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平成14年(行ケ)第150号 審決取消請求事件(平成14年7月30日口頭弁
論終結)
          判         決
       原      告   株式会社力王
       訴訟代理人弁護士   宇   井   正   一
       同          笹   本       摂
       同          山   口   健   司
       同    弁理士   田   島       壽
       被      告   株式会社ノグチ
       訴訟代理人弁理士   細   井       勇
          主         文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   特許庁が平成11年審判第35769号事件について平成14年2月18日
にした審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 被告は、「RIKIO」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を第6類「建築用
又は構築用の金属製専用材料」とする登録第3273461号商標(平成6年6月
20日登録出願、平成9年3月12日設定登録、以下「本件商標」という。)の商
標権者である。原告は、平成11年12月22日、本件商標登録の無効審判の請求
をし、特許庁は、これを平成11年審判第35769号事件として審理した結果、
平成14年2月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、そ
の謄本を同年2月28日、原告に送達した。
 2 審決の理由の要点
 審決は、(1)本件商標は、原告の著名な略称である「RIKIO」からなるに
もかかわらず原告の承諾を得ることなく登録されたので、商標法4条1項8号に掲
げる商標に該当するとの原告の主張について、「RIKIO」が原告の著名な略称
に当たるものとは認め難いから、本件商標は商標法4条1項8号に該当するものと
いうことはできないとし、(2)原告が地下たびの商標として使用する「力王」、
「RIKIO」の各商標は、その指定商品の需要者の間で著名なものであったの
で、本件商標がその指定商品に使用された場合には出所の混同を生ずるから、本件
商標は同項15号に掲げる商標に該当するとの原告の主張について、原告の上記各
商標の周知、著名性は本件商標の指定商品には及んでおらず、他方、本件商標はそ
の指定商品の分野において被告の商標として相当程度の周知性を有していたから、
本件商標をその指定商品に使用しても商品の出所混同のおそれはないとし、(3)
本件商標が原告の著名な略称及び商標である「RIKIO」を不正の目的をもって
出願したものであり同項7号に掲げる商標に該当するとの原告の主張について、商
標権者である被告に不正の目的は認められないとして、同法46条1項により本件
商標登録を無効とすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は、「RIKIO」が原告の著名な略称とは認められないとの誤った認定を
し(取消事由1)、原告商標(「力王」及び「RIKIO」)の周知、著名性は本
件商標の指定商品に及んでいないとの誤った認定に基づいて、本件商標をその指定
商品に使用しても商品の出所の混同は生じないとの誤った認定をし(取消事由
2)、本件商標が著名な原告の略称及び商標である「RIKIO」を不正の目的を
もって出願したものであるとは認められないとの誤った認定をした(取消事由3)
ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 原告の略称「RIKIO」の著名性についての認定の誤り(取消事由1)
  (1) 商標法4条1項8号の解釈(同号の著名性の判断方法・程度)
    ア 商標法4条1項8号(以下「8号」と略す。)は人格権保護の規定と
解されているところ、今日、会社名を日本語名称だけでなく英文名称で表示するこ
とも多くなっているから、8号が保護する「名称」には英文名称も含まれる。
 「RIKIO」は、原告の英文名称「RIKIO Co.,Ltd.」の略称で
ある。しかも、「RIKIO」は、原告の英文名称から組織形態を表す「Co.,
Ltd.」の部分のみを除いたものにすぎず、その実体からいえば、原告の固有の
名称そのものといってよいのであって、「略称」の保護について著名性を要求する
理由とされる略称選択の恣意性という事情は当てはまらない。法人の名称から会社
の組織形態を除外した部分は、8号との関係では、形式的には「略称」といえるも
のであっても、限りなく同号の「名称」に近づけて解釈すべきであり、さらに、要
