弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人鳥巣新一の上告理由第一点について。
 一 論旨は、原判決が、旧相続税法(昭和二二年法律第八七号)四条一項四号は
いわゆる死亡退職の場合に限るものと解すべきではなく、被相続人が退職手当金等
の請求権を取得することなく退職し、その後死亡して相続が開始した場合に、被相
続人に対する退職手当金等という趣旨で相続人に金銭が支給されたようなときも、
これを右四号により相続財産とみなすべきであるとしながら、上告人Aらの被相続
人であるDがE毛織株式会社(以下、訴外会社という。)を退職後死亡して相続が
開始し、その後、亡Dに対する退職慰労金の趣旨で、訴外会社からDの相続人であ
るF、同A、同Gの三名に対し合計四五〇〇万円が支給された本件につき、同法四
条一項四号の適用を否定したのは、理由不備の違法があり、また、同条項の解釈適
用を誤つた違法がある、と主張する。
 論旨は、右のように、理由不備をも主張するが、問題の要点は、旧相続税法四条
一項四号の規定の解釈にあり、同条一項が「退職手当、功労金及びこれらの性質を
有する給与(以下、退職手当金等という。)で被相続人に支給せらるべきであつた
ものが被相続人の死亡したためその相続人その他の者に支給された場合におけるそ
の退職手当金等」につき、「これを相続財産とみなす。」とした趣旨をめぐつて、
同号の適用範囲をどう解すべきかの点にある。すなわち、同号が適用されるのは、
被上告人主張のように、死亡退職の場合に限られるのかどうか、かりに生前退職の
場合が含まれるとしても、被相続人の生前退職を原因として相続人その他の者(以
下、相続人等という。)に支給される退職手当金等のうち、本来の相続財産以外に
相続財産とみなされるべきものの範囲をどう解すべきかが問題であり、論旨もこれ
に触れるところがあるので、以下、右の諸点につき順次判断することとする。
 二 死亡退職に限られるとする見解について。
 被相続人が生前に退職して退職手当金等が支給されるべき場合において、退職手
当金支給規定等によりその支給額が当然に確定され、被相続人に具体的な退職手当
金等請求権が発生したものについては、当該請求権自体が、被相続人の退職所得と
して所得税を課税されたうえ、相続(遺贈および死因贈与を含む。以下同じ。)の
対象ともなり、これにつき相続税が課せられることとなる。これに対して、いちお
う退職手当金等の支給が予定されるとしても、被相続人の死亡による相続開始の際、
その支給額がまつたく定まらず、そのため被相続人について退職手当金等請求権が
発生しなかつたものについては、その後、支給額が確定されてはじめて、支給を受
ける具体的な権利が相続人等に発生することになるのであつて、その実質が被相続
人に支給されるべきであつた退職手当金等であつても、その法律関係は、退職手当
金等の支給者と相続人等との間に直接に発生するものであるから、右の被相続人に
対する退職手当金等名義の金員ないし請求権は、相続の対象となるべき財産ではあ
りえず、しかも、相続人等にとつて、もとより退職所得ではありえないから、相続
人等の一時所得として所得税の課税の対象となるのが筋道である。
 しかし、法は、相続という法律上の原因によつて財産を取得した場合でなくても、
実質上、相続によつて財産を取得したのと同視すべき関係にあるときは、これを相
続財産とみなして、所得税ではなく相続税を課することとしている。旧相続税法四
条一項四号は、その趣旨の規定の一つであり、被相続人の死亡後その支給額が確定
され、これにより相続人等が退職手当金等の支給者に対して直接に退職手当金等の
請求権を取得した場合についても、これを相続財産とみなして相続税を課すること
としたのであつて、もとより生前退職の場合を含むものと解すべく、同号の規定の
文理に照らせばもとより、また、被上告人主張の諸点を考慮しても、これをもつて
死亡退職の場合に限るものと解すべき根拠は見出し難い。
 三 相続財産とみなされるべきものの範囲について。
 以上により、被上告人主張の死亡退職の場合に限らず、生前退職の場合を含めて、
退職手当金等の支給を受けるべき被相続人が死亡した際、その支給額が客観的に未
確定であるため、具体的な退職手当金等請求権として相続の対象となるべき権利が
存しなかつた場合であつても、もともと被相続人に支給されるべくして、たまたま
同人が死亡したため相続人等に支給されることとなつた退職手当金等については、
原則として、本来の相続財産と同視されるべき実質関係にあるものというべきであ
るが、旧相続税法四条一項四号に該当するというためには、なお、次の点につき考
慮することを必要とする。
 すなわち、実質上、相続によつて財産を取得したのと同視すべき関係にあるとい
う以上、被相続人の死亡による相続開始の際、その支給額はたとえ未確定であるに
せよ、少なくとも退職金の支給されること自体は、退職手当金支給規定その他明示
または黙示の契約等により、当然に予定された場合であることを要するものという
