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平成25年9月18日判決言渡
平成24年(行ケ)第10295号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成25年9月11日
判決
原告武田薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士畑郁夫
同国谷史朗
同重冨貴光
同長谷部陽平
被告特許庁長官
指定代理人内藤伸一
同天野貴子
同中島庸子
同大橋信彦
主文
1特許庁が不服2006-20940号事件について平成24年7月2日にし
た審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文第1項と同旨
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等(争いがない。)
(1)原告は,発明の名称を「医薬」とする特許第3677156号の特許(平
成10年9月4日出願(優先権主張:平成9年9月5日,日本国),平成1
7年5月13日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は24であ
る。)の特許権者である。
(2)原告は,平成17年12月16日,本件特許につき特許権の存続期間の延
長登録の出願(特許権存続期間延長登録願2005-700093号。以下
「本件出願」という。)をし,延長の理由として,原告が平成17年9月3
0日に次の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことを主張した。
ア延長登録の理由となる処分
薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認
イ処分を特定する番号(承認番号)
21700AMZ00737000
ウ処分の対象となった物
販売名パシーフカプセル30mg(一般名称:塩酸モルヒネ)
エ処分の対象となった物について特定された用途(効能・効果)
中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛
通常,成人には塩酸モルヒネとして1日30~120mgを1日1回経
口投与する。なお,年齢,症状により適宜増減する。
(3)原告は,本件出願について,平成18年8月9日付けで拒絶の査定を受け
たので,同年9月20日,拒絶査定に対する不服の審判(不服2006-2
0940号事件)を請求した。特許庁は,平成20年10月21日,「本件
審判の請求は,成り立たない。」との審決をしたが,知的財産高等裁判所は,
平成21年5月29日,上記審決を取り消す旨の判決を言い渡し,その後,
同判決は確定した。
原告は,本件出願について,平成24年1月27日付けで拒絶理由の通知
を受けたので,同年3月14日付けで意見書を提出した。特許庁は,平成2
4年7月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄
本を,同月17日,原告に送達した。
2特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,
同請求項を「本件クレーム」といい,本件クレームに記載された発明を「本件
特許発明」という。また,本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)。
「(A)薬物を含有し,最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内である速
放性組成物と,
(B)薬物を含んでなる核を,(1)水不溶性物質,(2)硫酸基を有していても
よい多糖類,ヒドロキシアルキル基またはカルボキシアルキル基を有する多糖
類,メチルセルロース,ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコールおよび
ポリエチレングリコールから選ばれる親水性物質および(3)酸性の解離基を有
しpH依存性の膨潤を示す架橋型アクリル酸重合体を含む被膜剤で被覆してな
る放出制御組成物とを組み合わせてなる医薬。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件処分の対象
となった医薬品である「パシーフカプセル30mg」(以下「本件対象医薬」
という。)は,本件特許発明の技術的範囲に属するものであると認めることが
できないから,本件出願に係る特許発明の実施に特許法67条2項に定める処
分を受けることが必要であったと認めることができない,というものである。
第3原告主張の取消事由
1取消事由1(判断の基礎となる資料の選択の誤り)について
(1)審決は,審査報告書(甲8)の7頁の(1)3行目以下の「モルヒネ(未変
化体)は,FRG投与後,速やかに吸収され(Tmax:1.04±0.4
98hr),速やかに消失した・・・」との記載を根拠として,本件対象医
薬が本件クレームの「最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内」との構成
要件を充足するとはいえないとしている。
しかし,FRGなる組成物は,本件対象医薬が含有する速放性組成物(以
下「本件速放性組成物」という。)とは異なる別の組成物であるから,FR
Gを投与した時の最高血中薬物濃度到達時間である「Tmax平均1.04
時間,標準偏差0.498時間」は,本件対象医薬又は本件速放性組成物投
与時の最高血中薬物濃度到達時間を示すものではない。
