弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人は控訴人に対し金五〇万円及びこれ
に対する昭和二八年九月二五日から昭和二九年三月二五日まで年五分一厘、同年三
月二六日から右完済に至るまで年六分の各割合による金員を支払うべし、訴訟費用
は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴
代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述は、双方各代理人において次のように陳べたほか、原
判決の事実摘示のとおりであるからここに右記載を引用する。
 控訴代理人の当審における新たな陳述。
 一、 本件預金の預入行為は現実には、訴外Aが控訴人の使者として、控訴人の
金員を持参の上これをなし、その際Aは被控訴人に対し控訴人の名を示さずして本
件預金のための印章を届け出たものである。右印章を最初から現在まで所持してい
るのは控訴人である。
 二、 本件無記名定期預金証書には、預金者の氏名は表示されておらず、この点
で指名債権と異り、又取扱金融機関は、預金証書と届出印章を以て預金の払戻しを
求めた者に対しては、その支払を拒み得ないものであつて、被控訴人は本件預金証
書の所持人である控訴人に対し、預金元利金の支払を拒み得ない。
 三、 仮りに右の如く無記名債権と目すべきではなく、預金債権者は預金者に特
定せられているとしても、現実に預金預入行為に当つた者がその預金者であるとは
限らない。本件預金はAが預金を仲介することにより自ら融資を受け得るからとい
つて、控訴人に預金することを依頼し、すすめたので控訴人は頼みをきくことと
し、その所有の金五〇万円をAに交付しこれを無記名預金として預け入れることを
依頼し、Aは控訴人のこの依頼によつて本件預金をしたものであつて、預入者は控
訴人である。
 四、 無記名預金においては預金者の氏名はこれを秘匿するものとし、その関係
上預金者は預け先金融機関に対しその氏名を告知する必要なきものとされており、
ただその預金たるの性質を失わしめず、かつ、預金証書の紛失、盗難等の事故があ
つた場合に預金者の保護をはかるため、預金者は預金預入にあたり印章を取扱金融
機関に届け出るものと定められ、金融機関は預金者に対し預金証書と印章とを以て
当該預金の払戻しを求めて来た場合、その印章が届出のものと同一であると認めら
れるときにのみその払戻しをなすべきものとされている。
 五、 右のような無記名定期預金制度からすれば、本件預金の預金者は特定して
いるものとも考えられる。本件無記名定期預金は普通の指名債権のように氏名を以
て債権者を特定することをせずこれとは別個の方法により特定するにすぎず債権者
の氏名を表示しない一種の指名債権といえよう。
 六、 それでは本件無記名定期預金の預金者は何によつて特定すべきであろう
か。
 普通預金においてすら預金者以外の者(使者又は代理人)が直接に預金者本人の
名において預金預入をなす事例の存することは公知の事実であり、しかも本件無記
名預金は普通預金と異り、金融機関に対して預金者の氏名を告知する必要はないの
であるから、本件預金の預入行為をなした者を以て預金者なりと断ずることはでき
ない。このことは印章の届出行為についても同様に妥当し、届出行為者は必ずしも
真実の届出者とは限らないからこの点で預金者を特定することはできないのであ
る。
 そこで先ず注目すべきは本件無記名定期預金の預金者は預入にあたり印章を届け
出ることになつている事実である。そして金融機関は預金証書と届出印章とを以て
預金払戻しを請求する者に対してその預金の払戻しをなすのであるから、右印章の
届出は以後当該預金の一切の処分(払戻しを受けることもその一例である。)につ
き使用せらるべき印章を特定し、その旨を取扱金融機関に対して表示することであ
る。そして当該印章を以てのみ当該預金を処分し得るものなることを決定し得る者
は、当然当該預金を支配し処分し得べき者である。当該預金をなすにあたりその預
金を当然支配し、処分し得べき者とは、当該預金を自己の預金とする意思を以て金
員の預入をなした者以外にはあり得ない。 従つて本件無記名定期預金の預金者は
実体的にこれを規定すれば、「当該預金を自己の預金とする意思を以て金員の預入
れをなした者」となり、形態的にこれを規定すれば、「当該預金預入にあたり取扱
