弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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     主      文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 1 主位的請求
   被告は原告に対し,1億4845万8922円及びこれに対する平成11年
3月9日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
 2 予備的請求
   被告は,原告に対し,2800万円及びこれに対する平成5年7月15日か
ら支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,被告従業員であった原告が,被告に対して,①被告が原告を過重な
業務に従事させたため,原告が脳内出血を発症し,右半身麻痺等の後遺障害が残っ
たとして債務不履行(安全配慮義務違反ないし安全保護義務違反)に基づく損害賠
償を請求し(主位的請求),また,②原告の上記脳内出血は,業務に起因するもの
であるとして,被告の災害補償規程に基づく重症障害見舞金の支払を請求する(予
備的請求)事案である。
 1 争いのない事実等(特に証拠を掲げたもの以外は,当事者間に争いがな
い。)
(1) 当事者
 ア 被告は,鉄鋼,各種機械装置・器具等の製造・加工・販売等を業とする株式
会社である。
 イ 原告(昭和12年7月8日生)は,昭和35年5月7日,被告に入社し,昭
和41年より鍛造部鍛造課に配属され,昭和46年5月から班長となった。昭和5
3年に鍛造部第1鍛造課所属となり,翌年5月から同課第2作業係組長,昭和59
年5月からは同課第2作業係作業長として自動車部品等の製造,現場監督等の業務
に従事してきた(以下,被告鍛造部第1鍛造課第2作業係を「本件職場」とい
う。)。 
(2) 原告の脳内出血発症と後遺障害
 ア 原告は平成元年5月5日午後4時45分ころ,被告鍛造工場西南出入口でし
ゃがみ込んで意識もうろう状態になっているところを発見され,半田市立半田病院
において脳内出血と診断された(以下「本件脳内出血」という。)。
 イ 原告は,本件脳内出血により,右半身麻痺及び言語障害の後遺障害を負った
(言語障害の後遺障害を負ったことにつき,甲1・144頁)。
(3) 脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓
疾患」という。)の労働基準監督署における認定基準の内容(甲41の1・2)
 ア 厚生労働省労働基準局長は,平成13年12月12日付けの通達(基発第1
063号)で,従前,平成7年2月1日付け基発第38号及び平成8年1月22日
付け基発第30号の各通達に従って取り扱われていた脳・心臓疾患の認定基準を改
めた。
   これを受けて,厚生労働省労働基準局労災補償部補償課長は,平成13年1
2月12日付けで,基労補発第31号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起
因するものを除く。)の認定基準の運用上の留意点等について」を発した(以下,
これらを一括して「新認定基準」という。)。
 イ 新認定基準の概要は,以下のとおりである。
(ア) 脳・心臓疾患は,通常,その発症の基礎となる疾病が自然的経過の中で増悪
し,発症に至るが,業務による明らかな過重負荷が加わることにより,上記基礎疾
病が自然的経過を超えて著しく増悪した場合は,業務が相対的に有力な原因である
と判断し,業務起因性が認められる。そして,業務の過重性の判断に当たっては,
発症に近接した時期における負荷のほか,長期間にわたる疲労の蓄積も考慮する。
(イ) 認定要件としては,①発症直前から前日までの間において,異常な出来事に
遭遇したこと,②発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと,
③発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労
したことのいずれかに該当することが必要とされている。
(ウ)a 業務の過重性の判断について,上記(イ)②については,発症前おおむね1
週間に,日常業務(所定労働時間内の所定業務)に比して特に過重な身体的,精神
的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務か否かを,労働時間,勤務の不規則
性,拘束時間の長短,出張の多少,交替制勤務・深夜勤務の有無,作業環境,精神
的緊張の有無等を負荷要因として考慮して,同僚労働者又は同種労働者にとっても
特に過重なものと認められるか否かという観点から,客観的かつ総合的に判断する
とされている。
 b また,前記(イ)③については,発症前おおむね6か月間の業務につき,上記
aとおおむね同様の判断基準をとることとされているが,特に労働時間につき,
(a)発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を
超える時間外労働(1週40時間を超える労働をいう。以下同じ。)が認められな
い場合には,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労
働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる,(b)
発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたっ
て,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務
と発症との関連性が強いと評価できるとされている。
   ただし,上記(a),(b)のような時間外労働に就労した場合であっても,就
労実態に即して,労働密度が特に低いと認められる場合には,直ちに業務と発症の
関連性が強いと評価することは適切ではないとされている。
さらには,休日のない連続勤務が長く続くほど発症との関連性をより強め,逆に,
休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すとされてい
る。
c 上記aにおいて負荷要因とされている交替制勤務,深夜勤務は,直接的に脳・
心臓疾患の発症の大きな要因になるものではないとされ,交替制勤務が日常業務と
してスケジュールどおり実施されている場合や日常業務が深夜時間帯である場合に
受ける負荷は,日常生活で受ける負荷の範囲内と評価される。
(エ) 脳・心臓疾患は,主に加齢や高血圧,飲酒,喫煙,高脂血症,肥満,糖尿病
等のリスクファクターの関与が考えられることから,業務起因性の判断において
は,上記リスクファクター及び基礎疾患の状態等を検討する必要があるが,前記
(イ),(ウ)の要件に該当する場合には,明らかに業務以外の原因により発症したと
認められる場合等の特段の事情のない限り,業務起因性が認められる。
(4) 本件訴訟に至る経緯
 ア 原告は,半田労働基準監督署長に対し,本件脳内出血に関する治療費及び障
害について,労働者災害補償保険法による補償給付申請をなしたが,平成5年4月
22日付け及び同年12月20日付けをもって,その給付をしない旨の処分がなさ
れた(甲1・643頁以下)。
 イ 原告は,上記処分に対して審査請求,再審査請求をなしたが,それぞれ平成
8年2月28日付け及び平成10年10月30日付けでいずれも棄却された。原告
は,上記処分につき取消訴訟を提起せず,上記処分は確定した。
(5) 被告における災害補償規程の内容(甲37)
  被告における災害補償規程第1条は,「この規程は社員が業務上負傷し,また
は疾病にかかりあるいは死亡した場合,労働者災害補償保険法(以下「労災法」と
いう)もしくはその他の法令に基づく補償給付とは別に,会社が行う災害補償につ
いて定める。」と規定し,同規程第5条は,「社員が労災法で認定された障害等級
3級以上の障害を残し,その障害に起因して退職する場合は,重症障害見舞金とし
て2,800万円を支給する。」と規定している。
 2 争点
 本件においては,主位的請求につき,(1)原告の従事していた業務と本件脳内出血
との間の因果関係の存否,(2)被告が原告の身体,健康を保護するために負う義務の
内容及び同義務違反(債務不履行)の存否,(3)原告に生じた損害が主たる争点とな
っており,予備的請求につき,(4)被告は,原告に対し,被告の災害補償規程に基づ
く重症障害見舞金の支払義務を負うかが主たる争点となっている。
 3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(原告の従事していた業務と本件脳内出血との間の因果関係の存否)
について
 (原告の主張)
 ア 業務の過重性
 (ア) 恒常的な長時間労働
 a 被告における所定労働時間は,昼勤が午前8時より午後5時までの拘束9時
間・実労働8時間,夜勤は午後10時より午前7時までの拘束9時間・実労働8時
間であったが,被告では,深夜勤務を含む2組2交替勤務で24時間の連続操業を
しており(被告従業員は,1週間ごとに昼勤,夜勤を交代していた。),実際の勤
務時間は,昼勤者は午前8時から午後8時まで(午後5時から午後8時までの残業
を含む。),夜勤者は午後8時から翌日午前8時まで(午後8時から午後10時ま
で及び翌日午前7時から午前8時までの残業を含む。)であった。したがって,昼
勤者も夜勤者も,少なくとも1日3時間の恒常的な時間外労働をしていた。
   原告は,被告に入社以来,昼夜交替勤務に従事してきたところ,本件職場で
は,昼勤は午前7時から午後8時までの勤務となっており,毎日4時間の時間外労
働が常態化していた上,朝の早出1時間(午前7時から午前8時まで)はサービス
労働となっていた。また,夜勤は,上記のとおり,午後8時より午前8時までの勤
務となり,毎日3時間の時間外労働が常態化していた。
 b 上記のように長時間労働が日常化する中で,原告は,これよりもさらに長時
間の労働に従事していた。すなわち,原告は,本件職場まで乗用車で約10分の至
近距離に居住していたが,昼勤の場合,遅くとも午前5時30分ころ自宅を出発し
て,午前6時前に出社し(午前5時に出社することもあった。),帰宅するのは午
後9時30分から午後10時30分ころの間であった。夜勤の場合には,午後7時
30分ころ自宅を出て,翌日の午後零時30分ころに帰宅していた。
   新認定基準においては,前記1(3)イ(ウ)bのとおり,発症前1か月間におお
むね100時間を超える時間外労働が認められる場合及び発症前2か月ないし6か
月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる
場合は,業務と発症との因果関係が強いと判断され,発症前1か月間ないし6か月
間にわたって1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場
合は,業務と発症との関連性は弱く,1か月当たりおおむね45時間を超えて時間
外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まるとされている
が,実際には,原告の発症前6か月間の時間外労働時間は,別表1記載のとおりで
あり,時間外労働時間数は1か月当たり100時間をはるかに超えるものである。
 c このような長時間労働は,後記(イ)の休日出勤と相まって,業務による疲労
度を加速度的に高めるとともに,疲労を回復する休息時間を奪うこととなり,疲労
を蓄積させた。
 d なお,被告は,被告における勤務記録表を基に原告の時間外労働時間数を算
出しているが,勤務記録表は,前記a記載の3時間の時間外労働すら正確に反映し
ていないもので,また,設備負荷率(所定労働時間内の操業での生産量を100パ
ーセントとして,当該月の生産量を百分率で表したもの。以下同じ。)の推移とも
矛盾するものであり,勤務記録表を基に時間外労働時間数を算出するのは誤りであ
る。
    (イ) 休日出勤について
  原告は,毎週土曜日はほとんど出勤しており,休日出勤は毎月四,五日あっ
た。そして,被告における休日出勤には,代休を取得するもの(代廻という。)
と,代休を取得しないものがあったが,実際には,休日出勤のほとんどが代休を取
得できないものであった。
なお,勤務記録表記載の休日出勤日数は,(ア)d記載のとおり,信用できない。
 (ウ) 深夜交替勤務の有害性
  原告は,前記のとおり,1週間交代の深夜勤務を含む長時間労働に従事してい
たものであるが,深夜勤務は,人間の身体活動が高揚する昼間に睡眠をとり,身体
活動が鎮静化する夜間に働くという反生理的な労働である上,昼間の睡眠は眠りが
浅く,夜勤勤務の疲労を回復することができず,疲労を蓄積させ,多くの疾病状態
を生ずる原因となるものである。
  特に,原告が従事していた昼夜交替勤務は,恒常的な時間外労働を前提とし
