弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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【判示事項の要旨】
 小学校教諭による業務上過失致死事件について,罰金刑が維持された事例
            主       文
    本件控訴を棄却する。
            理       由
1 本件控訴の趣意は,福島地方検察庁いわき支部検察官大久保信英作成の控
 訴趣意書に,これに対する答弁は,弁護人今野忠博作成の答弁書及び答弁書
 (補充書)に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
  論旨は,量刑不当の主張であり,被告人は,優先道路と交差する交差点に
 右折するために進入しようとしたが,優先道路を進行してくる車両を確認し
 なかったという基本的な注意義務を怠ったものであり,犯行の態様が悪質で
 あること,優先道路上の右折進入予定の車線の車両が進路を譲ってくれたと
 いう経緯は,優先道路右方の安全確認をしなかったという過失について酌量
 すべき事情とはいえず,この点に関する原判決の判示は合理性を欠くこと,
 結果が重大であり,罰金刑では被害者の遺族の処罰感情が緩和されないこと,
 原判決の量刑は,同種事案の裁判結果と比較しても著しく軽いこと,被害者
 は優先道路を走行していたので,被告人車両が自車の進行を妨害することは
 ないと信頼して走行することが許されるから,被害者において被告人車両の
 存在及び動静に対する予見が可能であったとしても,被害者を非難すること
 はできず,また,例え予見可能であったとしても,被害者には衝突を回避で
 きなかったことからすると,禁錮1年6か月の求刑に対し,罰金50万円に
 処した原判決の量刑は,罰金刑を言い渡した点において著しく軽すぎて不当
 である,というのである。弁護人の答弁は,罰金50万円に処した原判決の
 量刑は相当である,というのである。
2 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
(1)本件は,普通乗用自動車を運転する被告人が,信号機のない交差点にお
  いて,幅員の狭い道路から幅員の広い優先道路に進入して右折しようとし
  た際,右折して入ろうとした車線上の車両が進路を譲ってくれたため,優
  先道路の右方から来る車両の有無等安全確認不十分のまま優先道路に進入
  した過失により,折から優先道路の右方から進行してきた原動機付自転車
  に自車を衝突させて,原動機付自転車を運転していた老人を同自転車もろ
  とも路上に転倒させて,間もなく脳挫傷等により死亡させた,という業務
  上過失致死の事案である。
   交差点において右折しようとした被告人としては,交差道路が優先道路
  であったのであるから,同道路に進入するに当たっては,優先道路を進行
  して来る車両の有無等安全を十分確認すべき注意義務があり,被告人が優
  先道路に進入する前にいったん停止した位置からは,道路がややカーブし
  ているとはいえ,優先道路右方の見通しが格別困難ではなかったのである
  から,被告人が原動機付自転車の被害車両にまったく気づいていなかった
  過失は,小さくないことは明らかである。
   被害車両を運転していた男性が,間もなく死亡するという重大な結果が
  発生しており,長年連れ添った夫を突然奪われた被害者の妻の嘆き悲しみ
  は大きく,容易に癒されるものではなく,処罰感情も強く,当審での事実
  調べの結果によっても,いまだ相当な被害感情を抱いていることが認めら
  れる。
 (2)ところで,原判決は,量刑に当たって被告人のため酌量すべき事情とし
  て,①優先道路の進入しようとした車線上の車両が進路を譲ってくれたこ
  とに関して,「進路を譲った者からすれば,被告人車両が右折するのに適
  したタイミングであったと認識して進路を譲ったものと推認されるのであ
  る。してみると,被告人が本件右折をしたことは,一般の車両運転者から
  みて危険な行為とは評価されていなかったものと考えられ(る)」こと,
  ②被告人の右方の安全確認が不十分になった原因に関して,「進路を譲っ
  てもらったため早く右折を完了しなければならないという気持ちになった
  こと,進路を譲ってくれた運転者へのお礼の挨拶をしたことが考えられる
