあり,⑤行政庁において,規制権限を行使すれば,容易に結果発
生の防止をすることができるという5要件を満たす場合には,権限の行使,不行使
につき裁量の余地がなくなり,規制権限の不行使は違法となる。
    本件では,被告国は,1970年のWHOの勧告の際には,喫煙の危険性
については十分に認識していたし,少なくとも,容易に知りうる状況にあったこと
は明らかであること,たばこの依存性や喫煙率の高さからすれば,国が規制権限を
行使しなければ現在の喫煙者が喫煙を中止したり,若年層が喫煙開始を思いとどま
るという行動に出ることはなく,喫煙により肺がん等に罹患する国民が増加してい
くことは容易に予想されていたこと,1964年のアメリカの公衆衛生総監報告を
受けて以降,特に警告表示を中心として喫煙対策を求める国民の声が高まってお
り,喫煙対策を求める市民運動が盛んとなっていたのであるから,国民が規制権限
の行使を要請し,期待しうる事情にあったこと,製品の回収,販売禁止,安全なた
ばこ,ニコチンレスた
ばこへの切替,有害表示の義務づけ,広告の禁止,喫煙者への禁煙指導等,国が規
制権限を行使すれば容易に喫煙により肺がん等の疾病に罹患する者の多発という結
果発生を防止できたことから,上記5要件はいずれも満たされており,国に裁量の
余地はなかった。
  (2) 製品回収,販売禁止の措置を取るべき義務
    厚生大臣(現厚生労働大臣)は,厚生省官制や厚生省設置法から,公衆衛
生の向上及び増進に努める責務を負い,喫煙と健康に対する正しい情報を提供すべ
き義務を負っている。そして,上記のとおり,1970年には権限不行使について
の裁量の余地はなくなっていた以上,厚生大臣は,厚生省設置法第4条の責務とし
て,有害性が強く疑われるたばこを回収,販売禁止する強力な行政指導等をすべき
義務があった。
    また,食品衛生法4条,6条,11条,12条は,有害な食品又は添加物
の販売等を禁じ,化学的合成品等の販売等を禁じ,厚生大臣が表示の基準を定め
て,それに合った表示をし,虚偽の表示を禁ずることなどを定めている。たばこ及
びその添加物は,その成分が喫煙を通じて呼吸器官はもとより,消化器官にも直接
摂取するものであるから,一種の食品又はこれに準ずるものである。本件では,1
970年には,同法22条による製品回収,販売禁止等の規制権限行使の要件も充
足していたのであるから,厚生大臣は,食品衛生法に基づいてたばこの販売を禁ず
るべきであった。
    また,消費者保護基本法は,厚生大臣に危害防止の具体的施策と国民への
情報提供を義務づけているのであるから,厚生大臣は,消費者保護基本法に基づい
て,被告日本たばこに喫煙規制対策を求めるべきであった。
    さらに,1974年の家庭用品規制法施行後は,家庭用品である「たば
こ」によって,同法6条2項にいう「人の健康に係る重大な被害」が生じており
「当該被害の態様等からみて当該家庭用品に当該被害と関連を有すると認められる
人の健康に係る重大な被害を生ずるおそれがある物質が含まれている疑い」があっ
た以上,厚生大臣は同法4条による指定を待つまでもなく,たばこの回収,販売禁
止の措置を採るよう命じる義務が発生していた。また,仮に「人の健康に係る重大
な被害」が発生していたとまではいえなかったとしても,たばこを家庭用品として
指定した上でニコチン・タールその他の発がん物質等の有害物質等の基準を定めた
上で,同法6条1項により製品回収,販売禁止等の措置を取るべき義務が発生して
いた。
    大蔵大臣(現財務大臣)は,専売公社を監督する権限を有し(旧日本専売
公社法44条),かつ,必要があると認めるときは,専売公社に対して業務に関し
必要な命令をすることができ,公社に対して報告させ,あるいは立入り検査をする
権限も有していた(同法46条)。1985年に被告日本たばこが設立されたが,
被告日本たばこは,専売公社のすべての権利・義務を承継すると共に,大蔵大臣の
監督権限もそのまま全ての面にわたって講じられるように規定された(日本たばこ
産業株式会社法12条)。本件では,上記のとおり権限不行使についての裁量の余
地がなくなっていた以上,大蔵大臣は,上記権限に基づき,被告日本たばこを立ち
入り調査するなど,喫煙対策を講ずるべきであった。
    また,法律によっても規制権限行使の義務が認められない場合には,厚生
大臣及び大蔵大臣は,直ちに,新たな立法あるいはたばこに対して上記の規制権限
が行使できるよう上記各法規を改正する義務が生じていた。
  (3) 安全なたばこ,ニコチンレスたばこの販売に切り替えるように命令指導す
べき義務
    厚生大臣は,有害性が強く疑われるたばこについて,製品回収という強力
な行政措置が取れなかったとしても,次善の策として,厚生省設置法第4条の責務
に基づき,同法5条の権限として,「公衆衛生等の向上及び増進を図る」という観
点から,国民の保健,公衆衛生という厚生省所管の行政に関する資料として,たば
この情報の収集,整理,分析を行い,その結果を閣議に提供し,あるいは「国民の
健康増進及び資質の向上」を図るべく,安全なたばこあるいはニコチンレスたばこ
への販売切替を閣議にかけて,大蔵大臣を通じて,被告日本たばこ前身である専売
公社にこれを実施させる義務が発生していたというべきである。
    また,上記のような食品衛生法,家庭用品規制法の規制も安全なたばこ,
ニコチンレスたばこへの切替が含まれることは言うまでもないことであり,かかる
義務についても,1970年ころには,発生していたというべきである。
    大蔵大臣は,仮にたばこによる有害性が急性的なものではなく,今後の販
売製品を規制すれば足り,上記製品回収等の権限行使義務までは認められなかった
としても,ニコチンの依存性による喫煙の継続が予想される以上,少なくともこれ
から製造販売する製品についての安全なたばこ,あるいはニコチンレスたばこへの
切替命令については,義務として発生していたと解すべきである。
  (4) 強力な警告表示した上で販売させるよう命令指導しなかった違法
    厚生大臣は,仮にたばこに対して上記の各措置ができなかったとしても,
厚生省設置法第4条の責務に基づき,同法5条の権限として,「公衆衛生等の向上
及び増進を図る」という観点や,食品衛生法,家庭用品規制法の観点から,ニコチ
ンの依存性を凌駕できる程度にたばこの有害性を正確に表示させる法的な義務を負
っていた。
    大蔵大臣は,既に1964年報告などによって,ニコチンの依存性が指摘
されており,国民の生命,健康の安全にとって緊急事態にあったのであるから,そ
の表示としては,ニコチンの依存性を凌駕し,国民の喫煙率を下げるに足りる程度
の強力な警告表示を命じる職務上の義務があった。
  (5) 厚生大臣及び大蔵大臣は,上記の義務をいずれも果たさず,むしろ,大蔵
大臣は,専売公社及び日本たばこが上記のようなたばこ拡販政策をし,厚生大臣
は,喫煙規制対策を怠り,喫煙によって負う健康上のリスクについて正しい情報を
殆ど提供せず,テレビ等電波媒体での宣伝(平成10年4月1日から自粛された)
やたばこの自動販売機の設置を容認した。わが日本の喫煙規制対策は諸外国より3
0年以上遅れてしまい,先進国の中では一人日本だけが喫煙被害を拡大させること
となった。
    したがって,国は,国家賠償法1条に基づき,原告らに対して賠償責任を
負う。
 (被告国の主張)
  (1) 公務員の不作為が国賠法上違法とされるためには,権限不行使によって損
害を受けたと主張する特定の国民に対する関係において,当該公務員に規制権限を
行使すべき職務上の法的義務があることが前提となる。また,公務員が規制権限を
行使することは,権限を行使される国民の側からすれば権利の制約になるのである
から,規制権限行使のためには,法律による行政の原理に基づき,法律に明文の根
拠を要する。また,公務員の権限行使には裁量権が認められており,権限の不行使
が違法とされるには,権限不行使が裁量権の範囲を逸脱し,著しく不合理と認めら
れる場合でなければならない。
  (2) 大蔵大臣について
    旧日本専売公社法は,「専売事業の健全にして能率的な実施に当たること
を目的とする。」と規定し,この「健全」とは,後の「能率的」とあいまって,企
業経営の健全性,能率性をいうものであるから,大蔵大臣の監督権限も基本的には
この範囲で認められたものというべきであり,原告らの主張する喫煙対策一般に対
して及ぶものとは言えない。たばこ事業法についても,「たばこ産業の健全な発展
を図り,もって財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資すること」を
目的とするのであるから,同様に解される。そして,原告の指摘する大蔵大臣が旧
日本専売公社法44条及び日本たばこ産業株式会社法12条からは,原告らの主張
するような具体的作為義務を導き出すことはできない。
    また,大蔵大臣の監督権限の行使には,大蔵大臣の裁量権が認められてお
り,権限の不行使が違法とされるには,権限不行使が裁量権の範囲を逸脱し,著し
く不合理と認められる場合でなければならないが,本件において裁量権の逸脱を認
めるべき事情はない。
    原告らは,大蔵大臣の先行行為に基づく作為義務違反を主張するが,被告
国において自ら先行行為となる危険状態を作出したということはできないし,19
85年施行のたばこ事業法39条1項が立法されるまでは,大蔵大臣はたばこの注
意表示に関する法律上の権限を有しなかったのであるから,作為義務を認めるべき
法的根拠を欠く。また,仮に注意表示に関する職務違反があるとしても,その職務
違反が原告らに対する国家賠償法1条1項の義務違反になるとは言えない。
  (3) 厚生大臣について
    厚生大臣の権限の行使には,裁量権が認められており,権限の不行使が違
法とされるには,権限不行使が裁量権の範囲を逸脱し,著しく不合理と認められる
場合でなければならない。厚生省は,喫煙が健康被害を及ぼす危険性があることか
ら,公衆衛生の向上及び増進という観点より,国民に対して様々な情報の提供をし
てきており,厚生大臣には裁量逸脱による作為義務違反はない。
   食品衛生法の規制対象である同法2条1項の「飲食物」とは,第1に,そ
の字義から,液状又は固形のものであって,人が意図的に口に入れ,咀嚼を行い,
嚥下し,食道に送り込むものでなければならず,第2に,人が飲食することができ
るものでなければならず,第3に,そのものの外形,状態等の態様から,社会通念
に従い飲食物であると判断されるものでなければならず,第4に,食習慣において
飲食物であるという認識があるものでなければならない。
    たばこは,その一端に着火し,他方の端から人が空気を吸い込むことによ
り,一端についた火の勢いを維持し,同時に他方の端から排出される煙を口腔を経
て気管及び肺に吸飲することによって消費されるものであるから,意図的にたばこ
を口に入れ,嚥下し,食道に送り込むものではないし,たばこの葉,これを巻く
紙,フィルター等は調理の如何によらず人が食べることができるものではない。ま
た,外形においても,飲食物であると理解することはできず,日本において,たば
こが飲食物であるという認識はない。したがって,たばこは食品衛生法の規定する
食品にあたらない。
    消費者保護基本法は,消費者の利益の擁護及び増進に関し,国,地方公共