そうすると,審決は,処分の対象となった医薬(本件対象医薬及び本件速
放性組成物)とは異なる組成物(FRG)を投与したときの最高血中薬物濃
度到達時間を根拠に構成要件の充足性を否定しており,この点で結論に影響
を及ぼすことが明らかな事実誤認が存在する。したがって,審決は取消しを
免れない。
(2)特許庁における審判手続においては職権探知主義が採用されているところ,
職権探知主義の下では,審判合議体は,審判請求者等の主張に拘束されるこ
となく,実体的真実を探求することが予定されている。また,原告は,審査,
審判段階においても,本件対象医薬の使用成績を提出する等しており,特許
庁が実体的真実に合致する審決を出すことができるだけの資料を提出してい
る。したがって,原告が上記(1)の主張をして審決を取り消すよう求めるこ
とは信義則に違反するものではない。
2取消事由2(本件クレームの解釈の誤り)について
(1)審決は,本件クレームにおける「(A)薬物を含有し,最高血中薬物濃度
到達時間が約60分以内である速放性組成物」とは,必ずしも(B)の放出
制御組成物と一体の製剤に限定されるものと解されないから,本件クレーム
の「最高血中薬物濃度到達時間」は,放出制御組成物と一体となった製剤に
ついて測定された数値ではなく,速放性組成物そのものについて測定した数
値であると解するのが自然であるとの解釈をした。
(2)しかし,本件特許発明は,速放性組成物と放出制御組成物の組合せ医薬で,
速放性組成物を単独で投与することを想定していないことや,速放性組成物
を単独で投与したときの最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内であって
も,放出制御組成物と組み合わせたときに最高血中薬物濃度到達時間が約6
0分を大きく越えるような場合には,投与後速やかに有効血中濃度に達する
という本件特許発明の課題を解決できなくなることなど,本件特許発明の意
義及び特徴等に照らせば,本件クレームの「(A)薬物を含有し,最高血中
薬物濃度到達時間が約60分以内である速放性組成物」とは,速放性組成物
と放出制御組成物とを組み合わせてなる医薬における速放性組成物に係る最
高血中薬物濃度到達時間が約60分以内である速放性組成物をいうものと解
すべきであり,審決の上記解釈には誤りがある。
3取消事由3(本件対象医薬の使用成績に関する判断の誤り)について
(1)審決は,前記2(1)の解釈を前提とした上で,最高血中薬物濃度到達時間
(速放部)に関する本件対象医薬の使用成績(甲11の2における第I相単
回投与試験:CPH-003(以下「本件試験」という。)における表2.
7.6.3-3に示された成績。以下「本件使用成績」という。)である0.
705±0.188時間をもって,本件対象医薬が本件クレームの「最高血
中薬物濃度到達時間が約60分以内」との構成要件を充足する根拠とするこ
とはできないと判断している。
しかし,本件クレームは前記2(2)のとおり解釈されるべきであるので,
本件使用成績は,本件対象医薬が本件クレームの「最高血中薬物濃度到達時
間が約60分以内」との構成要件を充足する根拠となる。
(2)仮に,本件クレームの解釈につき,審決のした前記2(1)の解釈を前提と
するとしても,以下の理由により,本件速放性組成物の単独投与時の最高血
中薬物濃度到達時間が,本件使用成績0.705±0.188時間よりも遅
くなることはないので,本件対象医薬は本件クレームの「最高血中薬物濃度
到達時間が約60分以内」との構成要件を充足する。したがって,審決の判
断は誤っている。
ア本件対象医薬の放出制御組成物は,本件速放性組成物の有効成分と同じ
有効成分を被膜剤で被覆して,同有効成分の生体内への放出を制御したも
のであり,速放性組成物の有効成分の生体内への放出や吸収に影響を及ぼ
す成分を含有するものではない。また,本件技術分野における当業者の技
術常識からしても,速放性組成物が単独投与される場合には,同一有効成
分を含有する速放性組成物と徐放性組成物の組合せ医薬を投与する場合と
比較して,前者すなわち速放性組成物の単独投与における最高血中薬物濃
度到達時間がより遅くなることはあり得ない。
イ以下のとおり,本件速放性組成物を単独で投与した場合の最高血中薬物
濃度到達時間と,本件対象医薬を投与した場合の本件速放性組成物の最高
血中薬物濃度到達時間とは一致するので,本件対象医薬は,本件クレーム
の「(A)薬物を含有し,最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内であ
る速放性組成物」との構成要件を充足する。
(ア)製剤設計
本件対象医薬は,放出制御組成物から有効成分が血中へ放出され始め
るまでの時間(以下「tlagSR」という。)が,本件速放性組成物
による最高血中薬物濃度到達時間を超えて相当程度長くなるよう設計さ
れた組合せ医薬であるため,本件速放性組成物による最高血中薬物濃度
到達時間に対して放出制御組成物が影響を与えることはない。したがっ
て,本件速放性組成物を単独で投与した場合の最高血中薬物濃度到達時
間と,本件対象医薬を投与した場合の本件速放性組成物の最高血中薬物
濃度到達時間とは一致する。
(イ)解析報告書(甲17)
本件試験の実験データをデュアルアブソープションモデルにより解析
したところ,①本件速放性組成物を単独で投与した場合の最高血中薬物
濃度到達時間は0.76時間であり,60分を下回っている,及び,②
tlagSRは,本件対象医薬投与後3.47時間であり,本件速放性
組成物の最高血中薬物濃度到達時間に影響を与えない,という結果が得
られた(甲17。以下,この解析を「本件解析」と,本件解析の結果を