金融機関に届け出でられた印章を、当該預金に関する限り、実質上支配し得る者」
となる。
 勿論事実上の預入行為、印章届出行為は預金者本人がなすとは限らず、行為者は
預金者の使者又は代理人たる場合があり得べく、従つて何人が届け出でられた印章
の正当な支配者であるかは、金融機関にとつては必ずしも明確でない場合が多々あ
るであろうが、このことはこの制度が徴税免税の目的による預金者氏名の秘匿を狙
つたものである結果避けることのできないものであつて、金融機関としては、預金
払戻し等のため必要があれば払戻請求者が届出印章の正当な支配者であるか否かを
調査する権利はあるであろうし、又仮りに正当な支配者でない者にその事実を知ら
ないで預金を払い戻したとしても、届出印章を以てする払戻請求者に支払つた以上
は既述の無記名定期預金の制度上その支払は有効とされるので不都合はない。待つ
て届出印章の正当な支配者が金融機関にとつて必ずしも明かでないとしても上叙の
預金者についての判定を左右し得るものではない。
 七、 以上の観点より本件預金者が何人であるかを見れば、控訴人がその預金者
であることは明瞭である。
 八、 控訴人、被控訴人及び訴外A間において、控訴人が被控訴人に対し本件定
期預金の払戻しを請求しない趣旨を含む被控訴人主張のような契約が成立したこと
は否認する。
 被控訴代理人の当審における新たな陳述。
 一、 本件無記名定期預金は定期預金たる性質を失わず、そして預金者は預金を
するにあたり印章を金融機関たる被控訴人に届け出ずべく、右預金は売買、譲渡又
は質入を禁止せられているのであるから性質上無記名債権でないことは疑をいれな
い。従つて本件預金の預金証書及び印鑑が訴外Aから控訴人に移つたからとて、直
ちに預金債権が控訴人に移転するものではない。そしてこの無記名定期預金が記名
預金と異るのは、預金証書に預金者の誰なるかを表示せず、又第三者に誰が預金者
であるかを知らせないという点にあつて、現金を受け入れ又満期に払戻しをする立
場にある金融機関としては、何人がこの預金者であるかを知つていて悪い訳ではな
く、却つて真の預金者が誰であるかを知つておらなければ、適法なる払戻しもでき
ないわけである。
金融機関としてはたとえ満期にある者が預金証書と届出印鑑を以て払戻しを請求し
ても、その者が真の預金者でないことが明かな場合は払戻しをすることはできな
い。ただ払戻請求にあたり提出された印鑑が届出印鑑と同一であることを確認した
上、善意で支払をした場合にはたとえその者が真の預金者でなかつたとしても免責
されることになつているというに止まり、金融機関としてはあくまで真の預金者は
何人であるかを確認して払戻しをするのが原則であり、預金証書及び届出印鑑の所
持は真の預金者なりや否やを決定する一資料に過ぎないものである。
 なお、真の預金者が何かの事情で預金証書を所持しない場合でも、その者が預金
者であることを確認する方法をとつた上それが確認されれば払戻しをする立て前に
なつていることからいつても、又、若し預金証書と届出印鑑を所持する者が直ちに
預金者であるということになれば、預金者は証書と印鑑を他人に交付することによ
り容易に事実上預金債権の売買、譲渡又は質入をなしたと同様の結果を作り出すこ
とができ、前記の売買譲渡、質入の禁止は空文に帰する点からいつても、預金証書
及び届出印鑑を持つている者が預金者であるとすることはできず、従つて控訴人が
これらを所持しているから預金者であるとはいえない。
 二、 被控訴人のもとに本件預金の預入に来た者は訴外Aである。右訴外人は控
訴人の代理人又は使者として預入に来たものではない。若し控訴人において自己を
預金者とする預金をする意思であつたとすれば、Aと刻しある右訴外人の印章を以
て預金せしめることは首肯できず、自己の印章を使用せしめるのが常識である。
 右訴外人は被控訴人からの貸出の枠を増して貰うには同訴外人を預金者とする預
金をなし、これを裏付けとしなければならぬ事情があつたためこの事情を控訴人に
話し、控訴人もこれを諒として右訴外人を預金者とする預金をなさしめるために金
五〇万円を右訴外人に貸与したもので、本件預金をなす動機がAの右のような目的
に出たものであるから、同訴外人としては当然自己の預金として預け入れる意思で
あつたし、又、被控訴人としても貸付の枠の増加の裏付けとして右訴外人の預金と