団体及び事業者の果たすべき責務並びに消費者の果たすべき役割を明らかにすると
ともに,その施策の基本となる事項を定めることにより,消費者の利益の擁護及び
増進に関する対策の総合的推進を図り,もって国民の消費生活の安定及び向上を確
保することを目的としているもので,消費者行政の基本理念ないし目標を定め,消
費者行政における施策の概括的方向や各関係者の基本的責務・役割等を明らかにし
た法律である。また,同法7条及び10条は,訓示規定であって,施策のプログラ
ムを表明したものであり,個別の国民に対応した国の義務を定めたものではない。
したがって,同法から原告らの主張するような具体的な作為義務を導き出すことは
できない。
    家庭用品規制法の規制対象である同法2条1項の「生活の用に供される製
品」とは,生活を営むために必要な様々な行為に役立てるために使用され,提供さ
れる製品をいうものであるが,たばこは,個人のし好に基づき,直接そのものの欲
求を満たすための行為に使用され,提供される製品であって,人が生活を営むため
に必要な様々な行為に役立てるために使用され,又は提供される製品ではない。ま
た,同法は,多くの化学物質が繊維製品等の家庭用品の性能の向上を目的として用
いられるようになったことに伴い,化学物質による健康被害が現れるようになった
ため,それを防止する目的で国会において審議され,制定されたものであるから,
「有害物質を含有する家庭用品」とは,化学物質の使用に伴う健康被害が想定され
る家庭用品に限定さ
れる。そして,たばこは化学物質を原材料とするものではないので,同法の規制対
象たりえない。
 9 争点(6)(損害と因果関係)についての当事者の主張
 (原告らの主張)
  (1) 原告らは,それぞれ上記のとおりの疾病に罹患し,身体の機能を著しく損
ない,生命の重篤な危険と隣り合わせとされ,一般通常人としての生活など望めな
い体とされてしまった。このような本件原告らの経済的損失及び肉体的,精神的苦
痛は,これを慰謝料として金銭に見積もれば,それぞれ1億円を下らない。本件
は,上記のような被告らの責任の重さから,懲罰的損害賠償が相応しい。ただし,
原告らは,それぞれ上記1億円のうち1000万円を請求するものである。
  (2) 原告らの損害と被告らの不法行為の因果関係は,①被告日本たばこがたば
こを製造・販売した事実,②原告らが被告日本たばこが製造・販売したたばこを吸
った事実,③喫煙が原告らの疾患の原因であることの3点が立証されれば,原告ら
の個別的因果関係についても証明されたことになる。原告らの疾病が喫煙以外の原
因であることは,被告側が主張・立証すべきことである。
    被告日本たばこによるたばこの製造・販売の事実は公知の事実である。
    また,たばこが原告らの疾患の原因であることは,疫学的研究によって明
らかである。すなわち,疫学的調査によれば,喫煙の肺がんに対する寄与危険率は
男性の場合71.5パーセント(原告らの場合は,いずれも20歳前後から喫煙を
始め,喫煙歴が40年を越えるヘビースモーカーであるから,寄与危険度は100
パーセント近い。),喉頭がんの寄与危険度割合は100パーセント近くとされて
いるので,喫煙は肺がん及び喉頭がんの原因であると言える。また,肺気腫は,肺
胞が破壊されて肺全体が膨張する疾患であるが,慢性閉塞性呼吸疾患の一種であ
り,喫煙が肺気腫の原因であることは明白である。
    疫学は,集団的因果関係を明らかにするだけではなく個別的因果関係を明
らかにするものである。
    疫学は,ある疾病の原因となりうる因子を有する集団(曝露群)と有しな
い集団(非曝露群)に分けて,各集団ごとに疾病発生数を数え,疾病頻度の差異を
観察する方法によって疾病の原因たる因子を追及する方法である。疫学的推論であ
れば,曝露群と非曝露群の発生数の差を比較することにより,当該因子と疾病との
関係を示すことができる。
    裁判における事実認定の法則である経験則における「因果関係」とは,
「集団的因果関係」ないし「統計的因果関係」である。個別的事情をどれほど分析
しても,個別的因果関係の推論は個人の主観に依存するため,客観性がなく,集団
的ないし統計的でない因果関係(個別的因果関係)そのものについての経験則など
はありえず,裁判所が経験則を利用して心証を形成するという事実認定の過程は,
統計的な法則をもとにし個別具体的な事実の心証を形成する過程と論理的に同様な
過程であるといえる。
    そして,現在,疫学による推論より優れた個別事例の探求による因果関係
の検証方法はないのであるから,疫学により因果関係が証明されるというべきであ
る。
  (3) 原告らの喫煙歴は次のとおりである。
   ① 原告a
     喫煙開始時期 20才の1947年から 
     喫煙期間 1980年暮れまで,33年間
     禁煙期間 特になし
     喫煙銘柄 「光」「ロングピース」等
     喫煙本数 医学専門学校在学中(入学は1947年)のころから本数が
増え,歯科医師になった1953年からは診療中以外は間断なく吸い1日約50~
60本程,咳き込むようになった1980年は出来る限り減らして喫煙していた。
          喫煙した確実な本数を平均して算定すると,当初の6年間は
1日平均10本,その後の26年間は1日平均55本,最後の1年は1日平均20
本を喫煙したものである。
   ② 原告b
     喫煙開始時期 14才の1948年から 
     喫煙期間 1995年2月まで,47年間
     禁煙期間 特になし
     喫煙銘柄 「いこい」「ハッピー」「ピース」等
     喫煙本数 喫煙開始後次第に本数が増え,17才の1951年からは1
日60本を喫煙した。
          喫煙した確実な本数を平均して算定すると,当初の3年間は
1日平均10本,その後の44年間は1日平均60本を喫煙したものである。
   ③ 亡c
     喫煙開始時期 20才の1964年から 
     喫煙期間 1998年6月まで,34年間
     禁煙期間 特になし
     喫煙銘柄 「ハイライト」「ロングピース」「マイルドセブン」等
     喫煙本数 喫煙開始後次第に本数が増え,1970年からは1日20本
を喫煙した。
          喫煙した確実な本数を平均して算定すると,当初の6年間は
1日平均10本,その後の24年間は1日平均20本を喫煙したものである。
   ④ 原告d
     喫煙開始時期 21才の1953年から 
     喫煙期間 1986年9月まで,33年間
     禁煙期間 特になし
     喫煙銘柄 「光」「ピース」「朝日」「ゴールデンバット」「しんせ
い」「わかば」「マイルドセブン」等
     喫煙本数 喫煙開始後次第に本数が増え,25才の1957年からは1
日40本を喫煙した。
          喫煙した確実な本数を平均して算定すると,当初の4年間は
1日平均20本,その後の29年間は1日平均40本を喫煙したものである。
   ⑤ 原告e
喫煙開始時期 16才の1943年から 
     喫煙期間 1993年12月まで,50年間
     禁煙期間 特になし
     喫煙銘柄 「誉」「コロナ」「しんせい」等
     喫煙本数 喫煙開始当初は1日5本程度であったが,次第に本数が増え
25才の1957年からは1日40本を喫煙した。
          喫煙した確実な本数を平均して算定すると,当初の9年間は
1日平均5本,その後の41年間は1日平均40本を喫煙したものである。
   ⑥ 原告f
喫煙開始時期 20才の1945年から 
     喫煙期間 1990年2月まで,45年間
     禁煙期間 特になし
     喫煙銘柄 「誉」「朝日」「しんせい」「ピース」「ハイライト」
喫煙本数 喫煙開始当初は1日20本程度であったが,1956年からは1日40
本ないし45本を喫煙した。
喫煙した確実な本数を平均して算定すると,当初の10年間は1日平均20本,そ
の後の35年間は1日平均42本を喫煙したものである。
  (4) 以上より,上記の3命題の成立は明らかであるので,たばこが原告らの疾
患の原因であることが証明され,原告らの損害と被告らの違法行為との間には因果
関係があるということになる。
    なお,確かに,たばこを購入して喫煙をしたのは原告らの行為であるが,
原告らはたばこの害を認識しないままにたばこを吸い始め,被告日本たばこによる
ニコチンの依存性を利用した製造販売行為や,それを知ってあえて規制してこなか
った被告国の不作為により,ニコチン依存に陥らされ,適切な警告表示もないまま
に喫煙を継続させられた本件原告らには,もはや喫煙継続か禁煙かという選択の自
由はなかった。
    本件原告らが喫煙をやめることができたのは,いずれも生死にかかわる各
たばこ病への罹患,手術等を経験し,ニコチンの依存性を凌駕するに足りるたばこ
の有害性についての情報を,経験をもって知ったときである。上記のとおり,たば
この依存性は麻薬に匹敵するほど強度であり,たばこ依存に陥った者との関係で
は,上記のような生死にかかわる経験に代わりうる強力な警告表示がなされなけれ
ば,自らの意思でも禁煙は期待できるものではない。
    したがって,原告らの喫煙については原告らに全く過失はなく,被告らが
原告らの自己責任を問うこと自体権利濫用であって,原告らの疾病はもっぱら被告
らの違法行為によるものと言うべきである。
 (被告日本たばこらの主張)
  (1) 不法行為に基づく損害賠償請求においては,原告らが主張・立証命題とす
る3点が証明されても,因果関係が証明されたことにはならず,原告らが喫煙によ
ってそれぞれの疾病に罹患したことを立証しなければならない。
    本件の各疾患は,喫煙以外にも,肺がんであれば,居住環境,大気汚染,
食生活,遺伝,体質,加齢,既往症,職業曝露等の要因,喉頭がんであれば,アル
コール,口腔衛生,食物の誤嚥,胃食道酸逆流症,音声の酷使,職業曝露,ウィル
ス,加齢,遺伝,男性ホルモン等の要因,肺気腫であれば大気汚染,慢性気管支
炎,加齢,人種,性,遺伝的要因等の様々な要因に影響される非特異疾患であり,
他の要因が存在しないことも原告らが主張・立証しなければならない。
    統計的には,日本の男性の喫煙率は欧米諸国と比較して高いとされるが,
日本の男性の肺がんの発生頻度は欧米諸国に比べて著しく低い等の結果が指摘され
ている。喉頭がんについても,南欧の国々で最も発生率が高く,日本の6から10
倍に達する。肺気腫についても,肺気腫等の各国男性の年齢調整死亡率は,日本よ
り20パーセント程度喫煙率の低いハンガリーでは日本の4倍近い数値になってい
るなど,喫煙と疾病の関連性と矛盾する結果も出されている。
    また,疫学は,公衆衛生の見地から,疾病の予防を目的とし,集団として
の共通の特徴を観察することにより,疾病の要因を探求する学問であり,疫学にお
ける原因と訴訟上の因果関係における原因は異なる。相対的危険度や寄与危険度の
割合も,複数の要因の危険度を足すと100パーセントを超えることもあり得るの
で,そのまま心証の程度に反映することはできない。
    また,疫学は,バイアス,交絡要因,偶然誤差といった研究結果の妥当性
に影響を及ぼす要因の処理を要する。特に,原因と結果が明確に対応するいわゆる
特異性疾患と違い,がん,肺気腫などのような発生原因及び機序が複雑多岐である