べく、また、所得税としてではなく相続税としての課税を期待するものである以上、
相続税として課税可能な期間内に支給額が確定する場合でなければならないのは当
然である(昭和二八年法律第一六五号による改正後の相続税法三条一項二号におい
て、相続により取得したものとみなされる退職手当金等は、「被相続人の死亡後三
年以内に支給が確定したものに限る。」とするのも、被相続人の死亡による相続開
始の際、退職手当金等の支給が当然に予定され、また、その支給額がその後三年以
内に確定したものにかぎり、相続財産とみなされるとの趣旨にほかならない。)
 ところで、本件の訴外会社に限らず、一般に諸法人において、役員に対する退職
手当金等の支給は株主総会等において決議され、さらに取締役会等において支給額
が決議されるのが例であり、株主総会等の決議に先だつて退職者たる役員が死亡し
たときは、厳密には、その死亡による相続開始の際、退職手当金等の支給自体は法
律上なお未確定であるということができるが、一般に行なわれるところの慣行に照
らし、特段の事情のないかぎり、退職手当金等の支給自体は、被相続人の死亡によ
る相続開始の際、当然に予定されたところであるといつて妨げないものと考えられ
る。
 四 本件の退職慰労金について。
 原判決の確定するところによれば、上告人Aらの被相続人であるDは、昭和二二
年七月訴外会社を退職し、同年一一月一九日死亡して相続が開始したが、当時、訴
外会社は戦後不況の只中にあり、また、かねて制限会社、次いで持株会社に指定さ
れていたため、役員に対する退職手当金等の支給を含む一定の行為を禁止・制限さ
れていたこと等から、同人に対する退職手当金等の支給については、その額はもと
より、支給すること自体もなんら確定されることなく、その死亡による相続開始後
四年以上を経過した昭和二七年一月の株主総会において、はじめて亡Dに対する退
職金贈呈の件が決議され、その後、同年一一月二八日の取締役会において、同人に
対する退職慰労金名義で四五〇〇万円をその相続人三名(F、同A、同G)に支給
することが決議されたというのである。
 これによると、Dの死亡による相続開始の際、同人に対して退職手当金等の支給
されることが当然に予定されていたといいえないことが明らかであつて、本件の退
職慰労金四五〇〇万円の支給は、旧相続税法四条一項四号に該当しないものといわ
なければならない。
 原判決は、その説示するところにおいて措辞やや適切を欠く憾みがあるが、以上
に判示するところと同趣旨に出たものと認められるのであつて、その判断は結局相
当である。原判決に所論の違法はなく、諭旨は採用することができない。
 同第二点の(一)について。
 退職者が退職手当金等請求権を取得すれば、それは退職所得となり、その支給者
である法人の所得の計算上、損金に算入されるのは当然である。これに対し、退職
者が退職手当金等請求権を取得することなく死亡したときは、その相続人等が取得
するのは退職手当金等請求権それ自体ではなく、数量的にこれと内容を同じくする
請求権であつて、その所得は、相続人等にとつては、もとより退職所得ではありえ
ず、一時所得にほかならない。したがつて、本件のごとき事案において、一方、法
人がその支出した金員を退職手当金等に相当するものとして損金に算入したことを
是認し、他方、退職手当金等の支給を受けた相続人等に一時所得ありとして課税す
ることは、なんら矛盾ではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用すること
ができない。
 同第二点の(二)および同第四点の(一)について。
 論旨は違憲をも主張するが、その実質は単なる法令違背の主張にすぎない。そし
て、Hに対する退職慰労金名義の八〇万円の支給につき、所論のような事情がある
としても、それは同人の相続人に対する課税の適否の問題にすぎないから、論旨は
採用することができない。
 同第三点について。
 原判決挙示の証拠によれば、所論の点に関する原審の認定判断は相当として肯認
することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、
原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨判断を非難するものにすぎず、とうて
い採用することができない。
 同第四点の(二)(三)および同第五点について。
 諭旨は違憲をいうが、その実質は旧相続税法四条一項四号の解釈適用の誤りを主
張するにすぎない。そして、この点の主張の理由のないことは、すでに第一点につ
いて説示したとおりである。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、
裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一

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