して預つたものてある。即ち本件預金はその当初から何人が預金者であるかあいま
いな裡になされたものではなく、判然とAの預金として預け入れられたものであ
る。控訴人としてはたとえ同訴外人を預金者とする預金をしても、預金証書と印鑑
を同人からとり上げてさえおけば、通常の場合右訴外人が勝手に預金を引き下げる
ことはできないであろうというところからAに対する担保の意味か、或いは預金債
権の譲渡禁止を潜脱するために握つていたものとしか考えられない。
 三、 仮りに本件預金が控訴人のものであるとしても、昭和二九年三月二五日頃
控訴人、被控訴人及びAの間において、紛争を止めるため、控訴人は被控訴人に対
し本件預金の払戻しを請求せず、控訴人は右訴外人から同年六月末日までに五〇万
円の弁済を受けることとし、右弁済を確保するため控訴人は右訴外人からその所有
の東京都板橋区a町b丁目c番地所在木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建作業場一棟建坪
三一坪五合に抵当権の設定を受けその登記を完了し、以て一切を解決したものであ
る。従つてこの点からいつても控訴人の請求は失当である。
 証拠の関係は、控訴代理人において新たに甲第六号証の一、二、第七号証を提出
し、当審における証人Aの証言及び控訴本人の訊問の結果を援用し、乙第九号証の
成立は不知と述べ被控訴代理人において新たに乙第九号証を提出し、当審証人B、
C、D、Aの各証言を援用し、甲第六号証の一、二の成立は認めるが、甲第七号証
の成立は不知である、と述べたほか、すべて原判決の事実らんに証拠として記載し
てあるとおりであるから右記載を引用する。
         理    由
 一、 被控訴人の取り扱う無記名定期預金の性質、その預け主の決定について。
 裏書の日附、控訴人署名及びその名下の印影の部分を除いて成立に争なく、この
除外部分は弁論の全趣旨により控訴人の作成に係るものと認められる甲第一号証に
よれば、右無記名定期預金においては、預金元利金は満期日に預金証書と引換えに
支払うべき旨、預金債権の譲渡及び質入は禁止する旨、預金の払戻し、継続の請求
は預金証書の裏面に記名の上、あらかじめ届出の印鑑を押してなすべき旨及び被控
訴人において預金証書と右届出の印鑑とを以て請求する者に対し、支払、預金継続
のための証書書換え等の手続をしたときはその後は一切責を負わない旨の各特約事
項が預金証書上に記載されていて、右証書には預け主の表示はなされず証書の番号
の記載がなされるのみであることが認められ、次ぎに、原審証人Cの証言によつて
成立を認める乙第六号証(そのうち振替〇なる部分に押してあるのを除くその余の
Aの印影及びEの印影の部分の成立については当事者間に争がない。)と当審証人
Dの証言によれば、被控訴人において無記名定期預金の預入を受けるにあたつて
は、預金者の氏名、住所をきくことなく、預金をする者もこれをいう必要かなく、
被控訴人は現金を持参した者が果して預金者であるか否かを知らないままに、預金
する時印章(それは預け主を示す印たるを要しないのみならず、虚無人名義のもの
でも何でもよい。)を所定の申込用紙に押させ、被控訴人の無記名定期預金元帳な
る帳簿にこの印章を押した上で、この者に対し宛名の記載のない定期預金証書を発
行、交付し、被控訴人の右帳簿にこの証書の番号を控えるというのを立て前とする
ものであるか、客によつては申込用紙に預け主の住所、氏名を記入する者もあり、
被控訴人においても場合によつては右元帳に覚えのため預け主の住所、氏名を記載
することもあるという実情にあることが認められ、又前記甲第一号証の裏面の定期
預金規定第四項、第六項と原審並びに当審証人C、当審証人Dの各証言を綜合すれ
ば、預金証書、印章の紛失、盗難等の場合にも一般定期預金に準じ、ただ若干慎重
な手続を経て払戻しがなされるものであつて、無記名定期預金と雖も、普通の記名
定期預金との間に証書面上の預金者の氏名が表示されず、又一般に被控訴人におい
ても預金者の何人なるかを確知し得ないのが本則であるという差があるに過ぎない
ことが認められる。
 右の事実からすれば、被控訴人の扱う無記名定期預金なるものは無記名債権であ
るということはできず、一種の指名債権であることは否定し得べくもない。そして
預金者の何人なるかを確かめることなく、印鑑(それもいかなるものでもよい。)