非特異性疾患は,疫学によってある1つの要因が原因として疑われたとしても,他
の要因との関係や,各要因の寄与の程度は明らかにされておらず,また,対象のそ
れぞれが異なる環境のもとに,各種の要因にそれぞれ曝露されているのであるか
ら,個別的な因果関係を判断するのは不可能である。
  (2) 原告らにおける他要因の存在
① 原告a
原告aは肺がんの診断時54歳であり,1940年に東京都大田区に転居して以
来,5年間横浜市甲に居住した以外は,手術後に奄美大島に転居するまで東京の都
心部に居住していた。また,原告aは若いころから高脂肪のものをよく摂取してい
た。また,原告aには結核の既往症も疑われる。これらの加齢,都心部の汚染され
た空気,高脂肪食の摂取,結核等の呼吸器疾患は肺がんのリスク要因である。
② 原告b
原告bは,肺気腫と診断された当時61歳であり,25歳という若年時において煙
突製造工員として石綿,石粉,セメントなどの粉塵が飛び交う工場内で重労働に従
事し,34歳以降はタクシー運転手としてほとんど休みを取ることなく,毎日15
ないし16時間,京都市内を走っていたのであるから,このような職業に従事して
いる中で,粉塵等や汚染された空気を継続的に吸入していたと言える。また,原告
bは,肺気腫発症以前の1993年にものすごい呼吸困難に陥ったほか,1997
年2月から3月にかけて,度々呼吸困難に陥り,ぜんそくの重積発作と診断されて
いる。これらの加齢,粉塵吸入・大気汚染,既往疾患は肺気腫のリスク要因であ
る。
③ 亡c
亡cは,肺がんと診断された当時53歳であり,それまでに自動車整備士として約
8年,トラック運転手として約15年勤務しており,長期にわたってディーゼル排
ガスや粉塵等で汚れた空気や汚染された大気を継続的に吸入していた。亡cは一人
暮らしで,食生活はほとんど外食であった。これらの加齢,大気汚染,食生活・食
習慣も肺がんのリスク要因である。
④ 原告d
原告dは,肺がんと診断された当時54歳であり,寿司店店員,寿司店経営等,接
客や指示等で音声を酷使する職歴を有しており,カラオケも愛好していた。寿司店
を経営していた当時,午前11時ころから夜の12時ころまで営業し,準備や片づ
け等で長時間労働となり,営業時間中に飲酒するなどの不規則な生活をしており,
原告dは胃食道酸逆流症を生じやすい状況であった。また,15,6歳から飲酒を
始め,その後は1日2合程度飲んでおり,1991年に入院した時にも生活習慣と
して1日当たり日本酒1合とビール1本を飲んでおり,飲酒の習慣は相当根深かっ
た。原告dは入れ歯があるなど,口腔衛生にも問題があった。また,原告dが19
82年から喉頭がんに罹患していた1986年まで勤務していた貴和建設における
作業は,コンクリー
トの粉が飛んで喉に影響するような状態であったのに,マスクをしないで作業して
おり,コンクリートの粉の影響が窺われる。
これらの加齢,音声の酷使,飲酒,口腔の不衛生,職業曝露,胃食道酸逆流症は喉
頭がんのリスク要因である。
⑤ 原告e
原告eは,肺気腫の診断時55歳であり,若年のころから大工として建築現場や炭
坑等で働いており,戦後石綿ボードを切っていたこともあった。戦時中は広島や台
湾で船の改造等の仕事に従事しており,当時から船のボイラーや冷却装置の断熱材
として盛んに使用されていたアスベスト等の有害物質に曝露されていた。また,若
いころから呼吸困難,アスベストによる石綿肺,けい肺,気管支喘息,ぜんそく等
の呼吸器の既往症があった。これらの加齢,粉塵吸入,既往疾患は肺気腫のリスク
要因である。
⑥ 原告f
 原告fは,肺がんの診断時64歳であった。1946年から1988年までの4
0年間京都市乙町の丙通りという交通量の多い道路の近くに居住し,1946年か
ら1956年まで自宅で建築塗装業を営んでいたことから,塗料中の発がん性物質
を吸い込んだ可能性があり,1980年から1991年までの間はタクシー運転手
をしていた。また,原告fの母親は肝臓ガンで死亡し,姉は乳ガン,妹は子宮筋腫
に罹患している。これらの加齢,大気汚染,塗料による発がん物質の吸飲,遺伝的
要因は肺がんのリスク要因である。
  (3) リスクを認識した上での自由意思による喫煙
① 原告a
原告aが購読してきた読売新聞には,原告aの購読期間中にも喫煙と健康に関する
記事が多数掲載されており,原告a自身,喫煙の身体的リスクに関する論文を見て
も,切実に感じず,禁煙しようとも思わなかったと供述していること,1972年
施行の注意表示を見て,健康に良くないかなと思いつつも本数を減らすことも禁煙
することもなく,学生時代には友達と話し合って喫煙の害を考えたことがあって,
肺がんになる確率が高いことも知っており,1964年には米国公衆衛生総監の報
告を受けてハワイに住む妹から禁煙するようにアドバイスを受け,妹以外にも禁煙
するように言われていたことから,喫煙の身体的リスクを認識していた。
また,原告aは,1980年暮れころに咳が止まらなくて,あるいは,手術を機会
に,自らの意思でたばこをやめたと供述していることから,原告aは,依存性によ
ってではなく,自らの意思で喫煙を選択していた。
② 原告b
原告bは,喫煙の身体的リスクを認識していたことを認めており,原告bが購読し
ていた毎日新聞にも喫煙の身体的リスクに関する記事が多数掲載されていることか
ら,原告bは,喫煙の身体的リスクを認識していた。
また,たばこには原告ら主張のような強い依存性はなく,原告bも,妻や娘からの
度重なる注意を受けていたにもかかわらず,「たばこを吸うことは一人前の男・夫
の権威である。」という理由から喫煙を中止しなかったことからすれば,原告b
は,依存症によってではなく,自らの意思で喫煙を選択していた。
③ 亡c
亡cは,人の話や本などによって,喫煙の身体的リスクを認識したことを認めてお
り,喫煙の身体的リスクについて多くの報道がなされていたことからしても,喫煙
の身体的リスクを認識していた。また,喫煙には原告らが主張するような強い依存
性はなく,実際,亡cも1998年5月には禁煙していたことから,亡cは,依存
症によってではなく,自らの意思で喫煙を選択していた。
④ 原告d
原告dは,喫煙が健康に悪いことはうすうす知っていたと認めており,原告dが購
読していた読売新聞には喫煙の身体的リスクに関する記事が多数掲載されているの
であるから,原告dは喫煙の身体的リスクを認識していた。また,原告dは20歳
ころに友達と賭けをして禁煙しようとし,短期間禁煙したことがあるが,友達から
お金を取るのがかわいそうであることから再び吸い出した旨供述しており,その後
禁煙しようとしたことはなかったこと,喫煙には原告らの主張するような強い依存
性はなく,実際に禁煙に成功している事例が多く存在することから,原告dは依存
性によるのではなく,自らの意思で喫煙を選択していた。
⑤ 原告e
原告は,喫煙の身体的リスクが一般的に周知されていた状況を認めており,原告e
が購読していた朝日新聞には喫煙と健康問題の関連記事が多数掲載されているので
あるから,原告eは喫煙の身体的リスクを認識していた。また,原告eは,結局は
自分の意思で禁煙に成功しており,原告eが依存性によるのではなく,自らの意思
で喫煙を選択していたことを示している。
⑥ 原告f
 原告fは,1972年に,旧注意表示がなされた以降は注意表示の存在を認識し
ており,喫煙が健康に影響があることを認識していた。また,原告fが購読してい
た京都新聞にも喫煙の身体的リスクに関する記事は数多く掲載されていた。また,
原告fは,肺がんの切除手術を受け,それは喫煙が原因と認識して,喫煙の身体的
リスクを十二分に知った後も喫煙を再開しているのであるから,注意表示の程度と
同原告の喫煙は無関係である。なお,原告fが,依存性によって喫煙したのではな
いことは,手術前の喫煙の身体的影響について医師から何も言われない時期に自ら
の自由意思で禁煙していることから明らかである。
 10 争点(7)(消滅時効)についての当事者の主張
 (被告日本たばこらの主張)
亡c以外の原告らは,本訴提起日である1998年5月15日の3年前までには,
少なくとも本訴で主張する疾病の確定的な診断を受け,手術を受けている原告もい
る。そして,診断後も予見できないような症状が現れたことはない。また,原告ら
は,確定診断を受け,あるいは手術をした際に,主治医の説明等で原因が喫煙であ
ること,すなわち被告日本たばこが加害者であることを知ったことになる。被告日
本たばこらは,次の各消滅時効を本訴において援用する。
(1) 原告a
 原告aは,1981年2月に肺がんの診断を受け,同年3月16日右肺を全部摘
出する手術を受け,その原因が喫煙であることを確信したというのであるから,遅
くとも右肺摘出を受けた日には,損害及び加害者を知ったと言うべきであり,同日
から3年の経過した1984年3月16日に,不法行為に基づく損害賠償請求権は
時効消滅した。
(2) 原告b
原告bは,1995年2月28日に肺気腫の診断を受け,担当医師にたばこを吸い
続ければ確実に死ぬと言われて喫煙を中止したというのであるから,同原告は遅く
とも同日には損害及び加害者を知ったと言うべきであり,同日から3年を経過した
1998年2月28日に,不法行為に基づく損害賠償請求権は時効消滅した。
(3) 原告d
原告dは,1986年9月に喉頭腫瘍の診断を受け,担当医から主な原因は喫煙で
あると言われ,同年10月9日に喉頭全摘出術を受けているのだから,遅くとも喉
頭全摘出術を受けた1986年10月9日には損害及び加害者を知ったと言うべき
であり,同日から3年を経過した1989年10月9日に,不法行為に基づく損害
賠償請求権は時効消滅した。
(4) 原告e
原告eは,1982年に肺気腫と診断され,原因はたばこだと注意されたのである
から,原告eは1982年に損害及び加害者を知ったと言うべきであり,同年から
3年を経過した1985年末に,不法行為に基づく損害賠償請求権は時効消滅し
た。
(5) 原告f
原告fは,1990年に肺がんの診断を受け,同年2月20日に左肺上葉切除の手
術を受け,その際,その原因が喫煙であることを知ったというのであるから,同原
告は,遅くとも,上記手術を受けた1990年2月20日には損害及び加害者を知
ったというべきであり,同日から3年を経過した1993年2月20日に,不法行
為に基づく損害賠償請求権は時効消滅した。
 11 争点(8)(差止請求の可否)についての当事者の主張
 (原告の主張)
(1) 人格権侵害
ア 身体ないし健康に関する侵害があったときは,予想される侵害の態様や程度に
よっては,人格権に基づき,侵害行為を差し止め又はこれを防止するために必要な
措置を求めることができる。
イ 被告日本たばこは,上記のとおり,喫煙の有害性が明らかであるにもかかわら
ず,有効な喫煙規制対策をとらずにたばこの販売を続けている。
ウ このため,原告らは,生活上,様々な私的施設・公的施設を利用せざるを得な
いところ,それらの施設内においては,喫煙者によるたばこの煙が施設内に滞留・
残留しており,原告らが受動喫煙に晒されるおそれがある。そして,たばこ病の患
者である原告らがさらに受動喫煙に晒されることで生命及び健康に決定的な侵害を
受ける。
また,ニコチンの依存性により,喫煙を中止した原告らも,このままたばこの販売
が続けられる限り,今後,自己の意思に反して喫煙を再発させられ,生命に危険が