求される「著名性」の程度も低いものであってしかるべきである。
    イ 審決は、原告の略称としての「RIKIO」が本件商標の指定商品の
分野において著名であったとは認められないとし、特定の産業分野、商品分野毎の
「著名性」を要求しているが、8号の解釈を誤っている。8号の「著名性」は、世
間一般における著名性で足りる。
(2) 原告の略称としての「RIKIO」の著名性
 「RIKIO」は、原告の略称として、世間一般において著名になっていた。
    ア 審決は、原告の「RIKIO」は使用例が少なく、会社名称としては
「力王」が中心的に用いられてきたので、「RIKIO」が原告の略称として著名
であるとは認められない、とした。
 しかし、会社名がローマ字でも表記されることは今日一般的になっており、この
ような状況の下では、漢字の会社名の著名性がローマ字の会社名にも及ぶというべ
きである。「力王」は、後記(3)に述べるとおり、原告の略称として著名であ
り、その著名性は、「力王」の英文字表記である「RIKIO」にも当然及んでい
る。
イ 8号の「著名性」は、前述のとおり、世間一般における著名性で足り
るというべきであり、指定商品との関連における著名性を問題にすべきではない。
審決が、原告の略称としての「力王」及び「RIKIO」の著名性が本件商標の指
定商品の分野に及んでいないことをも理由として、「RIKIO」の著名性を否定
したことは誤りである。
 仮に、審決のように、「本件商標の指定商品の分野」における「RIKIO」の
著名性を要求したとしても、「地下たびの商品分野」と「本件商品の商標の指定商
品の分野」(建築用又は構築用の金属製専用材料)の需要者とは共通するから、原
告の「力王」及び「RIKIO」の著名性は、本件商標の指定商品の分野にも及ん
でいたことが明らかである。
  (3) 原告の略称である「力王」の著名性
ア 原告による「力王」の使用経緯
 原告は、昭和34年以来長らく「力王」を社名の中核を構成するものとして用い
てきた。すなわち、原告の前身である「行田ゴム株式会社」は、昭和34年に「星
王縫工株式会社・力王商事株式会社」を設立し、その後昭和42年に社名を「力王
株式会社」と改称し、同48年には社名を現在の「株式会社力王」に改称して現在
に至っている。
 原告は、昭和26年以来、主力商品である地下たびについて「力王」の標章を使
用してきた。昭和27年には、原告は、指定商品「草履(ゴム製)その他本類に属
する商品」について最初の「力王」の商標登録を行い、現在に至るまで地下たびを
はじめ履物の分野の商品について「力王」標章を商標として使用している。原告の
地下たび製品は、市場の60~70%のシェアを終始占めており、「力王」標章
は、原告会社のハウスマークとしても長らく使用されてきた経緯がある。また、原
告は、「RIKIO」標章も商標や会社名の表示として使用している。
    イ 地下たびの需要者層の大きさ等
 審決は、原告の「力王」標章が地下たび関連業界を主にその他履物類、作業用品
類等の一定範囲の業界ないし取引界においての分野において広く認識されていたこ
とを認めながら、「地下たびが一種独特な商品」であり、「極めて狭小かつ特異な
業種分野」等と述べて「地下たび」を特殊な商品として位置づけ、それゆえに原告
の「力王」標章の周知性も地下たび分野にしか及ばないと認定したが、この認定
は、地下たびの需要者層の大きさを見誤ったもので、誤りである。
 地下たびの需要者層は、主として高所作業者、土木作業員、大工又は農園芸の従
事者であるが、大工をはじめとする建築・土木従事者は、平成2年で約600万
人、農林業者は約400万人で、両者を併せて1000万人(平成2年における全
国の就業人口6000万人の6分の1)にも上っている。この需要者層の大きさに
照らせば、地下たびは決して「一種独特な」、「極めて狭小かつ特異な業種分野」
の商品などではない。また、地下たびは、履物の小売店やホームセンター等、一般
消費者が商品を購入する店舗でも販売され、一般消費者の目に触れることも多い。
 
    ウ 地下たびの分野における「力王」の周知、著名性
 原告の地下たび製品は、市場の60%ないし70%という高いシェアを占めてい
る。原告は昭和26年に画期的な「跣たび」の開発に成功し、これに「力王」の商
標を付して販売しており、昭和30年ころには数多くの模倣品が出回る程、原告の
製品は著名になっていた。原告の「力王」標章の著名性は、このころから既に土木
関係者の間で確立し、その高い市場占有率と相まって、今日まで継続している。
    エ 地下たびの分野を越えた「力王」の著名性
 原告は、地下たび分野のトップ企業として、また、早くから海外に生産拠点を確
立した異色の企業として、経済誌、業界誌、一般誌等に取り上げられ、注目される
存在であった。また、原告は、地下たび以外にも一般消費者が購入する長靴を販売
し、その販売数は年間40万足にも上っている。さらに、原告は、新聞広告、ラジ