「本件解析結果」という。)。本件解析の手法及び本件解析結果の妥当性
について,薬学(製剤工学)の権威である千葉大学理事・副学長である
A教授(以下「A教授」という。)に意見照会したところ,いずれも合理
的かつ妥当であるとの意見が得られた(甲18,3頁)。
(ウ)定性的説明
原告は,A教授に意見照会を行った結果,本件速放性組成物の最高血
中薬物濃度到達時間に対して放出制御組成物が影響を与えることはなく,
本件速放性組成物を単独で投与した場合の最高血中薬物濃度到達時間と
本件対象医薬を投与した場合の本件速放性組成物の最高血中薬物濃度到
達時間とが一致することについて,定性的にも説明され得る旨の見解を
得た。
ウ以下の理由により,本件使用成績は信用性のないものとはいえない。
(ア)本件対象医薬につき,その製造販売承認申請の際に,本件対象医薬を
投与した場合の本件速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間(速放
部)0.705±0.188時間との結果を得た本件試験の成績等の申
請書添付資料について,独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMD
A)による適合性調査が行なわれた結果,適合性が認められるとの判断
が示され(審査報告書(甲8)23頁),それを基に,厚生労働省は,
本件対象医薬の製造販売を承認した。したがって,薬事法,「医薬品の
臨床試験の実施の基準に関する省令」(平成9年3月27日厚生省令第
28号(なお,その後の改定も含む。))等に準拠して実施された試験の
データである本件使用成績0.705±0.188時間の信用性に何ら
問題はない。
(イ)本件速放性組成物(塩酸モルヒネ)のように溶解度が高い固体製剤は,
投与後速やかに溶解し,液体製剤と同程度の速度で吸収されるから,液
体製剤と比べて最高血中薬物濃度到達時間が長くなるとはいえない。ま
して,本件速放性組成物のように,速やかな血中薬物濃度上昇を目指し
て設計された溶解度の高い固体製剤には,被告の主張するような技術常
識は当てはまらない。また,特定の医薬を投与した場合の最高血中薬物
濃度到達時間を考察・認定するに際しては,当該医薬自体の使用成績を
斟酌すべきであり,被告の主張は,本件対象医薬の最高血中薬物濃度到
達時間との関係で全く関連性を有しない証拠(乙3,4)に基づく失当
なものである。
第4被告の反論
1取消事由1(判断の基礎となる資料の選択の誤り)について
原告は,本件出願当初から審決時まで一貫して,本件速放性組成物がFRG
であることを前提とし,本件速放性組成物が本件特許発明における「(A)薬
物を含有し,最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内である速放性組成物」
との要件を満たすことを主張していたもので,審決の判断は,原告が提出した
本件出願に係る願書及び願書に添付された「延長の理由を記載した資料」(甲
2)及び意見書(乙2)に基づいて審理を行った結果である。しかも,FRG
が本件速放性組成物と同一かどうかは,専ら原告が所有し開示する資料によっ
てしか知り得ないものであり,原告は,このことを奇貨として,審判段階でF
RGが本件速放性組成物であるという真実と異なる主張をすることにより特許
権の延長登録を受けようとしたものである。したがって,取消事由1に係る原
告の主張は信義則に違反するものである。
また,仮に取消事由1の存在を理由として審決を取り消したとしても,原告
が本件速放性組成物が本件クレームの「最高血中薬物濃度到達時間が約60分
以内である速放性組成物」との要件を満たしていることを立証できない限り,
同様の結論の審決がなされることとなるところ,後記3に照らすとそのような
ことは期待できず,その間に原告は特許法67条の2第5項の規定により特許
権の存続期間の延長の利益を実質的に享受することになるので,原告の主張が
採用されるべきではない。
2取消事由2(本件クレームの解釈の誤り)について
以下の理由により,本件クレームにおける最高血中薬物濃度到達時間は,速
放性組成物を単独で投与して測定した数値と解釈すべきであり,審決の本件ク
レームの解釈に誤りはない。
(1)本件明細書に記載されたように,本件速放性組成物は注射剤や液剤の態様
も包含しているほか,本件速放性組成物と本件特許発明の放出制御組成物の
組合せについても,別々に製剤化したものを任意の投与間隔を挟んで組み合
わせて投与する態様など,速放性組成物と放出制御組成物との組合せ方につ
いて様々な態様がある。そうすると,本件特許発明の「(A)薬物を含有し,
最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内である速放性組成物」は,速放性
組成物を単独で投与した場合の最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内で
あるとするのが自然な解釈である。
(2)原告は,本件出願の審理過程(本件出願に係る願書に添付された「延長の
理由を記載した資料」(甲2)及び意見書(乙2))において,「最高血中薬物
濃度到達時間」を,速放性組成物を単独で投与した場合の数値であることを
前提とした主張をしていた。
3取消事由3(本件対象医薬の使用成績に関する判断の誤り)について
(1)特表平9-500914号公報(乙3)には,硫酸モルヒネ溶液をヒトに
単回投与した場合の最高血中薬物濃度到達時間が0.85時間であることが
記載されている。また,塩酸モルヒネを有効成分とする液体製剤である「オ