て,2組で苛酷な深夜勤務に従事するもので,4組3交替(予備直有り),3組3
交替(予備直なし)などの他の昼夜交替勤務体制と比べて深夜勤務に従事する頻度
も高いものであった。
  (エ) 仕掛業務の具体的内容と身体的・精神的ストレス
 a 仕掛業務の具体的内容
  (a) 本件職場ではトヨタ自動車株式会社のカンバン方式を取り入れている。
カンバン方式とは,極力,在庫を置かない方式であり(被告の場合は,1.5日分
の在庫がある製品もあったが,1日分の在庫もない製品もあった。),ある製品の
製造が必要とされると,その都度工場内の機械の型等を組み替え,注文された製
品・部品を作るために型の手配,型の組付け,材料の手配等を要する。これが仕掛
業務である。 
 (b) 仕掛業務は,業務の性質上,始業前から開始しなければならず,作業長
は,作業開始に先立って各工程の在庫を確認した上,カンバンの数量に不足が生じ
ないか確認作業をして,絶えず品目に不足がないか気を付けていなければならなか
った。
 b 仕掛業務の精神的ストレス
 前記の長時間労働による身体的ストレスに加え,仕掛業務は,ミスを犯せば生産
に大きな影響を与えるものであり,原告に大きな精神的ストレスをもたらしたもの
である。とりわけ原告が担当していた主な製品(4品番)のうち「チビヨーク」と
呼ばれる製品(正式名称は「ステアリングヨーク」である。以下「チビヨーク」と
いう。)は月産70万個であり,納期の面で遅れが多発していた。
 しかも,チビヨークの生産責任者は,工務課長であったが,現実には現場監督者
が早出,残業等で,在庫調査,生産調整を行っていた。加えて,鍛造プレスとその
附帯設備の故障が頻発していたことからしても,納期の遅れの多発は原告にとって
大きな精神的なストレスとなっていたものと考えられる。
 現に,原告が本件脳内出血を発症した翌日である平成元年5月6日,チビヨーク
が出荷予定であったところ,原告は,後述のPM活動に従事していた間も,自宅で
「チビヨークがない,チビヨークがない。」とこぼしており,当時,かなりの精神
的ストレスが生じていたものである。
 被告では,前記のとおり恒常的に時間外労働が続いていたのであり,このような
余裕のない生産体制のもとにおいて,原告は著しい精神的ストレスを受けてきたも
のである。
 (オ) 品質管理の強化による労働負担
  a 被告では,昭和58年より全社的品質管理(TQC)の再導入が決定さ
れ,特に第1鍛造課においては,昭和61年の後半からデミング賞の受賞に向け
て,製品の品質の向上,生産性の向上,原価の低減をねらいとして実施された。そ
のために原告の業務も多忙を極め,時間外労働,労働密度が増加する要因となって
いた。
  b そして,作業長は安全会議の資料,生産会議の資料等の文書を作成するこ
とが多いが,これらの文書作成は休日出勤時や所定労働時間外に遂行せざるを得な
い状況にあった。
  c 平成元年に入り,被告では,品質管理の特別賞であるPM(正確には「T
PM(TotalProductiveMaintenanceの略で,設備の維持管理に関する活動をいう
ものである。)」であるが,以下,「PM」という。)特別賞の受賞を目指す計画
が打ち出された(以下,PM特別賞の受賞を目指す活動を「PM活動」とい
う。)。これは,設備の故障をいかに少なくして生産のノルマを上げるかというこ
とで,一つのモデルラインを作って設備の不具合箇所をチェックして,それを改善
しようとするものであるが,通常の日は生産を重視していて,改善作業の暇がない
ため休日にやらざるを得ないこととなっていた。原告が本件脳内出血を発症した平
成元年5月5日も,PM活動に向けての準備のために休日出勤したものであった。
d 全社的品質管理(TQC)においては,人材育成・従業員教育が重視されてい
るところ,昭和62年1月から平成元年4月までの間の原告が支給を受けた教育手
当の金額は別表2記載のとおりである。
被告の教育手当支給水準によれば,教育手当には,時間給が支給される場合と一律
300円が支給される場合とがある。原告に対する教育手当の内訳は不明で,教育
時間を正確に算出することはできないものの,デミング賞の審査の直前である昭和
62年5月ないし同年8月が徹夜勤務の繰り返しなど異常な事態であったことは,
別表2記載の支給実績からしても明らかである。
  e 上記のような本件職場における品質管理の運動は,原告の身体的・精神的
ストレスを高める大きな要因となっていた。
 (カ) PM活動業務の内容等
  a 平成元年4月29日からは,被告のPM活動計画に基づき,社員は,通常
の業務と異なるPM活動業務に従事することとなった。
 原告は,同年4月29日から同年5月1日までは休日で,同月2日から同月5日
までPM活動業務に従事することとなった。
b 就労時間
   平成元年5月2日から同月4日までの原告の就労時間は,いずれもおよそ1
4時間に及ぶ。
 c PM活動業務の過重性
   原告が平成元年5月2日から同月5日まで従事したPM活動業務について,
A課長(当時)は,原告の作業長としての日程的な切迫感の存在を述べ,また,B
組長(当時)は,筋肉の張りなどの肉体的負担について述べている。
 特に,原告が従事した作業内容のうち,後述の鉄板入れ替えのための鉄板の運
搬・溶断,材木の運搬・切断作業は,血圧を急激に上昇させ,脳内出血発症の引き
がねとなるものとして,注目されるべきである。
   d 本件脳内出血発症当日の業務
    (a) 本件脳内出血発症当日である平成元年5月5日,原告は通常どおり
遅くとも午前5時には出社した。
  PM活動には日本プラントメンテナンス協会の指導員が指導に訪れ,これには
被告の役員も同席する予定であったところ,出勤時,原告は「明日は社長巡視だか
ら今晩は帰れないと思う。」と妻に話していた。このことからも,同日の業務内容
が多く,多忙を極めていたことがうかがわれる。社長巡視については当時の原告の
手帳にも記載されており,原告が社長巡視について神経を使っていたことは明らか
である。
   (b) 発症当日従事した業務の内容等
    ① 枕木の切断作業
      原告は,本件脳内出血発症当日,前日に引き続いて鉄板の溶接,切断
及び枕木切断作業に従事した。
  原告らがのこぎりで切断した材木は,米マツあるいはラワンであり,のこぎり
による切断が容易でなかったものである。その重量は,20ないし30キログラム
に及ぶものであった。発症当日,原告はほとんど一人で作業しており,枕木切断作
業も一人で行っていたものと考えられる。
  のこぎりによる枕木切断作業は非常に強度の作業であり,血圧上昇をじゃっ起
し,脳内出血を発症させる負荷となるものである。
  ② また,本件脳内出血発症当日,原告は,枕木の運搬や鉄板のガス溶断,電
気溶接といった作業にも従事したが,枕木運搬といった重量物運搬作業は血圧に影
響を与えるものであり,ガス溶断,電気溶接など静的筋収縮を伴う作業も血圧を上
昇させるものである。
  ③ 本件脳内出血発症当日に行われた上記のような作業は,いずれも原告の高
血圧症を増悪させ,脳内出血発症の誘因となったと考えるべきである。
   イ 過重負荷の判断基準について
(ア) 原告は,本件訴訟提起前,本件脳内出血について労災申請をしているが,こ
の労災認定手続において,業務起因性が否定されている。
労災認定手続においては,同種・同僚労働者等の平均人を基準として過重負荷の有
無を判断している。しかし,過重負荷の有無を判断するに当たっては,平均人を基
準とするのではなく,被災者本人にとって過重なものであるか否かを判断すべきで
ある。
また,日常の業務と比較して過重か否かが論じられることがあるが,本件において
は,通常の日常業務自体が過重なものであるから,日常業務に比較して過重か否か
を論ずべきではない。
  (イ) 仮に,同僚との比較で過重負荷を論ずるとしても,原告の脳内出血発症
直前である平成元年4月1日ないし同年5月5日までの原告の時間外労働時間は,
反対番の作業長であるC(当時。以下「C作業長」という。)の時間外労働時間を
はるかに上回り,過重なものであった。
    また,仮に日常業務を基準とするとしても,被告も認めるとおり,原告が
脳内出血を発症した直前である平成元年4月は設備負荷率が163パーセントの高
負荷の状態であったことや,原告の部下であったB組長が,原告が倒れる直前の状
態について,「イライラしている」,「疲れている」などと感じた旨述べているこ
と,被告自身が「昭和63年半ば以降チビヨークの注文が増加し設備負荷率も高く
なり,社内在庫を見ながら仕掛の優先順位を決めておりました。特に倒れる前月の
4月は設備負荷率は163パーセントの高負荷の状態でした。このころイライラし
ている感じはあったかも知れません」と労働基準監督官に回答していることなどか
らすると,原告は,本件脳内出血の発症前は日常業務に比しても,身体的にも精神
的にも過重な負担を
負っていたことは明らかというべきである。
 ウ 過重労働と脳内出血との因果関係
 (ア) 高血圧症の推移と原告の治療経過
 a 原告は昭和54年4月1日に組長に任用されており,そのころから高血圧症
を発症していた。被告における健康診断個人票の記録によれば,昭和56年5月2
2日から昭和63年10月25日までに行われた各検査における原告の血圧値の推
移は,昭和62年5月26日実施の健康診断における拡張期血圧値を除き,別表3
「収縮期血圧値」,「拡張期血圧値」各欄記載のとおりである(昭和62年5月2
6日実施の健康診断における拡張期血圧値は,125mmHgである。)。
 b(a) 原告の血圧値からみる限り,原告は昭和54年ころより高血圧の要観察
であったが,直ちに継続的に降圧剤を服用して治療を要する病状ではなかったもの
と推認される。高血圧が増悪した場合には,通常,腎臓,心臓等に動脈硬化の症状
が現れるが,原告の定期健康診断の結果をみても,尿検査記録,心電図検査記録で
も異常はなかった。
    原告は昭和60年5月24日から同年7月31日までの間,F外科に通院
し,降圧剤としてベンゾキシンの投与を受けているものの,昭和62年9月4日に
原告が大同病院で受診した際の収縮期血圧値は160,拡張期血圧値は100であ
るが,降圧剤の投与は受けていない。同年9月11日に再度受診した際の収縮期血
圧値は150,拡張期血圧値は94であったが,その際には,食事療法で1ないし
2か月様子をみることとされた。すなわち,原告は高血圧症ではあったものの,直
ちに降圧剤を服用して治療を要するような病状とは診断されていなかったのであ
る。
(b) 昭和63年2月19日には,原告は胸部不快感を訴えて,大同病院を受診し
ているが,これは,当時の業務による過重な負担に起因するものと考えられる。
(c) 原告の高血圧症は,前記の長時間労働と深夜交替勤務による疲労の蓄積,カ
ンバン方式の生産体制の下での仕掛業務等による持続的な精神的緊張・ストレスに
より発症,増悪したものである。
そして,前記のとおり,原告は,発症前6か月間において,100時間をはるかに
超える時間外労働に従事し,また,人体に悪影響を及ぼす昼夜交替勤務に継続的に
従事し,作業長としての責任からくる精神的ストレスを受けていたものである。そ
して,発症当日には,日常の業務とは異なるPM活動業務に従事していたものであ
るが,前記の枕木の運搬,切断,鉄板等の運搬,切断(ガス溶断),電気溶接等,
血圧を上昇させる業務に従事した。これらのPM活動業務が,本件脳内出血発症の
引き金となった可能性が大きいのである。
   c 新認定基準の考え方に基づいて,原告が脳内出血を発症した日を起点と
して1か月ごとに計算した時間外労働時間数は,別表4記載のとおりであり,原告
の時間外労働時間数は100時間をはるかに超えて,最も多いときは165時間に
達している。新認定基準の80時間の2倍を超えるものである。しかも,原告は発
症前6か月間にわたって時間外労働時間数100時間をはるかに超える長時間労働
に6か月間連続して従事していたものであり,長期間にわたる疲労の蓄積は明らか
である。
また,原告は,新認定基準において負荷要因として検討対象とされている拘束時間
の長い勤務,交替勤務・深夜勤務,精神的緊張を伴う業務のいずれにも該当する業
務に従事していたのであり,新認定基準に照らしても,業務と本件脳内出血との間
には相当因果関係があるというべきである。
 (被告の主張)
   ア 本件職場の業務内容,人員配置,勤務形態等
 (ア) 本件職場は,トヨタ自動車株式会社向けの自動車部品(半製品)たる鍛造
品の製造を主要業務とする職場であり,15ラインを有し,1日に100トン前後
の製品を出荷していた。本件職場には安藤義一係長の下に二人の作業長(原告とC
作業長)が配置され,その下に組長,班長,一般職員(班員)が配置されていた。
(イ) 作業長の担当業務内容は,①上記15ラインの作業の進行管理(「仕掛業
務」と呼ばれている。),②部下の作業の安全管理,労務管理,③1日の生産部品
数の確認及び実績記録,④部品の在庫管理,⑤係内の二つの組のなす業務について