 だけで預金契約を結ぶのを立て前とするこの無記名定期預金においてそれが、特
段の事情を伴わず右のような理想的形態で行われた場合に、真の預金者が誰である
かの判定に困難な場合の生ずることは容易に想像できることであるけれども、され
ばとて無記名定期預金と雖も要するに一つの契約である以上、預金契約の成立にあ
たつてたまたまなされた預金者が誰であるかについての明示又は黙示の意思表示が
ある場合には、(預金者においてその自己の預金なることを相手方に知らしめるに
つき、特別の利益をもつ場合もあるのである。)かような意思表示なるものが無記
名定期預金契約の本質に反するもとのとして無視さるべきいわれは前記認定からは
出て来ないし、又本件にあらわれた全証拠によつても肯定できないのであつて、前
記認定からいえることは、たかだか本来預金者の何人なるかを示す必要のない場合
であるということを考えて、預金者を示す意思表示特に黙示の意思表示があつたと
なすにはそれだけ配慮を要する、というに尽きると考える。例えば、被控訴人に知
れた存在である考が預金に来て、自己の預金なることを特に明示し、被控訴人にお
いてこれを承けて預金契約をしたという場合には、この意思表示によつてその者を
預け主とする預金契約が成立したものとなすべく、かかる表示によつて無記名定期
預金たるの利益を喪失するの危険が生ずるにしても、それは預金者が自ら選んだ不
利益として甘受しなければならないというだけのことであり、この不利益の故に遂
に右の意思表示を無記名定期預金の本質に反するものとして無視すべきいわれはな
いのである。
 そこで、黙示の意思表示による預け主の決定について考える。預金に来た者が被
控訴人に知れた存在であり、そして自己の氏名の刻しある印章によつて―自分が預
け主たる旨特に名乗ることなく―預金をした場合にも、前記の如く無記名定期預金
に使用さるべき印章はいかなるものでもよいという点から、右印章は単に符牒とし
ての意味しかもたず、刻しある氏名にはそれ以上の意味を認む、べきものでないと
解することもできるけれども、単に符牒としてならば他人名義のものでも虚無人名
義のものでも足り、しかも無記名預金たるの利益を享受するという点だけからすれ
ば、この方がより効果的であり、従つて無記名定期預金としてはこれこそ理想的形
態というべきであるのに、敢て自らの氏名をあらわした印章を使用したという面か
ら考え、そして日常生活における印の重要性に対する一般的の認識、人は自分のた
めの行為に殆ど本能的に自分の印を使用する現実等を顧みると、この場合に印の氏
名に単に符牒的意味しかないと見るのは、余りに無記名定期預金の本来の理念にと
らわれて現実を軽視した見解というのほかなく、この場合にはやはり知合いである
預入行為者が自ら預け主であることを一応暗黙に示して預金をしたものと見るのが
通常の取引観念に適すると考えられるのであつて、ただ前記の如く印はいかなるも
のでもよいという立て前のもとでのことであるから氏名の刻しある印章を使用した
という一事によつて直ちに自己を預け主とする旨の明示の意思表示があつたとなし
得ないのはもとより、(記名預金であれば特段の事情なき限りそれだけで明示の意
思表示があつたといえよう。)又同様の理<要旨>由から右の一事だけでその旨の黙
示の意思表示があつたとなし得ないのみである。しかしながら、その預金に
来た者が被控訴人と取引関係があり、従来の取引の経過からその者に対する金融の
裏付けとしての預金が期待される段階に立ち到つている場合に、かような預金をす
るつもりで自己の氏名を表示した印章による預金をなし、この預金の故に被控訴人
から右の期待された預金がなされたものとして取り扱われ、その者に相応の金融が
なされたという場合には、これらを合せて黙示の意思表示によつてその者を預け主
とする無記名定期預金契約が成立したものとなすべきであろう。(金融の裏付けの
ための預金たるには、その者の支配し得るものであることを要するにとどまり、必
ずしもその者の預金たることを要しないとはいえるであろう。しかし、その者の支
配し得る預金として、かつ、その者の印章を使用しての預金がなされたという場合
には、これらを合せてその者の預金がなされたと見るのが相当である。)
 これを要するに、被控訴人の取り扱う無記名定期預金においても、明示又は黙示
の意思表示によつて預け主が定められることは妨げなく、ただ預金者が誰であるか
を表示するを要しないという立て前のもとであるから、かような黙示の意思表示が