プソ内服液」の単回投与による最高血中薬物濃度到達時間は0.9±0.1
時間である(「オプソ内服液」の添付文書,乙4)。上記公報及び上記添付文
書に記載された液剤は,いずれも本件対象医薬と同じモルヒネを有効成分と
しており,その数値が近似していることから信用性が高い。これに対し,固
形製剤は溶解した後に有効成分が吸収されるから,固体製剤の最高血中薬物
濃度到達時間は,液体製剤よりも長くなるという本件技術分野における当業
者の技術常識(乙5)を考慮すると,本件対象医薬が固体製剤であるにもか
かわらず,本件使用成績が上記公報及び上記添付文書に記載された液体製剤
における最高血中薬物濃度到達時間の数値よりも短いことは,本件使用成績
自体の信用性を疑わせる。
(2)ア本件明細書には,速放性組成物を単独で投与した場合についても,速
放性組成物と放出制御組成物とを組み合わせてなる医薬を投与した場合に
ついても,最高血中薬物濃度到達時間の具体的な測定結果は記載されてい
ないから,速放性組成物を単独で投与した場合の最高血中薬物濃度到達時
間と,速放性組成物を徐放性組成物と組み合わせて同一カプセルに充てん
した医薬を投与した場合の速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間との
関係は不明であり,その関係を裏付ける証拠の提出もない。
イ製剤設計について
原告は,本件対象医薬の製剤設計に基づいて,本件対象医薬の放出制御
組成物が本件速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間に影響を与えるこ
とはない旨主張するが,それを裏付ける証拠は何ら提出されていない。
ウ本件解析について
以下のとおり,本件解析をもって,本件速放性組成物の最高血中薬物濃
度到達時間が約60分以内であるとすることはできない。
(ア)原告は,被告の求釈明にもかかわらず,本件解析の具体的な計算過程
を明らかにしておらず,本件解析結果が裏付けのあるものとはいえない。
(イ)本件解析により導き出された,本件速放性組成物を単独で投与した場
合の最高血中薬物濃度到達時間0.76時間は,本件使用成績0.70
5±0.188時間よりも長い。このことは,速放性組成物を単独で投
与する場合,同一有効成分を含有する速放性組成物と徐放性組成物の組
合せ医薬を投与する場合よりも,最高血中薬物濃度到達時間が長くなる
ことはあり得ないという,原告が主張する技術常識と矛盾する。
(ウ)原告の有する特許第3134187号公報(乙6)の請求項1に係る
発明は,表現上の微差はあるが,本件特許発明の放出制御組成物と同一
のものであり,本件対象医薬に対する処分に基づいて存続期間の延長登
録がなされている。そして,上記公報に記載された薬理データは,放出
制御組成物中の有効成分である塩酸モルヒネは投与後直ちに放出され,
血漿中濃度が直ちに上昇することを示しているところ,これは,本件対
象医薬を投与した場合,徐放性組成物からの有効成分塩酸モルヒネの血
中濃度の上昇(tlagSR)は,投与後3.47時間であるとの本件
解析結果とは明らかに整合しない。
また,パシーフカプセルのパンフレット(甲11の3)の4頁下の図
によれば,徐放部(徐放性粒)による血漿中モルヒネ濃度は投与直後か
ら上昇している。
(エ)A教授の意見書(甲18)によれば,原告の用いた解析手法は推定に
推定を重ねるものである。そうすると,その手法に一定の論理性,合理
性があるとしても,結局は推定にすぎず,実際に,前記(イ)及び(ウ)のよ
うに,原告の主張する技術常識や原告自身の行った実験結果と明らかに
整合しない解析結果をもたらしている。
エ定性的説明について
A教授の意見書(甲18)は,仮想事例について考察するものにすぎず,
これにより,本件速放性組成物や本件対象医薬の放出制御組成物について
の原告の主張が裏付けられるものではない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,判断の基礎となる資料の選択の誤り(取消事由1)及
び本件対象医薬の使用成績に関する判断の誤り(取消事由3)があり,この審
決の判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるので,審決は取消しを
免れないと判断する。その理由は以下のとおりである。
以下,枝番のある書証番号を掲記したときはいずれも枝番を含む。
1取消事由1(判断の基礎となる資料の選択の誤り)について
(1)証拠(甲11,12)によれば,本件速放性組成物には,●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●含まれていること(甲11の1,2.3-4頁の表
2.3.P.1-2),FRGには,●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●が含まれているが,●●●●●●●●●
●は含まれていないこと(甲12,2.3-26頁の表2.3.P.2-
8)がそれぞれ認められる。
以上によれば,本件速放性組成物の組成とFRGの組成とは,●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●を含有するか否かの点で異なって
いる。そして,薬剤の最高血中薬物濃度到達時間が,有効成分の含有量のみ
ならず,結合剤の含有量や種類によって影響を受けることは技術常識である
と解されるから,審決が,本件対象医薬が本件クレームの「最高血中薬物濃
度到達時間が約60分以内である速放性組成物」との要件を充足するか否か
を判断するに当たり,本件速放性組成物とは組成の異なるFRGの最高血中
