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平成29年3月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成26年(ワ)第15187号職務発明対価請求事件
口頭弁論終結日平成29年1月25日
判決
原告A
同訴訟代理人弁護士笠原基広
同坂生雄一
同中村京子
同竹中大樹
被告株式会社クラレ
同訴訟代理人弁護士井窪保彦
同服部誠
同黒田薫
同訴訟復代理人弁護士辛川力太
同大西ひとみ
主文
1被告は,原告に対し,15万7360円及びこれに対する平成26年6月
24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,これを100分し,その1を被告の負担とし,その余を原告
の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1500万円及びこれに対する平成26年6月24日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1本件は,被告の従業員であった原告が,被告の保有する我が国の特許4件(特
許第3516808号,特許第1883267号,特許第2140108号及び特
許第2139646号。以下,この順に「本件特許1」,「本件特許2」,「本件
特許3」及び「本件特許4」という。また,これらの各特許に係る発明をそれぞれ
「本件発明1」,「本件発明2」,「本件発明3」及び「本件発明4」という。),
米国の特許1件(米国特許第6288165号。以下「本件米国特許」という。ま
た,この米国特許に係る発明を「本件米国発明」という。)及び欧州の特許2件(欧
州特許第751153号及び欧州特許第146138号。以下,それぞれ「本件欧
州特許1」及び「本件欧州特許2」という。また,これらの各欧州特許に係る発明
をそれぞれ「本件欧州発明1」及び「本件欧州発明2」という。なお,以上の各特
許を全て併せて「本件各特許」といい,以上の各発明を全て併せて「本件各発明」
という。)に関し,自らはこれらの発明者(共同発明者)の一人であり,遅くとも
各特許出願日までに原告が有していた特許を受ける権利(特許を受ける権利の原告
持分)を被告に承継させたとして,被告に対し,特許法35条(平成16年法律第
79号による改正前のもの。以下同じ。)3項に基づき,次の①ないし⑦のとおり,
相当の対価合計1億3664万3802円のうち1500万円及びこれに対する訴
状送達の日の翌日である平成26年6月24日から支払済みまでの民法所定年5分
の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
①本件発明1について,3206万3283円のうち500万円を請求
②本件発明2について,9396円のうち2500円を請求
③本件発明3について,3万1680円のうち2500円を請求
④本件発明4について,1万8300円のうち2500円を請求
⑤本件米国発明について,6378万5786円のうち500万円を請求
⑥本件欧州発明1について,4062万8557円のうち499万円を請求
⑦本件欧州発明2について,10万6800円のうち2500円を請求
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実。なお,書証番号は,特記しない限り枝番の記載を省略
する。また,証人Bの証言,証人Cの証言及び原告本人尋問の結果については,証
人調書及び本人調書の別紙速記録中,当該供述が記載された該当頁を付記する。)
(1)当事者等
ア被告は,主として樹脂・化学品・繊維の製造,販売等を業とする株式会社で
ある。
原告は,昭和32年4月から平成11年3月15日まで,被告に雇用され,その
間の昭和54年頃から平成11年3月15日まで,被告のポバール・エバール研究
開発室(以下「ポエ研」という。)において,研究員として勤務していた。(以上
につき,甲12,31,原告本人〔1頁〕,弁論の全趣旨)
イ被告は,昭和47年から,「エバール」(「エバール」樹脂及び「エバール」
フィルム)という商品名のEVOH(エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物)樹
脂製品(以下「被告製品」という。)を製造,販売している。
被告は,平成6年頃から,エバールの生産能力向上を妨げる要因を除去するため
の取組の一環として,重合開始剤を●(省略)●した際に発生する色相悪化の問題
を検討するプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)を進めた。
本件プロジェクトには,被告の組織のうち,ポエ研,中央研究所第三研究室(以
下「物性研」という。),岡山工場樹脂生産部(以下「岡山樹脂生産部」という。),
技術開発部及び化学研究所が参画して共同研究をし,原告は,ポエ研の担当者の一
人として本件プロジェクトに関わった。(以上につき,甲12,17,19ないし
21,26,29,31,乙25,40,43,50,55ないし57,証人B〔1
~3,6,11~12頁〕,原告本人〔1~3頁〕,弁論の全趣旨)
(2)本件各特許
ア被告は,本件特許1の出願人であり,特許権の設定登録から存続期間満了に
よる平成8年6月24日の特許権消滅まで特許権者であった。本件特許1の内容(以
下,本件各特許について内容というときは,特許原簿又は願書若しくはその添付書
類〔本件米国特許並びに本件欧州特許1及び2については,上記に類するもの又は
その訳文〕の記載をいう。)は,次のとおりである(甲1,2,弁論の全趣旨)。
特許番号特許第3516808号
登録日平成16年1月30日
出願番号特願平8-162756号
出願日平成8年6月24日
公開番号特開平9-71620号
公開日平成9年3月18日
優先権主張番号特願平7-159515号
優先日平成7年6月26日
優先権主張国日本
発明の名称酢酸ビニル系重合体の製法,酢酸ビニル系重合体ケン化
物の製法および樹脂組成物
発明者原告,D,E,B,F,G,H
特許請求の範囲次の(ア)ないし(カ)のとおり
(ア)請求項1
「酢酸ビニルを含む1種以上の単量体を重合した後に,沸点20℃以上の共
役ポリエン化合物を添加する酢酸ビニル系重合体の製法。」
(イ)請求項2
「酢酸ビニル系重合体が,エチレン-酢酸ビニル共重合体である請求項1記
載の酢酸ビニル系重合体の製法。」
(ウ)請求項3
「共役ポリエン化合物の沸点が酢酸ビニルの沸点よりも高い請求項1または
2記載の酢酸ビニル系重合体の製法。」
(エ)請求項4
「60℃のメタノール中での半減期が5時間以下である重合触媒を用いて重
合した後に,共役ポリエン化合物を添加する請求項1ないし3に記載の
酢酸ビニル系重合体の製法。」
(オ)請求項5
「請求項1ないし4記載の製法で製造された酢酸ビニル系重合体をケン化す
る酢酸ビニル系重合体ケン化物の製法。」
(カ)請求項6
「酢酸ビニル系重合体ケン化物に,沸点20℃以上の共役ポリエン化合物を
0.000001~1重量%含有する樹脂組成物。」
イ被告は,本件特許2の出願人であり,特許権の設定登録から存続期間満了に
よる平成15年12月19日の特許権消滅まで特許権者であった。本件特許2の内
容は,次のとおりである(甲3,4,弁論の全趣旨)。
特許番号特許第1883267号
登録日平成6年11月10日
公告番号特公平6-8327号
公告日平成6年2月2日
出願番号特願昭58-240759号
出願日昭和58年12月19日
公開番号特開昭60-144304号
公開日昭和60年7月30日
発明の名称溶融成形材料
発明者I,E,原告,J,K
特許請求の範囲次の(ア)ないし(ウ)のとおり
(ア)請求項1
「酢酸ビニル,エチレン及び下記一般式(Ⅰ),(Ⅱ)及び(Ⅲ)で表わされ
るケイ素を含有するオレフィン性不飽和単量体の中から選ばれた1種また
は2種以上の共重合体をけん化して得た酢酸ビニル成分のけん化度95モ
ル%以上,エチレン含有量25~60モル%,ケイ素含有量0.0005
~0.2モル%であるケイ素含有エチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物
からなる溶融成形材料。
〔但し,ここでnは0~1,mは0~2,R1
は低級アルキル基,アリル
基,またはアリル基を有する低級アルキル基,R2
は炭素数1~40のア
ルコキシル基であり,該アルコキシル基は酸素を含有する置換基を有し
ていてもよい。R3
は水素またはメチル基,R4
は水素または低級アルキ
ル基,R5
はアルキレン基または連鎖炭素原子が酸素もしくは窒素によっ
て相互に結合された2価の有機残基,R6
は水素,ハロゲン,低級アルキ
ル基,アリル基またはアリル基を有する低級アルキル基,R7
はアルコキ
シル基またはアシロキシル基(ここでアルコキシル基またはアシロキシ
ル基は酸素もしくは窒素を有する置換基を有していてもよい。),R8

水素,ハロゲン,低級アルキル基,アリル基またはアリル基を有する低
級アルキル基,R9
は低級アルキル基である。〕」
(イ)請求項2
「ケイ素含有量が0.001~0.1モル%である特許請求の範囲第1項
記載の溶融成形材料。」
(ウ)請求項3
「溶融成形材料が深絞り成形体用材料である特許請求の範囲第1項記載の
溶融成形材料。」
ウ被告は,本件特許3の出願人であり,特許権の設定登録から特許料不納付に
よる平成19年2月28日の特許権消滅まで特許権者であった。本件特許3の内容
は,次のとおりである(甲5,6,弁論の全趣旨)。
特許番号特許第2140108号
登録日平成11年2月5日
公告番号特公平8-19293号
公告日平成8年2月28日
出願番号特願昭62-123393号
出願日昭和62年5月19日
公開番号特開昭63-286459号
公開日昭和63年11月24日
発明の名称樹脂組成物
発明者L,E,原告
特許請求の範囲次のとおり(請求項1のみ)
「エチレン-ビニルアルコール系共重合体に,一般式
(式中,Rはt-ブチル基,nは1~4の整数,mは4~10の整数)で
表わされるヒンダードフェノール基を有するアミド類を0.01~1重
量%含有させたゲル化性が30分以上の樹脂組成物。」
エ被告は,本件特許4の出願人であり,特許権の設定登録から存続期間満了に
よる平成21年3月8日の特許権消滅まで特許権者であった。本件特許4の内容は,
次のとおりである(甲7,8,弁論の全趣旨)。
特許番号特許第2139646号
登録日平成10年12月25日
公告番号特公平8-11775号
公告日平成8年2月7日
出願番号特願平5-227139号
分割の表示特願平1-57581号の分割
出願日平成元年3月8日
公開番号特開平6-293848号
公開日平成6年10月21日
発明の名称組成物
発明者E,M,原告,N,O
特許請求の範囲次の(ア)及び(イ)のとおり
(ア)請求項1
「アルカリ金属の酢酸塩をアルカリ金属換算で20~200ppm,酢酸
30~250ppmおよびりん酸またはアルカリ金属のりん酸水素塩を
りん酸根換算で5~500ppm含有し,酢酸含有率/アルカリ金属の
酢酸塩含有率の値が0.1~1であり,かつ融点より10~80℃高い
温度の少なくとも1点における高化式フローテスターでの加熱時間と吐
出速度の関係において,少なくとも10時間までは吐出速度が実質的に
増加しない,エチレン含有率20~80モル%,酢酸ビニル成分のけん
化度95モル%以上のエチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物組成物。」
(イ)請求項2
「アルカリ金属の酢酸塩をアルカリ金属換算で20~200ppm,周期律
表第II族に属する金属10ppm以下,酢酸30~250ppmおよびり
ん酸またはアルカリ金属のりん酸水素塩をりん酸根換算で5~500pp
m含有し,酢酸含有率/アルカリ金属の酢酸塩含有率の値が0.1~1で
あり,かつ融点より10~80℃高い温度の少なくとも1点における高化
式フローテスターでの加熱時間と吐出速度の関係において,少なくとも1
0時間までは吐出速度が実質的に増加しない,エチレン含有率20~80
モル%,酢酸ビニル成分のけん化度95モル%以上のエチレン-酢酸ビニ
ル共重合体けん化物組成物。」
オ被告は,本件米国特許の出願人の地位の譲受人であり,特許発行から特許権
者である(原告主張に係る存続期間満了は,平成29年12月5日である。)。こ
の米国特許については,本件特許1の優先権の出願の基礎とされたものと同じ先の
出願(平成7年6月26日にされた特願平7-159515号)に基づく優先権を
主張して出願された。本件米国特許の内容は,次のとおりである(甲9,弁論の全
趣旨)。
特許番号米国特許第6288165号
発行日平成13年9月11日
出願番号08/985873
出願日平成9年12月5日
発明の名称酢酸ビニル系重合体ケン化物を含む樹脂組成物
発明者原告,D,E,B,F,G,H
特許請求の範囲次の(ア)ないし(タ)のとおり
(ア)請求項1
「次の(a)及び(b)からなる樹脂組成物。
(a)エチレン-酢酸ビニル共重合体のけん化物
(b)樹脂組成物に基づき,沸点が20℃以上である0.000001~1
重量%の共役ポリエン
ただし,該共重合体は,共重合体に基づき,含有量5~60モル%のエチ
レンを有すること。」
(イ)請求項2
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンの沸点は酢酸ビニル
よりも高いこと。)。」
(ウ)請求項3
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンは酸素原子を含有す
る官能基を有すること。)。」
(エ)請求項4
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンはカルボキシル基,
その塩,ヒドロキシル基又はエステル基を有すること。)。」
(オ)請求項5
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンはポリエンカルボン
酸又はその塩若しくはエステルであること。)。」
(カ)請求項6
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンはソルビン酸である
こと。)。」
(キ)請求項7
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共重合体は含有量10~50モル%
のエチレンを有すること。)。」
(ク)請求項8
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共重合体は酢酸ビニル成分のけん
化度95%以上を有すること。)。」
(ケ)請求項9
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該樹脂組成物は共役ポリエンを0.
0001~0.2重量%含有すること。)。」
(コ)請求項10
「請求項1による樹脂組成物(ただし,該共重合体はエチレン含有量10~
50モル%及び酢酸ビニル成分のけん化度95%以上を有し,該樹脂組成
物はソルビン酸を0.0001~0.2重量%含有すること。)。」
(サ)請求項11
「酢酸ビニル重合体けん化物及び酸素原子を含有する官能基を有する共役ポ
リエン0.000001~1重量%からなる樹脂組成物。」
(シ)請求項12
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該酢酸ビニル重合体はエチレン-
酢酸ビニル共重合体であること。)。」
(ス)請求項13
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンはポリエンカルボ
ン酸又はその塩若しくはエステルであること。)。」
(セ)請求項14
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンはソルビン酸であ
ること。)。」
(ソ)請求項15
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンは酢酸ビニル成分
けん化度95%以上を有すること。)。」
(タ)請求項16
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該樹脂組成物は該共役高分子を0.
0001~0.2重量%含有すること。)。」
カ被告は,本件欧州特許1の出願人であり,特許発行から存続期間満了による
平成28年6月24日の特許権の消滅まで特許権者であった。この欧州特許につい
ては,本件特許1の優先権の出願の基礎とされたものと同じ先の出願(平成7年6
月26日にされた特願平7-159515号)に基づく優先権を主張して出願され
た。本件欧州特許1の内容は,次のとおりである(甲10,弁論の全趣旨)。
特許番号欧州特許第751153号
発行日平成14年9月25日
出願番号96110183.9
出願日平成8年6月24日
発明の名称酢酸ビニル系共重合体の製法,酢酸ビニル系重合体ケン
化物の製法及び樹脂組成物
発明者原告,D,E,B,F,G,H
指定締約国ベルギー,ドイツ,フランス,イギリス,イタリア
特許請求の範囲次の(ア)ないし(ソ)のとおり
(ア)請求項1
「エチレン-酢酸ビニル共重合体を生成するために,酢酸ビニルからなる1
つ以上の単量体をエチレンで共重合した後に,沸点が20℃以上の共役ポ
リエンを添加するエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程。」
(イ)請求項2
「請求項1による工程(ただし,ポリエン添加後に未反応酢酸ビニル単量体
が除去されること。)。」
(ウ)請求項3
「請求項1又は2によるエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程(ただし,
該共役ポリエンの沸点は酢酸ビニルより高いこと。)。」
(エ)請求項4
「請求項1から3によるエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程(ただし,
該共役ポリエンは酸素原子を含有する官能基であること。)。」
(オ)請求項5
「請求項1から4によるエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程(ただし,
該共役ポリエンはカルボキシル基若しくはその塩,ヒドロキシル基又はエ
ステル基を有すること。)。」
(カ)請求項6
「請求項1から5によるエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程(ただし,
該共役ポリエンはポリエンカルボン酸又はその塩若しくはエステルである
こと。)。」
(キ)請求項7
「請求項1から6によるエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程(ただし,
該共役ポリエンはソルビン酸であること。)。」
(ク)請求項8
「請求項1から7によるエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程(ただし,
該共重合体は含有量5~60モル%のエチレンを有すること。)。」
(ケ)請求項9
「請求項1から8によるエチレン-酢酸ビニル共重合体の製造工程(ただし,
該共重合は60℃のメタノール中での半減期が5時間以下である重合触媒
を用いて行われること。)。」
(コ)請求項10
「請求項1から9による工程で得られる酢酸ビニル重合体のけん化からなる,
酢酸ビニル重合体けん化物の製造工程」
(サ)請求項11
「酢酸ビニル重合体のけん化物と沸点が20℃以上である0.000001
~1重量%の共役ポリエンからなる樹脂組成物。」
(シ)請求項12
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該エチレン-酢酸ビニル共重合体
には含有量5~60モル%のエチレンが含まれること。)。」
(ス)請求項13
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンは酸素原子を含有
する官能基を有すること。)。」
(セ)請求項14
「請求項11による樹脂組成物(ただし,該共役ポリエンはソルビン酸であ
ること。)。」
(ソ)請求項15
「請求項11から14による樹脂組成物からなる溶融成形用樹脂組成物。」
キ被告は,本件欧州特許2の出願人であり,特許発行から存続期間満了による
平成16年12月18日の特許権消滅まで特許権者であった。この欧州特許につい
ては,昭和58年12月19日にされた本件特許2の出願に基づく優先権を主張し
て出願された。本件欧州特許2の内容は,次のとおりである(甲11,弁論の全趣
旨)。
特許番号欧州特許第146138号
発行日昭和63年12月28日
出願番号84115677.1
出願日昭和59年12月18日
発明の名称溶融成形材料
発明者I,E,原告,J,K
指定締約国ドイツ,フランス,イギリス,イタリア
特許請求の範囲次の(ア)ないし(エ)のとおり
(ア)請求項1
「酢酸ビニル成分のけん化度95モル%以上,エチレン含有量25~55モ
ル%,ケイ素含有量0.0005~0.2モル%であり,酢酸ビニル,エチ
レン及び下記一般式で表されるケイ素含有オレフィン性不飽和単量体の中
から選ばれた1種又は2種以上の単量体の共重合体をけん化して得た,ケ
イ素含有エチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物からなる溶融成形材料。
ただし,ここでnは0~1,mは0~2,R1
は低級アルキル基,アリル
基,又はアリル基を有する低級アルキル基,R2
は炭素数1~40の飽和
分岐又は非分岐アルコキシル基であり,該アルコキシル基は酸素を含有
する置換基を有していてもよい。R3
は水素又はメチル基,R4
は水素又
は低級アルキル基,R5
はアルキレン基又は連鎖炭素原子が酸素若しくは
窒素によって相互に結合された修飾アルキレン基,R6
は水素,ハロゲン,
低級アルキル基,アリル基又はアリル基を有する低級アルキル基,R7

炭素数1~40のアルコキシル基又はアシロキシル基(ここで該アルコ
キシル基又はアシロキシル基は酸素又は窒素を有する置換基を有してい
てもよい。),R8
は水素,ハロゲン,低級アルキル基,アリル基又はア
リル基を有する低級アルキル基,R9
は低級アルキル基である。」
(イ)請求項2
「請求項1による溶融成形材料(ただし,R1
が炭素数1~5の低級アルキ
ル基,炭素数6~18のアリル基,又は炭素数6~18のアリル基を有す
る炭素数1~5の低級アルキル基,R4
が水素又は炭素数1~5の低級ア
ルキル基,R5
が炭素数1~5のアルキレン基又は連鎖炭素原子が酸素若
しくは窒素によって相互に結合された修飾アルキレン基,R6
が水素,ハ
ロゲン,炭素数1~5の低級アルキル基,炭素数6~18のアリル基又は
炭素数6~18のアリル基を有する炭素数1~5の低級アルキル基,R7
が炭素数1~40のアルコキシル基又はアシロキシル基(ここで該当アル
コキシル基又はアシロキシル基は酸素又は窒素を有する置換基を有してい
てもよい。),R8
が水素,ハロゲン,炭素数1~5の低級アルキル基,
炭素数6~18のアリル基又は炭素数6~18のアリル基を有する炭素数
1~5の低級アルキル基,R9
が炭素数1~5の低級アルキル基に相当す
る。)。」
(ウ)請求項3
「請求項1による溶融成形材料(ただし,ケイ素含有量は0.001~0.