及ぶ可能性がある。
エ 原告らはたばこの被害者であり,行政が有効な喫煙規制対策を講ぜず,被告日
本たばこによるたばこの販売が自己が被害にあったのと同様のまま続けられること
で,到底納得できず,焦燥感を抱き続けている。原告らは,自分自身の子孫はもと
より,次世代を担う若者たちが喫煙の誘惑にさらされ,自己と同じ被害に遭うこと
を見続けるのは到底耐えられない。そして,このことにより,原告らが深刻な精神
的苦痛を受け続けることは,精神的な被害の継続・増大であると共に,原告らの健
康に重大な悪影響を及ぼす。
 (2) 必要性
上記のような原告の重大な肉体的及び精神的被害を慰謝し,今後の被害を予防する
には,被害原因の除去,すなわち,被告日本たばこによる請求の趣旨記載のような
有害表示及び喫煙規制対策が必要である。
(3) よって,原告らは,被告日本たばこに対し,人格権に基づき,請求2項ないし
6項記載の有害表示及び喫煙規制対策を求める。
(被告日本たばこ)
 原告らの主張は争う。
 原告らは人格権を主張しているが,自らの身体・健康に関する利益に限らず,受
動喫煙にさらされないことや子孫や若者の健康が危険にさらされているという心理
的ダメージを主張するのみであり,その具体的内容は判然とせず,法的根拠が明ら
かでない。
また,そもそも被告日本たばこによるたばこの製造・販売には違法性がなく,原告
らの人格権を侵害しない。
第3 当裁判所の判断
 1 争点の判断に入る前に,喫煙と健康に関する事実経過について一瞥しておく
こととする。証拠によれば,次の事実が認められる。
(1) 喫煙をめぐる世界の動向
ア 世界保健機関(以下「WHO」という。)の勧告
 1970年,WHOの第23回総会において,紙巻きたばこの包装及び広告への
有害表示を義務づける立法措置,紙巻きたばこの広告及び販売促進活動の縮小を推
進する措置などの喫煙制限政策を採るべきであると勧告した「喫煙と健康」と題す
る報告書が提出された。同総会は,同報告書の勧告をあらゆる国において実施する
ことによる利点が考慮されるよう措置すべきであると決議し,各国にその旨勧告さ
れた。これを初めとし,1970年代以降,WHOは,各国に対し,喫煙規制対策
についての勧告を行ってきた。
喫煙とその健康に及ぼす影響に関するWHOの専門委員会は,1974年,喫煙が
肺がん,慢性気管支炎,肺気腫,心筋梗塞,閉塞性末梢血管障害などの重要な原因
であり,さらに舌,咽頭,食道,膵臓,膀胱などのがんや,流産,死産,新生児死
亡,胃・十二指腸潰瘍などの原因としても一役買っていること,紙巻きたばこを吸
うことによって,毎年何百万人もの生命が脅かされていることは疑問の余地がない
ことを結論付けた。同委員会は,各国政府に対し,喫煙の制圧と予防のための特別
計画に協力し,監督する機関を作ること,喫煙と健康について家庭・小学校等で教
育活動を始めること,たばこの宣伝・広告やたばこの自動販売機を禁止し,たばこ
の税率を一定期間ごとに上げ,たばこを吸わない人を保護するなどの法令の制定に
努力することなどを
勧告した。(甲1,56,123)
イ アメリカ・ヨーロッパをはじめとする諸国は,上記勧告を受け,あるいはそれ
以前に,次のとおり様々な喫煙制限のための対策を実施した。
(ア) アメリカ合衆国
アメリカ合衆国では,1953年,30年ほど喫煙して肺がんになった原告がたば
こ会社に対して損害賠償を請求したプリチャード事件の判決がなされた。同判決で
は,喫煙と肺がんとの因果関係は認められたが,原告が喫煙の危険を引き受けたと
して請求棄却となった。
1965年には「連邦たばこ表示及び広告法」により,1966年からたばこの外
箱に「注意 たばこを吸うことはあなたの健康に有害かもしれません。」と表示さ
れるようになった。1971年には,公衆衛生喫煙法により紙巻きたばこのテレ
ビ・ラジオ広告が禁止され,1972年には,たばこの外箱に「警告,衛生総監は
喫煙は健康に有害であると決しました。」と有害性を明記するようになった。19
97年には,たばこ会社との和解の中で,「たばこには発がん性がある。」「喫煙
によってあなたが死ぬことがある。」「たばこには習慣性がある。」などの9種類
の有害表示が義務づけられた。(甲56)
(イ) フランス
フランスでは,1990年に喫煙とアルコール消費に関する法案が可決され,19
93年からはすべてのたばこの販売促進活動が禁止されることとなった(甲1,丙
1)。
(ウ) イギリス
イギリスでは,1964年にテレビ・ラジオでの紙巻きたばこ広告が禁止され,1
991年に全てのたばこ製品についてのテレビ・ラジオでの広告が禁止された。1
971年には,たばこ業界と厚生大臣との協定により,紙巻きたばこの包装に「女
王陛下の政府による警告:喫煙はあなたの健康を損なうことがあります。」との表
示がなされることになり,その後改正を経て次第に厳格化された。現在は,EU法
にのっとり,警告表示を義務づける規則を制定し,たばこ外箱の表面に「たばこは
著しく健康を損なう」との警告を,裏面に「喫煙はがんを引き起こす」「妊娠中の
喫煙はあなたの子どもを害する」などの6種類の警告表示を同じ数ずつ表示されて
いる。(甲1,57,丙1)
(エ) スウェーデン
 スウェーデンでは,1983年ころから学校での喫煙規制等がなされていた。1
991年からは,たばこの外箱に「喫煙は毎日20人のスウェーデン人を殺す」
「肺がん,咽頭がん,喉頭がんの主な原因はたばこ」など16種類の厳しい警告表
示がなされるようになった。(甲1,丙1)
 (2) 日本の状況
ア 喫煙と健康に関する被告日本たばこの対応
被告日本たばこは,喫煙と健康の問題に関し,次のような対策を行ってきた。
(ア) 当初の研究及び対策
1957年,たばこ煙中に発がん物質であるベンツピレンが発見されたことや,喫
煙と健康に関する疫学調査結果など,喫煙と健康に関する内外での研究が発表さ
れ,それらが新聞記事に掲載されるなどして喫煙と健康に関する社会的関心が高ま
った。被告日本たばこは,たばこ煙中のペンツピレンの存在を検証する研究を財団
法人癌研究会癌研究所に委託し,主に喫煙と肺がんについての研究を行った。この
委託研究は,当初は年数件程度であったが,昭和50年(1975年)代には内外
の医学的な情勢を考慮し,委託研究の課題数や委託研究費用を増やし,研究機関を
拡充して,年80件程度の研究を委託するようになった。
 また,1970年からは,喫煙の生体に及ぼす影響に関する研究,1971年か
らは喫煙の心臓・血管系及び内分泌系への影響に関する研究や喫煙の精神薬理効果
に関する研究,1972年からは喫煙の呼吸器に及ぼす影響に関する研究,197
6年からは喫煙の妊婦や胎児への影響及び受動喫煙に関する研究が開始されるな
ど,その範囲を拡大し研究の質的な向上を図った。
委託研究の開始と同時に,専売公社の中央研究所に喫煙科学研究室を設置し,喫煙
と健康に関する報告や研究成果に関する情報収集等を行った。
 1962年にロンドン王立医師会,1964年に米国公衆衛生総監諮問委員会の
報告書が発表され,これが新聞記事の一面トップに掲載されるなどしたことから,
専売公社は,上記委託研究の委託先の拡充や研究費の増額等,研究の充実・強化を
行い,低タール,低ニコチンの商品やフィルター付きたばこの開発に努めるなどし
た。
 1965年,アメリカ合衆国で紙巻きたばこの包装表示並びに広告に関する連邦
法が制定され,翌年からアメリカ合衆国ではたばこの包装に「シガレットの喫煙は
あなたの健康に障害があるかもしれません」という表示が義務づけられた。これを
受けて,被告日本たばこは,1967年,全銘柄のニコチン・タール量の公表を始
め,1970年からは全銘柄のニコチン・タール量をたばこ小売店の店頭にステッ
カーで掲示するようにした。
 委託研究の成果は,各研究者などにより各種学会,専門学術雑誌等で自由に発表
されているほか,委託研究報告概要という形で毎年度報告書が取りまとめられ,国
会図書館にも納入され,1979年及び1985年には,喫煙と健康に関する研究
運営協議会作成の「喫煙と健康に関する委託研究の経過と展望」と題する資料が公
表されている。
 また,被告日本たばこは,未成年者に対する喫煙防止対策として,1960年代
には,販売店に対し,未成年者喫煙防止への協力を要請し,たばこ自動販売機に未
成年者の喫煙は法律で禁止されている旨の表示を行い,広告宣伝において青少年の
喫煙意欲をそそるような表現を差し控えるとの基本姿勢を明らかにし,1963年
以降は広告媒体選定に注意するなどの対応を行ってきた。1969年には,未成年
者の喫煙防止の観点から,広告宣伝に関する自主基準を定め,未成年者の喫煙防止
のPRを強化し,未成年者に人気のある著名人をモデルとして使わないなどの対策
を実施した。(甲123,乙158のB3ないし42,159のC10,11,1
3,28ないし31,36,51,53,99,160のD11,証人j)
(イ) 注意表示の実施
前記第3の1(1)アのとおり,1970年,WHOが各国に対し,喫煙と健康に関す
る表示など,必要な措置を採るように勧告した。このことを受け,専売公社は,同
公社の企画開発本部に健康問題調査室を設置し,喫煙と健康に関する公社の施策の
検討等をした。
また,大蔵大臣は,上記のWHO総会決議等を受けて,専売事業審議会に喫煙と健
康の問題に関連する日本専売公社の業務の運営について諮問した。同審議会は病理
学,公衆衛生学,内科学の医学者や,k国立がんセンター研究所疫学部長ら13名
の参考人から意見を聴取した上,紙巻きたばこの包装にニコチン及びタールの量を
表示すること,紙巻きたばこの包装に喫煙が健康に障害を及ぼす旨の表示をするこ
と等の要否の検討を行った。
1971年3月,同審議会は,疫学的知見と病理学的知見との間には一致しない点
があり,これに臨床医学的な知見を加えると,喫煙の健康に及ぼす影響については
簡単には結論付けられないという見解を示した。それとともに,同審議会は,精神
医学上の観点からは警告表示を行うことは必ずしも好ましい結果をもたらすとは限
らず,かえって喫煙者の心理的葛藤をひき起こすおそれのある場合もあるので慎重
に配慮する必要があること,たばこは本来,吸う吸わないの選択が個人の判断に委
ねられているし好品であり,たばこが健康に与える影響は,日常の食生活に必要な
食品が及ぼすことのある障害とはその性質が異なることなどを総合勘案し,当時の
段階においては紙巻たばこの包装に喫煙が健康に障害を及ぼす旨の表示は行わず,
紙巻たばこ煙中のニ
コチン,タール量を個々の包装に明確に表示することにより消費者の喫煙と健康の
問題についての関心に応えることが適切な措置であると考えるとし,注意表示に関
しては,喫煙が健康に障害を及ぼす旨の表示は行わずに,ニコチン・タール量の表
示を適切に行うべきであるという答申を出した(以下,この答申を「1971年の
答申」という。)。
その後,衆議院大蔵委員会において,上記答申の内容が再吟味され,紙巻きたばこ
の包装への表示問題を巡る質疑が行われ,k国立がんセンター研究所疫学部長,l
癌研究所実験病理部長らの専門家が参考人として意見を述べた。大蔵大臣は,この
論議と諸外国の情勢をふまえ,1972年4月20日,日本専売公社総裁に対し,
紙巻きたばこの包装への表示については,ニコチン・タールの量の表示に代え,吸
いすぎについて注意を促す趣旨の表示を行うことを指示した。専売公社は,これを