  が,これらは,注意義務を疎かにしてしまった原因としては,動機におい
  て酌量の余地がある。」ことを挙げる。これに対し,所論は,進路を譲っ
  た車両の運転者が適したタイミングであると判断したと一般的に推認する
  のは不当であり,また,早く右折を完了しなければならないとか,譲って
  くれた者への挨拶というのも,安全配慮と関係なく,被告人の責任を軽減
  する事情たり得ないという。
   そこで,原判決の上記の点について検討する。①の点については,趣旨
  が必ずしも明瞭でないが,被告人が右方から来る車両の安全確認を十分し
  ないまま発進したその動機に,あながち責められないところがあるという
  趣旨であるならば,是認できない訳ではないが,注意義務の内容として右
  方からの車両の安全確認義務が緩和されるところがあるという趣旨なら
  ば,それは是認できない。すなわち,進路を譲った車両の運転者は,相手
  車両が安全に進行できると十分に判断をした上で進路を譲ったものと,一
  般的にいえる状況にはないと認められ,進路を譲られた者としても,譲ら
  れたことをもって安全に進行できると信頼してよいとはいえず,あくまで
  も自らの責任において進行の安全を確認すべきであると認められるから,
  本件において,進路を譲られたことをもって,被告人が自己の進路の安全
  が確認されたものと判断したことが,一般的に非難すべきことではないと
  はいえない。
   また,②の点については,被告人が,早期に右折を完了しようとしたり,
  譲ってくれた者に対しお礼の挨拶をしたりすること自体は,譲られた者の
  儀礼として行われたとしても,社会儀礼上状況を問わず当然に求められる
  ことともいえず,それをもって右方への注意が疎かになった原因として有
  利にしん酌されるともいえない。
 (3)所論は,原判決が,「被告人車両の存在及び動静に対する予見可能性は
  十分あったものと考えられる。」としている点に関して,被告人車両の衝
  突時の推認される速度,被告人車両が発進後衝突するまで進んだ距離を基
  に,被告人車両が発進を始めた時点での被害車両の位置を推定すると,被
  害車両の速度を時速40キロメートルとした場合,被害車両は衝突地点か
  ら約19.11メートルないし30.22メートル手前におり,同速度を
  時速30キロメートルとした場合は,約14.33メートルないし22.
  66メートル手前にいたことになるが,被害車両の停止距離は,時速40
  キロメートルのときは約34.82メートルであり,時速30キロメート
  ルのときは約23.74メートルであるから,いずれにしても,被害者が
  被告人車両をその発進直後に発見して急制動を掛けたとしても,衝突を回
  避することはできなかったと認められるので,原判決の上記の点は是認し
  得ないという。
   そこで検討すると,被告人車両の発進時の加速度及び衝突時点での速度,
  被害車両の走行速度等は,証拠上明確に特定できないものの,原審及び当
  審で取り調べた証拠によって推測することは可能であり,被告人車両の発
  進地点から衝突地点までの距離は約2.9メートルであるところ,被告人
  車両のような排気量1.5リットルクラスの普通乗用車が,急発進しない
  で発進後2.9メートル進むのに要する時間は,約1.72秒ないし2.
  72秒程度であると認められ,この所要時間から,被告人車両が発進をし
  た時点での被害車両の衝突地点までの距離を推測すると,被害車両の速度
  が時速40キロメートルの場合は,約19.11メートルないし30.2
  2メートルであり,時速30キロメートルの場合は,約14.33メート
  ルないし22.66メートルであると認められる。
   ところで,所論は,被害車両の停止距離は,時速40キロメートルのと
  きは約34.82メートルであり,時速30キロメートルのときは約23.
  74メートルであるから,上記衝突地点との距離からして,被害者が急制
  動を掛けても衝突は避けられなかったというのであるが,所論のその停止
  距離は,被害者が高齢者であることを理由に空走時間を2秒,路面が乾燥
  し,舗装状況が摩滅していたことを理由に路面の摩擦係数を0.5として
  算出しているのである。しかしながら,空走時間は,一般には,普通人で
  0.6ないし0.8秒,運動神経の鈍い人や酒,薬の影響下にある人で1.