オ・テレビのコマーシャル、ボクサー西島洋介山のスポンサーとしての活動等、一
般人が接する媒体を通じて宣伝広告を行ってきており、原告の名称及び「力王」標
章は、地下たびの分野を越えて、周知著名となっている。
 「力王」の名が原告を表示するものとして著名となっていたことは、第三者が登
録したドメインネーム「rikio.com」について、WIPOが同ドメインネームを原告
に移転すべきものとする裁定をしたことからも明らかである。
    オ 本件商品の指定商品の分野における「力王」の著名性
 地下たびの需要者と本件商標の指定商品の需要者とは共通である。それゆえ、地
下たびに関連する分野において著名な原告の「力王」標章は、本件商標の指定商品
の分野においても著名である。審決は、地下たびの需要者と建築金物等の需要者が
共通である事実を看過・誤認している。
    カ 本件商標の非周知性
 審決は、被告の本件商標(「RIKIO」)がその指定商品の分野において相当
程度の周知性を有していたと認定し、「RIKIO」は、むしろ被告に係る建築金
物の商標と認識される旨認定したが、誤りである。被告提出の証拠によっては、本
件商標が被告の数ある商品中「戸車・蝶番・取っ手・引き手」にのみ使用されてい
る幾つかの商標の1つであることが分かるのみである。本件商標の周知性は立証さ
れていない。
 2 取消事由2(商品の出所混同のおそれの認定の誤り・商標法4条1項15
号)
 審決は、商標法4条1項15号(以下「15号」と略す。)の「混同のおそれ」
の判断に当たっては、商標自体と当該商標の著名性、当該商品の分野における需要
者一般の注意力その他諸般の事情を考慮の上、具体的な取引状況に基づき総合判断
することが必要であるとした上で、地下たびに係る原告の「力王」、「RIKI
O」商標が周知商標であっても諸般の事情を考慮すると本件商標が他人(原告)の
業務に係る商品の如くその出所を混同させるおそれはないと判断したが、この判断
は誤りである。
 (1) 商標法は、商品の「販売に際して」の出所の混同を防止するものであ
り、本件においては、建築金物等の建築関係者が購入する場所・時点での出所の混
同が問題とされるべきである。その判断に際しては、需要者の共通性とともに、販
売店の共通性が大きな要因となる。
 審決は、出所の混同が生じない理由として、地下たびと建築金物等の建築材料と
は性質・原材料又は生産・流通過程・用途・機能又は使用の方法等が異なることを
挙げているが、そもそも原材料、生産者、用途、機能又は使用方法が共通するか否
かという事情は商品が類似するか否かの判断基準である。15号は、商品の類似の
範囲を超えたところでの出所の混同を防止する規定であるから、上記基準を持ち出
すことは不合理である。加えて近年の企業の多角化傾向の下では1つの企業ないし
その子会社又は資本関係のある会社が同じ商標の下で多種の商品を販売している状
況にあり、このことは需要者間に広く知悉されているから、出所の混同が生じるか
否かの判断に際して上記基準に挙げられた事項に重点を置くべきでない。
 (2) 需要者の共通性 
 地下たびと本件商標の指定商品(建築金物等の建築材料)とは需要者を共通にし
ている。
 (3) 販売店等の共通性 
 本件商標が出願された平成6年当時、地下たびと建築金物等の建築材料は共にホ
ームセンターで販売されるようになっていたから、両商品は販売店が共通する。
 しかも、両商品はホームセンターにおいても非常に近接した場所に陳列されてい
るから、審決が指摘するような多種多様な商品を品揃えしているというホームセン
ターの販売形態を考慮に入れても、販売店舗が共通しているということができる。
 また、地下たびと建築金物等の建築材料は、商品が使用に供される現場について
も共通する。
 (4) 原告の「力王」、「RIKIO」標章は、既に述べたとおり、周知性・
著名性が確立されているのに対し、本件商標の周知性は確立されていない。
 このことと、本件商標の指定商品と地下たびとは需要者及び販売店を共通にして
いること等を考え合わせれば、需要者は、本件商標に接した場合には、著名な「力
王」、「RIKIO」を連想し、当該商品を原告又は原告と経済的に関連ある者の
業務に係る商品であると誤認することが明らかである。
 特に商標はその称呼でもって需要者に認識・記憶されるから、本件商標「RIK
IO」に接した場合には直ちに原告の「力王」、「RIKIO」が想起され同一の
ものと誤認されるのであり、出所の混同が生じるおそれは極めて大きい。
 (5) 審決は、専門分野の商品であるが故に需要者の注意力が高く、出所の混
同は生じないとするが、注意力は、相違する商標の識別に役立つものであって、上
述したように本件商標即原告の「力王」、「RIKIO」と誤認される場合の識別
には役立たない。
 3 取消事由3(不正目的についての認定の誤り・商標法4条1項7号)
 本件商標は、平成6年6月20日に出願され、平成9年3月12日に登録された