受けて,同日,たばこの包装に「健康のため吸いすぎに注意しましょう」という文
言(以下「旧注意表示」という。)を表示することを決定し,同年8月以降,逐次
切り替えを行った。
その後,1985年4月,たばこ専売法の廃止及びたばこ事業法の施行に伴い,た
ばこ事業法39条1項により「大蔵省令で定める文言」を表示することが義務付け
られ,たばこ事業法施行規則36条2項において,「大蔵省令で定める文言」は旧
注意表示と同文とされ,被告日本たばこは,1990年6月まで同表示を継続し
た。(甲123,乙1ないし3,5の3,4,160のD5,7ないし10,1
4,34ないし37,丙6,証人j)
(ウ) その後の研究及び対策
1974年,WHOで受動喫煙の問題が取り上げられたことから,被告日本たばこ
は,1976年,受動喫煙に関する委託研究を開始した。
1980年,被告日本たばこは,「たばこと健康Q&A」と題するリーフレットを
作成し,配布したが,「喫煙が肺がんの原因であると科学的に結論付けることはで
きません。」などの記載があることから,たばこ有害論に対する反論であるとし
て,新聞等で批判を受けることとなった
1985年4月に被告日本たばこが株式会社化されてからは,喫煙と健康に関する
研究は,喫煙等に関する科学的調査研究を行うとともに関連資料や関連情報を収集
することを目的として設立された公益法人である財団法人喫煙科学研究財団を通じ
た助成研究が中心となり,喫煙とがんのみならず,循環器,呼吸器,消化器,喫煙
の生理,薬理,妊婦,胎児への影響等についての研究を行った。助成研究は,個々
の研究者が自ら研究プランを作成して財団に助成研究の申請を行い,財団内にある
研究審議会がこれを審議してその採否を決定するという形で行われ,研究審議会
は,各医学分野の専門家によって構成されており,被告日本たばこは,助成研究の
テーマや内容について,一切関与していない。研究成果は各研究者が学会等で自由
に発表し,財団の研究
年報という形で取りまとめられ,毎年,国会図書館などに納入され,最新の研究結
果を中心に同財団のホームページ上でもその概要が公開されている。また,被告日
本たばこは,同財団への出捐金を負担し,毎年度,助成研究のための経費として3
億5000万円を財団に寄付している。(乙160のD110,111,証人j)
(エ) 現行注意表示の実施
 大蔵大臣は,1988年,旧注意表示以降,たばこに関する調査研究が蓄積され
てきたことや,喫煙と健康に関する国民の関心が高まってきたことから,たばこ事
業審議会に対し,喫煙と健康の問題に関連するたばこ事業のあり方を諮問し,同審
議会において,医学,精神医学,心理学,文化等の専門家による意見聴取がなされ
た。
 同審議会は,1989年5月,喫煙は身体的健康に対してリスクとなる可能性が
あるものの,個々人については喫煙のみを取り出して原因と確定することはでき
ず,各人は自らのし好や健康への影響等を総合的に判断して喫煙するかしないかを
選択すべきであるとの前提に立ち,注意表示については,現行の注意文言は消費者
に定着しているという評価はあるが,現行注意表示は改めて意識されなくなってい
るとの批判があること,喫煙の健康への影響についての医学的知見が蓄積され,過
度の喫煙のみならず喫煙一般についても注意を喚起する必要があることなどから,
「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」(以下
「現行注意表示」という。)とすることが適当であること,葉巻たばこ等紙巻きた
ばこ以外のたばこにつ
いても注意文言を表示するのが適当であること,ニコチン・タール量もたばこの外
箱に表示すべきであるとの答申を示した。
 大蔵大臣は,これを受けて,同年10月12日,たばこ事業法施行規則36条を
改正し,注意文言を現行注意表示に変更し,葉巻たばこ等にも同注意表示を表示
し,紙巻きたばこについてはニコチン・タール量も表示することとした。(乙4な
いし6,証人j)
(オ) その後の対策
被告日本たばこは,1987年に社団法人日本たばこ協会が設立されてからは,同
協会で策定された広告の自主基準に協力してきた。また,たばこ業界では,199
0年には,未成年者喫煙防止の観点から,テレビやラジオでのたばこ広告の縮減の
基準を改定し,1992年から,ステッカーにより未成年者喫煙防止の表示を行
い,1996年からはたばこの自動販売機の深夜稼働の自主規制を実施し,199
8年からはテレビ,ラジオ等におけるたばこ製品の広告を全面的に取りやめる自主
規制を行っており,被告日本たばこはこれら業界の取り組みに積極的に協力した。
現在,被告日本たばこは,2008年から年齢識別機能を付けたたばこの自動販売
機を全国で一斉稼働すべく,開発を行っている(証人j)。
イ 被告国の対応
(ア) 大蔵大臣(現財務大臣)の対応
 大蔵大臣は,上記の1970年のWHO総会決議等を受けて,上記ア(イ)のとお
り,喫煙と健康の問題につき,専売事業審議会に対して諮問し,衆議院大蔵委員会
において検討して,1972年4月20日,日本専売公社総裁に対し,紙巻きたば
この包装に,吸いすぎについて注意を促す趣旨の表示を行うことを指示した。
  1985年,専売制度が廃止され,外国たばこが輸入販売業者によって自由に
輸入されるようになると,必ずしも大蔵大臣の指示のみでは注意表示が履行されな
い場合も想定されたことから,上記のとおり,旧注意表示の文言をたばこの外箱に
表示することを法制化した。
  大蔵大臣は,上記ア(エ)のとおり,1988年,喫煙と健康に関するたばこ事
業のあり方についてたばこ事業審議会に諮問し,1989年10月12日,同審議
会の答申を受けて,たばこ事業法施行規則36条を改正し,たばこの外箱の注意文
言を現行注意表示に変更した。(乙4ないし6,証人j)
  財務大臣は,2001年,財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会に対
し,たばこ事業を巡る諸課題について諮問した。同審議会は,2002年,中間報
告として,たばこは麻薬や覚せい剤などと同類の社会的禁製品ではなく,アルコー
ルなどと同様の合法なし好品であるが,喫煙が特定の疾病に対するリスクであるこ
とは疫学的に認められていることから,たばこの健康に対するリスク情報を適切に
提供することにより,個人が自己責任において喫煙を選択するか否かを判断できる
ようにすることが重要であるとの認識を示し,この観点から,注意表示は必要不可
欠であること,現在の注意文言は改めて意識されなくなっているという批判があ
り,製造たばこの消費と健康に関して注意を促すという観点から,見直しが必要で
あり,見直しに当たって
は,喫煙と健康に関する科学的事実をふまえ,諸外国の事例なども参考に,たばこ
事業部会において,専門家を中心としたワーキンググループを設置し,専門的観点
から具体的に検討を進めることが適当である旨答申した。これを受け,財政制度等
審議会は,たばこ事業部会にワーキンググループを設置し,2003年2月10日
以降,注意文言の見直しについて医療関係者等から専門的な意見を聴取するなどし
ている。(丙7)
(イ) 厚生大臣(現厚生労働大臣)の対応
 1964年1月,厚生省は,喫煙が未成年者の心身の発達に及ぼす害に鑑み,各
都道府県知事及び各指定都市市長宛「児童の喫煙禁止に関する啓発指導の強化につ
いて」という厚生省児童局長通知を発し,同年2月,米国厚生教育省公衆衛生局の
「喫煙と健康」と題する報告書及びこれに関する専門家の意見を踏まえ,我が国に
おいても若年層の喫煙と成人の長期多量喫煙が健康に悪影響を及ぼすため,国民保
健の立場からその害に関する啓蒙の措置を採る必要があるとして,各都道府県知事
及び各指定都市市長宛てに,「喫煙の健康に及ぼす害について」という公衆衛生局
長通知を発した。
 1978年,各国立病院及び国立療養所において,喫煙場所の制限とそれ以外の
場所での喫煙を禁止することとした医務局国立病院課長及び国立療養所課長通知を
発し,1980年3月,厚生省は,喫煙の健康影響についての積極的な情報提供,
喫煙の健康の問題に関する衛生教育の徹底を要請する公衆衛生局長通知を発し,1
984年4月,厚生省は,医療機関において喫煙場所を制限する等,たばこの煙に
よる悪影響の防止に関する配慮を要請する医務局長通知を発した。
 1987年10月,厚生省に設置された公衆衛生審議会の「喫煙と健康問題に関
する検討会」において,喫煙の健康に及ぼす影響に関する科学的知見,内外の喫煙
対策の現状をとりまとめ,「喫煙と健康/喫煙と健康問題に関する報告書」を公表
した。1991年,厚生省は,公共の輸送機関において受動喫煙から効果的に乗客
を守る方策を採ること等を内容とするWHOの勧告を受けて,「喫煙対策の推進に
ついて」という保健医療局健康増進栄養課長通知を発した。
 1992年からは,WHOの定める「世界禁煙デー」である5月31日から1週
間を,禁煙週間と定め,シンポジウムの開催や広報活動等を行うこととした。
 1995年,公衆衛生審議会において,防煙対策,分煙対策等を盛り込んだ「た
ばこ行動計画検討会報告書」を公表し,1996年,公共の場所における望ましい
分煙の在り方をとりまとめて「公共の場所における分煙の在り方検討会報告書」を
公表し,1997年,「厚生白書」において,喫煙と健康の問題を取り上げて記述
し,1998年,厚生省において,喫煙習慣,喫煙が健康に及ぼす影響,禁煙ない
し節煙を希望する人の割合等について調査を行い,「平成10年度喫煙と健康問題
に関する実態調査結果の概要」として公表した。
 1999年,医療機関及び公共交通機関における禁煙・分煙について調査を行
い,「喫煙と健康問題に関する実態調査の概況ー公共の場所の分煙実態調査」とし
て結果を公表した。
 2000年,「21世紀における国民健康づくり運動」において喫煙が及ぼす健
康影響についての十分な知識の普及等,たばこに関して4項目を目標として掲げ
(甲60),2001年,最新の科学的知見に基づいて「「喫煙と健康問題に関す
る検討会」報告書」を公表した。
 2002年8月2日,多数の者が利用する施設管理者に対し,受動喫煙の防止の
措置を講ずる努力義務を課すことを規定した健康増進法が公布され,2003年5
月1日に施行された。
 同年,厚生労働省健康局長の検討会において,各施設における分煙についての評
価方法などを内容とする「分煙効果判定基準策定検討会報告書」を公表した。(甲
33,34,38,39,乙160のD168ないし171,丙8の1ないし6,
丙9の1ないし4,6,10)
 2 争点(1)(たばこの有害性)について
  (1) 証拠(甲1,2,15,26,33,38,45,61,66,85,1
40)によれば,次の事実が認められる。
   ア たばこ煙中には,化学物質は4000種類以上の化学物質が含まれてお
り,ベンツピレンなどの発がん性が確認されているものだけでも200種類に及
ぶ。たばこ煙中の化学物質のうち,含有量と毒性の強さから,ニコチン,タール,
一酸化炭素がたばこの三大有害物質と言われる。
     たばこ煙中の化学物質で,急性影響をもたらすものとしては,粒子相に
含まれるニコチンと気相に含まれる一酸化炭素が代表的であり,ニコチンによって
中枢神経系の興奮,心拍数の増加,血圧上昇,末梢血管の収縮等が起こり,一酸化