あつたものとするには、この点の配慮が特に要求されるというにとどまるのであ
る。そしてかように既に意思表示上預け主が定められた場合には、それによつて預
金者は終局的に確定するのであつて、預金された金が預金の時において実際に誰の
所有であつたかは問う必要がないということは預金契約も契約である以上当然のこ
とといわねばならぬ。他人の金銭をほしいままに自己の記名預金とした場合にその
者のための預金契約が成立すると同じく、他人にその他人のため預金をすると称し
て出掲を得た上、明示又は黙示の意思表示によつて自己のため無記名定期預金をし
た場合には、その者のための無記名定期預金契約が成立するのである。(預入金が
預金の時において誰の所有であつたかは、あくぎで当該預金が誰のためになされた
かを判定する一資料たるに過ぎず、それは無記名定期預金がいわゆるその理想的形
態においてなされ、何ら外形的な特段の事情を伴わない場合においては、重要な基
準となるであろうけれども、既に預金契約成立に際し明示又は黙示の意思表示を以
て預け主が定められた場合に、その預入された金がかくて定められた預け主の所有
でなかつたからとて、その者の為の預金契約の成立を否定することは、契約の原理
に反するであろう。
 二、 主として成立の経過を中心としての本件預金についての事実関係につい
て。
 前記甲第一号証、乙第六号証、、控訴本人の原審における供述によつて乙第六号
証の振替○の部分以外に押してあるAの印影と同一の印影なることを認むべき甲第
五号証、原審証人Cの証言によつて成立を認める乙第一、第二、第四、第八号証に
原審並びに当審証人A、C、当審証人B、Dの各証言、控訴本人の原審並びに当審
における供述(但し、これら証言、供述中後記不採用部分を除く。)を綜合すると
本件における事の真相は次の如くであると認められる。
 被控訴人はもとa信用組合と称し、預貯金の受入れ、資金の貸付け等をその業務
の一部として取り扱い来り、昭和二八年六月に現在の金庫となつたものであるが、
訴外Aは昭和二七年九月頃被控訴人の取り扱う定期貯金に加入して毎月その掛金を
なすに至つたのをはじめとして、その頃から被控訴人と金融上の取引をなすこと次
第に多くなり、やがて被控訴人のいわゆる客として頻繁に出入するに至り、勢い預
貯金事務を取り扱う者との間にも面識の関係を生じ、被控訴人にとつて知れた存在
となるに至つた。こうした状態にあつた昭和二八年三月頃Aは被控訴人に対し融資
の枠の拡大を求めたところ、被控訴人からはその前提条件として金融の裏付けとな
る預金をすることを求められたのでこれに応じょうと考え、要求されたのは右の如
く自ら受けるべき金融の裏付けのための預金であるのに拘らず、漸くその頃知合い
となつたに過ぎない控訴人に対し、被控訴人は金庫に改組するため預金額増加をあ
せつていて預金の紹介をした者にも金融の枠を拡げる扱いをしているから、自分の
金融の枠を拡大して貰うために、控訴人に無記名定期預金をしてくれといつて頼
み、控訴人は裏利息(それは本来金融機関に資金を預け入れた者が、右預入に対す
る謝礼ないし報酬として、預金預入の結果金融機関が貸出資金の余裕を得たため
に、これから資金貸出を受けることができた者から、貰う金員を意味することは当
裁判所に顕著であり、徒つてそれは他人の金を借りて自ら預金をした者が、貸主に
その借受金に対する利息を支払うという観念ではない。)月三分をAから貰う約束
で五〇万円の無記名定期預金(もとより自分のものとして)をすることを承諾し
た。かくて控訴人は昭和二八年三月二五日五〇万円の現金と預金のための印章とを
Aに手渡し同人をして預入に行かせたのであるが、以上の経過から当然なように、
もとより貸借の証書一枚取ることもしなかつたのであつて、金を受け取つたA三二
九と刻した印章を持つて即刻被控訴人の当該窓口に赴き、当時前記のような事情で
知合いとなつておりそして融資の枠の拡大に関してのAと被控訴人との間の前記い
きさつを知悉している係員に対し、融資の裏付けとなるところの自分を預け主とす
る預金をするという気持で五〇万円の無記名定期預金の預入を申し出た。そこでは
Aはあたかも無記名定期預金預入の一般の例の如く、特に預金者の何人なるかを明
示することはせず、即ち敢て自ら預金者なる旨を名乗ることもなかつたし、又もと
より預け主が他の考である旨の言明や示唆を与えることもなく、ただ無記名定期預