の指揮・監督,⑥その他作業長としての業務であった。作業長は,生産ラインにつ
いて製品製造業務に従事することはない。
組長の担当業務内容は,作業長の指示の下に組の業務を管理監督することであるが
(日常の作業管理は組長の業務となっているのが実態であった。),作業長や班長
不在のときは,それらの担当業務を代行していた。班長の担当業務内容は,組長の
指示の下に班の業務を管理監督することであるが,班員不在のときはライン作業に
就くことになっている。班員はラインにおいて製品の製造業務に専ら従事してい
た。
(ウ) 本件職場の勤務形態は,昼夜交替勤務制(2交替勤務で,昼勤と夜勤のサイ
クルは1週間)が採られており,原告の班が昼勤のときはC作業長の班は夜勤,原
告の班が夜勤のときはC作業長の班は昼勤であった。
(エ) 本件職場の所定労働時間は,①昭和63年12月31日までは,昼勤が午前
8時30分始業,午後5時終業(休憩1時間),夜勤が午後10時始業,翌日午前
6時30分終業(休憩1時間)となっており,②昭和64年1月1日から平成元年
2月12日までは,昼勤が午前8時始業,午後5時終業(休憩1時間),夜勤が午
後9時始業,翌日午前6時終業(休憩1時間)となっており,③平成元年2月13
日以降は,昼勤が午前8時始業,午後5時終業(休憩1時間),夜勤が午後10時
始業,翌日午前7時終業(休憩1時間)となっていた。
(オ) 本件職場の所定休日は,被告の定めた年間休日表により定められており,昭
和63年12月までは不完全ながら原則的に土曜日,日曜日を休日とする週休二日
制が採られていたが,昭和64年以降は完全週休二日制が採られ,その他5月,8
月及び年末年始には連続休日があった。
(カ) 本件職場においては,所定始業時刻前,所定終業時刻後の時間外労働を行う
場合には,ラインごとの生産状況により組長以下の班員については作業長が許可を
して行うことになっており,それらの管理手続については,時間外労働終了後に各
班員が組長に時間外労働時間の申告をなし,組長がこの申告時間を残業管理表に記
載し,これが事務所に提出され,コンピュータで入力されることになっていた。
休日勤務については,工務課が生産等の状況に応じて休日出勤の必要性の有無を判
断し,休日出勤を指示することになっていた。そして,休日勤務時の勤務時間は,
前記所定労働時間のみであり,その時間を超えて勤務するということはなかった。
また,時間外労働や休日勤務の製品製造作業の仕掛や作業指示はあらかじめなされ
ているため,班員がライン作業に従事していても,特段の事情がない限り,作業長
が本件職場においてライン作業の指揮監督その他をしなければならないというもの
ではなかった。しかし,万一に備えて作業長は職場にとどまることが多かった。夜
勤のときの早出残業(始業時刻前に出勤して就業すること)については,作業長
は,組長から依頼がある場合にのみ早出をしていた。休日勤務についても,組長か
らの要請がない限り,作業長が出勤することはなかった。
イ 作業長の担当業務の詳細について
 (ア) 作業長は,前記ア(イ)記載のとおりの業務を担当しているが,一勤務にお
ける業務の流れは,概略次のとおりである。
a 昼勤の場合,所定始業時刻30分前ころまでに職場に到着し,所定始業時刻ま
での間に在庫部品状況を確認したりするが(これは業務命令に基づくものではな
い。),その他の業務に従事するわけではなく,コーヒーを飲んだり同僚と雑談し
たりする。始業時刻以後において,昼勤の場合は反対番の作業長からその日の作業
等につき申し送りを受ける。その後午前11時ころまでに全ラインの生産状況を確
認し,反対番の使用する加工素材の手配,金型の手配を終え,午後2時ないし午後
3時ころまではライントラブルの有無の確認を含め安全点検をし,その後反対番の
仕掛作業をなし,各ラインの生産管理板の確認,反対番の部品生産状況の管理板へ
の記載,反対番への申し送り事項の記載等をなして業務を終了する。所定終業時刻
後の勤務については,
作業長は万一の事態に備えて職場に滞留しているにすぎず,現場事務所で必要書類
を作成したり,その他雑務に従事する程度である。
b 夜勤の場合,所定始業時刻30分前ころまでに職場に到着し,所定始業時刻か
ら業務を開始する。作業の流れは昼勤の場合と同様であるが,申し送りは,書面で
受けることになる。そして,昼勤の作業長に口頭で業務の申し送りをして業務を終
了する。
時間外労働については,昼勤の場合と同様である。
(イ)a 作業長の担当職務のうち最も重要なものは,前記仕掛業務であるが,仕掛
業務とは,毎月末に開催される営業課・工務部・工機部・鍛造生産部門による生産
会議で決定された翌月の月産計画に基づき日々の部品生産計画を立てる業務をい
う。すなわち,トヨタカンバン生産方式によって,1.5日分程度の在庫を持ちな
がら注文に応じた部品を生産するための部品生産計画を立てるための作業(これを
「段取り」という。具体的には,出荷・プレス・熱処理・素材調達・金型調達時間
等各部門の所要見込み時間を計算し生産計画を立て,これをカンバンに表示する作
業)のことであり,仕掛は作業長から組長に指示され,またカンバンは各ラインに
表示されて,その表示されたカンバンに従い部品生産がなされる。
仕掛業務を更に詳細に説明すると,ラインごとにカンバン掛けがあって,製造品別
にカンバンを掛ける仕組みとなっており,出荷係が製品を出荷すると鍛造カンバン
が返却され,カンバン掛けに掛けられる。作業長は,鍛造カンバンが所定の位置
(緑色で表示)に戻っているかを確認し,次の製品を製造するための仕掛時間の1
2時間前までに,信号カンバンに貼り付けてある型信号カンバンの発信欄にその仕
掛予定時間を記載し,これを工機工場に持参する。鍛造カンバンが黄色で表示され
た位置まで戻っていることを確認したときは,作業長ではなく,組長又は班長が信
号カンバンに貼り付けてある切断信号カンバン(材料の切断を指示するもの)の納
期欄に仕掛予定時間を記載してあるものを外し,仕掛予定時間の時間前までに準備
工場に持参する。これ
らカンバンの指示に従い,製品の金型や材料が本件職場に搬入され,この搬入を組
長又は班長が確認し,型打作業の準備を終えると,信号カンバンに型信号カンバン
と切断信号カンバンを貼り付ける。
なお,上記緑色及び黄色の表示は,ライントラブルが生じることを予定して,工務
課がその位置を決めているものである。
   このように,仕掛業務は,定型作業であり,よほどの事情がない限り,臨時
注文が突然入り,従前の仕掛を変更するなどして,臨時注文部品を生産するなどと
いうことはなく,少なくとも原告が作業長となった以降においてはこのようなこと
はなかった。
 b 本件職場の勤務形態は前記のとおり2交替制勤務であったが,仕掛業務につ
いては,反対番(昼勤では夜勤,夜勤では昼勤)の仕掛作業をし(この所要時間は
約三,四時間である。),これを反対番に申し送ることとなっていた。なお,本件
職場では,夜勤・昼勤で生産量は原則同じであるから,他方の番のみが仕掛が常に
多いということはなかった。
   作業長は,反対番の作業長が作成し申し送ってきた仕掛内容に従って部品の
生産の指示を組長以下の者になすのであるが,作業長が,作業に先立ちカンバンを
見て在庫を確認したり,カンバンの数量に不足がないかの確認作業をし,またカン
バンに従って生産がなされているか確認する。
ウ 仕掛業務の過重性について
 (ア) 仕掛業務は,いわゆる肉体作業ではないから,身体的ストレスが生じる業
務ではない。確かに仕掛業務はそれを経験しない者が行うについては,慣れるまで
に時間がかかり,ある程度の精神的負担があるとは考えられるが,その業務に慣れ
れば特段の精神的負担がかかる業務とはいい得ない。本件職場においては,作業長
が不在のときなどは,班長又は組長が仕掛業務を行うことになっているので,班
長,組長を経験した者であれば作業長に就任したときには仕掛業務の内容は十分に
理解しているのである。原告は,班長,組長を経て,昭和59年5月1日に作業長
に任命されており,本件脳内出血発症時には既に作業長として5年の経験を有して
いたのであるから,当時仕掛業務には精通していたもので,精神的負荷が原告にか
かったなどということ
は考えられない。
  なお,原告は,昭和62年9月4日,高血圧症治療のために大同病院で受診し
ているが,その際に精神的緊張での胸部の不快感を訴えたものの,それは労作とは
無関係であると医師に告知していることからも判明するように,原告は担当業務遂
行による精神的負担を感じていなかったのである。
(イ) 原告は,チビヨークの納期の遅れが原告に精神的ストレスをもたらしたと主
張するが,昭和60年当時に一時そのような状態にあったことはあるものの,本件
脳内出血発症当時において,原告主張のような事実はなかった。
  また,設備にトラブルが生じた場合,短時間のトラブルはすべて組長が対応
し,他方長時間のトラブルについては,作業長が修理部門の整備課に連絡をしたり
生産調整について対応するが,このようなトラブルにより一時的に設備の稼動が停
止しても,1.5日分の在庫があるし,ラインが停止した場合は作業長は工務課の
指示に従って仕掛業務をしていたのであり,自ら仕掛の変更を判断しなければなら
ないとか,生産について作業長が全責任を負っているなどというようなものではな
かった。
(ウ) 以上の点からすると,仕掛業務が原告に身体的・精神的ストレスをもたらし
たなどということはなかったことが明らかである。
 エ 原告の勤務状況について
(ア) 原告は,昼勤の場合には所定始業時刻30分前ころに職場で着替え,午後8
時ころまでには仕事を終えていた。また,夜勤の場合には,早出残業をしない限
り,所定始業時刻ころ出勤し,翌日の昼勤開始時までには仕事を終えていた。
(イ) 勤務記録表(甲1・307頁以下)及び本件脳内出血発症前6か月間の勤務
状況一覧表(甲1・190頁)によると,原告の時間外労働時間数は別表5「昼勤
時間外労働時間数」欄及び「夜勤時間外労働時間数」欄記載のとおりである。
また,昼勤の際の始業前における在庫確認の時間を労働時間と評価したとしても,
在庫確認は長く見積もっても1時間を超えることはなく,これを時間外労働時間数
に加算した場合,同表「合計時間数」欄記載のとおりとなる。
(ウ) 原告とC作業長の時間外労働時間数を比較すると,原告の方が多いが,作業
長は時間外労働中にこれといった作業をするわけではないから,それをもって原告
の方が多忙であったということにはならない。かえって,C作業長の時間外労働時
間数が少ないことは,時間外の生産業務に作業長の存在が必ずしも必要でないこと
を示すものである。
(エ) 原告とC作業長の昭和63年11月から平成元年4月までの休日勤務日数
は,別表6記載のとおりであり,両者の休日出勤数は極めて少なく,休日は十分確
保されていたのである。このことからも作業長の勤務が原告主張のような繁忙では
なかったことは明らかである。
(オ) 原告は,同人が家を出発した時間及び帰宅した時間を根拠にして時間外労働
時間数を算出しているが,客観性に欠けるものである上,出退勤途中に寄り道等を
している可能性もあり,また,現に原告は早朝被告に到着しても駐車場で寝ていた
という実態もあることから,これらを根拠に時間外労働時間数を算出することはで
きないというべきである。
また,原告の主張する時間外労働時間数を前提とすると,原告は,反対番の所定労
働時間内においても作業に就いていることになるが,このようなことはあり得な
い。仮に在庫確認のために外回りをしていたとしても,在庫確認に2時間も要する
ことはない。このことからも,原告主張の時間外労働時間数が誤りであるといえ
る。
(カ) なお,設備負荷率について述べると,設備負荷率が高いほど,本件職場は繁
忙ということになる。昭和63年10月以降平成元年4月までの設備負荷率は13
0パーセントないし160パーセント程度であったが,この設備負荷率は本件職場
の全ラインの設備負荷率ではなく,チビヨーク生産ラインたる3ラインの設備負荷
率であり,本件職場全体が当時繁忙であったとはいえない。また,設備負荷率が高
いということは,製品の生産個数が多くなるため当該生産ラインの稼動時間が長時
間になるということであり,当該生産ライン作業に従事している組長以下の従業員
が多忙となるが,仕掛業務の業務量が多くなるということはなく,作業長の仕掛業
務までが多忙となるものではない。
オ PM活動業務について
 (ア) 被告は平成元年4月29日から同年5月5日までの連続休暇を利用してP
M活動を実施した。
本件職場では,モデルケースとして15ライン中の1台(21-Dライン)を選定
し,設備の5S(整理,整とん,清掃,清潔,しつけ),故障の低減,生産性の向
上等を目指して実施された。
具体的な活動内容は,プレス機の外観を良くするための配管の直線・直角化,地下
ピット内での設備点検や昇降を容易にするための地下床面の清掃,地下へ落下する
油類の飛散防止といの製作と取付け,くみ上げポンプの取付け,分割敷鉄板への取
り替え(鉄板の取外し及びその足場(枕木)の取付け,取外し)等であった。