炭素によって赤血球による酸素運搬機能が阻害される。
   イ 能動喫煙の慢性的影響として,以下のようなものがある。
     肺,食道,膵臓,口腔,中咽頭,下咽頭,喉頭,腎盂尿管,膀胱のがん
は,喫煙によって罹患するリスクが大きく増大する。腎細胞がん,胃がん,肝が
ん,白血病についても,上記のがんほどではないが,喫煙によって罹患するリスク
が増大する。
     特に,肺がんについては,喫煙男性は非喫煙男性に比べて肺がん死亡が
4.45倍高く,喫煙量が増えるほど罹患率が高まる。肺がんの罹患については,
日常の飲食習慣やし好習慣のうち,喫煙が最も密接な関係を持つとされており,罹
患後の生存率も喫煙者は非喫煙者に比べて低い。喉頭がんについては,喫煙男性の
喉頭がん死亡は非喫煙男性の32.5倍高く,喫煙の寄与危険度(ある集団におけ
る非喫煙者と喫煙者の罹患者数の差を喫煙者数の罹患者数で割った値に100を掛
けたもの)は95.8パーセントとがんの中で最も高く,喫煙開始年齢が低ければ
低いほどリスクが高いという研究報告もある。
     また,喫煙により,慢性気管支炎,肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患のリ
スクが増大し,慢性閉塞性肺疾患に喫煙がリスクとして占める割合は80ないし9
0パーセントと言われ,1日の喫煙本数が多いほど,慢性閉塞性肺疾患による死亡
者数が増加する。
     このほか,喫煙により,脳卒中,虚血性心疾患,自然気胸等種々の疾病
の発生リスクが高まるとの報告がある。また,喫煙している妊婦は,喫煙しない妊
婦に比べて低体重児出産の頻度は約2倍高く,早産の頻度も妊娠の全期間喫煙をし
ていた妊婦では非喫煙妊婦の約3倍,一日16本以上喫煙していた妊婦では約7倍
高く,自然流産の頻度も喫煙妊婦は非喫煙妊婦の1.5倍で喫煙本数が多いほど比
率は高まるなど,妊娠中の喫煙によって低体重児出産や早産等のリスクが高まる。
   ウ 受動喫煙についても,咳,頭痛,心拍数増加,血管収縮等の急性影響が
あるほか,慢性影響として,肺がんや呼吸器疾患へのリスクが高まるとの報告がな
されており,喫煙者の夫を持つ非喫煙者の妻の肺がん死亡率は,夫の1日の喫煙本
数が多いほど増加し,夫が1日20本以上の喫煙者である場合には夫が非喫煙者で
ある場合の1.91倍にのぼり,同様に,喫煙者を妻に持つ夫の肺がん死亡率は,
妻の喫煙本数が1日1ないし19本である場合には2.14倍,一日20本以上で
ある場合には2.31倍にのぼるという研究結果も報告されている(甲85)。
  (2) 以上のとおり,喫煙が身体に対して様々な急性的影響を与えるほか,肺が
ん等の多くの疾病の重大なリスクとなっていることは,多くの研究・発表により裏
付けられており,その限度において,喫煙が健康に有害であることはもはや社会の
常識となっている。
 3 争点(2)(たばこの依存性)について
  (1) 証拠(甲1,45ないし47,乙8,13ないし15,17,証人j)に
よれば,以下の事実が認められる。
   ア 薬物依存とは,薬物の精神効果を体験するため,あるいは薬物の摂取を
中止することによる退薬症状(離脱症状とも言う。いわゆる禁断症状。)による苦
痛から逃れるために,その薬物を連続的あるいは周期的に摂取したいという強迫的
欲求を常に伴う状態である(乙13,14)。薬物依存は,精神依存と身体依存の
2種類に分けられ,薬物の摂取が中断された時に身体的な病的異常である退薬症状
が現れる場合を身体依存,現れない場合,すなわち,摂取を中断しても病的異常は
現れないが,ある薬物を摂取したいという欲求を強く抱いている場合を精神依存と
言う(乙15)。
     長期的(少なくとも数週間と言われる。)に喫煙を続けた後に喫煙を中
断すると,集中困難,焦燥感,苛立ち,不安等を生じるため,長期間喫煙した後の
禁煙は困難を伴う。これは,たばこに含まれるニコチンの依存性のためであり,ニ
コチンの長期的な摂取が薬物依存を引き起こすことは広く知られている。
   イ ニコチン依存の症状としては,精神依存が主である。身体依存について
は認められないとする見解もあったが,近年は,常習的な喫煙者が禁煙すること
で,いらいら,不安,不眠,頭痛,集中困難等の症状が現れることから,身体依存
性も認められるとする見解が一般的である。
     ニコチンの精神依存は,ひとたび喫煙の習慣ができあがった後にニコチ
ン摂取を中断すると,喫煙渇望感が生じ,その結果,禁煙を妨げる。しかし,ニコ
チン依存は,モルヒネ,コカイン等の他の依存性薬物の一部にあるように,その薬
物が生活の中心となり,その薬物のみが関心事となって他の社会生活の妨げとなる
といったことはなく,他の依存薬物に比してその影響は少ない。
     動物実験の結果によれば,ニコチン,カフェイン,アルコール,ヘロイ
ン,コカイン,覚せい剤の精神依存性,身体依存性を比較すると,精神依存性につ
いてはカフェインは「弱い」,ニコチンは「中等度」,アルコールと覚せい剤は
「強い」,ヘロインとコカインは「最強」であると言え,身体依存性は,コカイン
と覚せい剤は「ほとんどなし」,ニコチンとカフェインは「微弱」,アルコールは
「強い」,ヘロインは「最強」と区分できる。
     ニコチンを反復摂取した後に摂取を中断すると,ヒトの場合,不安,焦
燥,不眠,集中困難,食欲亢進等の症状が生じる。これらはニコチンの退薬症状と
言えるが,ニコチンの退薬症状は上記のような心理的なものが主であり,身体的な
退薬症状は頭痛等が生ずる場合があるものの,それほどはっきりしたものはない。
また,動物実験ではニコチンの退薬症状は確認されておらず,ニコチンの退薬症状
は他の依存薬物の退薬症状に比べて極めて弱いとされている。(乙14,証人j)
   ウ 依存薬物に関するその他の症状について
    (ア) 研究によれば,ニコチンは,モルヒネやコデイン等の他の依存薬物
と異なり,身体依存が形成されることによる精神依存,すなわち薬物摂取に対する
欲求の増強は見られない(乙8,15)。
      また,ニコチンでは,ニコチンの摂取による多幸感,満足感には急性
的な耐性(摂取するにつれて摂取に伴う効用が低下するため,摂取量が際限なく増
える現象)は認められ,1日のうちでは,喫煙回数を重ねるにつれて1回の喫煙に
より得られる多幸感,満足感が減弱するが,この耐性は短時間で消失するため,一
晩就寝する間に回復し,翌朝喫煙する際には,前日の最初の喫煙と同様の満足が得
られる。このため,ニコチンを習慣的に摂取することにより,その摂取量が際限な
く増加することはない(乙18,証人j)。ラットやサルに依存薬物を摂取させる
実験の結果においても,コカイン,モルヒネ,アルコールでは高頻度に摂取し,摂
取頻度が次第に増加していくのに対し,ニコチンは比較的低頻度での摂取が維持さ
れることが報告され
ている(乙18)。
   (イ) また,アルコール,コカイン,覚せい剤等の他の依存薬物は,精神毒
性があり,過剰摂取によって精神錯乱が生じ,更に長期にわたり乱用を続けている
と,幻覚・妄想等の症状が出現する。しかし,ニコチンについては,精神毒性は全
く認められない。(乙8,15)
    (ウ) これに対し,原告らは,アメリカ合衆国の診断基準である「DSM
ーⅣ」(甲46,乙17)及びWHOの診断基準である「ICDー10」(甲2
0,乙24の1ないし2。)が薬物依存に関する世界的な診断基準であり,その中
では,ニコチン依存が麻薬や覚せい剤と同様に精神疾患として認められ,個別に記
述されていることから,たばこには麻薬や覚せい剤と同様の強力な依存性があると
主張する。
      しかし,「DSMーⅣ」及び「ICDー10」は物質関連障害の内
容,分類,各物質依存の症状,診断方法等を示すものであり,その依存性の強度や
障害の程度について比較・検討しているものでないことは,「DSMーⅣ」及び
「ICDー10」の記述から明らかである。
   エ 上記のほか,被告日本たばこや厚生省等の調査によれば,近年,特に男
性の喫煙率は低下してきていること(乙25),厚生省の調査によれば,以前喫煙
していたが,現在喫煙をしていない者は男性で21.0パーセント(喫煙者率は5
1.2パーセント),女性で2.4パーセント(喫煙者率9.8パーセント)にの
ぼり,喫煙経験者のうち相当数の人が禁煙したことがあると認められること(乙2
6),禁煙に失敗している人も多くいる反面,禁煙に成功した者も多く存在するの
は公知の事実であること,原告らの中にも,病気や医師の指導などを契機とし,自
主的に禁煙した者が多くいることが認められる。
  (2) 以上の事実からすれば,たばこには,たばこ煙中に含まれるニコチンの作
用による依存性があり,喫煙習慣がついたあとの禁煙には困難を伴うものの,その
依存性の程度は,身体依存については心理的症状がほとんどで依存の程度は微弱で
あり,精神依存についても,ある程度の依存性はあるものの,その程度は禁制品や
アルコールより格段に低く,喫煙者自身の意思及び努力による禁煙ができないほど
のものではないと認められる。
 4 争点(3)(被告日本たばこの違法行為)について
  (1) 原告らのこの点の主張は,たばこの有害性,依存性を前提として,消費者
保護基本法等実定法をも引用しつつ,被告日本たばこがたばこを製造・販売するこ
と自体,あるいはその販売の態様等を不法行為法上違法であるとするものである。
そこで,この争点については,たばこの有害性,依存性について再度検討し,原告
ら主張の被告日本たばこの注意義務を検討していくこととする。
  (2) たばこの有害性について
    たばこの有害性については,前記2(争点(1))において一応触れ,「喫煙
が健康に有害であることはもはや社会の常識になっている。」旨を述べた。たばこ
が健康に害をもたらすことは,17世紀から20世紀前半までの間に喫煙の有害性
や未成年者・若年者の喫煙の害を説く文献・記事等が多く発表され(乙157のA
1ないし22,26,28,30ないし39),1900年には未成年者喫煙禁止
法が制定されていることなどからすれば,その具体性はともかくとして,古くから
周知の事実であった。
    1950年代からは,喫煙と健康に関する医学的研究が内外で行われるよ
うになり,喫煙の健康への有害性について,具体的にどのような疾病についてどの
ように影響しているか等の研究結果が発表された。これらの研究結果は新聞・雑誌
等でさかんに報道され,たばこの害を批判する記事やたばこの宣伝を批判する投書
等も見られるようになり,喫煙が肺がん等に罹患するリスクを高めるなど,健康に
害を及ぼすことが具体的に社会に周知されるようになった(乙158のB1ないし
11,14ないし18,20ないし22,24ないし30,32,34,35,3
8ないし43,45ないし47,52ないし55)。
    1960年代には,WHOや各国の公衆衛生当局等から,たばこが肺がん
等の原因であるとの発表がなされ,新聞や雑誌ではたばこの害が盛んにとりあげら
れるようになり,社会的な反響を巻き起こした。このような中で,1960年代か
ら1970年代には,喫煙が健康に有害であるという認識が社会に確立し,今日で
は,日本においても社会常識とされるようになった(乙159のC1,8ないし1
3,16,18ないし37,42,44,46,48,49,51,52,57な