薬物濃度到達時間である1.04±0.498時間を判断の基礎としたこと
は誤りであるといわざるを得ず,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすもの
である。
(2)被告は,原告が,本件出願当初から審決時まで一貫して,本件速放性組成
物がFRGであることを前提として,本件対象医薬における「速放性組成
物」が本件特許発明における「(A)薬物を含有し,最高血中薬物濃度到達
時間が約60分以内である速放性組成物」との要件を満たすことを主張して
おり,原告が取消事由1に係る主張をするのは信義則に違反するとか,仮に
取消事由1により審決を取り消したとしても,原告が,本件速放性組成物が
本件クレームの「最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内である速放性組
成物」との要件を満たしていることを立証できない限り同様の結論の審決が
なされることとなるが,その間に,原告は特許法67条の2第5項の規定に
より特許権の存続期間の延長の利益を実質的に享受することになるので,原
告の主張は採用されるべきではないなどと主張する。
確かに,被告の主張するとおり,原告は,本件出願時から審決時まで,本
件速放性組成物がFRGであることを前提として,本件対象医薬における
「速放性組成物」が本件特許発明における「(A)薬物を含有し,最高血中
薬物濃度到達時間が約60分以内である速放性組成物」との要件を満たすこ
とを主張していたことが認められる(甲2,乙2)。
しかし,FRGの最高血中薬物濃度到達時間である1.04±0.498
時間は,本件クレームに記載された60分という時間を一見して超えるもの
であり,本件クレームにおける最高血中薬物濃度到達時間である「約60分
以内」を文言上充足しないと判断される余地が十分にあるものである。加え
て,本件訴訟において,原告が本件速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時
間であると主張する0.705±0.188時間よりも大きな数値であるこ
とも併せ考えると,原告が,特許権の延長登録を得るために,あえてFRG
が本件速放性組成物であるとの真実と異なる主張をしたとは認め難く,他に
これを認めるに足りる証拠もない。
また,後記3に認定したところに照らすと,審決を取り消した場合に再度
本件出願が拒絶されることとなることが明らかであるともいえない。
そして,本件全証拠によっても,他に原告が取消事由1の主張をすること
が信義則に違反することをうかがわせるような事情は認められない。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
2取消事由2(本件クレームの解釈の誤り)について
(1)本件クレームは前記第2の2記載のとおりである。そして,本件特許発明
は組合せ医薬であるところ,本件クレームは,その文言上,(A)として記
載された速放性組成物と(B)として記載された放出制御組成物を区別し,
これらを組み合わせるものであるし,(A)の記載部分も,「最高血中薬物濃
度到達時間が約60分以内である」との部分が「速放性組成物」に掛かる形
式のものであることが文言上明らかである。
他方で,本件クレームには,「最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内
である」との要件が速放性組成物と放出制御組成物と組み合わせた場合の数
値であることを特定するような記載はない。
以上によれば,本件クレームの「最高血中薬物濃度到達時間が約60分以
内である」との記載は,速放性組成物自体が有する特性を限定したものであ
り,したがって,速放性組成物のみを投与した場合の最高血中薬物濃度到達
時間を意味するものと解釈すべきである。よって,審決の本件クレームの解
釈に誤りはない。
(2)原告は,本件特許発明は,速放性組成物と放出制御組成物の組合せ医薬で,
速放性組成物を単独で投与することを想定していないことや,速放性組成物
を単独で投与した時の最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内であっても
放出制御組成物と組み合わせたときに最高血中薬物濃度到達時間が約60分
を大きく越えるような場合には,投与後速やかに有効血中濃度に達するとい
う本件特許発明の課題を解決できなくなること等,本件特許発明の意義及び
特徴等に照らすと,本件特許発明の「最高血中薬物濃度到達時間」は,組合
せ医薬を投与した場合の速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間であると
解釈すべき旨主張する。
しかし,発明の要旨の認定解釈は,あくまで特許請求の範囲の記載に基づ
いてなされるべきである。そして,本件クレームは,その文言上,前記(1)
に認定したとおりに明確に理解できるものである。したがって,原告の上記
主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものというほかなく,採用する
ことができない。
3取消事由3(本件対象医薬の使用成績に関する判断の誤り)について
(1)証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によれば,原告が本件対象医薬の製造販
売承認申請手続において,独立行政法人医薬品医療機器総合機構に提出した
CTDには,本件試験の結果として,本件対象医薬を健康成人男子に投与し
た場合の最高血中薬物濃度到達時間(速放部)の平均値±標準偏差が,0.