(イ) 原告は,枕木の切断作業が本件脳内出血発症の直接の原因であると主張す
る。
枕木は,鉄板の下に敷かれていたもので,縦10センチメートル,横25センチメ
ートル,長さ170センチメートル,重さ20ないし30キログラムのラワン又は
米マツで,合計40本あり,これを一度取り外して点検を行い,34本は再利用す
るために元に戻し,再利用できない6本については廃棄するために市販ののこぎり
で約半分に切断したものである。
枕木の切断作業は,一人で行ったとしても全体で1時間30分程度でできる作業で
あるが,これを三,四人で切断した。
枕木の切断作業は,平成元年5月4日のみに行われ,同月5日には行われていな
い。
原告は,枕木切断作業によって気分が悪くなったとか,疲れたなどと同僚に話した
ことも,そのような態度を示したこともなかった。
(ウ) 本件脳内出血発症当日である平成元年5月5日,原告は午前6時30分ころ
に出勤し(推定である。),工場入口に掛ける横断幕の枠の電気溶接補修作業を午
前9時ころまで行った。朝の体操を他の従業員と行った後,正午ころまで,鉄板を
必要な寸法に切断したり,鉄板のすき間を溶接する作業に従事した。昼食後,同様
の作業に従事したが,午後4時ころから20分程度休憩し,他の従業員とジュース
を飲んだ。この休憩時には原告に特に変わった様子はなかった。 その後再び作業
について鉄板を切断するための線を引いていたが,午後4時45分ころ,鉄板を切
断しているような格好でしゃがみ込んでいるところを発見されたのである。
(エ) PM活動業務は,通常の業務とは異なる内容のものではあったが,重量物は
フォークリフトやクレーン等を使用して作業したもので,特に厳しい肉体労働を必
要とするものではなかった。
カ TQC活動について
  原告は,TQC活動(デミング賞審査のための準備活動)に従事したことが本
件脳内出血発症の要因の一つであると主張するが,デミング賞審査準備期間中に原
告の業務量が増えたという事実はない上,デミング賞審査準備期間は,本件脳内出
血発症の2年も前のことであり,この期間から原告の高血圧症が悪化した事実もう
かがわれない以上,TQC活動が本件脳内出血の要因であるとの原告の主張は理由
がない。
キ 原告が従事した業務と本件脳内出血との間の因果関係
 (ア) 前記のとおり,作業長の業務は,肉体労働ではない。作業指示や監督業務
については,ライン作業の日常の指揮監督は組長が行っているものである。さら
に,時間外労働時については,これといった作業をするわけではなく,事務室で実
績表を作成する程度であり,喫煙したりジュースを飲みながらすることもできた。
そして,作業長の中心的業務である仕掛業務は,確かに手順等を誤れば生産に支障
を来すものであるが,その作業自体は定型的な作業であることにかんがみると,原
告が従事していた業務は,精神的・肉体的負担の少ない業務であったというべきで
ある。
(イ) 原告の時間外労働時間数は月50時間を超えるものではあるが,そもそも夜
勤の場合の早出残業は別として,所定労働時間後の勤務については,作業長が職場
にとどまる業務上の必要性はない上,事務室で実績表を作成する程度であるから,
それを時間外労働と評価するとしても,その労働密度は極めて薄いものである。
そして,夜勤の場合の早出残業は,組長らが出勤を要請したときのみなされるもの
で,その頻度は少なく,作業内容も補助的作業であって,肉体的・精神的に過重と
なるものではない。
また,休日が確保されていたことも前記のとおりである。
(ウ) 原告は,昼夜交替勤務に就いていたが,決まったローテーション(1週間ご
と)で勤務をし,不規則な勤務はなかった。
(エ)a そうすると,原告が従事していた業務は,過重・過密なものではなく,そ
れが,社会通念上,脳内出血を発症させる一定以上の危険性を有するものとは到底
認められないから,本件脳内出血との間に相当因果関係はない。
 原告が従事した業務と本件脳内出血との間に相当因果関係がないことは,新認定
基準が,「休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示す」
とし,また,新認定基準に規定された時間外労働に就労したと認められる場合であ
っても,「労働密度が特に低いと認められるものについては,直ちに業務と発症と
の関連性が強いと評価することは適切ではない」としていること,昼夜交替勤務に
ついても,「日常業務としてスケジュールどおり実施されている場合や日常業務が
深夜時間帯である場合に受ける負荷は,日常生活で受ける負荷の範囲内と評価され
る」としていることなどに照らしても明らかである。
b 本件脳内出血は,原告が高血圧症であることを知りながら治療を継続せず,喫
煙,飲酒等を継続したことにより,自然的経過の中で高血圧症が増悪して発症した
ものというべきである。
(2) 争点(2)(被告が原告の身体,健康を保護するために負う義務の内容及び同義
務違反(債務不履行)の存否)について
 (原告の主張)
 ア 被告の安全保護義務ないし安全配慮義務
 被告は,労働契約上の信義則に基づき,労働者の不注意をも予測して不可抗力以
外の万全の措置を講じて労働者の生命,身体,健康を保護し(安全保護義務),又
は,雇用契約上の信義則に基づく付随義務として,労働者の生命,身体,健康を危
険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている。その内容とし
ては,労働時間,休憩時間,職務の配置等の適正な労働条件を確保し,基礎疾病を
有する労働者については,健康状態を管理して病状の増悪の防止に努めるととも
に,現に当該労働者が健康を害し,あるいは害するおそれがあるときは,速やかに
当該労働者をその業務から離脱させ休養させるか,他の業務に配転させるなどの措
置をとる契約上の義務を負っているものである。
イ 被告の上記義務違反
 労働者の健康診断個人票は,職場における労働者の健康管理の基本となるもの
であるが,原告の健康診断個人票の血圧値等については,昭和62年5月26日実
施の健康診断における拡張期血圧値を除き別表3記載のとおりである(昭和62年
5月26日実施の健康診断における拡張期血圧値は,125mmHgである。)。原告
は,昭和54年ころより血圧の「要観察」とされ,その後長期間にわたって高血圧
の状態が継続しており,被告は,健康診断個人票の記載から,原告の高血圧症が増
悪していたことを十分に承知していた。高血圧症は,規則正しい生活をし,睡眠や
休養を十分にとり,精神的な緊張・ストレスを避けなければならないのであるか
ら,被告は,原告に対し,原告の申出の有無や療養態度にかかわりなく,①労働時
間を所定内に抑え,②深
夜労働,休日労働をさせず,③配置転換を含めた業務内容の削減及び変更を行い精
神的負担を除去し,④適切な人員配置や納期調整を行い原告が過労状態に陥ること
を避けるなどして,原告の健康状態の増悪を防止すべき義務を負っていたものであ
る。
  特に,高血圧の治療中にもかかわらず昭和61年10月29日の健康診断にお
ける収縮期血圧値は182,拡張期血圧値は110となっており,原告の高血圧症
は急激に増悪しているのであるから,被告は,遅くとも昭和61年10月29日の
健康診断の結果が判明した後においては,上記の配転等の措置をとって原告の労働
負担を軽減し,高血圧症の増悪を防止する義務があったものというべきである。
ところが,被告は,その後も原告に対して従前どおりの過重な業務に従事させただ
けでなく,PM活動業務を命じ,これらにより,原告の高血圧症を自然的経過を超
えて増悪させ,本件脳内出血を発症させたものである。
ウ 被告の救護措置の遅れについて
 (ア) 原告は,平成元年5月5日午後4時45分ころ,被告の22-B南建屋出
入口プラクターに背を向けて座り込んでいるところを,A課長に発見された。
   原告は,A課長に発見されたとき,「目つきがドロンとしており」,「アー
とかウーといったはっきりしない返事で言葉になっていない」状態であり,救急車
により専門病院に搬送することが相当であると,一般人でも明らかに判断できるよ
うな状態であった。ところが,A課長は,原告を乗用車で病院へ運ぶように指示し
た。
   原告は,同日午後5時50分ころ,被告社員のDとEの両名の同乗する乗用
車の助手席に乗せられ,自宅に搬送された。
   なお,原告の自宅と被告とは車で7分前後の距離であるにもかかわらず,原
告が倒れているところを発見され,自宅に搬送されるまで1時間以上も要してい
る。
 (イ) 原告の妻は直ちに東海産業医療団中央病院に電話したが,事実上診療を拒
否され,必死に他の医療機関に電話をかけたものの通じず,やむなくDの提案によ
り原告をF外科へ搬送することとなった。
F外科のF医師は,瞳孔反応の検査を行ったのみで,原告は救急車で東海市民病院
に転送されることとなった。救急車は同日午後6時33分に東海市民病院に到着し
たが,同病院には脳内出血の手術の設備がなく,原告は更に半田市立半田病院へ転
送されることとなった。そして,救急車が半田市立半田病院に到着したのは同日午
後7時44分であり,結局,原告が本件脳内出血を発症してから約3時間が経過し
ていた。
(ウ) 東海産業医療団中央病院は,そもそも新日鐵株式会社,被告等が出資して設
立された病院であり,仮に原告が倒れた直後,被告が直ちに救急車及び入院の手配
をしておれば,診療行為を事実上拒否されることもなく,原告は本件脳内出血発症
後早期に同病院で適切な治療を受け,本件脳内出血による後遺症も軽度なものにと
どまった可能性が十分存在する。
  また,仮に被告が救急車の出動要請をしていたならば,救急隊員により原告の
症状が観察され,搬送先の病院に連絡するなどして,より適切な医療機関が選択さ
れ,発症後30分後にはその適切な医療機関に搬送されたものと考えられる。とこ
ろが,被告は,救急車の出動要請という通常とるべき救護措置をとらず,乗用車で
原告を搬送し,しかも,保険証をとるために自宅に立ち寄ったために,原告は発症
後約2時間後にようやく検査治療を受けることができたのである。
(エ) 高血圧性脳出血は,血腫の大きさが予後を大きく左右するところ,出血は
二,三時間から数時間で停止するといわれている。
  このことは,発症後できるだけ早期に血圧を下げ,血腫の増大や再出血を防ぐ
ことが予後を大きく左右するということになる。
被告の救護措置の遅れにより,原告の本件脳内出血は増悪し,それにより後遺障害
の高度化をもたらされたものといえる。
(オ) なお,原告は,救護措置の遅れを別個の安全配慮義務違反であると主張する
ものではなく,救護措置の遅れにより原告の損害が拡大したことを主張するもので
ある。
(被告の主張)
ア 本件においては,前記のとおり,原告の業務遂行と本件脳内出血発症との間に
因果関係がないのであるから,そもそも被告の安全配慮義務が問題となる余地はな
い。
 イ 安全配慮義務について
被告が労働者に対して,雇用契約の付随的義務として,労働者が被告の指示の下に
労務を提供する過程において労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮
すべき義務(安全配慮義務)を負担していること自体は被告も争うものではない
が,原告が安全保護義務として主張するような,労働者の不注意をも予測して不可
抗力以外の万全の措置を講じて労働者の生命,身体,健康を保護し,又は労働者の
生命,身体,健康を危険から保護するよう配慮する義務まで負うものではない。被
告が通常一般的に予測される労働者の生命及び身体等に対する危険に対する配慮を
すれば,被告に帰責性はないというべきである。
 ウ 被告による従業員の健康管理体制及び原告の健康管理
(ア) 被告は,安全衛生規程第40条の定めに従い,毎年5月及び10月に定期健
康診断を実施している。この健康診断は,東海産業医療団中央病院に委嘱して実施
しており,検査項目は,身長・体重・聴力・肺部・血圧・尿等であった。この検査
結果は,被告人事部経由で1部が本人に,他の1部は被告の診療所で保管されるこ
ととされていた。被告の診療所は検査結果を確認し,再検査が必要とされる項目の
ある者については,所属長を通じて書面で再検査呼出をし,これに応じない者につ
いては直接電話で再検査呼出を督促していた。しかし,再度の呼出にも応じない者
については,特段の事情がない限り,健康管理は本来個人の責任においてなすもの
との見地から更なる呼出等はしていなかった。
(イ) 昭和56年5月から昭和63年10月までの原告の定期健康診断の結果のう
ち,血圧測定値と再検査等に関する事項は別表3各欄記載のとおりである。これに
よれば,経年的に原告の高血圧症が増悪したとはいえない。
また,原告の高血圧症のレベルは,WHOの分類による軽症高血圧・境界域・中等
症高血圧の間にあり,重症高血圧までには至っていなかったということができる。
(ウ) 原告は,高血圧症につき,昭和60年5月から同年7月にかけて,F外科に
て頭部アレルギー湿しんの治療とともに9日間,昭和62年9月に大同病院にて2