が、本件商標の出願当時、原告の「力王」、「RIKIO」が既に周知・著名であ
ったことは前述のとおりである。「力王」、「RIKIO」の表示は、非常にユニ
ークなものであり、決して着想容易なものではない。
 したがって、被告が原告の「力王」の存在を知らずに本件商標を採択したとは到
底考えられない。被告は、原告の「力王」の著名性に基づく顧客吸引力にただ乗り
する意図の下で「力王」と同じく「リキオウ」として需要者に伝達、記憶される本
件商標の登録を受けたと考えるのが自然である。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(原告略称の著名性の認定の誤り)に対して
  (1) 商標法4条1項8号について
    ア 8号の趣旨が人格権保護にあるとしても、略称については、名称と異
なり著名性が要件とされている。名称は登記簿等により確定することができるが、
略称はある程度恣意的なものであるから、すべてを保護するのは行き過ぎであると
の見地の下に、著名なものに限って保護を受け得るのである。
 原告は、法人名称の略称については、通常の略称の場合よりも著名性の程度が低
くとも8号該当性を認めるべきであると主張する。しかし、8号の趣旨は、商業登
記簿等による確認などの特定手段が確立されている名称の場合とそのような特定手
段が存在しない略称とで取扱いを区別し、略称の場合は著名性を要件とすることに
よりはじめて適正な人格権保護を図れるとしているのであり、かかる趣旨にかんが
みれば、「略称」を「名称」に限りなく近づけて解釈するなどという余地はない。
    イ 原告は、特定の商品分野における「著名性」を問題にした点において
審決は8号の解釈を誤っていると主張するが、そもそも商標は自他商品の識別標識
として使用することに役割があるから、その登録の適否の判断は、商標と商品との
関係及び商品に接する需要者の認識等の取引の実情を遊離しては判断の衡平性を担
保することが困難である。したがって、8号の「著名性」を判断するに当たって
は、当該商品の性質その他取引の実情を総合し、人格権保護の法目的との整合性を
図る必要があるのであり、8号の著名性の判断において商品との関係を無視するこ
とはできない。かかる見地からすれば、審決が商品との関係において相対的に著名
性を判断するという判断手法を採ったことは何ら不合理ではなく、また、このこと
は人格権保護の趣旨と矛盾するものでもない。
  (2) 原告の略称としての「RIKIO」の非著名性
 「RIKIO」が原告の略称として著名であったとはいえない。
    ア 原告は、漢字表記の「力王」と「RIKIO」をリンクさせ、「力
王」が著名となっていたから「RIKIO」も原告の略称として著名であったと主
張するが、誤りである。「RIKIO」が原告の略称として著名となっていたかど
うかは、「RIKIO」自体について判断されるべきであり、漢字表記の「力王」
に置き換えて判断すべきではない。「力王」の著名性が「RIKIO」にも当然及
ぶという原告の主張は失当である。
    イ 原告提出の証拠からは、「RIKIO」が原告の略称として著名であ
ったとは到底認めることができない。すなわち、原告提出の証拠を検討すると、
「RIKIO」の表示が認められるのは、わずかに甲2の2の3、4、113、甲
4の2の7及び甲6だけであり、しかも、そのうち、甲2の2の4は「RIKIO
 CO., LTD」、同113は「RIKIO Company,Ltd.」と
いう株式会社力王の英文表示にすぎず、「略称」とは認められないものである
 (3) 原告の「力王」の非著名性
 原告の「力王」の著名性が「RIKIO」に当然及ぶという原告の論は誤りであ
るが、仮に譲って「力王」について検討してみても、「力王」が著名であったとい
うことはできない。
 すなわち、原告が長い期間地下たびについて「力王」標章を使用し、業界におけ
るトップメーカーとして高いシェアを有し、海外生産に成功した企業として新聞、
雑誌に紹介され、各種広報活動を行うなどして、地下たび業界において原告が広く
知られたとしても、原告の「力王」の周知性は地下たびという商品分野にとどまっ
た周知性であって、地下たび業界を越えて他の業界にまで知れ渡る程の周知性すな
わち著名性はいまだ獲得していないというべきである。
 原告の主張する地下たびの需要者層の大きさは、過大である。就業人口から直ち
に需要者数を決定することはできない。
 また、原告は、地下たびは一般消費者が商品を購入する店舗でも販売されるとい
うが、地下たびは一般消費者の関心度の低いものであるから、一般の店舗で販売さ
れ一般消費者の目に触れることがあっても、そのことから「力王」が著名であると
はいえない。
 原告は、「力王たび」の表示を用いてきたことからも明らかなとおり、専ら地下
たびに特化して商品を製造販売してきたものであり、建築金物の分野にまで事業を