1モル%である。)」
(エ)請求項4
「請求項1による溶融成形材料(ただし,溶融成形材料は深絞り成形体用
材料である。)。」
ク本件発明1がされた当時,前記アのとおり本件特許1の願書に「発明者」と
して記載された原告,D(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)は
ポエ研に,B(以下「B」という。)及びF(以下「F」という。)は岡山樹脂生
産部に,G(以下「G」という。)は化学研究所に,H(以下「H」という。)は
物性研に,それぞれ所属していた(甲26,乙55ないし58,証人B〔1,5,6
頁〕,原告本人〔12頁〕,弁論の全趣旨)。
ケ本件発明1と本件米国発明及び本件欧州発明1とが基本的な内容を共通にす
る発明であり(以下,これらの発明を併せて「本件発明1等」といい,本件特許1,
本件米国特許及び本件欧州特許1を併せて「本件特許1等」という。),本件発明
2と本件欧州発明2とが基本的な内容を共通にする発明であること(以下,これら
の発明を併せて「本件発明2等」といい,本件特許2及び本件欧州特許2を併せて
「本件特許2等」という。)については,当事者間に争いがない(前記ア,イ,オ
ないしキに照らしても明らかなところである。)。また,発明の経緯についても,
本件発明1等どうしで共通し,本件発明2等どうしで共通していることについて,
当事者間に争いがない。
本件発明1等については,原告が発明者の一人であることは争いがないが,共同
発明者間における原告の貢献度について争いがある。
他方,本件発明2等については,原告が発明者の一人であることのほか,共同発
明者間における原告の貢献度が20%であることも争いがない。
なお,本件米国発明,本件欧州発明1及び本件欧州発明2に係る特許を受ける権
利の承継に関して原被告間に発生し得る債権債務関係につき,我が国の法律が準拠
法となることについては,当事者間に争いがない。
(3)被告における職務発明に関する定め
被告においては,昭和38年4月1日以来,従業員がした会社の業務範囲に属す
る発明(職務発明)に関し,「従業員の発明考案取扱規程」,「従業員の発明考案
取扱規定」又は「従業員の発明等取扱規定」と題する職務発明規程が定められてい
る。本件各発明がされた当時,「従業員の発明考案取扱規定」においては,①従業
員が職務発明をしたときは,遅滞なく,所属長に報告しなければならず,その日本
国及び外国における特許を受ける権利を会社に譲渡しなければならない旨規定され,
また,②同規定により承継した権利につき,日本国において特許権を取得し,会社
(被告)が当該特許の発明を実施し,又は第三者に実施させることにより,特に会
社(被告)の売上又は利益に貢献した場合には,所定の等級区分により,実績補償
金を支給する旨規定されていた。また,上記当時,退職者に対する補償金の支給に
ついては,「退職者に対する補償金の実施要領」に基づく運用がされていた(甲1
4,乙15,16,21,22,弁論の全趣旨)。
本件各発明に関しては,遅くとも前記(2)アないしキの各特許出願日までに,上記
①の規定に基づき,原告から被告に対して特許を受ける権利が全て承継されたこと
については当事者間に争いがない(ただし,本件発明3及び本件発明4に関しては,
原告がもともと特許を受ける権利を共有していたかについては争いがある。)。
(4)被告による本件各特許の実施及びライセンス
ア被告による自己実施
(ア)被告は,我が国において,被告製品を製造販売することにより本件発明1を実
施した。本件特許1の特許権設定登録日(平成16年1月30日)から特許権消滅
日(平成28年6月24日)までの期間における売上高は,いずれも後記イの本件
クロスライセンス契約発効日である●(省略)●年●(省略)●月●(省略)●日
以後の販売によるもので,●(省略)●円(推定値)であった。
また,被告は,米国において,被告製品を製造販売することにより本件米国発明
を実施した。本件米国特許の発行日(平成13年9月11日)から乙第39号証記
載の特許権消滅日(平成28年6月25日)までの期間における売上高は,本件ク
ロスライセンス契約発効日である●(省略)●年●(省略)●月●(省略)●日よ
り前の販売によるものが●(省略)●円(推定値),同日以後の販売によるものが
●(省略)●円(推定値)であった。
さらに,被告は,欧州において,被告製品を製造販売することにより本件欧州発
明1を実施した。本件欧州特許1の発行日(平成14年9月25日)から特許権消
滅日(平成28年6月24日)までの期間における売上高は,いずれも本件クロス
ライセンス契約発効日である●(省略)●年●(省略)●月●(省略)●日以後の
販売によるもので,ドイツにおける売上高が●(省略)●円(推定値),ベルギー,
フランス,イギリス及びイタリアにおける売上高が●(省略)●円(推定値)であっ
た。(以上につき,乙39,弁論の全趣旨)。
(イ)被告は,我が国において,被告製品のうち品番「●(省略)●」の「エバール」
樹脂製品を製造販売することにより本件発明2を実施した。本件特許2の特許権設
定登録日(平成6年11月10日)から特許権消滅日(平成15年12月19日)
までの期間における売上高は,●(省略)●(推定値)円であった。
また,被告は,欧州において,同製品を製造販売することにより本件欧州発明2
を実施した。本件欧州特許2の発行日(昭和63年12月28日)から特許権消滅
日(平成16年12月18日)までの期間における売上高は,ドイツにおける売上
高が●(省略)●円(推定値),フランス,イギリス及びイタリアにおける売上高が
●(省略)●円(推定値)であった。(以上につき,乙39,弁論の全趣旨)。
(ウ)被告は,我が国において,被告製品のうち品番「●(省略)●」及び品番「●
(省略)●」の「エバール」樹脂製品を製造販売することにより本件発明3を実施
した(弁論の全趣旨)。
(エ)被告は,我が国において,被告製品のうち品番「●(省略)●」の一部の「エ
バール」樹脂製品並びに品番「●(省略)●」及び品番「●(省略)●」の「エバー
ル」フィルム製品を製造販売することにより本件発明4を実施した(弁論の全趣旨)。
イライセンス(実施許諾)
被告は,●(省略)●年に,●(省略)●(以下「●(省略)●」という。)と
の間で特許相互実施許諾契約(以下「本件クロスライセンス契約」という。)を締
結し,その中で,被告から●(省略)●に対して本件発明1等の実施を許諾した。
本件クロスライセンス契約は●(省略)●年●(省略)●月●(省略)●日に発効
した(甲13,乙42,証人C〔1,7頁〕,弁論の全趣旨)。
(5)特許補償金の支払等
ア原告は,平成12年8月24日付けで,要旨次の内容が記載された承諾書(乙
8。以下「本件承諾書」という。)を作成し,被告に提出した。
(ア)被告を退職するに当たって,「従業員の発明考案取扱規定」の規定に基づく補
償金(以下「特許補償金」という。)につき,同規定15条(退職者の取扱い)に付
属する「改定『従業員の発明考案取扱規定』の実施要領」Ⅲ-7項(退職する従業
員の取扱い)の規定及び「退職する従業員の取扱い(補償金支払い)及び中間製品
の売上相当額の取扱いの確認」に基づき,別表に記載の特許・実用新案・意匠(出
願を含む。)に関する特許補償金の支給を受けたことに相違ありません。
(イ)別紙<クラレ退職者および関連会社転籍者への特許補償金の支払いについて
>の「退職者の取扱いに関する実施要領の概要」における区分(2)のなお書きで
いう登録補償金及び同(3)-4でいう特Aランクの補償金を除き,被告に特許等
を受ける権利を譲渡した原告の発明・考案・意匠等に関し,今後,被告に対して,
「従業員の発明考案取扱規定」等に基づく一切の要求をしません。
イ原告が平成11年3月15日に被告を退職した後,被告は,原告に対し,次
のとおり,本件発明1ないし4に対する特許補償金(実績補償金)(以下,併せて
「本件補償金」という。)を支払った。
(ア)平成12年9月29日,本件発明4に対する実績補償金として5万円(甲14)
(イ)平成20年10月31日,本件発明2に対する実績補償金として3万6000
円,本件発明3に対する実績補償金として9万3333円(甲15,16)
(ウ)平成21年4月10日,本件発明1に対する実績補償金として6万円(甲18)
(6)本件訴訟の経緯
ア原告は,平成26年6月16日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
イ被告は,平成26年7月28日の第1回口頭弁論期日において,原告に対し,
本件各発明の各相当対価請求権(以下「本件各相当対価請求権」という。)につき,
消滅時効を援用する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
3争点
(1)本件発明1等の相当の対価の額
本件発明1,本件米国発明及び本件欧州発明1について,特許法35条3項の「相
当の対価」の額は幾らであるか(争点1)。
ここでは,本件発明1等に対する発明者間における原告の貢献度が最も大きく争
われており,他に,自己実施による独占の利益の額,クロスライセンスによる独占
の利益の有無及び額並びに使用者貢献度(発明者の貢献度)が争われている。なお,
本件欧州発明1に関しては,ベルギー,フランス,イギリス及びイタリアにおける
特許を受ける権利についての特許法35条3項の類推適用の肯否も争われている。
(2)本件発明2等の相当の対価の額
本件発明2及び本件欧州発明2について,特許法35条3項の「相当の対価」の
額は幾らであるか(争点2)。
(3)本件発明3の発明者性及び相当の対価の額
原告は,本件発明3の発明者であるか。また,原告が発明者である場合,本件発
明3について,特許法35条3項の「相当の対価」の額は幾らであるか。(争点3)
(4)本件発明4の発明者性及び相当の対価の額
原告は,本件発明4の発明者であるか。また,原告が発明者である場合,本件発
明4について,特許法35条3項の「相当の対価」の額は幾らであるか。(争点4)
(5)本件各相当対価請求権の放棄の有無
原告は,平成12年8月24日付けで,被告に対し,本件承諾書を提出したこと
をもって,本件各相当対価請求権を放棄する旨の意思表示をしたといえるか(争点
5)。
(6)本件各相当対価請求権の消滅時効の成否等
本件各相当対価請求権について,平成26年6月16日の本件訴え提起時までに
消滅時効が完成したか。また,被告は,本件補償金の支払をもって,本件各相当対
価請求権に係る債務を承認したものであり,これにより,本件各相当対価請求権(本
件発明4の相当対価請求権を除く。)の消滅時効が中断し,又は被告がその時効援
用権を喪失したといえるか。(争点6)
4争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件発明1等の相当の対価の額)について
【原告の主張】
ア本件発明1等の発明者間における原告の貢献度について
(ア)被告においてエバール(被告製品)の増産対策に伴う色相悪化(着色)の改善
が課題となっていたところ,原告は,ポエ研の研究員として,まず他の発明者と共
に,EVOHの色相悪化(着色)原因の推定を行い,実験によりその原因を確認し
た。原告は,重合開始剤の分解速度式を積分して,重合後に残存する重合開始剤由
来のラジカル量(「残存ラジカル量」,「●(省略)●発生ラジカル量」又は「Ri
s」ともいう。)を算出することを着想し,これとEVOHの色相との関係を調べ
た結果,「重合開始剤の種類によらず,残存ラジカル量がEVOHの色相と強い相
関関係を有する」という知見(以下「本知見」という。)を発見した。原告は,そ
の結果から,重合禁止剤で発生ラジカル(残存ラジカル)のトラップ又は残存重合
開始剤の分解をすることが最も重要であると考えた。そこで,原告は,食品衛生上
問題ないと思われる禁止剤十数種類程度を選んで禁止剤の探索(選定作業)を行っ
た結果,共役二重結合を有する不飽和化合物,例えばソルビン酸が●(省略)●に
優れていることを見いだした。
このようにして,原告は,重合禁止剤として共役ポリエンを用いるという本件発
明1の着想に至ったものである。
(イ)ソルビン酸に関しては,原告は,本件プロジェクトの開始後,様々な化合物に
ついて評価検討を重ねる中,本件プロジェクトとは無関係であった同僚の●(省略)
●と原告の仕事について雑談をしていた際に,●(省略)●に対し,共役二重結合
を有する化合物が禁止剤に有効そうなことを話した(●(省略)●として幾つか具
体的な評価済みの化合物を挙げながら,「共役ポリエンみたいなのがいいんだ。」
と話した)ところ,●(省略)●から,「そのような化合物ならソルビン酸がある。」
と言われ,その時初めて,ソルビン酸を●(省略)●として用いることについて思
い至った。
(ウ)共役ポリエン化合物に関しては,原告は,過去にイソプレンを用いた実験を行っ
た自身の経験から,イソプレンが重合禁止剤として働くのではないかと考え,それ
が,不飽和ポリエンが重合禁止剤として使用できるかを評価してみようと思うきっ
かけとなった。
なお,被告は,日本合成が保有する特願昭60-38079号に係る特許(以下
「日合特許」という。また,この特許に係る発明を「日合発明」という。)の明細
書等(特開昭61-197603号公報〔乙14。以下「日合公報」という。〕,
特公平5-88246号公報〔乙13〕参照)から,共役ポリエンを重合禁止剤と
して用いることが着想された旨主張するが,明細書等に不飽和ポリエンであること
自体が色相改善に作用するような示唆も全くない中で,構造式だけを見てそのよう
な着想を得たというのは根拠のない不自然な主張であり,信用できない。
(エ)原告は,禁止剤候補の評価試験において,●(省略)●又はソルビン酸を●(省
略)●,●(省略)●又は●(省略)●を開始剤として組み合わせた比較実験を行
い,原告自らそのRisを計算した結果,「色相(YI)は,開始剤種にかかわら
ず,Ris(残存ラジカル量)の増加によって悪化する。」という本知見を確認す
るとともに,「Ris当たりで見ると,色相は,開始剤種の影響は受けないが,禁
止剤種によっては差を生じる」という知見(「●(省略)●としてソルビン酸を用
いた場合の方が,●(省略)●を用いた場合と比べて,Ris当たりの色相悪化が
少ない」という知見)を確認することができた。原告は,この結果を「EVAL増
産/重合開始剤変更に伴う色相悪化対策」と題する報告書(甲26。以下「本件報
告書」という。)中の「Fig-4追い出し時発生ラジカル量とYIの関係」と
いうグラフ(以下,単に「Fig-4」ということがある。)に表現した。
原告によるRisの計算を経て上記知見が得られたことは,●(省略)●として
ソルビン酸を実機試験へ進める第一候補とすることを決定付け,本件発明1を完成
させる大きな要因となった。
(オ)以上に加え,本件発明1の商業化に向けた実施例の検討に関しても,原告は,
社内の反対を受けている状況の中で単独で重合実験を継続し,重合温度を変数とし
た重合度式を完成させるに至った。
また,原告は,重合度式に関し,計算処理のためのプログラムを完成させた。本
件発明1の実施である増産体制におけるエバールの製造は,原告の計算プログラム
なしでは不可能であった。
さらに,本件発明1の特許化に当たり,原告は,明細書案を起案した。
(カ)なお,岡山樹脂生産部は,原告による●(省略)●候補評価試験の一環とし
て,●(省略)●を用いた色相検査を行い,その結果Fig-4の作成に貢献した
限度で,本件発明1に寄与したといえる。しかしながら,ソルビン酸を含む,上記
評価試験の対象となる●(省略)●の候補の提案は,ポエ研の原告が行ったもので
あり,その貢献が大きい。
(キ)以上のとおり,本件発明1に至る一連の過程で,原告の貢献度が高い一方,
他の共同発明者の関与はほとんどなく,共同発明者間における原告の貢献度は80%
を下回ることはない。
イ本件発明1の相当の対価の額について
(ア)本件発明1の独占の利益について
a自己実施分について
自己実施の場合における独占の利益の額は,「期間売上高×超過売上率×仮想実
施料率×特許寄与率」の算定式により求められる。
(a)超過売上率
本件特許1は,重要な技術を発明内容とする強い独占力を有するものであり,こ
れにより,被告製品は高い競争力を有している。本件発明1の代替技術は日合発明
のみであり,これをEVOH市場に占める特許発明の割合で換算するとすれば,5
0%となる。したがって,本件発明1の超過売上率は,50%を下回ることはない。
なお,本件発明1は,代替技術に対して技術的優位性を有するほか,従来のエバー
ルと比べても技術的優位性を有するものである。
(b)仮想実施料率
社団法人発明協会発行の『実施料率〔第5版〕』(甲23)によると,有機化学
製品分野の実施料率は,平成4年度から平成10年度までのイニシャル無しで,最
頻値3%,中央値4%,平均値5.5%である。被告製品は,世界のトップシェア
を誇る高機能樹脂素材であること,本件各発明がEVOH樹脂の製造に重要な技術
であることなどに照らすと,本件各特許の仮想実施料率は,上記中央値の4%を下
回ることはない。
(c)特許寄与率
エバールに関する特許群(●(省略)●件)の中で,樹脂製造工程に関する特許
群(●(省略)●件)の寄与率は,50%を下回ることはない。その樹脂製造工程
に関する特許群(●(省略)●件)の中で,品質を目的とするもの(●(省略)●
件)の寄与率は,43%(=●(省略)●/●(省略)●)とみられる。そして,本
件発明1の重要性に照らすと,品質目的の樹脂製造工程に関する特許群(●(省略)
●件)の中で,本件特許1の寄与率は,50%を下回ることはない。
そうすると,本件発明1の寄与率は,少なくとも10%を下回ることはない(5
0%×43%×50%=10.75%)。
(d)小括
前記前提事実(4)ア(ア)及び前記(a)ないし(c)によると,本件発明1に係る自己実施分
の独占の利益の額は,●(省略)●円を下回ることはない(期間売上高×超過売上
率×仮想実施料率×特許寄与率=●(省略)●円×50%×4%×10%=●(省
略)●円)。
bクロスライセンス分について
本件クロスライセンス契約は,相手方から見て,現在あるいは将来の事業の支障
となりそうな特許について希望するという選択基準でなされたクロスライセンスで
あり,互いに実施の必要性から希望したものとみられる。現に被告も実施をしてい
る特許があるというのであるから,●(省略)●本件クロスライセンス契約による
独占の利益は生じている。
被告が●(省略)●に対する本件クロスライセンス契約に基づく本件特許1のラ
イセンスにより得た対価は,全額が本件発明1の独占の利益となる。
●(省略)●のEVOH樹脂製品(「●(省略)●」)の売上高は,被告製品の売
上高の●(省略)●と推定されるから,本件発明1のライセンスに対応する売上高
は,●(省略)●円(前記前提事実(4)ア(ア)の●(省略)●円の●(省略)●)であ
る。
仮想実施料率は,前記a(b)と同様,4%を下回ることはない。
特許寄与率については,本件特許1の寄与度は,被告から●(省略)●に対して
本件クロスライセンス契約により実施許諾された他の特許(牽制特許)よりも大き
いから,10%を下回ることはない。
そうすると,本件発明1に係るクロスライセンス分の独占の利益の額は,●(省
略)●円を下回ることはない(推定売上高×仮想実施料率×特許寄与率=●(省略)
●円×4%×10%=●(省略)●円)。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
職務発明の相当の対価の額は,「独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間
貢献度」の算定式で求められるところ,本件発明1の独占の利益に対する原告の貢
献度は大きいから,使用者(被告)の貢献度が90%を上回ることはなく,また,
前記アのとおり共同発明者間における原告の貢献度が80%を下回ることはない。
そうすると,本件発明1の相当の対価の額は,3206万3283円を下回るこ
とはない(独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=(●(省略)●円
+●(省略)●円)×(100%-90%)×80%=3206万3283円)。
ウ本件米国発明の相当の対価の額について
(ア)本件米国発明の独占の利益について
a自己実施分について
前記イ(ア)aと同様,超過売上率は50%,仮想実施料率は4%,特許寄与率は1
0%である。したがって,前記前提事実(4)ア(ア)を前提に計算すると,本件米国発明
に係る自己実施分の独占の利益の額は,●(省略)●円を下回ることはない(期間
売上高×超過売上率×仮想実施料率×特許寄与率=(●(省略)●円+●(省略)●
円)×50%×4%×10%=●(省略)●円)。
bクロスライセンス分について
本件米国発明のライセンスに対応する売上高は,●(省略)●円と推定される。
また,前記イ(ア)bと同様,仮想実施料率は4%,特許寄与率は10%である。した
がって,本件米国発明に係るクロスライセンス分の独占の利益の額は,●(省略)
●円を下回ることはない(推定売上高×仮想実施料率×特許寄与率=●(省略)●円
×4%×10%=●(省略)●円)。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記イ(イ)と同様,使用者(被告)の貢献度が90%を上回ることはなく,共同発
明者間における原告の貢献度が80%を下回ることはない。
そうすると,本件米国発明の相当の対価の額は,6378万5786円を下回る
ことはない(独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=(●(省略)●
円+●(省略)●円)×(100%-90%)×80%=6378万5786円)。
エ本件欧州発明1の相当の対価の額について
(ア)特許法35条3項の類推適用の肯否について
最高裁平成16年(受)第781号同18年10月17日第三小法廷判決・民集
60巻8号2853頁(以下「平成18年最判」という。)によれば,外国が,特
許を受ける権利が使用者に原始的に帰属する法制を採っていようと,特許法35条
3項が類推適用される。同項の類推適用の基礎は,外国の法制が日本と同様である
ことにあるのではなく,むしろ,特許を受ける権利が社会的事実としては実質的に
1個であることや,当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する
法律関係を一元的に処理しようとする当事者の通常の意思にあるからである。
(イ)本件欧州発明1の独占の利益について
a自己実施分について
前記イ(ア)aと同様,超過売上率は50%,仮想実施料率は4%,特許寄与率は1
0%である。したがって,前記前提事実(4)ア(ア)を前提に,本件欧州発明1に係る自
己実施分の独占の利益の額は,●(省略)●円を下回ることはない(期間売上高×
超過売上率×仮想実施料率×特許寄与率=(●(省略)●円+●(省略)●円)×5
0%×4%×10%=●(省略)●円)。
bクロスライセンス分について
本件欧州発明1のライセンスに対応する売上高は,●(省略)●円と推定される。
また,前記イ(ア)bと同様,仮想実施料率は4%,特許寄与率は10%である。した
がって,本件米国発明に係るクロスライセンス分の独占の利益の額は,●(省略)
●円を下回ることはない(推定売上高×仮想実施料率×特許寄与率=●(省略)●
円×4%×10%=●(省略)●円)。
(ウ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記イ(イ)と同様,使用者(被告)の貢献度が90%を上回ることはなく,共同発
明者間における原告の貢献度が80%を下回ることはない。
そうすると,本件米国発明の相当の対価の額は,4062万8557円を下回る
ことはない(独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=(●(省略)●
円+●(省略)●円)×(100%-90%)×80%=4062万8557円)。
オ小括
以上のとおり,本件発明1の相当の対価の額は3206万3283円,本件米国
発明の相当の対価の額は6378万5786円,本件欧州発明1の相当の対価の額
は4062万8557円を下回ることはない。
【被告の主張】
ア本件発明1等の発明者間における原告の貢献度について
(ア)●(省略)●として共役ポリエンを着想したのは,原告ではない。本件プロジェ
クトが行われていた平成6年頃,色相を改善する●(省略)●に関する日合発明に
ついて,日合公報(特開昭61-197603号公報)に着目し,その特許請求の
範囲に記載された化合物に類似するが,それに包含されない化合物に●(省略)●
と色相改善の可能性があるのではないかとの着想が,原告以外の発明者(●(省略)
●)によってなされた。すなわち,「日合発明にあるように,炭素-炭素二重結合
とフェニル基が炭素-炭素単結合を介して隣接している場合に着色度抑制効果が得
られるのであれば,フェニル基のような環式構造を,鎖状構造である脂肪族炭化水
素の炭素-炭素二重結合に置き換えて,2つの炭素-炭素二重結合が炭素-炭素単
結合を介して隣接している場合にも,同様の効果が得られるのではないか。」との
着想がされ,例えばソルビン酸のように,2つの炭素-炭素二重結合が炭素-炭素
単結合1個を介した鎖状構造をとる共役ポリエン化合物であれば,上記と同様の効
果があり得ることが着想された。そこで,化学研究所において,上記化合物を含む
幅広い化合物群をスクリーニングし,●(省略)●と色相改善の効果のある化合物
群の選定を行った。
このように,本件発明1については,日合発明の●(省略)●からソルビン酸を
着想し,その上位概念である「共役ポリエン化合物」に想到するに至ったものであ
る。本件発明1は,日合発明が網羅し切れなかった隙間を捉えた発明ということも
できる。
(イ)原告が発見したと主張するEVOHの着色原因に関する本知見は,本件発明1
に到達し得るものではない。すなわち,本知見(なお,ラジカル量が色相に影響す
ること,はかねてから当業者の間で知られており,何ら目新しい知見ではなかった。)
のとおり,重合開始剤の種類にかかわらずラジカル量が多いほどEVOHの色相が
悪化することに着目するならば,色相悪化を改善するには,端的にラジカル量を減
らせばよいことになる。これに対し,重合禁止剤を,当時被告が使用していた禁止