日間,昭和63年2月,3月同病院にて狭心症疑を含めて3日間受診している。大
同病院においては,昭和62年9月11日の受診の際,食事療法で一,二か月様子
をみるとされ,翌12日栄養指導を受けているが,医師が勤務変更や就業上の制限
等について指導した形跡はない。そして,原告が,昭和63年3月1日に降圧剤の
投与を受けた以降,高血圧症の治療を受けたことは全くうかがわれない。
  また,原告は,職場や家庭において降圧剤を服用していたことはなく,大同病
院で高血圧症の治療を受けた後でも1日40本ほど喫煙をしていたし,宴会などで
は飲酒量も多かった。それでも,原告に,職場で疲労その他高血圧症の症状をうか
がわせる様子はみられなかった。
 エ 被告に安全配慮義務ないし安全保護義務違反のないこと
(ア)a 安全配慮義務とは,「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に
入った当事者間において,当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方
が相手方に対して信義則上負う義務」であるから,雇用契約上,使用者が安全配慮
義務を負っているとしても,労働者もまた使用者に対して,雇用契約上常に雇用契
約で定められた内容の労務を提供できるよう,自ら健康を保持する義務,具体的に
いえば,健康診断で異常を指摘されたような場合には,病院に通院するなどしてそ
れを治療する等の義務を負っているといわなくてはならないから,労働者が自らの
健康管理を放棄しているような場合には,安全配慮義務に関する法理はそもそも適
用されないというべきである。
   そうでないとしても,使用者は労働者に対して,治療を受けることを指示で
きても,治療を受けること自体を強制することは困難であるから,疾病り患等健康
管理に関しては,使用者が労働者の健康管理に関する指示をすれば,特段の事情が
認められない限り,信義則上も安全配慮義務を履行したというべきである。
 b 被告は,原告に対し定期健康診断をなし,血圧の値に問題があるとして,診
療所を通じて再検査を促したにもかかわらず,原告はこれに応じず,前記のとお
り,病院での高血圧症の治療もおろそかにして,高血圧症を治療しようとする態度
がみられなかった。
 c 上記のような事情に照らすと,本件脳内出血は,原告が健康管理を放棄した
ことにより生じたものであるというべきであり,被告は,原告に対して再検査を要
請したことをもって,安全配慮義務を履行したと評価できる。
   原告は,被告が原告の血圧値の推移を把握していた以上,配転等の就業上の
措置をとるべきであったと主張するが,就業上の措置をとるか否かの判断をするた
めには,医師からの指示が必須であるところ,原告は再検査にも応じようとしなか
ったのであり,このような者に対して被告が就業上の措置をとる義務はないという
べきである。
オ 原告は,被告の救護措置の遅れにより,原告の損害が拡大したと主張する。し
かし,この原告の主張は,以下のとおり,全く理由がない。
 (ア) 原告を半田市立半田病院に搬送するまでの経緯
  a 原告は,平成元年5月5日午後4時45分ころ,意識もうろう状態で倒れ
ているところをA課長に発見されたが,A課長は,原告が上記の状態に至った原因
が分からなかったが,自己疾患と直感し,ともかく原告を病院に搬送しなければな
らないと判断して,A課長のそばに居合わせた同僚のEに対し原告をF外科にEの
車で搬送するよう命じた。A課長が原告を救急車によらずにEの車でF外科に搬送
するよう命じた理由は,①当日は祭日でありしかも午後5時ころであったことから
一般病院は診察をしていないので救急指定病院に搬送すべきと考え,東海市の救急
指定病院であるF外科とG病院のうち原告の自宅に近いF外科が原告,家族らにと
っても何かと便利であろうということで同病院を選択したこと,②被告には社内専
用の救急車があった
が,その救急車で原告を病院に搬送するよりも,Eの車で搬送した方が早いととっ
さに判断したこと(一般の救急車を呼ぶことについても同様の判断をしたこと)に
あった。
 b A課長より原告をF外科に搬送することを命じられたEは,着替えをした上
で原告をEの車に運び込み,同日午後5時10分ころ被告からF外科に向かった
が,Eは同人の判断で原告が受診する際には保険証が必要ではないかと考え,原告
宅に立ち寄った(原告宅に到着したのは同日午後5時30分ころである。)。原告
宅に居合わせた原告の妻は,原告の状態を見て各医療機関に問い合わせたが,結局
は原告をF外科に搬送することとし,原告は同日午後6時5分ころF外科に搬送さ
れた。原告は,同病院では視診程度の診察を受けた後,救急車で同日午後6時21
分ころ同病院を出発し,同日午後6時33分ころ東海市民病院に搬送され,CT検
査を受けた後,同日午後7時24分ころ救急車にて同病院を出発して,同日午後7
時44分ころ半田市立
半田病院に搬送され,同病院にて脳内出血に対する治療を受けたものである。
 c A課長が医学的知識を有しないことを前提とすると,上記aのA課長の判断
は適切であったということができ,被告に救護措置の遅れはない。
(イ) 原告の搬送と損害拡大の因果関係
 a 原告の受傷時頭部CT検査によると,左被殻部に直径4ないし5センチメー
トルの血腫が認められているが,これが原告が発見されて以降に増大したものか否
かは明らかではなく,仮に増大したとしても,その増大の程度や,どの程度の大き
さの血腫なら原告主張の右半身麻痺,失語症とならないかもまた明らかにされてい
ない。この点は原告に主張立証責任があるところ,原告に生じた血腫の大きさ等に
対応した救護措置の遅れと損害拡大の因果関係について何ら具体的な主張がなされ
ていない以上,原告の主張に理由はない。
 b また,原告には,本件脳内出血を発症した時点で意識障害がみられたことか
らすると,本件脳内出血発症時に多量の出血があり,それにより大きな血腫が生じ
たと考えられる。そうすると,原告に生じた上肢機能の高度麻痺,右下肢機能に著
明な障害,著しい言語障害は,原告が発症した時点で生じた障害ということができ
る。
 c したがって,被告が原告を救急車で搬送しなかったことと原告主張の同人の
後遺症との間に因果関係はない。
(3) 争点(3)(原告に生じた損害)について
 (原告の主張)
ア 原告は,被告の前記安全保護義務ないし安全配慮義務違反により,次のとお
り,合計1億4845万8922円の損害を被った。
 (ア) 逸失利益 7979万0892円
   原告は,昭和12年7月8日生まれの男性であり,本件脳内出血発症当時5
1歳であった。原告は,前記の後遺障害により,その労働能力の100パーセント
を喪失したところ,原告の昭和63年の年間収入は839万9452円であるの
で,就労可能年数16年として,ホフマン式により中間利息を控除して(新ホフマ
ン係数11.536),後遺障害による逸失利益の現価を求めると9689万66
31円となる。
 原告は,被告より,本件脳内出血発症後平成5年7月までの間,給与,賞与及び
傷病手当金を,またH健康保険組合より,平成元年7月より平成4年1月までの間
傷病手当金を受領しており,その合計金額は1710万5739円であるから,こ
れを上記の逸失利益額から控除すると,原告の逸失利益は,7979万0892円
となる。
 (イ) 付添介護料 3066万8030円
  原告は,本件脳内出血の後遺障害のため終生他人の介護を必要とするが,その
障害の程度から1日の介護料は5000円が相当である。
  したがって,本件脳内出血発症時の平均余命27.44年として年5分の割合
による中間利息をホフマン式により控除して将来の介護料の現価を求めると,30
66万8030円となる。
 (ウ) 慰謝料 3000万円
 前記後遺障害による原告の精神的苦痛は計り知れず,その慰謝料は3000万円
を下らない。
 (エ) 弁護士費用 800万円
イ 被告の過失相殺の主張は,争う。
(被告の主張)
 仮に被告の責任が認められるとしても,本件脳内出血の発症は,原告が高血圧症
の治療を怠ったこと,高血圧症に有害な喫煙等を継続したことに起因するところが
極めて大きいから,損害額の算定に当たっては大幅な過失相殺がなされるべきであ
る。
(4) 争点(4)(被告は,原告に対し,被告の災害補償規程に基づく重症障害見舞金
の支払義務を負うか)について
 (原告の主張)
 ア 前記(1)(原告の主張)のとおり,原告は,被告において過重な業務に従事し
た結果,原告の基礎疾病である高血圧症を増悪し,本件脳内出血の発症に至り,右
半身麻痺及び言語障害の後遺障害が残った。
 イ 被告は,平成5年7月22日付け内容証明郵便により,休職期間満了により
同月15日付けで解雇する旨,原告に意思表示をした。
 ウ(ア) 前記1(5)のとおり,被告の災害補償規程第5条によれば,「社員が労災
法で認定された障害補償等級3級以上の障害を残し,その障害に起因して退職する
場合は,重症障害見舞金として2,800万円を支給する。」と規定している。
(イ) 原告の前記後遺障害が,労働者災害補償保険法の障害等級表3級以上に該当
することは明らかであり,被告は原告に対して重症障害見舞金として2800万円
を支払う義務がある。
(ウ) 原告は,平成4年以来,被告に対して災害補償規程の適用を求めてきたので
あり,原告の後遺障害が業務に起因するものである以上,被告は遅くとも原告を解
雇した日の翌日である平成5年7月16日以降,商事法定利率の年6分の割合によ
る遅延損害金を支払う義務を負う。
(エ) よって,仮に原告の主位的請求が認められないとしても,原告は被告に対し
て,災害補償規程に基づく重症障害見舞金として2800万円及びこれに対する原
告の解雇の翌日である平成5年7月16日から支払済みに至るまで年6分の割合に
よる遅延損害金の支払を求める。
(オ) 被告は,災害補償規程第5条は労働基準監督署長より労災と認定された場合
に限って適用されるものであると主張するが,前記の規定の体裁からしても,裁判
所において業務に起因する負傷又は疾病にり患したと判断された場合を排除する規
定とは解されない。上記規程第5条は,労働者災害補償保険法の障害等級3級以上
の障害を残し退職に至ったとの司法判断が下された場合においても,適用され,同
条の重度障害見舞金は支払われるべきである。
このように被告の災害補償規程を解釈しないと,本件において,原告の従事してい
た業務と本件脳内出血との間に因果関係を認められた上で被告の責任が否定された
場合には,労働基準監督署において労災認定を受けていないために災害補償規程に
基づく補償は全く受けられないという不合理な結果を招くことになる。
 (被告の主張)
  そもそも原告の本件脳内出血及びその後の後遺障害は業務に起因するものでは
ない上,被告の災害補償規程は,労働基準監督署長に労災と認定された場合にその
上積み補償を行う趣旨で制定されたものであり,同規程第5条の文言からしても,
労災認定がなされた場合に限って適用されるものであることは明らかである。そし
て,現に被告はそのように同条を運用してきたものである。
原告のなした労働者災害補償保険法に基づく給付申請は,半田労働基準監督署長に
より不支給決定がされ,この決定は確定しているのであるから,同条を原告に適用
する余地はない。
第3当裁判所の判断
1 前提となる事実
前記争いのない事実等及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認
められる。
(1) 本件職場における勤務体制,就業時間等
 ア 原告が本件脳内出血を発症した当時,本件職場における所定労働時間は,昼
勤が午前8時から午後5時まで,夜勤が午後10時から翌日午前7時までであった
が,被告では休日を除いて製造ラインを24時間フル稼動させており,現実には,
昼勤のときには午前7時には出勤して午後8時まで就労し,夜勤のときには午後8
時までには出勤して翌日午前8時まで就労するというのが実態であり,また,昼勤
のときの早出1時間はサービス残業となっており,残業時間は1日3時間として計
算されていた(甲1・252頁,同320頁,同321頁,乙2の2)。
ただし,上記の残業時間は,従業員全員が同じ量の残業をしているというものでは
なく,担当するラインの生産状況によって,ラインごとに残業を行っているもので
あった(証人C)。なお,作業長がラインに就いて製造業務に従事することはな
く,上記夜勤の場合の早出残業については,必ずしも作業長が常に早出しているわ
けではなかった(証人C)。
   原告が本件脳内出血を発症した当時,原告とC作業長は,本件職場の作業長
を務めており(原告は,昭和59年5月に作業長に昇格した。),原告の班が昼勤
のときはC作業長の班が夜勤,原告の班が夜勤のときはC作業長の班が昼勤という
ように,両者はいわゆる反対番の関係にあり,また,1週間ごとに昼勤と夜勤を交
代しており,それぞれ同程度の仕掛業務に従事していた(甲1・251頁,同30
6頁,同476頁)。