拡大している証拠はない。このように、原告と被告とは、取り扱い商品において全
く異なる業界に属するから、被告が建築金物等について本件商標である「RIKI
O」を用いても、原告と被告商品の建築金物との間に何らかの関係があるかのよう
に一般世人に認識され、それによって原告の人格権が毀損されるような事情は何ら
存在しない。
 2 取消事由2(商品の出所混同のおそれの認定の誤り)に対して
 (1) 本件商標の指定商品の分野における原告「力王」、「RIKIO」の非
著名性 
 15号にいう「他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれのある商標」の「混
同のおそれ」の判断にあたっては、商標自体と当該商標の著名性、当該商品の分野
における需要者の注意力等を考慮の上、具体的な取引事情に基づき総合判断するこ
とが必要である。特に、「混同のおそれ」があるとするためには、出所混同のおそ
れがある程に原告の「力王」、「RIKIO」が著名であることが要求される。
 ところが、原告の「力王」及び「RIKIO」は、既に述べたとおり、本件商標
の出願時点において、著名であったといえない。原告の「力王」が地下たびの業界
で相当程度知られ、仮に周知性を獲得していたとしても、地下たびという商品の性
質上、需要者は限られているから、その周知性も人的に限定された範囲内のものに
すぎず、著名ということはできない。
 なお、WIPOの裁定は、相手方の悪意(不正競争の目的)を理由とするもので
あり、原告の「力王」、「RIKIO」の著名性を裏付けるに足りるものではな
い。
  (2) 需要者の非共通性
 原告は、地下たびと本件商標の指定商品である建築金物等とは、需要者を共通に
していると主張するが、一般に、需要者が共通するということは商品の性質、用途
等が相互に近似している場合に成り立つことであり、地下たびと建築金物のように
性質、用途が明確に異なる商品相互間では成り立たない。
  (3) 販売店の非共通性
 地下たびと建築金物が共にホームセンターで、近接した場所に陳列されて販売さ
れるというのみでは、両商品が販売店を共通にするとはいえない。加えて、販売店
の共通性のみで出所混同が生じるものでもない。 
  (4) 被告の「RIKIO」商標及び「力王」商標の周知性
 原告の業務に係る商品と本件商標との間に混同の生ずるおそれがないことの一事
情として、建築金物業界における被告の「RIKIO」商標(本件商標)の周知性
を挙げることができる。
 被告は、明治31年創業という長い歴史を有し、創業以来建築金物を取り扱い、
東京本社を中心に仙台、横浜、足利、千葉等に事業所を置き、取引先は広範な地域
に及んでいる。そして、被告は昭和32年ころから、建築金物等に「力王/RIK
IO」商標を使用し、当該商標につき旧第7類建築金物その他本類に属する商品を
指定商品として昭和32年3月14日に商標登録出願を行い、同年11月27日付
けで登録第510436号として登録を受けた。 
 被告は上記登録商標(「力王/RIKIO」商標)と類似関係にある「力王」商
標について別途権利を取得するため、旧第7類建築金物その他本類に属する商品を
指定商品として昭和62年6月6日付けで連合商標登録出願を行ったが、「力王/
RIKIO」登録商標について存続期間更新登録手続を失念したため、上記連合商
標登録出願を独立の商標登録出願に変更し、それにより「力王」商標の登録を受け
た。
 本件商標(「RIKIO」)は、上記「力王」商標と類似関係にあるものとし
て、第6類建築用又は構築用の金属製専用材料を指定商品として平成6年6月20
日連合商標登録出願を行い、登録を受けたものである。
 被告は、上記のとおり、「力王/RIKIO」商標の登録を受け、「RIKI
O」の文字よりなる商標を建築金物等について永続的に使用し、「力王/RIKI
O」商標をその登録失効後も継続して使用してきたものであり、その結果、被告
「RIKIO」商標は、昭和40年頃には建築金物業界において広く知られた商標
となっていた。このように、「RIKIO」印といえばそれが「ノグチの建築金
物」であると直ちに取引者・需要者が認識できる程の周知性がある状況の下で、商
品の出所は十分に識別できるのであり、混同のおそれはない。
 3 取消事由3(不正目的の認定の誤り)に対して
 「力王」は、本件商標の登録出願当時、著名ではなく、着想も困難ではなかっ
た。被告の取り扱い商品に係わる建築金物は、頑丈なもの、壊れにくいもの、品質
に優れたもの等が求められ、これらをイメージする語として被告は「力」と「王」
とを結合した「力王」を採用し、また、これに基づき「RIKIO」を採用したの
である。被告が原告の「力王」を模倣したという主張は、到底認められるものでは
なく、本件商標が商標法4条1項7号に該当しないとした審決の判断に誤りはな
い。
第5 当裁判所の判断
 1 本件商標の商標法4条1項8号該当性について