能が際立って優れた●(省略)●から,禁止能がより劣る各種共役ポリエンに変更
することは,ラジカル量を減らすための解決手段にはならないから,本知見から,
重合禁止剤として共役ポリエンを用いることに到達することは不可能である。
原告がこのように本件発明1の実際の開発経緯とかけ離れた主張をしていること
自体,原告が本件発明1の研究開発の中心的メンバーではなく,その貢献度が極め
て低いことを如実に示している。なお,原告は,原告が検討する前から,色相悪化
対策としてソルビン酸が●(省略)●の選択肢に入っていたことを認めており,こ
れは,「本知見によって本件発明1が見いだされた」との原告の主張とは矛盾する。
また,原告は,ソルビン酸の使用によっても色相改善に至らなかったとの主張をも
しており,これは,本件発明1の効果を否定するものであって,本件発明1とはお
よそ整合しない。
また,前記【原告の主張】ア(イ)の主張は,原告が平成28年8月12日付け第8
準備書面で突如これまでの主張を一転させて,原告が●(省略)●としてソルビン
酸を用いることを知る前に,共役二重結合を有する化合物が●(省略)●に有効で
あると認識していたなどと主張するに至ったものである。これは,本件発明1の開
発経緯の根本的な点で従前の主張と完全に矛盾するのみならず,いかにして共役二
重結合を有する化合物が禁止剤として優れているとの着想を得たのかについて全く
明らかにできていない。
なお,原告は,禁止剤に有効である共役二重結合を有する化合物としてイソプレ
ンを挙げるに至ったが(前記【原告の主張】ア(ウ)参照),他方で,原告は,本件発
明1の研究開発当時,イソプレンが禁止剤として有効であるとは認識していなかっ
たことを自ら明らかにしているし,イソプレンに関する原告の認識に基づいてその
上位概念である「共役ポリエン化合物」が禁止剤として有効であると認識するに至
るにはあまりに大きな飛躍がある。
(ウ)なお,原告が本件特許1の筆頭発明者として記載されているのは,本件発明1
が色相改善に関する発明であり,原告がポエ研の色相対策を担当するチームの一員
として実験的な確認作業を行ったからにすぎない。発明者の記載順序は,多くの場
合,全く便宜的なものであり,技術的思想の創作行為に現実に加担した程度とは関
係がない。
また,原告が主張する重合度式及び計算プログラムについては,生産応用面で中
心的役割を担っていた岡山樹脂生産部において利用した事実はない。岡山樹脂生産
部においては,開発当初被告に蓄積されていた重合度式に基づいて,独自の計算プ
ログラムを構築,使用してきたのであり,また,それで何らの問題もなくエバール
の製造を行うことができたのである。なお,重合度式の重合温度が変数であるか固
定値であるかは,本件発明1との関係では何らの違いももたらさない。
(エ)ところで,各発明者の貢献度に関しては,物性研のHは,本件発明1の共同研
究において着色機構の解明を担当し,重合開始剤として●(省略)●を用いた場合
の色相悪化が,●(省略)●と●(省略)●の組合せによってもたらされているこ
とを初めて突き止めた点に多大な貢献がある。
岡山樹脂生産部のB及びFは,●(省略)●及び実機における評価を担当したと
ころ,平成6年3月までは区々であった色相評価系を統一させることを提案し,実
際に,岡山樹脂生産部にケン化工程を実機と同様の●(省略)●とした●(省略)
●を設置した点,●(省略)●及び実機によりソルビン酸等の色相評価を行った点,
実機において,モノマー●(省略)●内の●(省略)●を0ppmとすることによっ
て着色が劇的に改善することを見いだした点に多大な貢献がある。
化学研究所のGは,重合禁止剤を評価するモデル系の確立と重合禁止剤の探索を
担当したところ,●(省略)●に代わる●(省略)●としての可能性を幅広く探索
し,その結果としてソルビン酸等を推薦した点に多大な貢献がある。
ポエ研の●(省略)●は,前記(ア)のとおり●(省略)●としてソルビン酸を着想
した点に貢献がある。
ポエ研のE及び原告は,ソルビン酸を始めとする各種共役ポリエン化合物が●(省
略)●の候補として挙がり,これらを使用したエバールを合成し,重合禁止能及び
色相ともに良好である共役ポリエン化合物を選定する作業をする段階に至ってから,
その作業の一環として,ポエ研の立場で,禁止能等の確認作業に関わった点に貢献
が認められる。もっとも,原告は,ポエ研の一員としての立場で,上司の命により,
ポエ研の実験設備によって実験できる限度で実験作業を行ったにすぎない。
(オ)以上によれば,原告が本件発明1の技術的思想の創作行為に実質的に寄与した
とは到底考えられず,せいぜい上司等の指示により実験的な確認作業を行ったにす
ぎないのであるから,原告の本件発明1に対する貢献度は零に等しいというべきで
あり,多くても本件発明1の発明者数(7名)に応じた均等な貢献度である14%
を上回るものではない。
イ本件発明1の相当の対価の額について
(ア)本件発明1の独占の利益について
a自己実施分について
(a)超過売上率
本件特許1等及び本件特許2等は,EVOH樹脂市場におけるエバールの市場占
有率に何らの貢献もしていない。また,本件発明1等には,●(省略)●が有する
代替技術があり,さらに,本件発明1等及び本件特許2等が他の技術と比較して技
術的優位性や強い独占の効果を持つものであったとは到底いえない。したがって,
本件特許1等の本件クロスライセンス契約発効日前における超過売上率及び本件特
許2等の超過売上率は,零であるか,仮に零といえないまでも,多くて10%であ
る。
そして,本件特許1等は,●(省略)●との本件クロスラインセンス契約の対象
とされたところ,本件クロスライセンス契約が発効した後は,●(省略)●に対す
るライセンスにより特許群の排他効はより一層低下する。したがって,本件クロス
ライセンス契約発効日以後における本件特許1等の超過売上率は,零であるか,仮
に零といえないまでも,多くて5%である。
(b)仮想実施料率
被告は,エバールを生産するために,現在においても,本件特許1等及び本件特
許2等を含む大量の特許群に係る発明を実施している。これら特許群は,被告がエ
バールの製造販売を開始してから10年ないし20年以上経過した後に出願された
ものであって,基本特許どころか,被告が保有する大量の改良特許のごく一部にす
ぎない。本件特許1及び本件特許2を含む特許群の実施を許諾したところで,被告
が保有し実施するノウハウがなければ,市場に受け入れられる価格・品質のエバー
ルを製造することは不可能なのであるから,仮に,他社に上記特許群について実施
許諾したとしても,その実施料率は極めて低い。
したがって,仮想実施料率は,本件特許1及び2を含む特許群全体で,多くて3%
である。
(c)特許寄与率
エバールに関する基本特許はいずれも存続期間満了により消滅しており,市場が
求める品質のエバールを生産するために必須となる基本技術は,ノウハウとして被
告において秘匿されている。このため,現在被告が保有するエバールの品質向上に
関する特許は,エバールの基本性能や特性を左右するようなものではなく,本件特
許1等のように細かい付加的な品質向上に関するものか,本件特許2等のように特
定の限られた用途に関するものがほとんどである(なお,品質を目的とする特許の
中でいえば,特許第4674004号,特許第4330253号,特許第4330
254号,特許第3954290号及び特許第413626号は,本件特許1に比
べて重要な特許である。)。これに対し,被告は,売上げないし利益の増大に直接
的に貢献する,増産やコスト削減に効果のある生産技術や,安定運転・設備稼働率
向上を通じて生産能力向上に貢献する特許も有している。したがって,売上げない
し利益の増大の観点から,本件特許1等及び本件特許2等が,エバールの生産に際
して実施される特許群の中において,特に重要であるとはいえず,本件特許1等な
いし本件特許2等の寄与率は,多くても,該当製品を製造するに際して実施される
特許群の数に応じた均等な寄与率(すなわち「1/特許群の数」)である。
被告が平成25年時点で保有し,かつエバールに関して実施していた特許数は●
(省略)●件である。したがって,エバール生産に関する特許群の中での本件特許
1の寄与率は,●(省略)●%(=1/●(省略)●)である。
(d)小括
前記前提事実(4)ア(ア)及び前記(a)ないし(c)によると,本件発明1に係る自己実施分
の独占の利益の額は,0円ないし173万4192円である(期間売上高×超過売
上率×仮想実施料率×特許寄与率=●(省略)●円×0~5%×3%×●(省略)
●%=0円~173万4192円)。
bクロスライセンス分について
●(省略)●は,本件発明1等によらずとも,もともと保有していた代替技術に
よって,EVOHの色相改善をすることができたところ,●(省略)●が本件発明
1等を実施しているとの事実並びにその範囲及び時期に関する立証を原告は何らし
ていない。
また,本件クロスライセンス契約は,被告と●(省略)●が,主として相手方の
事業活動を牽制する目的で出願,保有してきた特許(以下「牽制特許」という。)
を相互に●(省略)●で実施許諾したものであり,互いの重要な特許については実
施許諾の対象としないことを合意していた。その際,両社が実施許諾の対象として
主眼に置いたのは,EVOH樹脂の生産に当たり●(省略)●技術に関する特許で
あった。
さらに,本件クロスライセンス契約に起因して被告の売上げが更に増大したとい
う事実はないし,被告によるエバールの市場占有率が増大したという事実もない。
このように,被告が本件クロスライセンス契約により現に利益を得たという事実は
ない。
以上のとおり,被告は,本件クロスライセンス契約によって独占の利益を得てい
ない。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
①被告におけるEVOH樹脂の開発経緯,②被告における研究環境,③被告によ
る設備投資,④被告による需要開拓などの営業努力,⑤被告が提供する高度な技術
サービス,⑥出願経過における被告の貢献等を勘案し,また,⑦本件発明1が被告
による多くの基本特許及び改良特許から派生した付随したものにすぎないこと(さ
らに,本件発明1は,重要な特許でないから,包括クロスライセンスの対象となっ
たのであり,●(省略)●において既に代替技術があったこと),⑧売上げに対す
る貢献は発明完成後の営業努力によるところが多大であることに鑑みると,本件発
明1等及び本件発明2等により被告が受けた利益について,被告(使用者)の貢献
度は極めて高く,発明者の貢献はせいぜい1%程度にとどまる。
また,前記アのとおり,発明者間における原告の貢献度は,本件発明1について
は,多くても14%にとどまる。
そうすると,本件発明1の相当の対価の額は,0円ないし2428円である(独
占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=0円~173万4192円×
(100%-99%)×14%=2428円)。
ウ本件米国発明の相当の対価の額について
(ア)本件米国発明の独占の利益について
a自己実施分について
前記イ(ア)a(a)のとおり,本件米国特許の超過売上率は,本件クロスライセンス契
約発効日前においては,零であるか,仮に零といえないまでも,多くて10%であ
り,本件クロスライセンス契約発効日以後においては,零であるか,仮に零といえ
ないまでも,多くて5%である。
また,前記イ(ア)a(b)のとおり,仮想実施料率は,本件米国特許を含む特許群全体
で,多くて3%である。
そして,前記イ(ア)a(c)のほか,被告が米国でエバールに関して実施していた米国
特許の数は●(省略)●件であることからすれば,米国におけるエバール生産に関
する特許群の中での本件米国特許の寄与率は,●(省略)●%(=1/●(省略)
●)である。
したがって,本件米国発明に係る自己実施分の独占の利益の額は,本件クロスラ
イセンス契約発効日前においては0円ないし27万3483円であり(期間売上高
×超過売上率×仮想実施料率×特許寄与率=●(省略)●円×0~10%×3%×
●(省略)●%=0円~27万3483円),本件クロスライセンス契約発効日以
後においては0円ないし597万1676円であり(期間売上高×超過売上率×仮
想実施料率×特許寄与率=●(省略)●円×0~5%×3%×●(省略)●%=0円
~597万1676円),これらを合計しても,0円~624万5159円である。
bクロスライセンス分について
前記イ(ア)bのとおり,被告は,本件クロスライセンス契約によって独占の利益を
得ていない。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記イ(イ)のとおり,本件米国発明により被告が受けた利益について,被告(使用
者)の貢献度は極めて高く,発明者の貢献はせいぜい1%程度にとどまる。また,
発明者間における原告の貢献度は,本件米国発明については,多くても14%を上
回るものではない。
そうすると,本件米国発明の相当の対価の額は,0円ないし8743円である(独
占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=0円~624万5159円×
(100%-99%)×14%=8743円)。
エ本件欧州発明1の相当の対価の額について
(ア)特許法35条3項の類推適用の肯否について
ベルギー,フランス,イギリス及びイタリアは,特許を受ける権利が使用者に原
始的に帰属する法制を採用している。このような国においては,原告がした発明に
係る特許を受ける権利は被告に原始的に帰属するから,これについて相当対価請求
権は観念し得ない。したがって,これらの国における特許を受ける権利に関しては,
特許法35条3項を類推適用する基礎を欠く。
(イ)本件欧州発明1の独占の利益について
前記イ(ア)a(a)のとおり,本件クロスライセンス契約発効日後,本件欧州特許1の
超過売上率は,零であるか,仮に零といえないまでも,多くて5%である。
また,前記イ(ア)a(b)のとおり,仮想実施料率は,本件欧州特許1及び本件欧州特
許2を含む特許群全体で,多くて3%である。
そして,前記イ(ア)a(c)のほか,被告がドイツでエバールに関して実施していたド
イツ特許の数は●(省略)●件である(欧州特許の数も●(省略)●件である)こ
とからすれば,ドイツにおけるエバール生産に関する特許群の中での本件欧州特許
1の寄与率は,●(省略)●%(=1/●(省略)●)である。
したがって,本件欧州発明1に係るドイツでの自己実施分の独占の利益の額は,
0円ないし200万4726円である(期間売上高×超過売上率×仮想実施料率×
特許寄与率=●(省略)●円×0~5%×3%×●(省略)●%=0円~200万4
726円)。
(ウ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記イ(イ)のとおり,本件欧州発明1により被告が受けた利益について,被告(使
用者)の貢献度は極めて高く,発明者の貢献はせいぜい1%程度にとどまる。また,
発明者間における原告の貢献度は,本件欧州発明1については,多くても14%を
上回るものではない。
そうすると,本件欧州発明1の相当の対価の額は,0円ないし2807円である
(独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=0円~200万4726
円×(100%-99%)×14%=2807円)。
オ小括
以上のとおり,本件発明1の相当の対価の額は2428円,本件米国発明の相当
の対価の額は8743円,本件欧州発明1の相当の対価の額は2807円を上回る
ことはない。
そして,これらの合計額は1万3978円であるが,被告は原告に対し本件発明
1に関する特許補償金として,これを上回る6万円を支払済みである。
そうすると,原告は,被告に対し,本件発明1等に関し,特許法35条3項に基
づく相当対価請求権を行使することはできない。
(2)争点2(本件発明2等の相当の対価の額)について
【原告の主張】
ア本件発明2の相当の対価の額について
(ア)本件発明2の独占の利益について
前記(1)イ(ア)aと同様,超過売上率は50%,仮想実施料率は4%である。特許寄
与率については,該当製品を製造するに際して実施される特許群の数に応じた均等
な寄与率とすることでよく,●(省略)●%である。
したがって,前記前提事実(4)ア(イ)を前提に計算すると,本件発明2に係る自己実
施分の独占の利益の額は,46万9780円を下回ることはない(期間売上高×超
過売上率×仮想実施料率×特許寄与率=●(省略)●円×50%×4%×●(省略)
●%=46万9780円)。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記(1)イ(イ)と同様,使用者(被告)の貢献度が90%を上回ることはない。共同
発明者間における原告の貢献度は,発明者数に応じた均等な貢献度である20%を
下回ることはない。
そうすると,本件発明2の相当の対価の額は,9396円を下回ることはない(独
占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=46万9780円×(100%
-90%)×20%=9396円)。
イ本件欧州発明2の相当の対価の額について
(ア)特許法35条3項の類推適用の肯否について
前記(1)エ(ア)と同様,本件欧州発明2の特許を受ける権利に関しても,特許法35
条3項は類推適用される。
(イ)本件欧州発明2の独占の利益について
前記(1)イ(ア)aと同様,超過売上率は50%,仮想実施料率は4%である。特許寄
与率については,該当製品を製造するに際して実施される特許群の数に応じた均等
な寄与率とすることでよく,●(省略)●%である。
したがって,前記前提事実(4)ア(イ)を前提に計算すると,本件欧州発明2に係る自
己実施分の独占の利益の額は,534万円を下回ることはない(期間売上高×超過
売上率×仮想実施料率×特許寄与率=(●(省略)●円+●(省略)●円)×50%
×4%×●(省略)●%=534万円)。
(ウ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記ア(イ)と同様,使用者(被告)の貢献度が90%を上回ることはなく,共同発
明者間における原告の貢献度が20%を下回ることはない。
そうすると,本件欧州発明2の相当の対価の額は,10万6800円を下回るこ
とはない(独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=534万円×(1
00%-90%)×20%=10万6800円)。
ウ小括
以上のとおり,本件発明2の相当の対価の額は9396円,本件欧州発明2の相
当の対価の額は10万6800円を下回ることはない。
【被告の主張】
ア本件発明2の相当の対価の額について
(ア)本件発明2の独占の利益について
前記(1)イa(a)のとおり,本件特許2の超過売上率は,零であるか,仮に零といえ
ないまでも,多くて10%である。また,前記(1)イa(b)のとおり,仮想実施料率は,
本件特許1及び本件特許2を含む特許群全体で,多くて3%である。
前記(1)イ(ア)a(c)のほか,被告が平成13年時点で保有し,かつ品番「●(省略)
●」の「エバール」樹脂製品に関して実施していた特許数は少なく見積もっても●
(省略)●件であることからすれば,当該製品の生産に関する特許群の中での本件
特許2の寄与率は,●(省略)●%(=1/●(省略)●)を上回ることはない。
したがって,本件発明2に係る自己実施分の独占の利益の額は,0円ないし7万
0467円である(期間売上高×超過売上率×仮想実施料率×特許寄与率=●(省
略)●円×0~10%×3%×●(省略)●%=0円~7万0467円)。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記(1)イ(イ)のとおり,本件発明2により被告が受けた利益について,被告(使用
者)の貢献度は極めて高く,発明者の貢献はせいぜい1%程度にとどまる。また,
発明者間における原告の貢献度は,本件発明2については,20%である。
そうすると,本件発明2の相当の対価の額は,0円ないし141円である(独占
の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=0円~7万0467円×(10
0%-99%)×20%=0円~141円)。
イ本件欧州発明2の相当の対価の額について
(ア)特許法35条3項の類推適用の肯否について
フランス,イギリス及びイタリアは,特許を受ける権利が使用者に原始的に帰属
する法制を採用している。このような国においては,原告がした発明に係る特許を
受ける権利は被告に原始的に帰属するから,これについて相当対価請求権は観念し
得ない。したがって,これらの国における特許を受ける権利に関しては,特許法3
5条3項を類推適用する基礎を欠く。
(イ)本件欧州発明2の独占の利益について
前記ア(ア)のとおり,本件欧州特許2の超過売上率は,零であるか,仮に零といえ
ないまでも,多くて5%であり,仮想実施料率は,本件欧州特許1及び本件欧州特
許2を含む特許群全体で,多くて3%である。
そして,前記イ(ア)a(c)のほか,前記(2)イ(ア)a(c)のほか,被告がドイツで品番「●
(省略)●」の「エバール」樹脂製品に関して実施していたドイツ特許の数は●(省
略)●件であることからすれば,ドイツにおける当該製品の生産に関する特許群の
中での本件欧州特許2の寄与率は,●(省略)●%(=1/●(省略)●)を上回
ることはない。
したがって,本件欧州発明2に係るドイツでの自己実施分の独占の利益の額は,
0円ないし42万1500円である(期間売上高×超過売上率×仮想実施料率×特
許寄与率=●(省略)●円×0~10%×3%×●(省略)●%=0円~42万15
00円)。
(ウ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記(1)イ(イ)のとおり,本件欧州発明2により被告が受けた利益について,被告(使
用者)の貢献度は極めて高く,発明者の貢献はせいぜい1%程度にとどまる。また,
発明者間における原告の貢献度は,本件欧州発明2については,20%である。
そうすると,本件発明2の相当の対価の額は,0円ないし843円である(独占
の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=0円~42万1500円×(1
00%-99%)×20%=0円~843円)。
ウ小括
以上のとおり,本件発明2の相当の対価の額は141円,本件欧州発明2の相当
の対価の額は843円を上回ることはない。
そして,これらの合計額は984円であるが,被告は原告に対し本件発明2に関
する特許補償金として,これを上回る3万6000円を支払済みである。
そうすると,原告は,被告に対し,本件発明2等に関し,特許法35条3項に基
づく相当対価請求権を行使することはできない。
(3)争点3(本件発明3の発明者性及び相当の対価の額)について
【原告の主張】
ア本件発明3の発明者性について
本件発明3は,L(以下「L」という。)及びEが中心となって本件発明3を完
成させたことを否定するものではないが,L及びEも,原告が属していた開発チー
ムにおける議論及び共同作業から本件発明3の着想を得たものであり,本件発明3
の着想には原告の関与もあった。また,本件発明3の完成には,原告のEVOH合
成作業や他のメンバーによる作業が不可欠であり,本件発明3は,そのような共同
作業により,特許出願ができる程度の具体化をするに至ったものである。
したがって,原告も,本件発明3の共同発明者の一人である。
イ本件発明3の相当の対価の額について
(ア)本件発明3の独占の利益について
本件発明2の推定売上高において1製品の月間売上高が約250万円を下らない
こと(●(省略)●円/●(省略)●か月≒259万円)から,1製品当たりの月間
売上高が250万円であると推定し,本件発明3については2製品に実施されてい
る(前記前提事実(4)イ(ウ))ので,対象期間96か月の売上高は,4億8000万円
と推定される(250万円×2製品×96か月=4億8000万円)。
前記(1)イ(ア)aと同様,超過売上率は50%,仮想実施料率は4%である。特許寄
与率については,該当製品を製造するに際して実施される特許群の数に応じた均等
な寄与率とすることでよく,10%である。
したがって,本件発明3に係る自己実施分の独占の利益の額は,96万円を下回
ることはない(期間売上高×超過売上率×仮想実施料率×特許寄与率=4億800
0万円×50%×4%×10%=96万円)。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記(1)イ(イ)と同様,使用者(被告)の貢献度が90%を上回ることはない。共同
発明者間における原告の貢献度は,発明者数に応じた均等な貢献度である33%を
下回ることはない。
そうすると,本件発明3の相当の対価の額は,3万1680円を下回ることはな
い(独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=96万円×(100%-
90%)×33%=3万1680円)。
【被告の主張】
ア本件発明3の発明者性について
本件発明3は,熱によるEVOH樹脂の酸化を特定の酸化防止剤の添加により防
止する発明であるところ,Lが,特定の構造式の酸化防止剤(当時,ポリアミド樹
脂用の酸化防止剤として知られていた「●(省略)●」という商品名の化合物)を
添加するという具体的な着想を得,この着想に従って,Eが,実験を行って有効性
を確認し,更に適切な酸化防止剤の選定や添加量を検討し,本件発明3を完成させ
た。このように,本件発明3の共同発明者は,本件発明3における技術的思想の創
作行為に現実に加担したLとEの2名である。
これに対し,原告は,Eの具体的な指示に従って,特定の処方(●(省略)●)の
EVOH樹脂を合成したにすぎない。
したがって,原告は,本件発明3の技術的思想の創作行為に現実に加担したとい
うことはできず,真の発明者には当たらない。
イ本件発明3の相当の対価の額について
争う。
(4)争点4(本件発明4の発明者性及び相当の対価の額)について
【原告の主張】
ア本件発明4の発明者性について
本件発明4についても,明細書に「発明者」として記載された5名の共同作業に
よって発明が完成したものであるから,原告も,本件発明4の共同発明者の一人で