原告及びC作業長の下にはそれぞれ組長が1名ないし2名おり,B組長は,原告が
本件脳内出血を発症した当時,組長として原告の下に所属していた。組長は,組内
の勤怠の管理,示された生産計画に沿った作業の進行管理及び生産業務に従事して
いた(甲1・253頁,同266頁)。また,生産作業に従事する従業員のほか
に,生産ラインの品番替えを担当する段替班があった(同号証・266頁)。
   イ 原告が本件脳内出血を発症した当時,本件職場においては週休二日制が
採られていたが,実際は,土曜日には出勤することが多かった。
     一方,作業長は,休日出勤をした場合でも,ライン作業に就くことはほ
とんどなく,また,材料や型,人員等については,事前に準備しておくのが通常で
あるため,作業長が出勤する必要性はなかったが,安全面や製品の出来高が心配で
出勤することもあったほか,毎月各1回行われる安全会議の資料や生産会議の資料
等の文書作成のために休日出勤することがあった(甲1・255頁,同262頁,
乙2の2)。
ウ 被告では,タイムカードは廃止されており,勤務時間の管理は各現場の組長が
行っていた。作業長も早出,残業等があった場合は,その時間について組長に報告
していた(甲1・261頁)。
(2) 原告の担当職務内容等
 ア 被告では,在庫を0.8日分ないし1.5日分と極力少なくして,生産の合
理性を高めるトヨタ自動車株式会社のカンバン方式を採用しており,いわゆるカン
バンによって生産調整を行っていたが,このカンバンの表示を見て,在庫に不足が
生じないか否か確認し,仕掛表を作成して仕掛順序の検討をするのが作業長の業務
の主たるものであった(甲1・389頁,証人C)。
 イ 仕掛業務の具体的内容(乙5ないし13,証人C)
(ア) 仕掛業務とは,毎月末に開催される被告の営業部,工務課,工機課及び鍛造
生産部門による生産会議で決定された生産数に基づいて,日々の生産計画を立てる
業務である。
(イ) 具体的には,製品製造準備をするために材料調達,金型調達時間等の所要見
込み時間を,一定のルールに従いカンバンに表示する作業であり,仕掛は作業長か
ら組長に指示され,カンバンは各ラインに表示されて,その表示されたカンバンに
従い部品生産がなされることとなる。
(ウ) カンバン方式による生産の流れは以下のようなものである。
a 本件職場のある被告鍛造部では,主としてトヨタ自動車株式会社向けの自動車
部品である鍛造品を製造しており,このうち本件職場では,プロペラシャフトやス
テアリング用のチビヨークその他の部品を,所定の寸法,重量に切断された金属材
料を部品ごとに決められた金型をセットした各種のプレス機で型打ち(鍛造)する
方式により生産していたが,これら生産に必要な金型の作成作業や金属材料の切断
作業は,それぞれ鍛造部内にある別の工機工場や準備工場で行われており,上記部
品の生産状況に合わせて,最適の時点でこれら工場に上記各作業を依頼するため
に,次のような各種のカンバンが使用されていた。
 b すなわち,本件職場で使用されているカンバンには,信号カンバン(カンバ
ン掛けに常設されている金属製のカンバンで,緑色のテープでその常設位置が定ま
っている。),型信号カンバン(工機工場に金型の作成,準備を依頼するためのカ
ンバンで,マグネット式で信号カンバンに貼り付けられるようになっている。),
切断信号カンバン(準備工場に製品の材料切断を依頼するためのカンバンで,マグ
ネット式で信号カンバンに貼り付けられるようになっている。),鍛造カンバン
(製造された製品の入った出荷のためのパレットに掛けるカンバン)の4種類があ
り,①まず,ある製品が製造されると,その製品のパレットに対応する鍛造カンバ
ンが掛けられ,出荷が終了すると,鍛造カンバンが返却されて,カンバン掛けの奥
から順番に掛けられる
。②そして,順次鍛造カンバンの返却が重なって,信号カンバンのある位置までき
たら,作業長は,金型の作成依頼のため,信号カンバンに貼り付けてある型信号カ
ンバンを外し,発信欄に仕掛予定時刻を記入して,同時刻の12時間前に工機工場
へ持っていく。③また,上記①のとおり返却された鍛造カンバンが黄色のテープの
位置(上記緑色のテープよりも更に手前の位置にある。)まで来たら,組長又は班
長は,金属材料の切断依頼のため,作業長が納期欄に仕掛予定時刻を記入して信号
カンバンに貼り付けた切断信号カンバンを外して,同時刻の8時間前に準備工場に
持っていく。④上記の型信号カンバン,切断信号カンバンの表示に従って,金型や
材料が搬入されると,型信号カンバン及び切断信号カンバンは返却され,製造のた
めの準備が完了する
と,組長又は班長は,型信号カンバンを信号カンバンに貼り付けることとなる。こ
のようなサイクルで,カンバンに従った生産がされる。
(エ) 上記の各種カンバンは,工務課で作成されるもので,文字もほとんど同課で
記入しており,前記(ウ)bの緑色と黄色のテープの位置も,品番ごとに出荷量,製
造量や製造に要する時間を勘案して同課が計算して決定している。
  これに対して,作業長が仕掛に当たって実際にする作業の内容は,型信号カン
バンの発信欄の仕掛予定時刻及び切断信号カンバンの納期欄の仕掛予定時刻の記入
と,鍛造カンバンがどこまで掛かっているかの確認が主たるものである。
ウ 原告の時間外労働時間等について
 (ア) 被告は,労働保険審査会会長に対する平成10年3月13日付け「林光雄
氏の調査回答について」と題する書面で,次のとおり回答している(乙2の1・
2)。
  a 原告は,昼勤の場合,次に生産する品番(部品)の優先順位を決めるため
に,在庫の確認(15分から20分程度)や前日夜の納入遅れの確認等(15分か
ら20分程度)する必要があるが,これらの確認や反対番(前勤務)の引継ぎにつ
いて早く済ませるために,原告の意思で勤務時間前に出勤していたものと思われ
る。他の作業長も,40分ないし50分は早く出勤することがあった。
 夜勤の場合についても,同様の理由で原告の意思で出勤する場合がある。
  b 突発的に設備故障が発生したときは,原告は,保全担当部署への連絡,調
整や品質のトラブルの対応(手直し処置の人員配置をし,時には原告も手伝ってい
た。)や作業指示等をする。
  c 昼勤での各ラインの出来高が不調で出荷に支障を来す場合,異常措置とし
て仕掛の変更がなされることがあり,これには30分程度を要する。
 (イ) 原告の残業時間は,1日平均2ないし3時間程度であり,昼勤の場合は,
これに加えて,始業時間よりも1時間程度早く出勤するが,これはいわゆるサービ
ス労働であり,割増賃金の支払対象としての時間外労働には含まれていないもので
あった。そして,この早出をしてからの1時間の間に,反対番の人からの申し送り
を受けたり,情報交換をしたりするが,飽くまでも自主的な出勤であることから,
1時間ずっと申し送りをしたりしているわけではなく,食堂でコーヒーやジュース
を飲んだり,雑談をしたりしていた(甲1・252頁,同260頁以下,同276
頁)。
 (ウ) 夜勤の場合に早出をすることもあったが,この場合は賃金計算上も時間外
労働時間として扱われ,上記(イ)のような自由な時間はなかった(甲1・261
頁)。
 (エ) なお,前記(イ)認定の時間外労働時間数は,労働基準監督署労働事務官が
C作業長から聴取した内容であるが,C作業長が残業の状況について概括的に述べ
たものであって,その時期も不特定なものであるから,これをそのまま原告の時間
外労働時間数の認定の基礎とすることはできない。
   そこで,本件脳内出血発症前6か月間の原告の具体的な時間外労働時間数に
ついては,後記2(1)で検討することとする。
(3) 本件脳内出血発症当時の生産状況等
 ア 昭和63年11月から平成元年7月までのチビヨークの生産ライン設備負荷
率は,昭和63年11月が141パーセント,同年12月が142パーセント,平
成元年1月が140パーセント,同年2月が134パーセント,同年3月が128
パーセント,同年4月が163パーセント,同年5月が147パーセント,同年6
月が146パーセント,同年7月が145パーセントであり,全般的にチビヨーク
が不足していた(甲1・379頁,同389頁,証人A)。
 イ 設備負荷率が145パーセントの場合にラインに就いて生産業務に従事する
者の就業時間の目安としては,毎日2.5時間の残業,月3回の臨時出勤を要する
ものであり,上記の設備負荷率からみて,本件脳内出血発症当時,納期の面で遅れ
が多発していたものと考えられる(同号証同頁)。
 ウ 被告においては,生産計画の責任者は工務課長であり,チビヨーク不足があ
った場合,工務課長と生産課長及び関係部署との調整が行われる。ただし,現実に
は,現場監督者が早出,残業等で在庫調整,生産調整を行っていた(同号証同
頁)。
(4) PM活動業務の概要
 ア PM活動は,「未然の点検により設備を健全な状態に維持する」という趣
旨・目的でなされる活動であり,一つのモデルラインを作って設備不具合箇所をチ
ェックし,それを改善しようとするもので,これについて大学教授や研究機関等を
招いて診断をしてもらうというものであった。診断の際には,指導員のほか,被告
役員が同席するが,これらの者に随行して説明をするのは課長,係長であった(甲
1・263頁)。なお,この診断がなされるのは,平成元年が初めての年であった
(甲1・278頁)。
平成元年5月の連休明けに上記PM活動の診断が予定されており,連休の前半(同
年4月29日及び同月30日)はC作業長が,後半(同年5月2日から同月5日ま
で)は原告がそれぞれ出勤した(甲1・279頁以下,476頁)。
なお,PM活動業務に関して,作業長に対して特に報告が求められるなどというこ
とはなく,技術員等が指導の際の資料作成に当たった。(甲1・248頁以下,同
257頁,同545頁)
イ 前記モデルラインとして21Dラインが対象とされ,①古い塗装の除去と再塗
装の実施,②配管(エアー,油)の直線・直角化,③地下への昇降階段の取付け,
④地下床面の油・スラジの除去と周囲の清掃,⑤地下へ落下する油類の飛散防止と
いの作成・取付け,⑥地下油溜槽の取付けとくみ上げポンプの取付け,⑦地上敷鉄
板の取り外しとその足場の取付け,取り外し等が行われたが,原告は,上記④,
⑤,⑦にかかわるプレス機周辺の整備作業を担当していた(甲1・262頁,同5
45頁)。具体的には,原告はピット上の鉄板(七,八枚)をすべて新しいものに
入れ替え,また,鉄板の下に敷いてある枕木を切断するなどの作業に従事した(甲
1・280頁)。
(5) 原告が本件脳内出血発症までに従事したPM活動業務の内容等
 ア 平成元年5月2日には,原告は,午前8時から午後5時まで(途中1時間の
休憩有り),足場組み作業及びこれに必要な鉄板切断作業,枕木の移動作業に従事
した(甲1・274頁,同546頁)。
イ 平成元年5月3日には,午前8時から午後5時まで(途中1時間の休憩有
り),原告は,前日に引き続きピット内の足場組み作業及び鉄板切断作業に従事
し,また,油類飛散防止樋の取付け作業,ピット内の清掃に従事した(甲1・27
4頁,同546頁)。
ウ 本件脳内出血発症前日である平成元年5月4日には,午前8時から午後5時ま
で(途中1時間の休憩有り),原告は,プレス周りの清掃,枕木の切断作業,鉄板
のガス溶断作業及び鉄板の入替え作業に従事した。鉄板はフォークリフトで運搬
し,枕木は小さいものは一人で,大きいものは二人で運搬した(甲1・274頁以
下,同469頁,同546頁)。原告がこの日に切断した枕木は,幅25センチメ
ートル程度,高さが10センチメートルほどで,長さは,長いものは1メートル7
0センチほど,短いものは70センチほどであり,重さは20キログラムから30
キログラムのものであり,切断した本数は全部で6本で,切断箇所は合計6か所で
あった(甲1・468頁)。
エ 原告は,本件脳内出血発症当日である平成元年5月5日午前6時30分ころに
出勤し,他の従業員と共に体操をし,午前8時ころから午前9時ころまで工場入口
でシャッターの下に垂れ幕用の枠を電気溶接した。
同日午前9時ころから正午ころまで,ピット上のプレス機の周りにふたをするた
め,鉄板を切断,溶接する作業に従事し,昼食後,同様の作業に従事した(甲1・
272頁以下,同469頁,同546頁)。その後,午後4時ころから,20分間
ほどジュースを飲むなどして休憩したが,その際には原告に変わった様子は見られ
ず,休憩後再び同じ作業に従事した(甲1・269頁)。
なお,当日,原告は,鉄板の下に敷く枕木をのこぎりで数本切断したが(甲1・2
73頁),上記のとおり午後4時からの休憩中に特に変わった様子はなかったこと
及び後記オの原告が発見された状況からすると,原告は,上記休憩後,鉄板を切断
する作業に従事している際に本件脳内出血を発症したものと推認され,枕木の切断
作業は上記休憩をとる前に行われたものと認められる。
   オ 原告は,その後,後記(6)アのとおり,午後4時45分ころ,鉄板を切断
している格好でしゃがみ込んでいるところを発見されたが,B組長は,原告が本件
脳内出血を発症した後も,その日出勤していた他の従業員(七,八名)と共に作業