705±0.188時間であったことが記載されていることが認められる
(甲11の2,2.7-149頁の表2.7.6.3-3)(本件使用成績)。
そして,前記2(1)認定のとおり,本件特許発明における「最高血中薬物
濃度到達時間」は,本件速放性組成物を単独で投与した場合の数値を意味す
るものであるところ,以下の理由により,本件速放性組成物を単独で投与し
た場合の最高血中薬物濃度到達時間が,本件使用成績0.705±0.18
8時間よりも遅くなることはないと認められるので,本件使用成績は,本件
対象医薬が本件クレームの「(A)薬物を含有し,最高血中薬物濃度到達時
間が約60分以内の速放性組成物」との要件を充足することの根拠となるも
のと認められる。
ア解析報告書(甲17)及び解析報告書(補足)(甲19)には,原告が
本件試験の実験データをデュアルアブソープションモデルで解析したとこ
ろ(本件解析),(ア)本件速放性組成物のみを投与した場合の最高血中薬物
濃度到達時間が0.76時間と算出されたこと,(イ)本件対象医薬を投与
した場合,徐放性組成物からの有効成分塩酸モルヒネの血中濃度の上昇
(tlagSR)は,投与後3.47時間から始まると算出され,本件速
放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間に影響を与えていないことが記載
されている(本件解析結果)。そして,本件解析は,汎用されている薬物
動態解析ソフトを使用して行われたもので(甲17~19,25),その
手法に特段不合理な点は見受けられない。しかも,薬学(製剤工学)に関
する専門家であるA教授も,本件解析の手法や本件解析結果につき,現在
入手可能かつ信頼できるソフトウエアを用いて合理的な方法により解析さ
れたものと認められる旨の意見を述べている(甲18)。さらに,本件証
拠上,他に本件解析結果の信用性を疑わせるような事情もうかがわれない
ことも併せ考えると,本件解析結果は信用することができる。
そして,本件解析結果における本件速放性組成物のみを投与した場合の
最高血中薬物濃度到達時間0.76時間は,約60分以内であることが明
らかである。のみならず,これは本件使用成績0.705±0.188時
間とほぼ符合するものであり,本件使用成績の値が本件対象医薬に含まれ
る放出制御組成物の影響を受けていないことを裏付けるものといえる。
イ本件対象医薬パシーフカプセルのパンフレット(甲11の3)には,本
件対象医薬の放出制御組成物(徐放性粒)は,本件速放性組成物(速放性
粒)を更に放出制御膜で被覆することにより,pH依存性の放出を示し,
消化管上部に比較して水分の少ない消化管下部(主に小腸を指すものと解
される。)でも,連続的かつ適切な速度で有効成分である塩酸モルヒネを
放出するようにしたものであることが記載されている。この記載に照らす
と,本件対象医薬の放出制御組成物は,徐放のための放出制御膜を有する
点でのみ本件速放性組成物と異なるにすぎず,本件速放性組成物と併せて
投与したときに,本件速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間を長くす
ることはあっても,短くする作用を有するとは考え難い。そうすると,本
件速放性組成物のみを投与した場合の最高血中薬物濃度到達時間が,本件
対象医薬を投与した場合の本件速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間
0.705±0.188時間よりも,短くなることはあっても,長くなる
ことは考え難い。
ウA教授は,本件速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間に対して放出
制御組成物が影響を与えることはなく,本件速放性組成物を単独で投与し
た場合の最高血中薬物濃度到達時間と本件対象医薬を投与した場合の本件
速放性組成物の最高血中薬物濃度到達時間とが一致することについて,定
性的にも説明され得る旨の意見を述べているところ(甲18),A教授は
薬学の分野における専門家であり,意見の内容も具体的にその論拠を挙げ
つつ結論を述べるものであり,特段不合理な点も見受けられない。
よって,本件使用成績を本件対象医薬が本件クレームの「(A)薬物を含
有し,最高血中薬物濃度到達時間が約60分以内の速放性組成物」を充足す
ることの根拠とすることはできないとした審決の判断には誤りがあるといわ
ざるを得ず,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
(2)被告の主張について
ア被告は,特表平9-500914号公報(乙3)には,硫酸モルヒネ溶
液をヒトに単回投与した場合の最高血中薬物濃度到達時間が0.85時間
であることが記載されているほか,「オプソ内服液」の添付文書(乙4)