ある。
イ本件発明4の相当の対価の額について
(ア)本件発明4の独占の利益について
前記(3)イ(ア)と同様,1製品当たりの月間売上高が250万円であると推定し,本
件発明3については3製品に実施されている(前記前提事実(4)イ(エ))ので,対象期
間122か月の売上高は,9億1500万円と推定される(250万円×3製品×1
22か月=9億1500万円)。
前記(1)イ(ア)aと同様,超過売上率は50%,仮想実施料率は4%である。特許寄
与率については,該当製品を製造するに際して実施される特許群の数に応じた均等
な寄与率とすることでよく,5%である。
したがって,本件発明3に係る自己実施分の独占の利益の額は,91万5000
円を下回ることはない(期間売上高×超過売上率×仮想実施料率×特許寄与率=9億1
500万円×50%×4%×5%=91万5000円)。
(イ)原告の貢献度に応じた相当の対価の額について
前記(1)イ(イ)と同様,使用者(被告)の貢献度が90%を上回ることはない。共同
発明者間における原告の貢献度は,発明者数に応じた均等な貢献度である20%を
下回ることはない。
そうすると,本件発明3の相当の対価の額は,1万8300円を下回ることはな
い(独占の利益×(1-使用者貢献度)×発明者間貢献度=91万5000円×(1
00%-90%)×20%=1万8300円)。
【被告の主張】
ア本件発明4の発明者性について
本件発明4は,EVOH樹脂の臭気を,接着性及び熱安定性を損なうことなく改
善する酸処理条件を特定する発明であるところ,M(以下「M」という。)が,臭
気原因の解明を行い,アルカリ金属量の少ないEVOH樹脂は臭気が少ないことを
突き止めたこと,Eが,接着性及び熱安定性を損なうことなく臭気が改善する酸処
理条件を見出したことが,本件発明4の完成に主として貢献したものである。
これに対し,原告は,Eの指示した処方に従ってEVOH樹脂を合成し,得られ
たEVOH樹脂サンプルをEに提供したにすぎない。
したがって,原告は,本件発明4の技術的思想の創作行為に現実に加担したとい
うことはできず,真の発明者には当たらない。
イ本件発明4の相当の対価の額について
争う。
(5)争点5(本件各相当対価請求権の放棄の有無)について
【被告の主張】
原告は,平成12年8月24日付けで,被告に対し,本件各発明について特許補
償金を受領し,その余の請求権が存在しない旨確認した本件承諾書を提出した。こ
れは,原告が本件各相当対価請求権を放棄する旨の意思表示をしたものということ
ができる。
なお,本件各特許は,本件承諾書にいう「特Aランク」には該当しない。また,相
当対価請求権自体は,職務発明による特許を受ける権利が使用者である被告に帰属
する旨を定めた職務発明取扱規程に基づいて発生し,特許法35条3項は,その対
価額を修正する規定にすぎないと解されるし,本件承諾書において「『従業員の発
明考案取扱規定』等に基づく一切の要求」と,「~等」や「一切の」という文言を用
いているのは,放棄する権利が,「従業員の発明考案取扱規定」に基づく請求権に
限られず,特許法35条に基づく相当対価請求権をも含む趣旨である。
また,本件承諾書に関する原被告間のやりとりは郵送でされたものであり,原告
の自由な意思によって被告に対する本件承諾書の提出がされた。
さらに,被告が本件補償金を支払った趣旨は,職務発明規程による支払の対象外
である既退職者に対し,その在職中の労に報いる趣旨で任意に支払ったものにすぎ
ず,原告が相当対価請求権を有することを前提としたものではない。
【原告の主張】
従業者等と使用者等との間には,その有する情報の量や質,交渉力における格差
が存在することに照らすと,従業者等が相当対価請求権を有効に放棄したとするた
めには,従業者等の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない。
ところが,本件承諾書は,「『従業員の発明考案取扱規定』等に基づく一切の要
求」をしないと定めるのみであり,特許法35条3項で法定された債権である相当
対価請求権の行使については何ら規定するものではなく,この「~等」や「一切の」
という文言が個別具体的にどのような要求を指すのかは明確ではない。そして,こ
れは退職手続として提出される定型的な文書で,上記文言が印刷されていたもので
あるが,上記文言がどのような要求を指すのかについての説明も一切なかった。
しかも,本件承諾書は,「特Aランクの補償金」のように,売上・利益の貢献が
顕著な発明については,その後も請求することを認めている。
また,原告は,被告に対し,退職後である平成20年11月5日,本件発明1の
対価について問合せをし,被告はこれについて調査して実績補償金を支払っている。
このような事実からも,原告が本件各発明の相当対価請求権を放棄する意思がなかっ
たこと,被告が原告の相当対価請求権が放棄されたものとして取り扱ってはいなかっ
たことが明らかである。
したがって,原告は,本件承諾書の提出によって本件各相当対価請求権を放棄す
る旨の意思表示をしたものではない。
(6)争点6(本件各相当対価請求権の消滅時効の成否等)について
【被告の主張】
ア時効起算日及び時効期間について
(ア)特許法35条3項の相当対価請求権は,特許を受ける権利の承継時に発生する
ものであるから,原告の被告に対する相当対価請求権の消滅時効は,被告が特許を
受ける権利を承継した日の翌日から起算される。仮にそうでなくても,原告が被告
を退職した日の翌日から起算される。
また,被告が原告から特許を受ける権利を承継することは,被告の附属的商行為
に当たるところ,原告の被告に対する相当対価請求権は,かかる附属的商行為によっ
て生じた債権であるから,商事消滅時効の規定(商法522条本文)が適用され,
その消滅時効期間は5年である。
(イ)本件各発明について,特許を受ける権利の承継は,遅くとも各出願日までにさ
れたものであるから,本件各相当対価請求権は,それぞれ,同各出願日の翌日から
起算して5年の経過により消滅時効が完成した。すなわち,本件発明1については
平成13年6月24日,本件発明2については昭和63年12月19日,本件発明
3については平成4年5月19日,本件発明4については平成10年9月13日,
本件米国発明及び本件欧州発明1については平成13年6月24日,本件欧州発明
2については昭和63年12月19日の各経過により,それぞれ相当対価請求権の
消滅時効が完成した。
なお,仮に,上記時効起算日を原告が被告を退職した平成11年3月15日の翌
日としたり,時効期間を10年としても,本件各相当対価請求権の消滅時効は,平
成26年6月16日の本件訴え提起時までに完成している。
(ウ)なお,被告において平成17年に改訂され同年4月1日に施行された「従業員
の発明等取扱規定」(乙21。以下「平成17年規定」という。)は,遡及適用は
認められず,本件各発明には適用されないというべきである。
イ時効中断又は時効援用権喪失の有無について
被告が原告に対してした本件補償金の支払は,原告が主張する相当対価請求権に
ついての支払としてされたものではない。
仮に,これが相当対価請求権についての支払としてされたものと認められたとし
ても,民法147条3項所定の承認は,時効の利益を受ける当事者が,時効によっ
て権利を失う者に対し,その権利の存在していることを知っている旨を表示するこ
とをいうものであるところ,被告による金員の支払によって,原告主張の相当対価
請求権について承認があったといえるためには,被告において,当該金員のみでは
当該請求権の額に満たないことを知っていたことが必要である。しかし,被告は,
本件補償金を支払うに当たって,これのみでは当該請求権の額に満たないことを知
る由もなかった。
また,時効完成後の債務承認行為によって消滅時効の援用権を喪失したといえる
ためには,債務者において,当該債務が存在することを認識している必要があるこ
とは当然であるところ,上記のとおり,被告は,本件補償金の支払に当たって,支
払った金員以上の金額の債務が存在することを知る由もなかった。
ウ小括
以上によれば,本件各相当対価請求権は,本件訴え提起時までに時効により消滅
したものであり,かつ,被告はその援用権を失っていない。
【原告の主張】
ア時効起算日及び時効期間について
本件各特許に対しても平成17年規定が遡及的に適用されるというべきであると
ころ,平成17年規定によると,特許登録の日から3年後に実績調査が行われ,実
績調査が行われた年度中に実績補償金が支払われる。そうすると,本件各相当対価
請求権の消滅時効の起算日は,当該実績調査が行われた年度末になるというべきで
あるから,本件発明1については平成19年3月31日,本件発明2については平
成16年3月31日,本件発明3及び本件発明4については平成17年3月31日
が消滅時効の起算日となる。
また,職務発明の相当対価請求権は,特許法35条3項で定められた法定の請求
権であり,商事消滅時効の規定の適用はなく,その消滅時効期間は10年である。
イ時効中断又は時効援用権喪失の有無について
被告は,本件補償金の支払をしたが,これは,本件各相当対価請求権に係る債務
を承認したものである。したがって,これにより,本件各相当対価請求権(本件発
明4の相当対価請求権を除く。)の消滅時効が中断し,又はその時効援用権を喪失
した。
なお,被告が支払った本件補償金のような低額の支払が,法定の相当対価請求権
の額に満たないことを被告が知らなかったとは到底いえない。
ウ小括
以上によれば,本件各対価請求権は,本件訴え提起時までに時効により消滅して
はいないか,又は,被告がこの消滅時効を援用することは許されない。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ
る。
(1)本件各発明の技術的意義等
アEVOHの製造プロセスと本件各発明の位置付け
(ア)EVOH(エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物)は,プラスチックの中で
最高レベルのガスバリア性(酸素等の気体の遮断性)を有し,溶融成形性,耐油性,
非帯電性,機械強度,透明性,保香性等に優れた樹脂であり,フィルム,シート,
容器等の各種包装材料などに広く用いられている。
EVOHの製造プロセスは,①重合,②モノマー除去,③ケン化,④析出,⑤洗
浄・酸処理,⑥乾燥の各工程から成る。
①の重合工程は,モノマーである酢酸ビニルとエチレン-を加圧下で共重合し,
EVAc(エチレン-酢酸ビニル共重合体)を生成する工程である。
②のモノマー除去工程は,未反応のまま残っているエチレン及び酢酸ビニルを除
去する工程(未反応モノマー●(省略)●工程)である。加圧下の重合反応液を常
圧に戻すことによって,未反応のエチレンは気化し,除去されるが,未反応の酢酸
ビニルは,常圧でも液体であるため,●(省略)●を重合反応液に●(省略)●こ
とによって除去する。その際,重合開始剤によって発生するラジカル(遊離基)が
重合反応液中に残存していることから,未反応の酢酸ビニル同士が重合してしまう
ことを防止する必要がある。そのため,●(省略)●に重合禁止剤を添加し,重合
を促すラジカルを捕捉することによって,未反応の酢酸ビニル同士の重合を防止す
る。
③のケン化工程は,EVAcをケン化してEVOHにする工程であるが,EVA
cのケン化とは,水酸化ナトリウムを触媒として,EVAcの酢酸基を水酸基に変
える反応をいう。
④の析出工程とは,ペースト状のEVOHを,●(省略)●させる工程である。
⑤の洗浄・酸処理工程とは,●(省略)●した後,水に通すことによって,EV
OHに含まれていた酢酸ナトリウム及びメタノールを除去する洗浄工程と,得られ
たEVOHチップに,熱安定性を向上させるための酸処理を施す工程である。
⑥の乾燥工程は,酸処理されたEVOHチップを乾燥する工程である。(以上に
つき,甲2,4,6,乙13,14,24,29,37,43,弁論の全趣旨)
(イ)本件発明1等は,着色や成形時のゲル状ブツの発生が少ない高品質のEVOH
を製造するために,前記(ア)●(省略)●に添加する重合禁止剤として,沸点20℃
以上の共役ポリエン化合物を用いるものである。
本件発明2等は,成形性等を向上させるために,前記(ア)①の重合工程において,
酢酸ビニル及びエチレンに加え,ケイ素を含有するオレフィン飽和単量体も共重合
させたケイ素含有EVOHからなる溶融成形材料である。
本件発明3は,EVOHの熱酸化劣化を防止するため,前記(ア)⑥の乾燥工程にお
いて,特定の酸化防止剤を添加したものである。
本件発明4は,容器内の食品の風味や化粧品等の香りを悪化させないEVOHを
提供するため,前記(ア)⑤の酸処理工程において,アルカリ金属の酢酸塩,酢酸及び
りん酸又はアルカリ金属のりん酸水素塩を使用し,かつ,これらの含有率を特定し
たものである。(以上につき,甲2,4,6,8,弁論の全趣旨)
イ本件特許1の明細書の記載
本件特許1の明細書には,次の記載がある(甲2)。
(ア)発明の属する技術分野
「本発明は,酢酸ビニル系重合体,特にエチレン-酢酸ビニル共重合体の製法,
それをケン化して得られる,着色が少なく,成形時にゲル状ブツの発生の少
ない,高品質の酢酸ビニル系重合体ケン化物,特にエチレン-酢酸ビニル共
重合体ケン化物の製法およびそれを用いた樹脂組成物に関する。」(段落【0
001】)
(イ)従来の技術
「エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物は,溶融成形を行うに際し,着色や
ゲル状ブツの発生といった問題を発生しやすいという問題を有している。そ
こで従来,その着色やゲル状ブツの発生を抑制する方法として以下のような
さまざまな手法が提案されている。」(段落【0003】)
「エチレンと酢酸ビニルの共重合後に特定の芳香族化合物を添加する方法が,
特開昭61-197603に記載されている。すなわち,エチレン-酢酸ビ
ニル共重合体の重合終了時に特定の芳香族化合物(例えば2,4-ジフェニ
ル-4-メチル-1-ペンテン)を添加してからケン化して得られた該重合
体のケン化物は溶融成形時に異臭発生がなく,得られたフィルムは色相に優
れ,フィッシュアイが少ないとされている。」(段落【0005】)
(ウ)発明が解決しようとする課題
「酢酸ビニル系重合体ケン化物,特にエチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物
における着色やゲル状ブツの発生などの問題に対してはさまざまな手段がと
られている。しかし,エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物に酢酸,リン
酸等の酸および/またはそれらの塩の添加量が適当でないと,着色やゲル状
ブツの発生が増加しやすくなる。この欠点を改良するために,ケン化後の十
分な洗浄や,酢酸,リン酸等の酸およびそれらの塩の添加量の最適化が行わ
れているが,それでもなお,満足しえるレベルには到達していないのが現状
である。」「また,エチレンと酢酸ビニルの共重合後に特定の芳香族化合物
(例えば2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペンテン)を添加する方法
についても,本発明者等が追試検討した結果,未だ,着色やゲル状ブツの発
生は十分なものとはいえなかった。本発明の目的は,酢酸ビニル系重合体,
特にエチレン-酢酸ビニル共重合体をケン化して得られる,着色が少なく,
成形時にゲル状ブツの発生の少ない,高品質の酢酸ビニル系重合体ケン化物
を得ることにある。」(段落【0006】【0007】)
(エ)課題を解決するための手段
「上記目的は,酢酸ビニルを含む1種以上の単量体を重合した後に,20℃以
上の沸点,好適には酢酸ビニルの沸点よりも高い沸点を有する共役ポリエン
化合物を添加する酢酸ビニル系重合体,好適にはエチレン-酢酸ビニル共重
合体の製法およびそれをケン化する酢酸ビニル系重合体ケン化物の製法を提
供することによって達成される。また,60℃のメタノール中での半減期が
5時間以下である重合触媒を用いて重合した後に,共役ポリエン化合物を添
加することによって効果的に達成される。」(段落【0008】)
(オ)発明の実施の形態
「本発明でいうポリエン化合物とは,炭素-炭素二重結合と炭素-炭素単結合
が交互に繋がってなる構造であって,炭素-炭素二重結合の数が2個以上で
ある,いわゆる共役二重結合を有する化合物である。2個の炭素-炭素二重
結合と1個の炭素-炭素単結合が交互に繋がってなる構造である共役ジエン
であってもよいし,3個の炭素-炭素二重結合と2個の炭素-炭素単結合が
交互に繋がってなる構造である共役トリエンであってもよいし,それ以上の
数の炭素-炭素二重結合と炭素-炭素単結合が交互に繋がってなる構造であ
る共役ポリエン化合物であっても構わない。」(段落【0009】)
「共役ポリエン化合物を添加することで,添加しない場合に比較して,着色が
少なく,ゲル状ブツの発生の少ない酢酸ビニル系共重合体ケン化物の成形品
を得ることが可能である。」(段落【0013】)
「本発明で用いられるポリエン化合物の沸点は,1気圧下で測定したときに2
0℃以上であることが重要である。すなわち,20℃未満の沸点のものでは,
常温,常圧のもとで気体であり,重合後の反応溶液に添加しても容易に蒸発
してしまい,結果として着色が少なく,ゲル状ブツの発生の少ない酢酸ビニ
ル系重合体ケン化物の成形品を得ることができない。」(段落【0016】)
「本発明中のポリエン化合物の具体例としては,イソプレン,2,3-ジメチ
ル-1,3-ブタジエン,2,3-ジエチル-1,3-ブタジエン,2-t-
ブチル-1,3-ブタジエン,1,3-ペンタジエン,《中略》フルベン,ト
ロポン,オシメン,フェランドレン,ミルセン,ファルネセン,センブレン,
ソルビン酸,ソルビン酸エステル,ソルビン酸塩,アビエチン酸等の炭素-
炭素二重結合2個の共役構造よりなる共役ジエン;1,3,5-ヘキサトリ
エン,2,4,6-オクタトリエン-1-カルボン酸,エレオステアリン酸,
桐油,コレカルシフェロール等の炭素-炭素二重結合3個の共役構造からな
る共役トリエン;シクロオクタテトラエン,2,4,6,8-デカテトラエン
-1-カルボン酸,レチノール,レチノイン酸等の炭素-炭素二重結合4個
以上の共役構造からなる共役ポリエンなどが挙げられる。」(段落【001
9】)
(カ)実施例
【表1】には,添加化合物を変えた7つの実施例及び5つの比較例ごとに,フィ
ルムの着色度及びフィルム中のゲル状ブツの数に係る評価結果が掲載され,「実
施例3」として,「ソルビン酸」を添加化合物とした場合の評価結果が示されて
いる(段落【0046】【0052】,【表1】)。
また,【表2】には,添加化合物と重合触媒の組合せを変えた6つの実施例及
び6つの比較例ごとに,フィルムの着色度及びフィルム中のゲル状ブツの数に係
る評価結果が掲載され,「実施例9」として,「ソルビン酸」を添加化合物とし
「AMV」を重合触媒とした場合,「実施例11」として,「ソルビン酸」を添加
化合物とし「AIBN」を重合触媒とした場合,「実施例13」として,「ソルビ
ン酸」を添加化合物とし「NPP」を重合触媒とした場合の各評価結果が示され
ている(段落【0059】【0061】,【表2】)。
ウ日合公報の記載
日合公報(特開昭61-197603号公報)には,次の記載がある(乙14)。
(ア)発明の名称
「品質の良好なビニルアルコール系共重合体の製造方法」
(イ)特許請求の範囲
「所定の重合率に達したビニルエステル系共重合体溶液に,次式[Ⅰ],[Ⅱ],
[Ⅲ]で示されるフェニル基含有オレフィン誘導体の少くとも一種を添加し,
次いで未重合のモノマーを除去した後,常法により該共重合体をケン化する
ことを特徴とする品質の良好なビニルアルコール系共重合体の製造方法。
(ここでR1は水素又はアルキル基,R2は水素,アルキル基,アルコキシ基,
アミノ基,ニトロ基,カルボキシル基,エステル基,mは0又は1,nは0
~3の整数,ℓは0~5の整数をそれぞれ示す。)」(第1項)
「オレフィン誘導体として2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペンテンを
使用することを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の製造方法」(第2項)
(ウ)産業上の利用分野
「本発明は,品質の向上した成形物等の用途に対して好適に使用され得るビニ
ルアルコール系共重合体,特にエチレン-ビニルアルコール系共重合体或は
α-オレフィン-ビニルアルコール系共重合体を製造する技術に関するもの
である。」
(エ)発明が解決しようとする問題点
「近時の技術革新に伴う高度の性能要求が増大するにつれて,例えば該エチレ
ン-ビニルアルコール系共重合体成型物中のわずかなフィッシュアイや肌荒
れ等の存在,更には透明性が問題視されている。即ち,エチレン-ビニルア
ルコール系共重合体は,エチレンと酢酸ビニルとを溶液重合し,次いで残存
酢酸ビニルを追い出してから,アルカリ触媒を加えてケン化することにより,
取得するのが最も一般的な方法であるが,高度ケン化物を得るためにアルカ
リ触媒の使用量を増加したり,反応温度を高めたり,反応時間を長くすると
得られるケン化物はその溶融成型物の着色度,フィッシュアイ,肌荒れがか
なり顕著になるという欠点がある。そのためケン化物の洗浄を従来に比し,
充分に行うことが試みられているが,前記欠点の改善効果は満足しうるもの
ではない。本発明者等は,この原因が重合後のエチレン-酢酸ビニル共重合
体溶液に添加する重合停止剤にあるのではないかと考え,m-ジニトロベン
ゼン,ハイドロキノン,ハイドロキノンモノメチルエーテル,ハイドロキノ
ンジメチルエーテル,t-ブチルカテコール,ノニルフェノール,o-ベン
ゾキノン,p-ベンゾキノン,チオジフェニルアミン,硫黄,スチレン,ブタ
ジエン,ナフタレン,アントラセンなど多種の重合停止剤について実験を行っ
たが,重合停止効果,着色度抑制効果,フィッシュアイ抑制効果,成型時の
無臭性の全てを満足するものは見当らなかった。例えば,m-ジニトロベン
ゼンはアルカリ触媒量を多くしてケン化度を高めようとすると着色が目立つ
ようになり,その使用料を少くすると着色は軽減されるが重合停止効果が不
足しかつ製膜時のフィッシュアイが増加するという傾向を示す。」
(オ)問題点を解決するための手段
「本発明者等は,かかる問題点を改良して品質の優れた成型物が容易に得られ
るビニルアルコール系共重合体,特にエチレン-ビニルアルコール系共重合
体の製造方法について鋭意検討を重ねた結果,所定の重合率に達したビニル
エステル系共重合体溶液に次式[Ⅰ],[Ⅱ],[Ⅲ]で示されるフェニル基
含有オレフィン誘導体の少くとも一種を添加し,次いで未重合のモノマーを
除去した後,常法により該共重合体をケン化する場合,その目的を達成し得
ることを見出し,本発明を完成するに至った。」
「本発明で用いるフェニル基含有オレフィン誘導体としては,前記した[Ⅰ],
[Ⅱ],[Ⅲ]の構造式を有する化合物が用いられる。かかる構造式を満た
す化合物であれば,いずれのものでも使用可能であるが,それらの効果はオ
レフィン主鎖中の炭素数によって左右される。即ち,例えば主鎖の炭素数が
2以下の如き低分子化合物の場合は,重合停止効果が充分ではなく,又オレ
フィン誘導体自身のラジカル重合によるホモポリマー生成のため成型物の透
明性,フィッシュアイに悪影響を及ぼす。一方,主鎖の炭素数が余りに大き
くなり過ぎるとアルコール等の重合溶媒,ビニルエステルへの溶解度が小と
なり,使用時に多量の溶媒に溶解することが必要になるため,反応液及び残
存ビニルエステルモノマー追出液の濃度が低下し,ケン化反応時に濃縮工程
を必要とする等の不利益が生じ,実用上問題となる。」
(カ)作用
「本発明においては前記した如くビニルアルコール系共重合体の共重合時に重
合停止剤として特定のフェニル基含有オレフィン誘導体を使用することによっ
て,品質の良好な共重合体が得られ,それから製造される成型物にはフィッ
シュアイや肌荒れ等の発生がなく,又透明度も良好で更に成型時の異臭,成
型品の着色等のトラブルも全くないという顕著な効果が得られるのである。」
(2)本件発明1に関する開発の経緯等
ア本件プロジェクトの開始等
(ア)被告においては,本件プロジェクトが始まる以前から,「●(省略)●」とい
う,エバールの生産力向上を妨げる要因を除去するためのプロジェクトが立ち上げ
られていた。その当時,被告において重合開始剤として使用していた●(省略)●
は,メタノール溶解性が悪く,エバールの生産力向上を妨げる要因となっていたこ
とから,上記プロジェクトの一環として,平成5年頃から平成6年にかけて,●(省
略)●のメタノール溶解性の改善についても検討が行われ,溶媒に●(省略)●を
使用することによって●(省略)●のメタノール溶解性が改善した。また,同じ頃,
これとは別に,重合開始剤を●(省略)●から溶解性のよい●(省略)●に変更す
ることについて検討が行われた。
平成5年頃,ポエ研の色相対策チームの一員であった原告は,重合開始剤として
●(省略)●を用いた場合に着色の問題が生じないかを確認する実験設備レベルで
の試験を行い,重合開始剤として●(省略)●を使用する場合と●(省略)●を使
用する場合とでエバールの着色に有意な差は見られないとした。
ところが,その後,岡山樹脂生産部により,実機を用いた評価試験が行われた結
果,重合開始剤として●(省略)●を用いると製品の色相がやや悪化することが初
めて判明した。
そこで,重合開始剤を●(省略)●した際に発生する色相悪化の問題を検討する
本件プロジェクトが,「●(省略)●」の一環として開始された。本件プロジェクト
には,物性研,ポエ研,岡山樹脂生産部及び技術開発部が参画し,やや遅れて平成
6年夏頃から化学研究所が加わった。物性研は,構造解析等の分析とそれによる着
色機構の解明を担当し,ポエ研は,実験設備を用いたポリマー合成試験,測定及び
評価を担当した。岡山樹脂生産部は,もともとエバールを生産する部署であり,実
機を用いたEVOHの試作,測定及び評価を担当した。技術開発部は,主にプロセ
スを開発する部署であり,必要に応じて問合せをするという立場で参加した。化学
研究所は,重合禁止剤を評価するモデル系の確立と重合禁止剤の探索・スクリーニ
ングを担当した。(以上につき,甲26,乙25,50,55,58,証人B〔1,