  0秒以上とされていることから,単に73歳という高齢を理由に2秒とい
  う時間を設定するのは明らかに不当であり,また,摩擦係数を0.5とし
  ているのも,一般の例に比較して妥当性を欠くといえるのであって,所論
  のいう被害車両の停止距離は,合理的な根拠を欠くものといわざるを得な
  い。
   そこで,改めて,相当と考えられる数値として空走時間1.2秒,摩擦
  係数0.6を前提にした場合,被害車両の停止距離は,時速40キロメー
  トルのとき約23.82メートル,時速30キロメートルのとき約15.
  89メートルと計算でき,上記衝突地点までの距離を考えると,被害者が
  被告人車両が発進したのを発見して直ちに急制動を掛けておれば,衝突を
  回避できたか,あるいは十分減速されていて,衝突しても死亡するに至ら
  なかった可能性があることが否定できないのである。そうすると,本件衝
  突の発生あるいは少なくとも死亡という結果の発生については,被害者側
  の行動も寄与している可能性があることを否定できないといわねばならな
  い。
 (4)なお,弁護人は,被害者はヘルメットを正しく着装していなかった可能
  性があり,その点について被害者側に落ち度があると主張する。
   しかしながら,被害者のヘルメットは,本件事故後に,頭部から外れた
  状態で落ちていたことは認められるものの,被害者は脳挫傷等の傷害によ
  り死亡したものであり,頭部に相当の衝撃を受けたことがうかがわれると
  ころ,被害者の頭部表面の傷は皮下出血にとどまっていることからすると,
  頭部が路面に衝突する衝撃を受けた際,頭部はヘルメットで保護され,そ
  の直後に衝撃によりヘルメットが外れたと考えられるのであって,被害者
  がヘルメットを正しく着装していなかったとは認められない。
 (5)以上の検討を踏まえて,改めて被告人に対する量刑について考える。
   本件での被告人の過失は小さいとはいえず,それにより1名を死亡させ
  るという重大な結果をもたらしたものであり,遺族の被害感情はなお強い
  といえるので,被告人の刑事責任は重い。
   一方,被告人は,優先道路に進入して右折するに当たり,優先道路右方
  の安全確認を全く怠ったわけではなく,手前でいったん停止して優先道路
  右方の確認をし,その先の交差点で赤信号に従い停止している自動車のみ
  を認めて,他に進行してくる車両はないものと思いこみ,さらにその後,
  発進前には同自動車の動向に気を取られて,他の車両の確認がおろそかに
  なる過失を犯したのであって,被告人のこの運転態度は,危険で無謀なも
  のとはいえないこと,本件衝突の発生あるいは少なくとも死亡という結果
  の発生については,上記のとおり,被害者側の行動が寄与している可能性
  が否定できないことが認められる。また,被告人は,本件事故後被害者及
  びその妻に深く謝罪する態度を示し,被害者側を慮って保険給付外に自ら
  の負担で500万円を支払うなどし,被害者の妻の悲しみなどの心の痛み
  はいまだ回復されていないものの,遺族に対して誠意を尽くしていると評
  価できること,原判決後に遺族との間で示談が成立し,民事的な争いはな
  くなくなっていることなど,被告人にとって酌むべき事情が存在する。
   そして,被告人は公立小学校の教諭であることから,禁錮以上の刑に処
  せられると,法律上当然に教諭の職を失い,さらに教員免許も失効するこ
  とになるが,被告人は,長年にわたり市立小学校の教諭として勤務し,こ
  れまでも児童や上司・同僚の厚い信頼を得てきており,教員を将来とも長
  く続けたい願望を持っているところ,そうした被告人が,職を失って現在
  及び将来の生活の基盤を失い,のみならず天職と信じる教師としての資格
  までも失うのは,回復の著しく困難な余りに過酷な結果といえるのである。
   以上のような彼我の諸事情を考慮すると,本件については禁錮刑以外の
  刑をもって臨む余地はないとまでいうことはできず,原判決が罰金刑を選
  択したことが,著しく軽すぎて不当であるとは認められない。
3 よって,論旨は理由がないので,刑訴法396条により本件控訴を棄却す
 ることとして,主文のとおり判決する。
  平成15年12月2日
    仙台高等裁判所第1刑事部
      裁判長裁判官   松   浦       繁
         裁判官   根   本       渉
         裁判官   髙   木   順   子

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