には,塩酸モルヒネを有効成分とする液体製剤である「オプソ内服液」の
単回投与による最高血中薬物濃度到達時間は0.9±0.1時間であるこ
とが記載され,さらに,固形製剤は溶解した後に有効成分が吸収されるか
ら,固体製剤の最高血中薬物濃度到達時間は,液体製剤よりも長くなると
いう本件技術分野における当業者の技術常識(乙5)に照らすと,固体製
剤である本件対象医薬の最高血中薬物濃度到達時間(0.705±0.1
88時間)が上記公報及び上記添付文書に記載された液体製剤の数値より
も短いことは,その数値自体の信用性を疑わせる旨主張する。
しかし,薬剤の最高血中薬物濃度到達時間は,有効成分の種類や含有量
のみならず,その薬剤に含まれるその他の成分の種類や含有量によって影
響を受けることが技術常識であると解されるところ,特表平9-5009
14号公報(乙3)には,一用量当たり30㎎の硫酸モルヒネを含むよう
に溶液を投与した旨の記載があるにとどまるほか,「オプソ内服液」の添
付文書(乙4)にも,液体製剤のモルヒネ塩酸塩水和物10㎎を含むモル
ヒネ水溶物を投与した旨の記載があるにとどまり,各薬剤のその余の組成
については何ら記載がない。そうすると,上記各薬剤について,本件対象
医薬と組成が同一かどうかは判然とせず,これらの各薬剤の最高血中薬物
濃度到達時間の値のみをもって直ちに,本件対象医薬の最高血中薬物濃度
到達時間の数値(0.705±0.188時間)の信用性が欠けるものと
いうことはできない。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
イ被告は,本件解析に基づく原告の主張が失当である旨種々主張するが,
以下の理由により,被告の上記主張を採用することはできない。
(ア)被告は,原告が被告の求釈明にもかかわらず,本件解析の具体的な計
算過程を明らかにしていないので,本件解析結果が裏付けのあるものと
はいえない旨主張する。
しかし,原告は,本件解析に用いたデュアルアブソープションモデ
ル,汎用薬物動態解析ソフトの名称等(WinNonlin(Pharsight社),甲
25)や同ソフトで使用した計算式,及び本件解析に使用したデータの
数値を開示している(平成25年3月1日付け釈明書,甲19)。そし
て,本件解析の具体的な計算は上記解析ソフトによって行われていると
ころ,上記解析ソフトは,相当の期間にわたり,当該技術分野において
一般的に広く利用され,相応の信用を得ていることがうかがわれ(甲1
7~19,25),特にその計算能力等,計算結果の信用性を疑わせる
ような事情もうかがわれない。
そうすると,原告が本件解析の具体的な計算過程を開示していないこ
とをもって,本件解析結果が信用性を有しないものということはでき
ず,被告の上記主張を採用することはできない。
(イ)被告は,本件解析により導き出された本件速放性組成物を単独で投与
した場合の最高血中薬物濃度到達時間0.76時間は,本件使用成績
0.705±0.188時間よりも長く,速放性組成物を単独で投与す
る場合,同一有効成分を含有する速放性組成物と徐放性組成物の組合せ
医薬を投与する場合よりも最高血中薬物濃度到達時間が長くなることは
あり得ないという,原告が主張する技術常識と矛盾する旨主張する。
しかし,統計学上,試験により得られたデータをどのように解析に用
いるかによって算出される解析結果が異なるところ,本件解析では,本
件対象医薬投与時の血中薬物濃度値の推移の解析により推定するという
目的から,各被験者の採血時点ごとの血中薬物濃度値が平均値算出の根
拠とされているのに対し(甲17,19),本件使用成績は,治験実施
計画書にあらかじめ規定した採血時間での濃度(実測値)のうち,各被
験者について観察された速放部に由来する最高血中薬物濃度到達時間の
算術平均値として得られたものである(甲8,11,弁論の全趣旨)。
使用されたデータにつき以上のような違いが存在する以上,本件解析
結果における最高血中薬物濃度到達時間0.76時間が,本件使用成績
0.705±0.188時間よりも長いからといって直ちに,本件解析
結果が技術常識と矛盾するものということはできない。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
(ウ)被告は,原告の有する特許第3134187号公報(乙6)の請求項
1に係る発明が本件特許発明の放出制御組成物と同一のものであり,上
記特許は,本件処分に基づき存続期間の延長登録がなされているとこ
ろ,上記公報に記載された薬理データは,放出制御組成物中の有効成分
である塩酸モルヒネは投与後直ちに放出され,血漿中濃度が直ちに上昇
することを示しており,本件対象医薬を投与した場合,徐放性組成物か
らの有効成分塩酸モルヒネの血中濃度の上昇(tlagSR)が投与後