6,27頁〕,弁論の全趣旨)
(イ)平成6年3月頃には,本件プロジェクトにおいて,色相悪化をもたらす化合物
がアルデヒドであること(アルデヒドが着色の原因となることは特公昭45-12
147号公報などにも記載されていた。)を前提として,ポエ研,岡山樹脂生産部
及び技術開発部からは,①生成されたアルデヒドを捕捉するアルデヒドキャッチャー
(アミン類)を添加する方法,②生成されたアルデヒドを安定的なカルボン酸に変
換するため,ケン化工程に●(省略)●を投入する方法が報告されており,また,
物性研からは,③着色機構を解明するための実験方針について報告されていた(乙
55,56,証人B〔2~3頁〕,弁論の全趣旨)。
(ウ)平成6年4月,本社の生産技術本部の担当者に代わって岡山樹脂生産部のBが
本件プロジェクトのリーダーとなり,同月27日,本件プロジェクトのメンバーを
招集して第1回打合せを開催した。ポエ研から主任研究員であるE及びその部下で
ある原告,物性研からH,岡山樹脂生産部からN,B及P,技術開発部からQが出
席した。この打合せの目的に関しては,「これまでの検討で次世代触媒として期待
される●(省略)●使用時には触媒のメタノール溶解度,重合性,ポリマー物性等
製品色相以外の項目では問題ないが唯一製品色相悪化により現状での触媒変更が困
難であることが分かった。これまでにも色相改善策を行ってきたが未だに良好な結
果は得られていない。この問題解決のためには●(省略)●使用時の色相悪化原因
の究明,或いは重合触媒そのものにまで遡った抜本的な対策が必要であるとの認識
から,今後の対応を検討し方向性に対する共通認識を得ることを目的とした。」と
され,今後の方針を見極めるため,フリーディスカッションでの検討が行われた。
試験方法の確立に関しては,「これまでに,ポエ研,物性研,岡山樹脂生産部で種々
の検討を行ってきたが,3者の検討結果の相違も多く,新たな検討に混乱を来し,
誤った判断をする可能性が有る。試験結果の相違がどの工程に起因するのかを突き
止め改善する(現在はケン化方法の相違〔ポエ研:●(省略)●,岡山樹脂生産部:
●(省略)●〕に基づいているものと考えられ,ポエ研への●(省略)●ケン化施
設の設置を含めた検討を行いたい。)。」とされ,Bは,ケン化工程が色相に影響
を与えるおそれがあるにもかかわらず,実機では●(省略)●にケン化がなされて
いるのに対し,ポエ研の実験では●(省略)●でケン化がなされているため,実機
を前提とした色相評価が正しくできないことを指摘し,実験用の●(省略)●ケン
化施設を新たに設置して,実機と同様の●(省略)●ケン化工程による色相評価系
を確立すべきである旨を提案した(乙55,57,証人B〔1,5~7,30~32
頁〕,弁論の全趣旨)。
(エ)なお,その後,ポエ研では,●(省略)●ケン化施設の設置は費用の面から難
しいとされ,結局行われなかった。代わりに,平成6年夏頃,岡山樹脂生産部に●
(省略)●ケン化施設(岡山●(省略)●)が設置され,同年冬頃から,岡山●(省
略)●を使用した色相の評価が開始された。この●(省略)●は,実機(実際の製
造プラント)と同形式の●(省略)●ケン化反応器であり,岡山樹脂生産部では,
これを使用することにより,実際の製造プラントにおける生産と類似の条件でエバー
ルの色相の変化を再現し,その程度を評価することができた。これに対し,ポエ研
には簡易な実験設備しかなかったため,実機ないし実機と同形式の●(省略)●ケ
ン化反応器における着色やその改善効果を確認することはできなかった(証人B〔7,
14,24頁〕,弁論の全趣旨)。
イ物性研における着色問題の解明
本件プロジェクト開始から間もない頃,Hは,物性研において,重合開始剤とし
て●(省略)●を用いた場合には,着色原因となり得るポリマー重合体のアルデヒ
ド末端(-CHO)が,●(省略)●を用いた場合よりも多く生成し,その量が禁
止剤である●(省略)●の量に依存すること,●(省略)●の場合には,●(省略)
●を用いた場合には見られない,アルデヒド末端に変化し得る独特の着色原因構造
(geminal-OR末端)が生成すること,●(省略)●の特有の反応機構によって,geminal-
OAc末端又はアルデヒド基(アルデヒド末端)の生成が助長されることを実証し
た。これにより,重合開始剤として●(省略)●を用いた場合の色相悪化は,●(省
略)●と●(省略)●の組合せによってもたらされることが初めて解明された。
そこで,物性研のH及びR(以下「R」という。)は,平成6年4月28日,「開
始剤変更によるエバール着色問題の原因と対策」に関する書面(乙58)を作成し,
ポエ研,岡山樹脂生産部,技術開発部等に配布した。H及びRは,この書面におい
て,「EVAc重合開始剤の変更試験(●(省略)●)に伴い,色相低下の問題が
生じている。着色原因がVAc追い出し槽でのPVAcホモ重合にあるとし開始剤
/禁止剤(●(省略)●)モル比と重合率,分子量,末端基濃度,ケン化PVAの
着色との関連を調べた。その結果,着色原因はアルデヒド基やgeminal-OAc末端の
生成に起因し,PVAcの重合度に大きく依存していることがわかった。●(省略)
●の着色が顕著な理由は反応ラジカル量/禁止剤量が●(省略)●系より小さいた
めに低分子量PVAcが生成することに起因している。これより禁止剤量の設定は
これまでのPVAc重合量(ラジカル残存量)のみではなく末端基量にもとづくこ
とが重要と推定される。このためには高活性開始剤,禁止剤の選定,着色抑制法な
どの検討を要すると判断され,岡山工場EVOH増産は溶剤変更(●(省略)●)
を先行させるべきと考えられる。」と記載した上で,具体的な実験と解析の結果を
示した。
その結果,本件プロジェクトでは,重合禁止剤の変更が主な検討課題の一つとし
て挙がった。本件プロジェクトについては,前記ア(ウ)の第1回打合せの後も,おお
よそ月に1回のペースで関係部署のメンバーによる打合せがされたが,禁止剤につ
いては,●(省略)●以外のものを網羅的に検討していこうという方向性が固まっ
ていった。(以上につき,乙25,55,58,証人B〔7~9,25~27頁〕,
原告本人〔2頁〕,弁論の全趣旨)。
ウ重合禁止剤の選定
(ア)前記イの物性研の報告を端緒として重合禁止剤の変更による色相改善の可能性
に目が向けられる中で,本件プロジェクトのメンバーではないポエ研の研究員であ
る●(省略)●から,ソルビン酸が●(省略)●として使えるのではないかとの提
案がされた。すなわち,「日合公報に記載されている化合物は,フェニル基と一重
結合(単結合)を介して二重結合を持つオレフィンが結合した化合物として解析さ
れる。フェニル基とオレフィンの中の二重結合が共役していると解釈されるが,こ
れと同様の共役を持つ共役二重結合,つまり一重結合(単結合)を間に挟んで両側
に二重結合があるような化合物であっても,同様の禁止能が出るのではないか。」
という発想のもとに提案がされた。
●(省略)●が日合公報を基にソルビン酸を提案したことについては,平成6年
夏頃,本件プロジェクトの会議の中で,原告又はEから,Bを始めとする本件プロ
ジェクトの他のメンバーに対して伝えられた。その結果,ソルビン酸その他の共役
二重結合を有する不飽和化合物が●(省略)●の候補とされるようになった。
この段階で禁止剤の変更が大きなテーマになったため,日合特許にかかるような
化合物のみならず,他の禁止剤の反応機構あるいはその化合物を網羅的に検討する
ため,化学研究所に加わってもらうこととなった。また,物性研には,着色に関し
て●(省略)●はどのように反応に絡んでくるのかという検討を更に進めてもらう
こととなり,岡山樹脂生産部には,●(省略)●を設置している段階であったこと
から,これから挙がってくる色々な禁止剤について工程内の挙動を確認する際,禁
止剤が実際の生産工程でどこに混入する可能性があるのかという点及びそれがどこ
から排出されるのかという点について検討することとなった。ポエ研には,一連の
化合物について実際に日合発明と同じように着色の改善方法があるのかに関して検
討してもらうこととなった。(以上につき,乙14,55,証人B〔6,10~1
2,19~20,27~28,32~33頁〕,証人C〔6頁〕,弁論の全趣旨)
(イ)ポエ研のEは,平成6年9月22日,同月の月度研究概要(乙59)において,
「●(省略)●系EVALの着色機構解明・対策検討のため各種●(省略)●(●
(省略)●,不飽和単量体類〔ソルビン酸(CH3-CH=CHCH=CHCOOH),
2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペンテン(日合特許),イソプレン等〕)の
●(省略)●及び重合体鹸化物着色度を評価中。VAc/MeOH(窒素置換)系
での●(省略)●(●(省略)●添加量=発生ラジカル量の10当量)は,●(省
略)●>>イソプレン>ソルビン酸>2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペン
テン>>L-アスコルビン酸>>チガリン酸。現在,C2H4/VAc/MeOH系
重合-追出-鹸化/色相評価を実施中。●(省略)●添加量が発生ラジカル量の1
0当量ではイソプレン系が比較的色相良好。今後,添加量の影響を明確にする。(色
相に関しては岡山●(省略)●での試験が必須で,早期にこれを行いたい。)[注]
ソルビン酸(食品添加物)は非揮発性(融点135℃)でMeOHに可溶,またそ
のアルカリ金属塩は水可溶(鹸化後水洗除去しやすいはず)。しかし,現時点では
色相の点でよい結果が得られていない。」と記載した。
もっとも,上記のとおり「色相の点でよい結果が得られていない」とされたソル
ビン酸も,工程通過性(モノマーとの分離)が良かったことから,●(省略)●の
候補として残り続け,ポエ研も,ソルビン酸を推し続けた。そこで,ソルビン酸を
含む●(省略)●候補について,岡山樹脂生産部において,後記エの評価試験を行
うこととなった。(以上につき,甲26,乙26,55,59,証人B〔12~1
4,29~30頁〕,原告本人〔15頁〕)
エ岡山樹脂生産部における評価試験
平成6年12月,岡山樹脂生産部において,稼動を開始した岡山●(省略)●を
使用して,実際の製造プラントにおける生産と類似の条件でエバールの色相の変化
を再現し,その程度を評価することとなった。
そこで,原告は,ソルビン酸を含む所定の●(省略)●を添加後●(省略)●し
たEVAc(ケン化前のエチレン-酢酸ビニル共重合体)ペーストを作成し,岡山
樹脂生産部に送付した。岡山樹脂生産部では,Bも立会の下,上記●(省略)●を
運転させて,このペーストを●(省略)●ケン化し,酸処理乾燥後の製品チップの
色相(YI)を測定した。
その色相評価の結果,重合開始剤として●(省略)●を用いた場合,●(省略)
●を●(省略)●からソルビン酸に替えると色相が改善するということが実証され
た。
これを受けて,ポエ研のEは,同月22日,同月の月度研究概要(乙60)にお
いて,「●(省略)●系EVALの着色防止対策として●(省略)●変更(●(省
略)●→ソルビン酸)を検討中。ベンチ試作エチレン44mol%のEVAc(●
(省略)●:ソルビン酸,●(省略)●)の第1回●(省略)●試験結果はソルビン
酸系のほうが着色度小の傾向(更に評価が必要)。現在ソルビン酸の洗浄除去性,
また製品中残留の影響(熱安定性,臭気)につき試験中。」と記載した。(以上につ
き,甲26,乙55,60,証人B〔14~15頁〕,弁論の全趣旨)
オ各研究報告書の作成
本件プロジェクトは,当初から平成7年3月までと期限が定められていたので,
これに参加した各部署の担当者は,共同研究終了後の同年4月から5月にかけて,
本件プロジェクトでの研究の成果をそれぞれの視点から整理して研究報告書を作成
することとなった。そこで,①化学研究所のS及びGは,同年4月17日,「研究
報告第1116号」として「エバール●(省略)●変更に伴う着色問題対策の検討」
と題する報告書(乙50)を,②物性研のH及びRは,同月21日,「研究報告第
1117号」として「EVAL色相への●(省略)●の影響」と題する報告書(乙
25)を,③ポエ研の原告は,同年5月10日,「研究報告第1118号」として
「EVAL●(省略)●に伴う色相悪化対策」と題する本件報告書(甲26,乙3
5)を,④岡山樹脂生産部のB及びFは,同月17日,「研究報告第1121号」
として「●(省略)●に伴う着色原因及びその改善策の検討」と題する報告書(乙
26)を,それぞれ作成した。これらの報告書には,それぞれ次の(ア)ないし(エ)の
各記載があり,それまでの自己の所属部署の研究成果のほかに他の部署の研究成果
も必要に応じて交えつつそれぞれの視点から再構成して記載されている(甲26,
乙25,26,35,50,証人B〔17~18頁〕,弁論の全趣旨)。
(ア)化学研究所のGらの研究報告書(乙50)
a概要
「《前略》●(省略)●を用いた増産が試みられたが,鹸化ペーストに着色が発
生し,さらに製品色相が悪化するというトラブルが発生した。我々はこのトラ
ブルに対処するため,岡山樹脂生産部,ポバール・エバール研究開発室,物性
研究所と共同で①着色機構の明確化②着色を回避できる方策の提案の二
つを目標として検討を行った。」
b●(省略)●に代わる新規禁止剤の探索
「●(省略)●は非常に優れた禁止能を持ち,VAcホモ重合防止効果は優れて
いるが,禁止機構が●(省略)●によるため必ずカルボニル末端を生成するこ
と,また特に●(省略)●と組み合わせることによりそれぞれのカルボニル末
端生成能が増強されることから,着色に対しては悪影響を与える禁止剤である
といえる《中略》そこでまず開始剤として●(省略)●を用いることを念頭に
置き,●(省略)●との相互作用によってカルボニル末端を増加させない,す
なわち着色を悪化させない禁止剤の探索を行った。」
「先ず,新規禁止剤についてできるだけ広範な特許出願を行うことも念頭におき,
どのような化学種が実際の重合系(モデル重合系)において禁止能を発揮する
かを確認するため,ある程度重合が進行した時点で禁止剤(候補化合物)を添
加し,禁止剤の重合率に与える影響を検定できるモデル重合系による禁止能の
評価を行った。併せて末端構造/鹸化後着色の評価も行った。」
「禁止剤候補化合物として以下を選んだ。
●(省略)●
「以上の結果を総合し,主に禁止能結果と価格/想定工程内挙動を併せ,当研究
所として以下の化合物をベンチ評価に進むべき化合物として推薦した。
●(省略)●」
(イ)物性研のHらの研究報告書(乙25)
a概要
「重合開始剤の変更(●(省略)●)によるEVAL色相低下原因の究明と対策
を目的として岡山樹脂生産部,ポバールエバール研究開発室,化学研究所と共
同で検討を行なった。当研では1)開始剤,禁止剤の特徴の把握,着色要因の
抽出2)着色機構の推定を課題とし,禁止剤添加後の重合(後重合)を想
定した禁止剤共存下でのPVAcモデル重合を実施。末端基構造,着色への重
合開始時,禁止剤の影響に関する基礎的検討を行い,以下の結果を得た。」
「●(省略)●は●(省略)●ではみられないa)geminal-OR末端基
の生成(後重合成長ラジカルへのカーボネートラジカルの付加)b)●(省
略)●による分解速度の上昇c)単独での酸化能などの性質を有している。
特に,a)は●(省略)●由来の色相低下の主要因。」
「アルデヒド,geminal-OR基の生成は開始剤種により異なり(●(省
略)●),●(省略)●添加量,開始剤量,MeOH量の増大にともない増加傾
向となる。●(省略)●系での顕著な着色は,2)の●(省略)●の性質と●
(省略)●の触媒効果(●(省略)●の分解速度,VAcのアルコリシス速度
の増大,酸化能など)の相乗的な影響と推定される。
b禁止剤共存下でのモデル重合と着色
「●(省略)●を禁止剤とした場合の着色への開始剤種,開始剤量,●(省略)
●量の影響を検討するとともに●(省略)●に特徴的な末端基量と着色との相
関の有無を調べた。」
(ウ)ポエ研の原告の本件報告書(甲26,乙35)
a要旨
「増産/重合開始剤変更(●(省略)●)に伴うEVAL着色原因は重合後の追
い出し中にポリマー末端(注参照)に生成するカルボニル基およびその前駆体
が引金となって共役二重結合を生成するためと考えられる。特に,重合終了後
の未反応VAc追い出し時に生成する低分子量物(注参照)の末端カルボニル
基は禁止剤(●(省略)●)による重合停止末端およびVAc,MeOH,開
始剤の分解により生成するアルデヒドからの開始末端(連鎖移動,アルドール
縮合)が主と思われるがこれら反応のほとんどは開始剤ラジカル攻撃が発端に
なると考えられる。そこで重合後の●(省略)●時(注参照),残存開始剤よ
り発生するラジカル量(Ris)を求め,EVAL色相との関係を調べた結果,
開始剤種(●(省略)●)によらず依存傾向が認められた(禁止剤種によって
は色相悪化の程度が異なる)。従って,増産のため重合開始剤を●(省略)●
したことによるEVAL色相悪化原因は残存開始剤より発生するラジカル量増
加が主因と考えられる。また,Risが等しい場合でも重合禁止剤の種類によっ
て色相悪化の程度が異なることより禁止剤の選定はRisと共に重要であると
考え,食品衛生上問題ないと思われる●(省略)●を十種類程度選んで禁止能
と色相の面からスクリーニングした。その結果,ソルビン酸,イソプレン,ミ
ルセン,α―ファルネセン,エレオステアリン酸等の共役二重結合を有する不
飽和化合物が優れていることが判明した。生産工程通過性やコスト等の面から
●(省略)●に絞り,各種の検討を行った結果,水溶性で洗浄除去性がよく,
臭気,熱安定性,フィルムブツおよびバリヤー性等の面で問題点は認められて
いない。従って,色相悪化抑制策としては,新規●(省略)●の採用が最良と
考えられ,今後,更に詰めの検討を行い,本プラント試験に移行する予定であ
る。
(注)正確には禁止剤添加以降のエチレン脱気塔,未反応VAc●(省略)●
およびその間の移動中での重合により生成するポリマーの末端
特許出願;●(省略)●関連出願準備中
●(省略)●関連出願準備中」
b実験
「禁止能
禁止剤存在下でPVAcホモ重合(●(省略)●想定)を行い,その時のCo
nvを測定した。」
「ラボけん化による色相(YI)
倉敷ベンチ重合槽で●(省略)●(経常~増産)条件によるバッチ重合をおこ
ない所定の禁止剤を添加後●(省略)●したEVAcペーストを岡山工場樹脂
生産部に送付,●(省略)●を用いて●(省略)●けん化後水洗酸処理乾燥後
の製品チップのYIを測定した。」
cEVAL着色原因の推定
「色相悪化対策を行うために色相悪化原因の推定を行った。EVALの着色は禁
止剤による停止末端およびVAc,MeOH,開始剤の分解により生成するア
ルデヒドからの開始末端(連鎖移動,アルドール縮合)にカルボニル基を生成
し,これが引金となってHOAc(orH2O)を脱離して共役二重結合を生成
するためと考えられる。」
「●(省略)●時に残存開始剤より発生するラジカルはアルデヒド(カルボニル)
の生成に関係し,EVAL色相に対する重要なファクターと考えられる。着色
機構の実証については主に物性研究所が担当している(H,物性研究所,研究
報告第1117号参照)。」
d追い出し時ラジカル発生量と色相の関係
「追い出しペーストを岡山樹脂部で●(省略)●を用いて●(省略)●けん化し,
水洗,酸処理,乾燥後のチップの色相(YI)を測定した。結果を表-4に示
す。
表-4のCat残存量とYIの関係をFig-2に示す。●(省略)●(●(省
略)●およびソルビン酸)添加量とYIの関係でプロットした結果をFig-
3に示す。また,Fig-2のCat残存量をそれから発生するラジカル量R
isに換算しRisとの関係でプロットした結果をFig-4に示す。さらに,
Cat原単位とYIの関係をFig-5に示す。」
●(省略)●
「開始剤残存量と色相(YI)の関係は●(省略)●と●(省略)●で異なる(F
ig-2)。しかし残存開始剤より発生するラジカル量Risとの関係でみる
と●(省略)●と●(省略)●が同一線上に乗った(Fig-4,ソルビン酸と
●(省略)●は別の線)。Fig-3の●(省略)●量との相関はほとんど認め
られない。また,Fig-5のCat原単位との関係では●(省略)●と●(省
略)●で大きく異なった結果を示した(Cat原単位とRisは相関しない)。
以上より,●(省略)●に伴うEVAL色相悪化原因はラジカル発生量増加に
よるものと考えられる。なお,YIとRisの関係でみる限り禁止剤種の影響
は大きいが開始剤種その他反応機構の違いによる影響はあまり出ていない(ま
たは誤差範囲内)ので,さらに他の開始剤を用いて確認する予定である。なお,
Fig-4より今後,●(省略)●系の増産条件(点(B))から●(省略)●
系の増産条件(点(D))に移行した場合,YIはやや低下し,色相悪化はな
いと予想される。」
●(省略)●
e着色対策(●(省略)●の検討)
「前述のように,●(省略)●に発生するラジカルは推定通り着色物質生成に関
係し,色相に対してきわめて影響の大きいことが判明した。従って,追い出し
時の残存開始剤を少なくすることがEVAL色相対策上重要である。残存量を
少なくするためには高活性開始剤を用いるかまたは残存開始剤を分解(分解に
よりラジカルが発生する場合は禁止剤でトラップ)するかである。我々は後者
の禁止剤について検討を行った。
禁止剤の作用(特に●(省略)●に対する)としては
(1)連鎖成長末端ラジカルのトラップ
(2)開始剤ラジカルのトラップ
(3)残存開始剤の分解(および分解ラジカルのトラップ)
が考えられる。一般の禁止剤は(1),(2)が主であるがチオ尿素および現在
使用されている●(省略)●は(1),(2)の他に(3)の作用が大きいと考
えられる(開始剤が●(省略)●の場合)。
また,機構からの分類としては
(A)共役二重結合を有する化合物(共役二重結合にラジカルが付加→残りの
ラジカルが隣の二重結合と共鳴安定化する)
(B)共役二重結合以外の共鳴安定化タイプ
(C)プロトン放出タイプ(放出プロトンがラジカルをトラップ,放出後のラ
ジカルが(共鳴)安定→還元剤)
(D)電子移動タイプ(酸化剤→例,●(省略)●)
(E)立体障害による連鎖成長阻止タイプ(停止)
(F)フリーラジカルを有する化合物(フリーラジカルの付加停止→例,TE
MPO)
等が考えられるが,明確ではない。しかし,以上のような考え方で禁止剤の選
出および分類分けをして評価した。」
「各種禁止剤について禁止能および着色性を評価した結果を表-5に示す。」
●(省略)●
「表-5より明かなように,イソプレン,ミルセン,桐油,ソルビン酸(共役二重
結合を有する不飽和化合物)が優れている。チオ尿素は食品衛生上問題があり,
●(省略)●は着色の点で問題がある。また化学研推奨のシステインは我々の
系ではほとんど●(省略)●が認められなかった《中略》なお,日合特許記載
の2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペンテンの●(省略)●はこれらよ
りやや劣る結果が得られた。●(省略)●」
「●(省略)●は●(省略)●が最も優れ,その次がソルビン酸でチオ尿素は最
も悪かった。」
「●着色
倉敷ベンチでバッチ重合,●(省略)●後,岡山工場で●(省略)●により●
(省略)●けん化後EVALの色相(YI)を測定した。●(省略)●時に残
存開始剤より発生するラジカル量の影響が大きいが,ラジカル量一定の場合で
もソルビン酸使用EVALの色相は●(省略)●より優れYI値で14程度の
差があった(Fig-4参照)。」
f結論
「増産のため開始剤を●(省略)●した場合のEVAL色相悪化原因は●(省略)
●時に残存開始剤より発生するラジカル量増加が主因であることが確認できた。
その結果から発生ラジカルのトラップまたは残存開始剤の分解が最も重要であ
ると考え,各種●(省略)●の探索を行った結果,イソプレン,ミルセン,ソル
ビン酸,エレオステアリン酸等の共役二重結合を有する不飽和化合物が優れて
いることが判明した。工程通過性,コスト等を考慮しソルビン酸を第一候補と
して各種の検討を行った結果,特に問題点は認められなかった。今後,本プラ
ント試験を行い,各種品質評価を行う予定である。」
(エ)岡山樹脂生産部のBらの研究報告書(乙26)
a●(省略)●の変更
「着色機構の検討より,現在●(省略)●として使用している●(省略)●は,
末端アルデヒド生成を助長しエバール着色の主因となっていることから●(省
略)●の変更について検討し,●(省略)●,着色,物性の面からソルビン酸
を選択した。」「●(省略)●を使用したケン化試験結果では●(省略)●を●
(省略)●からソルビン酸に変更することで色相が大幅に改善され,また,[●
(省略)●+ソルビン酸]<[●(省略)●]という結果より,●(省略)●使
用時でも●(省略)●をソルビン酸に変更することで現状と同等かそれ以上の
改善が可能と考える。」
b●(省略)●変更の検討
「●(省略)●,着色,及び物性の面から各種●(省略)●を検討したところソ
ルビン酸が有効であると考えられたため,この●(省略)●を使用したEVA
cペーストを試作(ポ・エ研)し●(省略)●にてチップを作成し色相(YI)
を評価した。(●(省略)●およびビーカースケールでの着色評価結果はポ・
エ研報告参照~●(省略)●,●(省略)●系共10eq/ラジカル(現状条
件では350ppm)以上の添加で十分な●(省略)●が得られる。)」
「●(省略)●変更による色相改善効果
前記●(省略)●(前●(省略)●は通過のみ)を使用して作成したチップの
YIを測定し,ソルビン酸への変更による色相改善効果と開始剤の影響につい
て確認した。結果を以下に示す。
●(省略)●
「●(省略)●の影響
○●(省略)●(0.5eq)>●(省略)●+ソルビン酸(10
eq)
○●(省略)●(0.5eq)>●(省略)●+ソルビン酸(10
eq)
●(省略)●を●(省略)●からソルビン酸に変更することによりYI値で
11~13程度色相が改善された。これは前述の着色機構を証明する結果で
あり,●(省略)●が色相に対して悪影響を与え,その寄与率は大きいこと
が明らかとなった。」
カ実機での評価試験等
本件プロジェクトの終了後,●(省略)●の評価試験は実機でも行われた。
岡山樹脂生産部のBは,平成7年6月8日,「第1回●(省略)●使用●(省略)
●試作結果報告(速報)」と題する報告書(乙36)において,「YIの改善:禁止
剤変更前(16.0)に比較して●(省略)●添加により~1低下し,さらにVA