を続け,そのほとんどは午後6時に作業を終了して帰った。また,上記従業員のう
ち1名は午後7時まで,B組長は午後7時30分ころまで残り,PM活動業務を仕
上げて帰った(甲1・281頁)。
(6) 原告が発見されたときの状況及び搬送の状況
 ア 平成元年5月5日午後4時45分ころ,A課長は,PM活動業務の進ちょく
状況を確認するために見回りをしていたところ,本件職場南西出入口付近で鉄板を
切断している格好でしゃがみ込んでいる原告を見掛けたので,「おーい,どうし
た」と原告に声を掛けた。原告は,A課長の方を向いたが,目つきがドロンとして
おり,「アー」とか「ウー」といったはっきりしない返事で言葉になっていない状
況であった。A課長は,原告の様子がおかしいと判断し,近くにいた作業員に,着
替えをして早く原告を自動車で東海市の指定救急病院であるF外科に運ぶよう指示
した(甲1・246頁以下,同537頁,証人A)。このとき,他の従業員で,原
告の様子がおかしいなどと気が付いた者は特にいなかった(甲1・250頁)。
 イ 原告は,同日午後5時10分ころに自動車に乗せられて被告を出発したが,
原告を自動車で搬送した同僚のEとDは,保険証が必要と考え,同日午後5時30
分ないし40分ころ,原告を原告宅へ搬送した。原告宅においては,原告の妻が中
央病院その他の医療機関に連絡を取ったが,結局F外科に搬送することとなり,原
告は午後6時5分にF外科へ搬送された(甲1・621頁)。
 ウ F外科に搬送された原告は,具体的な治療を受けることなく,同病院から東
海市民病院に搬送された(甲1・626頁)。F外科には同日午後6時17分に救
急車が到着し,午後6時33分に東海市民病院に到着した(甲1・305頁)。
 エ 原告は,東海市民病院においてCT検査を受けたが,東海市民病院には手術
設備がなかったため,更に東海市民病院から半田市立半田病院に搬送された。東海
市民病院には同日午後7時18分に救急車が到着し,午後7時44分に半田市立半
田病院に到着した(甲1・296頁,同304頁)。
 オ 原告が上記のとおり転送されている間に脳内の血腫が増大したか否かは不明
である(甲8)。
(7) 原告の基礎疾病等
 ア 原告の被告における健康診断の際の血圧値の推移及び再検査に関する事項
は,別表3記載のとおりである(乙3の1・2)。また,就業上の注意事項とし
て,昭和54年ころから,血圧につき要観察とされている。
   被告では,健康診断の結果,再検査を要すると判断された従業員に対して,
再検査の案内(甲1・541頁)を交付して再検査の受検を要請し,要請に応じな
い場合は,更に被告診療所の看護婦が電話で再検査受検を要請していた。それでも
要請に応じない場合は,再度電話による受検要請をしていたが,これに応じない者
については,受検を放棄したものと考えていた(証人A)。そして,別表3の「再
検査等に関する事項」欄記載のとおり,原告は,初回の健康診断には応じるもの
の,再検査を要する旨の案内に対して,他院で治療中でもないのに再検査を受検し
ないことがほとんどであった(甲1・537頁)。
 イ 原告は,昭和62年9月4日,大同病院にて受診し,高血圧症と診断され
て,その後栄養指導を受けた。また,昭和63年2月19日には,胸部不快感を訴
え(ただし,労作とは関係ないとのことであった。甲1・617頁,甲10),同
病院で狭心症疑と診断された。同年3月1日には,同病院で血圧降下剤であるレニ
ベースの投与を受けたが,その後,高血圧症に関して治療を受けた形跡はない(甲
10,弁論の全趣旨)。
 ウ 原告は,自宅ではたばこを吸わなかったが,職場においては,原告が本件脳
内出血を発症する1年ほど前から,継続して1日一箱(20本)ほどのたばこを吸
っていた。また,自宅では毎日ウィスキーとビールを飲んでいた(甲1・258
頁,証人C,証人I)。
 2 争点について
(1) 争点(1)(原告の従事していた業務と本件脳内出血との間の因果関係の存否)
について
 ア 相当因果関係の判断基準について
(ア) 新認定基準は,脳・心臓疾患について業務上外の判断を統一的,迅速,公平
になすために判断基準を定めた行政通達であるが,脳・心臓疾患の認定基準に関す
る専門検討会の報告(甲39の1)を踏まえて,現段階における産業・労働の実態
や医学的知見に基づいて解明された範囲を集約した基準であるということができ,
平成13年12月に発せられた比較的新しいものであることも考慮すると,新認定
基準で挙げられている負荷要因等の事項は,業務と脳内出血の間の相当因果関係の
有無を判断するに当たっては,十分参考となるものと認めることができる。
(イ) 一方,新認定基準は,業務の過重性の判断につき,同僚労働者や同種労働者
との比較をいうが,全く同じ条件での労働に従事したとしても,個々人の体格や体
質,耐久力等により,脳・心臓疾患を発症する場合も発症しない場合もあると考え
られるから,高血圧症の労働者が脳内出血を発症するに至った場合であっても,当
該労働者が当該業務に従事することが許容されていなかったなどの特段の事情がな
い限り,業務が過重か否かは,当該労働者にとって過重であるか否かにより判断さ
れるべきであり,同僚労働者等との比較によりこれを判断するのは相当でないとい
うべきである。
(ウ) そして,本件において,原告は,昭和54年ころから高血圧症で要観察とさ
れているものの,原告が作業長としての業務に従事することが許容されていなかっ
たなどという事情は認められない。
  したがって,本件においても,新認定基準に定める負荷要因等の事項を中心に
原告が従事した業務の実態を検討した上,当該業務が原告にとって過重なものであ
ることから本件脳内出血を発症したと認められれば,それをもって相当因果関係が
あると判断すべきである。具体的には,原告が従事した業務が,原告の既存疾病で
ある高血圧症を自然的経過を超えて増悪させるほどの過重性を有するか否か,その
過重な業務に就いたことによって現に高血圧症が増悪し,発症に至ったと認められ
るか否か,という点から相当因果関係の存否を判断することとなる。
 イ 本件脳内出血発症前6か月間の原告の時間外労働時間数について
  (ア) 原告は,恒常的な長時間労働に従事したことにより,原告の高血圧症が
増悪し,本件脳内出血発症に至ったと主張する。
 そして,原告が恒常的に長時間労働に従事していた根拠として,原告の妻が作成
した勤務時間の記録(甲9の一部)を挙げる。
 しかしながら,同記録に記載された時間は,原告の出社時間,帰宅時間について
の原告の妻の記憶を前提に,原告の労働時間数を推定したものであって,客観的な
根拠に欠けるものというべきところ,上記記録を前記1(1)ア認定の本件職場におけ
る勤務体制に当てはめると,原告は,反対番(原告が業務に従事すべき時間帯の前
後に作業しているC作業長の班)の勤務時間中に業務を開始し,あるいは終了して
いることになるが,前記1(2)ア,同イ認定の事実からすると,作業長の担当業務と
して,反対番の勤務時間内にまで食い込んで業務に従事しなければならないような
性質のものがあるとは認められず,客観的事実に反するものというほかない。
 さらに,原告の妻は,労働基準監督署において,原告のみが仕掛業務に従事して
いたとか,原告とC作業長を比較すると原告の方が仕掛業務の量が多かったなどと
証言しているが,原告と同作業長はいずれも仕掛業務に従事しており,両者が一週
間ごとに昼勤と夜勤を交替するサイクルで勤務していた以上,原告とC作業長の仕
掛業務の量が異なるなどということは考え難いことからすると,原告の妻は,原告
の仕事の内容や量について必ずしも正確に把握しているわけではないと考えること
ができる。
 (イ) 本来,勤務時間等の把握は,できる限り客観的な資料に基づいてなされる
べきであるところ,原告は,被告における設備負荷率の推移を基にして原告の時間
外労働時間数を推定すべきであると主張する。
しかし,設備負荷率は,要するに,所定労働時間内の生産量を100パーセントと
して,実際の生産量を月ごとに百分率で表したものであるから,ラインが稼働した
時間数を推定する要素とはなるが,前記1(1)アのとおり,実際にライン作業に就か
ない原告の時間外労働時間数を推定する根拠とするのは困難である。原告が,作業
長として,ラインの残業時間中も待機していた可能性は否定できないが,原告の業
務の中心的なものは前記仕掛業務であり,いわば生産計画を立てる作業であるか
ら,ラインが長時間稼動すれば,直ちに,これに比例して仕掛業務の業務量が増大
するなどという関係にあるとは認められない。
なお,設備負荷率に関して,被告は,半田労働基準監督署に対し,設備負荷率14
5パーセントの場合には,1日2.5時間の残業及び月3回の臨時出勤が必要であ
る旨報告しているが(甲1・379頁),これは,当該ラインで製造業務に従事し
ている従業員の残業時間,休日出勤に関するものというべきであり,現実に,原告
が上記のとおりの時間外労働,休日出勤をすることを要したものとは認められな
い。
 (ウ) 一方,被告には,タイムカードは存在しないものの,以下のとおり,勤務
記録表(甲1・307頁ないし319頁)によってある程度の時間外労働時間数を
把握することが可能である。
 確かに,この勤務記録表の記載は,例えば,①昭和63年11月21日分の記録
を見ると,3時間以上の時間外労働をした者が一人もいないこととなっているが
(甲1・307頁,同314頁),これは前記認定の被告の操業時間と矛盾するも
のであり,勤務記録表が,時間外労働の実態を正確に反映していないとの疑いがあ
る。また,②昼勤の場合に,サービス残業1時間が存在することは前記認定のとお
りであるが,この点は勤務記録表に正確に反映されていないものと考えられる。
   ただ,勤務記録表(甲1・307頁ないし319頁)を詳細に検討すると,
3時間以上の時間外労働をした者が一人もいない日は,概して休日の翌日に集中し
ており,このことは,前日が休日であるために反対番から引き続いて業務を行うと
いう体制になく,したがって24時間の稼動を前提とした引継ぎの必要がないため
と容易に推測され,上記①の点については一応合理的な説明が可能である。
 (エ) そうすると,勤務記録表がサービス残業時間等を正確に反映していない以
上,原告の時間外労働時間数を正確に算定することは困難であるものの,前記勤務
記録表の記載を基礎として,反映されていないサービス残業時間等を加算していけ
ば,原告の時間外労働時間数の目安として,実態に即した算定が可能であるといえ
る。
a まず,原告の時間外労働時間数の目安を算定するに当たり,昼勤の際の時間外
労働時間数については,サービス残業1時間(ただし,昼勤の際の早出時間になさ
れる在庫の確認等の作業は,前記1(2)ウ(ア)a認定の被告の回答内容からすると,
30分ないし40分程度で終了するものであると認められる。)を加えることとす
る。
b 次に,反対番との引継ぎに要する時間について,昼勤開始前(夜勤終了前)
は,上記1時間のサービス残業の時間中に行われることは前記1(2)ウ(イ)認定のと
おりであるが,昼勤終了時(夜勤開始前)の引継ぎが行われる時間帯は必ずしも明
確ではなく,勤務記録表に正確に反映されているとも認め難い。しかし,いずれに
しても反対番の業務時間にわたっていると考えられることから,原告が夜勤の開始
前に引継ぎを行っていたと仮定して,反対番との引継ぎのための時間として,夜勤
1日当たり30分(昼勤開始前(夜勤終了前)の引継ぎは,上記aの時間的関係か
らすると,30分を超えることはないと認められるから,昼勤終了時(夜勤開始
前)の引継ぎにも,同程度の時間を要するものと考えることができる。)を加える
こととする。
c このように,原告の勤務記録表上の時間外労働時間数につき,昼勤の場合には
各1時間,夜勤の場合には各30分を加えることとして概算すれば,原告の時間外
労働時間数がこれを更に上回ることはないと考えられる。
d また,原告は,休日出勤について,勤務記録表の記載は正確ではなく,実際に
は毎週土曜日は出勤していたと主張するが,作業長は,休日出勤した場合において
生産業務に従事するわけではないから,設備負荷率を基準にして原告の休日出勤日
数を算出することは妥当ではないし,また,現実に生産業務に携わっているB組長
が,労働基準監督署において「毎週1日臨出している状況」と述べていることを,
これに携わっていない原告にそのまま当てはめることもできない。そして,安全会
議,生産会議等の資料を作成する必要があるために休日出勤することがあること
は,C作業長が労働基準監督署において述べているところであるが,同会議は月1
回程度であるというのであり,その資料作成のために,原告が主張するように,毎
週1日もの割合で休日
出勤したとは考え難い。
 したがって,原告の休日出勤日数及びその労働時間数については,勤務記録表の
記載によって認定すべきであり,これによれば,原告は,1週間に一,二日の休日
が確保されていたということができる。
e 以上を前提に,原告の本件脳内出血発症前6か月間の各月の時間外労働時間数