3.47時間であるとの本件解析結果と整合しないとか,本件解析結果
は,パーシフカプセルパンフレット(甲11の3)の4頁下の図によれ
ば,徐放部(徐放性粒)による血漿中モルヒネ濃度は投与直後から上昇
していることと整合しない旨主張する。
確かに,上記公報(乙6)の請求項1に記載された放出制御組成物
は,表現上の微差はあるものの,その文言上は本件特許発明の放出制御
組成物と同一のものであり,上記特許は,本件処分に基づいて存続期間
の延長登録がなされている(乙7)。そして,上記公報には,上記特許
に係る薬剤の溶出試験(実験例1,2)の結果が図1,2に,ビーグル
犬に投与した場合(実験例3)の血漿中濃度推移が図3に記載されてお
り,これらからは,上記薬剤の有効成分である塩酸モルヒネが投与後直
ちに放出され,血漿中濃度が直ちに上昇することを読み取ることもでき
る。
しかし,上記各実験で用いられた薬剤の組成(乙6【0027】~
【0029】)は,本件対象医薬中の放出制御組成物の組成(甲23)
と,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●を含むか否かの点で異なっている。そして,薬剤の最高血中薬
物濃度到達時間が,有効成分の種類や含有量のみならず,その薬剤に含
まれるその他の成分の種類や含有量によって異なることに照らすと,上
記公報に記載された薬理データと本件解析結果が整合しないことは,本
件解析結果の信用性に影響を及ぼすものではないものというべきであ
る。
また,パシーフカプセルのパンフレット(甲11の3)の4頁下の図
からは徐放部(徐放性粒)による血漿中モルヒネ濃度が投与直後から上
昇していることが読み取れるものの,同図が「パシーフカプセルの血漿
中モルヒネ濃度推移イメージ図」とされていることに照らしても,同図
が実際の放出制御組成物から放出される塩酸モルヒネの血漿中濃度の上
昇を正確に表しているものとは認められない。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
(エ)被告は,A教授の意見書によれば,原告の用いた解析手法は推定に推
定を重ねるもので,その手法に一定の論理性,合理性があるとしても,
結局は推定にすぎず,実際に,原告の主張する技術常識や原告自身の行
った実験結果と明らかに整合しない解析結果をもたらしているなどと主
張する。
確かに,A教授の意見書によれば,本件解析においては,本件解析結
果を導き出すに当たり,速放部と徐放部との組合せ製剤を投与して得た
血中薬物濃度推移曲線から速放部と徐放部の吸収速度定数や消失速度定
数などの薬物動態学的パラメーター値を推定し,速放部のみを投与した
場合の血中薬物濃度の推移を推定することが行われていることが認めら
れる。しかし,同時に,A教授は,上記の推定の方法や過程が妥当なも
ので,解析も合理的な方法により行われたものである旨述べているほ
か,解析結果も実測値(平均値)をよく反映していることも本件解析結
果の妥当性を示す根拠として挙げているのであるから,上記のとおり本
件解析に用いられた数値等に推定が含まれることのみをもって直ちに,
本件解析結果が信用性を有しないものということはできない。そして,
本件解析結果が原告の主張する技術常識や原告自身の行った実験結果と
整合しないとはいえないことは,前記(ア)~(ウ)認定のとおりである。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
ウ被告は,A教授の意見書における定性的説明は,仮想事例について考察
するものにすぎず,これにより,本件対象医薬の速放性組成物や放出制御
組成物についての原告の主張が裏付けられるものではない旨主張する。
確かに,A教授の意見書における定性的説明の部分中には,例えとして
仮想事例に基づいて説明した部分はあるものの,上記意見書全体の記載内
容に照らせば,上記部分はあくまで例えにすぎず,上記意見書の定性的説
明の部分自体は「初期の迅速な血中薬物濃度上昇方法」と「徐放部からの
薬物溶出制御方法」の二つを有する製剤全般を対象としてその性質を説明
したものであることが明らかである。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由1及び3には理由があり,審決には取り
消すべき違法がある。よって,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決す
る。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官設樂一
裁判官西理香
裁判官神谷厚毅

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