c追出し塔の●(省略)●添加量低下によりYIは改善し,●(省略)●停止によ
り最終的にYIは9以下(8.8)にまで低下することが確認された。」と記載し
た。
本件発明1については,このような実機での結果を確認した上で,特許出願がさ
れた。(以上につき,乙36,55,証人B〔16~17,30~31頁〕)
キ本件発明1等の実施の効果等
その後,被告は,被告製品の製造に当たり,●(省略)●を用いて本件発明1等
を実施した。ただし,重合開始剤の●(省略)●は行われなかったため,もともと
本件プロジェクトが目的としていた「重合開始剤を●(省略)●した場合に製品の
色相がやや悪化する。」という問題の改善自体は必要性が消失した。
ただ,重合開始剤として●(省略)●を使用し続けても,●(省略)●を用いた
ことにより,エバールの色相は良くなったが,エバールの最大の用途であるフィル
ム形態については,厚さは通常約10~20㎛と薄いものであり,●(省略)●を
使用するか否かによって,目視で判別できるような色相の差があるものではない。
被告から出荷する際に,ペレットとして,あるいはフィルムをロール状にして,顧
客に納品するために,僅かな色相の違いでも判別できるという程度であり,上記重
合禁止剤変更前に,エバールの色相を理由に顧客が購入を見合わせたということは
特になかった。
なお,被告製品は,全面着色される食品容器や,車体内部に取り付けられるガソ
リンタンク,床下で使用されるフロアヒーティングパイプ,冷蔵庫の断熱材として
使用される真空断熱パネルのように,そもそも色相が問題にならない用途にも数多
く使用されており,このようなものについては,本件発明1等の実施の影響は全く
なかった。(以上につき,乙37,38,40,弁論の全趣旨)
(3)本件クロスライセンス契約の経緯等
ア市場の状況
被告は,昭和47年に,EVOH樹脂を世界で初めて商品化し,被告製品の製造
販売を開始した。その後,日本合成は,昭和49年から,EVOH樹脂を商品化し,
その製造販売を開始した。EVOH樹脂の市場は,その頃から現在に至るまで,ほ
ぼ被告と日本合成の2社の寡占状態にある。被告による被告製品の市場占有率は,
本件特許1等が日米欧で登録される以前である平成12年から,本件特許1等が日
米欧で全て登録された後である平成15年から,本件クロスライセンス契約発効日
である●(省略)●年●(省略)●月●(省略)●日の前後を含めてほぼ横ばいで
あり,平成15年から緩やかに減少している。
なお,1980年代から1990年代にかけて,素材の大手メーカーであるデュ
ポン社やソルベイ社がEVOH樹脂市場に参入しようとして断念したこともあった。
EVOH樹脂は,最終製品に付加価値を付けるための素材であって,容器の主要
な素材ではないため,EVOH樹脂の市場規模は,世界需要で年間10万トンレベ
ルにとどまっている。EVOH樹脂は,このように市場規模がそれほど大きくない
のに対し,製造工程が複雑で設備が多数必要となることなどから,初期投資に莫大
な金額がかかるため,参入障壁が高い。(以上につき,甲22,乙39,40,証人
C〔3頁〕,弁論の全趣旨)
イ特許等の保有状況
EVOH自体の基本特許といえる物質特許は,デュポン社が昭和20年に取得し
た特許権がはるか以前に消滅していたが,被告は,昭和47年にエバールの製造販
売をするまで多数の特許出願をし,エバールに関連する特許権を,日本の特許に限っ
ても●(省略)●件以上保有してきた。被告は,エバールの基本用途である食品包
装分野において,フィルム,シート及び容器に関する基本特許ともいえる用途特許
を保有していたが,これについては,平成14年以前に存続期間満了により消滅し
ていた。
被告は,平成25年時点で,エバールに関する日本の上記特許のうち●(省略)
●件を実施しているほか,ノウハウについては少なくとも●(省略)●件を実施し
ている。これらの特許については,①樹脂製造工程に関するもの,②移送系,回収
系等に関するもの,③フィルム製造工程に関するもの,④ペレット製造工程に関す
るもの,⑤変性樹脂に関するもの,⑥樹脂組成物に関するもの,⑦フィルム,多層
体に関するもの,⑧用途に関するもの,⑨その他に分類できるが,①の樹脂製造工
程に関するものは●(省略)●件ある。この●(省略)●件のうち,(a)品質を目的
とするものは●(省略)●件(うち●(省略)●件は品質及び高機能付加を目的と
するもの),(b)増産を目的とするものは●(省略)●件,(c)生産安定化を目的と
するものは●(省略)●件,(d)高機能付加を目的とするものは●(省略)●件(う
ち●(省略)●件は品質及び高機能付加を目的とするもの)であり,本件特許1は
(a)の一つである。
なお,上記●(省略)●件の日本特許に対応する米国特許は●(省略)●件であ
り(本件米国特許はその一つ),ドイツ特許ないし欧州特許は●(省略)●件であ
る(本件欧州特許1はその一つ)。また,被告の保有する上記ノウハウについては,
社内で厳重に秘密として管理されている。(以上につき,乙37ないし41,証人
C〔3頁〕,弁論の全趣旨)
ウ牽制特許
被告と●(省略)●は,EVOH樹脂の製造方法やEVOH樹脂を含む組成物等
に関し,それぞれ独自に開発した固有技術を保有し,それらを特許化したりノウハ
ウとして使用したりしてきたが,特許については,自社の固有技術に関するものだ
けではなく,相手方の特許出願から漏れている技術や相手方が特許出願した技術の
周辺技術に関するものも対象にして出願をしてきた。これは,主として相手方の事
業活動を牽制する目的で,相手方が,EVOH樹脂に係る事業を行う際に支障とな
るような特許出願を戦略的に行ってきたものである(牽制特許)。被告においては,
本件特許1も,自社技術としての保護と併せて●(省略)●を保有する●(省略)
●への牽制が目的として位置付けられていた。
被告と●(省略)●は,相手方が出願した牽制特許について,回避したり,異議
申立てをして特許性を争うなどの対応を行ってきたが,このような牽制特許への対
応は,多大な時間,労力,費用等を要するにもかかわらず,EVOH樹脂の品質や
生産性向上,新しい市場の開拓等に寄与することはほとんどなかった。(以上につ
き,乙42,証人C〔4頁〕)
エ本件クロスライセンス契約の締結の経緯
上記ウの状況を背景として,被告は,●(省略)●に対し,互いに牽制特許への
対応にエネルギーを費やすよりは,それぞれの自社の技術開発に注力すること,そ
のために牽制特許について相互にクロスライセンスすることを提案したところ,●
(省略)●もそのような方向で検討するようになり,両社の間で●(省略)●年●
(省略)●月から交渉を開始した。このような経緯から,両社は,それぞれの事業
の根幹をなすような重要な特許については,この交渉において相手方に実施許諾を
行うことは想定しておらず,このことは交渉の開始に当たって確認された。また,
そのような特許についてのクロスライセンスであることから,ライセンスの対価に
ついては,●(省略)●であるという前提で交渉がされた。
交渉においては,実施許諾を希望する特許のリストを同時に交換することとなり,
被告は,●(省略)●からの実施許諾を希望する特許として,EVOH樹脂に●(省
略)●技術に関する特許(以下「●(省略)●特許」という。)を含む複数の特許
を提示した。これに対し,●(省略)●は,被告からの実施許諾を希望する特許と
して,被告が牽制特許として保有していた●(省略)●特許の周辺技術に関する特
許(以下「被告保有●(省略)●特許」という。)及び●(省略)●にとって●(省
略)●の周辺技術に関する牽制特許とみられ得る本件特許1を含む複数の特許を提
示した。
被告においては,被告保有●(省略)●特許は,●(省略)●特許と引き換えに
実施許諾の対象とすることを想定しており,また,本件特許1については,●(省
略)●はもともと●(省略)●を保有しており,本件特許1を使用せずに被告製品
と同様の製品を製造販売することができるものと認識していたため,これら●(省
略)●が提示してきた特許について実施許諾の対象としても,被告の事業運営に特
段の支障はないという検討結果となった。
被告と●(省略)●は,互いに相手方が提示した特許について,全て実施許諾の
対象とすることに合意し,協議は円滑に進んで,短期間で本件ライセンス契約の締
結に至った。
本件ライセンス契約においては,被告は●(省略)●に対して●(省略)●の合
計●(省略)●件を実施許諾し,そのうち●(省略)●特許であり,また,本件特許
1等が含まれていた。他方,●(省略)●は被告に対して●(省略)●の合計●(省
略)●件を実施許諾し,そのうち●(省略)●特許であった。(以上につき,乙4
2,証人C〔2,4~12頁〕,弁論の全趣旨)
(4)本件補償金の支払の経緯等
原告は,平成20年10月31日,被告から,本件発明2及び本件発明3を含む
3件の特許発明に対する実績補償金6666円を受けたが,同年11月5日付けで,
「3件のうち一番古いのは出願日が25年も前のものでしたが私が筆頭者となって
いる特許はありませんでした。私としては,当然私が筆頭者となって最も傾注した
重合禁止剤(エバールフィルムの着色防止)の特許が入っているものと思って先の
メールのような意見を述べさせて頂きました。しかし予想に反しその特許は入って
いませんでした。お手数ですが,その特許の現状についてお知らせ下さい。」,「私
の在籍中に最も傾注したエバールフィルムの着色防止策として重合禁止剤の検討を,
倉敷工場からは私が在籍するエバール研究開発室と化学工学関係部署,岡山工場か
らは樹脂生産部,さらに中央研究所から合成研究部署と分析解析部署の計5部署で
行い,重合研究を担当していた私が筆頭者となって特許をまとめ確か7か国に出願
したと思います。また,社長出席の業績発表会では私が基礎的な部分を,応用面を
岡山工場樹脂生産部の担当者が説明しました。」などと記載した書面(甲17)を
作成して被告に提出した。
これに対し,被告は,平成21年3月18日,本件特許1について,本来実績補
償の対象として取り扱うべきであったが,不手際により漏れていた旨説明し,原告
に対し,同年4月10日,本件発明1に対する実績補償金として6万円を支払った。
(以上につき,甲15ないし18)
(5)本件訴訟における本件発明1の開発経緯に関する原告の主張等
原告は,当初,①「本知見を発見した結果,重合禁止剤として共役ポリエンを用
いるという本件発明1の着想に至った。」旨主張し(訴状37~38頁),②「重
合開始剤として●(省略)●を用いた場合に生じるEVOHの着色問題を改善する
ため,ソルビン酸を使用することが考えられたが,色相が改善されず,着色原因は
究明されなかった。原告は,本知見を発見し,原告が発見した知見により,●(省
略)●の添加量を増大させれば生産量を高くしたまま色相悪化を防止することが可
能となった。このように,本件発明1は,エバールの色相悪化を防止しながら増産
を可能としたものである。」旨主張しており(平成26年11月28日付け第1準
備書面7~8頁),③「原告らの検討前より,重合開始剤に●(省略)●を用いた
場合に生じる色相悪化の対策として,●(省略)●にソルビン酸を使用することが
検討されていた。しかし,『開始剤:●(省略)●+●(省略)●:ソルビン酸』の
組合せで得られたエバールの色相は,従来方式である『開始剤:●(省略)●+●
(省略)●:●(省略)●』の組合せや『開始剤:●(省略)●+●(省略)●:ソ
ルビン酸』の組合せで得られたエバールの色相と同様又はより悪い結果となってし
まった(甲26のFig-5)。その後,原告は,色相悪化の原因には,ラジカル量
が関係するのではないかと考え,本知見に達した。原告は,本知見に基づき,発生
ラジカルのトラップ又は残存重合開始剤の分解をすることが最も重要であると考え,
禁止剤十数種類程度を選んで禁止剤の探索を行った結果,共役二重結合を有する不
飽和化合物が禁止能に優れていることが判明した。」旨(平成27年7月15日付
け第4準備書面6~11頁)主張していた。
ところが,原告は,被告から,「本知見から,●(省略)●としてソルビン酸を含
む所定の共役ポリエン化合物を用いることを特徴とする本件発明1に到達すること
はできない。」旨の指摘を繰り返し受けた後,④平成28年8月12日付け第8準
備書面に至って,「原告が共役二重結合を有する化合物が禁止剤に有効そうなこと
を話したところ,それを聞いた●(省略)●から,そのような化合物ならソルビン
酸があるけどと聞かされ,その時初めて,原告はソルビン酸を●(省略)●として
用いることについて知った。」(同準備書面3頁)と主張するようになり,⑤同年
9月9日付け陳述書(甲31)においても同様の記載をし,⑥同年10月24日付
け第9準備書面(4頁)において,従前の主張について「記憶違い」であったとし
た上で,⑦同年11月2日に実施された原告本人尋問(11,28頁)においても,
上記と同様の供述をした。(以上は顕著な事実)
2争点1(本件発明1等の相当の対価の額)について
(1)本件発明1等の発明者間における原告の貢献度について
ア本件発明1等の特徴的部分について
特許法35条3項は,従業者等が,職務発明について使用者等に特許を受ける権
利を承継させたときに相当の対価の支払を受ける権利を有する旨規定するところ,
従業者等が発明者としてこの相当対価請求権を有するか否か及びその相当の対価の
額を判定するに当たっては,当該従業者等が発明の特徴的部分に創作的に貢献した
か否か及び発明者間におけるそのような貢献の程度を検討すべきである。ここで発
明の特徴的部分への創作的貢献とは,当該発明について使用者等が特許を受けるに
至っている場合には,その特許請求の範囲に基づいて定められる特許発明の技術的
範囲に係る思想の創作への貢献を指すというべきであり,本件発明1等のような分
野では,そのような特徴的部分ないし技術思想の着想及び実験等によるその着想の
具体化に対しての貢献の有無及び程度を検討すべきである。
前記前提事実(2)ア,オ,カ,ケ及び前記1(1)ア(イ),イによれば,本件発明1等の
特徴的部分は,重合後に重合禁止剤として共役ポリエン化合物を添加することにあ
るというべきである(本件発明1に係る特許請求の範囲の請求項1は,「酢酸ビニ
ルを含む1種以上の単量体を重合した後に,沸点20℃以上の共役ポリエン化合物
を添加する酢酸ビニル系重合体の製法」というものであるが,このうち「沸点20℃
以上の」という部分は,沸点が20℃未満のものでは常温・常圧のもとで気体であ
り容易に蒸発してしまうこと〔発明の詳細な説明の段落【0016】〕に照らし,
重合禁止剤に求められる当然の技術的事項といえるから,発明の特徴的部分には含
まれない。)。
そこで,以下,このような本件発明1等の特徴的部分の着想及びその具体化につ
いて,原告の貢献の有無及び程度を検討する。
イ着想について
(ア)まず,重合禁止剤として共役ポリエン化合物を用いるという本件発明1等の特
徴的部分の着想について検討するに,その共役ポリエン化合物の代表例としてソル
ビン酸があり,ソルビン酸を用いること自体については本件発明1等の発明者の一
人とされている●(省略)●が着想したものであったことは,当事者間に争いがな
い。
(イ)もっとも,原告は,自らが●(省略)●に対し「(色相悪化を改善するのに)
重合禁止剤として共役二重結合を有する化合物が良い。」旨話したのを受けて,●
(省略)●が原告に対し「そのような化合物ならソルビン酸がある。」と発言した
旨主張し,原告本人尋問(11,28頁)及び陳述書(甲31)において,これに
沿った供述等をする。
しかしながら,本件発明1等の着想に至る経緯に関する原告の説明は,前記1(5)
のとおり,●(省略)●としてソルビン酸を使用することを検討するに至った経緯
や,その検討と「重合禁止剤として共役二重結合を有する化合物が良い」と考えた
こととの先後関係について,矛盾・変遷しているものである。この点に関し,原告
は本人尋問(12~13頁)等において種々弁解しているが,本件発明1等の特徴
的部分に関する着想の契機という極めて重要な事項について,このような矛盾・変
遷があることについて,合理的な説明がされているとはいい難く,そのまま看過す
ることはできない。
また,そもそも,本件訴訟の終盤になって出てきた上記供述等は,原告と●(省
略)●の2人の間でなされたというやりとりであるが,原告がそのように供述等し
ているのみで,何ら裏付けとなる証拠がない。
さらに,原告は,「共役二重結合を有する化合物」というカテゴリーに特定して
着想した理由についても,合理的な説明ができていない。すなわち,原告は,共役
ポリエン化合物に関しては,過去に自身がイソプレンを用いた実験を行った経験か
ら,イソプレンが重合禁止剤として働くのではないかと考え,それが,不飽和ポリ
エンが重合禁止剤として使用できるかを評価してみようと思うきっかけとなった旨
主張し,本人尋問(10,27~29頁)においても,これに沿った供述をすると
ともに,「イソプレンを被告は作っているが,これは,酢酸ビニルと全く重合しな
い。だから,逆に言ってみれば禁止剤となるというような,そういう認識はずっと
前から持っていた。」旨供述する。しかしながら,イソプレンに関する原告の過去
の経験に関して裏付ける証拠がないことは措くとしても,イソプレンから「共役二
重結合を有する化合物」に上位概念化するにはなお大きな径庭があるのに,その具
体的な着想の経緯については合理的な説明がされていないし,仮にそのように上位
概念化して着想したというのであれば,どうしてこれまで原告はそのような説明を
してこなかったのかが疑問である。また,「イソプレンが酢酸ビニルと全く重合し
ない」というのであれば,イソプレンが酢酸ビニルの重合に係る反応に関与しない
(酢酸ビニルと電子の授受をしない)ということになり,そうであれば,イソプレ
ンが酢酸ビニル同士の重合を防止することもできないのではないかという疑問を抱
かざるを得ない。そして,そもそも原告は,平成28年10月24日付け第9準備
書面(4頁)においては,「イソプレンは,沸点が低いため,追い出し時には蒸発し
てしまい,実際の禁止剤としては使えないことは分かっていたが,当時,被告が生
産していた共役二重結合を有する不飽和化合物であったため,参考のためスクリー
ニング対象として加えるなどした」と主張していたのであって,これは,当時原告
はイソプレンが禁止剤として有効であるとは全く認識していなかったことを自ら明
らかにしているものというほかはなく,「イソプレンが禁止剤として働くと考えら
れるから,共役二重結合を有する不飽和化合物を禁止剤の候補とした」旨の上記主
張及び供述は,これと明らかに矛盾するものである。
以上を総合すると,原告本人の前記供述等を信用することはできず,原告が重合
禁止剤として共役二重結合を有する化合物を用いることを自ら着想し●(省略)●
に話したという事実を認定することはできない。
(ウ)かえって,証人Bの証言(10~11,19~20,27~28,32~33
頁)及び陳述書(乙55)を,日合公報(乙14)の記載及び証人Cの証言(6頁)
並びに弁論の全趣旨と総合すれば,前記1(2)ウ(ア)のとおり,●(省略)●が,日合
特許を参考にしつつ,ソルビン酸その他の共役ポリエン化合物を●(省略)●とし
て用いることを着想し,これが本件プロジェクトのメンバー間で共有されるに至っ
たものと認められる。すなわち,①EVOH樹脂市場はかねてから被告と日本合成
の寡占状態にあり,●(省略)●などしてきたところ,被告が,そのようなライバ
ル企業である日本合成の特許に着目することは自然であること(前記1(3)ア,ウ),
②日合公報には,「エチレン-ビニルアルコール系共重合体の着色等が問題となっ
ていたところ,その原因が重合後のエチレン-酢酸ビニル共重合体溶液に添加する
重合停止剤にあるのではないかと考え,重合停止剤として特定のフェニル基含有オ
レフィン誘導体を使用することによって,着色抑制効果が得られた。」旨記載され
ていること(前記1(1)ウ(エ)ないし(カ)),③●(省略)●による上記着想は,「日合
公報に記載されている化合物は,フェニル基と一重結合(単結合)を介して二重結
合を持つオレフィンが結合した化合物として解析される。フェニル基とオレフィン
の中の二重結合が共役していると解釈されるが,これと同様の共役を持つ共役二重
結合,つまり一重結合(単結合)を間に挟んで両側に二重結合があるような化合物
であっても,同様の禁止能が出るのではないか。」との発想に出たものというので
あるが,確かに,日合公報においては,特許請求の範囲等に下記の構造式による化
合物が明記されているところ(前記1(1)ウ(イ)),「下記の構造式中赤点線で囲まれ
た部分のように,炭素-炭素二重結合とフェニル基が炭素-炭素単結合を介して隣
接している場合に,着色抑制効果が得られるのであれば,フェニル基のような環式
構造を,鎖状構造である脂肪族炭化水素の炭素-炭素二重結合に置き換えて,2個
の炭素-炭素二重結合が炭素-炭素単結合を介して隣接している場合にも,同様の
効果が得られるのではないか。」と発想し,「例えばソルビン酸のように,2個の
炭素-炭素二重結合が炭素-炭素単結合1個を介した鎖状構造をとる共役ポリエン
化合物であれば,上記と同様の効果があり得るのではないか。」と発想することは,
化学構造に基づいた自然な着想とみられることに照らすと,着想経過に関する証人
Bの上記証言等は信用することができるのである。
日合公報の特許請求の範囲中の構造式[Ⅰ]~[Ⅲ]
これに対し,原告は,日合公報に不飽和ポリエンであること自体が色相改善に作
用することについての示唆がない中で,上記構造式だけを見て,共役ポリエンを重
合禁止剤として用いることを着想したというのは不自然である旨主張する。
しかしながら,上記のとおり日合公報という裏付けがあることなどに照らせば,
この着想経過をそれ自体不自然ということはできないし(なお,念のため付言する
に,ここでは,実際の発明の着想の経過としての自然性が問題となっているのであっ
て,それが日合公報から容易に想到可能であることまでは必要ない。証人Bが証人
尋問〔33頁〕において「●(省略)●というのは,被告の中でも非常なアイデアマ
ンで,いろいろな反応について突拍子もない反応を考えつく人だったので,『あっ,
●(省略)●さんなら日合の特許を見てすぐにこういうのを思いつくんだな。』,
『ああ,やはり●(省略)●さんか。』と納得した。これは参加しているプロジェク
トの皆が思ったと思う。」旨証言しているように,●(省略)●が着想した実際の
経過としては自然であるといえる。),原告が主張する前記(イ)の着想の経過の方が,
前示のとおり,何らの裏付けもなく,不合理な点が多いといわざるを得ないところ
である。
(エ)なお,原告は,残存ラジカル量とEVOHの色相との相関関係に関する本知見
によって,本件発明1の着想に至ったかのような主張をもしている。
しかしながら,本知見は,本件発明1に係る特許請求の範囲に基づいて定められ
る技術的範囲に係る思想自体とは直接関係がない上,被告において従前重合禁止剤
として用いられていた●(省略)●を変更することに結び付くものでもない。結局
のところ,本件発明1の特徴的部分である重合禁止剤として「共役ポリエン化合物」
を用いること自体の着想が決定的に重要というべきであり,それに関しては前記(ア),
(イ)で説示したとおりである。
したがって,原告の上記主張は(弁論の全趣旨に照らすと,原告は,本知見につ
いて思い入れがあったことがうかがわれ,それによりこのような主張が再三された
ものとみられるが),本件発明1に係る特許請求の範囲に基づいて定められる技術
的範囲に係る思想の創作への貢献を根拠付ける主張としては採用することができな
い。
(オ)本件発明1等の特徴的部分の着想を直接行ったのは,前示のとおり●(省略)
●であるが,以後この着想を固めていったのは,前記1(2)で認定した事実経過に照
らすと,本件プロジェクトのメンバーであったとみられる。
また,●(省略)●が上記着想をするに至った経緯についても,本件プロジェク
トのメンバーによる検討を受けたものとみられるが,その中でも創作的な貢献が大
きかったのは,前記1(2)イのとおり,物性研のHが,重合開始剤として●(省略)
●を用いた場合の色相悪化が●(省略)●と●(省略)●との組合せによってもた
されることを解明し,その結果,重合禁止剤を●(省略)●から変更する契機を作っ
たことであるとみられる。
ウ着想の具体化について
(ア)前記1(2)ア(ウ),(エ),ウ,エ,オ(ウ)d,(エ)で認定した事実によると,①平成6
年4月の時点で,「ケン化工程が色相に影響を与えるおそれがあるにもかかわらず,
実機では●(省略)●にケン化がなされているのに対し,ポエ研の実験では●(省
略)●でケン化がなされているため,実機を前提とした色相評価が正しくできない
こと」が指摘されて,「実験用の●(省略)●ケン化施設を新たに設置して,実機
と同様の●(省略)●ケン化工程による色相評価系を確立すべきであること」が提
案され,その結果,同年夏頃,岡山樹脂生産部に,実機と同形式の●(省略)●(岡
山●(省略)●)が設置され,同年冬頃から稼働を開始したこと,②岡山●(省略)
●を使用すれば,実際の製造プラントにおける生産と類似の条件でエバールの色相
の変化を再現し,その程度を評価することができるのに対し,ポエ研には,簡易な
実験設備しかなかったため,実機ないし実機と同形式の●(省略)●ケン化反応器
における着色やその改善効果を確認することはできなかったこと,③「●(省略)
●としてソルビン酸その他の共役ポリエン化合物を用いる」という着想が本件プロ
ジェクトのメンバーの間で共有された後,●(省略)●の候補としてこれを含む化
合物を網羅的に検討することとなったが,同年9月にポエ研からは,「ソルビン酸
は,色相の点で良い結果が得られていない。」,「色相に関しては岡山●(省略)●
での試験が必須で,早期にこれを行いたい。」旨報告されたこと,④同年12月,
岡山樹脂生産部において,Bも立会の下,岡山●(省略)●を使用して,実際の製
造プラントにおける生産と類似の条件でエバールの色相の変化を再現し,その程度
を評価したところ,「重合開始剤として●(省略)●を用いた場合,●(省略)●を
●(省略)●からソルビン酸に替えると色相が改善する。」という事が実証された
こと,⑤その際,原告は,ソルビン酸を使用したEVAcペーストを作成して岡山
樹脂生産部に送付し,それが岡山●(省略)●において連続ケン化されて上記④の
実験が行われたことが認められる。
これらの事実に照らせば,色相改善効果を得るために●(省略)●としてソルビ