いし62,64,66,70ないし89,91ないし98,100ないし114,
116ないし119,121,123,125,乙160のD1ないし6,13,
15,17,18,21,25,29ないし31,33,37ないし43,45,
51,53ないし6
2,65ないし71,73ないし79,85ないし91,94,105,112,
113,115,120,124,128,131,135,139,141,1
43,147ないし152,154,162,164,168,181ないし18
4,189)。そして,有害性が周知されるにつれ,喫煙率の低下や禁煙の成功に
関する報道も見られるようになった(乙160のD19,20,64,92,11
6,132,153)。
    このようにたばこが健康に有害であることは,近時,急速に周知されるよ
うになり,本年施行の健康増進法では,学校,劇場等の管理者に受動喫煙防止の措
置を行う努力義務を課する段階に至っている。
    しかし,有害性の認識が高まったとは言え,喫煙した者すべてが重篤なが
ん,肺気腫,循環器疾患に罹患するわけではなく,他の要因も相まって各疾病に至
るものであることは,その疫学の示すところでもある。喉頭がんでは,喫煙の影響
のほか習慣的飲酒が相当大きな要因として作用していることが窺われる(甲8
5)。
    したがって,上記のように健康増進法で受動喫煙対策が重要であることが
明確にされたものの,たばこそのものを,麻薬,覚せい剤,向精神薬といった薬物
と同様に禁制品と扱うまでに至っていない。有害性に対する認識も,たばこの製
造・販売を停止する必要があるという社会的合意が成立しているわけではない。喫
煙は,わが国では江戸時代から行われていたものであり,明治時代になって,専売
制度の下でたばこ製造・販売が行われ,重要な税収源でもあったものである。たば
こは,アルコール飲料,茶とともに国民のし好品として社会に定着しているもので
ある。
  (3) たばこの依存性について
    たばこの依存性については,前記3(争点(2))で比較的詳しく触れたとお
り,たばこに含まれるニコチンの作用による依存性があるものの,身体的依存の程
度は微弱であり,精神的依存の程度も,禁制品やアルコールより格段に低い。依存
性がたばこという商品の特性となっていることは認められるが,禁煙をすることが
できた者も相当数いるのであり,喫煙者が禁煙を決意するについてその判断の自由
を奪い,あるいはこれを著しく困難にするような強力な依存性があるとは認められ
ない。
  (4) 原告ら主張の法令について
    原告らは,被告日本たばこの注意義務の根拠としていくつかの法令を挙げ
るので,これをまず検討する。消費者保護基本法4条は,事業者がその供給する商
品又は役務につき,適正な表示等を行うべき責務があることを抽象的に規定し,消
費者保護行政推進に当たっての事業者の立場を明らかにしたものであって,事業者
の消費者に対する具体的な作為義務を定めたものではない。また,家庭用品規制法
3条は,家庭用品の製造又は輸入を行う事業者の,有害物質から国民を守るための
行政上の責務を定めたものであり,家庭用品の消費者に対する事業者等の具体的な
義務を定めたものではない。
    以上のように,上記各法令が被告日本たばこの作為義務を規定するもので
はない以上,上記法令の存在をもって,当然に不法行為上の注意義務を根拠付ける
事情ともならない。
  (5) 製造・販売自体の違法性について
    原告らは,「被告日本たばこは,たばこ煙に含まれる危険物質等を調査
し,人体等に害ないように製品を製造し,安全性に疑念が生じた場合には,製造を
中止し,製品を回収するなどして危害を防止し,安全性を確認するまでは販売を控
えるなどの喫煙規制対策をとるべき業務上の注意義務があった」と主張する。原告
らの主張は,たばこの本来的用法(習慣的に喫煙する)自体が喫煙者自身に有害で
あるとするものであり,安全性の調査と安全が確認するまで販売を控えるというこ
とは,販売をしてはならないことを主張していると理解せざるを得ない。そこで,
製造・販売自体についての違法性と製造・販売のあり方についての違法性を分けて
検討することとする。
    また,製造・販売そのもの自体について検討するに,国の法律であるたば
こ事業法によって,たばこの製造・販売を是認しており,被告日本たばこ自体,日
本たばこ産業株式会社法に基づいて設立されたものであるから,被告日本たばこの
たばこの製造・販売は,国法上は適法な行為として位置付けられていると言うほか
はない。したがって,不法行為法上,被告日本たばこが行うたばこの製造・販売が
違法であるとするには,相当の論証を要するものである。
上記のとおり,喫煙の有害性は,マスコミでもしばしば取り上げられ,ある程度社
会的に共通認識となっていたものである。1972年からは,たばこの包装に健康
への危険性に関する注意表示が付けられ,注意喚起がされるようになった。喫煙を
するかしないかは,本来自由に選択できるものであり,たばこの依存性の程度も前
記のとおりであるから,喫煙を続けるかどうかの選択の自由を奪うものではない。
そして,喫煙率が低下したとはいえ,約50パーセントの日本人男性が喫煙を続け
ているなど,たばこがし好品で社会になお定着しているものであることも考慮すれ
ば,たばこを製造・販売すること自体が違法であるとは言えない。
  (6) 強力な警告表示しないことの違法性について
    原告らは,被告日本たばこがたばこの包装に表記している「あなたの健康
を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」という表示は,諸外国
のものに比べて不十分であり,違法であると主張する。
    前記認定のとおり,1970年のWHOの勧告を契機として,我が国でも
たばこと健康の議論が行われた。大蔵大臣の諮問機関である専売事業審議会では,
m東京大学医学部教授,n東北大学医学部教授,k国立がんセンター研究所疫学部
長,o東京大学医学部教授(内科学)らの学識経験者13名の意見を聴取するなど
して答申をまとめた。1971年3月の同答申は,「現段階においては,紙巻たば
この包装に喫煙が健康に障害をおよぼす旨の表示は行わず,(中略)紙巻たばこの
煙中のニコチン,タールの量を個々の包装に明瞭に表示する手段により,消費者の
喫煙と健康の問題についての関心に応えることが適切な措置であると考える。」と
している。その後,衆議院大蔵委員会で,k国立がんセンター研究所疫学部長,l
癌研究所実験病理部
長,p癌研究所所長,q人間科学研究所長が参考人として意見を述べ,審議が行わ
れた。大蔵大臣は,上記大蔵委員会での議論をふまえ,1972年4月20日,専
売公社総裁に対して,「紙巻たばこの包装への表示については,ニコチン,タール
の量の表示に代え,吸いすぎについて注意を促す趣旨の表示を行うこととされた
い。」との指示を行った。これに基づいて,専売公社は,同年8月から「健康のた
め吸いすぎに注意しましょう」という注意表示をするようになった。(乙1ないし
3)
    その後,専売制度が廃止され,専売公社が被告日本たばこに事業を引き継
ぐこととなり,1985年4月1日施行のたばこ事業法39条1項に「会社(注:
被告日本たばこ)又は特定販売業者(注:輸入販売業者)は,製造たばこで大蔵省
令定めるものを販売の用に供するために製造し,又は輸入した場合には,当該製造
たばこを販売する時までに,当該製造たばこに,消費者に対し製造たばこの消費と
健康との関係に関して注意を促すための大蔵省令で定める文言を,大蔵省令で定め
るところにより,表示しなければならない。」と規定し,同法施行規則では,従前
と同様の前記の文言を定めた。
    1989年注意表示が改訂されたが,その経緯は次のとおりである。大蔵
大臣は,1988年4月,たばこ事業審議会に「喫煙と健康に関するたばこ事業の
あり方」について諮問を行った。同審議会は,r財団法人結核予防会常任理事,s
財団法人喫煙科学研究財団研究審議会会長,t群馬大学医学部教授,u東京医科大
学名誉教授,v国立民俗学博物館教授ら各分野における学識経験者からの意見聴取
を行うなどの検討を経て答申をまとめた。その答申は,「喫煙の健康に及ぼす影響
についての医学的知見が蓄積され,過度の喫煙のみならず喫煙一般について注意を
喚起する必要があることから,注意文言は,「あなたの健康を損なうおそれがあり
ますので吸いすぎに注意しましょう」とすることが適当であると考える。」とし,
さらに「たばこ煙中
のタール(T)は,健康に影響を及ぼすであろうと考えられる主たる成分であり,ニ
コチン(N)は,たばこ煙中の主要薬理活性物質で,健康に影響を及ぼすであろうと
考えられていることから,喫煙者に対し喫煙と健康の関係に関して注意を促すため
の客観的な情報提供の一つとして紙巻たばこの包装にNT量を表示することが適当
である。」としている。そして,大蔵大臣は,1989年10月12日,たばこ事
業法施行規則36条を改正して,注意文言を上記の答申のとおりとし,さらにター
ル・ニコチンの量を表示することとした。(乙4,5)
    財務大臣は,平成13年1月30日,財政制度等審議会に対し,最近のた
ばこ事業を巡る状況をふまえた日本たばこ産業株式会社の経営のあり方,たばこ事
業への公的関与のあり方等,たばこ事業を巡る諸課題について諮問を行った。同審
議会は,2002年10月10日,中間報告を行った。その報告の中の注意文言に
関する部分では,「注意文言を包装に表示することは,喫煙が健康に対するリスク
であり,こうしたリスクを認識した上で,個人の自己責任により喫煙を行うかどう
か判断されるべきものであることから,必要不可欠であると考えられる。」とし,
専門家を中心としたワーキンググループを設置して専門的観点から具体的に検討を
進めることが適当であるとしている。したがって,早晩,注意文言の改訂が行われ
るものと期待される
。(丙7)
    上記のようにたばこの警告表示(注意文言)は,1972年に大蔵大臣の
指示によって旧注意文言が使用され,専売制度の廃止に伴いたばこ事業法によって
注意文言の記載が義務化され(内容は省令に委ねられた。),1989年に大蔵省
令の改正によって現行の注意文言とNT量の表示に至っている。そして,現在注意
文言の改訂作業が行われているところである。
    ところで,たばこに警告表示を行うかどうか,どのような内容の表示とす
るかは,諸外国においてもその国の実情に応じて立法なり行政規制によって行われ
ているものであり,このことはわが国でも同様といえる。たばこの包装に旧注意文
言が用いられるようになった1972年は,アメリカ合衆国1965年,イギリス
1971年に遅れているものの,ことさら遅れているとは言えない。
    原告らは,注意文言が「健康のため吸いすぎに注意しましょう」(旧表
示)「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」
(現行表示)では不十分であり,ニコチン依存症の者に対しては到底効果のある警
告ではないと主張する。しかし,商品として販売する物に「健康のため吸いすぎに
注意しましょう」とか「あなたの健康を損なうおそれがあります」との記載がある
こと自体,非常に特異な事態である。1972年の注意表示の開始は,当時の喫煙
家にとっては,当時のマスコミ報道等と相まって,喫煙が健康に有害であることの