 原告は、本件商標「RIKIO」が原告の著名な略称である「RIKIO」を含
むものであるから商標法4条1項8号(以下「8号」と略す。)に該当するにもか
かわらず、審決が「RIKIO」を原告の略称として著名なものとは認められない
としたことは誤りである(取消事由1)と主張する。
 (1) 原告は、名称(商号)を「株式会社力王」とする法人であり、帝国デー
タバンク会社年鑑1995(平成6年10月発行、甲2の2の4)によれば、原告
の英文名称は「RIKIO CO.,LTD」であることを一応認めることができ
る。そうすると、「RIKIO CO.,LTD」から法人の組織形態を表す「C
O.LTD」の部分を除いた「RIKIO」は、原告の英文名称を略したものであ
って、8号にいう「略称」であると認められる。
 (2) そこで、原告の略称としての「RIKIO」がどのように使用されてき
たかについて検討する。
 原告は、原告による「力王」又は「RIKIO」の使用の状況及びその周知・著
名性に関連するものとして、190点を超える多数の証拠(カタログ、新聞・雑誌
記事等、甲2の2の2~194、甲4の2の7、甲6等)を提出している。しか
し、それらのうち、「RIKIO」が英文名称中に含まれた形ではなく独立して記
載されているのは、原告のカタログ(甲6、甲2の2の2の3)及びカタログ雑誌
「季刊ソラ」1990春号(甲4の2の7)の2点にすぎず、しかも、そこに見ら
れる表示態様も、原告自体を表示するというよりは、むしろ掲載された商品の自他
識別標識とみられる態様のものである。なお、原告は「RIKIO」標章をその商
品地下たび、長靴等に使用しているが、この標章を本件商標の指定商品の分野にお
いて使用したことは認められない。
 そして、上記証拠(甲2の2の2~194、甲4の2の7、甲6等)によれば、
原告の経営活動や商品は一般誌、業界誌、会社要覧その他の媒体でしばしば取り上
げられ紹介されていることが認められるが、それらの紹介において原告は「㈱力
王」又は単に「力王」と表示されており、「RIKIO」と表示されている例は見
当たらない。
 (3) そうすると、原告の英文名称から法人の組織形態を表す部分を除いた略
称が「RIKIO」であると認めるとしても、原告自身がこれを略称として実際に
は使用しておらず、第三者も原告を指して「RIKIO」と表示する例がほとんど
なかったという事情の下で、「RIKIO」が原告の略称として著名であったと認
めることはできない。
 (4) 原告は、「RIKIO」は、原告の名称「株式会社力王」を英文表記し
た「RIKIO CO.,LTD」の略称であり、漢字の「力王」は原告の略称と
して著名であるから、原告の略称「力王」の著名性は原告の英文略称である「RI
KIO」に当然及ぶと主張する。しかしながら、原告の主張は、以下の理由によ
り、採用することができない。
   ア 「RIKIO」が原告の略称として著名であるか否かは、「RIKI
O」自体につき実際の使用状況等に照らして認定判断されるべき問題であり、仮に
「力王」が原告の略称として著名であったとしても(「力王」に著名性を認め得る
かどうかについては後記イに述べる。)、そのことから当然に「力王」の英文表記
である「RIKIO」が著名であるということはできない。
 そして、「RIKIO」自体については、それが現に原告を指す略称として使用
され定着していることを認めるに足りる証拠がないことは前記(2)で認定したと
おりである。
   イ 地下たび関連業界を中心とする一定範囲の業界ないし取引界において、
原告が地下たびのトップメーカーとして知られ、「地下たびの力王」、「力王」と
して高い知名度を有していたこと及び原告は主力商品である地下たびについて「力
王」の商標を昭和26年ころから今日まで使用しており、作業用履物の分野におい
てその商標は著名であることが、多数の甲号各証(甲2の2の2~194)により
認められるが、「力王」の知名度が上記一定範囲の業界ないし取引界を超えた分野
にまで及んでいたこと、あるいは原告の略称「力王」が世間一般に広く知られてい
たことを認めるに足りる的確な証拠はない。
 すなわち、地下たびが主として高所作業者、土木作業員、大工又は農園芸の従事
者において使用されるわが国固有の作業用履物であることは当裁判所に顕著な事実
であるところ、原告を紹介した雑誌記事中の「一般にはあまりなじみがなくなって
しまったが、建築工事などの現場作業をする人にとって絶対かかせないもののひと
つ・・・日本のオリジナル商品」との記載(雑誌「CAT」平成元年9月1日発
行、甲2の2の23)にも表れているように、地下たびは、一般には比較的なじみ
の薄い商品であって、一種独特の商品分野を形成しているものと認められる。した
がって、「地下たびの力王」あるいは地下たび業界における「力王」の知名度の高
さが、他の業界ないし取引界あるいは世間一般における「力王」の知名度の高さに
直接つながるものとは言い難い。