ン酸その他の共役ポリエン化合物を用いるという本件発明1の特徴的部分の着想は,
岡山樹脂生産部における実機と同様の方式による実験によって具体化したというべ
きである。
そして,原告は,上記実験に対し,そこで用いるEVAcペーストを作成・送付
するという関与をしたが,これは,実験補助者的役割にすぎないというべきである。
なお,前記1(2)オ(ウ)で認定した事実によると,原告も,ポエ研において,●(省
略)●としてソルビン酸を用いた着色評価実験をしたものと認められるが,それは,
「ビーカースケールでの着色評価」にすぎず(前記1(2)オ(エ)b),上記①ないし③
に照らすと,実際の製造プラントとは異なる条件での簡易な実験でしかない点で,
それ自体意義が小さいものといわざるを得ない。その上,原告の上記色相評価実験
の結果は,前記1(2)オ(ウ)e(本件報告書の表-5)及び上記③のとおり,ソルビン
酸の着色度は「0.15」であり,●(省略)●の着色度(「0.16」)とさして
変わらず,他の化合物と比べても「色相の点で良い結果」が得られなかったもので
ある。これらの事情に照らすと,原告自身のポエ研における実験が本件発明1等の
特徴的部分の着想の具体化に貢献したということはできない。
(イ)前記1(2)カで認定した事実によると,本件特許1の出願前に,岡山樹脂生産部
において,実機による●(省略)●の評価試験が行われ,Bがその色相改善効果を
確認したというのであり,これも,本件発明1等の特徴的部分の着想の具体化への
更なる貢献とみることができる。
エ原告のその他の主張について
(ア)原告は,自らがFig-4のグラフ(前記1(2)オ(ウ)d)を作成して「Ris
当たりで見ると,色相は,開始剤種の影響は受けないが,禁止剤種によっては差を
生じる」という知見(「●(省略)●としてソルビン酸を用いた場合の方が,●(省
略)●を用いた場合と比べて,Ris当たりの色相悪化が少ない」という知見)を
確認したことを強調する。
しかしながら,前記1(2)オ(ウ)d,(エ)bで認定した事実によると,本件報告書のF
ig-4は,本件報告書の表-4のデータに基づいて作成したものであり,本件報
告書の表-4の「岡山測定」の「YI」等のデータは,岡山樹脂生産部における岡
山●(省略)●を用いた色相評価実験の結果である「YI値」等(岡山樹脂生産部
のBらの研究報告書〔乙26〕の図7及びその右横の表)のデータであるから,岡
山樹脂生産部の実験結果を確認したものにすぎない。そして,Fig-4の形にし
なくても,岡山樹脂生産部のBらの研究報告書(乙26)の図7及びその右横の表
を見れば,●(省略)●としてソルビン酸を用いた場合の色相が,●(省略)●を
用いた場合の色相よりも大幅に改善されていることが一目瞭然であり,これによっ
て,本件発明1等の特徴的部分の着想の具体化としては十分というべきである。
なお,原告は,Fig-4作成に当たって,自らRisを計算したことをも主張
するが,それが特別な計算であって,その計算がなければ,岡山樹脂生産部の上記
実験結果を,ソルビン酸を●(省略)●として用いた場合の色相改善効果を示すも
のとして適切に評価できなかった,といった事情を認めるに足りる証拠はない。
(イ)また,原告は,重合温度を変数とした独自の重合度式及びその計算プログラム
を完成させたことを主張するが,それらが岡山樹脂生産部で用いられたことを認め
るに足りる証拠はなく(かえって,証人Bは,岡山樹脂生産部においては,従前か
ら用いている重合度式があったものであり,原告作成の重合度式を使用したことは
ない旨明確に証言している〔18~19頁〕。),それらが本件発明1等の特徴的
部分の着想やその具体化に結び付いたと認めることもできない。
(ウ)さらに,原告は,本件特許1の明細書案を起案したことを主張するが,明細書
の起案は,発明完成後の出願手続に関する行為であって,技術的思想への貢献自体
とは別の事柄であるというほかはないから,特許法35条3項の相当対価請求権を
基礎付ける発明者性や発明への貢献度に係る事情とならないことは論を俟たない。
なお,原告は,本件特許1等の公報の「発明者」欄において自身が筆頭に記載さ
れていることをも主張するが,一般に,特許公報において「発明者」欄の筆頭に記
載されていることから,直ちに,他の発明者より貢献度が高いということはできな
い。そして,本件発明1は,色相に関係する発明であり,ポエ研が色相関係担当で
あったところ,原告は,色相研究に関するポエ研の担当者として本件プロジェクト
に関与していたことから,そのような記載がされた可能性がある。したがって,上
記の記載は,必ずしも本件特許1等の技術的範囲に係る思想の創作への貢献度によっ
たわけではないとみられる上,結局は,本件において,現にどのような具体的貢献
がされたかが問われるべきであって,それについては既に認定,説示したとおりで
ある。
オ本件発明1等については,本件特許1等の出願時に「発明者」とされた原告,
D,E,B,F,G及びHの7人が実際に発明者であること自体は当事者間に争い
がないところ,前記イないしエの検討結果によれば,本件発明1等の特徴的部分へ
の創作的貢献に関しては,(1)着想段階では,①Hが重合禁止剤を●(省略)●
から変更する契機を作った上で,②●(省略)●が●(省略)●としてソルビン酸
その他の共役ポリエン化合物を用いるという本件発明1等の特徴的部分を着想,提
案し,③本件プロジェクトのチーム(上記「発明者」では●(省略)●以外の6人)
においてそのように着想が固まっていき,(2)着想を具体化する段階では,④原
告がペーストを作成して岡山樹脂生産部に送付し,⑤岡山樹脂生産部において,B
及びFが,実機と同様の方式による実験をして,●(省略)●としてソルビン酸を
用いた場合の色相改善効果を確認し,⑥その後も岡山樹脂生産部において,Bらが
実機による実験をして,上記効果を再確認した,と認められる。
これらを総合的に評価すると,本件発明1等の特徴的部分の着想及びその具体化
に対しては,D及びBの貢献が顕著であり,H及びFの貢献がそれに次ぐものとみ
られるが,いずれにせよ,原告の貢献度が,他の発明者の平均的な貢献度よりも高
いとは認められない。すなわち,原告は,上記④の実験補助者的役割を果たしたこ
とを含め,被告においてプロジェクトチームを中心に研究開発する中で本件発明1
等に関与したことは間違いないが,特許請求の範囲に基づいて定められる特許発明
の技術的範囲に係る思想の創作への貢献という意味では,中核的な貢献をしたとは
認められないことはもとより,他の発明者6名の平均を超えた積極的な貢献をした
ものとは認めるに足りない。
したがって,弁論の全趣旨にも照らすと,本件発明1等の発明者間における原告
の貢献度は,14.3%(≒1/7)であると認めることが相当である。
(2)本件発明1の相当の対価の額について
ア本件発明1の独占の利益の額
(ア)自己実施分について
a超過売上率について
(a)従業者が職務発明について使用者に特許を受ける権利を承継させたときの相
当の対価の額(特許法35条3項)を検討するに当たっては,従業者から使用者へ
の当該特許を受ける権利の承継があった場合となかった場合とを比較し,前者の場
合の売上げ(利益)が後者の場合の売上げ(利益)を超過する分を相当の対価の額
に反映させるべきであると考えられる。前者の場合とは,現に本件でそうであった
ように特許を受ける権利の承継があった場合であり,使用者は,その特許発明を独
占的に実施できるところ,本件のように使用者が現実に自己実施している場合はそ
れによる売上げを考えることになる。これに対し,後者の場合は,仮に特許を受け
る権利の承継がなかった場合を想定するものであるが,この場合,使用者は,法定
通常実施権を有するのみで,その特許発明を独占することはできず,発明者である
従業者が,使用者と競合する企業に特許発明の実施を許諾する可能性があるところ,
競合企業が当該従業者から許諾を受けて特許発明を実施すれば,使用者にとっては,
前者の場合に比べて市場占有率が減退し売上げが減少する可能性がある。
もっとも,当該特許技術について,代替技術が存在し,かつ,売上げ等への貢献
という点で前者の後者に対する優位性がない場合には,競合企業は,当該特許技術
を使用することなく,当該代替技術によって競合製品を製造販売する可能性が大き
いといえる。競合企業が,従前から代替技術によって競合製品を製造販売しており,
技術的な優位性の観点から当該特許発明の実施許諾を受ける必要性がないときは,
特許を受ける権利の承継があった場合となかった場合とで,使用者が特許発明を実
施し競合企業が代替技術を使用するという状況に変わりはなく,市場占有率が変わ
らない可能性が高いから,前記の超過分は小さい(超過売上率は低い)ということ
になる。
(b)以上の理を前提として,被告が本件特許1を含む被告製品に関する特許を自己
実施したことによる超過売上げについて検討するに,前記1(1)ア(ア),ウ(エ)ないし(カ),
(2)オ(ウ)e,キ,(3)で認定した事実によると,①日本合成は,昭和49年から現在に
至るまで継続的に,被告製品と競合するEVOH樹脂製品を製造販売していること,
②日本合成は,日合特許を保有しており,重合禁止剤として2,4-ジフェニル-
4-メチル-1-ペンテン等を用いる同特許の技術は,着色抑制効果を有すること,
③●(省略)●こと,④ポエ研の実験においても,●(省略)●として2,4-ジ
フェニル-4-メチル-1-ペンテンを用いた場合とソルビン酸など他の化合物を
用いた場合とで,着色度にさほど違いはみられなかったこと,⑤●(省略)●年の
本件クロスライセンス契約に至って初めて,●(省略)●は,本件特許1等の実施
許諾を受けたが,この契約は,(もとより事業の根幹をなすような重要な特許では
ない)牽制特許のクロスライセンスを目的としたものであり,被告においては,「●
(省略)●はもともと●(省略)●を保有しており,本件特許1を使用せずに被告
製品と同様の製品を製造販売することができるものと認識していたため,本件特許
1を●(省略)●に実施許諾しても,被告の事業運営に特段の支障はない。」との
検討がされたこと,⑥被告において,●(省略)●に変更したことにより,エバー
ルの色相は良くなったが,エバールの最大の用途であるフィルム形態については,
目視で判別できるような色相の差が生じるものではないこと,⑦上記●(省略)●
の変更前に,エバールの色相を理由に顧客が購入を見合わせたということは特にう
かがわれないこと,⑧被告製品は,全面着色される食品容器や,車体内部に取り付
けられるガソリンタンク,床下で使用されるフロアヒーティングパイプ,冷蔵庫の
断熱材として使用される真空断熱パネルのように,そもそも色相が問題にならない
用途にも数多く使用されており,このようなものについては,本件発明1等の実施
による売上げの増加は全く考えられないこと,⑨被告による被告製品の市場占有率
は,本件特許1等が日米欧で登録される以前の平成12年から,本件特許1等が日
米欧で全て登録された後の平成15年まで,本件クロスライセンス契約の発効日で
ある●(省略)●年●(省略)●月●(省略)●日の前後を含めてほぼ横ばいであ
り,平成15年になってから緩やかに減少していること,⑩EVOH樹脂の市場は,
昭和49年頃から現在に至るまで,ほぼ被告と日本合成の2社の寡占状態にあり,
途中,大手素材メーカーが市場参入しようとして断念したこともあったこと,⑪E
VOH樹脂は,最終製品に付加価値を付けるための素材であって,容器の主要な素
材ではないため,市場規模がそれほど大きくないのに対し,製造工程が複雑で設備
が多数必要となることなどから,初期投資に莫大な金額がかかるため,参入障壁が
高いといえること,⑫被告は,EVOH樹脂の製造に関し,多数の特許のみならず,
多数のノウハウも保有しており,そのノウハウについては,厳重に秘密として管理
されていることが認められる。
上記①ないし⑨によると,被告の競合企業たる日本合成は,本件特許1等の出願
の20年以上前から代替技術によって競合製品を製造販売しており,かつ,それで
足りていたものであり,売上げ等への貢献という点で本件発明1等の●(省略)●
に対する優位性は乏しく,●(省略)●が本件発明1等の実施許諾を受けてこれを
使用する必要性は乏しかったといわざるを得ない。
また,上記⑩ないし⑫によると,●(省略)●以外の競合企業が本件特許1等の
実施許諾を受けてそれにより競合製品を製造販売するようになる可能性も低かった
ものである。
なお,前記1(3)エのとおり,●(省略)●がクロスライセンス交渉において実施
許諾を希望する特許として本件特許1を提示したこと自体は考慮することができる
としても,前記1(3)ウ,エで認定した事情に照らすと,本件特許1は●(省略)●
にとって●(省略)●の周辺技術に関する牽制特許とみられ得るものであり,●(省
略)●は,特許権を行使されるリスクを無くすとともに,単に自社にとっての選択
肢を増やすために,上記の提示をしたにすぎない可能性が高いから,上記はさほど
大きな事情とはならない。
以上の諸事情を勘案し,弁論の全趣旨と総合すると,本件特許1を含む被告製品
に関する特許群に係る超過売上率は,10%と認めることが相当である。
(c)これに対し,原告は,超過売上率は50%である旨主張する(なお,原告は,
もともと「32.5%」ないし「50%」と主張していたところ,最終の口頭弁論期
日において,「32.5%」という数値の主張を「撤回」したものである。)。
しかしながら,本件発明1等が日合発明に対して売上げ等への貢献の点で優位性
を有することを示す具体的な証拠もなく,結局,超過売上率が50%に上ることを
根拠付けるに足りる的確な証拠はない。
b仮想実施料率について
原告は,自己実施分の独占的利益の額の算定に当たり,期間売上高に超過売上率
と共に仮想実施料として「4%」を乗じるべきである旨主張する。
社団法人発明協会発行の『実施料率〔第5版〕』(甲23)によると,有機化学
製品分野の実施料率は,平成4年度から平成10年度までのイニシャル・ペイメン
ト無しで,最頻値3%,中央値4%,平均値5.5%であると認められる。原告の
上記主張は,このうち中央値の4%という数値に基づくものであるが,前記1(3)イ
のとおり,本件特許1等が被告の保有する多数の改良特許の一部にすぎないことや,
前記a(b)⑪,⑫の事情などに照らすと,むしろ,上記最頻値である「3%」が相当
である。
c特許寄与率について
前記1(3)イで認定した事実及び前記a(b)⑥ないし⑨の事情に証拠(乙41)を総
合すると,被告が平成25年時点で保有し,かつ被告製品に関して実施していた特
許は●(省略)●件あるところ,本件特許1等は,被告製品の基本性能や特性を左
右するようなものではなく,細かい付加的な品質向上に関するものであり,上記●
(省略)●件の特許の中には,増産を目的とする特許など,売上げ増加への寄与度
がより高い特許も幾つか存在する。
なお,被告の実績補償審査委員会から平成24年7月24日付けで原告宛てに送
付された「クロスライセンス特許に関する件」と題する文書(甲24)の中には,
「EVOHの製品関係特許群の中においても,本件特許1はその重要性から高い評
価がなされ,その評価に相応の補償金が配分されておりました。」との記載部分が
ある。しかしながら,証拠(甲24)及び弁論の全趣旨に照らすと,これは,本件発
明1に対する実績補償金の評価の妥当性に関する原被告間のやりとりの中で,被告
が原告に向けて記述した説得の文言であるところ,上記記載部分に続いて,「また,
クロスライセンス対象であることは上記評価の際に考慮されており,本件特許1に
関する実績補償の評価に不適切な点は認められませんでした。」と記載されている
ことが認められる。そうすると,被告が,上記記載部分について,「それまでの原
被告間のやりとりにおいて,原告が本件特許1の被告内における評価を非常に気に
していたことから,原告を無用に刺激しないように配慮したことによるものにすぎ
ない。」と説明していることもあながち不自然とはいえないし,また,仮にそうで
なくても,上記記載部分は,本件特許1について,必ずしも自己実施による被告の
利益増大に寄与したという意味で「重要」と評したものとは限らず,むしろ,前記
1(3)エのとおり●(省略)●から実施許諾を希望されてクロスライセンス対象となっ
たことから本件クロスライセンス契約の締結に寄与したという点で「重要」と表現
した可能性も存する。そして,本件訴訟において審理した結果,客観的には,本件
特許1等の自己実施が売上げ(利益)の増加に結び付いたとはいい難い前記a(b)⑥
ないし⑨の事情などが具体的に認められる一方,特許群の中で特に本件特許1等が
被告の自己実施による売上げ(利益)増大に寄与したという点で重要であるとする
具体的な根拠を認めるに足りる証拠はない。
以上を勘案すると,被告製品に関する特許群の中での本件特許1の寄与率は,●
(省略)●%(≒1/●(省略)●)と認めることが相当である(なお,上記のとお
り本件特許1が本件クロスライセンス契約の締結に寄与したという点で「重要」と
評し得るということは,後記(イ)において考慮する。)。
d小括
前記前提事実(4)ア(ア)及び前記aないしcによると,本件発明1に係る自己実施分
の独占の利益の額は,346万8384円である(期間売上高●(省略)●円×超
過売上率0.1×仮想実施料率0.03×特許寄与率●(省略)●=346万83
84円)。
(イ)クロスライセンス分について
原告は,被告が本件特許1を●(省略)●にクロスライセンスした分について,
●(省略)●が本件発明1を実施していることを前提に独占の利益の存在及び金額
を主張している。しかしながら,●(省略)●が本件発明1をいつどの程度実施し
たのかを示す証拠は全くなく,かえって,前記1(3)ウ,エで認定したとおり,本件
特許1も本件クロスライセンス契約において牽制特許の一つとして実施許諾の対象
とされたことに照らすと,●(省略)●が本件特許1を実施していることを認定す
ることはできないといわざるを得ない。
もっとも,前記1(3)ウ,エで認定した事実によると,●(省略)●は,包括クロ
スライセンス交渉において,被告が保有する特許のうち,●(省略)●が被告から
実施許諾を受けることを希望する特許として,被告保有●(省略)●特許及び本件
特許1を挙げてきたものであり,その価値を全く無視することはできない。また,
被告が●(省略)●から実施許諾を受けた特許については,クロスライセンスでな
ければ一定の実施料を支払うべきものとみられるところ,本件特許1を含む被告保
有特許をクロスライセンスしたためにその実施料支払義務を免れた面がある。した
がって,本件特許1による独占の利益の額の算定に当たり,クロスライセンス分を
0円とするのは相当でない。
ただ,上記の具体的な金額について原告の立証はないから,このような当事者の
主張立証状況の下で,自己実施の場合の金額(前記(ア))やクロスライセンスに供さ
れた特許の数(前記1(3)エのとおり,被告から●(省略)●に実施許諾した日本特
許は●(省略)●件で,そのうちの1件が本件特許1。)などを勘案し,本件発明
1に係るクロスライセンス分の独占の利益としては,前記(ア)の自己実施分の独占の
利益の額346万8384円の10分の1である34万6838円を相当と認める。
(ウ)小括
以上によれば,本件発明1に係る独占の利益の額は,381万5222円である
(346万8384円+34万6838円=381万5222円)。
イ相当の対価の額
(ア)共同発明者の本件発明1による貢献度について検討するに,前記1(3)ア,イで
認定した事実と証拠(乙39ないし41,43ないし48)を総合すると,①EV
OH樹脂は,製造工程が複雑で多数の設備を要することなどから,初期投資に莫大
な金額がかかるところ,②被告は,研究開発に多大な努力や試行錯誤を重ねて,E
VOH樹脂製品の食品包装用途の基本特許を取得した上,基礎研究の開始から約1
5年を経て被告製品の工業化にたどり着いたこと,③被告においては,被告製品を
製造する工場の建設・増設に莫大な金額が投じられるとともに,エバールの研究開
発に関する費用(人件費等)として,毎年多額の資金が投じられてきたこと,④被
告は,食品包装材のほか,ガソリンタンクやフロアヒーティングパイプ,真空断熱
板等の非食品包装材についても,需要の開拓や拡大に向けた営業努力を重ねてきた
こと,⑤被告は,顧客の開発部や製造部に対し,被告製品を加工する際の材料の選
定を含めた最終商品の提案や,顧客の加工工程等において生じている技術問題に対
する指導といった技術サービスを提供し,これにより被告の売上げに貢献したこと
が認められる。
これらの事情に照らすと,本件発明1により被告が受けた利益について,被告の
貢献度は高く,共同発明者の本件発明1による貢献度は5%と認めることが相当で
ある。
なお,原告は,自己の貢献度に関し,本件特許1の出願に当たり明細書案の起案
をしたことなどをも主張する。しかしながら,弁論の全趣旨によると,明細書を完
成させたのは原告以外の従業員であったと認められる上,そもそも,職務発明の対
価の算定の基礎となる共同発明者(従業者等)への配分割合は,被告の独占的利益
に対する共同発明者の当該発明による貢献の度合いと,それ以外の貢献(使用者等
及び他の従業員等の貢献並びに当該共同発明者の発明以外の行為による貢献)の度
合いとを比較考量して決すべきものと解される(原告は,上記配分割合について「1
-使用者貢献度」という言い方をしているが,独占の利益の額にこの割合を乗じる
のは,次に共同発明者間における原告の貢献度を乗じて最終的に原告の当該発明に
よる貢献に応じた相当の対価の額を算出するのにつなげるステップなのであるから,
「共同発明者の当該発明による貢献度」と捉えるのが正確である。)。明細書の起
案といった出願業務については,従業員であれば給与等により,外部の弁理士であ
れば委託報酬により対価が支払われるのであって,職務発明の対価の算定において
共同発明者の貢献要素として考慮すべき筋合いのものではない。
(イ)そして,本件発明1の共同発明者間における原告の貢献度は,前記(1)のとお
り,14.3%と認められる。
以上によると,本件発明1の相当の対価の額は,2万7278円である(独占の
利益381万5222円×共同発明者の貢献度0.05×発明者間貢献度0.14
3=2万7278円)。
ウ特許補償金の支払後の額
前記前提事実によると,原告は,本件発明1について,上記のとおり2万727
8円の相当対価請求権を取得した後,平成21年4月10日に,被告から特許補償
金として6万円の支払を受けたものである。これは,本件発明1に対する対価であ
るとみられるから,この支払により,原告の上記相当対価請求権は消滅したという
べきである。
したがって,現時点において,原告は,被告に対し,本件発明1の相当対価請求
権を有しない。
(3)本件米国発明の相当の対価の額について
ア特許法35条3項の類推適用
従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使
用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請
求については,同条3項及び4項の規定が類推適用される(平成18年最判)。
イ本件米国発明の独占の利益の額
(ア)自己実施分について
前記前提事実(4)ア(ア)によると,本件米国特許の発行日である平成13年9月11
日からその特許権消滅日である平成28年6月25日までの期間において,被告が
米国で被告製品を販売した売上高は,●(省略)●円であると認められる(本件ク
ロスライセンス契約発効日前の売上高●(省略)●円+本件クロスライセンス契約
発効日以後の売上高●(省略)●円=●(省略)●円)。
そして,前記(2)ア(ア)aで説示したところに照らすと,被告が本件米国特許を含む
被告製品に関する米国特許を米国において自己実施したことによる超過売上率は,
10%と認めることが相当である(なお,前記前提事実(4)ア(ア),イのとおり,米国
における対象期間の売上げは,本件クロスライセンス契約の発効日の前後にまたが
るものであり,本件米国特許は,本件クロスライセンス契約において被告が●(省
略)●にライセンスした特許に含まれていたものであるが,●(省略)●が本件米
国特許について実施したと認めるに足りる証拠はないことなどに照らすと,上記超
過売上率については,本件クロスライセンス契約の発効日の前後で区別せずに,対
象期間を通じて10%と認める。)。
また,前記(2)ア(ア)bで説示したところに照らすと,仮想実施料率は,3%と認め
ることが相当である。
さらに,前記1(3)イで認定した事実及び前記(2)ア(ア)cで説示したところに照らす
と,被告製品に関する米国の特許群(米国特許●(省略)●件)の中での本件米国
特許の寄与率は,●(省略)●(≒1/●(省略)●)と認めることが相当である。
以上によると,本件米国発明に係る自己実施分の独占の利益の額は,1221万
6834円である(期間売上高●(省略)●円×超過売上率0.1×仮想実施料率
0.03×特許寄与率●(省略)●=1221万6834円)。
(イ)クロスライセンス分について
前記(2)ア(イ)で説示したところに照らし,本件訴訟における当事者の主張立証状況
の下で,自己実施の場合の金額(前記(ア))やクロスライセンスに供された特許の数
(前記1(3)エのとおり,被告から●(省略)●に実施許諾した外国特許は●(省略)
●件で,そのうちの2件が本件米国発明及び本件欧州発明1。)などを勘案し,本
件米国発明に係るクロスライセンス分の独占の利益としては,前記(ア)の自己実施分
の独占の利益の額のうち本件クロスライセンス契約締結以後の分である1194万
3351円(=●(省略)●円×0.1×0.03×●(省略)●)の20分の1で
ある59万7167円を相当と認める。
(ウ)小括
以上によれば,本件米国発明に係る独占の利益の額は,1281万4001円で
ある(1221万6834円+59万7167円=1281万4001円)。
ウ相当の対価の額
前記(2)イ(ア)で説示したところに照らすと,本件米国発明により被告が受けた利益
について,共同発明者の本件米国発明による貢献度は5%と認めることが相当であ
る。
また,本件米国発明の共同発明者間における原告の貢献度は,前記(1)のとおり,
14.3%と認められる。
以上によると,本件米国発明の相当の対価の額は,9万1620円である(独占
の利益1281万4001円×共同発明者の貢献度0.05×発明者間貢献度0.