の目安を算出すると,別表7のとおりとなる(甲1・425頁参照)。
ウ 昼夜交替勤務について
  原告は,長期間にわたって昼夜交替勤務に従事したことにより,疲労,ストレ
スが蓄積し,原告の既存疾病である高血圧症が増悪して,本件脳内出血発症に至っ
たと主張する。
  確かに,昼夜交替勤務が,常昼勤務と比較して疲労が蓄積しやすいとの医学的
知見も存在するところであるが,昼夜交替勤務に従事したことにより原告が高血圧
症を発症したと認めるに足りる証拠はないし,別表3記載の原告の血圧値の推移か
らしても,高血圧症が経年的に増悪しているとは認められない。また,現段階にお
ける医学的知見を基礎として定められた新認定基準は,「交替制勤務が日常業務と
してスケジュールどおり実施されている場合や日常業務が深夜時間帯である場合に
受ける負荷は,日常生活で受ける負荷の範囲内と評価される。」としているとこ
ろ,原告は,前記1(1)アのとおり,1週間交代という決められたスケジュールに従
って昼夜交替勤務に従事していたものであるから,これは日常生活で受ける負荷の
範囲内として評価され
るべきものである。
よって,原告の上記主張は採用できない。
エ 仕掛業務の負担について
 (ア) 原告は,仕掛業務によるストレス,精神的負担等により,原告の高血圧症
が増悪し,本件脳内出血発症に至った旨主張する。
 (イ) 仕掛業務の内容は前記のとおりであるが,肉体的作業をするものではない
から,仕掛業務によって原告に過重な身体的負担があったということはできない。
また,仕掛業務の基本的な作業は,前記1(2)ア,同イのとおり,在庫及びカンバン
の位置を確認した上,生産計画を立てていくというものであるところ,このうち,
在庫の確認やカンバンの確認について,精神的ストレスが生じるということは考え
難い。また,生産計画を立てる作業については,一定程度の裁量,責任があるとい
うことはできるが,基本的にはカンバンの位置や工務課の指示等の下になされる作
業であって,基本的に定型的な作業と評価することができるのであり,その裁量性
から,原告に過重な精神的負担等が負荷されるものではないというべきである。
   この点,前記1(3)ウ認定のとおり,生産計画の最終的な責任は工務課長にあ
るのであって,仮に仕掛業務でミスを犯したとしても,原告が直接責任を問われる
体制にあるとは認められない。
また,同認定のとおり,製品の不足があった場合,工務課長と生産課長及び関係部
署との調整が行われるほか,現場監督者が早出,残業等で在庫調整,生産調整を行
っていたものであることから,チビヨークが不足して,納期の遅れが多発していた
状況下において,原告が一定程度のストレスを感じていたことは想像に難くなく,
C作業長も,労働基準監督署において,トラブルなどによって仕事が予定どおり進
まないときなどに非常に神経を使う旨供述しているところであるが(甲1・255
頁),生産調整を現場監督が行うとはいえ,最終的には工務課等へ相談することに
なること(証人C)にかんがみれば,原告が感じるストレスは,通常労働者が業務
に従事するに当たって受けるストレスとほぼ同程度のものであるというべきであ
る。
(ウ) そして,一般に労働者が業務に従事するに際しては,少なからず何らかの精
神的ストレスを感じているものと考えられるところ,原告に生じていた精神的スト
レスもこの範ちゅうに属するものということができ,原告が昭和59年5月から作
業長として勤め,その職務に十分習熟していたと認められる点も考慮すると,原告
が高血圧症の基礎疾病を有していることを前提としても,仕掛業務によって受ける
精神的ストレスが原告にとって過重なものであったということはできない。
(エ) 加えて,原告が本件脳内出血を発症した当日は,PM活動業務に従事してい
たものであり,チビヨークの生産調整のために他の部署と折衝するなどということ
はなかったものと認められるから,本件脳内出血発症当時に,他の部署との折衝等
から精神的ストレスを感じていたということはできないし,PM活動業務に従事し
ていた期間,同僚等にチビヨーク不足に関して愚痴をこぼすなどした形跡もないこ
とからすると,チビヨーク不足からくる精神的ストレスにより本件脳内出血の発症
に至ったとは認め難い。
オ PM活動業務の負担について
 (ア) この点につき,原告は,まず,PM活動業務に従事した平成元年5月2日
から同月5日までの間,いずれも14時間に及ぶ労働時間数であったと主張し,原
告の妻は,労働基準監督署において,いずれの日も午前4時ないし午前4時15分
ころに出勤した旨の陳述書を提出している(甲1・230頁以下)。
   しかしながら,PM活動業務に関して,原告が報告書や資料の作成を担当し
ていなかったことは前記認定のとおりであり,ほかに原告が上記のような時間帯に
出勤しなければならない必要性や,具体的に従事した業務を認定するに足りる証拠
はない。
また,原告の妻は,前記陳述書において,本件脳内出血発症当日である平成元年5
月5日,原告は,「今日は帰れない」と言って出勤したと陳述しているが,仮に,
原告が何らかの業務をする必要性から,徹夜勤務を前提として出勤したのだとする
と,原告が本件脳内出血を発症したために,原告は当該業務を遂行することができ
なくなったのであるから,他の従業員が当該業務を原告に代わって遂行する必要が
あったはずである。しかし,現実には,前記1(5)オ認定のとおり,B組長が午後7
時30分ころにPM活動業務の仕上げをして帰ったというのであり,他の従業員が
原告に代わって徹夜で資料を作成したとか,その他の業務に従事したことを示す証
拠はない。
そうすると,平成元年5月2日から同月5日までの労働時間に関する原告の主張は
容易に採用できず,仮に,原告が,その妻が陳述するとおりの時刻に自宅を出発
し,あるいはこれに到着したとしても,そのことをもって直ちに原告が長時間勤務
に従事していたことを示すものとは認められない。
(イ) 次に,原告は,PM活動業務における身体的負担,特に枕木の切断や鉄板の
溶断作業が,本件脳内出血発症の直接の契機となったと主張する。
  確かに,日常,作業長として管理監督業務に従事している原告にとって,PM
活動業務は,枕木の運搬,切断作業等の肉体作業を含むものとして,一定程度の身
体的負担があったことは否定できない。
しかし,前記1(5)ウのとおり,枕木の運搬は一人ないし二人でなされ,鉄板の運搬
はフォークリフトでなされたものであり,この運搬作業自体が,原告にとって過重
なものであったとは認められない。
また,鉄板の切断作業については,ガス溶断あるいは電気溶断でなされたものと考
えられるが,当該作業自体,身体的に過重な作業であるとはいえず,その作業が特
に血圧の上昇をもたらすと認めるに足りる証拠はない。
そして,枕木の切断作業については,甲27によれば,血圧を上昇させる相当に強
度な作業であると認められるが,本件脳内出血発症当日の午後4時ころから20分
程度,原告は他の従業員と休憩をとっていること,その際には原告に変わった様子
は見られなかったこと,原告が休憩後に従事したのは,枕木の切断作業ではなく,
鉄板の溶断作業であることからすると,原告主張のように,枕木の切断作業が本件
脳内出血発症の契機となったと認めるのは困難である。
カ 全社的品質管理(TQC)について
 (ア) 原告は,昭和58年より被告において全社的品質管理(TQC)の再導入
が決定され,特に第1鍛造課においては,昭和61年の後半からデミング賞の受賞
に向けて,製品の品質の向上,原価の低減をねらいとして実施されたことから,原
告の業務も多忙を極め,時間外労働,労働密度が増加する要因となっていたとし
て,全社的品質管理(TQC)が本件脳内出血発症の要因の一つである旨主張し,
その根拠として,昭和62年に原告に支給された教育手当の額が多額であることを
挙げる。
 (イ) しかしながら,原告の主張によっても,原告の時間外労働,労働密度が増
加が顕著であるのは,昭和62年2月から同年9月ころまでであるところ,仮にこ
の期間の原告の時間外労働時間数が多かったとしても,本件脳内出血発症の1年半
ないし2年前の勤務状況であって,これが直ちに本件脳内出血発症と関連性を有し
ているとは認め難い。
キ 原告の従事した業務と本件脳内出血との因果関係について
 (ア) 結局,原告が昭和63年11月から平成元年4月までに従事した時間外労
働の時間数は,前記イ(エ)記載の各時間を上回ることはなく,また,平成元年5月
のPM活動業務に従事している間は,いずれも午前8時ころから午後5時ころまで
(ただし,同月5日は午前6時30分ころに出勤したものと推定される。)であっ
て,特に時間外労働として着目すべき時間帯はない。
そして,昭和63年11月から平成元年4月までの各月の時間外労働時間数の目安
は,別表7記載のとおり,60.5時間ないし90時間であり,新認定基準のいう
「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわた
って,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」には
直接該当しないものの,80時間を超える月が2か月間に及ぶなど,その時間数か
ら形式的に判断すると,業務と本件脳内出血との関連性が比較的強い場合に該当す
るということができる。
(イ) しかしながら,①原告が従事していた業務は,前記のとおり肉体作業ではな
く,身体的な負担は問題とならないこと,②上記時間外労働時間の算定に当たって
は,勤務記録表上の記録に昼勤の際のサービス残業として昼勤1日当たり1時間を
加算しているが,昼勤の際のサービス労働は,要するに在庫確認作業や引継ぎのた
めのものであり,在庫確認作業はカンバンを見て在庫の状況を把握するという形式
的な作業であることや,食堂で雑談をしたりコーヒーを飲むなどしている時間があ
ったこと,③上記時間外労働時間の算定に当たっては,勤務記録表上の記録に夜勤
の場合における反対番との引継ぎに要する時間として夜勤1日当たり30分を加算
しているが,引継ぎは口頭又は書面で行われており,それ自体が過重な業務である
とは評価し難いこと
,④原告には1週間に一,二日の休日が確保されており,また,本件脳内出血発症
時にはPM活動業務に従事していたものであるが,PM活動業務に従事する前三日
間(平成元年4月29日ないし同年5月1日まで)は休日となっていたことなど,
原告が従事した作業の内容,労働密度の観点からすると,前記認定の時間外労働時
間数等,原告が従事したきた業務の状況を総合考慮しても,原告の従事していた業
務が,高血圧症を自然的経過を超えて増悪させるほどの過重性を有していたとは認
め難い。
(ウ) 結局,本件脳内出血は,原告の基礎疾病である高血圧症が,自然的経過の中
で増悪し,その結果発症するに至ったものと考えるのが相当であり,原告の従事し
た業務と本件脳内出血との間に相当因果関係を認めることはできない。
ク 損害拡大の主張について
  原告は,被告の救護措置の遅れについて,これを安全配慮義務違反の一つとし
て主張するわけではないとしながら,これにより原告の損害が拡大したと主張す
る。これは,傷病者を発見した際の保護義務違反として主張しているものと解され
るところ,確かに,C作業長が原告を発見した後半田市立半田病院に到着するまで
約3時間を要しており,仮に被告が救急車等の手配をしていれば,より早く原告が
設備の整った病院で受診することができた可能性はある。
しかし,原告は,発見された時点で既に意識もうろう状態であったのであり,この
時点で相当量の脳内出血があったものと推定される。また,原告は,時間が経過し
たことにより意識レベルがある程度回復傾向にあったこと(甲1・630頁)も合
わせ考えると,被告の救護措置の遅れにより,原告の脳内出血量が増大したと認め
ることはできず,原告の後遺障害がより重度となったということはできない。
したがって,原告の前記主張は理由がない。
ケ 以上によれば,その余について検討するまでもなく,原告の主位的請求は理由
がない。
(2) 争点(4)(被告は原告に対し,被告の災害補償規程に基づく重症障害見舞金の
支払義務を負うか)について
  被告の災害補償規程の内容は,前記争いのない事実等記載のとおりであるが,
前記(1)判示のとおり,原告の従事していた業務と原告の本件脳内出血発症との間に
相当因果関係があるとは認められない。
そうすると,被告の災害補償規程の条項の解釈いかんにかかわらず,本件脳内出血
に対して同規程5条が適用される余地はない。したがって,被告は原告の本件脳内
出血発症に関し,同規程に基づく重症障害見舞金の支払義務を負わず,原告の予備
的請求は理由がない。
 3 結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,
主文のとおり判決する。
 名古屋地方裁判所民事第1部
 裁判長裁判官橋本昌純
裁判官夏目明徳
裁判官夏目明徳

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