 特に、本件商標の指定商品である「建築用又は構築用金属製専用材料」の業界及
び需要者層における「力王」の知名度についていうと、原告の営業が地下たびを中
心とする履物等の分野に限定されていて本件商標の指定商品の分野には及んでいな
かったと認められるのに対し、後記2において認定するように、本件商標の指定商
品の分野においては被告が使用してきた「力王」商標が相当程度の知名度を有して
いたことが認められる。これらの事情を総合すると、「力王」が、これに接した本
件商標の指定商品の分野における取引者、需要者に原告を想起させ、「力王」とい
えば原告のことを指していると認識させるほどの知名度を獲得していたとは認め難
い。
 したがって、「力王」が著名であるから、当然、「RIKIO」も著名であると
する原告の主張は、その前提を欠き、失当というべきである。
  ウ なお、原告は、「力王」の著名性について、審決が本件商標の指定商品
と関連づけて著名性を判断したことは8号の解釈を誤ったものであると主張する
が、商標の登録要件は、指定商品毎に判断されるものであるから、当該商標の8号
該当性が問題になった場合の他人の略称の「著名性」も、当然、当該商標の指定商
品の属する分野との関連において検討されてよい(当該商標の指定商品の分野にお
いて問題の略称が特定の企業を想起させ判別させる程度の知名度を有しないと認定
される場合には、当該略称の世間一般における著名性もまた認め難いということに
なろう。)。このように指定商品との関連において著名性を検討することは、8号
の趣旨とされる人格権保護の要請と何ら矛盾するものではない。すなわち、「他人
の略称」を含む商標の使用による人格権侵害は、法人の場合についていえば、当該
商標から「他人」である法人が自然に想起され、そのことによって当該法人が社会
的、経済的に何らかの有形、無形の不利益を蒙る可能性があるという点にその被侵
害利益の実質が存すると考えられるところ、そのように商標と法人とを結びつけて
認識するのは、当該商標を使用した商品に接する者、とりわけ、当該商標の使用さ
れる商品分野における需要者、取引者であるということができるからである。当該
商標の使用される商品とは関係の薄い一般需要者や取引者がたまたま当該商標に接
することによって「他人」に当たる特定の法人を想起することがあったとしても、
そのことによって、人格権の侵害と評価することのできる程の不利益が生じ得ると
は考え難い。
  (5) 原告は、法人の名称(商号)から組織形態を表示する部分を除いた部
分、すなわち、原告についていえば、「力王」及び「RIKIO」は、形式的には
略称であるが、その実体からすれば原告の固有の名称そのものといってよく、その
部分をもって法人が特定されるのであるから、このような略称については、8号の
「名称」に限りなく近づけた解釈をすべきであり、「著名性」を要求するとして
も、その程度は低いもので足りるとすべきである、と主張する。
 しかしながら、8号は、「略称」とされるものが法人の名称から組織形態を表示
する部分を除いた残りの部分であっても、その略称が当該法人を表示するものとし
て一般に認識され、その略称から極めて容易に当該法人が判別されるといえる程度
の知名度を有していることを要求しているというべきである。
 本件においては、原告の略称「RIKIO」が、本件商標の指定商品に関わる取
引分野において原告を表示するものと一般に認識される程度の知名度を獲得してい
たと認められないことは既に認定したとおりである。
 (6) 以上のとおりであるから、本件商標が商標法4条1項8号に該当すると
いうことはできず、原告主張の取消事由1は理由がない。
 2 本件商標の商標法4条1項15号該当性について
 原告は、本件商標は商標法4条1項15号に該当すると主張する(原告主張の取
消事由2)。
 (1) 証拠を検討すると、次の事実が認められる。
   ア 被告は、建築用金物を扱う野口茂助商店(明治31年創業)を前身と
し、昭和27年に商号を「野口金物株式会社」として設立され、昭和44年に商号
を「株式会社ノグチ」と変更して現在に至っている。被告は、明治31年の創業以
来建築金物等を取り扱い、東京本社を中心に仙台、横浜、足利、千葉等に事業所を
置き、その取引先は広範な地域に及んでいる(甲3の2の13、16)。
   イ 被告は昭和32年ころから、その販売する建築金物等について、「RI
KIO」の欧文字を横書きした下に「力王」の文字を縦書きした構成の商標(被告
「RIKIO/力王」商標)を使用しており、この被告「RIKIO/力王」商標
につき、昭和32年3月14日に旧第7類に属する「建築金物その他本類に属する
商品」を指定商品として商標登録出願を行い、同年11月27日に商標登録を受け
た(登録第510436号)(甲3の2の2~4)。 
 被告は、また、被告「力王/RIKIO」商標と類似関係にある、「力王」の文
字を縦書きしてなる商標(被告「力王」商標)について別途権利を取得するため、