143=9万1620円)。
(4)本件欧州発明1の相当の対価の額について
ア特許法35条3項の類推適用
本件欧州発明1について,ドイツのみならず,ベルギー,フランス,イギリス及
びイタリアにおける特許を受ける権利を被告に取得させたことについても,特許法
35条3項が類推適用されるというべきである。
この点に関し,被告は,ベルギー,フランス,イギリス及びイタリアのように特
許を受ける権利が使用者に原始的に帰属する法制を採用している国においては,上
記類推適用の基礎を欠く旨主張するが,平成18年最判は,そのような法制の採否
を問題とすることなく,特許法35条3項及び4項の類推適用について前記(3)のと
おり判示した上で,イギリス及びフランスを含む外国の特許を受ける権利の譲渡に
伴う対価請求について同条3項が類推適用されることを認めている。したがって,
被告の上記主張が採用できないことは明らかである。
イ本件欧州発明1の独占の利益の額
(ア)自己実施分について
aドイツ
前記前提事実(4)ア(ア)によると,本件欧州特許1の発行日である平成14年9月2
5日からその特許権消滅日である平成28年6月24日までの期間において,被告
がドイツで被告製品を販売した売上高は,●(省略)●円であると認められる。
そして,前記(2)ア(ア)aで説示したところに照らすと,被告が本件欧州特許1を含
む被告製品に関するドイツ特許ないし欧州特許をドイツにおいて自己実施したこと
による超過売上率は,10%と認めることが相当であり,また,前記(2)ア(ア)bで説
示したところに照らすと,仮想実施料率は,3%と認めることが相当である。
さらに,前記1(3)イで認定した事実及び前記(2)ア(ア)cで説示したところに照らす
と,被告製品に関するドイツの特許群(ドイツ特許ないし欧州特許●(省略)●件)
の中での本件欧州特許1の寄与率は,●(省略)●%(≒1/●(省略)●)と認
めることが相当である。
以上によると,ドイツにおける本件欧州発明1に係る自己実施分の独占の利益の
額は,400万9452円である(期間売上高●(省略)●円×超過売上率0.1×
仮想実施料率0.03×特許寄与率●(省略)●=400万9452円)。
bベルギー,フランス,イギリス及びイタリア
前記前提事実(4)ア(ア)によると,本件欧州特許1の発行日である平成14年9月2
5日からその特許権消滅日である平成28年6月24日までの期間において,被告
がベルギー,フランス,イギリス及びイタリアの4か国で被告製品を販売した売上
高は,●(省略)●円であると認められる。
そして,前記(2)ア(ア)aで説示したところに照らすと,被告が本件欧州特許1を含
む被告製品に関する欧州特許を上記4か国において自己実施したことによる超過売
上率は,10%と認めることが相当であり,また,前記(2)ア(ア)bで説示したところ
に照らすと,仮想実施料率は,3%と認めることが相当である。
さらに,前記1(3)イで認定した事実及び前記(2)ア(ア)cで説示したところに照らす
と,被告製品に関する上記4か国の特許群(欧州特許●(省略)●件)の中での本
件欧州特許1の寄与率は,●(省略)●%(≒1/●(省略)●)と認めることが
相当である。
以上によると,上記4か国における本件欧州発明1に係る自己実施分の独占の利
益の額は,441万4137円である(期間売上高●(省略)●円×超過売上率0.
1×仮想実施料率0.03×特許寄与率●(省略)●=441万4137円)。
c欧州5か国の合計
前記a及びbを合計すると,本件欧州発明1に係る自己実施分の独占の利益の額
は,842万3589円である(400万9452円+441万4137円=84
2万3589円)。
(イ)クロスライセンス分について
前記(2)ア(イ)で説示したところに照らし,本件訴訟における当事者の主張立証状況
の下で,自己実施の場合の金額(前記(ア))やクロスライセンスに供された特許の数
(前記1(3)エのとおり,被告から●(省略)●に実施許諾した外国特許は●(省略)
●件で,そのうちの2件が本件米国発明及び本件欧州発明1。)などを勘案し,本
件欧州発明1に係るクロスライセンス分の独占の利益としては,前記(ア)の自己実施
分の独占の利益の額(前記前提事実(4)ア(ア)によると,本件クロスライセンス契約締
結以後の販売によるものである。)842万3589円の20分の1である42万
1179円を相当と認める。
(ウ)小括
以上によれば,本件欧州発明1に係る独占の利益の額は,884万4768円で
ある(842万3589円+42万1179円=884万4768円)。
ウ相当の対価の額
前記(2)イ(ア)で説示したところに照らすと,本件欧州発明1により被告が受けた利
益について,共同発明者の本件欧州発明1による貢献度は5%と認めることが相当
である。
また,本件欧州発明1の共同発明者間における原告の貢献度は,前記(1)のとおり,
14.3%と認められる。
以上によると,本件欧州発明1の相当の対価の額は,6万3240円である(独
占の利益884万4768円×共同発明者の貢献度0.05×発明者間貢献度0.
143=6万3240円)。
3争点2(本件発明2等の相当の対価の額)について
(1)本件発明2の相当の対価の額について
ア本件発明2の独占の利益
前記前提事実(4)ア(イ)によると,本件特許2の特許権設定登録日である平成6年1
1月10日からその特許権消滅日である平成15年12月19日までの期間におい
て,被告が我が国で被告製品(ただし品番「●(省略)●」の「エバール」樹脂製
品)を販売した売上高は,●(省略)●円であると認められる。
そして,前記2(2)ア(ア)aで説示したところに照らすと,被告が本件特許2を含む
被告製品に関する特許を自己実施したことによる超過売上率は,10%と認めるこ
とが相当であり,また,前記2(2)ア(ア)bで説示したところに照らすと,仮想実施料
率は,3%と認めることが相当である。
さらに,弁論の全趣旨によると,被告が平成13年時点で保有し,かつ被告製品
のうち品番「●(省略)●」の「エバール」樹脂製品に関して実施していた特許数
は,●(省略)●件であり,その特許群の中での本件特許2の寄与率は,●(省略)
●%(≒1/●(省略)●)であると認められる。
以上によると,本件発明2に係る自己実施分の独占の利益の額は,7万0467
円である(期間売上高●(省略)●円×超過売上率0.1×仮想実施料率0.03×
特許寄与率●(省略)●=7万0467円)。
イ相当の対価の額
前記2(2)イ(ア)で説示したところに照らすと,本件発明2により被告が受けた利益
について,共同発明者の本件発明2による貢献度は5%と認めることが相当である。
そして,本件発明2の共同発明者間における原告の貢献度は,20%であること
につき,当事者間に争いがない。
そうすると,本件発明2の相当の対価の額は,704円である(独占の利益7万
0467円×共同発明者の貢献度0.05×発明者間貢献度0.2=704円)。
ウ特許補償金の支払後の額
前記前提事実によると,原告は,本件発明2について,上記のとおり704円の
相当対価請求権を取得した後,平成20年10月31日に,被告から特許補償金と
して3万6000円の支払を受けたものである。これは,本件発明2に対する対価
であるとみられるから,この支払により,原告の上記相当対価請求権は消滅したと
いうべきである。
したがって,現時点において,原告は,被告に対し,本件発明2の相当対価請求
権を有しない。
(2)本件欧州発明2の相当の対価の額について
ア特許法35条3項の類推適用
本件欧州発明2についても,前記2(4)アで説示したとおり,ドイツのみならず,
ベルギー,フランス,イギリス及びイタリアにおける特許を受ける権利を被告に取
得させたことについて,特許法35条3項が類推適用される。
イ本件欧州発明2の独占の利益の額
(ア)ドイツ
前記前提事実(4)ア(イ)によると,本件欧州特許2の発行日である昭和63年12月
28日からその特許権消滅日である平成16年12月18日までの期間において,
被告がドイツで被告製品(ただし品番「●(省略)●」の「エバール」樹脂製品)を
販売した売上高は,●(省略)●円であると認められる。
そして,前記2(2)ア(ア)aで説示したところに照らすと,被告が本件欧州特許2を
含む被告製品に関するドイツ特許ないし欧州特許をドイツにおいて自己実施したこ
とによる超過売上率は,10%と認めることが相当であり,また,前記2(2)ア(ア)b
で説示したところに照らすと,仮想実施料率は,3%と認めることが相当である。
さらに,弁論の全趣旨によると,被告がドイツにおいて被告製品(ただし品番「●
(省略)●」の「エバール」樹脂製品)に関して実施していたドイツ特許ないし欧
州特許の数は,●(省略)●件であり,その特許群の中での本件欧州特許2の寄与
率は,●(省略)●%(≒1/●(省略)●)であると認められる。
以上によると,ドイツにおける本件欧州発明2に係る自己実施分の独占の利益の
額は,42万1500円である(期間売上高●(省略)●円×超過売上率0.1×仮
想実施料率0.03×特許寄与率●(省略)●=42万1500円)。
(イ)ベルギー,フランス,イギリス及びイタリア
前記前提事実(4)ア(イ)によると,本件欧州特許2の発行日である昭和63年12月
28日からその特許権消滅日である平成16年12月18日までの期間において,
被告がベルギー,フランス,イギリス及びイタリアの4か国で被告製品(ただし品
番「●(省略)●」の「エバール」樹脂製品)を販売した売上高は,●(省略)●円
であると認められる。
そして,前記2(2)ア(ア)aで説示したところに照らすと,被告が本件欧州特許2を
含む被告製品に関する欧州特許を上記4か国において自己実施したことによる超過
売上率は,10%と認めることが相当であり,また,前記2(2)ア(ア)bで説示したと
ころに照らすと,仮想実施料率は,3%と認めることが相当である。
さらに,弁論の全趣旨によると,被告が上記4か国において被告製品(ただし品
番「●(省略)●」の「エバール」樹脂製品)に関して実施していた欧州特許の数
は,●(省略)●件であり,その特許群の中での本件欧州特許2の寄与率は,●(省
略)●%(≒1/●(省略)●)であると認められる。
以上によると,上記4か国における本件欧州発明2に係る自己実施分の独占の利
益の額は,37万9500円である(期間売上高●(省略)●円×超過売上率0.
1×仮想実施料率0.03×特許寄与率●(省略)●=37万9500円)。
(ウ)欧州5か国の合計
前記(ア)及び(イ)を合計すると,本件欧州発明2に係る自己実施分の独占の利益の額
は,80万1000円である(42万1500円+37万9500円=80万10
00円)。
ウ相当の対価の額
前記2(2)イ(ア)で説示したところに照らすと,本件欧州発明2により被告が受けた
利益について,共同発明者の本件欧州発明2による貢献度は5%と認めることが相
当である。
そして,本件欧州発明2の共同発明者間における原告の貢献度は,20%である
ことにつき,当事者間に争いがない。
そうすると,本件欧州発明2の相当の対価の額は,8010円である(独占の利
益80万1000円×共同発明者の貢献度0.05×発明者間貢献度0.2=80
10円)。
4争点3(本件発明3の発明者性及び相当の対価の額)について
原告は,自らが本件発明3の共同発明者の一人である旨主張する。
しかしながら,特許法35条3項に基づいて職務発明の相当の対価を請求するに
は,自らが当該発明をした発明者であることについて原告が主張立証責任を負うと
解されるところ,原告は,本件発明者3の発明者であることを被告に争われている
にもかかわらず,本件特許3の願書に原告が発明者の一人として記載されているこ
と以外には,原告が本件発明3の特徴的部分の創作に具体的な関与・貢献をしたこ
とに関する主張立証を全くしていないから,原告が本件発明3の発明者であると認
めることはできない。
5争点4(本件発明4の発明者性及び相当の対価の額)について
本件発明4についても,原告は,自らが共同発明者の一人である旨主張するが,
本件特許4の願書に原告が発明者の一人として記載されていること以外には,原告
が本件発明4の特徴的部分の創作に具体的な関与・貢献をしたことに関する主張立
証を全くしていないから,原告が本件発明4の発明者であると認めることはできな
い。
6争点5(本件各相当対価請求権の放棄の有無)について
以上によれば,原告は,被告に対し,平成12年8月24日当時,本件米国発明,
本件欧州発明1及び本件欧州発明2の各相当対価請求権を有していたところ,被告
は,原告が同日付けで被告に対し本件承諾書を提出したことをもって同各相当対価
請求権を含む本件各相当対価請求権を放棄する旨の意思表示をしたと主張する。
しかしながら,前記前提事実(5)アによると,本件承諾書(乙8)には,「今後,
被告に対して,『従業員の発明考案取扱規定』等に基づく一切の要求をしません。」
との記載部分があるものの,この「『従業員の発明考案取扱規定』等に基づく一切の
要求」に特許法35条4項に基づく法定の相当対価請求が含まれていることが明示
されているわけではなく,上記記載部分から直ちに,同相当対価請求権の放棄とい
う重大な効果が生じたと即断することはできない。
そこで更に検討するに,前記1(4)で認定した事実によると,本件においては,本
件承諾書の後も,平成20年10月に,被告が原告に対して本件発明2及び本件発
明3を含む3件の特許発明に対する実績補償金の支払をし,同年11月には,原告
が被告に対し「確か7か国に出願したと思います」と明記して本件発明1等に対す
る実績補償金に関して問合せをし,これを受けて平成21年4月に被告が原告に対
して本件発明1に対する実績補償金の支払をしたというのである。
そうすると,原告が被告に対し本件承諾書の提出をもって本件各相当対価請求権
を放棄する旨の意思表示をしたと認めることはできない。
7争点6(本件各相当対価請求権の消滅時効の成否等)について
(1)時効起算日及び時効期間について
前記前提事実(2)ケのとおり,本件米国発明,本件欧州発明1及び本件欧州発明2
に係る特許を受ける権利に関して原被告間に発生し得る債権債務関係につき,我が
国の法律が準拠法となることについては,当事者間に争いがない。
そして,特許法35条3項に基づく相当対価請求権は,法定の債権であるから,
その消滅時効期間は,権利を行使することができる時から10年(民法167条1
項)と解するのが相当である(知財高裁平成19年(ネ)第10056号同21年
6月25日判決・判時2084号50頁等参照)。
前記前提事実(2)オないしキ,(3)によると,本件米国発明に関しては平成9年12
月5日までに,本件欧州特許1に関しては平成8年6月24日までに,本件欧州特
許2に関しては昭和59年12月18日までに,それぞれ原告から被告に対して特
許を受ける権利が全て承継されたことについては当事者間に争いがない。
そうすると,本件米国発明については平成19年12月5日,本件欧州発明1に
ついては平成18年6月24日,本件欧州発明2については平成6年12月18日
の各経過により,それぞれ相当対価請求権の消滅時効が完成したといえる(なお,
契約や勤務規則等に,使用者等が従業者等に支払うべき対価の支払時期に関する条
項がある場合には,その支払時期が消滅時効の起算点となると解されるところ,本
件では,平成17年規定が遡及適用されるか否かが争われている。この点,平成1
7年規定は遡及適用されないと解されるが,そうであっても,後記(2)のとおり時効
援用権の喪失が認められるから,平成17年規定が適用されるか否かは,本件の結
論を左右するものではない。)。
(2)時効援用権の喪失について
債務者が,自己の負担する債務について時効が完成した後に,債権者に対し債務
の承認をした場合には,時効完成の事実を知らなかったときでも,爾後その債務に
ついてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当
である。けだし,時効の完成後,債務者が債務の承認をすることは,時効による債
務の消滅と相容れない行為であり,相手方においても債務者はもはや時効の援用を
しない趣旨であると考えるであろうから,その後においては債務者に時効の援用を
認めないものと解するのが,信義則に照らし,相当であるからである(最高裁昭和
37年(オ)第1316号同41年4月20日大法廷判決・民集20巻4号702
頁参照)。
本件においては,被告は,原告に対し,本件発明1について平成21年4月10
日に,本件発明2について平成20年10月31日に,それぞれ特許補償金を支払っ
たものであり,前記2(2)ウ,3(1)ウで説示したとおり,これらの特許補償金は,そ
れぞれ,本件発明1及び本件発明2に対する対価であるとみられる。そして,前記
前提事実(2)ク,前記1(4)で認定した事実及び弁論の全趣旨によると,本件発明1と
本件米国発明及び本件欧州発明1とは,発明者並びに発明の基本的な内容及び発明
の経緯を共通にするものであり,本件発明2と本件欧州発明2とは,発明者並びに
発明の基本的な内容及び発明の経緯を共通にするものであること,こうした事情を
踏まえて,原告は,被告に対し,本件米国発明及び本件欧州発明1について本件発
明1と一括して取り扱われるべき旨の認識を明確に伝えており,本件欧州発明2に
ついても本件発明2と一括して取り扱われるべき旨の認識を少なくとも黙示的に伝
えていたこと,被告は,原告に対し,本件発明1についての特許補償金の支払が本
件米国発明及び本件欧州発明1に対する支払の趣旨を含まないことや,本件発明2
についての特許補償金の支払が本件欧州発明2に対する支払の趣旨を含まないこと
を何ら説明していないことが認められる。
そうすると,上記の発明の内容と当事者間のやりとりが相俟って,本件米国発明
及び本件欧州発明1に対する対価は,本件発明1に対する対価との一体性が強いと
いうことができるところ,被告が原告に対し本件発明1について上記特許補償金の
支払をしたことは,本件米国発明及び本件欧州発明1に係る特許法35条3項所定
の相当の対価の支払義務を黙示的に承認したものと評価することができ,その後に
おいては,被告に本件米国発明及び本件欧州発明1の相当対価請求権の消滅時効の
援用を認めないものと解するのが,信義則に照らし,相当というべきである。また,
同様に,被告が原告に対し本件発明2について上記特許補償金の支払をしたことは,
本件欧州発明2に係る同項所定の相当の対価の支払義務を黙示的に承認したものと
評価することができ,その後においては,被告に本件欧州発明2の相当対価請求権
の消滅時効の援用を認めないものと解するのが,信義則に照らし,相当というべき
である。
(3)小括
したがって,原告の被告に対する本件米国発明,本件欧州発明1及び本件欧州発
明2の各相当対価請求権について,消滅時効の効果を肯認することはできない。
第4結論
以上の次第で,被告は,原告に対し,特許法35条3項の類推適用に基づき,本
件米国発明の相当の対価として9万1620円,本件欧州発明1の相当の対価とし
て6万3240円,本件欧州発明2の相当の対価として8010円の各支払義務を
負うというべきである。
もっとも,本件欧州発明2の相当対価請求権については,原告は,本件訴訟にお
いて2500円の支払しか請求していないので,処分権主義に則り,同額の限度で
認容することになる。
よって,原告の請求は,上記合計15万7360円(=9万1620円+6万3
240円+2500円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年6
月24日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求はいずれも理由がないから,
これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
嶋末和秀
裁判官
鈴木千帆
裁判官
笹本哲朗

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