注意喚起としては一定の役割を果たしたことは容易に推測ができる。また,注意文
言をどのような内容にするか,文字だけでなく図案,写真等を用いるかどうかなど
専門的な知見を必要とす
る事項でもある。
 上記のとおり,警告表示決定の過程は,専門家の意見を聞き,1972年
の注意表示の実施については,さらに国会の審議を経るなどして,慎重な手続を経
て決定されたものであり,審議会の結論の前提となるたばこの有害性に関する事実
認識が,当時のたばこの有害性に関する一般的な知見の水準と著しくかけ離れてい
るとは認められない。また,1989年改訂時における文言は,過度の喫煙のみな
らず,喫煙一般について注意を喚起する必要があるという審議会の方針との関係で
は喫煙一般の危険性を警告する表示として弱いとの疑いもあるが,当時の状況に照
らして当不当の問題を超えて違法とは言えない。
    いずれにしても,たばこ消費者がたばこの健康に対する有害性について意
識し,喫煙をするかどうか自己決定をするにふさわしい文言であることが必要であ
る。この見地で検討すると,上記の旧注意文言,現行注意文言ともに喫煙者に対す
る警告としての機能を果たしているものと認めることができる。原告ら主張のよう
な警告表示をしていなかったことが,不法行為法上違法であると評価されるとは言
えない。
    なお,被告日本たばこは,注意文言が法令で定められている以上,これと
異なる表示をすることが法律上できない旨主張するが,たばこ事業法39条1項に
よる健康のための注意表示の立法趣旨に照らし,法定された表示をするほかにこれ
を矛盾しない限度での健康に関する注意表示することは,法の禁止するところでは
ないと解されるので,この点は付言する。
  (7) 広告規制について
    たばこ事業法40条1項は,「製造たばこに係る広告を行う者は,未成年
者の喫煙防止及び製造たばこの消費と健康との関係に配慮するとともに,その広告
が過度にわたることがないように努めなければならない。」と規定し,2項以下
で,財務大臣が広告の指針を示すことができること,指針に従わない広告を行った
者に対する勧告等を定めている。日本たばこ協会では,自主規制として,テレビ,
ラジオ,TVボード,インターネットサイトや未成年者向けの雑誌での製品広告の
禁止,学校近辺での屋外広告看板の禁止,屋外広告看板における面積の規制及び注
意表示の掲載などを定めている(丙7)。たばこの広告は,たばこの消費量に影響
する事柄であり,また,未成年者の喫煙防止の観点から重要な問題であり,審議会
での充実した審議が望
まれる。しかし,上記のようにたばこの製造・販売が違法であると言えない以上,
広告をしていることが,違法性を根拠づける事情にはならない。
  (8) 自動販売機について
    自動販売機については,未成年者の喫煙防止の関係で問題となっていると
ころである。1989年以降の小売店舗の許可に際し,自動販売機が店舗に併設さ
れるよう取り扱われており,1998年からは深夜の自動販売機の稼働停止の措置
が行われている。また,現在成人識別機能付きの自動販売機の導入が検討されてい
る(丙7)。
    原告らは,自動販売機がないころに喫煙を始めたのであり,成人であるか
ら,このことも,本件における違法性の根拠とはならない。
  (9) その他
    原告らは,被告日本たばこは,自社での研究結果をほとんど公表せず,研
究結果をマル秘とするなどし(甲139),たばこの害を否定又は曖昧化するリー
フレットを配布するなどして,情報を隠蔽したと主張する。しかし,本件全証拠を
検討しても,被告日本たばこがどの程度研究結果を公表し,又は非公表としていた
かは明らかではなく(甲139の表紙にはマル秘との記載が認められるが,これだ
けをもって研究結果や有害性の情報が隠蔽されていたと認めるには足りない。),
被告日本たばこが研究情報の隠蔽を行っていたと認めることはできない。
    また,被告日本たばこが1980年に配布した「喫煙と健康Q&A」(乙
175)は,「喫煙が肺がんの原因であると科学的に結論付けることはできませ
ん。」「たばこを吸ったために実際に寿命が短くなるかどうか分かりません。」な
ど,たばこの害を曖昧化しているように読める部分が多く,喫煙の有害性が社会常
識となりつつあった当時の社会の流れに逆行するものではある。しかし,同リーフ
レットは,妊産婦や呼吸器に異常のある者の喫煙については注意を促すなどしてい
ること,喫煙者の方が非喫煙者より肺がん死亡率が高いという統計的結果があるこ
とを認めるなどしていることからすれば,たばこの害に関する表現等の適切さは疑
問があるにしても,あくまで販売者である日本専売公社としての見解を示したもの
に過ぎず,故意に喫煙
と健康に関する研究結果を歪め,情報隠蔽と評価されるほどのものとは認められな
い。なお,同リーフレットは,その後,マスコミ等による多くの批判にさらされて
いる(甲93,乙160のD111,112)。 
  (10) まとめ
    以上検討したところによれば,被告日本たばこ(日本専売公社を含め)が
行ってきたたばこの製造・販売が不法行為法上違法であるということはできない。
したがって,原告らの被告日本たばこに対する損害賠償請求は理由がない。
 5 争点(4)(被告gらの責任)について
   上記のとおり,原告ら主張の被告日本たばこに違法行為が認められないこと
からすれば,被告gらの業務執行行為に違法性があったと認めることはできない。
したがって,原告らの被告gらに対する損害賠償請求は理由がない。
 6 争点(5)(被告国の違法行為)について
 この点の原告らの主張は,被告日本たばこ(日本専売公社時代を含む。)のたば
この製造・販売が違法であり,これに対して国が適切にその権限を行使しなかった
ことを国家賠償法上の違法行為とするものである。具体的には,製品回収,販売禁
止の措置を採らなかったこと,安全なたばこ,ニコチンレスたばこに切り替えるよ
う命令指導しなかったこと,強力な警告表示をした上で販売するよう命令指導しな
かったことを違法行為として主張している。
   しかし,前々項で述べたとおり,被告日本たばこのたばこの製造・販売につ
いて違法と目すべき点は認められないので,被告国が上記措置を採る義務があった
とは認められない。被告国のたばこ事業に対する規制措置の適否については,前々
項においても必要な限度で触れてあるところであるし,国が原告らの主張するよう
な法律上の義務を負っているとも認められない。
   よって,原告らの被告国に対する損害賠償請求は理由がない。
 7 疫学的因果関係について
 上記のとおり,被告らの行為には違法性が認められず,被告らに損害賠償責任が
認められないことは明らかであるが,原告らは,被告日本たばこのたばこの製造・
販売行為と自己の疾病との因果関係につき,被告日本たばこのたばこの製造・販
売,原告らの喫煙,たばこがたばこ病の原因であることの3点が証明されれば被告
らの行為と原告らの疾病の個別的因果関係が立証されると主張するので,この点に
つき付言する。
 不法行為及び国家賠償に基づく損害賠償請求が成立するためには,個々の被害者
に関する個別的な因果関係が,「あれなければこれなし」という関係で高度の蓋然
性をもって証明されなければならず,当該原因によってある疾病にかかりやすくな
ったということだけでは,因果関係を認めることはできない。
 喫煙により,肺がん,喉頭がん,肺気腫の罹患率が高まることは前記のとおりで
ある。しかし,疫学による寄与危険度割合は,ある要因の曝露群と非曝露群におけ
る罹患者数を他要因を交えずに比較したものであり,ある要因と他の要因の寄与危
険度の和が100パーセント以上となることもあり得るのであって,その数値を,
当該疾病の原因となった確率としてそのまま用いることはできない(乙170)。
ところで,がんは,喫煙のほか,遺伝,食生活,加齢等,様々な要因によって発症
する非特異疾患であり,肺がんは大気汚染,喫煙,加齢,食生活,職業曝露,呼吸
器疾患の既往症,遺伝等が原因であると言われ,喉頭がんは喫煙,飲酒,口腔衛
生,食物の誤嚥,胃食道酸逆流症,音声の酷使,職業曝露,ウィルス,加齢,遺
伝,男性ホルモン等が原因と言われている。
また,肺気腫は,喫煙のほか,加齢,大気汚染,酵素の欠損,慢性気管支炎,人
種,性,肺疾患の既往症等の様々な要因によって発症する非特異疾患である。
そして,統計によれば,原告らの疾病が非特異疾患であり,日本の男性の喫煙率は
欧米諸国と比べて高いが,日本の肺がん死亡率は欧米に比べて著しく低いし,フラ
ンス人男性の喫煙率は,日本人男性より約20パーセント低いにもかかわらず,フ
ランス人男性の喉頭がん死亡率は日本人男性の約10倍となっているなど,喫煙以
外の要因を示唆する結果が見られる。
したがって,本件では,疫学上のデータとして,喫煙者が非喫煙者に比べ,当該疾
病に罹患する確率が相当程度高まっているとしても,その結果を,他要因の存否
や,その寄与の割合等の検討なくして個別的な因果関係に結びつけることはできな
い。(甲2,乙28,33,34,38,40ないし42,46,53,56,5
7,59,60ないし68,71,73)
 そして,本件は,上記のような非特異疾患であるにもかかわらず,他の要因の不
存在に関する検討は全くなされていないこと,喫煙率と肺がん死亡率の比が必ずし
も一致していないことなど,原告らの疾病について,喫煙以外の要因の影響が強く
考えられることからすれば,喫煙によって原告らの疾病の罹患率が相当程度高まる
ことが疫学によって証明されているとしても,そのことから,個別の原告らに対す
る因果関係を推認することはできず,原告らの疾病はたばこによるものと認めるこ
とはできない。
 8 差止請求の可否について
  生命・身体に関する利益が違法に侵害され,又は違法に侵害される危険が差し
迫っている時には,予想される侵害の態様や程度によっては,人格権に基づき,侵
害行為の差止め又はこれを防止するために必要な措置を求めることができる。
被告日本たばこの行為に違法性は認められないことは,既に述べたとおりである。
人格権による差止め又は必要な措置が認められるためには,侵害を受けることの抽
象的な可能性だけでは足りず,具体的・現実的に生命・身体に対する侵害を受ける
危険性があることが必要である。原告らは,将来の侵害として,私的施設・公共施
設において受動喫煙にさらされるおそれ,喫煙再発のおそれ,たばこの販売がこの
まま継続されることによる精神的苦痛を主張する。しかし,その主張は,いずれも
抽象的な可能性を越えるものではなく,具体的な生命・身体に対する侵害と評価す
ることはできない。また,上記のとおり,原告らの疾病の原因がたばこであると認
めることはできず,原告らの人格権に基づく請求はその前提を欠く。
 よって,原告らに対する違法な人格権の侵害があるとは認められない。
 9 まとめ
   以上の次第で,本件請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文
のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第26部
裁判長裁判官 浅香紀久雄
裁判官 水野邦夫
裁判官 内藤由佳

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