金をする旨の申出をし、次いで係員から預金者の印を求められたのに対し右の自己
名の印章を提出したのみであり、そして係員によつて被控訴人の無記名定期預金元
帳に右のAなる印章が押印され、証書番号第六号を以て金額五〇万円、期間六ケ月
の無記名定期預金証書が発行されてAに交付されたというに過ぎなかつたけれど
も、前叙の経過から右預金はAのものとして取り扱われ右元帳に係員によつてAの
住所の記入がなされたし、Aの融資の枠は右預金によつて拡大され、Aは被控訴人
から相応の金融を受けたのである。(疑問なのは、被控訴人がこの時も後に述べる
右預金の継続の時にも証書の引上げをしていないことである。或いは被控訴人にお
いては担保に取つても証書の引上げをしない扱いがなされているのか、或いは被控
訴人の内規上この二つの時期においてはAに対する融資総額が例えば所定の証書引
上げを要する限度に達しなかつたというような事情でもあるのか、或いは又単なる
係員の手落ちであつたのか、その間の消息は明確でない。)
 かくてAは預金をした後控訴人に預金に使つた印章と預金証書を渡したところ、
控訴人はAの印で預金がなされているのに不審を抱いたけれども、無記名預金であ
るから印鑑と預金証書を持つておればよいということでそのままとなつた。なおA
としては預金の当初からやり繰りをつけて問題発生を未然に防止するつもりでいた
のである。その後この預金は満期が来たのでAは控訴人に更に六ケ月継続すること
を頼み、その同意があつて控訴人の保管していた印鑑と預金証書を受け取り、これ
によつて継続の手続をとり、昭和二八年九月二五日被控訴人から甲第一号証の証書
の発行、交付を受けた上この証書と印鑑を控訴人に渡したのである。
その後控訴人において不安を抱くに至りAに秘して自己名(但し通称たるEとし
て)に改印届をしたところ、それが事情を知らぬ係員によつて受理されたというい
きさつがあつた後、Aは被控訴人に対し右預金が自分のものであることを確認し、
被控訴人との間にその申出により自己の負債とこの預金との相殺勘定をした。要す
るに、控訴人においては、本件預金は自分のものと思つていたけれども、A及び被
控訴人の間ではこの預金は成立の当初からその右終末に至るまでAのものとして取
り扱われたのである。
 原審証人Aの証言によつて成立を認める甲第二号証の記載内容及び前記各証言、
供述中右認定にてい触する趣旨の部分は採用し難く、他にこの認定を動かすに足る
証拠は存しない。
 三、 結論
 右二、で見た本件預金の成立の経過からすれば、一、において預け主の決定に関
して述べたところからいつて、右預金は昭和二八年三月二五日訴外Aと被控訴人と
の間に黙示の意思表示により右Aを預け主として成立したものとなすべきであり、
その満期に預け主たる右Aの申出によりその継続がなされたものとなすべきであ
る。即ち本件預金はAのものである。(二、の末尾で一言した如く、本件預金が成
立の当初からその後もすべてA及び被控訴人との間ではAのものとして取り扱われ
ているというのも逆にいえばたまたま以て本件預金が両者の暗黙の合意でAのもの
として成立したものであればこそ起きた必然の現実としてこの判定を裏付けるもの
といえよう)。
 然らば本件預金が控訴人のものであることを前提とし、被控訴人に対しその支払
を求める控訴人の本訴請求は他の争点につき判断するまでもなく失当であつて棄却
を免れず、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。よつ
て民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を適用して主文の如く判決す
る。
 (裁判長判事 薄根正男 判事 奥野利一 判事 古原勇雄)

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残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
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履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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