旧第7類に属する「建築金物その他本類に属する商品」を指定商品として昭和62
年6月6日に連合商標登録出願を行ったが、被告「力王/RIKIO」商標につい
て存続期間更新登録手続きを失念したため、上記連合商標登録出願を平成6年8月
10日に独立の商標登録出願に変更し、平成8年1月31日、旧第7類の「金属製
の建築又は構築専用材料」を指定商品として被告「力王」商標の登録を受けた(登
録第2712198号)(甲3の2の5~9)。
 本件商標(「RIKIO」)は、被告「力王」商標と類似関係にあるものとし
て、第6類に属する「建築用又は構築用の金属製専用材料」を指定商品として平成
6年6月20日連合商標登録出願され、登録がなされたものである(甲2の2の
1)。
  ウ 被告の昭和35年、40年、46年、59年及び平成5年のカタログに
は、いずれも、戸車、蝶番等の建築金物について、横書きの「力王」又は「力王
印」の文字からなる標章が使用されている(甲3の2の14~18)。また、被告
の平成9年のカタログには、被告「RIKIO/力王」商標並びに「力王」又は
「RIKIO」の文字からなる標章が使用されている(甲3の2の19)。
  エ 財団法人経済調査会発行の「積算資料ポケット版」1986年前記編、1
988年後記編、1994年後記編、2000年前記編及び「積算資料」2000
-1特別増刊号には、被告の建築金物が「力王」、「力王印」の名で掲載されてい
る(甲3の2の20~24)。
  オ その他、平成元年ないし平成12年に作成された、被告の輸入品受注確認
書、商品台帳、お買い得商品一覧表、総合展示会前売表、総合展示会特別価格表、
商品包装容器に貼付するレッテルにも、「力王」、「力王印」、「RIKIO」の
標章が使用されている(甲3の2の25~47)。
  (2) 以上認定の事実に加えて、東京金物連合卸商業協同組合、東京建築金物卸
商業協同組合及び東京建築金物工業協同組合の各証明書(甲第3号証の2の10~
12)の記載を総合すると、被告は、昭和32年から現在に至るまで長年の間、そ
の販売する戸車、蝶番等の建築金物を「力王印」又は「力王○○」(○○内は商品
名称を表す。)と称して販売し、「力王」の名称ないし商標を建築金物について使
用しており、「力王」標章は、遅くとも本件商標の登録査定時である平成8年10
月17日までの間に、その指定商品の取引者、需要者間において、被告の商品を表
すものとして広く知られるに至っていたものと認められる。
 他方、原告が地下たびを主とする商品について使用してきた「力王」標章の周知
性が人的な範囲においてかなり限定されたものであること、原告の略称としての
「力王」の周知著名性も本件商品の指定商品の分野にまで及んでいたとは認められ
ないこと、及び原告の「RIKIO」標章が本件商標の指定商品の分野において使
用された実績のないものであることは前認定のとおりであり、これらの事情からす
れば、本件商標がその指定商品に使用されても、これに接する取引者、需要者が原
告の商品に係るものであると誤認混同を生ずるとか、原告と何らかの関係のある者
の業務に係る商品であると誤信するおそれはないというべきである。
 本件商標をその指定商品に使用しても商品の出所混同のおそれは認められないと
した審決の認定は正当であり、原告主張の取消事由2は理由がない。
 3 本件商標の商標法4条1項7号該当性について
  (1) 原告は、被告が、原告の「力王」の著名性に基づく顧客吸引力にただ乗り
する意図の下で、「力王」と同じく「リキオウ」として需要者に伝達、記憶される
本件商標を出願し登録を受けたから、本件商標は商標法4条1項7号に該当する旨
主張する(原告主張の取消事由3)。
 しかし、前記2(1)イで認定した事実関係に照らすと、被告は、建築金物の分
野で長年使用してきた被告「力王」商標の連合商標として本件商標の出願をしたも
のと認められる上、本件商標の指定商品の分野においては原告の「力王」がその顧
客吸引力へのただ乗り行為を誘因するほど周知著名性を確立していたとは認められ
ないから、本件商標登録出願が不正目的をもってなされたものと認めることはでき
ない。したがって、原告主張の取消事由3も理由がない。
第6 結論
 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決を取り消す
べき瑕疵は見当たらない。よって、原告の請求は理由がないから棄却することと
し、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第18民事部
       裁判長裁判官     永    井    紀    昭
          裁判官     塩    月    秀    平
裁判官     古    城    春    実

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